作家でごはん!鍛練場
加茂ミイル

夢猫の爪をめぐる冒険

 太陽が西の果てに沈みゆく。
 迫りくる暗黒は、生命の危険を意味した。
 見渡す限り茶褐色の岩石が続くこの一帯は、ハーゴン帝国の重要な交易路となっていた。
 突如ハーゴン帝国全土に、人口の3分の1を廃人と化した「鬱」という病が猛烈な勢いで拡大した。東方からもたらされる夢猫の爪がその新種の伝染病に抗する唯一の特効薬だった。
 キャラバンの一隊がらくだの背に積んでいる数十キログラムに及ぶ夢猫の価格は、ハーゴン市民一万人分の平均年収に相当するほどの金額に相当した。そのため、この交易路は盗賊にとってかっこうの活動拠点でもあった。
 ショーンはハーゴン帝国からこの地に派遣された警備隊の一員だった。貴重な夢猫の爪を盗賊たちの手から守るのがその任務だった。
 彼はこの隊に配属されてからまだそう日数も経っておらず、うまく隊の雰囲気になじみ切れていなかった。その日初めて会った隊員に対してマニュアル通りの挨拶はするが、それ以上の会話は全く弾まなかった。
 彼は声も隊の中で一番小さかったし、いつもおどおどしていた。ほとんどの隊員は、互いに友好的で社交的だったが、ショーンには隊員たちのその開放的な態度が恐ろしかった。美しい星空の下、椅子代わりの岩に腰掛け、夕食のパンをかじりながら、ショーンは一人だけ周りの会話についていけていないことを恥じながら、あたかも捕食者から身を隠す小動物のように体を小刻みに震わせていた。
 この地に滞在してから一週間ほどが経過したある日のこと。
 ショーンは、50人からなる警備隊から離れ、一人のびのびと行動していた。はぐれてしまったのではなく、自らの意思で隊と行動を別にしたのだ。それは、本来許されない行為だった。いかに屈強で優秀な隊員であっても、どこからともなく100人規模の集団で出現する盗賊たちを相手に一人で立ち向かうことは不可能であるし、また、運よく敵に遭遇せずに済んでも、いったん隊からはぐれてしまえば、この広大な砂漠の中でまた本隊に再び合流するのにどれほどの時間を要するか予測がつかなかった。そのようなことを言われるまでもなく、隊から離脱することは隊員にとって深刻な生存率の低下を意味するから、誰しも、細心の注意を払って他の隊員との距離を広げないようにしていた。
 ショーンを別にしては。
 ショーンが隊から離れたのは、自分の意思でだった。どうしても一人になりたかったのだ。生命の危険を賭してまでも。これは、実は彼が「鬱」に感染していたためだった。彼はそれを隠していた。ばれれば、入隊を拒否されるからだ。しかし、集団生活における彼の態度の異様さに、次第に周りの隊員が何か不穏な視線を自分に向けているような雰囲気を、彼は警戒し始めていた。
 彼がこの警備隊に志願したのは、自分の給料では到底買うことの出来ない夢猫の爪を、キャラバンを護衛する過程でその中の商人と友誼を結び、破格の安値で売ってもらうことを秘かに企んでいたためだった。
 ところが、途中から警備隊に別の任務が与えられることとなった。キャラバンは既に通過しているはずの国境で民族紛争に巻き込まれ、足止めをくらっているらしい。何事もなければ、1週間程度を要する距離の地点だった。事態は長期化の様相を呈していた。その間、警備隊は新しい任務につくこととなった。この砂漠のどこかでつい最近、ハーゴン国目指して旅路についていた哲学者によってその存在を報告されたという謎の巨大遺跡の実在を確認するという指示を、はるばるロバに乗って勅命を伝えに来た伝令から命じられたのだ。
 彼はそんなのは嫌だと思った。彼の目的は夢猫の爪を運ぶキャラバンに接触するただそれだけのことだった。遺跡になど興味はなかった。歴史にロマンを感じるタイプではなかった。鬱で苦しんでいる身なのに、悠長にそんな趣味に浸っていられるわけがなかった。彼はこのプロジェクトから逃げたくなった。
 彼は鬱の波が襲うたびに、他人と一緒に生活することに耐えがたい苦痛を覚えずにいられない。それは鬱になったことのない人には決して分からない底なし沼だった。
 彼もまた、常人と同じように、隊からはぐれることの危険性を十分認識しており、この岩だらけの砂漠地帯に一人迷い込むことの愚かさは理解していた。しかし、有無を言わせぬ圧倒的な闇で彼の神経を蝕む鬱の威力はそれを上回った。
「この人たちとまともにコミュニケーションを成立させるのはもう無理だ」
 彼は狂おしいまでにそう思った。心の底からそう叫びたかった。そしてこの思いは、ハーゴン帝国の3分の1が味わっている苦痛と同じものであった。
 誰が悪いわけでもない。隊員たちが悪い人たちでもなく、格別自分に悪意を抱いているわけではないことは彼も重々承知していた。それでも、彼はいたたまれなかった。自分が悪いような気もしたが、何か法律にふれるようなことやモラルに反することをしたわけでもなく、本当に自分が悪いという明確な理由が見つからなかった。だから、自分のせいにも出来なかった。
 自分だって、本当は彼らと上手くやりたかった。だが、どうあがいても、意思疎通がままならない。相手はどういうわけか自分を励ます。「自信を持て」と言う。それがショーンにとっては、威嚇であり、ハラスメントであった。そう感じてしまう原因が鬱という恐ろしい伝染病の仕業であることが最近の医学の進歩でようやく明らかになった。そして、その処方箋も見つかった。誰もが夢猫の爪を欲しがった。夢猫の爪の価格は高騰し、ハーゴン帝国に鬱が蔓延する以前の100倍になった。
 ショーンは、この砂漠で、一人で生き延びて行ける自信がなかった。それでも、一人だけの時間と空間を手に入れなければならないことは何にもまして最優先事項だった。
 彼は砂の上を歩き続けた。灼熱の太陽の下で、喉の渇きを感じた。
 この不毛の地帯において、水は極めて貴重だった。彼は隊から離脱する口実として、隊員たちが水筒の水を使い果たしそうだったので、危険な断崖の上にわずかに湧き出ている泉から水を汲んで来る役目を自ら担った。それは命がけの仕事だったので、隊員たちはショーンがついに変わろうとしているようだ、と喜び、彼に一目置く気になった。
 彼は危険な断崖を、彼は一人になりたいというそれだけの気持ちから、登り切った。これだけの能力があるのに、どうして普段は全く何もやる気が起きないのだろうと彼は自分で自分を嘆いた。
 彼はいったんは泉の前まで到達したものの、これをチャンスとばかりに、そこから自分の分だけの水を水筒に補充して遁走した。

夢猫の爪をめぐる冒険

執筆の狙い

作者 加茂ミイル
114.180.158.200

ファンタジー小説を書きたいと思いました。
ある程度書いたところで、この方向性で書き続けていいのだろうかと思い、いったん感想やアドバイスをいただければいいなと思いました。

コメント

偏差値45
219.182.80.182

スラスラとは読めてはいないかな。
ショーンの視点に立って臨場感のある描写の方が良いような気がしますね。

>ハーゴン帝国 
賛否はあるだろうけど、この場合は別に帝国だけでも意味が通じると
思うので、あえて固有名詞にする必要性を感じないかな。
むしろ、>この一帯、と言ってる地名を記した方が伝わりやすいかもしれない。
この辺は読みやすさの工夫としては、もう少し考えたいところですね。

>ハーゴン市民一万人分の平均年収に相当するほどの金額に相当した。
この場合、平均年収なので、例えば500万円や700万円程度と想像します。
別に人数を記載する必要を感じないかな。

冒頭だけで言えば、内容は分かるけれども、「どんどん読んでいこう」
という積極的な気持ちにはなれない。
そういうこともあって、全体的にも言ってもちょっと魅力的な感じはうけないですね。

hir
58.138.152.89

 猫ではファンタジー感がないので、ゴジラとかトトロなどにして、鬱も名称変えて、極端な人間嫌いにしてしまうのはどうでしょう。
 町には立ち寄らず、森や洞窟を好み、モンスター相手にはめっぽう強いけど、人前だと萎縮する。
 なんだかんだで人間のために戦うけど、徐々にその意義に疑問を持ち始めるとか。

180.25.188.63

 うわぁ…。

>見渡す限り茶褐色の岩石
 もう夕暮れなんだからこれだと説明だけで描写になっていない。

>突如ハーゴン帝国全土に、人口の3分の1を廃人と化した
 3分の1って世界全体の? 帝国の?

>数十キログラムに及ぶ夢猫の価格
 爪だけの価格で猫をつれてきているわけではないのだから、『夢猫』と省略しないで『爪』と表記しましょう。

>ハーゴン市民一万人分の平均年収に
 平均年収×1万 なんだから『ハーゴン市民の平均年収の1万倍』。

>警備隊
 人など動くものに付き添って守る場合は護衛。

>水筒
 携帯できる水筒だけでは絶対足りないから水瓶又は水袋で汲みに行った事にしないと、理屈に合わん。

>隊から離脱
 隊の所属から抜ける訳でもなく任務の一つとして水を汲みに行くのだから、『隊と別行動』。

>自ら担った。
 自分が隊の誰かに命令できる立場ならこれでいいが、下っ端なら『買ってでた』。



 日本語の順番が『ケツでメシ食って、クチからクソを捻り出す』みたいにおかしな事になってるパターンが多過ぎる。ただ情報(ケツ・メシ・クチ・クソ)をくっ付ければ良いと云う物ではないので表記順も気にしましょう。

 ファンタジー描くにしても、現実という土台を使ってフィクションに振ってかないと、荒唐無稽になるぞ。

和田
220.219.181.62

小説とは初期設定があり、それがどのように展開していき、その結末はどうなるのかを描くことです。
ここに投稿されている多くの作品が、初期設定だけで感想を求めておりますが、これは全くナンセンスだと思います。
おそらく、文章が上手いかどうかの判断を求めているのでしょうが、どんなに上手い美文を書いてもその後の展開、結末が詰まらないのものでは小説とは言えません。
できれば、小説といえるものを投稿して頂きたいですね。読者は、文章ではなくて、「小説」を読みたいと思ってるのです。

吉岡ニッケル
126.224.152.180

結末がおもろい、おもろない、なんて、それぞれ人の価値観であって絶対的やないと思うけどな。
100人が読んで、99人がおもろないって言っても1人がおもろい、って言う可能性ある。
又吉の「火花」でも「このオチは何や!」って俺思っても大多数の人が支持したやん。

で御作の感想やけど。

ー「夢猫の爪」

何の説明がないとこがええ。マクガフィン、ってやつやな。ハメット「マルタの鷹」やと、鷹についての説明が丁寧にされるんやけど、なかった方がおもろかったと思う。

ー「ショーンの孤独性」

うまく書けとると思う。ドフトエフスキ「地下室の手記」やったら、あまりの過剰な自意識から人を遠ざけるが、ショーンは自意識過剰やない。直接的な対人関係が苦手、ってやつかな。俺が思うたのは、飲み屋で1人でやってきて、ラインに没頭しとる人らや。そんな人に声かけても、迷惑な顔される。俺やからだけど。

ー「鬱」
いま世間で認知されとる鬱とは別モノ。セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬、SNRI、で抑えることはでけるが、あえて「人口の三分の一を廃人にさせる伝染病」とする度胸はすごい。


細かいとこは気にせえへんかった。この調子で、頑張ってや。

吉岡ニッケル
126.224.152.180

あと一つ。

俺、早稲田で直木賞の北村薫さん、評論家の陣野敏史さん、芥川賞の辺見庸さん、同じく芥川賞の三田誠広(すげえつまんなかった)のゼミで小説書いてたんやけど、それぞれのセンセから教わったのは:

「物語であったら<起承転結>に配慮せよ。しかし小説であったら<転>で終わっても構わない。読者が判断を下し、先を想像するのも、エンタテイメントだからだ」

ってこと。この作品には、それをちっくと感じたわ。

北村さんはミステリやからきっちりしとるけどね。けど褒めてもろたから駄作書き続けとる。
あすこじゃ、今では重松清さんが客員教授やっとるらしいが。

加茂ミイル
114.180.158.200

>偏差値45さん

ファンタジー世界の住人の平均年収を具体的にイメージさせるのは、貨幣の単位を作った方がいいのかな。
突然、ドラクマっていう単位を出してもたいていの読者は分からないよね、たぶん。
一万石っていうのも、文化圏が違うし。
最初は、一万人分の生活を保障できるっていう書き方だったけど、そっちの方がよかったかな。

加茂ミイル
114.180.158.200

>hir様

>ゴジラとかトトロなどにして、鬱も名称変えて、極端な人間嫌いにしてしまうのはどうでしょう。

ゴジラとかトトロみたいなキャラを設定するっていうことでしょうか。
そのまま使うのはちょっとどうなのかなって思うし。

鬱はそうですね、生生しいですから、別の名前にした方がいいかもですね。
「暗情症」とかはどうでしょう。

加茂ミイル
114.180.158.200

>熊様

>もう夕暮れなんだからこれだと説明だけで描写になっていない。

なるほど、リアルタイムでその時点で目に見える状況に合わせた表現にしないといけないんですね。
あるいは、
「日中は見渡す限り茶褐色の岩石が続く」
という風に状況を詳細に説明することに気を配らないといけないですね。

その瞬間その瞬間で、主人公の目から周りの風景がどう見えるかを考えながら書きたいと思います。

加茂ミイル
114.180.158.200

>熊様

つづきがありました。

>突如ハーゴン帝国全土に、人口の3分の1を廃人と化した
 3分の1って世界全体の? 帝国の?

A:ハーゴン帝国全土ですね。

>数十キログラムに及ぶ夢猫の価格
 爪だけの価格で猫をつれてきているわけではないのだから、『夢猫』と省略しないで『爪』と表記しましょう。

A:ミスタイプでした。夢猫の爪でした。

>ハーゴン市民一万人分の平均年収に
 平均年収×1万 なんだから『ハーゴン市民の平均年収の1万倍』。
1万倍というその数の大きさを強調したい場合はやはりそういう書き方がいいですね。
最初は、一万人分の生活を保障できるっていう書き方だったけど、そっちの方がよかったかな。

>警備隊
 人など動くものに付き添って守る場合は護衛。

 国家から派遣された警備隊が護衛をするというイメージでした。
 あくまでも主語は警備隊で、護衛は動詞になると思います。
 主語を護衛にすると、まるでキャラバンに雇われているような感じにならないでしょうか?

>水筒
 携帯できる水筒だけでは絶対足りないから水瓶又は水袋で汲みに行った事にしないと、理屈に合わん。

 確かにそうですね。
 他の隊員たちの水筒を3,4個くらい一緒に持っていくというのはどうでしょう?
 やはりその辺も読者に「どういう状態になっているんだろう」と疑問を持たせないように、先回りしてちゃんと説明しておかないといけないですかね。
 読者はやはり「他の隊員分の水を汲む道具はどうしたんだろう」とか気になってしまうものでしょうか?

>隊から離脱
 隊の所属から抜ける訳でもなく任務の一つとして水を汲みに行くのだから、『隊と別行動』。

 それはぴったりな単語の選択ですね。
 書いていると前に使った言葉を安易に繰り返してしまいがちですね。

>自ら担った。
 自分が隊の誰かに命令できる立場ならこれでいいが、下っ端なら『買ってでた』。

 それもぴったりな言葉ですね。
 なかなかすぐに思い浮かばないです。
 その状況に一番しっくりする単語を選びたいと思いました。

 

加茂ミイル
114.180.158.200

>和田さま

他の人からも、それに似たお叱りを受けたことがあります。
ただ、ここをどう利用するかは人によってそれぞれなのかなあという気持ちもあることは確かです。

長編を想定しているけれども、習作として短編風に書き上げて、とりあえずその時点で評価してもらってもいいんじゃないでしょうか。

時間も体力もたっぷりあって、長編を書き上げる余裕もある人もいるかもしれませんが、
あまり時間にも体力にも余裕がない人もいるだろうし、そういう人は短めの作品や中途半端な内容でも、
その人が出来る範囲で書いたものを投稿して、誰かの目に止まったらその範囲で感想をいただくというスタイルがあってもいいと思います。

ただ、和田様のおっしゃる通り、出来るだけ完成された形で投稿するのが、本来のマナーだと思いますし、
作者の側も、完成形に挑戦することで成長する部分は大きいと思います。
それは作者と読者双方にとって実りのあるものになると思います。

加茂ミイル
114.180.158.200

>吉岡ニッケル様

ー「夢猫の爪」

何の説明がないとこがええ。マクガフィン、ってやつやな。ハメット「マルタの鷹」やと、鷹についての説明が丁寧にされるんやけど、なかった方がおもろかったと思う。

A:マクガフィンとは動機付けらしいですね。しょっぱなから主人公がいろいろ説明していると、何だか芝居じみてる感じがするかなって思います。

ー「ショーンの孤独性」

うまく書けとると思う。ドフトエフスキ「地下室の手記」やったら、あまりの過剰な自意識から人を遠ざけるが、ショーンは自意識過剰やない。直接的な対人関係が苦手、ってやつかな。俺が思うたのは、飲み屋で1人でやってきて、ラインに没頭しとる人らや。そんな人に声かけても、迷惑な顔される。俺やからだけど。

A:ドフトエフスキ「地下室の手記」の主人公はそれでも自分から積極的に人に関わっていこうとしたり、集りに加わろうとするタイプでしたね。現代で言えば同窓会とかがあれば積極的に行きたがるタイプのように思えました。ただ、自我が強いんでしょうね。自我が強すぎて、自分と他人との違いを強く意識しすぎてしまう感じ。あと、かなりの負けず嫌いなんでしょうね。

>俺が思うたのは、飲み屋で1人でやってきて、ラインに没頭しとる人らや。そんな人に声かけても、迷惑な顔される。俺やからだけど。

吉岡様は一人で居酒屋行くくらいだから、結構人のいる空間に入って行きたいタイプなのかな。
「地下室の手記」の主人公は決して人が嫌いなのではなく、むしろ人との関係を求めているようなタイプに思えました。
ただ、一部のありきたりな社会性を身に着けたいわゆるプチ勝ち組の人々を憎んでいるように読めました。
どことなく「ライ麦畑でつかまえて」の主人公に似ているような気がしました。

ー「鬱」
いま世間で認知されとる鬱とは別モノ。セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬、SNRI、で抑えることはでけるが、あえて「人口の三分の一を廃人にさせる伝染病」とする度胸はすごい。

上のコメントでも書いたのですが、「暗情症」という名前にしようかなと思っています。
または「無力障害」「厭人病」とかというはどうでしょう。

1.79.87.70

753

加茂ミイル
114.180.158.200

>鍵様

え、何?

どうした?

納屋を焼く
49.98.141.138

きゅーぴーこーわi
同ドリンク
りぼなみん

加茂ミイル
114.180.158.200

>納屋を焼く様

何があったの?

お陰様で
49.98.141.138

良い方向になってるよ

今晩屋
119.63.156.183

 太陽が西の果てに沈みゆく。←カモ

 太陽が東に沈む。←俺

 ファンタジーの発想はさ、書かない俺のが面白くないか?
 
 って思う、一行目でした。

田畑
49.98.141.138

休髪日

加茂ミイル
114.180.158.200

>お陰様で様

それは私の作品が良い方向になってることかな?

だとしたらみんなのおかげだよお。

加茂ミイル
114.180.158.200

>今晩屋様

あなたの書き方の方が無駄が無くてすっきりしてるね。
って思ったら、東?
それも書いてしばらくしてからちょっと考えた。
でも読者によっては、はあ?
ってなる人もいるだろうし、ちょっと挑戦かなって思った。

加茂ミイル
114.180.158.200

>田畑様

何その単語?
初めて聞いた。

明日から
49.98.141.138

暖かくなるといいね

加茂ミイル
114.180.158.200

ちょっと涼しいくらいがいいかな

うん
49.98.141.138

そだね

加茂ミイル
114.180.158.200

あなた誰?

1
49.98.141.138

底辺サラリーマンの頃から知ってるよ。アメリカさんの小説はとてもよかった。愚痴が多いってみんなからちゅういされてたね。一人称しか書けなかったけど、三人称がだんだん上手くなってきて一皮剥けたね。

加茂ミイル
114.180.158.200

>1さん

一人称は書きやすいし、主人公に感情移入しやすいですよね。
自分で自分を語りたい時にはそういう風になりがちです。
自己愛が強い時ほど、一人称になりやすかったように思います。
文章を通して自分のすごさを見せてやりたいって言う気持ちの時にはそういう風になりやすかったかもしれません。
自分の心の中には素晴らしい何かがあるから、それを伝えたいっていう温かい思いでも、それが読み手にとってはどうでもいいことだったりすることもあったと思います。
だから、一人称で自分のことを書くと、ひとりよがりな内容になりやすかったです。
一人称だけど、自分の目から見た外部の世界とか他人の秘密とかそういことを書く語り部的な内容であれば、まだひとりよがりではないような気がしました。
自分はこう思うとか、自分の立場から他人を否定するとか、そういう書き方をすると、ひとりよがりになりやすかったかもしれません。
自分はこういう事実を見た、聞いた、知っている、みたいな、自分の内面ではなくて、外側の事実について自分の口を通して語るみたいな感じであれば、一人称でもうざくないのかなと思いました。
それは、自分という人間の中にある何かを伝えたいというよりは、自分はあるとんでもない事実を目撃してしまったので、その証人として包み隠さず公の(快楽の)ために奉仕するというような形がいいのかもしれないと思いました。
それは差し迫った感じであればあるほど読者の興味を引くと思いました。
もったいぶってちゃいけないと思いました。
とにかく、大変、誰か聞いて、的な差し迫った感じがある内容であってようやく読むに値するものになるのかなと思いました。
新聞記事のように、人にとって本当に価値のある話は、もったいぶるものではないと思います。
本当に面白い話は速報の形で流されると思います。
もったいぶるような話というのは、たいてい、知ってもら知らなくてもどっちでもいいようなもので、もったいぶることで面白さが増すということは、もったいぶらなければ面白さが不足しているという意味でもあると思います。

加茂ミイル
114.180.158.200

でも、小説というのは、速報の形ではないので、その点では報道に敗北しているので、
今更ながらもったいぶることで、小説の立場というものの格式を高めることが出来るのかどうか、私には分かりません。

ただ、何となく、小説の書き方というのは、新聞記事に比べると、
何だか回りくどいようなもったいぶったような箇所も見られるので、そこが少し悲しいです。

事実だけをスパスパ書くような書き方の方がよっぽどええのになって個人的には思います。

大昔の、古代ローマ時代とか平安時代とか、その頃の書物というのは、小説風であっても、無駄な装飾があまりなくて好きです。
現代に近づけば近づくほど、無駄に長ったらしい文章が多くなって、読んでいて疲れて来ます。
散文はいいと思うのですが、正直、主人公のどうでもいい視点とか、どうでもいい情報とかをばらばらと詰め込めすぎたBOX的な、そういう小説もよく目にするので、ちょっとうんざりです。
散らかった部屋を見ているような気分になります。そういうのがいいという読者もいるのかな。
そういう無駄な箇所がやたら多い小説というのは、枚数稼ぎなのでしょうか?

加茂ミイル
114.180.158.200

それは、文学が時代を下るにつれて、大衆的になるからでしょうか。

とすれば、大衆の視点というものに私がついていけないのかもしれません。

やっぱり、大昔の書物というのは、王侯貴族とかの世界のもので、それゆえ高い芸術性をもくろんだものゆえ、あのように、無駄を排し、スタイリッシュなものになっているのかもしれません。

読み手が大衆であれば、といっても、現代の大衆は教育水準も高いでしょうから、油断できませんが、
それでも、大昔の貴族階級が書いたものに比べて、ちょっと、格式が下がる感じがします。

やはり、いくら現代の教育水準が高いといっても、昔の王侯貴族の教育水準は、主に文系のものが主体だったろうし、その点で文学に関していえば、現代の教育水準とはくらべものにならないほど至高の水準だったのではないでしょうか。
やっぱり、現代の文豪ですらも届かないほどのレベルの文章力の偉人が、大昔にはいたと私は思うんです。
それは、扱うテーマにもよると思うのですが、近代や現代のいろいろな作家の本を読みましたが、それよりも千年も前に書いた偉人の文章の方が素晴らしいと思うことが多いです。
それは、やはり、千年も前に、すごいことは書き尽くされてしまっていて、その点では近代や現代の作家はテーマ選びに苦労しているのかもしれません。

加茂ミイル
114.180.158.200

現代の小説は、大昔のに比べると、説明過多なのが多いような気がするんですよね。

それは、自分がいい文章を書こうと研究している立場だからなのかもしれない。
そういうのに敏感ではな大衆にしてみれば、文章のうまい下手はあまり気に障らないのかもしれない。
下手な文章でも、作品のイメージさえ良ければとにかく受け入れられてしまうのかもしれない。

現代において売れる本というのは、中身以前に本全体のイメージの部分が多いのかな。
たとえば、自分も書店で、表紙のイラストがめっちゃセンスいいのを見ると、面白そうって期待する。
でも、中身読んでみたら、文章がひどかったりする。
でも、売れてるらしい。
やっぱり、これって、中身の文章よりも表紙のイラストと、キャッチーなタイトルから連想される本全体のイメージで買われてるんじゃないかなって思ってしまう。
読者はイメージに親しみながら読んでるんで、文章のひどさはあまり気にならないのかもしれない。
とにかくイメージに合った何らかの単語が羅列されていればいいのかもしれない。
ふと、そんなことを思った。
だから、あんまり文章力とかを気にするよりも、本全体として、商品としてのブランディングをいかにするかの方が、ビジネスの上では大事なのかもしれない。
教室で教えられるような文章の基本や応用力うんぬんよりも、ビジュアル的な本全体のイメージを作る上で意味を果たす内容の文章を書けることの方が大事なのかななんて邪道なことをふと思いついてしまった。

2
49.98.141.138

あなたの作品は、一人称よりも三人称になってからのほうが面白いんですけど、それは「ひとりよがり」がなくなったというよりも、視点の広がりが寄与していると思う。

加茂ミイル
114.180.158.200

>2様

視点を広く持ちます。

ぷーでる
157.65.82.154

ちょっとですが読んでみました。うーん、これはちょっと読みたいと思わないかな?
私の場合は、エンターテインメント系なのでそれ系で考えたら退屈な文章かもしれない。

どういうことかというと、誰もが共感できる魅力的なキャラが登場してこない事っていう事です。
文章が下手でも売れる?恐らく、興味を惹かれる内容だったからではないでしょうか?

例えば、(小説ではないけれど)週刊誌とかの記事って
読者層をすごく惹きつけますよね?あれって、皆が気になる事を狙って書いた結果だと思うんです。

読んでほしいと思うなら、文章がうまい下手以前に
読者が興味の沸きそうな人物を登場させた方が早いと思います。

以上、個人の意見でした。

加茂ミイル
220.220.204.92

>ぷーでる様

おっしゃる通りだと思います。
ちょっと、実験的な試みはしたくなるので、少し斜め目線で書いています。
次回は、分かりやすいエンタメ系に挑戦したいと思います。

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