作家でごはん!鍛練場
女衒小僧

てんとうむし学習帳

『テントウムシ学習帳』
 彼にはあまり大きな楽器は向いていないかもしれない……。
 新任教諭の砂子彩は園児たちの出し物にマーチングバンドを選んだ。鍵盤ハーモニカをメインに小太鼓とシンバルとトライアングルで編製させた園児たちのマーチングバンドには、ひとつ、モンダイがあった。
 テンドウモクバはそのモンダイだった。
 モクバはシンバル・パートの一人だが、周りの子供たちの演奏に合わせることができない。彼はシンバルを鳴らすのが下手だ。というより、ほとんど、鳴らすことがない。タイミングを見計らってシャーン! と鳴らすようなことができないのだ。ボーとしているかと思うと隣の子に話しかける。たまに音を出すことがあっても、打つべきタイミングからずいぶん外れて気まぐれみたいに鳴らし、鼻水をズボンに擦りつけながら、天井をずっと眺めている。どうにも集中力に欠けるのだ。
 注意しても直らないので、彩はモクバからシンバルを取りあげてしまおうと考えた。妙なタイミングで鳴らされようと小さな楽器なら他の音に紛れてきっと大丈夫だろう。彼にはシンバルではなく、トライアングルを持たせるのが正解だ。
 放課後、園児を迎えに保護者がやってくるのを待つあいだ、砂子彩とテンドウモクバは話をした。
「テンドウくん、あなたトライアングルを練習しなきゃね」
「どうして」
 本当の事情を説明して落ちこませるより、気づいたらシンバルがトライアングルに変わっていたという風に思わせたほうがいい。
「トライアングルのほうが似合う気がしたから」
「ふうん」
「最初はうまくいかなくてもしかたないわ」
 彩がそう言って励ますと、モクバは不思議そうな目でただ黙っていた。
 子供たちにはそれぞれ自分の好きな楽器を選ばせていた。そのほうが興味が長持ちするだろうと考えたからだ。モクバも自分からシンバルをやりたいと手をあげた一人だった。子供たち、とくに男の子にはシンバルが大人気だった。
「違うよ、先生、違うよ」とモクバが唐突に言って彩の服の裾を引いた。「来て、先生」彼はそのまま音楽室まで彩を連れて行ってシンバルを手にした。
「やっぱりシンバルがやりたいの?」
 テンドウモクバは彩の問いかけに答えるように一発、シャーン! と鳴らした。やればできるじゃない、と彩は拍手して彼をほめた。子供は褒められると伸びる。しかしモクバは満足しない様子で音楽室の端までシンバルを両手に歩いていくと、
「違うんだって」と繰りかえした。
 そうして、もう一度シンバルをシャーン! と鳴らした。「ほら」彼は傾斜した天井の辺りを眺め続けていた。
 モクバは音の反響が気になっているのかもしれない、と彩は気づいた。
「そうか、テンドウ君は音の小さな違いに気づいたんだね?」
 モクバはこくりと頷いた。
「シンバルを貸してくれる? おもしろいことしてあげるから」
 彼女は手に持った子供用の小さなシンバルの端を押さえ、指を挟まないように鳴らした。カツンという小さな音がして、シンバルはそれ以上鳴らなかった。それを見ていたモクバは目を輝かせた。
「どうして?」と彼は言った。大きな音が鳴らないのが不思議でならないのだ。
「ミュートしたの、指で押さえてね」
 そう言ってから子供にはミュートという言葉の意味が分からないだろうと気づき、どう説明しようかとモクバを見た。すると、モクバは音を出さずに小さく口を動かしながら、
『ミュート、ミュート、ミュート……』と何度も繰り返し呟いていた。これは子供が言葉を覚えるときの仕草で、少年はいま新しい言葉を覚えようとしているのだ。
 音楽室をでるときにはモクバはいつになく興奮していた。
「音って不思議」とうっとりしている。
 階段を降りていると、踊り場の手すりのところに天道虫がいた。
「テンドームシだよ」と少年は言って星の数を数えだした。「このテンドームシは星が七つあるから、ナナホシテンドーだ」
「外に逃がしてあげて」と彩は言って、テンドウモクバが天道虫を「テントウムシ」と呼ばずに「テンドームシ」と間違っているのに気づき、
「テンドウは自分の苗字でしょう、これはテントウムシだよ?」と指摘した。
「これはテンドームシ」とモクバは繰り返した。
「違う、あなたはテンドウ、これはテントウ」
「あなたはテントウ、これはテンドー」
「うーん」 
 やっぱり変わった子だなあ、と彩は首をすくめた。窓の外にモクバの母親が待っている姿が見えたので、お母さんきたよ、と少年の手をとった。
「明日からは他の子の音もよく聞くのよ、演奏は自分が新しい音を発見するだけじゃないからね」
 母親に少年を引き渡すとき、彩は言った。
「どうして?」
 子供に理解してもらうのは難しいな、と彩は頭をかいた。
「今日は、音の反響とミュート、音の不思議について勉強したんですよ……」と彼女は母親に説明した。
「反響? ミュート? 幼稚園でそんなことを教えるんですか?」と母親は目を丸くしていた。
 モクバは母親のスカートの中に頭をつっこんで、「なにが入っているの?」と聞き、こら、と軽く頭を小突かれている。
「この子はなんにでも、どうして? どうして? なんです。とても小さいころから。いったいどうしてなんでしょう?」と母親は息子に対する疑問を彩にたずねた。
 彩は思わず微笑んだ。
「先生を困らせていないでしょうね、あんた?」
 スカートのなかでもぞもぞやっていたモクバはひょこっと顔をだして、
「どうして?」と不思議そうに言った。「どうして困るの?」
 母親はスカートの下からモクバを追いだして顔をしかめていたが、彩がふふふと笑うのにつられて、額に手をやり声を立てて笑った。
「ねえ、なんで?」
 少年にはまだどうして大人たちが笑うのか理解できないようだった。
「どうして? なんで笑ってるの?」
 テンドウモクバは不思議だ、という顔で砂子彩と母親を交互に眺めていた。
 そのとき、天道虫が彼の鼻にとまった。まあ、テンドームシだわ。彩が心のなかで踊り場でのやり取りを思い出したときだ、
 
 あっ、テントウムシ! 少年は嬉しそうにそう叫んだ。


てんとうむし学習帳

執筆の狙い

作者 女衒小僧
222.230.118.216

短編を書こうとしたら、掌編のほうがおさまりがよくなりました。いろいろな感想お待ちしております

コメント

偏差値45
219.182.80.182

>テンドウモクバ >モクバ >テンドウくん
同じ人物だったら、統一した方が分かりやすいかな。

>新任教諭
もっと適切な言葉がありそうな気がしますね。

>テンドウモクバはそのモンダイだった。
私の知らない楽器なのかな、と考えさせられたので、
改善は必要かな。

内容は園児の教育シーンですね。
園児の成長をみて、ほっこりということかな。
個人的には、なにかもっとスパイスが欲しいかな。

女衒小僧
222.230.118.216

偏差値45さんコメントありがとうございます!
 
 文章中で適切な言葉遣いができるよう、意識していこうと思います。
 登場人物の呼び名を統一するなどの作法はとても勉強になりました。
 ご指摘の通り、なんだかすごくのっぺりとしたお話になってしまっているなあ、とは感じていました。作品数を重ねて少しずつスパイスの利いた内容になれればいいなあと思います、感想ありがとうございました!

1/2
49.98.135.230

初読時は好感のもてるものだと思いました(最後のオチはいらないというか、間違ったまま終わるほうが良いと思いますが)。
ただ私自身、ADHDの子がいるので、テンドウ君に対して純粋な目で見れない、という現実があり、描かれる彼には心苦しさも同時に感じます。

テンドウ君が音の反響に気づくというところは良かったです。細かいところに執着してしまう心理がうまく表れていました。しかし先生は音の反響のことではなく、ミュートを教えることに固執してしまうのは指導方法として違うと感じました(母親に音の反響を教えたと言ったところは嘘になっている)。彼が気づいた大切なことに注目してしてほしかったです。

女衒小僧
222.230.118.216

1/2さん優しいコメントをありがとうございました。
 作者も幼年期はADD傾向があったのを書きながら思い出していました。
 作者は結局楽器を取り上げられて、指揮者をやらされたのを覚えています。
 最近はADHDなどの発達障害に対する理解も得られるようになりつつあるとは思いますが、やはりほかの定型のかたとは違うよなあと考えさせられました。
 ありがとうございました。またよろしくお願いします!

田中一郎
219.117.13.241

私は自閉症と誤診されていたものです。
3年間も自閉症スペクトラムと言われてきました。
ただ、それは誤診でした。
日本の教育って健常者と同じ釜に入れようとしすぎですよね。
自閉症の子の良さを潰すよりは伸び伸びと育ててあげたい気がする小説でした。

ゴイクン
121.92.248.111

読ませて頂きました。
面白かったです。モクバの雰囲気、よく伝わってきました。きっとどんな子供か絵にもできると思います。
すでに書かれていますが、二人の表記、一つに統一しないと読みにくいですね。少年はモクバでいいのではないでしょうか。それとももっと普通の名前に変えるか。
先生も砂子彩は一度で、後は彩で統一したほうが読者には親切です。読みやすいです。
話はきちんとできていますが、不満をいえば、この彩先生。いくら新米だとしても、一応は免許があるわけですよね。となれば、このような子供のことはしっかり勉強しているはずです。でも、まるで臨時に一日だけ来た先生みたいに、本気度も薄いし、頼りないです。真面目にモクバに向き合う感じがしません。
天上の傾斜で音が変わる、というのは、幼稚園児の気づきとしてはすごいことだと思います、しかし彩先生は、誉めない。もっと大げさに褒めて、そして自分は、この子の対応に間違っているのではないか、とか悩ませてください。それがドラマじゃないでしょうか。
これでは、やる気のない若い先生が、とにかくトタイアングル、それだけをやらせようと必死になっている様子しか受け取れません。きっとデートがあるので、この子のことは早く返して、急いで幼稚園を出たいのでしょうね、なんて意地悪いいたくなるほど、物語に覇気がないです。
そこが不満でした。
でも、全体的にはうまくできていると思いました。
描写や心理をもう少し丁寧になれたら、さらに面白くなると思いました。
拙い感想ですが、それでは。

夜の雨
118.18.72.209

御作は導入部「A」を、説明で入っていますが、ここをエピソードで描写したらいかがですか。
臨場感が出ると思いますが。
教室で園児たちの「マーチングバンド」をやっているシーンから始めるということです。
そうするとテンドウモクバのキャラクターが生き生きしてくると思います。
また、周囲の園児たちの反応や新任教諭の砂子彩の落胆ぶりやら、テンドウモクバをどうにかしなければならないといった状況が出てきます。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
● A

 彼にはあまり大きな楽器は向いていないかもしれない……。
 新任教諭の砂子彩は園児たちの出し物にマーチングバンドを選んだ。鍵盤ハーモニカをメインに小太鼓とシンバルとトライアングルで編製させた園児たちのマーチングバンドには、ひとつ、モンダイがあった。
 テンドウモクバはそのモンダイだった。
 モクバはシンバル・パートの一人だが、周りの子供たちの演奏に合わせることができない。彼はシンバルを鳴らすのが下手だ。というより、ほとんど、鳴らすことがない。タイミングを見計らってシャーン! と鳴らすようなことができないのだ。ボーとしているかと思うと隣の子に話しかける。たまに音を出すことがあっても、打つべきタイミングからずいぶん外れて気まぐれみたいに鳴らし、鼻水をズボンに擦りつけながら、天井をずっと眺めている。どうにも集中力に欠けるのだ。
 注意しても直らないので、彩はモクバからシンバルを取りあげてしまおうと考えた。妙なタイミングで鳴らされようと小さな楽器なら他の音に紛れてきっと大丈夫だろう。彼にはシンバルではなく、トライアングルを持たせるのが正解だ。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

そのあとに「テンドウくん、あなたトライアングルを練習しなきゃね」となるわけですが、

>「違うよ、先生、違うよ」とモクバが唐突に言って彩の服の裾を引いた。「来て、先生」彼はそのまま音楽室まで彩を連れて行ってシンバルを手にした。<

>彼は傾斜した天井の辺りを眺め続けていた。
 モクバは音の反響が気になっているのかもしれない、と彩は気づいた。<

という展開になり、彩は園児のテンドウに教えられることになる。

もちろん「B」のような砂子彩の誤った指導方法は書く必要がある。
Bを書くことにより、御作は「園児のテンドウ」がどうたらという話から「新任教諭の砂子彩の生きざま」にまで、題材が膨らむと思います。
だから砂子彩の内面も書く必要がある。
誤った指導方法をやりかけたが園児のテンドウに教えられ、人間的に成長した砂子彩。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
● B

「テンドウくん、あなたトライアングルを練習しなきゃね」
「どうして」
 本当の事情を説明して落ちこませるより、気づいたらシンバルがトライアングルに変わっていたという風に思わせたほうがいい。
「トライアングルのほうが似合う気がしたから」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――

そのあとのミュートの話とか母親が来てからのエピソードなどはよいと思います。
上に書いたような展開にする場合は、全体のバランスを考えて書いてください。


お疲れさまでした。

女衒小僧
220.102.136.169

田中一郎さんコメントありがとうございます。
自閉症スペクトラム、それも誤診だったとは大変でしたね。
人にはそれぞれのペースがあるのかもしれませんね、感想ありがとうございました。

女衒小僧
220.102.136.169

ゴイクンさんコメントありがとうございます。
そうですね、砂子彩の心理描写が甘いところはありますね。
実習生でもないのに、という指摘その通りだと思います。
物語に覇気がないとのことで次からは描写や心理描写にも力を入れて書いていきたいと思います。感想ありがとうございました。

女衒小僧
220.102.136.169

夜の雨さんありがとうございます。
 説明でなくシーンではじめるという改善の具体案まで出していただいてとても参考になりました。
 次の作品に活かしていけるように精進します。ありがとうございました。

1/2
49.98.128.30

第一回 1/2 作家賞
おめでとうございます
(スレッド掲示板 参照)

こばち
49.98.128.30

迷惑だったらごめんなさいね。

女衒小僧
222.230.118.216

おはようございます、作品を評価していただいてとても励みになります。ありがとうございました。

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