作家でごはん!鍛練場
カリファ

smoke

私は、塩田町役場隣の火葬場から昇る細い一筋の白煙を眺めていた。
細長い煙突から吐き出されるその白煙が、雲のない軽薄な水色の空に溶けながら拡散するよ様子は、まるで妻が好きだった空と融合して行くようで、言い知れぬ安らぎを感じた。

『煙として排出された部分は何処へ行くのでしょうか……』

声に振り返ると、部下の篠原香織が私と同じ空を見上げていた。

『さぁな、好きだった場所に流されるなら良いがな……』

私が答えると、篠原は小さく頷いた。

『部長の奥様は、お幾つでしたか?』

『48歳だよ』

『ギリギリ間に合う年齢でしたね』

『あぁ……』

私は再度空を見上げて答えた。
ゆっくりと、白煙が拡散して薄い水色の空を白く滲ませる。
妻が望んだ場所へ、その薄煙が運ばれる事を私は祈った。

『部長、行きましょう』

篠原の言葉で我に返り腕時計に目をやる。
既に、火葬が始まってから二時間が過ぎていた事に思い至って小走りに炉の前に向かった。

『急ぎましょう。辛いでしょうが、今からが大事な所ですから慎重にお願いします。検査は既にパスされていますので、残りの確認作業と書類の作成です。大丈夫ですか?』

私を見付けて駆け寄ってきた火葬場職員がマニュアル通りの言葉を口にする。

解っている。
言い掛けて、その言葉を呑み込んだ。


『解っている』
私が怒鳴ると、妻はいつも寂しそうに俯いた。亭主関白。世間には、そう捉えられていただろう。
実際に、妻は私が決めた事に異論を唱える事はなかった。
今回のプラチナ火葬にしても、妻は躊躇したものの最終的には、それに従ったのだ。

『それでは、市成さま。再生基準法に則り。妻で在る美智子さまを、再生させる事に異論は有りませんか?』

火葬場職員が覗き込むようにして訊ねる。
私は、小さく頷いて妻が燃されている炉を見詰めた。
大理石の壁に四角い炉の扉だけが露出していて、その滑らかな表面の金属製の扉が静かな輝きを放っていた。

『では、此方に同意のサインをお願い致します。』

差し出された書類の記入欄に手渡されたペンで妻と私の指名を記入していく。
一筆書いて、ゴツゴツと書き心地の悪いペンは明らかに大量生産品の安物だった。
私は渡されたペンを書類の隣に置くと、胸元から愛用の万年筆を取り出し記入を続けた。
妻と過ごした28年間をリセットするには、それ相応の気持ちが必要なのだと改めて感じたからだ。

『ご記入は済みましたか?』

私が万年筆を胸元にしまったのを確認してから火葬場職員が訊ねた。
頷いて左手を心臓の位置にやり右手を挙げる。

『妻を再生させます』

私が宣誓すると、火葬場職員は頷いて小さなメモを広げ再生誓約の条項を淡々と読み始めた。
五分程にも及ぶ条項説明の内容を要約すると、再生した妻に関する私の権利についてだが、私に与えられる権利は妻の再誕生地区を決定する事のみだ。
再生した後の、妻の行動や思考の規制は一切出来ない。
勿論、夫婦であった事実を妻に打ち明ける事は許されない。
詰まり、再生前の妻と私の関係は此処で終わるのだ。
火葬場職員が、私を静かに見詰めた後に炉の扉横に在る緑色のスイッチを押した。
金属製の扉に有る小さな覗き窓の奥で、激しく青白い火花が飛び散る。
最新技術が産み出した再生技術により、燃された灰と生前の細胞から、新しい妻を再生させているのだ。
妻のように50歳未満であれば、末期癌等で余命僅かだと宣告されても、生命が有るうちに再生を実行出来れば再生させる年齢も自由に選択出来る。
私は、二十歳の頃の妻を再生させた。
妻が一番美しかった頃の年齢だ。

『嗚呼……』

私は炉の前に膝から崩れた。
妻が消えて行く。
実際には、妻は死から甦るのだが、私の妻としてでは無い。
若く美しい妻は、新しい人生を再生させる。
私という存在に気付く事なく生きて行く。
私が、どんなに妻を必要としても妻がそれを受け入れる可能性は低い。
初めて出逢った同じ場所で、同じように出逢い、同じように妻を口説いても、妻が親子程も歳の離れた私に興味を示す事など有り得ない。
私は妻を、二度、失うのだ。

『美智子……』

私の嗚咽が火葬場の広間に静かに響いていた。
篠原が、私の背中に手をあてる。

『部長……奥様、凄く綺麗です……』

篠原が示す覗き窓を見詰める。
窓の向こうの妻の姿に、私は更に泣き崩れた。

愛は永遠に消えない。

だが、それは互いの想いがリンクした瞬間ではなく、互いが、一方的に信じる利己的永遠だ。
私は、炉の扉にすがりつき妻の名を叫び続けた。
頭の中では妻が病床で最後に囁いた言葉が繰り返されていた。

『あなた……私は、あなたの妻で幸せでした。出来れば、あなたの妻のまま消えたいけれど、あなたの望みも叶えたい……心配しないで。私は、必ずあなたを見つけ出すわ。私には、あなたが必要だもの……』


2082年(現在)

今、正に国会で審議されている再生基準法の改正案には再生する人間の権利として、知る権利が追加されている。
生前に望めば、夫婦、血縁者に限り、再生される前の自分を知る事が出来るのだ。
しかし、これは剰りに落ち込んでいる出生率の低さを隠す為の与党の選挙対策に過ぎないと、私も世論も考えている。


「ねぇ、珈琲いれたよ」

私を呼ぶ美しい声がリビングから聞こえる。

「今、行くよ」

美しい声の主は、秘密だ。

smoke

執筆の狙い

作者 カリファ
49.104.42.62

昔のを少し書き直した

コメント

u
183.176.70.188

読みました。内容はともかく(スミマセン)、落ちが良いです。

この落ちなら最後の一行はいらないかも。なくも作者さんの意図は十分伝わるのではないかと思いました。

御健筆を。

つかさ
210.149.253.86

 SFショートショートによくあるテーマですね。ありふれた感じにしないための提案ですが……。
 冒頭を純文学調で書いて、時代が近未来だとネタばらしするところからは非情なSFハードボイルド調にして(主人公は嗚咽・慟哭して良い)、オチはライトな感じで仕上げるとメリハリが効いて面白い作品になると思います。

 行頭字下げしてください。セリフは『』ではなく「」を使います。年齢の表記の仕方を漢数字に統一しましょう。

>雲のない軽薄な水色の空

 軽薄なという語が不適切かと思います。空の色を水色と表現するのは不適切かと思います。
 空のような色を空色と言い、水のような色を水色と言いますが、空の色を水色と言うのは妙です。コスモスの花の色を桜色と言うような違和感があります。水色という語を用いずに空の色を表現することをおすすめします。
「雲のない薄青色の空」とか。
 エンジェルブルーという薄い青色があるので検索して見てください。イメージに合うかもしれません。火葬シーンなのでヘブンリーブルー(天国のような青)もイメージに合うかもしれませんが、こちらは鮮やかめの青です。

>差し出された書類の記入欄に手渡されたペンで妻と私の指名を記入していく。
 指名ではなく氏名です。

>生前に望めば、夫婦、血縁者に限り、再生される前の自分を知る事が出来るのだ。
 言いたいことはわかるけど、日本語として変です。

カリファ
49.104.6.49

uさん

ありがとうございます
オチが好きとのこと最後の行が不要とのこと、確かにそうだなと改めて読み返して感じました。

好きなこと(人)を諦めるとか手放すとか、とても大変なことだよなと考えて書いたのを覚えています。

僕は最近ずっと好きだった人を諦めることにしたんだけど、なんだかもう一度今の気持ちを書いてみますわ

ありがとうございます

カリファ
49.104.6.49

つかささん

ありがとうございます

細やかな指摘、ありがとうございます

僕はずっと小さなことを考えたくなくてその時考えてることを書いてたんですけど、空の色って確かに空ですよね。

光の波長とか角度とか関係なく
空は空

関係性ないけど、不倫で何かを得ることなんてないと言い切ってた人がいて
僕は「そんなことない」と考えてたんだけど、それは結構間違いない真実だったんですよね。
自分の考えてることだけが正しいことだなんて思いは捨てるようにしたいと今は考えてるのでした。
色々、参考になりました

ありがとうございます

吉岡ニッケル
126.224.167.200

「限りなく透明に近いブルー」(村上龍)があるんやから、気にすることあらへんよ。

つかさ
210.149.251.41

>不倫で何かを得ることなんてないと言い切ってた人がいて
僕は「そんなことない」と考えてたんだけど、それは結構間違いない真実だった

 不倫で得られるものはスリルとか一時の快感とか背徳感くらいで、失うものののほうが多いでしょうね。
不倫の素晴らしさを主張する人もいますが、共感も同意もできません。


>自分の考えてることだけが正しいことだなんて思いは捨てるようにしたいと今は考えてる

 独善的であってはいけませんね。気付くことができて良かったですね。根拠のない思い込みは捨てて、物の道理と客観的事実に基づいて論理的に推論し、正しい結論を導き出すと良いですよ。

カリファ
49.104.8.25

吉岡ニッケルさん

ありがとうございます

的確な空は、多分、そらではないのかも知れませんね。

曖昧模糊とした大きなものなのかも知れません。

僕の、今日の空色は
どんよりとしとります


ありがとうございますた

カリファ
49.104.8.25

つかささん

言われる通りなのかも知れません

溺れていました。

これからは頑張ります

ありがとうございます

通りすがりの変人
118.104.60.120

変人の意見なので、スルーしていただいてOKです。
 
『』のところが、回想のセリフのように感じてしまいました。セリフは「」でいいと思います。
あと、登場人物たちがどこにいるのかがわかりにくいです。火葬場の広間にいるのか、火葬場の外から煙突を眺めているのか、混乱しました。
 
気になったのはそれくらいでありました。文章はきめ細かくて推敲したんだろうな、というのが伝わってきます。

カリファ
49.104.8.25

通りすがりの変人さん

ありがとうございます

配置が不透明とのこと。
説明不足でした。

考えて説明できるようにします

ありがとうございました

アフリカ
122.131.159.185

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