作家でごはん!鍛練場
太郎

頭皮が薄くなることについての考察

髪っていうのは、とても大切なものだと思う。
別にすごく頭を守ってくれている、とか、ないと日差しにやられて頭皮が溶けてしまう、とか
そういうことはないと思うから、なくなって生きていけないってものではないと思うけれど、
薄毛とかハゲって言葉にポジティブな印象を持つ人はいないと思う。
そして僕の頭には大切な髪の毛が一本でも多く生えていて欲しいと思うんだ。

僕の髪の毛が抜けはじめたのは、20代の後半くらいからだった。おでこの生え際を中心に抜けはじめて、
34の今では髪をあげたオールバックのスタイルなんかは出来なくなってしまった。
いわゆる男性型ハゲの典型のM字にハゲているからMのハジの部分をなるべく長く伸ばして、
おろして目立たないような髪型にしている。

今付き合っている彼女は、どうやらハゲが嫌いみたいだ。
一緒にテレビを見ていて、ハゲの芸能人なんかが出て来ると(温水さんとか斉藤さんとか)
顔をしかめてチャンネルを変えたりする。もはや憎んでいる、と言ってもいいくらいだ。
幸い熟練のヘアセットのおかげで、僕の薄毛はバレていなかった。
凄腕のスナイパーが仕事の痕跡を一切残さないように、彼女との付き合いの中で、
僕は薄毛の片鱗さえも見せないように、気遣っている。
風の強い日は、ハードワックスとスプレーで髪をガチガチに固める。
シャワーは絶対に一緒に浴びない。
一緒にねむった日などは彼女がまだ眠っている間にこっそり起きて、
物音をたてずにヘアセットを完成させ、こっそりベッドに戻る。
というようなことをしている。
昔からモテなかった僕に、30歳をすぎてはじめて出来た彼女だ。
嫌われたくなかった。

ところがこのあいだ、事件が起きてしまったんだ。

北風の強い、曇り空の日曜日の昼下がりだった。
その日は彼女とは会う約束をしていなかったのだが、突然ラインで「すぐに会いたい」と、
連絡が来た。「胸が苦しくて、死にそう」と。
彼女はちょっとメンヘラなところがある。日曜日の昼下がりで、サザエさん症候群みたいな憂鬱に襲われてしまったのだろうか。僕はそのとき部屋で腕立て伏せをしていた。最近、お気に入りの「ぷりたん」という筋トレ系のyoutuberに影響されて少し身体を鍛えたいと思っていたところだった。僕はすぐに腕立て伏せを中止して、部屋着から外行きの服へ着替えた。髪を濡らし薄毛隠しのヘアセットを行う。ドライヤーで形を作り、ワックスをつけ、スプレーを髪に噴射しようとして、事態は思ったよりも悪い方向へ進んでいることに気づいた。
スプレーが切れている!!
何度ボタンを押しても、噴射口からは申し訳程度のガスしか出てこず、どうやら中身はカラみたいだ。
僕としたことが、なんという油断をしてしまったのだろう。
僕の使っているヘアスプレーは超強力の特注のものでネットでしか買うことは出来ない。
かと言って、サザエさん症候群みたいな憂鬱に襲われている彼女に、今日は忙しくて会えない、みたいな冷たい返事をしたらそれこそ嫌われてしまうかもしれない。
仕方がない。
僕はワックスだけで、出来る限り薄毛が目立たないようにヘアセットをして、彼女の家に行くことにした。
彼女の住むマンションは僕の家の最寄駅から電車で乗り継ぎなしで20分くらいのところにあった。
慌てて駆けつけると、彼女はいつもと変わらない案外落ち着いた様子で僕を迎えた。
話を聞くと、アマゾンプライムでたまたま見ていた映画に暴力的なシーンがあって、ちょっと怖くなってしまったらしい。
行きがけに駅前のコージーコーナーでショートケーキを買っておいたから、二人でそれを食べながら、コーヒーを飲んだ。
「たまたま見た映画に変なシーンがあって、気分が悪くなることって、よくあるよね」
と僕は言った。
「でも君の顔を見たら、少し落ち着いた、ありがとう」
と彼女は可愛らしい笑顔で笑った。彼女は笑うとクチャッとシワがよってチワワみたいな顔になる。
その顔を見ながら、嫌われたくないな、と僕は思った。
とても静かな時間が流れていた。それから彼女の作った夕ご飯を食べて、泊まって行く?、という彼女の申し出を、明日仕事だから、と断り、駅まで一緒に歩いた。

じゃあ、また
と言って、改札で手を振りあったとき、事件は起きてしまった。
不意にとても強い向かい風が吹いた。
枯れた木々を揺らし、商店の看板がガタガタと音をたて、彼女の長い髪が舞った。
そして僕の髪も。ワックスで固めていた僕の髪は、その風にあらがえず、おでこがあらわになった。
ずっと隠し続けていたものが、あらわになるときっていうのは、案外あっけないものなんだな、と思った。
彼女は口を開けて、少し唖然とした顔をしていたような気がする。今まで見たこともないような顔だった。
ほんの少しだけ、時間が止まった気がした。
それは真冬のとても冷たい風だった。

その夜、ラインで何気なく彼女に

そういえば、ハゲ嫌いだったよね

というような言葉を送った。すぐに既読になったけれど、返事は来なかった。
僕はその夜、眠れなかった。何度もラインを開いて、彼女からの返事が来ていないか確認した。
どうして返事が来ないのだろう、涙が出そうな気持ちだった。
そうしているうちにカーテンからやがて薄い日が差し込み、空は夜から朝の色に変わって行った。
僕はベッドから起き上がり、仕事に行くための身支度をした。頭も胸も重たかった。
そんな気持ちのまま、いつもの満員電車に吸い込まれ、見知らぬ人の身体の隙間から携帯を見ると、
彼女からのラインの返事が来ていることに気づいた。
祈るような気持ちで画面を見ると、

ごめん。返事しないで寝ちゃった。
確かにハゲは嫌いだけど。君のことは好きだよ。

と書かれていた。

その日、仕事から帰ると僕は洗面所に向かい、いつものように育毛剤を頭皮につけ、
ゆっくりとマッサージしながら思った。次に彼女にあった時は、僕のM字を勇気を出して告白しよう。
はは、実はハゲてたんだっ!!
て感じで。たとえ僕の髪の毛がこれから一本一本と今よりも抜け落ちてしまったとしても、
きっと彼女は僕の側にいてくれる。
でも出来る限り、僕の髪よ、一本でも多く生き残ってくれ、
と思った。大切な大切な髪。
育毛剤のメントールのスースーした感触が、いつもより頭皮に少しだけしみる、そんな夜だ。

頭皮が薄くなることについての考察

執筆の狙い

作者 太郎
126.227.248.32

頭皮が薄くなることへの考察によって作り上げた文章です。よろしくお願い致します。

コメント

そうげん
58.190.242.78

頭皮が薄くなるというタイトルに「?」となりました。
薄皮饅頭のように、頭の皮膚がすけすけに薄くなるのかと。
薄毛のことかなと思ったのですが、薄毛のことを頭皮が薄くなるという言い方として見たのははじめてなので、二度見というか、三度見、四度見してしまいました。

作品、読みました。

自分が欠点と思っていることが相手にどう受け取られるかと思うと、隠したくなる心理って、男性にはあるなとかんじました。思春期の頃にしても、歳が経ってからでもやっぱりそういう気持ちはあります。そういうときはへたに隠さず、関係のはじめのほうに、自分で宣言してしまうというわざがありますが、羞恥心を乗越えなければならないので、難しいハードルでもありますね。

髪の毛がうすくなっていく。わたしは自分のきらいな三つのもののなかのひとつに、虫歯があります。(のこりの二つは、停電と、あとひとつなんでしたっけ)というかんじですが、なぜ虫歯が嫌いかといえば、いったん失われると、再生しないからです。いえ、初期虫歯は再石灰化で戻るでしょうが、やはり自分の身体に備わってるものがすこしずつ失われていくことはちょっとしたホラーだと思ってます。髪の毛も、そういう側面があるのかなと思ってます。

薄いことを気にしていたけど、ちゃんとエピソードの中で、来る日が来たというか、ちゃんと彼女にばれて、彼女も主人公をちゃんと選んでくれてることがわかって、これからの二人の先行きに幸あれと思いました。

でもやっぱり読み終えて、執筆の狙いを読んでも、「頭皮が薄くなる」ということばは、これでいいのかどうかわからなくなってます。

読ませて下さり、ありがとうございました。

月野 夜
219.102.246.215

読ませていただきました。

>そういえば、ハゲ嫌いだったよね

唐突に、でもさりげなく聞くところが面白かったです。
禿を取り繕う、ハードワックスとかスプレーすら頭皮に対して悪影響なのにどんどん深みにはまってしまう彼が愛おしいです。
彼女とこれからもお幸せに!

ご利用のブラウザの言語モードを「日本語(ja, ja-JP)」に設定して頂くことで書き込みが可能です。

テクニカルサポート

3,000字以内