作家でごはん!鍛練場
ペンニードル

年の瀬クライシス

 ■『体調を崩す』

 忘年したい。

 いつだったかボソッと呟いたその言葉は妙に私にスッとはまった。以来、私は忘年会が楽しみである。

 忘年したい。
 忘年したい。
 忘年会したい!
 忘年会楽しい!
 忘年会好き!
 忘年会とは良いものだとの自己暗示は、それまで私を会社の飲み会から遠ざけていた心理ブロックを意外なほど容易く打ち破った。

 だって忘年したい。
 飯田のパワハラとか、パソコン越しに毎日見える向かいの橋下のハゲ頭とか忘れたい。毎日見ている私には、橋下のハゲの進行具合がわからない。
 年が明けたら新鮮な気持ちでデスクに座り、ハゲの進行と毛髪の後退を「わっ!」と新鮮に驚きたい。
 定点カメラでも設置して、橋下の頭皮にフォーカスしておけば、きっと来年の今頃には、まるで雲が高速で流れゆく映像のように、橋下の毛髪が散りゆくさまを収めた貴重映像になるに違いないのに。
 タネから芽が出て花が咲きゆく映像のように、橋下の頭皮が露わになるさまを収めた笑える映像になるに違いないのに。
 そんなナイスなアイデアも、きっと年が明けた私は覚えていない。
 だって忘年してしまうのだから。
 そんな些細な動機でもなければ、私は忘年会に出席できない。フリで続けてきた事がいつの間にか本心にすり替わるなんてよくあること。

 私は、忘年会が好きである。


 年に一度の祭典を翌日に控えた私はなかなか寝付けずにいる。それとは関係ないが、私は幼い頃から遠足や修学旅行の前日はワクワクして眠れない子であった。明日何着て行こーかしら? なんて長時間繰り広げた挙句、日付をまたぐこともよくあった。幼き私にはそんなところがあり、今思い返すと懐かしい。すっかり落ち着いてしまった今の私を思うと少し寂しくもある。
 さて明日は何を着て行こうか。帽子はかぶれない。髪潰れるし。ほんとは寒いから何かかぶりたいけど、合わせる靴が思い浮かばない。会場は座敷だし。ブーツは何かとめんどくさい。ニット系は匂いがつきやすいから肉の油とかタバコとか勘弁願いたい。機能性をオシャレで損ないたくもない。12月の夜は冷える。私は冷え性である。ってかそもそも誰が来るんだろう。去年の忘年会のメンツを思い出そうにも浮かばない。あ、ちゃんと忘年出来てる♪ーー

 ーー気がつくと、深夜0時を過ぎている。手に入れたばかりのスマートフォンがそれを控えめなアラームで知らせてくれる。なんともスマートなフォンである。
 いつの間にか、部屋には洋服が散乱している。片付ける気は起きない。それより早くパジャマを着たい。ジェラートピケに包まれたい。
 結局、明日のことなど今考えても始まらない。明日のことは明日の私が決めてくれる。今日の私の仕事じゃない。


 ーーバトンタッチ。毎日寝るときそう思う。だれもが誰かのバトンを繋いで日々を生きている。
 足が遅い私は運動会のリレーがとにかく苦手だったが、嫌いではなかった。
 私の前後は足の速い子で固められる事が多く、そういう子はやっぱりちゃんと努力をしている。放課後、自主練と称して校庭を走るクラスメイトの姿をよく目にした。そんな姿をみて、私もせめてバトンの受け渡しだけでもと、教室で友達と練習をした。

 相手の姿が見えたら体を半分だけ進路からずらす。
 私を呼ぶ声が響く。同じ苗字の走者がいるときは下の名前を叫ばれたりする。あんなに必死に名前を叫ばれる瞬間は他に無いんじゃないかと思う。耳に届いたら姿を確認して、後は振り返らない。
 手の甲を下に必ず訪れるはずのパチンとした感触を、絶対に離さない覚悟だけを胸に私も踏み出す。

 実際に訪れるそれは遠慮がないからこそ、手のひらに想像を超えた痛みを伴って伝わる。きっと、この痛みは走者を経る毎に増してゆく。繋いだ思いの数だけ力強くなり、覚悟が足りない者から受けきれずに取りこぼす。だからこの痛みだけは手放せない。
 受け取ったバトンを左手に持ち替える頃には前の走者が私を一瞬で追い抜き、コースの外にはけてゆく。
 その顔を私は見れない。
 だって前を向くことしか許されないから。
 繋いだ思いを受け渡した時、きっと、私も同じ顔をしているはずだから。
 だから振り返らない。
 そんなリレーが私は好きだから、いつも寝るとき思うのだ。
 今日の私は全力を尽くした。
 後は任せた。そう、明日の私に託すのだ。
 そんな毎日の積み重ねが私を形つくるのだ。
 忘年会とはそんな今年の私たちとのお別れ会でもある。盛大に見送ってやりたいではないか。ーー


 目がさめる瞬間にわかることがいくつかある。
 それまで意識すらしていなかった様々な刺激に対し、脳が迅速に対応をうながす。
 寒っ、とか眠っ、とか、あとはダルっとか。
 ダルって感じた時は危なくて、つまり体調に何かしらの異常をきたしている可能性をはらんでいる。この時期はインフルエンザが猛威を振るっているため少し不安になる。
 上体を起こすとよりはっきりとわかる。
 頭が重い。フラフラくらくらする。
 風邪である。しかし何故? 起きぬけの脳みそがゆっくりと立ち上がる。

 部屋が荒らされている。服が散乱している。まるで明日着る服を中々決められずに半裸でいろいろ着ては脱いでを繰り返したかのような惨状。
 この寒い部屋を深夜、半裸で長時間ウロウロチョロチョロしていればなるほど風邪も引こうというものである。
 ……やってくれたな昨日の私。
 ってか何がバトンだ丸投げではないか。
 手に伝わる思いの痛み?
 ぬかせリアルに関節が痛いではないか。節々が痛いではないか。
 もういっそ今日はこのまま寝てしまい、明日の私に託すのも一つの手か。
 いや、そもそも明日の私も結局私ではないか。そんな当たり前のことも見えなくなるほどに、私は追い詰められているのだろうか。何に?

 ってか病院! 病院に行かないと! 体調が悪いから病院に行かないと!
 その前に会社に電話しないと。課長に連絡しないと。今日は体調が悪いので会社休んで病院行きます。忘年会に備えますって言わないと。

 言えるわけがない。
 その日会社休んだやつが忘年会だけはしっかり参加していたらみんな「ん?」て思うに違いない。
 結局。それでもダメ元で課長に連絡してみた私はしっかり怒られた後、半日有給ということで午前中に病院を受診することになる。


 ■『医師に屈する』


 無防備な一言というのがある。
 ホントは全然気になってないのに「何ソレぇ知らなぁーい、気になるー」なんて言われた日には、もう二度と知らないなどとは言えないくらいに要らんはずの知識を叩き込んでやりたくなる。

 医者が患者に使う「今日はどうされましたか?」もそうである。大概のあたりはつけているのだ。
「ちょっと風邪気味みたいでー」
「喉が痛み出して……」
「体が重くて節々が痛み出して......」
「鼻水が......」
 そんな予定調和なやりとりの火種を見つけたときの私の目はきっと万引きGメンみたいに光っている。”今日”というのはきっと日付変更後から現在までの、”どうされましたか?”にはその推移を伺いたい意思が垣間見える。

「えっと、今日は実は会社の忘年会で、私はそれがとても楽しみで、それできのうは何を着て行こうかなーなんて寒い中、半裸で床暖だけで深夜まで一人ファッションショーをしていたんですね? でも中々決まらな……」

「……そしたら案の定課長に怒られて、やっぱなーなんて 。結局半休扱いにするからちゃんと病院行けって。最低インフルかどうかだけでも診てもらえってことになってそれで、今ここにいます」

 言ってやった。
 今日どうされたのか、全部言ってやった。
 知りたがってたから。
 医師は、私の話を聞きながら何やらサラサラと書いている。たしかドイツ語らしく私には読めない。なぜ私はドイツ語を履修しなかったのか。もしかしたらとんでもない悪口でも書かれているかも知れない。
「なるほど、つまり」
 医師はメモを眺めながら要約を始める。
「興奮状態が続き寝付けない中、体調管理を怠り調子を崩した」ということですね?
 私はハイと頷いた。

「そういう小学生いますよね」
 修学旅行当日に風邪ひいてこないみたいな。そう呟いた医師は、そのまま処方する薬の説明を始めた。
 説明をしながらもまた医師は私に読めない文字をサラサラと書く。私が読めないのをいいことに。せめてもの抵抗に、私はその文字を目に焼き付けるように凝視した。
 今でも瞳を閉じれば瞼の裏に蘇るあの綴り。まるでステキな曲の歌詞みたいだけれど、私はあの綴りを未だに調べられずにいる。なんかまた傷つきそうで。
 私は、インフルエンザではなかった。


 次回『忘年する』

年の瀬クライシス

執筆の狙い

作者 ペンニードル
36.11.225.249

なんちゃってエッセイです。
前作は読者におんぶに抱っこだったので、今回は読者になんの学びも与えないし、なんも考えさせないエッセイ集のうちの2編となります。箸休めにどうぞ。
狙いは、バカだなぁと感じて貰えたらよい。あと続きが読みたいかどうか。
これでもちゃんと伏線とか貼ってたりします。笑

コメント

偏差値45
219.182.80.182

>狙いは、バカだなぁと感じて貰えたらよい。

残念ながら、そう思えないかな。
すごく真面目な人なんだな、とは感じましたね。

>あと続きが読みたいかどうか。

積極的には思わないです。

>忘年したい。
聞き慣れない台詞なので、ちょっと違和感がありますね。
普通に書いたら、忘年会をしたい、でしょうか。

>忘年会とは良いものだとの自己暗示は、それまで私を会社の飲み会から遠ざけていた心理ブロックを意外なほど容易く打ち破った。

うーん、分かりますけどね。昔の自分を見るようで悲しいですね。
人間は正直にわがままに生きた方が面白いように思えるかな。
あえて言えば、太陽と月ですね。
言うまでもなく太陽の周りを地球が公転している。月は地球の周りを公転している。
その違いは大きいですよね。
それに太陽は自ら光を放っているわけですが、月はその反射に過ぎません。
出来ることならば、太陽でありたいと思うわけです。

全体的にはコミカルな描き方ですね。
「楽しさ」は伝わってきますが、「面白さ」までは届かないかな。
たぶん、書いていて楽しかったのではないでしょうか。
なんとなく太宰の『女生徒』のような雰囲気を感じましたね。

大丘 忍
153.186.197.93

忘年したい。
 忘年したい。
 忘年会したい!
 忘年会楽しい!
 忘年会好き!

時々こんな書き方をする人があるが、意味があるのかしら? 私は小説としては失格だと思うけどね。言葉をならべるのではなく、状況を描写することが小説ではないかね。

日乃万里永
106.160.80.219

拝読させていただきました。

ペンニードル様って男性だと思っていたんですが、女性のかたなのですか?

のっけからすみません。

忘年……したいですね。
と言っても年を取ると勝手に“忘年”されていくのがつらいところですが……。

明日の自分へのリレー。
そういう言いかたってなかなか良いですね。

私は割と、やることを後に溜めておいて、その時になって発狂するのが嫌なので先にやってしまう方なのですが、それでも疲れてどうしようもない時は優先順位の低い物はまとめて置いておきます。

その結果、結局未来の自分に過去の自分が舌打ちされることが多く、たまにノートの端に謎のメッセージが書いてあったりして、どうしても思い出せず、結局イライラが募って発狂します。

御作のエピソードは読んでいてとてもツボにはまりました。

明日の服装を考えながら寝てしまって風邪をひいてしまうとか、そのあとの病院の先生の対応とか、とても面白かったです。

読ませていただきまして、ありがとうございました。

九丸(ひさまる)
126.200.39.104

拝読しました。

忘年会好きです。というか飲み会好きです。
前半の座敷だからブーツを脱ぐのが面倒。これは良く分かります。幹事をすることが多いので、女性に訊かれることが多々あります。「座敷はやだなあ」、「ねえ、靴は脱ぐ?」みたいに。男性でもたまにいます。冬場はめんどい靴が多いですからね。
バカだなあというよりは、あるある系コミカルエッセイと感じました。
この忘年会への熱意が後半どうなるのかは気になります。
拙い感想失礼しました。

ペンニードル
36.11.225.249

偏差値45 さん
コメントありがとうございます。
月と太陽のおはなし面白いですね。私は月も魅力的だと思います。勝手に光ってくれてる太陽さんのおかげで楽して光れるなんて美味しいです。

ペンニードル
36.11.225.249

大丘 忍 さん
コメントありがとうございます。
どうなんでしょうね? 意味が無いことなんてこの世には無いと思いますが、でも自身にとっての小説の定義を持っている方は素敵ですね。私は小説とは〇〇である。みたいなのは変に思い込みに繋がって幅を狭める気がするのであまり考えないようにしてます。しいて言うなら小説とは作文でしょうか?
ちなみにこれはエッセイです。

ペンニードル
36.11.225.249

日乃万里永 さん
コメントありがとうございます。
よく言われます 笑
ただ、どちらにせよ変にバイアスがかかるのはイヤなので特に明言しません。証明も出来ないですしね。

私は毎日日記書いてるので忘年どころかわりとくっきりはっきり覚えててツラいです。

やること先にやれる人尊敬します。
私はやれない上に溜め込んだ挙句、如何にその心境を綺麗に例えるかに躍起するって現実逃避にひた走ります。

面白く読んで頂き感謝です。
風邪ひいて良かった♪

ペンニードル
36.11.225.249

九丸(ひさまる) さん
コメントありがとうございます。
大勢の飲み会は少し苦手です。
座敷だと、せっかく仲良い同士で固まって座っても、実は背中合わせの人との方が距離が近かったりしてしんどいんですよね。だれが来るのかわからないし。
忘年会への熱意は、そらもう盛大に空回りしてしっかり"忘れられない忘年会"になるんですが、流石に恥ずかしくてあげられるませんでした。

ぷーでる
157.65.82.154

年が明けたら新鮮な気持ちでデスクに座り、ハゲの進行と毛髪の後退を「わっ!」と新鮮に驚きたい。
 定点カメラでも設置して、橋下の頭皮にフォーカスしておけば、きっと来年の今頃には、まるで雲が高速で流れゆく映像のように、橋下の毛髪が散りゆくさまを収めた貴重映像になるに違いないのに。

>これを読んで学生時代、ある教授の言葉を思い出しました。
 「俺の頭の熱帯雨林の後退が止まらない」

ペンニードル
36.11.224.11

ぷーでる さん
コメントありがとうございます。

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