作家でごはん!鍛練場
みの

年金

「これだけ…なのか?」
令和20年、山田一郎は50年勤め上げた会社をついに定年退職した。70歳だった。
日本は金銭での年金受給がついに厳しくなり、月に一度、役所から届けられる米や野菜、肉などの現物での支給になった。
  山田はそれなりに真面目に働いてきたし、妻も子供もしっかりと養ってきた。他人に厳しく当たることも少なくなかったが、それは相手のことを思ってやったことだった。
そんな自分がリタイア後、初めて受け取ったのは5キロのカリフォルニア米とインスタント味噌汁20セット、シングルのトイレットペーパー1袋と各種野菜が1箱だった。
  「はぁ、ですから資産運用をしっかりして、貯蓄しておいて下さいと20年前から言ってたじゃないですか、年金に期待しちゃダメですよ。あぁ、もう年"金”では無くなってしまいましたけどね。山田さんの場合ギリギリ査定が通った形ですので、くれぐれも注意してくださいね。」
スーツにメガネの役人はそう淡々と言い放った。

ハイパー高齢化社会を迎えた日本は、全員に年金を配ることを諦めた。現在は退職後、一人づつ査定が行われる。査定とは、受給者と関わったことのある現役世代、つまりは今現在年金を国に徴収されている者から無作為に査定員を選出し、彼らからアンケートを取り、受給希望者が今までどれほど社会に貢献してきたか、どれだけ社会に迷惑を掛けなかったか、などを調査して、合計点数が60を超えた高齢者のみが年金を受給することができる、という制度だ。査定は年に一度行われ、点数が高ければ高いほど国産米などの高級品が沢山受給でき、低ければ低いほど受け取れる年金は少なく、貧相になる。

右隣りに住む田中さんは電車で痴漢をしたとかで査定がグンと下がった。元々家の前を通る若い奥さんや女子高生にセクハラ紛いの発言を繰り返す田中さんの査定は低かったが、今回の件で受け取ることができるのはトイレットペーパー1ロールのみだという。

山田は自分の受給額に納得いかなかった。
「だからと言ってよぉ、役人さん、これは無いんじゃないの、俺だって50年、立派に勤め上げた訳よ、これぽっちじゃ納得行かないよ。しかもカリフォルニア米って…」
「山田さんは文句が多く、口が悪く、他人に感謝することができない、と査定に出ていましたが、全くその通りですね、この事は管轄にも報告させていただきますので。」
「ふざけるんじゃないよ!若造が偉そうに!」
山田はついカッとなり、役人の胸ぐらを掴んだ。
「山田さん、現役世代に対しての暴言、暴力、恐喝、減点対象ですね。こちらの方、没収させていただきます。そしてこちら、査定表です、次回の査定までに目を通して、改善点は改善してください。」
そう言って役人は箱の中の野菜から半分くらいを持って帰っていった。
  査定表とはアンケート結果や今後の改善点が書かれた資料である。査定を上げることが出来れば、受給できる年金も増える。山田はおもむろにそれを開き、目を通した。
『妊婦を立たせ、優先席に自分が座るのを見かけた』
心当たりはある。去年の12月頃だ。会社に向かう途中、足が痛かったので優先席に腰かけた若い夫婦の妻の方に「若いのだからそんな所に座らないで立ちなさい。」と席を譲らせた。妊婦と言っても女はまだ若く、元気そうに見えた。旦那は「妻は臨月なんです、どうか座らせてやってください」と言ってきたが、こんな通勤ラッシュの時間帯に妊婦が乗るのが非常識だし、そもそもまだ若く、車も使えないほど収入も安定しないに妊娠するのがおかしい。そんな非常識な奴らが人の子の親になる方が心配だと説教してやった。彼らのためを思って教えてやったことだったが、伝わっていなかったのだろうか。
『新聞の勧誘に行ったら、怒鳴られ追い返された。』
それはあまりにもしつこかったからだ。「あんたも、何度も何度もしつこいな!いらないと言っているだろ!」と軒先で蹴り飛ばした。
何度も何度も家に来る方が非常識だ、押し売りにはそのくらいしないとわからないのだ。なんでこんなことまで書かれなきゃ駄目なんだ。

山田は査定表を破り捨て、役所へ向かった、やはり納得は行かない。そうこう繰り返したら年金は皆無になっていた。日本は俺達に死ねというのか。そう役人に訴えると淡々とこう答えた。
「えぇ、山田さんのような場合ですと、現役世代が働いたり、子育てをする上でお荷物の穀潰し以外の何者でもありません。ですので、生きるにしても誰にも迷惑をかけず、頼らずやって下さい。現役世代に対してのこのような態度は年金は必要ないと訴える行為として受け取らせていただきます。あくまで山田さんは現役世代に年金で養って貰っている分際です。もう一度考えてください。反省したら、査定を上げたい方向けのボランティア活動なども紹介出来ますので。」

年金

執筆の狙い

作者 みの
106.154.120.232

軽いディストピア小説のつもりです。嫌な高齢者が考える若者と、高齢者の立場逆転を表現しました。

コメント

夜の雨
114.184.205.149

ははは、近未来の日本が見えるようだ。
あと20年か……。
やばいなぁ。

「軽いディストピア小説のつもりです。」ということで、ユートピアの逆の小説ですね。
考えたくはありませんが、なんとなくイメージできてしまいますから、怖いです、現在の日本の状況を見ていると。

>令和20年、山田一郎は50年勤め上げた会社をついに定年退職した。70歳だった。<

「50年勤め上げた」のなら、「厚生年金」が受給できるので、充分生活が出来る金額がもらえると思いますが、高齢者が20年先にはかなり増えていて、彼らを支える若者が少ない。
ということで、実際はどうなるのかわかりません。
わかりやすく言うと、現役世代が優先ということになります。

それに現在の日本の財政状況は危機的です。
つまり日本は巨額の借金があるということです。
まあ、その借金が外国ではなくて日本国民に国債を購入してもらっているようですから、まだ、救われているのですが。
借金の利息だけでもすごいです。
怖いので、ネット検索で調べませんが。

御作の主人公である山田一郎さん、20年先で70歳なら、令和元年の現在なら50歳ですよね。
働き盛りです。
将来が心配ならご自分で貯蓄すればいいかなぁと思いますが、御作で書かれているような『そんな自分がリタイア後、初めて受け取ったのは5キロのカリフォルニア米とインスタント味噌汁20セット、シングルのトイレットペーパー1袋と各種野菜が1箱だった。』というような少ない現物ではないと思います。

山田さんとほかの登場人物の若い人との関係が面白いですね。
作者さん、「内容は、大げさ」ですが、「かなりしっかりと書けていると思います」。
たぶん、メディアとかよく見ているのでしょうね。
ショートショートとしては、なるほどなぁと、楽しめる作品でした。

ちなみに、御作を元にしてシリアスで枚数がある作品を書いたら、世間で話題を集めるかもしれません。

お疲れさまでした。

偏差値45
219.182.80.182

将来の日本に対しての不安がテーマかな。
会社勤めで50年。おそらく厚生年金には加入していると思われるので、
おそらく問題ないでしょう。
とはいえ、
>『新聞の勧誘に行ったら、怒鳴られ追い返された。』
とあるので、プロセールスなのか、販売店の専業なのか、分からないけど、
いづれにせよ、雇用主が厚生年金に加入させていなかったとしたら、
状況としては厳しくなるでしょうね。実際、そういう事例はあるようです。
やはり資金運用、お金を増やすことは大事ですよね。
日本人にはそういう意識が足りていないので、その意味では面白い内容かも
しれませんね。少なくても年金基金、ニーサ、イデコ程度はやった方が
良いかもしれませんね。

大丘 忍
153.186.197.93

年金問題深刻ですね。でも将来、小説のように現物支給になることは無いと思いますが、更に減額される可能性はあるでしょう。
若い皆さん方、老後に備えて今から対策を立てなさいという教訓ですね。
私は幸いにもいい時代に生まれ、20年前から年金をもらっておりますが、いくらなのか通帳に振り込まれるだけですから知りません。私の当時より現在はもらう年金額が減っているそうですから、今のうちに老後対策を考える必要がありますよ。

みの
163.49.203.137

コメントありがとうございます、皆様のコメントを読ませていただき、年金など社会保障への理解、勉強がまだ足らなかったなと思いました。大学で社会保障の授業を取っており、毎回受ける度ゾッとする内容だったので、小説にした次第です。もっと勉強してリアリティのある作品を書きたいです。

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