作家でごはん!鍛練場
ゴイクン

路地裏殺人事件(仮題)

                1
 さすがに降雪を見る日は少なくなったが、それでも空気は肌を刺すほども冷たい。手稲山の頂きにはまだ雪がたっぷり残っていた。散歩しながら、山頂の雪を見あげるのが私の習慣になっていた。
 市の南側から蔽いかぶさるように迫る連峰の頂きに、ハイランドスキー場があった。そこの緩やかな斜面で、本州からきた無謀なスキーヤーに衝突されて、膝の複雑骨折をしたのは、もう五年ほど前になる。陽射しがぽかぽかして、春に間近い頃の事故だった。私はそれから三ケ月、市立病院に入院した。ようやく松葉杖で外を歩く許可がおり、おっかなびっくり病院の門を抜けて、舗装されて平坦に見える道や、何気ない裏道を歩いた時、大げさな感想だが、地球が実にデコボコだと気づいた。松葉杖の接地面が不安定になるほども、地面は歪んで、ねじれて、陥没した穴から地の底に沈みこむような気がして怯えたものだ。
 半年かかって完治した頃には、とっくに梱包輸送を専門に行う会社のリストラ組に編入されて、それきり会社に顔をだすことはなかった。年が年だったから、リストラというよりは早期退職と決めつけて、事務処理を代わりにやってくれた妻の焦りとは対照的に、のんきなものだった。退職金では、よほど爪に火を灯す生活をしなければ、年金のでる年まで食いつなぐことは無理と思えたが、妻がきちんとした仕事に就いていたから、自分のことだけ考えればよいのは幸いだった。それで暑い場所が膝のためによいという医者の勧めもあって、松葉杖が取れる頃、足を引きづりながらベトナムに向かったのだ。わずかの退職金で年金まで生き延びるには、物価の安い国しかなかった。
 その上、ベトナムは私にとってまんざら関係のない国でもなかった。私が東京本社に入社した時期、日本はベトナム戦争特需に沸いており、最初に担当した仕事がアメリカ軍の物資梱包だった。インスタントラーメンからはじまり、大きな所では戦車まで、船積みのために梱包した。長い航海の間の荷崩れを阻止するには特殊な技術が要って、私にはそれがあった。おかげで最初のボーナスが、驚くほど高額にのぼったのを記憶している。
 現在のベトナム政府にとって、私は敵であるアメリカ軍の手伝いをしたわけだから、本来好ましい人物ではなかったのかもしれない。しかし結局、軽い脳梗塞にかかるまで、およそ二年間ベトナムにいたことになる。熱い国は確かに膝にはよかったが、年相応に様々な病気をかかえた私の体にとって、空から針をばらまいたように降り落ちる熱帯の光は、やはりきつかった。
 ホーチミン市に入ってすぐに、私は貧民街というにふさわしい場所に移った。私の部屋の気温は、常時三五度を越えていて、乾季には三八度にもなった。エアコンがなかったから、部屋にいるだけで汗が吹きでて、喉奥にも熱気が詰まった。それに私の部屋のベランダの真下の、幅三メートルに満たない路地は、朝から晩まで人の声で煮だっていた。
 露店の物売りの声だけでない。上半身裸の子供たちが金切り声をあげて走りまわり、空缶を蹴って遊んだ。蹴られた缶が家の壁に当たる時の耳障りな音が、今も鼓膜に残る。缶蹴りのブームが過ぎると、今度はサンダル投げをはじめた。それからどこから拾ってきたのか、半分つぶれたサッカーボールを蹴って、バイクが警笛を鳴らして縫い進む中を、にぎやかに走りまわったものだ。次に凧揚げも流行って、ベランダ沿いに伸びる電線に、頻繁にもつれさせていた。その度に子供たちは、下の路地から、
「おじいちゃん。凧、取って!」
 と黄色い声をあげた。
 路地を散歩する時も念のために杖を離さなかったから、風体を見れば、私は十分に「Ong(おじいちゃん)」の資格はあった。しかし「おじいちゃん」と呼びかけられた時には、意地悪して知らんぷりした。子供たちも心得たもので、今度は「Anh(お兄さん)」と呼んだ。私はもちろん笑顔で、紙が破れないように注意しながら、二百ボルトの電流が流れる黒い電線から凧を外した。
 私が毎日散歩する手稲山の見える道路は、昼間も閑散として静かだった。ホーチミン市の路地裏の子供たちの喧騒が、時に甘い音色として耳朶をくすぐる。
 歩きながら、ふと私の脳裏にあの眼差しがじっとり滲んできた。その眼は、帰国してから二年半たった今も、強いニカワで張りつけたように一向に私の心から離れていかなかった。闇を固めて濃縮すれば、これほど暗くなるのかと思われるほどの眼差し。陰鬱で底深く憎悪を潜めた二つの眼。私の視線とからんだその眼差しに澱んだ闇が、今も私の内部に落ちている。
 私はのんきな性分だから、これまで誰かに憎しみを募らせたという経験はなかった。嫌なやつはいたが、それはただ嫌なだけで、それが憎悪にまで膨れることはなかった。気楽に生きてきて、気楽にリストラに会い、それから気楽にベトナム暮らしをして、ついでに書くと気楽にアタ(卒中)っただけのことである。強い風がきても、心の海に白波が立つことのない平凡な人生だった。あとどれほど続くか知らないが、残りの人生が波一つの揺るぎもなく、小石一つの騒ぎすらないものであってほしいと、今は願う。
 杖を頼りにゆっくり歩きながら、路地裏の人たちが一人一人甦ってくる。陰気な心を抱えたあの人は、今も刑務所で暮らしているのだろうか。私の大家だった公安(警察官)のトンさんは、今もあの騒々しい路地裏にいて、厳めしい顔をして賄賂をせびっているのだろうか。それにあの路地裏のにぎやかな面々は、今も怒鳴り声をあげて、朝から晩まで声を嗄らして叫んでいるのだろうか。
 杖をついてデコボコの舗道を歩きながら、私の思いは三年前の異境に飛ぶ。

                  2
 ホーチミン市四区の路地裏は、その朝もにぎやかだった。明けの明星がうっすら見える六時前から、狭い道の両側を塞ぐようにして、物売りがぞろぞろ並んで、声を張りあげ、四千ドンだよ、安いよ、と叫びはじめる。ぶった切った牛の胴体や、蹄の残る豚の足、小さな籠に入れられて窮屈そうに騒ぐ鶏、それに川魚、野菜、果物などが、道の両側にびっしり広げられ、通勤バイクや自転車が警笛をせわしく鳴らしながら、中央の狭い隙間をひっきりなしに通り過ぎる。私の六畳の部屋にも、真下から露店のオバサンたちの声がのぼってきて、まともに眠れるものではなかった。引っ越してきてから、私は自然に早起きになっていた。
 顔を洗っていると、大家である公安のトンさんが、草色の制服のボタンをとめながら、眠そうな顔で起きてきた。看護師の奥さんが夜勤で不在だったから、いつもより遅い起床である。
 トンさんはベトナム訛りの英語で、
「今朝の足の具合はどうだ?」
 ときいた。壊れたレコードよりも執拗に、毎日同じ質問の繰り返しである。最初は、
「足じゃなくて、膝だよ」
 と訂正していたが、最近は曖昧に笑って、
「今朝はまあまあですな」
 と答えていた。トンさんの壊れレコードの電源を引き抜くことはできそうになかったから、私も壊れレコードになるしかない。
 トンさんはそれで安心して高級バイクのホンダ・ドリームをブーゲンビリアの咲く庭に引きずりだす。それから胸を張って地区の公安署にでかけて行った。
 私は杖をついて家の前のフォー(ベトナム風うどん)の露店に座る。
 まだ四十代のはずなのに、浅黒い顔に深い皺を寄せて、すでに女の暖簾をおろしたようなタムさんが、注文もきかずに勝手にフォーを作りはじめる。注文といっても、フォーガー(鶏肉入りうどん)かフォーボー(牛肉入りうどん)の二種類しかないうえに、北のハノイから鳥インフルエンザの噂がきこえていたから、私はいつもフォー・ボーを頼んでいた。それで、家の門を開けて路地に出た途端にタムさんはフォー・ボー作りを始めるのだ。
「毎日、暑いね」
 と私は暇に任せて覚えはじめたベトナム語を使った。
「毎日暑いから・・・」
 とタムさんはいうが、そのあとが例によってわからない。タムさんは私の言語能力を無視して、いつも勝手にしゃべった。仕方ないから肌身離さず持っているベトナム語会話集を開いて、タムさんの返事を無視して、私はいうのだ。
「タムさんは、今日は元気ですか。私はこの暑さに少しへたばっています」
 これが通じたらしくて、タムさんはフォーを小さなテーブルに置きながら何かいった。細い指で長い髪を耳のうしろに払って、額を押さえたから、頭痛がするといっているのかもしれない。
 そんな中途半端な言葉を交わしていると、いつものように柔和な笑みを浮かべて、薬局のクワンさんが私の横に座った。
「今朝も面白い会話をしてますね」
 と私をからかってから、フォーを注文した。クワンさんは英語ができた。毎朝、フォーを食べながら、話ができる数少ないベトナム人だった。
 年齢的には五十前後にみえたが、豊かな髪の半分は白くなっていた。ベトナム人にしては大柄で肩幅も広く、左顎を一度砕いたらしくて、大きな傷痕と陥没の跡があった。クワンさんは、私がこの路地裏に住みついて半年ほどしてから、どこからかやってきて、小さな薬局を開業したのだ。タムさんもほとんど同じ時期にフォーの店を開いた。
「今朝の足の具合はどうですか」
 とクワンさんが、公安のトンさんと同じ質問をした。
 こちらの人たちの挨拶言葉は、「暑いね」というのと「もうご飯食べたの」の二つが主なもので、「こんにちは」などは、初対面でもない限り滅多に使わない。しかし私には、トンさん、クワンさんに限らず、誰もが「足はどうなの」ときく。単なる挨拶だから私もまともに答える必要はない。
「まあまあですよ」
「そうですか」
 それで終わった。
 以前クワンさんに、日本の挨拶表現にも同様に曖昧で意味不明なものがある、と告げたことがある。それは「お出かけですか」「ええ、ちょっとそこまで」「お気をつけて」というやつだというと、クワンさんは白くて丈夫な歯を見せて大笑いした。それからわざわざタムさんにも通訳して、二人して十年ぶりに笑ったとでもいうように、ほがらかな笑顔を見せたものだ。それでも足にこだわる私への挨拶は終息をみなかった。
 もやしや香菜がたっぷり入ったフォーを箸でつまみながら、常々疑問に思っていたことをクワンさんにきいてみた。
「最近知ったのですが、路上での物売りは法的に禁止されていますね。センターなどで不意に公安の手入れが入って、露店の椅子や食器などが没収される現場にでくわしたことが何度かありますが、ここでは見たことがない。どうしてここだけ大丈夫なのですか」
 クワンさんはフォーの入った口を大きく開けて笑った。そして笑いながら、私の下宿先を指さした。
 私が首を傾げていると、クワンさんはフォーを呑みこんでいった。
「あなたの大家ですよ。公安のトンさんが、署で抑えているのです。その代わりトンさんは、ここの露店から場所代を取っています。もっとも、これは正確ないい方じゃない。露店の物売りが、毎月五万ドン(約四百円)ずつ勝手に貢いでいるだけで、トンさんが請求しているわけではない。だから手入れが入らないのです」
 私は驚くより先にみかじめ料を計算した。この路地の物売りが一人五万ドンずつ払えば、月に幾らの収入になるのか。少なく見積もっても、二百万ドン(約一万六千円)には上ろう。トンさんにとって、驚くほどの大金になるはずだ。
「トンさんのおかげで、みんな助かっています。びくびくして商売することもない。心臓にもいいです。おかげで私の薬局が儲からない」
 クワンさんはそういって、また豪快に笑った。
 フォー売りのタムさんが何かいった。クワンさんが通訳してくれた。
「あなたにベトナム人の彼女はいないのか。いなければ、タムさんが紹介するといってますよ」
 あわてて顔の前で手をふった。冷や汗がでる。万一そんなことになって、妻に知られて離婚という事態にでもなったら、今後生きて行く術がなくなるのだ。私が強く否定すると、タムさんは落胆の表情を見せた。
「この国にいる外国人はたいてい愛人を持っていますから、タムさんは心配したのです。日本人のあなたは、お金持ちですからね」
「冗談じゃない。もし私がお金持ちならこんな所に住まないで、市内の豪華なホテルで暮らしてますよ」
 というと、クワンさんは急に悲しそうに顔をしかめた。
「路地裏は嫌いですか」
 私は自分のいった言葉の不適切さにあわてた。
「そんな意味じゃないです。ここは好きです。もちろん」
「それをきいて、うれしいです」
 クワンさんはそれから黙ってフォーを食べた。
 椅子から立ちあがって薬局に向かう時、クワンさんはもとの笑顔を取りもどして、
「足が痛くなったら、いつでも来てください。フランス製のよい薬が入りました」
 私は感謝の言葉を返してから、注文した食後のフィルターコーヒーを掻き混ぜた。
 ゆっくりコーヒーを飲んでいると、横隣の二階建ての家から、夫婦喧嘩の叫び声が聞こえてきた。最近はだいたい二日に一回は怒鳴り合う。恥を忘れて怒鳴り散らすのは、三十代の奥さんである。四十代後半の旦那はいつも劣勢で、追い詰められて、水洩れするような心細い声で謝るだけだった。
 この夫婦喧嘩は私の楽しみの一つだったが、今日はがっかりするほど早く終わった。ラムという名の旦那さんが、ぷりぷりした様子で青い家から出てきて、私のそばに痩せた腰をおろした。興奮気味にアイスコーヒーを注文した。
 私は真っ黒に日焼けしたラムさんが、好きではなかった。声が卑しくてがさつに思えたし、目つきも悪い。仕事もなく、一日中小さな庭に竹細工の椅子を持ちだして、寝そべっているだけなのも気にいらない。人のことはいえないが、生産的なことは何もしていなかった。痩せてはいるが元気なラムさんなら、バイクタクシーの運転手や煙草売り、宝くじ売りと、つまらない仕事かもしれないがまともな仕事は幾らもあった。しかし働かない。奥さんが夕方道路で新聞を売って、ぐうたらな旦那を養っているようにみえた。それでいてラムさんが浮気するというのが、毎日の騒ぎの原因である。
 ラムさんは私を見て、ゆっくりベトナム語で話しかけてきた。暇だから、同じような暇人を見ると、ちょっかいかけたがるのだ。ラムさんはわかり易いように、短い文を重ねる。このように外国人向けの話し方をするベトナム人は、ラムさんだけである。
「あなたはいつも部屋にいる。何をしているのか」
「何もしていない。外は太陽が熱い。部屋も暑い。でも、部屋の方がまだよい。部屋でベトナム語の勉強を少し」
「そうか。ベトナム語、上手になった」
「褒めてくれて、ありがとう」
「どうして煙草吸わないのか」
「煙草は体に悪い。書いてある」
「クスリはどうだ。売ることができる」
「病気ではない。薬はいらない」
 と私ははぐらかした。
「別のクスリだ。気持ちいい。私もクスリ好きだ。この奥に売る人がいる。紹介する」
 私は断った。ラムさんはいつも私と話すと最後は、ヘロインの勧誘になる。路地の奥にヘロイン売りのおばさんがいるのは知っていた。そのおばさんから直接勧められたこともある。しかしヘロインに関しては、公安のトンさんからも何度も注意を受けていた。トンさんはたいていのことは何もいわないし、愛人を作って一緒に住んでもいいぞ、と法律に触れることまで口にするが、クスリに関しては執拗に警告しているのだ。
 私が断ると、ラムさんはそっぽを向いた。ふさふさした黒髪が風に揺れる。ラムさんは路地裏の困り者の一人だと私は勝手に考えていた。
 ラムさんの家の庭で、雑犬が金切り声で激しく吠えた。夫婦喧嘩だけでなく、この犬も近所迷惑だった。
 ラムさんの奥さんが鉄製の門を開けてでてきた。太り気味の大雑把な感じの奥さんだった。ラムさんははっとしたように身構える。奥さんは通り過ぎざまいった。
「頭が痛い。薬を買って……」
 そのあとの言葉はわからない。ラムさんを詰ったようにきこえた。
 奥さんが離れて行くと、ラムさんは足でプラスチックの椅子を蹴った。タムさんが嫌な顔をした。
 マンゴーの葉の繁みから強い陽射しが洩れてきて、潮時だと考え、私は杖をついてゆっくり部屋にもどった。

 その夜、またもラムさんの家で大騒動になった。部屋に物が飛び交い、何かが壁にぶつかって砕ける音が聞こえてきた。奥さんのひび割れた声も耳に痛い。今夜はラムさんも負けてはいなかった。同じほどの大きな声で怒鳴り返した。
 家の暑さに辟易して、皆が夕涼みにでていた時のことだから、すぐにラムさんの青い家の前に人だかりができた。私も暇だから様子を見に行こうと、手摺りにつかまってゆっくり階段をおりると、公安のトンさんがサンダルを引っかけた所だった。
「毎日、よくやりますね」
 と私がいうと、トンさんも苦笑して、
「あれはもう趣味だな。まあ、ゲームみたいなものだ。しかし近所迷惑だから、今日は少し注意したい」
 コンクリの塀から首を突きだして、庭越しに青い家の中を覗くと、奥さんが包丁を振り回しているのが見えた。四歳になる精神遅滞の子供のクーが、怯えたように体を縮めて壁にもたれている。ラムさんは最初の威勢のよさとは裏腹に、やはり檻の中の小熊のように頭をかかえて、うろうろ家の中を逃げまわっていた。
 トンさんは鉄門を開けて、厳めしく中に入った。野次馬が庭に雪崩れこんだ。はらはらと足の心配をしながら、人波に押されて、私も玄関口までよろけるように辿り着いた。ドアに手をあてて中を見やると、さすがに公安のトンさんの説得は効力があったようだ。
奥さんは包丁を持った手をだらりと下げて、泣きじゃくっていた。ラムさんは頭をかかえたまま、きょとんとしたクーと並んで部屋の隅にうずくまっていた。
 肩透かしを食った野次馬が、少しずつ家から離れていった。私もようやく解放された気分で薄明るい路地に立った。薬局のクワンさんがいて、私を見ると、
「男はダメですね。あの旦那さん、また若い娘にちょっかいだしたようです。奥さんが怒るのも無理ないです」
 と情けない声をだした。
「どうしてあの人は、もてるのですか」
 いぶかしい思いを向けると、
「金ですよ。あの人は、あれでお金が少しある。若い娘はそれを知っています」
「ラムさんは、だって働いていないでしょう」
「あの人は横着者だが、ラムさんの二人の兄は政府機関のよい部署にいます。そうはみえないでしょうが、ラムさんは、昔はベトコンだったのですよ。お兄さん方もそうだった。ベトコンって、わかりますか」
 私はバカにされたような気がしたが、確かに記憶は曖昧になっていた。それでもベトコンが、ベトナム戦争中、アメリカ軍に抵抗した強力な勢力だったことぐらいは知っている。
「ベトコンというのはアメリカ軍のつけた蔑称ですが、その方が通りはいいですね。正式には、南ベトナム解放民族戦線といいます。北の共産党と共闘して南ベトナムを解放し、ベトナムを統一したのですね。だからその功績で、ラムさんもお兄さん方も、解放後は政府系のよい職に就くことができました。でも、ラムさんはあのような性格ですから、うまくいきませんでした。この国では兄弟が援助し合うのは重要なことですから、お兄さん方がいつもお金を渡しています。それをラムさんはヘロインと女にしか使わない。それで奥さんが怒るのです」
 ラムさんがベトコンというのは初めてきいたことだったが、どちらにしても夫婦喧嘩は夫婦喧嘩に過ぎない、と自分を納得させた。
 夜の空気が涼しくなって、人々がぞろぞろ帰る路地の隅々に、星明かりが落ちていた。見あげる夜空は澄み渡り、夜光虫の散らばる海のようにきらめいていた。
 家に入って、冷蔵庫からタイガービールを一缶取りだして飲んでいると、大家のトンさんが帰ってきた。そして自分も同じものを手に一緒に座った。
「一件落着だが、困ったものだ」
 トンさんはうんざりした声をだした。
 私はビールを半分ほど飲んでから、きいた。
「ラムさんは元ベトコンだったというじゃないですか」
「誰がいった?」
 トンさんはふいに詰問口調になる。
「クワンさんからききました」
 トンさんは何か考えるように軽く唇を噛んだ。
「ラムさんは、戦争中は確かに勇敢なベトコン兵士だった。戦場では輝いていたが、戦争が終わってからの日常生活には向かなかった」
 そういって、トンさんはきつい眼差しで、一瞬私をにらんだ。しかし次に洩れた言葉は自嘲的だった。
「私も戦争中はベトコンだった。ラムさんと一緒によくアメリカ兵と戦ったものだ。お互いにメコンデルタの生まれで、家もそれほど離れていない。私は当時まだ十代半ばだったから、ラムさんは兵士として私の先輩に当たる。しかも憧れの先輩だったね。アメリカのB52爆撃機がメコン地域に襲来した時、爆弾がばらばら降る中を、ラムさんは一人で田んぼの畦道を走って、囮になってくれた。その間に、他の者は逃走することができた。南ベトナムが解放されて、私はベトコンの功績を買われて、今の仕事に就くことができたが、ラムさんも同じようにいい仕事に就いた。南部が解放されたばかりで、まだ混乱していた時期、ラムさんは北の兵士を引き連れて、人民解放軍として市内の治安維持を担当したんだよ。一年ほど任されていたかな。ラムさんはその仕事を立派にこなした、と私は思う。そのあとは私と同じように公安になった。しかし公安としての評判は芳しくなかった。半年もしないうちに、賄賂を取ることしか考えなくなっていたよ。おまけに集めた賄賂を公安仲間で分配しないで、一人占めした。だから仲間の顰蹙も買った」
 私は、戦場の英雄の失墜に溜め息ついた。
「今の姿を見ると、とても勇敢だったとは思えない。のんきに日和見主義をやっていたようにみえますね」
「人も時勢も変わるものだ」
 トンさんは苦い顔をした。そういうトンさんも、近所の貧しい露店からみかじめ料を取っている。その上、今飲んでいるタイガービールも私の物だ。トンさんは断りもなく冷蔵庫に入れた私のビールを飲む。これも賄賂のうちだろうか。
 もっとも政府関係者の給料はことのほか低い。一般民衆への税金もないし、しっかりした構えの店舗以外では消費税も取らない国だから、国家財政は窮迫していた。だからトンさんはまじめに公安をやっていながら、月給が四十ドルほどである。賄いのバアサンとたいしてかわらない。たまりかねて政府も一度、公務員の副業を奨励したことがある。家で塾を開いて、翌日のテストの模擬問題をさせる学校の先生や、本業をなおざりにして、血圧計を置いただけの自宅で懸命に夜間診療する国立病院の医者たちもいた。しかし頭を巡らせても公安の副業としては賄賂しか思いつかない。仕方ないといえば仕方ない。いずれ私の知ったことではない。私が気がかりなのは、冷蔵庫のビールの本数だけである。

 部屋にもどると、覚えはじめたばかりのパソコンを開いて、妻に短いメールを書いた。クワンさんの薬局にはよい薬があるから心配いらない、というようなメールである。一本指打法では、やたらに時間がかかった。おまけに書いてから送信するのに一時間以上かかる。サーバーが郵便局の一か所しかなく、異常な数で増え続けるアクセスに、サーバーもパンク寸前なのだった。夜の十一時をまわると、インターネットに接続できるのは、ベトナムの日替わり宝くじで四等に当たる確率と同じになる。五分置きにやっても「ビジーなので、またおかけ直しください」と、英語とベトナム語で女性の声が入る。はじめの頃はその声の柔らかさに、一度会って一緒にコーヒーでも飲みたいもの、とバカな望みを抱いていたが、最近ではその声を聞くたびに、サンダルを投げつけたいほどの苛立ちを覚えるのだった。
 そうやってメールの送信に時間を食われていると、斜め向かいのラムさんの家の犬が激しく吠えた。その吠え声に、犬を叱るラムさんの声が混線した。誰かお客さんがきたようである。時刻は、とっくに十一時をまわっていた。遅い来客である。
 メールを送信できたのは十二時過ぎだった。路地は恐ろしいほど森閑としていた。普段は深夜になっても、バイクの騒音がけたたましかったが、今夜の路地に音はない。空を飛ぶ夜行便の爆音が、遠雷のように耳に届いた。

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 翌朝、ガヤガヤと泡立つような異国の言葉で眼が覚めた。甲高い叫び声が、部屋の空気を揺らした。眠い眼をこすってベランダから見下ろすと、近所の野次馬がラムさんの家の前に群がって、大声で騒いでいた。狭い庭には草色の制服の公安が何人もいて、野次馬が庭に乱入するのを阻止していた。店を開けている露店は一つもなかった。
 怪訝な思いで階段を降りると、台所にトンさんの奥さんがいた。奥さんは看護師をしていて夜勤が多いせいで、同じ家にいながら滅多に顔を会わすことはなかった。私は怪しげなベトナム語で、どうしたのか、ときいた。
 奥さんはわずかのベトナム語を使って、おおむねは手ぶりで説明した。ラムさんの奥さんが手に何かを持って、ラムさんの頭を打ちつける仕草だった。
私は驚いて、杖を持って路地に飛びだした。野次馬の群れの中に、英語のわかるクワンさんを探した。クワンさんがぼんやりした顔で群衆の中にいた。オバサンたちをかき分けて近寄ると、クワンさんは私に挨拶代わりの笑顔を見せてから、
「ラムさんが殺されました。二階の寝室です。よくはわかりませんが、どうも杖のような鉄の棒で頭を叩かれて、殺されたみたいですね」
「杖のような鉄の棒?」
 私は驚愕して意味のない言葉を繰り返しながら、あわてて杖を背中に隠そうとして、はっとしてやめた。
「今朝早く大きな叫び声があったので、近所の人が眼を覚ましたのです。そして家に来てみると、一階の居間で奥さんが血のついた鉄の棒を握って、体を絞るようにして叫んでいるのが、窓越しに見えたそうです。もう一時間ほど前のことです」
「じゃあ、奥さんがラムさんを殺したのですか」
 クワンさんはゴマ塩の頭を掻いた。
「それがよくわからないのです。というのも、奥さんは口がきけなくなっています。ショックの余りでしょうが、今も唸っているだけで、公安の質問にきちんと答えることができません。子供のクーは知恵が遅れていますから、事態をまったく把握できなくて、床に座っています。哀れです」
 背伸びして中を覗くと、いわゆる鑑識班に該当する公安たちが、シャツをズボンから自堕落に垂らして、写真を取ったり、指紋を採取したりしていた。そのそばに、公安の動きを珍しそうに見つめるクーの小さな姿があった。

 遠くまで行って買ってきた肉マンを食べ終えて、フィルターコーヒーを落としていると、トンさんが制服姿で帰ってきた。制服を脱いでシャツ一枚になると、またも冷蔵庫から、私が箱ごと買っているタイガービールを取りだした。朝からビールである。
「これで私も署長から大目玉だ。私がこんな場所に住んでいるのも、この地域の平和と安全のためだったが、これじゃあ、叱責ですむかどうかわからない」
 私は事件のことが知りたくて、うずうずしていた。
「奥さんが旦那さんを殺したのですか」
「状況から見ればそうだ。もちろんいろいろな可能性も考えてみるが、連日の夫婦喧嘩を考慮すれば、そう考えるのが自然だろうな。これまでも幾度となくラムさんは包丁で手を刺されたり、頭を叩かれたりして、ひどい怪我をしている。今回は怪我ですまなかった」
「奥さんは自白しているのですか」
 トンさんは浮かない顔をした。
「そうなれば話は簡単だが、あいにく口がきけなくなっている。しかし中から南京錠が固くかけられていて、内部にいる者にしかできない犯行だし、奥さんは手に凶器である血まみれの鉄パイプを持っていた。まちがいなくやったのは奥さんだろう。まさか子供のクーが鉄パイプを握ったとは思えない。奥さんは自分のしたことの大きさに動揺が激しくて、当分は訊問できる状態ではないだろう。しかし、やがて落ち着く。それを待つしかない」
 トンさんはビールを半分ほど飲んで、疲れたように立ちあがり、制服を手に取った。
「これからまた署に行ってくる。今日は少し遅くなるかもしれない。ワイフが買い物から帰って来たら、そう伝えてくれないか」
 私がうなずくと、トンさんがふと私を見た。
「煙草、持っているか。持っていたら一本くれないか。朝からこんな事件があったから、今日はもう一箱吸ってしまった」
「煙草は体に悪い。やめた方がいい」
「体に悪いことはなかなかやめられない。人間、そう合理的には生きられないものだ。殺人だって冷静に考えれば割に合わないが、時々起こる。だから人間なのだろうな」
 トンさんは照れたように笑った。
 私が煙草を吸わないことをトンさんは承知している。それで煙草をせびるのだから、要するに私に買ってくれ、といっているのだ。これも毎度のことだった。私は黙って一万ドン(約八十円)紙幣を渡した。
 笑顔で受け取ると、トンさんは片手で耳を掻くようにして、
「代わりに買っておく。お金はあとで返す。取り合えず……」
 そういって、立派なバイクで出かけていった。
 あとで返したことなど、これまで一度もなかった。これもビール同様に、賄賂の一種であろう。
 私のいる貧民街に限らず、外国人はどこに住むにしろ、定期的に居住許可を申請しなければならない。しかし、ここの区長は私への許可を出し渋る。区の責任者の頭には、この路地裏を安全な場所と認めることができず、外国人の私に何かあったら、と不要な心配をするらしい。結婚でもしている場合は別であろうが、私はただの下宿人である。市の中心部の外国人の多い区域に移ってくれ、と区長は願うのだ。だから申請しても、二週間の許可しか下りない。二週間おきに区役所に出向いて手続きを取る必要があるが、行くたびに、当然賄賂がいる。それをトンさんがすべてやってくれるのだ。許可書がない場合、滞在期限が切れた深夜零時、公安が突然やってきて強制退去を命じるという。そんな目に会った日本人も多い。しかし私が滞在許可書を直接見たのは、最初の時とビザ更新時の三度だけだった。トンさんは許可書を更新したことにして、毎回の賄賂二十ドルを懐に入れているのかもしれない。そして所轄の公安仲間を説得して、私への夜討ちを制止しているのかもしれないのだった。
毎回二十ドルの出費になるのだから、それで問題なかった。私もこれまで清い水の中だけで生きてきたわけではないのだ。
そうまでしてこんな煩わしい場所に住むことはないようにも思うが、外国人専用の市の中心部の宿泊は味気ないと思えた。ベトナムに住むのなら、腹をこすって這いずりまわるような、そんな低い視線から街の風景を眺めてみたい。そのためには、気取った外国人居住区よりも怪しい貧民街がいいと、私はのんきに考えたのだ。だから二週間に一回払う賄賂も下宿代のうちと考えることにしている。それに庶民に評判の悪い公安の下宿というのが、安全という以上に、すべてが珍しくてうれしいのだ。だから求められれば、煙草代さえ平気で渡すのである。
 私はすっかり温くなったベトナムコーヒーに口をつけた。これはトンさんの奢りで、勝手に飲んでかまわないという。もっとも大きな袋一つが五十円程度だから、損得の勘定をすれば私に勝ち目はない。
 コーヒーを飲んでくつろいでいると、クワンさんが玄関ドアを勝手に開けて顔をだし、
「タムさんが店を開きました。コーヒーを飲みませんか」
 と誘った。
「薬局は大丈夫ですか」
「今日は緊急な患者以外は閉店です。私も落ち着かない」
 といいながらも、クワンさんの顔はさっぱりしていた。
 私は飲みかけの安いコーヒーをシンクに棄てて、クワンさんに従った。
 タムさんのフォー売りの店は、朝食時を過ぎると、昼まで路上カフェに変わる。よく働くものだと感心しながら、砂糖抜きのコーヒーを頼んだ。台所で飲めばタダだが、タムさんのカフェでは三千ドン(約二十五円)取る。しかしマンゴーの大きな木の下に座ると、涼しい風が吹きつけて生き返る気分になった。
 私はすぐに事件のことを話題に乗せた。
「今度の件は、実際びっくりしました。こんな場所だから、ヘロイン騒ぎが起きるのは日常のことと思えるようになりましたが、殺人とは予想外だ。奥さんもよほどラムさんのことを、腹に据えかねていたのでしょうね」
「毎日、喧嘩ばかりでしたからね。物のはずみで殺してしまうことがあっても、おかしくない」
 と、クワンさんは思慮深げにコーヒーを飲む。
「これで奥さんは刑務所行きですか」
「どうなるか、それはわかりません。奥さんが無罪になればいいと、私は考えています。この近所の人は、みな奥さんには同情していますからね。それに状況を考えれば、精神的に不安定な時の殺人です。情状酌量になる可能性が高いと思います」
 クワンさんがいい終えると、タムさんが、長い髪をなびかせながら沈痛な声をだした。クワンさんが通訳した。
「タムさんも奥さんのことを心配しています。女性として可愛そうだ、といいます。旦那さんとの出会いは前世の因縁ですから、奥さんの前世で何か悪いことでもあったのだろうか、といってます」
 さすがに前世までは、私にもわからない。しかしラムさんにあまり同情が湧かないのは私一人ではなかったようだ。もっとも、私はベトナム語のよい話し相手を失ったことになる。これは少し残念なことだった。
 私は事件の推移を、実はまだよく知らないことに気づいて、身を乗りだした。
「中から施錠された家に、公安はどうやって入ったのですか。奥さんが開けてくれたのですか」
「ああ、そのことですか。これが大変でした。ちょっと来てください」
 そういうと、私を先導するようにラムさんの家の右端に連れて行った。低いコンクリの塀に囲まれた庭で、黒い雑犬が吠えた。犬の前に皿があって、誰が置いたのか、その中に肉やご飯が盛られている。
「見てください。あそこです」
 とクワンさんが指さしたのは、青い家の横壁だった。そこのレンガ壁が壊されて、ぽっかり穴が空いていた。ちょうど人ひとりが潜れるほどの大きさである。
「居間のガラス戸越しに中を覗いたら、奥さんが血のついた鉄パイプを持って、恐ろしい声で吼えていたらしいです。しかも玄関の鋼鉄ドアは、内部から大きな錠前がかけられていた。錠前を開けるように呼びかけても、奥さんは狂乱して泣き叫ぶばかりで、埒があかない。それで仕方ないから、近所に住む左官を呼んできて、公安のトンさんの指示で、家の横のレンガを壊して中に入ったのです」
 確かに入口ドアは頑丈な鋼鉄製で、クレーンでも持ってこない限り、破ることはできそうになかった。庭に面した窓ガラスの奥には鉄格子があって、ガラスをすべて壊したとしても、その狭い鉄格子の隙間から腕一本差しこめないだろう。だから家の横壁を崩したという。崩したあたりは庭の草木が生い茂り、そのせいか最初に公安が警備していた時には崩れに気づかなかった。
 私はすっかり驚いて、タムさんのカフェにもどる。そんな私たちの背中に犬が激しく吠え立てた。
「確かに中から施錠されたら、レンガ壁を壊さない限り、外から一歩も踏みこめないですね。南京錠は想像以上の難物みたいだ。そういえば、大家のトンさんは寝る前に、玄関ドアに大きな南京錠を二つもかけてますよ。失礼ながら、こそ泥でも遠慮したがるような、いかにも粗末な家でも、施錠だけはしっかりしている。その仰々しさが、私には不思議ですね」
 クワンさんは逆に驚いた。
「泥棒に対して警戒するのは当然ですよ。日本ではそうしないのですか」
「日本はベトナムに比べれば、まるで無警戒です。ガラス一枚あれば安全と考えて、窃盗団を誘っているような家も多いです。でも、逆に私はこちらに住んでいて怖いと思うのは、万一火事になって、先にトンさん夫婦が焼け死んだ場合です。鍵の置き場所を知らないから、私には内側から錠前を開ける術がない。といって二階の部屋から飛びおりるとすれば、今度こそ膝が微塵に砕けます。炎に襲われたら、蒸し焼きになるか、障害者になるしかない。鍵がなければ外から侵入できないのと同様に、逃げだすこともできないですね。私にはそれが恐ろしくて仕方ないのです」
 クワンさんは笑って、タムさんにも伝えた。
「火事は大丈夫です。滅多にない。それに煉瓦の家だから、類焼もほとんどないですよ。私たちは火事より泥棒が怖いです。日本と正反対ですね」
 私は苦笑した。まさに、所かわれば何とやら、である。私は話題を殺人にもどした。
「内部から大きな南京錠がかけられていたのなら、やはり奥さんがラムさんを殺したと考えるしかないですね。それに余所に犯人がいて、中に入れてもらうことができたと仮定しても、奥さんと共謀しない限り、殺してから施錠して逃げることはできない。そうですね?」
 といってから、私はふと昨夜メールを送ろうとじたばたしていた時、ラムさん宅に深夜の訪問客がいたことを思いだした。その人が辞去する様子は、寝てしまったのでわからない。しかし内側から施錠されていたことを考えれば、その訪問客は事件に関係ないことになる。関係ないかもしれないが、妙に気になった。
 やがてタムさんも、一緒に座った。タムさんが頭を押さえた。
「頭痛がします。奥さん、可愛そうです」
 と、私にも理解できるベトナム語でゆっくりいった。
 私も奥さんには同情したが、これで路地裏から毎夜の喧嘩がなくなるのかと思えば、ほっとした気分とがっかりした気分が重なった。
 クワンさんが心配そうに立ちあがった。
「タムさんに薬、取ってきます。頭痛によく効く薬がありますよ」
 タムさんは小さく頭をさげた。
 クワンさんは小走りに自分の薬局にもどって行った。
 私は路地を渡る風の中でコーヒーを飲みながら、ぼんやりラムさんを追悼していた。

 公安のトンさんが帰ってきたのは、夜の八時を過ぎた頃だった。冷蔵庫から私のビールを一缶無断で取って、崩れるように台所の椅子に座った。
「もう晩御飯、食べましたか」
 と、私はベトナム人のようなことを調子よくいった。
 トンさんはむっつりとうなずいて、ビールを口に運ぶ。
「事件はどうなりました?」
 おずおず問いかけると、トンさんはいつになく苛立たしそうな声をだした。
「どうもこうも、奥さんが時の勢いで殺しただけだ。事件としては単純だから、別に深い捜査は必要ない。鑑識の結果も目新しいことはなく、一応決着したといってよい」
「奥さん、何かいいましたか」
 トンさんは首を横に振った。
「よほどショックだったらしくて、まだ錯乱状態で言葉を喋れない。瞳孔も開いている。ひょっとしたら精神病院に行くことになるかもしれないな。子供はかわいそうだが、幸
い旦那さんの親戚がきて、預かってくれることになった。旦那さんにはしっかりしたお兄さんが二人いるから、その点は心配ないだろう。しかし鉄パイプでめった打ちにするとはな」
 ベトナム人の奥さんが嫉妬深いというのは、ほとんど定説である。結婚するまでは子猫のようにやさしいが、一度結婚してしまうと虎になる。一緒に歩いていて旦那さんが別の女性に眼を向けただけで、奥さんの平手が飛んでくるという。そんな話をきいたことがある。眼を向けるだけでなく、若い愛人まで作ったラムさんが奥さんに叩き殺されたのは、ベトナム人の常識の辿り着く明快な結論なのかもしれない。
 私も杖をつきながら、ビールを一本取ってきて、話のついでにきいてみた。
「これは奥さんの殺人ではなく、実は犯人は別にいる、という考えは無理ですか」
 トンさんが初めて笑った。
「まるでアメリカ映画だな。長い間公安をやっているが、そんな事件は一件もなかった。一番あやしいやつが、やはり犯人だ。今回、奥さんは血まみれの鉄パイプを握っていたし、旦那さんは二階の寝室でそれで何度も打ち据えられて、頭はぐちゃぐちゃになっていた。旦那さんが酔っぱらって寝ていたら、奥さんにもできる殺人だ。おまけに内部から施錠してあるから、もし奥さん以外に犯人がいるとしたら、そいつは朝まで家の中に隠れていたことになる。しかし壁を壊して私が入った時には、誰もいなかった」
「何時頃の犯行ですか」
「それは正確にはわからないが、真夜中のことだろう。明け方かもしれない」
「じゃあ、死後硬直もそれほど進んでいなかったわけですね。解剖所見の結果もそうですか」
 トンさんは驚いたような顔を向けた。
「詳しいな。日本では公安だったのか」
 私は照れ笑いした。
「いや、日本では推理小説が盛んで、誰でもその程度は知っています」
「ベトナムにもフランスの占領時代に、犯人探しのそんな小説があったな。確か『煙草』という題名で、犯人は殺された男の、双子の兄弟だった。実際の捜査では双子がいるかどうかはすぐにわかるから、いかにも作り物めいた小説だった。現実はその小説のように華々しくはない。今回は奥さんの殺人ということで、署長の決裁も降りた。だから検視解剖はなされていない。その必要はないということだが、私も同じ意見だ」
 そういって、トンさんは缶ビールを一気に空にした。
 私はふと気にかかっていたことを告げた。
「昨夜の十一時頃に、誰かがラムさんの家を訪ねているのです。犬が吠えたのでわかったのですが、ラムさんは犬を叱って、その人を中にいれました」
 トンさんは興味深げに耳をそばだてた。
「本当か」
「間違いないです。私は寝てしまったので、いつ帰ったのか知らないのですが、その人は長くいたように思います」
 トンさんはしばらく何もいわなかった。やがてもっそり肩を揺らした。
「そのことは明日、近所の者にきいてみる。しかし帰る時の物音をきいたとしても、おそらく誰も何もいうまい。それに誰かが来たとしても、その者が単独で犯行を行ったとは考えられない」
「きっと奥さんとの共謀でしょう。殺人のあとで、奥さんがその人の帰るのを見届けて、内から錠をかけた」
「それは無理だ。奥さんは狂乱している。内から錠をかけるほどの冷静さはない。奥さんはおそらく、その客が帰ってから普通に錠をかけて、それから夜中に旦那さんの寝ている所を襲った。そう考えるのが妥当じゃないか。家にいたのは、他には精神遅滞の四歳の子供だけだ。あの子は小さすぎて、玄関の錠前には手が届かない。椅子か何かが必要だが、私が真っ先に居間に入った時、そこには椅子も椅子の代わりになる物もなかった。台所には食事用の木の椅子が幾つかあったが、それを錠前の所まで運ぶなど、あの子にはとてもできそうにない。たとえできたにしても、あの子の頭では、あとで椅子をもどして置くような知恵は浮かばないだろう」
 トンさんは草臥れた顔をした。
 私は別に奥さん以外に犯人を探そうとしているわけではない。ただ可能性を述べただけのことである。それに殺人であれば動機もいる。殺してしまいたいほどラムさんを憎む者が、奥さんの他にいたとは思えない。奥さんにしても、鉄パイプをふり降ろしたのは、憎しみではなく、ラムさんへのねじれた愛情のせいだと信じている。もっともラムさんは麻薬の売買に関わっていたから、そちらの方面はわからない。
ラムさんのことは、タムさんカフェでも頻繁に話題にのぼったが、その割に怨恨話は一年以上の滞在の間、一度もきかされたことがなかった。
「シャワーを浴びて寝るよ。今日は朝から疲れた。明日はこの奥にいる麻薬の売人を、一応調べてみるよ。これを機会にすこしガサ入れするのもいいことだ。何か発見できればいいが、たとえ何かの発見があっても、きっと今回の事件とは関係ないだろう」
 そういって、トンさんは本当に疲れたように、重い体をゆっくり動かした。
 壁に張りついているヤモリが、何やら楽しそうに鳴いた。
 私はそれでも昨夜の訪問客が気になって仕方なかった。ヤモリが壁を走る台所にいて、ビールを片手に膝を揉み揉み、いろいろな可能性について考えてみた。私と言葉を交わした人が殺されたことなど、過去に一度もなかったから、妙に興奮していたのも事実である。
 幾つか疑問点が浮上し、どうしてトンさんにきかなかったのか悔やまれた。
 たとえば、玄関の錠前が厳重に施されていたといっても、二階には窓があるし、他にも出口に該当する場所はあるはずだ。そこから出入りすることは無理なのか。もしそれが無理なら、錠前自体に細工が施されていなかったか。
 夫婦喧嘩の時はいつも包丁を手に旦那さんを追う奥さんが、なぜ今回だけは鉄パイプなのか。しかも、めった打ちだ。
 私はわくわくするような気持ちで、ビールを飲んだ。膝の奥の骨がざわつくような気がした。考えていけば、いろいろな疑問に突きあたる。しかしそれらが意味のない疑問に過ぎないことも、私にはなんとなくわかっていた。
 台所の電気を消して二階に上がり、疲れた体をマットレスに沈めた。眠い頭にうっすら染みたのは、その訪問客が二階でラムさんを殺し、それを知らないで一階にいた奥さんが犯人を丁寧に見送り、中から錠前をかけ、それからラムさんの遺体を発見する、そういう筋書きだった。これはなかなか名案だと一瞬考えたが、すぐに放棄した。奥さんが発狂しなかったら、これは奥さんが目撃者になって、犯人逮捕は最短距離になる。
 様々な考えを弄んでいるうちに、知らぬ間に寝入ってしまった。

                   4
 翌朝、路地裏がいつもよりも静かだったせいで、寝坊した。眼が覚めたら、公安のトンさんはすでに仕事に出かけていた。私は洗面をすませ、夜勤の奥さんがバイクで帰るのと入れちがいに、タムさんの露店に座った。すぐに腋の下に汗が滲んだ。
 タムさんは疲れた様子で、フォーを作ってくれた。
「元気ないですね」
 と気づかうと、タムさんは消沈したようにいった。
「奥さんが気の毒です。奥さん、変になってしまった」
「私も奥さんが気の毒です。子供もかわいそうだ。死んだラムさんも痛ましい」
 と、まとめて覚えた悲しみの表現を三つ使った。
「そうですね。皆かわいそうです」
 タムさんはまたもさびしそうな声をだす。
 私が汗を垂らしながらフォーを食べている時、公安のトンさんが路地の奥からやって来た。トンさんは何もいわずに私の横に座って、タムさんにコーヒーを注文した。
「署内では決着済みの事件に、朝から聞き込みだ。この制服では、暑くて疲れる」
 といって、緑の制服の胸元をつかんで、だるそうに首筋に風を送った。
「収穫はありましたか」
 トンさんは首を振った。
「たいしたことはない。やはりヘロイン関係のもつれではなさそうだ。奥の売人の商売はうまくいっているし、おまけにラムさんは最近あまり役に立っていない。今は別の小売り人を中心にさばいている。一応、そいつの薬を押収してきた」
 そういって、トンさんは手の中の紙袋を見せた。受け取って覗くと、白い粉を詰めた小さなビニール袋が見えた。量的にはそれほど多くない。
「これは不純物が多くて、妙ないい方だが体に悪い。ベトナムでは昔、金持ちは阿片を吸引する習慣があった。よい阿片を使っていた。それが今はこんなクズのようなものを、貧乏人が吸ったり、注射している。時代も変わったものだな」
 袋を返しながら、
「昨日、あれから幾つか考えたのですが、きいていいですか」
 と顔を向けた。
 トンさんは面倒臭そうにうなずく。
「玄関は厳重に施錠されていたようですが、二階の窓から庭に飛びおりたとは考えられないのですか。それに錠前自体に細工が施されていた形跡はなかったのですか」
 トンさんは横目で流すように私を見た。
「いくらベトナムの公安が日本と比べて間抜けだとしても、そこまで間が抜けているわけではない。全部きちんと調べてある。ベトナムの家は、寝る前にどの部屋も厳重に内側から大きな錠を降ろすように作られている。あの家の二階の窓もそうだし、一階の裏口もそうだ。正面玄関のドアと何も変わらない。内部から招かない限り、誰も入れないのだ。だから私たちは、奥さんの犯行と考えるしかない」
 私は挫けずに、夫婦喧嘩の時はいつも包丁を手に旦那さんを追う奥さんが、なぜ今回だけ鉄パイプなのかをきいた。それから訪問客は何時に帰ったのか。おそらく犬が吠えたと思われるから、近所のききこみでわかったのではないか、ともきいた。
 トンさんはうんざりした顔をしながらも、丁寧に答えてくれた。
「鉄パイプはわからない。怪我をさせるつもりがなかった、とも取れる。包丁ではどうしても血を見ることが多い。また訪問客だが、確かに昨夜遅く誰かが顔をだしたようだ。近所でも犬の吠え声を聞いている。十一時頃だ。しかし帰る時の物音は誰も知らない。犬が吠えなかったのかもしれない。しかし、たとえ家を去る訪問客に犬が激しく吠えて、近所の誰かが眼を覚まして路地を覗いたとしても、みな口を噤んで、公安の私には密告しないだろう。私は路地裏の誰にも信頼されていないのだ。だから何時にその訪問客がラムさんの家を辞去したのかは、正確にはわからない。とにかく朝はいなかった。他に何か質問はあるか」
 トンさんは素人探偵の私をからかうように見つめた。どんよりした眼をしていた。
 私が困っていると、トンさんは沈みこむような声をだした。
「どう考えても奥さんの犯行だ。奥さんは気が変になっているから、おそらく刑務所に行くことはないだろう。ここの誰もが奥さんを気の毒に思っているから、せめてそれが救いかもしれない。決着のついた事件に、これ以上あなたが鼻をつっこむことはない。憧れだったベトコンの英雄がこのような死に方をして、私は心から悲しい。コーヒー、ありがとう」
 そういって、トンさんは体から力が抜けたように、ふらりと立ちあがり、暑い陽射しの中を、厳めしく制服を揺らして歩き去った。コーヒーは、また私の払いだ。
 素人探偵も完全に手詰まりになった。単なる痴話喧嘩による犯行を、殺人事件に見立てようとしたが、さすがにそうころころと殺人事件が転がっているわけはない。
 この件は奥さんの発作的な犯行ということで決着がついたらしかった。トンさんも上司から叱られたらしくて、数日はしょんぼりしていたが、それでランクがさがるとか、別の区への異動があるとか、そういうことはなかったようである。
 一週間もしたら、この事件は忘れられた。路地裏にも日常がもどってきて、もうラムさんのことを口にする者はいなくなった。呆気ないといえば、あまりにも呆気なかった。

                    5
 親戚が二人きて、家の掃除をはじめた。二人ともラムさんの兄弟の奥さんらしかった。手伝いの男を三人連れてきていた。男たちは窓を開けて、そのままになっていた床の血を洗い流し、部屋の寝具や衣類を狭い庭に引きずりだした。毛布にこびりついて黒く固まった血が、強い夏の光の中で薄汚く見えた。
 私はタムさんのカフェに座って、手際のよい作業を眺めていた。床はリノリウムのタイル張りだから、水で洗い流せば血痕は簡単に落ちるだろう。見た眼に惨劇の痕跡はなくなる。
 奥さんたちは近所に挨拶したあとで、カフェに座った。大きなマンゴーの梢の下は涼しく、一緒にきていた知恵遅れのクーも、よろこんで缶コーラを飲んでいた。
「ラム兄さんはバカでした。困り者でした。真面目に働くということができなかった」
 と奥さんの一人がいった。
 もう一人の奥さんもセブンアップを飲みながら同意した。
「ラム兄さんはいつも私たちの所にやって来て、お金をせびっていきました。夫も困っていました。それにヘロインまでやっていた。自業自得でしたね」
 鴉がカアカア鳴くような長ったらしい会話を、私が理解できる範囲で大雑把にまとめれば、だいたいこのような内容になる。二人の奥さんに死者への同情の気持ちはうかがえなかった。むしろせいせいしたという印象が強かった。
 タムさんはクーを抱いて柔らかい髪の毛を撫でながら、黙って二人の話をきいていた。
クーはタムさんになついていた。タムさんは缶コーラをクーの口許に持っていった。ごくりと飲んで、クーはうれしそうにケタケタ笑った。クーはたいてい家にいたので、間近で見るのは初めてだった。頭がやけに小さい。いつか薬局のクワンさんがいっていたように、枯葉剤の影響による脳障害児なのだろう。死んだラムさんがメコンデルタで枯葉剤を浴びた可能性は充分にあった。
 クワンさんがやって来て、小さな椅子に座り、鼻をクンクンさせた。
「大変な作業ですね。私の薬局まで嫌な臭いが漂ってくる」
「ラムさんの家はどうなるのですか」
「中を塗り替えて売りにだすようです。たとえ血の流れた家でも、買いたい人はたくさん
いますからね。ホーチミン市は田舎から流れてきた人間があふれるほどいて、住居が極端に不足しています。だから道路で寝たりしている。ただ場所が場所だから、あまりよい値にはならないかもしれないでしょうね。せいぜい金二十枚程度だと思います」
「金の延べ棒ですか」
 クワンさんはうなずいて、
「そうです。ドルに直せば、だいたい八千ドル(約九十万円)ですかね」
 庭つきの家一軒で八千ドルは安かった。しかしもちろん、外国人に法的に買う権利はない。この国では、不動産、店舗に限らず、物一切を、外国人は所有できない仕組みになっている。もちろんそれができても、私に買う余裕などなかったけれど。
 路地に子供たちが押し寄せてきて、大声で走りまわった。タムさんに抱かれていたクーは怖がって、今度はクワンさんの厚い胸に飛びこんできた。クワンさんは、ぎこちなさそうにクーを抱いた。
 掃除は夕方までかかった。その間に奥さん二人は一度家に帰った。奥さんたちの姿が消えると、掃除していた男たちの動きが緩やかになった。手を抜いて煙草を吸いはじめる者まででた。
 私は近くのコープマートに買い物に行って、それからまたタムさんのカフェに顔を出す。
コーヒーを飲んでいると驟雨がきた。タムさんは浜辺で使うような大きなパラソルを、カフェの真ん中に立てた。その中に身を寄せていると、水捌けが悪いせいで見る間に路地は洪水状態になった。子供たちは歓声をあげながら、裸の腹を冷たい水に浸して、まるでクロールでもするように両手をバタバタさせて、奥から流れてくる濁流を手で切った。そんな子供たちの間を、バイクが警笛を激しく鳴らして通り抜けた。車輪が弾く泥水が、子供たちの頭を直撃した。
 にぎやかな子供たちの動きにつられたように、タムさんの腕の中で眠っていたクーが、何か意味のないことを叫びながら、突然水を蹴って家の中に駆けこんだ。
「あの子、ほっといて大丈夫ですか」
 私が心配すると、タムさんは疲労の濃い顔に笑顔を乗せて、
「心配ないです。自分の家です」
 と答えた。雨で急激に冷えた心地よい空気の中で、タムさんの顔にも少し生気がもどったようにみえた。
 降りはじめた時と同様に、雨は突然やんだ。雨あがりのまぶしい陽射しの中を、クーが手に錠前を持って走ってきた。そしてそれをタムさんに見せた。
 タムさんは私にちらっと視線を投げて、困惑の表情を露わにした。クーは味噌っ歯を見せて笑いながら、誇らしげに鍵穴にキーを差して、南京錠を開けた。今度は両手に力をこめて、カチリと施錠した。まるでゲームを楽しむかのようだった。
 私は驚いた。その錠前はラムさんの家の玄関にかけられていた物のはずだった。クーは小さな肩に力を入れて、しきりに錠前を開けたり閉めたりした。そのたびにタムさんを見上げる。クーはそれから片手を無邪気に差しだして、褒美を求めた。
 タムさんは狼狽して、クーの手から南京錠をむしり取る。褒美を期待していたクーは泣きべそかいた。タムさんがあわてて新しいコーラを渡す。
 私は呆然として、タムさんを見つめていた。何かがつながってきた。殺人の夜、家の中に確かにこの子がいた。そしてこの子は錠前をいじることができる。
「タムさん。あの夜遅く、ラムさんの家を訪問したのは、あなただったのですか」
 タムさんは覚悟したような顔を私に向けた。肯定も否定もしなかった。ただ固い表情で私をじっと見つめるばかりだ。やがてタムさんの大きな瞳が潤んで、涙が一粒こぼれ落ちた。

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 あなたがこの手紙を受け取られる時、私はおそらく牢獄にいることでしょう。人を一人殺したのですから、それは仕方のないことです。いつか私が釈放される時、おそらくあなたはこの国にいません。もう一度お会いできる機会があるかどうかわかりませんが、私はこの手紙を信頼できる友人に託します。
 私は公安署で、なぜこのような恐ろしい殺人を犯したのか詰問されるでしょう。しかし本当の理由をいうわけにはいきません。それを公安署長はよろこばないでしょうし、政府関係者も嫌うでしょう。私はもっともらしい動機を告げるつもりです。ただそれでも私は誰かに心のうちを知ってほしい。そういう気持ちを、今押さえることができません。それは私だけの特別な感情ではないと思います。まだ学生だった頃、ドストエフスキーの『罪と罰』を読んだことがあります。あの物語の中で、金貸しの老婆を殺した若い学生ラスコリニコフは、ロシアの大地に口づけして、その場で自分の犯した罪を大声で白状してしまいたい、そんな強い欲求に襲われます。今の私の気持ちも似たようなものとお考えください。
 幸いあなたは日本人です。おそらく近いうちにベトナムを去られることでしょう。公安のお宅に下宿されていますが、あなたが公安のトンさんにこの手紙の内容を語られるとは思いません。あなたに秘密を託すことで、かえってあなたを苦しめることになるかもしれませんが、これまでのカフェでのお付き合いを考慮されて、お許し頂ければ幸いです。
 ある時、私はバイクに乗っているラムに偶然出会いました。忘れたいと長い間努力して
きた顔です。私は必死であとをつけました。ラムがこのような貧しい場所に隠れ住んでいたとは、想像もしませんでした。もっと裕福な人の住む地域にいるとばかり考えていたのです。私は取る物も取り合えず、すぐにこの路地裏に引っ越してきて、殺す機会をうかがいました。ラムが最初に店に姿を見せて、妙に狎れ狎れしく笑って声をかけてきた時、私は怒りで一瞬気が遠くなるほどでした。私たちが以前出会った事実は、ラムの記憶に痕跡も残っていませんでした。
 遠い話になります。忘れてしまったラムを責めることができないほど、遠い昔の記憶です。
 ご承知のように、ラムはベトナム戦争中、ベトコンでした。生まれはメコンデルタ地帯で、現在、政府機関で働いている兄二人の影響でベトコンに参加しました。その時はまだ二十歳になったばかりときいています。
 当時、ゴー・ディン・ジェム大統領からはじまる南ベトナム政府は、腐敗にまみれていました。カトリックを優遇して、国民の大多数である仏教徒を弾圧するような狂気集団が、政府を牛耳っていたのです。それに反発して結成されたのが、南部ベトナム人からなるベトコン組織でした。外国でいう、いわゆるベトナム戦争では、ベトコンと北の共産党が一体となって、南ベトナムの解放のために戦いました。民衆も南の共和国政府にはうんざりしてベトコンを応援しましたが、本音をいえば、南の人たちは南部を解放してほしいとは考えていませんでした。政府は狂っていましたが、アメリカの援助物資などもあり、生活は豊かでした。しかしご承知のように、一九七五年の四月三〇日、サイゴンは陥落し、事実上南ベトナムは解放され、南北ベトナムは共産主義国家に統一されました。
 解放後、共産党政府は、西洋世界に鎖国制度を取り、滞在していた西側の外国人は強制的に退去させられました。そのあとの事をあなたはご存じですか。
 単純ないい方をすれば、ベトコンと北の軍隊は勝者でした。サイゴンの民衆は敗者でした。それからの国造りは北の共産党の指導のもとに行われました。ベトコンも協力しましたが、もちろん本来が共産主義者とはいえないベトコンの中には、北の強圧的な指導を快く思わない者もいて、秘密裏に様々な議論が行われていました。
 しかしラムにとっては、共産党の理念も民衆の幸せも、そのようなことはどうでもよかったのです。その機に乗じて甘い汁を吸うことしか、考えていませんでした。ラムは兄弟の尻馬に乗ってアメリカ軍と戦った、ただの好戦的な若者に過ぎません。
 サイゴンの街に混乱状態がしばらく続きました。そんなある夜、ラムが人民解放軍の兵士たちを連れて私の家にやってきました。家には私と母と妹しかいませんでした。私は当時、学生でした。
 ラムは鉄パイプをふりまわして壁を叩きながら、舐めるように室内を見まわしました。かなり酔っていました。ラムは突然本棚の本を、鉄パイプで払いのけました。
「ブルジョワの持ち物だ!」
 勝手に決めつけて、ラムは床に散らばった本を足で踏み躪りました。皮肉なことに、その中にはレーニンの「国家と革命」もありました。ここに越してきてわかったのですが、ラムは文字が読めませんでした。
 ラムは酔って赤くなった眼で私をにらみ、鉄パイプで私の肩を殴打しました。私は膝を崩しました。
「このブルジョワ家屋は没収だ。明日の午後、まだここにいたら不法占拠で逮捕する。わかったか」
 ラムは、突然信じられないことを口にしたのです。
 私が恐る恐るその理由をたずねると、
「家屋は人民の物で、個人の私有財産ではない。明日からこの家は人民が共有する」
 ラムは二人の兵士を見て、野卑な笑いを浮かべました。しかし、北の言葉を使う純朴な兵士たちは、むしろ当惑した顔をラムに向けていました。
 ラムはテーブルに座って、足を大きく組んで尊大にいいました。
「このプチブル野郎の家には、きっと上等な酒があるはずだ。持ってこい」
 ブルジョアが突然プチブルになりましたが、私には笑う余裕はありませんでした。
 身動きしないでいると、ラムは腰から短銃を抜いて、テーブルを銃把でごつんごつんと
叩きました。
 私は背筋が凍る思いがして、妹に眼で合図をしました。妹はまだ中学生でした。怯え切って、台所の奥に隠しておいたバーボンを一本、持ってきました。本国から運ばれる物資を横流ししていたアメリカ兵から、買い取った物でした。
 ラムは封を切って、勢いよく飲みました。アルコールに慣れていないラムはすぐに酔っぱらって、妹に濡れた視線を落とすようになりました。そして恐怖で真っ白になった妹の顔に、口に含んだバーボンを吹きつけて、厳めしく問いかけました。
「おまえは、共産主義を支持するか」
 粘っこい喋り方になってきました。
 妹は震えながら、体を縮めるようにしてうなずきました。
「じゃあ、ホーチミンの思想は何かいってみろ」
 もちろん南部で暮らした妹にはわからないことでした。実はそのラムでさえ、知らない
ことでした。だから本当は何をいってもよかったのですが、怯えて体を小さくしている妹
にそのような機転は浮かびません。
 するとラムは立ちあがって、妹の手を取りました。
「ホーチミンの思想は、すべてが共有財産ということだ。ゆっくり教えてやる。ちょっと
来い」
 いうなり、抗う妹を抱きかかえるようにして、二階に連れて行こうとしました。もちろん私は怒りに我を忘れて、ラムに体当たりしました。しかしラムはそれより早く、鉄パイプで私の顎を思い切り打ちのめしたのです。二人の北の兵士も私を制止しました。母はラムの足にしがみつきましたが、逆に蹴り返されて、うしろに吹き飛んで、頭を打って気を失ってしまいました。
 妹は二階の部屋でそれから長い間、ラムの凌辱を受けました。私は膝が萎えるような思いで、血まみれの顎に手を当てたまま立ちすくんでいました。北から来た兵士たちも気の毒そうな顔で私を見つめていました。しかし上官であるラムに逆らうことはできません。
 やがてラムが階段をおりてきました。唇がにやつき、強い酒のせいで眼が爛れたように赤くなっていました。
 ラムはバーボンをもう一口、瓶から口づけに飲むと、私に指を伸ばしていいました。
「明日の午後、またやってくる。その時、おまえたちがまだここにいたら、反革命分子と
して逮捕する。わかったな」
 返事をしないでいると、ラムは私の耳の辺りを鉄パイプでもう一度叩きつけました。
「そのインテリ面が、おれは嫌いなんだよ」
 ラムたちがいなくなってから、私は二階に駆けあがりました。妹は床に敷かれたゴザの上で、狂ったように唸っていました。私が慰めようと肩に手をかけると、妹は激しく払って、私をにらみ返しました。八つ裂きにされた獣のように、狂気の暗い眼をして、唇を噛み、声を殺して呻き続けました。その唇から真っ赤な血が垂れているのを、私は今も忘れることができません。
 翌日私たちは当てもなく家を去りました。中学生の妹は、解放後に再開された学校に通うこともなく、狂気のまま首を縊りました。そのときお腹には子供を宿していました。未来に希望を失った母も、国を襲った食料難の中であとを追うように亡くなりました。
 私の内部は、ラムへの憎しみで膨れあがりました。しかし、現実には何もできません。私は大学をやめて、朝から晩まで体をいじめるように働き続けました。疲れ切って横たわる寝床で、時が解決してくれると、強引に考えようとした時期もありました。しかし妹と母だけでなく、私の前途をもメチャクチャにしたラムへの憤怒は、両手で土をかけて底深く埋めれば埋めるほど、どす黒い炎となって吹きあがってくるようでした。
 ラムに偶然再会した時、ようやく埋めこんだはずの二十五年余り昔の憎しみが、一気に噴きだしました。そして鉄パイプで殲滅する機会を、ずっと狙ってきたのです。
 ラムに地獄に突き落とされたのは私だけではありません。フォー売りのタムさんも同じでした。私はここでタムさんの悲しみを書こうとは思いません。ロシアの作家が喝破したように、確かに幸福の姿は一様かもしれません。しかし心に残る苦痛の様態もまた似かよっているにちがいない、と私は思うのです。被害の形はそれぞれでも、沈潜する悲しみと痛みの深度にかわりはありません。私がラムの所在を伝えると、タムさんはこの路地でカフェを開くことに決めました。そして二人で復讐の機会を待ちました。
 幸運が舞いこんだのは、つい先日のことでした。その日、普段丈夫なラムの奥さんが、初めて風邪薬を買いにきました。私は普通の風邪薬と睡眠薬の二つを渡し、睡眠薬の方は寝る前に飲むように指示しました。普段から可愛がっていたラムの子供にも、タムさんが何度も錠前の開閉の仕方を教えておりました。殺害のあと、タムさんは反対しましたが、私は血の温もりが残る鉄パイプを、熟睡する奥さんの手に持たせました。それから眠そうなクーに内側から鍵をかけさせて、私たちはラムの家をあとにしたのです。犬が激しく吠え立てましたが、路地に出て見あげた夜空は深く晴れ渡って、夥しい小さな星が生き物のように瞬いていました。私たちが一生忘れることのできない星空になりました。
 薬が切れて、奥さんが眼を覚ましてからのことは、おそらくあなたもご存じのことと思います。奥さんを巻きこんだことに関しては、罪の意識が拭えません。気の毒なことをしました。
 私は明日にも警察に行くつもりです。刑期の長さにもよりますが、私は生きて再びこの路地に顔をだすことはないでしょう。しかし満足して刑務所生活を送るつもりです。私にはもう何も思い残すことがないからです。
 日本に帰られる前に、もしお時間があれば、ぜひ一度刑務所に訪ねてきてください。あなたにお会いできる日を、心から楽しみにしております。
                                 薬局のクワン

                 7
 クワンさんが逮捕された時、私はトンさんと一緒に薬局に出向いた。密告者のような立場にいたからである。薬局は店を閉じて看板をおろしていた。
 クワンさんはトンさんの手錠を素直に受けて、私に視線を向けた。そしてにっこり笑った。しかし慣れ親しんだ笑顔の底には、深くて真っ暗な絶望があった。凶暴な絶望といってよいかもしれない。私は圧倒される思いで、眼を逸らすしかなかった。クワンさんはそれから肩を落として背中を丸め、雨あがりの路地をトンさんと大通りに向かった。狭い路地に入れない公安のジープが、そこで待機していたからである。
 タムさんはクワンさんの後ろを歩き大通りでジープを見送った。
 タムさんが共犯だったかどうか、私にはわからない。殺害の現場にいたことは間違いなかろうが、実際に鉄パイプを振り下ろしたかどうかまでは不明である。そしてきっとクワンさんは単独の犯行というだろう。
タムさんはその日から、路地に顔を見せなくなった。どこに行ったのか誰も知らない。

 何日かたって、私は大家のトンさんと夜のビールを飲んでいた。決裁済みの事件を蒸し返したトンさんは、公安署長の顰蹙を買って浮かない顔をしていた。
 私が、タムさんに任意同行を求めない理由をきくと、
「何度いったらわかるんだ。これは完了した事件だ。今さら二人も捕まえることはないだろう。気の毒だが、クワンさんは仕方なかった。一応の首謀者だ」
 とぶつくさいった。それから私をきつい眼でにらんだ。
「どうも外国人というのは、お節介なことをする」
 驚いて顔を向けた。
 トンさんは苛立たしげに首を振っていう。
「私は何度もいったはずだ。あの事件は奥さんが旦那さんを殺して、それで終わりだと。奥さんには気の毒だったかもしれないが、今は病院で快方に向かっている。やがては元気になって、退院できるだろう。それにたとえ奥さんが犯人ということになっても、それはそれで丸くおさまったことだ。ラムさんのお兄さんや親戚がとっくに裏から手をまわしている。逮捕されたり新聞種になることなど、絶対にない。無用なことに波風たてる必要はないのだ。だが、あなたは聞く耳を持たなかった。お陰で薬局とカフェが、この路地から消えた。頭痛がするときには、遠くの薬局に行かなければならない。クワンさんのように夜中でも気楽に開けてくれる親切な人は、他にはいないよ。タムさんもよい人だった。おいしいコーヒーとやさしい笑顔をくれた。それなのに、日本人は正義を追求したがる。ベトナムの路地裏で正義を振り回して、何になるのか。私たち南ベトナム人は、戦争や革命の最中に、両陣営から正義という空虚な言葉を、爆弾と同じほど浴びせられた。正義というものには、正直、もう充分にうんざりしている」
 私は驚愕の余り、眼を大きく見開いた。
「ひょっとして、トンさんは最初から二人の犯行だとわかっていたのか」
 トンさんは一瞬いい澱んだ。しかしすぐに、自分に腹を立てたように一度唇を強く噛んだ。
「詳しくはわからない。しかしタムさんがからんでいるのはすぐにわかった。そうなればクワンさんも無関係ではあるまい。それは自然な結論だ。私はこの地区の公安だ。住民のことはたいてい知っている。クワンさんとタムさんが同じ時期にこんな路地裏に店をだしたのが、いつも心にひっかかっていた。それで過去を調べてみた。するとクワンさんは、解放後すぐに中退しているが、以前はサイゴン医科大学の学生だった。そんな経歴の人間は普通このような場所に住まない。何かあるだろうと思った。しかし半年過ぎて何もないから、私はその疑念を忘れていた。クワンさんは犯行動機を、タムさんが執拗な嫌がらせを受けたからといっているが、本当は違うだろう。もっと根深いものがあるはずだ。そうでなければ、あのような残忍な殺し方はしない。しかし私はその根を掘り起こしたいとは願わなかった。クワンさんがいう理由で納得できた。あなたは訪問客のことを教えてくれたが、もし奥さんの犯行でないとすれば、その訪問客だろう。それはクワンさんとタムさんしか考えられないのだ」
「クワンさんは別として、どうしてタムさんがからんでいるとわかったのだ?」
 トンさんはせわしなくビールを飲んだ。
「錠前が内側から掛けられていたからだ。ラムさんは死んでいるから閉められない。奥さんもあんな状態だから無理だろう。しかし内部にはもう一人いた。それが子供のクーだ。二人が帰ったあとで、中から錠前をかけたのはクーしかいない。クーを可愛がっていたのはタムさんだ。それに私は一度、タムさんがクーに錠前の開け閉めを教えているのを、窓から覗いたことがある。うまくやるたびに、タムさんは褒美の菓子をあの子に与えていた。変なことを教えるものだと、そのときは思った。だから私は、奥さんが殺したのでなければ、きっとタムさんだろうとすぐに考えた。しかし元ベトコンのラムさんを、いくら酔って寝ているとしても、女手で確実に殺せるわけはない。想像できる共犯者はクワンさんしかいない。裏付けはないにしても、その程度はすぐにわかった」
 私は身を乗りだした。
「しかし、それはおかしい。クーは小さくて、椅子か何かに乗らなければ、錠前には手が
届かなかったはずだ。そんな椅子はなかったといわなかったか」
 トンさんは渋い顔をした。
「椅子はあった」
「どういうことだ?」
「二人は、施錠のあとで椅子を居間の隅にでも移動するように、クーに教えていたと思う。しかしクーにはできなかった。夜も遅かったから、錠前をかけたあと、すぐに寝てしまったのかもしれない。それとも、そこまで知恵がまわらなかっただけかもしれない。椅子はそのまま錠前の真下に置いてあった。おそらく二人は今でも、クーがいいつけ通りに椅子の始末をしたと考えているはずだ」
「じゃあ、その椅子はどうして発見されなかったのだ?」
 トンさんは情けないものを見るように、上目使いに私を見た。
「それは横壁に穴を空けて最初に部屋に入った私が、台所に隠したからだ。その椅子を見て、すぐにクーの顔が浮かび、それからタムさんのことを思った。タムさんは、本来人を殺すような人じゃない。あの人の過去の憎悪が何であれ、私はそれを掘り起こしたいとは思わかった。これを凶悪な事件として取りあげたくなかったのだ。ただの夫婦喧嘩による過失殺人。それで充分だと考えた」
 私は深い溜め息をついた。冷蔵庫からもう一本、缶ビールを取りだした。どこまでも飲
むしかなかった。
 トンさんはうなだれたように視線を落として、続けた。
「クワンさんがいうには、睡眠薬入りの風邪薬で奥さんを眠らせてから、親しいふりをしてラムさんと二階で飲んだ。そして酔っぱらったラムさんの頭に、鉄パイプをふりおろした。その間タムさんは、一階でクーの相手をしていたようだ。子供に父親の死に様を見せるわけにはいかなかったという。そして帰る時にクーに錠を内側からかけさせて、褒美に眠り薬を混ぜた菓子を与えたようだ。クーが元気に二階に這いあがっては困るからだ。もちろんこれはクワンさんが、二人きりのときに私に白状したことで、調書には書かれていないし、公安署の誰もタムさんのことは視野に入れていない。これが、あなたが必死で知りたがっていた事実というやつだ」
 私は半ば聞いてはいなかった。屈辱が身のうちで、ねじれた。自棄になったようにビールを飲み乾し、つぶやくような声をだした。
「私は悪いことをしたのか」
 トンさんは、私と眼を合わさない。
「悪いかどうか知らない。西洋的に考えれば、悪くないだろう。しかし正義がいつでも正しいかどうか、ベトナムで長年生きてきた私にはわからない。いずれにしろ、あなたのおかげでクワンさんは刑務所暮らしだ。私が椅子を動かしたことを署長に告げ口するつもりか」
「ばかな」
 私は吐き棄てるようにいった。
 トンさんは急に気怠そうに肩を動かした。
「煙草、持っていないか」
 私はポケットから、ベトナム人が「子猫」と呼ぶ英国煙草を一箱取りだした。小銭が必
要だったから、大きな紙幣を崩す際に買ったものだ。
 トンさんは封を切り、一本抜きだして火をつけた。
「失礼なことをいうが、あなたはそろそろこの路地からでて行った方がいいと思う。あなたが悪いわけではない。よい下宿人だと思う。しかしあなたの眼が、最近は気になってきた。今も私は、もしあなたが煙草を持っていたら、一本もらおうかと考えた。一本位は友達同志、何のこだわりもなくやりとりする。しかしあなたは、あらかじめ一箱用意していた。どうせ私がせびることがわかっていたからだろう。あなたの眼に、私はそこまで惨めに、薄汚れてみえるのだろうか。私は友人として、一本ほしかっただけのことだ。持っていなければ、ないといえばそれですむ。あなたにとっては、拒否することも与えることも、同じほど意味のないことなのかもしれない。しかし本当は違う。それが、おそらくあなたにはわからないだろう」
 私は沈黙した。深入りし過ぎたと考えた。確かに私はこの貧民街では何も知らない余所者である。経済的に豊かな国からやってきた邪魔者なのだ。トンさんのいう通りかもしれない。
「悪く思わないでくれ」
 トンさんは暗い表情で、疲れたように肩を落として、煙を吐いた。そんなトンさんの顔に、引かれて行った時のクワンさんの顔を重ねている自分に気づいて、わけもなく狼狽した。
 
                  8
 それからすぐに、私は市の中心部に下宿を移した。路地のにぎやかさが私の耳から消えた。そしていくらもたたないうちに軽い脳梗塞になり、しばらくフランス病院に入院して、そのまま帰国した。だから私はクワンさんを刑務所に訪ねる機会を持たなかった。刑期は五年だというから、半分過ぎたばかりである。
 私は杖をついて手稲山を横目にとぼとぼ歩きながら、一年半ほどの路地裏生活で出会った人たちのことを頻りに思いだす。六十年の人生で出会った多くの日本人よりも、もっと鮮烈に小さな記憶の沼に浮かんでは消えた。
 私は結局あの路地裏で何をしたのだろうか、と考えた。わずかばかりのベトナム語は習い覚えた。外国人が入りこむことのない路地のにおいを嗅いだ。しかしうだるような場所に今も店を広げる人たちにとって、私は何者だったのだろうか。
 会社に入るとすぐに、南ベトナム政府を支援するアメリカ軍の物資梱包の仕事を任された。事実上当時の私はアメリカ軍を支持したことになる。アメリカの味方をすることは、まさに日本株式会社流の正義だったのだろう。それが自分の利益しか考えない貪欲な正義であったことは、当時から明らかでもあった。
 私がアメリカ軍の物資梱包に精をだしたのと同様に、あの事件に首をつっこんだのも、現状を何も知らない、ただはた迷惑なお節介だったのだろうか。だからトンさんは私を追いだしたのだ。ベトナムの路地裏は、私が想像する以上に混沌として、闇が深い。何が正しくて、何がまちがっているかは、そそっかしいだけの私にはわからないことだ。わかるのは、私が二度までもベトナムに、ベトナムの人たちに、意味のないお節介をしたということだけである。
 私はきれいに舗装された道をゆっくり歩いた。膝を複雑骨折して最初に外出したとき感じたように、今も道路はデコボコだった。脳梗塞で再び杖をつく生活にもどったが、やはりこのデコボコは膝に不快だった。こんなに平坦に見える歩道がデコボコなら、いかにも混沌としたホーチミン市の路地裏が、ごつごつと歪んでいるのも理解できることだった。
 歩きながらふいに、あの手稲山の雪はいつ溶けるのだろうか、と関係ないことに思いが向いて、自分でも驚いた。雪が溶けたら、妻と一緒にあの山にゆっくり登ってみよう、そんなことを考えた。(了)

路地裏殺人事件(仮題)

執筆の狙い

作者 ゴイクン
121.92.248.228

ミステリーを書くつもりでしたが、どうもミステリーになっていない。つまりトリックがチャチだと自覚して、オクラにしていたものですが、まあ、ミステリーというジャンルに入れなくて、一般小説と考えればいいか、と思い直して、ご批判頂きたくアップしました。
ベトナムを舞台にした作品を調子に乗って二つ上げましたが、この三つ目が最後になります。長いですので、お時間のある方、よろしくお願い致します。

コメント

大丘 忍
218.226.234.111

ミステリーであれば、冒頭に事件が起きないと読者をひきつけることが出来ないと思います。
また、この作品では主人公の年齢が良くわかりませんでした。時代背景が不明ですがベトナム戦争が話題になるとすれば、現在であればかなりの年齢という事になりますね。

ゴイクン
121.92.248.228

大丘忍 さま

長いものにおつきあい頂き、ありがとうございます。
毎度のベトナム物で、申し訳ありません。

>ミステリーであれば、冒頭に事件が起きないと読者をひきつけることが出来ないと思います。

これもいろいろだと思うのですがが、基本は冒頭で死体を転がせ、ですね。それをしていないので、ミステリーとしてはやはり失格っぽいですね。

ただ事件が最後の20ページくらいで起こるというミステリーはないわけではないです。しかし私もが、死体はどうした、と読みながら思ってました。
結構退屈した覚えがります。

>この作品では主人公の年齢が良くわかりませんでした。

 これは確かにそうですね。年代がうまく合っていません。直してからアップしようと思ったのですが、つい横着をしました。
 というのも、これの元は十年くらい前に書いて、ミステリーとしては失格ぽかったので、オクラにしていました。最近取り出して、ミステリーの枠を外せば、少しは読めるのではないか、と考え直して、手を入れてアップしたようなわけです。
 私は毎回適当に書いてから、推敲時に年齢を合わせますので、たまに目が届かない場合もあります。今回は半分は意識的、残りの半分は無意識かな、と思っています。すみませんでした。
 次回はちゃんと年齢合わせをしたいのですが。まあ、何ともいえません。
 いずれにしろ、読んで頂きありがとうございました。

u
183.176.70.188

読ませていただきました。

ベトナム3部作。
ミステリーとして読めば、本作が一番(らしくない)のですが、私は一番好きですね。
ミステリーとして括る必要ないです。かなりの良作でした。

やはりベトナム語るには、いつ始まったかは定かではない(1964年トンキン湾から?)~1970年代前半のベトナム戦争は外せないとゴイクン様考えたのね?。
ですからベトナム戦争を題材にあげたのかな?。これが功を奏している(私的に)と思います。

ラムさん・クワンさん。タムさんもそうかもしれないけど、戦争に翻弄された、あるいは戦争でくるってしまった2人の(あるいはもっと多くの人の)人生が描かれています。この点が前2作とは違うところで、ミステリー色は薄い(多分一番薄い)ものの、物語に深みが出ていました。
さらに、その深みを増したのが公安トンさんの全て最初からわかっていたとの、謎解き部分。(勿論その前に本当の意味での謎解きを作者さん掲げていますが、この構成もお上手でした)。

あたし的にチョット変えた方が良いと思った部分。
犯人、殺した後ラムさんの奥様に凶器を握らせますよね。ここんとこ、も少し上手い処理は無かったのか?
犯人の心情性格諸々考えると、こんな小細工するような人ではないというか?

あと、タムさん。協力者・従犯なのですが、犯行に協力する動機・経緯には全く触れられていない。ここいらへん、作者様がトリックのために登場させた人物になっちゃった感がいたします。ご一考を。

時代設定ですがベトナムでの出来事が2000年ぐらいですかね? 一読ですので↑気になって。

面白かったです。御健筆を。

ゴイクン
121.92.248.228

U さま

いつも読んで頂きありがとうございます。

>ベトナム3部作。
ミステリーとして読めば、本作が一番(らしくない)のですが、私は一番好きですね。

ありがとうございます。
ミステリーとしては、やはり欠点ありでしょうが、それでも一番よいと言って頂き、安心しました。手直しする根性が浮かんできました。

本作の舞台、あるいは人たちの様子、これは実際を使っています。
なので、ロケハンは完璧です。そんな路地裏に私も下宿して、じっくり貧しい人々を拝見させてもらいました。

庖丁持っての毎度の夫婦喧嘩。これも実際です。路上カフェ?もその通りです。今は政府が禁止してセンターではなくなったと思うのですが、こんな感じでした。

公安の賄賂とか路地裏の雰囲気もその通りですね。公安のトンさんが、居住許可を二週間ごとに取ってくれるのは、私もそうならいいな、と書きながら羨ましかったです。月に二回も、厳めしい公安が顔を出してチェックしていく、嫌でしたね。

ミステリーはどうでも、旅行者の知らない路地裏の風景、というやつを楽しんでもらえれば、私としてはうれしいです。

>やはりベトナム語るにはいつ始まったかは定かではない(1964年トンキン湾から?)~1970年代前半のベトナム戦争は外せないとゴイクン様考えたのね?。

そうですね。確かに。
たとえばベトナムに住む場合、どこに住むかで考えが変わってきます。ハノイに最初に行っていれば、きっとベトナム戦争の終結に素直に万歳できたことでしょうね。でも南部に行けば、そうはいかない。あの戦争の終わりは、北の共産党による自由主義の南部、まあアメリカ好きの南部への占領と同じなんですね。だって、アメリカが去って、南部は負けたわけですから。負けた人たちがどうなるか、誰でも想像できることでしょうね。

私の大家さんは、公安のトンさんじゃなかったですが、敗戦前はそこそこの暮らしをしていたのですが、戦後は今作のような路地裏に隠れて、家族でひっそりと暮らしていたのです。見つかったら収容所ですからね。だって、日系企業、つまり敵の通訳をしていたわけだから。反政府です。そういう連中は、徹底的に狩られたようですね。

今作では、結構政府に甘く書いていますが、だって、今度行くときにビザがでないと困るので、実際はもうちょっとひどい役割をしていたと思います。

でも、ラムのような事件は、戦後普通にあったようです。それを路地裏に住んでたくさん聞かされました。まあ、当時は北朝鮮みたいなものだったのですから。

>さらに、その深みを増したのが公安トンさんの全て最初からわかっていたとの、謎解き部分。

このお言葉が一番うれしいです。ノンプロットで書き始めて、挫折しそうになったときに、これを思いついたのです。トンさん、ただの公安じゃない、という形になったので。ほっとしました。

そしてご指摘の二点。
ありがたいです。
奥さんに凶器を握らせる点、速攻書き直します。考えてみれば、それが無くても公安の目は充分に奥さんに向かいますからね。

タムさんのこと。一行だけではダメですね。もう少し詳しく、具体的に、それで書きすぎないように手直ししたいと思います。

時代設定はお許しください。後で考えます・笑

大変助かりました。ありがとうございました。Uさまもご健筆を。

上松
126.209.5.157

おれ様への崇拝と傾倒の裏返しだと思っとる。おれ様は神だ。
奴婢奴隷の歴史しかないおまえに比して、おれ様は自由民の日本人様だ。
歴史を動かしたこともある一族の末裔で、日本国民として社会的義務を果たし、人にも尊敬され、家庭を持ち、交友や地域の知人にも事欠かない。
つまり、おまえにないものをすべて持ち合わせている。

 おまえは永久におれ様にはなれないし、おれ様の足元にも及ばないのだ。
だから、せめて、神たるおれ様の手で処分されたいのだ。
それで殺してくれと哀願する。

 だが、おれ様は無慈悲な神なのでなwwww
生きろ。

ゴイクン
121.92.248.185

上松さま

コメント、何のことかわかりませんが、読んで頂いたのなら、ありがとうございます。
 読んで頂いてないのなら、返信しようがありません。

偏差値45
126.209.20.34

遠い国と昔のことなので分からないかな。
読者層を増やすのなら、身近で最近の話にするかな。

カルナック
126.2.178.53

面白かった。質が高い。
作者さんはたくさん書いてきた人だろうね。本数書かなければ、これは書けない。
むしろ本格ミステリー仕立てになっていないのがよかったのではないかと。
エラリークイーンのYの悲劇なんぞ、障がいのある少年に対する非道な結末の付け方がミステリーらしくドライそのもの
(作者さんなら読んでいますよね)。比べて、こちらの作品はクーに対してもっと温度がある。
異邦人たる日本人が真実の追求にこだわったところで、たどり着いた答えにアタマを殴られるだけ。やるせなさや後悔にも似た心情が伝わってきたよ。本格なら、こういう書き方は難しいのでは。
だからか、わたくしもタムさんのことはもう少し読みたかった。冒頭で、女を捨て去ったような人物であるという描写があったので。当然、理由の一端は知りたいよね。
締め方(妻を連れて山に登ろうか云々)は定番っぽくてダサいと感じたよ。ここ、最後にあとひと押しほしかったかな。
作者さんの作品は数年前から何本か読んでいるけれど、その中では今回のが一番良かった。
作者の存在を意識することなく読み終えた、つまり小説を読むことに没頭できたってことです。

夏間釣
106.161.232.214

回想で語られる時点で、読者にとってミステリー要素はほぼ壊滅的に期待できないという読書欲求のようなことは留意されないんですか。
語り手が回想形式で命の危機に晒されるマヌケなホラー、という素人がやらかしがちな凡ミス的、といえば分かりやすいでしょうか。
読み進めるテンションが個人的には下がります。
そもそも、ミステリー仕立てにする必要はありましたか。
個人的にミステリーの類にはまったく惹かれないということを差し引いても、背景や物語自体はとてもいいのに、馬鹿げたアプローチのような気がしてしまいます。

ミステリーのつもりだったけれど結果的にブレた、とのことですが、それは舞台ありきというアイデアの固定と、安易な設計という必然のミスマッチでしかないと読者は感じるはずと思うのですがいかがでしょうか。
作者の面が割れている弊害ともいえそうですが、せっかく精通しているはずの舞台を作者自らが安易に書き汚している気がしてあまり感心しません。
プロローグ、エピローグは、作者が本来思い描いた通りに機能していますか。
物語の輪郭を支えてくれていますか。
そこにミステリーは必要でしたか。
せっかくの物語をヘンテコな感触に化かしたのは、作者の踏み外した意欲がさせたことのように感じさせられました。
もったいない、という印象です。

チェンカイコー
126.209.18.6

いい加減、人格への攻撃やめない?
ゴイクンさんは多分エドワード・ヤン『牯嶺街少年殺人事件』が好きだろうし
あなた一人が全世界の読書人人口を担っているわけではないのです。

チェンカイコー
126.209.18.6

あとですね、ミステリーの形式をとりながら、そうではない小説は多いんですよ。

日本三大奇書
・夢野久作「ドグラ・マグラ」
・小栗虫太郎「黒死館殺人事件」
・中井英夫「虚無への句物」

それに竹本健治「匣の中の失楽」を加えれば、四大奇書です。
私は事実を記しているだけですから、恨まないでください。

夏間釣
106.161.232.214

捨てハンはむしろ逆効果だということも推し量れない低脳は消えなさい。
自分の意見を正当に主張するものとして扱われたいなら、自分なりの実績を示してからにする。
もしくは態度をわきまえなさい。
みっともないですよ。

中野信長
1.72.4.54

じゃあさ俺が住所氏名公表するて言ったらお前もすんのかゲラゲラゲラゲラ

ゴイクン
121.92.248.185

偏差値45 さま

返信遅くなって申し訳ありません。
毎週、土日は朝から野暮用があるもので。

>遠い国と昔のことなので分からないかな。

 そこが問題ですね、毎回。
それで、せめてすっとベトナムの路地裏に入ってもらえるように、わざわざ半分ぼけたような案内役のジイサンを設定したようなわけです。
それでもまだ、ということなら、やはりこの路地裏は遠いことになりますね。
まあ、読者を選ぶという言い方は好きじゃないですが、でもそういうことになるのでしょうか。

私にしても、たとえばですが、ファンタジー世界を読んでも、その世界観にすっと入れるわけじゃない。苦労することが結構あります。
それって、物理学的にありえんだろう、という感じで、急にひんやりしてしまうことになるのですね。一応、私は理系なので。
つまりファンタジーの戸は、私向けには開かれてはいない、ということでしょうか。

それでもまあ、私は私なりにベトナム世界を描いて、時々ですけど、みなさんに読んでもらって、少しはこういう世界もあるんだ、とわかってもらえればな、と思っています。

長いのを読んで頂き、ありがとうございました。

ゴイクン
121.92.248.185

カルナック さま

返信遅くなって申し訳ありません。
毎週、土日は朝から60キロ先のウインズまで行って、叫んでいますので帰宅が遅くなりました。いつもはお友だちのゴキブリと話しているだけですが、土日だけは人間と話せますし、ドイツ人のようにフーイヌムとも話せて、待ち遠しい週末です。
ただそ参加費が高くて、毎回帰りはぼろぼろです^^;

何てことより、最初に、読んで頂きありがとうございます、ですね。
失礼しました。

まずは、面白く読んで頂いたということで、ほっとしました。

>作者さんはたくさん書いてきた人だろうね。本数書かなければ、これは書けない。

 その通りです。字は書いています。毎日かかさず書いているのが、映画記録です。恩田陸さんにならって、毎日見る映画の粗筋を中心に書いています。原稿用紙に直せば、もう2000枚はいくでしょうね。そうやってせめて字を書く練習はしています。ミステリー映画なら犯人も書いていますので、誰に見せるわけにもいかないので、ただ書くだけですけどね・笑

 Yの悲劇は読んでいますし傑作と思いますが、確かに向こうものはクール感が漂いますね。今作では、アジア風の温度をつけたつもりでしたが、そこを指摘されてうれしいです。
 クーをかわいいといってもらうのが、一応の希望でした。でないと、やばい設定になってしまうので。

 仮にですね、仮にこれが出版、というのは変ですね、たとえば商業雑誌に載るとした場合、どうでしょうか。すんなり掲載許可が出るでしょうか。だって障碍者を手先に使っているのですからね。
 オリバーツイストの世界ならまだしも一応は現代の話なので、ここは議論になるかな、とふと思ったりしました。なので、

>こちらの作品はクーに対してもっと温度がある。

と書いて頂いたのは正直ほっとしました。

>異邦人たる日本人が真実の追求にこだわったところで、たどり着いた答えにアタマを殴られるだけ。

こういうことを書く予定はなかったのですが、なんせ、ノンプロットなので、でも、トンさんのラストが浮かんだときに、そうだなと自分で発見したわけです。
 とにかく、あの国はアバウトです。バイク同士ぶつかって壊れても、お互いにコムサオ、まあ、NO PROBLEMでしょうか、そんな感じでバイバイでした。ぶつけたほうもコムサオですから、日本人の感覚ではなかなかついていけないですね。
なので、この国の正義って何だ、と思ったわけです。

 タムさんのことは、やはりちゃんと書くべきでしたね。納得です。

>締め方(妻を連れて山に登ろうか云々)は定番っぽくてダサいと感じたよ。

 ここはやっつけです。何も思いつかなかったので、一応終わりにするためにこんなことを書いて。やっぱり、ばれますね^^
いつだったか、誰かがここの返信だけで書いていましたが、素人の締め方は、空が眩しかった、どこまでも青かった、というような天気予報が多いとのことですが、これもそんなものでした。慙愧とともに反省です。

>作者さんの作品は数年前から何本か読んでいるけれど、その中では今回のが一番良かった。

 これはありがとうございました。まさに目汚しと思うのですが、お言葉を胸に何とか頑張っていこうと思います。最近ヒマなので、ゴキブリ言葉を研究しようかと思ったりしたのですが、どうもやつらは耳が聞こえないみたいなので、やはり書くことに専念したいと思います^^;
本当にありがとうございました。それでは。

ゴイクン
121.92.248.185

夏間釣 さま

長いものを読んで頂き、ありがとうございました。

>回想で語られる時点で、読者にとってミステリー要素はほぼ壊滅的に期待できないという読書欲求のようなことは留意されないんですか。

これは全く考えたことはないです。というのも、ミステリーには、回想形式も多いはずです。今、例を上げることができないのですが、多いはずですよ。って、ちょっと無責任な言い方ですけど。

そして今作では使っていないのですが、その回想に実は仕掛けがあって、とか。回想と思っていたのが、実は違ったとか。
そういうのもあって、ミステリーに回想は変じゃないというのが、私の考えで、このことは全く考えませんでした。

ただ、

>語り手が回想形式で命の危機に晒されるマヌケなホラー、

というのは、同感です。無事に幽霊屋敷から帰って、自分は怖かったからお前も怖がれ、といわれても困りますね。

もっともホラーだって、まったく回想がないわけじゃなくて、英国のホラーにはたくさんありますね。でも、それは怖がらそうというホラーじゃなくて、雰囲気を楽しんでほしい、詩的なボラーの場合ですが、というより、怪談といったほうがいいのかな。

夏間釣さんは、どうもミステリーは怖いもの、ホラーも怖いものでなくてはならない、という考えのようですが、ミステリーもホラーも今はいろいろです。
たとえば、今思いついたので、例として書きますが、漱石の夢十夜、なども、冒頭に、こんな夢を見た、だったかな、そんな一文で始まります。読者に、これって、夢だよ、と教えてから怖い夢の話を書きます。それで、成立しちゃっているはずですね。

なので、回想形式にしたのは、私はいいのじゃないかと思っています。
ただ、

>そもそも、ミステリー仕立てにする必要はありましたか。

のお答えとしては、なかったかもしれない、というしかないですね。

一応は、ミステリーの短編の賞に送ろうということで書き始めたもので、こんな形になってしまったのですが、最初から一般小説として書くべきだったのかもしれないですね。
上に頂いた感想にも、普通の小説でも可能なので、無理に密室を作ることはなかった、という趣旨のご意見が多かったので、やはり無理があった、というのは、ここにアップして自覚したところです。

ただ、もし密室を作ろうと考えなければ、もともとこんな話を書くこともなかったので、自分としては痛し痒しもぞもぞです。とにかくこうやって形に残せたことは、出来不出来はどうでも、よかったと自分では思ってます。

そして、

>舞台ありきというアイデアの固定

これは、どうも私の体質でしょうね。知っている場所を使う、というのが私のやり方で、これ変えようはないです。とにかくロケハンの必要がない^^というのが一番です。

インドにいたときは、当然舞台はインドになります。今のようにひぐらしの啼く村にいれば、何を書いても獣の集う怖い村が舞台になります。
というか、いる場所を見ているうちに何か書きたくなるし、それにふさわしい人物が浮かんできます。そういう書き方でしかリアリティーを出せないので、私の場合は、やっぱり舞台ありき、ですね。

ただそれを読まれた方に安易だなと思われたら、それは全くダメなので、そこは工夫したつもりです。当然うまくいかないことの方が多いですけどね。

今書いている短編も、舞台ありで、その舞台は熊本―菊水IC-山鹿市です。そこに住んでいるわけではなく、夜中に迷子になった場所なので夜中の風景はちゃんとロケハンできているからです。人それぞれのやり方を通すしかないかな、というのが、お気に召さないでしょうが今の気持ちです。

答えになっていないでしょうが、こんなことを思っています。
今回はありがとうございました。感謝です。

ゴイクン
121.92.248.185

チェンカイコー さま

>いい加減、人格への攻撃やめない?

ごめんね。人格攻撃された覚えがないので。
頭がいつもベトナムなので。まあ、鈍いかもしれないですけど。

クーリンチェは、あの迫力に食いつく感じで見ました。あれはよかったです。
台湾ついでにいえば、非情城市はとっくに見てますよね。処刑の部屋で謡われた「幌馬車の唄」(和田春子)。今の香港にそれを重ねてしまいます。
香港が返還された時期の香港映画、残るべきか去るべきか、その苦悩が描かれていました。娯楽ながら心に響くものがありました。そういうのを書きたかったんだけど、なかなか難しいです。

そうそう、チェンカイコーさん、ハリウッドに行って潰れましたね。行くもんじゃないかも。人生は琴の弦のように、は最高でした^^

チェンカイコー
49.98.51.193

誤解があらば訂正。ゴイクンさんは手練れ、しかしイミフな罵りを泡吹いて抜かすばーさんに悪口いったのです。
クーリンチェお好き!ぼくもですが、ちょっと自信がつきました感謝です!

ドリーマー
116.67.238.66

拝読しました。

別のタイトルを付けるとしたら『路地裏の異邦人』というところでしょうか^^;。
ベトナムを舞台にした先の二作も読ませていただきましたが、本作が一番面白かったです。
ミステリーとして読んだら、確かにトリックはチャチかもしれませんが、その一見チャチなトリックが非常な重さを持っています。タムさんはどんな気持ちでクーに鍵の開閉を教えたのか、想像すると切なくなりますね(先様も触れていましたが、タムさんについてはもう少し情報が欲しかったです)。
殺人事件を扱ってはいますが、加害者も被害者も戦争の犠牲者ですから、そうなると真犯人は戦争ですね。

読後感は「読んで良かった」ですが、(1)は時系列が分かりにくかったです。
最初はベトナムから帰国した三年後(現在)、次に五年前に骨折して入院した話、半年後に完治したと思ったら、若かりし頃にベトナム関連の仕事をした話が挿入され(主人公がベトナムに出張したのかと誤読しそうになりました)、その直後は、もうベトナムに住んでいるシーンになります。かと思ったら「私が毎日散歩する手稲山の見える道路は」と現在に戻り、さらに「帰国してから二年半たった今も」と続くので、頭の中で現在と過去が行ったり来たりして戸惑いました。
私の飲み込みが悪いのかもしれませんが(最近、めっきり鈍くなったので^^;)、もう少し時制を整理していただけるとありがたいです。

自分のことは棚に上げて勝手なことを書きましたが、少しでも参考になれば幸いです。
それでは、失礼しました^^

ゴイクン
121.92.248.185

ドリーマー さま

お元気で書かれていますか。
私も毎日いろいろ書いて遊んでいます。北日本とかも出しました。出すだけでしょうけどね。
初夏から夜中に雨が降って昼間は晴天、期待の台風も来なくて、そんな日が数週刊続いて山の堤も涸れそうです。
そのせいで畑も田んぼも草だらけという感じです。
そして最近は山道を歩くときに両側から迫る背の高い草の緑に、不気味さ、怖さ、ぞくぞくする恐怖を感じはじめました。耕作放棄地の並ぶ山の緑って、ドス緑って、不気味ですよ。
これまで草木の緑って、爽快、と思っていたのですけどね。両側から迫られると自然に怯えのようなものが生まれます。
山の緑が怖いと感じたのは、高知県の何とか峠から下っているときに、あまりに山々が近くて、圧倒されるような気分になったのが最初でしたが、僻村の緑もそんな感じです。そして来年もまた村の耕作放棄地が増えそうなので、ますます私の村はホラーの世界になりそうですね。

なんて、関係ないことを。すみません。
『路地裏の異邦人』への感想、ありがとうございました^^
最近あげたベトナム物の中でこれが一番よい、というご意見、なるほどな、という思いです。同じご意見の方もいらしたのですが、みんなすごいな、と思いました。
私の中では、最初にあげた火事のやつが一番いいかなと思っていたので、やっぱり他の方の目も大事だと。

実はこれ、他の二つとほぼ同じ頃に書いたものです。でも、これ、よくないな、と思って自分でもずっと再読しないでオクラにしていたのです。
でも、知りあいがやっている同人誌に誘われたので、これを出そうなかと思って、ここに上げてみなさんの感想をお聞きしたようなわけです。

書いて少し経っていますので、時系列は今から振り返るとがたがたです。これは申し訳ない、と平謝りするしかないですね。ベトナム戦争から計算した年齢、時代なので、時間が経つとほんとわけわからなくなりますね。同人誌に載せる際にはもう一度年齢とかいろいろ整合させようと思いますので、今回はすみませんでした。

で、本当は書きたくないのですが、これが一番よいという言葉に反応して白状します。
ミステリーとして書いた三作、どれも公募に出しています。その結果ですが、火事のやつは一次で、ダラットの湖水のやつは二次で、そしてこれは実は最終です。
私の中での順位はちょうど逆でしたので、自分では納得できませんでした。
当然受賞は不可でしたが、自分でもそれほど気がのらなかったので、そのまま長い間、オクラにしていたのです。
でも、わかる人はわかるのですね。逆に驚きました。それで、書くべきじゃなかったでしょうが、本当のことを書いてしまいました。
ドリーマーさま、公募頑張ってください。草葉の陰、じゃないですが、雑草の陰から祈っています。ありがとうございました。

コウ
203.112.61.151

ゴイクンさん

読ませていただきました。単純に面白かったです。
推理小説とした場合には、
・事件が起こるまでが長すぎる
・トリックが単純
・種明かしが犯人の独白(書簡)によって全てを明かされる
等々、穴も多い。

しかしながら一つの物語として読んだ場合には、秀作だと思います。何よりも読み終えた後の深い余韻が素晴らしい。今私はそれに浸りながら、ある意味ゴイクンさんに嫉妬します。

私が指摘できるとしたら、些細な部分です。

>頭がやけに小さい。いつか薬局のクワンさんがいっていたように、枯葉剤の影響による脳障害児なのだろう。死んだラムさんがメコンデルタで枯葉剤を浴びた可能性は充分にあった。

枯れ葉剤によって、第二、第三世代まで奇形児が生まれているのは事実です、しかし遺伝性のものではなく、父親の精子から子供に受け継がれるものではありません。母親の胎内にある毒物が、奇形児をつくるのです。枯れ葉剤の毒は、低濃度でも異状を引き起こします。仮に被害に遭った母親の子供に異状がなかったとしても、授乳等により毒性が移行します。その子が出産して奇形児が生まれると、第三世代となります。

もう一つ、これもたいしたことではないですが、誤字脱字がほとんどないゴイクンさんだからこそ書いておきます。
「頂きます」このように動詞として使う場合は、「きます」の送り仮名がつきます。しかし名詞として使うときにはたとえ音読みをしようと、「山の頂」と書くようです。調べて見てください。

北日本等にも出しているそうですね。期待しています。
また面白いものを読ませてください。

ゴイクン
121.92.248.185

コウ さま

長いものを読んで頂き、ありがとうございます。しかも、

>単純に面白かったです。

 というお言葉。これも単純にうれしかったです。というか、こういう言葉こそ、書いた者にしてみれば一番うれしいかもしれないですね。たとえば、小説なんか読んだことのない老婆が三日かけて読んで、これ、めっさおもろいな、子供の頃にテレビで見たてなもんやみたいやで、なんていってくれたらぞくっとしませんか。やっぱりシンプルイズベストかもしれない、なんてふと思いました。

なので、

>推理小説とした場合には、
>・事件が起こるまでが長すぎる
>・トリックが単純
>・種明かしが犯人の独白(書簡)によって全てを明かされる
等々、穴も多い。

というのには、目をつぶりたいです。ハハッ。
なんていうわけにはいきませんので、続けます。

事件は起こるまでが長すぎる、というの、他の方からのご指摘もありましたが、確かにその通りですね。
デモ、とへらず口を叩けば、日本のミステリーはいかにも日本風にせっかちですが、外国のやつは結構のんびりしたものも多いと思うのですけどね。これって、死体のないミステリーかな、なんて思っていたら、長編の半分くらい過ぎてから突然ごろんと死体が転がってくる。そんなのたくさんあったように思うのですが、今はタイトルが出てきません。申し訳ありませんが。

トリックが単純というのは、これは恥ずかしくて顔に手ぬぐいかけて死んだ振りするしかないですね。その通りです。この作品への自己評価が低かったのは、その点が一番だったように思います。
これも結局、事実に引っ張られてフィクションにできなかったせいでしょうか。今、思えば、ですが。
つまりベトナムはどの家もセキュリティーが厳格です。こんな家、泥棒でも敬遠するだろうというようなボロ家でも、頑丈な南京錠をしっかりかけ、入口のドアは鉄格子です。
なので、私が毎晩見ていたラムの家もそうで、しかもその家には猫の額より小さい庭がありました。庭の鉄門、家屋の鉄門。それを見ていて、どうやったらあの家に入れるか、たまに考えたこともあったのですが、結果はこんなのしか思いつきませんでした。
当然、私の下宿もそうで、本文にも書いたように火事の心配ばかりしていました。火事になっても鉄門から出れないのです。不安でしたね。
と思っていたら、帰国後に隣の家が火事になりました。隣りとは同じ壁を使っているので、ぴったりくっついていました。想像できますか。
ところが煉瓦の家なので、私のいた部屋の被害はゼロでした。本すらも焦げなかったです。
それを聞いたとき、確かに三匹の子ブタの末っ子ブタは偉かったと感心しました。
ということで、これは私の限界です。機械仕掛けのトリックは嫌だったので、これしかできませんでした。お恥ずかしい^^;

種明かしが手紙で明かされる。これもダメですね。松本清張なども手紙による告白のようなことをやっていましたが、あれは、おまえが犯人だ、といわれた後に出されているので、拙作とは別で問題ないですが、それでも他の書きようがなかったというのが悲しいです。
そして実はこの手紙こそが、本作で書きたいことだったのです。他は付録。
なので、ミステリーを忘れてこんなことを書いてしまいました。

ただ、この告白手紙。どれほど共産党政府に手もみしているか、自分でもあきれるほどです。きっと、どこが、と思われるでしょうが、これを、つまり公安内部に日本語を読める誰かがいて、読んだとしたら、私はスパイ罪で捕われる可能性すらあったのですよ。信じられないでしょうが。今日もニュースで、オーストラリアの作家、きっと中国系でしょうが、その人がスパイ罪で逮捕されました。そんなことが普通に起こっていたのですね。

ホーチミンの郵便局で、公募を送るとき、必ず聞かれました。
中身は?←仕事用の書類です。
ベトナムの悪口は書いていないでしょうね?←いえいえ、めっそうもない、お代官様。誉め言葉ばかりですよ。

私の愛想笑いがよかったので、中身を開けられたことはありませんでしたが、少しでも嫌疑がかかればその場で即オープンです。仮にこの作品が開けられて、日本語のできるやつに読まれたら、私はそのまま帰れなかったはずです。毎回、郵便局では緊張しましたよ。

で、日本語を教える教師たちの定期的な集まりで問題になるテーマの一つは、自分たちは日本人を騙すやつらを養成しているのではないか、ということでした。韓国の日本語学校の先生が反日生徒の養成のために懸命に日本語を教えているのじゃないか、と悩むようなものでしょうね。

まあ、そんな背景もあったりします。すみませんね。最近、どうしたわけか、こんなどうでもいいことばかり書いてます。ぼっち生活で頭がおかしくなったのか、と思ったり^^;

枯葉剤のこと、どうもありがとうございました。
私もいろいろ調べてはいるのですが、ぐだぐだと書いたのでこの件はまだにします。すみません。

こうさんも、公募頑張ってください。
受賞する秘訣は、出すことですよね。出さないで受賞はない。お互いに頑張りましょう。

九丸(ひさまる)
126.179.180.153

拝読しました。

ベトナム三部作の中で一番深く読めたような気がします。
どれも面白かったのですが、前二作との雰囲気のギャップがなんとも。終始まとわりつく陰鬱さの加減というか。上手く言えないのですが、横山秀夫さんの短編の空気感に通じるものを感じました。(個人的な意見なので的外れはご容赦ください。)
トリックがちゃちいとおっしゃってますが、これがはまっている、いや、これこそがという感じもしました。だからこそドラマがあるような。
事実の追及からなる本質が、誰にとっても正義ではありえない。そこが上手く話に落とし込まれていて、それって当たり前のことなのですが、ガツンと再認識させられました。
僕も時系列ちょっと混乱しました。まあ、読み方が悪いのでしょうが汗
本当に良かったです。
拙い感想失礼しました。

ちくわ
125.202.8.51

こんちは、大雨特別警報が出たりでなかったりでじゃな、今日は仕事になんないみたいなので早い時間におじゃまします。

ベトナム三部作中のみそっかすというゴイクンさんのお話ですけど、評判はどうやらこれが一番いいみたいじゃな。
ちくわも全部読みましたけど、やはりそう思います。
この作品は明らかに抜きんでてます。
ええ、かわいい女の子も出ませんし、シリーズ化は無理ですけど、一番いいす。

前回の感想で「お話の中に別のお話が見えるようなもの」があればいいんじゃないかみたいなこと書きましたけど、これにはそれがありますよね。
ベトナム戦争といえば、もうかなり昔のお話になりつつありますけれど、あれこそ世界の矛盾を凝縮させた形のものだったんじゃよね。
植民地支配の崩壊と共産主義の台頭、同じ共産を掲げてる者同士の暗闘、その対抗するイデオロギーとしての資本主義とその正義の終焉。巨大な代理戦争じゃよね。しかもキリスト教と仏教の対立だとか、隣国との関係の絡みとかやね、大規模な地上戦とそこに暮らすものの悲しみなんかも含んで進んでいきます。
いろんなものがたくさんのことを巻き込みながら崩壊しつつ絡み合う、とても難しい戦争であったわけですね。

そういうのが透ける。それらがバックボーンになってるから、ちゃちなトリックとか誰も気にしないんじゃと思うのよ。(すごい失礼なこと言ってますけど 笑)
つまりやね本編で語られてる以上の別の何かが見えるんじゃな。すばらしい。

とても面白かったです。

子供のころ読んだドイルの「恐怖の谷」をちょっと思い出しましたよ。

ただし、8章はどうかなりませんかね。
これは蛇足そのものなんじゃないでしょうか。公安のトンさんとの会話ですべてのことは済んでるわけじゃし、冒頭で主人公はリタイアしてることはたっぷり描いてますよね。
やっぱし要らなくね?
あれならどこかですっぱり切って終わらせる手もあったんじゃなかろうか、その方がすっきりするんじゃなかろうか、そう思いました。

とにかく良いもの読ませてもらいました。ありがとう。

それではまたー。

ゴイクン
121.92.248.185

九丸(ひさまる) さま

長い話を読んで頂きありがとうございました。

>ベトナム三部作の中で一番深く読めたような気がします。

 やっぱりそうなんですね。これって、私にとって発見でした。ありがとうございます。
 これからゆっくり手直ししたいと思います。手直しする気力が生まれてきた感じですね。やはりここに出してよかったです。

>横山秀夫さんの短編の空気感に通じるものを感じました。(個人的な意見なので的外れはご容赦ください。)

 これって何て作品だろう。陰の季節かな、と思ったり^^
 横山さんのはたくさん読んでいますが、清張賞作が一番心に残っています。もしあの空気感が拙作にあるとすれば、おおおおおおっ! ですね。

トリックはあまり気にされなかったとのこと、これもうれしいです。トリックのマズサが気にいらなくてオクラにしていたので、それを超えるドラマがあったということで、書いた当人も不思議な感じです。
でも、みなさまに感想を頂くうちに、徐々にそうなんだな、と納得できるようになってきました。

>事実の追及からなる本質が、誰にとっても正義ではありえない。そこが上手く話に落とし込まれていて、

 白状すれば、これも苦し紛れです。とにかくノンプロットなので、なんかトリックがぱっとしないな、と思って、読者がびっくりする何かを考えようと思いました。そしてトンさんが椅子を動かした、ということにしたんですが、これでカッコつくと思って、ほっとしたのは覚えています。
 結果として、ノンプロがうまくいったわけです。

でも、先がどうなるかわからないで書くのって、不安だけど、楽しいですよ。何か思いついたときのヤッホー感。パチパチです。

時系列は、ほんとすみません。ここに出すために年齢とかをチェックしていて、自分でもわけがわからなくなったのです。ある作家さんが、年表を作るべき、といわれたのが今ごろになって思いだされます。
ありがとうございました。

ゴイクン
121.92.248.185

ちくわ さま

長いのを読んで頂き、ありがとうございます。
そっちも雨が大変みたいですね。こっちも降っています。今日は雨の中、畑仕事してびしょびしょでした。
なので、寒くて、電気ストーブをちょこっとつけたりしました。
8月のクリスマス、という素敵な映画がありましたが、私の場合は8月のストーブでした^^

>この作品は明らかに抜きんでてます。

 やっぱり。おおおおおおっですね。わからないものです。わたしとしては、ユンという娘の出る最初のやつが一番好きなんですけどね。

 でも、考えたら、自己評価の低いやつが実は高かった、っていうの、確かにありました。というか、世間の評価の高かったやつって、そういえば自己評価はどれも低かったですね。ほとんどそうだった、って、今、気づきました。
 狂った奥さんに花とか、田舎の神隠しの話などなど、何のこっちゃでしょうが、あれもこれも、確かにそうだった。今、気づいた^^ アホやね。

>前回の感想で「お話の中に別のお話が見えるようなもの」があればいいんじゃないかみたいなこと書きましたけど、これにはそれがありますよね。

 ほんと、急にうれしくなってきました。有難いお言葉です^^
 手直しする根性が生まれてきました。。

ベトナム戦争のことは、まるで現地取材したような感じでしたので、やはり書きたくなりますね。日本向けじゃないとは思ったのですが。

北の共産党には、中国、ロシア、少数ですが北朝鮮も援助に来ていました。南には、ケネディーに始まるアメリカ、オーストラリア、韓国などが支援してました。特に韓国軍がひどくて、当時のベトナム人は、ダイハーン(大韓)といって恐れていました。今の若い人たちは韓流にはまっているようですけど、親の世代はダイハーンのイメージが強いようですね。「ホワイトバッジ」という韓国軍の残酷さを描いた韓国映画があったのですが、監督さん、今、どうなったのか。バッシングを受けて、二作目撮れなくて、消えたようです。
なんてこと、書きだしたら一晩たても終わりませんね。困ったことだ、と反省してます。

元にもどって、8章ですが、それは納得です。私自身もちょっと気になりだしていたので、もう一度チェックしますね。
で、何か白々しく終わりになりますが、今目の前に路地裏が浮かんできたので、関係ないのを張りつけておきます。まあ、トリビアとしてですね。これ、地元のに定期的に書かせてもらっているやつです。
ああ、ウインズじゃなく、現場に行きたいなあ、と思ってすでに二年。頑張ります^^
ありがとうございました。

以下オマケです

ハワイのホノルル空港が、日系人の上院議員にちなんで「ダニエル・K・イノウエ」国際空港に改名されたというが、公共の場に人名をつけるのは欧米などを中心とした文化のようで、ケネディー空港やダビンチ空港など有名である。とはいえ、私は根っからの日本人のせいか、このような命名に少し厚かましさを感じてしまう。
街の通りになるとさらに多様で、たとえば、パリにはヴィクトルユーゴー通り、セザンヌ通り、パスツール通りがあり、ベルリンにはカント通り、カールマルクス通りなどがある。政治家の名前も、当然ながらたくさん使われている。もっとも、リンカーン通りのように誰もが認める過去の偉人というのならすんなり心に落ちるが、歴史的評価が定まっていない政治家の場合はどうだろう。いつかカンボジアのプノンペンをレンタルバイクで走っていたとき、金日成通りや毛沢東通りがあるのを知って驚いたことがある。
どうしてこのようなことに興味を持つかといえば、私が暮らしていたベトナムの通りのほとんどが、ベトナム戦争後に革命家の名前に変更されていたからである。昔サイゴンと呼ばれた南部の巨大都市は、ホーチミン市に変わり、統一教会堂に向かう火炎樹の通りは、ホーチミンの後継書記長の名を取って「レズアン」通りになっていた。興味深いのは、ベトナム戦争の終結に向けてキッシンジャーと渡り合ったレドクトが、功績の割に街外れの貧弱な通りの名に収まっていたことである。レドクトは毀誉褒貶の激しい政治家で、通りを見れば共産党内での立場が何となく理解できる。
ベトナムは長い間フランスの植民地だったせいで、通りの命名もフランスに倣ったのだろう。それはカンボジアも同様である。そのような通りを歩いていると、自分がベトナム南部の人間ならどうだったか、そんな思いが何度も脳裏を走ったものだ。
半世紀ほど前の戦争はアメリカとの戦いと思われていて、ベトナム政府も「救国抗米戦争」と呼んでいる。むろん北には中国の後ろ盾があり、南にはアメリカの強力な支援があって、代理戦争の様相を呈していた。それでも私は、根本は北の共産党と自由主義を掲げる南部との内戦であった、と理解している。少なくとも戦場に狩り出された南部ベトナム人にとって、あの凄惨な戦いはアメリカのためのものではない。
敗北のサイゴンは、戦後一週間ほどしてホーチミン市に改名されたが、南部の人間にとって、ホーチミンは、ついこの前まで敵の親玉だった人である。その親玉の名前を、サイゴン市民は毎回住所として書かなくてはならない。権力者の手練れの手法の一つだとしても、その心理支配に息苦しい気がするが、いかがなものだろうか。
で、ベトナム人の何人かに、このことをきいてみた。すると、ただの名前じゃないか、気にしたことないよ、と笑っていなされた。本当だろうか、と私は今もひそかに疑っている。少なくとも私は、鳩山由紀夫通りで女の子と待ち合わせしたいとは思わない。

ARAKI
126.33.26.171

面白かったです。
主人公や脇のキャラクターの魅力としては二作に比べて落ちるのかなとは思いましが、ベトナムの歴史や文化、ものの考え方が新鮮で、今まで以上に詳しく書かれていたのではないでしょうか。それが小説の完成度も高めていたのではないかと思いました。

シリーズ物にするのなら前二作の様にヒロインや助手的なキャラは必要だと思いますが、今作は単体としてとても上手く仕上がっていたと思います。
終わり方も、正しいものが正義という考え方のアンチテーゼとして好きな展開でした。深みが出ていたように思います。

主人公をもうちょっと魅力的に描けたらよりいいのかなと考えたりもしましたが、絶妙なバランス感覚でベトナムに溶け込んで、不便さや煩わしさまで楽しんで生活しているというのも魅力の一つだったのでこのままでもいいような。
探偵の真似事をやりたがるような一癖ある所が主張できていたらスムーズだったかもしれませんが。

とはいえ面白く読ませていただきましたし、最終選考まで残ったという作品を読ませてもらい参考になりました。
ありがとうございました。

ちくわ
125.202.8.51

鳩山由紀夫通りはいやですじゃね、たしかに。
お隣もかなり大変そうだけど、鳩山さんが総理大臣してたとか、ちょっと信じられない時代があったんじゃよね。
国がつぶれないで良かったよ。

人名はしかし好きですよね。法則や理論、空港やら空母、通りやホール、なんでも付けちゃうもんね。
日本でもネーミングライツやったおかげで、どこにあるものなのか判り難くて仕方がない。
(味の素スタジアム、ミクニスタジアム、駅前不動産スタジアム、どこいら辺にあるかヒント欲しいよね。競馬場はこのままにしてくだせえ)
たかが名前なんだけど、されど名前じゃな。

すみません、鳩山由紀夫通りに反応していらんこと書きました。
返信無用ですじゃ。

ゴイクン
121.92.248.71

ARAKI さま

長いもの読んで頂きありがとうございました。

>主人公や脇のキャラクターの魅力としては二作に比べて落ちるのかなとは思いましが、

これは実は同感です。前の二つのおかしな兄妹は、楽しいキャラでしたが、こっちはわりと真面目っぽいので、そういう面白さはないのでしょうね。
でも、公安はひねていて、これはこれで生きているようですが、なんせ、主役のジイサンがやはり今イチか。そう思われる人が多いのでしょうね。

よその国に関わる場合、使命に燃えて、ボランティアなどに真剣にはまっていく場合と、ただの傍観者として見守る場合とあって、こっちは明らかに傍観者ですね。しかもジャマばかりの傍観者。
なので、こんな性格にしたのですが、というか、なったのですが、もう少しクセがあったほうがよかったのか、悩むところですね。

キャラとキャラがいろんなぶつかり方をして、何かが生まれるというのは物語の基本なんでしょうが、まあ、公安との間に愛が生まれるわけもないし。難しいです。

それでも、「ベトナムの歴史や文化、ものの考え方」などを知って頂くだけでも、私としては書いて意味があったのかな、という気がしています。

私はほぼ毎日、ユーチューブで映画を観ていますが、日本未公開のマイナーな国のマイナーな映画に惹かれます。惹かれる理由は、文化、生活がわかるからですね。
60年代の韓国映画にライスカレーが出たり(カレーライスじゃなく、ライスカレーです。そう言っています)、北朝鮮では洗濯物は煮る、そういう洗濯方法とかね、スリランカ映画では、蛇は愛のために人を噛む、だから殺してはいけない、という考えがあったりとか。ヨーロッパ物にももちろん、面白いの、おかしい風習がたくさんあありますが、まあ、そういうのがあれば、長い物を読んでもらった土産にならないかな、という気はしています。

>終わり方も、正しいものが正義という考え方のアンチテーゼとして好きな展開でした。深みが出ていたように思います。

ここは素直にありがとうございます、ですね。いろんな国の正義を見ていくと、ホントそれぞれの正義ですね。

これは前にも返信で書いたことがあるのですが、ベトナムの若い売春婦の話です。
ある西洋人が、そんなのやめたほうがいいよ、エイズになったらヤバイだろう、といったら、そのお姉ちゃんは、エイズになっても死ぬのは10年先、でも、この仕事をやめたら、私の家族は10日で餓死するよ、と答えたとか。

今のブラジル大統領が山火事を消そうとしないのも、そんな感じかもしれないですね。焼畑農業に憧れているのか。ただのアホ大統領にしかみえないですが、でも、サイゴンの娼婦と同じで、ただのアホともいえない部分があると思ったり。

>主人公をもうちょっと魅力的に描けたらよりいいのかなと考えたりもしましたが、絶妙なバランス感覚でベトナムに溶け込んで、不便さや煩わしさまで楽しんで生活しているというのも魅力の一つだったのでこのままでもいいような。

主人公に関しては、私も悩むだけで、どうしてよいかわかりません。でも、もうちょっとひねりを入れておけば、もっとよくなったかもしれないですね。

これから手を入れたいと思います。何とかならないかな、と思って。
読んでいただき、本当にありがとうございました。
お互いに頑張りましょう。

ゴイクン
121.92.248.71

ちくわさん

雑談です。

旅行者が真っ先に行くホーチミン市のど真ん中のドンコイ通り。フランス占領時代は、カテナ通りです。カテナってフランスの偉い将軍の名前です。フランスを追いだしたときに、ツーユー(自由)通りになりました。そしてベトナム戦争で北部に占領されてからは、速攻ドンコイ通りに変えられました。一斉蜂起の意味です。つまり一斉蜂起通りです。

昔フランス占領時代についた名前は上記のように消えましたが、たった一つだけ残されたものがあります。ど真ん中にあってドンコイ通りに繋がる素敵な通りで、私はそこをバイクで走るのが好きだったんですが、その名はパスツール通りです。フランスの医学者ですね。

味なことをやるな、と思いました^^
トリビアでした。

えんがわ
165.100.179.26

ごめんなさい。まず謝っときます。

3の途中で、殺人事件が起こったあたりで、読むのを止めてしまいました。

「路地裏殺人事件(仮題)」というタイトルの冒頭としては、ちょっと引力が弱かったです。
事件が起こるまで長すぎるし、不穏な空気というのが出せる環境なのに、それが異様に少ない。
ベトナムという異国で足を怪我しているという、ものすごく事件の香りのするデンジャーな状況なのに、妙にのほほんと田舎暮らしをしていて、危うい要素が主人公の内因にはなく、ベトナムという国土にもそれほどもなく、近所の騒ぎみたいな要するにご近所トラブルとしか匂ってこない。
そうすると、なんというか、中だるみがしてしまってます。

ただ、そのたるみが、たゆんでいるような、妙に懐かしい田舎の田園のような雰囲気があって、あとは作者さんがベトナムで生活していたのかとも思えるリアリティに支えられて、それが魅力的でした。
なので、むしろ事件が起こってしまって、このベトナムの雰囲気を残したまま読了した方が、自分はこの作品を好ましく思えるかなって。

本当のところを言うと、ゴイクンさんはミステリを描かないで、ベトナム近所暮らし的なもの、ミステリにしてもちょっとした日常の事件やちょっと怪我をするものを解決すような、そういう方が、読んでいて楽しい気がします。そういうのが書ける気がします。北村薫、加納朋子らが開拓した「日常の謎」。そういうのが自分は好きなんですけど、そのベトナムの日常でそういうの書くと、また新味があっていいかなって。

うーん、中だるみの感じは、もう一つ。主人公がベトナムに慣れ過ぎている。ベトナムの日常を紹介するときに、異文化に接するときの驚きを読者は共有しずらい。旅慣れた人の上からの目線の説明になってしまっている。
作者さんは人生経験豊富でベトナム通だと思うんですけれど、主人公はベトナムにもう少し馴染んでいない日の浅い人を使った方が、これからどうなるか、の素人の良さが出る気がします。

なんとなく、玄人すぎる感じがしました。

それはその後のミステリ部分を読んでいないので、強引な感想なんです。はい。


あっ、えーと。
文章はものすごく上手いと思います。
適度に知性を感じる語彙と文の組み立て方で、なおかつとても読みやすく、フレンドリー。
自分はこんなレベルの文章はいっしょう書けないなって感じで。うらやましいです。

ゴイクン
121.92.248.111

えんがわ さま

寝ようかと思ったら、ご感想が入っていて、ああ気をつかわせちゃったのかな、と思ったりしました。もう3面なので、よかったんですよ。逆に申し訳ないです。

>3の途中で、殺人事件が起こったあたりで、読むのを止めてしまいました。

それでいいと思います。ベトナムに関心がある場合は別にして、自分で読んでも、どこがミステリーなのかわからないですものね。

どっかに書いていたと思うのですが、これ、知りあいの同人誌に載せたいなと思って、その前にみなさまに甘えて、チェックがほしかったようなわけで。
その手直し、日曜日で終わりましたが、一週間ほどかかりました。手直ししながら、ダダ洩れの作品だな、と自覚もできました。

>ベトナムという異国で足を怪我しているという、ものすごく事件の香りのするデンジャーな状況なのに、妙にのほほんと田舎暮らしをしていて、危うい要素が主人公の内因にはなく、ベトナムという国土にもそれほどもなく、近所の騒ぎみたいな要するにご近所トラブルとしか匂ってこない。
そうすると、なんというか、中だるみがしてしまってます。

その通りですね。話が進んでいかない。ただ、きっと知らない人も多いだろうから、と路地裏の風景を書いていたら、長くなってしまったのです。しかもノンプロットで書いていますので、風景を書きながら、どういう殺人事件にしようかと悩んでいたようなわけで、ついだらだらになってしまって・恥
悲しいですよ^^;

>そのたるみが、たゆんでいるような、妙に懐かしい田舎の田園のような雰囲気があって、あとは作者さんがベトナムで生活していたのかとも思えるリアリティに支えられて、それが魅力的でした。

 こういって頂いただけで、ほっとします。懐かしい風景というお言葉もうれしいです。
 そして、実はここに書かれている風景は、実話なんです。私は、拙作の主人公とは違って、日本語教師としてちゃんと働いていましたし、大家が公安ではなかったのですが、これとそっくりな場所で暮らしていました。
 毎度の夫婦喧嘩も、実話なんです。だから、いつかあいつを小説の中で殺してやろうと考えていました・笑

 そういう実際の路地裏風景の中に事件を起こしてみようとしたのです。なので、ちゃんとロケハンはしています・笑アゲイン

>本当のところを言うと、ゴイクンさんはミステリを描かないで、ベトナム近所暮らし的なもの、ミステリにしてもちょっとした日常の事件やちょっと怪我をするものを解決すような、そういう方が、読んでいて楽しい気がします。

耳に痛いですが、それはきっと路地裏ドキュメントの部分がそこそこうまくいっていると、自分流に解釈していいのでしょうね。
北村薫さんのは幾つか読みましたが、あのような感じのはすでに書いているので、これはシリアス編でした。という言い訳でした。

>主人公がベトナムに慣れ過ぎている。ベトナムの日常を紹介するときに、異文化に接するときの驚きを読者は共有しずらい。旅慣れた人の上からの目線の説明になってしまっている。

ああ、これはざくっと来るコメントです。考えもしなかったのですが、確かにそうです。「旅慣れた人の上からの目線」というのは、自覚が全くなかったので、大変有益なご指摘で、外国を舞台にするときは必ず思いだしたいと思います。感謝です。
ほんと自分のことはわからないもので、ここに出してよかったと思います。

旅の玄人と作品は関係ないですものね。玄人の旅人、半分うれしく、半分せつないです。

本当にありがとうございました。そしておやすみなさい。

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