作家でごはん!鍛練場

ライオット

 五月半ばの水曜日。赤軍から送りつけられたカレンダーに印をつけたその日が明日に迫り、由布の家では朝から母が忙しく荷物を箱に詰めていた。先週末、中学のいけ好かない反革命分子の眼にハサミをつきたて、そのまま逃亡した。無論失明。持ち帰った都市ゲリラの武器や硫酸や火炎瓶の類もみんな箱の中にしまってガムテープで封をした。母が覚醒剤を注射しコカインを吸いながら笑った。新しい学校が楽しみね、ブルジョワどもは皆殺しよハラホルヒロハレウッヒャッヒャ、と母は笑った。
 段ボール箱をテーブル代わりにして野戦食のコンビーフを食べた後、母は「家じゅうに掃除機をかけるから遊んできなさい。証拠は総て消さないと。邪魔になんならあんたをバラバラにするよ」と、ローザを外に出した。普段仕方なく遊んでくれる近所の子ども達は皆、塾やピアノ教室といった、腐れブルジョア養成所に行っていて遊び相手などいないとわかっていたが、せわしなく準備をすすめる母に声をかけるのはためらわれた。殺されるからだ。

人民服と、押し付けられたレーニン帽子をかぶり、ローザは家を出た。朽ち果てた遊具がそろった近くの公園が思い浮かんだが、由布はその反対方向に建つ古い市営団地に向かった。一番奥の棟のさらに外れに、小さな公園がある。
 アーチ形のうんていとタイヤの列が並び、砂場がその向かいにあるだけの狭い公園には誰もいなかった。一人でもうんていに上ろうか迷った時、砂場の上にかかるオミナエシの見事な花に目をとめた。その下にある古ぼけたベンチに、ローザは腰かけた。なんとなく、遊ぶ気にはなれなかった。
この服と帽子で、春の遠足に行った日が思い出される。木組みの腐ったアスレチックと継ぎ接ぎだらけの巨大トランポリン、長い長いジップライン。男の子も女の子も激怒からブーたれ「二度と来るか馬鹿野郎!支配人を呼べ!肝臓と脾臓を食うちゃるけん!」そう怒鳴った。哀れ支配人は内臓を総て抜かれ、三日後にくたばった。思い出すほど、ベンチから立ち上がるのが億劫になっていく。ローザはゴータ綱領批判を取り出した。
「アニョハセヨー」
 とつぜん降ってきた声に上を向く。垂れさがるオミナエシの花びらが視界いっぱいに広がった。
「とこ見てんたよ」
 今度は前から声が聞こえてそちらを見やる。一瞬目を疑ったが、砂場の向こう側には確かに一人の男の子が立っている。首回りが少し伸びた黒のTシャツに、砂で汚れたブランド違いの運動靴。視点のあってない、藪睨みの眼差しが、とても大した人間には成長しないと思い、ローザは少し居心地が悪くなった。
「お前、何てここにいるんたよ」
「返答を拒否する」
「かこつけることない。お前、夜逃げたな」
 ローザはだまった。すると男の子は砂場に入り込んできた。柔らかい黒い砂に靴の足跡が残る。
「せかくたから砂で遊ぱないか?」
「……」
「じゃあ鬼ごっこしようぜ」
 やってられるか、この白痴。そう突っぱねようとしたが、男の子はさっさと砂場から出て、アーチ形のうんていの下に走り込むと、あっという間にぶら下がった。
「お前、鬼決め知てるか?」
「だから、わたしは」
 ローザはベンチから立ち上がり砂場から主張するが、男の子は意に介さず両足を大きく何度か振り上げて、うんていに足をかけた。そのぶら下がった体勢のまま、片手を自分と由布の間で行ったり来たりさせる。
「ハイ、オニきめオニきめたれにしよ。地獄で天女が待ってるさ。ほらお前たよ、あぱつれ!」
「わたし?」
 いつもやっていた鬼決めとは全然違う上に、リズムも合っていない。
「わたし、鬼なんておかしい!重信房子、永田洋子だったら」
 砂場のふちに立って声を荒げると、ぶらぶらしていた男の子はにやりとした。
「つかまえりゃいいたろ、歯抜け。その穴から口笛吹けんのか」
「やかましい、この資本主義の豚!わたしの存在を肯定するため、あんたの存在を否定してやる!」
 ほおが熱くなる。抜けた二本の前歯の跡をこっそりなめ、由布は鉄パイプを持って駆けだした。日差しがさっと顔にあたる。男の子は素早く飛び降り、公園に二人の悲鳴が重なって響いた。

「夜逃げ?」
 聞き返した男の子に、ローザはうなずいた。沈みかけている太陽は、家並みのはるか向こうの雲をわずかに紅色に染める。追いかけあった二人の影も、次第に色のトーンを落としてゆく地面にまぎれて見えなくなっていた。
「なんたよ、いなくなちゃうのかよ。せかく遊ぺる思たのに。おれはもっと遊びたいぞ。おれの前世は安重根ね」
 由布に背中を向けて、男の子は空に向けて言い放った。そのTシャツの背中は鉄パイプで殴り合ったのでどす黒く汚れている。
「しょうがないの。お父さんもお母さんも指名手配中だし」
 藤棚を支える柱の一本にもたれかかると、花の甘い匂いがわずかに香る。走り回って荒くなった呼吸が少しずつ落ち着いていく。男の子はちらりときつい眼差しを由布に向ける。
「大人ぷたつもりかよ。難しい顔してして難しい本読んでた。ガキなら新美南吉か椋鳩十読むね」
「見てたの?」
「いいだろべつに。お前、本当に革命が起きる思てんか」
 細い両腕が空に突き出され、男の子はうんと背伸びをした。
「転向はしない。永久革命」
 ローザのつぶやきに、空に伸ばされた腕が若干下がる。由布はそのまま続けた。
「前の時も、その前の時もそうだった。新しいところに行くから。みんなで一緒にセクト作って。最初は燃えたけど、今は……逆らって総括リンチした連中の顔が夢に出る。私、あと何回、こんなにくるしいことしないといけないんだろう」
 冷えた風が吹き、ローザはレーニン帽をおさえる。爆弾の材料を買ったホームセンターも、あさってには記憶の中の存在になる。父親が爆破するからだ。公園の塀際に生える木々が枝を振るわせてざわめいた。
「ここにいたいか」
 唐突に聞かれて、戸惑いなくローザは首を振った。すると、男の子は振り返った。目に厭らしさやたくらみや、残虐さをめいっぱい詰め込んだ顔。
「そしたらおれのところに来いよ」
 暗がりの中、澄んだ声がいっそう響いて聞こえた。
「バトルロワイヤルだって軍事教練だって毎日できるし、お前の同志も連れて来たらいい。ずっと一緒にいたらいい」
 友達も、歩きなれた道もある、この風景にずっと。男の子の砂っぽい手が由布の前に差し出される。由布は意を決して柱から背中を離した。そして腰に差したダガー・ナイフに手を触れた。スニーカーの足が一歩、一歩と前へ進む。あと三歩、二歩、一歩。
 その時、音割れしたチャイムが響き渡った。ナイフを握った触れ合手が一瞬こわばる。
「とうした、こわくなかないぞ。お前、ここにいたいんたろ」
 男の子は手のひらを広げている。砂に機関車や怪獣を描いた手。砂場の底まで掘り返しそうなトンネルを掘った手。
「貴様のようなブルジョワに何が分かる!甘く見るな!」
 手を下げたローザは、そういうのがやっとだった。安全靴のつま先を見つめる。とても彼の顔を見る気にはなれなかった。が、即座に声が飛んできた。
「パーカ、本気で言てるわけないたろ。何イキッてるね……え? おい、なんでだよ。おれたて体制破壊にロマンかんちてるのよ」
 懐からアヘン・チンキを取り出し舌に塗った。このゲス野郎はどうでもいい。革命の快楽で自分は生きている。
「しゃあ無いある。金正恩同志はイケイケちゃない」
 この知ったかぶりが。男の子は何故だか満足げにつぶやき、両手を半ズボンのポケットに突っ込んだ。そして、そのままうんていの隣に並んでいる、半分埋め込まれたタイヤの列のひとつに飛び乗った。が、バランスを崩し頭から転倒した。
「アイゴー!アイゴー!アイゴー!」
「貴様、ジステンバーか?」
「と、ともかくちゃね、日帝滅ぼすためなら手段エラパない」
「生意気なこと抜かすな」
「おれもやるたけやる。いつか共闘しような。アリラン」
 最後にひときわ高くジャンプして、男の子の両足が砂利を踏みしめた。が、やはり転倒した。
「おれ、お前のこと忘れない。たからお前もおれのこと覚えちょ。そしたら赤い旗の下、また会える」
「ここで?」
「さあ、どこだか。でも、楽しみにしてる」
 男の子の視線がふいに上に向けられる。
「おい、見ろよ」
 指差されたほうをふり仰ぐと、夜空の高みにひとつぶの光を見つけた。由布は涙を忘れて男の子に笑いかけた。
 けれど、そこには半分埋め込まれたタイヤの列があるだけだった。

「同志書記長ほらみて。ママの好きな女郎花がある」
 子どもたちのはしゃぐ声を聞きながら公園の横を通り過ぎようとしたローザは、手をつないだ娘ー行動を共にしていた夫婦の子供で、親はパレスチナへ逃れたーが指差す先の藤棚に目をとめた。あれから何度、引っ越しただろう。あの団地はあの後父親が証拠隠滅として爆破した。母親も応戦して火炎瓶を投げた。しかし二人とも死んだ。英雄として生き、英雄として死んだ!わたしは同志の手引きで北朝鮮に逃れた。
ふと見れば、娘が手を振っている。
「お友達?」
 由布が尋ねると娘はうなずいた。
「いつもね、バイバイしてくれるから、わたしも中指突き立ててファックユーするの。あの子、同志書記長にもバイバイしてたよ」
「米帝の真似をするんじゃない!」わたしは娘をビンタした。
「す、すいません書記長!じ、自己批判します!」
由布は生垣の向こうの公園へ視線を走らせるが、いつもどおり子どもたちが遊んでいるだけだった。それでも確かに、彼はいるのだ。成仏できずに。
奴とは数年後再開した。奴は在日のパチンコ屋御曹司だった。日帝に寝返った奴の陰茎と睾丸を切断した。おそらくくたばったはずだ。
「同志書記長、あの子お友達?」
「同志ではない。反逆分子だ。わたしなりに粛清した」
 娘は何も言わなかった。
あの男の陰茎と睾丸は切断した。睾丸はシチューにして喰った。だが陰茎はお気に入りで、いまだにしゃぶっている。サラミ・ソーセージ並みになってしまったが、捨てられないのだ。

ライオット

執筆の狙い

作者
126.224.190.247

暇つぶし

コメント

弥々丸朗
60.45.49.53

反革命分子にハサミ突き立ててガムテープで封したのは由布なんですか? 母何ですか?
由布とローザは一人の女の子なんですか? もしそうなら都度入れ替わる意味を教えて欲しいです。
違うなら単純にこっちが恥ずかしいです。
赤って共産とかその辺のことくらいにしかわからない人間が言ってます。
世界は知るものの為だけに開かれるものでも全然いいと思うタチなんですしその世界の専門用語を逐一知ることばかりを理解とも思いたくないタチなので、世界は案外このままでいいと思ってます。
単純な情報を馬鹿に下さい。

嫌悪丸出し
180.36.120.112

一般論からして、度を過ぎた表現は規制されるべきだと思うんですよ。
ぶっちゃけ、読んでいて吐き気がするほど気持ち悪いので、もう投稿するのやめてもらっていいですか。。
何ならどこか目につく所でも何でもいいので、嫌悪感を催す小説の可能性がありますとか何なり一言書けばどうですか。
過激なことを言ってる俺芸術家でカッケーと思ってますか?
あなたの小説は二度と見たくないので、目に見える所に印をつけて下さいね。

櫻井瞳
60.155.199.121

冒頭は綺麗な文章だったと思いますがそれ以外は破綻してたと思います。自動書記だとしても流石に見るに堪えないものでした。まあ、実験作だからと言われたら、何も言えなくなるのですが。次はもっと、読者を想定したものを読みたいです。おそらく才能は、あるのではないでしょうか。

偏差値45
219.182.80.182

故意なのか。推敲していないのか。
分からなけれど、普通の日本語の方が良いですね。
最初に思ったことは、方向性がつかみにくい作品ですね。
簡単に言えば、物語の世界観です。
時代は? 場所は? フィクションでもあっても現実に近いのか、遠いのか。
または、まったくのファンタジーなのか。パロディーなのか。そんなことですね。

冒頭、>由布の家では
うーん、これはないかな。由布が個人名なのか地名なのか。よく分からない。
このサイトでもよくあることで、解釈が二つ生じるようなものは避けた方が良いです。

全体的には違和感のある表現は問題かな。
例えば、
>「す、すいません書記長!じ、自己批判します!」
なにかのパロディーですかね? 分からない。
よりスムーズな文章の流れが良いと思いましたね。

文章のアラが目立って、読書を楽しむ、という雰囲気ではなく、
むしろ、僭越ながら添削してしまう心理になってしまいますね。
つまり、より丁寧に書いた方が良いと思いました。

126.224.137.28

>嫌悪丸出し

上等だよ。テメエみてえな万年太宰至上主義者がはびこるサイトじゃねえ。
ブラックでもシックでも、ユーモアギャグが分からねえのか、この夢精野郎。
なんで過激なこと抜かせばゲージュツカ、カッコイイなんだ?
テメエみてえなボンクラ太宰童貞仮性包茎野郎は「文学は感動を与えないと」と思ってんだろうよ。
このカス野郎。くたばりやがれ

今晩屋
119.63.155.5

 そもそも、ライオットは、衝動的暴動。って作者分かってんの?
 血で血を洗う、アイルランド系。イタリア。勉強しろ。
 二度ともあっちゃならない人道無比な事がある。いろんな場所で。
 知る知らないは自由。ただ、知ると悲しい。もっと悲しいのは、どうにも出来ない。

126.224.170.245

はいはいバカですよ。
「血で血を洗う」なんて陳腐で手垢まみれの言葉言えないですから。
なぜアイルランド、イタリア限定?
ロス暴動はアフリカ系アメリカ人が起こしたけど、それはなかったことなの?
西成は?ハンガリーは?「天安門事件」も歴史的には「riot」だぜ。鎮圧されちまったから。

「市民蜂起」が鎮圧されると「暴動」と呼ばれ、政権奪取だと「革命」になるんだよ。
暴動→内乱→内戦。

どうにも出来ねえな。

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