作家でごはん!鍛練場
瀬尾 りん

※BLです※海は忘れない(未完/4415文字)

 潮の香りと、夕焼けで染まる街並みが好きだ。海から吹いてくる強い風にエリオは思わず目を細める。
 ここはマルタ島と呼ばれる、シチリア島と北アフリカ沿岸の狭間に位置する島国である。ヨーロッパ有数の観光地として知られ、夕時である今、堤防から浜辺を覗いてものんびりと潮騒を楽しむ人間たちが見られた。
「エリオ」
 ぼんやりと堤防に寄りかかって俯いていたエリオは、いきなり前からかけられた声に顔を上げた。夕日に顔半分を赤く染めた、幼馴染のルカが少し申し訳なさそうに立っている。激しく吹き付ける風に、髪がくしゃくしゃになっていた。
「ごめん、遅くなった」
「いいよいいよ!忙しいのにごめんね」
 今の今まで沈んでいた気持ちが嘘みたいに、胸の奥が暖かくなる。だけどもう、お別れだ。さよならなんだと自分に言い聞かせた。
「明日だね、引っ越し」
 昨日から何度も練習した言葉は、思いのほかすんなりと声になってくれた。ルカはその言葉に嬉しそうに笑ってありがとうと呟く。ミラノにある大学の合格通知が届いたのはつい五日前の事で、突然の引っ越しになった。どうやら向こう側で何らかの不手際があり、通知が遅れたらしいと聞いている。ここ数日の彼は見ていられなかったな、とエリオは苦笑してしまう。いつでも余裕な態度のルカだったが、この件に関しては通知が届くまでそわそわしっ放しだった。
「なんだか夢みたいだよ」
 嬉しさで弾むようなルカの声とは対照的に、エリオの顔色はあまり優れなかった。視線が自然に下がっていってしまいそうで、ぐっと堪えて幼馴染の顔を見据える。うまく笑えているだろうか……そう見えていることを願った。何しろ何百倍もの倍率を潜り抜けて掴んだ合格で、ルカにとって人生最大の晴れ事であるだろうから。
「ルカならうまくやれるよ、頑張って!」
「まるで別れの挨拶みたいだ」
 それ以外何があると言うんだろう。ミラノは遠い、とてつもなく遠いと思う。休みの度にちょっと帰ろうと思って帰れる距離じゃない。だからこれから来る夏休みも、年末も隣に彼がいることはない。そう思ったら寂しくて、言ったら困らせてしまう言葉が出てきそうになる。そんなエリオの様子を見て、ルカはふい、と視線を脇へ移した。エリオの横に立って堤防に肘をつき、オレンジ色に染まる海を眺めている。
 海辺は良い。言葉がなくなっても波音が繋いで、優しく時間が流れてくれるから。
「……お前もくればいいのに」
 届いてくる波音にかき消されそうなほど小さな声で、ルカが呟いた。いつもの彼からは想像もつかない真剣な声色で、エリオは思わず動きをとめる。見たこともない顔で海の先を見つめていたルカは、突然我に返ったように表情を崩した。
「なんてな、休みには出来るだけ帰ってくる。明日、見送り来てくれよ?」
 いつもの調子に戻ったように笑うルカに、エリオは頷くことしかできなかった。





「お前、よわっちぃなぁ」
「やめてよ返して!」
 高く掲げられた剣のモチーフを、必死に取り返そうとしてエリオは精いっぱい爪先立っていた。もう少しで手が届きそうなのに、指先に触れる前にさらに高く上げられてしまう。
「泣き虫ちびー、あははは」
「ううう」
 じわじわと涙がこみ上げてきて目の縁一杯に溜まった頃、いきなり目の前のいじめっ子の頭が揺れた。
「いてぇ!」
「うわぁ、ルカだ!」
 頭を押さえるいじめっ子に容赦なく蹴りを入れながら、突如として現れたルカは銀細工の剣をいじめっ子の手からむしり取った。
「エリオをいじめるな!」
 よく響く声で叫びながら、木の棒を拾って彼を背中に隠すようにいじめっ子たちと対峙する。人数的には向こうの方が圧倒的に優勢なのだが、いじめっ子たちは顔を見合わせた後クモの子を散らすように逃げ去っていった。ルカがここいらでは一番強いという事は、学校に通う子供たちの中では有名だ。
 その姿を見えなくなるまで見送って、ルカは振り向いて泣きそうなエリオに声をかけた。
「大丈夫?エリオ」
 震えている手に剣を握らせると、耐えきれなくなったのか大粒の涙がエリオの瞳から零れ落ちた。先ほどとは別人のように優しい顔をしたルカは、その薄い背中を撫でてやる。
「うわぁあん……」
「そんなに泣いたら干からびちゃうよ」
 嗚咽を上げながらしゃくり上げるエリオは、確かにいじめっ子たちが言うように身長が低くてひょろひょろしている。だがそれの何が悪いと言うのだ、とルカは常々思っていた。大きな目もふわふわした金色の髪も、全てが綺麗で愛おしい。
 頬っぺたが真っ赤になる頃、やっとエリオは泣き止んだ。
「るーちゃん、ありがと……」
 掠れた声で一生懸命お礼を言ってくるものだから、思わずにやけそうになって慌てて表情を引き締める。エリオはごしごしと涙を拭い、大事そうに手の中の剣を握りしめている。その銀細工にルカは見覚えがあった。確か自分が二年前に、エリオが小学校へ上がった時にお祝いとして渡したものだったと思う。自宅近くでマルタの特産品を作ると言う名目で催しがあったものだから、その時に作ったものをエリオに渡したのだ。
 ルカの視線が手のひらに注がれているのに気づいて、エリオは情けない顔で笑った。
「すっごく大事なものだから、絶対取り返したくて……」
 でも、だめだなぁとエリオはため息交じりに言葉をつづけた。
「僕、強くなりたいよ」
 素人が作った、けして出来栄えの良いとは言えない作品を大事なモノと言い切ったエリオに、ルカは言いようもなく嬉しい気分になった。何を言われても泣いてしまって、立ち向かう事を避けていたエリオが涙をこらえて反抗した理由が、自分が贈った物の為だったとは……。
「エリオが本気でそう思うなら、師匠の所に一緒に行かない?」
「ししょう……?」
 強くなりたい、と言われてルカの頭の中で閃いたことがある。
「エリオはまだちっちゃいから、無理だと思ってたけど……」
 ルカは小学校に上がってすぐ、近くの剣道教室に通いはじめていた。なんでも極東にある国のスポーツらしく、剣を使用するが竹刀と呼ばれる木製の刀を使って行うものだ。ただその竹刀自体が結構な重さがあり、エリオの腕では振る事さえ難しいのではないかと思われた。それでも通いだして四年、自分はずいぶん筋力がついたと思うし、何より精神面でも強くなれたと感じている。
 ルカがそう説明すると、エリオはぱっと顔を輝かせた。
「行ってみたい!」
「じゃあ今日、丁度稽古の日だから見学するといいよ」
 二人で連れ立ってお土産通りを抜け、路地に入る。石畳の坂道を駆け上がり、突き当りを左に曲がったところにその道場はあった。ルカは重たい木製のドアを簡単に開け、中に向かって叫んだ。
「ベルナルドさぁん!」
「ずいぶん早いな」
「へへっ、はい!」
 姿は見えないが声がする。エリオを手招きしながら片手で靴を脱ぎ、室内に入る。後ろからエリオがついてきているのを確認して、奥へと進んだ。
「今日もよろしくお願いします!」
「あぁ、……ん? そっちの子供は?」
 ベルナルドと呼ばれた男性は、随分背が高くがっしりとした体つきをしていた。思わずルカの背中に隠れそうになったエリオだったが、強くなりたいと言った手前逃げるわけにはいかない。おずおずとではあるが、前に歩み出てベルナルドを見上げた。
「あ……の、エリオです」
「ああ! 君か。よくルカから話は聞いているよ」
「あの、見学に来ました」
 一体何を話されているのか少しだけ気になったが、それよりも練習風景を見てみたい。ベルナルドはエリオをまじまじと見下ろして、近くの傘立てに立ててあった剣のような物を二本手に取り渡してきた。
「ほら、これが竹刀だよ」
 手渡されてその長さに驚いた。自分の身長とそんなに変わらない。それを横のルカは軽々と片手で持ち上げて上から下へと振って見せた。自分も、と両手で持ってみたが意外と重い。振ってみると体が持って行かれるような感覚がして、前のめりにたたらを踏んでしまった。足を前に出して踏ん張り、ぐっと重心を後ろに置いてもう一度試してみる。
「その調子だ、エリオ」
 十回なんとか振ってみたが、手がじんじんしてきてそれ以上は無理だった。手のひらを見ると赤くなっていて、今にもマメが出来そうな有様である。横のルカは涼しい顔でニ十回、三十回と素振りを重ねていて、その後はベルナルドと疑似試合を行っていた。エリオは板敷の上に腰を下ろし、それを真剣なまなざしで見つめる。自分も練習すれば、強くなれるかもしれないと思った。
 全ての練習が終わるまで二時間かかった。ルカは汗だくになりながらもやりきって荒い息をつきながらベルナルドに頭を下げる。途中から面や胴着をつけての演習で集中していたのでエリオの様子を見ることが出来なかった。急いで面を外して彼の方を見ると、まるでヒーローを見るような瞳でルカを見ているエリオと目が合った。
「すっげええ、るーちゃんカッコいい!」
「本当? ありがと!」
 照れくさい気分を隠すようにタオルで顔を拭う。
「こう、なんていうかびゅんって感じで、早くてすごかった!」
 興奮してよくわからない事を言うエリオの頭を、ルカは撫でてやる。さっきまで泣いていたのが嘘みたいに、もう太陽みたいな笑顔だ。本当に素直でかわいいと思う。ちらりとベルナルドの方へ視線を移すと、彼は浅く頷いてエリオに声をかけた。
「どうだ、やってみるか?」
 頭を撫でられる事にご満悦だったエリオは我に返ったように、慌てて背筋を伸ばし、元気よく返事をした。
「はい、やってみたいです!」
「そうか。練習は月曜日と木曜日だから、次から来ると良い。ルカと同じ時間だから一緒においで」
 嬉しさが抑えきれない、という顔でエリオは何度もうなずいた。それを横で見ながらルカは素早く着替えて、彼の手を握る。
「ありがとうございました!行こう、エリオ」
「うん!」
 別れの挨拶もそこそこに、道場を飛び出した。初夏の今、日の入りは遅く時刻は十九時を回っていたが、辺りはまだ昼間のように明るかった。観光客の合間を縫うように二人は路地を走り抜け、大通りへ出る。
 風が潮の匂いを連れて背中を押し、脇の防波堤にはキラキラ光る海が飛沫を上げていた。美しいエメラルドグリーンの海は、エリオの瞳の色によく似ている。汗だくになりながら走り、ビーチへ出た。容赦ない日差しを遮るものはなく、雲さえない空は高く果てがない。もうじき朱色に染まる浜辺で、二人は息を整えた。
 ルカより体力のないエリオは少しだけせき込みながら浜辺へ座り込む。
「はぁ、はぁ疲れたぁ。るーちゃん全然平気そう、すごいね」
「俺の方が年上だからな」
「関係ないと思う……」
 ルカもエリオの横に腰を下ろした。エリオはポケットから銀細工を取り出し、上にかざした。キラキラと光が拡散して、いくつもの太陽の反射がエリオの頬に落ちる。
「強くなれるかなぁ、僕」
「エリオなら出来る」
 力強いルカの言葉に励まされて、エリオはぐっと剣を握りしめた。

※BLです※海は忘れない(未完/4415文字)

執筆の狙い

作者 瀬尾 りん
58.3.149.80

二次創作の名前だけを変えた作品になります笑
こういうBLもありますよ、という事でふーん、と眺めて頂けたらと思います。まだ何も始まっていない少年たちなので、そこまでBL臭くないかもしれませんが。長年沼に浸かっている身なので感覚がマヒしてると思うので念のため。
どんな種類の小説であれ……書くことは楽しいです。

コメント

加茂ミイル
220.108.121.244

きれいでロマンチックな文章でした。
こういうプラトニックな感じのBLを自分も書けるようになりたいと思いました。
文学的な香りがして、よかったです。

瀬尾 りん
58.3.149.80

加茂ミイル様
感想ありがとうございます!
ロマンチックを目指して書きましたので笑素直にうれしいです。
残念ながら文学的な分奏と言っていただけれるにはまだ力不足ですが……ありがとうございました!

瀬尾辰治
49.96.41.104

瀬尾さん、
る。た。それが分かっている方ですね。
もうちょっと早く合わすとか、早く結果を──。とか、そんなんが、ほんのちょっとあったかな?

姿は見えないが声がする……奥へと進んだ。
最初が、ちょっと分からないです。

渡されたその長さに驚いた。
自分と書いていても、名前を書いていないから分からないです。
(セリフは読まないので、そのせいかもしれませんが)

ミラノの大学の箇所。
改行か先に書くとどうなんやろう、そんな感じでした。

似た瀬尾ですが、自分はボートレーサーの似た名前を、ちょっと拝借。

瀬尾 りん
58.3.149.80

瀬尾辰治様

感想ありがとうございます!語尾はなんとなく同じものが続くと、自分的に気持ちが悪いので調整したりなんだり、してます。
指摘くださった箇所読み直してみますね汗 というのも結構読み直して推敲した作品なので、脳内補正がすさまじいんですよ……
私の名前はなんか適当にぱっと浮かんだものをつけたんですが、結構身近な人の名前と同じなので改名しなきゃなーといつも頭の隅でうじうじ考えています笑

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