作家でごはん!鍛練場
水谷

死霊探偵

 探偵が自分の死因について推理する様子を、一人の死霊がじっと見つめていた。その者の名前は岸谷和夫、脳震盪で先ほど息を引き取った、死にたてほやほやの男性だ。享年二十九歳、まだまだ活躍できたはずの年齢だった。彼の死んだ理由は、応援している芸人のあまりの可愛さに動揺してしまい、気持ちを静めようとトイレへ向かった途中に、ころんで頭を打ったことだ。しかも間の悪いことに、そのライブがあまりにも盛り上がったため、転倒したこと自体誰にも気づかれなかった。そしてライブの終演直前、店員がトイレで岸谷の死体を発見したのである。
 死体を発見した店員は大声で叫び、岸谷の死は瞬時にほかの客へと伝わった。そこからは阿鼻叫喚の渦だった。誰もが一斉に席を立ち、店外に出ていこうとした。その時だった。
「待ちなさい!誰もこの現場から出てはいけない!」
 一人の男性が声を張り上げた。その者こそ、探偵の西山哲夫である。坊主頭に腫れぼったい唇、太い眉毛、大きな目と、かなり特徴的な容貌をしている男性だ。彼は怪しげなバーでの週一回のバイトと、両親の国民年金で生計を立てていた。探偵を自称しているが仕事の依頼はごくわずかであり、ほかの収入源に頼っている状況なのだ。ふだんから西山には、もっと重要な案件の依頼を受けたいという願望があった。そこに今回の出来事が起きた。岸谷死亡の一報を聞いてからの彼は、まるで水を得た魚のようだった。
 しかし、この状況で見ず知らずの探偵の言うことを聞く客などいるわけがない。西山の発言などなかったかのように、客たちが店から出ようとした。それを見た西山が、再び口を開いた。
「怖いのはわかるが、冷静になりたまえ! 人が一人死んでいるんだよ! しかも死因はわからず、現時点では殺人の可能性も否定できない。そんな状況で店外へ逃げようとするのは、殺人犯であると自白するようなものだと思うがね!」
 かなり無理のある理屈だったが、西山には妙な迫力があり、最終的には客の全員が現場にとどまり、警察の到着を待つことになったのである。そして、警察が到着するまでの短い間、彼の推理ショーが始まった。
 
 事故現場は『ライブシアターなんば恵美』。バー営業と平行してお笑いライブを行っているお店だ。芸能事務所のライブに出られない芸人からは重宝されている。岸谷はこの店を愛していた。どんな異物でも受け入れてくれる独特の雰囲気に惹かれ、店内で行われるイベントに通いつめていた。客同士で親しい仲になり、ほかの客と飲みに行くこともあった。岸谷が生きていた頃には、探偵の西山とも飲みに行ったこともあった。あまり話が合わず、その後行くことは一切なかったが、そこである程度西山の人物像を把握していた。西山という男、かなり出たがりな性格だった。
 もっとも、今回は単なる事故であるため、探偵の出る幕はない。岸谷の死因は脳震盪なのだ。外傷がないため、司法解剖をしてみないことには結論が出ないはずなのだが、西山は科学的な見地を一切無視し、探偵として調査をはじめた。ライブに来ていた客の持病・職業・経済状況等について調べ、人を殺す要因のありそうな者を推理した。
 そして、その標的となったのが津田純子であった。
 津田は二十五歳の女性だ。現在は芸人と学童保育の二足のわらじで生計を立てている。社交性がないためバイトが長続きせず、親から仕送りをもらうこともしばしばあった。彼女は岸谷が生前にナンパしたこともある相手だ。しかし、そこから二人の関係は特に進展はせず、現在は挨拶を交わす程度の間柄でしかなかった。故人とその程度の関係性でしかない津田に、西山が注目した理由はたった一つだ。津田が心療内科に通院していることだった。精神疾患を抱えていることは、偏見の塊である西山にとっては十分に疑うに足る事実だったのだ。
「津田さん、あなたはライブ中に情緒不安定になり、心療内科から処方された薬を被害者に飲ませ、殺人を犯したのではないですか?」
「そ、そんなことありません。だいたい、なんの証拠があってそんなこと言うんですか!」
 ふだんは温厚な津田が、さすがに怒りを露わにした。
「ですが津田さん、考えてごらんなさい。健康だった方が理由もなく突然亡くなるなんてあるはずがない。なにか原因があるに決まっている。それだったらあなたは、いったいなぜ亡くなったと思うのですか?」
 西山が強い口調で言った。完全な言いがかりだったが、真面目な津田には効果てきめんだった。
 見知らぬ探偵から犯人視された津田は、必死に岸谷の死因を考えた。岸谷が生前『友川安子』という芸人が好きだったことや、その芸人を追っかけるために生活費の大半をライブに費やし、体調不良に陥ることもしばしばあったことなどを人づてに聞いたことがあったため、津田には一つの仮説が浮かんだ。
「あの~、もしかしたら、好きな芸人のあまりの出来栄え(可愛さ)に衝撃を受け、そのまま死んでしまったのではないでしょうか」
 津田が自分の考えを伝えたが、それを聞いた西山は、思わず鼻で笑った。
「ご冗談を。人がそんな理由で死ぬわけがないでしょうに」
 西山の発言は常識的にはそのとおりである。しかし、実際にそんな理由で死んでしまった岸谷は、死因を鼻で笑われたのを見て、思わずカッとなった。
「だーかーらー、死んだんだよ俺は、そんな理由で! ずっと追っかけてた芸人だったんだ。その子が髪を切って、舞台に出ていたんだ。予想外に可愛かったんだ。それで動揺して、こけてしまったんだ! それが死因だ、悪いか!」
 岸谷が大声で叫んだ。当然、西山には聞こえなかった。そんなことは彼にもわかっていたことなのだが、ひとしきり言い終わると、自分はなんて無意味なことをしてしまったのだろう、と自己嫌悪にかられた。
 しかし、その直後だった。岸谷の感情の揺れに呼応するように、室内が大きく揺れ、部屋中の家具が倒れかかってきた。
「なんだなんだ?」
 急な振動に、店内が騒然となった。客が一斉にスマートフォンで震度の確認をしたが、いつまで経っても気象庁からの発表はなかった。それもそのはず、この現象は地震ではないのだ。騒然となる店内で一人、死霊の岸谷だけは、すぐにこの原因を察した。
 そう、岸谷はポルターガイスト現象を起こしたのである。
 岸谷が幽霊である以上、なんら不思議がない出来事だった。霊的な存在によるポルターガイスト現象は、古来から世界各地で報告されている。生前の彼は霊的現象の存在を信じてはいなかったが、自分が死霊となってしまっては、否定できるはずもなかった。
 自身の起こしたポルターガイスト現象で周囲に影響を及ぼしてしまった岸谷は、一度自分の能力を客観的に把握する必要があるな、と痛感した。ためしに彼は、自分の所持品を入念に確認したり、人に声をかけてみたりもした。暴れようと考え、部屋の壁を叩いたりもした。大半は失敗に終わったが、ひとつだけ重要なことに気づいた。
 スマートフォンが使えたのである。そして、不思議なことにネットも使え、メールまで送信できたのだ。死霊となってまでネットが繋がるとは思ってなかった岸谷は、まるで漫画のような出来事だな、と思い、笑みを浮かべた。そして彼にはある考えが浮かんだ。津田に事件の真相を記したメールを送ってみることにしたのだ。津田のメールアドレス自体は、以前ナンパした時に聞いていた。そのアドレス宛てに、死因を記したメールを送信してみた。

『拝啓 津田様
お世話になっております。 岸谷和夫です。

今回は、私の死因についてご報告したく、メール差し上げました。

まず最初に、私が不慮の事故で死亡したことにより、疑いの目がかけられしまい、ご迷惑をおかけしました。

さて、私の死因なのですが、好きな芸人が可愛すぎたことです。

私が友川安子という女芸人のファンであったことは、ご存知のこと思います。特に今日の友川は極上の可愛さでありました。サラサラのヘアー、玉のようにつやつやのお肌、くしゃくしゃっと笑う笑顔、そして照明に照らされてきらきら輝く彼女に動揺したことにより、うっかり転倒してしまい、打ちどころが悪くて死亡してしまいました。

当然、誰かに殺されたわけではございません。お手数おかけしますが、その旨、探偵の西山様にもお伝えいただけないでしょうか。

誠に申し訳ありませんが、どうぞよろしくお願いいたします。
以上』

 津田にメールを送信した岸谷は、しばらく緊張しながら彼女の様子を観察した。しかし、いつまで経っても津田のスマートフォンが鳴る様子はなかった。まさかと思って自分の受信フォルダを確認すると、『送信できませんでした』というエラーメッセージとともに、メールがそのまま返ってきていた。
 そう、岸谷は津田に嘘のメールアドレスを教えられていたのだ。 
 そのことに気づいた岸谷は、津田の無罪を証明しようとするのが馬鹿らしくなっていた。もうやめようかな、と考えたりもした。
 しかし、西山に詰められて涙目になる津田を見ているといたたまれなくなり、しぶしぶ続けることにした。メールでは真相を明らかにできなかっため、残された手段は物理的に伝えることしかない。しかし、現状岸谷にできることは、ポルターガイスト現象を起こすことぐらいだ。なにかほかにできることはないかと思い、丹念に部屋を探した。事故を証明する物品を発見するためだった。本棚も確認してみた。『名探偵ベナン』ぐらいしか置いていない、役に立たない本棚だった。
 『名探偵ベナン』は、主人公がダメ探偵を麻酔で眠らせ、『居眠り探偵』と称して自分の傀儡として有名人に仕立て上げる物語である。岸谷は生前この作品にはまっており、自宅に単行本を買い揃えていたのだが、死霊となった今では特に興味も湧かない。
 ふと、岸谷にある考えが浮かんだ。ポルターガイスト現象で床を散乱させ、転倒してもおかしくない状況を作り出せばいいのではないか、そう考えたのだ。津田の無罪を証明する手段としては完全に悪手だったが、今の岸谷には冷静な判断力が失われていた。事故後にポルターガイスト現象を起こしてなんの意味があるのだろうと、客観的な考えを持つことが、死霊となった彼にはもはやできなかったのだ。

 そして岸谷は、「オー」という咆哮とともに怒りの感情を発露させ、意図的にポルターガイスト現象を引き起こした。またしても店内が大きく揺れた。様々な物品がばらばらと音をたてて落ちていった。店内中に動揺が広がった。しかし、岸谷がそこまでしても、彼の試みは成功しなかった。客たちは揺れに驚くばかりで、それを岸谷の死因に関連づけることはなかったのだ。
 「無駄に店内を揺らしただけになったな」
 岸谷が残念そうに呟いた。その時だった。
「西山さん! 西山さん! しっかりしてください!」
 客の一人が懸命に西山に声をかけている光景が岸谷の目に入ってきた。西山は床に横たわっていた。そして周りには本が散乱していた。どうやら、ポルターガイスト現象の発生時に『名探偵ベナン』の単行本が頭に当たり、気絶してしまったようだった。心音はあったし、呼吸もしていた。呼びかけると、むにゃむにゃと何かを呟くような反応もあった。死んではないことが分かり、客たちは一安心した。
 死霊としての立場からその光景を眺めていた岸谷は、自分にはまだ試していないことがあると気付いた。ポルターガイストよりも、死者からのメールよりも、もっとも有名な霊的現象がある。それに気づいた岸谷は、西山の体に自身を重ねてみることにした。するするとスムーズに、二人の身体が重なっていっていることを実感しながら、岸谷は静かに眠りについた。

 目を開けると、心配そうに自分に声をかける人たちがいた。生身の身体で見る景色は輝いて見え、思わず『彼』の瞳からは涙がこぼれた。

 そののち、名探偵・西山哲夫の評判が、世間に急速に広まることとなる。急に倒れたあとに、まるで死霊に乗り移られたかのような不審な挙動で事件を解決に導くさまから、人々は彼を『死霊探偵』と呼んだ。

死霊探偵

執筆の狙い

作者 水谷
58.159.66.74

コメディ系の小説に憧れているので執筆してみました。

コメント

そうげん
58.190.242.78

映画が公開されれば大ヒット、テレビシリーズは映画宣伝のための場所取りとしてテレビ局も割り切っているそうです。それくらいに国民的アニメがすでにあるなかで、この小説に似たことをさせても、そこに需要はあるんだろうかと疑問が浮かびました。

たとえば、探偵ものが数多くドラマ化される海外において、わずかに知っている例を言えば、ジム・ブッチャー原作の「ドレスデン・ファイル」であれば、クリーチャーが共存する超常世界において、異界探偵のようにクリーチャーとも真っ向勝負で戦う探偵が登場します。異質なものをまじえながら、その蘊蓄もこみで、問題解決、依頼達成をもくろむ作品は、量産される傾向にあるけれど、本作について、死霊探偵の生成事情を描くにしても、その前段階が、とっかかりからして誤認からはじまる似非捜査ということで、はじめから、探偵自身の能力について疑問符を抱かざるをえない箇所から物語が進んでいきます。はじめにハードルを設定して徐々に前提をぶち壊して、対象人物の優秀さを明示していくならまだわかります(刑事コロンボのばあい、声だけ聴いているとそんなに凄腕にみえないけれど、推理を追っていくうちに刮目せざるをえなくなります)。しかし、心療内科への受信歴があるだけで、世間並みの偏見ベースでものをみようとする感覚であったり、目先のことにばかり目がいくパターンが繰り広げられてしまっていると、末尾でこの死者が探偵のからだに乗り移ったところで、そんな人物が活躍する今後にわくわくすような好奇心の生じるみなもと、この探偵自身を好ましく思えるか、否、思えない! という心理が働いて、どうしても、今後に期待できるものとは思えなくなりました。

物を書くための鍛錬としては、書くこと自体に意味は生じるでしょうけど、これを自分以外の他者にむけて語って行こうとする執筆動機の面からいうなら、この作品を通して、わたしたちに訴えてみたいこと、あるいは、どうしてこれを示したかったのかという観点について、作者さまに、なんらかのメッセージはありますでしょうか。

きつめの言葉ですが、思うところを記させていただきました。

hir
210.133.223.128

 この話は、トイレでのやりとりなのかな。コメディというよりパロディという印象です。
 死霊になる条件が西山哲夫の近くで死亡することだとすれば、被害者? とっかえひっかえでシリーズ化出来そうです。

夜の雨
114.184.205.149

構成はよかったですね、だから話に説得力がなくてもラストまで楽しんで読むことが出来ました。
ここでいう構成とは、山あり谷ありのエピソードの展開の仕方です。作者さんは読み手を楽しませることが出来る方だと思います。

問題は御作に説得力がないことです。
まあ、題材そのものが亡くなった者が幽霊として存在感を示すというお話なので、説得力などは必要ないのかもしれませんが。
このあたりは、どの程度の「なんでもあり」にするかですね。
まあ、どちらにしても役者(登場人物)はそろっていますし、御作は、まとまっていると思いました。

 >そののち、名探偵・西山哲夫の評判が、世間に急速に広まることとなる。急に倒れたあとに、まるで死霊に乗り移られたかのような不審な挙動で事件を解決に導くさまから、人々は彼を『死霊探偵』と呼んだ。<

このラストですが、岸谷和夫は相手が意識を失っていると乗り移れるのですよね、ということは、相手が睡眠中だと可能ということになります。

このあたりは規制をかけておかないと、総理大臣が睡眠中に幽霊の岸谷和夫が彼の身体を乗っ取ることが出来てしまいます。

また、友川安子を岸谷和夫が楽しむということも可能になるので、設定をしっかり作り込んだほうがよいですね。

この手の幽霊のお話は結構あるかもしれませんが、作者さんが、面白いお話を書ける方だということはわかりました。

吉岡ニッケル
126.224.151.92

全く先が読めず、読み応えがありました。
俺もバカ探偵モノを書くので。

しかし、俺はしょっちゅう言われるのですが「読みずらい」と言われませんか?
でも自身のスタイルを崩す必要はないと思うので、このままで。

ツッコミを一点。流石に「脳震盪」で人は死なんでしょうw。
「脳挫傷」あたりにすべきかと。

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