作家でごはん!鍛練場
そうげん

(題名未定)

 明るすぎるとせっかく眠りについた祖母が、むくりと起きだしてきそうで、状況が状況だけに、光源をしぼったままにその夜を過ごすことに決めていた。こんなことでもなければ、親族が揃うこともなかったのだ。線香の匂いの充満する室内の奥には、白木の祭壇が設えてある。せめて苦しまなかったことだけが幸いだったと、苦々しい気持ちも含めて、孫である関根当真は唇をきつく引き結んだ。
 叔父の伊坂徹と、叔母の柄元ひさ子が、おなじ仏間に通夜を共にしていた。さいぜんから徹が用意された煎餅を齧る音がしているなか、ひさ子は、ハンカチでときおり目じりを拭っている。限られた明かりの中に、彼女の涙がきらりと光る瞬間が一度ならずあったのを当真は知っている。
 言葉数もすくなく、三人は、時間の過ぎるのを待ちうけていた。
「お祖母(ばあ)は、さいきんはどうでしたか?」
 沈黙を破って、当真はややかぶりつき気味に口を開いた。
 啜り上げていた鼻を、ひさ子は一瞬止める。せわしかった叔父の咀嚼音も、あごの動きと共にぴたっと停まる。どちらが口を開くか、両者は無言で牽制していた。
 ひさ子が話さないと見たのか、徹は、口の中のものを飲み込むと、もう冷めてぬるくなった茶で口を湿してから、当真を見た。
「あんなことがあって、当真くんも、一也くんも、家に寄りつかんようになったって、兄貴が嘆いてたよ。勝気なお母だったから、平生は君らの話題がでるたびにむすっとしとったな。でも、ここ数カ月は病床にあって弱気にもなっとったから、しきりに悪いことしたな、ていうとった。最後にちゃんと反省したんやから、うまいことなってるんかもな」徹は自分を納得させるような物言いをした。「……まだ許されへんか?」目の奥の眼光は射るように鋭かった。
 当真がなおも黙っていると、徹はつづけた。
「お母もそうやけど、兄貴も義姉さんもあんまりといえばあんまりやな。三人して、和馬くんのことをさんざんいうたんやから、そんなこと表でいうたら、白い眼で見られるのはどっちやていう話やで」
 息子のことを言われて、当真の目つきが厳しくなる。
「すまん。悪ういう気はないんや。ただ、あの人らの頭の固さは……な」
「頭が固いとかそういう問題やありません。個人の尊厳の問題です。だから、父とも母とも、できることなら顔を合わせたくはなかった。ただ、今回、この家に赴いたのは、自分なりのけじめのためです」決然とした当真の声が、夜の室内に、じんと響いた。「でも、反省してたんなら、ちょっとはこちらの気もすみます」
「わたしもな、母さんのことはそんなに好きやなかったんよ」泣いていたひさ子がとつとつといった。「子どもの頃から、なにをしても注意注意、規制規制、で来た人やった。あれはだめ、これもだめ。がまんしなさい。やめなさい。子どもの頃はわたしもそれで委縮した。したらあかんことばっかりで、していいことのほうが少なかった。それがいやで仕方なかった。でもねえ――、こう、人生も七十に近くなってくるとねえ、そういうしまり屋の母の言葉が逆の意味にとれてくるんよね。厳しかったのは、わたしらに間違えさせたくなかったからやったんやなって。大切やからこそ、子供たちには、すこしでもましな方へ進んで欲しかった。だから、自然と厳しいなったんやなって、そういうのは、いまになってわかってくることなんよね」
「せやけど、それはありがたかったんか、迷惑やったんか、ようわからん」
 徹はきっぱりといった。
 それぞれにため息をついた。線香の煙の立ち昇るのに、自然、三人の目は同じように惹きつけられた。奥に白木の棺が横たわっている。あのなかにお祖母のなきがらが横たわっていると思うと、当真は不思議な気持ちがした。お祖母を恨んでいたのか、憎んでいたのか、考えるほどにあいまいになってくる。
 叔父は当真に、菓子入れのなかの煎餅を勧めた。こういうときだから、ふだんとちがういいものが出てるし、食べないと損だぞと告げる。
 しぶしぶ手を伸ばして、当真は、ざらめのついた醤油味の煎餅の包装を解いた。
 かりっと齧ったときにこぼれる、米菓子のやわらかくて温かい風味と、あまじょっぱい味付けが、こわばった心をほどいてくれるようだった。口を動かしてほどけていく緊張の感触に、玄関を潜ってからいまのいままで、それと知らずに身体もこころもこわばっていたことに気づかされた。叔父はそこまでわかって勧めてくれたのだろうか。もともと、人を見るにさとい人だったから、そうなのだろう。当真はありがたいと感じる。
「やっぱり兄貴は、当真くんとは顔を合わせづらいんやろな。今夜はもう顔を見せへんかもしらん」徹は苦笑いしながら自分もまた菓子の包装をあけた。「海苔もわるくない」黒光りする焼き海苔につつまれた一枚を、笑って当真に見せる。
「あんたらはええね。どうして、亡くなった人の前で煎餅談義ができんかな。お母もこれじゃあ、成仏でけへんよ。いつか、夢でうなされるよ」ひさ子はじっと実兄(あに)を見た。
 そのとき、障子の向こうに音がした。
 ひさ子と当真はどきりとして、音のした方を向く。
 向こうにする人の気配に敏感になった。
 するすると障子が開くと、大人の背丈に並ぼうかという、鈴の顔が向こうにのぞいた。脇に灯っている蠟燭の炎のゆらめきに舐められて、彼女の顔は、ゆでたまごの表面のようにつるりとした光沢を返していた。
「眠れない。あたしもちょっと話したい」
 用意してきたパジャマ姿で、となりの部屋に寝ていた鈴は、眼をこすりながら、三人の並んでいる仏間へ入ってきた。
 鈴は当真の娘で、和馬という弟がひとりいた。和馬のほうは、どうやら大人しく眠っているらしい。
「母さんは?」と当真は鈴にたずねた。
「塔子おばさんと話してるみたい。まだ戻ってきてないよ」鈴はあくびをしながら質問に答えた。
 塔子は三人姉弟のいちばんうえで、まんなかに兄の一也がいて、一番下が当真だった。三人とも四十代である。
 一也には今年大学受験の一人娘があったが、妻とはすでにわかれていた。男手一つで、娘を育てる苦労があったと見えるが、一也はその苦労を外にみせようとしない。
「鈴ちゃんが来たら、したい話もでけへんなあ」
 徹は苦笑する。
「大人の話?」
 いじわるそうな目をしているかれを見て、鈴はつむじをまげた。
「いや、お祖母のはなし――」と徹。「鈴ちゃんは、お祖母のこと、どう思てた?」
 鈴はしばらく間、黙っていた。
 やがて口を開く。「わたしはずっとおおばあの顔を見てなかったけど、やっぱり和馬のことをいわれて気にしてたよ」
「そこは引っかかるわな。そのこともさっき話しとったんよ」徹は同情するような口ぶりで、孫のような年齢の鈴にいってきかせた。
「こんなときなのに、亡くなった人の思い出話がマイナスのことばかり。どうしてかな」ひさ子は詠歎ぎみにつぶやいた。
「いい思い出、か」徹がいう。「でも、いうほどいい思い出なんてあったかな」
「こうして生きてきた人が一生を終えた日を、みんなで集まって、懐かしみながら、あちらへ送り出そうというときに相応しい話もあるんじゃないの」
 ひさ子はまじめに答える。
 大人の話を聴きながら、鈴も同意した。「あたしもそれがいい。わるいことより、いいことを口にした方が、おおばあも、きっと浮かばれると思う」
「俺も低劣思考に毒されてたな。やっぱり若い子がおると、風向きもようなるな。当真くん、気分を澱ませてすまなんだな」
 当真は首を振って、そんなことはありませんよ、と断った。
「こういう場にふさわしい話というて、考えてみたら、エピソードに事欠かへん母やったな。あれはいかん、これもあかん、という母やったて、さっきはいうてたけど、考えようによっては、それがええ風に働いたこともあったよな」
 明るい声音で話し始めた徹の声を聴いて、当真も風向きの変わったことを信じだした。鈴の存在が、停頓した室内の空気を換えてくれたのだ。どこに向かっているのか、いまは見えない。しかし、すでに息をひきとった故人のまえで、まだ生を生きるもの同士が、今日という日に触発されて、何らかの話をはじめている。流れに水をさすものはなかった。
 徹は過ぎ去りし日の思いを解くように、噛んで含めるような言い方を試みている。
「当真くんも、鈴ちゃんも、俺らみたいな年寄りを見たら、やっぱりみんな同じに見えるんやろなとは思うんや。――そんなことあれへんて、打消しの言葉が欲しいていうてるんやないで。俺も、子どものころから、親世代には同じように思てたから、わからんことないんや」
「こうして膝を突き合わせて話す機会も、いままでなかったもんね」ひさ子がしみじみと合いの手を入れた。
「でもな、当真くんも、塔子ちゃんや一也くんとおんなじ家に育って、おんなじ親に育てられたけど、みんなちがう性格に育ったと思てるやろ? じつは俺ら兄妹も、ほんな気持ちはたんまりあるんや。その棺で眠ってるお母はな、たぶん、人一倍悩んで、苦しんで、生き抜こうと決めた人やと思てる。ほやから、ときに人に対してあたりがきつうなったんやろな。あたりがきついのは、褒められたことやないで。でも、あるとき、聞いたんやけど、お母は、実家では、あまりええ暮らしはしとらんかったみたいなんや。北陸の農村の人やって、家は裕福やなかった。もっと正しいいうなら、その日に食べるもんにも困るくらいやったって聞いたことがある。せやから、俺らを育ててたときにも、あの人のなかでずっとくすぶってた思いがあったんやろう。たぶんやけどな」
 徹の語る言葉にすなおに耳を傾けるものの、極貧の生活を余儀なくされた幼少期の生活と、自分の息子に対して投げつけられた非難の言葉と、この両端に挟まれた格好になると、亡くなったお祖母のことをどう捉え直せばよいのかわからなくなる。内心に震えを覚えながらも、当真は辛抱強く、その先の叔父の言葉に耳を傾けた。
「お母の時代に較べたら、戦争が終わって、やっぱりはじめは食うもんに困ったみたいやけど、それでも、生活は日に日にようなってった。お父も、戦争から帰ってきてからは、家族を養うための仕事に打ち込めるのが楽しかったらしい。それこそ狂ったように働いてたって、手柄話みたいに、酒で酔った夜には、お父は、俺ら兄妹を集めて語ってたよ。お母を嫁に迎えたのも、誰かがひもじい思いをしていることに、お父のなかの義憤というか、義侠心というか、困ってる人を助けたいみたいな気持ちがあったんやとは思うてる。その慈悲の心にお母も、俺ら子どもも、乗っかってた形なんやな。でも、世間の標準からいいても、お父はあまりに早う亡くなった。さいわい、俺もひさ子も大学を卒業するまではおってくれたから、授業料が捻出できんで進級をあきらめることもなかった。就職にも恵まれた。ただ、俺はいまの家に養子に入って、ひさ子は遠方に嫁いで、兄さんだけを家において、母の面倒を見させてたんは悪かった思てる。よその家はまだ夫婦元気で近所を散歩しているのに、この家だけは、お母の気持ちに火が消えてしもてたのは、俺にもわかっとるんや。いくつになっても、連れ合いがいるかどうかは大きなことやな。潤いいうか、気休めいうか、憩いの場所でもあるし、寛げる対象であるていう、人生の避難場所やと思う。おなじ家庭に、息子夫婦の家族があって、そのなかで、自分だけがひとりきり。そういう状況で過ごさなならんなら、気持ちがやせ細ってくのもわからんでもないんやわ」
 ひさ子は徹の話に口を挟まず、黙って聞いていたが、母親の孤独について話が及ぶと、彼女の眼は自然と立ち昇る線香の煙の、空中に拡散して薄く消えてゆくあたりに彷徨った。
 白い煙はひとすじを揺らめかせながら、まっすぐに立ち昇っている。どのあたりで空気と和しているのか、境界はあいまいである。お母の生前にはしたことのない会話が、残された者のあいだに交わされる。煙と空気の融け合うこの部屋に、亡くなったお母の魂もまた忍び入り、溶け込んで、じっと話に聞き入っているような気がひさ子にはした。
「思いだした。お母、一度、電話してきたことがあったんよ」
 ぽつりとひさ子はつぶやく。
「あのお母が電話を――?」徹は驚いている。
 当真も知っていた。お祖母の電話嫌いは筋金入りだった。誰もいないときに家に掛かってくる電話は、まずとらない。祖父が出るようにたしなめても、慣れないからといって、ついにみずから率先して受話器を挙げることをしなかったお祖母だった。大切な用事もあるし、火急の要件もある。祖父が口をすっぱくしてもダメで、だから、この家ではほかの家が備えない早い時期に、留守番機能のついた電話に買い替えたのだった。その電話ぎらいのお祖母が、わざわざひさ子叔母に電話を掛けたとすれば、驚きの知らせだった。
「あのときは驚いた。柄元の家にこの家から掛かってきたから、お父さんからかと思ってたら、耳慣れない声が受話器にしてね。母の声とわかるまでには時間がかかったもんよ。だって、電話を通しては一度もお母の声を聴いたことがないんだから、わからないのも当然よ。よくよく聞いてみれば、その声の特徴に母らしきものを嗅ぎつけて、思わず『お母なの?』なんて聞いてしまってね。ずいぶん、とぼけた言い方をしてしまったって、口をついて言葉が出た瞬間に感じたけど。でも、電話口の母の声はその余韻を味わうこともできないくらいに、切羽詰まったものだった。涙声でね。『ひさ子、ひさ子』って繰り返した。泣いてたみたいだけど、それを隠そうとしてる雰囲気まで、受話器はちゃんと拾ってね。なんどかすすり上げる音がしたと思うと、『どうしてお父がいないのかね。さびしいねえ』、それだけいって電話は唐突に切れた。普通じゃないと思って、翌日は北陸に小旅行の予定があったけど、夫に無理をいって実家に戻ってきたの。でも、お母はけろっとして、なんで帰ってきた、みたいな受け答えしかしなくてね、腹は立ったけど、でも、そういうところに母の平生の気持ちもあったのかな」
「ふだんの態度が虚勢やった可能性もあるか」
 徹はひさ子の語った内容を反芻するように白木の棺に目を遣った。
「ほんとはさびしかった……のかな」鈴の表情が悲しげな色を帯びた。
「やっぱり子どもは子どもしかない俺らにとって、親は親でしかないというのと一緒かね」
 すでに七十三の徹が、子どもの立場で自分を語ることのおかしさが、その言葉にはあった。とはいっても、それは当真も同じだった。亡くなった祖母のカツ美にとって、徹はいつまで経っても子どもであるのだし、当真は、孫であるのだ。その関係は、一方が亡くなったあとも変わることはない。
 ただひとり。配偶者だけは、自分にとって特別な存在だと思う。自分にもっとも近い関係ながら、もっとも真っ正直に、喧嘩するときは派手に喧嘩もするし、仲直りをするためには、一番に心を砕こうとする存在である。ときに憎らしくなって離れたくもなるが、ときが立てば、気にせずにはいられなくなる間柄だった。そんな存在が一方的にぷっつりと連絡を絶ってしまうのが死であるからこそ、人生の早い段階で夫と死に別れたお祖母は、そこで人生に張り合いを喪ったともいえるだろう。
「さびしかったからこそ、周りにきつく当たったというのなら、わかる気もするな」鈴こそさびしげだった。
「ほんとは、こういうことはもっと前に話していられればよかったのかな」
 ひさ子がしみじみと口にした。また泣けてきたのか、手に持ったままだったハンカチをふたたび目じりにあてた。
 場がしんみりしているところで、ひさ子のハンカチがひらひらうごめくのが、目立っていた。所在無げに徹はそわそわと視線を遊ばせている。無音とはいいがたい、夜は夜なりの、しずかななかに立ち上がってくる雑然とした物音の集積が、庭に面したガラス戸を透かし、間にたてた唐紙を抜けて聞こえてくる。無声の室内にいると、ときおりやかましいくらいに虫の音の高鳴るときがある。誰がなにを考えてるかわからないような、無為にちかい時間がゆっくりと過ぎて行った。
 と、ひさ子が口にする。
「こんな時間まで起きてるのは久しぶりだな」
 鈴はスマホを出して時刻を確認した。《9/23 1:27》と描画されている。
「あたしも世の中にこんな時間のあることを想いだしたのはひさしぶりかも。夜ってこんなに静かなんだ。静かだけど、物音の鎮まることはないんだね」
 一同の中でもっとも若々しい鈴の声が、故人の横たわっている空間に、その鬱勃とした空気を払拭するような明るさ軽さできんきんと響いた。
「さいきんは早い時間に眠っとったから、俺もこんな風に夜更かしするのもこのところはなかったな。ちょっと気づかれしたかな。眠くなってきたよ」
「すこし眠る?」ひさ子が勧める。
「そうやな。今夜くらいはお母のちかくにいてやるよ」
 徹は殊勝なことをいった。
「わたしはもうすこし考え事にふけるよ。頃合いを見て、眠るから、先にどうぞ」ひさ子は一息ついて、棺の脇に用意された赤や黄色の花に目をやった。
 当真は娘が眠そうにもしていない姿を見て、促した。「ちょっと散歩でもしないか?」
 ひさ子のさびしそうな姿を目にしていた鈴は、父親の申し出にしぶるそぶりを見せながらも、結局は同意した。
 部屋を出るとき、廊下から入ってくる風の涼しさに、圧しとどめていた肺の空気が一気に口をついて出た。慣れない緊張の中で、自然と気持ちがおしふさいでいたのだった。
「慣れないだろう。俺も、慣れないんだ、実は」
 脇で娘が息をついているのを見て、当真は同情するように口にした。
 板張りの廊下は、しんとしている。だれも通らない、生き物の気配のないがらんとした木の構造は、なにかが化けて出そうな雰囲気も帯び始める。鈴は夜の学校の雰囲気を思いだした。水拭きをいつもかけていた廊下のすべりのよさを思いだした。
 慣れない玄関の段差に、見慣れない多くの靴が雑然と並んでいた。ふだんと違うところに来ていて、いつもとちがう状況に置かれていることに、いやでも気づかされる。ほかの家に泊まる機会が滅多になかったから、この夜は鈴にとって非日常だった。曾祖母がいままで生きていたこと、彼女がつい昨日に亡くなったこと、その事実をどのように受け止めればよいのか見えてこない。
 身近な人の亡くなった経験が鈴にはなかった。同級生の両親のどちらか一方が亡くなったというのは、風のうわさで聞くこともあった。しかし、曾祖母という、血のつながりから言えば、遠いのか近いのか、よくわからない、まして、一緒に暮らしてもいたのでもない相手の亡くなったことを、どう実感すればいいのか、それがわからない。ショックかと問われても、ショックという言い方でくくれるものでない気がする。それよりもっと淡い感覚であった。
 おろして間もないスニーカーを履いて、父と一緒に外へ出た。風が出ていて、頬にあたるのが心地よい。慣れない道を、父と並んで歩く。
 夜道はたしかに暗いけれど、南の空に高く十三夜の月がのぼっていた。白くあえかな光を地上に投げかけていて、あたりはその光のおかげで、うっすら見透かすことができた。街燈の少ない道だった。月明かりの白さに照らされて、用水路のわきに生えたススキの、風に揺れるさまもはっきりと見える。金色よりはややうすめの、穂の部分のかさかさしている、ススキのさびしさもまた、秋の季節の一端を見せてくれていた。
 水音がさかんにしている。用水路を流れる水の量は豊富だった。ときおり、へりをはみ出そうかと思うくらいに勢いが増している。二日前の雨でこの水量になったのだろう、と、鈴は眠気のまったくない頭で考えた。暗さに目が慣れてくると、遠くに見える地平線のあたり、東のへりには、ごつごつした山脈の稜線が空を黒く切り取っているのがわかった。こんな夜でも、はっきりと認められることに鈴は驚いた。
「鈴鹿山脈だね」
 外に出てはじめて当真が口を開いた。
 授業で習ったことがあった、と鈴は懐かしい名前を思い出す。「滋賀と三重の県境」
「岐阜もね」
「うん」
「けっこう大きいね」
「標高はどうかな、一千メートルくらいあるのかな。たぶん、それくらいかな。でも、ここも標高は高めだから、差で行けばそこまで高くは見えないけどね」
「ねえ」この話をつづける意欲はなかった。それで心にわだかまっていることを吐き出すことに決めて、言葉をついだ。「お父さんにとって、おおばあはどんな存在だったの?」
 当真は脇を歩く娘を見た。
 鈴はすでに父の顔に視線を注いでいた。どんな反応が返ってくるのか、かたくなに待ち望む格好だった。おもわず、当真は、前に向きなおる。
「おじさん、おばさんの会話を聴いてたけど、あまりよく思われてなかったみたい。ひどい人――だったの?」
「困ったな」
「これって、あの言葉かなって、聞きながら思ってたよ。死人に鞭打つ。そこまでひどい人だったんなら、どうしてお父さんは、お通夜にまで出るって決めたの? けじめ、ってなに」
 そこまで聴かれていたかと、当真は困った。鈴が入ってきたのはけじめのことをいうよりあとだったから、なぜ、娘がそれを知っているのかといぶかった。疑念はすぐに解ける。隣の部屋で寝ていたのだから、俺たちの会話も障子を通して筒抜けだったにちがいない。自然と耳に入ってきた会話に聴き耳の立ってしまったことを、鈴の意地の悪さと責めるのは、筋がちがう。
「けじめ、な」当真は観念した。「父さんな、母さんと一緒になるとき、おおばあにも、お祖父(じい)にも、お祖母(ばあ)にも、こっぴどく反対されたんだ。それで家を飛び出した。生活は苦しかったけど、なんとか自分たちのくらしを維持して、お前たちを儲けたんだよ。ある程度、くらしも落ち着いてから、連絡をとって、またここの家との交流も再開したんだけど、こんどは、和馬のことでまたおおばあが強く非難してね。もう無理だと思った。だから、実家には寄り付かないようにしたんだ。でも、そのおおばあが亡くなった。どれほど心にわだかまるものがあるにしたって、亡くなった後まで恨みを引き継いぐのは不幸のはじまりに思う。だから通夜にも出て、心をすっきりさせようと思ったんだ」
「すっきりしそうなの?」と鈴。
「わからない。ただ、いつもとちがってきてる」
「それはいいほうに?」
「それもわからない。でも、いまのところ、この変化を観察しようって気持ちになってる。明日はどんな気持ちでいられるかな。ただ悲しいことに、惜しい人を亡くしたとか、もっと生きていて欲しかったとか、そういった気持ちもなくって、通夜の席にいることに、懸念というか、罪悪感みたいなもののあるのも確かだよ」
「わたしはおおばあのイメージがわかない。やっぱり和馬のことが尾を曳いてる」
「いまなら差別発言で一発アウトだけど、昔の人だから、きつい言葉をなにかにくるんで和らげることをしないんだな。息子をできそこないといわれたことは、いまのいまも、どう消化していいかわからないよ」
「そうだね」
 父と娘は、高台になっている山手へとすすんでいった、灯りは少なかったが、月明かりを頼りに、上まで登ってみるつもりだった。途中、階段があったけれど、北向きだったために、月の光も十分に確保されていた。
 秋の涼しさといっても、一段ずつ昇っていき、頂上につくまでには、ふたりとも息があがっていた。互いに息を弾ませながら、足をあげる動作が楽しいのか、夜にそんなふうに運動めいたことをしている自分たちに、おかしみを抱いたのか、頂上につくと示し合わせたように顔を見かわし合い、互いに微笑んだ。
「後ろをむいてごらん」と当真はいって自分も振り向いた。
 灯りはわずかながらも、向こうのほうには作物の刈られた後の田圃ののっぺりした広がりが存在していた。手前には、自分たちの実家も含まれる小さな集落が、こちらにもあちらにも点在している。そのあいだを縫うように、直線や曲線のいろいろの道の走っているのも見えた。
「この土地。ここで育ったんだな」当真は声を押し出すように主張した。
「どんな子供時代だったの」
 この雰囲気にあてられたのか、いつもは訊かない質問を、父にぶつけた。
 眼下の風景に目を添わせながら、当真は娘の質問に答えた。
「そこらをよく走りまわってたな。友達の多いタイプじゃなかった。誰かと遊ぶより、一人で遊んでるほうが長かったと思う。家にはテレビゲームもあったけど、おれがあまりに熱中しすぎて、することをしなくなるからって本体を隠されてね。それで仕方なく外で遊んでた。でもテレビゲームは大好きだったから、遊びたいばっかりに、テレビゲームを持っている相手の家に転がり込んで、遊ばせてもらうことが多かったよ。そのほかには――ほら、この山も、昔は遊び場だったよ」
「山にもひとりで入ってたの?」
「そうだ。考えなしだったともいえる。おじいや、おばあによく脅されたよ。熊や猪の出ることもある。蛇に咬まれたらどうするんだ。でも、そういった苦言が俺を山から遠ざけることはなかった。俺も頑固だったんだね」
「わかる気がする」鈴はくすっと笑った。
 当真は首をふった。「わかる気がする、か。どうせわかりやすい性格だしな。いまさら隠しもしないよ」
「冗談はさておき」主導権は完全に娘にあった。「今夜は眠れそうにないな」
「こんな風に、鈴と話し合う機会もないものな、もうすこし喋ってくか」
 鈴も同意した。
 遠くに、白いヘッドライトと、赤いテールランプが地上の遊星のように、小さな光源としてそれぞれ真横にゆったりと進んでいた。地上を伸びるアスファルトの地面の上を、あのライトの数だけのドライバーが、いま運転しているのだと思うと、いつもは世の中にこんな夜の時間のあることも知らずに過ごしている不思議が鈴には思われる。なめらかに流れるとりどりの色の光源を見ていると、鈴も、自分の心が肉体からふらふらと遊離していきそうな感覚を覚える。父が隣にいることも忘れて、眼下の風景にしばらく視線をおとしていた。
 いまは暗くてなにも見えないところにも、なんらかの風景は存在している筈で、光っているもの、照らされているものだけがすべてではないんだろう。なにもないと思っているところにも、ちゃんとなにかが満たされているのだろう。目を凝らすと、刈り取られた田畑のなかに残っている株元も、もしかすれば、ちゃんと見ることができるのではないかと、そこに視線を据えてみる。しかし依然として、そこには無が広がっている。
 おおばあが亡くなった。声には出さないが口元でつぶやいてみる。人が亡くなった。昨日までいた人が、糸が切れたみたいにふっといなくなった。いなくなったけど、どこかにはいるのかもしれない。あの世という言葉はあっても、あの世ってなにってなる。
 おおばあの身体はあの祭壇の下の棺に横たわっている。上面の扉をあけてもらって、眠っているおおばあの皺だらけの顔を見た。もう起きることのない永遠の眠りに陥っている人の顔を見て、ふしぎな気持ちになった。眠りに落ちてしまったら、もう起きられないんじゃないかという恐怖に見舞われたのも、おおばあの眠る姿を見てしまったからだろう。鈴はこの夜に眠ろうとしてなかなか眠気が訪れなかった。わかっていた、眠ることと死ぬことは似ていて、自分も、もしかすると死に追いつかれてしまうのではないかと恐怖していることを。
 目の前の夜の風景は、なにもかもを見えなくさせてしまう。見えないことは何もなくすることなんだろうか。おおばあの心はもういまはどこにもなくなってしまったんだろうか。自分のいま物を想う気持ちは、亡くなればどこへ行ってしまうのだろう。どこかでは自分の気持ちは、つなぎ留められて、今みたいにまだまだ物を想うことはできるんだろうか。できないんだとしたら、いまのうちにもっとたくさんのことを想っていたい。想うことの貯金をしておきたい。でも、そんなことをしてなんになるんだろう。なにも残らないし、残せないとしたら、ただ、悲しい。
 思っているうちに、鈴は自分の瞳に涙が湧くのを感じた。鼻をすすって、指で目じりをぬぐった。
「だいじょうぶか?」とそれまでじっと黙っていた当真が尋ねてきた。
「平気」と鈴は答える。
 そうか、と父はいい、前の夜景に目を向ける。
 しばらく鈴は鼻をすすって、涙を拭いていた。涼しさが、寒気を帯びて感じられてくる。泣いたせいか、体温のあがっているように感じる。寒さが逆に心地よかった。
「死んだら、どうなるのかな」
 鈴の質問は、自分でも予期しない瞬間に、ぽろんと口から出たものだった。口に出してみてから、自分で驚いている鈴だった。
 当真はなかなか答えなかった。考えている気配だけはちゃんとあった。
 父と娘は、すでにとっぷりと更けて、夜のまんなかにある、静かな時間に肩をならべて、ひとつの質問に対する答えについて、考えを走らせていた。
 強めの風が、脇の楓の木の梢を揺らした。さわさわと細かくて柔らかい、無数の葉の擦れる音がたった。
「死んだら――いや、死ぬのは恐いよな。おれも恐い」当真はゆっくりといった。
 うん、と鈴は答える。
「恐いけどな、生きてる間に、なにかを残せればそれでいい気がするんだ」
 鈴が答えることなく、ただうなずいて自分の言葉に聞き入っているのを知り、当真は先をつづけた。
「鈴も、和馬も、ちゃんと生まれてきてくれて、これからも生きて行ってくれるだろう。それだけで、俺はすでに十分生きている甲斐はあるし、これだけでもう十分自分の義務は果たせた気がするんだ。生きていくだけの甲斐のあることをなすことができた。だから、いつ亡くなってもかまわないとはいかないけど、これでなんとかなると思えてるんだ。だから、さいあく、いま亡くなったとしても、それなりに救われる気がしてる。質問の応えになっているかはわからないが、死ぬのが恐いにしても、恐さを感じないでいることができないんだったら、その恐さをすこしでもやわらげられるように試みるのがいいと俺は思うんだ」
「恐さをやわらげる、か」鈴は確認するように父の言葉を繰り返した。
「できることを素直に取り組んでいく、それだけでも、ちゃんと励みになるんだから、不思議なものだけど」
 うん、とまた鈴はいった。
「おおばあだって、おれや鈴、ほかにもたくさんの子や孫や、ひ孫に恵まれて、それなりに生きてこれたからこそ、あんなふうに大往生ということになったんだし、俺らは、その船出を気持ちよく見送れればいいんじゃないか、いまこの風景を見下ろしながら、そんなことを考えていたよ」
「そうだね」
「でもな」
 そのとき当真は急に重苦しい吐息をはいた。
 その吐息の重さに嫌な予感がした。思わず、月明かりにほのかに照らされて、かろうじて確認することのできる父の顔に視線を貼り付けた。
「明日はたいへんだ」困惑する様子を当真は見せた。
 そうだ。そうなのだ。父も母も、おおばあが亡くなったことを知るや、お葬式をどうして家であげるのかと、親戚との電話で、かなりはげしくやりあっていたのだった。
 学校から帰ってきたときに、玄関先でやりあう声が聞こえていた。聞かないようにしていたけれど、そのときの慌ただしい会話の一部が頭の中にぶりかえした。本当は実家で葬儀をしないほうがいいというのが、父と母の意見だった。大勢が集まるような場ではなにが起こるかわからない。そんなことを口にしていた。それはおおばあの日ごろの態度に直結する問題であるということだった。
 鈴は自分からは口を開かなかった。父には父なりの苦しみがあるんだろう。
 ご近所といって、鈴にとっては知らない人たちばかりが顔を見せるのだから、こちらに人見知りの気はないにしても、それでも気疲れしてしまうかもしれない。まして、なかなか眠れそうにない夜を過ごした後の一日であるなら、なおさらだ。鈴も父同様、ため息を深くついてしまうのだった。
「鈴も、ため息か。仕方ないな。こんなときだもの」
 父の言葉に誤解の雑じっているのもわかった。ことさら否定するにも及ばないと、鈴はかるい息遣いで、萎れていることを示した。
 自然と、二人は十三夜の月に目を向けた。
 そのとき、すぐ右わきを流れ星が走った。
 父と娘の声をあげたのは、ほぼ同時だった。
 互いにおなじものを見たとわかる。
「ひさしぶりだな」と父。
「あたしも」娘もあわせる。「この前みたのはいつだったかな」
 思いだせなかった。遠い日に、いつか見たことのあったのをかすかに憶えている。思いだせないけれど、思いださねばならない気持ちに、急速に惹きつけられる。
 隣の父はいたか、いなかったか、誰かと一緒にみたのか、一人で見かけたのか。
 考えても浮かばない。そのときの情景も浮かばない。
 夏とか冬に流星群があるけど、ああいうの、すごいよな、と当真はいった。
「流星群は邪道な気がする。なにもないときに偶然行き合う流れ星のほうが、だんぜん、ありがたみが違うと思う」
「そうだな。滅多に起こらないことに出くわす方が、どう考えてもありがたいものな」
 そんな会話を以前にもしたような気が鈴にはした。この父を相手にしてのことだったかもいまは不明である。
「流れ星が見えたら願い事をというのが定説だけど、今夜はそんな気持ちになれないな」
 ぽつり呟く父の言葉の真意は測れなかった。悲しいのか、諦めなのか、執着がないのか、気落ちしているのか。実の祖母の亡くなったことを、父はどのように感じているのか。言葉には出さないけれど、近しい人の亡くなったことに、やはり父ながらに考えることはあるのかもしれない。
「魂を考えることが少なくなったな。以前にくらべて」
 娘に向けてというよりは、自分ひとりのつぶやきのように、当真は声を発した。夜のしじまといっても、微妙な物音と、夜の虫の声とに囲まれて、それなりに賑やかではあった。周囲の雑多な物音に融け込むように、父の声はどこにも反響することなく、薄められて消えていくようだった。その弱まり方に切ないものを感じた。
 なにをいえばいいかわからない。魂というようなあいまいな言葉をどう受けとればいいのか。自分の中に物差しがないと彼女は思う。それでも、魂という言葉は、なにか心をざわめかせる。
 たとえば、自分にも魂はあるんだろうか。生活の中で、魂というものが、ちゃんと自分にも備わっていると実感する瞬間はすくない。あるともないともつかないものを言葉にされ、そこに着目してみると、その存在の希薄なところに怖さを覚える。
 おお祖母の魂、そんなものがあるとして、それはいまどこに行ったのだろう。なぜこんなことに不安になるのだろう。いずれどこかへ消え去ってしまったその存在感の希薄さと、物惜しいと感じて逃がしたくはないと切実に思うようなある種のつらさが、両端から互いに引っ張ろうとする。
 あると見えるものが消えたわけではない。ふだんあるともつかないものが、一瞬、目の前に現れて、次の瞬間には、まるで何事もなかったかのように、その場から姿を消す。今さっき見かけた流れ星と同じことだった。流れ星も、ほんの一瞬の光芒を見せるときにしか、その姿を目の前にあらわさない。それまでも、宇宙をすさまじい速度で突き進んできたにもかかわらず。
 自分の魂も、いまこのときだって、すごい速さで、何かの中を突き進んでいるんだろうか。いまはもう見えない流れ星のように、おお祖母の魂は、すでにかき消えてどこにもなくなってしまったのだろうか。
「魂という考え方はあってるのかな」
 鈴は頼りなげに、隣に立つ父を見上げながらいった。
「あるといえばあるようで、ないといえばないようにも思える」
「信じるか、信じないか」
「だな」
 鈴は視線を前に戻したが、いま父がどんな表情をしているのか、わかる気がした。ことさら言葉で示そうとしなければ、その姿はたぶん想像の範疇だった。
「なんか、前近代的だな」と父は告げる。
 耳慣れない言葉に鈴は注意を向ける。
「古臭いってこと?」
「古めかしい? 伝統? 風習? 土着信仰? なんていうんだろう。でも、そういうものはいまの生活にもちゃんと溶け込んでるように思うな」
「ないと落着かないっていうのはあるかも」と鈴はいう。
「明日、というより、もう今日だけど」ふいに父の話し方のトーンがかわった。シビアなものに直面している、きびしい言い方をしている。「ちょっと怖いな。あの人たちの反応を考えると。どうして家で葬儀を出すことにしたんだろう」
 なんのことかわからなかった。〈あの人たち〉が、誰を指しているのかわからない。愉しい気分のものでないことだけは、はっきりしていた。歓迎される種別のものでないこともわかった。鈴も、明日の来るのが怖い気がした。大切なものが台無しにされてしまうような、見えないからこそ恐怖を覚えるというような、そんな空疎な恐さがそこにはあった。
「因果応報っていうけど、でも、やっぱり、――いや、やっぱり、そうなるんだろうな。仕方ないか。でも、どうして、父さんは」
 ひとりごとだった。隣に娘のいることも構わない様子だった。
 当真の声は嘆きに近かった。
 そして鈴自身が把握していない内容を含んでいた。
 わからないことを告げていると、鈴は思った。言葉を挟むことはなかった。あいかわらず吹いている風がもたらす、木々の梢のざわめきがあたりに立っていた。涼しさも感じるが肌寒さもそこには感じられた。じっとしていると、徐々に身体が冷えてくる。耐えられない冷たさではない。頭の芯がくっきりと冷えて、考えも改まってくるように思えた。
 当真は深いため息をついた。
「そろそろ戻るか」と彼はいう。
 鈴は同意した。
 月明かりのなかを、来た道を戻ることにする。帰路につくと、会話はやんでいた。
 不意に夜道の淋しさが身に染みた。
 隣を歩く父の足音の響くのが、急に、もの悲しさを助長するようだった。
 この父もいずれどこにもいなくなる時がくるんだろうか。魂の在処も、一瞬の光芒を見せたのちにふっとかき消えてしまうそんなときが、いずれやってくるのだろうか。そうだとしたら、あとに残った自分は、そのときになってどんなことを想うんだろう。そんな自分もまた、いつの日か、まったくなかったかのように、はじめから存在しなかったように、この世からふっといなくなってしまうときがやってくるんだろうか。それは悲しいことなのか、切ないことなのか、未練を感じるんだろうか、それはつらいことなんだろうか。
 鈴は眠気を催していることに気がついた。いまならなにもかも忘れて眠ってしまえそうだった。目をこすっているのを、隣の父が気づく。
「もう遅いものな」
 ぽつりとつぶやくその言葉の温かみに、鈴はほっとした。
 いつもの父が垣間見えた。
「おれも帰ったら眠ろう」
 ゆるやかなカーブになっている上り坂を、一歩ずつ、おおばあの家に向かって歩いてゆく。いま住んでいる街には、こんな坂もなければ、ゆるやかなカーブのあるところもない。機械仕事で区切ったような、直線で構成された無機質な道ばかりのつづく殺風景なところだった。新興住宅街だから、仕方のないことだ。ゆるゆると曲がりくねるその曲がりのなめらかさに、落ち着いた時間の流れが整えてきた自然ながらの調和みたいなものが感じられる。突貫でこなされたような、出来合いのような、情緒もへったくれもないような、そんな街とはちがうよさがあった。
「明日には帰るんだよね」
 鈴は尋ねる。
「帰りたくないか」父は娘の言葉を測りかねているようだ。
「いつかゆっくりとここで過ごしたいな」
 父は考えることがあるようで、しばらく黙り込んだ。
 そのとき、アスファルトの塗りの変化する所のわずかな段差に、父の靴の底のこすれる音が響いた。
 あ、と父が嘆息するのが聞こえた。
 そういうことの起こるべきときに、そういうことは起きるんだという言葉があった。なにかの本で目にした言葉だった。そのときは気づかないけれど、そうならなければならない仕組みが、ちゃんと出来上っていると感じられる、よくできた構図が、この世の中には仕組まれてある。
 父の立てた靴音も、そこには、いまここで立てなければならなかった必然があったにちがいなかった。
 おお祖母の亡くなったのも、どこかに必然がちゃんと組み込まれてあって、それがわかるときが来るのか、来ないのか、それもいまはわからないけれど、わかるならわかるだけの必然が、そこにはまたあるはずなのだろう。鈴には信じたい気持ちがあった。

(題名未定)

執筆の狙い

作者 そうげん
58.190.242.78

読みにくさを取っ払いました。ただし人物の関係が読み取れるかどうかが気になります。
書けたところまでの投稿です。完成はしておりません。

コメント

中村容子
106.181.158.6

途中で読むのをやめてしまいました。
読み進ませるチカラが弱いんですかね。

そうげんさんですね、名前覚えときます。
次回作あがったらそれも読んでみます。

禿迷絶望
111.239.179.135

読みにくさを取っ払うなら、センテンスを短くするのが一番手っ取り早いかと。

執筆の狙いをみて飛んできましたが、正直、一文目で読む気失くしました。

≫明るすぎるとせっかく眠りについた祖母が、むくりと起きだしてきそうで、状況が状況だけに、光源をしぼったままにその夜を過ごすことに決めていた。


『明るすぎるとせっかく眠りについた祖母がむくりと起きだしてきそうだ。状況が状況だけに、光源をしぼったままにその夜を過ごすことに決めている。』


句読点と文末を変えただけです。

このサイトは文章の具体的な直し方を提示すると怒る方がいらっしゃいましたけど、これはあくまで方法の一例として受け取ってくださると助かります。

誰かさんからの指摘をみて気づきましたが、確かにそうげんさんの文章は散漫としているように思います。
一文一文が終始着地する場所を決める前から「えいっ」と飛び初めているという感じ。

喋るとき人はこういう文章を言葉として発してしまいがちです。
推敲、校正の仕方が足りないか、一般的ではないのでしょう。

物語を小論文形式で書いてみるなどの練習をしてみると何か掴めるかも知れません。これは、ただの思いつきですが。

まあ、僕も人のこと言えませんけど。
文字数ノルマを決めて、ちゃちゃっと書くと陥りがちですよね。

そうげん
58.190.242.78

中村容子さまへ

読もうとしてくださいまして、ありがとうございました。
言い訳になりますが、書いている途中のもので、無駄な部分、箇所も散見される文章です。
ねらいに書きました「読みにくさ」うんぬんは、前に掲載しました「明夷」にくらべて、
それよりも読みにくさを自分なりに省いた文章を記しました、という意味でした。

物語、語り方に力がない。関心を抱いていただくだけの魅力が薄い、むしろない、
それが「読み進ませるチカラが弱い」ということのようですね。

自分でも自覚するところがあります。
途中まででも読んでくださってありがとうございました。
またお願いします。

そうげん
58.190.242.78

禿迷絶望さまへ

冒頭の一文の改善案と、読みにくさの取っ払い方についての意見をくださいました。
ありがとうございます。センテンスを短くするということは、たしかに有効だと思います。

ただ、今回の冒頭の一段落について――
というか、わたしが何を見て文章を直しているか、に関わる部分ですが、

すこし解説させてください。


>明るすぎるとせっかく眠りについた祖母が、むくりと起きだしてきそう【で】、状況が状況だけに、光源をしぼったままにその夜を過ごすことに決めていた。こんなことでもなければ、親族が揃うこともなかったの【だ】。線香の匂いの充満する室内の奥には、白木の祭壇が設えてある。せめて苦しまなかったことだけが幸いだったと、苦々しい気持ちも含めて、孫である関根当真は唇をきつく引き結ん【だ】。


【 】でくくった三つの「だ行」ですが、文末にリズムを作るようにしてあります。さいしょの【で】を【だ】にしてしまうと、5つの文で一段落を形作り、そのうちの三つが「だ」で終わることになります。たぶんリズムが悪くなります。またあとの二つの【だ】おわりを回避するなら、文章自体の性格も変えることになる(言い切りではなく、「た」終わりの「述べる」という調子や、「だろう」などの推量の文に変化するでしょうから)

それよりは、

>明るすぎるとせっかく眠りについた祖母が、むくりと起きだしてきそうで、状況が状況だけ【に】、光源をしぼったまま【に】その夜を過ごすこと【に】決めていた。

この三つの【に】の流れに滞りを感じます。読み直して感じました。前の小説でお経のようだと書かれましたが、そういうところに気を配りたいために、お経に近づいていくのかと思ってますが、これは自分のやりたいことであるから、この方向でももう少し取り組みたく思ってます。

推敲不足も多くあります。書いている途中で本格的に直せていないためですが、これは言い訳です。

>確かにそうげんさんの文章は散漫としているように思います

そうですね。わたしの書き方の態度が、散漫としているところがあると思います。
あれも書きたい、これも書きたいがあって、そうであるのに、今書いている部分に集中せずに、先の整合性をとりたいばかりに、指が先に動いていって、書き続けてしまっている具合です。いまのこのコメントもその側面があります。

こんかいはコメントをくださいまして、ありがとうございました。
またこつこつ励んでまいります。

禿迷絶望
111.239.179.135

音を気にする作家さんはプロの方でもいらっしゃいますよね。
そこは、各々のこだわりかと。

しかし、そこを気にしすぎて一文が混線してわかり辛くなるというのは、本末転倒ではないでしょうか。
そこは僕のようなバカでもわかるように心がけつつ、こだわって頂きたいなと思う所存にありまつる。

プロの方だと音声で聞いて心地よい文章でも、意味が分かりにくいということは少ないですから。



どうしても、こういう指摘をしようとすると上から目線になって嫌ですね。

一応弁明ですが、別に僕は自分の作品がそうげんさんより面白いとは思っていません。

チラッと読んだだけで、僕の書いたものなんかよりずっと深い作品なんだろうと察せられます。

でも、おしいなって感じる部分がそこなんですよね。



文芸誌の読みきりなんかだと、万人受けする文法を無視している短編も多くみられます。
でも、そういう作品って単行本に纏められたりはしていない気がします(分かりやすくてもしてない作品も沢山あるようですが、一際という意味です)。

万人受けする文法でないからといって、評価を低くするというのは僕も間違っていることは重々承知しています。
けれども、プロの作家を目指すのであれば、まず万人向けの作品を書くのが正当法かと。

ゴイクン
121.92.248.202

拝読しました。
面白かったかと問われれば、ちょっとなあ、という気はします。ただ嫌いかといわれると、嫌いじゃないです。

書かれているのは、家族のそれぞれの思いですね。その思いが広がるように性悪のおばあさんがアンチとして設定されているわけで、このような形が、適当な言い方で申し訳ないですが、昔は多かったような気がします。

特に通夜の席でのああだこうだは、書きやすいパターンなので、意外に昔作に多いのじゃないでしょうか。というのが感想です。

で、以下は技術的なことになるでしょうか。そういうことを少しだけ書きます。

冒頭の一文、私も一読では意味不明でした。
誰が語っているのか、誰を主体にしているのかがわからない文でした。。
結局は、誰が夜を過ごすことに決めたのか、つまり主語が最初に描かれていないから、混乱しただけのことで、それと読点が邪魔しているからますます混乱に拍車がかかっただkで、読点を一つ抜けばわかりやすくなったんじゃないかと思います。

>明るすぎるとせっかく眠りについた祖母がむくりと起きだしてきそうで、

と読点を抜かないと、祖母と起き出しそうな人とは別の人のように誤解される可能性があるわけで、それで冒頭で混乱してしまったのです。

それが、禿迷絶望さんが混乱して、こう直せばわかりやすいのじゃないか、と書かれた元々の理由じゃないかと思うのですが。

まあ、これは読んでいく上ですぐにわかりますが、ここまでに描かれていることに、物語の本筋が何もない、というのはどうかなと思います。
最終的に何枚になるかにもよりますが、この50枚弱に、なんでお婆さんが主人公の息子のことを怒るのか、それをみなが話題にしながらも、何一つ読者には提示されていません。
読者としては、そこまで隠すのか、とイライラ気分になるかもしれないですね。どうでもいいことのはずはないので。

詳しくなくても、何かヒントはあったほうがよいのでは。

視点がころころ変わるのは、これはうまくいって、違和感はありませんでした。うまいなと思いました。ただ、それぞれの呼び方は大きな問題がある気がしました。

いわゆる客観小説の書き方ですので、それぞれ名前で通したほうが読者にはわかりやすいのではないでしょうか。
 たとえば、

>父と娘は、高台になっている山手へとすすんでいった、
>秋の涼しさといっても、一段ずつ昇っていき、頂上につくまでには、ふたりとも息があがっていた。
>互いに息を弾ませながら、足をあげる動作が楽しいのか、夜にそんなふうに運動めいたことをしている自分たちに、おかしみを抱いたのか、頂上につくと示し合わせたように顔を見かわし合い、互いに微笑んだ。
>「後ろをむいてごらん」と当真はいって自分も振り向いた。
 
父と娘が、急に当真になります。
日本的な表現といえばいいかもしれないですが、私には実はわかりにくかったです。

一番最初の「父と娘が」が、「当真とすず」になっていれば、最初に客観的な絵が浮かんで、それから父と娘に変わるのなら、わかります。けれど普通の流れと逆になっているので、一人称のような感じで始まっていますね。
 最初にまず客観的な絵がほしい気がしました。

それはまた、死んだ女の呼び名にもいえて、いかにも主観的な表現になっています。

>当真は不思議な気持ちがした。お祖母を恨んでいたのか、憎んでいたのか、考えるほどにあいまいになってくる。

 と、ここでは地の文なのに、お祖父ですが、まあ、わかります。つまり納得できます。

>おおばあが亡くなった。

すずの地の文では、おおばあ、とヒラガナになります。
つまり、地の文なのに、そのときの主役との関係で言い方が変わるわけですね。いかにもアジア的な表現ですが、まあ、韓国とかに比べるとやさしいとはいえ、私には、これがうまくいっているかどうか、何ともいえませんでした。
少なくとも私が、邪魔くさいなあ、と思ったのは、事実です。一ミリほどの混乱すらありました。

こうまでも視点を変えていて、それだけで独特な書き方なのに、そこにこのような書き方をされると、人間関係がわかりにくくなるように思います。
いっそ、視点がかわるときどきに章立てするか、それとも客観描写で通して、当真は、とか、すずは、とか書いたほうが親切かとも思いました。
少なくとも西洋小説はそうじゃないかと思います。なので、he, she, theyとか、耳にうるさく聞こえてくるのでしょうね。

そんなことを感じましたが、何しろ長さがわからないので、上に上げたイチャモンが正しいかどうかはわかりません。短編と長編では、基本から何から違いますので。

前に上がっていた作品は、簡単に挫折しましたので、こちらに感想を入れさせてもらいました。それでは。

偏差値45
219.182.80.182

>読みにくさを取っ払いました。ただし人物の関係が読み取れるかどうかが気になります。

うーん、なにかの冗談かと思いましたね。
他の方のコメントにもありますが、「やはり、あの冒頭はない」かな。

もう少し読みやすさを徹底した方が良いと思います。
読者に甘え過ぎのような気がしました。

1/2
49.98.152.210

申し訳ないですが冒頭で挫折しました。
感想欄で作者さんの文章のリズムづくりの理屈を読みましたが、日本語のリズムといったら七五調など音数で表わされるものとか、文末処理を工夫する(完了形と非完了形のバランスなど)とかそういう話が出てきそうなのに、作者さんの意見は同じ助詞や助動詞を続けないようにするということだけで、それはリズム以前の「下手な文章を書かないようにしよう」といったレベルの問題でしかないと思います。
視点とか語順とか読点とかいろいろ言いたいことはありますが、まずは多くの読者が頭を傾げるようなものを書いていることを自覚しなければ厳しそうです。

瀬尾辰治
49.98.55.137

そうげんさん、少し読みました。
読みにくさを取っ払いました。ただし、人物の関係が、読み取れるかどうか。
と、書いていたので。

……せっかく眠りについた祖母が……。
「せっかく、祖母が、」この二つで、祖母を好ましく思っていない関根当真。ということが分かります。
しかしそれが、改行の最後で、唇をきつく結んだ。と書いてあると、人が集まった席では、関根当真の性格は違う、と思えます。(そんなふうにも取れる、ということですよ)

……唇をきつく結んだ。と最後に書くなら、当真が祖母に感じている内面、
祖母は……。と最初に書けば、当真の整合性はとれると思います。
あと、
その夜の、「その」が、何を指しているのか不明です。
「明るすぎると、眠りについた祖母」と、これだけでは、「その」の、説明不足ですね。
例えば、
 今夜、祖母は……。
と書いていたなら、この夜、となるでしょうし。
しかし、どうなんでしょうね。一つ目の改行内ですが、分かりにくいです。
指摘、とまでは書いていないから、ここで止めます。

そうげん
121.83.151.235

禿迷絶望さまへ

再訪、ありがとうございます。一度だけだと、書いていただいた内容に、生意気に返信したのみになってしまうので、感謝しております。

>しかし、そこを気にしすぎて一文が混線してわかり辛くなるというのは、本末転倒ではないでしょうか。

書いている途中のものを上げる方が悪いのです。まだ正式に推敲を重ねてはおりません。無駄な部分も多いのです。冒頭の一文は、教えてくださった意見も参考にしつつ、納得のいくものにいずれ変えてゆこうと思います。こまかな言い回しは、全体を書き上げなければいじることもできなくて、保留にしているものがたくさんあります。今回ここに挙げたのは、「人物の関係が読み取れるかどうか」というところでして、話者によって、同じ人物でも、呼び名が異なる。これに馴れるまでは混乱必至なのですが、それでも、どのあたりまでだったら、許容していただけるのか、それを知りたかったのでした。

>けれども、プロの作家を目指すのであれば、まず万人向けの作品を書くのが正当法かと。

いまのままだと一部の方だけがなんとか読んでくださる感じですし、できるだけ読んでくださる方の幅が広がるように書くべきなのでしょう。だから、仰ることは正当だと思います。わたしも、曲がりなりにも公募に出したがっている人間ですので、万人向けということも考えたうえで、今後も執筆に取り組みたいと考えています。

ありがとうございました!

そうげん
121.83.151.235

ゴイクンさまへ

感想をくださいまして、ありがとうございました。

通夜の席を描くのは、たしかにひとつの定番、フォーマットとして、以前から多くの作品に採用されてきたものでした。日本映画でもときおりそういったものを見かけていました。今作は、ひとりの人間のうらおもてを描いてみたくて、祖母(おおばあ)がどのように思われていたか、子の父としての当真の立場から、どのように心が揺れてしまうものか、のちに登場する人たちの偏見に接して、いま書いてある部分に出てきた人たちはどのような反応を返し、内面でどのような戸惑い、葛藤を起こすか、人物たちのそれぞれの思いを描いてみるというのがテーマにあります。

コメントの中で、地の文における呼び名の変化について、ご指摘をいただきました。この書き方は不備もありますし、推敲不足もありますし、全体を通しての読み直しも不足しています。完全ではありませんが、物を書くときに、こんなわたしでも、いちおう、センテンスには気を付けています。

その段落、センテンスでは、誰が主体になっているか、というものです。章をかえるというのが、視点人物をかえる時には有効というか、主流のやり方なのでしょうが、センテンス単位でやってみたくて、今回のような方法を採用しました。夜の山の風景のところでの、「父と娘」式の、代名詞の使い方もこなれていない部分があったようです。これから手を入れ、直す際にも、混乱したり、違和感のない流れになるように、検討していきます。

この小説は、どのくらいの長さになるか、ですが、この書き方で進めれば、300~400枚くらいにはなるかと思います。ただ、自分の今回の執筆のテーマが、人物の内面と外観、また、うらおもてを描き出したいというところにあるので、それをできるかどうかを試せれば、ひとつのミッションは終了する感覚です。

いただいたコメントは、多くの点について気づかせていただきました。
ありがとうございました。

そうげん
121.83.151.235

偏差値45さまへ

ありがとうございます。

>もう少し読みやすさを徹底した方が良いと思います。

はい、肝にめいじます。

そうげん
121.83.151.235

1/2さまへ

推敲不足の文章のままに掲載しておきながら、
抗弁するのも筋が違いますのでやめておきます。

ありがとうございました。

そうげん
121.83.151.235

瀬尾辰治さまへ

冒頭の、「せっかく眠りについた祖母」、「唇をきつく引き結んだ」は、当真自身も、二つの心にせめぎ合っているというか、自分で表向き考えている(と思っている)ことと、社会的に世間的に見れば、自分の心情は非難されるような質のものではないか、ということと、本当のところはどうなのかというところと、それをどのようにも取れるような質のものになるように心がけて置いて行った言葉の群でした。

まだ書いていないものをだしにして語るのもおかしいのですが、明けて翌日、どんな騒ぎが持ち上がるか、人物がどれほど苛立つか、どれほど怨憎入り乱れるか、そんな狂騒を通じて、もう一度冒頭を見れば、当真はどういう考えで、通夜の場にいたのか、けじめはとれるのか、とれたのか、それが見えるように書いてみたいと思い、いまはこの形にしてありました。

「苦々しい気持ち」というのは、当真自身が、自分に対して苦々しいと思っている意味も含めています。もちろん、祖母に対してという読みの可能性もあります。ただ書き手の心情としては、祖母を素直に悼めない自身に対して苦々しく思う。だからどうしようもなくて、当真は唇を「きつく」引き結んでいるという形にしてあります。

「その夜」に関しては、たしかに直しが必要だと思いました。
これを「その」にするなら、すべてが終わった後で、この通夜の夜のことを誰かが語っている、考えているという形式にすべきです。そうすると、各段落で、視点人物が切り替わっているところとの整合性がとれない。ご指摘くださり、ありがとうございました。

はるか
106.154.130.214

 そうげんさま

 拝読しました。

 見送りの夜、集まった親族が紡いでゆく等身大の言葉たち、読んでいてしんみりと、その場に漂う微かな苛立ちも含めてじんわりと、心が深まってゆくようで、あたかも私もそこに居合わせているような気になりました。

 少し長いですが、いいなと感じたところの引用を。

>ふだんとちがういいものが出てるし、食べないと損だぞと告げる。しぶしぶ手を伸ばして、当真は、ざらめのついた醤油味の煎餅の包装を解いた。かりっと齧ったときにこぼれる、米菓子のやわらかくて温かい風味と、あまじょっぱい味付けが、こわばった心をほどいてくれるようだった。口を動かしてほどけていく緊張の感触に、玄関を潜ってからいまのいままで、それと知らずに身体もこころもこわばっていたことに気づかされた。叔父はそこまでわかって勧めてくれたのだろうか。もともと、人を見るにさとい人だったから、そうなのだろう。当真はありがたいと感じる。

 素朴な味わいが丹念に織り込まれているような一節に、三十六度五分くらいの心地よい温度を感じることができました。

 当真と鈴が外に出たとき、読んでいる私も、すっと外気を感じました。少なくとも表層的には淡々と紡がれた夜に、鈴の台詞によるものでしょうか、軽快なリズムが加わって話がスピードアップしました。内から外へ、という移動を契機にした気持ちのよい展開でした。外の描写、美しかったです、特にリズムがよかったと感じた箇所をまた引用させてください。

>月明かりの白さに照らされて、用水路のわきに生えたススキの、風に揺れるさまもはっきりと見える。金色よりはややうすめの、穂の部分のかさかさしている、ススキのさびしさもまた、秋の季節の一端を見せてくれていた。
 水音がさかんにしている。用水路を流れる水の量は豊富だった。ときおり、へりをはみ出そうかと思うくらいに勢いが増している。二日前の雨でこの水量になったのだろう、と、鈴は眠気のまったくない頭で考えた。暗さに目が慣れてくると、遠くに見える地平線のあたり、東のへりには、ごつごつした山脈の稜線が空を黒く切り取っているのがわかった。

 そして、無を思わせる闇に、鈴が、自身の思いを重ねてゆくところ、ここが圧巻でした。

>遠くに、白いヘッドライトと、赤いテールランプが地上の遊星のように、小さな光源としてそれぞれ真横にゆったりと進んでいた。地上を伸びるアスファルトの地面の上を、あのライトの数だけのドライバーが、いま運転しているのだと思うと、いつもは世の中にこんな夜の時間のあることも知らずに過ごしている不思議が鈴には思われる。なめらかに流れるとりどりの色の光源を見ていると、鈴も、自分の心が肉体からふらふらと遊離していきそうな感覚を覚える。父が隣にいることも忘れて、眼下の風景にしばらく視線をおとしていた。
 いまは暗くてなにも見えないところにも、なんらかの風景は存在している筈で、光っているもの、照らされているものだけがすべてではないんだろう。なにもないと思っているところにも、ちゃんとなにかが満たされているのだろう。目を凝らすと、刈り取られた田畑のなかに残っている株元も、もしかすれば、ちゃんと見ることができるのではないかと、そこに視線を据えてみる。しかし依然として、そこには無が広がっている。
 おおばあが亡くなった。声には出さないが口元でつぶやいてみる。人が亡くなった。昨日までいた人が、糸が切れたみたいにふっといなくなった。いなくなったけど、どこかにはいるのかもしれない。あの世という言葉はあっても、あの世ってなにってなる。(中略)
 目の前の夜の風景は、なにもかもを見えなくさせてしまう。見えないことは何もなくすることなんだろうか。おおばあの心はもういまはどこにもなくなってしまったんだろうか。自分のいま物を想う気持ちは、亡くなればどこへ行ってしまうのだろう。どこかでは自分の気持ちは、つなぎ留められて、今みたいにまだまだ物を想うことはできるんだろうか。

 存在とか不在って、本当に不思議ですよね。若い鈴には、そういった不思議さが、きっとストレートに、痛切に感じられるんだろうなって思います。一方で当真は大人ですもんね、現実的な、さまざまなしがらみの中を生きている。血縁って怖いと思います。生にも死にも密接に結び付くものだし、祝いにも呪いにも馴染むものだし、深いテーマですよね。こういうのって、腰を据えて、長い息で書かなきゃ書けない対象なんだろうなって思います。たとえストーリー展開に依存した小手先の牽引力で頁を捲らせても、そんなんじゃ読みこなせてもらえないほどの何かなんじゃないかと思います。じっくり丹念に紡がれていったらよいのではないでしょうか、だなんて、見当外れかもしれないけれど、読ませていただきそんなふうに思いました。

千才森 万葉
14.9.117.64

(題名未定) へ

 お邪魔します。なるほど、みなさんの感想の評価が、難しめになるのも何となくわかる気がします。
 冒頭の文章に関しては、読みにくさはありますけど、読み進めていくと気にならなくなるので、単純に作者さんのエンジンが掛かりきっていなかっただけかなって感じました。
 ただ、文章の問題を差し引いても序盤はわかりにくさがありました。人物の名前が多いのと、彼らの関係性が一度に並べられている事、そして、色々な情報を伏せてあるのが、読者の記憶容量を圧迫しているんじゃないかなって気がします。情報が伏せられていると、伏せられている情報が先のストーリー展開にとってどのくらい重要なのかわかんないので、読者は書かれている情報を処理しないまま暗記しようとするんですよ。答えが出ていれば、答えだけを覚えておいて先に進めるんですけどね。明かされるまで、もやもやしたまま先に進まなきゃいけなくなってしまう。これが読者にとって結構なストレスになるんです。推理小説なんかだと、推理しながら読むのが当たり前ですから、読者は覚悟をした上で読むのでいいんですけども。

 多分、作者さんの文章は含みが多いんですよ。それが持ち味でもありますし、わたしは好きな書き方です。それに、文章に遊びが見られる。所々仕掛けが込められているので、ちゃんと向き合いながら読んでいくと、惹き付けられる魅力があります。
 ただ、前半はそれが徒になっているように感じました。与えられる情報量が多いのと、文章が暗に示す情景や心情により作品が重たくなってしまい、許容量がパンク気味になってしまう。心に、作者さんの持ち味を味わう余裕が無くなってしまうんですよ。読みながら、凄くもったいないなーと思ってました。

 やっぱり、仏壇の前で誰かの悪口を言ってるシーンは、わたしには『面白い』とは感じられなかったですよね。あんまり聞きたくないじゃないですか、そういうの。わたしなら、そういう場面に出くわしたら、出来ればさっさと帰りたくなります。現実だとなかなか帰りにくいかもしれませんけど、小説は頁を閉じるだけで帰れるんですよ。
 んー、ご贔屓さんや必ず読んでくれる人向けに書かれたのなら問題ないんですけども、どれを読もうかなってふらふらしている読者さんだと、続きを読ませるにはキツいのかなって予想します。
 この先には、こんなスカッとするシーンが待ってるよ、ほっこりするシナリオを用意してるよ、ドタバタするけど大団円になるよ。そんな誘いを所々に仕掛けてあれば、同じ入り方でも読ませられるかもしれません。今は嫌なシーンだけど、この先は面白いですよって雰囲気が欲しいところです。
 まあ、好みなのでしょうけども。

 一方で、後半の抜け出した後のシーンは良かったんですよ。
 作者さんのオリジナルの表現がみられますし、雰囲気も好みでした。他の作品とは違う良さが発揮されていると、読んでいて楽しくなります。風景描写も心情描写も落ち着いていて面白く、するすると読めましたし、ちゃんと心に入ってきます。
 ちょっとツッコミ所もありましたけど、良かったなーと。

 んー。わたしなら、冒頭をばっさりカットしちゃうかも。
 この後のシナリオで、親族の説明を細かく書いていくほうが無難な気がします。まあ、その辺りは好みでしょうけど。
 書き直すにしろ、直さないにしろ、作者さんの味は消して欲しくないなと思います。

ご利用のブラウザの言語モードを「日本語(ja, ja-JP)」に設定して頂くことで書き込みが可能です。

テクニカルサポート

3,000字以内