作家でごはん!鍛練場
月戸井

マーメイド∞

題名「マーメイド∞」


●内容
人魚が人間を殺す話。


●主な登場人物
大川(四〇)S署の刑事
引田(二九)大川の部下


森井博士(五五)森井海洋生物研究所所長
森井佐知子(二五)森井博士の娘
矢野(二六)佐知子の彼氏
細川(二三)森井博士の助手


大川久子(三四)大川の妻
大川陽子(四)大川の娘


松原(五六)S署の刑事
白鳥(三二)S署の鑑識


○誰かの夢(或いはオープニング)
全裸の女性。(変態が完了するまで顔は映らない)皮膚が変質し、鱗が生え始める。その変化には苦痛が伴い、その苦痛は快感ともリンクしている。頭髪以外、全ての皮膚が鱗になる。自身の変態が完了したのを知り、恍惚の表情を浮かべる。(正確な鱗の色を伏せるため、この柱のフルカラーはNG)
※鱗については、その都度、説明がある。

○森井博士の家──リビング(夜)
夏。香川県S市の森井家の洋館。森井家は、この辺り一帯の大地主。リビングに森井博士(五五)の娘の佐知子(二五)がいる。窓から海が見えている。携帯電話が鳴る。
佐知子「(携帯を取って)お父さん」
時間を確認する。(午後八時少し前)

○森井海洋生物研究所──研究室(夜)
森井博士が電話中。近くで助手の細川(二三)が試験管を洗っている。
森井博士「ああ。帰れそうにない。──分かった。(携帯を切って)細川君!」
細川「はい!」
博士の傍らまで行く。
森井博士「悪いが何か食べ物を買って来てくれ」
細川「ご注文は?」
森井博士「そうだな。幕の内弁当を頼む」
財布から五千円札を出して細川に手渡す。
森井博士「君も好きなものを」
細川「ありがとうございます」

○森井海洋生物研究所──駐車場(夜)
細川が車に乗りこんでいる。「森井海洋生物研究所」の看板がある。

○森井海洋生物研究所──研究室(夜)
森井博士が何かの調合をしている。水の跳ねる音がする。
森井博士「ん……?」
一瞬だけ仕事の手を止める。

○森井海洋生物研究所──大水槽のある部屋(夜)
透明な強化プラスチックで作られた大水槽。床に巨大な尾びれの影。

○コンビニ(夜)
細川が買い物をしている。幕の内弁当と焼肉弁当を持ってレジに並んでいる。

○森井海洋生物研究所──玄関から廊下(夜)
細川が帰って来る。

○森井海洋生物研究所──研究室(夜)
細川「行って来ました」
が、博士がいない。
細川「博士?」
廊下に出て隣の応接間に行き、いないのを確認してから戻って来る。
細川「?」
床の一部が水浸しになっていることに気がつく。弁当を置いて水源をたどると、大水槽のある部屋の前に行き着く。
細川「博士?」
半開きのドアを開けて中に入る。

○森井海洋生物研究所──大水槽のある部屋(夜)
亀裂の入った大水槽から海水の流出が続いている。大水槽の中にあるのは海水だけ。
細川「た、大変だ!」
慌てて携帯を出す。が、床に落として濡らしてしまう。
細川「あ!」

○森井海洋生物研究所(夜)
大水槽のある部屋から出て、廊下の固定電話に向かうが、ずるずると何かを引き摺っているような音を聞いて、
細川「!」
慌てて振り返る。が、何もない。誰もいない。
細川「ふうっ……」
ほっとする。が、そのとき全ての照明が消える。
細川「うわっ!」
再び、ずるずるという音が聞こえてくる。
細川「はっ!」
暗くて何も見えない。だが気配を感じる。
細川「う、うわっ!」
叫びながら玄関に向かう。

○森井海洋生物研究所の前(夜)
建物から出て来た細川が車に乗りこむ。ドアが半ドアになる。ちゃんと閉めようとドアを開けたとき、地面に映った何者かの影に気がつく。右手を掴まれる。(細川の右手を掴んだ何者かの姿は、手を含めて、この柱では映らない)
細川「うわっ!やめろ!放せ!」
ガリッと骨を齧(かじ)ったような音。
細川「ギャー!」
肉を咀嚼(そしゃく)しているような音。
細川「ギャー!ギャー!ギャー!」

○S市市街地(朝)
朝日に照らし出されている。

○森井海洋生物研究所の近所の民家(朝)
ランドセルを背負った子供が玄関から出て来る。犬小屋に向かう。
子供「シロ、シロ、シロ!」
シロが出て来ない。鎖の先は犬小屋の中。鎖を引き出し始める。玄関から母親が出て来て、
母親「早く行きなさい!遅れるでしょ!(出てきた鎖の先を見て)キャー!」
悲鳴を上げる。(シロの惨状は映らない)

○覆面パトカー(朝)
市街地。運転席に引田刑事(二九)、助手席に大川刑事(四〇)がいる。
引田「それで奴さん、えらく慌てましてね。旦那が帰って来たのを知って、押入れに隠れたまではよかったんですが──」

○引田の話している浮気現場の再現──押入れの中と外
狭い押入れに裸の男が隠れている。不安そうな面持ち。その押入れを開けようとしている夫。それを傍らで見ている下着姿の妻。

○覆面パトカー(朝)
二人が馬鹿笑いしている。そこに無線が入る。大川が応答する。
大川「何だ?」

○森井海洋生物研究所の前(朝)
数台のパトカーが止められている。大川と引田が到着する。車から下りて、
大川「(一人の警官に向かって)何があった?」
白鳥「大川さん。ちょっと」
鑑識の白鳥(三二)に呼ばれて二人が向かう。示された車の中を覗く。(地面に何かを引き摺ったような跡がある)
大川「うわっ!(驚いて車から離れる)」
引田「ひ、人?」
大川「まさか……」
再び車の中を見る。
白鳥「ここの研究員です。免許証がありました」
大川に免許証(ビニール袋に入れられている)を手渡す。免許証には血がついている。
大川「細川正文……。熊でも出たのか……?(本気で言ったのではないが、冗談でもない)」
白鳥「今のところ、そんな情報は」
大川「分かっている。しかし、これは……」

○森井海洋生物研究所──大水槽のある部屋(朝)
大川と引田が入って来る。
大川「(鉄製のドアを見ながら)……」
割れた大水槽の正面に立つ。床が濡れている。大水槽の中は空。(少量の海水が残っている)
大川「(若い鑑識に向かって、大水槽の壁を叩きながら)何だ、これは?」
若い鑑識「水槽です」
大川「(大声で)そんなこと見れば分かる!」
先に到着していた松原刑事(五六)が大川の傍らに来る。
松原「どうした?あまり怒鳴り散らすな。今は平成だぞ。そんなじゃ──」
引田「(松原に耳打ちで)惨殺死体が嫌いですから」
大川「(今度は松原に向かって)ふん。これは何だ?」
松原「見て分からんのか?水槽だ。(側面を叩きながら)分厚いな……。こんなの映画でしか見ないぞ……」
大川「ここは何だ?」
松原「彼女に聞け」
部屋の隅に立っている女性を指差す。一人の男性(矢野・二六)に肩を抱かれている。
松原「ここの所長の娘さんだ」
大川「隣は?」
松原「彼氏だそうだ。矢野とか言ったな」
大川「所長は?」
松原「まだ連絡が取れん。兎に角、怒鳴るな」
大川の肩を叩いて立ち去る。

○森井海洋生物研究所──応接間(朝)
狭い応接間。大川と引田と佐知子がいる。
引田「今朝の七時にここに来たとき、玄関のドアが開いていたので、そこから中に入った。だが、誰もいなかった。そして、あの部屋のドアが開いているのに気がついた。──合っていますか?」
佐知子「はい。その通りです」
引田「では続けます。中に入ったとき、既に水槽は壊れていた。建物の中が何となく荒らされているようにも感じていた。それで警察を呼んで、矢野さんにも連絡した。細川さんの死は、駆けつけて来た警官に教えられるまで知らなかった」
佐知子「はい」
大川「博士は、ここで何を?」
佐知子「分かりません……」
大川「分からない?」
佐知子「貴重な魚を飼育していると……」
引田「貴重な魚?」
佐知子「はい」
大川「他は?」
佐知子「分かりません……。あの部屋の中を見たのも今日が初めてなので……」
ドアを開けて松原が顔を覗かせる。
松原「(大川に向かって)ちょっと」
大川「(引田に)ここにいてくれ」
引田を残して廊下に出る。

○森井海洋生物研究所──廊下(朝)
開放された研究室のドアの近く。
松原「さっき通報があってな」
大川「ああ」
松原「犬が変死していた。今、見て来たんだが、」
大川「何だ?」
松原「(細川と)同じだ」
大川「目撃者は?」
松原「(首を横に振って)死骸は飼い主が見つけてな」
大川「そうか……。ん?」
床(ドアの陰)に何かが落ちている。大きさは牛乳ビンの蓋くらい。扇みたいな形。
松原「何だ?」
大川「鱗か……?」
(ドアの陰なので正確な鱗の色は分からない)

○S市の海岸
砂浜。少し沖にゴムボートが見える。

○ゴムボート
三人が乗っている。男二人と女一人。男1の額には水中メガネ。女を残して、二人が海に飛びこむ。

○海中
男2「最っ高!」
男1が素潜りを始める。なかなか上がって来ない。
男2「あいつ大丈夫か?」
そのとき海中から足を引っ張られる。(恐怖の演出)
男2「う、わっ!」
海中から男1が現れる。
男2「くそっ!こいつ!」
男2が男1の頭を押さえつける。
男1「すまん!わっぷ!すまん、すまん!」
女「もう許してあげなよ!」
男2「ちぇっ!」
二人ともゴムボートに戻る。

○ゴムボート
男1が掌に載せたピンポン球くらいの球体を見せている。球体は七色に光っている。
男2「貝か?貸してみろ!(球体を手に取って)プラスチックか?」
男1「びっくりするほど沢山あった」
女「わたしにも見せて!(球体を手に取って)きれい……」
太陽に、かざす。そのとき、大きくゴムボートが揺れる。
女「あ!」
球体を海に落とす。

○海中
何者かが現れて球体を拾う。(手しか映らない)

○ゴムボート
揺れが続いている。
女「い、今の見た?(夏なのに震えている)」
男1が首を横に振る。
男2「(女に)どうした?」
女「逃げないと!」
男1「?」
そのとき二回目の揺れが。三人がボートから投げ出される。
三人「うわーっ!」

○海中
巨大な尾びれで三人の体がバラバラに。(鱗の色は海中なので不鮮明)

○ある工場の休憩室
休憩中の従業員がテレビのワイドショーを見ている。

○テレビ画面
女性司会者「あ。中継が繋がったみたいです。えー。松川さん。現在どのような状況でしょうか?」
※画面が切り替わる。
砂浜。警察が来ている。地引き網がある。
松川「はい。現場の松川です。(口にハンカチを当てながら)本日の午後一時ごろ、地元の中学生によって行なわれた地引き網に、人の体の一部と思われる複数の肉片がかかりました。現在、潜水士によって遺体の回収が進められています──」
※画面が切り替わる。
女性司会者「松川さん。遺体は一人ではないと伺いましたが?」
※画面が切り替わる。
松川「はい。まだ詳しいことは分かりませんが、少なくとも二人以上だということです」
(↑これらの言い回しが、マスコミ的に正しいのかどうかをチェックする必要がある)

○海に近い、ある工場の敷地
人気のない場所に、猛獣に襲われたような人間の死体が転がっている。

○大川の自宅──リビング(夜)
大川が娘の面倒を見ている。妻は洗い物をしている。

○瀬戸内海を渡る小型フェリー(夜)
高松──××島間を運航。

○瀬戸内海を渡る小型フェリー──スクリュー(夜)
何かがスクリューに巻きこまれる。(シルエットで)

○瀬戸内海を渡る小型フェリー──操舵室から機械室(夜)
操舵室の船員「(以下、内線で)出力が落ちたぞ!」
機械室の船員「スクリューが何かを巻きこんだみたいです!」
エンジンの調子が戻る。
機械室の船員「あ!取れました!」

○あるドック
従業員が小型フェリーのスクリューを見ている。何かの肉片(灰色。理由は三つ下の柱に)が絡みついている。肉片には七色に光る鱗が。
※※※※※この柱以下、鱗の色に制限はない。

○S警察署
大川と引田と鑑識の白鳥がいる。卓上に七色に光る鱗がある。
白鳥「これを」
小型フェリーのスクリュー(○あるドック←柱)の写真を机上に置く。
大川「どこだ?」
白鳥「多度津です。ネットで見つけました」
引田「同じですね」
大川「ああ。間違いない」

○海中
七色に光る無数の球体がある。

○瀬戸内海の無人島(夜)
満月。無人島の砂浜に美しい女性が打ち上げられている。が、下半身は魚。体の右半分が、えぐり取られている。大きさは人間の女性と変わらない。七色に光る鱗を持っている。(日光を浴びた人魚は灰色になって死ぬ。←以外の、事故などで死んだ人魚も、日光を浴びると灰色になる。が、鱗と頭髪は変わらない。そして、皮膚も灰色になるだけで、美しさは保たれ続ける。この柱の人魚は、まだ砂浜に打ち上げられたばかりで、日光を浴びてなく肌は肌色のまま)

○S市(夜)
瀬戸大橋のライトアップが見える。

○S市の、ある家族の茶の間の団欒(夜)
家族でテレビを見ている。両親と娘二人。少女時代を見ている。
姉「誰が一番きれい?」
妹「お姉ちゃんは?」
姉「わたしは××かな」
妹「わたしは△△」
父親「お父さんは□□がいいな」
姉と妹「聞いてないし!」

○S市の海岸──堤防(夜)
釣り人が集まっている。カップ麺を食べている人もいる。
釣り人1「今日は不思議に釣れるな」
釣り人2「ああ」
釣り人1「餌のせいか?」
釣り人2「いつものだけど」
釣り人1「おや?あれは……?」
海面が七色に光っている。
釣り人2「?」
釣り人1「寄って来ている!」
釣り人2「……?」
釣り人達が騒ぎ始める。

○S市の海岸──砂浜から近くの公園(夜)
砂浜から人魚の大群が上陸している。人間部分で判断すると十五歳くらいに見える。その一団がカップルを襲い始める。(人魚の顔は全て同じ)
男「や、やめろー!」
女「キャー!」
それぞれ食われ始める。人間を食べた人魚の体が急激に成長する。(成人女性のようになる)

○コンビニ(夜)
大川と引田が買い物に来ている。引田がレジに並んでいる。そのとき、四、五人が店内に駆けこんで来る。その内の一人が、コピー機をドアの前に移動させ始める。
引田「(彼らを見て)?」
店員「ちょっと、あんた!」
駆けこんで来た男1「か、怪物が──」
駆けこんで来た男2「に、人魚だ!」
コピー機の移動が完了。
引田「人魚?」
そのとき、新たに駆けて来た男が、
新たに駆けて来た男「入れてくれ!く、くそっ!間に合わない!」
行ってしまう。
引田「?」
逃げて来た男2「き、来た!」
引田「来た?」
外を見ると、這っている一団が。
引田「な……?(まだ事の重大さを理解していない)」
這っているのは女性ばかり。が、よく見ると人とは違う。下半身が魚。さっきの男が襲われている。
引田「嘘でしょ……」
パンを持った大川がレジに来る。外の惨状に気がついて、
大川「(店員に)警察だ!ぶ、武器になるようなものはないか!(動転している)」
店員「は、はい!」
レジの奥に入り、鎌を持って出て来る。
店員「これを──」
大川に鎌を手渡す。引田は棚から取ったワインボトルを手にしている。
大川「行くぞ!」
コピー機をどけて二人が店から出る。

○コンビニの外(夜)
人魚の一人、或は一匹を、大川が男から引き離し始める。一匹の人魚が大川の足首を掴む。
大川「う、ぐっ!」
鎌で応戦を始める。(刃のない背の部分を使う。刃の部分は使わない)引田もワインボトルで戦う。その間に男の喉笛が掻き切られてしまう。
引田「大川さん!」
大川「ああ!」
敵わないことを悟ってコンビニに戻ろうとする。が、ドアには再びコピー機が。鍵もかけられている。複数の人魚が背後に迫って来ている。
引田「開けろ!」
店員「(申し訳なさそうに首を左右に振る)」
大川「(引田に向かって)車だ!」
車に向かって走る。中に入ってドアを閉める。ぎりぎりで間に合う。
人魚「ギャー!」
挟まれた指先をドアから引き抜く。

○車(夜)
ドアをロックする。
引田「助かった……」
人魚がコンビニのガラスを割る。車の窓も叩かれる。が、車の窓を割るまでの力はない。コンビニから悲鳴が聞こえてくる。
引田「大川さん!」
大川「(怒ったような口調で)どうしようもない!車を出せ!」

○コンビニ(夜)
既に二人がやられている。残った客と店員が、一番奥の通路で人魚の挟み撃ちに。一人の男性客が、棚に登って隣の通路に飛び下りる。が、着地して顔を上げると、すぐ目の前に人魚が。
男性客「くそっ!」
(跳びかかって来る人魚の顔で画面が一杯になる。男性客の視点)
※ここで暗転。

○S市の、ある家族の茶の間の団欒(夜)(先と同じ家族)
家族でテレビを見ている。両親と娘二人。少女時代を見ている。

○テレビ画面
突然、番組が中断されて、アナウンサーが。
アナウンサー「番組の途中ですが、香川県S市に、(一瞬、戸惑った表情をした後、改めて原稿を読み始める)人魚が現れたとのことです」
※画面が切り替わる。
うどん屋の正面に榎井が立っている。看板は「小比賀製麺」。

○S市の、ある家族の茶の間の団欒(夜)(先と同じ家族)
家族でテレビを見ている。両親と娘二人。
妹「近所じゃん」

○テレビ画面
うどん屋の正面に榎井が立っている。看板は「小比賀製麺」。

榎井「現場の榎井です!まずは、これをご覧下さい!(興奮している)」
※画面が切り替わる。
人魚の一団が這っている。
※画面が切り替わる。
うどん屋の正面に榎井が立っている。看板は「小比賀製麺」。
榎井「信じられません!全て真実です!」

○S市の、ある家族の茶の間の団欒(夜)(先と同じ家族)
家族でテレビを見ている。両親と娘二人。
父親「最近のCGは、すごいなぁ」

○車(夜)
引田が運転している。大川は助手席。

○レンタルビデオショップ(夜)
若いカップルがいる。
彼女「これにしない?」
彼氏に゛ミザリー゛を差し出す。

○レンタルビデオショップ──カウンター(夜)
カウンターが無人。
彼氏「変な音がするよね」
彼女「あ……(呆然としている)」
彼氏「何?」
彼女の視線をたどって、店員を貪っている人魚の姿に気がつく。
彼氏「う、わ!」

○S市の、ある家族の茶の間の団欒(夜)(先と同じ家族)
家族でテレビを見ている。両親と娘二人。外からサッシ戸が叩かれる。
父親「何だ?」
カーテンを開けると複数の人魚がいる。
父親「な、何だ!」
姉と妹「キャー!」

○S警察署──玄関(夜)
車から大川と引田が出て来る。

○S警察署(夜)
警官が対応に追われている。大川を見つけて松原がやって来る。
松原「人魚が出たってのは本当か?」
大川「本当だ」
松原「そ、そうか(かなり動転している)」(半分ほどギャグを意図したシーン)
それだけ言って立ち去る。引田が鳴っている電話を取る。
電話の声「や、やっと繋がった!に、人魚が──」
引田「落ち着いて。場所はどこです?」
電話の声「××××です(大川の自宅の近所)」
引田「大川さん!ご自宅の近くにも人魚が!」
大川が携帯を出して自宅にかける。

○大川の自宅──リビングと風呂(夜)
電話が鳴っている。が、取る人がいない。

○S警察署(夜)
大川が携帯を切る。
引田「どうでしたか?」
大川「家に帰る!」
引田「そ、そうですか」
大川「車の中は大丈夫だと皆に伝えろ!」
車に向かう。

○大川の自宅──リビング(夜)
風呂上がりの親子がいる。久子(三四)と陽子(四)。
久子「ここでいてね」
娘を残して部屋から出る。

○大川の自宅──玄関(夜)
ドアが開いている。(人魚だと錯覚させる。急いでいた大川が、ちゃんと閉めていなかったという設定)

○大川の自宅──リビング(夜)
(陽子の背後からカメラが近づく。人魚だと錯覚させるシーン)

○大川の自宅──廊下からリビング(夜)
久子「あら?」
リビングに戻ると夫が帰って来ている。娘を抱いている。
大川「何も知らないのか?」
久子「え?ええ……(首をかしげる)」
大川「家から出るぞ!」
久子「え?」

○大川の自宅──車庫(夜)
妻子を乗せた車の外から、
大川「必要なものを持って来る。絶対、外に出るな!」
車から離れる。

×××

陽子「お母さん、おしっこ」
久子「もう少し我慢して」
陽子「出来なーい!もれるー!」
久子「仕方ないわね」
娘を連れて車から出る。

○大川の自宅──トイレ(夜)
トイレに娘を置いて、
久子「あなた?」
夫を捜し始める。

○大川の自宅──車庫(夜)
傍らの植木が不自然に揺れている。

○大川の自宅──トイレから玄関(夜)
トイレから出て来る。
陽子「お母さん!(中声で)」
反応がない。玄関から出て車に向かう。

○大川の自宅──車庫(夜)
車の陰から美しい女性(顔だけ)が現れる。
陽子「だれ?」
全身が現れる。
陽子「あっ!にんぎょ!」
近づいて来る。
陽子「(さすがに怖くなって)いや!あっち行って!」
人魚が牙をむく。
陽子「キャー!キャー!」

○大川の自宅──二階から階段(夜)
久子「あなた?(夫がいないので首をかしげている)」
二階から下りようとしているとき、娘の悲鳴が聞こえてくる。
陽子「キャー!キャー!」
久子「陽子!」

○大川の自宅──車庫(夜)
人魚との距離がもうない。そのとき、
大川「陽子!目を閉じろ!」
次の瞬間、人魚をバットで殴る。人魚が倒れる。泣きじゃくる娘を車に乗せる。血相を変えて駆けつけて来た妻に、
大川「何していた!」
久子「嘘……」
人魚を見て驚く。
大川「早く乗るんだ!」
妻を追い立てる。

×××

大川がニュースを聞いている。娘は眠っている。
久子「(無言)」
近くを複数の人魚が這っている。

○大川の自宅──車庫(朝)
人魚がいなくなっている。
大川「(妻を起こして)様子を見て来る。車から出るな」
バットを持って車の外に。

○大川の自宅の周辺(朝)
石段で腰かけている老人(男性)と出会う。
大川「お怪我はありませんか?」
老人「何とか大丈夫です。あなたは?」
大川「車の中で遣り過ごしました」
老人「そうですか……」
大川「人魚はどこに行ったんでしょう?」
老人「私は見ましたよ」
大川「?」
老人「夜明け近くになると、奴らは北に向かって移動を始めました。きっと海に戻ったんです。その内に日が昇ると、逃げ遅れたのが、」
老人が指差した場所に、灰色になって絶命している人魚がいる。(鱗と頭髪は変わらない。そして、皮膚も灰色になっているだけで、美しさは保たれている)
大川「日に当たって?」
老人「そうです。しかし気をつけなさい。まだ生きているのが家の中に隠れているかも知れません」

○大川の自宅──リビングから風呂(朝)
バットを手にした大川が、窓を開けながら家の中を調べている。押入れを開けながら引田の話を思い出して苦笑する。風呂の窓も開ける。そのとき浴槽の蓋がカタッと鳴る。
大川「!」
浴槽から人魚が現れる。
大川「くそっ!」
バットを打ち下ろすが、かわされてしまう。
大川「こいつ!」
人魚を抱いて窓から跳ぶ。人魚が悶え死ぬ。灰色になる。

○大川の自宅──玄関(朝)
大川一家がいる。
大川「日が暮れる前に車に入るんだ。誰かが助けを求めて来ても絶対にドアを開けるな」

○S警察署(朝)
大川が戻って来る。引田が傍らに来て、
引田「ご家族は?」
大川「お陰でな。他は?」
引田「同じです。みんな家に帰りました。いるのは自分だけです。でも、お手上げでしたね」

○森井海洋生物研究所の前
自衛隊が研究所を取り囲んでいる。報道陣も来ている。大川と引田もいる。二人はパトカーの中。
大川「行くぞ」
引田「どこにです?」

○森井海洋生物研究所の近くの海岸
大川が服を脱いでいる。
引田「ヤバイですよ」
大川「夜行性だ。昼は、おねむだ」
引田も波打ち際までついて行く。
大川「じゃ」
軽く手を振って海に入る。沖に向かって泳いで行く。引田が砂浜で待っている。十五分後、大川が戻って来る。
大川「見ろ」
複数の七色に光る球体を砂の上に放り投げる。
引田「何です?」
大川「幾らでもあるぞ」
引田「ひょっとして……」
大川「そう思うか?」

○森井博士の家の前
パトカーが止められている。

○森井博士の家──応接間
多くの美術品が飾られている。ブランクーシの本物。大川と引田がテーブルについている。
引田「(部屋の中を見回して)何度来ても、すごい……」
(↑細川の事件で何度か来ている)
佐知子が紅茶を運んで来る。
佐知子「どうぞ」
引田「すみません」
大川「電話では、私に見せたいものがあると?」
佐知子「はい」
持ち運びの出来る小さな金庫を持って来て、
佐知子「これです」
大川の前に置いて椅子に座る。
大川「何です?」
佐知子「研究記録です。父の」
大川「研究記録……」
金庫を開けようとする。が、開かない。
大川「番号は?」
佐知子「分かりません。ちょっと、こちらに」
椅子から立ち上がる。

○森井博士の家──博士の部屋
引田「これは……」
部屋の中には何もない。家具が置かれていた痕跡だけが残っている。
大川「?」
佐知子「自衛隊です……。何もかも……。でも父は、これを予測していたらしくて」
大川「さっきの金庫ですか?」
佐知子「(うなずいて)゛何かあったときには、これを信頼の置ける人に渡してくれ゛と」
大川「どこに保管を?」
佐知子「こちらです」
別の部屋に向かう。

○森井博士の家──佐知子の部屋
藤田嗣治の裸婦がかけられている。
佐知子「わたしの部屋です。彼らも、ここには入りませんでした。金庫は、あの棚の中に」

○パトカー
引田が運転している。金庫は大川の膝の上。

○鍵屋
色々な種類の鍵が並べられている。
店主「開きました」
大川が中の確認をする。入っていたのは一通の封筒のみ。中身は一本のビデオテープ。

○パトカー
リアシートに蓋の開いた金庫がある。運転席と助手席にてホームビデオのモニターを見ている。

○ビデオテープの映像
森井博士が映っている。
森井博士「これが誰かの目に触れるとき、私は死んでいるか、或いは……。今、これをご覧の方が、あれをご存知なければいいのだが……」

○パトカー
大川と引田「……」

○ビデオテープの映像
森井博士「今から三十年ほど前、私は異なる種の遺伝子を組み合わせて、新しい生物を生み出すことに成功しました。
(苦渋に満ちた表情で)その前に──どうかこのビデオを、娘には見せないで欲しい……。
(暫く時間が空く)
私は妻の体から卵子を取り出して(摘出して)、そこに魚の遺伝子を加えました。その上で、私の精子で受精させたのです。
誕生した子供の下半分が人間ではありませんでした。しかし、もう限界です。彼女は外の世界を望んでいます。ずっと水槽で暮らしていても、半分は人間なのです。
言葉では表現出来ませんが、きっと彼女は何かを企んでいる……。
彼女は無性生殖をします。一回に産む卵の数は、およそ五、六十。産卵は二日に一度です。わずか二週間で成体になります。日陰なら、陸の上でも、二、三日間は生きられるでしょう。
最後に食料だが……。恐らく……人肉さえ厭わない……。
まだ他にも言いたいことが」
唐突に録画が終了。

○パトカー
大川「……」
引田「どうします?」
大川「あ、ああ……」
引田「可哀想に」
大川「何だ?」
引田「佐知子さんですよ」

○S市
大勢の自衛官がいる。自動小銃を持っている。要所要所にバリケードを築いている。戦車が投入されている場所もある。

○スーパーマーケット
大勢の人が詰めかけている。長蛇の列。

○自衛隊の車両(夕)
拡声器の声「車の中に避難して海から離れて下さい!繰り返します。車の中に避難して海から離れて下さい!」
(市街地、田舎、瀬戸内海の島々など)

○ある家族の車(夕)
夫が運転席に、幼い息子を抱いた妻が助手席にいる。この家族がいる駐車場には、百台ほどの車が集まっている。
ラジオの音声「まだ目撃情報はありません──」
妻「ねえ。今からでも、もっと遠くに」
夫「大丈夫だ。心配ない」
その隣に久子(大川の妻)の車がある。

○久子の車(夕)
娘を抱いた久子が携帯で話している。

○自衛隊の対策本部(夕)
S高の体育館。長机が並べられている。校庭ではヘリコプターが離着陸している。責任者の大佐の他、大勢の自衛官がいる。そこに大川と引田もいる。大川が妻にかけていた携帯を切る。
引田「どうでしたか?」
大川「ああ。心配ない」

○S市の海岸(夜)
大勢の自衛官が待機している。テレビ局が来ている。
自衛官「何だ、あれは!」
海を指差す。
自衛官「す、すごい……」
人魚の大群が現れる。あまりの数の多さに、一部の自衛官が逃亡を始める。
逃亡する自衛官「うわー!」
指揮官「逃げるな!とどまれ!」
戦車が大砲を撃ち始める。少し遅れて自動小銃も。だが、距離は縮まるばかり。一郭では人魚の上陸が始まろうとしている。
その一郭の指揮官「た、退却!」
その一郭の自衛官が退却を始める。

○自衛隊の対策本部(夜)
大佐「(無線で)く──。上陸を許しただと!」

○ある家族の車(夜)(先と同じ家族)
夫が運転席に、幼い息子を抱いた妻が助手席にいる。
ラジオの音声「土砂降りの雨のような砲撃!しかし事態は思わしくありません!」
妻が隣の車に目をやると久子の横顔が見える。

○バリケード──△△町(夜)
道路に作られた、△△町にあるバリケードの一つ。
指揮官「来るぞ──」
人魚の一団が現れる。
指揮官「撃て!」
銃撃が始まる。徐々に人魚の数が減っていき、遂には撃退に成功する。
指揮官「追うぞ!」
先頭になってバリケードから飛び出す。

○自衛隊の対策本部(夜)
大佐「(無線で)そうか!撃退したか!」
歓声が湧き起こる。
自衛官「(大佐に向かって)□□でも撃退に成功です!」

○ある家族の車(夜)(先と同じ家族)
夫が運転席に、幼い息子を抱いた妻が助手席にいる。
ラジオの音声「△△町の自衛隊のバリケードからの中継です!人魚の撃退に成功しました!逃げた人魚を追って、今、バリケードの中は空っぽです!」

○久子の車(夜)
ラジオの音声「やりました!人魚の撃退に成功しました!」
娘を抱き締める。

○S市の海岸(夜)
自衛隊の攻撃が続いている。
指揮官「(以下、無線で)構わないから、やれ!」
戦車の中の自衛官「で、ですが……」
指揮官「馬鹿野郎!これは命令だ!」
戦車の中の自衛官「りょ、了解しました!」
戦車が人魚を轢き殺し始める。
人魚「ギャー!」

○自衛隊の対策本部(夜)
大佐「(大川に)見たまえ。しょせんは魚。数が多いだけだ」
大川「──」

○S市(朝)
人魚の死骸が散乱している。(日光を浴びた人魚は灰色になっている)

○久子の車(朝)
娘は熟睡している。
ラジオの音声「──絶対に確認が必要です。ご自宅は勿論、木陰のある場所、井戸、或いは放置された土管、納屋や倉庫、公園の遊具──」

○森井博士の家──リビング(朝)
カーテンが閉じられている。床に横たわった全裸の佐知子が人魚に囲まれている。矢野(彼氏)が部屋の隅で死んでいる。

○佐知子の夢
全裸の佐知子。皮膚が変質し、鱗が生え始める。その変化には苦痛が伴い、その苦痛は快感ともリンクしている。頭髪以外、全ての皮膚が鱗になる。自身の変態が完了したのを知り、恍惚の表情を浮かべる。(この柱の映像は全て任意)

○森井博士の家──リビング(朝)
全裸の佐知子(人間)が目覚める。立ち上がって周りを見る。人魚に囲まれている。佐知子の瞳の色が変化している。
★これ以降、佐知子(人間)、或いは、佐知子(怪物)で、状態を表す。全裸の指定のない限り、人間のときは服を着ている。

○ある倉庫(朝)
閉め切られた倉庫に、鉈(なた)やバットを手にした、十四、五人の若者が集まっている。猟銃を構えている者もいる。中央に四角い木箱。大きさは、一m×一m×一m。ロープで、ぐるぐる巻きにされている。
男a「開けるぞ!」
木箱のロープを切って急いで離れる。変化がない。一人が木箱に近づこうとしたとき、蓋が開いて中から人魚が現れる。
男a「油断するな!」
一人が投げつけた鉈が横腹に命中する。怒り狂った人魚が正面にいた男bに襲いかかる。
男b「うわわわ!」
男bが倒れる。男aがバットを振り下ろす。人魚はそれを避け、今度は彼を襲い始める。尾びれで彼の右手が切断される。
男a「シャ、シャッターを開けろ!」
シャッターが開いて日光が差しこむ。木箱に戻ろうとした人魚が猟銃で撃たれる。

○大川の自宅──リビング(朝)
大川が帰宅している。

○引田のアパート(朝)
引田が爆睡している。

○S市(朝)
小学生の集団が棒で人魚の死骸をつついている。

○ゴミ収集場所(朝)
古新聞と一緒に“人魚姫”の絵本が捨てられている。

○S市の海(朝~夕)
海上自衛隊が、人魚の卵を、さらっている。

○自衛隊の対策本部(夕)
大川と引田が復帰している。大佐が大川に紙片を手渡す。
大佐「これまでの被害者の数だ。分かっているだけだが」
引田「(傍らから見て)死亡、五六二人……」
大佐「ひどいものだな。しかし、今夜で終わらせる」

○S市の海岸(夜)
人魚の大群が現れる。海が七色に光っている。
自衛官「現れました!」
指揮官「撃て!」
前日以上の激しい砲撃が行なわれ始める。数分後、人魚の姿が見えなくなる。
リポーター「ご覧下さい!一匹の人魚も見えません!(興奮している)」

○川底(夜)
人魚の一団が川底を這うようにして泳いでいる。先頭は佐知子(怪物)。

○自衛隊の対策本部(夜)
大佐が報告を受けている。
大佐「海から離れた場所で民家が襲われているだと?そんな馬鹿な!」

○民家(夜)
人魚が民家を襲っている。

○バリケード──△△町(夜)
指揮官「注意を怠るな!」
バリケードの中に、突然、佐知子(怪物)が現れる。
指揮官「な──」
平手で首を切り落とされる。

○自衛隊の対策本部(夜)
自衛官1「△△町でバリケードが破られました!」
自衛官2「凄まじい破壊力を持った怪物がいるとの情報が!」
大佐「……」
引田「(大川を見る)」

○自衛隊の対策本部──S高の駐車場(夜)
大川がパトカーに乗りこもうとしている。
引田「同行します!」
大川「職場放棄だぞ」
引田「あなたに言われたくありませんね」

○ある家族の車(夜)(先と同じ家族)
夫が運転席に、幼い息子を抱いた妻が助手席にいる。
ラジオの音声「△△町と××町のバリケードが破られたという情報が入ってきました!繰り返します。△△町と××町のバリケードが破られたという情報が入ってきました!」
妻「あなた……」
夫「あ、ああ」

○久子の車(夜)
人魚の一団が迫りつつある。久子の目の前を佐知子(怪物)が横切る。一台の車のドアを素手で剥ぎ取る。

○ドアを剥ぎ取られた車(夜)
乗っているのは男性一人。少女時代の写真集を見ていた。
男性「な、何だ!(相手が人ではないことに気がついて)お、お前!」
佐知子に掴まれて車から投げ出される。そこに人魚が群がる。いつの間にか広場が人魚だらけに。

○久子の車(夜)
ドアを剥ぎ取られる。
陽子「キャー!」
まだ無事でいる隣の夫婦(○ある家族の車←柱)が、それを見ている。そのとき、大川のパトカーが突っこんで来て、佐知子を撥ねる。佐知子が地面に倒れる。パトカーを久子の車の横につけて、
大川「(妻に向かって)乗るんだ!」
引田が二人を援護する。拳銃を使う。後部座席に二人を乗せて、それから助手席に戻る。
大川「よし!出すぞ!」
パトカーの上に佐知子が飛び乗って来る。
陽子「キャー!」
大川「こいつ!」
急発進させて急ブレーキを踏む。佐知子が前方に飛ばされる。が、方向転換の最中に再び現れる。大川に顔を近づけて睨む。
大川「お、お前……」(怪物の顔を見て佐知子だと気がつく)
その言葉のせいなのか、佐知子が離れて行く。

○森井博士の家──リビング(夜)
佐知子(怪物)が戻って来る。膝を突く。そのまま床に倒れこんで人間(全裸)に戻る。(窓の外が暗い)

○森井博士の家──リビング(朝)
大川と引田が来ている。拳銃を持っている。矢野の死体を発見するが、佐知子は見つけられない。(窓の外が明るい)

○森井海洋生物研究所(朝)
二人が大水槽のある部屋に入ろうとしている。拳銃を持っている。

○森井海洋生物研究所──大水槽のある部屋(朝)
佐知子(人間・この柱では最後まで人間)が立っている。
引田「あ!」
二人が銃口を向ける。
大川「動くな!向こうを向け!」
佐知子が素直に従う。
大川「両手は後ろだ!よし!そのまま、じっとしていろ!」
佐知子に手錠をかける。
大川「こっちを向け!」
佐知子が大川の方を向く。同時に手錠の鎖を引き千切る。
大川「な!」
佐知子が逃亡する。追って外に。が、既に姿は見えない。
引田「彼女は、」
大川「何だ?」
引田「殺そうと思えば簡単に殺せたのに……」

○世界各国のニュース(アメリカ、イギリス、中国など)
日本の人魚騒動が報道されている。
アナウンサー「自衛隊によって撃退されたかに見えた人魚ですが、その後、事態は更に悪化しているようです」

○森井海洋生物研究所(朝)
捜査を続けている。
引田「何にも出ませんね……」
大川「(無言)」
引田「おっと!」
つまづいて壁に手をつく。すると壁のタイルの一枚が捲れる。中にボタンがある。
大川「何だ?」
引田「さあ……?」
大川「押してみろ」
引田がボタンを押す。床が開いて階段が現れる。
引田「大川さん!」

○森井海洋生物研究所──地下室に続く階段(朝)
二人が階段を下りている。
引田「インディージョーンズかよ……」

○森井海洋生物研究所──地下室(朝)
天井の低い小さな部屋。薄暗い。机と椅子と棚がある。書類が散乱している。
大川「照明はないか?」
引田「これでしょうか?」
壁のスイッチを押す。照明がつく。
大川「狭いな……」
引田「きっと自衛隊は知らないですよ」
大川「ああ。彼女もな」
部屋の中を調べ始める。
引田「大川さん!」
大川に一冊のノートを差し出す。表紙には、゛佐知子成長記録゛と記されている。
大川「(音読を始める)平成×年六月四日。今日、娘が産まれた。妻は喜んでいる。娘に人間以外の遺伝子を組みこんだことを、彼女には教えていない。問題は、一緒に出て来た卵だ」
一度、引田の方を見てから、
大川「四時間後、卵から小さな女の子が孵(かえ)った。この子には足がなかった。代わりに美しい尾びれがあった」

○海中
森井博士が海中で祭られている。海草で固定されている。眼窩には石が嵌めこまれている。

○関門、豊予、明石、鳴門海峡(朝~夕)
海上自衛隊の艦隊が見える。対人機雷を沈めている。

○S市上空(朝~夕)
戦闘機、ヘリコプターが飛んでいる。

○S市(朝~夕)
避難が進んでいる。車に家財を積みこんだり、買い出しをしたりで、表面的には活気があるように見える。その中には久子と陽子の姿も。

○自衛隊の対策本部(夜)
佐知子(人間)の顔写真のコピーが壁に貼られている。

○自衛隊の対策本部──S高の校庭(夜)
大川がヘリコプターに触れている。
大川「すごいな……」
引田「こんなのが、いつまで続くんでしょう?」
大川「さあな」
引田「ご家族は、どちらに避難されましたか?」
大川「(動きが止まっている)」
引田「どうしました?」
大川の視線をたどる。そして佐知子(人間・S高の校庭から立ち去るまで人間)が近くにいるのに気がつく。
引田「!」
佐知子「教えて。わたしは、どうなっているの?」

○S市の海岸(夜)
人魚の死骸が浜風を受けている。

○自衛隊の対策本部──S高の校庭(夜)
大川が全てを話し終えたところ。
大川「これで全部だ」
佐知子「……」
大川「昨夜からのことを憶えているか?」
佐知子「……」
大川「憶えているんだな」
佐知子「ええ……」
大川「迷いがあるんだろう?(少し間を置いてから)自分で決めるんだな。出来れば人間の側に立って欲しい」
佐知子「拳銃を貸して下さい」
大川が拳銃を手渡す。
引田「ちょっ(と)!(最後の゛と゛は声にしない)」
大川「悟られないように出て行きなさい」
佐知子が去る。
自衛官「あ!」
佐知子と擦れ違う。が、彼女は塀を跳び越えて見えなくなってしまう。

○森井博士の家──リビング(夜)
佐知子(人間)がガソリンを撒いている。矢野の傍らに立って、マッチに火をつけて投げる。炎が上がる。自らの、こめかみに、銃口を当てて撃つ。しかし弾丸は、こめかみを通過しない。銃口を咥えて二発目を撃つ。弾丸を口から吐き出す。
佐知子「そう……」
拳銃を床に捨てる。
佐知子「そう……」
炎の中に立ち尽くしている。

○岡山県、広島県、愛媛県の海岸(夜)
人魚の大群が上陸している。(鷲羽山ハイランド・岡山、厳島神社・広島、水晶ヶ浜海水浴場・愛媛)

○自衛隊の対策本部(夜)
大佐「岡山、広島、愛媛……」

○首相官邸(夜)
内閣総理大臣、防衛庁長官、その他が集まっている。
内閣総理大臣「何をしているんだ!世界中が文句を言ってきているぞ!」
防衛庁長官「大丈夫です。既に手は打ってあります」

○関門、豊予、明石、鳴門海峡(夜)
海上自衛隊の艦隊が見える。

○関門、豊予、明石、鳴門海峡の海中(夜)
人魚の大群が瀬戸内海から出ようとしている。が、対人機雷によって多くが爆死を。

○大西洋──豪華客船(夕)
快晴。デッキに大勢の人がいる。明るくて楽しそう。少年が同じ年頃の少女と話している。
少年「いいね。シェイクスピアの生家か。かっこいいよ」
少女「リバプールにも行ったのよ」
そこに少年の母親が現れる。
母親「ブライアン(少年の弟)は?」
少年「さあ?」
母親「リチャード!弟を見ていてって言ったはずよ!」
少年「大丈夫だよ。もう十歳なんだから」
母親「まだ十歳よ!」

×××

母親が、探していた息子を見つける。
母親「よかった!ここにいたのね!」
弟「(双眼鏡から目を離し、母親の方を見てから)あれ……」
海を指差す。
母親「何?」
弟「これ」
母親に双眼鏡を手渡す。
母親「(双眼鏡で海を見ながら)まあ!あんなところを女の人が──!」
女性の肩から上が見えている。泳いでいるように見える。
弟「人間じゃないよ……」
母親「(双眼鏡で海を見ながら)え?」
女性の姿が海中に消えた直後、大きな尾びれが同じ場所に現れる。
母親「(双眼鏡で海を見ながら)ええ?」

○台湾の家電売り場
テレビニュースに客が群がっている。

○テレビ画面
檻に入れられた生きた人魚が映し出されている。
アナウンサー「昨日、台東市で捕らえられた人魚です。午後からの解剖が予定されています」

○台湾の家電売り場
テレビニュースに客が群がっている。
客1「ちょっと酷くないか? 半分は人間だと聞いたぞ」
客2「大勢が殺されているんだ。仕方ないよ」

○香川県A町(朝)
大川一家がいる。娘は車の中で眠っている。
引田「残念です」
大川「私もだ。世話になったな」
引田「こっちこそ。これは陽子ちゃんに。コンビニで買ったお菓子ですが」
大川に紙袋を手渡す。
大川「すまんな。遠慮なく貰っとくよ」
引田「疎開先は長野でしたね?」
大川「ああ」

○瀬戸大橋(朝)
大川の車が瀬戸大橋を渡っている。
ラジオの音声「倒産する企業が続出しています。本当に、これからどうなるんでしょう──」
大川「大丈夫か?」
妻に問う。
久子「ええ」
だが、表情は暗い。
大川のナレーション「海が失われてしまった……。私が彼女に託したのは……。彼女は……。生きているのか……」

○瀬戸大橋(朝)
主塔の一番高い場所から佐知子(怪物)が車を見下ろしている。その後、彼女は海に身を投じ──どこかに泳ぎ去ってしまう。

○どこかの海峡(夜)
無気味な海峡。人魚の大群が泳いでいる。海面が七色に光っている。

マーメイド∞

執筆の狙い

作者 月戸井
126.161.146.56

よろしくお願いします。ホラーです。

コメント

そうげん
58.190.242.78

数カ月前にギルレモ監督の『シェイプ・オブ・ウォーター』のブルーレイを購入して鑑賞しました。御作と似た展開の話でした。後半の展開は異なりますが、正体がわからないまま世間には隠匿されていて、関係者だけが事情を知っているという設定から、人魚がどのように限定的な人間とかかわり、かれらにとってどの程度に不可欠な存在となってゆくか、また人魚を害そうとする存在に対してどのように抵抗してゆくかという点について時間を割いて表現されていました。御作では後半部は異形を異形として、人魚自体をクリーチャーとして、異質なものとして描く側面が強い気がしました。

壁を距ててしまうことで対立が生じ、対立からは争いしか生じず、他者を認めて融和してく形式にはほど遠くなってしまう気がします。ホラーのように描かれるにしても、どこかにその異質さと接続することの出来る気持ちのうえでつなぎ役になってくれる存在が作中に欲しいと感じました。四面楚歌の淋しさがあるなと感じてしまいました。

これもひとつの読後感の在り様なのかもしれませんが。

夜の雨
114.184.205.149

月戸井さん「マーメイド∞」読みました。原稿用紙70枚ありましたということで、もう少し書き込めば、映画一本分のシナリオになります。
御作はホラーパニックの分類に入ると思います。
全体を読んだ感想を一言でいうと、かなりのレベルで書かれていて面白いです。だからスムーズにラストまで読めました。
ちなみに私は小説を書く前はシナリオの勉強をしていたので、御作のシナリオを読んでも小説とは違いますが、違和感はありませんでした。

さすがにこの枚数の作品を書きあげると、作者さんは、達成感があると思います。
そういった達成感の気持ち良さが新しい創作意欲につながると思います。
上にも書きましたが、御作はホラーパニックの分類の作品でエンターテインメントに入ります。
文学作品の私小説ではないので、自分の身の周りだけを見て書くというわけにはいきません。
世の中のことを知っていなければ、警察や自衛隊が怪物にどう対処するかなどはイメージしにくいと思います。
そういった点では、御作は書けているように思いました。もちろんシリアス系ではありませんが、一般的なパニック系の作品では違和感はないですね。
―――――――――――――――――――――――――――――――

中身について。
全体的な構成のバランスはとれていたと思います。

登場人物も「大川(四〇)S署の刑事」をはじめ、物語を動かすことには成功しています。
人魚の基本的な設定などはできていたと思いますね。
しかし、全体的にもう一歩踏み込んだドラマ設定が必要ではないかと思います。
御作は何事も無難に展開しているのですよね。

人魚が産まれるきっかけの話も「森井博士(五五)森井海洋生物研究所所長」のAです。

A>>
○ビデオテープの映像
森井博士「今から三十年ほど前、私は異なる種の遺伝子を組み合わせて、新しい生物を生み出すことに成功しました。
(苦渋に満ちた表情で)その前に──どうかこのビデオを、娘には見せないで欲しい……。
(暫く時間が空く)
私は妻の体から卵子を取り出して(摘出して)、そこに魚の遺伝子を加えました。その上で、私の精子で受精させたのです。
誕生した子供の下半分が人間ではありませんでした。しかし、もう限界です。彼女は外の世界を望んでいます。ずっと水槽で暮らしていても、半分は人間なのです。
言葉では表現出来ませんが、きっと彼女は何かを企んでいる……。
彼女は無性生殖をします。一回に産む卵の数は、およそ五、六十。産卵は二日に一度です。わずか二週間で成体になります。日陰なら、陸の上でも、二、三日間は生きられるでしょう。
最後に食料だが……。恐らく……人肉さえ厭わない……。
まだ他にも言いたいことが」
唐突に録画が終了。
<<

ここに書いてあるだけではなくて「森井佐知子(二五)森井博士の娘」は人間としての容姿がありますが、一緒に多数の卵が母の子宮から産まれています。これら卵が人魚になるわけですが、こういった「「森井博士」の人間としての葛藤や、妻は子供が産まれることを楽しみにしていたと思うのですが、夫婦関係とか子供への愛情とかをエピソードで書いておけば、御作は単なるホラーパニック作品ではなかっただろうと思います。

「大川刑事」などは家庭のことがある程度描かれています。幼い娘の事まで書かれていますしね。
御作の本題は森井博士の創った人工的な子供である人魚を育てる過程を愛情と苦悩をもって描いてこそ、そのあとのホラーパニックが生きてくると思います。

『シェイプ・オブ・ウォーター』は、私も半年ほど前にDMMのビデオで観ております。
こちらの作品と御作では全くの別物です。
『シェイプ・オブ・ウォーター』の優れているところは、人間を描いているところです。
半魚人の怪物が隔離されて、抵抗すれば電気棒でしばかれます。
だから半魚人は研究者に対しては敵対心を持っているわけですが、掃除婦の姉さんが偶然半魚人と遭遇して彼女は親切にするものだから心が通うわけなのです。
ここに人間が描かれるわけです。
半魚人と人間の女性との間に心が通い、恋愛感情が生まれる。このあたりに人間が描かれているわけなのですよね。

御作は、人魚と人間との葛藤や交流があれば、もう一歩高いレベルの作品になると思います。

ここでいう「人魚と人間との葛藤や交流」というのは「森井博士」と「人魚」であり、「森井佐知子」と「人魚」。
それに「森井博士」の「妻」と「森井博士」との葛藤。(妻の子宮を利用して人魚を創った)ので、当然妻はショックのはずです。もちろん森井は隠していたと思いますが、それがわかり妻は自殺したとか。そのあたりのエピソードを具体的に書くと、面白くなるのです。
そして「森井佐知子」と「人魚」は、一緒に産まれている。このあたりの事情は知らないことになっていましたが、御作の途中の段階で知ると、ドラマは人魚の怪物もののパニック作品とは別に深い人間ドラマにもなると思います。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
御作は細かいところでミスっているところもありましたが、ここまで書いたのだから、そういったところよりも大きな視点に立ち、「マーメイド∞」を高いレベルの作品にしてください。

お疲れさまでした。

月戸井
126.161.167.225

そうげんさん。
読んで下さって、ありがとうございます。

「人魚自体をクリーチャーとして、異質なものとして描く側面が強い気がしました。」

確かにその通りです。“美しい怪物”を書きたいと思って書きました。小学生のころに住んでいたところには人魚伝説があって、そのことも影響しています。

「どこかにその異質さと接続することの出来る気持ちのうえでつなぎ役になってくれる存在が作中に欲しいと感じました。四面楚歌の淋しさがあるなと感じてしまいました。」

これも確かにその通りで、夜の雨さんが言われているのと同じだろうと思いました。
確かに彼女は孤独ですね。

月戸井
126.161.167.225

夜の雨さん。
読んで下さって、ありがとうございます。

「御作は何事も無難に展開しているのですよね。」

お恥ずかしい。最低限、必要な場面だけを書いていれば何とかなると、無難に済ませているところは多々あります。

「もう一歩高いレベルの作品」にするための考え方を色々と教えて頂き、有り難いです。気付いてなかったことが多かったので勉強になりました。

「細かいところでミスっている」
元々入れられていた水槽を破壊する力はないと思うので、中から揺らして倒したことにします。

※70枚とあったので、どこか欠落しているのかと思って確認しましたが、全部あるようでした。この作品は、多分85枚弱くらいあると思います。
筆力がないせいで、少しでも長い作品にしたいという気持ちがあるので……。
それと、台詞も細かく直したりしています……。

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