作家でごはん!鍛練場
ひとみ

調色板の歯車

     第一章
 この街の者はボロ屋に住んでいた。朝の光は真っ直ぐに入ってくるし、鼠は食べものを探すのに人の目など気にしていない。建物はいつ壊れてもおかしくない状況だった。対して街の外側にある壁は厚くて硬い。それがぐるりと家々を囲み、錆びた色の巨大な門まであった。一年に一回の開閉時には、歯車をギィギィと鳴らし、連れてくる突風とともに波のように住居を揺らす。それが住人の日常だった。しかし、生活に窮していた訳ではない。建造物はそれが一般的であると国に定められたものであった為、格差はなかった。また、家で出来た作物を食堂──揺れが一番少ない街の奥にある──に持っていけば豪勢な食事にありつける。食堂は街中の笑い声が集まり、住民の生活は豊かであった。
 コインはテーブルにばらまかれた三枚の銅貨が激しく音を立て始めたことで目が覚めた。彼が恐らく酔っ払って開けただろう無数の穴ぼこからは光が漏れだし、塞ぐようにかけられた白いシャツが揺れに合わせてチカチカと部屋に朝を知らせていた。しばらくして落ち着くと、起き上がり、服を着替えて、その上から鼻歌交じりによれた茶色いコートを通した。身支度を整えたあとに残ったのは殺風景な部屋とそこら中に散らばった光の斑点。鼠や新しい住民の家になるのだろう。
 扉を開けると外は食事どき、華やかな賑わいはコインの耳にも届いていた。小銭を握りしめた少年やバスケットを野菜で飾った老夫婦。皆、楽しそうに食堂に向かっている。逆側では、のんびりと門が大きな口を開けていた。二人の旅人が見えた。ようやく使命を終えたのか、立ち尽くし、どちらも疲労を顔に浮かべている。ボロボロの白いコートは壮絶さを語るようだった。彼はそれを横目で見ながら、振り払うように流れに足を踏み入れた。また門が揺らぐ前に。
  
 食堂はいつもの盛り上がりがあり、体を捻らせて歩いた。顔見知りが多くなった店は今では、観葉植物が置かれただけの角側、しかし全体が見渡せる彼の定位置がしっかりと確保されていた。
 コイン、昨日は凄かったな。こっちに来てまた飲まないか。という声に、彼はパタパタと手を振っただけで笑顔で返した。それから用意された椅子に勢いよく座り、パイを注文し、頬張った。汚れを気にしなかったのか、欠片がシャツやズボンに落ちている。
 ふと男が歩いてきた。色の違う真っ白なコートだが、コインと同じ格好で、銀ぶちの眼鏡をかけた切れ長の青年である。混み合う場所に当てられたシャツを丁寧に指でつまんで直し、不満げに咳払いをして言った。
 「集合時間に来ずに、なにをしてるんですか?」
 集合時間。慌てて彼はズボンのポケットにあった時計を確認した。時間は六時で止まり、秒針は同じところで震えていた。
 「こんな早くに集まるのか?」
 「それ、昨日、貴方が飲んでた時間を指してるんですよ」
 「おいおい、店は開いてねぇよ」
 コインの滑稽にも見える余裕と狼狽に大体、彼も察したようだ。ため息混じりに踵を返した。焦り、言葉だけを遅らせながらコインは引き止めた。しかし、一瞥されただけで、彼は人の動きに戸惑いながら、うぅと唸っただけだった。周りに茶化されながら後を追ったコインからは、来た時の余裕は消えていた。
 
 店を出てから彼を探すのに、苦労はしなかった。白いコートは旅人の礼服。それを汚れが一つもない状態で着ているのは珍しかった。だが、空腹の群衆の中では目で追うのがやっとだ。普段は明るく仲間と会話する通りも、逆方向に歩けば足を踏まれないように、体を流されないように注意するのが精一杯だった。向こうは早足なのか、風のように隙間をすり抜けていってしまう。
 やがて波に溺れる寸前のところで彼の肩を掴むと、もうなにも言えなくなってしまっていた。手を膝に置いて、息を整えて、顔を上げると街の入口に来ていた。相変わらず門は剥き出しの歯車の装飾に、大口で鎮座している。気づくとすっかり波の根元を通り抜けたようだ、辺りには彼を含め礼服を着た四人の男女しかいなかった。
 「落ち着きましたか?」
 そう言う目の前の男も酷く具合が悪そうだ。口を押さえて、人混みが苦手なもので、と付け加えた。
 「あんた何者なんだ?」
 「自己紹介は昨日、軽く済ませたはずですけど。集合時間と一緒に」
 顔色は戻っていたが、またも冷ややかな目をコインに向けた。
 「酔っ払ってたからな、聞いてなかったんだ。悪かったよ」
 「・・・まぁ良いです。では改めて自己紹介を。僕はグラス。向こうに見える三人は僕たちと旅をする仲間ですよ」
 と門のそばで談笑する三人を指さした。精悍な面構えの老紳士インク、落ち着いた雰囲気の若い女性ローズ、大人しそうな少女フュエル、それぞれ紹介された順に握手を交わした。聞けば全員、初対面のようだが、コインを待っている間に彼らは距離を少し縮めたようだ、表情に余裕が見える。数日前の王の謁見以来、五人班を組んで旅に出ることは聞かされていたが、多様な者と組むことになるのはコインにとっても未知だった。
 「この支給品はコイン殿の分だ。腕に装着してみてくれ。サイズも合うと思う」
 旅の先導役だと言うインクから手渡されたのは濃い碧色のガントレット。右手にはめてみると手首にチクッとした痛みと共に、真ん中に据えられた球体が青く光った。
 「王命により、それを使って五国にいる依頼人を延命し、報酬を受け取る事が我々の旅の目的となる」
 「延命?そんなことが可能なのか?」 
 「ああ、そういう代物だ。使用は原則一人につき一回限り。大事にしてくれ」
 仲間たちも理解しているらしい。横を見ればポツポツと光を灯していた。なぜかインクの球体だけは赤く光った。隊長だからな、と言葉を濁した。
 「そうだ、コイン殿。コートはそれでいいのか?」
 「あ、ああ。綺麗好きだからな。白だと汚れが目立つだろ」
 「ふふ、分かった。では皆も準備が整っているようだし・・・旅立つとしようか!」
 インクが手をあげると後を追うように門が閉まり始めた。排出物のように巻き上げられた砂煙には、故郷の温かさが含まれていて、コインは思わず目を閉じてしまった。再び瞼をゆっくり開けると今まで塞がれていた世界が広がった。遠くに森と切り立った丘、仲間の声しか響かない空間。やがて帰る国を背に、コインは目を輝かせていたのだった。

調色板の歯車

執筆の狙い

作者 ひとみ
60.158.192.73

前回「奇怪な国(冒頭部分)」として掲載したものを加筆修正したものです。
引き続き、小説はこれが初めてなので何か気になるところがあればコメントを頂けると、とても嬉しいです。
大まかな流れとしては3つ。
●内容は全体を通して旅人が習わしや考えの違う国や人に触れていく物語です。
●一章あたり2500~3000字。合計で3万字の短編を考えています。
●視点は三人称、コインを主軸に置いてます。描写は多めに、読みやすければペースは遅くてもいいかなぁ、と今のところは。
固有名詞は人物に重点を置きたいなどの理由で付けません。五国は色で統一しようと考えています。

よろしくお願いします。

コメント

四月は君の嘘
219.100.84.36

画面ながめて、目についたところで・・

>コインはテーブルにばらまかれた三枚の銅貨が激しく音を立て始めたことで目が覚めた。

↑ キャラ名が「コイン」な訳なんだけど、
この書き方(=そのキャラ名初出の文章内に「銅貨」が出てきている)だと、

読み手は、“んなことはまさなかいだろうけど……”と思いつつも、一応、
“コイン ≒ 貨幣の擬人化とか、貨幣に宿った人格とか?”ってな線も、
ちょっと考慮させられる。

そっちに渋々頭の中身さかれる感じで、フラットな気持ちですんなり読めない、移入しきれない。。


キャラ名は「コイン」でもいいのよ。

問題なのは、「そのキャラ名初出の文章内に、わざわざ銅貨が出てきて、まぎわらしくさせてる」その1点なんで、、、

銅貨が出るより以前に「本作中の登場人物の名前が、コインであることを記しておく」だけ。

ひとみ
126.33.150.54

四月は君の嘘さま、
今回も目を通して頂きありがとうございます。気になった所だけでも構いません。

「コイン」と「銅貨」はある種、注意を向けて欲しいために、狙ってやってるので離せませんが、確かに紛らわしいのかもしれません。その点は修正も視野に入れておきます。

ありがとうございます。

偏差値45
219.182.80.182

自然の流れではないかな。
簡単に言えば、「?」が多いわけです。
「?」が少ないとスッキリハッキリクッキリと頭の中に文章が入ります。
医学や法学という学問は、専門用語が多くて一般人にはよく分かりません。
つまり読者としては「?」が多いからです。

四月は君の嘘さんのコメントにもありますが、
「コイン」「銅貨」、、、やはり避けるべきものですね。
もちろん、名前だとは認識できても、違和感があります。
それは自然な流れに反しているのですよ。

>鼠は食べものを探すのに人の目など気にしていない。
これはない。鼠は人の気配だけだけでも逃げるものです。
もちろん、この世界では逃げないのでしょうけど、自然ではないです。
ファンタジーの世界で言葉を話すような鼠ならば別格ですけど、
そこまでの世界観が構築されていないので、違和感があります。つまり手順前後。

>この街の者はボロ屋に住んでいた。
>しかし、生活に窮していた訳ではない。
イメージをちぐはぐにする内容なのでイケてない。
最初の「ボロ屋」という言葉が強いのですよ。

>建造物はそれが一般的であると国に定められたものであった為、格差はなかった。
言っている意味はなんとなく分かりませんが、スッキリしませんね。
あえて言えば、どーでもいい情報のような気がします。
こういう文章を冒頭をもってくるのは危険ですね。
なぜなら、読者が逃げてしまうからです。

>また、家で出来た作物を食堂──揺れが一番少ない街の奥にある──に持っていけば豪勢な食事にありつける。
分かりますが、イケてない。世界観を伝えたいのでしょうけど。
こんなことよりも、キャラを動かせたいですね。
「豪勢な食事」とありますが、ここは具体的に料理のメニューを書いた方が
より良い気がしますね。
そして「揺れ」ついても具体的な状況説明でやった方が良いと思います。

>ボロボロの白いコート
分かりますが、、、、。もう少し言葉を考えたいところです。
そもそもボロボロという言葉と白いコートという言葉の相性が良くないかな。
くたびれた白いコート、古ぼけた白いコート、どか。難しいですね。

ここまでですね。
ちょっと真剣になって読むような内容ではない気がしますね。
読者の「ツカミ」を意識した方が良いです。

ひとみ
119.26.170.93

偏差値45さま、目を通して頂きありがとうございます。

多数の指摘、感謝してます。意見を聞いた上でもう一度、冷静に見て自分が必要ではないと感じた部分だけ修正したいと思います。

ありがとうございました。

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