作家でごはん!鍛練場
たあ坊

【加圧式②】ともだち

「ぴょんぴょんババァって知ってる?」
「は?」
「涼太が見たんだって」
「だから、なんだって?」
「ぴょんぴょんババァ」
「なんだよ、それ」
「んーとね、涼太んちのお父さんとブラックバスを釣りに行ってさ、車で帰るときにご飯食べたら夜になってさ、イルカ池のくにゃくにゃの道のところにさ、おばあさんが座ってたんだって」
「その、ばぁさんが、ぴょんぴょんババァってのか?」
「うん。ぴょんぴょんって跳ぶんだって」
「は?」
「だからー、ぴょんぴょんって跳んで追いかけてきたんだって、車をー」
「……」
「でね、車より早く、ぴょんぴょんって跳んだんだって。真っ白な毛で、着物の腰が曲がったおばあさんだって。車、追い越したら振り返ってヒヒって涼太に笑ったんだって、で、すごいスピードで道路、ぴょんぴょんって跳んでいって消えたんだって」
弟の寛二が湯船の中で飛び跳ねるものだからお湯が顔にかかった。
「いつまでお風呂に入っているのよ、お父さん帰ってきたから、一緒に晩御飯たべるよ。早くでなさい」
「はぁーい」   
 寛二は、母の言葉に元気よく返事をしたが、僕の頭の中はウサギのように飛び跳ねるばぁさんに占領されていた。寛二は不思議そうに僕を見て首を傾げた。
「どーしたの? 兄ちゃん、ご飯だって。カレーだよ」
「ありえねーだろ」
「なにが?」 
「……ぴょんぴょんババァ」 
「えっ、ほんとだよ。涼太、言ってたもん。本当にいるんだって。涼太のお父さんが教えてくれたって。昔からいるんだって」
「あほくせぇ」

 お父さんは化粧品会社の営業の仕事をしている。出張につぐ出張で今日のように家族が揃って夕食を食べるということなんか月に1回あるかないかだ。だからこそ、今日、話しておきたい事がある。今日を逃したら今度はいつになるかわからないんだから、なんとかしなくちゃいけない。妙に緊張している。戦いの場にでる気分ってこんな感じかもしれない。この緊張の原因は僕。とにかくお父さんと話をすることが苦手。こんなに自分の親と話すのが苦手なのって異常じゃないかと思う。理由はわからないけど、ふたりきりになると気まずい空気が漂う。いつからかわからないけど、お父さんも僕を避けているような気もする。お父さんからの僕に関する話は、ほとんどお母さんから耳に入る。今回の話もそう。むかつく。

 カレーライスを食べながら寛二は、またあの話題をだしてきた。
「ぴょんぴょんババァ知ってる?」 
父と母は互いに目を合わせて吹き出した。「フン」とわざとみんなに聞こえるように鼻を鳴らしてカレーライスを頬張った。
「ああ、知ってるぞ。入鹿池にいるんだよな。昔、お母さんと結婚する前に一緒に探しに行ったよ」
「そーそー、行ったわねー。みんなでね」                   
 まじかよ。呆気にとられている僕を、得意満面の寛二が指で腕を突っついてきた。
「なっ、いるだろっ」
「うぜぇ」  
 面倒くさそうに答えると寛二は目を輝かせてお父さんに振り向いた。
「お父さん、いるんでしょ?」    
「うーん、どうだろう。残念ながらお父さんもお母さんも発見には至りませんでした」 
「でも、昔から、その話はあるわよね。でも、お母さん達は『ジャンピングばばぁ』って言ってたな」
「ジャンピングばばぁっ?」    
 寛二は大きな瞳をくりくりさせて甲高い声をあげた。あー、耳障りな声だ。僕とは反対にお父さんは楽しそうに笑顔で話を続けた。
「あとな、入鹿池の辺り苦笑いゃ、『ローリングじじぃ』と『ダンシングばばぁ』ってのがでるらしいぞ」
「ローリングだんしんぐ?」
「そーそー。まだいるわよ。有名どころでは『トランペット少年』とかね」
「トランペットー?」
 おいおい、なんじゃそれは。頼みの綱のお母さんまでも寛二の戯れ言に加わって僕の入る余地はない。一ミリも一ミクロンもない。腹が立ってきてこの馬鹿話から逃げたいと思った。話を諦め、カレーライスを口に掻き込み席を立った。すぐに諦めるのは僕の悪いくせ。でも、もういい。戦は戦わずして終わった。いいんだ、平和主義なんだ、僕は。
「浩人、もう、食べ終わったのか」
 お父さんが、今日初めて声をかけてきた。目を合わせないように頷いた。
「お父さんがこんな時間にいる事なんてめったにないんだから、もう少しお話でもしたら」
 お母さんの一言に腹立たしさを感じつつ、お父さんをちらっと見た。寛二とじゃれ合ってる。僕には目もくれない。
「勉強してくるから」
 階段を昇る途中、僕以外の家族が楽しそうに笑っている声が家中に響いていた。中学になったらグレるかもしんない。

 親友は城戸健介という。健介は性格も明るくスポーツも万能で、クラスの女子の憧れの的だ。残念ながら僕は、そちらの方では遠く及ばない。しかし、勉強の方ではほぼ互角といったところ。常に僕と健介はクラスのトップを争っている。
健介が中学受験に備え、本格的な進学塾の栄光ゼミナールに来月から通うことになる。僕も通いたいとお母さんに伝えた。お母さんは賛成してくれたけど、お父さんは、今のままでいいと言ったらしい。納得できなかった。息子がもっと勉強したいといったら普通の親なら喜んでくれてもいいはずだ。 それに、健介だけが進学塾に通って、僕との実力に差ができてしまったら、友達でいてもらえないかもしれない。

 栄光ゼミナールの話はできないまま、目覚める前に仕事に行ってしまった。また出張なのだろうな。今度のチャンスまで待つしかない。いつなんだ。その苛立ちをもったまま学校へと登校した。悶々としたまま授業をうけ、掃除の時間になった。健介がモップを持って話しかけてきた。
「栄光ゼミナールの話どうなった?」
「ん……いや、昨日、言おうと思ってたらさ、弟が訳のわかんない話してさ、言える雰囲気じゃなくなったんだ」
「じゃ、まだオッケーしてくれてないんだ」
「……うん」
「そっか」
 健介はモップで床をこすりながらため息をついた。
「浩人が来てくんなきゃつまんねーもんな。なんとか許してくんねーかな」       
「今度帰ってきたら絶対に言うよ」
「うん。たのむぜ」
「くっそー! 寛二の奴が「ぴょんぴょんババァ」の話なんかしなけりゃ、ちゃんと言えてたのにっ!」
「なんだ? ぴょんぴょんババァって?」
「ああ、バカみたいな話。俗にいう都市伝説みたいなやつ」
「ふーん。でも面白いネーミングだな。で、その話怖いの?」
「いや、全然。バカっぽい話。入鹿池で、ばあさんがウサギみたいに飛び跳ねて車を追いかけてくるんだってさ」
「なんじゃ、そりゃ」
「ありえねぇだろ」
 本当にばかげている。こんな話で盛り上がるお父さんもお母さんもどうかしているよ。ウチの家族はダイジョウブか?

「ぴょんぴょんババァは本当にいるよ」

 唐突に背後から耳に入り込んできた言葉に驚き、咄嗟に僕と健介は振り返った。そこにはクラスで一番無口な小山俊哉が立っていた。意外な人物からの意外な言葉に僕も健介も呆気にとられた。
「ぴょんぴょんババァは、入鹿池にいるよ」
俊哉はもう一度言った。確かに聞き間違いではない。小山俊哉が声を掛けてきている。言葉にも驚いたが、俊哉が声を掛けてきた事の方が驚きだ。俊哉は今年の夏休み明けに隣町から越してきた。以来、一度も僕とは話をしたことがない。その俊哉が真っ直ぐに僕と健介に向かって言葉を発している。しかも、真顔で「ぴょんぴょんババァはいる」なんて言っている。朝から苛立っていた僕は、ひどく腹が立ってしまった。
「なにを言ってるんだお前は。六年にもなってそんなことマジに言うなよ」
睨み付けてやった。ばかばかしい。健介は少し驚いたみたいだったけど、すぐに便乗してきた。「なにがぴょんぴょんババァだ。あほ」
 俊哉の口がまた動いた。
「ぴょんぴょんババァはいるんだ」
 呆れ果て、ため息がでた。健介は半分おもしろがって、証拠はあるのかと言っていた。俊哉は一際大きな声で言った。
「お父さんが見たことあるって言ってた」
 健介の目がいやらしく光ったような気がした。
「お前の父さんってヤクザなんだろ。女つくってお前ら家族を捨てたんだよな。そんなバカおやじの話なんて信じられるわけねーだろっ! ばーか」
その話は知っていた。俊哉の近所に住む女子が噂を広めたんだ。健介は何も悪びれた様子もなくニヤッと笑い掛けてきた。
俊哉から背を向けた瞬間、健介が悲鳴をあげ、前のめりに倒れ込んだ。何がどうなったのかわからない。机が床を滑り、嫌な悲鳴を上げる。俊哉が背後から体当たりをしたのだ。俊哉は倒れている健介に馬乗りになり、拳を何発も打ち付けた。いわゆるグーパンチ。生まれてはじめてグーパンチで殴る人をみた。それが、よりによって一番おとなしい俊哉だったなんて。普段無口でおとなしい俊哉の変貌に掃除中の全員が驚いた。教室が騒然となる。僕は無我夢中で俊哉にしがみついてやめろと叫んでいた。
「誰か先生を呼んで来てーっ!」
 ほうきを持った女子が叫んだ。

  この日、僕と健介と俊哉は担任の阿部先生からこっぴどく叱られた。こんな事は生まれて初めて。優等生キャラにはふさわしくない失態。この原因をつくった『ぴょんぴょんババァ』を恨めしく思い、話をもってきた寛二にひどく腹をたてた。いつも一緒に風呂に入るのだけど、この日はそんな気になれなかった。       
風呂から出てパジャマ代わりのジャージを履いたところで電話が鳴った。脱衣所を出るとお母さんが小走りに向かってくる。普段より早口で話し出す。
「緊急連絡網がまわってきたの。浩人と同じクラスの小山君と妹の美由ちゃんが家にいないんだって。なにか心当たりない?」
 僕の頭の中が一瞬空白になった。いなくなった? 僕は生唾をのんだ。まさか。まさか。僕は怖くなり無言で首を横に振っていた。
 午後十時を過ぎたけれどなかなか寝付けなかった。いつもならぐっすりの時間なのに。理由は俊哉の行き先が浮かんでいた。あいつは入鹿池にいる。ぴょんぴょんババァを探しに行ったんだ。ずっと頭の中で 否定してきたのだけれどもう限界。だけど、お母さんは九時頃にあった二回目の緊急連絡で、捜索の手伝いをする事になって寛二と一緒に車で出ていってしまった。僕はお母さんの携帯電話の番号を覚えていない。勉強はできるのに、こんなことぐらい覚えておけよと自分に腹をたてた。

 お父さんはどうせ出張で来る事はできないし、僕一人ではどうすればいいのかわからない。時間と共に育つ悪い想像が僕を苦しめる。迷子になってないだろうか。池に落ちたりしていないだろうか。怖くて涙がでてきた。どうすればいいんだ。必死に考えた。そうだ。親友と相談しよう。健介は携帯電話を持っている。親に取り次いでもらわなくていい。ある 程度時間が遅くても事が事だ。健介も怒らないだろう。いや、もしかしたら僕以上に心配しているかもしれないし。
 僕達が原因なのだから。 
呼び出し音が八回鳴ったところででた。健介は俊哉がいなくなった事を知っていた。しかし、親友は絶望的な台詞を吐いた。
「小山なんて死んじまえばいい」
 僕は受話器を叩きつけた。拳で床を叩いた。……どうしよう、どうしよう。
 足はガタガタ震え、まともに立っていられない。その時、玄関のドアが開いた。
「……お、おかあさん」
 自分でも信じられないくらいに情けない声を出して、這うように玄関に向かった。
 見つかっている事を祈りながら。

 玄関に立っていたのはコート姿のお父さんだった。全身の力が抜け落ち、玄関で大泣きした。お父さんは僕を見て、僕を抱きしめ、背中をさすってくれた。
「大丈夫だ。浩人。大丈夫。お父さんがいるから。大丈夫。落ち着いて話してごらん」
大きな胸の中で頷いて、嗚咽を呑んで言葉を絞り出した。
「……入鹿池。入鹿池に行って。クラスメートがいるかもしれない! お母さんも探しに行ってるっ! けど、入鹿池にいるって事は僕しか知らないっ!」
 お父さんの行動は早かった。僕の上着を持ってきて僕を助手席に座らせ車に乗り込んだ。田舎なので交通量も信号も少なく、まさにぶっ飛ぶというスピードで向かった。
 入鹿池に行くには山を越えなくてはならない。曲がりくねった山道を父は見事なハンドルさばきですり抜けていく。ジェットコースターに乗った時より怖かったけど。少し落ち着いてきて、今日の出来事をなるべく詳しく話した。お父さんはずっと黙って聞いていた。

  山道を抜け、釣具店の看板がいくつも目に入ってきた。日中なら釣り客で賑わう入鹿池も夜間はしんと静まり返っている。電灯も少なく、今日は曇っていて月明かりもない。場所によってはまさに漆黒の世界だ。ドライブコースに入る頃には、車のフロントガラスに水滴がついては、コロコロと転がるように後方へ飛ばされていった。お父さんは舌打ちをした。
「やばいぞ。これは雨じゃない。みぞれだ。俊哉君がここのどこかにいるのなら、早く見つけなきゃ大変な事になる」
 ドライブコースに入ると速度を落としてアップライトにした。ライトアップされた池は黒い怪物が大きな口を開けているようだった。背筋が凍り付くほど恐い。僕にはこんな所にいる勇気なんてない。もし、俊哉がここにいるとしたらどんなに心細いだろう。いや、「もし」じゃない。俊哉は、「ぴょんぴょんババァ」を探しに来ている。絶対だ。僕は目を皿のようにしてゆっくり流れる漆黒の景色から俊哉を探した。左右の窓を全開にした。車の中の暖かさは吹き飛び、冷気が全身を包んだ。お父さんは僕に上着のチャックを閉めるよう指示し、窓から大声をあげた。
「小山くーんっ! 返事してくれーっ!」
 僕も窓から顔を出して叫んだ。
「としやーっ!」
 何回も何回も叫んだ。漆黒の世界に浮き出てくるような純白の細粒が僕の視界を遮った。とうとう雪が落ちてきた。耳がちぎれるほど痛い。顔の神経がなくなったような感じ。
僕は叫び続けた。ドライブコースを走り続け、喉が潰れかけた時、唯一のドライブインに到着した。父はそこに車を止め、池に降る階段にいった。あとに続こうとしたが、足がガタガタと震えて立ち上がることもできなかった。辛うじてドアを開け、震えている足を 両手で叩いている時に階段の下から父の大声。冷たい強風に負けないたくましい声が耳に飛び込んできた。
「ひろとーっ! 小山君がいたぞーっ!」
 いた? 震える足でどうやって階段を降りたかわからないけど、気がついた時には、目の前に俊哉が立っていた。僕はその場にへたりこんでしまった。安堵感と同時に怒りがこみ上げてきた。深呼吸をし、立ち上がった。目の前にいる俊哉は現状を把握できていないみたいで、呆然としていた。お父さんは俊哉のちいさな妹を抱きかかえていた。   
腕の中ですやすや眠っているちいさな女の子。俊哉が一歩僕に近づいた。僕は俊哉を睨み付けた。その時の姿を見て僕は何も言えなくなった。父のコートを羽織っているその下にはランニングシャツ一枚しか着ていない。正気ではない。上着は? まさか、真冬のこの時期にランニングシャツ一枚って変だろう。ハッとして妹を見た。大きなセーターとジャンパーを着て、真っ赤な頬に幸せそうな寝顔。俊哉は自分の服を全て妹に着せていた。咄嗟に震える俊哉の手を引っ張って車に向かった。
「馬鹿かお前。凍え死ぬぞ」
自分で恥ずかしくなるくらい嫌な言葉が口からこぼれていた。何回も心の中で謝ったけど、僕は僕のことが少し嫌いになった。
俊哉の氷のように冷え切った掌から、優しさが温かく伝わってきた。

 車に乗り込む時、妹が目を覚ました。周りをキョロキョロ見回し、急に泣き出したが、俊哉が手を差し伸べ、俊哉に抱きついてすぐに落ち着きを取り戻した。
 僕は、俊哉と後部座席に座った。父はドライブインの自動販売機でホットココアを買ってきた。俊哉は丁寧にお礼を言って、まず、ふーふーと息 でココアの熱を覚ましてから妹に渡していた。温かい車の中で序々に平常心を取り戻してきた僕は、俊哉に掛ける言葉を探していた。けど、なにも浮かばない。父は俊哉の妹に声を掛けた。
「お名前は、なんていうの?」
俊哉の膝の上でちょこんと座っている妹は一旦、俊哉をのぞき込んでから、小さな声で答えた。
「みゆ」
「そっか、みゆちゃんかぁ。みゆちゃんは優しいお兄ちゃんがいていいなぁ」
「うん」
 俊哉の妹の笑顔を初めて見た。ピカピカの笑顔だった。美由ちゃんは僕の方を見た。
「こっちの、おにいちゃんは、おにいちゃんの、おともだち?」
 どう答えていいかわからず、小さく頷く事しかできなかった。
 俊哉は優しそうな笑みを浮かべて美由ちゃんの頭を撫でていた。

 お父さんは携帯電話から学校に連絡を入れた。探しに出る時に学校の緊急連絡表を持ってきていたみたい。冷静な対応をしていたんだな。美由ちゃんがココアを飲み終わり、車が発進。雪はどんどん増えてきた。道路が白く反射し、来るとき真っ暗 だった景色が少し明るくなってた。僕と俊哉は一言も言葉を交わすことなく、ただ流れていく景色を見ているだけだった。
 
 時計は午前一時十五分を表示している。
俊哉の家は街で一番の高層マンションの最上階だった。マンションの下から父が俊哉の家に電話した。すぐにお母さんがやってきた。若くて綺麗な女の人だった。 父と僕に深々と頭を下げたあと、いきなり俊哉の頬を思いっ切り叩いた。マンションのホールに乾いた音が鳴り響く。俊哉は俯き、涙を流した。美由ちゃんも一 緒に泣き出した。お母さんからも大粒の涙がこぼれ、兄妹を力一杯抱きしめ声をあげて泣き出した。

 マンションからの帰り道、なぜ今日、家に帰ってきたか聞いてみた。記憶している限りでは、二日続けて帰ってきた事はなかったはず。お父さんは嬉しそうな笑顔で答えてくれた。
「今日、会社辞めたんだ。これからはお前達との時間を増やそうと思ってな。また一からの出直しだ。がんばんなきゃ」
 もう六年生だ。大人が仕事を変える事が大変な事だということはわかる。でも、お父さんの笑顔からは、なんの不安も感じられなかった。大丈夫。僕は自然と溢れてくる笑顔を隠そうと表情を崩さないようにがんばった。そういえば、なにか僕はお父さんに言わなくてはいけない事があった気がするんだけど、まぁいいか。
 
 朝のホームルームで阿部先生から俊哉が無事であった事の報告があった。俊哉は風邪をひいて休んでいる。昨夜の事に関してクラス全員が知っていたのだが、目立たない俊哉の事など、誰も感心がないかのごとく平常に時間が過ぎていった。僕は登校してすぐに昨夜の出来事を校長先生に根ほり葉ほり聞かれた。だけど、ぴょんぴょんババァに関してはなにも言わなかった。
 健介となるべく接しないようにしていたが、午後に声を掛けられてしまった。
「小山、生きてやがったんだな。残念っ!」
 その言葉にカッとなり、気づいた時には健介を殴り飛ばしていた。産まれて初めてのグーパンチで。近くにいた何人かが振り向いた。健介は唖然と僕を見てから、クラス中に響く大声で言った。
「今日から、浩人、ハブなっ! みんなっ、絶対に口効くなよっ!」 
クラス中が静まり返った。「ハブ=仲間外れ」誰もが恐れるその言葉に、自分でも驚くくらい平気でいられた。昨日までの僕だったら狼狽えて、もしかしたら健介に土下座くらいしていたかもしれない。でも、強くなった気がする。僕は言葉の凶器を軽く鼻で笑ってぶっ飛ばしてやった。
「うっせー、ばーか」

 放課後、俊哉の家を訪ねた。欠席者に届けるプリントをもって。クラスメートは誰も俊哉の家を知らなかったから。エレベーターに乗り込み、二十階のボタンを押す。 静かにエレベーターは上昇し、アッという間に最上階に到達した。踊り場に立つと、街の公園の展望台より綺麗に僕の住んでいる街を見下ろせた。視線をあげると昨夜の雪でうっすらと白化粧をした入鹿池がのどかな風景に溶け込んでいた。
 家のチャイムを鳴らすと中からお母さんが出てきた。俊哉のお母さんはマジ綺麗。何度も何度も僕にお礼を言い、何度も何度も謝った。改めて僕の家に来るとも言っていた。お母さんに連れられ俊哉の部屋に入った。凄く広い部屋。テレビもエアコンもゲーム機もゲームソフトなんて店と同じくらいあるんじゃないか? 僕がほしい物はとにかくみんな揃ってる。
 ベッドで寝ていた俊哉は、僕の登場に少し驚いた様子で慌てて上半身を起こす。お母さんが「ジュースを持ってくる」と部屋を出ていくと俊哉は、頭を下げて謝った。
「昨日はごめん」 
「いや、元をただせば、僕の方が悪いよ。ごめんな」
 俊哉は、俯いたまま首を横に振った。
「でも、お前んち、すげーな。広いし綺麗だしなんでもあるし。部屋にテレビやゲームがあるなんて天国じゃん」
「月に一回、お父さんが僕と美由に会う度にプレゼントを買ってくれるから」
「えーっ、毎月、誕生日みたいなもんか」
「あはは、そうだね」
俊哉が普通の笑顔をみせた。なんだか嬉しい。
「いいなー、お前」
「……ん、でも、もうお父さんには会わないから、これ以上は増えないかな」
「なんで会わないの?」
「お父さんの新しいお嫁さんに赤ちゃんが生まれるから……。いつまでも僕達が会っていたらいけないと思う」
「お父さんが、もう会わないって言った?」
「ううん、今日、僕が決めた。まだ、お父さんには言ってないけど」
「お父さん、寂しいだろ?」
「多分。でも、大人になったら絶対にお父さんと一緒にお酒飲むんだ。それまでは会わない。決めたんだ」 
「大人じゃん」
「そんなことないよ。でも、昨日までとは何かが変わった気はするかな」
ああ、僕も一緒だよ

 日曜日、家族揃って遊園地に行った。でも僕は行きの道中、車酔いで気分が悪くなってしまった。原因は睡眠不足。何年か振りの家族での行楽にテンション上がりすぎて、前日ほとんど眠れなかったから。
 苦しむ僕の背中をさすってくれるお父さんの手は、大きく、温かかった。    

                    了

【加圧式②】ともだち

執筆の狙い

作者 たあ坊
118.106.128.17

なにもでてこなくてあかんですが、よろしくおねがいします。

コメント

文緒
126.224.162.39

 ご無沙汰していますが覚えていてくださってたら嬉しいです。

 
 作中に誤字があったり
 感心がない→関心がない、ですよね
 口効かない→口利かない、かな

 あと、6年生の男の子たちに時々オジサンが覗くとか
 お父さんとのギクシャクの理由は何
 転職の決意のきっかけに関係してたのはギクシャクだったのか
 俊哉君家庭の少しの違和感
 ぴょんぴょんババァのその後(?)のチラッと一言情報


 そんないろいろはあります。
 ありますが……そんなことどうでもいいと思わされました。
 技術とか言葉の有り様とかキャラの一種の軽みとか、そんなことひっくるめても、ただ悩みながらそれでも書き続けようとする姿勢の前には、些末な事柄に過ぎないと。物語の底流にある作者の”人への温かみ”を良い読み手ではない私で恐縮ですが
感じられて、素直にそう思いました。



 めっちゃ私事ですがちょっと体調を悪くしています。
 せっかくレスを頂戴してもお返しが遅くなってしまったらごめんなさい。
 ですからどうぞお気遣いなく。


 ありがとうございました。
 

 

 

三月は深き紅の淵を
219.100.84.36

書き出し!

“説明台詞”をずららーーっと並べてて、
その口調が“作者都合・説明台詞”すぎて、
そこでいやんなって、
入り込めなかったんで、やめてしまった。



作者都合・説明口調台詞を、鉤括弧でくくって並べるのは、
やめないか??



ちょっと前にも、「同じ苦言」書いたけど・・

今回はその時よりも、さらに“説明口調台詞、怒濤のだんご”なんで、
「癖」になっちゃったんだろうなー。


たとえば、“鉤括弧台詞の連続で進行する事の多いラノベやBL”だって、
いきなり「書き出し」っから“それのオンパレード”って、アリエナイんで。。

三月は深き紅の淵を
219.100.84.36

冒頭もだけど、最終付近も、
“説明口調台詞を、漫然と並べ”てんですよねー。。


台詞の鮮度が低い:説明台詞オンパレードで、
台詞の中身とその前後の処理が、とにかく杜撰。

常に「作り物感、嘘くささ」が強く漂いまくるもんで、
たとえいいハナシを書いてても、「共感」がかなーり目減りするし、
そこで白けてしまう。。


だから 台詞!

鉤括弧台詞の切り出しと、その前後の地の文の処理には、
「端々まで神経を配る」のが肝心かなー。

たあ坊
118.106.128.17

文緒さん、読んでいただきありがとうございます。

お久しぶりです。そりゃー覚えていますよー。ありがとうございます。

ありゃ、誤字が…。お恥ずかしい。すぐ直します。

小学生の台詞が難しくて。今時の子たちと接する機会がほとんどないのですが、今年は祭りの実行委員なので、少しの期間ですが小学生と時間を共にできるので、コミュニケーションをとって参考にしたいなーと思っています。

お父さんとのぎくしゃくはあんまり考えてなかったです。雑でした。俊哉くんの家庭はお金もちなんですがちょっと複雑な感じに考えていました。でもちゃんと設定はしてませんでした。おばあさんにしても設定不足です。

加圧式もあと一回で一区切りなのでなんとか終わりたいです。最近ぐだぐだですが。

お身体、お大事にしてください。あせらず、ゆっくり、しっかりと体調を整えて、また文緒さんの面白い作品を読ませてくださいね。

ありがとうございました。

たあ坊
118.106.128.17

三月は深き紅の淵をさん、読んでいただきありがとうございます。

台詞でいけるとこまでいったれいでスタートしてしまいました。やっぱ不自然でしたかー。
説明じゃなくて描写したいとはいつも思ってはいるものの、意識はちと低かったと反省してます。地の文の語りも感じてもらうようにしたいんですが、なかなか。

嘘くささをあまり感じない大嘘を書きたいなーと思います。

ありがとうございました。

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