作家でごはん!鍛練場
富山晴京

ガラスのネバーランド

 ガラスでできた女性は祈るように手を組み合わせていた。目をつむって俯き、ひざまずいていた。顔の横にかかっている髪が頬を覆うように垂れさがっていた。
「祈る女性というのは美しいものですよね」
 一人の男がいった。この美術館で働いている人間と思われた。
「ええ」
「この方とは神社でお会いしました。幸い、あたりに人がいませんでしたので、作品を作り上げることに成功しましたよ」
「それは良かったですね」
「あなたもいかがですか?このような作品を作り上げるために身をささげたいとは思いませんか?」
「それは、勧誘ですか?」
「勧誘、といえばそうなるのでしょうね」
「しかし私にできるのでしょうか?こんな、素晴らしい作品を作り上げることが?」
「ええ。題名はそうですね、“女に見蕩れる女”と言ったところでしょうか」
 どうやら私が作品を創るというわけではないようだった。私はモデルになるらしい。
「私なんかがモデルになれるのでしょうか?」
「モデル?ああ、あなたは勘違いされておられるのですね」
 勘違い?ではやはり、私が作品を創るということなのかもしれない。
「あなた自身が作品になるのですよ」
「え?」
「このナイフ」
 男はポケットからナイフを取り出した。
「これであなたを刺すだけで、あなたはガラスになることができます。あなたはただそこにいるだけでいいのです」
「やだ、冗談ですか?」
「冗談などではありませんよ」
 男は言った。
 男はナイフをしまうこともしなかったし、おどけて見せるようなそぶりも見せなかった。どうやら本当に冗談ではないらしい。
「そんな、いやです」
「そうですか?私には極めて良いことのように思えるのですがね。あなたの美しさを永遠に保つことができるのですよ。生きていれば老いることもありますし、怪我もします。美しいあなたは汚されていく一方なのです。あなたはご自分の美しさを失うことが怖くないのですか?」
 それは怖い。だが、だからといってガラスになってそれを永久に保ちたいとは思わなかった。
「私、帰ります」
 私は踵を返し、出口へと向かった。
「それでは作品の趣旨を変更するというのはいかがですか?“逃げる女”という題名はいかがでしょう?」
 男が追いかけてきた。彼は本気でナイフを私に突き立てるつもりなのだろうか?答えはイエスだと思われた。もしノーなら、ナイフを手に持って追いかけてくることはしないはずだ。
 捕まれば女の力では抵抗するのは難しい。しかし外に出れば、まだしも人がいる。現に出口の窓ガラスを通じて、外を歩いている人間が見えた。
 私は走って出口の戸を引いた。しかし開かない。押してみたがそれでもだめだった。
「そのドア、内側から鍵がかかってるんです。僕が持っている鍵を使わないと開きませんよ」
 そう言う男は悠々と歩きながら近づいてきた。どうやら作品を逃す心配はないと完璧に信じ込んでいるらしかった。
「助けて!助けて!」
 私はドアをたたいた。せめて外の人間が不審に思って気づいてくれれば。しかし誰も気づいてはくれなかった。いや、気づかないふりをしているだけなのだろう。現に今、一人の男が私の方にちらりと視線を向けかけた。しかしすぐさま首を戻し、早足で歩き去ってしまった。
 もっとも、彼らのうちだれかが来てくれたところで、意味はない。その直後に私はナイフで刺される。彼の言うことが本当ならば、私はガラスになっているだろう。ガラスになってからでは手遅れである。誰も私を助けることはできない。
「ドアを蹴破るなんて芸当、女のあなたでは無理でしょうね」
 男は言った。
「ええ、無理でしょうね」
 私は言った。それから、窓ガラスに向かって頭をたたきつけた。一回では窓ガラスは割れなかった。しかしひびは入った。男の足音がやむのが聞こえた気がした。多分後ろでは、男が驚きのあまり体を硬直させているに違いない。
「やめろ!」
 男が叫んだ。私はかまわず、頭をもう一度窓ガラスに振り下ろした。
 窓ガラスが割れた。額に鋭い痛みが走った。そして冷たいものが額の上を伝い、目に液体が入るのが感じられた。
 私は振り向いた。男は今や手を触れれば届きそうな距離にまで近づいていた。しかしナイフを突き立てるそぶりはなかった。
 私は額を手で拭った。手のひらを見ると、血がついていた。
「どう?こんな私を作品にするつもり?」
「そこまでして美しさを損ないたいのか?」
「美しさを損ないたくはない。でも、ずっとガラスの見世物にされるのはいやなの」
「そうか。それが君の決意なんだね」
 男はナイフをしまった。そしてカギを取り出した。男はドアのかぎを開けた。
 私はドアを開け、外に出た。少しドアから離れた後、後ろを振り返った。男は追いかけてきてはいなかった。

ガラスのネバーランド

執筆の狙い

作者 富山晴京
126.219.62.98

この作品では、美しさへ対する執念、そして執念へ対する恐怖を描きました。
この作品の主な執筆の狙いとしましては、僕がどのような作品を書く人間なのかを知るということです。この作品がどのような印象を与えるのか、この作品の中でどのような部分が特に強い印象を残すのかが知りたいと考えています。それによって僕は自分がどのような作家であるのかをつかむ手掛かりとしたいと考えています。

コメント

藤光
119.104.8.6

読ませていただきした。

タイトルがいい。
どんな小説なんだろうと興味がわきます。秀逸と思います。

内容はいまいち。
作者さんの書きたいことばかりが先走っています。意図はわかりすぎるほどわかるので、なおのこと残念です。おもしろくない。

>この作品の中でどのような部分が特に強い印象を残すのか

描けてなさ……です。すみませんが。

まず、お話は唐突にはじまってます。
「私」があきらかに「不審な男」と普通に話し始めるのが不自然です。自然な会話の流れとなるよう小説内の状況を整えておく必要があります。

「私」は、ナイフで刺されるとガラスの彫像になるという作者さんの強引な設定をたやすく理解しますが、これまた普通ではありえないことです。ここも「私」がそう理解しているのを読み手に納得させる工夫が必要です。

更に、「私」は男から逃げ出しますが、この場面に切迫感が感じられません。
急激に物語が動く場面なので、それまで同じような調子で文章を書いていてはだめです。……というか、作者さんが真に物語に入り込んでいれば、それなりの書きぶりになるはずですが、それが感じられません。

いろいろ工夫する余地がある小説だと思いました。

富山晴京
126.219.62.98

ご指摘ありがとうございます。
藤光さんのコメントをいただき、小説の書き方が粗すぎたと感じました。周りの状況や登場人物の気持ちをきちんとくみ取り、丁寧に書きだすべきでした。会話の流れ、登場人物の気持ち、文の調子の変化、これらは今後の課題とさせていただきます。

島中 充
61.89.245.203

 富山晴京様、読ませていただきました
このようなショートショートはもう一度どんでん返しが
必要な気がしました。
前半の部分でガラスになるということがわかり、
それが傷つくことでガラスになることを
逃れるというのはちょっと弱いような気がします。
 星新一のような作家になられたらと思いました。 

富山晴京
126.219.62.98

確かに最後のシーンはさすがに諦めがよすぎたかもしれません。ちょっとでも執念があるなら、監禁したのちにあらためて彫像にするくらいのことはしたかもしれません。ご指摘ありがとうございました。

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