作家でごはん!鍛練場

一陽来復

 親戚の家へと行った帰りのことだった。
 近くに有名な遺跡公園があったので、なんとなく寄ってみることにした。
 急に思い立っただけで、もちろん誰にもそんな話はしていない。
 けれども公園には『彼』が立っていた。
 彼は高校時代の友人で、名前は森と言った。いつも森と呼んでいたため、彼の下の名前はすっかり忘れてしまった。森とは喧嘩別れして以来、約十数年ぶりの再会だったため、下の名前を忘れてしまっても無理はない。
「よっ。久しぶり。」
 森は同窓会であった旧友のように、片手をあげ、笑顔で軽く話しかけてきた。
 対する俺は「森?」と声を出すのが精いっぱいで、棒立ちで真顔のままじっと彼の顔を見ていた。俺は心の底から驚いた時、こんなに薄いリアクションしかできないやつなんだと、その時初めて気づかされた。なんだか画面越しに森を見ているようで、実感が湧かなかった。
 どうしてここにいるんだ、とか、俺が来るのを知っていたのか、とか、久しぶりに会えてうれしい、とか、あの時俺を侮辱しといてよくのこのこ顔を出せたもんだな、とか、色々言いたいことはあったが、頭の整理ができなくて、今口に出すと嗚咽とともに脳みそが出てきてしまいそうだった。
 俺が黙っていると森は、
「ちょっと歩こうか。」
と、遊歩道と書かれた看板を指さした。
 気づけば俺は森と並んで遊歩道を歩いていた。
 風は冷たく、木陰は思わず身震いしてしまうほど寒い。緊張で余計に手が冷たくなる。
 かなり気まずい状況だと思うのだが、森の表情からはそういうネガティブな感情は伝わってこなかった。楽しんでいるという様子でもないが、少なくとも俺よりは心穏やからしい。
「俺さ、今動物園で働いてるんだ。」
森は唐突に自分のことを話し始めた。
動物園で働いていると言っても飼育員ではなく、事務の仕事らしい。
「お前が動物好きなんて知らなかったな。」
「動物はね、本能に正直だから好きだよ。見ていて清々しい気持ちになる。」
 昔から妙な言い回しをする奴だったが、あれからさらに拍車がかかっているようだった。あえて哲学的な表現をすることで他者を圧倒し有無を言わせない。彼の頭を割ってみると、そこには脳みそではなく何か別のものが詰まっているのではないかと思う。
 森に仕事の話をされたので俺も仕方なく自分のことを話した。
 森は興味深そうに聞いていたが、ただの独身のサラリーマンの話のどこが面白いのだろうか。
「俺達の立場が違っていたら、俺が君の会社にいたかもしれないし、君が動物園にいたかもしれない。俺が得られなかった人生を君が歩んでいる。すごく面白いじゃないか。」
 俺は森がそういう類の発言をした時には、古代ギリシャの哲学者と話していると思いながら話を聞き流していたことを思い出した。古代の人間と現代の人間では、価値観が違って当然なのだ。

 10分ほど歩くと広場に出た。
 広場の先には貯水タンクがあった。貯水タンクは半地下式になっていて、そばにある階段で上に登れるような形になっている。森がその階段を上り始めたので俺はおとなしくついていった。少し下から見上げる森の背中は、そのまま空へと消えてしまいそうな儚さだった。
階段を登り切った先は展望台になっていて、遠くの海が見渡せた。
 俺は柵にもたれかかって風の音を聞いていた。ざわざわと共鳴する木々の音が水の音のようにも聞こえ、水の底から空を眺めているような気分になった。
 俗世から隔離され、文明的なものが遠くへ行ってしまったような感覚。
 貯水タンクの上でさえなければもっと良かっただろう。
 森は俺のそばに黙って立っていたが、風が途絶え、あたりが静かになるとゆっくり低く静かな声で、俺を諭すように語りかけてきた。
「人の気持ちは常に何かに左右されているんだ。悲しい曲を聞いたら悲しい気持ちになるし、寂しい話を読めば寂しい気持ちになる。つまり、俺がお前にあんなことを言ったのは何かに影響されたからに過ぎなくて、俺自身がそう思ったわけじゃあないんだ。」
 森が言う『あんなこと』とは恐らく、俺達が仲違いする理由となった俺を侮辱するようなあの発言のことだろう。
 あの時は確かにむかついたが、大人になった今では若気の至りとして片づけてやらないでもない、とそう思っていた。俺だってその時のノリとか勢いでつい口走ってしまって後悔することもある。ましてや子供なんて脊髄反射で生きているようなもんだ。
 しかし、なんとも言い訳がましい森のその言動には俺は呆れてしまう。
「じゃあ今俺にそんなことを言っているのは、何に影響されたんだ?」
 鈍い森にも皮肉だと分かるように、嫌味ったらしくねっとりとした口調で質問を投げかける。
 しかし森はそんなことはお構いなしに、自分の世界に浸っているようだった。
 その目は俺を見ているのに見ていなくて、まるで自分は今遠いところからお前に語り掛けているんだと言わんばかりだった。
「暗闇だよ。」
 森がそう答えたのは俺が質問してすぐだったかもしれない。けれど俺にはずいぶん長い間だったような気がして、さっきの皮肉に対する回答だと気づくのに時間がかかってしまった。
「自分の気持ちが知りたくて、何もない暗闇に閉じこもってみたんだ。そしたら何だか君の顔が浮かんできて、あの時君に言ってしまった言葉が胸に突き刺さったままだったことを思い出したんだ。」
「……よく分からないけど、後悔していることだけは分かった。」
 それから森は、動物たちのように気持ちを正直に表現するのがどれだけ難しいことなのかを語りだしたので、俺はそれを制した。
「そんなぐだぐだ御託を並べて遠回しな言い方しなくても、俺はただ一言だけが欲しいんだけど。」
 俺の言わんとしていることが通じたようで、森は急にばつの悪そうな顔をした。
 それから小さな声で「ごめん」とだけ呟いた。
 そこから俺達の間に特に会話らしい会話はなく、黙ったまま遊歩道をぐるっと回って元の場所へと戻ってきた。
 何だか肩の荷が下りた気分だった。森と会うまでは喧嘩のことなんて忘れていたはずなのに、こんなに清々しい気持ちになるなんて、実は心のどこかでくすぶっていたのだろう。
 森に感謝の言葉を伝えると、何とも言えない表情を浮かべていた。
「何といえばいいのだろう。心が複雑なのはあまり良くないと思っていたけど、少し悪くない気がしたよ。」
 
その公園で別れてからは森と会うことはなかった。
人の気持ちは常に何かに左右されている。森がそう言ったように、俺もあの日の森に左右されて生きていく。
暖かい日差しが俺を包み込む。
季節はもう春だ。

一陽来復

執筆の狙い

作者
114.170.124.182

初めて投稿します。
冬から春になる話が書きたいなと思い、バッと書き上げたものです。

コメント

偏差値45
219.182.80.182

タイトル『一陽来復』
意味を知らない。ゆえに意味がない。
内容的には『和解』『仲直り』かな。
仲直りすることで清々しい気分になるのは理解できますね。

しかし、ケンカをしてしまうと、わだかまりが残ってしまう。
それを水に流すことは簡単ではありません。
特に現代社会では、『和解』『仲直り』なんて面倒なことはする必要ないですからね。
そのまま縁を切れば良いのですからイージーで良いです。
人間なんてごまんといるわけで、ある特定の人物にこだわりつづける必要がないのです。

>人の気持ちは常に何かに左右されているんだ

哲学、宗教、心理学、自己啓発なんてそうかもしれない。
ただ個人的には心とは食べ物で出来ていると思っています。
良い食べ物を食べると、心は豊かになります。
悪い食べ物を食べると、心は貧しくなります。

ぼくの心はココアとコーラで出来ている。
だから、ココラとコーラが好きな人はたぶん、ぼくと同じ気持ちになるのだ。

と与太話をしたところで、感想です。
気になる点としてどうして不仲になってしまったのか?
その時の回想があっても良いとは思いました。

>「自分の気持ちが知りたくて、何もない暗闇に閉じこもってみたんだ。そしたら何だか君の顔が浮かんできて、あの時君に言ってしまった言葉が胸に突き刺さったままだったことを思い出したんだ。」

この部分、読者も分からないので、その点は語り手が補足があっても良かったと思ったのですが、語り手がポンコツで説明していないので、なにが言いたいのか、さっぱり分からないのは、問題ですね。この小説のコアになる部分ですからね。それが分からないわけですから、
読んでいても得るものがないです。

全体としては短くて、読みやすいのは良かったと思いました。
次回作も期待しております。頑張ってください。

大丘 忍
153.186.197.93

森が、昔どんなことを言い、どんな態度をとったのかの具体的な描写がないので、再会した現在の文章が空疎のように思える。ここらは一工夫が欲しい。

114.170.124.182

偏差値45様
お読みいただきありがとうございます。
ご感想とても参考になりました。

114.170.124.182

大丘 忍様
お読みいただきありがとうございます。
ご感想を次に活かせればと思います。

さくらん
119.24.135.139

森の発言があえて哲学的な表現をすることで他者を圧倒し有無を言わせないような言葉に感じなかったです。
でも全体の雰囲気はとても好みでした。次も楽しみにしています。

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