作家でごはん!鍛練場
香川

オー、ブラザーズ!②

 
     (9)ディッキーとダン

 ジョンたちはダンのことを、ディッキーと同じような少年なのだろうと想像していた。でもそれは見当違いだった。
 ディッキーはいたずら好きでとんでもなく失礼な悪ガキだったが、無邪気で愛嬌がある。しかし、ダンにはそれが一切ない。周りの人間、特に年長者を強く警戒していて、自分の物差しで判断を下し、色眼鏡で見る。そういう類の可愛げのない子どもだった。ディッキーというよりは、むしろデレクから分別を取り去ったような印象だ。デレクがジョンや弟のラリーに優しかったように、ダンもまたディッキーにだけは、これでもかという程思いやりを発揮していた。
 ダンの眼鏡に適ったのはデレク一人。ジョンとトミーは完全になめられ、サミーは元から嫌われている様子だった。だから、ダンは三人を困らせる方法をいくつも考え、いたずらを仕掛けてきた。人が困っているところを見るのが大好きなディッキーも、大張り切りで手伝っていた。尤も、極端に空気の読めないディッキーがそれを嫌がらせだと認識しているかは怪しいものだったけれど。何度も服の中へサソリを忍ばせられたりして、ジョンとトミーは辟易していたが、不幸中の幸いだったのは、ダンがデレクの言うことだけはよく聞くことだ。彼はデレクが叱り飛ばすとすぐさまにいたずらを止め、まだ物足りなそうにしているディッキーをたしなめさえするのだった。

 でも悪いことばかりではない。ダンは大人の戦車へ罠を仕掛けるのが、ディッキーよりさらに上手かった。というより、どうやらディッキーにそういった罠の数々を教えたのはダンのようで、ピアノ線の罠についても熟知していた。ジョンはてっきりピアノ線がキャタピラに巻き付いて戦車が動かなくなるのかと思っていたのだけれど、ダンが言うにはそうではないらしい。キャタピラに巻き付いてもピアノ線はちぎれるだけ。でも、帯の内側にある車輪の軸に絡みつくと、食い込んで焼き付きを起こすのだという。そうすると、車輪の回転が止まってしまい、動かなくなるのだ。焼き付き部分が多くなれば、どんなに大きな戦車だって走り続けることはできないのだ。それを利用し、ダンはディッキーの罠にさらにピアノ線を足して、より広範囲に焼き付きができるようにした。成果は上々で、それまで稀に見られた罠を突破して走り続ける戦車が一つもなくなった。

 ジョンたちに仕掛けるいたずらも、大人たちに仕掛ける罠も、ダンとディッキーが組めばちょろいものだったのだ。
 二人の間に亀裂が入るなど、誰も想像できなかった。

 ディッキーとダンの活躍もあり、ジョンたちの戦車は次々に大人の戦車を負かした。その度に仲間はどんどん増えていく。中にはジョンとデレク、それにサミーと共に売られてきた子もいた。見知った少年の無事が分かると、それだけでひどく気持ちが楽になる。同時に、この戦車へ移る前は夢物語のようにすら思えていた革命が、いよいよ現実味を帯びて目の前に立ち上がってくるのだった。

「こんな風に大人たちと渡り合えるなんて、正直思ってなかったよ」
 戦車へ寄りかかり、遠方に仲間たちの姿を眺めながら、ジョンがデレクへ言う。視線の先の仲間たちは、たまたま見つけた小さな湖へ「水を取りに行く」という名目で遊びに出かけていた。デレクも彼らを見つめながら応じる。
「オレもだよ。本当のこと言うと、あいつらには期待してなかったんだ。自分でなんとかして、掃除兵の仲間を助けてやろうって、そう思ってた。自惚れもいいとこだ」
 彼はそこで自嘲気味に息を漏らして笑い、続けた。
「ディッキーとダンがいなかったら、こんなにうまくいってない。オレは今んとこ、あのガキ二人に助けられてばっかだ」
「そんなこと――」
 ジョンが言いかけると、デレクがそれを遮った。
「お前さ」
 彼はズボンのポケットからおもむろに何やらを取り出していた。
「――これ覚えてるか?」
 デレクの手の中の物を目にし、ジョンははっとなる。それは一年前、人買いの車で見せられた、あの藁馬人形だった。
「ラリーは十二歳になってるはずだ。ディッキーやダンと同い年だ」
 一年の月日を経て、少しくたびれた小さな藁馬。それはデレクの思いが何度も何度も通って跡を付けていったみたいに見える。彼はずっとこの藁馬と共に、弟のことを胸にしまっていたのだ。
「――だからってのも変だけど、オレはあいつらを、あいつらみんなをちゃんと助けてやりたいんだ。ラリーのことは最後まで面倒見てやれなかったから」
 デレクは言葉を切ってうつむく。ジョンが声をかけようとしたのと同じくして、彼は気持ちを切り替えるように大きく息を吸った。そして顔をまっすぐに持ち上げて、
「悪い。意味分かんないよな。忘れてくれ」
 それで、ジョンも努めて明るい声で返した。
「分かった。でも意味分かんなくなんてないから、話したくなったらいつでも言ってよ」
 ジョンとデレクは顔を見交わして、笑った。

 その時、湖の方から一段と大きな声が聞こえた。二人はぱっと仲間たちへ顔を向ける。大騒ぎしているのかと思いきや、みんな立ち尽くしているようだ。何やら不穏な様子に、二人は再び顔を合わせてから仲間たちの元へ走った。

 ジョンとデレクが着いたのとほぼ同時に、ディッキーが戦車へ駆け戻っていった。すれ違いざまにデレクが呼びかけても、彼は振り返ることも立ち止まることもしなかった。
 ジョンがその場の少年たちを見回すと、彼らは一様に呆然としている。中でも、ひときわ目に驚きと悲しさを湛えているのはダンだ。
「何かあったの?」
 ジョンはダンに向かって言ったが、答えは別のところから返ってきた。
「ふざけてたんだ」
 最年少のビリーという名の少年だ。
「湖に入って遊ぼうって言ってて。でもディッキーが濡れるのに服脱がないから――オレたちあいつがいつもみたいにふざけてるんだと思ったんだ。それでダンがみんなで脱がせようって言って、オレたちも面白くなって――」
「もういい。分かった」
 デレクが言うと同時に、ダンが助けを求めるように声を上げた。
「あいつ、なんであんな怪我してんだよ?」
「もう治ってるから心配ない。傷跡が残ってるだけだ」
「そうじゃない!」
 叫んだダンはうつむいていたが、その声は空に高く高く響いた。顔を上げると、いつも斜めに構えていたはずの彼は、ひどく幼く頼りなく、今にも泣き出しそうに見えた。
「オレ、知らなかったんだ。全然知らなかったんだよ。だって、あいつ何にも言わなかったし、ひどいことする気なんかなかった……」
 ダンはまた顔を伏せる。ジョンは彼の肩へそっと手を置いた。
「分かってるよ。みんな分かってる。ディッキーだって、そうだよ」
 ダンはうつむいたままかぶりを振った。
 ジョンはダンの肩を優しく叩いてやりながら、デレクへ目配せした。彼は頷いて、静かに近づいて来る。そしてジョンの横に屈み、ダンの顔を下からのぞき込むようにして話した。
「ディッキーのことは、これからジョンが見に行くから大丈夫だ。オレらは水をトミーのところに届けに行こう」
 ダンは何も言わず、頑なに地面を見つめ続けていた。

 ジョンは急いで戦車へ戻る。ディッキーはすぐに見つかった。自身の寝床で抱きかかえた膝に顔をうずめて座っていた。
「ディッキー」
 ジョンが呼びかけると、ディッキーはそのままの体勢で告げる。
「ダンなんて、もう友達じゃない」
「そんなこと言っちゃだめだよ」
 ジョンは彼のすぐ横に腰を下ろして、背中を撫でた。
「悪気があったわけじゃないんだよ。知らなかったんだ」
「関係ない」
「ダンだって驚いたんだ。それに、すごく辛い気持ちに――」
 そこで、ディッキーは勢いよく顔を上げて、
「あいつはやめろって言ってもやめてくれなかった。みんなのことけしかけてきた。オレは、すごく、すごく……怖かった」
 ディッキーの頬は涙で濡れて、目元と鼻は真っ赤になっていた。彼は再び顔を膝へうずめる。
「みんなに火傷を見られた。ダンのせいだ」
 ジョンは何も言えなくなってしまった。掃除兵をしている間、ディッキーは誰よりひどくいじめられてきた。性的虐待さえ受けた。その現場を目撃したジョンには、そのことが彼をどれだけ傷つけているか、容易く想像できた。たとえ友人であったとしても、体に触れられたり見られたりするのは恐ろしいのだ。まして、何人もに囲まれて無理矢理にでは……。
 ジョンは他にどうしようもなく、ディッキーの背をそっとさすった。ダンの肩を軽く叩いたのと同じように。 
 
     (10)トミーの決意

 湖の一件から、ディッキーはダンを無視するようになった。ダンが話しかけても何も答えず、食事の際に隣に座るとすぐに席を立った。あまりのひどさにデレクやジョンが注意しても全く聞かない。一週間も続くとダンの方が怒りを爆発させた。
「お前なんなんだよ! いつまでも陰険なことしやがって!」
 戦車の外にみんなを集めて、デレクが銃の撃ち方を教えている最中だった。既に砂の上に腰を下ろしていたディッキーは、遅れてきたダンが近づくと立ち上がって場所を変えようとしていた。
「陰険な方が変態よりマシだろ?」
「は?」
 ダンが喧嘩腰に声を荒げる。
「誰が変態だよ? くそチビ」
 ディッキーは明後日の方へ顔を向けて返す。
「人の服、無理矢理脱がそうとしといてよく言うよな? 気持ち悪りぃから寄ってくんじゃねえよ」
 幼馴染みのディッキーが、本当にダンのことをそんなふうに思っているはずがない。明らかに挑発している。
「お前ぶっ殺――」
「いい加減にしろ!」
 ダンを遮って、デレクが凄みのある声で言った。しん、と沈黙が降りてきて、みんなの気配が強張る。デレクは鋭い目をディッキーに向けた。
「ディッキー、謝れ」
 ディッキーは不満たっぷりの顔をデレク向ける。
「なんでオレが謝んだよ?」
「お前が悪いからだ」
 ディッキーはぎゅっと唇を結んで下を向いた。
「いっつもオレが悪いんだ」
 彼はそう残し、ふてくされて戦車へ走っていった。
 ジョンは後を追おうとしたが、
「ほっとけ」デレクに止められた。「あいつはやることがガキ過ぎる。一人になって頭冷やした方がいい」
「でも……」
 ジョンは言いかけたけれど、デレクは何事もなかったようにみんなへ向けて説明を始めた。それで出かかった声は喉元から下がっていくしかなかった。

 戦車へ戻った時、ディッキーはぶつぶつデレクやダンへの不満をこぼしながら、厨房でトミーの手伝いをしていた。ジョンの思った通りだ。

 ディッキーとダンがムードメーカーだったこともあり、二人の喧嘩は戦車全体の空気を重くしている。そして、みんな多少ディッキーに気兼ねを感じながらもダンの方についていた。おそらく、デレクがそうだったからだ。この戦車で唯一、二人の間の諍いに興味がなさそうだったのはトミーだ。それが、ディッキーにとっては拠り所となっているらしく、彼は何かにつけて厨房へやって来ては入り浸った。意外にも、トミーは一つも文句を言わずにディッキーの好きにさせている。

「トミー、今日はよろしく。忙しかったらぼくも手伝うから言ってよ」
 トミーは巨大なケーキにクリームで装飾を施しているところだった。視線をじっとケーキに置いたまま、
「邪魔だから出てけ」

 この日は最年少の仲間、ビリーの誕生日だった。ちょうど十歳。数日前にそれを知ると、少年たちはチャンスとばかりに大はしゃぎでお祝いしようと口々に言った。ここのところ雰囲気の悪かったこともあったのだろう。それで、トミーは急きょ乗員分のご馳走とバースデーケーキを作る羽目になっていた。

 夜になった。濃紺の鮮やかさから、空気が冴え渡っているのが分かる。地平線の上に広がる闇のさ中で鋭く光る星々の群れが、いつもより近くに見えた。
 みんなは戦車の視察口やハッチから顔を出し、一段と美しい砂漠の夜に感嘆の声を上げていた。すごくいい誕生日パーティになりそうだ。ジョンの心も久々に浮き立った。

 トミーの作ったご馳走はなかなかのものだった。メインは前日に買ったヤギだ。内臓を取り出した胴の部分に、肉と塩と臭い消しの香辛料を詰め、バーナーで毛を焼き落としてこんがり色がつくまで蒸し焼きにしたものらしい。ディッキーが自分で作ったかのように自慢げにそう話していた。確かに、ヤギ特有の臭みは消え、すっきりとした味でやわらかい。ジョンは正直、これほどおいしいものを食べたことは、数えるほどしかなかった。他にも、野草をペースト状にして香辛料と混ぜたカレーもいい味だったし、常備しているトマト缶で作ったスープもいつも通り酸味と甘みがあっておいしい。普段はスープとパンくらいしか食べられない少年たちは、すべての料理をむさぼるようにしてぺろりと平らげた。
 最後にケーキの登場だ。
 トミーが三段になったケーキを大皿に乗せて運んでくると、みんな「おおー!」と歓声を上げた。ディッキーの様子を見に行った時よりもさらに大きくなっており、ジョンも面食らってしまった。トミーは嫌そうにしながらも、かなり気合を入れて作ったらしい。高さがありすぎて危なっかしく揺れるケーキを見て、少年たちは「慎重に運べよ」「ひっくり返すなよ」とらんらんと輝かせた目をくぎ付けにして言う。トミーは煩わしそうに眉を寄せていた。
 ケーキが本日の主役、ビリーの前に置かれる。ケーキの上に一本だけたてられた蝋燭にトミーが火をつけた。誰かが明かりを消す。暗がりで小さくて暖かいオレンジ色の火がゆらめき、ビリーの顔に陰影を作り出す。彼は、ふうっと息を吹きかけて火を消す。真っ暗になると同時に割れんばかりの拍手が起こった。
「ビリー、おめでと!」
 あちこちで声が上がる。明かりがつくとビリーはくすぐったそうな笑みを浮かべて言った。
「オレも、もう二けたかぁ。年取ったなあ」
 周囲の気配がぴたりと止まって、それから一気にみんなが吹き出した。デレクもディッキーもダンも笑った。トミーでさえ口元を緩めている。久しぶりに楽しい雰囲気が訪れていた。

 みんなでわいわいと騒ぎながらケーキを頬張っていると、ジョンのポケットの中からブー、ブーと音がした。びっくりして、ちょうど口へ入れたところだったケーキを変に吸い込んでむせ返る。隣のディッキーがゲラゲラ笑いながら背中を叩いてくれた。
 ポケットの中を探り音を立てている物を取り出すと、バード戦車長に渡された通信機だった。背中に緊張が走る。
 席を立って静かな所へ場所を移した。一人になると、心臓のドクドクいう音が鼓膜に響いてきた。通信ボタンを押す。
「ジョン。久しぶりだなあ。元気か?」
 一年の間にすっかり耳に馴染んだ戦車長の声。なんだか胸が温かくなり、ひどく安心してしまった。
「元気です! ありがとう。バード戦車長は? みんなはどうです?」
 ジョンは当然「元気だ」という答えが返ってくるものだと思っていた。けれど、戦車長は言葉を濁した。そして静かに言う。
「トミーはいるか?」
「トミー?」
 予想外のところに話が飛んで、頓狂な声が出てしまった。
「いるけど……」
「代わってくれ。あいつに話した方がいい」
 それでジョンはトミーに通信機を渡しに戻った。

 トミーはかなり長い時間、戦車長と話していた。しばらくして、いつもの強張った表情で戻ってくると、彼は呼びかけた。
「掃除兵」
 みんなが一斉に顔を上げた。トミーはしまったというように顔を伏せてから、言いにくそうに、
「ジョン」
「何?」
「ちょっと来てくれ」
  
 トミーが先になって、みんなに聞こえない静かな場所へ移動する。そこには、なぜか荷物がまとめて置いてあった。トミーは深く深く息をつくと、声を低めて話し始める。
「料理長が死んだ」
「え!?」
「他の戦車との交渉中に揉めたらしくて、戦車長が相手側の兵士に銃向けて脅されたんだと。一番に止めに入ったのが料理長で、それで、撃たれたらしい……」
 トミーは淡々とした口ぶりだったけれど、最後の方、声は尻すぼみに小さくなった。ジョンの脳裏に料理長の顔が浮かんでくる。トミーを送り出した時の、あの柔らかい表情。「愛想は悪いけど腕はいいぞ」。そう言った料理長は自慢げだった。トミーはジョンに向けていた目を足元へ落とす。
「相手はデレクのいた戦車だ。バード戦車長がデレクを逃がしたってバレて、それでだったんだってよ。ディッキーんとこの変態野郎もいたらしいから、そいつが情報漏らしたんだろうな」
 トミーは言葉を切り、穴を開けようとするほどに、何もない床を凝視する。
「……なにが革命だよ」
 つぶやくと彼はぱっと顔を上げ、ジョンではなく窓の外を見つめて言う。
「オレはバード戦車長のとこに戻る。料理長がいないんじゃ、厨房も大変だろうからな。他の奴らには言うなよ。掃除兵どもと一緒にいるのが嫌んなって帰ったって、そう言っとけ。ほとんど事実――」
「トミー」
 ジョンは思わず遮ってしまった。
「こんなことになって…」
 自分から声を上げておいて、彼は言い淀んでしまった。言葉を探したけれど、何をどう言えばこのやりきれない気持ちが伝えられるか分からなかった。
「ごめん……」
 仕方なくそう言ってうつむいた。トミーが大きく息をつく気配がする。
「別にお前が悪いわけじゃない。あっちこっちでみんな戦ってんだから、人が死ぬのは当たり前だ。オレが言いたいのは……お前らのやろうとしてる『革命』は正義なんかじゃないってことだ。掃除兵を助けんだかなんだか知らねえけど、それで別の人が犠牲になんだよ。だから、戦車長さんに伝えとけ。お前らは好きにすりゃいいけど、それは正義なんかじゃないってな」
 トミーの静かな口調は、しかし、ジョンの急所を貫いた。
 それとな、とトミーはついでのように続ける。
「これも言っとけ。もう少しディッキーに優しくしろって」
 トミーはそれだけ残すと、荷物を担いで出ていった。ジョンは一人、ハッチから彼を見送る。満天に星が冴える空の彼方へ、トミーは消えていった。
 
     (11)良識あるサミー

 誕生日パーティは遅くまで続いた。中にはテーブルに突っ伏して寝てしまう子もいたけれど(主役のはずであるビリーはその一人だった)、ほとんどはご馳走とケーキが口の中に残していった余韻と、みんなでそろって大はしゃぎした興奮で、すっかり目が冴えてしまっているようだった。やっと静かになったのは、夜が更けてからだ。

 どんちゃん騒ぎの中で、ジョンはデレクへどう話せば良いものかと考えを巡らせていた。周囲の盛り上がりを後目に、一人で悩んでいる時間は途方なくて辛い。でも、いつまでも続くかに思えた長い長いパーティは、ジョンが答えに行きつく前にいつの間にか終わってしまっていた。

「ジョン」
 尻込みしているうちに、デレクの方から声をかけてきた。緊張で胸がぎゅっと縮まる。
「トミーはどうしたんだ?」
 答えようとしたけれど、声は変に重くなって喉の奥から持ち上がらない。大きく息を吸って何とか言葉を引っ張り上げる。
「出てったよ。バード戦車長のところに帰るって」
「は? なんでだよ、急に」
 ジョンは目を伏せ頭の中を整理する。

 料理長はいつもトミーを怒鳴りつけていた。ジョンに意地悪な態度を取った時も、何かちょっとした失敗をした時も、掃除の手を抜いていい加減に済ませようとした時も。けれど、もともと何も持っていなかっただろうトミーは、今では確かな料理の腕とおいしいものを作ろうとするプライドを身につけている。それはきっと、料理長がそこまでしっかり育て上げたからなのだ。砂漠の孤児だったトミーにとって、料理長は親代わりだった。それを知らないうちに殺されて死に目にも会えなかったというのはショックだったに違いない。デレクやジョンのやろうとしていることを、彼が恨めしく思うのは当然なのかもしれなかった。

「料理長が亡くなったんだよ。トミーにとっては父親も同然の人だ。それで厨房も大変だろうって、戻ったんだ」
 一瞬だけ、デレクの顔は強張った。彼は静かに表情を緩め、そうか、と言った。
「まあ、料理くらいみんなで分担してやればいいからな。あいつにはあいつの生き方がある」
「デレク」
 ジョンは声を強めた。
「トミーは言ってたんだよ。ぼくたちのやろうとしていることは『正義』じゃないって。ぼくたちは好きにすればいいけど、でも他人を犠牲にしているんだって」
 デレクは再び驚きの色を示したけれど、次の時、それは消えていた。
「そんなこと、はじめから分かってる。改めて言う程のことじゃない」
「ぼくは分かってなかったよ!」
 思いがけず強い口調になってしまい、ジョンは少しうろたえた。でも、どうしても言いたかった。
「そりゃ、理屈ではなんとなく分かってたよ。でも、ちゃんと理解してはいなかった。自分のお世話になった人が死んで、それを悲しんでる友達を見て、はじめてそれがどういうことか分かった。ぼくは――きっと自分たちのことしか考えてなかったんだ」
「そうでもしなきゃ、オレたちは食い物にされてるしかないんだよ!」
 デレクも声を荒げ、ジョンの体に緊張が走る。
「他に犠牲が出るのは分かってる。でもそんなこと気にしてたら、何も変えられないんだ。オレたちは自由に、誰からも何かを強要されたり暴力を振るわれたりしないで自由に生きたいだけだ。そんな当たり前なことを、犠牲を払わなきゃ実現できない世の中がおかしいんだ」
 ジョンには返す言葉がなくなってしまった。でも、だけど……料理長が死んだことをなかったことにするなんて、これからたとえバード戦車長やトミーが命を落とすことになったとしても「革命」のための犠牲だから仕方ないと思うなんて、絶対に嫌だった。
 デレクは気持ちを落ち着けようとするみたいに、一度静かに深呼吸した。
「ジョン、オレはな、こう思うことにしてんだよ。オレたちがやろうとしていることで誰かが死んだとしても、その分掃除兵が助かるんだって。サミーとダンみたいに二人同時に助けることだってできたんだから、犠牲以上の子どもを助けてるんだって」
「数の問題じゃない! だって……料理長はぼくたちのせいで殺されたんだよ!」
 ジョンのあげた声は響くことなく鉛みたいに重たく冷たい空気に呑まれた。後を追ってきた沈黙が耳に痛い。しばらくすると、デレクがため息をついた。吐息は白く濁ったかと思うとすぐに消えた。そして掠れ声で、
「それだけか?」
 その声にはどこも尖ったところがなくて、むしろあまりに力なくて寂しささえ感じられた。思いがけないことにジョンの心が寒くなる。うん、と言いかけて思い出した。
「もう少しディッキーに優しくしてやれって、トミーが言ってた」
 デレクは口角を僅かに持ち上げただけの静かな笑みで応えた。

 デレクは、もう寝る、と言って先に階段をのぼっていった。取り残されたジョンは冷たい静けさの中で立ち尽くす。頭の中では、デレクやトミーやバード戦車長や料理長やディッキーやダンやそれから父と母や……いろんな人の顔が止めどなく浮かんできて、どうしようもなく胸がいっぱいで痛くて――
「ジョン」
 声をかけられて、切迫していた心がびくんと跳ねあがってしまった。慌てて声の方を見ると――サミーだ。
「ごめんね、デレクとの話、聞いちゃって」
 彼はおずおずと言って近づいてくる。
「あの……ぼくは、デレクの言うこと、なんとなく、分かるよ……」
 控えめに、つっかえつっかえ話すサミー。ジョンは少し苛立った。
「ぼくだって理屈では分かるよ。でも――」
「違うよ。そうじゃなくて、犠牲以上の掃除兵を助けてるって話だよ。『数』の話」
 ジョンは言葉を失ってしまった。彼にはデレクのあの話が、言い逃れのための屁理屈にしか思えなかったから。サミーは続ける。
「誰かを犠牲にするのは、辛いんだよ。たとえそれが必要な犠牲であってもね。君が思ってるのと同じように、デレクだって感じてるんだ。でも、デレクはぼくたちの、この戦車の、『革命』の、リーダーだから、迷ったり、悩んだりしているところを見せられないんだよ。そうじゃないとみんなが不安になっちゃうからね。だから自分を納得させるために、あんなふうに考えてるんじゃないかな。前だけ向いて突き進むために、払わなきゃいけない犠牲からあえて目を逸らしてるんだよ」
 ジョンは、はっとなった。デレクの気持ちがはじめて分かった気がして、心が波打つ。サミーは一度言葉を切って、足元を見た。それからゆっくりと顔を上げると、
「でも、トミーの言うこともよく分かるよ。彼は『好きにすればいい』って言ってたんだよね? だったらそれは言葉通りの意味なんじゃないかな? つまり『革命』を否定しているわけじゃないんだよ。ただ、それは犠牲の上に成り立つんだって、それだけ重いことなんだって、そういうことを言いたかったんじゃないかな? だから、犠牲のことを忘れちゃいけないって、それだけなんだと思うよ。でも……やっぱりデレクみたいに犠牲から目を逸らさなきゃ前に進めないっていうのも分かるし、きっとどっちが良いとか悪いとか、そういうことじゃないんだよ」
 ジョンはすっかり面食らってしまっていた。普段のサミーは存在感がなくて(あまりになさ過ぎて、ジョンは彼がディッキーとダンのどちらにもついていなかったことを見落としていた)、意見をはっきり述べることもなくて、ただみんなの中の一人としてニコニコ笑ってそこにいるだけだった。なのに今は……ジョンの意固地になった気持ちをあっという間にほどいて、届いてこなかった言葉をちゃんと渡してくれた。何と言うか、どんな言葉でどんなふうに話せば相手が受け取りやすいかを知っているみたいだ。
「君は――なんだか、すごいね」
 サミーがきょとんとする。ジョンは笑った。
「だってぼく、絶対にデレクの言うことに納得なんてできないって思ってたんだよ。なのに君はちょっと話しただけで、ぼくの気持ちをすっかり変えちゃったんだから。それに、ぼく、すごい頑固なんだよ。よく父さんや母さんに言われたんだ」
 サミーは柔らかく目を細めて応えてくれた。とても上品な感じのする笑顔だった。
 すると、ふいっとジョンの心にある思いが過ぎった。字が読めて、本を持っていて、いつも穏やかに振る舞うサミーは、やはり自分たちとは違う世界に育ってきたのかもしれない。だからこそ、ジョンでは思い至らなかったデレクの思いやトミーの真意にすぐに気がつくし、それを伝える言葉さえ持っているのではないだろうか? きっとそうだ。
「サミー」
 聞いてはいけないことかもしれない。そういう気おくれがあるにはあったけれど、心に引っかかったものを確かめてみたいという気持ちがちょっとだけ勝っていた。
「君はもしかして、裕福な家庭の子どもだったんじゃない? ぼくたちと違って……」
 サミーは一度目を見開いて驚いた様子だったけれど、すぐに表情をほどいた。
「裕福って言うか、あんまり苦労して育ってきてはいないかな……。ごめんね。君たちからしたらあんまり気持ちのいい話じゃないかもしれないよね」
 彼は少し悲しそうに息をついた。
「ダンにもそれで嫌われたんだと思う」
「違うよ! ぼくは全然そんな風に思ってない。むしろ、すごいなって思ったんだ。だって、君は本当に人の気持ちによく気がついてるだろう? デレクのこともトミーのことも。ぼくの方がずっと二人と付き合いが長いのに、君の方がよく分かってる。すごく――」
 思慮深くて洞察に富んでいる。そう思ったのだけれど、ジョンは自分の感じたそれを表す言葉を知らなかった。
「――いろいろなことを見通せるんだなって。そういうのって、もしかしたらちゃんとした教育を受けてきたからなのかなって気がしたんだよ」
 サミーは穏やかでいて屈託のない笑顔を見せた。
「ありがとう。そう言ってもらえると、少し安心できるよ」
 その答えも、ジョンからするとひどいくらいに行儀が良かった。やっぱり何か違うな。そう思ったけれど、彼と話すうちに暗く淀んだ心には光が差し込んだみたいになっていた。自然と笑顔がこぼれる。
「ぼくこそ、本当にありがとう」

 ジョンが床についたのは午前四時頃。夜明けまで二時間足らずという程になっていた。さすがに体はくたくただったが、意識はひどくはっきりしていて、相変わらずいろんなことが頭の中を巡っている。トミーの言うように「革命」には大きな犠牲を伴う。掃除兵の仲間を助ける正義の革命だ、などと勘違いしてはいけない。けれど、誰かが傷つくのを恐れていては「革命」なんて起こせないのもやっぱり事実で、だから犠牲からあえて目を逸らして前へ進もうとするデレクを非難してはいけないような気もし始めていた。でも……。
 ジョンの頭の中で何かが引っかかっていた。大切なことを見落としてしまっているような気がしてならない。ぐるぐるぐるぐる考えていると、はたと思い当たった。

 「革命」にだって戦車砲掃除は必要なんだ。

 デレクもジョンも、掃除兵を助けるために戦うのだと思っていた。重労働を強いられる少年たちを自由にするのだと。でも、戦車での戦いを続けるのであれば、誰かが戦車砲に入らなければならない。これまで掃除兵をやってきた少年たちの中には、それが辛い子もいるだろう。現に、ディッキーは怖くてできなかったのだから。それに、大人の戦車にだって「革命」に対抗するためには掃除兵は必要で、いくら彼らから掃除兵を奪ったところで、また別の少年が売られてくるだけなのだ。本当に掃除兵たちを解放するのだったら、戦車での戦いそのものを止めさせなくてはいけない。
 
 それに気がついた途端、眠気が靄みたいに頭に広がる。その靄にあっという間にジョンの意識は包まれていった。
 
     (12)サミーの提案

 翌日、昼近くまで寝ていたジョンをけたたましい声と打撃が叩き起こした。
「いつまで寝てんだよ? 起きろ! 起きてなんでトミーがいないか説明しろ!」
 声の主はジョンの頭の下から引っ張り出したと思われる枕をしきりに顔面に打ち付けてくる。ジョンは目をつむったまま両手をかざした。
「やめてよ、ディッキー。起きるから」
 ジョンが言ってもディッキーは枕攻撃を止めない。
「ディッキー、それじゃあジョンも説明できないよ」
 すぐそこから聞こえてきたのはサミーの声だ。あまりに落ち着いた態度で、ジョンはちょっとむっとした。もう少し頑張って止めてくれてもいいのに。
 けれど、サミーのひと言でディッキーは手を止め、ジョンはやっと起き上がることができた。

「てことは――」
 ジョンがひと通り話し終えると、ディッキーは確認するように言った。
「料理長が事故で死んじゃったから、トミーはその穴埋めで戻ったんだな?」
「うん、だいたいそんな感じだよ」
 どこまで伝えるべきか迷ったジョンは嘘にならない程度に肝心なところは濁して話した。トミーの言うように彼がこの戦車に嫌気がさして出ていったというのは躊躇われたし、かといって自分たちのやろうとしていることのせいで料理長が亡くなったのだと知ったら、人によってはひどく傷つく。特に、ディッキーはデレクとジョンを除いては唯一料理長と面識があった。それにおどけた仮面の下はとても繊細だ。案の定、ディッキーは肩を落とした。
「なんだよ。オレあの人好きだったのに……」
「うん、ぼくもすごく残念だよ」
 ジョンはディッキーの背をそっと撫でた。
「でも、トミーは帰ってくるんだろ?」
 彼は緑色の美しい目を切なく向けてくる。ジョンは少し怯んでうつむいた。
「分からないんだ……」
 悲しさで湿ったように空気が重くなる。しん、と静けさが耳についた。
「帰ってくるよ」
 力強く言ったのは意外にもサミーだった。彼はジョンに向かって続ける
「ディッキーは、今、読み書きの勉強を頑張ってるんだ。覚えがすごく早くてね。それで、トミーが戻ってきたら教えてやろうって、さっき話してたんだ」
 サミーは「ね?」と言うようにディッキーへ目配せした。ディッキーはこくんと頷く。
「だって、あいつ調味料に書いてある字が読めないからって、ひとつひとつ味見して自分で勝手に作った記号みたいなので印付けてんだもん。そのくせやたらいろんな粉とか液体とか使って料理するし。あれだけで一日終わっちゃうよ」
 ジョンは自分自身を元気づけるように口角を持ち上げて笑顔を作る。そうだ。変にしょげているよりも、いつか帰ってくると信じている方がずっといい。
「じゃあ、トミーが帰って来た時のために、みんなで勉強しとこう」
 三人で目を合わせて頷き合った。

 ジョンはよく知らなかったのだけど、二人の話によるとサミーは少し前から他の少年たちに読み書きを教えようと呼びかけていたらしい。興味のある子は少なくなかったそうだが、うまくいっていないという。ダンのせいだ。もともとサミーのことをよく思っていない彼がさまざまな文句を付けているため、みんな教わるのを躊躇っているようなのだ。気が強く、同年代や年少者への面倒見も良く、そしてデレクにも気に入られているダンの言うことに、あえて逆らおうとは誰も思わないのだ。ディッキーを除いては。

 その日、ディッキーとサミーの二人と連れ立ってジョンが昼食を摂りに厨房へ行くと、既に椅子に座っていたダンが急に立ち上がって入れ違いに出て行ってしまった。前日の一件ですっかり腹を立ててしまったようだ。ディッキーはいつも自分がダンにやっていたことなのに、ひどく傷ついたような顔をした。

 食事を終えると(大量に保管されていたトマト缶の中身を温めただけの、ものすごくまずいものだった)、三人でデレクを探した。ジョンは彼と、昨晩、思い当たったあのことを話し合いたかったのだ。広い戦車を小一時間もあちこち見て回っていると、階下にある大広間でやっとその姿を見つけた。大きな部屋でただ一人佇む背。
「デレク」
 ジョンが呼びかけると、デレクは背をピクンといからせてから、胸元に何かをしまって振り向いた。
「なんだ?」
「ちょっと話があって」
 ジョンはそう言ってからすぐ横へ向けて、
「ごめん、ちょっと外してもらえるかな?」
 ディッキーは不満たっぷりにジョンを睨んだ。
「なんだよ、一緒に探させといて」
 すかさずサミーがたしなめる。
「大事な話なんだよ。向こうで待ってよう」
「ううん。サミーにはいてほしいんだ」
 サミーは目をぱちぱちさせてジョンを見た。ディッキーはさらに非難がましく眉間を歪める。
「なんだよ。結局オレだけのけ者かよ」
「ごめんね、ディッキー」
 ジョンが言った横で、サミーも申し訳なさそうにディッキーに向かって肩をすくめてみせた。

 ディッキーが文句を垂れながらも出て行くと、三人は改めて向かい合う。それぞれの緊張が空気を通して伝わってきた。
「で?」
 デレクが口火を切る。ジョンは深く息を吸い、話し始めた。
「昨日のこと、少し考えてみたんだ。それで、デレクの言ってたこと、なんとなくだけど分かるようになった。サミーのおかげだ」
 デレクが訝しげにサミーを見る。鋭い視線に捕えられたサミーは、不意に苦いものを口に入れてしまったように顔を歪めた。
「サミーにここにいてもらってるのは、彼がみんなの意見を変に偏らずに理解することができるからなんだ。だからサミー、ぼくたちの話を聞いてどう思ったのか意見を聞かせてくれる?」
 サミーはそっと首を縦に振る。ジョンもこくりと頷き、デレクへ視線を移す。その表情に異論のないことを確かめると、再び話し始めた。
「デレクの言うように、犠牲からあえて目を背けなきゃ革命なんて起こせないっていうのは、分かる気がしてきたんだ。ぼくだって犠牲が出ることはすごく嫌で、そのことばかり気にしてたら何一つできなくなっちゃうかもしれない。ぼくは犠牲を真っ向から受け止めて前へ進めるほど強くないから。でも『犠牲』は大人とかぼくたち以外の子どもだけじゃないんだよ。だって――戦車での戦いをするには戦車砲を掃除しなくちゃいけないんだから。ぼくたちのやってる戦いのために、戦車砲に入らなきゃいけない子がいるんだよ。ぼくたちに対抗する相手戦車だってそうだ。掃除兵を奪ったって、新しい子どもが売られてくる。ぼくたちのやってることのせいで、掃除兵として働かなくちゃいけなくなる子がいるんだよ。それじゃあ、全然意味ないよ」
 聞いている間、デレクは眉一つ動かさず、じっとジョンを観察するように見つめていた。一方、サミーはぽつんとした目をてらてらと光らせて、時折こくこくと頷きながら耳を傾けている。ジョンが言葉を切ると、デレクは氷のようだった表情を僅かに崩して話し始めた。
「お前の言ってることは正しいよ。でもな、何の力もない子どもたちが話し合いだけで解決しようなんて、どう考えたって無理なんだよ。戦って戦力を蓄えて、大人の戦車を配下につけられるくらいにするんだ。そうやって少しずつ大人たちを従えていくしかない。そこまでになって、やっと武力に頼らなくても話を聞いてもらえるようになるんだよ」
 ジョンの胸に、小さな驚きが投げ込まれた。デレクはやみくもに戦っているわけではなかったのだ。ジョンがようやく気がついた事実も既に考慮に入れて、もっと先を見て方法を練っていたのだ。でも――。
「そこまでになるのにどれくらい時間がかかると思う? 何年かかると思う? その間に、きっと数えきれない子どもたちが掃除兵として売られてくる。ぼくたちの代わりにね。君の言ってたことは逆なんだよ。ぼくたちは救ったのと同じだけの子どもを犠牲にしてるんだ。いつ終わるとも分からない戦いを続けるのがいい方法だとは、ぼくには思えないよ――」
 ジョンは、自分と同じ思いをデレクの内に見出したくて、まっすぐな目で彼を捕えながら話し続ける。じっとジョンを見つめ返していたデレクの表情は次第に陰り、そのうちにそっと目を逸らされた。そして――。
「じゃあ、お前は代わりにどうするつもりなんだ?」
 遮られて、ジョンははっとなった。デレクは言葉とほぼ同時に顔を上げる。目には非難とも悔しさともとれるものが光っている。
「言ってることは分かるし、その通りだ。でも他に方法がない。今の、掃除兵が戦争の犠牲になり続ける今の状況を変えるには、これしかないんだ。時間かけて少しずつ変えていくしかない。それでものんびりやってられないのは分かってる。だから戦い方を知らない奴にはそれを教えてる。少しでも戦力を上げて早く革命に近づけるために、オレはそうしてんだ。でも、お前は何してる? 何もしてねえだろ。文句付けるだけで代替案も出しやしない。それは卑怯じゃねえのか?」
 胸にぐさりと刺さった。デレクの言う通りだ。
 ジョンは自分がようやく気付いた「正論」を、ただデレクにぶつけただけだ。その「正論」を実行するのがどれだけ難しいのか、考えてもいなかった。自分の浅はかさを知って、彼はうなだれるしかなかった。
「代替案は、ある……」
 ジョンとデレクは揃って突然の声に顔を向けた。先ほどまで黙って聞いていたサミーは、ためらいがちに弱々しく、でもしっかりとした意見を語り始めた。
「まず、ジョンの言うように今やってることが『全然意味ない』ってことはないと思う。だって、掃除兵がいなくなったら戦闘はほとんどできなくなるんだから。すぐに買うっていっても、掃除兵は好きな時に好きなだけ買えるようなものじゃないからね。しばらくはその戦車は戦えない。それはデレクが交渉の時に上手くやってくれてるからだよ。そうそう手放すものじゃないからね、掃除兵は」
 サミーはデレクへ向けてにこっと笑った。デレクも少し口の端を持ち上げて応じる。
「――でも、ジョンの言う通り、掃除兵を解放するにはそれだけじゃ足りないっていうのも頷ける。それを解決する一番の方法は、元を絶つことだと思う」
「元を絶つって?」
 ジョンが言うと、横からデレクが口を挟む。
「掃除兵の売買の仕組みを壊すってことか?」
 サミーはこくんと首を縦に振る。
「人買いが村を回って子どもを買わなくなれば、掃除兵になる子はいなくなるよね。そうすれば戦いができなくなるから戦車での戦争も終わる」
 デレクは深く息をついた。
「確かにそれができれば一番だけど、無理だな。交渉中にいろいろ聞き出して調べたけど、人身売買は一つの大きな組織が取りまとめてるわけじゃないんだ。決まってるのは時期だけで、あとは砂漠のいろんなところにいる人買いが適当に子どもを集めて売ってるだけらしい。それに『人買い』って職業があるわけじゃないからな。誰でも子どもを集められさえすれば、高い値段で売りさばけるんだ。だから、片っ端から捕まえてくこともできない。きりがないんだよ」
 サミーはその話を聞いても、特に動揺したそぶりも見せずに頷いた。
「それなら、大人の戦車と戦うしかないね。でも、どの戦車でもいいわけじゃない。戦車同士にも上下関係はあるはずだよ。当然、より強い力を持った戦車が強い立場だ。だから、最も強くて恐れられてる戦車に勝てば、みんなぼくたちの言うことを聞くようになるかもしれない。少なくとも今より発言力は大きくなるよ」
「なるほど……」
 デレクはそうこぼして、少し考え込むように眉間にしわを寄せいていた。しばらくして、表情を緩めると、
「それじゃあ、ビンセントの戦車と戦うのが一番だな」
 
     (13)ジョンの思い出
     
 デレク、ジョン、サミーの三人が大広間を出ると、幾人かのはしゃぐ声が聞こえてきた。吹き抜けになった広い空間いっぱいに楽し気にこだましている。ジョンが反射的に通路の先へと目を向けると、ビリーをはじめ年少の少年たちが何やら床に視線を貼り付けながら声を上げていた。「あっ、くそ!」とか「やった、すげえ!」とか。何をしているのだろう、と目を凝らしてみると、床の上では幾本かの独楽がクルクルクルクル回りながら、時折ぶつかって相手をはじき出したり、逆にわらわらと回転が歪になって転げてしまったりしている。その光景を認めた途端に、ジョンの心にぐっと郷愁がこみ上げた。

    *****

 二年前のクリスマス。ジョンの家族はささやかなお祝いをした。いつもよりちょっと多めのうさぎの肉と、豆だけでなくじゃがいもや卵も入ったスープを食べて小さな家は幸せの気配でいっぱいだった。それだけでジョンは満足だった。けれど、その先に、期待するはずもなかった言葉が待っていた。
「お前、サンタクロースって聞いたことあるか?」
 食事の温かさが残るテーブルの席で、父はこう切り出した。ジョンはきょとんとして父を見つめるしかなかった。一体何の話をし始めたのか、見当がつかなかったのだ。父が顔をほころばせる。
「知らないよな。あのな、サンタクロースっていうのは赤い外套を着た白髭のおじいさんなんだ。空飛ぶトナカイが引くそりに乗っていてね。そうしてクリスマスの夜に良い子にしていた子どもたちにプレゼントを持ってやって来るって言われているんだよ」
「本当に?」
 素敵な話に心にぱっと陽が差したようになった。けれど、すぐにそこは悲しさで陰る。
「ぼくのところには一度も来てくれたことないね」
 父は目尻にたくさん皺を作って笑った。
「そうなんだよ。それでなんでかなと思ってサンタクロースにきいてみたんだ。そしたらな、彼はお前が聞きわけが良すぎて何が欲しいか分からなかったって言ったんだよ。だから、ちゃんと伝えておいた。お前が普通の子どもと同じように甘いお菓子や玩具が好きだってことをな。それで――」
 父は言いながら、いつの間に隠していたのか、テーブルの下から紐で結った小さな箱を取り出した。
「さっきこれを置いていったんだ。きっとお前へのプレゼントだぞ」
 暗い気持ちが一気に弾けた。とくんとくんと胸が躍動する。ジョンはすぐさま箱を手に取った。開けてもいいのだろうか? ちらりと視線を上げて父の表情を確かめる。父はにっこりと笑って頷いてくれた。途端に自分の顔が笑みでくしゃくしゃになったのが分かった。急いで紐を解いて箱を開けると――ナツメヤシの実を砂糖漬けにしたお菓子と四本の独楽が礼儀正しく並んでいた。嬉しさがこみ上げて、鼻の奥がつんとする。サンタクロースというのは魔法使いみたいな人だ。そうして、すぐに彼のことが頭に浮かんだ。
「デレクのところにもサンタクロースは行ったかな?」
 すると、先ほどまで溶けそうなほど穏やかだった父の表情が、急に硬くなった。
「どうかな……」
 その瞬間、ジョンの胸にひどく後ろめたい気持ちがせり上がってきた。デレクはすごく優しい良い子なのに、サンタクロースは行ってあげないのだろうか?
「デレクの欲しいものも分からないのかな?」
「そうかもな」
 応えた父の目は、ジョンの視線から逃げるように宙へ泳いでいく。二人のやり取りを眺めていた母も気まずそうにうつむいた。
 そんなのダメだ――。
「ぼく、デレクのところに行ってくる」
 ジョンはそう言うや、プレゼントの包みを抱えて走りだした。

 その日も大きな空に星が瞬いていた。たくさんの星座が輝く中を、ジョンはデレクの家へ急いだ。冷たい空気が当たって、頬がピリピリする。足を踏み出す度に巻き上がる砂が星明りを反射してきらきらと散る。しばらくすると全体を椰子で葺いた粗末な家が見えてきた。デレクの家だ。ジョンはぽっかり空いた穴のような入口の前まで行くと、中を覗いて呼びかけた。
「デレク」
 すぐに、背を向けて地べたに座り込んでいたデレクが振り返る。
「どうしたんだよ?」
 彼の顔を見ると、ジョンの冷えた頬はほっと緩んだ。
「あのね、ぼくプレゼント貰ったんだ。クリスマスだからサンタクロースっていう人に。だから、デレクとラリーにも分けようと思って」
 デレクは不思議そうに眉をひそめた。
「サンタクロースって誰だよ?」
 ジョンはどう説明しようかと迷った。父の話を頭の中でなぞって逡巡すると、
「とりあえず出てきてよ。後で話すから」
 デレクは弟のラリーを連れて出てきた。彼らの父親は何も告げない二人にろれつの回らない怒鳴り声を上げたが、デレクは無視してただラリーの手を強く引いた。
 
 三人はジョンの家のらくだ小屋へ行き、紐を巻き付けた独楽を投げて遊んだ。デレクはなかなか上手くいかずにぐずってしまったラリーに、巻き方から投げ方まで丁寧に教えてやり、その合間に自分の独楽を投げてジョンのものにぶつけてはじき出していた。せっかくうまく回ってたのに、とジョンが眉間を寄せて言うと、デレクは顔をくしゃりとさせて屈託なく笑った。今ではほとんど見せなくなってしまった少年らしい表情だ。そのうちに上手く回せるようになったラリーにも、ジョンの独楽にぶつけさせた。ジョンの独楽の回転が歪になり、あっという間に転げてしまったのを見て、三人は声を上げて笑った。

 ひと通り遊び終えると、みんなでナツメヤシの実を食べながら、ジョンはサンタクロースの話を切り出していた。
「――それって、おとぎ話みたいなもんなんじゃないか?」
 ジョンの話を聞くと、デレクはすかさず否定しにかかった。ジョンも間髪入れずに反論する。
「でもね、この独楽も砂糖漬けのお菓子もサンタクロースがくれたんだよ」
 デレクはナツメヤシの実をつまみ上げた手を止め、じっとその実を見つめる。そして、唐突にこんなことを口にした。
「そういや、らくだの数、減ってないか?」
 思いがけない話題に、ジョンはぽかんとしてしまった。
「そうだね。この間、一匹売るって言ってたから、それでじゃないかな」
 それを聞くと、デレクはため息を一つ落として、ナツメヤシを戻した。
「良かったな」
 なぜかそう言ったデレクは少し悲しそうに見えた。

    *****

 あの頃、デレクとジョンは十三歳だった。二年経った今、デレクはすっかり大人になった。たった二年でだ。それを思うと、ジョンの胸にやり切れない思いがつき上げてきた。

「ダンが作ってあげたみたいだよ。今日の朝。器用だよね」
 サミーの声で、過去と今の間をふわふわと漂っていたジョンの心はこの場に引き戻された。サミーに続けて、デレクが言う。
「あいつは何かあるって気づいてんだよ。頭の良い奴だからな」
 それを聞くとジョンの頭をふと過ぎる。やっぱりデレクとダンは少し似ている。
「好きなだけ遊ばせてやろう。これからしばらくは、できないだろうから」
 デレクの声は静かだったけれど、ジョンの心に深く深く響いてきた。
 
     (14)再びバード戦車長と

 トゥルルルルル――。耳に当てた通信機が甲高い音で鼓膜を震わせる。ジョンはデレクと相談し再びバード戦車長と連絡を取ることになった。ビンセントの戦車はもともと強かったが、今ではその上にランディの戦車の残党が加わったのだ。寄せ集めの子どもたちが付け焼刃の技術で戦って敵う相手ではない。だから、バード戦車長と同盟を組んで一緒に戦おうと考えたのだ。
 うるさい音がプツリと途切れ、代わって通信先の気配が音になって耳の中を漂っていく。
「ジョンか?」
 バード戦車長の声が問いかけてきた。体が強張る。
「はい……」
 応じる声が少し上ずった。
 バード戦車長はジョンの態度から不穏なものを感じ取ったらしい。張り詰めた真剣な口調で、
「何かあったのか?」
「ううん、そうじゃなくて……」
 ジョンは頭の中を整理した。バード戦車長が自分の様子へ耳を傾けているのを感じる。数秒後にジョンは再び口を開いた。
「デレクたちと、ビンセントの戦車と戦おうって決めたんです。その方がやみくもに大人の戦車を相手にするよりいいだろうって。でも、あの人の戦車はすごく強いから、ぼくたちだけじゃ太刀打ちできません。それで……できるなら戦車長とぼくたちとで一緒に戦えないかなと思って」
 通信機のジーという機械音の織りなす沈黙が心臓に響く。戦車長は一体何を考えているのだろう? その不安がゆっくりとジョンの心を食んでいく。
「また随分とリスクの高い申し出だな」
 戦車長の言葉はジョンの胸をえぐった。そう、大変なことを言ってるんだ。断られて当然なことを。
「分かってます。でも――バード戦車長に協力してもらえなかったら、勝ち目はないんです。勝ち目がなくても戦うしかないんです。デレクはそのつもりです。そんなことになったら――」
「誰もやらないなんて言ってないだろ」
 ジョンは驚いてぐっと息をのみ込んだ。続けて、心に温かいものが注がれてくる。
「協力はするさ。オレが言ってんのは、ビンセントの戦車はお前らが考えてるよりずっと強いってことだ。最近になって、あいつは二台目の戦車を手に入れた。負かした戦車の兵士をどんどん取り込んでるから兵勢もすごいもんだ。おまけにお前らが追っ払ったランディたちも加わって、二台に分かれても、一台で十分なだけの勢力がある」
 喜びもつかの間、冷たい虫の群れが背筋を這い登っていくような悪寒に襲われた。彼らがやろうとしていることは、想像なんかよりもはるかに危険なことだったのだ。
「でも、ぼくたちも二台で戦えばなんとかなるよね?」
 すがるような気持ちで言った。もちろん、とはっきり言葉にしてもらえたら、どれほど安心できるか。そんな答えは返ってこないと分かっていたけれど。
「難しいことは間違いない。けど、絶対に無理って訳でもないぞ。なんとか二台を分断して、ビンセントのいない方の戦車から叩けば勝てるかもしれない」
「でも、分断するって、どうやって?」
「奴らは昼間は別々に行動してる。見晴らしがいい分、不意打ちの危険が少ないからな。逆に夜は二台揃ってることが多い。だから昼間にオレらが上手いことビンセントの戦車の無線機を妨害して連絡が取れないようにしておけば、お前らがもう一台を叩ける」
「でも……妨害なんかしたら戦車長たちの居場所がばれちゃうんじゃ……」
 戦車長から以前聞いたことがある。ノイズによる妨害は強力な電波を放射するため、自分の位置を知らせるに等しい。それで滅多に行わないのだと。しかし、今、戦車長の声に曇りはない。
「大丈夫だ。うまく隠れておく。そのために砂色の戦車に乗ってんだ」
 でも――。再び出かかった逆接をジョンは喉の奥に引っ込める。簡単なことではない。それはお互いに分かっている。けれど「大丈夫」だと言うのは、ジョンを、ジョンたちを、後押しするためだ。「大丈夫」の本当の意味は「頑張れ」なのだ。
「本当にありがとうございます」
 バード戦車長の耳当たりの良い大らかな笑い声がすとんと心に落ちてくる。
「気にするな。オレたちも料理長の敵を取りたいからな」
 それから戦車長は声を低めた。
「トミーももう少し待ってりゃ、敵討ちができたかもしれないのにな」
「え!?」
 思いがけない発言に、口をついて声が出ていた。
「どういうこと? トミーはいないんですか?」
 戦車長のため息が聞こえたような気がした。
「ああ。戻ってきてすぐに、いろいろ話してな。あいつも最初はこの戦車にとどまるつもりだったらしいんだが、料理長が最期に遺灰を故郷に届けてほしいって言ってたって話したら、すぐに届けるって聞かねえんだよ。料理長の故郷はかなり遠いが、戦車はスピードがないからな。一人でバイクで行っちまったんだ。」
 気持ちがぐっと萎んでいくような感覚になって、ジョンは自分がトミーとの再会を楽しみにしていたことを知った。
「一人で大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ。あいつは十歳の頃までずっと砂漠で一人だったんだ。サバイバル能力はオレよりずっと高い」
「はい……」
 息をつくと同時に、小さな風穴が空いたみたいに、微かに心が寒くなった。
 
     (15)デレクの計画

 いつもはギラギラと太陽が照り付けている昼の時間帯。なのにこの日は暗雲が天蓋となって分厚く空を覆っていた。外光に照らされない鈍色の戦車内は、さらに重たげな気配を帯びている。
 少年たちは厨房に集められていた。みんな何やら大変なことになっているのではないかと訝しみながら、それでも普段とは違う雰囲気にそわそわとして仕方がないらしい。隣同士で小突き合いながら、くつくつと笑い合う姿がここかしこに見られた。中には陽気に振る舞うことで暗い空気に明かりを灯そうとしている子もいるのだろうけれど、そこは好奇心旺盛な年頃の少年たち。ほとんどが不安より期待の方が勝っているようだ。そのどほちらかは分からないが、ディッキーは「厨房はお前ら掃除兵の憩いの場じゃねえんだよ」とトミーの口真似をしながらゲラゲラと笑っていた(彼はトミーをからかうためにこの芸を身につけたのだが、模倣力が異様に高く、不機嫌なトミーの様子にそっくりだった)。ことの次第を知っているサミーと何かに勘付いているらしいダンだけが、神妙な面持ちで大事態が告げられるのを待っていた。

「みんな揃ったな」
 少年たちの声でさざめく中、デレクが切り出した。ぴたりとおしゃべりが止まる。みんな一斉にテーブル代わりにしている細長い調理台の一番奥へ視線を向ける。そこに立つデレクは一人一人の表情を確認するみたいに見つめてから、再び話し出した。
「今から話すのはかなり危険なことだ。嫌な奴は出てって構わない。でも、もう決まったことだから反対意見が出たからって変えるつもりはない。いいな?」
 デレクは言葉を切り、自分に向けられる少年たちの眼差しを受け返すようにじっと見た。幾人かが気圧されて視線を逸らす。物音を立てるのがはばかられるくらいに、狭い部屋の雰囲気は緊張した。反論は出ない。
「もうやたらに大人の戦車と戦うことはしない。標的を一つに絞る。オレが元いたビンセントって野郎の戦車だ」
 デレクの出した名に、また何人かが体をすくめた。向かい合った席で目配せして、お互いの表情にある驚きを確かめ合う者もいる。その中から声を上げたのはダンだった。
「オレのいた戦車の連中はみんなして『ビンセントにだけは手出しできない』って言ってた。強い奴を負かしたいってのは分かるけど、勝ち目ないんじゃねえの?」
「オレたちだけならな。でも大丈夫だ。ジョンが、元いたバードの戦車と話をつけてくれた。一緒にビンセントの戦車と戦うことになってる」
 室内の気配が、喜びと戸惑いに揺らいだ。今度はジョンに視線が集まり、彼は面映ゆくなって俯いてしまう。デレクは口元にうっすらと笑みを浮かべた。
「勝算は十分にある。ジョンの聞いた話じゃ、ビンセントは二台の戦車を持ってるらしい。つまり、片方にはビンセントはいないんだ。オレたちが狙うのはそっちの戦車だ。バードたちがビンセントんとこの無線機を妨害してくれる。その隙にオレたちがもう一台に奇襲をかける」
 デレクが言葉を切る。空気に含まれる高揚感がより濃くなっていた。大きなことを成し遂げられるかもしれない。その期待に少年たちの目は輝いている。けれど、
「その戦車を指揮してるのだって、相当の人物なんじゃない? ビンセントって人に認められてるくらいなんだから」
 控えめな声で言ったのはサミーだ。瞬時に彼に向けられた仲間たちの視線には、期待に代わって非難の色が湛えられていた。サミーはしまったと言わんばかりに肩を縮こまらせて、下を向く。しかし、デレクはみんなをなだめるような柔らかい口調で応えた。
「心配いらない。オレの予想じゃ、指揮してるのは――」
 そう言いかけて、彼はディッキーへちらっと目を向ける。突然の意味あり気な一瞥に、ディッキーはきょとんとした。
「――大したことない奴だ」
 デレクが言葉を濁したことに、やや困惑の気配が生まれた。しかし、それはほんの一瞬だった。
「デレクがそう言うんなら、間違いねえよ」
 ダンの上げた快活な声で、不穏な空気は吹き飛んだ。

 そう、デレクとジョンは二台目の戦車を取り仕切っているのはランディだと踏んでいた。彼が「大したことない奴」であることは間違いないが、それでも長年戦車長を務めてきた経験がある。勝手の分かった人間に任せた方が何かと都合がいいだろうし、周りも納得しやすい。

 デレクはジョンと綿密に練り上げた計画を話した。

 まずはプランA。これは非常に簡単な方法で、いつも通りに罠を仕掛けて引っかかったところを後ろから攻撃するというものだ。そのためには、相手が通るであろうだいたいのルートを把握しておかなくてはならない。だが、うまくかからない可能性も十分考えられる。もしそうなったとしたら、逆に罠を発見されてこちらの存在に気づかれる危険も出てくるのだ。そこでプランBだ。罠にかからなかった場合、数人が罠を仕掛けた賊の振りをして襲撃する。その隙に、彼らの戦車が後ろから砲弾を撃ち込むのだ。
 囮になるメンバーは銃の扱いが上手い奴がいい、とデレクが言うので、ジョンの他にディッキー、ダン、そして最年少のビリーを指名することに決めていた。戦車の指揮を執るのでデレクが入っていないのは仕方がないが、ジョンの気がかりはやはりディッキーだった。
 二人で計画を練っている際、デレクがディッキーの名を出すとジョンは言った。
「ランディたちがいるんだよ。ディッキーが平気でいられるわけないよ」
「でも、他の奴らはここに来るまで銃を持ったこともなかったような連中だ。襲撃部隊に加えても足手まといになるだけだ。だからって、三人じゃ少なすぎる。あいつに頑張ってもらうしかない」
「でも……」
 ジョンが言い淀んでいると、デレクは一つ息を吐く。
「ダンには話しておこうと思ってる。なんだかんだ、あいつはディッキーのこと気にかけてるよ。ディッキーの側にいて、いざって時には守ってやってくれって頼んどく。その代わり、お前はビリーを頼む。戦い方は上手くても、あいつはまだ十歳だ」
「うん」
 心に引っかかるものを感じながらも、ジョンには頷くしかなかった。

 デレクがジョンを含む四人の名を挙げると、大丈夫だろうかと懸念されているディッキーとビリーは、大役を任されたことにすっかり興奮してしまったようだ。二人とも瞳を誇らしげにキラキラとさせていた。一方、デレクから全幅の信頼を得ているダンは深刻な面持ちを崩さなかった。彼らにジョンを加えた四人でランディたちの注意を何とか引きつけるのだ。自然と四人を讃えるように拍手が沸き起こった。ディッキーとビリーは、さらにくすぐったそうに顔を歪める。表情を固めていたダンは年少の少年たちの期待に応えようとしたのか、ちょっとだけ口の片端を持ち上げて笑んで見せた。その時、
「ぼくも一緒に行かせて!」
 珍しく大きく張ったサミーの声が、盛り上がった空気をぴたりと止めた。
 
     (16)サミーの過去

 少年たちは不可思議なものでも見るような目つきを、サミーに向けている。その視線には、せっかく活気づいた雰囲気に水を差されたことへの非難も含まれていたため、空気は僅かに緊張していた。けれどサミーは、いつものように怯んでうつむいたりはしない。まっすぐな目をデレクへ向け続ける。
「だめだ」
 デレクの静かなひと言は、しかし、サミーの言葉や視線をばっさりと切り捨てた。ぴんと張った緊張の糸がぷつんと切れたように、室内の気配が緩む。
「変なこと言いやがって」
「何言ってんだか」
 などと、心ないとも取れるような言葉がちらほら聞こえてきた。でも、
「どうしても行きたいんだよ」
 サミーが食い下がってきた。いつも控えめなあのサミーが。唇をぎゅっと噛みしめ、目に意志の色を光らせた表情が、ジョンの胸に染みる。
「デレク」
 呼びかけると、デレクはジョンへ顔を向ける。その眉間は微かに苛立ちで歪んでいた。
「どうしてなのか、話くらいは聞いてあげようよ」
「聞いたって答えは変わらない」
 デレクがジョンの言葉を突っぱねると、すぐにダンが同調する。
「デレクの言う通りだ。遊びじゃねえんだから、行きたいなんて希望、通るわけないだろ」
「みんなで戦ってんだから、話くらい聞くのが筋だ」
 声を上げたのはディッキーだ。二人が睨み合い、これまでよりはるかに空気が張り詰めた。
「ぼくは――」
 薄い氷の上を歩くみたいにそっと、サミーが再び口を開く。
「話してもいいんだったら、話したい」
 そう言ってデレクへ目をやる。彼の眉間は険しいまま崩れなかったけれど、しかし反論もなかった。ただ鷹のような目つきでサミーを見つめ返していた。無言の肯定を受け取ったサミーは、ゆっくりと話し始める。

「ぼくの一族は、昔から大きな湖とちょっとした土地を持っていて、そのおかげで不自由のない暮らしをすることができてたんだ。ものすごい金持ちってわけではなかったけど、そういう人たちとも繋がりがあったから、一定以上の教育も受けさせてもらえた。みんなにはあんまり想像がつかないかもしれないけど、そういう環境にいる人間っていうのは、ずっとその小さな社会で生きてくんだ。戦車に乗ることも、他の町や村みたいに飢えに苦しむこともない。普通はね。
 ただ、代々受け継いできた私産だけで生活できない一部の大人たちは、工場で作った武具とか戦車とか、自分の土地で取れた農作物なんかを戦車乗りに売ってお金を稼いでいた。ぼくのおじさんがそうだったんだ」

 サミーは言葉を切り、目を伏せた。垂れた前髪の隙間から少しだけ見える瞳は、思い出を探すように床の上をさまよっていた。

「ぼくの両親は、ぼくが本当に小さい頃に死んじゃったんだ。車に乗ってる時に追いはぎに襲われて、運悪く撃たれてしまったらしくて。それからはおじさん夫婦がぼくを引き取って育ててくれた。すごく良くしてもらったんだよ。おじさんたちには三人の子どもがいたんだけど、彼らと分け隔てなくぼくを育ててくれた。
 でも、今から三年前、いくつかの戦車が乗り込んできて、武具を作るための工場を奪われてしまったんだ。それで仕方なく、持ってる土地で農業をやってたんだけど、うまくいかなくてね。どんどん生活は苦しくなっていった。
 そんな時、うわさを聞き付けたのか人買いがやって来たんだ。おじさんはすぐに追い返したんだけど、それを見てぼくは――ぼくは、すごくやり切れない気持ちになったんだ。だって、ぼくはおじさんたちの本当の子どもじゃないのに、暮らし向きが全然良くならない中で、みんなと分け隔てなく育てられ続けてしまったんだ。すごく後ろめたい気持ちになって、悲しくて……。おじさんも、おばさんも、いとこたちも、みんなぼくのことを家族だって言ってくれてたし、きっとそれは心からの言葉だったんだと思うんだけど、でもぼくにはそういう善意が辛かった。うまく言えないけど、申し訳なくて申し訳なくて、仕方がなかったんだ。ぼく一人がいないだけで、生活はずっと楽になるはずだったんだから。
 それでみんなに、掃除兵になるために出て行くって手紙を残して、人買いを追いかけた。近くに村があったから、まだそこにいるだろうと思って。そうやってデレクたちと同じ人買いの車に乗ったんだよ」

 サミーはまたそこで言葉を切り、うつむいた。厨房の奥にある巨大な冷蔵庫が、ジーと唸るような音を立てている。何と言ったらいいか分からないのだろう、みんな黙って顔を伏せていた。しかし、
「それと今回の件と、何の関係があんだよ? お前の不幸話なんか興味ねえよ」
 ダンが声を上げた。サミーは悲し気に目を細め、ちょっとだけ口角を上げた。
「君も理由の一つなんだよ、ダン。ぼくは掃除兵になっても、結局君に辛い仕事を押し付ける形になった。それに、たぶんぼくなんかよりもずっと君の方が仕事ができたからだと思うけど、君はずっとずっとたくさんの、大変な重労働をさせられてた。君は今でもそんな顔はしないけどね。君ほどじゃないにしても、ここにいるみんなはそうやって辛い仕事をこなしてきたし、ひどい扱いを受けてきた。でもぼくは……そうじゃなかったんだよ。掃除兵になる前から、ぼくは他人の犠牲の上に悠々と座ってた。そうするしかなかった。だから今回は――今回くらいは、みんなと同じように犠牲を払いたいんだ」
 サミーの言葉が途切れると、それまで他の子と同じように下を向いてじっと聞いているだけだったデレクが、おもむろに顔を上げた。
「話は分かった。でもだめだ」
 デレクは厳しさを湛えた目でサミーを見据える。
「悪いけどな、お前の気持ちのためにメンバーを決めるわけにはいかない。お前は年は上でも、戦い方については下から数えた方がずっと早い。そんな奴に大役は任せられない」
 さっきとは違い、デレクの口調には僅かにサミーへの気づかいが感じられたが、それでもやはり拒絶の態度は変わらなかった。
 けれど、ジョンはサミーを連れて行った方がいいような気がしてならなかった。ディッキーの代わりに。もちろん、普段通りのディッキーならば何の問題もないけれど、ランディたちに対した時の彼は……。間近であの怯えた姿を見たジョンは、どうしてもディッキーが大丈夫だと信じることができなかった。
 
    (17)戦いに備えて

 少年たちは深夜まで話し合った。当日までに行うべきこと、必要なもの、そしてそれまでにかかる時間――。バード戦車長とも確認を取り、決行は三日後ということになった。
 間の二日は大忙しだった。
 これまで、彼らが動き出すのは暗くなってからだった。仕掛けた罠の周囲をうろつき、交代で視察口やハッチから顔を出して様子を窺った。そうして罠の近くに他の戦車を見つけると、彼らがかかるのをじっと待つ。何とも単純な方法だ。しかし、今回はそんなに簡単にはいかない。攻撃を仕掛けるのは昼間なのだ。見つかろうものならその時点ですべてが台無しになる。そこで、少年たちは戦車の派手な赤色を砂色に塗り替えることに決めた。

 サミーは食事と僅かな睡眠時間以外はほとんど休まずに作業していた。危険に身を投じられないなら、せめて辛い仕事を一挙に引き受けよう、そういう気持ちだったのだろう。彼の懸命な姿を見ると、ジョンの目の奥はじりじりと熱くなってきた。
 サミー以外のメンバーも、ほとんどが一生懸命に作業に当たっていたが、中でもサミーに劣らず働きづめだったのはダンだ。他の少年たちの兄貴分だった彼は、全体の進み具合を見てみんなにあれこれと指示を出していた。そうする傍ら、苦労している少年がいれば作業を代わり、危険が大きそうなところは自ら引き受けた。自身は滅多に休憩を取らなかったが、他の子が長時間働いていると休むように言った。何を思ってかサミーにだけはそうしなかったのだけど。
 反対に全く協力しなかったのはディッキーだ。サミーの切実な思いを聞いたにもかかわらず、その願いをすげなく切り捨てたことを彼は心底嫌ったらしい。デレクやダンへの反発を示すためなのだろう、手伝えと怒鳴りつけられても頑なに厨房の隅に座って動かず、なぜかひたすら調味料の瓶にラベルを貼り続けていた。当の本人があれだけ健気に頑張っているのに……。それを思うと、ジョンはこれまで何度も否定してきたデレクの言葉を認めざる得なかった。ディッキーは子どもっぽ過ぎる。

 ディッキーのような例外はあったにせよ、みんなで手分けしたおかげで巨大戦車は見る間に塗り替わり、二日目の昼ごろには砂と見まがうほどになっていた。サミーが最後にハッチの蓋を塗り終えた時、少年たちから割れんばかりの拍手が起こった。サミーは面映ゆそうに口を歪めてうつむいた。ちょっと冷やかしがかった、けれど温かい歓声の中、ダンの表情も穏やかだった。彼は頬を緩ませ、僅かに目を細めた表情で腕組みしていたが、ちょっとする下を向く。そうして肩が上下するほど大きく息をつくと、再びぱっと顔を上げてひときわ大きく手を叩いた。その面差しからは、わだかまりがすっかり取り払われていた。きっとそれが彼なりの最大限の賛辞だったのだろう。ジョンもみんなと一緒に拍手を送り、この二日間のサミーの頑張りを讃えた。サミーのこそばゆげな表情は相変わらずだったけれど、ちょっぴり嬉しそうな気色が増したような気がした。
 
 大きな作業を無事に終えたことで、少年たちの声も顔も、晴れ晴れとしていた。気持ちのいい空気の中、ふとジョンは気にかかる。デレクはこの光景をどんな風に見ているのだろう? 
 辺りを見回すと、彼は少し離れた場所で、地べたに敷いたビニール製のシートの上に武器を並べていた。じっと考え込むようにそれらを見つめている。ジョンはゆっくりと近づいていった。
「デレク」
 声をかけると、デレクははっとしたように視線を上げた。目が合うと、彼の大きく開かれた瞼が静かに瞳の輪郭にかぶさっていく。
「悪い。ちょっと考えてて。戦車の方はどうだ?」
「さっき終わったよ。サミーとダンが相変わらず頑張ってくれて」
 デレクはそっと口角を上げる。穏やかでいて、どことなく寂しげな雰囲気が口元に漂っていた。
「サミーのこと、悪いとは思ってる。でも、あいつのために作戦を台無しにはできない」
 デレクの言葉を聞くと、喉の奥へ飲み込んで忘れてしまおうとしていた考えが再び心に引っかかった。ジョンは少し迷ったけれど、意を決してその考えをぐっと引っ張り上げた。
「デレク。ぼくは……サミーを連れて行った方がいいと思うよ。ディッキーの代わりに」
 デレクは、また目を皿のようにしてジョンを見た。
「前にも言っただろ? 今回はディッキーが必要なんだよ。あいつに頑張ってもらうしかないんだ」
「でも、ディッキーはランディたちに酷く虐待されてたんだよ。暴力を振るわれて、ひどい火傷も負って、毎晩レイプされてたんだ。二か月の間ずっとだよ。そんなことした相手とまともに戦えると思う?」
 デレクは息をつく。
「だから黙ってんだろ?」
 そう言って、彼はじっとジョンの目を見つめた。
「あいつらはただの囮だ。別に面と向かって戦わなくていい。距離を置いて相手を引きつけるだけだ。顔なんか分かんねえよ。自分の身を守れる程度に武器を扱えれば大丈夫だ。サミーじゃそれもあやしいし、あいつができないんじゃあ援護するダンも危険になる」
 デレクの言葉には説得力があった。どこか釈然としきらない気もしたのだけれど、それはひどく曖昧な感覚で、ジョンには反論を見つけることができなかった。
「トミーがいればな」
「え?」
 唐突なデレクの言葉に、調子はずれな声が上がってしまう。デレクはシートの武器を見つめて続ける。
「あいつ、バードに拾われる前は戦車乗りの間で結構有名だったらしいんだ。通りかかった車や、時によっては戦車を襲って、水や食糧や金目の物を奪ってたって話でな。『孤児のガキには凶暴なやつも多いけど、特にバードんとこのガキはひどかった』って聞いたことがある。戦い方には、オレらよりずっと長けてるんだよ。あいつ一人いれば、ディッキーだけじゃなくビリーにだってこんなことさせずにすんだんだ」
 トミーにそんな過去があったなんて、にわかには信じられなかった。あのトミーが。けれどその驚き以上に、デレクの声に滲む悔しさがジョンの心をきゅうっと痛めた。デレクはディッキーもビリーも、それにきっとダンやジョンのことも危険にさらしたくはないのだ。内心、ほんの少しだけれどサミーやディッキーのことでデレクを責めていた自分が恥ずかしくなった。ジョンは、ごめん、という言葉をぎゅっと胸に抱きしめた。
 
     (18)少年たちの誤算

 ジリジリと熱が皮膚に貼りついている。ジョンはビリーと共に砂に半分身を沈めて、ランディたちが乗っているであろう戦車の様子を窺っていた。このあたりの砂はサラサラで、ちょっとでも動くと水のように崩れてしまう。それを気取られてはいけないと、彼は息すら殺してじっと体を固めていた。
「ジョン」
 すぐ脇からビリーが声を潜めて呼びかけてくる。
「何?」
 ジョンは戦車へ視線を置いたまま、身じろぎせずに返す。
「あいつら、罠にかかってくれないかな?」
「どうかな……」
 ビリーの言葉はそこはかとない怖気を孕んでいて、ジョンの胸をついた。普段は利かん気が強くとも、彼はまだまだ幼い。この状況が恐ろしいのは当然のことだ。ジョンは直にその恐怖を耳にして、はっとなってしまった。彼を自分が守らねばならないことを改めて思い知った。
 ジョンは慎重に首を回し、ビリーを見る。
「かかってもかからなくても、大丈夫だよ」
 ジョンの言葉で、頼りなげだったビリーの表情に少しだけ安堵の色がさした。

 デレクたちは気づかれないよう、距離を取って待機している。ジョンが曳光弾を空に向かって撃つのを合図に、射程圏内まで戦車を走らせて攻撃する計画だ。つまり、この作戦はジョンがいつ合図を出すか、その判断に左右されると言っても過言ではない。緊張と不安で震えてくる手をぐっと抑えて、ジョンは標的を凝視していた。
 はじめに動き出すのは、ディッキーとダンだ。今回の四人の中で、最も戦闘に優れているのは間違いなくダンだった。狙撃の腕も確かだし、相手を煙に巻く術をいくつも持っている。唯一心配なのは、ディッキーとうまくやれるかどうかということ。ある程度大人でこういう大事な場面では意外にも聞き分けの良いダンとは違い、ディッキーはまるで言うことを聞かない。彼が仲違いしているダンと協力するとは思えなかった。おかしなことをしでかさなければいいが……。そして、そのおかしなことが原因で、彼がランディたちと鉢合わせるようなことになったら、きっと大変なことになる。砂の中でそのことに思い当たると、ジョンの心はどうしようもなくさざ波だってきた。

     *****

 ダンは目を細め、視線の先の戦車を睨み付けていた。ギラギラと照り付ける太陽を鋭く反射して黒光りするそれは、巨大な甲虫のように見えた。妙に不吉な気持ちに駆られ、全身の毛が逆立つ。同時に、心にはざわざわと憎しみが広がった。
 デレクの話が本当なら、あの戦車にはランディとかいう下衆野郎とその配下の連中が乗っているはずだ。ディッキーをひどい目に合わせた奴らだ。握った拳に力が入り、爪が皮膚に食い込む。でも、とダンは自分に言い聞かせる。でも、今あいつらに仕返しすれば、何もかもめちゃくちゃだ。何より、ディッキーが無事では済まない。何とかそういう理屈を組み立てて、腹の底からせり上がってくる、体を突き動かしてしまいそうな感情を抑えていた。
 戦車がゆっくりと仕掛けた罠に近づいていく。ダンの眉間にぎゅっと力が入った。
「おい」
 彼は戦車へ目を貼り付けたまま、隣にいるディッキーへ向けて言う。
「そろそろだ。準備しとけ」
 耳の辺りに意識を向けて、空気の中にぬるくあるディッキーの気配を窺う。思った通り、彼は言葉を返してこなかったが、代わりに深く息をついたのが分かった。ダンは再び全神経を視線の先の黒い鉄の塊に向けた。
 戦車はのろのろと、しかし確実に接近していた。あと少し、あと少し――。頭の中で唱え、すぐ脇で砂に埋もれているロケットランチャーに手をかける。罠にかかったとしても、デレクたちが射程圏内に入るまでは注意を引きつけておいた方がいい。ロケットランチャーでは、強固な装甲に守られた戦車に対抗するのは難しいが、気を引くには十分だ。早くかかれ、かかれ――。
 だが、どういうわけか戦車はあとほんの僅かというところで、ざざざざざ、と砂煙を上げておもむろに停止した。ばれたのか……? ダンが思った次の時には、ハッチから一人、また一人と男たちが降りてきた。胸がぐっと絞られ、全身が熱くなる。ダンはディッキーへ振り向いた。
「やるぞ」
 ディッキーは大きな瞳の輪郭が分かるほど、目を見開いていた。てらてらとエメラルドのように輝いて見えるのは、目の中に溜まった涙のせいだ。彼は微かに首を縦に振った。
 ダンは前へ向き直り、敵の姿を確認する。六人……いや、七人? だがすぐに、彼らの様子がおかしいことに気がついた。
 男たちの一人が、頭一つ分小さな誰かを前に突き出して歩かせているのだ。よく見ようと、また眉間に力を入れて目を細める。前を歩く人影は、明らかに少年だった。後ろの男が何かを彼の頭へ付きつけている。拳銃だ。
「おい、ガキども!」
 しわがれた声が白雲の浮かぶ碧空へと響いた。
「いるのは分かってるぞ! 出て来い! さもないとお前らが連れてこうとしてる、この掃除兵のガキを殺すぞ!」
 ダンの胸を心臓がバクバクと内側から叩く。額に浮いた汗が垂れ、顔の輪郭をなぞっていく。彼はロケットランチャーを両手で引き寄せた。どうすればいい? どうすれば……。そこで彼ははっとなった。急いでディッキーへ振り向く。
 ディッキーは外から見てはっきり分かるほど震えていた。瞬きすら失ったような目の中で瞳が揺れ、先ほど浮かんでいた涙が縁から溢れている。眉は下がり、頬は引きつり、薄く開いた口は歪むばかりで言葉は出ない。
「ディッキー――」
 ダンが言いかけると、ディッキーの口はやっと言葉を紡いだ。
「あいつらだ……」
 声と共に歯がカチカチと音を立てた。ダンは両手でディッキーの肩をつかんだ。
「銃は持ってるな?」
 ディッキーは目を見開いたままこくこくこくと頷く。ダンは深く深く息をついた。
「お前はここにいろ。絶対に動くな。万一、敵が近づいて来たら銃で撃ってすぐに砂に潜って移動しろ。いいな?」
 再びディッキーは無言で何度も頷いた。ダンは男たちへ視線を戻し、ぎゅっとロケットランチャーを持った手に力を入れた。
「ちょっと行ってくるけど、大丈夫だからな」
 ダンはそう言うや、ディッキーを残して砂の上を這っていった。
 
     (19)ダンの奮闘

 ダンは背後の気配が遠のいていくのを意識しつつ、這い進んで前方の男たちとの距離と縮めた。滑らかで細かな砂が口や目に入ってきて煩い。もう十分ディッキーとの距離が取れたところで彼は止まり、じょりじょりと歯にくっついて音を立てる砂を吐き出して目をこすった。四つん這いの体勢から上体を起こして、片膝をついた前傾姿勢を取る。そしてロケットランチャーを肩に担ぎ、狙いを定めた。ロケットランチャーは威力はあっても、撃った瞬間、後方に巻き上がる砂でこちらの位置を知られやすい。まさに諸刃の剣だったが、今はそれで良かった。ディッキーの存在に気づかせないためには、注意のすべてをダンの方へ引きつけるのが一番だ。心臓が骨を震わせるほど大きく打つ。彼は深呼吸して妙に上がってくる息を抑え、全神経を標的に集中させる。狙いの男の姿が蜃気楼でゆらめく。緊張するな。ダンは自分に言い聞かせた。当たっても外れても、どうせ集中攻撃を受けるのだ。命中するかどうかなんて考えなくていい。当たって敵が減ればラッキー。それだけだ。頭で言葉にするうちに、鼓動も呼吸も落ち着いてきた。よし、大丈夫だ。ダンは照準器の中の男を凝視し、そして引き金を引いた。
 ドン、と肩へ軽い衝撃があり、砂が巻き上がる。それと同時に、目の前が煙で真っ白になった。一寸遅れて、ドーン、という着弾の音が響く。煙がひくと標的の男が倒れているらしいことが分かった。周りの連中の動きが慌ただしくなる。怯えたように辺りを見回し、誰かがわめき散らす。
「クソガキ、出て来い! さもねえと本当にこのガキを殺すぞ!」
(馬鹿な奴らだ。気づいてねえ)
 それに、彼らがあの少年を撃つ気などないとも分かっていた。人質は生きているから意味がある。一人しかいない切り札をそう簡単に殺してしまうようなことはしないだろう。ぎりぎりまで生かしておくはずだ。
 ダンはもう一度ロケットランチャーを撃とうと、手早く弾の後部に薬きょうを取り付けて装填する。そして、再び肩に担ぐと、怒鳴り散らす男に向かって放った。肩への衝撃。白煙。そして着弾音。それに混ざって、うめき声が聞こえた。視界が晴れると、男が一人倒れている。よし、あと四人。ダンは再び薬きょうに手をかけた。弾丸は次が最後だ。当たったとして、残りの三人とは拳銃でやり合うしかない。
 そう考えていた時、右のこめかみを鋭く強い衝撃がかすめた。右目に何かが入って、開けていられなくなる。少し遅れて痛みが来た。撃たれた、と悟った時には、弾丸の雨が周辺に降り注いでいた。彼はとっさに砂に潜って身を隠した。
 バスッ、バスッと音を立てて体のすぐ上の砂を弾丸が打ち付ける。ここにいたら、そのうちに弾は体に届いてしまうだろう。ダンは砂の中を移動していった。できるだけ敵の方へ近づくつもりだ。接近戦なら拳銃だけでなくナイフも使える。奴らのいた方向と距離を頭の中で測りつつ進んでいく。
 そうして、あっという間にだいたいこの辺りというところまで来た。来てしまった。右目の周りに飛び散った血と砂を拭い、ダンは呼吸を整える。上がどういう状況かは分からない。飛び出した瞬間に蜂の巣にされるかもしれない。危険を目の前にして、これまで胸にしまっていた怖気が、血と一緒に全身に回っていた。腹とズボンの間に挟んだ拳銃。そこへ伸ばす手は、どうしようもなく震えていた。
(こんなんじゃだめだ。オレがやらなきゃ、ディッキーも、人質にされてるあいつも、助からないかもしれない。きっと、こっちの様子にジョンとビリーが気づいて、援護してくれる)
 これまでさんざん反抗してきたジョンに頼るのは癪だったが、今は信じるしかなかった。目をつむり、やるしかないんだと自分を奮い立たせる。そうして恐怖がちょっとだけ四肢から引いていくのを感じると、彼はかっと目を開け、拳銃を手に飛び出した。

 半分は殺されることを覚悟していた。けれど、飛び出した瞬間、男たちは自分とは全く別の方へ銃を向けていたのだ。え? と思い、彼らの狙いの先を追うと――ディッキーが背を向けて走っていくのが見えた。
(あのバカ、何やってんだ!?)
 考えるより先に体が動いていた。ディッキーを追おうとしていた男に狙いを定め、撃つ。バン、というとともに、男の手から銃が放れて宙を舞う。それを確認すると、ダンはすぐにディッキーを狙う別の男へ銃を向けた。照準を絞り――
 バン!
 撃つよりも先に左肩に衝撃があり、体が後ろに仰け反った。その反動で、引き金にかけた指に力が入り、銃弾が空に放たれた。しまった、と思うと同時に肩を激痛が襲う。しかし、そんなことに構っている場合ではない。ダンはまた先ほど撃ち損ねた男の額に狙いをつけ引き金を引く。今度は命中し、男が倒れたのが見えた。けれど喜ぶ間もなく、鋭い弾丸が彼の左頬をえぐった。焼けるような臭いと一瞬の痛み。血が皮膚を垂れていく生温い感触がした。ダンはディッキーが走っていった方に目をやる。彼の姿は、もうすっかり小さくなっていた。拳銃の弾が届くことはないだろう。ほっとすると、頬と肩の痛みが戻ってきた。彼は意識をこの場に移す。
 残った二人の男が、ゆっくりと近づいてきていた。全身にぞわりと鳥肌が立つ。ディッキーはもう大丈夫だという安堵と、自身に迫った危機への恐怖が綯い交ぜになって胸で渦巻く。
 でも、まだやられるわけにはいかない。男たちの手には、今も人質の少年がいるのだ。何とかここを切り抜けなければ……。頭をフル回転させて考えていると、はたとひらめいた。イチかバチか、やってみるしかない。
 ダンは拳銃を放った。
「お前らの勝ちだ。殺《や》りたきゃ殺《や》れよ」
 男たちは一瞬目を見張って驚きをあらわにしたが、目配せし合うと、したり顔でダンへ視線を戻した。
「随分と潔いじゃねえか。でもな」
 一人がそう言うと、彼らはゆっくりとダンに近づいた。
「――すぐには殺さねえ。お前、四人も殺《や》りやがったからな。その分役に立ってもらうぜ」
 下劣な笑みに、口の中へ反吐の味と臭いがくる。でも、これでいい。ダンは深く息を吸って止め、男たちに見えないように後ろ手に服の下を探った。瞬きせず、じっと男たちを見据え、自分の鼓動を聞きながら体にぐっと力を入れる。そして――
 一気に息を吐き出すとともに、ありったけの力でナイフを投げた。小さな刃は陽を反射し、一閃の光となって宙を走る。ナイフは少年を掴む男の腕に突き刺さった。くそ、首を狙ったのに……。肩の痛みでバランスが崩れたせいだ。それでも、男は悲鳴と共に少年を放していた。間髪入れず、ダンは少年の元へ駆けた。もう一人が自分を狙っているのは分かっていた。けれど、彼にはもう手持ちの武器が何一つなかった。後は運任せだ。ジョンとビリーが何とかしてくれることを願う以外になかった。
 少年まで残り数歩。ダンは両手を突き出して前のめりに飛び込んだ。それと同時に、背後から爆音が響いた。ヤバい、と思った時には少年に届いていた。続けて、辺りが白煙に包まれる。ジョンとビリーが発煙弾を撃ってくれたのだ。
(助かった)
 彼は少年を抱き上げると、全速力で走った。後ろから、男たちの怒声が追いかけてくる。踏み込む度に足を呑み込む砂を蹴散らし、彼は逃げた。
 砂が大きく隆起したところまで来ると、その陰に滑り込む。ダンは少年を降ろし、その場へへたり込んでしまった。

 心臓が獣のように暴れているのが分かった。はあ、はあ、はあ、と息が上がり、肩が激しく上下する。目がチカチカし、傷の痛みが蘇ってくる。張り詰めていたものがぷつんと切れていた。あまりにほっとして、気がつくと涙が零れてしまっていた。彼は急いでそれを拭うと、ぐっと生唾を飲み込んで少年へ目を向けた。
「大丈夫か?」
 少年はうつろな目をしていた。感情の切れ端すら見えない表情。
「名前は?」
 尋ねると、彼はほとんど顔を歪ませず、微かに声を発した。
「聞こえねえよ。なんてんだよ?」
 ザック。
 再び開かれた少年の口から、そう聞こえた気がした。
「ザック、ザックってんだな?」
 少年は何も応えず、ただぼんやりと宙を見ていた。相当怖かったのだろう。そう思い、ダンは一つ息を落とすと、少年を抱き寄せた。
「安心しろ。もう大丈夫だ」
 自分の言葉が心にすっと溶けてきた。
(もうこいつは大丈夫だ。あとはディッキーだ。あいつはバカだから、放っといたら何しでかすか分からねえ。早く探しに行ってやんねえと)
 
「ダン!」
 物思いに耽っていたせいで、声をかけられるまで気がつかなかった。ジョンとビリーが駆け寄ってきていた。
「ディッキーは――」
 言いかけたビリーは、ダンと目が合った瞬間青ざめた。
「お前、酷い怪我じゃん!」
 ダンはため息をついた。
「ああ、撃たれちまった。でも別に心配ない」
 ビリーは納得しなかったらしい。眉間を歪め、唇をブルブル震わせ始めた。彼の後ろにいるジョンも、はっと色を失っている。
「嘘だ。すげえ血だよ……」
 ビリーの涙のにじむ声で、そんなに酷いのかと、ダンは自身の体に目を落とす。
 その瞬間、さーっと全身の血が引いていくのを感じた。ビリーの言葉通り、彼の服はほとんど隙間なく真っ赤に染まっていたのだ。心の表面がざわざわと粟立ってくる。違う――。
「オレのじゃない……」
 ダンは、ぱっと少年の体に視線を走らせた。彼の服もまた、血に染まっている。その薄いシャツをたくし上げると、腹と胸に銃弾の跡があった。今も、止めどなく血が溢れている。
(撃たれてた。撃たれてたんだ……。何で気づいてやらなかったんだ――)
 再び、目に涙がこみ上げた。彼はそれをぐっと堪え、ジョンとビリーの方を見ないようにしながら、「止血しねえと。早く止血してやらねえと――」
「ダン」
 ジョンの声が聞こえた。
「もう無理だよ」
「無理じゃない」
 ダンはそう言い、自分の服を破いて傷口に当てようとした。
「無理だよ。もう……死んでる」
 手がガタガタと震えた。少年の顔を見る。光を失ったうつろな目が、ただ宙に向けて開かれていた。その瞼は一向に下りる気配を見せない。大きくなる手の震え。目の前が滲んで、歪んで、どうしようもなくなった。
「無理じゃねえよ」
 ダンは何とか声を絞り出して言った。そう信じたかったから。服の切れ端を地べたに捨て、両手で少年の胸を押さえる。指の隙間からどんどん血が溢れ、彼の手を覆っていく。
「蘇生するんだ。まだ大丈夫だ。きっと生き返る――」
 ザーっと風が砂を巻き上げる音が、いやに耳についた。

オー、ブラザーズ!②

執筆の狙い

作者 香川
182.250.47.78

前回投稿した『オー、ブラザーズ!①』の続きです。

前回までのあらすじをここに記載したいと思います。

*********

海が消え、砂漠化が進んだ世界。
人々は戦いに備えて巨大な戦車で移動生活をしていた。
巨大戦車で働く戦車砲掃除兵の子どもたちは、ろくに食事も与えられずに重労働をさせられる者が大半だった。

十四歳で掃除兵として働きに出たジョンは、一年後、親友のデレクと共に革命を起こすべく仲間を集め始める。
元孤児の見習いコック、トミーや戦車で酷い虐待を受けていたディッキー、掃除兵らしからぬ教養を身につけているサミー、そしてディッキーの親友のダンと、多くの仲間が集まってきたが……。

*********

前回投稿分はこちらです。https://sakka.org/training/?mode=view&novno=17245
よろしくお願いいたします。

コメント

垂氷さくべえ
139.101.122.51

遅くなりましたが、拝読しました。
今回も面白かったです。

前回から、サミーが気になっていた上に、とても私好みのキャラクターで、楽しみながら読ませていただきました(笑)
ジョンやデレクをはじめとした色々な少年たちが出てきますが、書き分けが出来ているのが素晴らしいと思います。私は登場人物を覚えるのがとことん苦手で、市販本でも誰が誰だかすぐに忘れてしまうタイプ、特にカタカナの名前だと本当に苦戦するんですが、今作は一度も「誰だっけ?」とならずに読めました。
『最年少のビリー』など、登場回数の少ないキャラクターにはわかりやすい特徴を付け、繰り返し紹介されているのが、キャラクターを覚えやすい、上手い工夫だと感じました。
また、ダンが好みだと仰っていたような記憶があるのですが(思い違いなら済みません)、誰かに描写が集中することなく、それぞれの魅力が描かれているのも、上手いところですね。

キャラクターの書き分けはかなり魅力的なのですが、容姿の描写ももう少しあったら素敵だなと思いました。
各々の登場シーンでは容姿が描かれていますが、どんどん忘れていってしまうので、例えば「〇〇は壁に背中を預け、」ではなく、「〇〇は痩せて曲がっている背中を壁に預け、」みたいな感じで、動作に、「どのような容貌だったか」を少しずつ差し込んでいくといいのかなと思いました。(彼は緑色の美しい目を切なく向けてくる。みたいにところどころあるのですが、もう少し増やしてもいいと思う、という意味です)

また、やはり、回想が基本だからか、語り口が淡々としている分、臨場感に欠けるなと思いました。
一方で、ダンの奮闘のシーンは、かなり現在に焦点が当たっていて、ドキドキしながら読めました。キャラクターが魅力的な分、「死んでしまうのではないか」と思わされるシーンはそれだけでドキドキしますね。

それから、「子供たちに倒せるなら、大人の戦車たちも協力し合ったら倒せるんじゃないの?」というような疑問を感じました。
例えば、身体が小さくないとダメ→掃除兵は子供じゃないとダメ、という理屈に筋が通っているように、子どもたち(デレクたち)だからこそ勝てる、というような理屈が欲しいなと思いました。
戦車への仕掛けが子供じゃないと出来ないとか、大人たちには手を組めない理由があるとか、なんでもいいのですが。
(私が読み抜かしたり、忘れてしまっているだけなら、非常に申し訳ないです…)

ジョンもジョンで魅力的なんですが、周りの子の魅力が強く、やや流されている印象があるかもしれません。そこが、臨場感が欠けているように思うところなのかも。ジョンは優しくて、ひたむきで、柔軟性のある子ですが、ジョンの考えを、今より少し文量を多めに描写してもいいのかもしれませんね。(主人公ですし)


以上です。
気になったところをいくつか上げていますが、少年たちの関係性に読ませるものがあるので、無理なく読んでいけました。
公募用などで字数制限がある、というわけでないのなら、さらりと描き飛ばされているエピソード(ダンとディッキーによるいたずらなど)のところも、シーンとして描いた方が良いのではないか、と思います。エピソード説明だけでも面白く読めてますから、シーンとして描いていただければ、もっと楽しんで読めると感じました。(クリスマスのエピソードなどはシーンとして描かれていたので、すごくグッときました。ジョンの純粋さや優しさは勿論、弟を通じてデレクの面倒見の良さや魅力がひしひしと伝わって来ています)

次回も楽しみにしています。

香川
182.250.56.88

垂氷さくべえさん

ご感想ありがとうございます。
感想つかないのではないかなと思っていたので、嬉しかったです。

キャラクターについてお褒めいただき、ありがとうございます。
前回のお返事にも書いた通り、キャラクターを書くことが好きなので、キャラクターの描き分けについては、実は特別意識せずに書いていました。
書き上げた時、キャラクター多いけど大丈夫かな…?と不安になったりはするんですが、書いている時はそこまで考えてなくて…。
でも、キャラクターの性格とか関係とかいろいろ考えるのが好きなので、そういう無意識に楽しんでやっていた部分が失われないように、これからなにか書く時は自分がどんな風にしているのか、それを意識しながら書いていこうと思います。

ダンがお気に入りです。でも、基本的にはどのキャラクターにも愛着があるので、それがある程度満遍なく描けた理由かなと思います。後でご指摘されているようにジョンなどは例外になってしまうと思いますが…。
あと、お気に入りの子はあまり前に出すぎないように最初の方は抑えて後半から出番を増やすように書いているので、今のところそこまで出すぎていないのはそういう所もあるのかなと思いました。
それとサミーは私も好きなんですが、思い返してみるとこのあともサミーは出番多めかもしれないです…。終盤の方ですが…。

キャラの容姿についてのご指摘は、とても勉強になりました。
確かに、ディッキーの容姿などはちょこちょこ挟んでますが、これは彼の容姿が物語の中である程度意味のあるものになっているから書き手としても意識が向いただけで、特別「容姿を書かなくちゃ」と考えて書いていたわけではありません。
特に長編でキャラクターが多い時などは、一人一人の外見的特徴は大事にしなくてはならないと思うので、ここはすぐにでも実践していこうと思います。

淡々とした語り口、というのは、たぶんもともとの私の文体がそういう感じなんだと思います。
一方で、アクションなども好きなので、そういうシーンはそういうシーンで臨場感を持って描きたいなと思っていました。
ちょっと淡々としすぎてしまっている部分に関しては、後の方でご指摘されています説明部をシーンとして描いたら、というところなどと併せて気をつけていきたいと思います。

「子供たちに倒せるなら、大人の戦車たちも協力し合ったら倒せるんじゃないの?」
という疑問点、まさしくおっしゃる通りだと思いました…。
たぶんこの辺りが設定の詰めの甘さが露呈してしまっているところで、他戦車がなぜビンセントの戦車に対抗しようとしないのか、その背景が考えられていないからこそ、子どもたちが対抗できる理由もきちんとしていないのだろうなと思います。
これを書いた時はプロットを一切作らずに書いていまして(プロット作れない人です…)初期設定に無理があったり煮詰まっていなかってりするのは、そういう書き始める前の作業を疎かにした結果だと思っているので、今後はじっくり煮詰めてから書き始めるようにしようと思います。

ジョンの件に関しては、本当にその通りです…。
これは他所でほかの方にもお書きしたのですが、書きながらなかなかこのキャラクターに愛着を持てずに、だんだん存在が薄まっていってしまっています。
たぶん、終盤は驚くほど出てこないと思います。
当初主人公のはずだったのが、終盤モブキャラみたいになってしまっていて、なんというかキャラクターにも申し訳ないです…。
これはたぶんこの作品の一番の反省点です。

実は、今回感想がつかなかったら次回は投稿しないでおこうかなと思っていました。
誰も読まないのに同じ作品で何度も場所だけとってしまったら申し訳ないような気がして。
でも、読んでくださる方がいらっしゃれば堂々と投稿できます。ありがとうございます。

多分ラストはちょっと文量オーバーで感想欄にはみ出したりしそうですが(文字カウントがちょっと私の使っているものと違うようで)、あと2回の投稿で完結します。
最後まで読んでいただければ私としても嬉しいですが、お忙しい時もあるかと思いますのでご無理はなさいませんように。
でも、今回ご感想いただけて本当にとても嬉しかったです。参考になるご意見もたくさんいただけました。

ありがとうございました。

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