作家でごはん!鍛練場
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レクイエム

1



 男の名前は藤堂影絵と言った。友人のあいだでは、ふじ、とか、ふじちゃん、と呼ばれていた。年は二十六になり、数年前までは学生だった。ぼさぼさの頭に、黒いジャンバーにジーパンを履く。藤堂の外見は文学青年のようだった。

 彼は学生時代の街へ、都心から西東京まで車を走らせていた。しばらく訪れていないので、車窓から景色の移り変わりを感じた。灰色から茶色にくすんだシャッターが閉じているのが目立ち、全体的に街の空気が沈み、暗く、どこか薄らとしていた。都心と西東京を繋ぐ甲州街道を走り、ロータリーのほうへ左折し、そこからはオフィス街に入った。

 駅前の、丁度交番の辺りで、昔世話になった恩人に似た人を見かけた。ずんぐりとした背中が、その人にそっくりで、横顔を眺めるとやっぱり違った。藤堂の恩師は顔がもう少しはっきりとしていたが、その人は亡くなったのか。藤堂の脳裏に死がよぎった。

 時の流れは人との出会いと別れを生みだし、我々はやがて死別を迎える。老いない人などいない。

 彼は不老不死のようだが、違う。普通の人間だった。かつては恋人がいて、友人がいて、そいつのあだ名はトーマスだった。笑い話として最近まで、仲間内で噂をしていた。

「トーマスは今頃何をしているだろう」
「爽やかな顔して、公園をランニングしていそう」

 昔やっていたテレビ番組に似ている顔があった。
 
 少しだけ活気のあるオフィス街を過ぎ、大通りを真っ直ぐ南下すると、開けた場所に出た。西霊園。西東京で一番の霊園。西霊園に向かう途中で景色をできるだけ記憶しようと窓から遠くを眺めていた。

 一言であらわせば、街は荒廃していた。

 戦争の後の焼け野原とまではいかないが、崩れた建物も数棟見られた。

 トーマスの家はどうだろうと不安になり、周り道をして様子をうかがうと、更地になっていた。看板にはセールと英語の表記が寂しくあった。

 胸が詰まり、ハンドルを切り返した。トーマスが本当に亡くなったかは知らない。
 家が無くなるということは周りにその人は死んだと思わせる、どくとくな説得力があった。人が住まないから更地になり、どこかに引っ越したとは考えなかった。

 西霊園に着くと、敷地は増築され、幾重にもその形跡が見られた。数年前は小さな霊園だったのに、一つの巨大な都市のようで、広大な土地に墓石が並んでいた。その中に人の流れがあり、列ができていた。最後尾に並ぶ前に、看板を見つけた、それは比較的新しい木製のものだった。そこには以下のように書かれていた。

「人殺しはいけません」

 殺人はいけません。看板は道徳的に訴えかけていた。同族殺しの社会的な影響が細かく明記され、また、殺人を犯すと宗教的に罰則される、とその下に書かれていた。つまり地獄に堕ちるわけだ。

 本当に地獄があるのか。ただし最近になって周りの人はお祈りをするようになったのは確かだ。無宗教の人でもお祈りをする。どうしてなのか? 預言者がもうすぐ現れるという噂がある。

 こうして霊園にやってくる人の列に並ぶと、不思議と祈るようになった。

「トーマスの名前がありませんように」

 人々は理解していた。
 列の前に並ぶ人が少なくなり、自由に霊園を動けるようになると、彼は死者の眠る墓の前で手を合わせた。眠る人は他の大勢と同じように、罪を犯した。

 人を殺した。そして復讐された。




 霊園は混雑していた。花を添えて手を合わせ、墓石から離れると、また人の流れに混じった。肩を叩かれたのはすぐのことだった。
 振り向くと、早川先生の笑顔が見えた。相変わらず恰幅が良かったのですぐに先生だとわかった。

「誰かと思ったら、やっぱり藤堂君だった」
「早川先生。生きていたんですね」
「同僚は亡くなってしまったけど、私はこの通り。そういえば、立川ともあったよ」
「立川生きていたんですか。よかった。先生も元気そうでなによりです」

 早川先生は昔お世話になった学校の先生で、数学を教えていた。

「藤堂君はまだ論考を読み進めているのかい?」
「いえ。自分には力不足でした。今は本棚で眠っています」
「まだ本屋に売らないだけましだ。けれども藤堂君とヴィトゲンシュタインの数学について討論したかった。まだ論考を覚えているかい?」
「それこそ、私の力不足ですよ。数学の先生でいらっしゃる先生と語れません。私が聞くだけになってしまいます」
「それでも、いいんだけどね」
「遠慮しておきます」

 藤堂は学生時代にヴィトゲンシュタインに興味があった。ヴィトゲンシュタインは論理哲学論考を書いた哲学者で、人々は論理哲学論考を「論考」と短く呼んでいた。論考には数学についての記述があり、難解な本だったが、意味がわからないところに深みがあった。それだけの忍耐力と、好奇心が学生時代の彼にはあった。

「奥さんはどちらに」 
「妻は家に引き篭もっているよ」
「物騒な世の中になりましたね」
「あいつは外に出たいみたいなんだけど、私が許さないんだ」
「なるほど」
「藤堂君は、目の前で人が死ぬのを見たことがあるかね」
「実はまだありません。ただこの日本が殺人罪を廃止したのは知っています。そして毎日のように新聞では法案廃止の是非が討論されています」
「私は見たことがある。生徒が親同士の問題に巻き込まれ、クラスメイトの首を授業中にハサミでかき切った。警察はその子を捕まえなかった。そして壮絶ないじめが始まってしまった」

 彼は早川先生の話に聴き入っていた。

 先生は一瞬話すのをためらい、藤堂の顔を見て話を続けた。そのときの先生は苦しそうで、怒りよりも、悲しみに暮れているようだった。

「その子は私に助けを求めてきた。しかしながら力不足でね。私は何もしてやれなかった。その子の歯がぼろぼろになっているのに、教師である人間は何もしてやらなかった」
「その子の今は?」
「亡くなったよ」
「クラスメイトに殺されたのですか?」
「自殺したんだ。そしたらやっと警察がやってきて、事情を聴いていった」

 一時期、ニュースでは復讐殺人が頻繁に報道されていた。復讐はいけません、と声高にニュースキャスターが原稿を読み上げた。看板に書かれた、殺人はいけませんと似たようなものだった。ニュースでは専門家を呼び、復讐が与える社会への影響を説明していた。

「警察は何と言っていたんですか?」
「何も言わなかったよ。彼らは行政の側だからね。でも何か言おうとしてたよ。人間だから葛藤してるのだろうね」
「酷い社会ですね」
「社会はそういうものだよ」

 以前、先生と社会についての議論したことがあった。そのときの先生は社会を「数字みたいなもの」だと言って議論を締めた。

「確か先生がいうには社会は数字でした。これは冷たいという意味ですか」
「統制されているってことだ。そして社会には何かしらの規則性がある」
「おっとこのまま論考の話をするのはなしですよ」
「論考もそういうことを言いたかったと思う」

 先生は遠くを眺め、その視線の先に巨大な空中都市が浮かんでいた。巨大な要塞が、空の風景を壊すように浮かんでいた。原理はわからないが人間は空に住んだ。

 空に住んでいる人間を地上の人間は、「空人」と呼んだ

 空中都市には独自の法律があり、その世界は殺人罪があった。一方で地上は殺人罪がないので殺人世界と呼ばれていた。

 藤堂達は殺人世界で暮らし、殺人罪を法律から無くすことで生活はより原始的になりつつあった。

 先生は空中都市に向かい、指を立てる。先生にしては大変珍しい行為で、藤堂は見て見ぬ振りをした。

「藤堂君、家にいらっしゃい。どうせ一人なのだろ」
「悪いですよ。それに奥さんが許すでしょうか」
「大丈夫。藤堂君なら、妻も心を許す。それに大人なんだ。君が悪い人間じゃないくらいは判断するさ」

 彼は頷き、先生の車に続いて車を走らせ、先生の自宅まで向った。





 先生の家はマンションで、オートロックではなかった。いまどきオートロックではないマンションは珍しいもので、殺人罪が廃止されてから、マンションの工事が各地で進み、警備が厳重になっていた。

「オートロックではないですね」
 
 階段をあがり、三階付近で先生にたずねてみた。オートロックではないマンションの危険性を指摘したつもりだった。

「宅配の人が困ると妻がいうからね。わざわざ引っ越したんだよ。前はすぐ向かいのマンションに住んでいた。工事のときに、紗千《さち》と口論になってしまい、私が引いた。でも私も紗千も、ピンピンしている」
「そうですか。ここら辺は治安がよさそうですね」
「そうだよ。鍵はどこにあったかな」
「開いてませんか? なんか鍵が閉まっていないように見えます」
「本当だ。紗千さん」

 先生は足早に玄関ドアを開けて家の中に入った。先生が靴を玄関で、脱いでいないのに気付いた。紗千とは早川先生の奥さんの名前だと判断した。

「藤堂君。困った。紗千がいない」
「近辺を調べてみます。先生はここで紗千さんを待っていてください。もしかしたら、戻るかもしれないからです」
「それなら電話番号を渡しておこう。君のも教えてくれ」

 携帯電話に先生の電話番号を記録した。マンションから出ると、エレベーターを使い、一階まで降りる。そのとき、エレベーターの前で女の人が待っていた。もしかして、と思ったが声はかけなかった。

 少ししたら先生から電話が。紗千さんが戻ってきたといった。

「ゴミだしだったよ。すまないな藤堂君」

 家に戻ると、恥ずかしそうにした先生がいた。その向かいに先程の女の人が。先生と違い細身だった。髪が長く、白い服を着ていて、清楚な感じがした。

「心配おかけしました。主人から噂は聞いております。哲学者とか」
「それは違いますよ。早川先生担ぎ過ぎです」

 先生はリビングの椅子を引き、座った。

「君のヴィトゲンシュタインはいい線行ってたよ」
「いじめはよくありませんよ」
「紗千さん、その通りです。先生少なくとも今は止めてください」

 先生は立ち上がり、棚からシャンパンを取り出した。

「あとでゆっくり飲もう。ヴィトゲンシュタインも君のことを待っている」

 その時間はやってきた。先生の部屋に呼ばれた。マンションはリビングと部屋が五つあり、藤堂はその一つに失礼した。和室だった。

「畳で居心地悪いだろうけど」
「そんなことないですよ」

 畳に座り、畳の目を触る。どこか懐かさを感じた。

「畳は初めてだろ?」
「二回目ですね」
「一回目はどこで?」
「精神病院です」
「なるほど。君は車を運転したが、法律上許されないだろうけど」

 先生は言葉を濁した。

「今更法律に従うつもりはありません」
「やっぱり気が合うな。さあシャンパンを飲もう」

 シャンパンは美味しかった。しばらく会話が弾み、紗千さんが呼びに来た。

「助かる。藤堂君の話は難しい」
「そうでしたか?」
「社会を論理的に話すのはしばらくごめんだ」

 冗談が半分くらいだと思う。先生も乗り気で、その証拠にシャンパンは無くなっていた。

 リビングに料理が並び、席が四つあり、誰か他にもいるのか尋ねてみた。

「富田だよ」

 藤堂が仲間内でトーマスと呼んでいた親友だった。

「富田もいるんですか」
「今はいないが、もうすぐ帰るだろう。あいつは大丈夫。富田はああ見えて、自衛隊上がりだから」
「自衛隊入ったのか」
「意外だろう。俺も初めて聞いたときは驚いた。でも嘘じゃない。まあ富田が嘘をついたとしたら別だが」
「信じますよ。でもあの富田がな」

 夕食を済ませると、玄関が開き誰かが帰ってきた。富田は皆が食事を終えた後にやってきた。

「ふじ。生きてると思わなかった」
「富田はどこかで生きていると皆で噂してたんだ。皆きっと安心すると思う。自衛隊入ってたのは知らなかった。それでもやめたのか?」
「父ちゃんと母ちゃんが亡くなって、俺は軍人じゃなくなった。家族がいなくなったから、退役させられたんだ」
「空中都市に移住しようとは思わなかったのか?」
「それもただの噂にすぎない」
「実は俺も自衛隊に入ろうと思ったんだ。もしかしたら、富田と一緒の部隊にいたかもしれない。いや俺に限ってはそれはないか」
「藤堂君。君の話では、皆にそれぞれの役目がある。そんな想いをすることはない」

 早川先生が助言をした。

「富田君。彼の話では戦争もなくせるらしいんだ。興味ないかね」
「まあ。ありますね」

 富田は少し嫌そうな顔を見せた。

「いいんですか? 説明しても」

 早川先生に確認を取ろうとすると。

「一言で、説明してあげなさい。あの一言だ。私はあれに心を打たれた」
「皆が泣けば世界は平和になる、ですか」
「どういう意味なんだ」
「藤堂君いわく、バタフライエフェクトらしい」
「そこまで、ごはんできてるから」
 
 早川先生がまた哲学を語りそうだったのを紗千さんが割って入った。そこで 会話は終わり、富田はたすかったと呟いた。

「ふじ。バタフライエフェクトね。覚えておくよ」





 翌朝になり、藤堂は少し遅れて目を覚ました。ソファに腰掛け、テレビを観ている紗千さんを見かけた。彼女は泣いていた。藤堂はテレビを眺め、言葉を失った。そのとき、インターフォンが鳴り、藤堂が代わりに出た。

「捜査一課の津久田です」
「同じく捜査一課の相沢です」

 津久田は背が低く、目つきが鋭い。隣から顔を覗かせる相沢は、背が藤堂と変わりがなかった。年は津久田が40前後で、相沢は25から30くらいだった

 リビングでテレビ画面を凝視している紗千さんの様子を確かめ、藤堂は紗千さんを刑事に会わせるべきか迷った。紗千さんが察したのか彼女は大声で叫んだ。獣の雄叫びのようだった。あるいは断末魔だったかもしれない。刑事達に自分の気持ちを知ってもらいたかった、と聞いている側は感じた。

「早川久志さんの家族ですか?」
「私はかつての教え子です。今のは奥様です」
「話を聞かせて頂けますか?」
「聞いてみます」

 玄関からリビングに向かい、ソファで固まっている紗千さんの肩を擦った。

「刑事さんが見えていますが、追い返しますか?」
「皆殺しにしてやる、あんたも殺す。だって殺人で捕まらないんでしょ?」

 紗千さんは大声で威嚇してきた。台所に走り、包丁に手をかけた。刑事達が玄関からリビングに駆けつけ、彼等は銃を抜いた。津久田が躊躇することなく紗千さんを撃ち殺した。

「紗千さん」

 藤堂は紗千さんの身体を揺すり、彼女の頭部と胸に二発弾痕を確認した。

「どうして。紗千さんはただ悲しみに暮れていただけじゃないですか」
「やれやれ。優しいね、君は。殺されてしまうかもしれない、と思わない?」

 相沢だった。津久田は相沢を一目して、銃をしまい、手を合わせる。仏に手を合わせる仕草だった。刑事が去り、鑑識が家の中にテープを張り、藤堂は追い出された。聴取を受けず、マンションの外で待つように言われ、マスコミが大勢押しかけていた。

 藤堂はカメラの前に晒され、一言を、何でもいいから一言言いたいことを、とマイクを寄せられていた。

「私は世界の平和を願いません」

 後ろで、「今のは、使えないな。カット」と声がした。マイクを遠ざけたので、藤堂は奪った。カメラのフラッシュがたかれる。

「いいか。お前ら見ていろ。俺が世界を平和にしてやる。平和を願い、待つのはこりごりなんだよ」

 フラッシュが再度たかれ、マスコミの何人かは歓声を小さく漏らした。




2





 藤堂は地図を確認しながら路地裏を散策していた。ロレットカルボというレストランがどこにあるのか、しばらく時間をかけた。

 ただの同窓会だった。

「早川夫妻を悼む会」でもあった。立川が幹事を務め、藤堂はそれに参加した。

 立川がどんな男かなのか。藤堂と似ているところがあり、決定的な違いもあった。立川は実験的だった。逆に藤堂は哲学的で机上で話を組み立てるのが好んだ。立川とこんなメールのやりとりをしていた。

「小説家は場数を踏む必要がある。様々な経験をして、メモに取らなければいけない。沢山の本を読まないといけない。ふじは精神病院にいたから遅れてるかもしれないけど、俺達は進んでいるんだ」
「たっちゃんは小説家には向いてないよ。だってヴィトゲンシュタインを理解していないじゃないか」
「言っておくがな。俺はヴィトゲンシュタインの研究をしている教授とも話したことがあるんだ」
「じゃあ、ヴィトゲンシュタインの論理哲学論考の1、世界はそうであることの総体である。たっちゃんなりの言い換えができるの?」
「語れないことは我々は沈黙しなければならない。ヴィトゲンシュタインの言葉だ。まだ解明が続いているんだ。これが正解だ」
「研究者には向いてないと認めたようなものだよ。自分で解明する気はないの?」 

 それから立川とメールをしなくなった。


 ロレットカルボを見つけた。外でたむろしているやつらがいた。懐かしい面々で、早川先生の話題になった。藤堂は話を聞いていた。

「早川先生いい先生だったよな」
「いい先生すぎた」
「今はいい先生が亡くなるらしい。そういう先生のほうが心を許せるらしい」
「ひでぇ。世の中だ。悪いやつだけ生き残る」

 藤堂は横槍を入れようとした。代わりに立川が振り向き、会話に入り込んだ。

「悪いやつも殺される。傍観者も殺される。傍観者は弱いから、付け入れられるからだ」
「誰も生き残れない。空中都市のやつらは、地上の民を皆殺しにしようとしている。恐らく、地球環境を改善するために、人口削減を始めたんだ」

 藤堂は立川に続いた。立川は彼を一瞥した。

「ふじの言うとおりだ。その証拠に地球温暖化のために、やつらは気温が低い上空を選んだ。代わりに地上では救世主が望まれた。その救世主が今日ここに来てくれました。皆、藤堂だ」

 立川の呼びかけで視線が集まった。

「まだ救世主というわけではないよ」
「まだだってよ。藤堂、いつかは世界を平和にするんだな?」
 
 長谷部が声を張り上げた。藤堂の友人だった。周りの同級生は口々に「空人を倒してくれ」などと言い、気持ちが高揚して、万能感に満たされた。藤堂は空中都市のほうを指した。レストランの前からでも巨大な要塞がみえた。

「天は人の上に人を作らず」
「なるほど、ふじらしい。ふじ、ふじ、ふじ」

 周りも長谷部の言葉に倣った。レストランの扉が開き、店員が笑顔で現れた。

「皆さん。中にどうぞ」

 レストランに入り横に立川が着いた。藤堂は肩を思い切り叩かれた。

「開会の言葉が言いづらくなったわ」
「考えてきたのか」
「ここ数日考えたスピーチがあった。まあふじの即興には勝てないわ」
「実は俺も数日考えて喋ったんだ」

 立川は、やれやれと呟き、立ち上がった。レストランには続々と同級生の顔が。

「どうしたんだ?」
「幹事には経理の仕事もあるんでね」

 彼はテーブルのほうへと。そこに集金している幹事がいた。特に仲良くした覚えはないが、全く話したことがないわけでもなかった。無難なやりとりしかしてこなかった友人だった。

 藤堂は親しい長谷部と富田を探した。富田の周りに女性が沢山いたので、何となく敬遠した。長谷部はとこだ、と見回すと、隅のソファに座っていた。藤堂は隣に腰掛けた。

「立川いいやつだった」
「そうだな」

 立川が近寄ってきた。

「ちょっと同窓会が始まったら話があるんだ」
「俺とたっちゃんでか?」
「ふじとハセと、トーマスと俺で一度外で話がある」 

 藤堂は長谷部と顔を見合わせた。

「どうして?」

 疑問を投げかける長谷部の顔に疲れが見えた。立川は顔を近付け、声をひそめた。

「ふじの、流れに俺も乗ろうと思う」
「は? 何の話だ」

 立川は世界平和の話を進めたいのかもしれない。

「長谷部。いいから黙って従えばいい」
「まあいいけどよ。外は寒いぜ」
「そうだな」  

 立川は同級生の輪の中へと消えていった。

「ふじ、何の話だ?」
「世界平和だ」
「なるほどね。まあ任せるわ」

 立川、長谷部がレストランの外にでてきた。長谷部はジャケットのポケットに手を突っ込み、寒そうにしていた。

「トーマスは?」
「何か電話があるらしい。立川に声をかけられて、しばらくしたら電話してたな。きっと女だな」
「まああいつはいい。十中八九参加してくれる。トーマスには俺の方から話をしておく。それで、まあ内容はある程度わかると思うが、世界を平和にしたい」

 二人は頷いた。

「グループ会話ができるアプリをダウンロードしてもらう。これなら機密は漏れない。俺達はある意味で国家に反逆をしているんだ」
「まじか。場合によって、捕まるのか?」
「死刑になればいいほうだろう。引き返すなら今のうちだぞ」

 固唾を飲む音が聞こえた。誰も首を振らない。同調圧力なのか誰も断れない空気だけがあった。
 
 レストランの中へと入ると、中では、女性と男性がまるでお見合いのように、話をしていた。空気の違いに慣れるまで少し時間がかかった。

 最後に集合写真を撮り、同窓会は終了した。レストランから出て、外で二次会の話が出たが、半分くらいの同級生が二次会に行くようだった。藤堂は遠慮した。周りが何処で二次会をするか話しあいをしているとき、藤堂は誰と駅まで行くか見回した。

 五十代くらいの男性が深々と頭を下げていた。

「どうかしたのか?」
 
 隣にいる長谷部が尋ねた。

「ほらあそこで、俺等の方に頭を下げてる人がいる」
「本当だ。きっとふじに対してだぜ。救世主だからな」

 長谷部は冗談半分で言ったのか、長谷部と二人で駅まで向かう途中のこと。

「さっきのおじさん気味悪かったな。こういうのしょっちゅうあるのか?」
「ない。いくらテレビに出たと言っても、一瞬だろ。どこかでネタにされてるかもしれないけど、まさか信者はいないよ」
「気をつけろよ」

 男性には気をつけるべきだった。過去の事件をネットで閲覧しているとき、記事は丁度、同窓会のあった日から一ヶ月前だった。早川先生が亡くなった日、マスコミは事件を風化してはいけないと、一枚の顔写真を掲載していた。







 藤堂は都心にある警察署を訪れた。受付の側に殺人鬼の顔写真が並んでいる。朝田のがあり、彼は丸顔で、怖そうな印象はなかった。どこかの会社の熟練した社員と言う感じだった。

「ご用件は?」
「私はこの男に先生を殺されました」
「カウンセリングを希望するのであれば、廊下を突き当たり左に」
「男のことを知りたいのですが」

 受付の女性警察官は、一枚のパンフレットを渡した。

「復讐は望まない結果を生み出します。こちらをお読みください」

 パンフレットを破り捨てた。女性警察官の後ろにいた男の警察官が立ち上がった。

「話をしたいなら、奥にどうぞ。公務に邪魔するなら、公務執行妨害罪はまだありますので、気を付けてください」

 警察官は目つきが鋭く、睨み合いになった。

「早川先生の奥様である早川紗千は相沢と言う刑事に、射殺されました。彼女には殺意はありませんでした。刃先は、彼女の足元に向けられ、彼女はただ涙ながらに殺してやるとだけ言いました」

 廊下の先にまで聞こえるように声を張り上げた。警察官はカウンターからこちら側にでてきた。

「何が言いたいんだね」
「この世界を変えたいだけです。そのために、国家権力をお借りしたい。まだ、警察に善意があるのであれば」
「私の力ではどうにも」

 警察官は手を頭に当てた。

「公安の人と話せませんか」

 警察官は唸った。振り返り、女性警察官に小声で話し合っていた。

「それではこちらの書類の枠内にご住所と名前等をお書きください。それでも、面会できるか私から明言できないので」
「情報がないと公安は動かないのですか」
「どの部署でどのようなことを執行しているかお伝えできません。あなたは公安に面会を求め、私共は許可が下りたら電話をするだけです」
「なるほど」

 隣で藤堂と警察官の話に耳を傾けている青年がいた。背は私よりも高く、茶髪で短く整えていた。少し離れた距離でも整髪料の甘い匂いがした。

「あなたの力でどうにかなりませんか?」
「私ですか? 一般人ですよ。とんでもない」
「その割には、興味深く聞いているようでした。どこか馬鹿にした様子で。普通の人は怖いなと思ったり、不思議に感じたりしませんか? あなたはどこか達観して様子を見ていた。その証拠に、私を睨みながら話を聞いてくれている」
「違いますよ。本当に一般人です」

 警察官に確認を取ることにした。警察官は藤堂と視線が合うと怯えた。一体誰と話しているのかこちらの方は......という感じだった。

「では私はこれで」

 青年は警察署の奥に続く道に。藤堂は青年の腕を掴んだ。

「生活安全課ですか? 私も丁度用があるんです」

 青年は困った様子で、一か八か、間違いなら謝らなければいけない。

 警察署の三階に上がった。後ろから先程の警察官が走ってきた。肩を叩かれる。

「関係者以外は立ち入り禁止。用があるなら受付を済ませなさい」
「わかりました」

 青年はちらちらと振り返りながらも、三階から四階へと上がっていく。藤堂は階段を降りる途中で、見取り図を見つけた。三階は生活安全課で、四階は警察関係者以外立ち入り禁止だった。青年はやはり警察の人間だった。

 受付で藤堂は書類を書いた。公安に面会を求める内容で、書類を書き終えると、警察官に渡した。

「生活安全課の刑事と話をしますか?」
「いえ。代わりに先程の非礼をお詫びします」
「いやいや構わないよ。本来の業務ができていないのは確かですし」

 警察官は身を乗り出し、小声で言った。警察も殺人を犯した者を捕まえられないのが歯がゆいのか。

 電車に乗り、家に着くと携帯電話を取りだし、グループ会話を開いた。

 立川が、チャット欄を覗いていた。誰がチャットを覗いているか確認できる機能がある。

「立川いるか?」

 しばらくしてから返事があった。

「なんだ」
「今日警察署に行ってきた」
「またどうしてそんなところに?」
「先生を殺したやつが、同窓会に顔を出したから」

 またしばらく間があり、長谷部と富田が。立川が呼びかけたようだ。

「本当か?」
「ハセも見ただろ。頭を下げていたおじさん。あいつは俺の追っかけなんかじゃない。朝田と言うんだが、朝田は謝りに俺達の前に現れたんだ」

 藤堂はチャット欄に、記事を貼り付けた。そこに朝田の顔写真が載っている。

「まじかよ」
「皆、落ち着いた行動を取る。これは俺からのお願いだ。朝田には手を出さない」

 立川。

「でも、朝田が次に俺達の前に現れたら、どうすればいいんだよ。俺は抑えられないぜ」

 長谷部のコメントが流れ、チャット欄が静まる。コメント書き込み中とログが流れ、やがて何もコメントされず、そのログは消えた。

「ルールを考えてみた」

 藤堂がチャットした。皆は静観していた。

「ルールその一、殺人は犯さない。例え誰が殺されようと」
「ルールそのニ、正当防衛で殺人も許されない。戦闘は避け、逃げ切ること」
「ルールその三、殺人者を更生させ、社会的に復活させる」

「ちょっと待て」

 長谷部のログが流れる。

「どうして俺たちが、犯罪者を守るんだ。冗談じゃねえ」

 次に富田がコメントを始めた。

「殺人を犯した人間が、再犯しないようにだろ?」
「確かにふじの言うとおりかもしれん。復讐と再犯がなくなれば、平和は取り戻せる」

 立川と富田に助け舟を出され、長谷部は沈黙した

「具体的に何をするんだ?」

 長谷部の意見は当然だった。何ができるか。

「考えてみる」

 藤堂はコメントした。しばらく考え中とログが流れ、最初にログアウトしたのは富田。立川がいなくなった。

 答えは出ていた。預言者になると言う意味はない。
 
 殺人世界では、殺人を犯すのは簡単になった。殺人罪がないから、あとは感情に任せればいいわけだ。

 子供や老人、子連れの母親からしたら。人殺しに対して、彼らは抵抗できるのか。できない。無抵抗に死んでいく。誰かが守るわけでもない。そんないつ殺されるかわからない世界はあまりにも悲しい。
  
 藤堂がテレビで叫んだ日に、期待を寄せた人がいるだろう。同級生は救世主と言ってくれた。例え救世主になれずに死んだとしても、皆を落胆させてはいけない。やっぱり救世主はいないと思わせるより、藤堂の死により後継者が現れればいいの。やれることは一つ。朝田に会い、彼を救う。藤堂は改心させる文言を考えていた。そのとき、ログが動いた。

 





「ちょっと飲みに行かないか?」
「どこで?」
「そりゃ西東京でだよ」

 長谷部の誘いを受け、藤堂の緊張がほぐれた。車で行くか、電車で行くか迷い、たまには法律を守るか、と思い軽い気持ちで西東京に向かうことにした。

 電車に乗り、扉付近に立ち、沿線の街並みを眺めた。特急電車が駅を通過していき、分倍河原から聖蹟桜ケ丘を通り、橋の下を多摩川が流れていた。夕日が川に反射して淡い朱色に染まっている。

 目を凝らすと、川の流れに死体が浮かんでいることがある。彼はたまに電車を乗ると、車窓からそれを眺めた。この日は見つからない。西東京駅に着き、階段を上がると、サイレンの音が聞こえてきた。消防車のようだ。車両を押し分け、街に消えていく。その後に救急車とパトカーが続き、上空からヘリコプターのプロペラ音が聞こえてきた。

 胸騒ぎがして長谷部に連絡を取った。しばらく携帯電話を鳴らしたが、でない。JR駅のほうから、走ってくる人々が叫んだ。
 悲鳴。
 高級かばんを胸に抱きかかえた女性が目の前で倒れた。転んだわけではない。背中から血を流し、銃声が遅れて聞こえた。次々に、人が倒れ、銃弾がすぐ側の壁に穴を開けた。

 地下に逃げ込み、人がなだれ込んできた。
 
「早く電車出せ」

 駅の改札前で、駅員と押し寄せてきた人が口論をしていた。

「電車はきません。北野から西東京間は運行禁止になりました」

 ところどころで力ない悲鳴が聞こえた。 

「じゃどうすんだよ」

 人混みの中から声が上がる。

「非常用の扉を閉めるので、中に避難して下さい」

 一斉に改札を抜け、駅の中に人が駆け込んでいた。次々に人が階段を降り、改札前にやってくる。藤堂は人の流れに逆らい、街のほうへと走った。

 無抵抗な人間が次々と倒れていく景色をどうにかしたかたかったわけではなかった。血が騒いだ感じがした。
 
 精神病院に入院したとき、精神科医により藤堂は一年間隔離室に監禁された。最初、精神科医は彼を怖がり診察も拒絶した。後に生体研究所と呼ばれる施設に入れられ、頭の手術を受けた。ロボトミーと呼ばれる手術。そこで感情のコントロールを手に入れた。

「助けて」

 目の前で転び、地面に伏せている七歳くらいの子供がいた。母親らしき女性がその子の後ろで血を流し、死んでいた。恐らく、子供を庇い、亡くなったのだ。警官が壁から半身出して銃の引き金を引いた。一発二発と銃声が聞こえ、しかしながら相手は見えない。どこかから狙撃しているようだ。

 死体の転がる通りを歩いた。

「邪魔。邪魔」
  
 警官は邪魔と言い、必死に逃げるように叫ぶ。パトカーに向かい、何かが飛んできた。使用した武器はロケットランチャーの一種だろう。弾が着弾すると、パトカーは吹き飛び、背後で応戦していた警官が殉職された。

 涙は流れない。荒廃した世界で、別の景色を見ていると思う。例えるなら、映画。彼は映画館の一番前にいるだけ。

「君」

 背後から大きな声で呼びかけられた。ただそれだけ。恐らく、警官が彼の心配をした。見当違いだったのか、再び呼ばれることはなかった。映画と例えたのは間違いだった。テレビゲーム。彼は主人公になり、テレビの中にいる。死んだら、また違う人生を繰り返す。それだけ。敵は、ビルの屋上にいた。スコープで彼を覗いた。銃が足元にあり、彼は拾い上げた。敵は彼ではなく、銃を撃つ。銃口が歪んだ。

 ビルは七階建だった。狙撃するには適度な距離感だろう。彼はビルの入り口へと向かった。そのとき、ビルから敵が飛び降り自殺した。正確には自殺したかわからない。衝撃音と共に、男が倒れているのを見かけただけだった。







 家に朝田がやってきたのはしばらくしてからだった。朝田はやつれていた。精神的ストレスだろう。朝田は玄関の前で、頭を下げて待っていた。インターフォンが押され、初め誰かわからなかった。

「どなた様ですか?」

 と尋ねると、朝田は涙ながらに答えた。

「あなた様の大切な先生を刺殺した者です。自首することもできないので、この場を借りて謝罪させてください。本当に申し訳ないことをしてしまいました」

 朝田の顔は泣いたせいでぐしゃぐしゃに歪んでいた。

「少々お待ちください」

 インターフォン越しに返事をすると、藤堂は玄関の扉をあけた。朝田はいた。西東京市内での大量殺人事件が発生した。犯人は複数人いたが、そのうちの一人は藤堂のすぐ前に落ちて死んだ。それから少しだけ社会の空気が変わり、殺人経験のある人間に対しての異常な報復が続いた。朝田は反省と、もう一つ。自分の身を守る必要性に迫られていた。身内を殺された人間に対する謝罪を通して。

「どうぞ。狭い部屋ですが」

 朝田を部屋に入れた。

 先に部屋に入って座ると朝田は少し離れたところに座った。相対しているが、朝田は正面に正座していた。彼の斜めに体を向けている。藤堂は若干ながら心の距離も置いていた。

「それで、謝罪だけですか?」

 単刀直入に聞いてみた。自分から「何かあったんですか?」と聞くのは間違いだと判断した。

「大変申し上げにくい話でございますが」

 藤堂は彼が話すのを待っていた。彼の眼をわざと避けていた。けれども朝田から次の言葉はなく、藤堂は立ち上がる。

「お茶でもどうですか?」
「お構いなく」

 朝田は呟いた。小さな声たが、藤堂の耳には入った。それでも台所に向かい、冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップを二個用意して注いだ。戻ってくると、朝田は正座のままでいた。

「別に恨んでいないと言えば嘘になりますが、私は同級生よりかはあなたの気持ちがわかります」

 朝田は意外そうな顔をした。きょとんとした表情をしてる。

「私に償えることは何でもするつもりでした」
「例えば自殺するとかですか」
「いえ。そこまでは」

 空気が一気に重くなり、朝田は自殺までする気はない。しかしながらどこまで勇気を出せるのかわからない。

「同級生を全員呼ぶので、そのとき謝罪してください」

 朝田の眼に涙がうっすらと溜まり、彼は「はい」と小さくつぶやいた。恐らく覚悟はしていたが、皆の前で謝罪することは怖かったのだろう。朝田の呼吸が速くなる。

「今から立川というやつに連絡をします。彼が集めてくれるでしょう。それで朝田さんを守れるかわかりませんが」
「本当に申し訳ありませんでした」

 朝田は泣きながら頭を下げた。






 朝田の隣に藤堂が座り、同級生は朝田の前に距離を置いて立っていた。立川がレストランを急いで予約してくれた。一応藤堂は朝田の味方をするつもりだった。立川もその意図を汲んだが、あちら側にいる。その中で気になるのは長谷部と、静かに見守っている富田だった。

 富田は早川夫妻と一緒に暮らしていたため、何を想っているのか想像できない。

「一応聞いておくけど、その人が早川先生を殺したんだよね?」

 一人の女の同級生が確認を取った。悪意が少しだけ感じられる。

「その通りだ」

 立川が言った。彼は腕を組んで朝田をにらんでいた。

「殺さないの?」

 先ほどの女が言った。皆無言で、次の言葉を待っていた。誰も止めない。それは同意という意味なのか。

「私はそれだけのことはしました」

 朝田の誠意だろう。誰も殺せないと思っているわけでない。この空気感でよく耐えていると敬服してる面もある。

「じゃあ自分で死になさいよ」

 息を飲んだ。換気扇の音が良く聞こえる。

「包丁はレストランだからあるわ。だから取りに行って死になさい」
「俺が取りに行こう」

 レストランの厨房まで行き、断られたので、ポケットに忍ばせておいた簡易ナイフを持ってみんなの前に現れた。

「これしかなかった。店のものは使えないらしい。これで君が殺すんだ」

 女に簡易ナイフを渡そうとした。

「どうして私が殺さないといけないのよ」
「君が提案したんだ。君が役目を果たしなさい」
「藤堂のくせに。生意気言ってんじゃないよ」

 テーブルの上にナイフを置いた。

「殺したい人が殺せばいい」

 誰もナイフを手に取りに行かない。

「君しかいないようだ」
「あんたが殺しなさい」

 そこで彼女にみんなの目が向けられた。

「もし俺が朝田さんを殺したとしよう。そしたらどうなる? 君は何を想像した?」
「そんなに難しいことわからないわよ」
「繰り返されるんだ。殺人が繰り返される。次は朝田さんの親族に俺たちのだれかが殺される」

 皆が息を飲む様子がわかった。

「そしてまた始まる。一旦収まった、俺たちと朝田さんとの輪がまた崩れ始める。そして西霊園に墓標が次々と刻まれる。西霊園には復讐の歴史が刻まれているんだ」

 立川が前に出た。そしてナイフを手に取り、それをポケットにしまう。

「ここから平和を始めないか?」
「本当に申し訳ありません。本当に償いきれないことをしました。殺人を犯して、初めて息子が死んだ無念さがわかりました」
 
 朝田の子供も自殺した。それを改めて知って、空気ががらりと変わる。

「朝田さん。辛かったんだろ」

 長谷部。先ほどまで怒り心頭の様子だったが、今は泣いていた。しばらくして、立川が口を開いた。

「朝田さんもういいです。私達はあなたを許します。もう私達の前に現れなくていいです。これは二つの意味があります。あなたにはわかりますね?」

 立川は恐らく、二度と現れるなと、もう謝罪しなくていいですよと言いたいのだ。朝田は一礼してレストランを出た。少しの間が開き、富田がレストランから出て行こうとした。

「俺ももう行くわ。じゃあな」
「ああ。お疲れ様」

 悪い予感がした。その予感はすぐにわかった。富田はどこに向かったのか。朝田がレストランから出ていくとき窓ガラスからどっちの方向に行ったのか、富田は見ていたのではないか。富田はこの同級生達の中で一番早川先生と仲がよかった。それがどうしても引っかかる。

「立川。追うぞ」
「どうして?」
「富田は人を殺せるんだ」
「ナイフはここにあるけど」
「あいつは元軍人だぞ」

 その言葉を聞いた一同は何もしゃべらない。藤堂はレストランの扉のほうへと走ると、後ろから二人ついてきた。








 路地裏で藤堂が富田と朝田を見つけたとき。すべては終わっていた。朝田は地面に倒れていた。何があったのか、様子をうかがった。朝田の頬が赤く腫れていた。朝田はすぐに起き上がる。

「俺は、あんたが許せない」
「君のような若い者にはわからんだろ」
「俺も軍人だった。命の奪い合いはしてきた」

 今まで朝田を見てきた中で一番驚いている様子だった。富田は朝田の胸倉をつかみ、起き上がらせた。

「家族を奪うものの気持ちも、奪われる気持ちもわかる」

 富田の声は表の通りまで聞こえそうだった。

「私だって大切な息子を、失ったんだ」
 
 朝田は奪われたといわない。ただ失ったと表現した。

「富田。言いたいことはそれだけか?」

 藤堂が横やりを入れ、後ろから立川と長谷部がやってきた。何が起こっているのかまだわからないだろう。

「富田。言いたいことはそれだけなのか?」

 藤堂は繰り返し、富田は涙目になりつつも、怒りを消し、悲しみに満ちていた。富田は泣き崩れた。

「俺も世界を平和にしたい」

 声にならない声で。朝田はそれを見て土下座をした。藤堂は頃合いを見て、発言した。

「行かないか?」
 
 立川を見た。立川は初め、何のことを言われているのかわからない様子だった。すぐに理解したようで、哲学者仲間だと思う。

「ああ。行こう、空中都市に」
「マジで言ってんのか?」

 長谷部が言う。

「俺は真面目さ。空中都市に行って、嘆願しよう」

 立川の言葉を聞いて、彼も変わったんだなと感じた。しかしながら空中都市の人間は嘆願して聞いてくれる相手ではない。

「いや乗り込むんだ。俺たちは戦うんだ」

 朝田の肩を優しくたたいた。彼は頭をあげて藤堂の顔を見つめた。

「朝田さん頼みたいことがあります」

 朝田に伝記を書くことを依頼した。ほとぼりが冷め、落ち着いたところで喫茶店に向かった。

「それで本当に向かうのかね?」
「ええ。そのときは続きをかいてください」
「生きて帰ってきてくれないか」

 朝田の言葉に感情的になり

「ありがとうございます」

 薄らと涙が零れ落ちた。

レクイエム

執筆の狙い

作者 ファンタグレープ
219.110.157.119

世の中の仕組みを書きました。空中都市を、発展途上国の見たら、先進国に映るだろうと思いました。遠くから眺めるように書いているので具体的ではありませんが、私はこのような書き方が好きなので、背景設定という形で世界観を書きました。表現したいものは、自然な人間模様です。人間描写が苦手で、タイトルと主人公を変えて続きを書いているのですが、これが初めて力を入れた人間ドラマでした。また哲学を上手に染み込ませようとしたのですが、上手くいかないので、著作権に触れないほどで、アドバイスを頂けないでしょうか。改稿はご遠慮ください。

コメント

ファンタグレープ
219.110.157.119

書き忘れました。小説家になろうに重複しています。

幡 京
121.3.235.25

温もりが全くない、非情・冷たさを感じます。良いと思います。
せっかくルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインを出したのですから、「論理哲学論考」「探求」のを大幅に引用した方がいいと思います(著作権なんてのちに「参考文献」としてあげればいいのですから)

だから事件をウィトゲンシュタイン的な解釈で判断する。そうすれば「深い小説」になると思いました。

その解釈が柄谷行人的なモノではなく、あなた様が解釈されたように書けば良い、と思います。

小生はたまにフッサール「現象学」とか出しますがむつかしくて(笑)あとカント「純粋理性批判」なんかも取り入れてみたい。ニーチェは嫌いですので。サルトルは古い。筒井康隆先生はマルチン・ハイデガーを今研究なさってますが、解釈が研究者から「おかしい」と呼ばれようが、あなた様の解釈で描けば良いと思います。

やっぱしオチは「語りえぬものについては沈黙しなければならない」でしょうね。

頑張ってください。

ファンタグレープ
219.110.157.119

幡 京様。感動を頂き、誠にありがとうございます。

温もりがない主人公を描いたためこうなりました。冷酷と言っていただき、大変嬉しく思っております。

ヴィトゲンシュタインを自由に使っていいとアドバイスをいただき、再びこの小説に対する創作意欲のようなものが沸いてきました。私なりに引用は一行ぐらいが限界かと思っていたのですが、そういう使い方をしていいのではあれば、さまざまな解釈を世界観に落とすことができそうです。この小説が生まれ変わるかもしれません。この度はありがとうございました。

ちなみにハイデガーも好きです。

幡 京
121.3.235.25

その意気です(生意気ですが)。
ただし、解釈するとき「ウィトゲンシュタイン的に考えると」とか記すと興ざめなので、
それは記さない方が良いと思います。名前を繰り返せばイヤミに感じますので。

応援さえて頂きます。

アフリカ
49.106.214.146

拝読しました

確かに言わんとすることは分かる気がするのですが、人を殺すことがなぜいけないのか分かりますか?と幼子に説いているようで「そりゃー分かってますけど……」と唸るしかないように感じました。

なぜかな?と考えてみたのですがこれをR指定の映像のように観せるべき部分は観せちゃう方向で出せばかなり違うのかな?と感じました。
御作、現段階では「ここは、ほら、血が出ると…あそこが煩いから。そこも、ほら、あんまり陰湿な感情だと、あそこの団体が面倒臭いし……ねっ、ねっ」って感じで作者の脳内にあった筈の映像(僕には作者がかなり濃い脳内映像のもとに書いてるきがする)が薄ーーく表現されているような気がして凄く勿体無い気がしました。

映像と言えば、作者は濃い映像のもとに書いてる気がしたのですが。それを吐き出す時に、酷く遠くにカメラを設置しているような気がしました。だから、スピードがある筈の場面でも緩慢に感じたり?
多少ぐらぐらしても、もっと近くのカメラ(手持ちカメラ)を使えば良いのにと思いました。
強い三人称?的な感覚で人物の感情が大胆に削がれた文章は淡白で渇いた感覚を与えるのに優れているとは思うのですがこの物語自体が、と言うか、読み手がライド出来るキャラクターがいないとなんだか講堂の一番奥から壇上の講師を眺めてるようで熱が伝わり難いかもとも感じます。

人称は書く人の好きなものがいいんだろうけど、やっぱり人間ドラマとかの映画を絶頂のアイドルでやるのは難しいように渋い俳優がこつこつと吐露する苦しみと観客はリンクするものだとも感じます。

最後に、空中都市の使い方があまりしっくりとこなかった気もします。
比喩として書かれているとのことですが情報がゼロなら、やっぱり何で出てくるのか最後まで掴みきれない気もしました。

それでも、すらすらと読まされました。

ありがとうございました

ファンタグレープ
219.110.157.119

アフリカ様、感想頂きありがとうございます。
 
一番下順に追います。

すらすらと読んで頂き、改稿を重ねた甲斐があったと自負しました。ありがとうございます。



空中都市の使い方は、別の視点から色濃く書いているので、そちらを意識しすぎたためか、本作での空中都市の描き方を頭の中に置き忘れてしまいました。たしかに全然描写してなかったです。



人称はできるだけ、一般人が言うといわれていますね。だからこの作品の主人公のような人物像ではあまりリンクされないと思っていました。やはり、そうなのか、と確認できて、参考になりました。


描写に関してですが、私はアクション描写が苦手なため、どうしても遠くから眺めるような描写になっていました。最近アクション描写をわざと取り入れたシーンを描いているのですが、やはり下手ですね。でもこれを避けてきたからこそ、手持ちカメラを全然使いこなせないのだと思いました。



下から順に追って、最後の二つについてですが、

人の脳で再生させたほうがスプラッタな表現になると思ったので、あえて軽く描写した面はありました。紗千さんが死ぬシーンも、できるだけたんぱくに描きました。撃たれた箇所だけ描き、表情などは伏せておきました。これはどうとらえるかが重要なので、どちらがいいのか模索している途中です。


アフリカ様は倫理についてかなり詳しい印象を私なりに持っていますが、持っていない人もいる、または持っていても、幼子のように気づいていない場合があり、確認させて、自分の過ちを気づいてほしいという面があります。特に、殺人者を殺せばいいじゃんと気軽に言ってしまう若者に伝えたいメッセージ性がありました。


感想返しがしたから順番で、読みにくいかもしれませんが、私の言いたいことを順を追うとこうなるかと思いあえて下から辿らせていただきました。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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