作家でごはん!鍛練場
錯乱 暴頭之助

暇潰しと言う悪魔

暇潰しと言う悪魔




「はいどーもー、こんにちは。インディゴルームのお時間でーす」

 画面の中央に躍り出た男の足取りも、口調も、至極軽快であった。

 軽快。
 軽く快い。
 その言葉がここまでハマる様子も珍しい。

 彼は実にエネルギッシュで、若々しく。まるで将来を期待された若手のサラリーマンがプレゼンを始める時のような雰囲気で、こう続ける。

「今日ブッ殺すのはガ●ジ一匹です。前回視聴者さまのリクエストにお答えして、厳選に厳密を重ねた良ビジュアルの子を捕まえてきましたよ。
 ヌマのガキってだけでビジュアルの方向大分辛くなるんだぜ? ほんと苦労したんだから、荒しコメとかやめてよ? 萎えるからさ。コメ解放しまーっす」

 キーボードを叩く音がした。
 かと思えば、たちどころに画面は流れていくコメントで埋め尽くされていく。

『マジかよ』
『冗談で言ったのにまじでやるとか』
『こいつこそがガ●ジだろこれ』
『主余計な意見は無視してはよ』
『はよやれ』
『はよ』
『冗談ニキは自分の寒さ自覚して』

『それな』
『インディゴルームはバカ●チの坩堝やぞ』
『↑ほんこれ冗談(笑)とかこのタイミングで抜かすやつ』
『は自分が罪の意識背負いたくないだけだろ』
『分割コメとかくっさ』
『喧嘩始めるやつはキッズかな?』
『そろそろ夏だな』

 そのコメントに細かい理屈は存在しない。誰もが思い思いの事を書きつらね、思い思いに怒り、思い思いに笑い、思い思いに俯瞰する。
 手軽に自己を誇大することのできるツールか、責任を負わずしてヤジを飛ばすことのできる便器としてしか機能していない。
 それはこのインディゴルームにかぎらない、ほとんどの動画サイトが有する慢性的な持病だ。
 違うところと言えば、インディゴルームで撮影される配信は殆どがスナッフであると言うこと。
 一時期は自分の妻をDVし壊れていく過程を数ヵ月に渡って配信した物もいた。
 が、基本は一動画一死。
 犯罪を犯し黒くはなりたくない、冷静に悲劇を眺めたい好事家達の曖昧な集まりこそがインディゴルーム(藍色の部屋)、と言うことだ。

「そろそろみんなコメ控えめで宜しくお願いしますー。主役持ってくるんでー」

 男はそう言って消え、しばし、画面にはプレハブめいた飾り気の無い室内が映っているばかりになった。先程まで男に隠れていた小さな椅子が侘しげにたたずんでいる。
 しかし、しばらくすると。
 くぐもった叫び、先程まで軽快な口を叩いていた男のものとは思えない怒号、それらの音が一挙に固まって響き渡り、自体の転調を告げる。
 運ぶ過程で殴打されたのだろう。生新しい血を鼻から垂らしながら、その少女は画面のなかに現れた。どこのものかは解らないが、中学生や、高校生がよく私服がわりに着ているような、インディゴブルーのジャージを身に付けている。
 どちらなのかは判然としないが、すくなくとも十代であることは確かであった。猿ぐつわを噛まされ、涙を流している様は間違いなく『悲惨』であったが、あえて隠すことはすまい。

 故にこそそれは観測者の暗く湿った情動を掻き立て、コメントは大いに湧いた。

『いうほど顔面偏差値あるかこれ』
『十人並み』
『ガ●ジで十人並みなら普通の美少女より価値あるだろ』
『猿ぐつわ外せ』
『いや外すな』
『猿ぐつわ外せ派と外すな派の仁義なき闘い』
『草』

 やがて、少女の体は縄によって縛り付けられ、椅子の寂寥はようやく終わりを告げた。

「猿ぐつわ外すな派には申し訳ないけど、ちょっと外した方が面白いから今回はごめんねー。
 今度別ので埋め合わすから」
 猿ぐつわが解かれた。
「やべえりかです、にねんせいです、いたいのとひどいのはいやです
 がっこうでも」
「なんか虐められてたっぽいね。すげえの。ここからだと見えづらいけどうなじに根性焼きの痕とかあるしマジ大草原」

『学校で虐められてあげくオモチャになって死ぬとか草』
『悲惨すぎて絶頂写生不可避』
『俺も虐められてたから気持ちわかるよ』
『↑隙あらば自分語り』
『根性焼きまであったら普通親動くだろw』
『親にも虐待食らってんじゃねえの』
『ジャージ脱がせ』

「いやもう大体解るじゃん」
 男はそう言って笑いながらも、少女のジャージのチャックを下ろした。
 Tシャツに机から取ったハサミを入れ、切り上げていく。
「やだあ。やだ、やだ、やだっ。ううーっ。やだああ」
「うるせえよガイジ――ほらやっぱアザだらけ。リョナラー歓喜だろこれ」

 飾り気の無いスポーティーな下着すら切り裂いて、痣や傷、点の火傷などに覆われた皮膚が露出する様は、魚がまな板の上で肝を溢れさせる光景と重なって見えた。
『ここまで悲惨な人間がいることに笑いを禁じ得ないわ』
『こいつは最高のショーになりそうだな』
『↑厨二乙』
「そろそろいつものアンケ入りまーす。じっくり? すばやく? 今回はどっちかなー」

 視聴者側から見れば、現在はひとつのポップアップが画面に表示されていることだろう。
 アンケート機能と言って、これで配信動画の方向性を多数決で決めることができるのだ。
 
 すばやくは、即座に殺す。
 じっくりは、苦しみが長く持続する殺し方を用いる。
 前回すばやくが多数派になったとき、配信者の男は金属バットでの殴打でケリをつけようとしたのだが、なかなか人間は丈夫なので、さくっと即死とは行かなかった。
 だから今回はどうリクエストが来ようとも、確実に対応できる小道具を用意してある。抜かりはない。
 やがて集計結果が表示された――今回の視聴者は『やべえりか』と名乗った彼女の苦しみをより長く目で楽しみたいらしく。
 じっくりの方へ、視聴者全体の八割の票が集まっている有り様だった。

「はい、絞殺タイム入りまーす」

 始まりにムードなどありはしない。男は軽快に椅子の後ろへ回り、そこの床へ置いてあった細縄を素早く少女の首に巻き付け、締め上げた。
 動きの自由を奪われているとは言え少女は大いに暴れる。口が開き、必死に空気を求めるあえぎ声が響き渡る。このまま意識を失えたならむしろ幸せだっただろうに、男はそれを許さなかった。
 なぜならこれはじっくりなのだから。

――じっくりなのだから。

 縄が緩み、少女は必死に許された呼吸を甘受する。そんなことできるはずもないのに、必死に生きるための空気を貯蓄しようとしているようにも見える。
 彼女の心を支配しているのはいまだ首にかかっている縄がいつ締まるのかと言う恐怖だけだ。
「えりかは、なにも、してません。なにも、なんにもしてません」
 その言葉への応対は、無情な絞め。
 近づいてくる死から逃れようと脚がばたつく、体が捩れる、ぱくつく口の端からは泡立った唾液が溢れ顎を伝って垂れ落ちる。
 先程よりも長い地獄は、またしても失神寸前で終わった。
「てない……な……も……てない」

「だからいいんです」

 その言葉を皮切りに、ラストスパートは始まった。男は少女の背後でくるりと後ろを向き、その状態で縄を後ろ手にかける。
 そして一気に、リュックでも背負うような感覚でつり上げた。

「なにもしてない。君は死ぬ必要なんかない。どころか、どこかで救われているべき悲惨な生きざまを歩んできた。だからこそ死に至るこの動画が、極上の悲劇になる」

『ラストキターーーーーーーーーーーーー(゜∀゜)』
『可哀想すぎて抜ける』
『ちんちんふっくらしてきた』
『エッッッッッッッッッ』
『こりゃたまらん』
『じゃけん逝きましょうね』
『未成熟おっぱい丸出しやんけ』

 首が限界まで伸びきり、顔が膨れ、その口からは断末魔の潰れた声のようなものが溢れ出す。

『ろくろ首みたいで草』
『ガ●ジは昔〆られてた訳だし妥当と言える』
『生まれた時点で殺されてたもんな昔はwww』
『えりかちゃんの乳首ビンビンおやつカルパスで草』
『↑緊張に反応してるだけ定期』
『目玉ぐりっぐりでロイコクロリディウム思い出した』
『そろそろ漏らしそう』


 やがて、暴れていたのが弱々しい抵抗となり、それが微細な痙攣となり、少女の蝋燭は消えていく。
 ジャージのズボンを失禁が濡らし、べろ、と紫色の舌が口から垂れた。

『マジで漏らした』
『えりかちゃんは逝ったがワイはイッたで』
『俺のパンツもぐしょ濡れだからお揃いだな!(錯乱)』
『大して面白くなくて草』
『こんな映像が生で見れるなら俺もスナッフ撮影者目指そうかな』
『↑考え直せ』
『外れクジ掴むのは配信なんてしちゃう自己顕示モンスターに任しときゃいんだよ』

――コメントの雲行きが妖しくなってきた。死体を下ろし、排泄物で濡れた服を脱ぎ捨てた男は、とたんに不機嫌そうな顔になる。
「じゃお前らがやってみろよこれ。どれだけ金と時間かけたと思ってんだお前らのリクエストに答えて。余韻残すために最後までじっくり顔見せまでしたのによ」
『やるわけねーだろバーカ。頭悪いのかお前』

 それは至極正論である。そして、正論とは、特定の人種の逆鱗にもろに触れる事が多い。
 何かが壊れるような音と共に、配信は切れ、静止した画面に映る最後の光景は、横たわって動かない、死んだ少女の醜く鬱血した顔だけだ。
 お世辞にも幸せそうなデスマスクでは無い。そして、動画もお世辞にも綺麗にまとまった訳ではない。けれど誰もが冷静だった。
 ひとしきりやらせたあとに、責任逃れの手のひら返し。この流れはインディゴルームのお決まりなのだ。だから、男が配信を怒って切ってしまったのも『いつものこと』でしかない。
 チップスめいてお手軽に笑いを届けてくれる『オチ』なのだ。暗転した画面に

『おあとがよろしいようで』

 と、配信切断前に打ち込まれ、遅れて出力されたコメントが流れていった。



――呟きを始めたのは、誰だったのだろうか?
 世界のどこか、残業中のオフィス、自室、電車の座席、ありとあらゆる場所でインターネットに繋ぐことができるようになった今、どこで誰が呟いていても、おかしくはない。
 それが女であろうが、男であろうが、若年であろうが、中年であろうが。
 不思議はない。





「俺たちが一番楽しんでるのは、配信者って見世物動物のバカさ加減だのに」

――あくまでも死んだ少女は救われない。
――どうしても、配信した男は進めない。
――結局は、見ているもの達の鬱屈を消え果てない。



 誰もがそれを知りながら、思考をすることなく日々を流すのだ。
 暇潰しと言う悪魔に時間(いのち)を削られている事にも気付けずに。

暇潰しと言う悪魔

執筆の狙い

作者 錯乱 暴頭之助
106.180.1.243

レッドルームと言う都市伝説をご存じでしょうか。
誘拐/監禁した人物を部屋に閉じ込め、狂乱していく過程を映し続ける、あるいは殺す映像を配信するサイトがあると言う、ありきたりなスナッフビデオを流す裏サイトの話です。
それだけなら一笑に伏せてしまうつまらなさですが、私はこの類いの話が大好物で、フェイクだとわかっていても画像検索をしてしまうたちです。

最初は障害者の少女が殺されるだけの悪趣味なオチにしようと思ったのですが。

視聴者が、本当に楽しんでいるものってなんなんだろう、配信者が本当に求めているものってなんなんだろう。そういう風に考えた概念を肉付けして、私の考える動画配信全体を俯瞰した揶揄を付け加えて、一本の「社会派風グロテスク短編」にしあげたつもりです。

別に本人が幸せなら良いのでしょうが、生放送をしているような類いの人間と言うのは、本当に求められている物を理解しているのでしょうかね。
そして、私たち観測者側は暇潰しと言う名の悪魔に、どれ程のいのちを削られてしまっているんでしょうかね。そんなことについて思考を巡らせていただけたら幸いです。

コメント

夏間釣
106.161.232.94

他人のことは言えないですが、執筆の狙いの書き方から失敗している気がします。

結果ばかりに食いつく乞食番組情熱大陸のあの感じと似ている気がしないでもありません。
物語としての結末などどうでもいいとは思いますが、どうでもいいなりにでも作者さんが持つらしい意見にコミット出来ていますか。
近頃、偏ったような思想を得意げに羅列して敬遠されている人たちがいますが、ここに書かれていることも案外それと大差ないと言いますか、書くに易く、得るに鈍い、といった貧しさのような印象を受けます。
もちろんそれは読者のことではなく、作者さん自身についてのことという意味です。

類型的に描かれる世界はむしろ個人的な軸を明らかにしてナンボ、という偏見において、『』で描かれた類型にこの作品は単純に怠けつつ負けている、というつまらなさと、作者さんご自身が狙いでおっしゃられているつまらなさは全く別の意味であることを理解して欲しい気がします。
終わりの二行は、作者さんが怠けた証明みたいなものではないでしょうか。
単純に、小説を目指すものとは呼べないもののような気がします。

錯乱 暴頭之助
106.180.1.243

夏間釣 様

ご意見ありがとうございますー。
確かに私の偏った動画視聴の経験からくる思想に都市伝説としてのスナッフ要素を盛り込んだ作品ですので、わからんやつにはとことんわからんという創作が持つ永遠の持病がさらに強く出ているのだとは思いますねー。
意見も創作も偏見が許されてしまう場所と言えばそうなので、あなたは読むものを間違えてしまった、ということなのでしょうねー。非常に残念です。おいしいところはいくつかありますので、きっちり受け止めさせていただきますー

夏間釣
106.161.224.178

閉じこもりたい類の表現でしたら、何もこういったところに投稿されなくとも都市伝説でも何でも独自に気取られるべきではと思うのですが、いかかがでしょうか。
やはり狙いに書かれていることがご自身にとって適切でないように思われても仕方がない印象を受けますが、いかがでしょうか。
感想の内容が不愉快だったというだけのことでしたら謝ります。
申し訳ありませんでした。

錯乱 暴頭之助
106.180.1.55

夏間釣

あっいえ、僕は単に都市伝説ネタにして小説書きたいなーってなっただけですのでそれほど思考的な比重は置いてないですよー。閉じ籠りたいなんてとんでもない、きちんと作品を形にして出している以上は交流や情報入手も目的としてますので。
不愉快は無いですがちょっとゴリゴリ来られると怖いですねwwwそれだけ本気でものをかかれてる裏返しと言うことでもあるのでしょうから見方を変えれば好印象ですが

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