作家でごはん!鍛練場
かんざ

暗殺の真(まこと)

 預かってきた古文書を前に唸り声をあげてしまう。

 かつて(十数年前の大学生だった頃)は幕末志士のコスプレ姿で歴ドル(歴史アイドル)と呼ばれていた私も、今やスーツ姿でテレビなどに出演させてもらっている幕末の専門家。古文書だって、小学生の頃から読みこなしてきているのだが――これは難解。大事な箇所が黒塗りになっているのだ。
 おそらく、書き残された日記のようなものなのだろう。日付は黒塗りだが、慶応とあるので江戸末期、場所は京都のようだ。
 文書を読み解きながら、物語を作るように想像していった。


 末弟の三郎(黒塗りのため便宜上の仮名)は十五になるというのに家業を手伝おうともせず、幼き頃より剣さえ強くなればと木刀を振るっておるのです。
 なんとかしなければと思っていたその頃、わたしの奉公先である京都屋(黒塗りのため仮名)に右様(仮名)が宿泊するようになっておりました。噂によれば、江戸の道場で剣技を磨いた達人だそうです。そこでわたしは三郎の鼻柱を折って改心させようと考えました。
 お前など本物のお侍さんの足元にも及ばないと挑発し、慶応某日(日付黒塗り)の夜、京都屋へこっそり引き入れ、二階へと連れていったのです。
 部屋には右様と、もう一人お侍さんがおりました。
 右様は気さくなお方で、事前に三郎のことを話しておくと、お安い御用ぜよ、とお引き受けくださっていました。ですが、お侍さんの方は何も聞いていなかったようで、無礼だ、とひどくお怒りになられました。
 お二人の前で膝をつくわたしの後ろでは、すでに三郎が目を血走らせております。
 右様は手にしているお猪口をぐいっと傾け、刀を手にして立ち上がりました。そして、鞘から抜いたのです。
 思わず体が震えだしました。後ろの三郎からも不安な様子が伝わってまいります。木刀や竹刀では敵なしでも、真剣の相手とは闘ったことなどなかったのでしょう。
 そんなわたしたちを前にして、右様はにやりと笑いました。そして、真剣を投げ捨てるように置き、鞘でかまえたのです。
 鞘であることにほっとしたのも束の間、わたしの体を蹴り飛ばすようにして、三郎が右様に木刀を振りかざしていきました。
 ですが、やはり本物は違うものです。わたしの思惑どおり、三郎の鼻柱は簡単に折られました。鞘で何度も叩きのめされたのです。
 お怒りだったお侍さんも、まるで見世物でも見ているかのように、囃し立てながらお酒をあおっておりました。
 あの時を思うと、わたしは本当に浅はかでした。引きずってでもすぐに三郎を連れ帰るべきだったのです。
 うずくまっていた三郎は顔を上げ、小馬鹿にするように笑うお侍さんをひと睨みすると、次の瞬間、向きを変えて飛ぶように身を走らせました。一瞬、身をかがめて転がっていたものを掴み、勢いそのままに突き進んでいったのです。その先には、ひと仕事終えたという感じで腰を下ろそうとする右様の姿があります。
 お侍さんから激しい声が飛び、右様が振り返った瞬間、真剣を手にしていた三郎の腕が動き、風が切られました。
 まるで時が歪んだように、赤いものが右様の額からゆっくりと吹き上がっていました。
 何がなんだかわかりませんでした。それでも茫然とする三郎を引きずるようにして部屋から飛びだしていました。
 階段を下りようとしたところで、店の入口から声がしてきたので、とにかく近くの物置き部屋へと引きずり入れました。
 その時、階下から誰かの絶叫が聞こえ、近くの部屋からはお侍さんの、ほたえな、という声が聞こえてきました。
 その後は階段を駆け上がってくるいくつもの音がし、怒号が響く中、わたしたちは部屋の隅で、ただただ身を寄せ合うようにして震えていました。


 私は、ゆっくりと息を吐きだした。脳裏にはひとりの人物が浮かんでいる。
 彼の致命傷は額の刀傷だったと伝えられている。だとすると――真の暗殺者が名も知れぬ少年だったとでもいうのか。
 専門家として名が通ってくると、怪しげなものが持ちこまれることも多い。だから、これだって作り話しか何かだと笑い飛ばしてしまえばいい。
 だけど、古文書を受け取りに行った時の姿がそうさせてはくれない。
 病室にいた彼(明治より続く老舗料亭のご主人)は、頬がこけた顔に笑みをうかべ、余命はいくばくもないと口にしていた。

 先祖より他言することなく受け継がれてきたという古文書。
 もし、数年前の交通事故でご主人の奥さんと子どもさんが亡くなっていなければ、きっと今後もこのまま受け継がれていったのであろう。

 ご主人は、これ(古文書)はあなたのお好きなようにしてください、とおっしゃっていた。
 ひっそりと受け継がれてきた古文書――黒塗りにしながらもそれでも残されてきた意義。
 一族が長年背負ってきたであろう十字架。

 それらが今、私の肩に重く圧し掛かっている

暗殺の真(まこと)

執筆の狙い

作者 かんざ
175.134.16.226

これ(この情報)で、歴史のどんな出来事か伝わりますか。
また、歴史に興味がない人は、どんな感想をお持ちになるか、教えていただければと思います。

宜しくお願い致します。

コメント

そうげん
58.190.242.78

はじめまして。作品を読みました。

いきなりネタバレにも触れるので、未読の方はスルーでお願いします――。

江戸の道場で修行しているけど、「~ぜよ」と見て、ん?と思いましたが納得です。
古文書の内容はこの文面文体であれば、言文一致運動のあとっぽいので、明治大正以降にかかれたもので、たぶんもっとあと、もしかしたら、亡くなった老人が書いた偽書っていう見方もできる(というよりは同人小説のようなもの)ので、これは作中に於いて、主観人物が自分の頭の中で現代文に翻訳してくれたものと読み替えて受け止める線も候補にいれました。

ただ達人であれば、ことをはじめるにせよ、おえるにせよ、一瞬たりと気を抜くことはないように思えます。だとすれば、わざと斬らせたという可能性まで考えられます。命を狙われていることをすでに知っているからこそ、このようなことをさせたとも。それは考え過ぎですね。すみません。

ただいたずらに集団で襲い掛かられるより、一人の青少年(当時15は大人でしょうか)の目を醒まさせるために、自分の命を使ったという風な。

でも「ほたえな」が出てくるまでわかりませんでした。
意外性が感じられてよかったです。

ありがとうございました。

ポキ星人
106.73.96.160

 「暗殺の真」という作品へのコメントですけど、最新コメント欄に勝手に冒頭が出てしまうので無駄に字数を稼ぐのが大変めんどくさいので、そんな事が本当に必要あるのかどうか、コメント欄がネタバレを含むのはサイトの趣旨からして当然だとは思うけど、最新コメント欄のそれまでは作者としては心外かもしれないなあとは思うのでここまでいろいろ書きました。
 で、読んでいる最中に、事態を解読する面白さはありましたけど(ただ早めに見当がついてしまったのは後述)、読後には少し腑に落ちないところが目立つように思います。
 なんといっても、奉公先の料亭の狭い一室で夜にこんなことをさせるのが不自然だ、というのが話の難点だと思います。
 それからこの話のもとの史実の方は、厳密に表現するなら、>階段を駆け上がってくるいくつもの音 が誰のものなのか、が謎なのです。そこに答えずに実は…というのは話の作り方としては、はぐらかしになってしまう分、すこし出来が落ちると思います。このやり方は、犯人が××だというのは確定した史実とされているが実は…という類の、本能寺の真の黒幕が誰かみたいな話のときのやり方で、犯人そのものがわかってないというときには今一つではないかと思うのです。
 それから京都屋はやめた方がいいです。これでだいたいあたりがついてしまいました。
 
 これが一つの人物像を書いたものだ、という見方をするとき、むしろこのあとの三郎と姉とが気になります。それでもし今後を書いたとしたら、今度は事件前の姉弟と侍たちとが丁寧に書かれる方が作品の収まりはよくなるでしょう。古文書という体裁でなしに、普通に時代小説の短編として人情政情もいれて書くならこの筋でもありかもしれません。この辺は作者が何を書きたいのか次第ということかと思います。

九丸(ひさまる)
126.193.150.236

拝読しました。

内容に対しての指摘は、多分他の方がしてくださるだろうし、もう先の方がしているので。
ちょっと題名含む言葉が気になったので。
「暗殺の真」
これって、暗殺じゃないかな。「死の真」ならしっくりきます。もし少年がどこかから雇われていたなら、事故にみせかけた「暗殺」でも良いと思うのですが、ストーリーはそうじゃないみたいなので。「暗殺の真」というと「暗殺」したのは誰? そして、「暗殺」にかかる解がこないとしっくりこないというか。「暗殺の舞台裏」(こんな題名はつけないでしょうが)とかなら。実際致命傷だったのでしょうが、この時点でまだ死んでいないので。
最後の方に「長年背負ってきた十字架」とありますが、語られている内容や語っている歴ドルあがりの専門家、それに時代背景考えると、「十字架」って言葉が浮いてしまうような。現代ミステリーならともかく幕末の話なので、「業を背負った」とかなんとか。
個人的なケチみたいな感想になりましたが、すらすら読めたし、今までにない展開だと思うので、発想は好きでした。
ありがとうございました。

偏差値45
219.182.80.182

私の知らない事柄なんで分かり辛いかな。冒頭での語りての主人公の立ち位置、状況を具体的に記さないと、ちょっと理解しにくいかな。例えば、趣味なのか、副業なのか。男性なのか、女性なのか。それと古文書の所有者と、どのような接点があるのか。その点が見えて来ないですね。古文書そのものは面白く読めましたが、もう少し頑張って欲しかった、という感じですね。

かんざ
175.134.16.226

そうげんさん

お読みいただきありがとうございました。

古文書の部分に関しては、私(語り手)が脳内で現代訳している感じをイメージしました。
『文書を読み解きながら、物語を作るように想像していった』
この部分が、それを表そうとしたところです。

達人ならというご指摘は、酔っていたからで勘弁してください。物語上の都合です。


当初は、少年と勝負して殺されるという話を考えていました。実は弱かったという設定で。だけど、ファンの多い人物なので、ひよりました。

かんざ
175.134.16.226

ポキ星人さん

お読みいただきありがとうございました。

まずは、コメント欄への配慮、感謝します。

>奉公先の料亭の狭い一室で夜にこんなことをさせるのが不自然だ
 お恥ずかしながら、気にもとめていませんでした。ここは考えなくては・・

>史実における犯人――
 そこがあいまいであるからこそ、このような犯人(少年)にしてみたという感じです。このようなやり方だと、今一つに感じられてしまうんですね。参考にします。

>京都屋
 安易ですね。どの程度伝わっているか分からなくて、伏線の張り具合に悩んだ痕です。


 時代小説、書きたくもあるのですが、尻込みしています。なので、ここでも、はぐらかして、こんな書き方になってます。


 もう一つ、登場人物は姉弟ととらえられていたのですね。

かんざ
175.134.16.226

九丸(ひさまる)さん

お読みいただきありがとうございました。

題名、どんな作品でも悩んでいます。ここを指摘していただけると、勉強になります。
はじめに付けた題名は、『暗殺事件の真実』でした。
ただ、事件というのはつかいたくなくて削り、真の一字でぼやかすことで、興味を引いてもらえるように狙いました。
とはいっても、ご指摘いただき、ひとりよがりだったと顔を覆っております。

>「十字架」って言葉が浮いてしまうような。
 現代の女性が思っていることだし、これでいいかと思ったのですが、おっしゃられるとおり、彼女は歴史の専門家なのだから、「業を背負った」のほうが、おさまりがいいですね。

かんざ
175.134.16.226

偏差値45さん

お読みいただきありがとうございました。

具体的にということに関しては、まさに作者の怠慢です。
こういった内容なので、短くて読みやすいほうがいい(ショートショート)と考えたのですが、分かりづらけりゃ、本末転倒でした。

今度は病室から話を始めて、会話の中から、関係性なども明らかにさせようかと思います。それとも、時代小説を書いてみようかな。

吉岡ニッケル
126.224.152.180

面白いよ。

「幕末四大人斬り」田中新兵衛・河上彦斎・岡田以蔵・中村半次郎を思い出したし、「池田屋事件」もな。

タイトル「暗殺の真」、かっこええやん。

ベルナルト・ベルトリッチ監督の傑作「暗殺の森」最高やない。

タイトル付けの達人は松本清張。作品は古くなるけど、題名は苔生さない。
もっとも「地方紙を買う女」の内容は、ネットが発達した今、不可能に近いプロットやけどな。
それでもドラマ化されとる、年々。

hir
58.138.153.19

 歴史に興味なく、暗殺された有名人はケネディ大統領しか思いつきません。
 野試合で子供に斬り殺されたのではカッコ悪いから、暗殺をでっち上げたのが真なのでしょうか。

 墨で書かれた文なら、現代の技術で黒塗りを除去できそうな気もします。

吉岡ニッケル
126.224.191.49

人さまのサイトで抜かすことやあらへんが。

暗殺された有名人、ぎょうさんおったやん。
大久保利通、坂本龍馬、犬養毅、高橋是清、渡辺錠太郎、朝鮮のミョンヒ、濱口雄幸、エイブラハム・リンカン、マーチン・ルーサー・キング牧師、マルコムX、ロバート・F・ケネディ、エルンスト・レーム、張作霖、林彪(順不同)あれがらきりがない。

俺は貧乏やけどライターやからちっくと歴史が好きなんや。

ま、堪忍や。

かんざ
175.134.16.226

吉岡ニッケルさん

お読みいただきありがとうございました。

私も、ちょっと歴史が好きです。特に幕末から明治が。
そのなかでも、立見鑑三郎が好きですね。旧幕府軍でありながら、陸軍大将までのぼりつめた名将です。

すいません。関係ない話でした。

かんざ
175.134.16.226

hirさん

お読みいただきありがとうございました。

歴史に興味がない方からの感想、興味深く読ませていただきました。
現代の技術なら、と現実的なほうへと目が向くんですね。なるほど。

ちなみに、これは幕末の実在した暗殺事件でありますが、犯人はわかっていません。
有力とされる犯人(組織)はあがっていますが、現在でも確定にはいたっていません。
ですので、少年ということだってありうるのです。(ありえないでしょうが)

おそらく、名前は聞いたことがあると思いますので、幕末の英雄である坂本龍馬の暗殺です。でも、真実は暗殺なんかじゃない。そこに真があります。
これは、ある意味、事故? 不可抗力? 少年は殺そうなんて思っていなかったのに、死にいたらしめてしまった。

坂本龍馬といえば、彼が生きていれば、明治、その先の日本の行く末さえも変わっていたかもしれないといわれる男です。現代においても英雄です。

ですから、今を生きる老舗料亭の店主に至るまで、彼らの一族は重荷を背負いつづけているという、そんな話です。


本文でそれが伝わればいいのに、グダグダここで捕捉してしまいました。

吉岡ニッケル
126.224.148.76

再訪スンマヘン。あと関係ないことも。

龍馬暗殺の真相。京都見廻組、つまり佐々木只三郎と今井信郎が殺ったっちゅうのがメジャーな説やが。

俺は、途中で龍馬を訝しく思った薩摩が黒幕やった、って説がおもろいと思う。中村半次郎は大好きやけどな。

司馬遼太郎の「竜馬がゆく」では、新政府の名前に龍馬の名がないって疑問におもた陸奥(やったかな)に対して:

「これからは世界の海援隊で生きるけん」

って言ったそうやないか。惜しい人が早世したもんやなあ。

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