作家でごはん!鍛練場
井口 剛

リベンジ

十一月の初頭、木漏れ日が僅かに差し込む埃っぽい部屋のソファーで、テレビのニュースを唇を噛み締めながら睨み付ける男が佇
んでいる。男の名は佐伯博四十三歳。髪は緩くウェーブがかかり、目は物悲しそうだが眼光は鋭い。
ニュースに流れているのは通り魔による女児の殺人事件である、男は手にした煙草の灰が落ちかけるのも気にせず、テレビを凝視
していた。博には六年前迄、今回の被害者と同年齢の娘、薫がいた。薫は十七歳の少年の性欲の捌け口とされ無残な姿で発見され
た。
犯人の少年は未成年の為、少年院送致となり死刑になることは無かった。妻とは事件の後、ギクシャクした関係が続き半年後離婚
した。
昭和から平成の時代になっても、博と同じ境遇に身を置く親御さん達は後を立たない。こんな苦しい思いをする遺族は最後にする
べきで、今こそ鉄槌を振るうべきだと博は固く心に誓うのであった。
土曜の昼下がり、とある海辺の公園にて博は遊歩道を散策する家族連れをぼんやりと眺めていた。曾ては自分もあんな幸せな時も
在ったんだとしみじみと懐かしさに耽っていた。その時、背後から「久しぶり、どうしたの? ぼんやりして!」と、聞き覚えの
ある声がした。高校時代の後輩、杉田美樹だった。四十代で高校生の娘がいるようにはとても見えず、まるでCAの様な容姿だ。
卒業後は市役所に勤めている。美樹とは逢う事は殆ど無く、たまに電話やメールで近況報告する程度の仲で、薫が殺されてからの
精神的に不安定な時に相談に乗って貰ったりしていた。 「なんだ美樹だったのか!? 脅かすなよ! お前こそ、こんなところで
何してんだよ」 「アタシはね、子供のお迎えに呼び出されたんだよね」 「ところで先輩、あれから少しずつでも前向きに過ご
されてますか?」 「ああ、まあ出来るだけ考え無い様にしてるっていうか、仕事で気を紛らわしてる状態かな」 と博は心
の怒りを抑え、穏やかな笑顔でその場を取り繕った。 美樹を犯罪に加担させる訳にはいかないが、役所勤めという事から、住基
ネットを利用して情報を手に入れる為には致し方ない。 「久しぶりに会えて良かったよ。旦那とも仲良くしろよ、じゃぁ気
をつけてな!」 「先輩••• 美樹には判っていた。博が表面上いくら穏やかな雰囲気を醸し出しても、犯人に対しての憎悪が
心の奥底で煮えたぎって収まらないのを。美樹と別れた後、博は古びた町工場の一画にある平屋の民家に入って行った。
その場所は自宅とは別に三年前から借りている事故物件である。何故、博がそんな物件を借りているのか?ある目的の為である。
罪なき理不尽な殺されかたをした被害者に替わって血の制裁を施す為に借りているのだ。部屋の間取りはガレージと一体の十二畳
のリビングと六畳の和室、キッチン、バストイレだが殺風景なほど生活感は無い。ガレージの一角には裸電球一つと床にボルトで
固定された金属製の椅子があり、片隅にはガス切断機と酸素とプロバンのボンベも見てとれる。壁には防音材が張り巡らされてい
る。薫の事があってから、いつの日か制裁をと部屋を少しずつ改造し、そこはまるでキューバのグアンタナモ収容所を連想させる
作りになっていた。 博はこれ迄、入念な下調べと共に肉体改造の為、イスラエルの軍隊式格闘技クラヴ・マガの習得に時間を
費やして来た。それまでは何処にでもいる中年のメタボな容姿だったが、体脂肪率五%に迄身体を絞っていた。何故ならこれから
の事には精神的には勿論、強靭な肉体が不可欠で並みの人間なら精神崩壊しても可笑しくないからである。 深夜三時頃、自宅に
戻った博はカップ麺を啜り、シャワーを浴び翌日の予定を考えながら床についた。昼前に目覚め、バスルームで冷水と温水を交互
に浴びてると意識が研ぎ澄まされていくのを感じる。 冷蔵庫から取り出した五百gの牛ヘレ肉を刻んだガーリックと共にオリー
ブオイルで軽く炙り、オレンジジュースで胃に流し込んだ。渡邉敏宏、薫の命を奪った鬼畜野郎。こいつだけは絶対に社会に戻す
べきでは無い。昼過ぎから渡邉の保護司をしていた堀田の動向を探りに出掛けるつもりだ。 渡邉は今年で二十三歳になるが名
前は養子縁組をして河田に替わっている。 堀田の自宅は車で一時間位の処にある、周りは山林と田畑に囲まれた長閑な場所
だった。堀田は地元の新聞社の編集長をしていた。現在は現役を退いた七十前の初老だ。河田こと渡邉敏宏の情報を聞き出すには
堀田に頼るしかなかったが、堀田には恨みは無い為、出来れば手荒な事はしたく無かった。 約一ヶ月後の午後八時過ぎ、駅か
ら程近い雑居ビルから出てくる堀田の姿があった。博は堀田が月極めで借りている立体駐車場の柱の影に佇んでいた。程無くして
車に乗り込もうとしている堀田に背後から声をかけた。 「堀田進さんですよね!」 堀田が振り向こうとした瞬間、博はお手製
のブラックジャックで後頭部を一撃した、崩れ落ちる堀田を静かに横たえた博は、素早く手足を結束バンドで縛り、猿ぐつわを咬
ませ、麻袋で頭部を覆い、堀田自身の車のトランクに押し込んだ。 秘密のアジトに戻り、トランクから堀田を抱えると床に固定
された椅子に座らせた。両手は後ろ手にし、手錠で椅子と繋いである。博も目出し帽を被り、アンモニアの刺激臭の入ったビンを
持ち堀田の鼻先へ持っていく。徐々に堀田の意識が回復していくのが見てとれた。 博はゆっくり背後から落ち着いた声で 「堀
田さん、あんたには情報を提供して貰いたいと思いましてね」 「渡邉敏宏はご存知ですよね、あなたが担当者なんですから。
今は河田って言うんでしたっけ!?」 「俺は奴の所在が知りたいだけなんですよ。庇うに値しない奴だとお分かりでしょう?」
堀田の前に回り込んだ博は頭を覆っていた麻袋を脱がし、猿ぐつわも外してやった。 「何故、ワシにこんな事を、必ず後悔す
る事になるぞ!」 堀田は薄くなった頭皮から脂汗をたらし、目出し帽姿の俺を睨み付けていた。 「随分と威勢がいいですね、
いつまで持ちますかね?」 そう云うと床に固定されているボルトを緩め、椅子ごと後ろに倒し、二枚重ねのタオルを顔に被せて
ペットボトルの水をゆっくりとタオル全体に掛けていく。C.I.A.が使う初歩的な尋問手段である。 「うぐぅうぐぅげぼぉぐぉ
ぼぉ」 堀田は激しく噎せかえり胸を波打たせた。「話す気になりましたか?」「情報さえ出してくれれば、直ぐにでも解放し
てもいいんですよ」 そう言うと再びペットボトルの水を顔に浴びせていく。堀田は激しく頭を振り、水を含んだタオルを振りは
だこうと、もがき苦しんだ。「話す、話すからもう、勘弁してくれ」 「奴は何処にいる?」 「河田、いや渡邉は三重県のA市
の漁村にいるらしい。地元のスナックの女と一緒に暮らしてる。ワシが知ってるのはこれだけなんだ」 「一応、信じてやる
よ。確認だけはするけどな」と云うと、椅子を元に戻し目隠しをし、死なれては困るので柱に二十リッターのウォーターサーバー
をくくりつけ、ペット用の水分補給の要領で口元迄チューブを垂らしてやった。「幾ら叫んでもこの部屋は防音だから諦めるんだ
な」そう告げると部屋を出て行った。 自宅に戻った博は明日から仕事の為、早めに床に着いた。 約五時間後の八時に起床し、
ヨーグルトとオレンジジュースを胃に流し込み朝食とした。仕事は自宅から一駅の処にある中堅の薬品の卸しメーカーである。病
院へのプローパーをしている。外回りの営業の為、時間の都合はつけやすく、情報収集をするのには適した仕事である。昼休みの
間に美樹の勤めている市役所に連絡を入れてみるつもりだ。堀田の言う通りなのかを確かめておく必要がある。翌日の昼休みに市
役所の住民課に電話を掛けてみた。「佐伯という者ですが、杉田美樹さんはいらっしゃいますか?」程なくして美樹が電話口に出
た。「先輩、どうしたんですか?職場に電話なんて珍しいじゃないですか?」 「実は知り合いがとても困っていてね、保証人に
なっていたんだが、そいつに逃げられ行方を探してるんだよ。三重県にいること迄は分かったんだけど、それから先は判らなくっ
てね。 美樹なら住記ネットを利用して調べられるんじゃないかと思ってね」美樹は急に声を潜めて「それって犯罪ですよ、私
に犯罪に加担しろって事ですか?」「保証人を引き受けた奴を見棄てられないんだよ、薫の件の時には支えてくれた恩人なんで
ね」 「少し考えさせて下さいませんか?近い内に必ずお返事しますので」と落ち着いた声で応えた。三日が経ち、日付が変わろ
うとした頃、携帯鳴った。美樹からだ。「私も捕まりたくないので慎重にしなければいけないので時間が掛かりますけど、いいで
すか?」「本当に無理を言ってすまないな、逃げた奴の名前は河田敏宏、二十三才なんだけど宜しく頼むよ。決して美樹に迷惑を
掛けないと約束するから」数日後、美樹から連絡があり、河田の現住所がA市の丘陵地帯にある市営住宅の四階だと判明した。
今週末に河田のいる三重県A市まで足を運んでみるつもりだ。金曜日の二十二時頃、A市の市営住宅を見下ろせる場所に一台のセ
ダンが止まってる。煙草の灯りでぼんやりと顔が判る。そう、佐伯博である。市営住宅は四棟からなり、中央には小振りな噴水と
砂場、遊具があった。夜なので判らないが、街灯付近に監視カメラは見当たらない。オペラグラスで四階を一棟目から順に入念に
灯りのある部屋を見ていった。十一月下旬ともなれば夜はかなり冷え込む、非常用のアルミ素材ブランケットを身体に巻き付け朝
を待つ事にする。まだ夜も明けきれぬ五時前に二棟目四階の一室の扉が開き、フード付きパーカーを着た若者が足早に階段をかけ
降りて行く。 博はオペラグラスで人相を確認しようとしたが、街灯付近に来るまで判らなかった。街灯に照らされた顔は一瞬だ
が紛れもなく河田こと渡邉に間違いなかった。堀田の言う事に間違いはなかった。午前中に河田と女の身辺調査を済ませ、堀田を
監禁しているアジトに戻るつもりである。午前九時過ぎ、博はスーツに着替え、銀縁の伊達眼鏡を掛けて市営住宅の方へ歩きだし
た。敷地の中央にある噴水辺りでは四、五人の主婦が井戸端会議に耽っていた。 博は柔らかそうな物腰でその一団に近寄っ
て「私、興信所の佐藤と云う者ですがちょっとお話し伺えませんでしょうか?」 と名刺を差し出しながら声を掛けた。主婦仲間
で最高齢と思われる六十代の女が応えた。 「何でしょうか?」「二棟目四階に住まわれている河田敏宏さんについて何かご存
知ないですかね」すると先程の女が 「そういえば越して来たのは半年位前だったかしら!? 最初は若夫婦かな?とも思ったんだ
けど、そうじゃないみたい」 「と、言いますと?」 「だって荷物の搬入だって無いし、挨拶回りにも来やしないし」続けて、
三十代の女も 「あの男、ここに来てから一ヶ月以上仕事してないみたいだし、昼間だって下の公園で遊んでいる子供を只、
眺めて過ごしてたりするからキモイんだよね」「河田さんは今も無職なんですか?」「最近になってようやく、近くの漁港で働き
始めたみたいだよ」「ところで、一緒にいる女っていうのは?」 「町の繁華街の一軒のスナックで働いてるらしいよ」 「彼
女の名前は判りますか?」「名前まで知らないけど、二十歳そこそこの派手な娘さんだよ」博は礼を言って、諭吉を三枚主婦の一
団に渡すと、足早に車に戻り、漁港へと車を走らせ河田の動向を探る事にした。河田は漁船からの荷卸しと仕分け作業を主体に仕
事をしていた。仲間内には中国人らしき男が四、五人いた。襲うにしてもリスクが有り過ぎる。
博は一旦、繁華街に行き胃袋を満たす為、一軒の食堂に入り、レバニラ炒め、餃子、野菜炒めの定食を平らげた。
再び市営住宅に戻り、夕方の出勤時間の近づいた女の尾行する準備に取り掛かる事にした。
博は車内でスーツから作業着に着替え、河田の部屋を監視していた。
時計の針が五時半を過ぎた頃、一台のタクシーが団地の敷地内に入り静かに止まった。
クラクションが軽く二度鳴り、程なくして河田の部屋の扉が開き、ここの住人に不釣り合いな格好の女が出て来た。
白のロングコートに茶髪のロングで巻き髪、真っ赤なピンヒールといった出で立ちであった。
女は足早に階段を駆け下りタクシーの後部座席に乗込んだ。
博はタクシーとの間に三台の車を挟み尾行して行く。 街の繁華街まで三十分足らずの距離だ。
タクシーは繁華街の入口付近で止まり、多くのテナントが入った間口の狭いビルに女は入っていった。 博も急いで後を追い、す
ぐ脇のエレベーターに目をやると五階で止まり、店は「黑揚羽」という名だった。
まだ開店前の為、時間潰しを兼ねて繁華街を散策してみる。その時、前方からやけに騒がしい若者の一団がやって来た。
その中に見覚えのある顔があった。河田だ、爬虫類の様な顔で華奢な体格は、見た目には幼児性愛者には見えない。
昼間、漁港で見た中国人らしき若者たちと一緒だった。今日はまだ襲うつもりは無く、動向を探れれば良かった。
博は再び踵を返し、女が入っていったビルへと向い、エレベーターに乗った。五階で降りると似通った店が六軒程有り「黑揚羽」
の扉を開け、入って行く。
店内の様子は思った程暗くは無く、テーブル席が四つとカウンターが有り、博より若い連中が三人居てホステスと談笑している。
博はカウンターの端に腰掛けると水割りを注文した。

執筆途中

リベンジ

執筆の狙い

作者 井口 剛
60.83.80.245

昨今、幼い子供達の命が、親の虐待や性犯罪によって失われていくのに対して、強い憤りを感じ、子を失った親御さんの恨みを

代弁出来ればと思い、執筆しはじめました。

コメント

むるてゅい
222.229.4.214

これはまだ途中なのでしょうか。ちょっとよくわかりませんでした。正義感が暴走していてよかったと思います。ところで復讐劇というのは復讐が終わるとどうなるのでしょう?人生の目標を果たしてそのまま平穏にすごすのでしょうか。そのあたりもちょっとでいいので書いてほしいですね。

井口 剛
60.83.80.245

初めまして、感想有り難うございます。復讐劇は主人公の復讐が終われば、仕事人の様に恨みを抱えた家族の代理で犯人を
抹殺して行くつもりです。初めての執筆なので、情景描写ばかりになってしまうので、心理描写を織り交ぜていきたいのですが、
中々難しいです。辛口コメントも宜しくです。

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