作家でごはん!鍛練場
あおぞら三平

黒船ゾンビ

「北朝鮮でミサイル発射を観測しましたぁ」
飛び込んできた一報に閣議中の閣僚達の顔に緊張が走った。
全員の目が1人の男に集まる。
総理大臣は、その場にいる者の目が自分に集まっていることを意識し咳払いをした。そして居並ぶ閣僚達を見廻し、1人の男の上で目をとめた。
「防衛大臣、ミサイルは我が国に着弾するんですか?」
防衛大臣は、片膝を立て耳打ちをする防衛省幹部と二三言葉を交わすと、総理を見て首を振った。
「目標は我が国ではないようです。米国西海岸だと思われます」
会議室全体が落胆のため息に包まれた。
「我が国が目標であればすぐに反撃できるよう準備はしていたのですが……」
返答する者がない会議室の壁に、防衛大臣の言葉が吸い込まれるように消えていく。
「その際、着弾地点をランダムにずらすことで中国、ロシア、韓国に誤着弾させる計画でした……」
防衛大臣の言い訳するような口調の最後は尻すぼみになった。
官房長官がねめるような視線を絡ませてきた。
「発射した時点ですぐ反撃すれば良かったんじゃないですかね。後から早とちりで反撃してしまったと発表する手もあったのでは? やる時にはね、思いきってやらんといかん。理由なんて後から着いてくるんだよ。そこのところを全然わかっとらんのだよ君は」
防衛大臣は腿の上に置いた両手をぐっと握りしめた。くそっ、こいつはいつもそうだ。事が終わってからこうすれば良かった、ああすれば良かったと無責任なことばかり言いやがる。もし官房長官の言うとおりのことを実際にやっていても、それはそれで別の問題が発生していた可能性が高い。実際、厚生労働省で例の問題が発生したとき、官房長官はその対応を批判していた。ところが調査が進むにつれ省の職員は決められた手順に従っており、行政ではなく、法律側に問題があることが明らかになった。その時官房長官の発した言葉をこの場にいる全員が憶えている。
官房長官は、組織に非は無いことを述べた厚生労働大臣に向かって、
「あなたが悪人顔のせいで、あらぬ疑いを掛けられるんだ」
とのたまったのである。
 この時のことを思い出した防衛大臣は、俺は侮辱に屈したりはしないと拳を握りしめた。唯一この場を収めることの出来る総理の顔を伺ったが、総理は目をつぶり思案しているようだった。誰も何も発言しない。停滞し、よどんだ空気の責任を取らされているようで防衛大臣は唇を噛みしめた。
後任を打診された全員が拒否したせいで、いまだその座を降りられない厚生労働大臣が同情とも憐憫ともつかぬ視線を防衛大臣に投げかけ、そっと肩をすくめた。
 今、日本で一番なりたくない大臣の座が入れ替わった瞬間だった。

この20年で、世界はネットの発達とともに大きく変わった。
特に、情報というものに対する意識の変化が顕著に見られるようになった。
かつて情報というものは、貴重であり、社会で生き抜くための武器であり、信頼できる存在だった。ところが、情報をただ受け取るだけではなく、一般の人々も発信できるようになると、それはティッシュペーパーのように薄く、ただ捨てられるものとなっていく。
 情報の奥底に潜む真実など考えている時間はない。情報の表面だけに触れ、最初に浮かんだ感情に身を任せるまもなく、次のティッシュが顔に触れて飛び去っていく。こんなことを繰り返していくうち、日本では、世界でも類を見ない見事なポピュリズム社会が完成していた。世界への関心を失い、自分の周囲にしか意識を向けない人々が日を追うごとに増大していく。そしてテレビ局は視聴率をとれない国際情勢の取材を止め、身の回りの話題に特化していくこととなる。海外ニュースはネットからの引用で充分だった。
であるからして、日本は人類史上2回目となる転換の波に気が付かなかった。火の発見と同等、いやそれ以上のエポックメイキングな波となる「ゾンビの実用化」に完全に出遅れた。
 事は昨年の4月、インドで地中に埋葬された死者達が蘇る事例が発生したことに端を発する。
当初、驚きと恐怖をもって迎えられたゾンビは、事例が増大するに連れてやがて歓迎されるようになる。彼らゾンビは人を襲ったりせず、従順で命令に従うことがわかってきたからだ。インド政府はゾンビを単純労働の作業員として使うことを奨励した。臭いにさえ目を瞑れば、ゾンビは非常に優秀な作業員だった。給料も休みもいらない、きつい作業にも文句は言わず昇進も望まない。
筋肉の腐敗を止める薬品が発明されると(これを注射するとなぜか臭いもなくなる)、世界中にゾンビの労働力としての利用が広まり、その国の経済力は増した。
 この流れに日本は乗り遅れた。この頃、すでに経済大国の地位から脱落していることを認めざるを得ない状況に追い込まれていた日本は、大急ぎでゾンビ活用法案を立案した。
「もっと寛容な社会を目指すべき」
「人口減から労働人口の確保 国力の維持」
スローガンとして掲げたのは上の二つである。
何でも反対する野党は法案成立を牛歩戦術で対抗した。
与党議員から「ゾンビより遅い歩みだ」とヤジを飛ばされ、それを理由に審議中止を画策するも、謝罪を拒むヤジ議員のツイッターに大量の「いいね」が投下されたことを知り法案廃止を諦めた。
見事に法案を成立させた政府だったが、ここで重大な誤算が生じた。
「火葬の国ではゾンビが生まれない」ということを完全に失念していたのだった。そもそもゾンビ発生のキーは、地中の微生物の働きによるものだと解明されている。世界規模で発生した微生物の突然変異によりゾンビは生まれた。その変化は日本の国土に存在する微生物にも起こっているはずだが、火葬で焼け残った骨ではゾンビになりようがなかった。
そこで、火葬を禁止する法案を通過させようとするのだが、野党は見逃してはくれなかった。国会審議中に野党議員全員が突然立ち上がりMJスリラーを踊り出すというフラッシュモブで見事廃案に持ち込んだ。
 廃案が決まり、立案の中心となっていた与党の若い議員は涙を流して悔しがった。国民の支持を取り戻すために与党議員全員モヒカン刈りにしようと、一致団結を呼びかけたが、特徴的な髪型の一部議員の反対によりその試みは挫折した。不思議なことに、反対議員の中にはフサフサ頭の議員も含まれていたが、誰もそのことを指摘することはなかった。
 日本がこんなことをやっている間に世界の情勢は目まぐるしく変わっていく。インドの国力が増大することを危惧したパキスタンがインドにミサイルを撃ち込んだのだ。インド政府はすぐに反撃し、パキスタン側でも大量の死者が出たが、インド政府はあることに気が付いた。ミサイルでの死亡者がそっくり労働ゾンビに生まれ変わり、攻撃される前より国力が上がったのである。
 これはパキスタン側にも当てはまる。この頃、ゾンビはインドだけではなく、世界各国に広まっている。パキスタンでも勿論ゾンビは存在していたのだが、人口に勝るインドほどには普及していなかった。ところが攻撃を受けたことで、文句を言わない労働者を何万人も確保できてしまった。
殺せば相手を利するだけだと両政府は理解し、終戦協定を結んだ。そして、友好の証として相手国にミサイルを10発づつ送り合い、両国の経済力は更に増大した。これがきっかけとなり、友好国を攻撃するということが一般的となる。それがエスカレートして「攻撃しないのは、敵性国家だからなのではないか」まで世界の認識は進む。
 ところで日本国はご存じの通り、憲法で戦争を禁止されている。
唯一許されているのは、自衛のための反撃のみだ。その場合でも、相手の国土を攻撃することが憲法上許されるのか判断は分かれている。
しかし、このままでは「攻撃してこないことは宣戦布告と見なす」のが常識化しつつある世界の中で孤立は避けられない。ゾンビの活用が進まないのは日本が封鎖的な社会だからであり、人権蹂躙も甚だしいとして、経済封鎖を検討している国もあるという噂がまことしやかにささやかれ始めている。
 国際情勢の変化は早い。インドでゾンビが発生してからたったの1年で情勢は凄まじいスピードで変化しているのであった。
 このままではマズイ。
日本政府は、あらゆる伝手を頼り、まずは4月に行なわれるG20の開催国の権利を手に入れた。そこで世界の首脳に日本の置かれた状況を説明し、誤解を解かなければならない。
会議の開催日に国民にゾンビ仮装を奨励することも決定された。各国の首脳達に、日本はゾンビに差別も偏見も抱いていないということを見てもらえれば、人権を尊重する国として好印象を与えられるだろう。禿げ山に緑のペンキをぶちまけたオリンピック開催国のことを笑えないという意見はもちろん皆無であった。
大きな印象を与えると言う点では、このゾンビ仮装は成功した。
4月1日、成田空港に降り立った各国の代表団を数万の国民が出迎えた。代表団達は密集してウォークするゾンビに驚き、それが仮装だと知り全員が大笑いしたという。
このことが功を奏したのか、到着後すぐに催されるウェルカムパーティでも首脳陣達は終始笑顔であった。厳しい表情の多いトゥランプ大統領もシャンパンを少しこぼしてしまうほど酔っ払いご機嫌であった。
パーティが終わりに近づいた頃、防衛大臣が総理のもとへ近づいてきた。
「総理、さきほどワシントンへミサイルを発射しました」
「なんだって? 発射の理由を聞かれたらどうするんだ」
防衛大臣の目が少し泳いだ。
「それは適当に誤魔化して下さい。とにかくこれはチャンスです。まずは既成事実を作ってしまえばいい。理由はあとから着いてきます」
総理は腕を組んだ。全くもって勇み足だが、発射してしまったものはしょうがない。国会対策が大変だが、なんとかなるだろうと考えたところでパーティの進行係に、ホスト国の代表としてのスピーチを促されマイクの前に立った。
「実は皆様にお伝えしなければいけないことがあります。我国はさきほど米国に対して10発のミサイルを発射しました」
会場の全員が自分に注目している。スピーチは何度も行なっているが、かつて経験したことのないほどの注目度合いに総理は気をよくした。
「素晴らしいジョークだシンゾー。ゾンビジョークより面白いよ。君はジョークの名手だと聞いていたがなかなかのものだ」
トゥランプ大統領が大笑いしながら、総理に握手を求めてきた。
総理の右手を大統領は両手で握って頷いている。
「たしかあのジョークは1年掛けてフェイクニュースを発信する大がかりなものだったらしいが、そうか日本は時差でエイプリルフールが早いんだな。やられたよ」
大統領はそう言うと、総理の肩をポンと叩いてから側を離れた。
マイクの前で立ち尽くす総理に防衛大臣が嬉々とした表情で近づいてきた。
「追加情報です。攻撃には毒ガス兵器を使いました。工場の施設はそのままで人だけを殺せるので大統領も喜ばれるでしょう」
笑顔の防衛大臣の向こうで、電話をしているトゥランプ大統領の形相が変わったのが見えた。
「そうそう、間違えた振りをして欧州各国は勿論、世界各国に一斉攻撃しましたのでもう安心ですよ。総理、私だってね、やるときにはやるんです」
得意げな口調の防衛大臣のすぐ後ろにまで大統領は迫っていた。鬼気迫る表情に、総理は後ずさりしながら言葉を探す。
「だって大統領……、さっき僕にシャンパンかけたから……これがホントのシャンパンファイト。なんちゃって」
総理の目の前に立った赤鬼が、口だけでニヤリと笑った。

黒船ゾンビ

執筆の狙い

作者 あおぞら三平
203.104.112.217

執筆の狙いは、
勢いだけでどこまで走ることができるか
です。

コメント

幡 京
218.221.116.235

ゾンビの描写。小生はアンチ・ヘイトですが、これから外國人就労者が増えて雇用が減る、
恐怖を感じました。でも:

ー「北朝鮮でミサイル発射を観測しましたぁ」
「○時○分、北朝鮮のミサイル発射を確認!」の方が。天気予報じゃないので。

ー「攻撃してこないことは宣戦布告と見なす」
これは万国公法や国際法と照らし合わせても無理です。

ーゾンビ
ジョージ・A・ロメロ以降、どこでも現れやがる存在ですが、ここは発祥の地タヒチ(ハイチだっけ)=ブードゥ・マジックにした方が。元々のブードゥ・ゾンビはフグ毒テトロデキシンで判断力を失いしとの命令にはナンでもきく存在ですから。

ーミサイル
具体的に記した方が良いと思います。北だったらノドンにテポドン、西側だったら名称は知りませんが、ICBMと誤魔化して。

あおぞら三平
203.104.112.217

お読み頂きありがとうございます。
今更ですが、ゾンビの描写が皆無でした(笑
それでも話しが成り立つと思ってしまったのは、ご指摘にある通り
ゾンビが一般的になったということなんですね。
だいぶ前に見た映画ではゾンビが全力疾走していました。
驚きましたが、この先ゾンビがスパイで活躍したり、未来から来たロボットと戦ったり、
謎を解決したりするのかなと考えると胸が熱くなります。

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