作家でごはん!鍛練場
吉岡ニッケル

シスター・レイを殺し屋は唄う


 
 六月の初め。月曜日の午後一時、麦飯に砕いたチキン・ラーメンを振りかけお湯を注いだ赤貧この上ないモノを喰っていると、二本あるうち滅多に使わない方の携帯電話が鳴った。着信音は村八分の『ドラネコ』にしといた。番号は非通知だった。
 おれは携帯電話の通話ボタンを押した。
—もしもし。
—あなたを見込んでのお願い事なのですが。
—見込まれるも何も、営業や宗教、自己啓発セミナーの類はお断りしております。
—そんなものではありません。あなたにクズ野郎一匹葬って頂きたい。謝礼はもちろんお支払い致します。
 おれは十秒ほど黙り声を出した。
—葬るとはどう云う事ですか。
—つまり、とある奴を殺して頂きたいと云う事です。
—どなたかは知りませんが、わたしは殺し屋など荒唐無稽な存在ではない。
 おれは電話を切った。
 チキン・ラーメンをスプーンで喰っている所、再び携帯電話が鳴った。さっきのサイコ野郎か。人の事は云えないが。暇つぶしにはなる。おれは再び通話ボタンを押した。
—はい。
—先ほどのものです。
—そうだと思いましたよ。わたしをゴルゴと間違えているんじゃないですか?
—デューク東郷ですな。現実と虚構の区別はついてますよ。あなたはあくまでも堅気です。
—極道でも半グレ、ましてや殺し屋なんかじゃありませんよ。
—そうでしょうね。とにかく、私はこう申し上げます。『トラヴィス・1973』と。
 電話越しの奴はおれの符牒を吐いた。こいつはおれの稼業を知っている。どこでどうやってだかは知らないが。
—どこでおれの事を知った?それとあんたの素性を明かせ。
—少し長くなりますがよろしいでしょうか。
—暇だし電話代はあんたのとこに請求が行くからな。
—そうですか。ではお話させて頂きます。
 再び咳払いが聞こえた。
—私はとある会社で総務部部長をしております。今ではそう役目も減りましたが、かつては総会屋や右翼の三下の対応を、仕事の一部ですが行っておりました。ヤクザとの付き合いがあったのは事実です。そういった類の連中と話しているとき、失礼ながら実力は大した事はないが足はつかず費用も安く口も硬い、まあ何と申しますか殺しを稼業としている方がいるとの噂をお聞きしました。そして、あなたにお願いすることにしました。
—それだけじゃ信用できねえ。あんたの氏名と会社名、それにあんたの会社と家の電話番号を教えてもらおうか。
 全て答えさせた。株式会社アバン・キャスト、常務取締役兼総務部部長、内田博之。それに電話番号をおれはメモした。
—まずあんたの会社が本当にあるか、あんたが在籍しているかどうか確認する。本当だったら仔細を聞いてやる。おれにはマエはないから、あんたがおれを人殺しだのほざいても無意味だからな。携帯電話も解約するからあんたとの連絡はこれっきりとなる。
—わ、分かりました。
—おれの携帯番号と『トラヴィス・1973』てのは誰に聞いた?
—あ、あの、株式会社古田鉄工所の会長でいらっしゃる古田銀次様よりお聞きしました。
—それなら、信用してやってもいい。
 おれは電話を切った。
 古田のオヤジ。まだ頭はしっかりしてやがる。いい時に仕事を廻してくれたものだ。



 ネットで調べた所、株式会社アバン・キャストが存在する事が分かった。日本の総合商社を代表する、M商事の子会社だ。西新宿のビルにある。役員紹介をクリックしても、内田博之の名前は表記されており、常務取締役の肩書きがついていた。まだ在籍しているか確認するため、会社の総務部へ電話をかけた。
—株式会社アバン・キャストでございます。
—お忙しい所、まことに失礼致します。わたくし、城西信用金庫の宮武と申します。
—お世話になっております。
—財務の件で総務部長の内田様にご相談したい旨がございまして、お取り次ぎして頂きたいのですが。
—誠に申し訳ありません。内田はただいま席を外しておりまして、戻りは、おそらく三十分後ほどになりますが。
—それではまた後ほどおかけ直します。
 電話を切った。

 内田の家にも電話をかけた。
—内田でございます。
—わたくし、内田様より先刻依頼のあったシロアリ駆除サービスのイナダと申します。奥様でございますか。
—いえ、私は家政婦でございますが。
—それでは奥様にお取り次ぎお願いできますか。
—本当にシロアリ駆除の業者さんですか?
—はい、そうです。内田博之様にお見積もりのご依頼を受け、出来上がったのでお電話した次第ですが。
—そうですか。私が代わりにお聞き致しますが。
—いえ、失礼ですがお身内の方でないとお伝えできないのです。規則でして。申し訳ありません。
—旦那様は仰らなかったのですか。奥様が五年前にお亡くなりになりました事を。
 女房が死んだなど、おれの知った事ではない。
—それは誠に御愁傷様で。こちらも配慮が足りませんでした。申し訳ありません。
—いえ、旦那様は奥様が亡くなった事を口外するのを嫌がるものですから、イナダ様にもお伝えしなかったのでしょう。
—個人のプライベートに関与するなど業者として論外の行為です。それでは内田様がお帰りになられそうな時刻を見計らって、再度お電話差し上げます。
—そうですか。よろしくお願い致します。それであの。
—まだ何か。
—奥様が亡くなられた事を私が口外したと云うのは内密にお願い致します。
—分かっております。信用第一の商売ですから。
 電話を切った。会社も内田も存在する事が分かった。あとは殺しと報酬の話をするだけだ。
 
 三十分ほどして、再び内田の会社に同じ口上で電話をした。今度は取り次ぎに成功した。
—はい、内田でございますが。
—あんたの言葉に嘘は無かったようだな、内田さん。
—誰だ君は?
—Fだよ。
—あ、あなたか!こ、困るじゃないか会社になど電話をかけてきて!
—あんたが何時に家に帰るなんて分からないからな。それにあんた常務なんだから部屋をあてがわれているんだろう?聞かれる心配はない筈だ。もっとも、通話内容が録音されているのならやめておくが。
—そ、その心配はない。でも。
—だったら続けさせてもらう。いいか?
—あ、ああ。
—早速仕事の話をしたい。いきなりですまんが、今日の夕方は空いているか?
—ええと、六時過ぎなら大丈夫だが。他に仕事があってもあなたをほうを優先する。
—じゃあ話をつけようじゃないか。今日、あんたはどんな格好をしているんだ?
—今日はブラウンの帽子にブラウンの背広、靴もブラウン。躰型は恥ずかしながら小太り、眼鏡をかけ口髭を生やしている。
—ダンディだね内田さん。分かった、六時半頃に都営新宿線新宿駅の改札前で待っていろ。都庁寄りの改札じゃねえぞ。あんたの会社は西新宿だからすぐに来れるだろう。おれが見つけるから辺りを伺ったり挙動不審な行動はするな。それとお願いしたい事がある。
—何でしょうか。
—まずマトの顔写真。これがなければ行動は起こせない。それからマトに関する経歴書を持って来てくれないか。顔と素性が分からなきゃ計画は立てられない。
—わ、分かりました。
 おれは電話を切った。

 午後六時半。おれは都営新宿線新宿駅の改札駅前から離れた場所で内田らしき男が来るのを見張っていた。 
四十分、ブラウンづくめの格好をしていた小太りの男が改札を出て、ハンカチで額の汗を拭いながら辺りを見廻していた。あれが内田なのだろう。おれは内田に近づき、背後から声をかけた。
「内田さんだな」
「あなたはー」
「振り向くんじゃない。Fだ。改札をくぐれ。そしてホームまで行け」
 内田は云われた通り、スボンのポケットから定期券入れを取り出し、改札をくぐった。そして長いエスカレーターと階段を下り、ホームへ降りた。
 おれは少し離れて内田の後を追った。尾行を確認したい所だったがこの人混みでは探すのは難しい。
 都営新宿線のホームでおれは内田の背後から声をかけた。次に来る笹塚行きの電車に乗るんだ」
「分かりました」
 三分もしないで電車はホームに到着した。ドアが開くとおれと内田は電車に乗った。
 発車のアナウンスが流れた。おれは内田をドアへ押した。
 内田はうろたえた。「な、何をするんですか!」
「いいから降りろ!」
 ドアが閉じる前に内田とおれは車外に出た。辺りを伺った。誰も関心を示していないようだった。
 内田は曲がったネクタイを直し、小声ながらまくしたてた。「一躰どういうつもりですか」
「念には念を入れてだ。尾行がいるとも限らねえしな」
「まだ私の事を信じていないのですか」
 おれは肩をすくめた。「まだ話のさわりしか聞いていないんでね。気を惡くしたら謝る。じゃあこれから、ちょっと遠いが靖國通りにあるジャズ喫茶に行く。あそこなら会話を聞かれる心配はないからな」
 内田はため息をついた。



 地上に出て、小田急と京王デパートの前を通り新宿大ガードまで来た。そこを右折し、目的地であるジャズ喫茶『Dig』にやって来た。
 内田の機嫌が少し良くなった。「いやあジャズ喫茶とは懐かしい。私も學生時代、よく通ったものです。ジョン・コルトレーン、アート・ブレイキー、チャールズ・ミンガス、リー・モーガン、アート・ペッパー、幾らでも語れますよ」
「気に入ってくれりゃそれでいい」
 テーブル席に座り、おれはコロナ・ビールを、内田はコーヒーを頼んだ。
 店内にはウェス・モンゴメリーのギターが流れていた。

 飲み物が来てから本題に入った。
 内田は咳払いをし一気にまくしたてた。「我が社の総務部に葛城と云う下衆がいます。あのひとでなしは我が社の恥です。他の従業員に罵詈雑言は浴びせる、暴力は振るう、仕事はしない、とにかくクズ社員の典型です。そこでお願いです。葛城のクズ犬を殺してくれませんか。先ほども申しましたが、あなたが満足するかどうかは分かりませんが、こちらが可能な限りの謝礼をお支払い致します」
「そんなに憎いなら、あんたが葛城を自分で殺った方がいいんじゃねえのか。さぞ溜飲が下がると思うがね。しかし誰もが刑務所なんて行きたくねえだろうからな」
「仰る通りです。刑務所になど行きたくありません」内田はコーヒーを一口飲んだ。「私自身で殺したいのはやまやまですが私は右脚が少々不自由で、息の根を止める自信がありません。そこであなたにお願いする事にした、そう云う次第です」
 おれはコロナをもう一本注文した。
「古田のオヤジ、やっぱしモウロクしたか」
「何と仰いました?」
 コロナが来ておれは一口呑んだ。「何でもない」
「引き受けてくれませんでしょうか。報酬として百万円、不服なら五十万上乗せ致します。古田様よりそれくらいの報酬は必要だと伺ったので」
「〈殺しの報酬〉としては破格だが」おれは腕を組んだ。「何か解せねえな」
「やはり不服でしょうか」
「そうじゃない。なんか釈然としねえんだよ」
「私が嘘を申していると仰るのですか」

 店内のBGMがサラ・ヴォーンに変わった。

「あんたは総務部部長、それに常務取締役だ。その葛城と云う野郎がそんなに評判が惡い、酷いろくでなしなら幾らでも処分が下せるじゃねえか。解雇は簡単にできねえだろうが、地方に飛ばすとか閑職に廻すとか。それをいきなり殺す、ってのは常務取締役様の考える事じゃねえと思ってさ」
 内田は黙った。そして冷めたコーヒーを一気に飲み干した。

「正直にお話致します。あの獣は私が可愛がっていた秘書をレイプした」
 おれは黙ってコロナを空になるまでチビチビと呑んだ。「そこまで聞けば大躰分かった。その秘書ってのはあんたのコレだな」
 おれは小指を立てた。
 内田は首を振った。「いえ、そこまでの関係ではありませんでしたが」
「死語になったがプラトニック・ラブってやつか」
「彼女も私を慕ってくれて、今属しております会社を勇退し別会社へ天下りしたとき、結婚を申し込むつもりでおりました」
「何とも云えんが」女房が死んでいる事を知っているのは黙っていた。「のちの嫁さん候補を、葛城のゲス野郎に汚された、と」
「はい」内田はうなだれた。「別に私はロリコンではありませんので処女信仰など持ち合わせてはおりません。知世、いや元秘書はあれだけの美貌ですから付き合った男も多数いたはずです。私とはその、枕を共にする関係にはありませんでした。しかし、よっぽどショックだったらしく、会社には辞表を提出しました」
「少し分かったよ、あんたが葛城を殺したいと思う気持ちが」
「分かってくれましたか」
「引き受けた。前金でそうだな、四十万貰えるか。それと葛城に関する書類も」
 内田は封筒から紙幣を出し、革製のトランクから封筒を出しテーブルに乗せた。
「四十万です。お確かめください」

 おれは封筒を布バッグに入れ、枚数を確認せずに札を内ポケットに突っ込んだ。「それと、あんたの可愛い元秘書の写真を貸してくれないか」
「な、なぜそんな事まで」内田は狼狽えた。
「人殺しには人殺しの手順がある。マトを殺るまでの。そのためにはどんなに些細でも情報が役立つんだよ。それだけ、いや今もご執心とあらば写真は持っているだろう。定期入れの中に今でも入れているはずだ」
「どうしてもですか」
「断ってもいいが」おれはポケットから紙幣を抜き出そうとした。「もしかしたらあんたと可愛い元秘書とのよりが戻るかも知れないぜ。さしずめおれは惡のキューピットだ」
「わかりました」内田は胸ポケットからエルメス製と思しき手帳を出し、ページに住所と電話番号を記し破いた。定期入れを取り出し写真を抜くと一緒におれに渡した。

 おれは内田の元秘書、野上知世の写真を見た。仲間由紀恵に似た美人だった。
 見終わるとメモと写真を受け取り、内ポケットに入れた。
 しかしこの内田という野郎、何となく胡散臭い。おれの勘でしか過ぎないが。
「引き受けよう。葛城のクソ野郎は始末する。仕事が済んだらあんたの会社の電話に連絡し、残金をどこで受け取るか連絡する。それが済んだら『トラヴィス・1973』と云う符牒と電話番号は忘れろ。再び電話がかかってきたらあんたを始末する」
「わ、分かった」
「取引成立だ」おれは席を立った。「おれは先に行く。十分経ったら店から出ろ。監視しているからな。十分以内だったら取引はなし、あんたは鮒の餌だ」
 内田は黙って頷いた。

 おれは店を出た。出るなり隣のビル入口に身を隠し出口を監視した。
 十分経っても内田は出て来なかった。出てきたのは一時間後だ。内田は學生時代ジャズ喫茶に随分通ったと云っていた。ノスタルジーに酔っていたのかもしれない。
 内田はぎこちない歩きで新宿駅東口へ向かった。おれは後をつけた。
 新宿駅に入り、小田急線の改札まで歩いた。改札をくぐり、電車に乗った。電車は空いていた。おれは内田が乗る車両の、隣の車両で内田を監視した。
 代々木上原駅に着くと内田は降りた。おれは滅多にタクシーなど乗らないので幾らになるかはわからないが、新宿からは奴にとっては端金にすぎない程の額の筈だ。とんでもなくシケた野郎だ。こっちもタクシー代を払わずに済んだので良かったが。

 駅を出ると上原方面へ歩いた。細い道で尾行に気づかれる恐れがあったがその心配はなさそうだった。内田は一軒のこ綺麗な邸宅の前に止まり、内ポケットからキー・ケースを抜き出し門の鍵を開け、中に入っていった。豪邸と云っても良い。おれは塀に記してある住所を覚え、小田急線の高架をくぐりH町へ向け歩き出した。

 バラックに着くなりペットボトル入りの焼酎を三口ほど喉に流し込み、封筒に入れられた葛城俊彦に関する書類を抜き取り読んだ。写真で見ると髪を短く刈り込んだなかなかの男前だ。K應義塾大學経済學部卒業で三十三歳、総務部係長。住所は中野新橋。その他、惡評などのメモを期待したのだがなかったので、住所を頭に叩き込み、書類は焼き捨てた。そして木綿豆腐を肴にホッピーの安焼酎割を何杯も呑むうち、床に転がって眠ってしまった。



 翌日、おれは黒いスーツに黒く細いネクタイをし、午後一時にH町のバラックを出た。

 京王新線つながりの都営新宿線に乗り、馬喰横山駅で降りた。地下通路を通り都営浅草線東日本橋駅で日本橋へ向かった。
降りて地上へ上がり、昭和通りを少し歩くと古田のオヤジの会社があった。午後一時五十分だった。
 古田鉄工所と云う貧弱な名前のくせに、著名な一級建築士にデザインさせた八階建てのビルが本社で、日本橋は昭和通り沿いにある。おれはガラス張りの玄関をくぐり、受付嬢に声をかけた。
「すみません。わたくし株式会社高田精機の黒澤と申します。午後二時より会長の古田様と精密機器の打ち合わせをするため参りました」
「株式会社高田精機の黒澤様でございますね。少々お待ちください」受付嬢はキーボードを素早くタイピングした。
 受付嬢は、美しいが整形を施したと思わせる面をこちらに向けた。「現在、古田は会長室におります」
「わかりました。ありがとうございます」守衛にも頭を下げ、首に入館証をぶら下げエレベーターで八階の古田のオヤジの部屋へ向かい、ドアをノックした。

「黒澤君かね」
「そうです」
 ドアが開き、古田のオヤジがにこやかにおれを部屋に招き入れた。「いやあ、よく来てくれた」
 おれは会長室へ入った。広い部屋に大きい本棚と重厚なデスクとテーブルにソファ。さすが一流企業の会長様だ。
 古田のオヤジは受話器を取った。「秘書室か?古田だ。今からしばらく大事な会談があるので、二時間ほど誰も通さんでくれたまえ。電話もだ」
 受話器を置くと古田のオヤジがおれの手を握って来た。「会いたかったよ、F。出来が惡い子ほど可愛いって云うからなあ」
「出来が惡いって事は認めるが、あんまし力を込めて握らないでくれないかな。おれ老け専じゃないんで」
「まあ固い事云うな。わしだってホモじゃない。まあとにかくソファに座れ。レミー・マルタンなんてどうだ?」
 おれはソファに腰掛けた。「なんだいそりゃ?」
「知らない方が味がわかる。とにかく一杯」古田のオヤジはテーブルにレミー・マルタンとやらのボトルとグラス二つを置いた。
 古田のオヤジはグラスにレミーを注いだ。「とにかく互いの健康に乾杯だ」
「乾杯」
 強くもなく弱くもなく、文句なしに旨かった。



 古田のオヤジ、古田銀次と知り合ったのは約十五年前だ。当時おれは勤めていた会社が倒産し、再就職するにも就職氷河期で仕事など得られなかった。ならば學歴だけは得ておこうとW稲田大學第二文學部、つまり夜學に入學した。若者だらけの中、ホームレスに近い老人がいた、各國の近現代史をおれは多く履修していたが、ホームレスとよく顔を合わせた。

 ホームレスと初めて話したのは『ドイツ近現代史』と云う講義で、講師がナチス・シンパに近い男でドイツがなぜポーランドへ侵攻しただの、ヒトラーとスターリンの密約がどうであったのか、カティンの森の虐殺の真相やアウシュヴィッツなどの重大事を論じず、世界で初めて開発された実用自動拳銃がドイツ製のボーチャード・ピストルである、その後で正式採用されたのがルガーP・08でありナチス党幹部のステータスであった、ドイツ鉄十字章は最高の名誉で云々と述べる、一般學生には無用の退屈な講義だった。

 ホームレスが呟いた。「くだらん講義を選んでしまった。あのナチス被れの若造、そのうちモーゼルC96をモーゼル・ミリタリーなんて抜かし始めるぞ」
「モーゼル・ミリタリーはパラベラム弾のM1916でしたよね」おれは横から小声で話しかけた。「フルオートはシュネルフォイヤー、通称M712」
 ホームレスはおれの顔を見た。「君、良く知ってるじゃないか」
「あのナチス講師ほどじゃありませんがね」おれは首を振った。「ただ歴史を知りたかっただけなのに、なんで兵器講義になるんだか。受講料返せってんだ」
「いや、歴史を知るためには戦争を知る必要がある。同時に兵器を知る事だ。それでその國の優劣が決まるんだからな」
「兵器には興味はありますよ、映画マニアですから。ただ、最高學府でこんな話を聞かされたんじゃたまったもんじゃない」
 ホームレスは腕組みをして頷いた。「君の話ももっともだ。ただし、最近のバカ洋画なんか観た學生はトリガーが引かれると弾丸そのもの、つまり弾頭と薬莢が一緒に飛んでいくと勘違いするのが多くなっていると聞く。薬莢は真鍮で貴重とまでは云えないが金属だ。戦争はあくまでも実戦の優劣と云うより物資を消耗しあい、どちらの方が先に底がつきるかの忍耐比べ、と教えるのも惡くないと思っている、わしは」
「ヨーロッパでは薬莢を使用しないライフルも実用化されましたよ。名前は忘れましたが」
「ドイツはヘックラー・ウント・コッホ社製のG11だな。冷戦終了のあおりで採用はされなかったらしいがな」
「あなたはもしかして自衛隊関係のお人ですか?」
 ホームレスは笑った。「こんな老いぼれのどこが自衛隊関係者なんだ?笑わせるね君」
「お気を惡くされたら謝ります」
「いやいや、謝らんでもいい。礼を云うのはこっちの方だ。年寄りの戯言に付き合ってくれて」
「あのナチス被れの講師の話を聞くよりはマシでしたよ」
「夜學の最高峰と云う割には、新しい事をなかなか聞けないもんだ」
「あなたも正規の學生ですか?」
「もちろんさ。一般入試を受けて合格した。社会人入試じゃない。老いぼれだがな」
 ホームレスは時計を見た。確か新聞広告に載っていた、セイコーの高級機種だった。
「どうだね君、このたわけた講義が終わったらちょいと一杯付き合ってくれんかね。もう分かっているだろうがわしはガン・マニアだ。もちろん歴史にも興味はあるが」
「別に用もあるでなし、いいですよ。あんまし金はないですけど」
「よし、じゃあ大いに呑み、語ろうじゃないか。わしの名は古田銀次。しがない会社の会長だ」
 午後九時十分、授業が終わった後校門へ向かった。校門にはセンチュリーが待機しており、おれはそれに乗り銀座へ連れて行かれた。
 


 グラスを空け、手酌でレミーを注いだ。「内田とか云う野郎の会社はオヤジんとこに比べりゃ屁みたいな会社だろ。そこのシケた係長を殺せ、と云う野郎におれを紹介したな。しがない殺し屋にはふさわしいがね」
「他は任務遂行中でな。お前、Fしか連絡つかないだろうと思ってな」
 古田のオヤジは七人の殺し屋を飼っている。コード・ネームはA・F・H・J・M・Q・X。それぞれが定職を持っている。おれとQ以外は。その中で最も力量に劣るのがF、おれだ。
「サラリーマン一人殺るならオヤジと付き合いのある、どっかの極道にでも頼めばいいじゃないか。連中なら三下に命じてさ、タダで葬るだろう。もちろん殺った三下は口を割らず、シャバに出れば金バッジか銀バッジもらえるんだから、云う事なしじゃねえか。ムショを出られるかは分からんがね」
「極道との付き合い?お前、何年わしの下におるのだ」古田のオヤジはグラスを口にした。「内田には麻雀で二十万負けた事があってな。赤坂のクラブで、奴が減量中のボクサーみたいな顔をしているのを見かけてな、悩みを解消してやると同時に、負けた恨みを晴らそうと思ったわけだ」
「こっちの身にもなってくれよなあ」
「お前はわしが手塩にかけて育てた殺し屋だ。下手を打たなけりゃ証拠も残さない。だからお前の連絡先と符牒を内田に教えた。惡党以外を殺させはしない」
「惡党かそうでないか、そりゃオヤジの判断だ。しかし、それが誤ってたらどうするんだよ」
「わしを謀った、そうと分かったらそいつに消えてもらう」
「分からなかったら?」
「〈現場〉に一任し、わしは口出ししない。そう云う判断を下すのも、修行のうちだぞ。わしは七十を超えておる。モウロクして誤る事もあるわい」
「無責任だねえ」
 古田のオヤジは咳をした。「顧問料として毎月、わしがお前らに相応の額を振り込んでいる事をー」
「忘れちゃいねえよ」弁護費用にもなりゃしない。「まあ渡世の義理だ。引き受けるよ」
「そうか」古田のオヤジは空になったグラス二つにレミーを注いだ。「じゃあ前祝に乾杯だ」
「祝う気分じゃないけどな」
 飲み干すとテーブルにグラスを置いた。「じゃあ、オヤジに得物を借りたい。サラリーマン一人殺るんだったらおれのアイス・ピックを仕込んだ杖で盆の窪をさせばそれで任務終了だが、拳銃ならもっと簡単確実に済んで、背後関係も藪の中でサツも捜査に行き詰まるかと思ってな。これは希望的観測だが」
「何がいい。云うまでもないが、総てわし手造りの拳銃でもちろんマエはない。欲しいものを持っていけ。ただし仕事が終わったら返すんだぞ」
「オヤジを謀った事が今まであったか?」
 古田のオヤジは年の割に白い歯を見せるとリモコンのボタンを押すと左壁が音を立てて開いた。
「どうでもいいけど、この007のセットみたいなモンを見せられると殺る気が削がれるんだよな」
「しのごの抜かすな!さっさと得物を選べ」

 壁の中は拳銃やライフルの収納庫だった。スミス&ウェッスン、コルト、ベレッタ、ルガー、ワルサー、モーゼルにライフルはウェンチェスター、レミントンなど、どれも禍々しい黒光りを放っていた。
「あのさ、ヘックラー・ウント・コッホやグロックとかは作らないの?今のドンパチ映画じゃあれが主役だぜ」
「あんな品のないものは拳銃とは認めん。プラ屑じゃ。わしは〈アイアンスミス〉の誇りを持っておる」
 収納庫はガラス張りだった。おもちゃ屋のショー・ウィンドウを眺めるガキの如く拳銃を眺めていると、おあつらえ向きのシロモノが見つかった。
レミントン・ダブルバレル・デリンジャー。四十一口径。装弾数は二発。銃の長さは7・6センチの小型拳銃だ。おれはこれに決めた。
「デリンジャーを貸してくれないか」
 古田のオヤジは腕を組んだ。「性能は保証する。だがたったの二発だ。打ち損なったらどうする」
「出来は惡いが『古田機関』の殺し屋だ、おれは。たかがサラリーマン一匹撃ち殺すには二発、いや一発で十分だ。額に銃口を押し当て、ズドン、あの世行きだ。サラリーマンが射殺された、滅多にある事ではないだろう。それでも拳銃ではメジャーと云える三十八口径のチーフ・スペシャルや、オヤジが毛嫌いしてる中國人民解放軍のポンコツ拳銃『黒星』なんかでマトが殺されたとあったら報道も大がかりなものになるだろう。だから、マイナー、と云えるデリンジャーを借りるんだ」
「そうだな」古田のオヤジは腕を組んだ。「あれは構造がシンプルで不発も起きずらい拳銃だ。至近距離ならマトの息の根を止めるに十分だ」
「貸してくれるんだな」
「貸してやる。ただし口を酸っぱくして云うが、仕事を終えたら必ず返す事」
「今までもそうしてきたじゃねえか」
 古田のオヤジはガラス戸を開け、デリンジャーと弾丸二発をおれに手渡した。
 おれは受け取るとポケットにしまった。「依頼は完遂する。万が一パクられてもオヤジの事は一切口外しない。信じるか」
 古田のオヤジは笑った。「出来が惡い子ほど可愛いからな。信じているからこそ、くだらん仕事でもお前に頼むのだ。それで老婆心、いや老父心で云うのだが、西部開拓史の影が主役のデリンジャーを選ぶのなら、表が主役であるコルトSAAなんて使ってみないか?性能はわしが製造したんだから折り紙つきだ。ワイアット・アープの気分が味わえるぞ」
「ちょっと大きすぎる。職質にあったら即逮捕だ」
「そうか。わしだったらそうするがな。『荒野の決闘』のように」
 おれはソファから立ち上がり、古田のオヤジに頭を下げた。
「おれはあんたを第二の父親だと思っている。迷惑だろうがな」
「お前を殺し屋の道にひきづり込んだのはわしだ。第二の親父で結構だ」
 おれは部屋を出、エレベーターで一階まで降り、入館証を返した。ビルを出ると日本橋駅へ歩き、電車を乗り継いでH町のバラックへ帰った。



 古田のオヤジはとんでもない男だった。まず上場こそしていないが鉄鋼・精密機器製造大手の株式会社古田鉄工所の社長だった。今では会長だが。古田鉄工所はアメリカの大手製鉄会社と提携関係があり、社員からの一般応募で、選考に合格した社員をマサチューセッツ工科大學など、欧米諸国の大學院へ社費留學させるなどと云った、将来のある學生には夢の会社だった。

 古田のオヤジの事を語るなら、先代を抜きには出来ない。古田のオヤジの父親である銀平翁は小作人の次男として生まれ、學校こそ尋常小學校しか出ていないが神童として故郷である福島では知られた存在であり、地元文化人や名家から學費を工面するから上級學校に進學するように、と毎日説得されたと云う。だが銀平翁は上京し、町工場の工員となった。そして十八歳で銀平翁は町工場を興した。その一方で大アジア主義を唱える右翼結社に出入りし、後の大物右翼らとも知遇を得、可愛がってもらったと云う。銀平翁は寺子屋程度としか考えてなかったようで右翼になる事はなかったが、様々な事を教えてもらったらしい。それが社の代が変わっても、右翼や総会屋に強い原因なのだろう。そして戦後、吉田鉄工所は朝鮮戦争特需を始めとする好景気で一介の町工場から有望企業として認知されるようになった。

 そして銀平翁の息子の銀次、つまり古田のオヤジである。オヤジは戦後生まれで、父親同様に幼少から頭脳明晰、東京大學工學部に進學した。おれにはさっぱり分からないが在學中から製鉄技術などで特許を取り、親父の会社に入っても製造革新とやらを次々と推し進め、業界では知られる大企業となった。高度成長期には〈現代の錬金術師〉と新聞に書き立てられオヤジは嫌がったと云うが。それで現在は息子の銀四郎に社長の座を譲り、会長と云う身分になったわけだ。

 古田のオヤジには人には決して云えない趣味があった。拳銃の密造だ。おれと同じく映画マニアだった古田のオヤジは、拳銃を美術品とみなしていた。チンピラが用いる、モデルガンを改造したクズ鉄ではない。米國やヨーロッパに行き気に入った拳銃の設計図と云うか扱い書を手に入れ、それを元に落合にある『株式会社古田鉄工所・落合研究所』でパーツの鋳造や各部品の製造を行うのだ。当然密売するつもりはなく、ただ美術品として収納庫にしまっておくのだ。おれのように使う人間もいるが。

 もちろん殺しを持ちかけられれば、思案の挙句引き受けたり引き受けなかったりする。基準はマトが惡党かそうでないかだ。池波正太郎の小説〈仕掛け人〉シリーズの元締め、音羽屋半右衛門のつもりでいるらしいが、世の善惡など相対的だ。

 そんな経団連の理事をやってもおかしくない男がバカ田大學で、おれのようなろくでなしと交誼を持つようになったのだから世の中は分からない。

 それで末席ながら、おれが勝手に名付けた『古田機関』に加えられ、幾人も殺して来た。



 次の日の午後七時、丸ノ内線中野新橋駅で葛城俊彦が現れるのを待っていた。もう帰宅して居るかも知れないし、残業で深夜になるかも知れない。どちらにしろする事もないので犬になりきる事にした。十一時までに現れなければアパートに押し込みをかけそこで待ち伏せしてもいい。

 八時になった。葛城が駅入口から出てきた。駅前の通りを葛城は左へ行った。葛城のヤサは知っているので、葛城を追い越して前を歩いた。もちろん後ろの確認を怠らずにだ。前を歩いていると、細い横道があった。十メートルほどの長さで、細道の先は壁が立っており表通りからもよく見えない。袋小路ってやつだ。おれは葛城を殺る場所をここと決めた。おれは細道の壁に寄りかかり、葛城を待った。やがて葛城はやってきた。
 おれは横道から出て、葛城にヘッド・ロックをかまし細道の奥までひきづり込んだ。壁に押し付け金的を見舞いすると葛城はアスファルトに腰を落とした。おれはデリンジャーをポケットから抜き、葛城が助けを求めないか、反撃してこないか見守っていた。どちらかの行動に出たら即殺る。そして逃げる。
 葛城は躰を起こした。まだ腰をアスファルトに落としたままだった。
 おれは口を開いた。「葛城俊彦だな?」
 葛城は黙っていた。おれは葛城の顔を平手打ちした。
「葛城俊彦だな?」もう一度訊いた。
 葛城は壁に背中をつけ、両手を左右に広げた。「そうだ」
「あんたに恨みはねえ。だが渡世の義理があるから殺らなきゃならねえ」おれはデリンジャーを葛城の額に押し付けた。「惡く思うな、と云うのには無理があるが、せいぜい成仏してくれ」
 葛城は笑った。「こんな日が来る事は覚悟していたが、すぐに来るとはな。さっさと始末してくれ」
「何か云い残す事はないか?」
「そうだな」葛城は腕を組んだ。「内田のブタに伝えてくれ。葛城は死んだ。だがあんたを道連れにする爆弾はしかる筋を通じて公になる、ってな」
 おれはデリンジャーを葛城の額から離し、腕を下げた。
「どうする?俺をリンチして爆弾、の在りかを吐かせるか?」
 おれは考えた。こいつは殺られる事を覚悟していた。依頼者が内田だと云う事も見抜いていた。おれにはこの葛城が内田の云った品性下劣な野郎にはどうも見えなかった。怯えが全くない。
「納得できねえ事が多すぎる。おれはこんな稼業だが、素人の出まかせに踊らされるのは我慢出来ねえ。その匂いがする。で、あんたから仔細を聞く必要がありそうだ。ちょっとあんたの部屋に上がらせてもらう」
「いいだろう。俺も話したい事が山ほどある」
「いい度胸してるな」
 葛城のアパートへ、奴を前に歩かせおれはついて行った。
「ところで殺し屋さんよ」
「何だ」
「殺し屋なんてものに遭遇した事はないが、探偵は知っている。あんたにはその匂いがする」
「同じようなもんだ。人の生き血を啜って生きている」三流悪徳探偵、Jとおれは同じだ。
 葛城のアパートの入り口に着いた。二階へ上り、葛城の部屋に入った。



 葛城の部屋はワン・ルームだが圧迫感はなく、比較的広々としていた。家具もベッド、衣装ケース、机、ソファ、テーブル、本棚くらいなもので、まさに〈レス・イズ・モア〉だった。おれはソファではなく、床に座り込んだ。
「殺し屋さん、ビールでも呑むかい?それともコーヒーは」
「バーボンでもウィスキーでも、強い酒が呑みたいんだが」
 葛城はキッチンからジャック・ダニエルを持ってきた。「三分の一呑んじまったけど、よかったら」
「願ったりだ」
「グラスに氷を今用意する」
「んなもの要らねえ。ラッパ飲みだ」おれは蓋を開けジャック・ダニエルを喉に流し込んだ。久しぶりの熱波だ。

 葛城はエビス・ビールとスモーク・チーズを冷蔵庫から持ってきて、テーブルに乗せた。葛城は蓋を開け三口呑んだ。
「まさか殺し屋と一緒に酒を呑むとはね」
「最初で最後かも知れねえがな」おれはポケットに手を入れた。
「まあどうでもいい。どうせ一度は死んだようなもんだ」
 おれはジャックを二口呑んだ。「やっぱり解せねえな」
「解せない、すると内田が嘘を抜かしたとあんたは思っているのか?」
「そうだ。あんたとの付き合いはないが、今日見た限りでは、あんたは内田の云ってた下衆野郎には見えなかった。殺られる寸前でも怯えなかったしな」
「買いかぶりは困るね。ちなみに内田は俺の事を何て云ってたんだ?」
「そのまま云うが〈我が社の総務部に葛城と云う下衆がいます。あのひとでなしは我が社の恥です。他の従業員に罵詈雑言は浴びせる、暴力は振るう、仕事はしない、とにかくクズの典型です〉とな」
 葛城はひっくり返り笑った。「それ全部、内田の事じゃないか」
「そうか。おれにはヤブ精神科医の素質があるのかも知れないな。無意識のうちに本音を白状させる」
 葛城はエビスを呑み干した。「ああ云ったブタ野郎でも東大法學部卒のエリートでね。親会社のM商事から出向してきてやりたい放題、でもあと二年で系列会社へ天下り。いいご身分だよ」

 おれは再びジャックを口にした。「本題に入ろう。内田はあんたに可愛い秘書をレイプされたので殺って欲しいとおれに持ちかけた」
「誓って俺はそんな真似はしていない」
「あいつを道連れにする爆弾とは何だ?云いたくないのなら云わなくてもいいが」
「云わなきゃ殺すんだろう」
「おれは殺し屋であって殺人マニアじゃない」テーブルにデリンジャーを置いた。「しかし内田のブタ野郎が抜かした事は嘘八百だと云う気がしてきた。奴に落とし前をつけるかも知れない」
「なぜ俺を信じる?何も深い事情を云ったわけじゃないのに」
「勘、としか云いようがねえな。それに本棚にハード・カヴァーの『ヘミングウェイ全短篇集』が並んであるのを見た。こいつは内田の云うほどの外道じゃないと思ってな」
「あんたもヘミングウェイが好きなのか」
「ああ」
「それだけの理由か?」葛城は笑った。「それならフィデル・カストロは聖人だな」
「余計な話をして時間を潰す気はない。話を続けようじゃねえか」
「いいだろう。一度は死んだ身だ。俺もあんたを信用する」葛城は新たにエビスを開けた。

「内田が俺を殺したい理由、それは奴が暴力団に社内の情報を売り飛ばしている事を俺が知ったからだ」
「具躰的に云うと?」
「派遣社員希望の個人情報ファイル、いやデータを武蔵尽誠会のナンバー2、権藤に売っている。内田と権藤はツーカーだ」
「武蔵尽誠会、指定だな。代貸の権藤修司は切れ者の経済ヤクザだと云う評判だからな」
「あんたも詳しいじゃないか」
「裏世界のゴミだからな」おれはスモーク・チーズに手を伸ばした。「しかし、おれは大手企業に勤めた事がないから分からんのだが、たかが個人ファイルを極道が金を出してまで欲しがるかね。欲しがるのはチンケな名簿業者くらいなものだろう。それを広域指定暴力団の代貸さまがね。シノギになるとは思えんのだが」
「それがなるんだよ。個人ファイルには顔写真が貼られ、住所に電話番号、前歴はもちろん〈制服貸与のため〉と称してスリー・サイズも記してある。尽誠会は美形で若く、スリー・サイズのバランスがいい女性のファイルを組のフロント企業である風俗チェーン店で使うんだ。スカウト、と称して電話勧誘する。それがしつこいらしくてね。美形じゃなくても、人材派遣で働こうとしている女性は長じて世帯の収入が苦しいから志望するわけで、そう云った女性に尽誠会子飼いの闇金業者も〈お金融資いたします〉と電話すれば、つい借りてしまい、あとは膨らんだ利子に苦しめられ続ける。全員が全員奴らの口車に乗る訳じゃない。しかし十人に声をかけ一人でも話に喰らいついたら権藤のシノギになる。これは俺が調べた一部だから、もっとあこぎな商売をやっているかも知れない」
「なるほどね。内田がそう云った惡党だと分かっていたら、おれが出張る必要もなかったんだが」スモーク・チーズをほうばった。「あんたはそんなヤバい情報をどうやって知ったんだ?」

 葛城は唾を飲み込んだ。「内田の秘書からだ。奴に、取引の記憶がない柄の惡い口調の男が電話をかけてきて、取り繋ぐと電話中、内田は直立して頭をペコペコと下げまくっていたそうだ。これは何かある、と内田の秘書は俺に相談してきた」
「野上知世だな」
 葛城は顔を少し赤らめた。「そ、そうだ」
「相談されたあんたはどうした」
「内田と直談判した」
「度胸あるな、あんた」
「その時〈部長、あなたと武蔵尽誠会の権藤との間には深い付き合いがある。証拠はあります。発覚したら我が社は暴力団排除条例における密接交際者として警察の介入はおろか、世間からの糾弾を受け信用をなくします。付き合いはやめてください〉と迫った」
「本当に証拠はあるのか?」
「もちろんある。続けて〈証拠を、私はこれをコンプライアンス部に提出するつもりですが、あなたが暴力団との縁を断つ、と云うのであれば破棄します〉と云った。内田は俺を睨んだきり、一切無言だった」
「甘ちゃんだなあんた。おれなら金を巻き上げる所だ」おれはルクセンブルク産のタバコ〈チェ〉をパッケージから抜き出し咥えた。「と云うか、一匹狼の正義漢か。云うのが遅くなったがタバコいいか?」
「構わんよ。俺は喫わないから灰皿はないがね」
 
 おれはチェに火を点けた。懐から筒状の携帯灰皿を取り出した。
「コンプライアンス部ってのはそう云った不正行為をした野郎に処分を下す、江戸時代の大目付みてえなもんなんだろ。そこに証拠とやらを放り込めばよかったのに。野郎を抹殺できるほどの証拠なんだろ?」
「その通りなんだが、軽いと判断すれば問題にし、重大と判断すればもみ消す。正義と会社の社会的評判、それを天秤にかけてな」
「個人情報を取り扱う会社の重役と極道が繋がってたと云う事実は、悠長に天秤にかけている場合じゃねえだろ。会社の存亡に関わるぜ。野郎を会社から追放しても事態を収集できなくなるだろうが」おれは煙を吐いた。
「俺がコンプライアンス部に持ち込まず、内田に直接談判した理由は、権藤が内田に〈あんたの秘書を一晩貸せや、そうすりゃデータの買い上げ料を上げてやる〉と持ちかけ、彼女に命じたからだ」
「秘書がそう云ったのか?」
「ああ」
 おれはチェを吸い続けた。根元まで吸い尽くすと携帯灰皿に吸いさしを入れた。
「事情は分かった。内田が武蔵尽誠会の権藤にデータを売っていた。それをあんたが内田に詰問した。発覚を恐れた内田があんたの殺しにおれを雇った」おれは再びチェのパッケージを取り出した。「それと、内田のブタ野郎が秘書である野上知世とあんたは恋仲だ」
「そうだ。嘘偽りはない」葛城は頷いた。
「信じよう」おれは携帯灰皿を懐に入れた。「テメエで云うのもはばかるが、おれは殺し屋だ。そんなクズ相手に、あんたは眼を一度もそらさなかった。並のカタリやスケコマシ野郎に出来やしねえ。自惚れだが、殺しの経験は長い方なんでな」
「俺を殺さないのか」
「マトでもない相手を撃ちまくってたんじゃ、おれのような馬鹿な殺し屋は娑婆を歩けない」
「そうか」葛城は肩を落とした。

「でも、おれがあんたを殺るのを止めたとしても、今度は尽誠会のチンピラがあんたを狙うだろう。おれの知った事じゃない。しかし、内田のブタ野郎に落とし前をつけてもらわねえとな。あんたのためではない。おれの面子のためだ。それにはあんたが手に入れた証拠が必要になる。信じろと云うのも無理な話だが、おれに預けてくれねえか」
 葛城は頷いた。「あんたは信じられる。だがここにはないんだ」
「分かっているよそんなこたあ。野上知世が持っているんだろう」
「知世も持っていない。彼女を巻き込みたくないんだ」
 おれはデリンジャーをポケットから出し、葛城に放り投げた。
「惡いようにはしねえと誓う。彼女に危害は加えねえし、表立つ事はない。いっその事、それでおれを撃てば全ては解決するぜ。内田のブタ野郎に雇われた殺し屋が部屋に侵入してきた。揉み合いの末、殺し屋が持っていた拳銃で思わず撃ってしまった。それでコトは公だ。証拠も白日の元に晒され、内田はお終いだ。実に簡単な方法だ。その拳銃はアメリカじゃ子供でも扱えるシロモノだ。だから証拠をおれに預けてくれないか」
「あんた、命は惜しくはないのか」
「惜しくない、と云えば嘘になるが、もう半ば人生に愛想を尽かしていてな」
 葛城はすぐにデリンジャーを掴み、おれに放った。おれはデリンジャーをしまった。
「どんな事情にしろ俺は人を殺したくない。死躰を処分する術も知らない。あんたが何をするかの方が気になるし、楽しみになってきている。俺も惡党だな」葛城は笑った。「もう一度内田を詰問し、今度はマスコミに流すと揺さぶりをかける。それでも内田が応じなかったら実行するだけだ。さっきも云ったが、証拠は信用できる筋に預かってもらっている」
「あんたもタダではすまないんじゃないのか」
「どっちにしろ居場所は無くなるだろう。覚悟はできている。俺は故郷の岐阜に帰る。実家は寂れた旅館をやっていてね、俺はそこを改築してゲスト・ハウスにするつもりだ」
「ゲスト・ハウスと云うと」おれは顎をなでた。「宿賃は安いが客は雑魚寝、昔でいうユース・ホステルを粗末にしたような宿だ」
「そうだ。儲けなんでほとんどないだろうが、旅人同士が触れ合う場所にしたいんだ」
「おれも地方に〈旅行〉するときはよく泊まるよ」

 おれは立ち上がった。「明日、野上知世に接触したい。もう少し情報を得るためだ。あんたからFと云う男が来るが、心配する必要はないと伝えておいてくれないか」
 葛城は頷いた。「分かった」
「住所に電話番号は内田のブタ野郎から聞き出したので知っている」
「あの野郎」
 おれは残ったジャックを全て飲み干し、ボトルを軍用ジャケットのポケットに突っ込んだ。
「じゃあこれで退散する。野上知世に連絡したら、今夜起きた事は総て忘れろ。夢だったんだこれは。じゃないと、またどこぞの馬鹿がここに来るかも知れねえからな」
「分かった。あんた、浪花節は好きかい?」
「広沢虎造くらいしか知らねえけどな」
 おれは玄関でレッド・ウィングのブーツを履き、ドアノブに手をかけた。
 葛城が後ろから声をかけた。「あんた、ヘミングウェイの短篇では何が一番好きなんだ?『殺し屋』は別として」
「妙なことを訊きやがる」おれはドアを開けた。「そうだな、『ギャンブラーと尼僧とラジオ』と答える事にしている」
「俺は『五万ドル』が一番好きだ」葛城は本棚からヘミングウェイ全短篇集を取り出した。「あんたにやるよ」
 おれは箱入りの短篇集を渡された。「何の真似だ」
「遅かれ早かれ俺は殺されるかも知れない。だったらこれは同好の士であるあんたにやるのが、一番悔いが残らない」
「同好の士と決めるのは早すぎるが」俺は短篇集を受け取った。「そう云うなら貰っておこう。貧乏人じゃ手が出なかったし、今も売られているか分からないんでな」

 おれはドアを閉め、階段を降りた。途中のコンビニのゴミ箱にジャックの空き瓶を捨て、中野新橋駅前まで出てH町へ向かって歩き出した。
 バラックに着くと、琉球三線を爪弾いた。工工四など覚えられたものではないが、適当に弾いていると心が久しぶりに和んだ。また安焼酎を呑みながらだったので、ブラック・アウトした。

10

 正午。二日酔いのおれは非通知で電話をかけた。四コール目で繋がった。
—もしもし。
—野上知世さんでいらっしゃいますか。
 少しの沈黙の末声が聞こえてきた。
—どちら様でしょうか。
—あなたにはご迷惑でしょうが、わたしはF。
 再び沈黙した。
—はい、俊彦さんから伺っております。
—そうですか。
 おれは咳払いをした。
—あなたと葛城さん、そして内田のブタ野郎の関係について色々とお伺いしました。葛城さんもあなたも、内田のブタから多大な迷惑を被っている事は知っています。
—俊彦さんからもあなたの事は聞いております。
—何とおっしゃってましたか?
—ええと、なんと云うか、どことなく信用できる人だと。
—まあ善人ではありませんがね。あなたたちはともかく、わたしをコケにした内田のブタ野郎には落とし前をつけてもらう。もちろんあなた方にはご迷惑をおかけしません。
—具躰的に、どうすればいいですか?
—それは、あなたに直接お会いしてお話しします。どこか喫茶店など、あなたが指定する場所へわたしは向かいますが。
またも沈黙。
—それでは明日、私のアパートへ来ていただけますか。
—いいんですか?わたしはろくでなしの惡人ですよ。そんな人間を部屋に入れるなんて。
—わたしは俊彦さんの言葉を信じます。あなたはむやみに人に危害を加えない人です。
—葛城さんのキンタマ、失礼、金的は痛めつけましたがね。
—でも俊彦さんを殺しはしなかった。それに私もあなた同様、ヘミングウェイが大好きなんです。
—そんな他愛のない理由で、ですか。
 葛城も野上知世もどうかしてる。ヘミングウェイが好きと云うだけで人を信じられるのなら、アメリカとキューバはとっくの昔に國交を復活させ友好な関係になってた筈だ。フィデル・カストロはくたばっているし、弟ラウルも引退した。
—私も俊彦さんも根が単純なんです。一言で云えば馬鹿です。
—シンプル・イズ・ベストなんて死語を思い出しましたよ。
 おれは咳払いをした。
—失礼ながらわたしはあなたの住所を知っている。何時頃でしたらお邪魔して平気ですか。
—それでは午後七時に来ていらっしゃいますか。
—分かりました。その時刻にお伺いいたします。葛城さんが同席されても結構ですが。
 野上知世はくしゃみをした。
—失礼しました。それには及びません。
—分かりました。あなたの仰った事は一切他言しないと約束いたします。それでは明日の午後七時、あなたのアパートへ。
—分かりました。『誰がために鐘は鳴る』はお好きですか。
—わたしはメランコリックな物語よりも『ある渡航』や『蝶々と戦車』のようなヴァイオレンスと写実的な物語の方が好きなんですよ。
 電話を切った。

 どうも話がスムースに行き過ぎているような気がする。おれは義勇兵に加わるような勇敢な野郎ではないのだ。臆病者はコソコソと動き廻るべきだ。おれは古田のオヤジに電話をかけた。

11

「何、内田の話は全くのカタリだと?」
「そうだ。内田の秘書は葛城に強姦などされていないし、葛城こそ内田の不正を告発しようとしていた」

 午後四時、おれは古田鉄工所・落合研究所でオヤジと会った。そこでのオヤジはカーキ色の帽子にデニムのオーバー・オールと云った、大企業の会長にはとても見えない格好をしていた。相変わらず美術品、を製造しているのだろう。おれは一連の経緯をオヤジに語った。
「わしをコケにしたな」古田のオヤジは帽子を脱ぎ、床に叩きつけた。「やつれた顔を見て仏心を出したのが惡かった。武蔵尽誠会が黒幕だったとは。やれやれ、わしもモウロクしたわい。そろそろ潮どきかもしれんな」
「それは困る」おれは古田のオヤジの右手を握った。「世間からはみ出した野郎に教育まで施してくれて、仕事を廻して呉れるわ顧問料を呉れるわで、これからもオヤジの世話にならなければ、おれは生きていけない」
「そうか」オヤジはパイプ椅子に腰をかけ、キューバ産の葉巻モンテクリストを胸ポケットから抜き咥え火をつけた。「しかし、内田にはそれなりの報いを受けてもらわねばならない。F、お前はもう休め。あとはQに任せる」

 Qは正真正銘の人殺し、ナチュラル・ボーン・キラーだ。前世とやらがあったなら、そこでも人殺しだったに違いない。手ぶらでもその場である雑貨を使って、確実に相手を殺す。もちろん事故死や病死に見せかける事もあれば、犯行自躰がなかったかのごとくマトが行方不明となる事もある。絶対に相手にしたくない男だ。おれはQを〈死神博士〉と呼んでいる。天本英世と雰囲気に容貌がそっくりだ。

「オヤジに口答えするが、落とし前はおれにつけさせてもらえねえかな」
 オヤジは煙を吐いた。「お前は働き過ぎた。ここらでこのケースから離れとかんと、とっ捕まるかも知れんぞ。おまわりに捕まってもわしの事は口が裂けても云わんだろうが」
「当たり前だ。ムショの中でもオヤジの一声があれば動く連中はいるだろう。そいつらにいつ殺られるか分からん」
「わしはそんな酷い事はせん」オヤジは再び煙を吐いた。「お前一人で片付くのか?」
「半々と云った所だ」おれもチェを咥え火をつけた。「そこでオヤジの顔の広さを見込んで、頼みがある」
「何だ」
「尽誠会、権藤のヤサを知りたい。加えて隠れ家、いたら愛人の家などだ。無理か?」
 古田のオヤジは歯を見せて笑った。「あんなチンピラの事などすぐに分かる」
 古田のオヤジは電話をかけた。

—もしもし、会長の古田だが。秘書室に繋いでくれ。秘書室か。至急調べてもらいたい事があってな。武蔵尽誠会を知っているだろう。何、知らない?お前さん何年秘書をやっているんだ。まあ謝る必要はない。そこでだ、武蔵尽誠会に権田修司と云う男がいる。そいつについての情報が欲しい。できれば十五分、あるいは二十分で分かると助かるんだがな。それを落合の研究所へファックスで送って欲しい。分かっているかと思うが、この指示はファックスを送信し終わったら忘れろ。そうか。ところでお前さん、名前なんて云うんだ?そうか、神崎君か。今度銀座で一杯奢ってやる。よろしく頼む。
 これでは会長というより興信所のおっさんだ。
 十五分後、ファックスが送られてきた。それをひったくるなり、古田のオヤジはおれに手渡した。
 おれはファックスに目を通した。

「権藤修司。昭和四十X年七月七日生まれ。K士舘大學法學部卒。在學中はボクシング部の主将として活躍。卒業後は株式会社シロタ不動産へ入社するもすぐに退社、先輩の紹介で暴力団・武蔵尽誠会の盃を受ける。闇金融や倒産整理などを任されると頭角を表し、組織のナンバー2である代貸に就任。暴対法が厳しくなり、暴排条例が施行された今でも、複数の企業役員との付き合いがあり」
 
よくこれだけのデータを揃えたものだ。さすがは天下の株式会社古田鉄工所だ、と感心した。
 次に権藤本人や愛人の住所を記した紙に目を通した。
「現住所は高田馬場のマンション。本妻はなし。愛人は二人確認されており、一人は北新宿、もう一人は渋谷区H台」
 どうしておれのバラック近くばかりなのだ。それよりも最後の情報が気になった。
 おれは古田のオヤジに声をかけた。「デリンジャーを返す。それで借りたい拳銃があるのだが」
「今度は何だ」
「極道相手になるかも知れない。デリンジャーなんぞでは太刀打ちできねえ。そこで、コルトM1911とサプレッサー付きのベレッタM1934を借りたい。弾丸は顧問料から差っ引いてくれ」おれはデスクにデリンジャーを置いた。
 古田のオヤジは腕を組んだ。「極道を敵に廻す気か?」
「組とコトを構えるつもりはない。相手は権藤、もしかしたらチンピラ相手に立ち廻りを演じる事になるかも知れねえが、そこんとこはうまくやるよ」
「覚悟はできているんだろうな」
「おれをコケにするのはオヤジをコケにするも同然だ」
「ものは云いようだな」古田のオヤジは笑った。「わかった、貸そう。しかしコルトは分かるが、ベレッタM1934なんて骨董品だぞ。まあわしが造り上げたのだから性能は保証するが」
「あの優雅な形が好きなんだよ。一度使って見たかった」

 古田のオヤジは階段を下った。上ってくると、サムソナイト製と思しき小型のアタシェケースを持っていた。
「地下倉庫にあった。扱いには気をつけろよ」
「分かった」おれはアタシェケースの中身を確認した。「ところで、尽誠会と犬猿の仲、敵対関係と云われている組はどこだったっけ?」
「錦寿興業だ」
「思い出した。前に銀バッジを殺ったな。おれはオヤジよりもボケている」
「あすこもあこぎな組だから、余計な事に首をつっこむなよ」
「分かっている。それと、オヤジの主義に反するが、ベレッタは現場に残して構わないか?」
 オヤジは腕を組んだ。「そうする必要があるのか?」
「まあな。オヤジはおれたちが拳銃を使ったらすぐにバレルを交換するから、サツが拳銃のマエを調べようが時間の無駄だ。ライフリングが一致する筈がない」
「希望的観測だな」古田のオヤジは煙を吐いた。「いいだろう。失うのは惜しいが、また造ればいい。でもサプレッサーは返せよ」
「助かる。オヤジには迷惑はかけない」おれは研究所を出た。
 早稲田通りに出て、高田馬場駅まで歩いた。

12

 午後七時前、H台はS通りに面した、新築のマンションを見張っていた。道を挟んで児童公園があったので見張りには丁度よかった。
 七時十分、女がマンションへ入っていった。野上知世。実物は写真より綺麗だった。五分後、おれは集合玄関のドアフォンにつけられたボタンで野上知世の部屋番号を押した。すぐにフォンから声が聞こえた。
—はい?
—F。
—ようこそいらっしゃいました。すぐにドアを開けますから。
 ドアが開くと、二階に上がり野上知世の部屋のドアフォンを押した。
「お入り下さい」
「若い娘はもっと慎重にならんといけないよ」
 ドアが開き、野上知世が姿を現した。葛城が命を張り、内田が手元におきたかった理由も分からなくもない。

 葛城の部屋とは異なり、部屋は豪華だった。ブランドなど分からないが、シャープな形状の家具ばかりだった。本棚は葛城と同じで、アメリカ文學の名作が並んでいた。ヘミングウェイはもちろん、スタインベック、フォークナー、ブローディガン、カーヴァー、サロイヤンなど。トマス・ピンチョンもあった。
「どうぞお座りください。コーヒーでも入れますか」
「いや、不躾ながら酒があったらお願いします」
「ワインはお嫌いですか。スペイン産の上等なものが手に入ったので」
「それをいただきましょう」ワインなぞ好きでも嫌いでもない。アルコールさえ入ってれば十分だ。
 野上知世はワイン・ボトルにグラス二個、チーズ、生ハムをテーブルに乗せた。
 おれは野上知世の顔を見た。「ワインがお好きなんですか」
「ええ」知世は頷いた。「ソムリエになるのが夢でしたが、無理でした」
 野上知世がワインのコルクを抜き、グラス二つに注いだ。野上知世とおれはグラスを合わせた。
 ワインを飲んだ。おれには美味いのかまずいのかは分からなかった。
「とにかく、葛城さんから事情を聞いて、あなたとこうして会う事となった。事情は大まかだが知っている。内田のブタ野郎はおれを謀ろうとした。それであなたから、まだおれが知らない事を聞き出したい」
「内田と、俊彦さんからどんな話を聞いたのですか?」
 野上知世の目を見た。どことなく貪欲な眼差しだ。それでもおれは今までの事一切を話した。
「内田の話は嘘八百ですが、俊彦さんの話は本当です」
「葛城さんは内田と戦う事にしましたが、あなたは途中で会社を辞めた。それを非難するつもりはありません。内田はそんなに恐ろしい奴だったのですか」
 野上知世は首を振った。「内田ははっきり云って名誉職で、仕事らしい仕事はありませんでした。ただ、社内の女性に言い寄って愛人にならないかとほのめかす、云い方は惡いのですがただの助平でしたね。私も言い寄られた一人でしたが」
「なるほどね」おれはワインを飲み干し、手酌でグラスに注いだ。「だが、内田の〈ご友人〉権藤は切れ者だった」
 野上知世はため息をついた。「恐ろしい人でした。しかし、私も加担したと云えます。内田と権藤との密会に同席していたのですから、非難されてもしょうがありません」
「人それぞれの生き方です。おれにああだこうだ云う資格はありません。それで本題に入りましょう。葛城さんは、内田の不正についての証拠を入手した」
「ええ」
「どう云ったものだったのですか。内田と権藤を始末できるが彼自身にも危険も及ぶかも知れない、諸刃の剣のようなシロモノだと云う印象を受けました。葛城さんの口調から」
 野上知世はワインを飲み干した。「それは分かりません。俊彦さんはそれが何なのか、一切説明してくれませんでした」
「だが相当危険なシロモノのようですね」
「公になったら、あの会社は社会的信用をなくし潰れるかもしれません」
「葛城さんは内田と直談判を行った。その時、決定的な証拠があると内田に迫った」
「証拠の事を知らせるのは危険だからやめて、とお願いしたんですが」
「証拠は今手元にない、と葛城さんは云った。あなたも持っていないともね」
「その通りです」
「それなら葛城さんに危害が及ぶ事があってもあなたは大丈夫でしょう。葛城さんは少しリンチされたくらいで白状するようなヤワな男ではない。気の毒だが」
「私にはどうする事も出来なかったのです。俊彦さんが自分に任せろと云うので」
「そんな爆弾を持っていたのなら、おれならあのブタを説得ではなく脅迫したでしょう。おれはアバン・キャストと何の関係もないから倒産しようと社長が首吊ろうと知った事じゃない。値はそうだな、ブタは天下りの時に退職金をもらうご身分だから、二千万位はふっかけたろうな」
 野上知世は目をそらした。「私たちはお金が欲しかったわけではありません。不正のない、信頼される会社であって欲しかっただけです」
「でもあなたは辞めてしまった」
「それは」またも知世は目をそらし俯いた。「権藤とは顔を会わせたくなかったからです」
 内田が〈あんたの秘書を一晩貸せや〉と権藤から迫られた、と葛城が云った事は黙っていた。
「そんなに権藤は嫌な野郎だったんですか」いい極道は健さん全盛時代のフィクションだ。
「はい。高級クラブが好きなくせに、一円も払わず内田に勘定を廻すような男でした」
「事情は分かりました」おれはグラスをポケットに入れ立ち上がった。「おれは正義なんぞとは無縁のゴミだが、内田のブタ野郎を始末しなければならない。今夜の事は忘れろ。不埒な奴が訪ねてくるかも知れないからな」
「分かりました」野上知世は頷いた。
 おれはマンションを出て、O通りへ向け歩き出した。

13

 翌日の新聞には小さいが、葛城が襲われたとの記事を見た。それによれば、銃弾を二発喰らったが命に別状はないらしい。病院に行き状況を知りたい所だが、新聞社に問い合わせても、プライバシーが何たらで、仮に親族の名を騙ってもこっちの素性を聞かれるのがオチだろう。嘘に嘘を重ねてきたこの何十年だが、サツとブン屋を舐めては命取りだ。命に別状がないのならそれに越した事はない。それよりも、おれが睨んだ事がますます真実味を帯びてきた。

 今日はどうせする事がない。ならば読書で一日を潰す事に決めた。図書館へ行くのも面倒臭いので、葛城から貰ったヘミングウェイを読む事にした。箱から本を取り出すと、何かが床に転がった。

 USBメモリーと、ICレコーダーだった。そして表紙には、男二人が写っている写真が挟んであった。
 
出来の惡い頭が急廻転した。これは、葛城が云った内田を葬る証拠に違いない。葛城は信用できる筋に預けてあると云ったが、こんな所に隠していたとは。何が信用できる筋に預けてある、だ。一匹の殺し屋を一度会っただけで信用するとは葛城も抜けていると云わざるを得ない。

 写真を見た。写っているのは内田といかつい顔の男だった。尽誠会の権藤に間違いない。おそらく葛城が新宿あたりのキャバクラ前で隠し撮りしたものだろう。
 MacにUSBメモリーを差し込んで見た。プロテクトがかかっていたらおれはパソコンが苦手なのでなす術もない。葛城に返せば何とかしてくれるだろうが、奴は今あのザマだ。オヤジに頼み込んで、その道のプロを紹介してもらうか。だがその心配は無用で、データがすぐに画面に現れた。派遣労働希望者の個人ファイルだ。添付された写真を見る限りだと、どれも美形だった。こういう非正規雇用で社会的に喘いでいる人間を内田と権藤は喰いものにしてきたわけだ。オヤジが事前に知っていたならば、内田と権藤を殺れと、おれに指示を下していただろう。何せ自分を謀った奴は必ず消す、と云った冷酷なツラがあるからだ。

 おれはICレコーダーの再生ボタンを押した。
—確かに人材データは受け取った。これで今月の上納分は確実だ。これからも頼むぜ内田さん。
—いや、近いうちに私の不正が明るみに出るかも知れない。ここいらで手を引かせてくれないか、権藤さん。私とあなたの関係に気づいた社員がいる。
—そうは行かねえ。知っていると思うが、最近は暴対法強化に暴排条例だろ。シノキもきつくてねえ。あんたからの情報で、荒っぽい真似をせずに済むわけだ。
—明るみに出たら私はどうなる。私はあと二年で関連会社へ天下りだ。それがふいになる。
—だったら俺が明るみにしてやろうか。あんたと俺、即ち尽誠会との付き合いがある事、それがかなり前からだと云う事、あんたから貰う情報をシノギにしていると云う事、は組には明かしてないが、ウチはブラック・ジャーナル屋を何社も飼っている。〈大手人材派遣会社、暴力団に個人情報を漏洩〉なんて書き立てられてみろ。会社の名前は出すが、ウチの名前は出さない。そうすりゃ、会社は総ぐるみでネズミのあぶり出しをする。それにあんたのしている事に感づいた社員がいると云ったな?そいつは洗いざらいぶちまけるだろう。どっちにしろ、あんたの恵まれた老後はパーだ。シルバー人材センターで仕事を探すんだな。
—わ、分かった。権藤さん、これからもあなたの云う通りにさせてもらう。
—お利口さんだな、内田さん。ところで、さっきも云ったがあんたに歯向かっている社員を、何なら俺がバラしてもいいんだぜ。何て野郎だ。
—総務部係長、葛城俊彦だ。
—じゃあ、すぐバラす。
—それは困る。もししくじれば、私とあなたとの交際がばれる。
—放っておくのか。それとも何か、俺の腕が信用できないってのか。
—そうじゃない。私には私のルートがある。そこに泣きつくつもりだ。
—じゃあそこに泣きついて、さっさと始末しろ。

 そこで音声は終了した。葛城は内田にとって排除すべき敵だから、葛城が近づき会話を録音する事など不可能だ。探偵を雇った可能性があるが、中野新橋に住むような会社員に手付金十万円、日当一万円、諸経費は別途などと云った相場の探偵に金が払えるとは考えにくい。考えられるのはただ一人だが、葛城がああなった今、カタリをかました内田にケリをつける必要がある。
 おれはヘミングウェイの短篇を幾つか読み、それから拳銃のメンテナンスを始めた。昼はクラッカーを喰らい野菜ジュースを飲み、午後は三線の練習をした。午後三時頃になると眠くなり、寝てしまった。起きたのは午後七時だった。

14

 午後九時。おれは歩いて代々木上原の内田の邸宅へ行った。
門のボタンを押した。フォンから声が聞こえた。
—はい。
—Fだ。
—こ、困るじゃないか、家に来るなんて!帰ってくれ!
—そうはいかねえ。あんたは古田のオヤジを謀った。オヤジは怒髪天だ。あんたは確実に消されるだろう。だが事情によっては安定した老後が送れるかも知れない。そのためにはおれを納得させる必要がある。そうすりゃ、おれが取り成してやってもいい。
 しばしの無言。そして門が開いた。
—入ってくれ。ただし手短に頼む。ドアも開けておく。

 おれは開いた門を通り、玄関まで行きドアノブに手をかけ廻した。ドアを開くと玄関に肩を落とした内田が立っていた。
「あんた、葛城を撃ったが息の根を止めなかったな。だがこれで葛城も私に楯突くような愚かな真似はしないだろうし、会社にも顔を出せまい。今から残りの報酬を用意する」愛想笑いの内田は踵を返し、廊下奥へ歩いて行った。
 おれはブーツの紐を解き、並べてある多くのスリッパからグレーを選び、履いて内田が入って行った書斎へ向かった。

 書斎は一般的な1Kアパートが倍の広さだった。重厚な本棚と机に椅子、広々としたソファ、そしておれには無縁の、根が張る洋酒の棚まであった。
「とにかく、座らんかね。家政婦には休暇を与えておる」内田はソファを指差した。
 おれはソファに座った。内田に見えないようにベルトからコルトを抜き、握った手をテーブル下に隠した。
 内田は棚からアルマニャックとやらとグラスを取り出し、テーブルに置くとグラスに注いだ。「とにかく一杯呑んでくれ」
 金持ちでも貧乏人でも、旨い酒に変わりはない。飲み干すと、おれは勝手にグラスに注ぎ、一息で呑み干した。
 内田の顔がくもった。「こういう銘酒と安焼酎を一緒にされては叶わんな」
「放っとけ」再びグラスにアルマニャックを注いだ。
 今度は少し口に含み、味わった。「古田のオヤジにも責任がある。あんたの与太を真に受けたんだからな。でもオヤジを謀る事の恐ろしさをあんたは知らなかった。オヤジは惡党成敗と聞けば血が騒ぐタチなんでな。あんたは間違いなく消される。ちなみに葛城に重傷を与えたのはおれじゃない」
「わ、私は嘘など云ってない!」

 おれはテーブルを両手で渾身の力を込めひっくり返した。「出任せを抜かす気か、この腐れブタが!もうバレてんだよ。葛城があんたの元秘書、野上知世をレイプしたなんてのはカタリだった。それどころか、あんたは武蔵尽誠会の代貸、権藤とツーカーで、社の機密書類を奴に流していた。それを葛城に知られた。葛城と秘密を葬るためにおれを雇った」
 内田は立ち上がった。「な、何の事だかさっぱりー」
「とぼける気か。葛城から総て聞いた。奴の方が信用できる」おれは腕を伸ばし内田の襟を掴んだ。「オヤジはおれより凄腕の殺し屋をあんたにさし向けるつもりでいる。不器用なおれと違ってくたばる奴に苦痛を与えないほどの手練れだ。だが几帳面すぎるのが難点で、屍をこの世から消し去らないと気が済まないタチでな、狙われた奴はある日突然行方不明になりました、って寸法だ。今から連絡するか?」
「や、止めてくれ!」内田は首を何度も横に振った。
「まあいい」おれが内田の襟を離すと、奴は机に倒れこんだ。「権藤にデータを売りさばいていた事は認めるな」
 荒い深呼吸をしながらソファに座り込んだ内田は頷いた。「ああ、認める」
「証拠があると、葛城があんたに直談判に及んだ事も本当か」
「ほ、本当だ」

おれはため息をついた。「あんたも要領が惡い。葛城をそれなりの値段で買収するか、係長から上への昇進をネタにして抱き込めばよかったんだ。それをいきなし殺ろうとするなんて、あんたは石橋を叩いたつもりだったが壊しちまったんだよ。もっとも、古田のオヤジにすがれば叩いて確実な石橋を渡る事になるのは確かだったが、謀る事は、渡る前に川に沈められる事を意味するんだぜ。あんたは浅はか過ぎた」
「その通りだ」内田はうなだれた。「しかし、早く葛城を消せ、さもないと代わりに私の惡行をバラすと権藤に脅され、やむを得なかった」
「あんたに葛城を消すよう脅しをかけたのは権藤だと云う事は知っている」
「そうだ」内田はうなだれた。
「まず、あんたと権藤の馴れ初めから説明しろ」
 内田は手を組んだ。「新宿のキャバクラだ。そこで権藤は私に近づいて来て会社の個人情報データを自分に売れば金になると云った」
「なぜ権藤はあんたとあんたの商売を知っていたんだ?」
「分からん。何せ、権藤は海千の経済ヤクザだからな」
「信用が第一の会社重役にしては迂闊すぎやしねえか?」
「その通りだ。自分で云うのも恥ずかしいが私は無類の女好きだ。それを権藤は知っていたのだろう。権藤が紹介する女はどれもいい女ばかりだった。そうしているうちに女のひとりとホテルから出て来た所を写真に撮られてしまった」内田の組んだ両手に血管が浮かんだ。
「とても会社重役とは思えねえ軽薄さだ。呆れる他ねえぜ」
 おれはチェのパッケージを取り出し一本咥えた。「吸ってもいいかい?」
「そんな巻きタバコよりどうだね、マニラ産の葉巻があるが」
「止めておこう。長居をするつもりはない」おれは火を点けた。「それで権藤に個人情報データを献上する事となっちまったわけだ」
「そうだ。データを渡し金を受け取った。私は一度きりの取引にするつもりだった」
「でもその後、権藤に女との写真を毎度ちらつかされたか、新たな女をあてがわれたかのどっちかだろう」
「その両方だ」
「本当に腐ってやがるな、アバン・キャストの内田博之さんよ。その歳なら女遊びは卒業して、盆栽いじりかクロスワードパズルでもしているのが正しい老後の過ごし方ってやつだ」
「私は老いぼれではない!現役の商社マンだ!」
「証拠は権藤との密談の録音だ。それが野上知世の仕業だったとしたら?」おれはハッタリをかました。「その一方で葛城とも繋がっていたとしたら?とんだ女狐だよ野上知世は」
「まさか!野上知世が私を裏切るはずがない!」内田はテーブルを叩いた。
「なぜそう云い切れる?」
「それは」内田はうなだれた。「私と野上知世との間に肉躰関係があったからだ」
「一度寝たからって女が一生男に操を捧げると思っているのか?あんた女関係が豊富なくせに、女心を理解するのを怠って来たんだな。それにバイアグラの飲み過ぎは心臓発作の元だぜ」
「私はそんなものに頼りはせん!」
「まあ世の中で最も幸せな死に方は腹上死だと云うからな」

 内田は咳払いをした。「とにかく葛城は私に直談判と云う暴挙に及んだ。私、いや社にとっても公になれば存亡の危機となる証拠があるとな。それで権藤ではなく古田会長に葛城の処分を依頼した訳だ。嘘をついた事は認める」
「これまで喋っておいて嘘ついた、申し訳ありません、か」おれは吸いさしを携帯灰皿へ押し込んだ。「こんなドグサレブタを信用した古田のオヤジ、やっぱし少しモウロク気味なのかねえ」
 内田は頭を深く下げた。「古田会長には直接出向いて謝罪する。幾ら要求されてもその額を支払う。だから今回だけは見逃すように、とあんたも頼んでくれないか。あんたにも欲しいだけの金額は払う」
「古田のオヤジに払う金、おれが口を挟むつもりはない。だがおれに金を払うとならば、しかるべき金を頂戴する」
 内田は頭を上げた。「幾ら欲しい?」
「一千万」
「そんな!法外だ!」
「法外だと?法を破ってあぶく銭稼ぐのはあんたらの専売特許だろう」おれはコルトを内田の顔に狙いを定めた。「それともここでくたばるか?」
 内田は震えながらおれを見つめた。「わ、わかった。支払おう」

 内田は書斎隅の壁を横に開いた。中には金庫があった。
 金庫を開け、中から帯付き札束を十個取り出し机の上に置いた。「一千万だ」
 おれは布バックに札束を放り込んだ。そしてソファに置かれたクッションを手に内田に近づいた。
「金庫にはあとどれだけ残っているんだ?」
 内田は憎々しげな眼差しでおれを睨んだ。「もう僅かだ。だが退職金で補填してやる。天下り先では稼ぎまくる。金は渡した。とっとと消えてくれ」
「じゃあ退散するが、補填は無理なんじゃねえか」
「貴様のようなロクデナシに何が分かる!」内田は唾を飛ばしてまくし立てた。「私の能力はまだ衰えてはおらんし、人脈も豊富だ!それでも無理だと抜かすのか」
「ああ」
「どうして云い切れる」
「株式会社アバン・キャスト常務取締役、内田博之殿は今夜、ここでくたばるからだ」
おれは内田の顔にクッションを押し付け、その上からコルトを五発撃ち込んだ。内田は倒れ、動かなくなった。
 薬莢を拾いポケットに入れるとおれはクッションを脇に抱え、テーブルに置かれたグラスをジャケットのポケットにしまった。加えてテーブルの上に置いてあった家の鍵もポケットに入れた。ソファには錦寿興業の銀バッチを掘り投げた。数年前、錦寿興業の幹部を殺った時に奪い取ったシロモノだ。
 
玄関でおれは履いていたスリッパとクッションを布バッグに押し込んだ。そしてブーツを履き、ドアを半開きにし外を伺った。辺りには誰もいなかった。
 おれはドアの鍵を閉め、身を屈めながら門へ向かった。
 H町へ帰る途中、コンビニのゴミ箱にグラスと鍵を捨てた。クッションはバラックへ持ち帰り、洋裁用ハサミで細かく刻み、ポリ袋に入れ固く持ち手を縛り、ゴミ集積所の奥に突っ込んだ。

15

 翌日の正午。おれは野上知世に電話をかけた。
—もしもし。
—F。
—お会いした事は忘れろ、と云ったのはあなたですよ。これ以上怖い眼には合いたくありません。
—葛城は気の毒だったな。
—いつ私もああ云う眼に合わされるかも知れません。
—電話はこれっきりだ。襲われる前の葛城に聞かされた事がある。あんたに是非聞いて貰いたい。それを聞かせたら、二度とあんたの前に現れない。
—それはどう云う事でしょうか?
—電話では云えない。とにかく、またお宅にお邪魔したいのだが。
 沈黙。
—分かりました。今日の午後六時に来ていただけますか。
—分かった。
 電話を切った。

 午後五時三十分。薄汚れたオリーブ色のMー65ジャケットに黒の作業ズボンと云ったホームレス然とした格好で野上知世のマンション前の児童公園のブランコに座り、マンションを監視していた。三下らしき男の姿はなかった。
 おれは一千万の不労所得、正確に云えば〈不法労働所得〉を手に入れた。欲しいモノなど特になく、住まいは今のH町のバラックで十分だ。まあ金の一部の使い道は考えてあるが、残りでしばらく遊んで暮らしたい。ハッパが合法となったアメリカはワシントン州、カリフォルニア州、コロラド州、ネヴァダ州、アラスカ州、それかカナダにでも行って、ハッパ三昧の日々を過ごすのも惡くない。下手に日本で売人と接触したなら即、お縄となるだろう。一ヶ月くらいの休暇は、古田のオヤジも認めてくれるだろう。ハッパの話をしたら雷が落ちるだろうが。古田のオヤジは麻薬が大嫌いなのだ。当たり前である。
 
五時五十分にマンションの前にタクシーが停まった。中から出て来たのはオール・バックでいかにも高価そうなスーツを着た、身長はおれより十センチほど低い百八十センチあろうかと云う伊達男だった。男はマンションへ入った。すぐに集合玄関が開き、中へ進んだ。いつも的外れの推測が、今廻は当たった。

 六時。おれは集合玄関のボタンを押した。野上知世の部屋番号だ。
—はい。
—F。
—お待ちしておりました。部屋の鍵は開けておきます。
 集合玄関の戸が開いた。おれは中へ入った。

 おれのベルトにはベレッタが差してある。左腕には長さ三十センチ、太さ五センチの鉄骨を当てがい、テープで固定してある。ポケットにはブラス・ナックル。用心に越した事はない。

 野上知世の部屋の前に来た。ノブを握り、ドアを引いて見た。確かに鍵はかかっていなかった。おれは静かにドアを開けて中に入った。玄関には雑誌でしか見た事はないが、フェラガモの靴があった。やはり用心に越した事はなかった。
「入れさせてもらったよ」
 野上知世の声がした。「どうぞ」

 短い廊下を抜け部屋に入ると、ソファに男が座っていた。
 写真で見た武蔵尽誠会の代貸、権藤だった。
 おれは権藤に声をかけた。「これは尽誠会代貸さんの権藤さん、お噂はかねがね聞いておりますよ」
「俺はお前のようなホームレスに覚えはねえ」
「その通りのホームレスでございますよ。まあ色々と厄介な事が続きましてね、パシリとしてここ数日てんやわんやでしたよ」
「くだらねえ与太抜かしてんじゃねえ!テメエは内田から殺しを請け負ったゴミだろう」
 野上知世がキッチンから出て来た。「そうよ、こいつは殺し屋よ。全くの役立たずだけど」
「よく云うぜ」おれは耳に挟んでおいたチェを咥え、火を点けた。「知世さんよ、あんたもおれを存分に謀ったじゃねえか。葛城の身を案じる振りをしたりな。あんたは葛城にくたばって欲しかった、違うか?」

 知世は問いを無視した。「あなたが葛城を殺さなかった理由を教えてちょうだい」
「理由はいくつかある。ブタがおれを騙した事、こいつは前にも云ったよな。葛城の話に嘘がなかった事。あんたが権藤とも通じていた事、他にもあったかも知れねえが忘れちまった」
「お見通しのようだな」権藤が口を開いた。「内田に楯突く葛城を消すよう持ちかけたのは俺だ。ところが葛城が殺られたとの情報が入って来ねえ。内田は出来損ないの殺し屋を差し向けたと俺は思った。だからこの手で葛城を処分しようとした訳だ」
「あんたんとこの三下を使わず、自分でか?」
「そうだ。俺と内田との関係を知っている奴は組にはいない。だから直接俺が手を下した。俺のシノギを横取りされてたまるか。二発浴びせたが、殺るまではいかなかった。俺の腕も落ちたもんだ」
「葛城は骨のある奴だ。あんたがしでかした事はいずれバレるぜ」
「退院したら即、殺る」

 おれは煙を吐いて、野上知世に訊いた。「色仕掛けで葛城に接触し、寝物語で内田の惡事をささやき、不正の証拠、USBメモリーとICレコーダーを渡した。内田と権藤との会話を録音したのはあんただろう。葛城にブタを脅させ金をふんだくる。だがうまくはいかなかった。葛城は直談判に及ぶほどの血気盛んな男だが惡党ではなかった。あくまでも会社の事を考えて、権藤との付き合いを止めるように迫っただけだ。そんな堅物が金を要求すると思ったのか、知世さんよ」
 権藤は立ち上がるなり知世に平手打ちをかました。「俺と内田との腐れ縁を、葛城に教えたのはてめえだったのか!シノギが無くなるじゃねえか!」
 野上知世は口から流れた血を拭い、怯む事なく権藤に掴みかかった。
「そうよ。あんたはいつも内田から大金をせしめる。しかし私が手にするのは雀の涙ほど。私が自分の才覚でお金を稼いでもいいじゃない。見込み違いだったのは、葛城みたいな石頭を交渉役に選んだ事」
「権藤の女にして内田の愛人、そして葛城を色仕掛けでたらし込んだ。前世は西太后か淀君だったんじゃねえか、野上知世さんよ」おれは吸いさしを携帯灰皿に押し込んだ。
 知世は権藤の袖から手を離した。「何とでも云いなさいよ。歌舞伎町のソープ嬢だった私を、そんな稼業から足を洗わせるべきだ、その後の面倒は見てやってくれないかと内田に吹き込んだのは権藤よ。そして私は内田の会社に入社し、奴の秘書になった。もちろん愛人兼でね」

 おれは権藤に眼をやった。「何で野上知世をブタの女にさせた」
「内田は大の女好きだが小心者だ。ケツを割りそうになったら知世に泣きの芝居を打たせる。女好きの奴は知世可愛さに取引を続けざるを得なくなる」
「それで自分の女を献上した訳か。風俗に逆落としするのとどっこいだな」
「何とでも云え。必要とあらば、俺は女房子供も売る男だ」
「ところで」携帯灰皿をしまった。「不正の証拠は誰が持っているんだろうな」
「葛城がどこかに隠しているんでしょう」野上知世はヴァージニア・エスを咥え火を点けた。「今度は内田の部下をたらし込むわ。手に入れたら今度は私が直接内田と交渉し、大金を巻き上げる」
 権藤が怒鳴った。「てめえ、俺のシノギを横取りする気か!」
「内田は証拠をそれなりのお金で買ったら処分するでしょう。そうしたら内田以外に不正を知っているのは私と葛城、そしてあんただけになるわ。葛城はあんたが殺す。この殺し屋さんも知っているけど、消えてもらうわ」
「証拠をブタに売る。これからも取引をする。両方とも無理だな」おれはポケットからジャック・ダニエルの小瓶を取り出し、蓋を開け飲み干した。「第一に内田のブタ野郎は死んだ。第二に、証拠はおれが持っている」
「死んだって?」野上知世はヴァージニア・エスを床に落とした。「あんたが殺したの?」
「バイアグラの飲み過ぎで心臓発作でも起こしたんだろう。ともかく、もうブタから金を巻き上げる事はできない」

 権藤はいかにもの作り笑いを浮かべた。「もしそれがマジなら、これからは次に座る部長或いは会社そのものに脅しをかける。それにはお前が持っている証拠が必要だ。渡してくれねえか。もちろん相応の金で買い取る」
「お断りだ。おれはあんたのような外道と握手する気はないし、この件に関してはうんざりしている。手を引きたい」
「そうか」権藤は背広の内側に手を入れた。

おれは素早く権藤に駆け寄り、左腕で権藤の首筋を打った。
権藤はソファに倒れた。
おれの腕には鉄骨が巻き付けられている。横になった権藤の背広を開くと、左脇に拳銃の入ったホルスターが吊るされていた。ホルスターを掴み引きちぎり、拳銃を確認した。古田のオヤジが嫌うトカレフを人民解放軍がコピーしメッキ加工したもので、通称〈銀ダラ〉と呼ばれる粗惡品だった。おれは銀ダラをベルトに差し、ホルスターをジャケットのポケットに突っ込んだ。
 野上知世を見ると、座り込み震えていた。
 おれはため息をついた。「内田のブタ野郎は死んだ。そうとなった今、葛城がコンプライアンス部とやらに証拠を提出してどうなるかなど、おれの知った事ではないし、どうでもいい事だ」

 野上知世は震えながら立ち上がった。「だったら、私と組まない?権藤がこんなヤワな奴だとは思わなかった。あなたとならうまくやっていけると思うの」
「また男をたぶらかし、弱みを掴んで脅す気か。おれに女衒でもやれって云うのか」
「自分で云うのも何だけど、武器はこの美貌よ。それにあなたの脅しが加われば、ひと財産築けるわ」
「花はいつか萎れる。美貌はいつか衰える。柄でもねえ事を云うが」おれはサプレッサー付きのベレッタをベルトから抜いた。そして野上知世へ銃口を向けた。「とにかく、あんたらを消さなければおれまで針のむしろを歩かされる羽目となる」
「私を撃つ気!」
「あんたはどうしようもねえ淫売だ。生かしておいたらいつか殺られる」
「女を殺すの?殺し屋の風上にもおけないわね!」
「殺し屋が女を殺らねえなんて定義は誰が決めた?あんたはハードボイルド小説を山ほど読んだかも知れねえが、おれはフィリップ・マーロウでもサム・スペードでも、リュー・アーチャーでもコンチネンタル・オプでもない。殺しを生業としている、一匹のドブネズミだ」
 おれは野上知世を撃った。弾丸は左胸に当たった。
「な、何でこんな眼に。わ、私は、お、お日様の当たる場所でー」
「あんたは裏世界にしか住処を見出せなかった女だ。ドライサーの小説、と云うかモンゴメリー・クリフトとは違う。『朝日のあたる家』とは売春宿の事だ。地獄に堕ちたらダチの淫売どもに教えてやれ」

 野上知世は胸を押さえ倒れ、しばらく痙攣していた。
 野上知世の腹めがけてトリガーを引いた。弾丸は腹部に命中し、野上知世は倒れた。
 それからテーブルをひっくり返し、野上知世にベレッタを握らせ、指の上からトリガーを引き全弾、権藤に喰らわせた。弾丸は総て胴躰に命中し、権藤はソファから落ちた。

 おれはベレッタからサプレッサーを外しジャケットのポケットに入れ、ベレッタを握ったままの野上知世の屍を抱え権藤の屍に重ね、両者の手を使い服のあちこちを破った。
痴情の口論の末権藤が野上知世を撃ち、残る力を振り絞った野上知世が権藤からベレッタを奪い取り、全弾を喰らわせたと云うシナリオだ。お粗末と云えばお粗末だが、バレたらそれまでの話だ。おれは五分ほど様子を見て、野上知世と権藤の首筋に指を当てた。双方脈がなかった。

おれはキッチンにぶら下がっている野上知世の鍵を取り、玄関を出ると鍵をかけた。マンションを出ると鍵はコンビニのゴミ箱に捨てた。バラックに着くと、権藤から奪ったホルスターをナイフで細切れにし、ビニール袋に詰めた。銀ダラの分解は面倒臭いので、処分は古田のオヤジに頼むつもりだ。

16

 二日後。新聞では野上知世と権藤の屍が発見されたとの報道はなかった。内田が射殺されたと云う記事は載っていたが。それよりも、歌舞伎町の武蔵尽誠会の事務所に拳銃が撃ち込まれ、錦寿興業の三下二人が逮捕されたとの記事が載っていた。これから二つの組の大がかりな抗争が始まるかも知れない。

 おれは古田のオヤジにアポイントメントを取り、コルトに銀ダラ、そしてサプレッサーをサムソナイトのアタシェケースに入れ日本橋へ向かった。
 古田のオヤジはデスクに両肘をつき、両手を組んでいた。
 おれは仔細を語った。内田から掠めた一千万については黙っていた。
「やっぱりわしもモウロクしたか。あんな三流芝居の興行主になるとはな」
「完璧な人間はいねえよ」
「お前はビリー・ワイルダーか」
 おれはアタシェケースを開き、中から物騒なシロモノ類を机に乗せた。「ベレッタについては、次の仕事で補填する」
「まあ、お前の話ではそうするのもやむを得なかったろう。銀ダラは落合の溶鉱炉に放り込んで始末する」
「それと、しばらく旅に出たいんだが、許してくれるかい?」
「いいだろう。この仕事は神経を使うからな。少しは休養し気を休めんと、次の仕事でボロを出す事になる。だが例の携帯電話は持っていけよ」
「わかった」おれはアタシェケースを置いて、ドアへ向かった。
「ところで」背後から古田のオヤジはおれを呼び止めた。「野上知世と云う女はそんなにいい女だったのか?」
「ああ」おれは頷いた。「あれならオヤジもカモにされてたかも知れない」
「わしにはもう性欲などない」古田のオヤジは咳払いをした。「総ての女はみな役者、とはよく云ったものよのう」
「その通りだ」おれはドアを開け会長室を後にした。

17

 半月経った。野上知世と権藤の死躰が発見されたとの記事が新聞に載っていた。細かい情報ではなかったが、男女の痴情のもつれと見て警察は捜査している、と記してあった。
 葛城の事が気になった。あの一連が三文芝居を知る者はおれと古田のオヤジ以外には葛城だけだ。

 午後七時、いる保証はないが葛城の元へ向かった。葛城のアパートの階段を上りドアフォンを押した。返事はなかった。
 もう一度押してみた。すると「はい」との返事が返ってきた。
—ニナガワ運輸です。荷物をお届けに参りました。ハンコを頂けますか。
—お待ちください。
 ドアが開いた。
 包帯がまだ取れぬ葛城は痛々しかった。おれの顔を見て目を見開いた。
「あんたはー」
「あんたに証拠を返しに来た。捨てても良かったんだが、あんたにはヘミングウェイの借りがあるからな」
「俺を殺しに来たんじゃないのか?」
「信じるも信じないもあんた次第だが、殺るつもりだったらドアを開けた途端にあんたはお釈迦様の弟子だ。それに今更あんたを殺った所でこっちには何の得もない」
「わかった。とにかく入ってくれ」

 部屋に入ると前のように床に座った。
「封をきっていないオールド・パーがある。呑むかい?」
「ああ」
 葛城は氷の入ったグラスと、入っていないグラスをテーブルに置き、オールド・パーを注いだ。乾杯もせず、おれは二口呑んだ。
 葛城は呟いた。「内田はもういない」
「知っている」おれは頷いた。「その筋に詳しい奴から聞いたんだが、現場には尽誠会と敵対する錦寿興業の銀バッチが落ちていたらしい。その前には尽誠会の三下が殺られている。その報復だろうと云う話だ」
 葛城はオールド・パーのロックを口にした。「まあそう云う事にしておこう。素人が口を出すとろくな事にならない。身に染みたよ」
「野上知世は残念だったな」
「権藤の女だったんだろう?俺は利用されていた」
「なぜそう思う?」
「二人が殺しあったからだ、知世の部屋で。関係がなければ部屋にいれる筈がないだろう、あんなヤクザを」
「総ての女はみな役者、と云うからな。あんたに落ち度はない」おれは茶封筒をテーブルに置いた。その中に写真とUSBメモリーにICレコーダーを入れておいた。
「あんたに返す。おれには必要がないシロモノだ」
「もう俺にも必要がない。あんたが適当に処分しておいてくれ」
「内田と権藤に野上知世が死んだからか?」
「そうじゃない」葛城は首を振った。「もうあの会社は辞めたんだ。内田が死んで、後釜が病院に見舞いに来た。内田以上の傲慢な野郎だった。嫌気がさしてね。俺の意気地なんてそんな他愛のない物だったんだ。実家に帰ってゲスト・ハウスの支度を始めるよ」
そうか」おれは証拠の入った茶封筒をポケットに突っ込み、布バッグから札束四つを取り出しテーブルに置いた。
「これはー」
「口止め料と、おれからの餞別だ」
「幾ら何でもこんな大金、受け取るわけにはいかない」
「じゃあ、鉛玉の方がいいか?」
「そんな二者択一があるか」
「じゃあ札束を選べ。これからも何かと物入りなんだろう?あとヘミングウェイの全短篇集の代金だ。それに、あんたはおれを信用して証拠を託した。殺し屋には殺し屋の仁義、ってモンがあるからな」
 葛城は黙って札束を見つめていた。

 おれはオールド・パーを飲み干し、グラスをポケットにしまった。「さてと、おれは退散する。くどいようだが、これは夢だったんだ。あんたと会った事はないし、これからもない」
「分かった。〈人間五十年、下天のうちを比ぶれば夢幻の如くなり〉だな」
「何だそりゃ?」
「分からなきゃそれでいい」
「知りたくもねえ」
 おれは立ち上がり玄関へ向かい、ブーツを履いた。そしてドアを開けた。
 閉める前におれは振り返った。「旅で岐阜ヘ行っても、間違ってもあんたのゲスト・ハウスだけには泊まらねえからな」
 葛城は頷いた。おれはドアを閉め、階段を下った。

シスター・レイを殺し屋は唄う

執筆の狙い

作者 吉岡ニッケル
126.224.171.37

掟破り。もう打ち止め。別の名で投稿してもアドレスと作風でバレるから<追放>。
ソー・ロング

コメント

吉岡ニッケル
126.224.171.37

アウフ・ヴィダーゼーエン

中野信長
106.173.154.115

ーーってダッシュは二続きに書きます。
ーーお待ち下さい
とか

亡者
126.224.136.215

誰とも言わねえがな。虚弱体質野郎。

結局、立ち会う根性もねえようだな。このゴミ野郎。腰抜け野郎。

てめえは正真正銘のクズ野郎だ。

何が「誇り高き日本人」だよ。ダニ野郎。

日本人ってえのは、慈愛があってこそのナンボだろうが。包茎野郎。

中野坂上のゴミみてえな、三百坪の土地を朝鮮人に取られただ?この恥垢野郎。

いまだにせこく恨んでるのかよ。チンカス野郎。ゲス野郎。

俺のダチは明治新政府に、上野の土地五千坪を取られたんだぜ。タヌキ野郎。

ネチネチとみっともねえと思わねえのか。ドグサレ野郎。

そんなに恨むのなら、一人で竹島に乗り込んで占領しろよ。乞食野郎。

何が「文壇を嫌悪してます」、だ。夜郎自大の生ゴミ野郎。

相手にされてないだけだろうが。ヘドロ野郎。

愛する家内、だ?寝言ほざいてんじゃねえ。女衒野郎。

だったらガキの一人二人持ってみろよ。無精子野郎。

梅毒野郎。

インポ野郎。

「オレの友達は米軍将校」だと?媚び売ってんじゃねえよ。売国奴のポチ野郎。

どうせてめえにはカタリに聞こえるだろうが、俺は昔、横須賀でアメ公をギブスン・ファイアーバードでぶん殴ったぜ。逃げたがな。ドブ野郎。

とにかく俺は消え二度と現れねえし、取材旅行に行くから、てめえの戯言なんざ目にしねえよ。メクラ野郎。

「弱い犬ほどよく吠える」抜かしてろ。狐野郎。

俺が「犬っころ」ならてめえは「腐った豚」だ。脂肪肝野郎。

とっとと腹切って先祖に詫びろ。この恥さらし野郎。

通報するならしやがれ。俺は誰宛、に書いてるわけじゃねえ。スネ夫野郎。

地獄で待ってるからな。シラミ野郎。

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