作家でごはん!鍛練場
日乃万里永

この世で最も音痴な楽器とは

 一通り伴奏を弾き終えた真尋は、最悪の気分で指揮者と目を合わせた。
 向こうも渋い表情をしており、言いたいことは同じようであった。
 中学に入学し、初めての文化祭で行われる合唱コンクールが間近に迫っているのに、クラスが全然まとまっていないのだ。
 担任は皆に向かい、
「みんな、それぞれが主張しあうから、変なところでソプラノが目立ったり、時々男子のパートが女子のパートを完全に消してしまっているわ」
 そのものずばりと指摘した。真尋も指揮者もうんうんと頷く。
 だが女生徒たちは、 
「男子の声が大きすぎるから、私たちが声をはりあげなくちゃいけなくて、それできっと全体のバランスが悪いんです」
 と訴える。男子生徒のほうは、
「こっちはちゃんと、言われた通りにやってるのに、文句言われる筋合いはないよ」
 と返す。
 どちらもまったく引く様子はなく、これではいつまでも変わる様子はなかった。
 真尋は頭が痛くなった。
 
 その日、項垂れながら帰宅すると、母が「おかえり」と出迎えるなり、興奮ぎみに言った。
「今日ね、ピアノの調律をしてもらったんだけど、すごく意外なことを聞いたの」
「意外なこと?」
「そう。ピアノって実は音痴なんですって」
「え? なにそれ」
「実はね……」
 母は調律師から聞いた話を伝えてくれた。
「ピアノを一音一音完壁に調律するとね、その後で曲を弾いた時、まるでロボットが言葉を話すような感じの、滑らかさのないたどたどしい音になるんですって。だから調律の際、どうしても微調整が必要になるらしいの。隣の音を聴きながら、それに沿う感じで調律していくから、最後にはどうしても僅かな“ずれ”が生じるそうなの」
「ずれ?」
「そう。でもそれはね、本当に些細なもので、決して音が外れているわけじゃないみたいなんだけど、でもそれは決して完璧でないから“音痴”っていうことになるんですって」
「音痴……」
「そう。だけどね、そのことで聴く側にとっては心地良く調和のとれた音に聞こえるんだっていうんだから不思議よね」
 真尋はそれを聞いて愕然としてしまった。完璧だと思っていたものが、実はそうではなかったのだ。
 それはまるで、信頼していたものに突然裏切られたような衝撃だった……。

 翌日もクラスで合唱の練習が行われた。 
 真尋はピアノの伴奏をしながら、昨日聞いた、ピアノが完璧ではなかった、という事実がいつまでも頭の中でもやもやと渦巻いていた。 
 真尋はいつも完璧な演奏を心がけていた。またそうでなければならないと思っていた。
 それなのに肝心のピアノのほうが、実際完璧ではなかったのだ。
 だから今こうして、自分では完璧に演奏していているつもりでも、ピアノがそうではないのだから、この演奏は不完全なのだ。
 そう思うとなんだかやりきれなかった。
 一曲終えると先生は、今度はパートごとに、ひと通り歌わせた。
 三つのパート、それぞれが歌い終えると、 
「う~ん、そうね。各パートごとに問題はないと思うの。このまま合わせれば、ちゃんと出来るはずなんだけど」
 だが、その後何度合わせても、やはり変化はなかった。
 先生が録音して聴かせても、皆それぞれが、自分のパートばかり気にしているのだ。
 だがふと、真尋はあることに思い当たった。皆がそれぞれを完璧だと主張するこの状態は、少しピアノに似ているのではないかと。
 微調整される前の、それぞれが寸分の狂いがなく完璧で、他方に混ざり合うことのない状態のピアノに……。
 このままでは……なにも変わらない。
 真尋は迷った挙句、次の練習で、少し弾きかたを変えてみることにした。
 反発してばかりではなにも始まらないと思ったのだ。ならば逆のことをするしかないと。
 どうせ完璧だと思っていた演奏がそうではなかったのだ。真尋はもう、完璧な演奏など、もうどうでもいいという気持ちにもなっていた。 
 ただ、全体の調和のために、ピアノが一音一音、本来の完璧な音を多少ずらさなければならなったのだと前向きに考えれば、ピアノを弾く真尋自身も、少し変わる必要があるのではないかとも思った。
 真尋は今まで、皆をリードしなければならないと思い、ピアノに合わせて欲しいとばかりに皆より僅かに先行する形で弾いていたが、今度は逆に歌に耳を傾け、試しに皆に合わせる形で弾いてみることにした。
 
 そうしていざ伴奏してみると、ピアノが主張を弱めるとともに、皆がピアノを聴こうとして耳を傾け、若干声が小さくなった。
 すると自然に個々の主張は弱くなった。
 主張を弱めれば、人の声も自然に耳に入る。そうすると、その声を聴きながら自分の声を出さざるを得なくなる。 
 すると、演奏の途中から、ほんの僅かだが変化が見られたのだ。
 一人でも相手に寄り添う心が生まれれば、相手も合わせてくれるようになる。そうして徐々に後半にかけて僅かに調和のようなものが生まれて来たのである。 
 真尋はこの時初めて、ほかでもない自分自身が、調和を怠っていたことに気付いた。それでは、なにをしても決してまとまるわけがないと……。

 
 後日、本番を迎えたが、結果は惜しくも一位ではなかった。
 だがあのままでは確実に最下位だと諦めていた真尋は、心の中でそっとピアノに感謝した。

この世で最も音痴な楽器とは

執筆の狙い

作者 日乃万里永
106.160.80.219

公募落選作です。

手直しはしましたが、ご意見ご感想などいただきたく、よろしくお願いいたします。

コメント

底辺フリーター
223.218.152.145

いい話だと思いました。

どうして落選したのか不思議です。

ナカノ、サル、ノブナガ、タロウ
106.173.154.115

タイトルがまずいよ

二月の丘
219.100.84.36

音楽、「曲」がまるで聞こえて来ないよ。
何〜〜も「書いてない」から。

演奏している小説、特に「合唱」の場合は、
「曲目」の設定から選定をサボっちゃあ 絶対ダメだと思う。

しかし、ここのサイトの人は、
吹奏楽部を描いてた人も、「コンクールに挑む練習」してんのに、肝心の「その曲」を、まるで設定していなかった。
(んで、感想欄に、
 “『潮風のマーチ』でも『天国の島』でもいいから、ちゃんと設定して書いて〜”
 とワタシは書いた)


合唱の場合、「まず歌詞がある」し、読者それぞれに想い出があるんで、
曲の選定は大事。

『木琴』とか『青葉の笛』歌ってんのと、
『インテラパックス』歌ってんのとでは、
雰囲気全然違うじゃん??
(伴奏の難易度もまた違うしな…)




合唱コンクール・・
伴奏者の選出からして、必ず揉める。
拙宅のがきんちょは、「同じクラスに弾ける子がいなかったんで、3年間伴奏だった」んだけども、
本人は、「声を出さないソプラノ女子の群れ」にストレス溜まりまくってて、
「ああ! いっそ、あたしが弾きながら歌ってやりたいわ〜〜!!」と家で鬱憤ぶりまけていた。
実際、「クラスで一番歌える」のも、拙宅がきんちょだったからだ〜。

ピアノの伴奏の方は、中々完璧には弾けず、「つっかえる場所」が決まっていたため、
連日えんえん練習聞かされ、すっかり覚えてしまって、、、“そこ”が来ると、身構えてしまっていた〜。

で、ある程度間違いなく弾けるようになったとしても、一発度胸のない子は、コンサートホールに設置された「本番用のグランドピアノ」の鍵盤に負ける。。

うちの子は、くそ度胸はあったんで、そこで大崩れはしないで済んだんだけども……隣のクラスの、超絶上手なお子さんが、「最寄りホールの1台3000万円也のスタインウェイ」の鍵盤に、指の力負けして、気の毒だった。

隣町のホールのピアノが、ベーゼンドルファーで・・ベーゼンドルファーはベーゼンドルファーで、中々に弾き難いらしいよ〜??


↑ ってな話は、母親「あるある」なんで。。

『発言小町』でもYahoo!掲示板でも、夏〜秋になると、毎年「合唱コンクールの伴奏に選ばれた話と、その悶着」のトピが立って、「そうそう…」と全国津々浦々から、子の実体験と、自分の実体験が寄せられます。



だからね、この話には「まるで具体性がない」と思うのよ。。

ピアノの調律の話は・・
まあ、チューニングマシンほどヘルツに正確に調律はしないのは、家にピアノ持ってる人は「経験」で知ってる。
でも、それを「音痴」だとは・・・思わないです。

だって〜、そんなん言っちゃったら、フルートとかヴァイオリンといった「自分の耳で調律する、倍音のたっぷり出まくる楽器」は、
=ピアノよりはるかに音痴! って理屈に・・なっちゃうじゃん??

二月の丘
219.100.84.36

ってなコメントを書きますと、
「規定枚数がタイトだったので… そこまでは入れられないので、あえて省いて、今のカタチです」
と言われてしまうのが常。
なんです、がっ、


現状を見ると、
「要らぬ説明台詞(鉤括弧台詞)+改行。&その台詞を受けてる文+改行」
が、ばんばん入っているんで、

そんなん、ばっさばっさと刈り詰めて、
「話の始まりと帰結」を適正化すれば、

内容的には、軽く「この倍」は描き込めます。


それ考慮すると、枚数(行数)の割に、
中身が薄い(足りてない)って思う。。。

hir
210.133.211.226

 ピアノが音痴と言われても理解できません。壊れているだけなのでは。
「私は完璧な演奏をしているのにクラスのみんなが足を引っ張る」主人公を高慢にさせるほうがわかりやすいです。
 完璧な音じゃなくて本物の音を求めてみてはどうでしょう。

二月の丘
219.100.84.36

・・・。


上に書いたコメント、前にも「そっくりここのサイトで書いた」記憶が、濃厚にありまくるので、、、


もしかしてこの原稿、

「タイトルは変えてるけども中身は再掲で、ほとんど変えていない」??

どうも既視感あるんで。。




何度も何度もコメント書いて申し訳ないんだけど、

日乃さんの短編は毎度、

とーっても『作家でごはん』調すぎる! んで、、、


ここの内部で感想聞いても「絶対直らない」し、

ここの内部のアドバイス容れちゃうと、

危険。


そんだけはハッキリ分かる。

二月の丘
219.100.84.36

しつっこく追記して申し訳ないんだけども・・


『作家でごはん』調の短編 を、

「公募に送って、通った」って人、

個人的には、いまだ見た事ない。。


敗因は、「普通に書いて(書けて)いないから」だと思ってるし、

何度も何度も、

 〔まずは“普通に書く”ようにしてみたらどうでしょう?〕と、

 〔普通に書き切ったものは、案外強い(残る)んですよ〕と

書いて来ましたけど・・



そのたびに、なんや“突然降ってわいた外野”に潰されますねー。



まあ、ワタシよりは、「叶さん」の小説の方が「巧い」ですし、「面白い」んで、、、

地味おばちゃんの発言が黙殺されちゃうのも致し方ないんだけど、ね。




『作家でごはん』内の「面白かったです」「書けていると思います」は、

公募にのぞむと「何の意味もない」し・・

それどころか【逆効果で、敗因になってる】部分も、相当に大きい・・と思う・・んですよね。。。

(これまでここで目にして来た範囲だと)

大丘 忍
125.3.53.26

言っている理屈はわかるがただそれだけという感じですね。

瀬尾辰治
49.96.38.12

日乃さん、短いから最後まで読めました。

これが映像なら、指揮者は男か女、それは分かると思います。
しかし冒頭からは、それが分かりません。真尋、これも男女の区別がつかないです。
それに、状況(時刻、場所、季節、服装、まだ抜けているかもしれないけど、それらも分かりません)。

 一通り伴奏を……(から)……同じようであった。
そこは同じ視点だから、改行は不要だと思います。
 一通り伴奏を……目を合わせた。(指揮者、彼、彼女、指揮者の誰々)も←(この接続詞は、語尾に合わせて考えるといいと思います)
……も渋い表情をしており、言いたいことは(真尋、彼、彼女)と………。←この語尾。真尋と書くのか、彼女彼と書くのかで語尾は違ってきます。(視点、立場の違いからですよ)。

さ~っと読んだけど、改行不要はまだありますよ。それは勉強やと思って、読み直すといいと思います。
先の方の指摘にもあったけど、音がしないですね。
伴奏だと、せめて最初の一小節くらいはkeyを知らせるためにも弾くんかな? 
それに、音楽の小説らしくソプラノの何とかは、自分は詳しくはないですが、
五度上でハモる……とか? あるんじゃないのかなー。

ドリーマー
116.67.238.66

拝読しました。

五枚以上ありそうなので、TO-BE小説工房の応募作ではなさそうですね。それとも手直しした結果、枚数が増えたのでしょうか。
ただ、どちらにしてもあらすじ感は否めませんでした。理由は話の約半分が説明で済まされているからです。

読み終えて感じたのはテーマのブレでした。
真尋だけに視点をあてて読むと、作品のテーマは『ピアノを通しての真尋の気付き』になっています。
でもお話全体を俯瞰して読むと、テーマは「隣の音を聴きながら、それに沿う感じで調律していく」つまり「自分の歌声(考え)だけでなく、周りの歌声も聞くことで、調和の取れた歌(皆が満足する考え)にすること」のように思えるのです。
クラスメイトも「その声を聴きながら自分の声を出さざるを得なくな」り、「相手に寄り添う心が生まれ」「相手も合わせてくれるようにな」り「そうして徐々に後半にかけて僅かに調和のようなものが生まれて来」ますよね。
そうなると「真尋は今まで、皆をリードしなければならないと思い、ピアノに合わせて欲しいとばかりに皆より僅かに先行する形で弾いていたが、今度は逆に歌に耳を傾け、試しに皆に合わせる形で弾いてみることにした」と、真尋一人の変化でクラス全員の歌声が変化するのは、何か違うような気がするのです。
調和を乱していた一因は真尋の伴奏かもしれませんが、生徒たちは互いに「他のパートが悪い」と反目し合っていたのだから、生徒たちの気付きもあった方がいいと思うのです。
あと、これは重箱の隅ですが、日頃から音楽に親しんでいる合唱部員や吹奏楽部員ならともかく、ほとんどが音楽とは無縁の中一男女が、伴奏の仕方一つで変わるほど耳がいいものでしょうか。

『調律の際に微調整することで、心地良く調和のとれた音に聴こえるようにする』という調律師の話が、私には『お互いに相手を尊重し合うことで、心地よい関係を生む』というふうに読めました。私はピアノの素養がないのでそう解釈しましたが、弾ける人は違う解釈をするのかもしれません。
だから、そういう読み方もあるのだな、くらいに思っていただけたら幸いです。

ところでこれは一案に過ぎませんが、この話、パートごとの結束が強すぎるために反目し合う合唱部員たちが、調律師の話を聞いて気付きを得て、調和のとれたハーモニーを奏でる話にすれば五枚で収まります。
舞台 秋のコンクールを目指して夏休み返上で練習中の合唱部。
1.ピアノの調律のため合唱練習は一時休憩(その間に部員たちが反目し合う描写)
2.調律が終わり、礼を言う主人公と部員たち。部員たちへの置き土産に音痴なピアノの話をする調律師。
3.話を聞いてハッとする主人公、見回せばみんなの表情も変わっている。
4.練習再開、見違えるように調和のとれた歌声が響く。
これで終わりです。
何をどう気付いたか、主人公に語らせる必要はありません。
「全体の調和のために、ピアノが一音一音、本来の完璧な音を多少ずらさなければならなったのなら」「ピアノを弾く真尋自身も、少し変わる必要があるのかもしれない」「それなら今度は逆に歌に耳を傾け、試しに皆に合わせる形で弾いてみよう」くらいで充分です。
部員たちの様子も3の時に、「みんなの表情も何かに気付いたように変わっていて、お互いに顔を見合わせてうなずき合っている」みたいな一文を入れれば読者に伝わります。
タイトルは『音痴なピアノ』 調律師の言葉から取っていますが、もちろん真尋たち合唱部員を譬えています。
なんだか、いらぬお節介みたいで恐縮です。気を悪くされなければいいのですが……。

それとこれは以前ある公募の審査員から聞いた話ですが。
「最近の応募作は、作者が地の文で主人公の心情をすべて説明している。説明するのではなく、もっと心情を読者が想像できるような描写をしてほしい」

>翌日もクラスで合唱の練習が行われた。

ここから最後まで、主人公の心情が地の文ですべて説明されています。
おそらく尺を削るための心情説明だと思いますが、説明は最小限に控え、表情や仕草や体感などで表現することで、「ああ、主人公はこういう気持ちなのね」と想像させる描写にした方が、主人公の気持ちがより伝わると思いました。

自分のことは棚に上げて勝手なことを書きましたが、少しでも参考になれば幸いです。
それでは、失礼しました。

二月の丘
219.100.84.36

つくづく余計なお世話 & ヨコで悪いんだけれども〜、、、
そんで、もう口幅ったい事は 言いたくはないんだけども〜、



ドリーマーさんのその修正案、

 >2.調律が終わり、礼を言う主人公と部員たち。部員たちへの置き土産に音痴なピアノの話をする調律師。

↑ が、実は【最もアカン、マズい修正案】なんです。。

それは断言できる。。





本文中の“ピアノ調律のハナシ(=音痴なピアノ)”は、

実は“微妙〜にズレている”。
=“完全に間違いとも言い難い、微妙〜〜な書きようになっている状態”で、微妙な齟齬がある。

でも、“あくまでおかんが言ってる事”なので、許容範囲。セーフなんです。

それを、“本職である調律師に語らせる”形をとってしまうと、
その場合はNG、「トンチキでアカン話」になってしまう。


なので、
調律師は登場させない方が安全。

& 調律師出しちゃうと、『羊と鋼の森』模倣〜 みたくなって「損」だと思うし。

ペンニードル
36.11.225.230

この世で最も音痴な楽器とは 読みました。
公募お疲れ様でした。残念でしたね。

”譲り合いの精神で事無きを得ました”

ってお話だと思うのですが、そこにめでたしめでたしをつけてしまうと、途端に陳腐な意見表明に落ちてしまう気がします。

私にはこのお話は、みんなが妥協して小さくまとまっただけのバッドエンドに感じるのですが、そのつもりで書いたのでしょうか?

この解決の裏には、彼女の、それこそ身勝手な伴奏の調節によって削られてしまった角があったのでは? その角の先には、例えば1位とか、他にも色々あったのでは?

棒振り係になってしまった指揮者の背中を、伴奏しながら彼女はなにも感じなかったのか。

結局、話し合いや意見の擦り合わせ無く、自己思想と自己判断で満足できたのは主人公だけなのでは?

”あのままでは絶対最下位”それは本当にクラスの総意なのか?
主張に負けぬ主張の上塗り合いが高め合う何かもあったのでは?
ぶつかり合う中でしか見えてこない折衷案があったのでは?

終始主人公が一段上からみんなを見下してる感じは良かったです。私も伴奏でしたから身に覚えがあります。だからこそ、変に自分で納得するではなく、ちゃんと他者から指摘されるべきだと思いました。

音楽教師のヒステリッックって、あれ多分全国的に発生してる現象だと思うのですが、伴奏って大概先生の後ろなので効果範囲外に居れるんですよね^ ^

日乃万里永
106.160.80.219

底辺フリーター様

お読みくださいまして、ありがとうございました。

公募の際は五枚に収めたので、これよりもかなりあらすじに近い感じでした。
それで今回、枚数関係なく内容を膨らませたのですが、いい話だと言ってくださってありがとうございます。

ご感想くださいまして、ありがとうございました。

日乃万里永
106.160.80.219

ナカノ、サル、ノブナガ、タロウ様

お読みくださいまして、ありがとうございました。

タイトルは、他のサイトではこれで良いと言われたのでそのままにしたのですが、ダメでしょうか。

ご感想くださいまして、ありがとうございました。

日乃万里永
106.160.80.219

二月の丘様

音楽が聴こえない。

はっとしました。

確かに合唱の話なのにそういったことを設定もせず……そういったところからまずいけなかったんですね。



学校のピアノ伴奏に関しましては、私が中学の時、敢えてピアノを弾ける生徒を各クラスに配置したと当時の先生に聞いたことがあります。

そして子どもが通っていた中学校でも合唱コンクールがあったので、とある先生から、あらかじめ小学校から送られてくるデータにピアノが弾ける子どもがいることをチェックして各クラスに配分するとききました。伴奏者はほかのクラスの生徒を借りるわけにいかないからだそうです。
ると


ピアノの調律に関しましては、直接調律師さんに聞いたことをなにか作品に出来ないかと思い、このような話を書いたのですが、
他の楽器はともかく、ピアノには調律師がいます。
お金をもらって調律するわけなので、そこには寸分の狂いもあってはならないわけで、その際完璧に調律すると、話しにも書いたようにロボットのような違和感があるようなのです。
でもそれでは聴いていても心地よさが感じられないので、微調整するようなのですが、調律師さんにとっては本当に腑に落ちない行為だそうで、いつもそのことに葛藤があるようです。

ネットに巻きピアノというのがあり、購入しようとしたところ、レビューに単音なら良いが、和音になると音が汚くなると書いてあり、購入を控えました。

単音のみの楽器と違い、ピアノはすべての音を同時に発するので、一台のみで調和を計らなければならず、調律師さんに言わせると至極やっかいな存在なのだそうです。



このサイトにこの話をアップするのは多分初めてだと思います。
もしアップしていたら、二月の丘様に、音楽が聴こえないというご指摘をいただいていたはずですし、今回そのご指摘を受けたの初めてでしたので。



投稿サイトに作品を載せると、本当にいろいろなご意見がいただけて、ありがたく思っております。真逆のご意見をいただくこともあり、とても悩みますが、そういった時に限りどなたかが的確なアドバイスを下さるので、自分なりに解釈したりするのですが、とにかく書いて応募して結果を出したいと思っておりますので、長い目で見守っていただけたら嬉しいです。

まあダメダメでも書くことはやめられそうにないので。

ご感想くださいまして、本当にありがとうございました。

日乃万里永
106.160.80.219

hir様

お読みくださいまして、ありがとうございました。

ピアノが音痴だというのは、調律師さんに聞いた話ですが、とても興味深かったので、それをもとに物語を書きました。

本当は百パーセント完璧に調律したいのに、それをしてしまうと最悪の音になるそうです。

もっと伝わりやすい書き方をしなければ、折角の調律師さんの言葉が台無しになってしまいますね。

ご感想くださいまして、 ありがとうございました。

日乃万里永
106.160.80.219

大丘 忍様

お読みくださいまして、ありがとうございました。

理屈に関してご理解いただけて嬉しく思います。

ですがこの作品には、いろいろと足りていないものが多いようですね。


ご感想くださいまして、ありがとうございました。

ドリーマー
116.67.238.66

再訪です。

二月の丘さんのコメントを読んで、一つ書き忘れていたことに気付きました(-_-;)

まずあの修正案は、こういう構成にすれば五枚に収まりますよ、という一例にすぎず、けっしてあれでいいということではありません。ついでに言うなら、あくまでも私が感じたテーマに沿って考えたものなので、日乃さんが「これはちょっと」と思われたら読み流してくださいね。

>“本職である調律師に語らせる”形をとってしまうと、
その場合はNG、「トンチキでアカン話」になってしまう。

このコメントについては、日乃さんは以前、音大出身だと仰っていた覚えがあるので、調律の話も知識に基づいているのだろうと思って読みました。確かな知識で書かれたことなら、問題ないと思ったのですがどうなんでしょう。

ここからが本題です。
日乃さんはストーリーを思い付いた時に、それが何枚くらいの話になるか考える前に、とにかく規定枚数に収めようとしていませんか?
その前に、おおよその筋を思い付いたら、一番書きたいことを芯にして、構成や設定を調整して枚数に収まるように仕立て直してみたらどうでしょう。
それでも規定枚数に収まりそうになかったら、その話は枚数に合っていないということです。仮に枚数内に収まっても、描写より説明が多い場合も同様です。
受賞作を読むと、単純なストーリーが多くないですか? 
日乃さんはこれまでに百枚前後の話や長編も書かれていますから、長めの話を考える感覚で掌編のストーリーを考えてはいないでしょうか。
漫画に例えるなら長編漫画ではなく、新聞の四コマ漫画の感覚でストーリーを考えると、少ない枚数で収まる話になると思います。

それでは、再訪失礼しました。

弥々丸朗
106.161.218.43

普通にまともだから、つっこみどこ思いつかれがちなんですよ、この客層の反応振りは多分。

筋のつけ方やテーマみたいなモノは全然わからなくもないんだし、ああ万里永さんらしいこと書きたがってら、って普通に思えますもん、つまり作為は別にまちがってはいないはずなんですよ。
じゃあ、問題はなんなの? って、枚数? 書き方? デティール? ことの真偽? よくわかんないな、あたしには。
何しろそれは書く人その人ばっかのものだ知ったことか、ってあたしは。


ってことは、どういうことなんですか。

あたしが常に問題に思うことは、書こうとしていることについて如何に効果的な表現を、言葉を、場面を、何でもいいです要するに最大限筆がノるような筆致を自分自身に放り込んであげられるのか? いつだかあたしはダイナミズムのようなことをいったのかもしれないけれども、それってやっぱ”楽しもうとする意欲”のようなハナシだとあたしは思ってるんです。

書き出して、全てを俯瞰しながら書くのか、逐一思いつきながら書き進めるのかわからないですけど、一先ずはアタマに何かしらがなければ書けるはずはないのだから、何か、あるワケじゃないですか?

あたしは読み出しながらさっそく、あたしならどうやって書くかなあ、って考えてました。
それって、後々の枚数とか濃さとかスピードとかテーマとか、絶対に影響デカいことだと思う、っていうかそればっかで”個性”のようなもの、”作品”っていう色に化かせるものだと思ってるんですけど、どうなんですか?

読めば、”ああ、万里永さんの文章だ”っていうのはここにいるある程度の人ならわかりそうなものなんですけど、それとこと”個性”とか”作品の色”っていうこととは多分、あたしは別のことのような気がしているんですよ。

個人的に、この度の作品を読ませてもらいながら一番に思ったことは何しろ上でいった”影響デカいこと”ってやつで、そればっかで全体のスペースさえ決まっちゃいそうなつもりで考えてました。

”編集がタイト”っていうのはこの手の世界で言われがちな要素のことのような気がするんですけど、つまりそういうこと。
タイトじゃないからスペースがない、っていう可能性は当たり前に考えることじゃないですか?
だからって、スペースって言葉削って生み出すものばっかなのかったら、あたしはそうは思っていないので、書いてから削るよりは削るのイヤだから書く段階から脳ミソひっくり返して挑む派です、個人的には。
何言ってんのかわかんないと思うんですけど。
馬鹿だから、何かすみません。
でもタイト、ってこととあらすじみたいになるってことも、当然別のことだと思うんだし、やっぱ書き方ってあると思うんですよ。

書き出し方一つで、この世界は変わらないままより色濃く、テーマも明確に、シンプルに、より個性的に、変われることもあるとあたしは思ってます。
いろいろ考えてみて、何しろ妙だけど何とかなりそうな初めの場面を考えてみてくださいよ。
そういうの、”掴み”っていうんでしょ。


イヤミったらしいあたしは平気だから堂々と言ってしまうんですけど、書き出しにパワー効かせるだけでこのおハナシ、あたしは同じ世界のまま全然違う色や濃度に書き換えられる自信結構あります。
だからって、それって上手とか正解なんてこととはやっぱ違うと思うんですよ。
”書く”とか”書きたい”ってことはつまりそういうことで、これはあたしが書きたいこととは違うから、書きたい人こそがちゃんと効果的な世界にそれを住まわせてあげないと意味ないはずなんですよ。

だからあたしは何だか歯痒い。
”欲求”っていう意識はままならないもので、思えば思った分だけむずかしくなっちまうものなのかなあ、なんて近頃よく思うんですよ。
そんなもん、間違いだ、ってわかりながらなんですけど。


あたしは主人公の困惑がぼやけてるように思ってるんですけどそれはあたしが思うことで、書きたい人が思うこととは多分べつのことなんですよね多分。
だったら、どうするんですか?

そういうことをあたしはこねこね言ってるんですけど、馬鹿なので上手く言えなくてもどかしいです。






あたしはちょろっとベース弾くんですけど、単音楽器だって音痴ですよ。
チューナーで合わせたって馬鹿になってる楽器やクセのあるやつはポジションによってはおかしな音ふつうに出しやがるし、そもそもオクターブ調整なんていってチューニングとはちがう基本的なセッティングはやっぱあって、自分で出来るようになると少しわかった風な気分になったりして面白くなったりします。
で、ちゃんと合わせるんですけど、合わせた結果キモチ悪いってことはやっぱあって、チューナー見るちちゃんと出てるんだけど、やっぱ気持ち悪い。
意味違うけど、スケールってそういう感覚もとにしてできてるとこあるじゃないですか、まあ理論ではあるけど。よくわかってないんだけど。
めんどくせえんだか面白いんだかまったく。
ちなみにあたしのやつは”古いし馬鹿”なやつだから大変です。
周波数帯で音量までムラあったりしてイコライザー欠かせない鬱病ちゃんみたいな破廉恥ベースです。
ぜんぜんわからん。

調整出せなんだけども、愛しいよな。

日乃万里永
106.160.80.219

瀬尾辰治様

冒頭の部分、いろいろと省き過ぎですね。
ご指摘いただくまで、気付きませんでした。


改行につきましては、書籍と違い、パソコンで文字を追う場合に、目がすべらないかと思い、改行しました。

他のサイトでは一文づつ改行し、その度に空白をもうけ、それが新しいルールだと言うかたもいて、戸惑います。

でもそれはかえって読みにくい気がするのでほどほどに……と思っているのですが、難しいですね。

ご感想くださいまして、ありがとうございました。

二月の丘
219.100.84.36

「普通にまともに書けている」んであれば、短編公募落ちません!!


短編公募、3回応募して・3回とも落選したなら、
それは【普通に書けていない】んです。


だから、「いっぺん全部捨てて、まっさらになって出直し」ぐらいしてみないことには、
えんえん、同じところぐるぐる彷徨って、
いつまでもどこまでも落選を増産する。



短編って、「書くの楽」なんで、、、(10枚で半日、30枚で足掛け2日ってとこでしょう??)
「全部捨てて出直す」も、真剣にやる気になりさえすれば、出来る。



けど、ここのサイトの人ら、
間違ってる過去の上に胡座かいてしまってて、「微修正〜マイナーチェンジで何とかしよう」としちゃうじゃん??
そういう楽な方向にばっか走ってると、いつまでも現状維持がずるずる続く気がする。




個人的にこの原稿で、納得いかない・気にくわないのは、
【ピアノが音痴】っつー、いまいち納得できない理論であり、フレーズ。
(タイトルにまで掲げてるしなー…)

【音痴】って言葉、その着想に、完全におんぶに抱っこで、よりかかりまくって、この原稿があって、

その説明(設定)が、作中の物語に嵌っていない。

綺麗に腑に落ちないし、一般読者として 到底納得しかねる。カチンと来て、冷めた目で眺めるに留まる。



自分、短編作家なんで〜、、、

ワタシだったら、【ピアノが音痴】説明はそもそもしない(全カット)。
そんで、【音痴】って言葉は使わず(それに頼らず)に、
「クラスの合唱」という本筋と、その時間を、
見えるよう、聞こえるよう、描写する。

ヘタな色気は出さない。シンプルに直球勝負。




ワタシ的に、
「普通にまともに書けている」とは、「脇目も振らずに直球勝負」した状態で、
「=それで入選できた状態」を指す・・

と思うんですよ。



この原稿の場合、

「ピアノが音痴」ってー、借りて来たフレーズに、作者自身が縛られて、「妄信」してる。

けど、世間一般の読者は、その妄信にも呪縛にも「一切関わりがない」し、

日乃さんの事(個人事情)は一切知らんし、関係ないんで、

【まっさらな状態で読む人に向けて、心を砕き・言葉を選んで書く】ことが、まず必要。

日乃万里永
106.160.80.219

ドリーマー様

お読みくださいまして、ありがとうございました。


この作品は、小説現代のお題なしの掌編コーナーに応募しました。今の状態よりももっとあらすじ的でした。
今は八枚くらいになりますが、まだまだですね。
成長しない私……。


合唱で耳障りなのは、各々が主張するあまりに調和に欠けることだと思いますが、各自、音を取るため主旋律を頼りにするので、どんなに主張しようとピアノの音にだけはどうしても皆、耳を傾けます。
なのでピアノの音が小さいと声も弱めなければならず、結果的に主張は弱まり、自然とほかのパートの声も耳に入ってくるようになりますが、おっしゃるように、伴奏のしかた一つで劇的に変わるというのは無理があったかもしれません。
先生からなにかアドバイスをもらうとか、もっと読まれるかたに納得のいくような記述を増やさなければなりませんね。

『お互いに相手を尊重し合うことで、心地よい関係を生む』
 ピアノも人も同じということですね。


改正案を考えてくださりありがとうございます。
参考にさせていただきたいと思います。


『最近の応募作は、作者が地の文で主人公の心情をすべて説明している。説明するのではなく、もっと心情を読者が想像できるような描写をしてほしい』
 このお言葉、肝に銘じたいと思います。


調律師が話した内容は、実際に聞いた話ですが、折角貴重なお話をうかがったのに、それをきちんと伝えられないのは、私が音大を出ている出ていないということより、この話の設定、内容が悪いのですね。
一次的にエッセイにして、ブログ保管してみようかとも思っています。


四コマ漫画で収まるくらいの内容でないと、掌編は難しいということですね。
今、トイレというお題で一つ仕上げたのですが(応募済みです)、四コマでは収まらないかもしれません。
極力描写し、説明ははぶいたつもりですが、またダメだったらその時は、また……。

ご感想くださいまして、ありがとうございました。

二月の丘
219.100.84.36

自分的にも、『作家でごはん』に長居すると、
書いてるもんを「ヘタにこねくり回す」ようになっちゃって、

入選する確率が、明らかに下がる。(落選が増える)



ワタシの場合、『作家でごはん』調に感化される以前の、駄入選原稿を「思い出す」ことで、
たまに「リセット〜仕切り直し」する。

でも、
ず〜〜〜〜っとここに居て、
ここの内部の、落選続きになっている同じ轍を踏んでいる状態の人同士で、
「要点のぼやける長文感想」付け合ってしまうと、


【何が本当に問題で、落選してんのか】が、

自分じゃあ さっぱり分からなくなりませんか???


あるいは、より悪いことに【分かってるつもりで、それが勘違いだった】パターンに陥る。。

↑ 去年、ワタシ自身がこれ(後者)にずっぽり嵌ってて、、、
“対策が、完全に見当違い・方向違いだった!”とゆー。。

(その悲惨な「間違った方向の、最終選考振り落とされ作」も、ココ(鍛錬場)に上げて、「何が、どうイカンかったのか」も、『執筆の狙い』欄に、せつせつと綴ったもんだった…)



って書いているワタシも、現在「落選のループの渦中にいる」もんで、

このコメント自体、「口幅ったいだけで、説得力はない」のだったが・・



【短編公募落選は、落ちるべくして落ちているのだ】と、自分では思っている。

常に。

二月の丘
219.100.84.36

ということで、

打ち止めです。



長々&うだうだと、ごめんなんしょ。



ここのサイトの短編作家のみなさまが、

今年こそ、

沼から抜け出して、


入賞報告相次ぐといいよなー。

それは、本当にそう思っている。


(自分的には もう とうに伸びしろないもんで〜)

ショナ
106.184.21.11

ピアノが実は音痴な楽器、それを知った主人公がクラスメイト達との合唱の欠点に気づく話になっていると思います。
でも、本当はたぶん、ピアノが実は音痴な楽器と知った子供達が、このままでは自分たちも音痴な楽器なんだと気づいて合唱してゆく中で互いの声を聞く、自己主張を控える、友の声に寄り添うことにきづいてゆく物語、になってると良いんだと思います。

声と言う“楽器”ですよね。
真尋ちゃんも今のままだと伴奏者でありながらも“傍観者”になってます。
確かに彼女もピアノでの自己主張を止める、それによってみんなの主張も弱くなり相手に寄り添い調和が生まれた、とそこだけは主人公っぽいんですけどね…。

あと今回の展開の仕方だと、なんというか青少年の主張っぽい…。掌編小説っていうよりね。

ただそれ以前に、公募作と言うことなので、そもそもショートショート的な物が求められている場合はオチがないとなんだかなあと思われてしまう可能性もありますから…。
ショートショートと言われるようなオチが求められているのか、それとも掌の物語なのか、そこらあたりもちょっと考えてみる必要はあったのかなあ、と思わされます。

尤も、ローレンス・ブロックは確か、全ての長編作家は短編作家のできそこないと言ってましたからね。本当は短編・掌編というのは難しいんですよね。

日乃万里永
106.160.80.219

ペンニードル様

この話は、掌編に収めずに、このクラスが一位になるくらいの頑張りを見せるというところまで書き込まなければならなかったのだと、皆さま方のご意見を伺ってようやく気付いたところです。


落選作を星空文庫に保管するにあたって、きちんと他の人の意見を伺っておこうと思い、今回投稿したのですが、このままではダメだとわかりました。


『話し合いや意見の擦り合わせ無く、自己思想と自己判断で満足できたのは主人公だけなのでは?』
『主張に負けぬ主張の上塗り合いが高め合う何かもあったのでは?』
『ぶつかり合う中でしか見えてこない折衷案があったのでは?』
 
 ご指摘の内容、是非参考にさせていただきたいと思います。 


『終始主人公が一段上からみんなを見下してる感じは良かったです。私も伴奏でしたから身に覚えがあります。だからこそ、変に自分で納得するではなく、ちゃんと他者から指摘されるべきだと思いました。』
 
 見下している気はなかったのですが、そう感じられたなら、私自身いろいろ改めなければならないことがありそうです。
 
『音楽教師のヒステリッックって、あれ多分全国的に発生してる現象だと思うのですが、伴奏って大概先生の後ろなので効果範囲外に居れるんですよね^ ^』
 
 おだやかな音楽教師だと、中学生あたりには馬鹿にされて授業にならないのかもしれないですね。
 確かに伴奏者はそういう時に傍観者でいられた気がします。
 
 ご感想くださいまして、ありがとうございました。

日乃万里永
106.160.80.219

 弥々丸朗様

 お読みくださいまして、ありがとうございました。

“楽しもうとする意欲“
 に関して、この作品に対してあまり愛着はなかったような気がします。
 ただただ、調律師さんから聞いた言葉をなにかの形にしたくて、それが先行するあまり、合唱とか伴奏は後付けになっていました。
 
 なので二月の丘様から「音楽が聴こえない」というご指摘を受け、その時初めて物語の一部しか見ていなかったことに気付いて、すべてを見通されてしまった気がしました。
 
 書き出しの時から気分が乗って、あれよあれよと枚数がかさんでいく時の物語は、だいたい物語自身に愛着があり、主人公にもどっぷり感情移入するのですが、そうでないときはだいたいが、言いたいことはすべて言えたからいいかな。という自己満足だった気がします。

 
“書き出しのパワー“
 私はいかに読み手を惹きつけられるかと思いながら考えるのですが、考えるのではなくて湧き出てくるものなのですね。
 少し、お題関係なく、枚数関係なく湧き出る言葉をつらつらと書き起こしてみようかなと思います。

 
 音痴な楽器に関してですが、頭の中に絶対音感があるかたは多分、単音楽器でも狂いなく調律出来るのかもしれませんが、たとえ絶対音感があってもピアノは、技術がなければ素人が勝手にいじればとんでもないことになってしまう楽器なので、どうしても調律師という方が必要になります。
 
 本来完璧でなければならない調律が、完璧ではないというのは、私にとって衝撃でした。
 
 そういった事実を弥々丸朗様ならば、どのように表現されるのでしょうか。

 ご感想くださいまして、ありがとうございました。とても嬉しかったです。

 

日乃万里永
106.160.80.219

二月の丘様

いつも鋭いご指摘をくださいまして、本当に感謝しております。

二月の丘様の小説も拝読させていただきましたが、感想はいらないとのことで、遠慮しておりました。

今までは長編ばかり書いていましたが、もうネタが尽き、なにかないかと思っていたところ、掌編公募を知り、挑戦する
ようになりましたが、掌編には掌編の書き方があることさえわかっていませんでした。

わからないなら小説学校にでも通えばよいのですが、目的が違うので、まず書いてみて応募して反応をみるという感じです。

いつか二月の丘様にOKがもらえるような小説を書けるようになりたいと思っておりますが、どうにも飲み込みが悪く、頓珍漢なところがあるので、イライラさせてしまうかもしれませんが、こんな私でも向上心というものがありますので、頑張ってみたいと思います。

どうぞ、よろしくお願いいたします。  

日乃万里永
106.160.80.219

ショナ様
 
 お読みくださいまして、ありがとうございました。
 
 真尋が一人で思い悩んで、クラスメイトと交流もせずに自己完結していると言われたら、その通りですね。
 クラスメイトとの絡みが何一つないのは、やはりおかしいですね……。 
 反省しきりです。

『ローレンス・ブロックは確か、全ての長編作家は短編作家のできそこないと言ってましたからね。本当は短編・掌編というのは難しいんですよね。』
 
 長編のネタが尽きて、掌編に挑戦してみようと思った時、掌編を甘く見ていました。
 長いよりも短いほうが難しいんですね。実際に書いてみて、こうやってご指摘を受けてようやくわかりました。
 ご感想くださいまして、ありがとうございました。

瀬尾りん
115.124.197.78

こんばんわ、読ませていただいたので感想です!
私はピアノはほぼ触った事ないど素人なのですが、調和の音というのは羊と鋼の森見て知りました笑
ほぼ短編しか書かない(長編書けない)人間の意見です。短編や掌編はある一場面を切り取って、後の情報は地の文でさらっと流すのがいいと思います。
私だったら、という意見で恐縮ですけど、まず主人公と歌う人の軋轢(諍い)シーンから入ってイライラ主人公→ママに諭される→和解みたいな流れ。上でも意見があったんですけど、どうも真尋ちゃんが傍観者だな、というのは私も感じました。
だからと言ってじゃあ書け!と言われたら私もへっぽこな作品にしかならん気がするんですけどね汗

弥々丸朗
106.161.222.126

えーっと。
あんまりよくない人が度々来たらダメと思うんですけど、わりと誤解は見過ごさずに表明して嫌われるくらいどってことない派としてやっぱり表明してしまうんですけど、あたしは物言いが馬鹿なので仕方ないとはいえ、それにしても文脈も辿ってもらえないほど馬鹿にされてると思うのはイヤなのでちゃんと文脈漁って欲しいとまたしても表明してしまうものです。

”普通にまとも”っていうあたしの発言なんですけど、ちょっと理解が真逆だからやめてよね、ってことです。

当の書き手さんがほぼほぼ理解してくれてるみたいなので安心して嫌われても全然いいやのつもりで言うんですけど、あたしは”普通すぎるからつっ込みどこ与えちゃうんですよ”ってこと言ってるんですけど、やっぱわかりづらかったですかね。

あたしが性格サイアクなことくらい、ここに出入りしてる人なら大体わかってると思うんですけど、あたし、まあまあここの感想とかほとんど馬鹿にしてるので余計に思うんですけど、想像の範囲内だからおっかなくない、ってわかりますか? 触れても大丈夫なもんにいちいち用心なんか払わないじゃないですか? しかも万里永さんとかやさしい人なんだし。

珍しくないんですよ、要するに。
わかるから、あぶなくないからつっ込める。
心当たりある気がしちゃうから、感想らしくケチつけられる。

共感とか、上手とか、リアリティだの秀逸だの、そういうことなんですか?

だったらドキュメンタリー畑で好きなだけ写真でもレポートでも食ってろ、って言いたい。
見たことあること身に憶えのあることばっか答えあわせやらまちがい探しらしく照らしたがるばっかなら”小説”なんてクソくだらなくてやってられっか、なんですよ個人的には。

いちいち書いて、読んでもらいたい理由って、なんだっつことです。


”普通にまとも”って、あたしはぜんぜん褒めてないです。
むしろまったく逆のこと、受賞するとかそんなことは知らないけど、少なくともあたしは作為らしく逞しさ思うなら、まったく逆のこと言ってるつもりっていうかまるきり
そういってるだけなので、ひん曲げてもらったらクソなあたしが廃るのでちゃんと表明しときますよ。


どっかの馬鹿とかよく言うんですけど、ここで感想多いからって、面白いわけでもいい作品なわけでもない、ってやつ。

すっげ馬鹿だしダサいし人気ないくせによくそんなこと言えんな死ねばいいのにそういうクソボンクラは、って普通に思うんですけど、意味違うけどそんなもんだとは思いますよね普通に。

ここはママと同じ意見なんですけど、ここの良かれな感じって完全にアホみたいなクソ退屈にまみれてるから、繁盛してるやつって大概つっ込みどこ多いだけ見慣れたような退屈もんばっかっていうのが標準で、近頃なら藤光さんのやつとか性格サイアクにかっけいのやつとかも同じ現象だってあたしは普通に思ってます。
クソ間抜けみたいな感想ばっか。

ああ、すっきりする。


それわかってて、あたしの書いたことに上っ面の脊髄反射やらかすママもママだと思うんですけど、どうなんですか。
カルシウム足りてなくないですか。
あたしのが足りないのか。
まいっか。




こんなトコ程度、もっと冒険できなくて他所でなにできるっていうんですか?
こんなとこで褒められたかったり安穏とすごしたがったりして何だっていうんですか?

穏やかに感想やり取りできるのがマナーで、上客で、あたしみたいのはゴミクズ呼びよせるばっかの問題児、招かれざる客っていうかクソコジキとかそんな感じですか。
馬鹿言ったらダメですよ、あたし普通なんかじゃない、まともなんかじゃないこといちいちやらかそうとしてやらかしてるからおちおち間抜けなクソ感想なんて寄せ付けないし、つっ込みどこわかんないようなヘタなこと言ったらてめえの方が地雷踏みそうなもん書いてるから例えばゴミクズ連中はコジキらしく全然無関係のことであたしこき下ろすくらいしかやりかたないでミジメ晒してるわけじゃないですか。

あたしがいちいち燃やされるのは、ここの普通をはみだしてるから。
それだけ。
わかりますか? 
あたしはそれでいいと思ってるっていうか、そのほうがいいくらいに思ってやってますから。


そこらのボンクラでも想像つくような、ぶつくさ屁理屈思いつけるようなこといちいち書きたがることが”鍛錬”なんですか。
笑わせんな、って言いたいあたしは。
勝手に行列してマナー語ってろ庶民って、いつかあたしは言いたいからこんなトコくらいで嫌われたってなんでもないっつうのケチクサイこんなとこ。


あたしはこんなとこでなんかするくらい、道端のケンカくらいにしか思ってないし、何か言われたからって所詮世間はあたしのことなんか知らない。
やりたいことやって言いたいこと言って、もっと武器増やして、なんかできるようになりたいだけだから、あんまりつまんない軸であたしのこといわないでって、こんな長文。




ああ、すっきりした。






万里永さんごめんなさい。
チンピラには不向きなことでした。
すみませんでした。









ごめんなおまけ

> 本来完璧でなければならない調律が、完璧ではないというのは、私にとって衝撃でした。
 
 そういった事実を弥々丸朗様ならば、どのように表現されるのでしょうか。




そんなもんを完璧だなんて本気で思ってるなんてわかんない苦しいっ
完璧になんかなりたくねえっ


ってことばっかあたしは書いてるつもりです。
そういう大声みたいなことばっか書きたいです。




真に受けてちゃんと答えとくあたしはそろそろうるさくていよいよダメな感じなので自分なりにも考えることといたします。

すみませんでした。

日乃万里永
106.160.80.219

瀬尾りん様

お読みくださいまして、ありがとうございました。

掌編なのに詰め込み過ぎというか、おっしゃるように一場面だけを切り取るくらいでなければならないのに、欲張り過ぎたということですね。
一日の出来事でもないですし。

主人公が傍観者のような書き方をしてしまっていることにさえ気づかなかったのは、なんだかもう致命的な気がしますが、ひとつひとつ直していくしかないですね。

ご感想くださいまして、ありがとうございました。

アフリカ
49.104.43.51

拝読しました

感想がのびてるので寄ってみた完全なる野次馬野郎なのですが読んでて
映画『羊と鋼の森』
https://youtu.be/cVmuY0DZSlk
思い出しました。(原作読んだことないのですが)

あれはほら山﨑賢人の、そりゃー男からみてもかわいいですよってキャラクターでかなりもってかれるのですがタイトルのセンスの良さに観る前からワクワクさせられてしまうし、挫折→成長って王道の分かりやすい構図も手伝って矛盾が残る映像も素敵にみえたりもするのでした。

余談の余談ですが、調律みたいなことで話を転がそうって発想は、僕はあの映画を観るまで殆ど考えもしなかったのですがみたらやっぱりそっちからの見えかたも面白いなって感じたりもしました。原作者が知識の深い方なのかは調べてもいないのですがそこから何かを生み出そうとするときやっぱり知っているのか上部だけなのかの違いは読み手に完全に伝わることなので重心を置く場所をどこに構えるのか?ってことは大切なことだとも感じます。

野次馬根性丸出しで申し訳ないです。

ありがとうございました

日乃万里永
106.160.80.219

弥々丸朗様

”普通にまとも”
 について、再訪していただいてちゃんとわかりました。
 飲み込みが悪くてすみません。
 弥々丸朗様が言葉を選んで伝えてくれようとしているのは感じるのですが、解釈を間違えてしまうことが多くて申しわけありません。
 褒められているわけではないということはわかっていましたが、言葉の意味をちゃんと受け止めていたかというと、ちょっとそこはちゃんとわかっていませんでした。
 かなり鈍いので、もうストレートで構いません。すみません。
 
 
二月の丘様は、弥々丸朗様が私のことを褒めているわけではないと思っておられると思いますが……。
 

 私は、物語を思いついたら速攻、形にせずにはいられず、日々パソコンに向かっておりますが、書き上げたものは、やはり誰かに読んで欲しいので公募に出すか、こういったサイトにアップして、反応が知りたいと思うわけです。
 専業主婦の傍ら、ちょこちょこ収入を得るようなことはしていますが、生活の大半は創作が占めている感じです。   
 
 感想に関しては、やはり数字が伸びているところは気になってクリックしたりしますが、そこで絶賛されていたらすぐに本文を読みますし、感想の少ない所でも、気になる題名などには目を通したりします。
 
 以前映画のレビューを見ていた時、映画の「タイタニック」には良いことしか書かれていないだろうと思っていたら、数人がつまらないと書いていて驚きました。ほとんど男性でしたが。
 女性が少年誌「ジャンプ」をあまり好まないように、男性が恋愛小説を好まないように、好みの違う人からみれば、名作でさえつまらないものになるんだと思い、年代や性別、嗜好の違いで評価は変わってくるんだな……と思いました。
 
 
 今回いろいろなかたのご意見をいただき、自分が良いと思うものがそうではないと知り、だからといって今回、凹んだりはしなかったのですが、愛着を持って書いたものとそうでない物は、見抜かれるのかなということは感じました。
 懲りずにまたアップするかと思いますが、もう、“普通にまとも“なものにならないようにしたいと思います。  
 
 
 再訪してくださいまして、すみませんでした。
 これでも、投稿するたびに新しい発見をしていたりするのですが、また私が妙な発言をしていたら、遠慮なくビシッとおっしゃってください。
 ありがとうございました。

日乃万里永
106.160.80.219

アフリカ様

映画『羊と鋼の森』について知りませんでした。YouTubeで予告を見てみましたが、調律師の話なんですね。邦画はあまり観ないのですが、原作も本屋大賞に入った作品だそうで、本当に初めて知りました。ありがとうございました。
 
瀬尾様も、その作品について触れておられましたね……。
 
調律師の漫画に「ピアノのムシ」というのがあって、スマホで無料で読めるのですが(一日待ちますが)、なかなか面白くてお勧めです。
 
調律に関しての知識はゼロですが、この話に説得力がないのは、一重に話の内容、設定に問題があるからだと思います。
 
調律師さんの言ったことは事実なので、それをもっとちゃんとした形で伝えなければならないなと思います。
 
ご感想くださいまして、ありがとうございました。
 
 

二月の丘
219.100.84.36

(何度も書いて、打ち止め宣言までしておきながら〜、ヨコでごめん…)


でしょさん・・

 >あたしは”普通すぎるからつっ込みどこ与えちゃうんですよ”ってこと言ってるんですけど、やっぱわかりづらかったですかね。


ワタシは、日乃さんの短編の敗因は、【普通に書けないところ】だと、

初見の「サンショウウオを食べると、夜、目が光る 話」っから、
ずっとそう思ってるんです。

(ごめん。日乃さんにはほんと失礼で ごめん…)



「ストーリーの本筋を普通に書く」方向には決して行かず、

“一見センセーショナルな、読者の興味ひきそうな“副素材”推し”で、最後まで押し切ってしまう。

毎回そう。。

「その副素材ありきで、それ一本勝負」なんです。


それが・・
“ハナシの本筋”には融合してなくて、
「スーパーで買って来たブリの刺身を、なぜかタタキにして、オタフクソースかけてるような一皿」になってる。


「ブリの刺身は、こねくらず普通にそのまま、すっと盛って、シンプルに醤油かけましょう! それが一番おいしいから…」
ってハナシです。。



“オタフクソースの味とインパクトはとっても魅力的”なので、、、

「味付けはオタフクソースで行く!」と決めたんなら、
それが最大限マッチする「お好み焼き」とか「フライ料理」(ある程度中身にも凝った料理)にすればいいのに、

なんでか「刺身」にかけてるの。
毎回、毎回。。



その「調理法」が、あれこれもったいないんで、

ひたぶるにうら悲し。。

弥々丸朗
221.22.130.5

"普通"って言葉にもいろんなニュアンスとしての使い用はあるだろうから、そこからすれ違って通じないなら別にいいです。
言ってる意味違うから決めつけないでって言ってるだけ。
いつもそんなんばっかじゃないですか。

あたしはママが言ってることと違う意味で言ってるから、主義でもテクニックでも何でもいいけど、とりあえずあたし切り離してやって下さい。

捻じ曲げられんの、あたしイヤなんですよ。
お願いしときます。

inose
217.70.39.12

書き出しは、工夫されているのに迂遠ではなく、状況がすっと入ってきました。
書き出しだけではなく、文章全体も読みやすいです。

「気付き」が縒り合わさってハーモニーそのものとなる、という構想は素晴らしいと思います。
しかし、読後には消化不良が残りました。

大きく分けると二つの事柄が語られていて、私は車の運転に喩えて考えました。

1、「譲り合いの精神が円滑な流れを作る」
 これが男女パートの諍いの部分の解で、

2、「上手いドライバーは、必ずしも速度標識どおりに走るわけじゃない」
 これがピアノの調律の話。

二つは似て非なる事柄だけど、他との調和を考えて運転することが大事、という点において趣旨が重なっているので、組み合わせて盛り込むこと自体は有りだと思います。
しかし本作ではその合わせ目が、雑、というわけじゃないんだけど……
……文章が上手いので語りおおせてはいるんですよね。
だから消化不良感の原因が何か、私の頭では、はっきりとは断定しにくいんだけど、考えてみます。(運転の喩えは忘れてください)

話の構成として、
先ず初っ端の先生のセリフで男女パートの諍いについては、その問題点と解決の方向までを、ほぼ見せています。
だから、作品としての肝は別にありますよ、読者に言っているようなものだと思います。

なので、話の起承転結で言ったら「転」の部分は、
「俯瞰していたつもりの私もまた、調和の気持ちが足りていなかった」 という気付き
ということになると思います。

で、その気付きの報酬として合唱が成功するわけですが、それ一つで結果的に「男女パートの諍い」も解決されてしまう形なので、
結局見方を変えれば、伴奏者の思惑一つで全体が操作されてるだけなんじゃないの? というような気持ちが湧き、残ってしまいました。これが私が感じた消化不良の一つかな。
そのせいか、調律師の話も都合よく持ってこられたもののような印象になりました。

この、一元的に完結しているような感触を緩和するためには、段取りとして、
先ず男女パートの諍いを解決して、「それでも上手くいかない合唱」に対して、自分の伴奏は完璧だと思っている時点での真尋の気持ちを、クラスにぶつけさせ、二度目の諍い(こっちが本番)とするべきなのかな、と思うんですが、そうなると、
「一つのスイッチで全ての問題が解決して、ハーモニーが生まれる」という醍醐味が弱くなりますね……。
どの部分を話のテーマとして一番に扱うべきなのか、精度をもっと上げて練り直す必要があるのかもしれない。記述するべきもののバランスなども含めて、「私」の話にしたいのか、「クラス」の話にしたいのか。
こういう、対立項では無い、むしろ相補関係にあるような要素を扱う場合、作品の重心を見定めるのは、より一層むずかしいことなのかもしれません。


そこで考え方を変え、ここまでの「テーマとして何を言いたいか」なんてことは、全部いったん忘れて、
その更に上の根本、
作者さんは「この作品で何を『やりたいのか』」ということを意識しました。
でまぁ、そんな事は他人にはわからないので、
私がこの作品から感じ取れる価値の潜在的なMAXは何か、という事を考えると、「ハーモニーが成立する部分」でした。
話全体の構成とか道理よりも、あそこを文章表現として魅せることが、一番やりがいのありそうなネタの活かし方だと思います。コンサートホールに途中から入っても感動してしまう演奏のような文章。初読の時、ふっとそういう事を感じさせられたんですが、二回目に読むと訓話的に成立させるための説明ばかりのような気がしてしまい、その感覚を思い出せなくなりました。
たぶん、言葉で直接示されているものより、間とか呼吸、意識の流れみたいなものが、作者さんが想定しているシーンを切り絵のように浮かび上がらせたのだと思います。
 高い文章の表現力をお持ちの方だと思いますが、やや、テーマと構成の方に力が入りすぎているように思えます。それによって文章の方に枷がかかっているようにも見えます。
 「話として何を述べるか」にこだわらず、文章表現自体の方を最優先に据え、テーマや構成などは全て、その為のお膳立て、という作り方も、たまにやってみてはいかがでしょうか。

日乃万里永
106.160.80.219

二月の丘様
 
二月の丘様と弥々丸朗様の言われている“普通”については、まったく異なるということですね。
 
“普通に書けないところ”
 
具体的に説明していただいて納得致しました。
 
失礼だとかお気になさらなくても大丈夫です。事実は事実として受け止めなければ永遠にこのまま成長出来ませんので。
 
思い当たることは多々ありまして、なにか人から聞いたり、感じたことを物語に当て嵌めようとすると、「私がこう思うからこうなんだ」と信じて疑わないところがあって、そのままの勢いで書き上げるのですが、書き上げた時はかなり自信満々なんです。
 
ですが結果が出なかったり、サイトでいろいろとご指摘いただくと「あれ?」と思い、この度二月の丘様に詳しく説明していただいて、今ようやく自分の悪い癖に気が付いた次第です。
 
私の場合、変にフィクションに持って行かずに、事実は事実としてエッセイとして表現したほうがまだマシかもしれません。
 
お刺身にソースを書けないよう、気を付けないといけないですね。
 
何度も再訪してくださいまして、すみません。
 
ありがとうございました。

日乃万里永
106.160.80.219

弥々丸朗様

“普通にまとも”=「なんの葛藤もなくたいして悩みもせず、ご都合主義でハッピーエンド」だとしたら、なんでもそうしたがるのが私の悪い癖だとわかりました。
 そうなるにはそれ相応のストーリーが必要なのに、強引に持って行こうとするところがありました。

 
 二月の丘様が言われていることは、“普通に書けていない”ということで、それは、素材を捻じ曲げて妙なものに仕立て上げてしまうということで、これも心当たりがあり、ここにきてようやく、「ああ、なにやってたんだろう」と愕然としております。

 主人公をまるで操り人形のように操っていたんですね。
 
 主人公が勝手に歩き出すようなものを書きたいと思います。

 本当に何度も再訪させてしまいまして、申しわけありませんでした。

日乃万里永
106.160.80.219

inose様

お読みくださいまして、ありがとうございました。

消化不良の原因は、ピアノ一つで全ての問題が解決するか。ということですね。

これは書き込み不足もあり、私自身が中途半端なところで満足してしまったのがいけなかったのだと思います。

もともとは調律師さんから聞いた言葉がずっと心に残っていて、それを元に物語を書こうと思ったのがきっかけだったのですが、それを伝えたいならばもっとストレートに表現するべきだったと思います。
 
他の方からもご指摘いただいたのですが、私は自分の考えを作品にして押し付けようとしてしまうところがあり、無自覚だったので、改めなければならないなと感じています。
 
ご感想くださいまして、ありがとうございました。

藤光
182.251.185.155

感想返しにやってきました。が、もう皆さん色々書かれているので、思ったことをちょっとだけ。

合唱と、ピアノの調律という小説内の要素がまだなじんでいない印象ですね。素材は良いのにうまく料理できていない(『美味しんぼ』のエピソードみたい)皆さんからあれこれ言われてしまうのはその点に尽きるでしょう。

先にもありましたが、ピアノの調律に関しては『羊と鋼の森』、合唱の部分では『よろこびの歌』が頭に浮かんできました。どちらも宮下奈都の小説です。

余計なことをすみません。
ありがとうございました。

日乃万里永
106.160.80.219

 藤光様

 お読みくださいまして、ありがとうございました。

『合唱と、ピアノの調律という小説内の要素がまだなじんでいない印象ですね。素材は良いのにうまく料理できていない』
 
 おっしゃる通りですね。 
 今回の話は、あまりにも安易に考えてしまっていたようで、ちゃんと、考えはしたのですが、自分の中で道筋を立てた後、細かいことや周りを気にせずそのまま突っ走ってしまったという。
 浅はかだったと反省しきりです。
 

 先にもありましたが、ピアノの調律に関しては『羊と鋼の森』、合唱の部分では『よろこびの歌』が頭に浮かんできました。どちらも宮下奈都の小説です。
 
 音楽に関する小説を書かれるかたなんですね。初めて知りました。
 教えてくださいまして、ありがとうございました。

 ご感想くださいまして、ありがとうございました。
 

かろ
223.132.253.113

読みました。
てか、いっぱい感想あるから書くのやめようと思ったのですが、書こうかなと。
まず、万里永さんは優しすぎるんだと思います。実際はわかりませんし、めちゃくちゃ怖いかたかもしれませんが、うちに秘めてるもの熱い気すごいします。でも、書くと優しくなっちゃう。前の、鳥とか、おみくじとか、今回もですが、自分はあまり動かないというか、引っ込み思案というか、直接的でないというか。
 それならそれでもっとそこをかと。
 お題というか、どんなお題でもこうなっちゃうんじゃないかなって。それは、僕はいい方にとってます。だからこそ、もっとおもいきって優しさとか、はがゆさとか書いちゃえばとも思います。思いっきりさが無いかなと。淡々としてるのも好きですが、熱なくてもいいかもですが、わかりませんが、半端というか。
 優しさとことんこれでもかと貫いてもいいと思うし、持ち味あるし、何書いてもいいと思いますが、多分、遠慮してるんだと感じます。
 とことん優しい、これでもかの作品読みたいです。おもいっきりの。また、反対もできると思うし。
僕なんかがすみません。

幡 京
121.3.235.25

約10年新人賞に応募し(本数は忘れました)、選考に残ったのがわずか3本のみと云う(一次通過2本、二次通過1本)不毛な人生を送っている小生が申し上げるのもナンですが。

上手い、面白いと思いました。
それゆえ「どこかで読んだ小説だな」と思われてしまうのでは。
真似しようとすりゃ真似できる(小生には出来ませんが)。
しかし、日乃さまレヴェルの書き手さんなら、書き続け、報われなかったとしても決して後悔しないと思います。

小生の様な低レヴェルのトーシロは、モトモト恥の概念が欠如してますが(笑)。

幡 京
121.3.235.25

して思い出しました。小生がS社新人賞二次落選時、新人賞をとった作品が「楽器」。
彼が芥川賞候補になった事は知りましたが、とれたのかなあ。

日乃万里永
106.160.80.219

 かろ様

 お読みくださいまして、ありがとうございました。

 今までいろいろと作品を書いていて気付いたのは、思い入れのある作品とそうでない作品に対しては、やはり取り組み方が違うというか、自分では同じように取り組んでいたつもりでいたのですが、いろいろと書いてきて、あらためて整理してみたところ、この作品は絶対に消せないと思うのは、どうしても恋愛物とエッセイでした。
 
 もともと恋愛小説が書きたくて始めたので、それ以外の話になるとあまり筆が乗らないというか、ただ、書いている時間が楽しくて、それを誰かに読んで欲しくて書いていた気がします。
 淡々として傍観者のように思われたのは、多分、私の創作に対する姿勢がそうなっていたからかもしれません。


 どうしても捨てられない、熱の籠った作品はいくつか、星空文庫に置かせてもらっていますが、今後はどんなジャンルに関しても、創作に対する姿勢をあらためる必要があると感じました。

 ご感想くださいまして、ありがとうございました。 
 

日乃万里永
106.160.80.219

幡 京様

お読みくださいまして、ありがとうございました。

そうですね。どこかにありそうな内容だと言われたら、返す言葉もありません。

ただただ、ピアノが音痴だと言われたことが衝撃的で、形にしたかったのですが、素直にエッセイにしたほうが良かったかもしれません。
……ということで、今はエッセイにしてブログに載せようかと思っております。
そのほうが私の場合、ストレートに伝わりそうですので……。

ご感想くださいまして、ありがとうございました。

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