作家でごはん!鍛練場
懲りない

飼育

 窮屈な体勢で眺めることは、きみを思うこととよく似ている。そうしてあたしは今日も疲れ果てたような、行き詰まったような気分でふて寝することになるのだろうけれど、近頃は寝ることさえ窮屈で、つまり猫、もう少し端の方で寝てくれたらいいのに、お布団で一緒に寝ることは構わないからあと少し、寒いのはわかるけどあともう少しだけ端の方に寄って、あとは変わりなくほっこりと、共に眠りに就いてくれたならありがたい。つまりあと少し、足を伸ばさせて欲しいだけなんだよ。いつも一人きりであたしの帰りを待っていてくれる、迎えてくれるきみにはとても言いにくいことなのだけれど。でもきみはいつだってあたしの部屋にいて、あたしの帰りを今か今かと待ちわびてくれているんだよね。きっとそのはずだよね。
「辞めちまった。悪いけど」ときみは度々言うけれど、そんなきみに、はたしてわかるだろうか、あたしは眠れない。それだけのことで。猫のせいなんかではないよ、窮屈なのは足ではなく、こころ。わかってくれるだろうか。そんな言い草は、生意気だろうか。
 しかしながら、わかってくれるだろうか。あたしはきみが度々仕事を辞めてしまうことは、案外どうでもいいことのような気がしているんです。だってそうでしょ? あたしはきみにお金の貸しがあったり、固定費の一部を互いに請け負うようなことが日常になっていたり、そもそも一緒に暮らしているとか、そんな綯い交ぜみたいな事実はただの一つも抱えてはいないのだから、清々したものだよね、あたしたちは。案外。安全。そんなことが言いたいのか、あたしは。違う気がする。まったく違うでもない気もする。ただ何だか、窮屈なんだよどこか、あたしのこころのどこかが何だか。
 清掃の仕事についていたときのきみは、いつも何だか特殊な感じの香りをさせてあたしの前に現れたよね。透き通るような、さりげなく寿命を吸い取るような、あたしはその香りにきみの覚悟のようなものを思いつきたかったのかな、そんな魂胆を預けたがっていたのかな、それにしてもたぶん、違う、全然まったくイヤな気なんてしていなかったんだよ。そうしている間にもあたしの寿命までさりげなく吸い上げられていそうな予感なんて、所詮冗談には違いなかったはずだからむしろ、事実であるようなことを願った方がむしろ本気っぽいとか、そんなつもりでいた気さえしているんです。けれど、程なくきみからその香りは消えてしまったよね。
 スーパーに寄らねば。でも行きたくない。何だか今日はやけに、行きたくない。疲れた。今日は何だかやけに疲れた。言いたくないけど、わかっている。隅田さんのせいだ。まったくいい人なのに、どうしてあんなに苦しいんだろう。生え方のせいで切り辛い髪。話しながらぶんぶんと頷いてしまうとか、そもそも右に首を傾げてしまうクセがあるとかそんな無邪気な感じ、それもそうなんだけど、そんなんじゃないもっとこう、ドンとした何か。いい、そんなことは考えないほうがいい。とにかく疲れた。隅田さんのことは全然キライなんかじゃない。でも、夕食のことはもうほとんど考えたくない。部屋に帰ればたぶんきみがいることも、考えたくない。何が食べたいですか、今夜は。そんなこと、考えたくない。申し訳ない。でも考えたくないままぐるぐると何周もしてしまうスーパーの景色なんて、飽和して尚有り余る栄養満点のただの地獄。野菜を、肉を、惣菜を照らす明かりで胸が焼ける。
「ジュース屋さん、ジュース屋さん、ってさ、どいつもこいつも」ってきみは、自販機ベンダーの仕事についてからやけに日焼けして何だか逞しいような顔つきになって、だから「ジュース屋さん、ジュース屋さん」って、行く先々で呼ばれることに苛立ちを隠し切れずにいたきみが、あたしはむしろ誇らしかったのかなあ、あの頃のきみとのセックスが、あたしはとても好きだったんだよ。今でも不意に懐かしんで、露骨にもよおしてしまう自分を穏便に宥めることは恥ずかしいし手が焼ける。空しい。自分ばかりのことなのに、上手いこといかない。
 惣菜に値引きのシールを貼って回る店員さんの横に連なって歩く勇気なんてない。これも貼ってよ、お兄さん。なんて、そんなこと言えない。あたしの倍は横幅がありそうな奥さん、その体型の全てがコツで出来てるみたい。身についてのことか、身についてからのことなのか、いずれにしても、あたしにはその手の才能はないような気がする。望むつもりもない。誰だって、そのくらいの意地悪は普通に思うものだろうからたぶん、体型はいかなるものもスマートな素材。そのほうがいい、誤解がなくて。食卓を占拠する油のニオイ。豊満で大らかなだけの生活。食欲だけが包囲する生活。家族全員が一丸となって。美味しい、なんていちいち言わない。スマート。
 ああ。ああ、そうか電気屋さんだったかな。あたしときみが出会った頃、きみの仕事は。きみはやっぱり、カラダを動かすことが向いているのかな、その頃のきみはとりあえずいきいきとして、優しかった。ドライバーとか、挟んで回すような何かとか、よくわからなかったけど何だかいろいろ欲しがって、ホムセンのやつでいいじゃんって、そんなあたしにきみはまったく呆れたみたいだったけど、でもあたしはその意味もわからなかった。とても申し訳なかった気がしたのはしばらく後になってからのことだったから、きみはたぶん今も、そのことをちゃんと根に持っているのかもしれない、とあたしは普通に考えて当たり前に反省するような感触を、その続きを今も何故か捨て切れずにいる気がするんだよ。居た堪れない。でも、だからってそれはあたしの勝手で、つまりきみはそのくらいには十分に優しかったのだろうし、あたしはまったく大切にされているらしく、何の疑いもなくそんな憂鬱さえ受け容れていられていたはずなのだし。
 ビールが飲みたい。でも発泡酒しか買えない。だからって近頃は味覚がブレて発泡酒の方が美味しいような気さえしてるから、きみとあたしはやっぱり安上がりなんだな。出会った頃あたしはマッコリばかり、毎日ボトル一本空けてしまうのが普通で、でもきみは基本的に大酒飲みというほどでもないから、ぬるくなったような発泡酒の缶をいつまでも傾けて、あたしは実はその缶、とっくに空っぽなんじゃないの、って思ってはいたけど、まだまだ飲み足りない自分の都合のほうが大事だったから、そんなことは一度も言わなかったよね。きみは飲んでいたのか、いなかったのか、そんなことはどうでもいい、今さらだ、そんなこと。きみと飲み交わすお酒があたしは何だかとても好きで、つまり後遺症みたいなものなのかな、今もこうして余分にきみとあたしと一本ずつ、買い物カゴにやっぱり放り込んでしまうのかな。きみはそんなにいらないはずなのにな。あたしの分、というあたしの嘘は、きみのおかげだったんじゃなかったの。
 二人でよく行ったファミレスで、きみはその舞台裏にとても詳しいようなことをいろいろ話してくれたよね。平日はスタッフ二人で回すとか、社員は店長だけでしかも三店掛け持ちだとか、豊富なメニューの調理の工程は所詮パズルか順列組み合わせみたいなもので、しかもそれはパターンをなぞるだけの連続運動でしかないから、ノリの悪いやつには向いていないって、だからその延長線だったのかなあってあたしはつい思ってしまうんだけど、ノリがいいらしいきみは習性で歩き回るだけの犬みたいなところがやっぱりあって、単純な興味をまるきりやり過ごせない、そんなきみのことがあたしはやっぱり心配で。ファミレスのバイトがお客の女の子をナンパとか、妄想レベルでもまあまあ安直過ぎるようなことをまったくありふれた自然現象みたいに、つまりきみには単なる生理現象にすぎないことだったのかもしれないけれど、でもあたしにはそれがほとんど異次元に近い感覚でサルとかロバ並みの営みくらいにしか思えなくて。だからってあたしも、あの頃のあたしはあたしなりにムキになって仕返しらしく手当たり次第に浮気しまくっていたから、きみのことをいちいち憎みたがるとか、そんな繊細なことを思いつくゆとりなんてなかったよね。でもそのせいなのかな、きみにはただの一度だってバレたことなんてなかったつもりでいるんだけど。
 もうぐるぐると三周め。鶏のムネ肉、フライドガーリックのパウチ、レモン酢と生ハム、セロリ、発泡酒六本、チョコブラウニー、レタスは芯の切り口がすっかり茶色くなったやつしかないから買う気がしない。売る気はあるのか、お客に。舐めていやしないか、お客を。とりあえず思いついたはずの献立は崩壊、いや、そうでもない。レタスである必要なんて、何もない。水菜でも全然構わない。生の緑を必要としているだけだから、許容範囲は案外広い。セロリの葉も、余さず使おう。あの香りを、自然のものとは思えないセロリのあの、ケミカルな香りが食べたい。マヨネーズはいらない。生に油はオナカに過酷。せっかくの生の緑が、何だか汚れる。体に対して。でもきみはぐじゅぐじゅとそれを食んで、あたしの食欲を捻じ曲げるんだよね。レモン酢とコショウ。あたしの期待はまさにそこなのに。一体何を作るつもりでいるのか、ムネ肉。どうせ何か作るから大丈夫。でもきみはどうせ「贅沢じゃない?」って、この前みたいに、その前もそう、一食に費やして然るべき金額、その金銭感覚を語れることがきみ自身っていう人間性の証明、みたいな素振りであたしを見通したような気になりたがるんでしょ。それを明け透けのように見通して欲しいんでしょ、あたしに。安くないですか、きみの証明。馬鹿にならない。レモン酢、高い。生ハムも。きみにマヨネーズ味で食べられるのが惜しくなってしまう、そんな口惜しいようなことなんて、実はいくらでもあるのに。だって外食はきみ、あたしの部屋で食べるときはうちの冷蔵庫、きみの部屋はもう、三ヶ月くらいは行っていない気がするから、きみの毎日はほぼ、タダメシ。ちょっとだけ値段が高めの回転寿司に行ったのは一ヶ月くらい前のこと。それ以来ということ。あたしの冷蔵庫が、きみの胃袋を満たす。冷蔵庫を満たすのは、あたし。今日もどうせきみは待ってる。早く帰ろう、ってどうしてかあたしは思うんだよ。ほとんどきみの母になったような気分で。だからってきみは、一体何をしにあたしの部屋に来るの。あたしはこうして家路を急ぐ自分自身が、愛しいよ。当たり前すぎて、あたしばっかみたいな気がする。こんなの。スーパーにあたしに似た人なんかいなかった。絶対いなかった。
 きみが猫を連れてきたのは、派遣で製造メーカーの大きな工場で働いていたときだったよね。朝の九時から夕方五時までちゃんと働いて、猫はそんな一日をずっと同じ場所で、会社の駐車場に備え付けの洗車機の横で、ずっと鳴いて過ごしてたって、他にももっと余裕のある人、もっと快適な環境で育ててくれる人くらいいそうなものなのに、何故か押し付けられるのはきみのような人で。あたしは思ったんだけど、もし猫ではなくてイヌだったなら、きみにお役は回ってこなかったよね。つまり、そういうことなんだよね、って。拾い猫みたいなんだよ、あたしたちは。それが似合う、そう思いつかれてしまうような感じなんだよ、あたしたちの過ごす有り様っていうのは。だから仕方ないよ、あのとききみが突然エサ箱とおトイレケースと猫砂、猫じゃらし、もちろんキャットフードも、それを両手一杯に抱えて、腰からぶら下げた麻袋はゴソゴソ、タチの悪いジョークグッズか何かとも一瞬思わないでもなかったけど、すぐに「ンニャー」って。あたしはそんなことばかりで何だかすっかり、今思い出しても泣きそうだ、あたしはまったくそれが身に覚えがないほど普通らしくて、世の中のそこら中にありふれた偶然みたいな気がして、何だかもう少しで泣いてしまうところだったんだよ。きみにそんなことを説明してもわかるわけないと思ったから、泣かなかっただけで。
 マイバッグを持たない女は意識が低いだろうか。才能がないだろうか。そうだとしたらたぶん、あたしはそれを証明する何かになりつつありはしないか。しかもそれはかなりの純度で。お肉のドリップが垂れたりしたら、バッグを洗わなければならない。そんなのは面倒臭くてイヤだ。でも、あたしがレジ袋を必要とすることでいつか、どこかの海で暮らす見たこともないウミガメが死ぬ。その責任の所在に、あたしは正確に思い当たれそうな気がしない。一番ダメなやつだ。あたしのせいとは限らないじゃないか、ほら、前を行くあのおばさんもほら、レジ袋。だから、わからないじゃないか。あたしはなし崩しみたいに証明する。意識が低いことくらい自分が一番よく知っている。それが一番の無責任発言だということくらいわかるから、きっとあたしは抜け出せない。レジ袋が欲しい。だって、日々の些細なゴミがまとめられない。レジ袋は便利で、あきらめきれない。何ならマイバッグ、あれを使いこなしているどこかの主婦、あの主婦はまったく主婦で、主婦だからその感覚は何だか不幸。毎日家族の食事を考えて、そのついでにどこかの海で泳いでいる見たこともないウミガメの命まで思い遣らなければならないなんて、無節操に不幸だ、主婦は。あたしはレジ袋があきらめ切れなくて、習慣的にミジメ。まったく人間らしくミジメ。でもミジメと思えるから思い当たる種類のシアワセは確かにあって、例えばそれはきみのことだったりもするんだよ、なんてきみには言えない。たぶん、なんてあたしはきっと言い足すんだけど、言えないんだから意味はないよね。そんな気分が、そんなことに限らずあちこちにあふれてるなんて、言えない。あたしは可能性みたいなことを言いたいだけなんだけど。
「おれの部屋、ペット禁止だから飼ってよ、こいつ」ってきみは、あたしの部屋もペット禁止なのにそう言って、でもあたしはきみの部屋の合鍵をもらったような気分でも思いついたのかな、パイプラインとか、つまり猫はきみと、あたしはきみと繋がる何よりの理由になってくれる気がしてしまったらしくて、だって連れて来たのはきみなんだよ、会いたかった、あの頃は。お店が終わる時間が遅いことがあの頃のあたしには何よりの苦痛だったし、やるせなくて、集中してないから先生やセンパイには怒られるしカットも思い通りに行かない頃で、実は何度も、辞めてしまおうかなってきみに、口元まで出掛かったことが本当に何度もあって。一緒にいたかったんだな、そのくらい。だからって、きみにそんなこと言えるわけないよね、せっかく大人らしく働き出したきみの邪魔なんて、できるわけないよね。ひどいよね、あたしはあなたがそんなあたしに釣られるように、せっかくのお仕事をまた辞めたくなってしまうのではないかって、本気で思っていたんだよ。おかげで毎日の暮らしは息を殺して潜むようだよ。猫はとてもお利口で、とても静か。だからそれはあたしだけのハナシで、きみのためだとあたしはそんな気持ちの悪いことさえ普通に思っていたし、きみは拾ってきただけあって、猫をただただ可愛がってる。あたしはもっと静かにして欲しいのに、きみに構われると猫がはしゃいで暴れるから、あたしはついぴりぴりしてしまう。もっと静かに、穏やかに構ってあげて欲しい、女の子なんだから。ペット禁止だけど、部屋を傷付けたりとか、汚したりしないように最初から躾けたのはあたしだし、これからもバレないように、あたしは猫と離れたくないから、気分任せみたいな扱い方をされるのははっきり言って堪らない。あたしの猫。あたしの部屋を追われたら、あの子に行き場はないし、今さら野良になれるわけもないし、そんなの冗談じゃない想像したくもない。
 レジ袋の擦れる音は、お母さんの音。玄関の扉の向こうから漏れ伝わってくるレジ袋が擦れる忙しない音。お母さんはいつもその音を引き連れて帰って、帰っても休む間もなくキッチンに立って、レジ袋はシンクの横、いちいちエプロンを掛けるような人ではなかったから着の身着のまま、ガサガサと擦れる音と、鼻歌。そうして程なく差し出されるお母さんの、今思えばあまり上手ではなかったのかもしれないごはんを食べて、あたしは育ったんだよ。きみにそんなこと話せるわけないし、わかるはずもないんだけど、ああやっぱり。カーテンの隙間から明かり。きみが待ってる。まったく、子どもの頃のあたしみたいだ、お母さんはこんな気分で家の窓を見上げていたのかな。何だか辛い。エレベーターなんてなかった。それも一緒。あたしはちっともいい子なんかじゃなかった。早くごはんを作ってあげなければ。もうじき十時。階段を駆け上がるあたしのことを、きみは見てくれているのか。想像してくれるのか。そんなことはもうどうでもいい。きみは知らないあたしのお母さんのことを近頃あたしは思い出すことがやけに多くて、でも決まってそんなときはきみに向かうにはふさわしくない気分になりがちだから、やっぱり今もそう、気合を入れて口角を上げて、バッグとレジ袋、両手にぶら下げて勢いをつけて三階まで、転ばないように、ずっと足元を見つめ続けて丸くなった背筋も正して、玄関。ふさがった両手にドアノブは遠い。
「ただいま。遅くなってごめんね。すぐご飯作る」
 あたしのただいまは、用心みたいに猫に向かうのか。だって、あたしの足音か、鍵の音なのかよくわからないけれどとにかく猫はそれを憶えていて、扉を開けたあたしを玄関でちゃんと出迎えてくれる。アタマをひと撫でしてあげれば、ノドを鳴らす。遅いよ、待ってたよ、おかえり、おかえり。足元でまとわりつかれるのは少し、面倒臭いけど悪くない。きみはあたしがいないとごはんも食べられないひ弱な存在。ただいま。”おかえり”はやっぱり聞こえない。
「あ、オレさっき友だちと食ってきたから」
「え。どうして」
 そんなことどうでもいい。でも、あたしは”どうして”なんて応えてしまうんだよ。わかるだろうか、きみのことなんかではないんだよ。階段を蹴った、スーパーを三周もした、惣菜は買わない、マイバッグは持たないあたしの”どうして”はもうすっかり、あたしのためにある。たった今それに気付いた。驚いてしまう。
「倉持、知ってるだろ? あいつ今日誕生日でさ」
「そうなんだ」
「誕生日に一人メシなんて普通に死ねるって」
「確かに。何食べてきたの」
「きんぐ。たべほう」
「ああ、肉。いらね」
「美味かったよ、普通に。すげえ食った」
 耳障りなんだよ、普通に。今日は友だちとごはん食べてくる。愛の言葉。あたしはそれが普通だと思うんだよ。この頃の世の中は、それが嘘にもなるくらいには便利だよ。言わないならそれは、もうただの嘘なのかもしれない。でもそんなことにはもう、あたしは少しも興味がないんだよ、たぶん。何ならつまんないくらい。
「こんなにエサあげないで。この子飽きっぽいから」
「ちゃんとくれてんだからいいだろ、別に」
「だってほら、食べ残してるじゃん」
「猫はアソビ食いすんの。一気食いしないの」
「知ってる。でもこの残し方は明日の朝までに完食する残し方じゃないよ」
 ケンカの入り口ですか、これは。不愉快なんですか。近頃のケンカはスマホ越し。牽制ということなのかな、迂闊に本気にならないための。澄まして眺めているうちにやめておけ。察しろ。おまえが察しろ。全てはあたしが動いているのに、気を利かせているのに、我慢しているのに見過ごしているのに。たべほう。きみらしい、だらしないその感じ。あたしはパスタを茹でたい。それはわずかな誤差で活きるタイミングのことだから、あたしは咄嗟に思うんだよ、的確に。茹ですぎのパスタなんて食べたくない。ムネ肉はあしたのお弁当のおかずに使おう。フライドガーリック。ペペロンチーノ。鷹の爪、バスケットの中にたぶんある。パスタって最高。生ハムのサラダは、もういい。
「怒ってんの? 倉持とメシ食ってきたから」
「どうして? 死にそうな友だちのためじゃん」
「怒ってんじゃん」
 漠然とするな、きみのことでしょ。倉持と、ってそんなつい今さっきのことをどうしてあたしが。撒いたら掃け、散らかしたのはきみだ。愛の言葉が聞こえないよ、ってあたしはこんなに純粋な魂胆で憤っているのに、倉持。侮辱するな。与えたなんて、自惚れるな。安心したがっているとでもいうのか、あたしが。オナカが空いているだけなのに、あたしも、猫も。きみは余計なことを振舞いすぎるんだよ、あたしにも、猫にも。パスタが食べたい。肉のニオイを、その気配を消せ。ねえ、猫。食べ切るの、猫。食べ切るの。食べないで。裏切らないで。
「っていうっか、オレさ」
「あたし、お店辞めようかと思って。合わないの、先生と」
「え、なんだよ急に」
「ずっと前からだよ。窮屈で、息が詰まりそう」
 休まる場所がないんだよ、何だか。きみは、あたしの何だ。きみがいなければ、あたしはとっくの昔に先生となんかいられなくなっていたはずなのに。日焼けしたきみに、まんまと誤魔化されてしまった。あたしはきみに、逃げ込みたかっただけなのかな。
「死にそう。あたしも」
「何だよそれ、勘弁してくれよ。嫌味かよ」
 効果がなくなってしまったのかな、きみに。でもあたしには、この部屋の居心地が重要。お店は、息が詰まるんだよ、先生も、センパイも、何だか罠みたいなんだよ。ごめんね、あの頃のきみとのセックスは、めちゃくちゃだったね。あたしは全てを見せ過ぎてしまったのかなあ、迂闊だったのかなあ。
「ていうっか、何。言いかけたやつ」
「え、ああ。何ていうか、まあ」
「猫。あたしにちょうだい」
「何だよ、どういう意味だよ」
 ナベから勢いよく吹き上がるこのタイミング。湯気さえ偶然とは思えない。あたしなのか、きみなのか、この湯気は。限界なのか。この湯気は、あたし。きみはこのナベのフタを開けても、開けるだけ。それだけで、何も出来ない。あたしはパスタを茹でる。放り込んで、しんなりとそれが沈んだらまたフタをして、ヒーターから降ろす。フライパンを温めて、オリーブオイル、鷹の爪、フライドガーリック。すぐに焦げてしまうから、どうせきみには上手く作れるはずがない。塩と、コンソメも少々、茹で汁。邪道だろうか。味がないと、あたしは美味しく食べられない。わがままで申し訳ない。きみが次から次へと見つけてくる新しい仕事に、あたしは期待を思いつくことをあきらめたくなかったのに、きみはそれを苦手そうに、強がるように、嫌われたくなさそうに、気遣うように。あたしは全然平気なつもりでいたのに、お店を辞めたい、きみの真似みたいに思い付いてしまったら、もうあたしにはきみが普通に重いんだよ、やっぱり。二人で一緒に墜落してしまうのは、怖いよ。普通に。きみがいなくなる。それだけであたしは、救われる気がする。ほんの少し想像するだけでも、そんな気がしてしまう。
「別れるってことかよ」
「別れないよ。きみとは別れても、猫とは別れない。だから、ちょうだい」
「何だよそれ、まじで言ってんのかよ」
「だって、あたしがいないとこの猫」
「猫のハナシじゃねえよっ」
 スマホはどうしたの。あたしをやり過ごしたいきみに、スマホは欠かせなかったはずでしょ。そうして察して欲しかったはずでしょ。きみ自身でその猶予を、解くつもりなんですか。
「いらねえっ、もうおまえいらねえっ。疲れたっ、あたし、疲れた全部イヤだこの子以外全部イヤっ、全部消えちまえいらねえっ」
 おかあさんはそんなこと言わなかった。死んでしまう一週間前に一度だけ”こんなに苦しいなら、もう死にたい”って、息も絶え絶えに言っただけだ。病院のベッドで、絶望の末に。ショックだったけど、あたしはそれであきらめることが出来たはずなんだ。それに気付いたのはしばらく後になってからのことだったけれど、しかもそれは何もしてあげられなかったあたしの勝手な言い訳で、でもそんなことすらお母さんが、許してくれたことのような気がどうしてもしてしまう。ダメな人なんだよ、きみのあたしは。そういう人なんだよ、あたしは。
「殴っていいよ。でも、きみにこの猫の世話は向いてないよ。わがままになる」
「いらねえ、そんな猫」
「わかった。ありがとう」
 お礼を言った途端殴られるなんて、憎まれすぎて恨みようもない。猫、逃げるよね、当たり前だよね。こんな乱暴なこと。お利口だから、危ないから隠れていて。でも驚くことはないよ、だから今日もお布団で一緒に、特別に今日はもっと真ん中のところで寝ていいから、怖がらないで。お願いだからあたしを、怖がらないで。


   了

飼育

執筆の狙い

作者 懲りない
106.161.220.99

鍛錬場に四作あります。
どれも似たようなことですけど、それをワンパターンだのストーリーがないだの正気で言ってるつもりのやつはアホだと本気で思ってやってます。
ネタとかアイデアとか、そんな作為も意味もわかりません。
そういうこととは無関係にやっていこう、と殊更に思いを深める今日この頃です。

コメント

文緒
126.209.26.58

 またしてもトンチンカンな感想だったらごめんなさい。

 結婚という形ではなくても誰かと暮らす、誰かのために自分は食べたくもない料理を作る苦痛、誰かのために生きているらしい自分への違和感、平凡に埋まりそうな閉塞感、恐怖……こんなはずじゃない人生と現実の遠いようで案外近いかもしれないことへの軽蔑と反発……。
 『汚れた部屋』を空腹から溺れる感覚に置き換えたら私の二十歳の頃、結婚したはなの記憶と似ていて驚いたのですが、こちらを拝読して、またまた頷くこと忙しないです。

 で、今の私はまったく、主人公の対局にある「おばさん」になっています。
 マイバッグを免罪符のように振り回し、献立に頭を悩ませ、お客を舐めているような売れ残り棚で掘り出し物をみつけたらラッキーと威張り、海ガメにも気を配ったつもりになっています。
 セロリにはお塩だけが好き。でも、マヨネーズも忘れられない。


 なんのこっちゃな話でごめんなさい。



 身につまされ、チクっと痛みも走り、懐かしく、ほろ苦く、とても面白かったです。

 ありがとうございました。

四月は君の嘘
219.100.84.36

さーーっと読んでみて・・


>惣菜に値引きのシールを貼って回る店員さんの横に連なって歩く勇気なんてない。これも貼ってよ、お兄さん。なんて、そんなこと言えない。あたしの倍は横幅がありそうな奥さん、その体型の全てがコツで出来てるみたい。

から始めてみたら、どうでしょう?? って思いました。

(スーパーの店内場面からはじめて、そこをぐるぐるして買い物している主人公の、億劫さ・憂鬱・毒づき……
 「今日の献立」から、同居人の「きみ」に対して思ってること&「きみ」のキャラ説明……)


ワタシ的に、印象的だったのが、

 >レジ袋の擦れる音は、お母さんの音。

って記載だったので、
ラストにも、レジ袋の音がカサコソ鳴って欲しい・・気がしました。


そんで、その
 >レジ袋の擦れる音は、お母さんの音。
が出て来るタイミングが迂遠じゃないだろうか??


 >マイバッグを持たない女は意識が低いだろうか。
の下り・・そこでウミガメ云々にゆく。その段落の、論理展開の結論に、
 >レジ袋の擦れる音は、お母さんの音。
を配置。

そこで一旦カット切れて、スーパー場面が終わって、自宅へ戻る。そんでもって、

 >「ただいま。遅くなってごめんね。すぐご飯作る」
 > あたしのただいまは、用心みたいに猫に向かうのか。

この後に、「スーパー場面の中に入り込んでいた、猫が家にやって来た経緯」をつなげる。



「猫」「きみ」「彼の仕事」「主人公の職場」・・
それぞれの情報を「ひとかたまりずつ」にして、整理して配置すると、流れよく・読みやすくなる・・と思う。

その位置関係の整理(原稿の切り貼り)はカンタンなんで、、、
配置場所を、「模索」「検討」するといいと思った。


そうやって、ワタシだったらこの原稿、たぶん
 >惣菜に値引きのシールを貼って回る店員さんの横に連なって歩く勇気なんてない。
もしくは
 >マイバッグを持たない女は意識が低いだろうか。
あたりを書き出しに出す(持って来る)と思うんですよ。





細かく読む前の「初見流し見、直観」で感想書いてる状態なんで、記載があったらゴメンなんだけど、

この猫、何色??

自分的には、ピクシヴの連載で『デキる猫は今日も憂鬱』(=大きすぎる万能黒猫:諭吉と暮らしている、家事スキル皆無なOL:福澤さんの話)を読んでるもんで、
黒猫でイメージして読んだ。
読み手各人がそれぞれに「好みのイメージ」で思い浮かべればいい、いいっちゃいいんですけど、
“黒猫は日本では幸運を運ぶ猫と言われて来た”とかゆーし、
三毛猫と、茶トラと、ハチワレと、グレーの猫では、猫の性格が違ってイメージされる・・気がする。
(ワタシ個人は猫飼った事がないんですが、友達ん家の〜とか親戚ん家の〜とか、漫画で読んだ各猫の印象から……)
んで、猫の「色」は、作者がヴィジュアル固定してくれた方が親切だって気がしました。

アフリカ
49.104.43.254

拝読しました

どこまで書けばいいんだ?
書ききるってどんなことなのか?

最近、そんなことをかんがえていたりもしてるのですが。ここでやれることと。自分がやらなけれはならないことの齟齬を強烈に感じたりもしてます。

観ることばかりに逃げていて読むことが完全に疎かになって、花見にもいけない。

狙いに方向性を見付けはじめたとの書き込み。

頑張って下さい。

僕は結局、書ききることが出来ないと諦めてピーピングしに来たのでした。

再度、頑張って下さい。

ありがとうございました。

懲りない弥々丸朗
106.161.224.75

おつかれさまです、文緒さん。
駆けつけてくれてありがとう。同じような気持ちでイライラしてくれる人が、それを表明できる普通の人があまりにも少なすぎるから、嬉しいです。

あたしは何を書きたいのか。
文緒さんが感じてくれたようなこと、面白いと思ったようなことを、あたしは書こうとしてかいたものなのか。
否、です。

書いたら、こうなった。
あたしはやっぱり書きたくて、でもここのところものすごく辛くて嫌な気持ちばかりが勝っていたような時期を過ごしていたんですけど、やっぱりどうしようもないようなことでもいいから、書いていないと寂しい。
書くことは一人ぼっちなんですけど、例えば真夜中に、どうしてこんなにイキイキとあたしは文字を眺めているんだろうって、明け方前の三時とか、そういう贅沢の中だけに生きる何かが寂しいを埋めてくれる、そういう自分ばっか知らないような贅沢がないとやっぱ、つまらないですよね。

あとにもそんなようなことを話さないといけなそうなんですけど、この度のはテーマとしてたぶん”猫”なんです。
あたし、猫が好きなので。

主人公はもちろん、彼にも、お母さんにも、猫。
遺伝とか、同類とか、故の嫌悪とか、猫っぽいことを理由にしながら書いた憶えはあります。
それぞれがみんな利己的で、正しい必要なんてないことを優先させたいのはあたしの常だから、猫って便利。どうでもいいんだけど、そんなこと。


”小説”とは、正しくあるべきか。



つまらん、そういうの。あたしは。
何で書きたいのか、あたしなりのそういうことに、もう少しだけお付き合いいただけたなら嬉しいです。
コントラストは明らか。
あたしたちは、そんな明らかさに有利だ。
あたしはそう思ってるんです。
だから、この前のことは嬉しかった。
当たり前だと思ってるから、何のことないんですよ。
胸張っていきましょう。


ありがとー。

懲りない弥々丸朗
106.161.224.75

一行目ありき、で書いてるんですよ。
そんなこといちいち言わなくてもママならわかってると思うんですけど。
だから、構成とか構造とか、例えばそれを推敲と呼ぶとしても、あたしには到底及びも付かないことのような気がしてしまうんですよ。

単純に言えば、並列構造のザッピング。
あたしはそれをよく使うんですけど、それってつまり、あたしが思う”一人称”っていうカタチにとても都合がいい、ということで、だからこの度ママからもらった指摘のような提案のようなことは、わかるんだけどあたしには案外むずかしい。

あたし程度のことを語るなら、どうして並列構造が必要なのか、という一点に尽きると思うんです。
わかりますか?
つまり、あたしは描写がきらい。一人称にこだわるものとして、ってことなんだけど。
つまり、描写を嫌うあたしが書く景色は案外時系列、それを織り込んで動かすことが、今はまだその程度がテキメンで、ザッピングはつまり、場面。
思考と景色の入れ替わりがあたしにはつまり描写で景色で、違和に惑わされない。

あたしは未だに一行目、それを書いて、その脈絡について筆を試すようなことしか未だに出来ないんですよ。
一行目を裏切れない。
もっと柔軟に、ママが言ってるみたいなことを考えられたらいいのに、何だかあたしにはまだそういうことが出来ない。
”似ている”って書いてしまったから、彼も猫も、あたしは”きみ”と書かなければならなかったし、主人公さえ猫であるためにお母さんが必要になってしまった気がしているんです。

中途半端に終わっていることは自分でもわかっています。
もっと寄せられると思うんですけど、あたしの考察はまだそこまでには至れない。
実は、書いている段階ではもっと、黒いハナシ、いびつなハナシにしたいつもりでもいたんですけど、卑屈な方向に筆が逃げてしまった気がしています。

彼が、案外動いていないことがあたしには致命傷に思えます。
男の人があまり好きではないから、興味が働かない。
それはつまり書くあたしの貧弱ってことに違いなくて、欲が足りないみたいで恥ずかしいです。
殴られても、殴られた気がしない。所詮安直なだけだから。

これでも理由を探して書いているつもりなんです。
おハナシとか、上手下手とかぶん投げたところで。
その欲求のようなものと、表現の噛み合せが、あたしばっかの中では案外よかった。
いちいち言ったら嫌われそうだからいわないけど、勝手にシンクロしたような、そういうハマりのよさのようなことを幾つかの箇所で感じた気はしているんですけど、読んでくれる人に伝わらないなら、そんなもん嘘だよね。

お母さんの音は、あたしっていう猫を躾けたおまじない因縁みたいなもののつもりなんですよ。
上手く言えないけど、そういう好きでも嫌いでもない隙間みたいなトコに、彼女は理由を探してるっていうか、甘えてるのかなあ、少し甘えてるようなことを多分書きたかったつもりなんだけど、上手くいかなかったっぽいです。

所詮動かない、代わり映えすることなんてありえないようなことを、イキイキと動かして書きあげてみたいものだ、という企みに脆く惨敗したのがこの度の正直なところのように思ってます。



うまくいかねえや。

懲りない弥々丸朗
106.161.224.75

書ききったものなのか、たぶんそんなつもりはないですよ。
でも、書きながら”あ、終わる”って、偶然らしく降ってくるドキドキにあたしはやっぱ魅せられますよ、当たり前なんだけど。

あの充実のような、物寂しさに触れるような感覚は何だ。
わからないけど、あたしはそれが好きだからとりあえず終わりが見たいと思うんですよ。
それはあたしには設計とか構想とかとはほぼ正反対の、偶然みたいなものが当然みたいに現れる瞬間だから、たぶんあたし自身にとって一番意味がある、他人にはどうでもいいことどころか、何のぼせてんだアホか、くらいのことでしかないはずなんだけど、そんなもんをあたしはここ数年の間に一体何度経験したものなんだろう?

それは、誰にもゆずれないものだ。
オナニンニンより気持ちいいのは、書き終わる瞬間です。

小説は、自己満足なんかじゃないよ。
オナニンニンなんかじゃない。
もっと惜しくて、寂しくて愛しい何かだな、あたしには。

最後まで書かないと、それに逢えない。
あたしはそんなの、耐えられない。



きみは、薄情なのか。
不倫なんかに甘えてるからだよ。ざまみろ。

四月は君の嘘
219.100.84.36

作者が【どう書きたいか】じゃなく、
【どう読まれたいか】(どう読んでもらいたいか)を、
ワタシ的には優先しているから・・


自分的には、書きながら結構直しまくるんですよー。

直して、また直して、なんか結局、最初のカタチに戻ったような感じで、
「徒労だったよ〜」なことも多々あるんだけども、

まーーあ 大概無駄に ちまちま直している。。

元々テキトーに漫画描いてたせいもあるんだろうけど。。
(人一倍、切り貼りやホワイト修正しまくりだった)


漫画ってのは、原則「左側のページから始まり……めくって右ページがはじめて立ち現れ……ラストも、おもむろにめくって目に飛び込んで来る右側のページで終わる」。

最初のページと、最終ページは、別格。
他の頁とは違うの。
(そんで、見せ場は どどーん!と見開きで、画力を見せる)


音楽にも似てるかなー。
第一楽章のはじめの旋律と、第四楽章のコーダは、「特別」じゃん??

だしょ
153.232.156.201

また依存症バッカッポーの話かよ。夢見るおばさんが書いたラノベって感じでイタいんだよね。

懲りない弥々丸朗
106.161.219.184

”どう書きたいか”と”どう読まれたいか”は、あたしにもちゃんとあるし、案外共存の位置に近い気さえしてますよ。
”書きたい”カタチをイメージどおりに”読んで”もらえるか、それはいつも気にしていることだし、あたしは生意気だから読んでもらえるさらにその上を行きたいくらいの欲張り加減で探してるつもりさえあります。
このおハナシだって、様式的には二人称とか言われてしまいそうだけど、あたしが目指したい上での意識としてはこれはまったく一人称のつもりだし、文章的にも言い回しとかあちこちでクセが強いし文章としておかしそうなところが一杯あると思うんですけど、文章としての”口語感”みたいな感覚をあたしは捨てたくないから、つながりが悪いとか文意が捩れてるとか、そういうの作文のハナシだからあたしにはカンケイないし黙ってろすっとこどっこい、なんて案外本気で思うところでもあるんです。
しゃべるみたいに書きたい。
あたしが思う”一人称”の理想とか正体って、案外そのくらい単純でくだらない感じに違いないんです。
あたしはそれを、ちゃんと読んで欲しいし、伝えられるようにしたい。


漫画における常套かあ。
それって、小説においてもあることなんだろうね。
なにしろママはいつも遠慮なくそんなハナシをぶち上げて、あちこちで反感買ってるもんね。
それって、ビビるからなんだよね。
ママに、じゃなくて、そうまで徹底しなければ敵わないらしい”小説”っていう水準にビビる。面倒臭くなる。

あたしもそうなんだけど。

あたしは、書いたものは基本大きな修正はしない派。
語尾弄ったり、一文の中で順列弄るくらいのことはするけど、構成寄りに大きく変更するようなことはほぼしない、っていうか、出来ない。
消しちゃって、書き直そうみたいなタチ。

でも、目的についてどっちが強かっていえるんだろうって考えたなら、絶対にママの方だよね、そのくらいのことはあたしにだってわかるんですよ。
かなしいかな、あたしは目的を理由に書くことができない。
何を書こうか、とか、そんなことを考えることすら出来ない、っていうかそんなこと考えたらもう、書けなくなる。

何書いてるのか、わかんないんですよ。正直。
だから、この前のやつとかも水野さんの説明みたいな感想とかめっちゃ面白くて、あれってあたしにはほとんどあたしの説明書みたいな感じさえするんです。
無責任でしょ。

何かちょっとアタマオカシイからまとまらないんだけど、衝動でしょ? 何かしたい、って思うことはさ? だからあたしは、馬鹿だからあたしは整理も整頓も出来ない、思いつく順番が所詮本音でそれはあたしに対する書きたがるあたしの先行者優位みたいなもので、出てきた順にその価値を何だか裏切れない。
パーツを入れ替えるようなつもりで弄ると、何か興味なくなって捨てたくなる。
そもそもダメだから動かしたくなるんでしょ、そんなもん。なんてな。

嘯いてもいい?
あたしたぶん、一筆書きみたいなもんなんですよ、どうせ。
書きたい気持ちはあって、でも何書きたいのかはわかんない。
でも、書き出すまでずっと気持ちがじりじりして、最初の一文が決まるまで何にも出来ないんだけど、それ決まったらあとは何となく何とかなっちゃうみたい。
そうやって順に生まれてくるおハナシを眺めて想像して繋げていくことばっかが好きだから、順番さえ欲求なんだと思う。乱暴だから。
つまりそれがダメなら、所詮あたしなんかダメなんですよ。わかってるけど。

彼氏にすっかり興味がなくなったらしい、なんて嘯くなら彼女はもっと、おかしなこと出来ると思うんですよ。
彼としてきためちゃくちゃなセックスくらいちゃんと掻き消さないと、終われないじゃないですか、恥ずかしくて。
全部吹っ飛ぶくらいの彼女の何かを、あたしは思いつけなかった。
それはつまり無能っていう退屈で、やっぱあたしには才能がない。
勝手に生んでしまう才能がない。

ママは知識や経験や手法やセオリー、甘んじて受け容れられるだけの執念だとか、それはつまりとてもクレバーで頑丈な姿勢で、あたしにはちっとも真似が出来そうな気がしない。

甘ったれてるだろうか、あたしは湧き出さないなら面倒臭い。
やめてしまいたい。
そのあきらめが付かないだけで、ほとんど無理ってもうわかってるんだけど、でも何かまだ書きたい気持ちがあるから、書いてる。
才能ないけど、あたしがしたいのは感じるみたいに思いつくことばっかで、これからもそれだけを、執念深さばっかはママ見習って、やっていこうと思ってるの。
その気が続くうちは、ってことなんだけど。

あたし、これまでとはまたちょっと変わった気がしてるから、もうちょっと続けようとは思ってるんです。
目的に向かうことは苦手なままなんだけど。








ついしーん


音楽ネタどうも。
コーダですか。
ちゃんとはわかんないけどわかるわかる。
あたしはいい加減な音楽だから読譜とかからっきしなんだけど、弾きたくなるような曲のとある部分にあの記号って確かにありがちな気がする。
第四楽章とかはわかんないけど、あたしはA,B,A,C、BからのDとかそれってアウトロじゃね? なんてな(←結局よくわかってない)
そこ弾きたいからこの曲やる、みたいな。馬鹿で恥ずかしいです。
でもパンクですらそれって満更でもない気がするし、だから唄うより弾きたい人間はちゃんといるんだと、馬鹿なりに思ったりします。
ちょっと意味違うけど、オブリガードとか意識しすぎてうるさがられた頃、あったなあ。
馬鹿だからなあ。
印象ばっか根拠にして生きてるみたいで、つらいよなー。

文緒
126.209.26.58

  
 そっか〜。
 やっぱ猫ですよね。
 月さんは黒猫とおっしゃっていました。
 私は、茶色の少し毛足の長い仔をイメージ。

 感想を書かせてもらったあとで、これは猫さんだろうと。 
 私が並べ立てた”感情論”ではないだろうなぁと。

 もはやまっとうな読み手になれそうもありませんが、ごめんなさい、また読ませてもらえれば幸いです。

 それにしても……
 そうそう、それそれ、わっかるわ
 そうよねぇ、そうなの、よっくわかってくれてるわ
 と、ひたすら頷いたのは変わりません。


 やっぱり……畏敬の念を覚えます。



 書くことの業のようなものは語れませんが、書きたい気持ちがあるうちはお気持ちのまま、その欲のまま、ご自分のスタイルで続けられればいいのではと思います。




 お体を大切になさってください。



 


 

四月は君の嘘
219.100.84.36

うん、でしょさんの書き方が「そういうの」だってのは、

だいぶ前に聞いてたから知ってた。

だ・か・ら、何度も何度も、「ワタシとでしょさんの書き方は真逆ですよね〜」とコメントもしてきた。

そのたびに、なんでか「そうでもなくて、パーツごとに書いてるのは一緒じゃないですか〜」と、
はぐらかされてきたんです。


最初に、「でしょさんの書き方について」直にコメントした際、そこで挙げたのが【山田詠美】と、以下の“ワタシが山田詠美に心底驚嘆するまでの話”だった。



山田詠美は・・
自分的には「苦手っぽい」と食わず嫌いしまくってきた作家だった。

で、昔々、予備校勤務時代、難関理系志望クラスにいた、ワタシの教え子じゃない子が、
「先生、おれ、初めて『小説の面白さ』が分かった気がした〜」
と、あげてたのが、山田詠美『ぼくは勉強ができない』だった。

その時に、ただ「へぇー」と短くスルーしちゃったのを、いまでは深々と反省している。。

その山田詠美が、「一度書いたら、一字一句、読点に至るまで決して直さないのだ」という驚愕の事実を、驚愕とともに小説中で伝えていたのが、恩田陸だった。

「そんなこと可能なんだか?! 人間ワザじゃねぇなー……」と、文庫本のこちら側で、頭かかえて唸った。

それからほどなく、塾で中坊教えていたら、教科書教材がくだんの『ぼくは勉強ができない』で、、、
山田詠美、文章うまい! そんで内容も濃い。。。

この豊潤な小説世界を、冒頭からするする〜〜っと、一字一句違うことなく書き上げた・・ってーアンビリーバボーに絶句。



その時にも書いた「結び」が、
「山田詠美、読んでみてください」だったし、

その時に欄に言わせた人々も、それについては賛同していたから、
「でしょさんのスタイルを山田詠美と重ねて見る向きは多い」のだ・・と思った。


山田詠美、短編が巧すぎる。。
ワタシが読書家じゃないもんで、長編は読んでないんだけど……とにかく巧い。


一読してみて〜?

四月は君の嘘
219.100.84.36

訂正: その時(山田詠美を読んでみて〜とススメた際)の感想欄に居合わせた人々


「恋愛ものの短編」って観点からしたら、
小池真理子がとてつもなく素晴らしい☆ のだったが、
それはいっぺんもオススメしてないでしょう?

ただ闇雲にオススメしている訳ではないんです。

四月は君の嘘
219.100.84.36

ついでだから、書いちゃうと〜


山田詠美『ぼくは勉強ができない』が教材だった、中2国語教科書の、
「一学期」のラインナップが、、

・長野まゆみ『夏帽子』〜「卵」
・村上春樹『ランゲルハンス島の午後』
・辻仁成『グラスウールの城』

この「いかにも平成!」ってー教科書のおかげで?、
村上春樹は 短編とエッセイだけは買って読むようになった。。
(それまで読まず嫌いで避けて通っていたからなー……)


で、1年生の方の教科書が、

・宮沢賢治『オツベルと象』
・ヘッセ『少年の日の思い出』(「エーミール、あなたは謝らなければいけません」ってー母ちゃんの叱責で知られている話……)

だったと思った。

四月は君の嘘
219.100.84.36

ひと様の感想欄で、一人勝手につらつら回想してつぶやいてて、悪いのだが・・


この教科書会社、、、おかしくね??


当時も思ったんだけど、十年以上たっぷり経過して、なお、疑問に思う。
2年生:1学期の方が、内容がやさしいし、格段に読みやすい(し、教えやすい)のだ。。



1年生:1学期、春ののっけから、労働者となった純朴な象への搾取が横行し、エスカレートの一途をたどる『オツベル』・・

そんで、出来心で窃盗を働いてしまい、自責の念にかられているところへ、それが明るみに出てしまって、母親から叱られる『少年の日』。。


↑ 国語

四月は君の嘘
219.100.84.36

うわ、、、 欄をよごして、ごめん。

「打ってはみたけど、苦笑して、上げずに削除〜」してることも多くて・・

これも そうした(消した)つもりが、キーが引っかかって上がってしまった〜〜。。

懲りない弥々丸朗
106.161.229.117

あたしは所詮感情論ばっかですよ、文緒さん。
ちっともロジカルなんかじゃないあたしがこの場所で一人はみ出し続けている理由があるとしたらそれは、”感情”以外の何ものでもないって、我ながら勝手に思ってさえいます。
何がどうしたから、こう思う、なんてことにすら満たないただの日常のどっちかったらないほうがいいようなことばっかをあげつらって、それに見合う言葉を探す。
例えば不法投棄された注射針を探すような、とか。
サボテンをトゲごとバリバリ食べるイグアナの歯茎とか喉の奥を想像してみる、とか。

あたしは、ただの悪趣味だと思うんですよ。

察しが良くて、気遣いが利く、たくさんの人に好かれる人より、気分屋で、融通が利かない、わがままなのにどっか人垂らしみたいな無自覚の才能がある、みたいな人があたしは好きなので、やっぱ快調な人より不機嫌な人をどうしても想像したくなる。
それに潜む柔らかさだとか、誰より人恋しい感じとか、でもそれを掬って気付かないでいてあげたいような、そういうことばっか書きたくなる。
それをどうこうするよりは、そのままのことを肯定してあげられるようなことを憚らず書きたい。

”小説は正しくあるべきか”

やっぱもう一度言っとくんですけど。
あたしは、とりあえず蹴っ飛ばしておく。
正しくても、つまんないなら意味がない。
狂っていても、そこに人間らしい好ましさがあるなら、あたしは気になる。






あたしんちの猫はサバ虎シロの前タイツ後ろ靴下の日本猫なので、作中の猫もまったくそのままのつもりで思い描いてます。
描写がないって、やっぱ不親切ですよね。
野良出身のくせにめっちゃ美人ちゃんのシッポ真っ直ぐ。ついでにアタマもイイからあたしの言ってることちゃんとわかる気苦労猫。
こうしてる今もあたしの横でエビみたいな形になって寝てます。
存在そのものが尊いです。
この世に猫以上に完璧カワイイイキモノなんて、いるんだろうか。
鼻の穴さえカワイイなんて、ちょっと完璧すぎると思うんですよ。
人間なんてどんな美人だろうが、鼻の穴なんてただの恥部でしょ。
やっぱ猫ってサイコー。最強カワイイ。
あたしのお店があるビルの外階段の下で一日中泣いてたんですよ、出会いは。
だから作中のシチュエーションは、あたしの実体験踏襲してます。
このままほっといたらこいつ死ぬな、って。
連れ帰ってしまったー。



あたしはあたしに書けることしか書けないです。
文緒さんが、決して丸い文章を書けないことと、大して変わらないです。
ディスってるんじゃないですよ?
それぞれの根拠のようなこと、言ってるつもり。
書きたがる人全てがそうとは限らない、でもあたしは、それを感じさせる人、文章が好きなので、あたしはいつか鬼と言ったんですけど、憶えてますか?

辛いことです、そんなのは。

例えば、”仕方ない”って、向き合わなければならない。
どう思いますか?
あたしは、”これ幸い”くらいにしか思わないことにしています。
その為に、あたしはあたしなりの辛い目に遭ってきた、って思わないと何か馬鹿っぽい。
字も似てるし、だからあたしはそれでいいと思うっていうか、ちょっとした感謝のようなものさえ思いつかないでもないんです。



アタマ悪いからカラダも悪いですけど、大丈夫。
長生きなんてしたくないからな。

なんてな。

文緒さんこそ体調いかかですか?
あたたかくなってきたしな。




嬉しかったです。
ありがとー。

懲りない弥々丸朗
106.161.229.117

”ぼくは勉強が出来ない”読んだー。
結構前なんだけど、ママに言われてなんか一つ読んでみっか、って本屋さんで選んだのがそれ。
さすがあたしのどストライク。

イメージと全然違っててびっくりしたよねまじで。
黒人とメシ食ってセックスして家帰ると私生児の一人息子待ってる人のハナシしか書かない人(←発想貧困)って勝手に印象持ってたから、あんな理知的で整った文章読まされてちょっと参った。
”人のセックスを笑うな”とか”ホリーガーデン”とか、例えばなんだけどそういう若くて毒っぽいセックスの匂いが強いおハナシってあたしあんまり好きじゃないんだけど、何故かそういうのこそキャラクターばっかは何かやけに憶えていてさ。
あの主人公(本、お店にあるから名前確認できん)も好きじゃないけど、やっぱ何か憶えてる。
ホリーガーデンの果歩(同上)ちゃん読んだとき、あたしは体よく身が軽くなった気がして、恋する中野くんごと、全然好きじゃないおハナシそのものまで何となく捨てられなくなった。
セックスっていう価値の低さを恐れない感じ、恐れずにそれを書く感じはあたしは案外好きで、その上に立つもっと大事そうなものを思いつかせてもらえるのは読書っていう優れた体験だと思うんですよ。
何言ってんだか自分でわかんないですけど。


何とも明晰。
”ぼくは~”のことだけど。
あたしにはアレが出来ない。
脈絡とか根拠とか、単純にキャラの色付けってことでもいい、そうしてようやく頑丈に振舞えるとんちんかんとでもいうのかな、踏み外さないだけの舞台をあたしは作ってあげられない。キャラクターたちに。

”生きてるだけで、愛”で、「いいなあ、津奈木は。あたしから離れられて。あたしはあたしから離れられない」(ニュアンス)って寧子が叫ぶラストシーン。
あたし、一生勝てないってすぐに思ったんですよ。
衝撃で泣きたくなった。壮絶に根拠を与えられたキャラクターに嫉妬して、悔し泣き。めちゃくちゃなハナシなのに。

いろんなものに憧れすぎて死にたい。無理すぎて。

だから、書かないと死ぬだけだから延命のごとくせめて書く。
アタマオカシイ?
あたしはありがたいと思ってるんです。
勝てないけど。
すっごい贅沢な完敗の仕方とか、なんだそりゃなんだけど。



ちょっとだけでもいいから近付きてえー。

岡本
118.238.55.195

これはこれでやはり面白く読めるし、書き手の自意識と言葉の連動が小説たらしめていると読むこともできる。
けれど物足りなさを感じてしまうのは、書き手の中ですべてが自己完結してしまっているからで、読みたいのはこの先どこに向かっていくのかという不安定で不自然な運動なのかもしれない。
およそ書き手がなにか形になるものを読み手に残すことができるとするならば、たとえそれが読み手に向けて書かれたものでなかったとしても、不穏で、意味ありげに見えて意味はなく、意味はないように見えてなにかを読み手の中に強烈に与える必要がある。
それはテーマであるようにも思えるし、テーマを壊す試みでもあるように思えるし、書き手として世にでるためにはとにかく強さといったものが必要です。
でたらめに書かれているように思えて丁寧に書き込まれていることは伺えるものの、おそらく本来のこの書き手はもっと乱暴で下品な自意識を持っているはずで、それと比べれば小説内の人物たちは折り目正しい。
一度すべてを壊す必要があるのではないかと思います。

懲りない弥々丸朗
106.161.229.51

こんばんは。
岡本さんは、かの岡本さんでよろしいのでしょうか。
たぶんそうですよね、お久しぶりですよね。

”面白いけど、物足りない”

面白かったならよかったです。
物足りないことは、書いたあたしが一番よく知ってます。
自己完結してるだろうか。
確かに作為的には、”何が書きたいのか”といったような意味ではあたしはずいぶん昔から”自己完結”しているのかもしれないです。
書きたいことなんてないけど、書いてしまうことがあるようにずっとやってきているので、ある意味やっぱ、そうなんだとは自分でも思います。

けど、”書く”という欲求に対する結果としてのあたしは、全然完結出来てないです。
このおハナシは終わってないし、もっと書けるはずのことがあるはずなんだけど、今のあたしにはどうやら書けないことのような気がしています。
別に大層なことを書きたがってるとかそういうことではなくて、例えばうずうずしてしまうようなこと。
たぶんそれはあたしばっかのことでしかないはずなんですけど、それをつまびらかに書き表して、そうとしか書けないようなあたし流の言葉遣いに落として、誰にもわかるようなレベルに、知らなかったはずなのに気付いてしまうような伝わり方っていうか、要はあたしだから透過してしまうような有り様をあたしは実現したいと思ってるんですけど、何だか今は見えないです。

先の返信でも言ったんですけど、”生きてるだけで、愛”について。
あたしは、あの構造だけで生きていけると思っています。
書きたいあたしは、ってことなんですけど。
何書いてんだか、そんなこと逐一伝わる必要なんてないと思ってるんです。
何なら、全然わかんないの積み重ねだっていい。
でも、それが行き着く先に、圧倒的に普通で、まざまざと見損なっていたはずのものをやっぱり圧倒的に、呆気ないくらいにストンと書き落としたい。
その為に、そこに至るまでにいったいどれほどわけのわからない言葉を、景色を積み重ねてきたのか、全然わかんなかったそれをすっぽりと、一瞬のうちに包み込んでしまう。
まったく普通で、圧倒的な根拠。
何いってんのかわかんないですか?
”生きてるだけで、愛”であたしが絶望的に喰らった理想です。
馬鹿でも何でもいいです。
世の中にはもっと優れたものがあるとか、そんなことどうでもいいです。
あたしはあれで、壁に埋まった。
その自覚があります。
今はさらに、その外堀を埋めたがるみたいに、圧倒的な壁が幾重にも連なってる。

いったいあといくつ、無理なだけの言葉を書き面ってしまうのか。
書きたいまんまでいなければならないのか。
もう、それだけのまんまでしかないんだと思います。

一度全てを壊す、ですか。
ぶっ壊れたくないなあ、この前まで、だいぶ苦しんだつもりでいるんですよこれでも。
せっかくまた書きたくなったというのに、まいっか。
そんなもんですよね。

怒られるかもなんですけど、あたし今回のやつ、全然ダメなんですけど、あたしが常にアップデートするべきと思いながら進んできた、まあ、最新なんですけど、おハナシの
出来は別として、単純にあたしによるあたしへのハードルという達成においてたぶん、あたし史上最上の出来だと思ってるんです。
あたしなりの構成、文章ないし思考ないし、あたしが書き進めたい中で取り揃えなければならない理由とか根拠とか、今のあたしがそろえられるものを揃えてる。その意識は確かにあって、思いがけない言葉とか文章とかもそう、あたしは結構得意なつもりでいるんですけど、書いてるときその瞬間にしか出てこない言葉とかその理由みたいな思考が、案外スパッと切り出せてる気がしてるんです。
誰も気にしてないと思うのであたしが勝手に自分褒めとくんですけど、”そんな気分が、そんなことに限らずあちこちにあふれてるなんて、言えない。あたしは可能性みたいなことを言いたいだけなんだけど。”って、この度の中にある一文なんですけど、あたしはこれ書いた瞬間に自分で驚きました。この手応えを忘れたらダメだって、瞬間に思いました。
あたしはこの一文が、自分ばっかですごく愛しいです。お気に入り。


そんなもんさえぶっ壊そうか。
出来るかわからないです。
でもあたしらしくなら例えば、パンツ脱ごうかな、とか。
そんな感じですかね。
パンツ脱いで、中身確かめるみたいなこと、岡本さんが言うとおりあたしらしい下品をちゃんと見定めたいとは、常から思ってますよ。


久しぶりにありがとうございました。
お元気そうで何よりでした。

岡本
118.238.55.195

でしょさん作をもう何作品も読んできたからかもしれないし、他一般作者(出版作品)の既視感ゆえなのかもしれない。
整ったリズムゆえか、私には読みやすすぎるんですよね。
するすると読めてしまう。
読むからにはもっとひっかかりたいんですよ。
作風が好きか嫌いかと言われたら好きに決まってる。
そこらの著名なエンタメ作家の作品よりもよっぽど読む価値はある。

『きみと飲み交わすお酒があたしは何だかとても好きで、つまり後遺症みたいなものなのかな、今もこうして余分にきみとあたしと一本ずつ、買い物カゴにやっぱり放り込んでしまうのかな。きみはそんなにいらないはずなのにな。あたしの分、というあたしの嘘は、きみのおかげだったんじゃなかったの。』
マッコリを二本買ってしまう、この場面と文章が一番印象に残る。
けれど、やっぱり言葉が多い気はします。
他人の文章をいじる悪趣味はないことは断った上ですが、
『きみと飲み交わすお酒があたしは何だかとても好きで、つまり後遺症みたいなものなのかな、買い物かごにマッコリ二本。』
これで十分だと思えます。
でしょさんの文章は書きすぎというか、読み手に対して信頼をおいていないように思えます。
すべてを言い切らなければ伝わらないと思っている(ように読めてしまう)。
自分でも思いもかけないひとことや言葉が出てくることというのはやはりあるもので、けれどそれはそう思った瞬間に書き手の思考を固定化してしまうように思えてなりません。
もちろん私自身のことです。
批評に耐えうる文章と作品というのはとくにこういう場所ではなかなかお目にかかれないもので、それだけでも通して読めるというのはありがたいことです。
書き続けてください。

懲りない弥々丸朗
106.161.232.189

いけね。
スレ掲でおイタしてたら岡本さんカムバックー。

お恥ずかしいです。




あたしはエンタメなんですか、岡本さん。
だとしたら人間ってエンターテイメント。
あたしはそれが気になってるのかな。

添削ありがとうございます。
アタマの中で一片の金属が爆ぜるような音がしました。
自分で言うのも何ですけど、あたしはわりと勘がいいので岡本さんがおっしゃりたいことっていうか、削った中に収めるべきものみたいなこと、案外わかります。
場面が変わったら、おハナシが変わったら、あたしはまた変わりなく長々と書きたい限りを書き綴ってしまうだろうか。
もしかしたらそうかもしれないけど、たぶんあたしは有効に変われる気がしてます。
これってめっちゃ発明。岡本さんによる。

読み手を信頼していないだろうか、あたしは。
その通りです。全然信じてないです。
ちゃんと書かないと、絶対についてきてくれないどころか、すぐに読み違えて全然違うハナシみたいなケチつけられる。
馬鹿なんじゃないかと思う。
腹が立って、ついやり返してしまう。

誤解されるのは不愉快だから、間違いなく書き切りたい。
それは、あたし自身ばっかのためだったのかなあ。
みじめだなあ。

あたしは言葉がもったいないんですよ、岡本さん。
思いついてしまった言葉を、捨てられない。
捨てたら何かが欠けてしまう気がして仕方がないです。
文章であって、口語でもあるつもりのあたしの書き方はご存知のとおりものすごくおしゃべりで、例えば添削していただいた一文、”あたしの分、というあたしの嘘は、きみのおかげだったんじゃなかったの。”って、あたしは結構こういうことが言いたい。
文章じゃなくても、あたしはわりと本当に好きな人にはついこういう言い方をして口説きたがるクセがあって、わりと効果的だった気さえしてるからなんか、だらしないような言葉を案外裏切れないんです。

岡本さんの封じ方は、あたしには大いに学べる部分があります。
たぶん、すぐ出来ます。生意気なこと言ってしまうんですけど。
でもそれが、あたしの書きたいことなのか、それを疑い出してしまったらあたしはたぶん、かなり苦しい気持ちにならないはずはないと思います。


表現って、一口に言ったって結局、何なんでしょうね。
憧れるばっかで、腹も立たないです。
情けない。
久々にいい刺激です。ありがとうございます。

あたしよく”ダイナミクス”って言葉を使うんですけど、それってたぶんあたしが言葉ってものに対して思いつけるかなりポジティブな感謝みたいなもののつもりでいるんです。
まったく楽しい。
まじでありがとうって思う、そんな感じ。


あたしは一体何を基準に書いてたんだろ。
ちょっと何か、楽になりました。


ありがとうございます。

岡本
118.238.55.195

エンタメだなんて思っていませんよ
ベストセラーのエンタメ作品を読むくらいならこちらを読みます、という意味です。

『飼育』と言われたらやはり大江を思い出しますし、あちらももちろん僕という強烈な一人称なわけですが、四国の田舎の村の子供とは思えない思考と言葉遣いと描写は、ツッコミどころ満載とも思えるわけですが、結局の所、そんなことは作者は当然のことながら意識的に書いているわけで、子供に大人顔負けの言葉遣いと思考を語らせることによる違和が、読むという行為自体に対するアンチテーゼになっているわけですよね。
読みやすい、理解しやすい、というのは文学においては目指すべきところではないと思っていますし、やはり作品における登場人物の関係性やもちろん言葉そのものが、なんらかの異化として作用していってほしい。
ありきたりと思えるような関係性を、書き手の言葉と思考と文章を通して別のものに置き換わっていく、もしくは再認識されるようになる。
そういう広がりを持ったものを読みたいと思うわけです。
そのためにもちろん一文にこだわるのも当然ですし必要なこととは思うものの、全体像が読み手の中で広がりを持っていく、読み手の中で育っていく、そういう作品を書きたいと私は思っています。
読み手を信頼するのは難しいことですし、書かないということは困難と不安を伴うものです。
書き手の思う通りに読み手が読み取ることは少ないのは事実で、読み手がどう解釈し押し広げていくか、そのことに思いを及ぼしながら書くというのもまたひとつだろうと思っています。

頭パンクロッカー行き遅れ郎
49.97.104.126

あなたは、行動しない奴ダメだ投稿しない奴お断りとか吠えてたけど、他人に難癖つけてばっかりの月さんには攻撃しないんですね。

自分に取り入る人間には都合良くマイルールを適用する。
芯なんかない。
ブレブレのややまるです。

行き遅れのややまるです。

懲りない弥々丸朗
106.161.219.106

あたしは総体としてのアンチテーゼ、そういう表現は眺められないです。
そういうセンスがないです。完全に。

でも良かった。
”読みやすい、理解しやすい、というのは文学においては目指すべきところではないと思っていますし、やはり作品における登場人物の関係性やもちろん言葉そのものが、なんらかの異化として作用していってほしい。
ありきたりと思えるような関係性を、書き手の言葉と思考と文章を通して別のものに置き換わっていく、もしくは再認識されるようになる。”

本当に良かった。
ここでは真逆のことをもっともらしく言う人が案外多くて、あたしは大分疑り深い気分になっていたからケンカばっかしてて。


小説って、お手紙かよ。


あたしはそういうマヌケさが大嫌いで、なんでいちいちこんな面倒臭いことをしたがるのか、何で言葉を必要としたがるのか、考えたがるのか、あたしはいちいちそういう面倒臭いことに頓着したいし、それを嫌って作外で見栄らしくストーリー、なんて語る人がだいっきらいで、本当に退屈でイヤで。
エンターテイメントを思う人、書く人って本当にすごい。
でも、それを欲しがるばかりで、みんな馬鹿になった。
殺して爆発して自殺してゲームでゾンビで裁判ロケットなんでもいい、丁寧に面白く差し出されることばかりがありがたくて、考えるのなんか面倒、それどころか自分で理解したような気分にさえして欲しい。
感想、面白かった。
あたしは乱暴だから、依存したがるばっかなら意味ないから死ね、って思う。
嫌われたっていいです。どうせつまらない。

わかりやすく、なんでセックスのハナシなんか書く必要があるの。
娯楽なら娯楽と正直に言え。
その程度だと白状しろ。
嫌みったらしくこっちの大事な面倒を揶揄すんなこっちは別もんだ馬鹿、ってあたしは今もずっとイライラしてます。

ああ、眠くてめちゃくちゃだ。
すみません。



小説って、何ですか。

読みやすい、って誰に対してのハナシなんですか。
あたしたちは一体、どこに向けて書いてるんですか。
あたしは宗教はないんですけど、神サマを思うときは、自分の中に祈ることにしてます。
あたしではない、あたしの中にせめて神サマはあるものと思っているから、あたしはたぶんそれとよく似た思いで文章を探すんだっていつも思ってます。
アイデアとか、あたしにはわからないんです。
ネタを調べて書くとか、あたしにはやりようもない。
調べるくらいなら、もっとボーっとしてないと何も近付いてこない。
わかりやすく、ってそんなこと、ほとんど何のこと言ってるのかわからない。
わかりやすい、なんてことに用がない。


あたしはアタマがおかしいのか。
ずっと思ってたけど、もうそういうことは諦めることにします。
あたしにはたぶんそれが理由になるっていうか、それしかたぶん理由がないから、なんかよかったです。おハナシが出来て。


あたしはあたしを翻訳したいです。
自分程度ばかりで、切実に手に負えないです。

スルーの名無し
160.16.52.185

まじっすか!? わたしは逆に、小説ってお手紙かよ、日記かよ、って、あなたの書いたものに問いたいですけど。

岡本
126.193.179.4

ある海外小説にこんな一節があります
「神様がすき。命令も指示もしないし、ただだまってお話を聞いてくださるから。マムはいちいちうるさいし、レイチェルは私の行動を束縛したがる」
うろ覚えながら、戦時中に毎日協会に祈りを捧げに行く少女の話です。

仮に、「祈り」を「読む」という行為に置き換えてみると見えてくるものがあります。
書き手は神様ではないものの、書いたものに口を出せないのは同じことです。
この少女が祈りから何を読み取り、何を自分の中で育てていくのか。
この少女にとって、神様はけっして他者的なものではなく、どこまでも私的な存在ということで間違いないと思います。
読み手にとっても読むという行為は、書き手の言葉を通して読み手の中の私的な体験や思考を押し広げていくことのはずです。
書き手は、読み手のその行為に口を挟むことはできません。
どう読んでほしいか、どう読まれたいかを書き手は思いながら書くものですが、書かれた瞬間にそれは書き手から離れて読み手に委ねられるべきものだと思います。

小説は誰のものかと問われたら、読み手のものであると私は間違いなく答えます。
祈りと同じように、読み手の中で育ち、広がっていくことを願います。

きさと
118.1.250.197

きれいな名言も、ずさんな戯言も、景色に染みこんで初めて、色を帯びるんです。
描写がおきらいなようですが、それならなおさら嫌いな描写に挑みになれば良くなるのではないでしょうか。経験から言うのですが、書きたいこと、書こうと思いついたことだけを書いていって書ききれることは稀で、むしろ書きたくない(が実は書かれないといけなかった)ことを無理して書いて、そこから自分が実は書きたかったことに気づくことが多いです。外部からの強迫というのは不自由ですが、そこから抜け出そうとして獲得できるのが本当の自由だと思います。
つまり今回のコレは基本がなっていません。ココには作者が心から書きたくて書いたとは思いにくいものが多いですが、小説の出発点は結局そこなのではないでしょうか。

懲りない弥々丸朗
106.161.233.178

岡本さんは、書いてますか。
もちろん、現在進行形でいないとあたしなんか手に負えないと思うから、書いて、書いて、書きたくないくらいに、書きたい人なんだって、それがあたしの願望でしかなかったのなら寂しい。

”書きたい”は、圧倒的。

あたしは商売人なんです。恥ずかしいんだけど。
他人の髪切って生きてる。
そんなあたしが常日頃から思うことは、”コモディティから脱却したい”って、そればっかなんです。
わかりますか?

あたしは書きたい。
そうした書いたものが、”読み手のもの”だなんて、ごめんなさい。古臭い。




時代はもう違うよ、岡本さん。
あたしは死んでもいいから知らしめたい。わかりますか?
あたしレズだから死にたい。つまり頑丈。

わからないなら死ね。そうやって生きたい。
本当にごめんなさい。あたしは曲げられたくないです。
絶対に、あたしが書くものなんだから、あたしが書いた意外になんて受け止められたくないです。
そんなの死ぬ。
酔っ払ってますすみません。
お酒やめたら体調悪くて、いろいろ苦しかったから。


岡本さんは、なんで書くんですか。
岡本さんが書くこと、書きたいことは、岡本さんです。
読み手のものなんかじゃないです。
あたしはさみしい。そんなこといわないで欲しいです。
あたしは切られてる。あたしとして切られてる。
それを差し出せなんてあんまりだと思うんです。捻じ曲げられたくない。

勇気を出してください。
岡本さんが書くことは岡本さんのものだと言ってください。
一緒にねじ伏せると言ってください。
あたしたぶんそんなに生きないで死にます。残念だけど。五年はあっても十年ないかな。
早死にの家系だから仕方ないんだけど、たぶんもたないです。
でも死ぬまで生きてるからゆずりたくない。
あたしはあとどれだけ信じられるんだろうって考えるんですけど、信じたいものが何か少なすぎてわけがわからないんですよ、近頃なんてとくに。


そうじばっかりしてるんです。
突然死んでも恥ずかしくないようにってずっと、そういうこと気にしてるんですけどあたしの部屋はもうほとんど空っぽで、今日必要なものだけで生きたいあたしの部屋そのままなんです。遺品整理とかされても汚くない暮らし。
あたしそれ実践しててまじで何もないです思い出とかそういうの


過去なしでいきたい。
今のあたしが書くこと書いて、これまでのことなんてしらない。かみさまなんてあたしのこときらいだから、あたしはあたしとして清潔じゃないとなんかもう






すみませんそれはちがうとおもう
すみません

懲りない弥々丸朗
106.161.226.152

きれいなざれごと
ずさんな名言

きみとあたしのことだ。あたしはそういう気合
きみの書いたものをあたしはしらないから無責任にしか聞こえない
岡本さんのカキモノも知らない。
でも知れるのがあたしの知るってことだから、聞こえない


すましてつきとめたいなら冷静に手に入れたいなら勝手にしたらいいです
あたしにはつまらない
それはただの感覚のはなしです
示せないならやめたらいいあたしはしんじないです

懲りない弥々丸朗
106.161.226.152

岡本さんごめんなさい
言い過ぎた。ごめんなさい。

岡本
126.34.126.140

書いてないはずがないじゃないですか
今書いてるものは三年間取り組み続けてまだ終わっていない
こんなんじゃどう考えたって遅筆すぎてお話にならない
でもこれを書き上げなければ死ねないとさえ思っています
これが終わらなければつぎに進むことすらできない
とある時からスピードがあがらなくなった
それは身を削りながら書くことにしたから

でしょさんの小説を読む価値があるというのはやはりそこに生のほとばしりがあるから
自分にないものを持ってるから
それだけの理由で読みたいと思う
ここに読む価値のある作品はない
一遍たりとも出会ったことはない
それなりの文芸作品や出版作品ですら同じことです

必ずや文壇に傷をつけてやりたい
なんらかの痕跡を残したい
そういう思いで書き続けています

自分さえ信じられたらそれで十分です
頑丈にもいろいろあって、私も少なからず頑丈な人間の一人です
ただアプローチは違う
そんなのは当たり前のことで、生きづらい世の中だからこそ、せめて自分は正しく生きたいと思う

私は私の小説も人間も信じています
もちろんあなたの小説もです
信じられるから読みたいと思うんです

謝る必要なんてないですよ
有難く受け取ります

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