作家でごはん!鍛練場
加茂ミイル

笑顔

 それにしても、人の顔というのは見れば見るほど不気味なものです。
 また、人はとにかく笑います。何故あんなに笑うのだろうと不思議でした。
 おそらく、笑顔を多用することで、何かしらの演出を狙ってのことであることは確かなようです。
 その目的は、
「相手を油断させる」
 これに尽きるかと。
 笑顔は確かに、心の在り様をごまかせます。
 しかし、不細工であることをごまかすことはできません。
 どんなに笑っても、不細工は不細工のままです。
 笑顔がごまかせるのは、顔に表れた内面的な部分だけです。
 つまり、意地悪なところとか、冷酷なところとかは、笑顔でくしゃくしゃにすることで、原型を崩し、そこに現れている本来の性質をごまかせるのです。
 笑顔は積極的な友好のしるし、いや、友好の押し付けなのでしょう。
 笑顔を向けられると、こちらもマナーとして、自然に、警戒を解かずにいられないですから。
 器用に笑う人を見ると、私は、むしろ警戒してしまいます。
 笑顔を使い慣れた人間は、今度はある瞬間に笑顔を消して相手を威嚇するものです。
 笑顔でごまかし続けて来た人間は、ただ笑わないだけで、相手を恐怖に陥れることが出来るのです。
 その時になって、その人の本性に気付いても遅いのです。
 だから私は笑顔を多用する人を信用できません。

笑顔

執筆の狙い

作者 加茂ミイル
118.19.12.51

私は最近は人の表情よりも、もともとの造りの方がその人の人間性を如実に表しているような気がしてならないのです。
どんなに優しい表情をしても、もともとの顔が恐かったら、私はその人を怖い人間だと思うのです。

コメント

ぷーでる
157.65.82.154

なるほど、昔の人は、顔は口ほどものを言うとよく言ったものだ。
でも、私は人形の顔はもっと怖いと思うんです。あと能面もコワイですよね。
人形や能面の笑顔なんて、超恐怖でしょう。もし、寝室に飾ってあったら眠れなくなると思うんです。

夜の雨
114.184.205.149

これは意見だと思いますので、小説にしたらいかがですか。
ところで「笑顔」についてですが、私は権力者の笑顔が一番怪しいと思いますね。
メディアに出てきて笑顔を浮かべているのを見ていると、「ごまかしているだろう」とか、思ってしまいます。

「男はつらいよ」でも観て、ほっと、ため息をつきたいこの頃です。

加茂ミイル
118.19.12.51

>ぷーでる様

能面は、見る側の味方によって、いろいろな表情に見えますね。
笑っているようにも見えませんか?

加茂ミイル
118.19.12.51

>夜の雨様

笑いというのは、友好の表現であったりもしますが、
軽蔑を表現したりすることもありますね。
どっちの笑顔なのか、見分けるためには高い知能指数が必要かもしれませんね。

秋田寒男
110.165.129.104

寒男です。こんにちは。

不細工な女性の笑顔で言い寄られたら、大半の男は意気消沈するでしょう。
しかし、女性の笑顔は不細工を隠すと思います。
それは、笑顔の人を見ると元気になれるからです。
なので、僕は笑顔が好きです。不細工でも可愛いと思える日がいつか、、、きっといつの日か来ると寒男は思うのです。

私の実体験ですが、菩薩のような笑みで慈愛の目で見つめられたときは
私は相手に心を許してしまった過去があります。

その人とはご縁がなくお別れしましたが、寒男はそうゆう恋もしてきたのでした。

笑顔は無敵だよ。

加茂ミイル
118.19.12.51

>秋田寒男様

笑顔に対する感じ方、考え方は人それぞれでいいと思います。

ただ、私は哲学的に物事を考える癖があり、
人間はどうして笑うんだろう、とかいろいろ考えてしまいます。

その結果、私なりに笑顔とは何かという問いへの答えとしては、
「調略の道具」という結論に達しました。

人間は、何かもくろみがあって、人の警戒を解こうとする時、つまり言ってみれば油断させようとする場合、笑顔を巧みに浴びせかけますね。
だいたい、そうですよね。

それを無意識にやっているのが、「自然にこぼれる笑み」なんだと思います。
本人自身ですら気付かない動作ってありますよね。
自然の笑みとは言いながらも、無意識的にちゃんと目的があって、たくらんでる。
たぶん、笑顔を見せても警戒心と解きそうもない相手には、最初から笑わない、あるいは笑うのを途中でやめる。
無駄だからです。
笑顔を見せれば、こいつ利用できる、と思った時に、人は笑うんだと思います。

加茂ミイル
118.19.12.51

人間の表情というのは、だいたい、「威嚇」の意味合いがあると思うんです。
笑顔でさえもそうです。
笑顔も、相手の心がある方向に向かうように仕向ける強制性があります。
「こちらが笑顔を見せてるんだから、そっちも友好的に振る舞えよ」
という威嚇です。
それでもし相手が友好的にならなかったら、笑う気が失せると思います。
これは、つまり、笑顔というのは、相手に対する愛情などではなくて、相手を自分にとって御しやすい状態ににするための外交的威嚇だと思うんですよ。
違いますかね?

大丘 忍
153.186.197.93

これは小説ではなく、単なるご意見ですが。笑顔はもっと単純に考えたらいいと思いますね。

加茂ミイル
118.19.12.51

>大丘様

科学的に考えてはいけない領域なのでしょうか?

ぷーでる
157.65.82.154

たった今、思い出したけど「笑うアシカ」という芸がありました。
だけど、あれってホントは威嚇の顔なんだよね。

そういえば、昔、男塾っていう漫画があったけど、いつも笑顔のキャラがいたね。
「でも、あれは本当は怒っているんだ」というシーンが。

ちなみにオオワライタケという変な毒キノコがありますが、
これを食べると笑い死ぬのだそうです。

しかし、本で調べてみたところ、本当は笑っているのではなく
苦しみのあまり、あえぐ顔なのだそうです。
毒に当たって、もうすぐ死ぬという時に、笑うなんておかしいと思いました。

あと、ちょっと昔にマラソンのシーンをテレビで見ていたら、ランナーが笑って走っているんですよ。
ところが、よくよく見たら苦しすぎて口をゆがませていただけだった。

笑顔って、思っているより複雑なのかもしれません。
笑顔に不信を抱いているのは恐らく、加茂さんだけじゃないと思います。

秋田寒男
110.165.129.104

もし外交的な威嚇行為をされたら距離を置きます。

笑顔で近付くやつほど企みがある。

そして近づいて来る。

自分の利益のために。

もし、それでも近づいてくるなら
寒男、怒っちゃうかも。


でもね、純真な笑顔もあるよ。
惚れた時の恥じらいの笑顔とかね。

加茂ミイル
118.19.12.51

>ぷーでる様

具体的なお話で、大変ためになりました。
アシカの話はランナーの話は興味深いです。

私思いますに、人が笑う時っていうのは「気が緩んだ時」もあると思います。
ではどうして気が緩んだ時に笑うんだろうと考えてしまいます。
それは、ストレスが消えた時に、その瞬間まで無意識にこわばっていた神経や筋肉に対して、緩めてもいいというサインなのでしょう。
もしストレスが消えても、まだ緊張感が残っている時に笑いません。
気が緩んだ時、つまり、不安や緊張が完全に消えるくらいになった時に、人は突然能天気な気分になることがあり、
そういう場合に、自分のこわばっている筋肉や神経をほぐすための積極的な身体的反応が笑いと思われます。

お笑い番組を見て笑うのは、普段緊張をしいられている人が、全く緊張感のないボケやギャグを見たり聞いたりして、
「こいつら何馬鹿なこと言ってんの、やってんの」
という気持ちが生じた時に、一瞬緊張感が緩んで、あるいは相手のやっていることを見下す気持ちから、笑いが生じる、
あるいは積極的に笑うことで、相手への軽蔑を示し、それによって優越感が自動的に発生し、快感を得ているのでしょう。

でも、これは一瞬ですし、すぐにまたもとも緊張した状態に戻りますから、お笑い芸人は、たえず、笑いを十数秒単位で提供しなければなりません。

バラエティ番組では、主に人の失敗を見て楽しみます。
普段の生活の中で社会人がやったら軽蔑されたり怒られたりするようなことを、ステージの上でやって、人を楽しませます。
人は、他人の失敗が楽しいのです。

転んだり、顔にケーキを投げられて恥ずかしい姿になったり、ずっこけたり、不合格にさせられたり、的外れなことを言って怒られたり、バラエティ番組はこういうことばかりやっています。
そして、人を笑わせています。
とにかく、人は他人の失敗を見ると、すぐに笑います。
これについては今後さらに研究していきたいと思います。

加茂ミイル
118.19.12.51

キーワードは、
「人は、基本的に24時間、常に失敗してはいけない状況におかれ、常に緊張している」
ということです。
これに「他人の失敗」がからんでくると、「笑い」が生じます。

加茂ミイル
118.19.12.51

笑いは、神経と筋肉の弛緩です。
つまり、緊張感からの解放です。
笑いの時に生じる快感は、緊張がほぐれた時の感覚です。

加茂ミイル
118.19.12.51

>でもね、純真な笑顔もあるよ。

私は全ての笑顔には利己的な計算があると思います。
何故なら、笑うことで自分に不利な状況になる場合、人は笑いませんから。

>惚れた時の恥じらいの笑顔とかね。

恥じらい。
それは劣等感とプライドとのせめぎ合いだと思います。
そういう時に浮かべる笑顔は、劣等感から来る気まずさと緊張感をごかますための笑顔だと思います。
笑っていないと、緊張感で顔がひきつってしまいそうになるからです。
では、それを向けられる側はどうして気分がいいのか?
それは、相手が劣等感を示すことによって、自分に優越感が与えられるからです。
だから恥じらう人の笑顔は見ていて気分がいいのです。
それがかわいく見えるのも当然です。
「あなたは私なんかにはもったいな人優れたものを持ったお方です」
というメッセージを受け取っているようなものだから。
しかし、恥じらいの笑顔というのは、その笑顔を浮かべる人間にとっての自己の劣等感との暗い気まずい精神的葛藤を意味します。
見方を変えれば、恥じらう側にとって、笑顔を向けられた側の人間は恐怖の対象と言えるかもしれません。
しかし、恐れられることを尊敬と解釈する人もいるかもしれません。
しかし、恥じらいの態度にイラつく人もいます。
白黒はっきりしてほしい時に恥じらわれても、何もかわいくないものです。
状況によるでしょうね。

加茂ミイル
118.19.12.51

上記のコメントは、秋田寒男さんあての返事です。

あと、恥じらいの笑顔も、一種の威嚇だと思うんです。
「私のプライドを傷つけたらただじゃおかないよ」
という意味の威嚇。
ただ、防御的な意味合いが強いです。

加茂ミイル
118.19.12.51

>「人は、基本的に24時間、常に失敗してはいけない状況におかれ、常に緊張している」

であるからして、その束縛が緩められてリラックスした状態になると、自然と笑みがこぼれる。
笑みは筋肉の弛緩によって生じるから。
人と友好的な関係を築こうとする時に笑みが浮かぶのは、警戒心を緩めるから。

だいたい人が笑う時というのは、バカバカしいほとんど意味のないことをしている時。
そこに緊張感はないから。
重大ことをしている最中には笑みは浮かばない。
重大なことをし終えて、緊張がゆるんだ時には笑顔が生じる。

幸福と笑顔が結びつくのは、緊張感のない状態が人間とっては幸福であると考える場合。
しかし、あまりに緊張感が無い状態が続くと、人はもはや笑わなくなる。
しかし、緊張感が完全にゼロの状態で生きている人というのはほとんどいない。
緊張と弛緩が交互に訪れる人生を送っている人がほとんどなので、ほとんどの人は真面目な顔と笑いを交互に繰り返す。
職場で仕事をしている人は、笑ったり真面目な顔をしたりと忙しい。
こういう人の笑いはだんだん疲労感をともなったものになってくる。

ぷーでる
37.120.154.82

つけたし
アシカは、動物なので人間とは違う意味での反応です。
ぶっちゃけ、動物の世界に笑顔という行動そのものが存在しません。

「笑うアシカ」というのはトレーナーがアシカの威嚇を見て
なんだか笑っているように見えると思って、ネタとして披露しているだけなんです。

動物に笑顔は、ありませんが、喜ぶという行動はあります。

ちなみに人間の様に涙を流して泣く事もないのです。
ウミガメの産卵で、ウミガメが涙を流すなんてのがありますが
あれも実はウソで、目から、塩分が出ているだけだったりする。

笑顔と泣き顔は、人間だけのものなのです。
それに動物は、人間ほど顔の筋肉が発達していません。
人間のような複雑な社会を築く事無く、生きていけるからだと思われます。

ヒトは、それだけ特殊な存在だという事でしょう。
もし、あるとしたら創作の世界の動物だけなんだよね。

だいたい人が笑う時というのは、バカバカしいほとんど意味のないことをしている時。

> そういえば、吾輩は猫であるの本に出てくる、猫のセリフに「人間というのはつまらない事によく笑うものだ―」なんてのが  書いてあったね。加茂さんは夏目漱石に興味がないみたいだけど、人間不信の人ほど読んでほしい作品だと思う。

加茂ミイル
118.19.12.51

>夏目漱石に興味がないみたいだけ

この間、電子書籍でこころを読んだよ。

文章の書き方とか組み立て方とか言葉の選び方とか、
さすがに文豪と言われるだけあるなと思いましたし、
それでいてなめらかな文体で、普通に読みやすい感じでした。

内容は高校時代に読んだ時よりも、いっそう理解できたような気がしました。

高校時代に読んだ時は、主人公が先生に恋をしているBLなのかなと思っていたのですが、
今回読んだら、そういうことでもなさそうでした。

ただ、先生の気持ちを理解するには、明治時代の人間の習慣とか気持ちとか考え方を理解しないといけないんだろうなと思いました。
個人的な背景だけでなく、その時代の考え方みたいなのが色濃いのかもしれませんでした。

先生が心を閉ざしているのはどうしてなのか、というミステリーだと思いました。
主人公にとっては、先生はもっと成功をつかんでもいい人間なのに、どうして自分の殻に閉じこもっているんだろうみたいな謎があったんだと思います。
ただ、主人公が一度会っただけで先生にあれほどまで惹かれたのは何でだろうなと思うのですが、
何かしらテレパシー的なものがあったんだと思います。
あるいは、外観とか仕草とか、自分に似ている何かを感じたのかもしれません。
たぶん、知的な感じとか優しそうな感じとか、何か知り合いになりたい何かがあったんでしょうね。
IQの高い人は、IQの高い風貌の人に会うと、たぶん、めったに遭えない仲間だと思うんじゃないでしょうか。

あるいは、どこか人間的なところですごく似ていたのかもしれません。
主人公が心の深いところに抱えている闇みたいなものを、先生の風貌に見たのかもしれません。

先生の告白についてですが、
主人公はどう思ったのでしょうか。
世代が違うから、やはり先生はちょっと思いつめすぎだったのではないかと感じたのでしょうか。
先生がもしも最初から殺人を計画して、Kを追い詰めたとしたら、ドン引きしますが、
先生は、そこまで考えていなかったのではないでしょうか。
しかし、先生があそこまで自分を責めたのは、やっぱり先生は自分の中に殺意があったことに気付いていたからあそこまで深く思いつめていたのでしょうか?
でも、先生は、たぶん、自分の計画の先にKの死があることも想定した上で、ああいうことをやってしまったのではないかという気もします。
もし、さすがにKが死ぬとは思っていなかったとすれば、さすがに、そこまで罪悪感はなかったでしょうし。
やっぱり先生があそこまで自分を責めたのは、最初から殺意があったからではないでしょうか。
そうとははっきり書いていませんが。

あと、先生は、たぶん、生きるのに飽きたんだと思います。
最初から飽きてたんじゃないでしょうか?
何となくそんな風にも読めました。

主人公もいろいろ寂しかったから先生に魅かれたのかもしれません。

加茂ミイル
118.19.12.51

>「人間というのはつまらない事によく笑うものだ―」なんてのが  書いてあったね。

やっぱり、笑いというのは、「緊張の弛緩」と私は定義したいのです。
人間は、常に、これはやってはいけないラインというのを無意識レベルで考えて生きています。

そこで、お笑い芸人とかが、常識ではやってはいけない馬鹿なことをした時に、
それが演技であっても、やはりリアルな馬鹿な行動として演じられた時、それを視覚的に聴覚的に認識した瞬間に、
そういう馬鹿な動作を出来る人間が存在すると言うことに対して、緊張がゆるみ、笑いが生じるのだと思います。

人が笑うのは、まずだいたいが、「他人の失敗」においてです。
転ぶとか、当たり前のことで失敗するとか、人は笑います。確実に笑います。
厳粛な場などでは、緊張の度合いが強ければ、めったなことでは笑わないかもしれません。
しかし、油断すると、笑います。
これは、笑いが神経と筋肉における緊張の弛緩であることを証明していると思います。

加茂ミイル
118.19.12.51

あとお笑いとかのバラエティでは、
芸そのものだけではなく、セットとか、BGMとか、オープニングでリラックスした雰囲気を導入するとか、
客の笑いを入れるとか、
そういう様々なことをして、「ここでは緊張をほぐしていいんですよ」「バカなことを見て笑っていいんですよ」と促しているとも思います。
日常生活の緊張感の中にある人が、突然、芸そのものを見ても、すぐには緊張がほぐれないからだと思います。
「これは笑うところですよ」
「ここでは笑っていいんですよ」
ということを視聴者に促すために制作者側も一生懸命雰囲気づくりをしていると思います。

加茂ミイル
118.19.12.51

子供は大人ほど緊張感をしいられていないので、子供向けの笑いというのは、より単純でより馬鹿な感じの内容になると思います。

大人になるほど、複雑な理由で緊張していますから、子供向けの笑い以上に、笑い内容が多種多様になっています。
ですから、子供だったら、「どうしてそんな真面目なことで何で笑うんだろう」と思うようなことでも、
大人は「シニカルな笑い」「ブラックジョーク」として笑います。

たとえば、子供にとっては恥ではないことでも大人にとっては恥になるようなことがあります。
そういうのを笑いすれば、子供にとっては何が面白いのか分からないが、大人の笑いは誘います。
「普通あってはならないことをする」
というのは、シュールな笑いとして大人受けすることが多いです。
それが、あくまでも真面目さを貫いた中で、微妙な感覚に訴えかける笑いであっても、
ほんのわざかな不自然さでさえも失敗になってしまう日常を経験している大人であれば、
真面目さの中にあるほんのわずかな違和感を持って、それを他人の失敗と認識し、
「微妙だけど恥かくようなことしてる」という意味で笑ったりします。

加茂ミイル
118.19.12.51

人を笑わせるためには、
その人が何を恥と思っているかを知ることです。
その人にとって恥ずかしい失敗と思われることを、他人がやっている場面を見せれば、笑わせる可能性が高まると思います。
人が何を恥と思うかは人それぞれです。
分かりやすい笑いというのは、大勢の人たちに恥、失敗として共通していることを演じることです。
つまずいて転んで不細工な表情と格好をするというのは、だいたいの人に共通しているでしょう。
たとえば、完璧な美人がいきなりつまずいて転んでものすごい不細工な顔をしてぶっさいくな悲鳴を上げたら、たいていの人は思わず笑うでしょう。

加茂ミイル
118.19.12.51

笑いは緊張と対極にあると思う。

緊張している時、人は笑わない。

緊張感がほぐれた時に人は笑うよ。

緊張していて笑うと、苦笑とか、ひきつった笑いになる。

シニカルな笑いってやつ?

緊張感から解放されると、笑う人もいる。
別に特に面白いことがなくても、
緊張から解放されたから笑みを浮かべることってよくある。

包丁を持ちながら笑うのは、優越感から来る感情だろうね。
それは劣等感による緊張から解放されたことを意味する。
「俺は強い、今優位な立場にある」
という、解放感から来る笑みでしょう。

自信がある時に見せる笑いは、
劣等感からの解放による神経の弛緩から来る笑い。

恥じらいの笑いは、
劣等感に襲われている現状を否定するための笑い。
だから、普通の笑いではありません。
目が笑っていません。目に憂いがあります。
目が防御の態勢に入っています。
でも、口元は柔和に笑っています。
これは、相手に挑んでも自分が不利になることが分かっている場合に、
相手から容赦の感情を引き出すために使う手段です。
自分よりも優れた相手が、自分に対してなるべく権力を行使しないように、
誘導する笑い方です。
自分が不利な状況に働きかける笑いです。
笑顔を作ることで、その場の緊張感を弛緩させようとする試みです。

ぷーでる
157.65.82.154

ところで、加茂さんはどういった場面で笑うの?

加茂ミイル
118.19.12.51

笑わざるを得ない状況になった時かな。
4人で会話をしていて、3人が笑っている時に笑わないと迫害されそうな気がするから、
そういう時は身の安全を確保するために笑うのかもしれない。

すもも りんご
116.65.235.105

人間って何でしょうか?社会の部品ですかね。うれしいから笑う。悲しいから泣く。腹が立つから怒る。これらは失われた感情ですかね。悔しくても笑う。腹が立っても笑う。悲しくても笑てるように感じさせる。他人どうしが集まる社会では感情をコントロールすることが必要かも、、、。洞察力のあるミイル様は偽善、誤魔化し、嘘をわかっています。でも優しく接してくれます。銀狐の蘭が居場所がなくなり旅たつた時にかばってくれたこと思い出します。私は気づくのが遅すぎたようです。心から笑える場所があったら、うれしいです。

垂氷さくべえ
139.101.122.51

私も夜の雨さん同様に、小説として書かれたらいいのになと思いました。

私はすごく笑う人間です。あまりにも子供の頃から笑いすぎて、自分では笑ってるつもりもないのに、「ニコニコしてるけど何かあったの?」とか聞かれることもあります。楽しいことや幸せなことを考えたりしてると自然と微笑んでるみたいですし、他人と話してる時に真顔でいる方が苦痛です。電話口でも笑ってますし、たぶん「人と話すのが楽しい」から笑ってる時もあるし、もちろん防御で笑ってる時もあるのだと思います。
同時に、相手に愛情を伝えたいから微笑んでいる時もあります。策略の一つかと思いますが、策略という字面から得るイメージとは少し異なってきますよね。

あと、恥ずかしいところを見て笑う、ですが、私は他人の恥ずかしいところを見ると、自分もその羞恥を共感してしまい、笑えません。
一方で、緊張感がほぐれると笑う、のはわかります。私は、大真面目な人が天然な失敗をすると、斜め上な発想が面白くて笑っちゃいますし、相手もつられて笑ってくれるとすごく幸せに思います。

同じ「愛情表現」だとしても、それを「相手を愛してるからこその行動」ととるのか、「愛してると伝えて防御する行動」ととるのか、個人の考えによりますね。性善説と性悪説の違いなのかもしれませんが。
私は性善説的な人間ですので、このように思います。
では。

加茂ミイル
118.19.12.51

すもも様。

>人間って何でしょうか?社会の部品ですかね。

他者との関係で生きていることは確かでしょうね。
でも、だからといって、必要以上に関わる必要はないと思うんです。
必要以上に関わると、必要以上に笑うことで関係を維持しようとします。
笑い疲れても、笑い続けなければならない、そんなの嫌じゃないですか?
笑い地獄ですよ。
職場の社員とかパートタイムの人たち、本当に、何でもないことで笑ってますよね。
もはや演技ですよね。
あれはもう見てるだけでこっちが疲れる。
でも、本人たちは疲れてないみたいなので、不思議です。
楽しいのかな。あんなことばっかしてて。
しまいには相手を怒りながら笑ってる人もいるし。
もう狂ってるでしょここまで来たら。

加茂ミイル
118.19.12.51

垂氷さくべえ様。

>楽しいことや幸せなことを考えたりしてると自然と微笑んでるみたいですし、

これは神経の状態が緊張状態から一時的に離脱し、筋肉組織が弛緩しているからではないでしょうか?

私はこういう風に分析しました。

緊張⇔弛緩

喜怒哀楽においては、
喜怒が緊張
哀楽が弛緩

え、喜は弛緩じゃないの?
と思う人もいるかもしれませんが、喜びの感情はむしろハイテンションに関係していると思います。
従って、テンションの高さはすなわち緊張を意味しますから、喜びは怒り同様緊張に属します。

笑いは、楽に属します。

哀しみの感情は怒りよりも笑いに近いです。
「哀しみを含んだ笑い」が自然に成り立つのはそのためです。
眉がハの字で、口元笑えば、その笑い方になります。

哀しみと笑いは楽に属しますが、これは筋肉の弛緩に関係しています。
筋肉のこわばりが消えることはすなわち体が楽になることです。
楽になって、緊張と弛緩の中間にある時はまだ笑いにはなりません。
エネルギーの勢いが弛緩の方向に向かって強まると、笑いになります。
弛緩過剰の状態が笑いです。
均衡が崩れたから笑うのです。
大笑いするのは、弛緩しすぎて、神経が痙攣している状態です。
こわばっているのとは反対に、波打っている状況なので、人の笑いがああいう風になるのです。

加茂ミイル
118.19.12.51

哀しみは笑いと共に弛緩に属します。
哀しいから人は泣きますが、泣くと筋肉が弛緩します。
泣いている時の筋肉の震え方にはどこかくすぐったいものがありますが、その時の腹部の運動が笑いに似ていますよね。
笑っている時も泣いている時も同じように腹筋が波打ちます。
非常に似ています。
笑ってすっきりするのと、泣いてすっきりするのも、根本では同じ原理です。
筋肉が弛緩し、腹筋が波打ち、それまで緊張していた組織がほぐれるからです。
笑って涙が流れることもよくあるでしょう。
笑いと泣き、つまり楽と哀は非常に似ているのです。
ただ、そこにつなげる文脈の内容が正反対なので、全く違う感情のように思えてしまうのです。

加茂ミイル
118.19.12.51

ですから、笑顔というのは、筋肉組織の弛緩の結果に過ぎないのであって、
愛情表現とは別のものだと思うんですよね、私は。

笑顔を見せたから、相手を愛しているということではないと思うんです。
実際、愛してもいない相手に笑いかけることは多々あるわけでして。

要するに、本人がリラックスしているということは確かだとは思うんです。
だから、本物の笑顔を見せられる相手に対して、その人はリラックスしているということは言えると思います。
ただ、それは、相手を馬鹿にしている時、軽く見ている時もそういう笑顔を見せることはあるのではないでしょうか。
むしろ尊敬している相手には緊張しているから軽々しく笑顔は見せないでしょうね。
尊敬の気持ちがなければ、緊張がゆるんで笑顔が出やすくなるでしょう。
笑顔は、「今のところ私の中でノルアドレナリンないしドーパミンはそれほど多量には分泌されていませんよ」というサインなのでしょうね。

ぷーでる
157.65.82.154

ぶっちゃけ、笑顔って、あんまり深く考えた事がありませんでした。
でも、これを読んで昔のテレビを思い出しました。

ある番組で、アジアで日本のバラエティー番組を見せたら、皆それぞれ違う反応をしたんですよね。
ドッキリのシーンで、いきなりバズーカ砲を鳴らして寝ている人を驚かすのを見せたら……

白人達は、大ウケして大笑いするんですよ。
ところが、アジア人達はポカーンとして呆気にとられていて全く笑っていなかった。

ちなみに、中国人には冗談や皮肉は通じないそうです。
中国に留学していた学生が、出し物として寸劇を披露したら
ひんしゅくを買ってしまった。

男子が女性用下着を付けて、笑わせようとしたらしいが
中国人は、バカにしていると思い、集団で一斉に投石をはじめたのだとか。
ふざけではなく憎しみを込めての投石なので、瀕死の重症になりました。

笑うという行為は、国によって違う様です。
欧米に比べて、アジア人は、バカ笑いみたいな事をする人は少ない印象を受けます。

あと、周りが笑っているから、面白くなくても笑うという行為は
海外では、信じられない行動だそうです。

そういえば、海外のお店の店員は笑顔で接客なんてないんだったっけ。
初めて日本に来て、買い物をした外国人は、
面白くもないのに、店員が笑顔で接客していた事に、一番驚いてしまうそう。
外国人によっては、気持ち悪いと感じる人もいるとか。

加茂ミイル
118.19.12.51

ぷーでる様。

>あと、周りが笑っているから、面白くなくても笑うという行為は
>海外では、信じられない行動だそうです。

私は日本人ですが、日本人のそういうところが本当に昔から怖かったです。
日本人って、結構、ちゃんと話を聞かないうちに爆笑する人って多くないですか?
お笑いのトークなどでも、誰かがただ声を発しただけで、爆笑する人いますよね。
まだ何も言ってないんだけど、って思う。
もう、内容以前に、とにかく笑いたいってことなんでしょうかね?
そこが日本人の気色悪さなんでしょうね。
一体何に対して笑ってるの?
不気味。
うわべだけの笑い。しかも、大きな声を立てて笑うから。
もちろん、笑うことで幸せになれるなら、それはそれでいいんだと思う。
でも、誰かが声を発しただけで笑いのスイッチが入るとか、異常な感じがする。
ノリだけで笑うっていうのはどうなんだろうね。
笑っちゃいけないことかどうか確認してから笑った方が安全だと思う。

>面白くもないのに、店員が笑顔で接客していた事に、一番驚いてしまうそう。

日本でも、安さ重視の店では、店員は不愛想だと思います。
もう安さで十分限界までサービスしているんだから、笑顔なんかいらんだろうってことですかね?
どんどん回転させて量をさばきたいような店では店員はあまり笑ってくれない気がします。
しかしイメージが付加価値になっているような店では店員も笑顔だと思います。
駅前の外観がきれいな大型店舗のレストランなど、そこそこの値段で品物が提供されているようなところでは、店員の対応も丁寧で笑顔だと思います。そういうところはイメージが大事だし、同じフロアにライバル店が立ち並んでる中で、笑顔のサービスがあるかないかで評価に差が出ることもあるかもしれませんね。

あでゅー
111.239.253.23

笑顔という命題で、これほど書けるとは驚きです。
と同時に、笑顔について考えされられました。
有難うございました。

ところで、そう考えると、堺雅人さんが気の毒です。
彼はきっと善人でしょう。奥さんを見てそう思います。

加茂ミイル
118.19.12.51

あでゅーさま


私も毎日職場で笑っています
何だか悲しそうな笑いだと自分でも思います
「すみません」って言いながら力なく笑います
他の従業員の人たちも誰かの顔を見るたびに笑っています
どこか切なそうな気配を漂わせながら
楽しくて笑っているんじゃなさそうです
でもお互いが笑い合うとそれだけで楽しくなるのかもしれません
笑わない時はみんなすごい怖い顔してますから
みんな「すみません」って言いながら笑っています
嘘の笑いでも笑っているうちに本当に楽しくなってくるのかもしれません
でも私の笑いは目が笑っていません
だから怖がられます
笑っているのに目が笑っていないのはやっぱり怖いですよね
でも嘘をつきたくないんです
嘘の笑いなら嘘って分かるような笑い方をしたいんです

あでゅー
111.239.252.42

作り笑顔は、人間関係の潤滑油と考えるがいいのかもしれません。
ギスギスするのは、誰だって嫌ですから。

加茂ミイル
118.19.12.51

でも笑うポイントが分からないんだ
作り笑いも楽しくやらなきゃいけないんだろうね。
辛いと思いながら作る笑いは、相手に対する一種の抗議なのかもしれない。
それに、何となく、みんなが笑うところで笑うのは、間違っているような気もする。
だって、世の中のほとんどの人たちは、たぶん、操られているから。
笑いも操作されている気がする。
だって、みんな、同じところで同じように笑うなんて、奇妙じゃない?
人それぞれ、考え方も個性も違うのに、同じところで同じように笑うなんて。
笑いは、つまり、没個性なのかな。
個性を投げ捨てて、私たち、みな差異の無い同じ人間ってことを確認し合っているのかな。
融合しているのかな。
そのサインなのかな。

あでゅー
111.239.252.42

みんなと同じ所で笑っていると、安心するんだよね。

加茂ミイル
118.19.12.51

>みんなと同じ所で笑っていると、安心するんだよね。

それは、
「私はあなたに敵意を抱いていません」
というサインなのかもしれませんね。
しかも、それを数十秒ごとに確認し合わないと気まずくて耐えられないという人たちもいるのでしょうか?
もしそうなら、逆に、どんなに笑っていても、笑えば笑うほど「猜疑心をごまかすために笑っている」ように見えてしまって、
笑えば笑うほどそれだけ互いを疑い合っているように見えてくるような気がします。
でも、職場などでは、ひっきりなしに笑わせようとしている人ほど、
リーダー的野心があって、その場の空気をコントロールしようとしている人が多いような気がします。
本当に仲がよければ、別に無理に笑ったりしなくても、互いに敵意がないことくらいは分かっている気がします。
ただ、相手が何かウケを狙って言った場合には笑ってあげるのが友達なのかなとも思います。
互いに互いが恐いと思っている人たちほど、何か言って笑わないといけない緊張感に包まれているような気がします。

加茂ミイル
118.19.12.51

積極的に笑っている表情と、リラックスして緊張がほぐれて緊張の表情が否定されることによってどことなく笑っているように見える表情といのがあると思います。
私は後者が一番いい表情だと思います。
積極的に笑っている笑いは、私にとっては威嚇の意味合いが強いです。
「お前も笑え、さあ、笑え」
と詰め寄られている気分になります。
ここで本能的に笑える人は多いと思います。
しかし、私はそこで笑ってしまうと、
ある種の優劣関係が出来てしまうようで怖いです。
相手が笑ったから空気を読んで笑う、というのは、
ある意味、相手がそうしたいと思ったようにこちらが振る舞うということになるからです。
相手が笑おうが笑わせようとすまいが、こちらはあくまでこちらのペースで笑ったり怒ったりしていたいです。
相手が笑いたいからとってこっちが笑いたい気分だとは限らないからです。
でも、集団の中にいると、そうもいきません。
誰かが笑ったり笑わせようとしたら、こちらも何かしらのアクションをとらなければなりません。
そういうのって、考えてみたらすごく面倒くさいと思うんです。
でもそういうのを何とも思わなかったり、むしろそういう風に他人に動かされるのが好きだったり、ボケとつっこみをえんえんとやっていたい人とか、そういう人は集団が好きなのかもしれません。

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