作家でごはん!鍛練場
ぴよ2000

妻の教え(2541文字)

「車の中に忘れたDVDを取りに行ってくる」
 妻はそう言ってアパートから出て行った。あ、いや、正確には、「最近は物騒だからしっかりと鍵をしておいてね」だった。
今から二年前、新婚生活のためにアパートの契約をしたのはよかったものの、敷地内の駐車枠は先住民の所有車で満車となっていて、徒歩で五分はかかる月極駐車場に泣く泣く借りることにしたのだ。おかげで、買い物の商品を車に忘れてしまうことがあろうものなら往復一〇分間の手間がかかることになる。いや、それにしてもたかだか一〇分だろう、と反論しようものなら「もし強盗が押し入ってきたとしても同じことが言えるのね?」等とあっけなく論破してくるので、妻が出て行った直後に大人しく施錠する。
「ふう」
 リビングに戻り、エアコンの冷房スイッチを入れたところで、あれ、やっぱり俺が行くべきだったよな、と後悔する。帰ってきたら少し不機嫌になっているかもしれない。
 お盆の時期。
 といっても、台風が接近しているので実家に帰ることも、親戚の家にお邪魔することもなく、ただの休日と同じように妻と過ごしていた。買い物に付き合い、外食をし、その時に家で映画でも観ようということになり、帰りに寄ったレンタルDVDショップでアニメ映画を一本借りた。タイトルは忘れたが、大量のペンギンが一般住宅街に出て来る映画だった。
 時計を見ると、午後六時二〇分。
 元々薄暗い天気だったので、日暮れという感じはしない。ただ、薄暮時は夜よりも暗いとよく聞くので、この天気も相まって尚更妻を外に出したことが悔やまれる。ああくそ。どうして俺が代わりに行かなかったのだろう。
 おっとりした気性の俺と違い、妻はしっかり者で、その分尻に敷かれがちだ。
 ただ、そんな妻のおかげで、面倒だとか、どうでも良い、と感じて物事を考えないで放置する癖が減ったように感じる。例えば今回の鍵の件だって、たかが一〇分間とは言うが妻の言う通り、もし強盗や、もっとたちの悪いやつが家に入って来ていたらと思うとぞっとしない。だから、もっとよくよく考えれば俺が妻の代わりに車に戻っていれば、帰って来た妻の顔色も気にせずに済んだのではないか?
 ドンドン。
 その音が、負の思考ループから現実に俺を引き戻す。いや、引き戻すどころか、あまりにも大きく部屋に鳴り響いたものだから椅子から飛び上がってしまった。
 ドンドン。
 音がする方向、玄関扉を見やる。擦りガラスの向こうに黒い影が滲んで見えた。
咄嗟に妻が帰って来たのだと思った。が、「あれ」妻にしては、どこか影が高い。いや、人間にしても影が高い。新婚旅行で海外に行ったことがあるが、その時に見かけた現地の成人男性よりも背丈がありそうな。
「……」
 いや、もしかしたら光の加減でそう見えるだけかもしれない。
 普通の天候ならともかく、今は台風が接近しているため、正常なものとは、ガチャガチャガチャガチャガチャガチャ「ひぃ」ドアノブが激しく上下した。加えてメシっと扉の周りに圧がかかった。施錠がかかった状態の扉を引いたり押したりした時特有の軋み音。
「な、何だ? 何だよ?」
 半ば叫ぶように呟いて、でも身体が動こうとしない。
 動悸の乱れに伴って呼吸が乱れる。じめっとしていたはずの室内が、いつの間にか冷気で満ちていて、少し寒いくらいだ。はたして我が家のエアコンはこんなにも優秀であったか。
 とにかく、落ち着け。
 そう自分に言い聞かせ、玄関扉に向き直る。まだ影はすりガラスの向こうに滲んでいて、先ほどドアノブを回されたのが嘘であったかのように静まり返っている。普通に考えれば、DVDを取りに行った妻位しかこの部屋に用がある人は心当たりがないが、あのシルエットが光の屈折によるものだったとしても不審な点が数か所ある。
 まず、戻って来る時間が早すぎること。
 さっき妻がアパートを出てから、一〇分どころか三分も経っていない。片道でさえ五分はかかる距離だというのに。
 二つ目はアパートの鍵を持っていないのか、という点。妻は用心深い女であり、ゼロではないにしろ、ケアレスミスをしない方だ。そんな彼女がアパートの鍵を持たずして外に出たとは考えにくい。
 最後は、どうして中にいる俺に声をかけようとしない?
 百歩譲って車の鍵も部屋の鍵を持ってくることを失念し、駐車場までの道中から鍵を取りに戻って来ていたとして、それならどうしてその旨を俺に伝えようともせず、ドアを叩いたりノブを回したりといった強硬手段に出たのだ?
「おーい」
 声が、聞こえた。玄関の外から、妻の呼び声が聞こえる。あ、あれ? ということはやっぱり俺の勘違いなのか? 俺の思い過ごしなのか?
「ごめーん。鍵を忘れちゃった。中に入れてくれないかな?」
 機嫌が良い時の猫撫で声。これは、やはり妻の声だ。
ほっと一息ついて、途端、強張っていた身体が弛緩した。合わせて緊張も一気にほぐれ、手足が思い通り動くようになる。まったく俺は何を怖がっていたのか。外にいるのは紛れもない妻だというのに。
「あ、ああ」
 玄関に駆け寄り、つまみに指をかける。「すぐにあ」ける、と言いかけて、ぐっと飲み込んだ。――ああ、そうだった。俺は。
「何をしているの。早く開けてよ」
「……」
 すっとつまみから指を離し、擦りガラスの向こうを見る。見上げてしまう位、大きな影。
 光の屈折が、こんなにもはっきり見える訳がない。
「ねえ。何を何何をしているの? 早く開け開け開けてよ」
 ドンドンドンドンドンドンドンドンドンガチャガチャガチャガチャガチャガチャ
 扉が激しく叩かれ、ノブ壊れる位上下する。妻の教えはやはり正しかったと改めて思った。
 これは、明らかに良くないものだ。
「私ならここにいるわ。早く戻りましょう」
「そうだな。すまん」
 そうだ。妻は今日、DVDを取りに行ってなどいない。その証拠に、妻のサンダルがまだ玄関に残っているではないか。
――車の中に忘れたDVDを取りに行ってくる。
 去年のこの日、妻はそう言ってアパートから出て、二度と帰らなかった。雨で視界を奪われた軽トラックに轢かれたのだ。
 ……俺が、取りに行っていたならと、今でも思う。
「一緒に観ようって、約束したもんな」
 簡易の仏壇に、朗らかな妻の遺影。
 お鈴を鳴らして手を合わせた後、俺はDVDをデッキに挿入した。
                                                    ――了

妻の教え(2541文字)

執筆の狙い

作者 ぴよ2000
139.101.87.220

 時期に合わせた話を書いてみたいと思いました。
 稚拙な文ですが、どうかよろしくお願いします。

コメント

つかさ
163.49.203.156

 拝読しました。
 良かったと思います。稚拙と謙遜なさってますが、稚拙とは感じませんでした。
 読み始めてすぐに『妻は死ぬのだろうな』と思いました。「お盆」という単語が出てきたので、ますますそう思いました。
 筆力があるのでホラーな感じも巧く表現できていて、思った通りの展開でしたがそれでも作品として楽しめました。

夏間釣
106.161.232.94

小説を書く、ということはどういうことなのか。
表現の拙さや物語のつまらなさは、ある意味素人の味方であるような気がします。
素人なのだから、拙いこともつまらないことも自己紹介のようなものと変わらないと考えられなくもないからです。

何が書かれているのか、私には今一つわかりませんでした。
話の筋は申し訳ないですが透けたものなので、結局印象は語りの筋みたいなことに注目せざるをえなくさせられます。

思い描いた背景と、実際に綴られた文章は作者なりに一致した感触を得られたものですか?
もしそうであると思っていらっしゃるのなら、失礼な言い方になってしまいますが、作者さんは小説という表現について誤解されている気がします。
全体の話はここまでです。


作品についての感想は、スピード感がないということです。
勘違いして欲しくないのは、話の雰囲気に語りが合っていないとか、説明が多すぎるとか、そういったHow的な意味ではないということです。
小説として語るべき要点のようなものを、恐らく作者さんは誤解されていると思います。
結果、物語そのものもつまらなくなる、わからなくなるのは当然のことだと思っています。
どうしてとか、何故とか、そういった亡くなった妻に基づく筋の質の悪さをどうこう模索するのは無駄なことのような気がします。
別の物語を書いても、きっとこういった目線や必要に迫られたつもりで書いてしまうことは明らかな気がするからです。
書きたいところ読みたいところが一致しないということは、小説を知らないこととそれほど意味は変わらない気がします。

偏差値45
219.182.80.182

オカルトなのか、幻聴幻覚の世界の話なのか、分からないかな。
その為、方向性がつかみ難い感じですね。
あとは現在のお話かと思わせて、過去であったり、少々面倒な内容かな。

ぴよ2000
182.251.135.33

つかさ様

読んで頂き、ありがとうございます。
面白かったという感想は、私にとって勿体無い言葉です。

ぴよ2000
182.251.135.33

夏間釣様

ご感想ありがとうございます。
確かに、改めて見返すと冗長で、地の文が描写ではありませんね。

ご指摘の通り、これでは小説と呼べる文章には至らない。
完全に私の力不足です。

説明と描写の違いについても今一度勉強し直そうと思います。
ありがとうございました。

ぴよ2000
182.251.135.33

偏差値45様

ご指摘、感謝しております。
過去、現在が曖昧で、最後はエゴが強かったかもしれません。

読みにくい印象を与えたのならそれは失敗ですね。
昇進するよう努めます。

u
183.176.70.188

読みました。

この落ちならばですけど、切り替えがグダグダしてる。
もう少し鮮やかにスパーッ! と落ちになだれ込めばよかったかも?

マー、全体的に切れ味が悪いんです(スミマセン)。多分、ぴよ2000様の本作に対する(まよい?)。どっちへ持っていくか、あやふや感。

冒頭は良い。新婚で2年前にアパート借り、そこの駐車場空きがなく、徒歩五分のパーキング。
ある日、借りたDVD車に忘れ、妻が取りに行く。ここまでちゃんと説明してスムーズです。
それでここらから、ソロソロと過去時間と現在時間がクロスし始めるわけで、こういった描き方は面白い(別段斬新というわけでもないけど)。

妻が出ていった直後、不穏な(何者か)がドアをノックするわけで。
ここから落ちまでの部分が、このお話の尺にしては長い(饒舌)。

そしてこの得体のしれないものが(何者)なのかという情報は、文中からは全く読者に提供されないわけで、普通に考えると(妻)あるいは(明らかによくないもの)、もう少し穿っていえば(主人公の心内)。

私にはわかりませんでした。というか、(時期に合わせた話を書いてみたいと思いました)で、妻の幽霊? お盆にかえってきたの(連れ戻しに)? なんて思った。

でも、「私ならここにいるわ。早く戻りましょう」という台詞。妻の幽霊悪しきものじゃないやん?

作者さんのはっきり書いてよとは言わないけれど、もう少し私みたいなバカな読者に成程ひょっとしてそうなんだー! ミタイナ情報が不足してる。
この辺でやはり作者さんに(迷い)みたいなもの感じる。

御健筆を。

ぴよ2000
182.251.135.33

u様

ご感想ありがとうございます。
良い部分、悪い部分を教えていただけると色々励みになります。

ご指摘の通り、狙って曖昧にした部分と迷いの中であやふやになってしまった部分があって、それが明るみに出たということはまだまだ勉強不足なのだと思いました。

そして、読み手によって解釈に混乱を与えてしまう点は今後、気をつけていきたいと思います。
ありがとうございました。

千織
111.87.58.22

ごめんなさい。
実は、私、ラスト数行を先読みしてから読み始めました。
なので、先入観として、ああ、ラストにほろっとさせるのかなあ、なんて思いながら読んでいたせいか、途中、え?え?え? これって猿の手的な? そういうオチへゆく? 実はホラー?
でもラストの3行はどう考えてもここでほろっとさせる意図だったよね? のような気がしてしまって、別な意味で途中、どきどきさせられてしまいました。

自分がDVDを取りに行かず妻が取りに行ってしまい、結果、事故死となった。だからそこに罪悪感があり、それがなんか悪霊めいた感じになったのかしら?

ラスト、ほろっとさせたかったのであれば、途中の運びを要再考のように思えるし、途中のホラー感を活かしたいのであれば、ラストをブラックな方へと要再考のような、そんな感じでしょうか。

そういえば今日、昼間、NHK教育テレビで京都の神社を放映していて、神様が怒ると鬼になるという話を聞いて、もうびっくり仰天した私でした。
だって、そうしたら、鬼って元は神様ってことになるわけで、じゃあ、鬼退治って神様退治ってことになるんじゃないの!? と。そんなことをずずーっと考えていました(笑)。
どうでもいいことのようですが、なんというか、ショートショートとかの類には、何か飛躍があると、良いんじゃないのかあ、と思ったで、無駄話をさせていただきました。

ぴよ2000
182.251.126.119

千織様

返信遅れてしまいすみません!
そしてご感想ありがとうございます。

返事をして、かつ、それを招きいれてしまうこと。
何者かが親しいものに化けて中に入ろうとしてくる、というのをモチーフにしてみようと思い、描いてみました。

ところがまぁ、語彙足らずでちんぷんかんぷんになってしまい申し訳ありません。

描きたいところが上手く描けず、混乱を与えてしまいました……。

ぴよ2000
182.251.126.119

千織様

追伸
神様が鬼になる話、ジャンルはともかくとして今度描いてみようと思います。
面白そうかもしれません。

ご利用のブラウザの言語モードを「日本語(ja, ja-JP)」に設定して頂くことで書き込みが可能です。

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