作家でごはん!鍛練場
大丘 忍

茶飲み友達?

 開け放された窓から夜の涼風が入り込む。
 町の中にあるのだが、冷房も暖房もないこのがらんとした建物は、昭和の初めごろは小学校として使われていたそうだ。二階の大部屋は当時の講堂であり、いまは地域の卓球同好会の練習場となっている。夕方から卓球台を片付け、部屋の真ん中にテーブルを並べて向かい合って座り、週に一回、京阪吟詩会の稽古場に早変わりする。
 詩吟の練習が一段落したところで、テーブルの上に缶ビールとおつまみが並んだ。今夜は、競吟上位入賞をねぎらっての祝賀会であった。誰かが入賞したといっては祝賀会、入賞を逸したといっては残念会。なにかと口実をつけて練習の後にビールを呑むのが吟詩会の楽しみである。
「先生、そろそろ再婚しはったらどうですか?」
 私の前に座っている岡西正夫さんが、二本目の缶ビールに手をかけながら言った。岡西さんは私より年上で六年前に銀行を六十歳で定年退職して、今は借家の管理業をしている。
 私はこの会では先生と呼ばれているが、詩吟の先生ではない。この会の師範は私より八つ年下の、長居白洲という関西地区では高名な吟詠家である。
 二十五年前に私がこの吟詩会に入会したとき、
「あれ、先生ですね。友愛クリニックの」
 と師範が親しげに声をかけてきた。私が医師として勤務している友愛クリニックの人間ドックに入ったことがあるそうだ。それ以来、師範は私のことを先生と呼ぶ。それにならって皆も先生と呼ぶようになった。
「再婚かあ。そんな人がいるかなあ」
 私は岡西さんが注いでくれたビールを飲み干し首をかしげた。
 六十五歳は、男にとって中途半端な年齢である。女を抱かずに過ごすには若干若すぎるだろうし、再婚するには歳を取りすぎている。私の場合は妻を亡くして以来ほとんど勃起することが無くなっていた。もしセックスなしの再婚となれば女は家政婦代わりということになるのだが。
 また、六十五歳の男と再婚しようという物好きな女性がそんなにいるとは思えない。
「これからどんどん歳をとりますやろ。やっぱり茶飲み友達がいたほうがええんと違いますか」
「そら、茶飲み友達なら居ったほうがええやろうな」
 再婚して夫婦になることと、単なる茶飲み友達とは少し違うように思うが岡西さんはそんなことには頓着していないようだ。
「先生は再婚したいと思はしまへんか」
「そら、ええ人が居ったら再婚したいと思うで。でもこの歳では再婚は難しいようやなあ。遺産相続問題なんかややこしいからなあ」
 岡西さんがにやりと笑った。
「先生はあっちの方はあきまへんか」
「あっちの方いうと、立つかどうかいうことか」
「そうですが。六十台過ぎると立たん人が多いといいますからな」
「何しろ相手が居らんので試したことはないんやけどね」
 私は六十過ぎの女性を思い浮かべた。年齢的に見合うとすれば、私の相手になるのは六十かそれ以上だろう。再婚ということになれば、確かに食事や掃除、洗濯などの身の回りの仕事をして貰えるのは有難い。ただ夜の生活はどうなるのかわからない。
 ――茶飲み友達ねえ――と私は心の中で呟いた。無理に再婚せんでも茶飲み友達だけでいいではないか。できれば時々セックスもするようならなお良いのだが。
 私が診ている患者の中で五十台、六十台の女性患者を思い浮かべてみる。そんな女達はセックスしているのだろうかと思う。
 亡くなった妻は、歳をとっても性欲旺盛で週に何回かは要求していた。でもこれは若いころからセックス好きの女だったからで、すべての女が妻の様であるとはかぎらない。女は更年期に近づくと女性ホルモンの分泌が低下するので、膣粘膜が萎縮して濡れなくなり痛がってセックスを嫌がる場合が多いそうだ。でもセックスを続けていると粘膜は萎縮しないで潤いを保っている。妻の場合はそうだった。
 この日は七月最後の稽古日であった。このあと八月一杯、詩吟の稽古は夏休みになる。冷房のないこの部屋では、八月の稽古は苦行となるからである。
「先生にその気があるんやったら、一人心当たりがあるんやけどなあ」
 岡西さんは度のきつい眼鏡を光らせてビールを飲み干した。
「この歳で再婚いうたら家政婦探しと思われへんやろか」
 という私の懸念に対して岡西さんは明快に断を下した。
「ちゃんと女房として接するか、家政婦として扱うか、そら先生の心がけ次第や」
 もちろん、再婚したら女房として接するつもりだ。もし出来ればの話だが。

 仕事から帰ると家に明りがともっている。そんな光景を想像してみる。妻が生きているときはいつもそうだった。勝手口から家に入ると、炊事場に立っている妻が笑顔で振り返る。
 三年前、家に帰ると明りがついていなかった。留守かと思って奥の居間へ行くと妻がソファーに寝そべっていた。
「どうしたんや、電気もつけんと」
「なんか、しんどうて」
 妻はのろのろ体を起した。
「どっか悪いんと違うか。あした、検査してみよう」
「大丈夫。ちょっと食欲がなかっただけやから」
「あかん、ちゃんと検査せなあかんで」
「病院にいくの嫌やわ」
 医者の女房の癖に妻は病院嫌いであった。採血とか注射とか、痛いことを極端に嫌っている。
 日に日に体が衰えていくようだった。あれほど好きだったセックスを求めることがなくなった。
 私は嫌がる妻をむりやりクリニックに連れていき、胃のレントゲン検査をした。
 シャアカステンにかけられた妻の胃の写真を一目見て私は息を呑んだ。ふっくらと丸みを帯びている筈の胃袋が、まるで竹筒のようにゴツゴツと突っ張っている。間違いなく胃ガン。それも最悪のスキルスという進行の早いガンだ。
 妻が患者椅子に座ったとき、私は咄嗟に言葉がでなかった。黙り込んだ私の顔色を見て妻は事態を悟ったようだった。顔を強ばらせて立ち上がり、診察室を出ていった。
 夕方、大急ぎで仕事を片付け、家に帰ってみると妻は台所の食卓に頬杖をついて涙ぐんでいた。
「私は入院も手術も嫌やからね」
 手術が可能ならそんなことは言わせない。病院に引きずって行ってでも手術するところである。もはや手遅れだった。坑ガン剤、放射線治療。いずれも気休めに過ぎない。体力を消耗して死期を早めるだけだろう。
 翌日帰ってみると妻はソファーで眠っていた。台所のテーブルの上にプロポリスの瓶が置いてあった。プロポリスはガンに効くとして名前が知られている健康食品の一つである。私はその瓶を手に取って眺めた。妻はどんな思いでこれを買ったのだろうか。
 六十才という年齢の節目。それはいつ何時病魔に襲われても不思議はない年齢なのだ。私がもっと早く妻の異変に気づいてやるべきだった。しかし、スキルスであれば、検査したところで早期発見は難しかったろう。妻の心中を思うと私の手足から力が抜けていった。
「あとどれだけ?」
 と妻が訊ねた。生きられる期間のことだ。多分、一カ月か二カ月だろう。長くて三カ月。私にはそれを口にすることはできなかった。
「世界一周旅行するんやろ。まだまだ大丈夫」
 それが空虚な慰めの言葉に過ぎないことは妻も気づいた筈だ。
 私が六十五歳になったら長期休暇を貰って、次男の案内で世界一周旅行をする夢を描いていた。多忙な毎日の診療。日本の国内の旅行すらほとんど儘ならなかった。旅行好きの妻にとっては、年に一度か二度の学会に連れて行くのがせめてもの慰みであったろう。
 翌日から妻は精力的に死への準備を始めた。家の中を整理して荷物に名札をつけ、妻名義の預金を全部現金化してきた。それは私が予想しているよりはるかに高額であった。最初から給料はそのまま妻に渡していたので、かなりのへそくりを蓄えていたらしい。妻は友人に奬められてへそくりを株式投資に回していた。おりからのバブル景気に乗って、持株が暴騰した。恐くなって持株を売ったのがバブルの絶頂期だった。私が引退したら、その資金で二人が世界の各地を旅行する筈だったのだ。何回も旅行ができるほどの金額だった。仕事中心で、とうとう妻の願いを叶えてやることが出来なかったと思うと、妻が哀れであった。せめて国内の旅行に何度も連れて行ってやれば良かったのにと後悔した。
 子供達を呼び集めた。北海道から長男が、アメリカから次男が帰国してきた。
「お母さんはガンでもう助からんのや」
 私でさえ口にできないこの言葉を、妻は自分で子供達に告げた。
「ほんまか、お父さん」
 今更隠し立ては無用だった。妻はとうに真実を知っている。妻のパソコンには、胃がんに関する記事が沢山お気に入りに登録されていることを私は知っている。妻は既にスキルスの予後を知っているに違いない。
 私の無言によって子供達はそれを悟ったようだ。
 長男は眉を顰め、痛ましそうに母親を見つめた。
「なんですぐに大学病院に入院させないんや」
 母親思いの次男が私に詰め寄るように言った。私は首を振った。
「お母さんは入院が嫌や言うのや」
 私は妻を出来るだけ手元に置いて、死ぬまで私の手で面倒を見ようと決心していた。私も医者なのだ。
 妻は子供達に向きなおった。
「お父さんは身の回りの事がなにもできない人やから、私が死んだらあんた等でちゃんと面倒みてあげてよ」
「その時は僕たちの所にきたらいい」
 二人の息子が言った。
「わしは北海道やアメリカに行くのは嫌やからな。それに大勢の患者がいる。ここを離れるわけにはいかんのや」
 言ったあとで私は後悔した。妻の気持ちを察してやるべきだった。例え嘘でも息子の世話になると言っておけばよかった。
「そんなこと言っても……」
 妻の声は泣き声に変わった。
「私が死んだあとどうするの」
「まだ死ぬと決まったわけやない」
 これが無駄な慰めだとは承知している。
「そうやったらええんやけど」
「わしのことは心配せんでもええ。はよう、病気を治すことや」
 虚しい言葉と知りながら、このように言うしかなかった。
「それなら、誰か良い人を見つけて後添いに貰って」
「そんなことできるか」
「そうせな……」
 妻はまた涙声になった。
「私は、あんただけ残して死なれへん。あんたは一人では何もできん人やもの」
 私は言葉を失った。
 妻は子供たちが傍にいないのを確かめて耳元で囁いた。
「あんた、女を抱かんで辛抱できるの?」
「そんな事、辛抱するしかないやんか」
 妻の言うことはよくわかる。若い時から、毎日の様に妻を抱き、歳をとってからも妻の求めに応じて抱いていた。それは妻が病気になるまで続いていたのだ。時には妻の要求に辟易することもあったが。
「あんたはよそで女遊びが出来る人と違うからね。それが気がかりやわ」
 私には妻の気持ちが良く分かる。このしっかり者の妻が居なければ私は赤子同然なのだ。また女を抱かずに辛抱できるかどうかもわからない。といっても辛抱するしかないのだが。
「わかった、お前の言うようにする。いい人がいたら後添えにもらうよ」
 私は再婚することを約束した。
「あんたのような人は、よっぽどしっかりした人でないとあかんよ」
 おそらく、セックス好きの女でないとあかんよと言いたいのだろう。
 妻の言う通りだった。お茶の一つも入れたことがなく、着ていく洋服もすべて妻任せであった。料理は勿論、掃除、洗濯、ゴミ出し。近所との付き合いから細々とした家事まで私に出来る筈はなかった。銀行で金を出すことすら知らない。私は医者の仕事が出来るだけで、他の面では一種の生活無能力者だった。そして妻とのセックスが何よりの楽しみだった。
「お父さん、やっぱり北海道へ来るか。北海道で医者をしたらええやんか」
 妻が席をはずしたとき、長男が耳元で囁いた。
 私はそれを断った。
「お母さんには再婚するというてある」
 私を頼りにしている患者は大勢いる。その患者を見捨てることは出来ない。
 困ったことがあれば、いつでも息子達が父親の面倒を見ると約束して引き上げた夜、
「今ならまだできると思うけど」
 布団にはいると妻が言った。
「何が?」
「しばらく私を抱いてえへんやろ。これが最後になると思うけど」
 妻の病気を知ってから一カ月の間、一度も体を重ねてはいない。子育てを終わってからは、妻はセックスを純粋に楽しんでいた。年を取ってからも決まったように妻から求めている。私が妻を抱くことは、私と妻が心身ともに健康である証拠だと信じていたようであった。
 妻が体をよせてきた。
 死を目前にした妻を抱くなんて。私はそんな気にはなれなかった。妻は最後の別れに抱いて欲しいという。妻がそれを望むなら抱いてやりたい。私は奮い立たせようと何度も試みたが、やせ衰えた妻を見ては、私の一物は萎えたままだった。もはや挿入は不可能であると感じた。
「駄目なら無理しなくていいよ」
 妻は私の首に頬擦りして横を向いた。
 以来、私は不能となっていた。

 妻の葬儀を終えて息子や親戚が帰っていった。私は森閑とした居間のソファーに身を沈めて部屋を見回した。台所に通じるドアから妻が顔を出して、
「お父さん、お茶は?」
 と声をかけてくれる筈だった。それが今夜抱いてねというサインであった。
 私は居間に新しく備え付けられた仏壇の妻の写真を眺めた。妻の笑顔が今にも語りかけるような気がした。私は妻が最後に求めたのに応じきれなかったことを悔んだ。
 部屋は不気味なほど静まりかえっている。その静けさが夢ではなく現実であることを確認して私は慄然とした。自分の歳を数えてみる。あと八年で七十才だ。八十才まではまだ十八年もある。私が何歳まで生きるのかわからないが、それまでこのだだっ広い家で、妻を抱かずに一人で過ごさなければならないのか。
 私は不能になったことでむしろ良かったのかもしれないと思った。これで妻が生きていた時と同じように欲望を感じていたら堪らないだろう。妻一筋で、他の女と遊んだことはないし、私にそのようなことが出来る筈も無い。時間が孤独を癒してくれると云われているが本当だろうか。
 クリニックに出勤すると大勢がいるし、詩吟のお稽古でも仲間達がいる。私は寂しさを紛らわす為にそれまで怠りがちであった詩吟の稽古を熱心にするようになった。
 岡西さん夫妻が気遣って時々訪ねてくれた。
「先生、男やもめに蛆が湧くいうけど本当やねえ」
 
 詩吟の夏休みの或る日曜日、岡西さんから電話があった。ゴルフの誘いである。私は岡西さん夫妻と一緒によくゴルフコースを回っていた。
「奈良県のコースで一組とってありますねん。先生の家まで車で迎えにいきますよってに」
 迎えの車が着き、後部座席に乗り込むと、見知らぬ女性が物静かな気配で片方に座っていた。上品な、ふくよかな顔立ちだった。
「真下幸代さん。私の同級生ですねん」
 助手席から岡西さんの妻の房江さんが紹介した。
「幸代さん、友愛クリニックの院長先生や」
 岡西さんがつけ加えた。
 幸代さんがよろしくお願いしますと、帽子をとってちょこっと頭を下げた。毛髪にまだらな白髪を見つけて、おや、そんな歳かと思った。
「ゴルフはよくされるのですか」
 私は気詰まりにならないようにと、話しかけた。
「房江さんに仕込まれて、ときどき誘われています」
「仕込まれたやなんて。幸代さんの方がずっと上手なんよ」
 房江さんが振り返って言った。
 車は山越えの道にさしかかっている。妻以外の女性と並んで乗車するのは、何年もなかっただけに、私の胸の裡が弾んでいる気がした。
「先生、コレステロールが高いのはどうしたらよろしいでしょうか?」
 幸代さんが話題を見つけるように尋ねた。
「やっぱり食事の注意やろうね」
「そら、ご馳走ばっかり食べてるからや」
 岡西さんがハンドルを切りながら冷やかした。
「あんたこそビール、ちょっと控えたらどうなんや。一回人間ドックで調べて貰わなあかんで」
 房江さんに言われ、岡西さんは首をすくめた。
「ビールはコレステロールに関係あらへんやろ。ねえ、先生」
「ビールだけ飲むんやないやろ。脂っこいものを一緒に食べるやないか」
 他愛のない健康談義がしばらく続いて車はコースに到着した。
 山間の朝の空気はひんやりしていた。
「今は涼しいけど……」
 一番ホールのスタートで岡西さんが空を見上げた。
「今日は暑うなりまっせ」
「先生、これ塗りはったらどうですか」
 幸代さんがチューブを差しだした。日焼け止めクリームである。教えられて、クリームを顔、両手に塗りこんだ。
「おれも塗ろうかな」
「誰もあんたに塗れと言うてえへん。塗ったかてその真っ赤いけの鼻は変わらへんやろ」
 いつものことながら岡西さん夫妻は喧しい。
「先生、こんな嫁はん貰うたら災難でっせ」
「なに言うてんの。こんな酒のみでうるさい亭主を持った私こそ災難やわ」
 岡西さん夫妻の言い争いに私は苦笑した。これが茶飲み友達というものなのか。
 幸代さんがティーグランドに立ってクラブを構えた。中年というには歳を取りすぎているかも知れないが、腰や尻は豊かな肉付きがあった。幸代さんのティーショットは岡西さんをオーバードライブした。そのスイングは力みのない素直なフォームである。練習場でかなり打ち込んでいるらしい。
「なんや、大きい口たたいてるけど、あんた、幸代さんに負けてるやんか」
「お前がいらんこと言うからや」
 まだ言い争いは続く。
「幸代さんに負けたら男の恥やな」
 私もゆったりとクラブを振った。チンとクラブヘッドが鳴った。幸代さんの球を数メートル超えたところで止まった。
「ナイスショット」と幸代さんが手を叩いた。
「先生、美人と回るときだけよう飛ぶんやな」
「あほ言うな。実力や」
 私は幸代さんを見て、微笑んだ。
 私と岡西さんの舌戦はラウンド中続く。ときどき房江さんが口をはさむ。幸代さんはそれを楽しむように笑っていた。笑顔が年齢より若く見せていた。
「幸代さん、詩吟やってみたらどうやねん」
 クラブハウスでの昼食のときに岡西さんが言った。
「そうやね。詩吟は健康にも良いというからね」
 房江さんも傍から勧めた。
「あら、房江さんもやってるの」
 幸代さんが振り向いた。
「私はやってえへん。私は合唱団のほうやから。合唱の声と詩吟の声とはちがうんやて」
 房江さんの言葉を引き取って岡西さんが続けた。
「詩吟の声は力が必要なんや。細い声ではあかん。幸代さんならええ声やと思うで」
「詩吟がどんなものか、一度長居先生の練習場を覗いてみたらどうですか」
 私も、幸代さんの声は詩吟に向いていると感じていた。
「考えてみます」
 幸代さんは小さい声で答えた。
 山頂には陽が残っているが、谷間には黒い蔭が漂い始めていた。帰りのハンドルは房江さんが握っている。岡西さんはラウンド後のビールでご機嫌である。
「先生は美人と回るときだけ、ええスコアやからずるいわ」
 百を切って九十台のスコアで回ったのは私だけだった。
「そんなことあるかいな。あんたの奥さんと回ってもあかんことはいくらでもあるやろ」
「房江と? なんで房江が美人なんや。ブスの婆さんやんか」
「よう言うわ。ほんならあんたは何やのん。酒のみでデブの爺さんやないか」
 私と幸代さんは顔を見合わせて笑った。
 岡西さん夫婦の諍いは、帰宅した後も、お茶を飲みながら続くのだろう。岡西さんのことだから、お茶ではなくビールかも知れない。

 九月の稽古初めの日、私が稽古場に行くと岡西さんの隣に幸代さんがいた。私は向側の席に座った。
「やっと連れて来ましたんや」
 幸代さんは緊張した表情で頭を下げた。長居師範が姿を現した。
「女房の友達で、真下幸代さん。ちょっと練習を見たいということで」
 岡西さんが師範に幸代さんを紹介した。
 長居師範が柔和な笑顔を見せた。
「よかったら詩吟を始めてください」
「六十の年寄りでも詩吟ができるでしょうか?」
「むろん、できますよ。詩吟は誰にでもできます」
 長居師範の声はやさしかった。
 こうして幸代さんは十五人ほどいる京阪吟詩会の紅一点となった。
 幸代さんは早めに来て、湯沸し所でお茶の準備をする。稽古が終ると湯呑を回収し、流し場で洗っている。これまで誰かが――大抵はいちばん若い男性だが――やっていた細々としたことは全部やってくれる。私は女手の便利さをあらためて痛感した。
 年がおしつまり、稽古場の近くにある寿楽荘での京阪吟詩会の忘年会ではかなり席が乱れていた。あちこちに談笑の輪ができ、賑やかに雑談している。
 岡西さんがビール瓶を持って私の前に座った。
「先生、例の話、どうですか?」
「例の話?」
「再婚の話ですがな」
「ああ、茶飲み友達かいな」
「あの人ならええと思うんやけど。旦那には八年前に死に別れて今は一人。子供もおらんしな」
 岡西さんは長居師範に酌をしている幸代さんに目を流した。
「あの人やったら言うことないな」
「ほんなら先生、オーケーなんやな」
「ちょっと待てよ。幸代さんが来てくれる筈ないやんか」
「いや、そんなことありまへん。幸代さんは、先生やったら、再婚してもええ言うてまっせ」
 私は慌てた。
「ほんとうに幸代さんがそう言うたんか」
「それとなく意向は打診してありますねん」
「待ってくれ。そう簡単には決められへん。ちょっと考えさして貰うわ。再婚となれば子供たちとも相談せなあかんしな」
「再婚がややこしいなら友達として付き合おうてもええやないか」
「友達か。まあ茶飲み友達になったとしても友達には違いないけどな」
「それとも先生、あっちの方はまだ達者ですか」
「それが相手が居らんのでわからんのや」
「そんなもん、男は立ちさえすればできるに決まってますやろ」
「そやけどな。女房がいるころは上手いこと立たせてくれたからいつでもできてたんやけど、その相手が居らんのでようわからんのや。相手が居らんのに立たせても仕方がないからな」
「一ぺん風俗に行ってみたらどうです?」
「わしにはそんな趣味はないし、風俗なんて行ったこともないしな」
「先生は堅物やからな」
 岡西さんはビールを持って隣に移動していった。
 幸代さんとは、ゴルフを一緒にして以来、何度もゴルフをしているし、詩吟の稽古で物腰の柔らかい人柄は理解しているつもりだ。
 そうか。岡西さんが考えている再婚の相手は幸代さんだったのか。再婚まで行かなくても友達付き合いでも良いか。できればセックスフレンドになればもっと良いのだが。
 詩吟の稽古では幸代さんはいつも私の向い側に座る。そこが私と幸代さんの定位置になっていた。最初に座った場所を習慣的に続けているに過ぎないが、私が偶々違う席に座った時でも、幸代さんは私の前に坐った。幸代さんが私に好意を持っているのではないかと思った。
「先生、どうぞ」
 幸代さんがビール瓶を差しだした。
 私はグラスを手に取った。
 幸代さんは私との再婚を本当に承知しているのだろうか。表情からそれを探ろうとしたが、なにも窺い知ることはできなかった。
 私のグラスにビールを満たし、隣の席に移動する幸代さんの姿を目で追っていた。
 六十才といえば、妻が亡くなった時の年齢である。妻は年令より若々しいのが自慢だったが、幸代さんもとても六十才には見えない若さである。私はつい妻と比較してしまう。この年令は枯れてしまうにはまだ早すぎるようだ。幸代さんもきっと妻と同じように性的には現役に違いないだろう。私にも現役であることを期待しているのだろうか。
 妻というセックスパートナーを失って、私の能力は衰退してしまったと思っている。これまでは、毎日のようにそのような欲望が起きてきたものだが、妻を失って以来欲望すら感じない。潜在意識の中で、妻が亡くなる前の最後の望みを叶えてやれなかった引け目が私を不能にしているのだろうか。
 もしかしたら幸代さんなら欲望が復活するかもしれない。もし復活しなければ、それこそ本当のただの茶飲み友達ということになるのだが。
 茶飲み友達でも良いなら、幸代さんと再婚したい。そのうち男女の関係も復活するにちがいない。
 詩吟のお稽古が待ち遠しく、幸代さんの笑顔を見ると気が休まる思いだった。

 年が明けて、初稽古の日である。
「一度先生のお宅に行ってよろしいでしょうか」
 幸代さんがはにかみながら囁いた。
「そら構わんけど、何のもてなしもできんで」
「お食事の準備はしていきますから。お話ししたいこともありますし……」
 言葉を濁したがおそらく再婚の話だろう。幸代さんはきっと決心したに違いない。
 詩吟の稽古が始まって話は中断した。
「先生、お食事などどうしていますか」
 稽古が終わった時に幸代さんが小声で尋ねた。
「どうするって、コンビニで弁当を買ってくるしかないからね。弁当も決まりきっているから飽きがくるね」
「先生、どんな料理が食べたい?」
「そうやな、焼肉が食べたいな」
「では、私が行って焼き肉を作ります」
 まさかとは思っていたが、幸代さんは岡西さん夫妻と土曜日の夕方に家にやってきた。
「幸代さんは料理は上手なんよ」
 房江さんの言葉に幸代さんがはにかんだ様に笑った。
 焼肉パーティが進んで夜が更けてきた。
「わしはちょっと用事があるのでこれで失礼しますわ。幸代さんは近くやからゆっくりしたらええで」
 立ち上がる時、岡西さんが幸代さんに目くばせした。幸代さんがうなずいた。
「先生、今夜は泊まってもいいでしょうか」
 幸代さんの顔はまじめである。
 歳をとっているとはいえ、男の家に女が泊まるとはどういうことか。
「泊まっても構わんけど、ただの茶飲み友達になるかも知れんで」
「私はどっちでも構いません」
 どっちでも、とは男女の関係になっても良いという事だろう。出来れば茶飲み友達は脱したいのだが。何とかいけそうな気がした。
 風呂が沸いた。
「先生、一人で入りますか。それとも私も一緒に……」
 これも岡西さんの入れ知恵か。
「そうやな。一緒に入るか」
 私はカマをかけてみた。生前にはしばしば妻と一緒に入ったものだった。
「私が一緒に入ってもかまいませんね」
 幸代さんが念を押すように言った。
「もちろん、大歓迎や」
 幸代さんの体は白くて豊満だった。還暦だのに四十台のような若々しさだった。
「先生。背中を流します」
 幸代さんに背中を流してもらい、今度は私が言った。
「次は僕が流す番や」
 背中を流し、次に妻にしていたように手をまわして股間に触れた。幸代さんが少し膝を開いた。
「ここもきちんと洗っとかんとね」
「先生、後で使う気でしょう」
 幸代さんが笑った。
「使えるかどうかは僕のこれしだいや」
 僕の一物は水平近くまで上がっている。
「そんなら先生のそれを使えるようにしてあげます」
 幸代さんは手に石鹸をつけて掌で突起を包んだ。
 快感とともに以前の硬度が復活した。
「先生の、えらく硬くなったね。これやったら入れることが出来るんとちがいますか」
 幸代さんが指ではじく様にして言った。
「入れても構わんか。そんなら入れさせてもらうで」
 幸代さんがにやりと笑って言った。
「ここで入れるの? それとも出てから?」
「ここでする。折角立ったのがだらんとしたらあかんからな」
 幸代さんは湯船のふちを摑んで体を傾けて尻を突き出した。肛門の下に割れ目がのぞいている。
 その割れ目を広げ、そっと差し込んだ。うまくするりと入った。
 幸代さんは「ああ」とうめいてぐっと膣が締め付ける。
「締りがええんやな」
「長いことしてへんかったから飢えていたんでしょう」
 やがて快感とともに精液が迸った。
「ああ」と幸代さんがもう一度声を上げ体をのけぞらした。
 二人で湯船に浸かる。湯船から大量の湯があふれ出た。
「先生、やっぱりできるやんか」
 幸代さんは手を伸ばして股間を摑む。
「先生のこれ素敵やわ」
「そうか、そんなに良かったか」
「いままでした人の中では一番よかったわ」
「えー? ご主人が亡くなってからも誰かとしていたんか」
「私だって生身の女ですよ。やっぱり時にはしたくなります」
「そんなら時々来たらええよ」
「時々ではなくずっと一緒にいたい」
「そりゃあ僕としてはそのほうがありがたいがね」
 幸代さんが風呂に一緒に入ったのは私の男性機能を復活させる作戦だった。これも岡西さんの入れ知恵らしい。
 翌朝、帰る前に幸代さんは妻の仏壇に手を合わせた。
 ――貴女の代わりにこれからは私が先生のお世話をします――
 きっとそういったに違いない。
 ――貴女なら安心して任せられるわ――夜の方もお願いね――
 妻の写真はそう言っているように思われた。

                    了

茶飲み友達?

執筆の狙い

作者 大丘 忍
180.45.166.96

歳を取ってからの再婚には色々の問題が付きまといます。遺産相続の問題もあるでしょうが、何よりもただの家政婦に終わってしまうか、つまり、茶飲み友達ですね。それとも実質的な妻になるのか。難しいところです。
高年者の再婚をめぐってコミカルに描きました。

コメント

瀬尾辰治
49.96.41.104

大岡さん、微妙な箇所だけに焦点を合わせて、冒頭からラストまで全部読みました。
自分は例外もあるけど、プロ作家の本にしても選考通過作品にしても、ここのサイトにしても、技術的な箇所ばかり読むので、ストーリーは面白いとか否かとは、めったに言えないですが。

プロ作家にしても選考通過作品にしても、その微妙な箇所だけは共通して同じなんですよね。それだけを最後まで読んでみました。

大岡さんのこの作品、微妙な箇所だけに限った完璧度は、100点満点中、91点くらいでしたよ。
(えらそうに書いてごめんなさい)。
ありがとうございます。

瀬尾辰治
49.96.41.104

コメントの訂正。
 例外はあるけど、自分は……。
これが分かりよいですね。

大丘 忍
180.45.166.96

瀬尾辰治様

この作品は、ずっと以前にNHKの「銀の雫賞」で最終選考に残りましたが、先行者の批評として「男に都合が良すぎる」という理由で受賞を逃しました。
確かに60台で、茶飲み友達として再婚するのは只の家政婦のようなもので、そのように審査員が思っても仕方ないことでした。
そこで再婚と家政婦との一番基本的な違い、つまり夫婦生活があるかどうかをもっと強調することにして、終わりのほうの官能場面を少し付け加えました。あまり露骨に書くと官能小説になりますので。ころあいが難しいですね。
読んで頂き感想を有難うございます。

大丘 忍
180.45.166.96

先行者の批評-->選考者の批評

ラピス
49.106.217.184

加筆されて余計に男性に都合よくなってます。セックス付きの家政婦さんですね。
都合のいい女を打開するには、むしろセックスできない女にした方が良いと思います。
そして、主人公に自分の身の回りのことを少しはやってもらうよう条件をつける、とかの女にした方が良いですよ。

大丘さんが上手いのに受賞を逃すのは、やはり、男に都合の良い女を造形されるからとしか思えません。
あとセックスに依存されてるような、、。依存自体は悪くないのですが、依存するなら、主人公が自覚していて欲しいし。
一度、プラトニックな恋愛を描いてみませんか?

大丘 忍
180.45.166.96

ラピス様

中高年で再婚の場合は男女どちらに都合が良いかということになりますね。それは男性に都合が良いに決まっております。面倒な家事などは再婚すれば妻がやってくれますから。
しかし、夫婦生活を加味すると少し意味が違ってくると思います。

これは読者が男か女かによって意味が違ってくるでしょうね。
私は、完全な茶飲み友達では女は家政婦役だけになると思い、夫婦生活を伴うことにしたのですが、女性にとっては夫婦生活も負担になるものでしょうか。男にはわかりませんが。

最近は日本人夫婦の平均性交回数が20回少々と云われております。この数字を見てなるほど、そんなものだろうと思いましたが、この数字、年間の回数でした。私はてっきりと月単位のものと思ったのですが。日本人が最下位ですが、外国では下位でも日本とはケタが違います。
となると、中高年の再婚では、妻が夫婦生活を期待したとすればこれは男の負担になるかもしれませんね。
私の経験では、わかりません。

ラピス
49.106.217.184

大丘様、性については個人差があります。ただ私の知人の70代の女性は、60代でもう夫婦生活は辞めたと仰ってました。
歳とると濡れず、セックスを苦痛に感じる女性も多いです。勿論、現役の方もいるでしょう。
自分がもし60過ぎなら、男性には包容力や経済力を求めて、精神的に支えとなって頂けたら、セックスはしなくて良いです。時々、抱き合うだけで満たされます。茶飲み友達、ウェルカムです。
家事については今どき身の回りのことくらいするのが普通かと。知人の90代独居の方々は自炊されてますし。

大丘 忍
125.3.53.26

ラピス様

セックスに関しては個人差が大きいと言えます。これは男女でも違いますし、もちろん年齢によっても大きい違いがあります。
この「茶飲み友達?」で取り上げたのは、年齢が女60歳頃、男65歳頃です。この年頃では性生活には非常に個人差があります。男性は妻の死によって不能になりかけた状態、女性は性的に活発でセフレもいたという設定にしております。そうしないと、還暦の女性が結婚することは只の家政婦のようなものだというクレーム(文学賞ではそうでした)が出るからです。
私は70台半ばで亡くなった妻しか経験はありませんが、亡くなるまで性的には活発でしたので、濡れなくて痛むという事はありませんでした。
最近の日本人の性交率があまりにも低すぎるのが不思議に思います。

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