作家でごはん!鍛練場
加茂ミイル

あの日、君と学校の廊下で

 その朝、バスを一つ乗り過ごしてしまい、遅刻しそうになっていた道雄は、全力疾走で教室を目指していた。
 校門をくぐり、玄関にまでたどり着いた。
 そこから、最後の力を振り絞る思いで短距離走者のごとくダッシュする。
 始業まで残り1分もない。
 階段を上り切り、角を右に曲がり、一番手前のドアに入るだけ。
 ギリギリ間に合う!
 そう思った瞬間。
 胸に激しい衝撃を受け、彼は床に叩きつけられた。
 顔を上げると、目の前には、同じように床に倒れ込んでいる男子生徒の姿があった。
 自分も相手も、茫然としていた。
 見た感じ、相手も自分と同じようにこの春入学した新入生のようだった。
 道雄は、この高校に入学して、まだ2日目だった。
 相手の名前も顔も知らない。
 そうこうしているうちに、始業のベルが鳴ってしまった。
 教室のドアが内側から乱暴に閉められた。
 さっそく授業が開始されたらしい。
 今から教室に入るのが気まずくなってしまった。
 道夫は自分に衝突した目の前の男子生徒に怒りがこみ上げて来た。
 全部こいつのせいだ、という憤りを感じる。 
 相手の男子は、道雄を起こそうと手を差し出して来た。
 しかし、道雄は、その手を払いのけた。
 そして、相手の顔も見ずに、ふてくされて教室に入った。
「はい、遅刻ー」
 と道雄を小ばかにするようなオカマっぽい教師の声。
 それを耳にした少年は、道夫に申し訳ないことをしたと思い、しょんぼりしながら階段を下りて行った。

 それから数日後。
 早朝、道雄は高校に向かうバスに乗りこんだ。
 始発に近い地点なので、まだ車内はそれほど混んでいない。
 窓際の席に座り、流れていく田園風景を眺めていた。
 ふと、学校の廊下で出合い頭にぶつかった少年のことをぼんやりと思い出していた。
 よく考えてみれば、あれはどちらが悪いわけでもなかったな、自分の方も前方を注意していなかったのだし……
 と彼は、あの時の自分のぶしつけな態度を少し反省しているのだった。
 3つ目のバス停にさしかかった時、
「ここ、いいですか?」
 と尋ねる声がした。
「はい」
 と道雄は答えながら相手の顔を見て、驚いた。
 数日前、廊下で衝突した相手の男子生徒だった。
 彼は道雄に対して、温かい笑顔を見せながら、
「この間は、すみませんでした。急にトイレに行きたくなって、急いでいたものですから」
 と彼は言う。
「実は、こっちも、遅刻しそうになってて、無我夢中になっていたから」
 と道雄。
 俄かに、和解の雰囲気が醸し出される。
 二人の間には、お互いが昔からの親しい友人であるかのような、穏やかな空気が流れた。それでいて、二人とも、自分からは積極的に何か話そうともしないのだった。
 高校前のバス停につくと、相手の少年が先に下りて、道雄が後から降りた。が、校門を過ぎた頃には、二人は肩を並べて歩いていた。
「君、名前は何て言うの?」
 道雄が尋ねた。
「久。君は」
「道雄。クラスは?」
「7組」
「俺は1組」
 それから、どこの中学だったかとか、どこに住んでいるのか、どの部活に入ろうと思っているとか、道雄の教室に着くまで、お互いのことを紹介し合った。
 その頃にはもうすっかり打ち解け合っていた。

 それからしばらくの間、道雄は通学のバスで久の姿を見かけなかった。
 一週間もそんなことが続いたので、最初は心配もしたが、ひょっとしたら避けられているのではないかと妄想し、寂しくもあり、自分をこんな気持ちにさせる彼が憎らしくもあった。
 しかし、その次の週の月曜日から、また久が同じバスに乗り合わせた。
 久の姿を見て、道雄はホッとした。
 久は道雄の隣の席に座った。
「しばらく見なかったけれど」
 と道雄は努めてさりげなく言った。
「実は、インフルエンザにかかってね」
「それで一週間も」
「熱はすぐに下がったんだけど、周りの人にうつしちゃいけないから」
「すごく心配したんだよ」
「そうなのかい?」
 久は不思議そうに道雄の顔を覗き込んだ。
 道雄は、心まで覗かれてしまいそうで、はっと目をそらした。心配していたなどと、つい心の内をさらけ出してしまった不覚に、顔を赤らめた。
 久は、そんな道雄のナイーブな仕草を見て、思わず微笑んだ。
 そして、そっと、道雄の手に自分の手を重ねた。
 道夫は心臓の鼓動が高まるのを覚えながら、その手を払いのけることも出来ず、ただ目の前のいたずらっぽい微笑みたがたまらなくいとしい眩暈に襲われるだけだった。
 その日、道雄は一日中ぼうっとしていて、授業のことなど全く頭に入らなかった。

 ある日、道雄が商店街を歩いていると、偶然、久の姿を見かけた。
 喫茶店の店内で、彼は窓際のテーブルに座っていた。
 そして、彼の向かいに、一人の美しい少女が座っているのに道雄は動転した。
 いても立ってもいられなかった。
 道夫は店内に入り、久の前に立った。
「道雄君じゃないか。君もランチをしに来たのかい」
 と久は無邪気に言った。
「ランチどころじゃないよ」
「え?」
「この人は一体誰なんだ」
 と道雄は美少女を指さして言った。
「ああ、この子は……僕の妹の小夜だよ」
「妹?」
 道夫は恥ずかしくなって、顔を真っ赤に染めてうろたえた。
 それを見た小夜は何か可愛らしい小動物でも発見したみたいににっこり笑った。
「君がそんな風に顔を赤めるのを見るのはこれで2回目だね」
 と久はからかった。
「悪ぃ、邪魔したな」
 道雄は険悪な素振りでその場を去ろうとした。
「お待ちになって」
 と小夜子が引き留めた。
「せっかくですから、ご一緒しません?」
「僕が?」
 と道雄は自分の鼻を指さした。
「そうだ、是非君もご相伴にあずかってくれたまえ。そろそろ兄妹の会話にも飽きて来た頃なんだ」
 久の誘いは毅然としていて、道雄に有無を言わせなかった。

 その喫茶店での話し合いは、道雄にはとても楽しく、充実したものに感じられた。人と話すことがこんなに楽しいものとは、長い間忘れていたことだった。
 小夜子は久に似て、端正かつ蠱惑的な顔立ちをしてた。しかし、久の方がより一層色が白く、人間離れした美しさを備えているように見えるというのが、道雄の正直な感想だった。
「兄のこと、よろしくお願いします。ああ見えて、とっても寂しがり屋なんですの」
 と言い残し、小夜は道雄たちとは違う方向に進んだ。これからピアノのレッスンの予定があるとのことだった。去り行く彼女の、純白のワンピースと麦わら帽子が、道雄の心に鮮やかに残った。
 道雄と久は二人きりになって、妙に改まった気持ちになって歩き出した。
 彼は、今はどこへ行くあてもない、だが、久と二人でこうしてそばにいるだけでいいのだ、と思った。
 彼はもう、久の前で強がろうとはしていなかった。
 
 夕暮れ時。
 道雄と久は河川敷沿いの歩道を歩いた。
「あの草むらに寝転がってみないか」
 と久が誘った。
 久が先に仰向けに寝転び、道雄もその隣に寝転んだ。
「こんなに澄み渡った空を僕は生まれて初めて見たような気がする」
 と久が歓喜に満ちた声で言った。道雄には、いつもと変わらない空に見えたが、久の言うことなら、全て正しい気がした。彼は、うんと同意した。
「不来方の お城の草に寝転びて 空に吸はれし 十五の心」
 久は啄木の歌を読んだ。
「僕もその歌が好きだよ」
「ねえ君。僕はよく一人で、こうやって仰向けに寝転んで、空を眺めるんだ。おかしいと思うかい」
「いや、いいと思うよ」
「でも、隣に君がいると、いつもとは違う風景が見えるから不思議なんだ」
「どんな風に?」
 久は上体を起こし、意味ありげに真剣なまなざしを道雄に向けた。
「どうしたの?」
 と道雄は尋ねる。
「君と出会ったあの瞬間から、僕は、君のことばかり考えていたのさ」
「え?」
 道夫はびっくりして、久と同じように上体を起こした。そして、同じ目線で向かい合い、言葉もなく見つめ合った。
「それは、つまり、君は、僕のことを……」
 道夫はそこまで言いかけたが、次の言葉が見つからない。
「君も、同じはずだ」
 と久は言い、道雄の唇に自分の唇を重ねた。
 日は沈みかけ、辺りは薄暗くなっていた。川の向こうに立ち並ぶ民家の窓明かりが、キャンドルライトのように輝いている。
 二人は、指を絡み合わせ、そして、何度も不器用なキスを繰り返した。
 何もかもが新鮮で、恍惚の中にあった。
 二人は、手をつないで、帰路をたどった。
 道夫は自分の部屋で一人になって、今日あったことが現実なのか夢なのか区別がつかなかった。 
 そして、自分の唇に指を押し当て、
「ああ、現実だったんだ!」
 と叫んだ。
 そして、ベッドの上に倒れ込み、枕を抱き、それに顔を埋め、悩ましいキスを浴びせた。
「もう、お前のことを絶対に離さないからな」
 そう呟きながら河川敷の思い出にふけっているうちに、たまらなく優しい、いとしい気分になり、そのまま心地よい眠りに落ちてしまった。  

あの日、君と学校の廊下で

執筆の狙い

作者 加茂ミイル
60.34.120.58

2人の美少年が織りなす淡く切ない恋物語。

コメント

加茂ミイル
1.75.210.251

今までどうもありがとうございました。
これでもう二度と作家でごはんには投稿しません。さようなら。

偏差値45
219.182.80.182

うーん、、、、。

>今までどうもありがとうございました。
>これでもう二度と作家でごはんには投稿しません。さようなら。

まーた、いつもの病気かと思ったけれど。
もはや、「また明日ね」的な解釈で間違いないかな。

とはいえ、
御作を読んだら、こんなふうなコメントを書かずにはいられなかったのだろう、
と想像すると、思わず、笑ってしまう自分がいます。
失礼しましたー。(『冷徹の鬼灯』のシロふうに)

文章力はあるのだ。あるのだけれども、これって需要があるのかい?
そんな疑問がわいてきますね。

ストーリー展開は悪くはないです。
しかし、エピソードやネーミングが昭和の匂いがしますね。
こてこてのラブコメですよね。

「それでなにが悪い?」と問われても困りますよ。うん。

気になった点としては、
・小夜子と小夜、、、、途中で名前を変更をしたのだろうか?
混在していますね。推敲ミスかな。
・道雄と久、、、、これも現代的な名前に変えたらいかがでしょうか。

もはや、「お笑い」を狙っているのですか?
真剣に書いているのですか?
そんな気持ちになりましたね。
そのように思われないためにも、工夫は必要だと感じましたね。
エピソードをもっと考えてほしいかな。

とはいえ、「お笑い」としては楽しませてもらいましたよ。
次回作にも期待しております。

加茂ミイル
60.34.120.58

>加茂ミイル

あなた、誰?

加茂ミイル
60.34.120.58

>偏差値45様

お久しぶりです。

>今までどうもありがとうございました。
>これでもう二度と作家でごはんには投稿しません。さようなら。

これ書いたの私じゃない。

>これって需要があるのかい?

需要とか考えずに書いた。
書きたいもの書いた。
だって、趣味だから。

>昭和の匂いがしますね。

しょうがないよね。
記憶のほとんどが昭和のアニメで出来てるようなものだから。

ただ、この作品については大正の雰囲気を出したかった。

別に必ずしも時代設定を現代にする必要ってないんじゃなかろうか?


>これも現代的な名前に変えたらいかがでしょうか。

蒼とか、樹ってどう?

>もはや、「お笑い」を狙っているのですか?
>真剣に書いているのですか?

自分では結構楽しんで書いた。
美少年同士が惹かれ合う様子を間近で見てるような気分になれたよ。

秋田寒男
110.165.129.28

加茂ミイル様

思わず、笑ってしまった箇所がありました。すみません。
人の作品を笑う資格は私にはないですが、もし御作がそうゆう意図で書かれたものなら私は貴方の罠にはまったことになります。

でも、それはそれでいいと思う寒男なのでした。

加茂ミイル
60.34.120.58

>秋田寒男様

この作品は、笑わせるよりは、感動させることを狙ってるんだよ。

どこで笑ったのさ。

今晩屋
119.63.155.5

 そもそも、そのバスを乗り過ごし。が、成り立たない。道雄はなんで乗り過ごしたの?
 夢? 恋? 

 お前はさ、中二ノベルで雰囲気頑張ったな。
 いつか、鮎でも囲炉裏で食おう。
 

加茂ミイル
60.34.120.58

今晩屋さん

>中二ノベル
って何?

>鮎でも囲炉裏で食おう。
鮎っておいしいよね。
塩味が好き。

ぷーでる
157.65.82.154

うーん、確かに他作者さんが言う様に昭和っぽい?
えーと、えーと、でも舞台が昭和って事ならいいと思います。

ただ、この作品については大正の雰囲気を出したかった。
>ありゃ、大正?!
 
 大正なら、まだバスはあんまり普及していません。
 馬車か路面電車が、主な交通機関です。 
 バスは、戦後からです。

 この作品のイメージは、1980年代位ですね。
 ベッドなんて、戦後にようやく普及したモノですから。
 もし、これが大正なら畳の上に布団ってなるハズなわけで。

 この作品は、笑わせるよりは、感動させることを狙ってるんだよ。
 
< 多分、色々ちぐはぐな場面で笑ったんじゃないでしょうか?
  寒男さんは、悪気で言っている様に思えないです。
   
   感動させたいなら、共感させる必要があります。
   読者の空気を読んで書いてください。

   読者にとって何が面白くて感動的なのか?
   自分だけが、楽しんで書いただけでは通じません。
   趣味なら、それでもいいですが。 

   私の場合は、完全に趣味です。
   それでいて、読者も面白がる様な書き方を心がけています。
   エンタメなので。

加茂ミイル
118.19.12.51

ぷーでるさんお久しぶり。

何となく、大正文学の雰囲気に憧れがあって。

あの頃の文学は良かったなあって思うんです。

品がありますよね。

文学には品があるべきだと思うんです。

>寒男さんは、悪気で言っている様に思えないです。

いえ、悪気で言ってるとは思っていません。

私もどこまで本気で書いてるのか自分でも分かりません。

もしかしたらウケを狙ってたかも。

いや、狙ってる。常に私はウケを狙ってる。

ところで最近スレッド掲示板の方が寂しいんですよ。

ぷーでる
157.65.82.154

ところで最近スレッド掲示板の方が寂しいんですよ。

< 文芸社か幻冬舎に相談されてはいかがですか?
  

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