作家でごはん!鍛練場
佐藤

辛佐治、剛毅なりや

漢中《かんちゅう》地方のある村に、かの諸葛亮《しょかつりょう》のもとで働いた男がいる、と聞き、取材に伺ったことがある。

漢中。古来より都として栄えてきた長安《ちょうあん》と、峰々に囲まれ、独自の文化を築いてきた蜀《しょく》との間。少々手狭な盆地でこそあるものの、中央に漢水《かんすい》が流れ、その周辺には穏やかな田園風景が広がっている。

約五十年前、この漢中を拠点とし、諸葛亮は無謀とも言える北伐を繰り返した。その結果かれは軍旅にて果て、彼の仕える劉《りゅう》氏は、遂には滅ぼされた。

五十年。幼子すら孫を抱きうる年月である。当時を知る人に巡り会えたのは、僥倖以外の何者でもない。

「あんれ、まだご立派な士大夫さだでよ! オラでっぎりその辺の学生さんがど思っでだっげなもし!」

その激烈な訛りにのけぞりかけつつも、なんとか私は笑顔を保ち、老翁に頭を下げた。

「いんやいんいや、士大夫さに申しわげねえだ」と彼が慌てる。好ましき謙譲の心を感じ取った。立場云々の話ではない。

「この度は突然の申し出にもかかわらず、お時間を下さり、ありがとうございます」

「いいっでば、べっづによぉ! ジジィの昔話で良ぎゃ、いっぐらでもしゃべっだるでな!」

老翁はそう言って自宅へ案内してくれようとした、

……の、だが、申し訳ないながら、邸内よりほんのりと漂う芳香が、やや自分好みとは言い切れなかった。そのためお招きは心苦しくも辞退させていただき、見晴らしの効く丘の上でお話を伺うことにした。

持ち寄った酒を一献振る舞うと、かれの破顔が、ますます盛んなものとなる。

「つっでもまぁ、オラ物見役になっだぐれぇだげんどもな。丞相《じょうしょう》さまに、敵陣の様子を見でごいっで言われでよ。んで、きれいなおべべをいだだいで、魏《ぎ》軍を見に行っただ」

おっと。
思わず茶々を入れそうになってしまった。

漢、魏を経て、いま、天下は晋《しん》の威徳のもとに収まっている。そんなわれわれが丞相とお呼びするべきは何曾《かそう》様である――などとかれに説いてみたところで、何になるだろう。
かれにとり、丞相とはあくまで「ものすごくえらいおかた」に過ぎないのだ。以前この点をわきまえず、迂闊に口出しをし、ひどい目にあったことがある。

「でっげえ川を挟んでよ、丞相さまの軍と、魏軍が向がい合っでだだ。やづら、さんざこ川向ごうがらマヌケだの、臆病モンだの言われででよ。見るがらに怒っでだっげなぁ」

渭水《いすい》を挟んでの対峙、か。
諸葛亮、最後の北伐《ほくばつ》のことのようだ。

諸葛亮は、都合五度の北伐をなしている。三度目までは魏将の曹真《そうしん》が総大将を務め、四度目より帝の祖父上、司馬懿《しばい》様が総大将として防衛に当たり、いずれも退けられた。最後の北伐では、諸葛亮の寿命が近いことを見越され、あえて動かぬことで勝利を得た、とのことである。

「魏軍は動かなかったのですか?」

「動こう、たぁしてだみでぇだ。けんど、動げねがっだ。いっとう前に、じッさまがつっ立っどっでな。やづらが動ごうどしだら、じッさまがな、ニラむんだわ。そしたらやづら、シュンどしぢまっでよ」

「恐ろしい方もいたものですね」

「んだ! 遠ぐがら見だオラでもわがっだぐれぇだ、あそごにいだ兵っコロにゃ、ぎっどだまんながっだべな!」

そう言うと、老翁がからからと笑う。
よほど当時の情景がおかしかったのだろう。

「では、あなたはそれをしょか……丞相様に、お伝えになったのですか?」

だが、私がそう水を向けると、すぐさま笑顔が萎む。

「いまでもおぼえでるっペな。オラが話しだら、丞相さま、がっくりとしで、おっしゃっただ、さじか、っでな」

さじ。

私の中で、老翁の話がつながってきた。

司馬懿様と諸葛亮の、この対陣。
常々、司馬懿様は諸葛亮を過剰に意識しているフシがあったそうだ。そのため当時の魏帝、明帝は、司馬懿様がうかつに戦端を開いてしまうのではないか、と懸念していたそうである。

そこでお目付け役とし、辛毗《しんぴ》という人物をお目付け役として同行させた。彼のあざなが、「佐治《さじ》」、である。

と、ここで老翁が思案顔になる。

「なぁ、士大夫さ。いまでも気になっでるだ。あんどぎ、オラが見だジさま、やげに重そうな金ピカのマサカリ持っでだだよ。丞相さまにそれ話しだら、もっとがっぐりさせぢまっだ。オラ、なんが悪いごど言っじまっだがな?」

「金の、ですか?」
「んだ」

はて。

唐突な振りに、どう返したものかで迷う。
重そうなまさかり、色は金、諸葛亮が……

条件を並べ立て、推測を進める。
と、それらが、ありえない形で結びついてくる。

「ご老人、一つ伺いたいのですが」
「なんだべ?」
「そのマサカリは、やけに複雑な模様が刻まれてなどおりましたか?」
「んー、どうだべ、たぶん……まぁ、あれで木を切れっで言われだら、まんずこどわるっペな。オラの腰がひん曲がっじまう」

と、すでに十分曲がっている腰を叩きながら、ガハハと笑う。

なるほど、そういう事か。

結びついた推論、その破天荒さに、思わず噴き出しそうになる。いやいや、まさか……けれど、史料に残る司馬懿様、そして辛毗様の性分を思えば、あり得ぬことではない。

「では、ご老人。少し、軍のしきたりのお話しになりますが、よろしいか?」
「んぁ? 教えでぐれんのが?」
「ええ。もっとも、私も予測でしか語れませんが」
「なんでもええだ! 丞相さまが、何にがっくりなさっだが、教えてくんろ!」

今にも食いついてこんばかりの勢い。
その振る舞いに、諸葛亮がどれだけ慕われていたのかを実感する。そんな良いものでもあるまいに……まぁ、それはいいだろう。

「まず、さじ、とは魏軍のお目付け役です。その、さじ、が、魏軍の大将に攻撃できないようにしていたのです」
「攻撃でぎねぇ? なんでだ?」

「大軍って、面倒なものでしてね。戦うのは、将軍ではありません。あくまで王様です。将軍たちは、その代わり。実は丞相様も、陛下の代わりに戦っておられました。そして敵軍も、同じように魏王の代わりに戦ったのです」

「……む、ややっごじいな」

「本当に。ともあれ、そのさじ、が持っていたもの。黄鉞《こうえつ》と言うんですが、それこそが、王の代わりに喧嘩をしていいよ、という証なんですね。これがあるから、敵の大将は王の代わりに戦えます。逆に、ないと……」

「ただがえねぇ、が?」
「仰る通り。おさすがです」

老翁が少し嬉しそうに頭を搔いた。
が、すぐにその手が止まる。

「けんども、そんな大事なもん、ほいほい取れんのが? オラだっで、大事なもんはしまっどぐぞ? 取られだら怒るしよ」

「ですね。けど、さじは取っちゃったんですよ。どうやったのかはわかりませんが。そしたら大将は、戦いたくても戦えなくなります。黄鉞がないなら、王の代わりじゃありませんから」

黄鉞は、それを持つ者に処刑権を委ねる。つまり戦時中であれば、誰を殺そうがお咎めなしということだ――もちろん、勝利のための方策としての殺害であれば、という但し書き付きだが。

そんな黃鉞を盗む、などといった振る舞いは、いわば反逆行為に等しい。一切の審問なく、即斬り殺されてもおかしくないほどた。
だというのに、辛毗様はそれをやってのけられた。

「さじは恐らく、自分が殺されるかどうか、など考えていなかったのでしょう。そんな事よりも、魏軍に攻撃させないように、を考えた。それくらいしなければならないほど、いつ魏軍が動いてもおかしくなかったのでしょう。つまり丞相様の作戦は、ほとんど成功していました。魏軍が攻撃してきたら、勝てる自信があったのでしょうから。なのにそれを、さじ一人にダメにされたのです」

ほうほう、と老翁がうなずく。

どこまで理解してもらえたかはわからない。が、本人なりの納得はしてもらえたようで、そこは安心した。

その後二、三の事を聞き、礼を述べた後、場を辞した。私の姿が見えなくるまで、老翁はずっと見送ってくれた。


伺った内容を書き留めつつ、思う。

かの老翁のようなお方が、あえて話を盛られたとは、さすがに考えづらい。ならば辛毗様が、司馬懿様より黄鉞を盗み出してしまっていたのは、おそらく本当のことなのだろう。

黄鉞が軍権そのものであるはずがない。が、軍権の象徴を蔑ろにするのであれば、巡り巡って皇帝への不忠を疑われても仕方のないこととなる。ただでさえ当時、すでに魏国いちの権臣となっておられた司馬懿様である。些細な不忠の根拠とて、政敵に付け入られる隙となってしまう。

辛毗様がそのことを承知されていたか否かは分からない。いずれにせよ、当時の辛毗様がそのお命より、魏の勝利を優先なされていたのは間違いのないように思う。そして結果として諸葛亮は死に、司馬懿様は、勝利された。


とは言え、これらを聞いたまま歴史書に残してしまうのは、いくらなんでも劇的にすぎよう。事実は虚構より奇である、とよく言われている。それにしても、この話についてはいささか出来が良すぎよう。

故に私は、この話を、以下のようにのみ書き留めておこうと思う。

諸葛亮率衆出渭南。先是,大將軍司馬宣王數請與亮戰,明帝終不聽。是歲恐不能禁,乃以毗爲大將軍軍師,使持節;六軍皆肅,準毗節度,莫敢犯違。

(諸葛亮が軍を率いて渭水の南に陣取った。大将軍の司馬懿様は何度も出陣しての決戦を明帝に願い出たが、明帝は最後まで聞き入れなかった。とは言え、いつ命令違反をして司馬懿が飛び出てしまうかもわからない。そこで辛毗を大将軍軍師として派遣。指揮権を握らせた。辛毗が到着すると全軍が粛然とし、以降無闇に飛び出そうとする者はいなかった:三國志《さんごくし》巻二十五 辛毗伝より)

――太康《たいこう》元年。臣陳寿《ちんじゅ》、晋の天下統一を寿ぎつつ、記す。

辛佐治、剛毅なりや

執筆の狙い

作者 佐藤
36.11.224.49

世説新語のエピソードが面白かったので、膨らませてみました。三国志の後日談的な話です。

コメント

上松 煌
153.203.103.215

こんにちは。

 意味がわかると面白かったですよ。
あなたの発想に、まさに剋目でしたっ!
ただ、中国史をあまり知らない上に、読解力もないおれは最初戸惑うばかりでした。


1)主人公が現代語だったので、晋の時代にタイムスリップの話かと思ったのですが、そうではないw
2)蜀と魏のお話しなのはわかりました。でも、丞相というと日本人のイメージでは土井晩翠の詩にあるように、即、諸葛亮公明なのですが、このお話では単に「雲の上の人」。
  >>以前この点をわきまえず、迂闊に口出しをし、ひどい目にあったことがある<<
          ↑
この >>ひどい目<< のほうに興味が惹かれました。

3)そのお偉いさんに着物を賜り、戦見物とは、この老人は何者?
4)司馬懿は時の帝の祖父。上皇ですよね。日本では後白河上皇のように院政を引き、権謀術数に明け暮れるイメージがあるのですが、中国では黄鉞を賜って、一将軍として孫の令下に立つのですか?

5)その司馬懿から黄鉞を盗み出し、自らが手に持ち魏軍を牽制した辛毗。所以は公明の寿命を知り、無手勝流を行使するためだったのですね。わかります。孫子の兵法です。司馬懿もみだりに黄鉞を盗まれたことを恥じて、むしろ自らだ与えたような態度をとったのでしょう。
 でも、窃盗はイヤです。陳寿の記述のままのほうがイイですぅ。なんか、人格や威徳、あるいは武勇で軍を鎮めた感じがするからです。
悩ましい所ですが、この黄鉞不正取得は佐藤さんの創作ですよね。実にいい着眼点で、中国史に詳しいあなたならではの卓見です。いやぁ、すごい。驚きでした。

 う~ん、ものすごくいい発想なので、何か知恵で司馬懿を凹まし「では、持って行け」みたいな感じのほうが、小説として膨らみますよね。
まさに、『辛佐治、剛毅なりや』となる気がします。

 
 あとはちょっと、ど~でもいい疑問を。
1)老翁の訛りは、当初、東北弁と感じたのですが、実は松山弁?
2) >>持ち寄った酒<< となると老翁も酒を持参したことになります。【持ち来たった酒】【持参の酒】としたほうが読者に分かりやすいのでは?
3) >>その振る舞いに、諸葛亮がどれだけ慕われていたのかを実感する。そんな良いものでもあるまいに……<< え?良い者じゃなかったの? 日本人のおれにはショック。
4) >>諸葛亮率衆出渭南…<< 以下の漢文は佐藤さんのオリジナル?それとも原典あり?もし、自作だったらスゴイなぁと。おれ読めるけど書けないもん。

 ともあれ、佐藤さんの作品の中で、これがぴか一でしたっ。

佐藤
36.11.225.178

上松さん

ありがとうございます!
この話は、狙いにも書いたとおり
「世説新語」中にあるエピソードが
とても面白かったので紹介したかった、
が、執筆動機です。

ですので、上松さんになんとか
紹介できたのかな、とほっとしております。

ただ、全体としては説明を
しきれていなかったかな、とも
反省しきりです。

もう少しスムーズに内容を
把握していただけるよう
文章を組み立てたいものです。
精進いたします!

以下、ノンブル対応で回答いたします。

1)
最近はあえてやってみています。
自分でも書いて違和感を覚えていたりは
するのですが、まぁ挑戦挑戦、と笑

2)
ここは老人と読者の常識が
丞相=孔明、けど語り手は
その常識の中に生きていない、
みたいなミスマッチを書いています。
そして「ひどいこと」とは、
おれたちの常識を攻撃してくるやつは
悪者扱い、は世の習い、みたいな感じですね笑

3)
ここがわかりづらかったですね。
申し訳ありません。
おじいさんは孔明に偵察役として
雇われたただの一般人です。

4)
おじいさんの話は50年前の回想なのです。

5)
作品の肝となる部分ですが、
先にも書きました通り、
原作「世説新語」の展開に
沿っております。なので、
お褒めいただけたところ恐縮なのですが、
すごいのはあくまで原作なのです笑
そうすると、自分の説明不足が
浮き彫りになる感じですよね。
お恥ずかしい限りです。

というわけで、あくまで
この時代における黄鉞の解説です。
これは、総大将といえども、
誰が所有するかは決められません。
仮にそれをやったら、
「皇帝の意思に背いた」となるからです。

まして盗み出した、ともなれば、
その罪の重さは、皇帝を誘拐した、
レベルの国家反逆罪。

そのリスクを押してまで
司馬懿が出撃できないよう
黄鉞を盗み出した、が、
剛毅の理由ですね。


ついで、頂戴した疑問点についてです。
 
1)
老翁の訛りは謎です笑

2)
持ち寄った酒については、確認します。
ご指摘ありがとうございます?

3)
これ、マニア向けに引っ掛けておいたのです。
知らない人向けに伝えたい、
けど知ってる人もニヤリとして
もらいたい、という。

語り手である陳寿の父親が、以前に
諸葛亮から処罰を受けております。
俗説では、陳寿がそれを恨んでいたらしい、
という話があるのです。

本筋に絡む話でもありませんので、
欠片だけのぞかせた次第です笑

4)
漢文は引用です、三国志シンピ伝より。
史実をネタにしたフィクションということで、
載せておきました。


これら回答させていただいた内容を、
本文できっちり伝え切らねばなりませんね。
頑張ります!

改めてご感想、ありがとうございます!

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