作家でごはん!鍛練場
HBK

影人

 同じような身なりで同じ方角に歩く人々も、各々が違う目的を持っている。改札にワンテンポ遅れて定期券をかざす男は、都会に越してきたばかりなのかもしれない。ヒールを音高く鳴らして足早に歩く女性は、携帯電話を買い換えたばかりで浮かれているのかもしれない。目の前を歩く初老の紳士は、生涯独身を強いられていてその大きな背中を持て余しているのかもしれない。一介の会社員に過ぎない新木真(あらきまこと)は、そんなことを考えながら駅前のコンビニエンスストアに入った。
 月曜日の朝は少し早めに家を出て、一つ前の電車に乗り、漫画雑誌を立ち読みするのが彼の習慣だった。気だるい月曜日を乗り切るには朝から刺激があった方がいい、というのが彼の持論なのだ。
 真のお気に入りの雑誌は赤字で「新連載」と掲げ、地味な服を着て地味な髪型をした男を表紙に載せていた。タイトルは「最強の村人」となっていて、ページをめくってみると、「ここは初心者の街だよ」「まさか。僕は……ただの村人さ」といった台詞が並んでいた。
 鼻を鳴らした真は数十ページ先を開き、看板漫画を食い入るように読み始めた。展開は彼好みの勢いのあるもので、紙をめくる手も忙しい。物語は佳境に入り、もっと続きが読みたい、まだ終わらなければいいのに、そう思っているうちに読み終えてしまった。彼は改めて扉絵に戻り、今度はゆっくりと読み進めた。まずは勢いを味わって、次にしっかり内容を読み取る。それが彼の流儀であり、敬愛する作家に対する礼儀だった。
 すると一つのコマにおかしな部分を見つけた。主人公の後ろに大勢の人物がいる。彼らはいわゆる「モブキャラ」なのだが、その中に全身が真っ黒のキャラクターがいるのだ。服を着ているかも分からない、どこが目でどこが口だかも分からない。ただひたすら黒い人物は、しかし真の気をそれほど引かなかった。なぜだかただの印刷ミスだろうと決めてかかり、伏線がどうこうなどとは考えもしなかったのだ。むしろ彼はそのページをまともに読まずに次へ進んだくらいだった。
 読み終えて時計を見ると、まだ余裕がある。彼は新連載の作品に目を通した。内容は彼の予想した通り、ふだん漫画やゲームなどで日の当たらないキャラクターを真ん中に据えてみよう、という趣旨のものだった。まあまあ面白いけどな、と彼なりの判断を下し、雑誌を閉じようとしたところで、ふと気になるコマがあった。先ほどの看板漫画と同じように、黒い影が、やはり大勢に紛れて立っているのだ。
「大丈夫かこの雑誌」
 真は思わず吹き出してしまった。顔も名前もないその影は、個性がないという名目の主人公の後ろに突っ立っている。触れれば指先にインクがつきそうなほど真っ黒な影はどこか毒々しく、悪辣に思え、真は今度は音を立てて雑誌を閉じた。そして店を出るが早いか、人波に飲まれて先へ先へと歩いていくのだった。

 月曜日はいつも上司の金田の機嫌が悪く、真は二度、友人の羽鳥(はとり)は一度、叱責を受けた。入社二年目の彼らがそうなのだから、新人の田尻(たじり)は事あるごとに注意を受けるのが当たり前になっていた。やれネクタイの結び方が雑だの、挨拶の声が小さいだの、まるで彼の存在すること自体が気に入らないかのように怒鳴り声は止まない。
「今日は特にひどくないか」
 金田が席を外してから、羽鳥は真にそう耳打ちした。
「奥さんとなんかあったんじゃないの」
 そう言いつつ、真は金田の机を一瞥した。乱雑に置かれたペンの先が自分に向いているような気がして、すぐに視線を戻した。
「確か昨日が奥さんの誕生日だったはず」
「マジで?」
 羽鳥はにやけ顔で頷いた。真は自分も同じような顔をしてそうだな、と思いつつ、「忘れてたのかな」と小声で言った。
「ありえる」
 室内にはエアコンが効いていたが、それでもパソコンや職員の放つ熱気が肌着を湿らせた。真は手で顔を扇ぎ、田尻のいる席に目を遣った。甲高い声で電話に応じる彼は、見えない相手に何度も頭を下げつつペンを走らせていた。

 アパートの玄関を開け、明かりを灯すと思わずため息が出た。真は缶ビールの入った袋をテーブルに置き、一人用のソファーに腰かけた。彼なりに考えに考えて購入した品だが、若い独身サラリーマンが座るにはやや高級すぎるものだった。柔らかいクッションが全身を抱くように包み込む。真は携帯電話を取り出し、出会い系のアプリケーションの着信を確認した。真の熱のこもったメッセージの後にはただ、「そうですね」とだけ書き込まれていた。真はまた、ため息をついた。
「可愛いだけかよ」
 今やり取りしている相手は、きつめの目元といい、唇の厚さといい、彼の憧れの女優に似ている。だが性格は素っ気なく、文章は淡白で、真に興味がないことを言葉の端々に滲ませるのだった。
「やっぱりサクラかな」
 そう言いつつも、真は改めて女性の顔写真をしげしげと眺め、「他にどんな映画が好きなの?」などと書き込んだ。吹き出しの下に21:12と時刻が添えられた。真は欠伸をしてベッドに横たわり、傍に積んである漫画本を手に取った。ページを開くと華やかな世界が目の前に広がった。緑あふれる大地、伸びやかな空、どこまでも続く海。その広大な世界を旅する主人公たち。真はたちまちモノクロの世界に魅入られた。いわゆる「王道」の漫画を彼は幼少期から好んだ。漫画家になろうと志していた時期もあった。だが、普通に友人と遊び、普通の高校に通っていると、そんな夢もいつしか忘れてしまっていた。
 二十二時を示すアラームが鳴った。空いた缶の結露がビニール袋を重く湿らせていた。本を閉じかけた時、真はある一コマに異変を感じ取った。黒塗りされた影が、背景に紛れているのだ。
「こんな奴いたんだ」
 真は自分の観察眼のなさを迂闊に思った。そうして一巻から順に読み返していった。するとこれまでどうして気がつかなかったのだろうと思うほど、多くの影を見出した。頭と体、手足があるだけの、文字通り影のような人間。たとえば主人公の旅立ちを見送る町人の中に、たとえば悪の率いる軍団の中に、たとえば大勢の死人の中に、それは姿を現していた。
「どういうキャラだよ」
 知らなかったのは自分だけかと思い、携帯電話に漫画のタイトルと「影」と入力し検索してみたが、それらしい記述は一つも見つからない。真はどこか居心地の悪い満足感に浸りながら、再度一巻の影を注視した。主人公の勇ましい出立の場に、感情を窺わせず割り込む影。じっと見ていると吸い込まれそうな黒いインクの集まり。気がつくと真は本を投げ出していた。そうしてようやく立ち上がり、ビールの蓋を開けた。冷たくもなく、むろん熱くもない酒をわずかに飲み込み、彼は白けた心持ちで缶を冷蔵庫に収めた。

 翌日には金田の機嫌も直っており、それでも田尻は度々標的にされていた。彼は謝る時、にやける癖があり、それが金田に言わせると「金をもらってる自覚がない」のだった。 もっとも真が入社した時は、よくワイシャツに皺が寄っていると注意を受けた。結局のところ金田は年長者の多分に漏れず、「最近の若者」を毛嫌いしているのだ、真はそう解釈していた。
 羽鳥と昼食を取りに出る際、真は田尻を誘ってみた。だが彼は充血した目を擦りつつ、「もうひと段落させてから行きますので」と返し頭を下げた。
「いい奴だよなあ、田尻君」
「俺もそう思う。まあ来年までの辛抱だろ」
 真と羽鳥はそんなことを話した。
 繁華街のカレー屋で順番待ちをしている間、真は漫画雑誌を、羽鳥は週刊誌を読んでいた。真はお気に入りの漫画を再度読み終え、なんとなく他の連載に目を通していたが、不意に仰天して雑誌を顔のすれすれにまで寄せた。大きく見開いた目の先に、先ほどまでとは違う絵柄の背景があった。だがその中にいる影だけは看板漫画のそれとまったく区別ができなかったのだ。
 真は急いでページをめくろうとした。すると羽鳥に名を呼ばれ、やむなく彼の読んでいる週刊誌に目を遣った。真の憧れていた女優が、映画で共演した俳優と交際しているという報道がそこには載っていた。がっくり肩を落とし、真は「マジ?」と友人を仰いだ。
「ほら、マンションから出てくる写真」
「見たくない」
 そうこうしているうちに順番が回ってきて、二人はその店で一番人気のヒレカツカレーを頼んだ。老舗らしく壁には多くの色紙が並んでいたが、その中には件の俳優の父親のサインがあった。真は漫画の「村人」に目を落とした。
 食事を終える頃には天井近くに据えられたテレビで「熱愛報道」が始まったので、真は羽鳥を引き連れてさっさと店を出た。入る頃には鼻腔を激しく刺激していたカレーの香気が、今はまったく感じられなかった。
 往来では食事処を求めるサラリーマンが多く見受けられた。時間帯からして食欲という観点に立てば、彼らは空腹か満腹かのどちらかだ。欲する食べ物は違うだろうが、欲する感覚は同じはずだ。上品にフォークとスプーンを動かしてゆっくりと味わおうが、思い切り箸で掻き込んで胃の中に流そうが、「満足」を欲していることに違いはない。真は満足を欲して出会い系のアプリケーションでやり取りをするのだし、あの女優は満足を欲して、親の七光りで売り出された俳優と愛し合うのだ。
 詰まる所は人間というものはあまり違わないのではないか。ただ手段や状況が異なるだけで、根本的な欲求や心のあり方に違いはないはずだ、そもそもだからこそ会話が成り立つのだ……そんなありふれたことを考えながら真は会社へ戻っていた。羽鳥はスマートフォンを黙々と弄りながら傍らを歩いていた。
 空気の澄んだ春日和で、顎を上向ければごみごみした街から開放感のある空へと風景が一変する。上りきった太陽が額を湿らせるような陽光を放っている。真がぎょっとしたのは、再び地上に視線を戻した時だった。黒い影が歩いているのだ。
 彼はそれを一瞬スーツ姿の人間だと思った。だが手にも襟足にも肌色は見当たらず、服と体の境界さえなかった。それが平然と人混みの中を自分と同じ方向に歩いているのだ。
「おい、あれ」
 真は羽鳥に声をかけ、影を指差した。羽鳥は怪訝な顔をして、「何」と真を見返した。
「あれだよ。黒い塊があるだろ」
「どれだよ」
「あれだって」
 そうこうしているうちに影は真にも見えなくなってしまった。「あんまり公道で騒ぐなよ」と冷淡に言ってまた電話と向き合う羽鳥。腋に溜まった汗が腕を伝うひやりとした感触が、上の空だった真の意識をようやく繁華街に引き戻した。

 一ヶ月が経つと、真には周りにだんだん黒い影が増えていくように思われていた。ドラマのエキストラの中や、ラッシュ時の電車の中や、集団登校している小学生の中に紛れて、影は真っ黒な姿を現した。彼にはその存在以上に、誰も影を不思議に思わないことが不思議だった。
 一度は病院に行ったが、健康状態をチェックされた上で「疲労でしょう」と診察され、薬を処方されただけで終わってしまった。その薬は押入れの中にある。
 世間では看板漫画の映画が大ヒットしている一方で、「最強の村人」もそこそこの人気を保っているらしい。季節は移り変わり、真は電車を降りる際ドアから滴る雨を避けた。もう三日降り続けているのだった。振り返ると、黒い影の蠢く様が窺えた。構内アナウンスの流れる中、真は足早にエスカレーターへ向かった。
 真は二階の通路から、黒い傘が一様に並んでいる駅前の通路を見下ろした。あの中の何割が影なのだろう、と真は思った。影は皆が傘をさしているときは傘をさし、皆が泣いているときはありもしない目から涙を流すのだった。
 彼はコンビニエンスストアの前で立ち止まった。今日は月曜日だし、時間はまだ十分にある。しかし中に入る気がしないのだ。もしも大好きな主人公が影になっていたら。そこにどこかしら自分の責任を感じてしまうであろう真は店には入ったものの、雑誌コーナーには立ち寄らず書籍棚の前に立った。
 すると案の定、往年の名作漫画の廉価版の表紙には、堂々と影が載っているのだった。こちらに向かって拳を突きつけているような構えをしているが、どこの誰かは分からない。恐る恐る中を開いてみると、仲間も敵も影ばかりで何が何やら分からない。真は本を元あった棚の隅に戻した。
 脇には新聞のコーナーがあった。見ると、やけに大きな文字で彼の嫌いな二代目俳優の名前が載っている。「大麻」と赤字が添えられ、写真には俯いた俳優の姿が映っている。真は思わず新聞を取り上げたが、どうやら逮捕されたのはその男だけで、真の好きな女優はコメントすら控えている状態らしい。これには気分が良くなった。そして、そんな自分に少し嫌気がさした。
 ここ最近、影のせいで心が荒んでいる。夜と言われれば悪事を連想し、テレビと言われれば嘘を連想するくらい、斜に構えてしまっている。彼もそれを分かってはいたが、大衆のほとんどが顔も名前も分からない影としてしか映らないのだから無理はない。
 職場の羽鳥はまだ姿形が変わらなかった。いつになくざわついている女性社員も、まだ白い肌を保っている。ブラウスの色や形状も人それぞれ少しずつ違っていて、履いている上履きだって皆違う。
「ニュース見た?」と羽鳥が聞いた。「もちろん」と笑顔で応じる真。田尻のか細い咳払いが聞こえた。
「やっぱりああいう人間なんだって、親の権威で活躍してる奴なんて」
「めっちゃ嬉しそう。親の会見見てないの? 号泣だよ」
「育て方が悪いんだよ」
 すっかり浮かれている真は、空き時間を見てスマートフォンで「会見」と検索した。すぐに動画サイトが候補に上がったが、往年の映画スターの名が添えられた枠の中で目元を押さえているのは、黒い影だった。真はもう慣れっこといった具合に、電話の電源ボタンを押した。そうして皆の待つ職場に戻るのだった。

 ――職場に馴染めないのが悩みの種だった田尻義仁(よしひと)は、ここ最近奇妙な影を頻繁に見かけるようになった。芸能界にも他の物事にもさほど興味を持たない田尻は、休日をもっぱらアニメを見ることに費やしていた。彼は数年前のヒット作の主人公が影になっていくのはただ事ではないと思っていた。だがどうせもう見ないのだからそう問題でもないとも思った。
 しかし彼は、自分がそれほどミーハーではないこと知っていた。何十年が経っても良いものは良い、というのが若い頃からの主張だった。だがさほど好奇心の強くない田尻には、社会人になって趣味が変わったのだろうか、と思うのが関の山だった。
 職場に行くと大量の黒い影が、いつもと少し違う動きをしているのが見て取れた。自分に近い席の影は何やら浮かれているように見えたが、確かめる術はなかったし、そうする気も起こらなかった。彼はただ自分の仕事を淡々とこなした。
 茜色の空の下、影の群れに混じって歩いていると、自分がどうにかなってしまったのだろうかと思わずにはいられなかった。だが消えゆく者と忘れる者と、おかしいのはどちらだろう? そんな問いに答えようとするほど彼は現実離れしてはいなかった。ただ急展開を迎えている深夜アニメの今後だけが気になった。
 ふと、そのヒロインがいきなり影になっていたらどうしようと思い足が止まった。だが、「そんなわけないか」とすぐに気を取り直し、影と影の間を列を乱さないよう歩くのだった。

影人

執筆の狙い

作者 HBK
153.190.94.199

また投稿させていただきます、HBKです。
今回は前回の反省を活かし、主人公の背景や境遇と「影」のリンクを意識して書いたつもりです。
ご意見・ご感想をいただけるとこの上なく幸いです。
よろしくお願い致します。

コメント

ぷーでる
157.65.82.154

うまく言えないけど、何となく分かる様な……
そういえば、漫画のコマに何故か黒く塗りつぶされた人達って出てくるよね。

きっと知らない人・正体不明の人って、黒い影のイメージなのね。
テレビとかでも(黒くはないけど)容疑者は、モザイクだし。

u
183.176.51.134

HBK様。読ませていただきました。
上のぷーでる様の「何となく分かる様な……」と、おんなじなんですが……。
なんだかイライラするような? もう少しはっきり結論出してよ!ミタイナ。
どっちへふるの? うーん。評価難しいです。

HBK
126.82.95.135

ぷーでる様

読んでくださってありがとうございます。
当方は寡聞にして、実際の漫画に黒く塗りつぶされた人たちが出てくる例を知りませんでした。
知っていれば言及したのに、と悔やまれます。ご教示ありがとうございます。

おっしゃる通り、影のイメージは正体不明の人に近いかもしれません。
それについては失礼ながら、u様への返信にて言及させていただくつもりです。
なんだかお二方をもやもやさせてしまったようで申し訳なく思ったため、少し私なりの解釈を入れさせていただきます。

読んでくださってありがとうございました。
次回はより意図が伝わりやすいよう、表現や象徴の工夫をして書ければと思います。
次回も読んでいただけると幸いです。

ありがとうございました。

HBK
126.82.95.135

u様

読んでくださってありがとうございます。

ぷーでる様にもお伝えしたのですが、もやもやさせてしまったようなので、無粋だと思うのですが私なりに意図を説明させていただきます。

昨今では作中の「最強の村人」のように、モブキャラに光が当たっている気がします。しかしそんなブームもすぐに終わるでしょうし、結局のところ使い捨てのモブキャラは消費される存在でしかない。
けれど消費している私たち自身も、他人からしてみればモブキャラでしかない、というのが本作の趣旨です。
栄枯盛衰と言いましょうか、いかに人気のある漫画や芸能人も、ブームが終われば大半の人から忘れ去られます。その興味が失われてしまった対象を「影」として表現した次第です。

結論が出ていないのは、現実に寄らせたためです。
詰まるところ我々は自分の人生の主人公のつもりで一生を終える、けれど他人にしてみればそこには何の感慨もなく、ただの生きていた影でしかない。そこに救いも結論もないと思うため、もっともらしい「結末」には至りませんでした。

しかし伝わらなかったら何の意味もないですね……。自分の表現力のなさをもどかしく思います。

読んでくださってありがとうございました。
ぷーでる様にもお伝えしましたが、次回はよりまともなものを書けるよう精進する所存です。
イライラさせてしまって申し訳ありませんでした。
次回作も読んでいただけると幸いです。
ありがとうございました。

夜の雨
114.184.205.149

大変興味深い作品を読ませていただきました。

「新木真」が漫画雑誌を読むときのように、一度目はさらりと目を通し、再読時はじっくりと内容を確かめながら読ませていただきました。

全体の感想は、御作の「影」が、漠然としていて、つかみどころがないなぁという感じです。
その影の存在に振り回される主人公ですが、振り回されている割に「影」の正体を見極めようとしない(自分以外の者に確かめようとしない、ただ一度だけ、真は「空気の澄んだ春日和に、「おい、あれ」と、真は羽鳥に声をかけ、影を指差した。」)という展開になっています。
しかし、羽鳥は影の存在を確かめていないし、主人公の真も影を見失っています。

このあとで、影が大量に出てきますので、真は他人に対して影の存在を確かめると思いますけれどね。
そのあたりが、書けていないと思いました。
つまり作者都合で話が展開しています。
――――――――――――――――――――――――――――――――
御作をラストまで読むと、「主人公である真」が「影」の存在を漫画雑誌からやがては現実の世界へと出現した彼らに対して違和感を持ちつつ、「なんらその違和感を追及していない、真実を知ろうとしていない」
だから、影が何を意味しているのかが、わからないし、題材がわからない。
御作は「テーマ(題材)を真摯に追求すればかなり面白い作品になると思います。つまりエンターテインメント作品でもよし、文学作品でもよし」というような代物だと思うのですよね。
しかし、作者さんは御作の「現象面」(影が出没する)だけを描いていて、題材の深いところを描こうとしていない。
つまり、御作における影とは、いったい何なのか、その影の存在が見えることにより、存在が増えることは、何を意味するのかが、書かれていない。

御作では、不思議な影が出てきました。
そしてその影がどんどん増えました。
ラストはどうなるのかと思っていると、話が転換して、主人公が「影」になり、サブ主人公である、職場に馴染めないのが悩みの種だった「田尻義仁(よしひと)」が、自分以外の者が「影」に見えるようになった、という終わり方をしています。
この終わり方でもよいのですが、上に書いたように、影の存在が見えることにより、存在が増えることは、何を意味するのかを書く必要があると思います。
主人公たちは気が付かなくても、読み手にはわかるように書く必要があると思います。

それらを明らかにするには、主人公たちを絡めたエピソードが必要だと思うのです。

御作の狙いはよいのですよね、しかし、主人公が、また、サブ主人公が、影と絡まないで話が最後まで進んで終わっています。
影の存在が人間の「何かであった」ということを描いてこそ、文学になりうるのであり、エンターテインメント作品として、書いているのなら、しっかりと、ラストに落ち着いたということになると思います。

――――――――――――――――――――――――――――――――――
わたしつい最近、カフカの「変身」を読んだのですが、こちらの作品も主人公が「虫」にどうしてなったのかとか、「虫」の描写はあるものの、「虫の正体は書かれていません」。
じゃあ、何が書かれているのかというと、主人公が「虫」になったがゆえに「彼の身に、何が起こったのか」が、書かれていました。
結論を言うと、それまで家族だった者が、主人公を家族と見なくなった、ということです。
その過程が克明に描かれていました。
そりゃあ、そうでしょうね、いままで家族としてその役割をしていた主人公が虫になり、邪魔になる、外見も人間ではなくて虫なのですから、他人には見せられない、したがって、虫になった主人公とは距離をおきたくなる。
だんだんと主人公に対する扱いが雑になる、そして主人公は死んでしまう。
家族は余計な邪魔者がいなくなった、すっきりしたという感じで終わりました。
これって、いままで元気に働いていた家族の一員が交通事故か何かで入院することになった、身体のかなりの部分が欠損していて今後元に戻る可能性は無くなった、というような話と似てきます。
交通事故の場合は賠償金とかが入ってきますが、単なる事故とかだと金は入ってこないので家族は生活に困る、したがって、早く亡くなってくれないかという感じかもしれません。

つまりカフカが変身で描きたかったのは、「虫」ではなくて、役に立たなくなった者(愛されていた家族)が、無慈悲に扱われる話だったわけです。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
御作の影に話を戻すと、「影が存在感を増すことにより、いったい主人公に何が起こったのか、そして、世の中に影響を与えているのなら、どんな影響を与えているのか」そのあたりを書く必要はあると思います。


以上です、頑張ってください。

HBK
126.82.95.135

夜の雨様

読んでくださり、また最初から「興味深い」といってくださり感謝致します。
非常に丁寧に読んでいただけたようで、書いた甲斐があったと非常に嬉しく思っています。

「影」の実体、あるいはテーマは、u様への返信で書かせていただいた通りなのですが、私は浅はかにも「なぜ説明しなければ伝わらないのか」と自問するに至らず、まずその点を反省しております。

そして夜の雨様が、主人公のアクションがない点、「作者都合で話が展開して」しまっていて主人公が「不思議」を何も探ろうとしていない点にその理由がある、と即座に見抜いてくださったことに深く感謝しております。ご慧眼恐れ入ります。

そうなってしまったことには背景があると私は考えます。というのも、私は(一般的な例かと思い挙げさせていただきますが)「世にも奇妙な物語」のような、「誰もが皆当然のこととして扱っているけれども、主人公だけがついていけない」状況を考えることが多いのです。そちらのドラマではとりわけ「ズンドコベロンチョ」という作品にその傾向が強く現れていると思います。
また夜の雨様に挙げていただいた「変身」とも、起こる現象の違いこそあれ似ている(というとあまりに自惚れているようですが)と考えていました。
しかしどちらの例でも、主人公、あるいはカフカの例では周囲がアクションを起こします。しかしどうも私は、その「当然のこととして扱っている」皆と、主人公の区別を意識してきませんでした。そのため主人公として取るべき(取らせるべき)行動を取らせられず、結果、この作品の場合は「影」という奇妙は何だったのか、という大切な部分が伝わらないままになってしまう。
夜の雨様からのご指摘を、私はそう解釈させていただきました。

さらにそれには、以前ご指摘を受けたことがあるのですが、私には「心理描写が下手」なところがあり、主人公の立場に立って考えることがあまりできていません。だからこそなおさら新木真が取るべきだった行動が分からなかったのだと思います。しかしそれも、「誰の心理を(奇妙に対応できない人間として)描くべきなのか」の観点をまるで欠いていたためだと考えます。

本サイトの私の作品に「黒い箱」というのがあるのですが(今は五面にあるようです)、そちらにしても同様で、「主人公は(不思議の核である)黒い箱が何かを追求しない」、それゆえ結局「黒い箱」とは何なのかを私自身はっきりと理解していない状態でした。

対策としては、何よりいただいたお言葉にあるように「作者都合」で話を動かさず、また起こる奇妙の「現象面」にこだわりすぎず、それが主人公にとって、世の中にとって何を意味しているかを前もって熟考し、それから主人公がどう動くべきなのかを主人公の立場に立って考えること。その際、主人公も奇妙に対応できる人間なのか、それとも対応できずに戸惑う人間なのかをはっきりと意識すること(前者で書いてみたいとも、後者で書いてみたいとも思っていましたが、それらの区別がまるでできていませんでした)。その二点にあるかと考えます。

「主人公たちは気が付かなくても、読み手にはわかるように書く」、それはまさに私の理想です。
そのためにはどうしても主人公に影と対峙させ、直接、あるいは間接に(実は消極的に主人公の心が荒んでいく変化を書いた当てはあるのですが、結果は火を見るより明らかです)影の存在が何なのかを読者様に分かるように表現する必要があると、おかげさまで納得することができました。
本当に感謝致しております。

最後になりますが、私のように拙い作家志望者のためにカフカを挙げていただけたのは恐れ多いのですが、反面嬉しくもあります。実際「変身」は私も意識している作品でありつつも、一度読んだきりになっていたので、さっそくこれから読み返します。

いただいた褒め言葉を含め、くどいようですが感謝の気持ちしかありません。
本当にありがとうございました。
今後も頑張ります。次回作も読んでいただけると光栄です。

ありがとうございました。

ARAKI
126.224.116.0

読ませていただきました。

なんだか続きが読みたくなるような独特の文書でした。真の漫画の読み方や考え方や好み等で個性が出ているし面白かったです。

ただ、終わり方がよく分からなかったので、コメントを読ませていただいてもう一度読み直しました。
それでようやく納得できると共に、二回目で確認するように読んで楽しめたので、ラストに種明かしをしてゾッとさせる終わり方もありなのかと思いました。

出会い系の女の子は真の事が、金田の奥さんは金田の事が、それぞれ黒い影に見えているんでしょうね。
そういうのを発言として挟んでみるのはどーかなとか思ったりして。

好きな文体ですし、読み返してみて面白かったです。
ありがとうございました。

HBK
126.82.95.135

ARAKI様

読んでくださってありがとうございます。

お褒めの言葉、嬉しい限りです。特に私は人物の個性を書き分けるのが苦手なため、真の個性が出ていると言っていただけて感無量です。

コメントまで読んでくださってありがとうございます。やはり分かりにくさがあったと思います。
最後に種明かしをする、というのも一つの手法だと思います。ただ夜の雨様にご指摘をいただいたように、主人公がアクションを起こして解明する形にする(エンターテインメント寄りになるかもしれませんが)のが筋だと今では思います。

なるほど、出会い系の女の子や金田の奥さんの立場を入れればより良かったですね……。考えつきもつきませんでした。やはりまだまだ想像力が足りないと言いますか、Aについて考えるとBについての配慮が甘くなる、という癖があります。
ご指摘ありがとうございます。次回は多角的に物事や登場人物を見られるよう鋭く目を光らせ、奇妙の応用の幅を広くしたいと存じます。

文体に関しては一時期かなり悩み試行錯誤を繰り返したので、お褒めいただいて何より嬉しいです。また読み返していただけたのは(内容が分かりにくかったとはいえ)作者として幸いです。感謝致します。

こちらこそ、ありがとうございました。
おかげさまで文体に自信を持つことができました。また次回作も読んでいただけると幸いです。

ありがとうございました。

月とコーヒー
106.171.72.61

小説的には「影」でもいいんでしょうが・・

「相当漫画好きな主人公」なんですよ。。その彼が「影」と呼称していることに、違和感が〜。

はじめに読者に提示される「影」は、
『名探偵コナン』の犯人の……正体バレる前のアレ! 的な「影」。

相当漫画好きな人は、あれを単純に「影」とか「黒」とかは・・言わないように思う〜。
【ここは漫画用語でいい】んじゃねぇかなー??
その方が的確な気がする。


終盤、「田尻視点」になる部分での記載は、「影」でOK。
そうすることで、対比が出ていいんじゃねぇか? と。



さらっと読めはするんだけども、
【影人になる基準、法則】が、
最後までつきあっても、ワタシには理解できなかった。

「不思議な話」の場合、不思議現象の法則(カラクリ)と、オチの「キレ」が最重要だと思ってんで、

この話には納得がゆかない。

HBK
126.82.95.135

月とコーヒー様

読んでくださってありがとうございます。

当方は個人的に実在の音楽のタイトルや店舗名などを出すことが好きではないので、そちらは控えました。よってしつこく「目や口がないこと」という差異を伝え、あえて差別化を図ったのですが、意図が伝わらなかったらイマイチだったかもしれません。

影になる条件は(解説するのは野暮な気がしますが)個人、または社会から見て忘れ去られた人間、どうでもよくなった(言い方を悪くすると「期限切れ」の)「他人」です。要は「モブキャラ」の象徴として書いたつもりです。前者と後者が曖昧になっているので分かりにくかったかもしれません。

実際注目を浴びているはずの俳優の父親が影になるあたりは主人公の主観と捉えていただいてもいいですし、あるいは世間的にも俳優としては「期限切れ」ということで捉えていただいても同じです。その辺りは書き手が定めることではないと思うのですが、ただ、不名誉なことで注目を浴びているだけの人間も影でありうるということには一応の意図があるつもりです。

読んでくださってありがとうございました。

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