作家でごはん!鍛練場
久里渡 利寿

赤い部屋

題名「赤い部屋」


 大学への進学が決まり、アパートでの僕の一人暮らしが始まりました。
 人口の割には自然が多く残った町で、一人が腰掛けられるくらいの、部屋の小さな出窓には、小鳥が遊びに来るようになりました。
 美しい緑があって、小鳥もいて、そして隣の部屋に住んでいるのは綺麗な女性──と言っても、話にならないくらいの奥手な僕は、彼女の顔をまともに見たことがありませんでした。
 それでいて僕は、きっと綺麗な人なんだろうと勝手に想像していました。
 
 そんな、ある日。
 彼女の部屋から大きな物音が聞こえてきました。ほんの数秒間でしたが……。
 心配になった僕は、壁の穴から彼女の部屋を覗いてみました。
 それまで覗きなどしたことありませんでしたが、穴があることは入居当初から知っていました。
 見えたのは「赤い何か」でした。
 何だろう? 冷蔵庫かな? それとも壁掛けみたいなもの……?
 その後、彼女の部屋から大きな物音が聞こえてくることはありませんでした。
 
 それから四、五日くらい経ったころ、僕の部屋に警察が来ました。
「あなたの隣に住んでいる女性の消息が、数日前より分からなくなっているのですが、何かご存知のことはありませんか?」
 そう聞かれました。
 それで僕は、四、五日前に聞いた物音のことを話しました。それ以外のことは全く知らないので、警察は暫くすると帰って行きました。
 勿論、穴のことは話しませんでした。
 
 その夜、もう一度、穴から彼女の部屋を覗いてみました。
 彼女の部屋は暗いままでした。彼女の部屋の窓から差し込んでいる月明かりのみの中で見ることが出来たのは、同じく「赤い何か」だけでした。
 
 翌日、大家の娘さんからシュークリームを貰いました。きっと好奇心を刺激されて僕の部屋まで話を聞きに来たんだろう──そう思いました。
 やはり彼女のことを聞かれたので、警察に話したのと全く同じことを言いました。
 服飾関係の仕事をしているらしい大家の娘さんの服装は、いつも奇抜で、今日は見たこともない不思議な素材で出来たワンピースに、銀色のハイヒール。顔の半分を隠してしまうほどの、いつもの大きなサングラスを掛け、髪をピンクと緑の二色に染め分けていました。
 毎度のことながら、僕は彼女の姿に戸惑うばかり。
 話が終わってやっと帰りかけたとき、小鳥が彼女の顔に激突してサングラスを吹っ飛ばしてしまいました。
「大丈夫ですか!」
 思わず彼女に駆け寄りました。
 だが、
 カラコン……? 彼女の目は、まるでウサギの……
     ・
     ・
     ・
     ・
     ・
 きっと彼女から貰ったシュークリームを食べてはいけない……。





題名「ごもっとも」


 あるとき、神が言った。
「日本を破滅に導くため、国のトップに福田と麻生を据えた」神の言葉は、なおも続いた。「更に、鳩山と菅という、底なしの馬鹿を投入した。さて。次のドジョウは、どうじゃ?」
 それを傍らで聞いていた女神が、
「あなた! いくらなんでも、やり過ぎです! 馬鹿なトップ達のせいで、大勢が苦しんでいます!」
 だが神は、
「何を言う! 文句なら、その苦しんでいる者達に言え! 全部、奴らの代表から選んだのじゃぞ! 最終的には、再度、安倍を投入する!」
                    了





題名「ハイヒールの音」


 女性を美しく見せるハイヒール。しかし、あの地面を叩くコツコツという音が、私には恐怖なのです。
 そうなってしまったのには理由があります。
 ──今から十年ほど前のことです。私は仙台支店に転勤になりました。
 水曜日でした。午後十時ごろ。
 会社が用意してくれたマンションで暮らし始めた最初の夜。近くに、よさそうなスナックを見付け、いつもより深酒をして帰って来ました。
 マンションの前で、赤いワンピース姿の、十歳くらいの女の子が立っているのが見えました。
 こんな時間に、どうしたんだろう……?
 そのとき、コツコツという音を耳にしました。ハイヒールの音でした。向こうから清楚なスーツ姿の女性が歩いて来るのが見えました。女の子が彼女の手を取り、二人は仲良くマンションに入って行きました。
 きっと母親の帰りを待っていたのでしょう。見ていて微笑ましい光景でした。
 二人に続いて私も階段を上がり始めました。私の部屋は二階。
 が、
 階段を上がりながらポケットから鍵を出し、次に前を向いたとき──親子は、いなくなっていました。本当に一瞬のことでした。
 飲み過ぎたらしい……。
 不思議ではありましたが、そのときはそう思いました。部屋に入ると深酒のせいで、私は着替えも済まさないで眠ってしまいました。


 仕事を終えるのが午後八時。十五分ほど電車に揺られ、スナックに寄ってからマンションに帰るという一週間でした。
 その日も飲みに行き、何かのきっかけで、(母子家庭が増えている──確か、そんな話題のときでした)あの親子のことを話しました。すると、近くのテーブルにいた客が、
「ひょっとして、赤いワンピースの……?」
「え?」
「あの親子はね、」彼は続けました。「二年前、あのマンションで亡くなったんですよ──」
 少女が不慮の事故で亡くなっていました。帰宅して娘の死体を発見した母親は、その二日後に自殺したということです。
「何人もの人が、あの親子の霊を見ています。それは、母親が遅くまで残業していた水曜日だけ。母親のいない、その水曜日に、女の子は亡くなりました」
 私が見たのも水曜でした。そして、一週間後の今日も──。
 そういうことなら、あの二人を見たくはありません。飲むのをやめマンションに帰りました。
 風呂を済ませて布団に入りました。
 しかし、どの部屋だろう……親子が住んでいたのは……?
 マンションは五階建。全部で二十戸。
 そのとき、外の階段をコツコツと上がって来るハイヒールの音が──
 はっとして時計を見ました。
 十時──。
 と、
 ぴたっと音が止まりました。
 私の……部屋の前だ……。
 その瞬間に悟りました。
 ここだ……この部屋だ……。
 入って来た──
 気配で分かったのです。
 恐怖に耐えられなくなって頭から布団を。
 すぐ傍にいる──。
 ですが、布団の中で息を殺していたせいで、酸欠状態になってしまいました。
 たまらなくなって布団から顔を出すと、そこには──


 大声を上げて気を失ったのを憶えています。
 気が付いたときには朝になっていました。
 ハイヒールの、あのコツコツという音を聞くと、今でも私は……。
 考えてみれば可哀想な親子なのですが、あの夜、部屋で見てしまった二人の姿を思い出すと……
                    了





題名「リスペクト」
副題「指輪を拾っただけなのに」





 死のうと思って山の中を彷徨っていたら山小屋を見付けました。
 この数年、何人ものストーカー達に生活をメチャメチャにされ続け、なのに自分から好意を持って付き合い始めた男性とは、それが原因で別れてしまい、もう生きているのが嫌になりました。
 山小屋の中で首を吊ろうとしていたとき、床の上に指輪が落ちているのに気が付きました。
 ふと拾って見てみました。
 恐らく本物のダイヤです。落とした人は、きっと悲しんでいるでしょう。
 このまま死ぬわけにはいかない──。
 生真面目なわたしは山から下りて交番に届けることにしました。
 その後、仕方なく独り暮らしをしているマンションに戻りました。




 指輪を拾った翌日。
 どうやって死のうかと考えていたとき、テーブルの上に昨日の指輪があることに気が付きました。
 ああ又かと思いました。
 指輪を届けたとき書類に住所を書かされました。
 多分、あのときの警官です。あの男が新たなストーカーになってしまったのです。恐らく指輪はその意思表示なのでしょう。
 二年前、人気アイドルだったわたしが芸能界を去ったのも、その原因はストーカーでした。でもその後もストーカー達はわたしを苦しめ続けています。
 指輪を持って近くの海岸に行きました。わたしは海に向かって思い切り指輪を投げ捨てました。
 本当に、こんなことなら山小屋でそのままにしておけばよかった……。




 指輪を海に投げ捨てた翌日、又もテーブルの上に指輪が……。
 昨日のこともあって、戸締まりは念入りにしたはずなのに……。でも、海に捨てた指輪をどうやって……?
 よく似た指輪をどこかで買ったのでしょうか……?
 ひょっとして、わたしが指輪を捨てるところを見ていた……?
 ああもう、そんなことどうでもいい。だって、わたしは死ぬのだから。
 指輪はトイレに流しました。




 指輪をトイレに流した翌日。
 今日こそ死んでしまおうと決めていた朝、又してもテーブルの上に指輪が……。
 それでも一つだけ、わたしには分かったことが。
 恐らく、わたしの前に現れたそのどれもが、山小屋で見付けた、あの指輪なのです。
 何故なら……今、テーブルの上にある指輪は、う○こまみれに……





題名「道」





“橋の上に座り込んでいる年寄りがいた”


     ●


 老骨に鞭打って我が家に向かっていた。
 と、
 家が見える場所まで来たとき一人の青年と擦れ違った。
「英一兄さん!」
 思わず声になった。
「え?」
「私です! 弟の浩次です!」
 しかし、
「あはは。一体、何の冗談です?」
「どこに? どこに行かれるのです?」
「家に帰ったのですが……」兄は独り言のように言った。「建物が凄くモダンに……。庭もすっかり見違えていて……」
 無理もない……。建て直したのは平成になってからだった。


     ●


「いいさ。きっと道を間違えたんだ」
 そう呟くと、英一兄さんは行ってしまった。


     ●


 家に入ると仏間に直行した。
 兄の遺影を確かめた。
 やはり……間違いなかった……。
 英一兄さんが亡くなったのは私が十六歳のときだった。
 あれから六十年にもなる。
 今頃になって、どうして……?
 そう思いながら母の遺影に目をやった。
 母が亡くなったのは三年前だった。
 と、
 不思議なものを見付けた。


     ●


 私は道を戻ることに決めた。


     ●


 橋の上に座り込んでいる年寄りが、まだいた。
 彼女が顔を上げた。
「か、母さん! 何してるんです!」
「家に……」
「駄目です! 来た道を戻りましょう!」
「でも膝が痛くて……もう歩けそうに……」
「私が支えますから。きっと、この橋を渡ってはいけないのです」


 そう。
 私は理解していた。
 母の……
 母の遺影の隣に……
 自分の遺影を見付けたそのときに……

赤い部屋

執筆の狙い

作者 久里渡 利寿
126.242.128.65

久里渡 利寿と申します。
よろしくお願いします。
どれでも一つだけ読んで頂ければ嬉しいです。

コメント

暇和梨
106.161.109.38

全て読みました。
テンポがよくとても読みやすい作品だと思います。
一方で難点は、赤い部屋のオチがわかりづらく、リスペクトはオチが弱い気がします。主人公が指輪が戻ってくることに気付いた後の内容も、あった方がいい気がします。

久里渡 利寿
126.242.169.68

読んで下さってアリゲーター。
文章を良く言って下さって嬉しいです。

藤光
106.133.169.123

「道」を読ませていただきました。

わかりにくいです。

「私」は死んでいるんですね。
どこへ行こうというのでしょう。

まず、「私」の一人称であることに気づくのに時間がかかりました。●で区切ってある文章と人称が同じなのか違うのかも迷います。

わざとそうしていてミスリードを誘うように書かれているのかも知れませんが、ストーリーが不明確なのとあいまって、かなりのストレスがありました。

せめて、

>そう呟くと、英一兄さんは行ってしまった。



>そう呟くと、青年は行ってしまった。

としてあるとずいぶん読みやすくなると思います。兄さんが16歳で、弟が老人であることに一度読んだだけでは気づけません。

もう少し手の内を見せてもよかったように思います。

ありがとうございました。

久里渡 利寿
126.242.131.115

藤光さん。
読んで下さって有馬記念。
確かに、わかりにくいと思います。
作者自身も、そう思っています。
本当です。

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