作家でごはん!鍛練場
新人・A

甘酸っぱいヨーグルト

 慎吾は、スマホの着信メロディで目が覚めた。
 うつ伏せで眠っていた慎吾は、白い掛け布団を抱き締めていた。
 掛け布団には、優希の汗の匂いと体温が残っている。慎吾はため息をついて、その残り香を吸い込んだ。
 右手をさまよわせ、着信メロディが鳴り続けるスマホのありかを探した。
 スマホを握りしめると、おもむろに寝返りを打った。そしてディスプレイを見ながら指先でタップする。慎吾はスマホを耳に当てた。
「朝食の準備ができたから起きて」
 優希の声が聞こえた。
「ううん……」
 慎吾は寝ぼけた返事をする。まだ、はっきりと目が覚めたわけではなかった。
「ねぇ、起きて。いい天気よ」
「うん、わかった」
 慎吾が応えると、通話は切れた。
 下着姿の慎吾は、洋室のベッドから離れてスウェットパンツを穿いた。そしてパソコンラックの椅子の背に掛けていたTシャツを取って着た。
 大きな背伸びをしてから引き戸を開け、リビングダイニングに入った。慎吾の寝起きの髪はボサボサで、締まりのない顔つきだった。

 慎吾は、リビングダイニングの右側の対面キッチンに視線を向けてから木目調の食卓に目を留める。
 グラスにフルーツがトッピングされたヨーグルトにミックスナッツ。フランスパンのハムサンドに小皿に入ったゆで卵が置かれていた。
 朝食が用意されていることを確認すると、リビングダイニングの左側に目をやった。長方形の部屋の壁と天井は白っぽい色のクロス貼り。床は、明るい木目調の化粧合板のフローリング。左側の壁際には、2人掛け用の深紅のマシュマロカウチソファがあり、邪魔にならない程度のローテーブルが沿えてある。リビングはシンプルな佇まいだった。

 ベランダに、達也と色違いのスウェットパンツにTシャツ姿の優希の後ろ姿があった。
 優希はベランダの手すりに体を預けているようだ。右手にはスマホを握りしめている。
 1LDKのマンションの隣は、道路を挟んで森林公園がある。
 ショートボブが似合う小顔の優希は、3階のベランダから森林公園を眺めている様子だった。
 白いカーテンを引いた掃き出し窓に、6月の青空が映っていた。目映いほどの朝の陽ざしが、窓際のフローリングを鮮やかに照らしている。
 公園を眺めていた優希は視線を感じたのか、振り返った。
 笑顔を向ける優希が掃き出し窓を開けると、小鳥のさえずりが聴こえてきた。
「おはよう」と、優希は明るい声で言った。
「ああ、おはよう」と、慎吾も言った。
「髪、バサバサじゃない。洗面所で顔でも洗ったら。ねぇ、珈琲でいい。それともミルクにする?」
 優希は訊ねた。
「冷たい珈琲でいい」と慎吾は答えて、洗面所に足を向けた。

 洗顔を済ませた慎吾は、冷蔵庫を開けた。
青い容器が並んでいる。それは、優希のお気に入りのヨーグルトだった。
「冷たい珈琲で良かったんでしょう? 何、探してるの?」
「いや、何となく。冷蔵庫に何が入ってるのかと思って」
「疲れてるんじゃないの。しんくん、変ねぇ」
 優希はそう言って、笑い声を立てた。
 睡眠は充分摂ったはずなのに、頭がすっきりしない。慎吾は最近、仕事に追われて神経過敏の状態で寝付かれず、寝不足が続いていた。昨夜、2週間ぶりに優希の自宅マンションに泊まって、話し込んでいるうちに普段の緊張が解けて緩んでしまったようだ。
 建築士の慎吾は29歳で、1つ年下の優希はインテリアデザイナーの仕事をしている。
 ふたりは職場で出会い、1年半ほど前から付き合いが始まった。そして、半年前からひとり暮らしを始めた優希のマンションに通うようになった。
 住宅建設会社の部署が違っても、住宅プロジェクトで同じ担当になることがある。案件によっては、打ち合わせの場で注文主の施主を交えて同席して話し合うことも度々あった。
 会社は週休2日制だが、業態の都合で平日が休みになる。土・日曜日と祝日に休めることはほとんどなかった。原則として火・水曜日が休みになっているが、案件の工程具合で休める日が不規則になることもある。だから他業の異性と休みが合わず、おのずと職場恋愛の比率は高くなる。
 結婚願望の薄いふたりが付き合っていることは、職場の同僚や上司には秘密にしている。


 食卓で、ふたりはまるで儀式のように手を合わせてから朝食を始めた。
 グラスにトッピングされたヨーグルトは、フルーツの色彩も豊かで食欲をそそるようだ。
 ヨーグルトをスプーンで掬う優希は、目を見開いて口に運ぶ。その表情が可愛くて、慎吾はつい、微笑んでしまう。優希も口もとに笑みを浮かべる。そしてわざとらしく、お茶目に口をもぐもぐさせる。優希の肌の質感は、ヨーグルトのように滑らかだ。
 慎吾もつられてヨーグルトをスプーンで掬って食べた。
「おいしそうに食べるな」
「味わって食べてるから」
「でも最近、ヨーグルトのトッピングが派手になってきた気がするけど……」
「そうかなぁ……。でも、しんくんと一緒に食べる日は、トッピングを考えるのが楽しくなるの。普段のトッピングは簡単にしてるわよ。それに、簡易的なリフォームみたいだもん」
「簡易的なリフォームって?」
「ヨーグルトを部屋に例えて言ったの。ヨーグルトの色は白いでしょう。トッピングの色彩でヨーグルトの表情や味わいが変わるのがおもしろいのよ」
「ああ、そう言えばそうだな。特に賃貸マンションは、壁や天井を白い色かベージュ系の色にするのが多いからな。家具の色彩を際立たせるために、空間を白っぽくさせるんだ」
「そうね。ヨーグルトは部屋の空間と同じ。部屋のリフォームは、天井や壁のクロスの張替だけでも大変だけど、ヨーグルトのトッピングなら、毎日でもできるからうれしくなる」
 優希はそう言って、微笑んだ。瞳がキラキラして見えるのは、無邪気そうな笑みを浮かべているせいだろうか。
 仕事で打ち合わせしているときの優希と別人のような印象を受ける。
 職場で優希と一緒になることは度々あった。優希は、怜悧なまなざしで打ち合わせに応じることが多くて、あまり笑顔を見せたことはない。施主に対しては、営業スマイルを見せることがあっても。
 プライベートで付き合い始めたころ、ひょうきんで茶目っ気のある優希を目の当たりにして、仕事に対する姿勢との落差に驚いたことがあった。
「ヨーグルトって、名脇役ってわけか」
「しんくん、上手いこと言うのね」
 優希は感心したように、声を弾ませた。
「ヨーグルトは、トッピングという主役を引き立てながらも、主役以上の存在感さえ感じさせる脇役のような気がする。そう、思わないか?」
「うん、思うよ……」
 優希はそう言って、何気ないしぐさでベランダに目を向けた。
「いい天気ね……。ねぇ、朝ごはん食べたら、公園で散歩しない?」
「うん、いいよ」
「公園に行く前にキスして」
 甘えるような口調で言った優希は瞼を閉じた。そして少しだけあごを突き出した。
 慎吾は、優希の口もとを見つめた。やわらかそうな唇だ。
「ねぇ、キスして」
 優希は、ねだるように言った。
 慎吾は、食卓越しにいる優希の息づかいが感じらるほど、顔を近づけた。
 優希の後頭部を手のひらで軽く支えながら、慎吾は唇を重ねた。
 やわらかい唇の感触がして、慎吾の気分は高揚した。口づけを繰り返すと、まろやかなヨーグルトの甘酸っぱい味わいが、口の中を溶かすように満たしてゆく。慎吾はとろけるような夢心地になった。

「慎吾!! 慎吾ってば!!」
 体が揺れるような感覚が起こった。
「いつまで寝てるの。起きなさいよ!! 会社に遅れるわよ。いい歳をして、ひとりで起きられないんだから、もう!!」
 慎吾は、反射的に上半身を起こした。
 ぼんやりした視界に映るのは、きつい顔つきをした母親の丸い顔だった。
「寝言ばっかり言って、あんたは!! 早く起きなさい!!」
 ああ、あれは夢だったのか。それにしても、妙にリアルな夢だった。
 慎吾はパジャマ姿のまま、しぶしぶと食卓の椅子に座った。
「朝ごはん、食べなさい。はい、ヨーグルト」
 食卓に朝食の品々を並べていた母親は、ガラス食器を慎吾の目の前に置いた。
 ヨーグルトの入ったガラス食器に目を向けると、愛くるしい美樹の表情が目に浮かび、慎吾は吐息をもらしてしまった。

終わり

甘酸っぱいヨーグルト

執筆の狙い

作者 新人・A
180.54.70.198

鍛錬のための投稿です。拙作に感想を頂けるとうれしいです。
初心者ですので、よろしくお願いします。

コメント

偏差値45
219.182.80.182

丁寧過ぎるかな。
夢オチなので、もう少し「雑」であった方が親切かな。
優希とのイチャイチャシーンと現実の姿の対比が滑稽なので、それ以外は
どうでもいい気がしますね。

>ベランダに、達也と
>愛くるしい美樹の表情

誰よ? ゴミ情報は要らないかな。

新人・A
180.54.70.198

偏差値45さま
既読して感想をいただき、ありがとうございます。
登場人物の名を間違えたのはミステイクでしたね。失礼しました。

Jay
27.83.171.50

読ませていただきました。面白そうなタイトルですね。それで真っ先に読んだわけですが、ざっとしか読んでいないので、細かな部分は批評できず感想となります。
恋人の話が夢だったわけですが、なかなかまとまっていてなかなか面白いと思いました。何かもっと作品の核となる要素があるといいかなと思います。

つかさ
210.149.253.86

 爽やかな朝の雰囲気が良かったです。夢オチって、出来の悪いショートショートのお手本なのでやめたほうが良いです。夢オチはやめて何か別の展開にすると作品が生きてきます。
 彼がプレゼントした鉢植えの花が半年後か一年後に再び花をつけたのを発見した彼女が、嬉しそうにそれを見せるとか。「ああ、あれからちょうど一年か……。」「これからもずっと仲良くしようね!」とか。
 彼女への愛しさが増して突然結婚したくなるとか。だけどいきなりプロポーズはせずに、『これからゆっくりと結婚に向けて彼女をその気にさせていこう』と決意するとか。
 なにか主人公の心の変化を描くと一つの作品として仕上がると思います。

>白いカーテンを引いた掃き出し窓に、6月の青空が映っていた。
・「幕を引く」ならわかりますが、「カーテンを引く」はわかりにくい読者も多いかと思います。読者の混乱を避けるために「カーテンを開け放った窓」「白いレースのカーテン越しに見える窓」などにして、「引く」を使わないほうが親切です。
・「空が映る」は妙です。観察者側にある何か(人間や家具)が映り込むならわかりますが、窓の向こうにある何かは窓越しに見えているのであって、映り込んでいるわけではないからです。

>「ああ、そう言えばそうだな。特に賃貸マンションは、壁や天井を白い色かベージュ系の色にするのが多いからな。家具の色彩を際立たせるために、空間を白っぽくさせるんだ」
 話者が誰であっても、インテリアデザイナーに対して言うセリフとして不適当です。インテリアデザイナーはインテリアのプロだからです。

>「ヨーグルトって、名脇役ってわけか」
 主役かと。

>「ヨーグルトは、トッピングという主役を引き立てながらも、主役以上の存在感さえ感じさせる脇役のような気がする。そう、思わないか?」
 たとえキャビアやフォアグラやトリュフや金箔がトッピングされてても、トッピングは脇役かと。

>慎吾は、食卓越しにいる優希の息づかいが感じらるほど、顔を近づけた。
「れ」が抜けてます。

 改行が多過ぎます。行頭字下げができてません。数字とアルファベットの表記の仕方について勉強してください。

新人・A
180.54.70.198

Jayさま
感想をいただき、ありがとうございます。
「何かもっと作品の核となる要素があるといいかなと思います」
このような感想を頂きました。明確に感じ取れるものがなかったと解釈しました。
改稿の際に、参考とさせて頂きます。

新人・A
180.54.70.198

つかさ様
ご丁寧な感想・アドバイスをいただき、ありがとうございます。感想を読ませていただき、とてもうれしく思いました。

>白いカーテンを引いた掃き出し窓に、6月の青空が映っていた。
・確かに、ご指摘の「白いカーテンを引いた掃き出し窓」の文章はおかしいですね。

その他のご指摘の件ですが、改稿のときの参考とさせて頂きます。

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