作家でごはん!鍛練場
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花びら殺人事件(バドリウス)16000文字。

熊尾隆盛《くまおりゅうせい》

名取楓《なとりかえで》

鬼島元《きしまげん》

怪童静江《かいどうしずえ》

寝台雅彦《しんだいまさひこ》

渡部純一《わたべじゅんいち》




☆花びら殺人事件☆




1〇挑戦的なやつと、挑戦的な手紙。




「君が殺人鬼だということは知っている。今度は、人の死を違う立場から見たくないか?」 

 ガシャンと音がしてポストを開けてみると投函された一枚の便箋を発見した。宛名と差出人を見ずに、中にある手紙を読んだ。おおまかに、俺が一連の殺人犯であることを明記している文章と以上の意味深な言葉を残していた。

「人の死を違う立場から?」

 俺は首を振った。どういう意味だろうか。
 
 手紙の内容を頭の中で吟味した結果、わからなくて首を傾げた。
 
 人の死。そんなものはいくらでも見てきた。今更、殺人鬼である俺に何を求める。
 
 便箋を裏返してみる。
 
 上のほうに宛先が書かれ、熊尾《くまお》隆盛《りゅうせい》様と、確かに俺の名前が書かれていた。

 下には差出人の名前が。
 そこには警視庁捜査一課。渡部純一と名前が記されていた。

「へえ」

 物好きな社会になったものだ。
 殺人罪が廃案になってから、好きな世界がやってきた。
 俺は社会の望む通りに殺人を繰り返してきた。

 警察は殺人鬼を捕まえることができないから、彼らは何も捜査をしていないだろう、と俺はたかをくくっていた。
 けれども、この挑戦的な手紙が警視庁捜査一課の渡部というやつから送られてきた。

 面白いじゃないか。
 気になる言葉は「違う立場から人の死を見る」果たして渡部純一は何を考えているのか。
 俺は身支度を急いだ。しばらくアパートに戻ってこれない可能性もあるので、部屋のコンセントはすべて抜き、金庫にある大切なコレクターをどうするか悩んだ。迷った挙句、そのままにしておいた。

 アパートから近くの駅に行き、
 新宿に向かう山手線の電車内で俺は再度手紙の事を考えた。
 人の死を違う立場から見る。つまりは、捜査に手を貸してほしいということなのだろうか。それとも解剖の手伝いをさせられるのか。殺人犯としてのアドバイスが欲しいのだろうか。

 警視庁。新宿にある都庁のそばの高層ビルの一階。殺人罪がなくなってから何回か通り過ぎたけど、入るのは初めてだった。
 
 緊張はしない。けれども心臓は確かに鼓動していた。






2〇丁寧語を話す毒舌男と、丁寧語を話す腹黒女





「失礼ですが、もう一度お名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「熊尾《くまお》です」

 受付の女は首を傾げ、俺の名前を頭の中で反芻しているようだ。名前の響きがどんな味になるのだろうかと噛みしめているに違いない。不気味で、なんとなく名前に対して趣向がありそうだった。この女も殺人鬼の素質があるのだろう。
 
 綺麗に整いすぎた目鼻立ち。まるで整形したような顔。顔に独特な特徴があり整形の跡は見られない。ナチュラルな美人。胸元の名札には「名取《なとり》、楓《かえで》」と書いてあった。

 名取さんは俺の名前を見て、サディストの眼をした。冷たくジメッとした……。俺も嫌味を言いたくなる。

「珍しい名前です。何度も聞かれるのは慣れているので、うざったいですけどね」

 正直に言う、目の前の「イケメン風」「根暗」「殺人鬼」に対して、綺麗な笑みを浮かべる名取さんだった。彼女はカウンターの上に差し出した書面に目を通していた。彼女はすらすらと目を通した後に、綺麗な顔をあげた。

「ただ今、上のものに確認を取ります。掃除屋と書いてあります。これは普段は何をされているのですか?」
「まあ、そちらは把握していると思ってましたが」

 俺は何かを含むようにして言葉を濁した。掃除屋とは殺人鬼のことを暗示していた。

「何も存じ上げないので、書面に用を書いていただけませんか?」

 俺は受付のカウンターに身を乗り出し、彼女の胸ポケットからペンを取った。彼女は反応を示さずに満面の笑みを浮かべていた。カウンターの上にあるメモ用紙を破り、さらさらとペンで書きこんだ。

「えーと。殺人鬼?」

 こんな職業ありましたっけ? と疑問形の表情を見せた。

「その後を読んで頂ければ、もし読めるのであれば」
「なるほど。わかりました。殺人鬼の熊尾様。そちらのソファに座って少々お待ちくださいませ」

 俺は後ろにある黄色いソファにどてんと座った。ここからしばらく待たされることになった。




3〇サイコパスみたいな刑事と、小動物みたいな殺人鬼の熊尾




 茶色い帽子を深くかぶった見知らぬおっさんが、俺の隣のソファに座った。新聞紙を広げ、俺のことをを見ようともしない。さっき名取さんが「殺人鬼」と連呼していたけど、なんだか拍子抜けしてしまった。なんだこの警視庁。ざる警備にもほどがあるだろ、と思った矢先だった。

「ガシャリ」

 隣に座っていたおっさんがいきなり俺の手首に手錠をかけた。新聞紙で手錠を隠していたので、初動に全然気付かなかった。突然のことで大変に驚いた。

「なんだおっさん」

 手錠をかけた理由を聞きたいのだが、これって逮捕されたのか。何かしましたっけ? と俺は茫然とソファに座っていた。隣には新聞を読み続けるおっさんが座っている。

「衣服の上から女性警官の胸に触れた暴行罪」

 ぼそりと呟かれた。低い声質だった。俺は新聞誌で顔を隠している男を覗き込んだ。彼はなかなか渋い顔をしていた。

「冗談だろ? なんだ暴行罪って。ペン取っただけじゃねえか」
「もちろん建前ではあるが」
「建前で逮捕していいわけねえだろ。さっさと外せや」

 焦った。心の中は焦っていないが、と案じする。そう考えると余計に焦らざる負えない。足がめっちゃくちゃ震えていた。

「熊尾さん。殺人鬼として一生嬉しい悲鳴あげて過ごすか。それとも静かに過ごすか。どっちがいいんだい」
「嬉しい悲鳴なら興味ありますが、痛いのはごめんなさいですね」
 
 急に敬語になる俺。情けなかった、というか、おっさんは新聞紙で顔を隠しながら喋り続ける。怖いんだけど。

「例えば、同性愛者の房の中で過ごすとか。嬉しい悲鳴あがりそうですね」
「おしっこ、ちびちゃいます。ごめんなさい」

 おっさんは新聞紙を置いて、素顔を見せた。改めて見ると、目付きがヒグマのようで、やくざみたいだった。そんな第一印象を受けた。正確には第二印象ではあるけども。

「じゃあ坊やには静かに推理でもして頂きましょうか」
 
 おっさんは新聞紙を綺麗に畳み、立ち上がった。






4〇地獄を天国だという怪物と、クマの人形が好きな男の子





 階段を上がり、廊下の手前にA1という部屋があった。おっさんが先にドアを開けると、俺は中を覗いた。室内には綺麗に整理されたデスクが並び、数名の刑事がいた。部屋に入ると一同が俺の顔に注目した。次に俺の手首にかけられた手錠に目がいく。その視線の動きは、かなり静かだった。瞳を動かすのではなく、瞳孔を広げて視界を開くような。俺を連れてきた刑事さんは、皆の前で手錠を外してくれた。

「こちらは殺人鬼の熊尾さん」
「いらっしゃい熊尾さん」

 すぐ側で俺の顔を見上げてにこりと笑う、近寄りがたい空気を持つ女刑事。受付の名取さんと異なり、野生の獣のような殺気を隠そうとしない人だった。
 目を合わせると、目付きが恐ろしいことがわかる。俺は視線を逸らした。

「よろしくお願いします」

 小さくぺこりと挨拶をした。合わせて捜査員の一同がぺこりと挨拶をしてくれた。
 他の捜査員は俺のことを人間として扱ってくれるようだ。手錠をかけたサイコパスな刑事と違うところに安堵した。
 サイコパス刑事の名前は、鬼島《きしま》元《げん》。よくその名前で学生生活送れましたね、と俺は鬼島の同級生の心配をした。

「怪童《かいどう》」
「はい」

 名前を呼ばれたのは先程の女刑事。

「おまえが熊尾の相方になれ」
「わかりました。怪童静江《かいどうしずえ》です」

 殺人鬼の相方になることを拒絶もしないで即決するところは勇ましい。静江という名前。この女刑事の可愛いところ。調教しがいがあるな、と思った矢先だった。

「テレビ失礼します」
「そうだな。ちょっと見せてやれ」

 怪童さんは黒いリモコンに手を掛けた。

「なんですか?」

 静江刑事改め、怪童刑事は、テレビを点ける。画面には部屋の様子が映り、集団で蹴られている男がいた。男は丸まって涙ながらに訴えていた。

「○○さん。可哀そう。もう泣いちゃってますよ」

 なんだろうこの。俺が経験したことないけど、今後縁がありそうな世界。

「しょうがないだろ。ドンキーが親玉なんだ。ちっぽけな殺人鬼なんてドンキーのエサに過ぎないんだよ」

 部屋の中で、囚人が集団でリンチされている光景。エサ…。エサね。そりゃドンキーってなんか強そうだし。人をエサにしそうだし。リンチされた後に食べられるのだろうか。

「もしかして、ここって収容所ですか?」
「そう。この世で一番天国に近いところ」

 俺は天国という響きにここまで悪意感じたことなかった。ポケットの中の熊の人形をぎゅっと握りしめた。まるで天国にいる母ちゃんと手をつなぐように。





5〇熊尾の一抹の推理と、刑事による達観した推理。




 テレビを眺めながら、隣に座る怪童静江さんをちらりと見た。彼女は綺麗だけど、全然目を瞬きしない。そこが怖かった。絶対格闘技やってたし、今もやってるでしょ、と言いたくなる。俺たちみたいな連続殺人鬼が世界各地で好き勝手やる一方で、警察組織は刑事の凶悪さに力を注いでいた。

「怪童。これ、熊尾に」
「はい」

 鬼島元は怪童さんのデスクに、一枚の紙を置いた。彼女は俺にそのA4サイズの紙を手渡した。

「ちょっとこれ見ておいて。私はいいところだから」

 食い入るようにテレビを観る怪童さん。

「そんな野球中継じゃないんですよ」
「もっと面白いわよ」

 そういう風に受け取ってしまうのか。もう帰りたい。冷や汗半端ない。むしろこのテレビの中のほうが天国なのではないか。「天国に一番近いところ」という本当の解釈は、死後の天国という意味があったのではないか。俺はそんなことを考えながら紙に目を通した。

「ずいぶんと堅い書類ですね」
「当たり前じゃない。だって警察組織なんだよ。正義の執行機関」
「なるほど」

 なるほど、としか言えなかった。目を通した結果。シリアルキラー。いわゆる連続殺人鬼が残した事件の記録が、彼らの通名ごとに書かれていた。

「その中で、熊尾が興味ひかれるのってどんなの?」
「例えば花びら殺人事件シリーズですかね」

 俺は真剣に答えてみた。
 以下が詳細な事件内容だった。

 人間を解体して、輪を作るようにして、一つの花のように集める。

 花びら殺人事件という通名だった。ここに書かれているのはあくまでも概要なのだろう。

「どうして?」

 怪童さんは俺が花びら殺人事件を選んだ訳を聞いてきた。

「簡単に捕まえられそうだからですからね」
「甘いね」

 怪童静江さんはその名前通り静かに答えた。

「証拠を残しやすいからと考えたでしょ? でもそんなに証拠を残しやすい手法を取っているのに、いまだに捕まっていないところが、連続殺人鬼として凶悪なのよ。そいつはS級よ」
「ほう」

 俺は思わず納得してしまった。脳裏には使えないと判断されたら、ドンキーのエサなのだろうか、としか考えられなかった。





6〇華麗なる花びら殺人鬼 対 奇想天外殺人鬼




「熊尾。それやってみろ」

 振り返ると鬼島さんが腕を組んで俺の返事を待っていた。俺の返事は「はい」以外に選択肢が用意されていないだろう。
 俺は素直に答える。

「はい」
「私達のチームは、殺人鬼の素質のある人間が一人。もう一人は分析に強い刑事が組むの」
「はい。つまりどういうことでしょうか?」
「あなたは想像するだけ。いいかしら」
「でも資料がないと想像できません」

 怪童静江さんは目を細めて睨み付けてくる。
 俺は何か間違ったことを言ったのか、いや言うべきことを喋らなかったのだ。この時の返事は「はい」だけ。訂正する前に、怪童さんはノートを引き出しから取り出し、俺の前に置いた。

「ここに花びら殺人鬼の特徴を書いておいて」
「そんな小説家じゃないんですから」

 手を振って必死に抵抗をする。

「さすが想像力豊かね。じゃあ熊尾君。今日から小説家ね」
「わかりました」

 俺は肯定するしかなかった。小説家というよりも空想探偵じゃないか。紙の上に神の如く、犯人の特徴を書き記していくわけだ。
 とりあえずこんなものだろうか。どれどれと、俺が天井に向かい腕を伸ばしていると、怪童さんはデスクから紙を取り上げ、声を出して読み上げていく。

「犯人の特徴。ナルシスト。花びらが好きだから」

 俺はノートを奪おうとした。この場合、返してもらうのが正しい。

「ちょっと読まないでくださいよ」
「馬鹿にしてる?」
「してないです……」
「もっと客観的に書きなさいよ。やり直し。私にもやることあるから」

 怪童さんは椅子に座り、別の書類に目を通した。その書類をちらりと眺める。奇想殺人鬼、熊尾、盛隆《せいりゅう》の名前があった。俺の通り名だった。奇想な殺人鬼として見られていたのか。書類を作成した当人は少なくても、俺を奇想天外な奴だと思っていそうだ。
 殺人鬼の特徴を推測している人間がいるはず。
 そういう人間は思ってるよりも近くにいるのではないか、と俺は想像した。

「できました」

 怪童さんにノートを渡す。彼女は「どれどれ」と目を通した。

「どうですか?」
「いいんじゃない? これ。いい線行ってるかもしれない。この一文。博学であること、花びらを連想させること、そこからナルシストを連想させるが、逆にナルシストを演じている精神病に詳しい人間の可能性がある」
「つまり知能犯です」
「頭いいじゃない。エサから昇格ね。これからは雑巾よ」

 俺は怖かったので雑巾ワードの真意を聞かないようにした。





7〇殺人鬼みたいな名取さんに対する想いと、殺人鬼に対する想い





 水道場で雑巾をぎゅっぎゅっぎゅっと絞り、水を切らせた。俺に与えられた仕事は、小説家のように犯人の人物像を想像することと、警視庁捜査一課のA1からC3までの計三階分のフロアの廊下の掃除だった。雑用だ。雑巾での水拭きは小学生以来だったけど、最新の道具を使用しない。

 何往復もするとさすがに腰が痛くなった。

「意外と、熊尾君、頑張るじゃない」

 通り掛かり並走しているのは名取楓さんだった。恥ずかしい。この女は絶対に腹黒だ。何を思われているかわからない。無難に済ませたかった。

「綺麗好きなので」
「さすが掃除屋君」

 俺は腹が立ち、雑巾をかける動きをやめてしまった。名取さんも立ち止まった。雑巾掛けをしてる男と、隣を歩く女という構図ができていた。彼女は透明な首輪にリードをつけ、俺のことを散歩しているようだった。

「先どうぞ」

 先へと手を差し出した。

「この機に、熊尾君のこともっと知りたいと思って」

 彼女は屈み、俺の顔を覗き込んだ。やっぱりこの女は腹黒だ。殺意が芽生えてきた。俺は雑巾を手にして立ち上がり、彼女の目を睨み付けた。

「名取さんって綺麗な人ですよね。綺麗だけじゃなくて、汚さもある。全部綺麗にしてあげましょうか。僕は綺麗好きなんで」

 その時だった。

「ぐはああああ」

 俺は口から泡を吹いて倒れた。びりびりと全身に電気が走った。彼女を見上げると、スタンガンを持った名取楓さんが笑みを浮かべていた。

「痛かった? 大丈夫?」

 名取さんはひたすら言葉を投げかけながら背中をさすり介抱をした。

「どうして?」

 俺は力なく訴えたが、彼女は介抱をやめなかった。体にしびれが残るが、俺は立ち上がった。どうやって調理してやろうかと思う反面に、何かが芽生えつつあった。

「もう大丈夫です。ありがとうございます」
 
 俺は水場まで駆け足で急いだ。雑巾を絞るときに、(どうしてありがとうなんて言ったんだろう)と疑問が過った。三フロアの廊下を綺麗にした後、何か他にやることがないかと、掃除用具入れの中を眺めていた。

(勝手にいろいろやっていいのだろうか)

 トイレに向かい、掃除用具入れにデッキブラシがあり、手に取ろうか迷った。怒られたりしないだろうか。デッキブラシに手をかけたとき。

『熊尾刑事。至急A1までお越しください』

 放送が流れた。俺は捜査一課のA1に入ると、怪童さんが険しい表情でデスクについていた。

「現場に行くわよ。花びら殺人事件更新よ。また殺人鬼が人を殺したの」

 俺は手に汗を握った。自分以外の殺人鬼が、殺人を犯した現場を見に行く。好奇心よりも恐怖心が大きかった。自分と同じような狂気性を持った人間が残したものを調べる。花びら殺人事件といわれているが、とても芸術を見に行くとは思えなかった。

「僕も行くんですか?」

 怪童静江さんはコートを羽織り、銃をホルダーにしまった。

「さあ。急ぐ」





8〇花びら殺人事件の悲しい被害者と、えげつない洞察力を持った鑑識の批評家様。




 湿沼《しぬ》公園。都内某所にある小さな公園だった。人は普段寄り付かないであろう。遊具はこれと言って存在しない。寂れていて、トイレも汚かった。うっそうとした木々がぽつりぽつりとあり、ここは死者のためにあえてそうしているかのようだった。

「覗いていいよ」

 怪童さんに言われ、青いビニールシートの前に立った。このとき「人の死を違う立場から見ないか」という渡部純一という男から貰った手紙を思い出した。臨場感のある言葉だった。今試される。俺は覚悟を決め、ビニールシートの中を覗いた。

「失礼します。捜査一課の熊尾です」

 中を覗くと、鑑識の人が三人いてそれぞれ別の角度から写真を撮っていた。一人の男が撮るのをやめて、俺の顔を見た。

「こんばんは。鑑識の寝台《しんだい》です」

 親切そうで、優しそうなおじさんがだった。俺が「ども」と言うと、寝台さんは作業を再開した。

 俺は邪魔をしないようにぼぉっと眺めていた。遺体は10箇所以上に切断され、それぞれが輪を描くようにして配置されていた。ところどころに、黒ずんだ血痕が遺体に付着している。

「へえ。けっこう雑なんですね」

 雑と言われ、二人の鑑識がじろりと俺の顔を睨み付ける。寝台さんはカメラを下げて、近付き、覗き込むようにして俺の顔を見てくる。

「君、殺人鬼でしょ」
「違いますけど」

 俺は軽く手を振る。寝台さんは「あっそう」と言い作業に戻る。そうなんです、とも言えず、そのまま怪しい空気が流れた。しまった。本当のことを言ったほうがよかったかもしれない。嘘をついたほうが悪い印象を持たれたのか。

「やっぱり殺人鬼です」
「あ。やっぱり、ねえ。君、熊尾君だっけ」

 寝台さんは再びぐいぐいと接近してきた。やっぱりこういう人が鑑識やってるんだ、と思わず安心してしまった。

「はいそうですが」
「へえ。やっぱり殺人鬼って見る目が違うね。熊尾君はこの作品をみて美しいと思った?」

 何を言っているんですか、と建前上言いたくなったが、あえて本音を言ってみることにした。

「全然。素人の作品。これは芸術にまで昇華してない。誰かの作品を真似ただけ」
「エレガント!」

 寝台さんの大きな声がビニールシートの外まで聞こえたと思う。とんだ、警察組織だと俺は思った。





9〇経験則からの机上の論理と、分析観察の力不足?





「お邪魔します」
「静江さん。今日も冴えてるね」

 怪童静江さんがビニールシートの中に入ると、鑑識の寝台さんは上目遣いで、じろじろと彼女のことを見ていた。特に怪童さんの鋭い目を。まるで睨み合うような構図。

「いやですよ。冴えてるねだなんて、全然」

 まだ見つめ合う二人。怪童さんも、寝台さんの観察を気にせず会話を進める。

「今日は睡眠時間が、短いんじゃないかね。目付きが冴えてる」

 目付きのことか、と納得してしまう。怪童さんは寝台さんを置いて、遺体を観察しに行った。白い手袋をはめて、最初にばらばらの遺体に向かい、手を合わせた。俺も慌てて彼女に倣う。

「遺体に血痕が付着してる。今までこんなことなかったのに」
「熊沼君だっけ。そこの彼が言うには、模倣だそうだよ」
「寝台先生はどう思いますか?」

 寝台さんは遺体に近付き、切断された遺体の切り口を指差す。どの部位なのかここからでは判別できない。

「切断に使う刃物を変えたのは間違いない。犯人が同じなら尚更、凶器の変更を疑わざるを得ない」
「つまり犯人が変わったか、凶器を変えたのかということですね」

 俺は納得いかない面があるが、黙っておいた。

「まだ断定はできないが、比較的刃が鋭いものから、粗いものに。例えば日本刀から、ノコギリに」
「日本刀からノコギリに、犯人は凶器を替えた。どうしてか」

 怪童さんは頭を抱えた。

「日本刀使うなら技量がいると思います。別人が使えば変わる可能性も。例えば兄弟とか」

 怪童さんと寝台さんが俺に視線を向ける。すごい熱い視線。怪童さんは失礼と言ってビニールシートから急いで外に。寝台さんが近付き、耳元で呟く。

「まさか君が犯人じゃないよね。それとも知り合い?」
「そんな。俺も初めてです」

 完全に誤解です。誤解を自分から聞きにくる姿勢は好きですが、と思う。





10〇被害者家族の劣悪さんと、連続殺人鬼の対面




 ビニールシートから顔を覗かせる怪童さん。

「熊尾君、急いで、被害者の家族の元に向かうの」
「はい」
 
 彼女が運転して、一駅先ぐらいの住宅地に向かった。閑静な住宅地の一軒にたどり着いた。玄関を開ける前に、怪童さんが拳銃を取りだし、シャツの後ろに移動させた。被害者でも安心できないのだろうか。暴走されて被害が及ぶ可能性もあるのかと俺は勝手に推測した。インターフォンを鳴らすと、すぐに人が玄関の隙間から顔を覗かせた。ドアチェーンがかかっている。

「道明《どうみょう》劣悪《れつあ》さんですね」
「はいそうですが」

 道明さんはおどおどした様子だった。年齢は40歳くらい。身長は俺の170より少し小さいくらいだった。黒髪で長い。若干ふけがたまっていた。人相は暗く、一見すると不幸せなおばさんにも見える。着ている服から察するに、男だということがわかる程度だった。中性的な顔で引きこもりだと俺は想像した。怪童さんが警察手帳を見せると、ドアを一回閉めて、ドアチェーンを外した。そしてドアが大きく開かれる。道明劣悪さんが先に口を開いた。

「兄が帰ってこないんです。いろいろ探したんですけど」
「お兄様は見つかりました。残念ですが、お兄様はすでに亡くなっています」
「そんな」
 
 道明さんはその場に崩れ落ちた。少し大げさだなと俺は思った。被害者家族はこういうものなのだろうか。

「失礼ですが、他のご家族様はいらっしゃいますか?
「父と母はすでに他界しています」
「なるほど」
「すみません。家に上がらせていただくことはできますか」
「リビングでよければ」

 道明さんは家に刑事二人を招いた。
 リビングに通され、先に怪童さんがリビングの椅子に座り、俺は隣の椅子に腰かけた。
 道明さんは、テーブルに水を用意した。お茶か何かはないらしい。道明さんが向かいに座り、俺が水に手をかけようとすると、怪童さんに静かに足の甲を踏まれた。俺は怪童さんの険しい表情を見て察した。この男を警戒しなければならないと。

「すみませんが、道明、花輪《はなわ》さんの部屋はどちらに?」

 途端に道明劣悪さんの顔がゆがんだ。





11〇劣悪の嘘と、怪物の優しさ




「別居してました」
「そうですか。失礼しました」

 怪童さんはすんなりと引いた。彼女は、道明劣悪さんが怪しい男と、目で語ってたけど、何を根拠に言っているのだろうか。この人は殺人鬼には見えなかった。勇気がない。そんな印象を受ける。殺人鬼はある程度、図々しさが必要なのだと俺の殺人鬼としての経験論が語る。つまりそういうことだ。

「最後に花輪さんと連絡を取ったのはいつごろでしょうか」

 劣悪さんの表情に焦りの色が見えた。頭の中で混乱している。そんなイメージが湧いた。

「最後はいつだったかな」
「覚えていないのですね」
「はい。すみません」
「わかりました。また連絡するかもしれないので、そのときはよろしくお願いします」

 怪童さんは立ち上がり、俺にアイコンタクトを送った。劣悪さんに見送られて、玄関から出た。彼はすぐに玄関の扉を閉めた。その後に余韻が残っていた。

「なんかいろいろ怪しい人でしたね」
「君、今の聞いて何が怪しいのかわからなかったの?」
「例えばどこですか?」
「はあ」

 大きくため息を吐く怪童さんだった。

「時間がもったいないから運転しながら話すわ」

 車を運転しながら、怪童さんは話を始めた。

「初めに劣悪はこう言ったの。兄と連絡が取れなくてみたいなこと。その後に泣き崩れたわ」
「はい」
「あんたね。刑事なのよ。矛盾に気付きなさいよ」
「えーと」
「つまり。連絡を取りに行った人間が、どうして最後にいつ連絡したか覚えていないのよ」

 なるほど、そういうことか、と俺は気付いた。どうしてこんなことに気付かなかったのか、逆に自分の無能さに呆れた。収容所の風景が脳裏に浮かぶ。

「たぶん。あんた、人がいいんだろうね」

 怪童さんは叱らずにそんなことを言った。人を見抜いているような、優しさがそこにはあった。






12〇犯罪者みたいな思考方法と、犯罪者なんじゃないかと思われる鬼島元





 デスクに着くと、怪童さんが資料を俺のほうによこした。

「わかってると思うけど、道明花輪が花びら殺人事件の犯人よ」
「それは薄々わかっていました。見てもいいですか?」

 怪童さんが何も言わなかったので、俺は資料を読むことにした。花輪は、これまで女性に焦点に絞り、殺人を繰り返してきた。男が被害者になったのは初めてだった。

「DNA鑑定は一致したんですか?」
「わからない。被害者の所持品に花輪の身分証があったの。劣悪が花輪を殺した。彼はそんなに知能が高くない。だから花輪の真似をできなかった」
「兄弟そろって殺人鬼ってあるんですか?」

 俺は素直に思ったことを聞いてみた。

「珍しいわね。サイコパスになる確率は1%だけど、遺伝するのかもしれないわね。あ、これ素人の意見だから鵜呑みにしないでちょうだい」
「劣悪を捕まえるんですか?」
「私達はシリアルキラーしか捕まえない。むしろシリアルキラーを殺してくれたんだから劣悪には何も手を出さない」
「本当に花輪は死んだんでしょうか?」

 怪童さんは鋭い視線を送ってきた。文句をつけているわけではなく、言ってみな? と熱い視線を送ってきた。

「花輪は知能犯です。だから死んだと見せかけてどこかに隠れている。きっとそろそろ捕まると判断したから。逃げるよりは死んだと見せかける。そっちのほうが手っ取り早くないですか?」
「殺人鬼の君はそう考えるわけね」

 俺はむっとしたが正論だったので何も言わなかった。空気が少し重くなり、怪童さんが笑った。

「ごめんなさい。失言」
「いえ。全然気にしてません。それで花びら殺人事件は終わりですか?」
「そう。終わり。被疑者死亡で、あとは鬼島さんに報告するだけ」

 しかしながら鬼島さんは終わらせてくれなかった。

「忍び込んででも、花輪の部屋を調べてこい」

 誰がですか? と聞かないまでもわかった。

「はい」

 俺は答えた。






13〇サイコパス対サイコパス





 部屋に忍び込むためには、引きこもりである劣悪と同じ屋根の下にいなければならない。

「劣悪が引きこもりじゃなければ上手くいくんだけど」

 俺は道明家の前で一人言。気になることを一つ見つけた。どうして劣悪は引きこもりなのに、すんなりと応対してくれたんだろう。道明の家は閉めきっていた。まあ、深くは考えないでおこうと思い、とりあえず玄関の扉が開くかどうか静かに確かめた。ドアノブを下げると。開いた…。俺はこのまま開けるべきか迷った。時刻は昼。劣悪が昼夜逆転していると思い、昼間を狙った。
 
「お邪魔します…」

 俺だけに聞こえる声でつぶやく。花輪の部屋を探そうと思い、とりあえず一階にはいないと判断。二階から探すために階段を忍び足であがっていく。劣悪の姿は今のところ確認できない。花輪の部屋はすぐに見つかった。劣悪の部屋の前に、「開けるな」と書いてある札が見つかったのだ。今は床に置いてあるが、花輪が生きている頃は、その札をドアにつけていたのだろう。俺はその部屋を除外し、もう一部屋を捜索した。

 綺麗に整頓された部屋。ではなかった。むしろ、散らかっている。閉められたカーテン。陰湿な空気の部屋。殺人鬼らしくないなと第一印象だった。花輪は知能犯。これも想定してのことだろうかと俺はおもった。ためしに机の上にあるノートを調べてみる。そこには綺麗な文字で、殺人の記録が残されていた。女の名前と特徴がずらり。これを持ち帰れば、そう思った。他にも何か犯罪を示すものを探す

「ノートだけか」

 散らかっている部屋の中で机だけが整頓されていた。恐らく部分的に几帳面なのだろう、と花輪の部屋の印象を覚えた。開けるなの部屋を通り過ぎ、階段を降りていく。玄関の扉を開けるところで、思いっきり二階で扉が開く音がした。俺はびびりながら、静かに静かに玄関の扉を開けた。

 道明家の家を振り返る。そしたらカーテンが開いていた。

 捜査一課に戻ると、鬼島さんにノートを渡そうとした。

「怪童に渡せ。俺は別件がある」
「はい」

 あくまでチームを組んでいるのは怪童さんとで。鬼島さんは上司でしかない。怪童さんは笑顔で、ノートを受け取った。ぱらぱらとページを開く。

「やるじゃない。これ花輪の部屋から見つかったの?」
「はい。散らかってましたけど、これを見つけました」
「散らかっていたのね…」
 
 何かを含むような残響が。

「熊尾君は何か思うところあった?」
「どちらかというと怖いです」
「どの辺りが?」
「わかりません。感覚的にです」
「わかったら教えてちょうだい」

 テレビがついていた。その映像には男が。

「いいか。お前ら見ていろ。俺が世界を平和にしてやる。平和を願い、待つのはこりごりなんだよ」

 と発言する男。教師が殺害され、元教え子の発言だった。革命家か。預言者か。とテロップが語っていた。次にコメンテーターが語った。

「私は感動しました。是非平和にしていただきたい」

 と短く。そのあとにいろいろごちゃごちゃと専門家の意見も交えていたが、俺はこの男に感じたのは

(こいつ人間辞めてるじゃん。人間的じゃないよ。全然。平和なんて、心では何も思ってない)
 
 だった。あまり気にしないでおこうと俺は思った。それでも先ほど抱いた恐怖と、このテレビの前で演説した男から感じる不気味さはどことなく似ていた。






14〇恐怖の時間。サイコパス対神様仏様閻魔様





「私と熊尾捜査官の見解では、花輪はどこかで生きている可能性があります。つまり被害者の偽造です」
「どれくらいの確信がある?」

 渡部純一さんの前で怪童さんは縮こまっていた。俺に手紙をくれた本人が、目の前にいる。俺も何か噴出しそうだった。目が合うだけで人を殺せるのはサイコパスよりかは刑事の得意技だと思った。渡部さんは姿勢良く椅子に座っていた。座高が高く、身長も高そうに見えた。捜査一課のシリアルキラー課の部長だった。

「私は100パーセント。熊尾捜査官は」
「自分は50パーセントです」
「根拠は?」

 怪童さんは、一歩前に出る。

「花輪は知能犯でした。だからいろいろな細工の跡が見られます。そちらの資料をご覧になられればわかると思います」
「今目を通している」

 俺はごくりとつばをのんだ。次は俺の番だ。

「自分は感覚的なのですが」
「感覚的ね」

 俺は渡部さんの一言でしゃべれなくなった。

「続けて」
「感覚的なのですが、花輪に殺人鬼の素質が見られないのです。それで50パーセント。あとの50パーセントは怪童さんの意見を聞いてです」
「なるほど」

 沈黙が続いた。俺は沈黙で殺されるかと思った。怪童さんの作成した資料によると、花輪は自分の部屋をわざと汚した。部分的であるが、机の上だけ整理した。恐らくノートを誰かに見せるため。身分証を遺体に所持させたのは遺体を偽証するため。劣悪さんには殺人すら冒せないと判断していた。だから劣悪さんは誰も殺していない。冤罪だった。嘘を吐いたのは緊張感のため。刑事の前だと人見知りをする人はこういうことがある。と解釈。恐らく花輪にいじめられ、劣悪さんは内気になった。と勝手な人物像も。

「この、花輪君の部屋は汚くて。リビングの描写がないけど、綺麗だったの? 汚いの?」
「綺麗でした」
「で、劣悪の部屋は汚いの?」
「恐らく引きこもりなので相当汚いかと」

 ここで長い沈黙が流れた。渡部さんは何かを悟ってほしそうだった。答えは知っているが、怪童さんに何かを悟ってほしい、そんな親心のような仏の顔をしていた。しかしすぐに閻魔様の顔になった。ものすごい形相になる。顔の筋肉は静かだけど、瞳孔が開いた。もうあなたは人殺し。ある意味で。

「リビングが綺麗なのに? 今住んでいるのは劣悪だよ?」

 怪童さんが息を飲んだ。こんなに緊張感のある顔をしているのは初めて見た。俺は少しちびった。

「今すぐ、機動隊を向かわせます」
「私もそのほうがいいと思う。ただし、劣悪が今どこにいるかも今から考えろ」

 それは俺への命令だとおもった。






15〇空想が勝つのか、予想が勝つのか。





「ダメだったみたい」

 怪童さんの声で劣悪が家から離れたのがわかった。はあ、とため息がA1の室内のところどころで漏れた。
 
 机に向かい、しばらく考えるのに時間をかけた。劣悪はどこかに逃走している。劣悪の逃走先を予想する作業。彼の印象から汲み取り、どこに住処を置いているのか予想しなければならない。俺の中で気になるのは、渡部純一さんのような鋭い洞察力を持った捜査官を想定して、劣悪が行動しているのかだった。二通り、ルートを作らなければならない。俺に求められているのは、それくらいの予測が必要なのだろう。とりあえず渡部純一さんを想定しないルートだ。

「ポン」

 肩をたたかれた。振り向くと、後ろに鬼島さんがいた。

「深く考えたら、君の良さがでない」

 鬼島さんは俺が複雑に紙に構図を書いているのを指摘した。

「渡部部長を劣悪が想定しているのか、気になってしまって」
「熊尾君はどう思う?」
「私は」

 少し考えてみた。首を振った。

「劣悪は自分以上に頭のいい人間を想像してないと思いました」

 劣悪は性格上傲慢だろう。殺人鬼はこういう傾向がある。

「渡部部長は劣悪と比べて頭がいいと思うのか?」
「劣悪はそれほどよくないです」
「理由は?」

 以前に怪童さんが見ていた資料を覗いたときだ。そこに奇想殺人鬼はSS級と書かれていた。奇想殺人鬼の俺は渡部純一さんに発見された。S級の花びら殺人鬼と比べて、SS級を捕まえた渡部さんが頭が悪いわけがない。

「渡部さんが自分が殺人鬼だと推理したんですか?」

 鬼島さんはしばらく考えているようだった。

「誰が見つけたかは言えない。ただ熊尾の言いたいことはわかった」

 そういって、俺はポンと肩をたたかれた。

「ありがとうございます」

 鬼嶋さんは背中で語っていた。俺は推理を始めた。劣悪はまだ近くにいるのではないかと思った。劣悪は念のため、離れたところで自宅を監視している。

「監視」

 俺は監視するために、何が必要なのか尋ねてみることにした。

「怪童さん」
「監視? どうしたの?」
「家を監視するとしたら、何を使用するんですか?」
「どうして監視する必要があるのか教えて」
「俺が思うに、劣悪はまだ家のそばにいるのではないかと思うんです」
「監視しているとしたら、道明家に機動隊員が突入したのを確認しているはず。逃走するために、交通機関を使用している可能性があるわね」

 鬼島の机へと怪童さんは近づいた。何かを話している。

「至急、近辺の交通機関、バス電車、そして怪しい車を発見次第、任意で事情聴取」

 鬼島さんは大声で無線を使った。




17〇掌の上で踊る男と、静かに立ち去る男





「ふざけんな」

 「ふざけんな」と繰り返し怒声が聞こえてきた。廊下から護送されてくる男。両手足を拘束され、ベルトで胴体を台と固定されている。そのまま、尋問室へと運ばれ、渡部さんがその後に入る。俺はテレビに映る二人の制服警官と、渡部さんと、道明劣悪に目がいった。特に渡部さんに対して、注意深く観察することになっていた。

「落ち着いたか?」

 劣悪が静かになったところで向かいに座る渡部さんが口を開いた。

「君が犯人ということは知っている。今回の花輪殺しは君のやったことだ」
「俺は兄さんを殺してなんかない」

 台に拘束され、立たされている劣悪の声はよく響いた。

「いや殺した。証拠は鑑識が調べ上げた」

 渡部さんは灰色のデスクの上に、ファイルを開いて劣悪に見せた。

「そうだ。俺が殺した。あいつにいじめられて殺したんだ。わりいかよ?」
「いじめられて殺す。動機としては普通だ」
「そうだろ。どうしてこんなに拘束されていないといけないんだよ」

 渡部さんはファイルを次のページに進めた。それを見た劣悪の顔が静かになった。何も表情を見せず、俺は劣悪が本性を見せ始めたと思った。テレビを見ているA1の室内も異様な空気になる。皆が聴衆で、まるでこれから映画が始まるような。それだけ捜査官達は集中し始めた。

「花輪君の幼いころから、思春期までの写真だ。暗い顔をしているね。それに比べて君の写真は次のページにあるんだけど」
「なんだ。わかってるのか」

 劣悪の声が急に静かになり、聞き取りにくくなる。鬼島さんがテレビの音量をあげた。

「捜査官さん。あなたが調べたの?」
「いいや。チームでの仕事だ」
「チームプレイかうらやましいな」
「君は一人で、連続殺人を犯した。さぞ孤独だったろう」
「あんただって浮いてるんじゃないのか? いいか? ここから俺を逃がせ。もっと面白いことを見せてやる」

 渡部さんは警察官を二名尋問室から、出るように言う。A1のテレビを見ている捜査官達に焦りの色は見えなかった。なんだ。皆、渡部さんのことを知っているんだと俺は思った。

「君がどれだけ無能か教えてやろう」
「知らんがな」

 渡部さんはぶつぶつと小さな声で話していた。その渡部さんの言葉は徐々に殺意がにじみ始めた。最後に一言告げられた。

「君の人生はあと40年くらいだろう」
 
 俺はできるだけ自分に置き換え無いように聞いていた。渡部さんと相対している、劣悪の顔がゆがんでいた。これは演技ではなかった。本当にひきつっているんだ。静かに尋問室から渡部さんが出てきた。そして尋問室には劣悪の泣き声だけが残響した




終わり〇花びら殺人事件の幕が閉じ、西東京大量殺人事件が始まる




 俺は報告書を眺めていた。道明劣悪は一連の花びら殺人事件の殺人鬼だった。花輪を殺害し、凶器を変えることで模倣犯のように見せかけた。劣悪は計画的に花輪を殺したわけではなく、花輪と口論になったらしい。劣悪は衝動的に花輪を殺害し、遺体の処理と、一連の花びら殺人事件の捜査を終わりにするために、殺人を犯した哀れなサイコパスの弟を演じた。しかしながら事実は、サイコパスが一般人を演じて、花輪を連続殺人鬼に見立てた。

 劣悪は精神的に病んでいた花輪を調べるために、精神病に詳しくなった。博学で、ナルシストの傾向のあった花輪を真似て、花びら殺人事件を繰り返していたと供述した。

 俺はテレビを点けた。昨日、西東京で大量殺人事件が起きていた。そしてその犯人の一人が捕まっていないと報道されていた。案の定、

「西東京大量殺人事件の計画犯が捕まっていない」

 皆は一斉に鬼島さんのほうに顔を向けた。

「犯人の名前は、通称ネオ。本名不明。覆面を付けていたため、顔もわからない。唯一仲間で生存していた男が間もなくここに連れてこられる。今回は対策本部を立て全員で捜査する」

花びら殺人事件(バドリウス)16000文字。

執筆の狙い

作者 ファンタグレープ
219.110.157.119

☆なぜこの小説を書いたのか。
 
 推理物に挑戦したいため。会話形式の推理物への挑戦。

☆表現したいものは何か。

 スプラッタな表現をしないで、推理物を書いて、臨場感が出るのか。

☆執筆上どのような挑戦があるのか。

 推理作家への挑戦。

☆他

 小説家になろうに「バドリウス」で重複しています。
 改稿はご遠慮ください。

コメント

幡 京
218.221.116.235

ファンタグレープさま

まだ一読ですが、冷酷・非情さはさえていらっしゃる。
ですが「花びら殺人事件」のタイトルは・・ちょっと。
「警察庁広域重要指定事件X号・通称<花びら殺人>」などと、ハッタリでも大仰に、はどうでしょ。

あと一切、内面描写を省けば、さらに冷酷さが増すのではないかと。

しかし。漫画「多重人格探偵サイコ」がちょいとチラつきますが、あなたさまの筆力で吹っ飛ばしてくださいませ。

ファンタグレープ
126.208.228.12

幡 京様。感想ありがとうございます。

ギャグや、空気感を柔らかくしたつもりなのですが、やはり冷酷なのですか。これは作者の内面が出ているためなのか、作者の言葉足らずでこうなるのか、私には謎として残りました。

内面描写をしない、三人称のほうが良さそうですね。今思うのは、未登場の女被害者視点で始めて、読者に感情移入させてから、推理を始めようかと。やはり王道じゃないと受けませんね。

タイトルは凝ったものにします。

多重人格探偵サイコという漫画、今度見てみます。

根釜カツ江
223.218.114.27

ファンタグレープ様こんにちは。

私も推理小説を書いているのですが、どうしても私の場合は淡々とした感じで、人間を上手く描けていない感じがするのですが、ファンタグレープ様のこの作品は、人間の行動や言葉がとてもナチュラルに描かれていて、すごく感心しました。
やはり、こういう書き方の方が読者をひきこむ力があると思いました。
話の筋を追うだけではなく、読者が登場人物になりきって、その世界を冒険する、というのが大事だと思わされました。
そのためにどんな努力が必要なのかを考える上で、この作品はとても参考になりました。

ファンタグレープ
219.110.157.119

 根釜カツ江様。感想ありがとうございます。実際のやりとりで、人間の印象は、9割くらいが会話以外で見ることができるらしいですが、小説の場合は主に会話と心理描写の駆け引きで人間描写ができると、持論があります。やっぱり小説を読むような人は、人間観察が好きなんだと思います。
 なぜ会話でリードしないといけないかというと、小説はそこまで目の色で読者に相手の心理を読ませることができなからですね。臨場感のほうは根釜カツ江様の小説のほうが表現されていると思いました。推理を読む上では細かい描写は大切で、私が疎かにしてきた部分だと思います。

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