作家でごはん!鍛練場
j

腹の中

 男は、何かの腹の中にいた。 そこは、どうやら胃であるようだった。 その壁は、瘡蓋を溶かしたような黒褐色をしていた。 原子力爆弾の熱風で細胞が爛れた人間の皮膚に見えた。 それは一応生き物らしく、小さなひだが細菌の増殖みたいに動き回っていた。 血の混ざった組織液の色をした体液が、粘性を持って下に落ちる。 すると、第一級の感染病に罹患した老人の吐瀉物の臭いが周囲に蔓延した。 男は舌の奥に酸っぱいものを感じ、その直後に嘔吐した。 残っている物を全て吐き出すと、喉の筋繊維の疲労と胃の痙攣が彼を襲った。 今日で三度目の嘔吐だった。 彼の顔は、鼻水と胃液と、わずかに目尻に浮かぶ透明の涙でびしょびしょに濡れていた。 しかし、その血涙に映るものは、黄色の胃液と、そこらを行き交う人の群れのみだった。
 男の風体は浮浪者のようでありながら、どこか気品を感じさせた。 顔は整っているものの、白く濁った切れ長の瞳は、見る者にひどく緊張を与えた。 皮膚は若さ故の清潔感があるものの、全体にどこか、砂漠のような乾きが漂っていた。 ただ、同時に、彼は虚弱な身体をしていた。 あばら骨がうっすらと見え、足は故郷を求めてさすらう難民のように細い。 故に、彼の吐瀉は他の人の者よりも、ひどく可哀想に見えた。
 彼のあまりに無残な様子とは対照的に、人々は全く通常であった。 生温い胃液に浸り、他愛もない談笑をする。 ある一方向の倫理観に基づいて規定された学問をする。 我武者羅な運動をする。 男は、その光景を異常だと思った。 汚物に塗れた自分こそが正常である、と。 しかし、実際は全くの逆であった。 客観によれば、彼こそが狂人だった。 
 口元に多く皺のある、三〇ほどの女性が、おそるおそる、彼に近寄った。 彼女の口元には、引き攣った、しかし、相手を取り込もうとする過剰な笑みがあった。
「あの、大丈夫ですか。 救急を呼んだ方がいいですか」
 男は、寄るな、と怒鳴った。 そして、また吐き気を催したらしく、胃液を無理矢理止めるように自らの首を絞めた。
 女は、やはり、彼を分裂症か何かだと思い、すぐにその場から立ち去った。 実際、男の顔は、そう断定されてもおかしくないほど苦渋の表情を浮かべていた。
 それは、実際男の精神が障っているのか、胃から沸き上がる熱い酸のせいなのか、また、先ほどの女の、左の眼球と右人差し指の第二関節より上の部分が溶解していたのが原因なのかはわからなかった。
 男の脳裏には、あまりに多くの思考が散文的に垂れ流されていた。 それは彼を酷く混乱させた。
 ━━おれ、おれ、おれがおかしいのか、いや、あぁ、この場所にはひかりがない、ひかりが、指、一度死のうか、左目が、死んでみようか、それが、いいか、ひかり、水、ひかりが、風、左目━━。
 彼はひたすらに新鮮な酸素を求め、そこらを藻掻き回った。 肉壁を衝動のままに抓り、捩り、殴る。
「おい、そろそろやめておけよ。 胃液が止まったら、腸に行けなくなるぞ」
 男と同年代くらいの青年たちだった。 いつの間にか男は、取り囲まれていた。 青年達は、先ほどの女性と同じように、おぞましいものを見る目で彼を見た。 さらに、その壁の向こうには、騒ぎを見物する暇人がおり、ちらちらと男に侮蔑の視線を送った。
 彼に声をかけた、短髪の青年。 その瞳は真っ直ぐでありながら、諦めにも似た分別を弁えているようだった。 それは、この腹の中の人間に共通する特徴の一つだった。
 男は、青年を嫌悪した。 それは感情的なものではなく、もっと深い生理的な嫌忌だった。 男は、彼に言った。
「腸に行けなくなるからなんだというんだ」
 すると、青年たちはどっと爆笑した。 道行く人もくすくす笑っていた。
 男は思わず固まった。 しかし三秒後には、彼らは自分のことを笑っているのだということを自覚した。 右頬を強く噛み切り、そして生臭い血の味を感じた。 その行為で、男は冷静を取り戻した。 その真っ黒な瞳で、しっかりと大衆を見据えた。 彼は言った。「どうして対話をしようとしない。 おれの言ってることがわからないのか。 腸に行けなくなるからなんだというんだ」
 後ろから、青年と同年代ほどの女が出てきた。 女の目はきつい二重瞼で、髪はやや無造作に一つに括られていた。 しかし、容姿は美しいとは言えず、どうにも清潔感に欠けた。 それだけではなく、男は、この女にも、忌避感を覚えた。 つまり彼は、たいていの人間が嫌だったのだ。 ただ、それはその個人に対して向けられるものではなかった。 つまり、「嫌い」とは似て非なるものだった。 そのような激烈な感情は持ち合わせていなかった。 そういった熾烈な常道があふれ出すときと言うのは、決まって、集合としての彼らの姿だった。
 女は、男を睥睨した。 「あなた、何を言っているの。 意味の分からないこと言わないでよ」 そう彼を嘲た。
 男は、カーッと顔に血潮の走るのを自覚した。
「意味が分からないって、何がだ。 どの部分についての言及をしてる?」
「全てよ。 そんなこともわからないの。 あなた頭おかしいんじゃないの」
 男は何か反駁しようと口を開いたが、民衆の共感の嵐にかき消され、彼の言葉は届くことはなかった。
 女は、全体に後押しされて得意気な顔になった。 その表情はひどく醜悪で、男は胸焼けにも似た強いえづきを覚えた。 喉が焼けるように熱い。
 青年は、男に最後通告を渡すがのごとく言った。
「周りを見てみろよ。 何が気に入らないんだ? みんな楽しそうにしてるじゃないか。 君の目は、まるで連続殺人犯のようだぜ」
 なるほど確かに、男の瞳は焦点が定まっていなかった。 彼はただひたすら虚空を見つめながら、自らの舌を歯で押しつぶしていた。 そうしつつ、彼は目の前の光景をひどく論理的に思考して、その実相を捉えようとした。
 自らの周りの人間は、皆体の一部が液体だった。 目の前の青年は両の瞼がくるりと空洞になっていた。 また、左腕は肘から下が酸で爛れており、全く使い物にはならなそうだった。 先の女にしたって、すでに耳が全く無かった。 また、鼻の先が溶けて極端に低くなっているために、高飛車な性格とのアンバランス性を生み出していた。 その女の右隣の老婆は顔面の右半分が欠損していたし、その斜め後ろの小さな女の子は、逆に顔自体を失っていた。
 男は走った。 何ともなく、走った。 走っても走っても、肉塊は動きすらしなかった。 それは、もはや生き物という風が全く感じられなかった。 壁のうちでは、子供達が胃液の中で背泳ぎをしていた。 その無邪気な笑顔は、男の脳髄をグラグラと揺り動かし、三半規管を狂わせた。 また、ちょうど発情期といった具合の男女は、下卑た笑みを浮かべながら、黄色い液体を掛け合っている。 それを咎めるように見やる老夫婦は、もう残り目と白髪以外全て溶解しているようだ。
 男は再び吐瀉した。 ぼとぼとという固体音が、柔らかい肉壁に吸収されぼやけた。 ついに、嘔吐に用いる喉の筋肉が攣り、彼は「あぐっ、あぐっ」と蛙が潰れるような音を出した。
 いつの間にか男は、胃の中の人間全員に取り囲まれていた。 嘔吐の苦しみに喘ぎながら、彼は、ひどく惨めな気持ちに陥っていた。
 ━━どうして僕だけが、僕だけがこのような辛酸を舐めねばならないのか、どうして━━。
 胃の中の人間たちは、いま存在している個体だけでは無かった。 この酸っぱい臭いのする液体の中にも、膨大な数の人が生息していた。 それらは溶け合い、集合体となっていた。
 四〇歳ほどの男性が、人の壁の向こうから野次を飛ばす。 「何をしてるんだ。 甘ったれるな」 九〇にもなる婆が、「私が若いときには、こんなのはいなかったよ」 四歳の幼児「あの人変だよ」 十七歳の女子「何いってるかわからない」 二十一歳の男子「そんなのだから腸にいけないんだよ」 四十九歳の女「屁理屈しか言わないね、この人は」 十九歳、女「もうちょっと合わせたら」 二十二歳、男「何が気に入らないんだよ」 三十三歳「何もないのに嘔吐だなんて、失礼だろう」━━━━。
 男は、自分の瞼の奥に大量の血液が集まるのを感じた。 その熱は双眸に伝導した。 同時に、呼吸のおかしくなるのを覚えた。 過剰に空気を吸い込んだのか、喉が「ヒュッ」という音を出し、またそれを吐き出そうとすると、何やら横隔膜のあたりが痙攣を起こし始めた。 それは、また、嘔吐の時とは違った感覚だった。 そんな風に、男はある一点でとても冷静だったが、しかし、体全体から湯気が出るほどに、彼は興奮していた。
 目から何かが流れたと思った。 男は、それを血ではないかと拭ったが、なんと涙であった。 マグマのような涙であった。 男は、ヒクッ、ヒクッと吃逆のようなものをしながら、必死で自らを落ち着けていた。 彼は恥ずかしかった。 このような醜態を晒すことが。 全く、子供のようではないか。 そう考えると、ますます悔しさは募り、彼の顫動はひどくなった。
「あれ病気だろ」「完全にアスペ」「ガイジは死ね」「もう手遅れ」「てかダサい」「というか何に立ち向かってんの」「もうちょっと普通にできないの」「あのお兄ちゃん、怖い」「その歳で泣くなよ」
 人々は、より一層彼を非難した。 皆は男に、思い切り胃液をかけ始めた。 男の綺麗な体は、ジューっと言って爛れていく。 過呼吸のままに、彼は痛みに喘いだ。 それは、胃の中の人間にとって非常に珍しい光景でもあった。 胃液をかけられて痛みを感じるなんて、全く不便な体だなとまで思った。
 しかしこの男は、そこで終わるような柔な人間ではなかった。
 実は、彼にも仲間がいたことがある。 唯一無二の親友が一人と、大事にしていた恋人が一人。 彼にとって、家族は仲間ではなかった。 男の母親は、もう溶けきってしまって存在をなしていなかったし、父親は、この世界に対する闘争の意思を無くし、腸へと下っていた。 つまり、男は生まれながらにしての孤独だった。
 男の親友は、男と違い、気の良い、朗らかな少年だったが、程なくして自殺した。 三年前のことだった。 恋人も同様に、自ら命を絶った。 二ヶ月前のことだった。
 そんな中で、彼は生きた。 生きる理由も見当たらなかった。 死ぬ理由ならいくらでもあった。 しかし生きた。
 男は、自らの指を思い切り噛んだ。 指から血がぼとぼとと落ちた。 それから、彼は「ガァ、うあ、あ、」などという獣のような呻き声をあげて、自らの頰に爪を突き立てた。 男の白く柔らかな皮膚は流麗な引っ掻き傷と、真紅の血でいっぱいになった。 それはまるで、伝統的な化粧のようだった。
 公衆は、その光景に恐れおののき、ついにあちらが気分が悪くなって立ち去るものもあった。。
 そうしていると、奥から、一人の老人が出てきた。 出てきたという言い方はいささか不十分であった。 彼は顔面以外の肉体が残っていなかったからだ。 彼は、妻らしき老女に生首を抱えられて、大衆の前へ踊りでた。 彼は歯がなく、また、非常に薄毛で、嫌な皺が口元のあたりによっていた。 また、しゃべるときに、クチャ、クチャ、と気味の悪い水音を立てた。
「落ち着け若者」
 その決まり切った台詞は、男の発狂をさらに促進させることになった。 
「そんな文句はもううんざりなんだよ。 君たちは、全くくだらないことで言い争い、笑い合い、感動して涙を流している。 わかるか。 もう何も言わないでくれ。 何もしないでくれ。 お願いだから」
 男の顔には、涙のあとがくっきりとついていた。 それは乾燥し、一筋のあとを残した。
 老人は、数瞬目を閉じ、再び開けた。 その瞳は、緑内障によって醜く汚れていた。 しかし、男は、彼に幾ばくかの興味を抱いた。 その老人が、多勢の人間とは一線を画する人であることを見抜いた。
 男は、老人の言を待った。 そしてやっと、老人は口を開いた。
「儂は、かつて、この胃の研究者だった。 随分と色々なことを調べたものだ。 君も存じている通り、大抵の人間は、そんなことに興味はないからの。 全くゼロからのスタートじゃった。 周りの奴らからは、よく馬鹿にされた。 しかし儂は、孤独を好いとった。 それにな、儂は、一匹狼が似合う二枚目だったんだ、ちょうど、今の君のようにな」
 といって、老人は下劣に笑った。 いくらか唾が顔面に付着した。 
 男は、その汚い口内に不快になったものの、容姿を褒められたのには悪い気はしなかった。 彼は、自らの容貌が気に入っていた。 特に、瞳が。
 周りにいた十四歳ほどの少年が、質問をした。
「なぁ、なんで胃のことなんて調べてたんだ。 それ、なんか意味あんの?」
 老人は応えた。
「出て行きたかったのだ、ここから。 抜け出したかったんだよ。 だから、そうだな、なんの意味もなかったよ」
 そして老人は、もう一度、自分の生首を男の方へ向けてくれるように頼んだ。 老婆は、言われた通りにした。 彼は、一瞬、何か、忿怒の表情を浮かべた。 しかし、すぐに諦めの微笑みに変わった。
「なんの意味もなかったよ」
 老人は、もう一度、それだけを言って、もう何も口にしなかった。 しなかったというのは性格ではなかった。 何故なら、その言葉の直後に、老人の口は溶けてしまい、何も発声することができなくなったからだ。 ただ、喉から掠れたようなひゅぅ、ひゅぅという音だけが漏れている。
 老人は、やはり何かを伝えようと藻搔いたが、それは全く伝わることがなかった。 そのまま、彼の細胞は胃液の中へと溶解していった。 その頭部を持っていた老女も、同じく様々な箇所が溶けていく。
 先ほどまで、男に野次を送っていた若年の女は、体の左半分が液体と化している。 十四歳の少年は、その若さで持って、毛が全くなくなっていった。
 胃液で遊ぶ音が聞こえる。 ピチャピチャ、ピチャピチャ。 じゅわぁ、と、酸が身体を犯している。 そのまま彼らは腸に降り、肛門を通り、糞尿として排出される。 
 みんな笑っている。 みんな笑っている。 みんな笑っている。
 男は咆哮した。 ひたすら、雄叫びを上げて、辺りを転げ回った。 喉と筋肉が割れるように痛かった。 
 その叫びは全く狂気の沙汰であった。 こんな、痩せこけた吐瀉物だらけの男に、こんな力が隠されていようとは、誰も思わなかったであろう。
 彼は泣いていた。 川の氾濫のごとく瞼からは涙が溢れ、鼻水は口の辺りまで垂れていた。 
 男が声を張り上げるのと反対に、周りの人間は次々と液化し、胃液の一部となっていく。
 声は、もう掠れ、絶叫はますます物哀しい響きを帯びてきた。 しかし、彼はひたすら吠えた。 吠えた。 吠えた。 吠えた。 吠えた。 吠えた!
その時、世界は震撼した。 皮膚病のような胃の壁が、小躍りでもするように律動した。 男はそれにバランスを崩しかけたが、近くにいた、左半分の消失した女を突き飛ばすことで、屹立を保った。 その女は思い切り胃液の中へと放り込まれ、残っていた半身も泡のように消えた。 然して、もし男の行動が無かったとして、それは同じことだっただろう。
何故なら、男以外の人間は全員、液の中に倒れ込み、まるで死体のように(実質としてそうなのだが)動かないからだ。
男は、たったひとりで、この地震を耐えきった。 この揺れは、まるで腹そのものの悲鳴のようだった。 男は、初めて、魂の底が共鳴するのを感じた。 この腹の声が、まるで自らの咆哮の返事のように思えたからだ。
次第に、腹の動揺は収まったらしかった。 何度か余震があったようだが、それは、男の興奮を掻き立てるものでは無かった。 男は失望した。 あと十分ほど待ってはみたものの、何が起こるというのでもなかった。 男は絶望した。
彼は、子犬のように泣いた。 残った全ての涙を使い果たすように。 その泣き方は、今までで一番静かで、悲しかった。
男は、胃液の中へ倒れ込んだ。 ぐちゃ、と音がした。 何人かの手足を踏んだようだった。 男は、仰向けのまま、そのなかを揺蕩っていた。 滲んだ瞳で上を見上げると、食堂のあたりから、金色の微睡みが降り注いでいた。 おれは、あのひかりに魅せられたのだ。 あのひかりが、どうしても欲しかったのだ。 男は、そこから幾度の生命が誕生することを知っていた。 また一つ、産声をあげながら、命が顕在化したようだった。 彼は、その赤ちゃんを殺してやりたくなった。 殺すべきなんじゃないかと思った。 だが、彼は、ゆっくりと目を閉じた。 背中のあたりが、ぼやぁ、と熱に包まれているのがわかった。 彼は、生まれて初めて、溶けることの快感を味わった。 なんだか眠たくなってきた。 このまま寝てしまおう。 今日、このまま、寝てしまおう。 脳髄の中枢が機能を放棄するのがわかった。 泥のような眠気が、瞼の裏から全身を包み込んだ。 最後の涙が、男の目から一滴流れた。
━━腹の中が男を殴打した。 再び世界は、振動に包まれた。 大きな、大きな揺れだった。
男は、胃液の中から飛び起き、歓喜に打ち震えた。 彼とともに雀躍するものは誰一人としていなかったが、彼は独りではなかった。
腸の奥から、津波がやってきた。 波は、死の色をしており、その高さは、茫漠とした美しささえあった。 男は、胸が踊り、目を輝かせた。
男は、波の上に器用に立って、辺りを見回した。 胃の中にあった死体の山は、既にその中へと飲み込まれていた。 そのまま、それは肉壁を這い上がり、男は上へ上へと押し上げられていく。
━━あぁ、ひかりだ、ひかりが、こんなに近くに。 触れられる、触れられるじゃないか━━。
ついに男は、胃を脱出し、狭い食道へと入った。 目を細め、見上げると、ひかりの集積が彼を照らしていた。 そして、そこを抜けると、不規則に動く、赤い絨毯に出た。 やはりそこにも粘液があり、男はぐらついた。 前面には、白い墓のようなものが並んでいた。 それが上下にたくさん置いてあり、彼は、それが歯であることを悟った。 その隙間から、光線が透き通っており、男の目を照らした。
ゆっくりと、その扉が開けていく。 あまりの眩さに、男は目を覆った。 あぁ、もう、口はあんぐりと空いて、奥にはひかりの海が現れた。
男は、ごくりと唾を飲み込み、緩やかに瞼を開けた。 彼は、生まれて初めて、ひかりと風をその身に感じた。 いや、彼は、今もう一度産まれたのだ。
男は、その感触を確かめながら、歩を進めた。 一歩一歩、出口へと、あるいは、入口へと近づいていく。 海を眼前として、彼は、思い切り走り出した。 男は笑っていた。 そして男は、ひかりのなかへと飛び込むのだった。

腹の中

執筆の狙い

作者 j
219.106.170.30

短編を書きました。 客観的な見解が知りたく、拙作を投稿させていただきました。 忌憚のない感想を頂けると嬉しいです。

コメント

大丘 忍
180.45.166.96

いくら小説がフィクションであるとはいえ、リアリティが必要だと思います。この小説は途中で読むのを中止しました。小説の出来栄え以前の問題だと考えます。

j
110.165.213.215

「大丘 忍」さん、ご感想ありがとうございます。
まず前提として、これが私の反感の意から来るものではなく、敵対の望みはないことを念頭に置いて聞いていただきたいのですが、「リアリティ」とは具体的にどのようなことを指しているのでしょうか。 もしそれが「現実に即している」という意味内容ならば、はなはだ疑問を覚えずにいられません。 今回の私の小説は外装として完全に現実世界から乖離していますが、それが評価を決定する一要素になりうるとは思えないのです。 「小説は現実に即してなくてはならない」という言説が罷り通るならば、この世の大抵の小説は「出来映え以前の問題」を抱えていることになるからです。 漱石の「吾輩は猫である」は、猫の視点で物事が語られますし(猫は本来思考を持たない)、カフカの「変身」なんかは、わけもなく語り手が虫になってしまう。 筒井康隆の「虚構船団」なんて、登場人物は皆文房具です。 もはや全てが虚構といって差し支えない。 ただ、これはあくまでも私の考えです。 また、このサイトは冷静に意見をぶつけ合う場でなくてはならないはずです。 宜しければ、もう少しお考えを聞かせていただけると嬉しいです。 また、大丘さんだけではなく、他の皆さんも。

二月の丘
219.100.84.36

筒井康隆を引き合いに出すんであれば、
人の体内が舞台な『最後の伝令』※じゃないでしょうか??


※「存在」の危機を知らせるべく、ランゲルハンス島を目指し、孤軍奮闘する主人公。傑作です。


まずそれ読んで来てみて〜?
(本屋で立ち読みしたとして、5〜7分ぐらいで行けそうな紙幅だったように思う)

そしたら、
大丘先生の指摘が【胃の腑に落ちる】と思う。



それがダメなら、『はたらく細胞』のアニメ見てみるとか〜??



ワタシもこれは読めなかったです。
基本設定からして「・・・。」なんで。

アフリカ
49.106.215.184

拝読しました

僕は序盤それこそ「変身」みたいなかたーい気配を出したいのかな?と感じながら読んだのですが中盤はなんだかぐにゃぐにゃと柔らかくて現代的な?言い回しで終盤またまた硬化なピタッと張り付くような文章に戻って不思議な感じがしました。なぜかな?少し語りがかたいからかも知れないし、でも内容は最近のものも読んでるんだよね。って感じもして更になんだか不思議な感覚。
【大きな、大きな揺れだった】等々
ためて吐き出す語り口
ハードボイルド的で心地よく
僕は好きです。

なんか良くわかんないけど
古臭いのに新しいって感じがして
もう一度読んでみます。

また感想書くかもです

ありがとうございました

j
219.106.170.30

「二月の丘」さん、ご感想ありがとうございます。
 つまり、大丘さんの真意は、学術的な描写が薄く、精緻さに欠けるために、世界が嘘に見えてしまう、ということでしょうか。 正直なところを申しますと、私はこの小説を、なんの資料も見ずに書いたために、本来の人間の胃や腸の働きを性格に描けていない可能性が非常に高いです。 そこらへんが、「リアリティのなさ」なのでしょうか。 ただ、本作品は二月の丘さんが出された「最後の伝令」や、アニメ「はたらく細胞」のような、現実の知識に基づいたある種SF的なものとは異なっていると思っています。 故に、その世界での臓器の働きなどは、象徴的な意味合いでもって描写しました。 しかしやはり、ご指摘の内容を頭の中で再検討してみると、自分が例として挙げたカフカの「変身」も、虫の描写はとても細かく、また、学術に則ったものでしたから、寓話と言えども、その塩梅は調節すべきなのだろうという意見も生まれつつあります。 また、本棚を漁って見ましたが、暗喩のために現実世界の科学を曲げている作品は見当たりませんでした。 そもそものモチーフの選択が、ストーリーに引っ張られていたのかもしれません。 私自身思考がまとまってはいません。 どの方も、新たな感想をいただければ幸いです。

j
219.106.170.30

「アフリカ」さん、ご感想ありがとうございます。
文体の揺れについてですが、まさにご指摘の通り、彷徨っております。 私はある一点でとても人の影響を受けやすいのです。 その時に読んだ本の文体に、強く左右されてしまうところがあります。 文の硬軟がブレているのはそのせいでしょう。 推敲の際、気を付けます。
また、文章がハードボイルド的というのも、まさに影響のせいです。 おそらくはカフカ、チャンドラー、村上春樹、などの。
古臭いのに新しい、という感想は、素直に嬉しく思います。 先述した通り、私は古典に影響を受けやすいために、自らの作品が現代に即しているのかと疑う時があります。 全く誇大な夢だとは思われるでしょうが、私は、これまでの文学史の伝統の先に足跡をつけたいと思っています。 そのためには、古典の美しさと、現代の新しさを融合させなければなりません。 さらなる感想があれば、書き込んでくださると非常に助かります。

nekot-a
121.6.158.213

瘡蓋はどのように溶解するのだろうか。実物を見た人はこの世の中にどのくらいいるのだろうか。またどのような動物の胃壁が黒褐色だろうか、果たしてそれを見たことのある人が、このサイトを閲覧している中にいるだろうか。実際に胃の中にいるとすれば真っ暗なはずで、どうして視覚に頼ってここまで語れるのだろう。
一元論でことごとくを片付けようとする人びとが考えるのはおおかた上記のようなもので、うらむらくは書き手が彼らを巻き込もうとしていず、もっといえばその存在すら想定していないことでしょうか。冒頭で目を惹くのは描写でもタームでもなく、行間にあふれでる書き手の情熱です。あまりにも一方的な、あついパッション。

「名前はまだ無い。」言わずもがな漱石のあの作品の冒頭、jさんにはこのセンテンスに注目しなかったのか。これが「名は善次郎と申す」、とあったなら作品バランスはどう形成されていただろうか。カフカの『変身』もしかり。言い訳でもするかのように隙の無い描写で読者を逃がさない。なぜか。
あくまで偏った私見ではありますが、書き手が強引にしかけるのであれば、見合ったバランス感覚だけがモティーフを赫(かがや)かせるための方法なのではないかと惟(おも)うのです。いかがでしょうか。あるいは余裕。

大江健三郎さんの「死者の奢り」の冒頭はこのように始まっています。

 死者たちは、濃褐色の液に浸って、腕を絡みあい、頭を押しつけあって、ぎっしり浮かび、また半ば沈みかかっている。

トピックセンテンスを「この地下室は死体を安置している」とすれば楽なものを、どうして死者の浮き沈みするさまをもってきたのか。余裕がそうさせたのではないかと、私個人は考えています。余裕は「読者の思索する流れが読める書き手心理」と換言することもできます。jさんのご意見はいかがでしょうか。

なお、余計かもしれませんが、掉尾に助かるのは私ではない誰かがふさわしく思いました。「李陵」の読後のような、

j
219.106.170.30

「nekot-a」さん、ご感想ありがとうございます。
仰る通り、上記のような指摘は想像もしていませんでした。 しかし、読み返してみれば、全くnekot-aさんの言う通り、冒頭の描写、特に一文・二文は、読者を引き込むのに最適ではありませんでした。 私は、よく考えずに小説を書くもので、大切なことを忘れていました。 特に、今回のような非現実的で想像のしにくい舞台設定の場合、読者を作品世界に導入させるための冒頭の文章は、非常に繊細でなくてはいけなかったのに。 「男は、何かの腹の中にいた。 そこは、どうやら胃であるようだった」と書いてしまうと、読者は、その情報を押し付けられたように感じてしまう。 nekot-aさんが引用された大江健三郎の文章は、私も最高だと思います。 あの冒頭は、作品世界を如実に表しながらも、全く押し付けがましくなく、それこそ読者の心理の流れを読み取ったものであると感じました。 つまりは、基本的に、描写は外側から入らなければならない、遠いところから順に、核心に迫らねば、読者の想像を超えて先に説明してしまえば、それは没入への阻害に繋がる、と言うことを思い出さされました。 その計算、あるいは親切さが、「余裕」ということなのかな、と言う風に解釈しました。 非常に有益な感想をいただき、ありがとうございました。
また、最後に、腹の中から抜け出すのは「男」ではないほうがいいとのご意見ですが、私も、そちらの方が、手の届かない哀愁が漂い、良い効果を生み出す側面があると考えます。 また、「男」を一般市民と同じレベルまで下げることで、読者は、彼と同じ目線で物語を楽しむことができるとも。 しかし、私はあくまで感情的に、「男」に救われてほしいと思ってしまいます。 溶解と吐瀉の日々から逃げ出せるのは、あの「男」であってほしいと。 これは小説を書くという行為に関して純粋な感情なのか、それとも私という個人の俗物的感情なのか、それはわかりませんが、とにかくそのように願ってしまいます。

nekot-a
121.6.158.213

jさんすみません。身内でごたごたがありあわてていて、こともあろうに途中で送信してしまいました。また、彼を私と誤ったこともあわせておわびします。以後気をつけます。
このような不注意にも寛容さをもって接してくださって、とても感謝しています。ありがとうございました。

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