作家でごはん!鍛練場
sugar

テレフォン

たまごをゆでていると、電話が鳴った。ゆでたまごをつくるときってたいてい暇なものだ。
水が沸騰するまではなにもすることはないし、沸騰した後もこれといってすることはない。でも時間はきちんと測らないとね。卵のゆでかたっていろんな好みがあるけど、ぼくは沸騰してからきっかり8分が好きだ。ちなみに目玉焼きは醤油をかけるのがすきだ。
ともかくお湯が沸いてからちょうど5分がたったところで、電話が鳴った。残された時間はたった3分間しかない。
もしもし、高梨君? と受話器の向こうの声は言った。なにかを決心するような、急激に息を吐き出すような声だった。彼女はたぶん寒いところにいるんだろう、と僕は思った。
はい、そうですが と答えながら、ぼくは相手がだれなのか必死に考えたけれど、
どうしてもわからなかった。どなたですか? それからしばらくの沈黙があった。
そして電話は切れて、キッチンタイマーが鳴った。
その瞬間にぼくは電話の相手がだれだったのかを理解した。遅かった、と後悔しながらぼくはすこしゆですぎたたまごの殻をむく。

好きな人を自転車で追い越した。といっても中学生のころに好きだったひとだ。
むかし、というほどでもないけれどずいぶん前のことね、と彼女は心の中でつぶやく。
青いセーターを着ていた。中学生のころより太っていたし ずいぶん変わっていたけれど、追い越した瞬間すぐにわかった。あとから思ったのだけど、あのとき自転車を降りて
ふつうに声をかければよかったのだ。なんで追い越しちゃったんだろ。
彼女は買い物の途中だった。ブロッコリーとベーコンと卵を買いに行くのだ。
ほんとは今日は別の予定があるんじゃなかったっけ?買い物してていいのかしら、
とどこかで思いながら彼女はペダルを漕ぐ。そして、さっきの出来事に思いがけずどきどきしていることに気づく。


電話って便利なものだ。距離も時間も、色々なものを埋めてくれる。
ただ僕のうちにあるのは亡くなったおじいちゃんから受け継いだ黒電話で、黒電話にはリダイヤル機能なんてない。つまり、相手が誰だかわかってもかけ直してくるのを待つしかない。(かかってくるかさえわからない電話を待つなんて!)
さっきの相手は中学の同級生だった。一度だけ同じクラスになったことがあるはずだけど、ほとんど記憶になかった。というより、思い出すべき何か重大なことがあるはずなのに思い出せないでいるような気がする。
彼女は少し切迫したように「高梨くん」と僕の名前を呼んだ。電話が切れた瞬間に僕はその子のことを思い出した。僕らのあいだにはかなりの時間が流れているし、お互いが今どこにいるかさえわからない。けれど、何かしら運命のようなものに強引にひっぱられるように、僕は彼女のことを思い出そうとする。

彼女は急ぎ足でスーパーマーケットの中を歩き回っていた。今日は中村さんと食事に行く約束をしていたのだ。中村さんは友達に紹介された人で、痩せていて、いつも青いジャケットを着ている。感じのいい人だ。何度か友達と三人で食事をして、今日は二人で会いましょう、ということになっていたはずだ。彼女は中村さんについてそれ以外のことをまったく思い出せなかった。
いくら思い返そうとしても、どうしても頭の中に青いセーターの彼のことが浮かんできてしまう。まさかこんなに近くにいるなんて思わなかったけれど、私と彼との距離は中学の頃からあいかわらず、限りなく遠いままだ。
ふいに「僕のおじいちゃんが黒電話を持っててさ」という彼の声を思い出した。どんな話の流れだったかは忘れたけれど、その電話番号の語呂合わせを彼は笑いながら教えてくれたのだった。
それはたとえるなら、古びた鍵のようなものだった。私が番号を間違えて覚えているかもしれないし、黒電話が今も使われてる可能性なんてほとんど無いに等しいだろう。こんなものでドアが開くはずはない、と思いながら私はおそるおそる番号を打ち込む。
そうしながら私は、今夜中村さんとは会わないだろう、と思っていた。断りの電話もしないし、そのことを後悔したりしない。(これが運命の再会、なんていうものだとしたら中村さんと出会ったのも、もうひとつの運命なのだ。もしも運命、というものが私たちを支配しているなら、私はそれを勝手に乗っ取って、悪びれもせずに切り捨てながら生きていくだろう。)


頰があかくなるのがはっきりわかった。ほとんど瞬間的に、僕と彼女のあいだに何があったかを思い出したからだ。
正確にいえば僕と彼女のあいだには何もなかった。ただ僕が一方的に好きだっただけだ。
教室の斜め前の席とか、彼女のブラウスの胸元とか、ありふれた光景があざやかに蘇ってくる。そこには彼女の声があって、彼女の二重の瞼があって、決して触れることのできない
まつ毛の柔らかなうねりがあった。そのすべてがたった数年前のことのようだったし、手を握りしめればまだそのときのあたたかさが残っているような気もする。僕はなんでこんなことを忘れていたんだろう、と思った。
電話がなった。ひったくるように受話器を取った。黒電話に多少の傷がついたって、そんなのはどうでもいい。懐かしい声が流れこんでくる。まるで中学生のころの声を聴いているようなくすぐったい気持ちだ。恥ずかしい。さっきから顔を真っ赤にしっぱなしだ。
それでも、今の僕はあのときとはちがう。今なら言える言葉も、あるのかもしれない。
叫びたいような、受話器を放り投げたいような衝動を必死に抑えながら、僕は受話器にかじりついている。

待ち合わせの駅前に彼はまだ来ていなかった。中学のころに好きだった人と会うなんて、
なんだか変な気持ちだ。たぶん彼は青いセーターを着て、少し息を切らせながらやってくる。そうしてお互いがどれくらい変わったか、みたいな話をして、でも私はそんなことじゃないことを知りたくてちょっと焦ったりするだろう。
ありきたりな思い出話よりも、どんな映画が好きかとかゆで卵は半熟の方が好きかとか、そういう話をしたいのだ。彼もきっと同じ気持ちでいてくれたらいいな、と思いながら私はスカートを軽く握りしめている。

テレフォン

執筆の狙い

作者 sugar
116.70.164.135

✳︎

コメント

夜の雨
60.41.130.119

なかなか瑞々しい作品ですね。
きっと作者さんは感受性が豊かなのだろうと思います。
話の流れを簡単に説明すると、高梨がゆで卵をゆでていると電話がかかってきた。
それは中学生のときの同級生であるA子からだった。
という導入部です。
このあとそのA子(私)(彼女)と高梨(彼、僕)との話が交代に書かれています。

A子(彼女)が高梨に電話をかけたのは自転車での買い物途中で中学生のころに好きだったひと(高梨)を追い越したことがきっかけになっている。
突然のことだったのでA子は高梨に声をかけることが出来ずにいた。
それで中学生当時に高梨が黒電話の番号の語呂合わせを笑いながら教えてくれたのが頭の片隅に残っていたので、A子は電話をかけたのだった。
その日A子は中村さんと食事に行く約束をしていたが、高梨の存在が急浮上してきた。
A子は高梨に運命を感じて、中村さんとは、逢わないことにした。それも運命である。
A子が再び高梨に電話をかけ、二人は逢うことになった。
彼女は、ありきたりの思いで話よりも、現在の彼のことを知りたかった。

だいたいこんな内容ですが、御作は読みにくいですね。
それでだいぶ損をしています。
話の状況がわからないままで二人の人物が「ぼく」「彼女」「私」「僕」「高梨」というような書き方で話が進んでいます。
御作は話を読み進めると状況が広がってわかる仕組みになっています。
一人称の二視点の書き方になっているのですよね、だからそこに第三者である中村さんを「青いジャケット」で出すとわかりにくくなります。
高梨が「青いセーター」なので。
どちらも青に絡んでいるので、一読だとわかりにくいということです。
二読目でわかりました。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
御作の中身は上にも書きましたが瑞々しい雰囲気が漂っています。
これは日常の風景の中に主題である初恋のようなものが語られているからだと思います。
登場人物の二人のキャラクターのドキドキ感もよく出ていました。
このあたりはエピソードで書いているので説得力があります。

ラストの下記も話が前向きになっていてほほえましいです。
―――――――――――――――――――――――――――――――
ありきたりな思い出話よりも、どんな映画が好きかとかゆで卵は半熟の方が好きかとか、そういう話をしたいのだ。彼もきっと同じ気持ちでいてくれたらいいな、と思いながら私はスカートを軽く握りしめている。
――――――――――――――――――――――――――――――
ちなみに二人の間に「ゆで卵」のエピソードをさりげなく伏線として書いておくとよいですね。
弁当にゆで卵が毎日入っていたとか。
御作を読むと「卵」のことがよく描かれているので、そう思いました。

それでは創作活動頑張ってください。

偏差値45
219.182.80.182

真面目な文章なので好感が持てますね。
しかし、短い文章にもかかわらず、視点変更がある為に読みにくい。

>テレフォン
タイトル、、、ちょっといまいちかな。
自分だったら黒電話の方がしっくりきますね。

>たまごをゆでていると、電話が鳴った。
この一文だけで村上春樹の影響かな、とは思いました。

>電話が鳴った。
>キッチンタイマーが鳴った。
>電話がなった。

最後だけ「ひらがな」、なにか意味があるのかな?

>ちなみに目玉焼きは醤油をかけるのがすきだ。
これは必要ないかな。ゆでたまごで話を統一した方が良いと思いました。

>その瞬間にぼくは電話の相手がだれだったのかを理解した。
「理解した」でも間違いではないと思いますが、「思い出した」「思い浮かんだ」
の方が自然のような気がしますね。

>遅かった、と後悔しながらぼくはすこしゆですぎたたまごの殻をむく。
ちょっと感覚のズレがある内容かな。ゆでたまごの殻をむくのは、ある程度冷えてからの
方が剥きやすいですからね。熱々のゆでたまごはとても剥きにくいと思いました。

>好きな人を自転車で追い越した。といっても中学生のころに好きだったひとだ。
視点変更と回想ということでしょうけど、ちょっとやり過ぎですね。
一読者としては方向性を掴む、という脳内作業をしないといけないからです。
作り手にとってはイージーであっても読者にとってはハードなのです。

>ほんとは今日は別の予定があるんじゃなかったっけ?買い物してていいのかしら、
「たっけ? 買い物してて」 一文字スペースが必要ですね。

とりあえず、内容は伝わっているので良いと思います。
全体としてはもっとストーリー重視にして欲しかったですね。
問題があるすれば、どこが面白いのか、分からない点ですね。
次回作にも期待しております。頑張ってください。

アホか
1.72.8.130

青柳
2019-04-20 00:13
116.70.164.135
掌編 不可逆

sugar
2019-05-04 23:22
116.70.164.135
✳︎

ご利用のブラウザの言語モードを「日本語(ja, ja-JP)」に設定して頂くことで書き込みが可能です。

テクニカルサポート

3,000字以内