作家でごはん!鍛練場
音弦

うすばきとんぼ

 表で物音がしたので、台所の小窓を少し開けて外を見てみると、見知らぬ若い男が虫取り網を振り回している。その振り回された網の辺りに目を凝らしてみるが、虫などいるようには見えない。それでも男は熱心に網を振り回している。ささやかな興味からか、ただの退屈しのぎからか、私は男の動きをじっと見ていた。どうやら、闇雲に網を振っている訳ではなく、狙い澄まして何かを捕らえようと振っているようである。男は大きく一振りすると、一瞬動きを止め、それから素早く網の口の辺りを絞るようにして掴み、それをゆっくりと開いて恐る恐る中を覗き込んだ。同時に男の顔がほころんだように見えた。お目当てのものを捕まえたらしかった。しかし、依然として私にはそれが何なのか分からない。白く透けたその網の中に何かがいるようには見えないのである。三ヶ月前、隣に住んでいた野中家が、旦那さんの転職を機に引っ越していった。その時にいくつかの鉢植えを貰った。そのような性分ではないので断りたかったが、なんとなく言い出せずに引き取った。その鉢植えが今も玄関先に並んでいる。私は、その名も知らぬ植物の具合いを覗うような素振りで表に出た。それでもすぐには男の方に目をやらない。乾いた葉がかさかさと指先で鳴る。視界の端で男の動きをぼんやりと捉える。男の影が動く気配はない。気が緩み、不覚にもふと顔を上げると男はこちらをじっと見ていた。私はすぐに目線を鉢植えの上に外した。それでも男はそのままの姿勢を保っているようだった。
「ちょっと手伝ってもらえますか」
 声にびくりとして顔を上げた。見ると男は網の口を持ったままこちらへ向けて上下させた。
「私ですか」
「あなた以外にいないでしょう」
 そう言って男は笑った。その笑顔のせいで私の警戒心の半分ほどがどこかへ消えてしまった。
「中にとんぼがいるから逃げないように持っていて下さい」
 言われるがまま引き受けた。掴んだ網ごしに中を見ても、やはり何もいない。
「網の中にいるんですか。えっと、その、とんぼ」
「大きいのがね」
 私は逃げるもののいない網の口を掴んだまま立ち尽くした。
「あなたにひとつ、お願いしたいことがあります」
 心地よいひやりとした空気が私達を包む。
「そのとんぼを僕が行ってしまってから放してやって下さい」
「はあ」
 要領の得ない間の抜けた返事をした。男は、それではお元気でと言って夏の夕へと歩いていった。その背中を見つめながら、懐しい気持ちと寂しい気持ちとが綯い交ぜになる。男が角を曲がって見えなくなった。ふと掴んだ網の中に目をやると、立派なとんぼがいる。私は、ああそうだったんだなと思い、掴んだ手を解いた。

うすばきとんぼ

執筆の狙い

作者 音弦
111.67.159.123

今の季節とは違いますが、一昨年のお盆に箸休めのように楽しく書いたものです。独特な空気を纏わせたかったというよりは、それを自分が感じたかったから思うままに、という方が正しいです。

コメント

偏差値45
219.182.80.182

>表で物音がしたので、台所の小窓を少し開けて外を見てみると、見知らぬ若い男が虫取り網を振り回している。

(家の)表で物音がしたので、台所の小窓を少し開けて外を見てみると、(〇〇で)見知らぬ若い男が虫取り網を振り回している。
ちょっと悩みましたね。
この家が一戸建てなのか、集合住宅なのか。また台所が家のどちらに設置されているのか。
イメージ化できない。台所と言えば、個人的には家の北に位置していることが多いのですが、
この文章は、表、となっているので悩ましいですね。そして見知らぬ男がどんな場所に存在しているのか。書かれていません。竹林なのか? 道路の上なのか? または家の庭なのか?
その意味ではイメージ化に失敗しているかな。

>「そのとんぼを僕が行ってしまってから放してやって下さい」
キャッチアンドリリースは良いけれど、
その後、虫取り網の処分はどうすれば? 気になりますね。

>懐しい気持ちと寂しい気持ちとが綯い交ぜになる。
意味深ですね。曖昧。
それは読者に想像させたいのでしょうけど。
個人的には、わりとどうでもいいかな。結局、あまり意味のない話でおわります。
なぜなら、想像しても正解がないからです。
したがって無駄な時間が消費されるだけの話かな。

夜の雨
60.41.130.119

何かしらいるような世界ですね。
それが何なのかは「執筆の狙い」にある「一昨年のお盆に箸休めのように楽しく書いたものです。」ということでしょう。
御作本体ではもうひとつ、意味がわかりません。
そこに「お盆」というキーワードをはめ込むと、浮かんでくるものがあります。
それでも「青年がだれなのか?」そして網の中の「とんぼ」は、何だったのか?
ということになりますね。
小説の場合は、それらに伏線を張る必要があると思います。
ここでは「青年」「とんぼ」の意味するところに、伏線が必要だと思います。

4月初旬のNHK「短歌」で、下記のようなものがありました。

夜桜の
帰り立ち寄る
古書店に
もういぬはずの
店主と出会う

千葉県 松戸市 をがわ まなぶ

短い中に、「夜桜」に引っ掛けて見事な短歌を創っています。

この短歌は「もういぬはずの」「店主と出会う」ということなので、店主はすでに亡くなっているのですよね。
伏線に「古書店」があり、「夜桜」という妖しげな世界を背景に持ってきたのだと思います。

御作も伏線が要りますね。
「青年」と「とんぼ」の意味する伏線。
それが、仕込まれれば、あとは、必要がないエピソードは省くとわかりやすくなると思います。

>三ヶ月前、隣に住んでいた野中家が、旦那さんの転職を機に引っ越していった。その時にいくつかの鉢植えを貰った。<
この野中家のエピソードは必要ですか。
「鉢植え」なら、最初から自宅の庭にあったということにすればよいと思います。

ちなみに主人公の息子が子供の頃に亡くなっているという設定にすると「青年」が絡みますよね。
「とんぼ」捕りで亡くなった事故でもよいし、単に息子がとんぼが好きだったということでもよいと思います。

御作の基本部分はできていると思いますので、上の短歌のように話を単純化して、再構築すると、よい作品になると思います。


それでは、創作頑張ってください。

かじ・リン坊
124.110.104.4

 夜の雨さんに全く賛成で、作者さんは作品の空気感を感じていると思いますが読む側にそれがまるで伝わらないので、おどろおどろしさが無いし、結局トンボが無いを意味しているのかもわからない。なぜ主人公がこの体験をしたかも計り知れない。
 こうなると独りよがりのマスターベーション作品に感じてしまいました。

ルカ
49.239.69.110

 さり気ない書き出しにするすると物語のなかに入っていって短いこともあり最後まで拝読しました。文章に漂う何か不思議な雰囲気は魅力的だなと思います。
 最初に「見知らぬ若い男が虫取り網を振り回している」のを見かけた主人公がそれをしばらく眺めているのは分からなくもないのですが、表に出てまでさらに男を観察し続けているところで、ちょっと無理があるように感じました。主人公がなぜそこまで男に関心を持つのかが非常に曖昧なため、読み続ける興味を削がれてしまいかねないような気がします。
 気になったのはそのくらいであとはおもしろく読ませて頂きました。次作もぜひと期待しています。

アフリカ
49.106.193.107

拝読しました

短いので好きです

ただ、冒頭から語り手の(私)は、【ささやかな興味からか、ただの退屈しのぎからか、私は男の動きをじっと見ていた。】と、全く自分自身の気持ちすら把握できていない様子。

それって、書いてる作者自体が(私)に同化していないから?では?

場面場面を見下ろしていないからピントが合わない。
だから、言葉の選択がなんだか不思議な違和感を抱かせる。
これが狙いならそれはそれでアリだと思うのだけど違うなら致命的に近いほど作者は現場に立てていないことになるのでは?

それっぽく書くってのは色々なジャンルに必要だけど、読み手に作者の意図(狙い)を植え付けているのか、無防備に垂れ流されたものなのかでは長いものを書いた時に非常に苦しくなるように思いました。

ありがとうございました

弥々丸朗
106.161.225.220

"独特な空気"って、何ですか?

なんて例えばそんな質問ばかりで、このおハナシの瑕疵というか書き手の何やら薄弱なような書きぶりとか、あらゆる要素への問いかけにこと足りてしまうのではないのか、なんて個人的には思ってしまうのだけれど。

"独特"ってつまり、この度はどんなことを、イメージでも何でもいいんですけど、もしそれを書き手が明確に言語化出来ないでいるのだとしたら、あたしはこのおハナシにはそれほど価値や目的のようなことを思いつけないような気がしてしまいます。
書き手らしくその動機を反故にしないためには、たとえ曖昧であったとしても何かしら置き換えられるような語彙は思いつくべきだったのではないのか、と個人的には。

>気が緩み、不覚にもふと顔を上げると男はこちらをじっと見ていた

>その笑顔のせいで私の警戒心の半分ほどがどこかへ消えてしまった。

>心地よいひやりとした空気が私達を包む。

>要領の得ない間の抜けた返事をした。

>その背中を見つめながら、懐しい気持ちと寂しい気持ちとが綯い交ぜになる。


たくさんコピペしてすみません。
わかりやすいかもしれないところをピックアップしてみました。
何のことかわからないようなら、別にいいです。


どうして書きたいのか? 書きたがるのか?
そういう意欲とか、楽しみ方とかつまり、書き手として何より思いつくべき興味とか欲求の丈のようなことを、このおハナシについてあたしは一読者としてあまり感心してないです。

一番取り組むべきところ、あるいはそれが肝心、のようなこととかでもいいんですけど、つまりそういう"一番面白い"部分をこの書き手はほとんど無意識レベルで見過ごしているような印象を受けるのだし、"書く"という楽しみの基本的なところをむしろ颯爽と投げ捨てるような、そもそも思いつく気もなさそうな印象すら受けるんですけど、実際のところどうなんですか?

箸休めでも筆休めでも何でもいいんですけど、それを許されて然るべき手抜きとしたがるところであるつもりなら、別に答えてくれなくていいです。

u
183.176.51.134

音弦 様
作者さま自身ムードに酔ってるみたいで(笑)。
マア短いので最後まで読めるのですが、全体的に何を言いたいのやら、お話の趣旨がわからない。読んでも、何の読後感というか感じるところがない。
ある程度読者に対し説明はすべきだろうと思います。
ムードに酔うのは結構ですが、なんのこっちゃ分らんお話ではどうも?

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