作家でごはん!鍛練場
上松 煌

腰越海岸の出来事

         1

 一面のいわし雲の下に、江の島の緑が浮かんでいた。
もう、理由も忘れてしまったけれど、智也(ともや)と腰越海岸にいたのだ。
沿岸道路から砂浜に下る石段に腰掛けて、コンビニのチキンをかじっていた。
それを記憶の中ではなぜか、2つの後ろ姿として覚えている。
そのあと、そこでおきた出来事は、小6の忘れられない思い出だ。

 秋の海は寂しい。
澄んだ少しそっけない空気感の中に、人気(ひとけ)のないガランとした海岸が広がっている。
いや、完全にだれもいないわけではない。
40メートルくらい先には子供を連れた女の人が、夏よりきれいになった午後の波と遊んでいた。

 おれと智也はいろいろしゃべった気がする。
彼は中学進学に合わせて引っ越すと言っていたから、別れを惜しむ気持ちや連絡方法、
絶対に遊びに行くなどの他愛ない誓いを、繰り返し話し込んだはずだ。
細かいことはほとんど忘れて曖昧だけど、これだけは思い出せる会話がある。
「トモ、流しそうめんしに来いよな。絶対来いよ」
「来るに決まってんじゃんか。すんげえ楽しかったもん」

 そうなのだ。
夏休みの1日、親父が「自家製流しそうめん」を企画した。
智也が引っ越してしまうことはすでに話してあったから、思い出作りを考えてくれたのだろう。
400坪越えの山林のおれの家は傾斜地が多く、資産価値は低いが趣だけはたんまりある。

 もともとは祖父母の別荘で、山からの絞り水を流すためのでかい池があった。
水道管を岩に埋め込んだ滝もつくってあって、突出した管の先端に裏山から切ってきた孟宗竹を樋にしてはめ込む。
7~8メートルていどのものでも、智也の家族3人、祖父母も含めたおれの家族5人が囲むとなかなか本格的だった。

 水道栓を全開にしてたっぷりの水で流すと、麺が束になったまま旨そうに流れて、発案者の親父は大得意だった。
でも、これには智也が下痢をしてしまうというおまけがついた。
多分、楽しさのあまり副食の刺し身とエビ天を食べ過ぎてしまったのだ。
母と祖母は、親父がいいかげんにゆでた麺が固かったからではと疑っていた。
やんわり叱られた父は「あ~あ、親父の権威を保つのはむづかしい」と大げさに嘆いていた。

 智也の父はそんな親父と話し込み、「不景気」「田舎に帰って稼業を継ぐ」という言葉が聞こえた。
沸き立つようなバブルが去ってから間もない平成6年のころだった。


          2


 サクサクと砂を踏む音がして、さっきの女の人が子供を連れてそばに来ていた。
観光客には親切に、という不文律があったから、おれたちは行儀よく微笑して迎えた。
30代くらいのきれいな人で、ちょっと疲れた感じの横顔が印象に残っている。
「ごめんなさい。…あのね、あの、この子をちょっと見ていてくれる?おばさん用事をしてくるから…ちょっと大事なことなの。ね」
なんだか、やけに真剣な口調だった。

 「え?あ。別に…いいですけど…」
おれたちはちょっとためらったけど承諾していた。
なんとなく、断ったらこのお母さんが困るだろうという気がしたのだ。
鎌倉市の小学生は高学年になると、登下校時に下級生の面倒をみる。
まぁ、扱いは慣れているので、知らない子でも短時間ならこっちには問題ない。

 でも、本人はどうなのだろう?
いきなり見知らぬ子供に囲まれてイヤがらないだろうか。
4歳くらいで、幼稚園年中組ていどには見えた。
ちょっとはにかんだ上目遣いでもじもじしているその子は初対面なのになぜか可愛い。
相性は良さそうだ。
「俊之(としゆき)、よろしくお願いしますって言いなさい」
その人は母親らしく、そんなことを言って背中を押したようだった。
「よろ…くしおね…がいます」
子供らしいぶきっちょなセリフは、子供のおれたちから見ても純真でほほえましかった。

 「どうする?遊ぶ?」
集団登校でも面倒見のいい智也が、慣れた感じで話しかける。
ぎこちない緊張を解いてやろうとしているのだ。
「砂遊びしてたよね。じゃ、またやろうか?」
たしか、そんな感じで誘導したと思う。

 女の人は足早に石段を上がって歩道に出て、そこで立ち止まってこっちをじっと見ていた。
やっぱり、見ず知らずの小学生に自分の子供を預けるのはちょっと心配らしかった。
少し悲しげに見えたのは、気のせいだったろうか?
おれたちは大丈夫という意思を笑顔に託して手を振った。

 
          3

 
 湿った砂の波打ち際に、その子が作ったささやかな小山があった。
「アッキー、でっかいの作ってやろうぜ」
「うん、いいな。引き潮だし」
あたりまえだが、海には潮の干満がある。
引き潮時は海面が退いて、波がしだいに遠ざかってくれるので、湿った水際に砂山を築くのには都合がいいのだ。
智也とおれは股のぞきをするときみたいに、海に向かって上半身をかがめた。
「GO!」
ババババッと両手で砂を掻き、股の間から後ろに弾き飛ばす。

 「こっち来てやってみ?疲れたら休んでいいから」
智也がまた、上手に誘導する。
「う~ん!」
目を輝かせて全身でうなづくその子は、弟分みたいで実に可愛かった。
おれたちはギャハハっと笑って、
「トシちゃん、いや、トッちゃんでいいよね」
と呼び方を決めた。
「じゃ、ええと、おれは智也。だから、呼ぶ時はトモくんでいい。こっちは煌。アッキーくんね」
遅ればせながらの友達認定だった。

 しばらくは砂を盛り上げるのに集中した。
水を含んだ砂は重いので、すぐに肩と腕がだるくなって能率が落ちる。
エビのように曲げた腰もキツイ。
それでもトッちゃんを意識して踏ん張り続けた。
やっぱり、年上の面子と体面がある。

 「うっは~、もうダメ。アッキーはすげえな」
智也が先に音を上げた。
「って、まだ、余裕、だろ」
口では言うものの、息はきれている。
トッちゃんに至っては動作はしているものの、ほとんど砂を掻っ掃けていない。
でも、顔だけは真剣だ。
おれたちはそれが愛しくて、意味もないのにまた笑った。


          4

 
 砂山は1メーター20くらいになって、叩いて押し固める段階に入っていた。
真ん中あたりに左右からトンネルを掘り、中で手を握り合って開通式をやった。
ざらついた砂だらけのちっちゃな手が、もぞもぞとおれの手を握った時、本気で弟が欲しくなっていた。

 そういえばさっきから、トッちゃんの腹が鳴っている。
「お腹空いてる?コンビニで何か買って来てやるよ。なにがいい?」
尋ねると同時に小さな顔が輝いた。
やっぱり、腹がへっていたらしい。
「う~ん、おにぎりっ。エビマヨっ」
ニコニコと気合を入れて、うれしそうに答えてくる。
それがすげえ可愛い。

 「トモは?おごるよ。」
「うひょ~、わっりいな。じゃあ、イクラね。あと、なんかお菓子。そっちおれがおごるから」
おれたちは大抵こうだ。
大体、同額くらいをおごり合う。

 代表して道路向こうのコンビニに向かうと、夕方近いラッシュが始まりかけていた。
意識して周りに目を配ったけれど、こっちに向かって来る女の人の姿はない。
トッちゃんのお母さんの用事はまだ済んでいないらしかった。

 3人で石段に腰掛けて、海を見ながらおにぎりをほうばった。
昼と夜のはざまのみかん色の空に、江の島がしだいにグレーを濃くして行く。
おれたちは砂山にバベルの塔みたいな螺旋状の廊下を刻んで完成させた。


          5


 夕闇が迫りはじめると、智也がそわそわし始めた。
気持ちはわかる。
もう、帰らないといけない時間だ。
おれは信用があるからいいけど、智也の家は親が厳しい。

 「トッちゃんのお母さん遅いな。ど~したのかね?」
「わからん。トモは先に帰れよ。おれんちは正当な理由があれば遅くても叱られないから。おれが残ってトッちゃん見るワ」
「う~ん、わりい」
言いながら、ぐずぐずしている。
先に帰るのに気が咎めているのだ。

「…ね、お母さんの用事ってどんなの?」
智也に聞かれて、トッちゃんは困って体をぐねぐねした。
「え~と、わかんない。…でも、遅い時は遅いよ」
「う~ん…」

 「いいから、トモは帰れ。子供に聞いたってわかりゃしないよ。いろいろあるんだろ。なんか訳ありそうだったもん」
「まぁ、な。大人は複雑だからな。じゃ、おれ、駅からおまえんちに連絡するワ。人に親切にしたんだから、怒んないでって」
「頼むワ」

 そのまま智也は、申し訳なさそうに帰って行った。
子供が携帯なんか持てる時代ではなかったし、PHSが現れるのは2年も先の話だ。
ただ、2人とも江ノ電の「極楽寺」駅だから、ここ「腰越」からは4つ目で、普段の行動範囲では近いほうだ。
まぁ、その点は、智也も親に言い訳ができそうだった。

 彼が帰ってしまうと、あたりが急に物寂しくなる。
もう、陽はとっぷり暮れて町の明かりがやけに鮮やかだ。
ちらほらいた散歩の人たちも三々五々、引き上げていく。
おれとトッちゃんはしばらく、暗い海に木切れや貝殻などを投げて遊んだ。
最初は集中出来たけど、ちょっと大き目の波が来たころから、小さなトッちゃんは怖がり出したと記憶している。

 夜の海は黒々と、なぜか砂浜より高い位置に見える。
目線の低い子供には確かに怖そうだ。
おれは手をつないで石段のところまで戻った。
下から見える歩道には、やっぱり親らしき人の姿はなかった。
 

          6


 もう、かれこれ20時すぎだ。
トッちゃんは目に見えて口数が少なくなり、心配そうな眼は今にも泣き出しそうだ。
おれも不安でたまらない。
お母さんはどうしたのだろう?
なんだか深刻そうだったから、考え事していて交通事故とか?
ひょっとしたら、用事の相手がヤクザで、お母さんはきれいだから目をつけられて、監禁されて売られてしまうとか?

 ろくな考えが浮かばない。
「ね、トッちゃん、そこのコンビニ行こう。お母さん遅すぎるよ。わけを話してお巡りさん呼んでもらおう。おかしいよ。絶対、なんかあったんだ」
手をつかむとトッちゃんは振り払った。

 「ダメッ。ここにいなきゃ。ここで待ってなきゃダメッ。お母さんはここに来るのっ」
素直なトッちゃんの初めての強い拒絶だった。
そうだ、たしかにこの石段のところで頼まれたのだ。
本来なら、ここで待っているべきなのだ。
その点では幼いトッちゃんのほうが正しい。
だが、状況はそれを許さない。

 「いや、遅すぎるんだよ。考えてみ?もう、大人だって子供のいる人は、家に帰る時間だよ。それでもお母さんは来ない。なにかあったんだ。きっと良くないことだ。お巡りさんに助けてもらわなきゃ」
おれの言い方が不安をあおったのだろうか。
トッちゃんはついに、ぎゃぁっと泣きだした。
抑えに抑えた感情が一気に噴き出したみたいだった。

 「泣いてもダメだ。コンビニ行くぞ、それしかないっ」
おれは意を決して、再び手をつかんだ。
そのまま石段を引きずり上げる。
「いやぁ~っ、ダメえっ」
トッちゃんが絶叫した。

 まるで害をなす人間に爪を立てる子猫ちゃんみたいに、力いっぱい手を引っ掻く。
自分が幼児虐待のバカ親になった気がした。


          7


 「じゃあ、いいっ」
おれは怒鳴った。
「そこで待ってろ。いいか、そこにいるんだぞっ。絶対動くなっ」
石段を駆けあがる。
でも、気になる。
このまま目を離したら、トッちゃんも消えてしまうのでは?
泣きながら、どこか遠くの手の届かないところに行ってしまうのでは?

 必死で振り向くと、小さな影が拳を握りしめた形でおれを見上げていた。
「そこにいろっ」
もういち度いって車道に出た。

「バカッ」
激しい怒声とクラクション。
だれかが腕もちぎれそうな勢いで、歩道に引き戻した。
「轢かれるでしょっ」
緊迫したおれの母親の声。
罵声と引き戻しは親父だった。
心配して迎えに来てくれたのだ。

 あわてていて気付かなかったけれど、親たちはおれを見つけていて、行動を予測して動いてくれていた。
本当に危ないところだった。
親が止めてくれなければ、車道でおれはどうなっていただろう。

 おれもワッと泣いていた。
トッちゃんを指さすと、一瞬で理解して、父はコンビニに駆けこんだ。
母はずっと2人を両腕に抱きよせていた。
おれは母にしがみついているトッちゃんを感じながら、本当の兄弟になった気がした。


          8


 お母さんは2度と戻らなかった。
次の日、近くの岬で女性物の靴が、きちんとそろえて置いてあったというニュースが小さく地方版に載った。
なにがあったか、子供でも薄々想像がつく。
それっきり続報はないようだった。

 あの時、歩道に立ってじっと見ていたお母さんの、少し影の薄い姿を思い出す。
すでに別れを意識していたのだろうか?
それとも、よく言われる発作的行動に身を任せてしまったのだろうか?
今となっては想像する余地もないけれど、覚悟を決めた人は意外に静かな気がする。
あせったり、努力をしたり、じたばたするのは、きっとその一歩手前の段階なのだ。
 
 おれは一人ぼっちになったであろうトッちゃんを、弟に欲しいと真剣に願ったが、父母は難しい顔で、
「そんなに単純なことではない」
と言うだけだった。
祖母は、
「他人を入れるのは問題が多いから」
とだけ説明した。
子供には理解できない謎の言葉だった。

 結局、トッちゃんは親戚に引き取られて行き、本人もそれを望んだということを後から聞いた。
お母さんが遺した保険で、少しばかりお金持ちになったという。


          9


 思えば、あのとき初めて、人生の影がおれに差したのだ。
生きることの困難さ、社会の冷酷さ、そして親としてのギリギリの選択。
おれも大人になって、トッちゃんのお母さんと同じような立場に立った時、やはり同じ選択をするのだろうか?
子供を生かすための金を得るために、自らを犠牲にする決断を。
 
 この間までバラ色の好景気に沸いていたのに、社会とは生活とは、何と脆弱な基盤の上に成り立っているのか。

 おれも来年には中学に進む。
そして高校、大学、就職、結婚、子育て…老後。
その時、世界はどうなっているだろう?

 願わくば、平安の世であって欲しい。
否、人々が協力し合って、マイナスを乗り越えていく社会であって欲しい。

 おれはきっと、小さな会社を経営する親父の後を継ぐだろう。
仕事をシェアしあって今のところ、ひとりのリストラも出さずに健全経営を続けているこの会社を。
将来はおれの双肩にかかることになるのだ。

 いつもニコニコと穏やかな父の直面する不景気という現実の恐ろしさを、図らずも、トッちゃんのお母さんが教えてくれたのだ。
田舎に帰るという智也の父親が伝えてくれたのだ。

 それに思いいたった時、おれの子供時代は終わった気がする。
親の庇護のもと、楽しく明るくあどけなかった世界は、今や、本性を現したのだ。
大人へと向かう長い坂道を、少しおびえながら踏み出す。
子供は年齢で大人になるわけではない。
大人が考えるほど、バカでも幼くもないのだ。


          10


 早熟な子供の代償は、ひょっとしたら決して幸せなものではないのかも知れなかった。
子供が無邪気に子供らしくあるための社会を、大人になったおれは 果たして作り得ているだろうか?
否…。
10歳の思い出の中の自分を振り返る時、いつも少しだけ悲しい。

腰越海岸の出来事

執筆の狙い

作者 上松 煌
220.107.200.89

気力が続かないので、短いものをひとつ。
最初は子供のころの思い出に見えて、その実…。
ちょっぴり哀しくて深いお話しです。

コメント

吉岡ニッケル
126.224.148.248

ふむ。吉岡はんの作品にしては、おとなしいな。
主人公は「ライ麦畑で捕まえて」(キャッチャー・イン・ザ・ライ)の気持ちやったのやも。

確かに、養子養女にしようか?って思うだろうね、その場にいたら。
俺は甲斐性ないから無理やけどw。

上松はんは鎌倉在住?ええところやなあ。俺はドブネズミだから、街の喧騒に潰され生きていく。

ありがとさん。

夜の雨
118.18.72.209

拝読しました。

こちらの作品、視点はどうなっているのですか?
小学六年生の視点で導入部からラストまで書いているのですか?
もちろん10は大人視点ですが。

―――――――――――――――――――――――――――
 一面のいわし雲の下に、江の島の緑が浮かんでいた。
もう、理由も忘れてしまったけれど、智也(ともや)と腰越海岸にいたのだ。
沿岸道路から砂浜に下る石段に腰掛けて、コンビニのチキンをかじっていた。
それを記憶の中ではなぜか、2つの後ろ姿として覚えている。
そのあと、そこでおきた出来事は、小6の忘れられない思い出だ。
―――――――――――――――――――――――――――――――
導入部は主人公が思い出している視点ですよね、ということは、思い出している本人はどの位置にいるのですか?
一般的な作品では大人の現在から子供時代の出来事を思い出すという手法が取られると思いますが、御作の場合はその点がはっきりとしていないようです。わかりにくい入り方です。

内容について。

これは、エピソードの描き方などもうまいです。
一つ目は友人、智也との別れのエピソードですが、「そうめん流し」が、書かれていましたが、イメージ出来ました。

400坪越えの山林の中にある家で孟宗竹のトイ、7~8メートルでのそうめん流しは面白そうですね。「智也の家族3人、祖父母も含めたおれの家族5人が囲むとなかなか本格的だった。」と、書いてあるように、家族ぐるみで楽しそうです。
智也が下痢を起こすとかのエピソードもアリだと思います。


本題の幼い子供を任されるシーンですが、これは読んでいる最中から子供の母親が帰ってこなくなるということは予想されましたが、それがまたよいのですよね。
不安げな伏線になりますので。

A>ひょっとしたら、用事の相手がヤクザで、お母さんはきれいだから目をつけられて、監禁されて売られてしまうとか?<
ここまで小学六年生で考えますかね? 交通事故とかは考えると思いますが、まあ、主人公はかなりませているようですから、考えるかもしれませんが。
B>400坪越えの山林のおれの家は傾斜地が多く、資産価値は低いが趣だけはたんまりある。<

なにしろ、Bのようなことを考えているので、かなり大人っぽい。

智也が先に帰るところなどは、不安をあおるようでよい展開だと思いました。
また、夜も遅くなり主人公がコンビニから警察に連絡しょうと俊之(としゆき)を連れて行こうとしたところ、彼がいやがるところなどもよいエピソードだと思います。

――――――――――――――――――――――――――
「バカッ」
激しい怒声とクラクション。
だれかが腕もちぎれそうな勢いで、歩道に引き戻した。
「轢かれるでしょっ」
緊迫したおれの母親の声。
罵声と引き戻しは親父だった。
心配して迎えに来てくれたのだ。
――――――――――――――――――――――――――――
主人公が交通事故に遭いかけるこのシーンですが、もっと、わかりやすく書けると思います。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――
10

 早熟な子供の代償は、ひょっとしたら決して幸せなものではないのかも知れなかった。
子供が無邪気に子供らしくあるための社会を、大人になったおれは 果たして作り得ているだろうか?
否…。
10歳の思い出の中の自分を振り返る時、いつも少しだけ悲しい。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――

ラストの10は、作品を締める内容だと思います。
10歳というのは、小学六年生だとつじつまが合いません。小学六年生だと11歳か12歳だと思います。

俊之の若い母親は自殺で保険金を残したようですが、このあたり考えさせられますね。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――

全体ではよい作風でした。
味があるし、ドラマがあります。
こうやって、子供は大人になっていくのでしょうね。


お疲れさまでした。

上松 煌
220.107.200.89

吉岡ニッケルさま

 早速の感想をありがとうございます。
読むの速いですね。

  >>主人公は「ライ麦畑で捕まえて」(キャッチャー・イン・ザ・ライ)の気持ちやったのやも<<

 ああ、そうですね。
それは名作と言われる作品ですが、小説を読まないおれは目にしていません。
でも、あらすじは知っています。

 子供はだれしも世の矛盾を知った時、それを是正したい、変革したいと思うものなのかもしれませんね。
崖から落ちそうになる子を支えてやりたいと。

 おれのこの話は平成6年のころですが、今まで基盤となっていた社会経済が崩壊した恐ろしい時代でした。
ごはんにはこの時代を知っている人が多くいるでしょうに、だれも作品にしないのは不思議です。

 今でも涙が出るのですが、まだ、マスゴミがチョンTVになっていない時代で、リストラの嵐の中、ホームレスになったある老人を特集していました。
「番記者」みたいなものだったと思います。
その老人は元板前で、確かに頑固そうな人でした。
経営者が給与の高い職人を解雇して、安い若造を使う方針を打ち出したのでクビになったそうです。
本当の味を知らない客が悪いのだと述懐していました。

 おれが心をゆさぶられたのは、この言葉でした。
「ホームレスになってもおれは仕事さえあれば、またいつでも復帰できる。その日のために道具の手入れはかかさない。見てくれ」
取り出したものは「包丁一式」でした。
1本々、きちんと油紙に包まれ、研がれた、いつでも使えるものでした。

 そこにあったものは単なる道具ではなく、その老人の職人としての誇りであり、仕事への真摯な意欲であり、人生の来し方であったのです。
美しい日本人の心根がそこに凝縮していました。

 ただし、哀しいことですが、その老人の職場復帰はなかったでしょう。
昔ながらの職人気質が、資本主義の「効率」に駆逐されたのが平成だったからです。


  >>上松はんは鎌倉在住?ええところやなあ。俺はドブネズミだから、街の喧騒に潰され生きていく<<

 いえ、おれは生まれも育ちも東京です。
江戸っ子です。
本宅=都内で現在に至る
別宅=鎌倉市で大学2年の時、売却 
という、図式です。

 別宅は祖父母の別荘でしたが、鎌倉市が発展し、便利になるにつれ、祖父母はそこに住みつきました。
年老いてからは母が面倒を見るために同居し、おれと親父は東京から通ったりしました。
湘南新宿ライナーなどなかったですが、祖父母を除く家族全員、楽しく行ったり来たりできる距離でした。
 
  >>俺はドブネズミだから、街の喧騒に潰され生きていく<<

 いや、ドブネズミなら、鎌倉にもたくさんいますよ。
チョン893とか、チョン不動産屋、パチンコ屋とかね。
ヤツラは日本人伝統の「任侠」とは全く違う。
6センチのナノティンポでクソを食ってる餓鬼亡者です。

 住んでいるところで人間の価値は決まりません。
さっき話したホームレスの老人のようにね。
たとえ一敗地にまみれても、自分なりの倫理正義・義理人情と人間として生まれた誇りだけは失いたくないものです。

 長くなりましたが、お読みいただきありがとうございました。

上松 煌
220.107.200.89

夜の雨さま、こんにちは

 吉岡ニッケルさまに続き、お読みいただきありがとうございます。
精力的なご感想の労、いつもながら心より感謝いたします。

  >>こちらの作品、視点はどうなっているのですか?<<
>>導入部は主人公が思い出している視点ですよね、ということは、思い出している本人はどの位置にいるのですか?一般的な作品では大人の現在から子供時代の出来事を思い出すという手法が取られると思いますが、御作の場合はその点がはっきりとしていないようです。わかりにくい入り方です<<

 おれは個々の作品のテーマ、訴えたい内容により、文体が変わります。
この作品は、曖昧模糊とした思い出の中に、ゆらゆらと下りていく独特のムードを出したかったのだろうと思います。
視点・立ち位置は全く考えていません。
ですから、導入部は、
 『もう、理由も忘れてしまったけれど』とか、『記憶の中ではなぜか、2つの後ろ姿として覚えている』
などのファジーな表現を多用し、あたかも「展覧会の絵」というクラシックの中で「ブラブラ歩き」というセッションが上げている効果を、無意識のうちに醸し出していると思います。

 そして話が進行するうちに、そうした表現は少しづつ減って行き、
『最初は集中出来たけど、ちょっと大き目の波が来たころから、小さなトッちゃんは怖がり出したと記憶している』
を最後に消え去ります。
話が核心に入って行くからです。


  >>A>ひょっとしたら、用事の相手がヤクザで、お母さんはきれいだから目をつけられて、監禁されて売られてしまうとか?<
ここまで小学六年生で考えますかね? <<

 あはは、おれは実に子供らしい考え方だと思います。
バブル全盛のころの893は、地上げなどで悪名高い悪の組織です。
小6くらいの子供は、きれいな若い女の人は性的商品になる、ことぐらい知っていますから、当然、結び付けて考えると思います。

  >>B>400坪越えの山林のおれの家は傾斜地が多く、資産価値は低いが趣だけはたんまりある<<

資産価値という言葉は、祖父母両親という大人だらけの環境の中で、知っていても不思議はないと思います。
子供は意外と、大人のないしょ話を聞いて記憶しています。
ただし、この話では読者が400坪という額面だけを捕えて「げっ、金持ち」と思わないように事実を書いて牽制しておきましたw


  >>「バカッ」激しい怒声とクラクション。~以下<<

 は、これで十分理解できると思います。
『あわてていて気付かなかったけれど、親たちはおれを見つけていて、行動を予測して動いてくれていた。本当に危ないところだった。親が止めてくれなければ、車道でおれはどうなっていただろう』
直後のこの記述で明確に補えていると思います。

 逆にわかりやすく書いてはいけないでしょう。
おれは図らずして、事故や死については直接的な表現を避けているようです。
この作品に漂う、やや茫漠とした記憶の中のムードがそれを拒否しているのでしょう。


  >>ラストの10は、作品を締める内容だと思います。10歳というのは、小学六年生だとつじつまが合いません。小学六年生だと11歳か12歳だと思います。俊之の若い母親は自殺で保険金を残したようですが、このあたり考えさせられますね<<

 ああ、そうですね。小6、12歳ですね。ありがとうございます。
また、保険金ですが、当時は長く払っていれば自殺でも出ましたよね。
でも、それが不景気で、それを目的とする人が出てきてしまって、今では廃止ですよね。


  >>全体ではよい作風でした。味があるし、ドラマがあります。こうやって、子供は大人になっていくのでしょうね<<

 はい、ご理解いただけてうれしいです。
夜の雨さまのおかげで、
「おれって、こう書きたかったのか。うん、こう表現したかったのね」
という、自ら自覚しない意図が明確になります。

 本当にありがたいことで、おれ、あなたのご感想をみんなとってあるんですよ。
読み返して自戒の糧にしています。
本当にありがとうございます。
ごはんのみなさんも同様の感謝で、夜の雨さまを仰ぎみていると思います。

吉岡ニッケル
126.224.185.252

前の上松作品に俺の意見を書いた。ま、俺のことを朝鮮人扱いしてもかまへんが、眼を通しや。

ほな。

u
183.176.70.188

読ませていただきました。

良いですね。前々作か、もっと前作か? 鎌倉舞台の青春シリーズに上松様突入ですかね?
上松氏曰くの降りてくる以外で、気楽に(か、どうかわからないですが)描いたお話があたしは好きですね。関東盆の話とか。

勿論降りてきて描いた、げむげむとか、一連のホラーも良いんです。
あと、ポリティカルなものとか主張きついもんとかも、上松さん多作だし何でもかけるし、全てそこそこのクオリティだし。あたしなんかなかなかそこまでは頑張っても書けませんわ。

本作王道です。良かった。

一点、視線のブレが気になりました(一読ですので間違っているかも)。
視点は最初から最後まで主人公なのですが、後半部分で(小学生の時の視点)なのか主人公が(大人になった時の視点)なのか?

面白かったです。御健筆を。

それにしても、一番上のニッケル様の感想謎やね!

上松 煌
220.107.200.89

uさま、こんばんは

 本作もお読みいただき、あまつさえ感想まで寄せて戴き、とてもうれしく思っています。

  >>良いですね。前々作か、もっと前作か? 鎌倉舞台の青春シリーズに上松様突入ですかね?<<

 そうですね。
「鎌倉の思い出」の時は丁度書けない時期で、あなたの下さった感想に随分助けられました。
ありがとうございます。

また、その時、ぷーでるさまに「自分の昔の思い出を書いてみれば?」と勧められましたので、心がけていました。
ただ、これは10篇のうち、9・10が完全におれの主張になっていますので、uさまに「上松臭がぁ」と叱られるかも、と思っていました。


  >>上松さん多作だし何でもかけるし、全てそこそこのクオリティだし。あたしなんかなかなかそこまでは頑張っても書けませんわ<<

 いえいえ、あなたの作品はあなたならではの独特の味があり、古参の方にはuさま信者も多いのでは。
「いたち」とか「墓参」の話とか。
「墓参」は墓地のたたずまいが実に秀逸で、おれはそれに触発されて「東京盆のころ」をモノにしましたもの。


  >>本作王道です。良かった<<

 ありがとうございます。
うれしいです。
ただ、あなたは「海からの風に」以来、非常に気を使ってホメようとしてくださっている気がします。
うぬぼれ屋のおれとしては天狗にならぬよう、自戒すべきと思っています。


  >>一点、視線のブレが気になりました。視点は最初から最後まで主人公なのですが、後半部分で(小学生の時の視点)なのか主人公が(大人になった時の視点)なのか?<<

 そうですね。
9でしょうか。
小6の考えとしては大人びていますよね。
おれの訴えたかった部分が如実に出ているところなのですが、読者としては不自然ですかね。
夜の雨さまにも指摘されているのですが、変えようがないかなぁ…。
10は完全に大人としての感慨ですので、これはこのまま残したいし。
う~ん、困りました。


  >>それにしても、一番上のニッケル様の感想謎やね!<<

 あはっ、謎ですか?
>>主人公は「ライ麦畑で捕まえて」(キャッチャー・イン・ザ・ライ)の気持ちやったのやも<<
の部分ですかね。
おれはわかる気がしたので、
『それは名作と言われる作品ですが、小説を読まないおれは目にしていません。
でも、あらすじは知っています。
 子供はだれしも世の矛盾を知った時、それを是正したい、変革したいと思うものなのかもしれませんね。
崖から落ちそうになる子を支えてやりたいと。
 おれのこの話は平成6年のころですが、今まで基盤となっていた社会経済が崩壊した恐ろしい時代でした。
ごはんにはこの時代を知っている人が多くいるでしょうに、だれも作品にしないのは不思議です』
とレスをしました。

 長くなりましたが、2週間後にまた、なにか書いて上げたいと思います。
uさまのお気に召せばいいのですが…。

吉岡ニッケル
126.224.187.69

ま。繰り返しになるけど、俺を朝鮮人扱いしてもかまへんよ。
俺の勝手な思いやけど、上松さんと(一時的に)仲良くなれたのは良かった。
あとは俺を憎み続けるんやろうけど、今となっては取り返しのつかんことや。

今後、何いってもかまへん。

二度と口挟まんよって。

世話になった。ありがとね。

吉岡ニッケル
126.224.170.160

再掲。

だから、殺してくれへんか?獲物は俺が用意したる。3・5センチの小型ナイフやから、銃刀法違反に問われん。それを上松はんに渡すから、滅多刺しにすりゃいい。俺を殺してや。でもね、俺は握りがシルヴァー・骸骨のステッキを持っとるから、顎の骨折くらいかますで。おまわりには言わん。
こんなろくでなし、上松はんのような荘士なら許せんやろ。

殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。そうすりゃ上松はんは英雄やで。

上松 煌
220.107.200.89

 どうした?
ニッケル?
トチ狂うのもいい加減にしろ!

 おれ様にはチョンのおまえをぶち殺すメリットが何もない。
壮士?英雄?
そんな時代ではないワ。
一方的におまえが得をして終わりだ。
そんな契約は悪魔でもしない。

 おれ様はおまえがおれに殺されたいと願うのは、おれ様への崇拝と傾倒の裏返しだと思っとる。
奴婢奴隷の歴史しかないおまえに比して、おれ様は自由民の日本人様だ。
歴史を動かしたこともある一族の末裔で、日本国民として社会的義務を果たし、人にも尊敬され、家庭を持ち、交友や地域の知人にも事欠かない。
つまり、おまえにないものをすべて持ち合わせている。

 おまえは永久におれ様にはなれないし、おれ様の足元にも及ばないのだ。
だから、せめて、神たるおれ様の手で処分されたいのだ。
それで殺してくれと哀願する。

 だが、おれ様は無慈悲な神なのでなwwww
生きろ。
6センチのナノティンポでな!
チョン!!

吉岡ニッケル
126.224.170.160

俺は上松さんのこと尊敬しとるで。あんたの小指爪先以下の存在や。
でもね、口ばっかりの右翼より、<行動派右翼>になる方がかっこええやろ。
俺は誰に殺られたと口外せんから、上松さんにとっては都合がいい、武勲やろが。そのためには殺しのひとつふたつ、やっとく必要があるんとちゃうか?
山口二矢を見てみい。伝説のヒットマンやで。
赤尾敏かて、朝日新聞社で自決したやないか(あれ、野村秋介やったかな)。

ともかく、俺を殺せ。

吉岡ニッケル
126.224.154.181

ま、ここまで書いてもうて俺が変死したら、どうなるか分からんがなw

吉岡ニッケル
126.224.187.12

あんたもしつこいねえ。俺があんたにかなうはずないやろ。
俺は自分の出自を説明したが、あんたは一笑に付した。伊達の殿様から銘刀「孫六兼光」を拝領し
家宝となっている、といってもあんたは信用せんやろ。足軽かて、一応士族やで。

もうあんたには逆らわんが、参考のため、あんたの出自を教えてえな。レス返さんけど。

荒れすぎたトピに現れるマン
180.9.135.72

人様の所で騒がずに個人チャットでやれや
自称純血の右翼野郎とメンヘラおじさんよぉ~w

上松 煌
220.107.200.89

うぜえなぁ、キチが湧いたぜよ

藤枝梅安
126.224.183.120

だったらテメェも顔出すな、この若造が。
この童貞包茎野郎が。死ね!

吉岡ニッケル
126.224.159.214

俺は「作家でごはん」から消え去るけど、元気でな。世話になった。

中野信長
106.173.154.115

なんだこの程度で文学か

中野信長
106.173.154.115

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