作家でごはん!鍛練場
崖仙人

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崖仙人

①.僕は今、遺書を握りしめている。白い便箋一枚に書き綴ったそれは、お世辞にも丁寧とは言えない幾多の文字によって構成されている。僕の目に映るものは全てがネガティヴだ。無論、遺書に書かれた文字一つ一つも例外ではない。
「死に場所 探す」
インターネットで検索すると、自殺の名所が次々と出てきた。僕は自分が最期を迎えるに相応しい場所を探した。
川、海、山、橋、ビルの屋上…どれもこの僕に相応しくない。僕は決して絶望だけを理由に死ぬわけではないのだ。
「いや、それ以外にどんな理由があるんだ。俺はどんな理由で死ぬんだ」
遺書は字が汚い上に支離滅裂な内容であり、とても他人に見せられるようなものではない。だから、僕はそれを肌身離さず持ち歩き、そして死ぬ時もそうしているつもりだ。だが、結局は誰かに見せなければならない。生きることをやめたけじめとして書いたのだ。
僕は今から死に場所に向かう。僕は今から死に場所に向かう。僕は今から死に場所に向かう。
栞山までの道のりは徒歩と電車で、一時間ほどだ。家賃の安い部屋で三年間暮らしていた僕は、部屋を出ると意味のないノックを三度したのだった。銀色のドアノブが寂し気に僕を見つめ、そして突き放す気がする。
「じゃあな」
呟くと僕は駅へと向かう。何度も遺書が懐にあるか、確認する作業を行う。間違いなくそれはある。
電車の中で僕は死に場所の再確認をする。
「三百年の歴史 栞山・栞崖の悲劇」
自殺の名所を紹介するサイトに書かれていたページを僕はプリントアウトしてきた。そこには地図や行き方もご丁寧に載っているので、不自由はしない。
「江戸時代中期頃より、貧しい農村の若者や、叶わぬ恋に苦しむ男女、逃げ延びた罪人などが自ら身を投げるようになった。現代までその悲劇は後を絶たず、この場所で非業の死を遂げた人々は述べ百人を超えるとも言われる。…」
僕もその一人になるんだなどと考えながら読み進めていくと、ふと気になることが書いてあった。最初に読んだ時には半ばスルーしていたその一節に僕は突如として惹きつけられることとなった。
「栞山の崖仙人」
その老爺はいつもその場所にいるらしい。年齢・姓名はおろか、生死すらも怪しいその老爺は、いつも登山客を睨みつけてくるらしい。挨拶をしても全く返さないのだとか。幻覚だとの意見もあるが、目撃証言は数知れず、存在していることは間違いなさそうだ。また、居場所が自殺の名所であることから、「崖仙人=死神」とも言われて恐れられているとのことだった。そのページにはご丁寧に目撃証言をもとに作られたモンタージュ写真まで載っている(まるで仙人を指名手配犯のように扱っているようで気がひけるが)。白髪で短髪、深く刻まれた皺と濃い顔に鋭い眼光が光る。きりりとした眉毛と厚い唇は、老化した彼の顔を彩っている。ハンサムな老爺という印象だ。
「普通の住人かもしれないのに、死神とか迷惑な話だな」
肝試しほど、他者の死をいたぶるものもないのではないか。尤も、ホラー好きの僕が言えたことではないが。他人の死を軽い怪談話として玩具にする。悍ましい。何を真面目くさったことを死ぬ当日に考えていることだろう。
さて、僕は電車を降りる。どんな気分になれば良いのだろう。どんな気分か表現することすらも億劫だ。最寄り駅から登山口までは徒歩五分ほどだ。
登山口まで辿り着いた僕は、山を登り始める。たくさんの死者を生み出したせいか、山は陰気で独特の不気味さを放って僕を迎え入れてくれる。食道がねじくれるかのような奇妙な吐き気を覚えながら僕は登り続ける。気がつくと、頭の中でゆっくりとした走馬灯が僕の人生を映し出している。
②.生まれてこのかた、僕は両親から大切に育てられてきた。一人っ子で何不自由なく育てられ、普通に小中学校を卒業し、高校を卒業して大学まで行かせてもらった。無事に卒業すると、IT系の有名企業に入社した。仕事の業績はまずまずだった。大手とあって優秀な人材が揃う。
「社会に出たら学歴など関係ない」と聞かされた。でもうちの会社に限ってはそうでもなかった気がする。「ギリギリ有名大」卒業の僕は、仕事の能率では負けていられないと思いながらも、常にコンプレックスと戦い続けていた。東大や早慶卒の強者に何度もねじ伏せられた。こんなことを言ったら、「言い訳するな」と怒られることだろう。だがこの際、言わせて欲しい。僕は負けていた。あらゆるものに負けていた。だから、落ちこぼれにはならずともトップには程遠かった。大手企業に勤め、安定した収入と生活を手にした僕は一人暮らしをした。実家から職場が遠いと言うより、「親元を離れて独り立ちしてみたい」というのが強い理由だった。ワークライフバランスは決して褒められたものとは言えない。残業は少なくなかったし、会社近くに一人暮らしをして正解だったと思う。だが、ブラックと言えるほど厳しいものでもなかった。
かけがえのない出会いもあった。友人から紹介された女性と交際することもできた。彼女とはウマが合うし、気の置けない仲になった。読書という共通の趣味があったし、旅行や映画、遊園地なんかには何度も出かけた。互いが互いのことをよく知り、愛し合っていた。だが結果的に、人見知りで女性に対して積極的でない僕が唯一、交際することができた女性だった。最愛の彼女は僕の元を去った。思い返したくもない不慮の火災で、帰らぬ人となった。
良くないことは続くものだ。それから一月と経たぬうちに僕はリストラにあった。会社は業績不振を理由に極限まで人員削減を進め、若手の僕までもその対象となった。履いて捨てられたような屈辱的な気分だった。失意のうちに始めた就職活動は上手くいかず、僕は精神科に通い詰めた。優しい両親は僕を見守り、下手な干渉もしてこなかった。だが、その両親までも失うことになるとは…。かの東日本大震災。多くの尊い命を奪った大災害に両親は巻き込まれた。東北地方出身の両親は、結婚四十周年を祝して東北旅行に出かけた。だが、震災当日に運悪く犠牲者となり、僕は二度と両親と顔を合わせられぬまま別れた。僕は失意のまま殆ど誰とも会わず、東京の自宅に一人で引きこもった。貯金で何とか食いつないだが、アルバイトもやった。だが、正社員になれそうな仕事は見つからなかった。
そして僕は、悲しみと孤独と屈辱を背負ったまま、二〇一二年三月某日、あの世へと旅立つのだ。
③.崖へのルートはうねうねとしていて、余計に気分が悪くなってくる。人通りが少なく、生き物の声も殆ど聞こえてこない。春先で肌寒さが残る空気に触れながら、僕は目的地への道を突き進む。走馬灯のように流れていた僕の人生はピタリと止まり、目の前の風景だけが僕の見える全てになった。憮然としながら歩く僕を誰かが見かけたら、思わず目をそらしたくなるであろう。僕は虚無感に苛まれながらも、一方ではこんなにも冷静なのである。
自然がこんなにも美しくないと感じることはあっただろうか。木を見ても花を見ても、心が全くと言っていいほど動かない。一時期、アウトドアにはまって、友人と何度かキャンプや登山に出かけていた時期もあった。だが、そのマイブームは過ぎた。今は外に出て空気を吸うことすらも億劫になっている。山の情景描写をしたいところだが、その肝心の情景が全く僕を受け入れていないような気がして、ある方面では意地になっているし、ある方面ではそれが面倒になっている。後者の気持ちの方が大きい。
古びた長い階段が目の前にある。勝手な推定で、高度経済成長期に作られたものだと思う。全く勝手だが。一段一段上がるたび、僕の太腿は悲鳴を上げる。だがその悲鳴はもはや快感にすら思えてくる。なぜなら、楽になれる瞬間により近づけるからだ。そう。朦朧とする意識がむしろ僕の心を確変させていっているのだ。そして、僕の人生がまたも走馬灯のように蘇る。
僕はいじめを受けたことがある。中学時代、吃音持ちだった僕を何人かの同級生がからかってきた。笑ってやり過ごす僕を見た彼らはいじめをエスカレートさせ、「バカ」、「雑魚」、「ダサい」などの見るに堪えない悪口を書いた付箋を机に貼ってきたり、授業前、唐突に黒板に僕の名前を書いてそのままにしたり、ロッカーの中に見知らぬ文房具が入れられたり(後にそれは彼ら自身のものだと判明)したこともあった。
二、三ヶ月ほどしてそれはおさまった。正確に言うと、おさめてもらったのだ。いじめに気がついた親が即学校に相談し、僕は放課後に担任教師に呼び出された。そして、いじめの内容や加害生徒の名前などを聞かれた。次の日に彼らは呼び出され、教師から話があった。そして直接の謝罪を受けることもできた。だがそれ以来、彼らと卒業するまでにまともな会話をすることは遂になかった。
そんな昔のことを唐突に思い出し、ついこの前の出来事のように新鮮に傷ついている。そんな自分の弱さや繊細さが恨めしい。だからこそ、僕は死ぬべきなのだ。
④.僕は悲しい。常に悲しい。そして情けない。自分が好きでない。自分の運命が好きでない。そして、そんな運命を引き寄せる自分が恥ずかしい。 さて、目的地の崖に段々と近づいている。
階段が続く。もう百メートルも登れば目的地だろう。ふとあのモンタージュ写真を思い出した。決して笑顔を見せない老爺。彼は本当に存在しているのだろうか。生きているのだろうか。果たして死神なのか。仙人と呼ばれる高尚な存在なのか。僕は突如として気になり始める。何ものに対しても興味を持てない僕が、今彼の存在に対して異様なほど強い興味を抱いている。自ら命を絶とうとする人間が、なぜここまで一人の存在するかも分からない老爺に惹かれているのだろう。彼は畏怖の対象かもしれないのだ。存在しているかどうかさえ、まだ分からない。誰かの虚偽発言がネット上でフィーチャーされてモンタージュ写真となり、上げられただけかもしれない。複数あると言われる目撃証言も、裏が取れているかは不明だ。
「ふふふふふ。あははははは…」
絵に描いたような込み上げる笑いを僕は堪え切れない。僕は怖い。恐ろしい。その老爺を恐れている。死神を。いや、いっそ死神であれば遭遇したい。皮肉めいたこの奇妙な笑いを僕はどう処理すればいいのだろう。そして…
「ここか…」
階段を登り切った僕。遂に足を踏み入れることができた死地。死地と決めた場所。もっと細かく言うと、崖の下が僕のそれだ。崖はもう数十メートル先にある。崖は切り立っている。手すりがある。数十枚とも言えるお札が貼ってある。足元にもそれは落ちている。そんな様子が数十メートル手前からでも分かる。人はいない。不気味だ。不気味としか言いようがない。
僕の呼吸器系が目まぐるしく稼働し、循環器が興奮しているのを感じる。僕は間違いなく死ぬ。僕は自分の人生を終わらせるのだ。これほどの興奮を感じる体験があるだろうか。全く持って落ち着いていない。いや、落ち着いているような気もする。していないような気もする。身体が落ち着いていないことは明らかなのに、心のどこかでは落ち着いているのだ。冷静に死にゆく自分を見て落ち着く自分がいるのだ。
「怖い…怖い…」
そして駆け巡る走馬灯。産まれた時の記憶などないはずなのに、突如として蘇る。そこから幼児期、小学生、中学生…大人へと一気に僕の人生が目の前に映し出される。僕は目を見開き、背負っているリュックの肩紐をまるで海で溺れた人が捕まる浮き輪の如く震える手でかっしりと掴む。恐怖を押し殺しても全くそれが安らぐことなどない。そして、崖の手すりを掴む。見開かれた目は乾き、瞬きすら忘れて、恐ろしく広がる崖下の自然を見せ付けてくる。鼻呼吸も口呼吸もできている気がせず、何者かが無理やり僕の気管支を通して肺に空気を送り込んでいるような気がする。ゆっくりと手すりを登り、そしてその上に立つ。
「あーあー!あー!」
恐怖のあまり僕は叫ぶ。そして次の瞬間、僕は気配を感じる。人であるような人でないような感覚を感じる。それが誰であるかということも分かっている。圧倒的な存在感を背中に感じる。振り向くと彼はいた。
「死神…」
刻み付けられた老爺の深い皺は燃えるような彼の目を一層際立たせる。確かに彼だ。モンタージュ写真のあの老爺。崖仙人であり、死神。彼の手が伸びる。そして、僕はまた下を見る…また振り返ると彼は睨みつけながら尚も手を伸ばす…そして…
⑤.目が覚めると、僕は山小屋の中で温もりを感じ、布団の中にいる。半強制的に深呼吸した僕の上半身は上下に動き、尚も緊張が解けない。なぜだろう。不思議と僕は山小屋にいるようで、いる気がしない。どこか別の場所にいるような不思議な感覚を覚える。僕は口を開くが、声が出ない。それは一時的に出ないだけで、時間が経てば出るようになる気がする。ふと左横を見る。あの老爺が微かな音を立てて近づいてくる。手には茶碗を持っている。僕は言い知れぬ恐怖を感じて身を硬直させる。
「飲みなさい」
僕のそばに来た彼は微笑む。深く刻み付けられた彼の皺がその微笑みを彩っている。だがすぐに、その優しく包み込むような眼差しを変えてしまう。温もりのある彼の目は悲しげに下を向く。
「ありがとうございます」
咄嗟に僕はその暖かい飲み物を口にする。白湯だ。
「わしを知っているだろう」
「…」
無言の僕に対し、彼は話し続ける。僕は尚も体を動かすことができない。
「わしのことを見ようと遊び半分で肝試しに来る若者は少なくない。オカルト雑誌だかなんだかの記者が訪ねて来たこともあった。君は、わしを何だと思う?不幸を運ぶ死神か、ここで修行している仙人か」
声の出ない僕は黙っているしかない。
「まあ、それは良い。落ち着いたかね?」
その言葉によって、魔法が解けたかのように僕は声を出せるようになる。なぜこのタイミングなのかは不明だ。
「はい…落ち着きました…あの…」
「悲しい目だな」
そう言った老爺の目は、まるで不治の病を患者に宣告する医師のような寂しさを持っていた。
「はい…僕はどうなったのですか?…確かに崖から飛び降りました…あなたは…」
老爺は何も答えずにその場を立ち去る。そして白湯の入っているであろう急須のような入れ物(急須と言って差し支えないだろうが、違っているかもしれないのでこんな言い方になる)を持って姿を消す。そして暫く経つとまたそれを持って姿を現す。
「僕は飛び降りました。あなたが助けてくださったのですか…?」
「体はどこか痛むか?」
そう尋ねられて初めて意識する身体の痛み。確かに痛いような気もするがあまり大したものではない。だが、足と頭は少し痛む。
「はい、足が痛みます…頭も…」
「そうか…」
「お爺さん…僕は…!」
感情の高ぶりを僕は抑えきれない。
「死なせてください!死なせてください!」
燃え上がるような心の痛み、悲しみ。僕は目の前の老爺を跳ね除ける勢いで布団を飛び出す。老爺は止めない。
「わしはな…ある者にとっては死神だよ」
僕は振り返る。老爺は布団を見つめている。僕とは目が合わない。
「わしを畏怖する者は少なくない。ここに何十年といる。君のような者を見たのも一度や二度ではない」
「あなたは…」
「死にたければ死になさい。それは君の意志だ。人には自由な意志を持ち、行動する権利がある」
老爺からは、その突き放す言葉とは裏腹に僕の心を強い意志で貫き通すような信念を感じる。
「行きなさい!行きたければ…」
「…」
そう告げられた僕は衝動的に山小屋を飛び出す。
そして一歩足を踏み出した僕は、全身の力を振り絞って後ずさりをする。切り立った崖はすぐそこにある。山小屋から数メートルのところに手すりもお札もない、紛れもないあの栞崖があるのだ…。ここは一体どこだ…さっきまでの栞崖はどこへ…さっきまでの僕はどこへ…恐怖のあまり山小屋に戻った僕は、扉の前で倒れる。顔を上げると、老爺は燃えるような見開かれた目で僕を見つめている。
「ここは…一体…」
「ここは昔から、栞崖と呼ばれていた。最初は『死ぬ』に『降りる』で『死降崖』だった」
「…」
「飛び降り自殺者が絶えぬことから、そんな風に呼ばれていた。今の栞崖という当て字に変わったのはその後のことだ」
あのサイトにもそんな説明が書いてあっただろうか。あったとしても気にしなかっただろう。
「あなたは…一体…」
しかし、老爺はそれに答えない。
「君は恐怖を感じている。恐れている。今からでも遅くはない」
「…」
確かに僕は怖い。だが死にたい。計り知れない孤独と失望にはもう十分苦しんだ。もう、苦しみたくない。
「君は恐れているのだ。その恐れは自然な恐れだ」
「いえ、死にたいです。死にたいです。こんな時に恐怖を感じるのは、僕が弱いからです。だからその恐怖さえ克服できれば僕は…」
その先の言葉が出てこない。言ってはいけないような気がする。言ったとしても何か大いなる存在に打ち消されそうな気がする。
「何があったんだね。ここまで…来たのには」
僕は十秒は黙っている。話したくないという気持ちが起こる。だが、それはとてつもなく不誠実な気がするので話すことにする。
「愛する人を失いました…恋人も両親も…仕事もありません。毎日が辛いです。現実を見つめようとすると…息が詰まります。希望がありません…」
僕は短い言葉の表現で自分の気持ちを吐露する。老爺は無言で頷く。尚も僕はこの老爺に恐怖を感じている。老爺はそのことにも気づいているようだが、気にしない。
「それは…辛かろうな」
無言で僕は頷く。心が少しだけ落ち着くが、死にたいという気持ちは変わらない。そしてこれ以上、老爺に身の上話をするほど心を開く気にもなれない。老爺は緩めた口元と少しだけ見開いた目で下を見たり、僕を見つめたりしている。
「行かせてください!」
空気を一変させる。自らを奮い立たせた僕はもう一度小屋を飛び出す。圧倒的な老爺の存在感を背後に感じて。
「あなたには分からないんです。分からないんだ…僕の悲しみが…寂しさが…分かりますか!僕の失望が!」
目の前に広がる絶景。吸い込まれるような圧倒的な自然の風景。白い雲が霧のように周りを包み込む情景。
「分からないんだ…」
しかし、足がすくんで僕は飛び降りることができない…
「まだ間に合う。戻って来なさい…君はまだ間に合う…」
「分からないんです!あなたには…」
そして、老爺は初めて僕を暴力的に引っ掴む。
「分かる!」
「え?…」
「分かる!わしには分かる…」
「…」
彼は老人とは思えない物凄い力で僕を部屋に引き戻す。僕は転がり込むように小屋に戻る。そして一旦倒れた僕を彼は起き上がらせる。
「わしだって…ここから飛び降りようとした…」
「ここから…」
「そうだ。わしもそうだった。寂しさと虚しさのあまり、悲しみのあまり飛び降りようとした…」
「なぜ…」
こんな時、他人の話に関心を持つ自分に僕は歯痒さと共に安堵を覚える。僕はまだ人の心を持っている。ただの絶望だけではなく…そのことが少しだけ嬉しい。
「わしはこの山の麓で生まれ、住んでいた。家は貧しかったが、とても温かい家庭だった。結婚して家庭を持った。妻と二人の子供にも恵まれて幸せな日々じゃった。そんなある日、赤紙が来た」
赤紙とは言うまでもなく、召集令状を指す。戦場へ行ったのだ。
「それは二十六歳の時じゃった。東南アジアへ赴いたわしは、毎日あくせくとお国のために働いた。銃を撃てと言われれれば撃ち、爆弾を運べと言われれば運び、捕虜の世話をしろと言われればそうした。そして戦争は終わり、生きて帰国することができた。しかし、悲劇はそこからだった」
辛い体験を僕のために噛み砕いて話してくれているのが分かる。器の小さい僕はそれが疎ましい。彼は僕を説得しようとしている。
「大事な家族は…妻は…子供は…両親は…全て戦争の犠牲になったと聞いた。残されたわしは、兄弟を探した。姉二人と妹が一人だ。じゃが、なかなか会えなかった。生きていると信じていたが会えなかった…血を分けた兄弟の生死すらもはっきりしない。わしは戦争を恨んだ。国を恨んだ。自分の運命を恨んだ…」
「それで…あなたもここに…」
彼は一呼吸も二呼吸も置き、そして悲しげに口を開く。
「そうだ…遺書を遺して…」
声が小さくなる。僕はそれでも死のうとする気持ちに変わりはない。むしろ彼の話が僕の悲しみを増幅させ、僕は死にたいという気持ちを強くしている。
「そんなに悲しいなら…死ねば良かったのではないですか?」
そう口にした僕は少しだけ後悔する。さすがに言いすぎだ。冷酷だ。そして、彼の目は恐ろしく見開かれる。
「どあほ!」
僕は突き飛ばされる。
「自分の命を何だと思ってるんだ!」
僕の心はその言葉にようやく突き動かされる。少しだけ。
「君の命は…君は何のために…何のために生きてるんだ!」
僕は何も言えない。人生において、こんなドラマのように息詰まる瞬間が自分に訪れようとは、今日の今日まで思っていなかった。
「わしにも分かる。君の痛みが分かる。だからどうした?とそんな風に君は思っているだろう。悲しくて身を投げようとした、だから何だと。俺だって今は同じ状況だと。だから死なせてほしいと。でも君は一方で生きたいという思いもまだ残っているはずだ。だからこそわしの話を聞いた。そしてわしの目を見た。生きる気力を全て失った者は他人の目を見ない」
「いや…でも…」
「でもではない!君には生きてほしい。生きろ、生きるべきだ、などとは言わんよ。人間には自由がある。生きる自由もあれば死ぬ自由もある。だが、後悔しない選択を必ずできるという保証はない。自由は人を…時に迷わせ混乱させ、陥れる」
「…」
「生きてほしい。誰にも知られず、寂しく死なないでほしい。君が必要なんだよ。この世の中には」
「必要?」
僕は自分の必要性などまるで考えていなかったことに気がつく。僕は自分を軽んじていた。楽にしてやりたいと思いながら、自分を見下げているのだ。
「そう…必要なんだよ」
苛立ちと悲しみを感じながら僕は唇を噛みしめる。
「どうしてそう言えるのですか?」
「それはな…悲しんでいるからだよ」
「悲しんでいるから?」
「そう。生まれてこの方、喜びしか経験したことのない人がいるとする。その人が悲しいことなど考えるか?生まれつき、気が強くて優秀な人がいるとする。その人が気が弱い人間のことなど考えるか?」
「考えない…と思います」
「そう、考えないさ。人は自分に経験のないことを理解したり、自分とは違う立場になかなか立てない。あくまで想像するしない」
「しかし…」
老爺の顔に、段々と孫を見守るような温もりが差してくる。僕はそれに心からの安堵感を覚えようとしている。
「君は悲しみを味わった。味わったからこそ分かるはずた」
「でもこんな悲しみ…経験したくありませんでした。誰だってそうです。いくら希望を持てと言われても持てません。悲しみは消えません」
「消さなくて良い。無理に消すことはない。とてつもない悲しみを前向きに捉えることなど不可能に近いだろう。忘れることもできないだろう。でも忘れないからこそ、消せないからこそ他人の痛みや悲しみにも関心を持てるようになる。辛かろうが、君の悲しみはこの先、必ず誰かの役に立つ」
「ありがとう…ございます」
「役に立つ」という言葉がこれほど響いたことがあったろうか。ほんの少し前の僕なら苛立ちを覚えただろうが、今は違う。嬉しい。
「悲しいだけでは人は死なん。一緒に悲しんでくれたり慰めてくれる存在がいれば、それが心の支えとなる。でも、君は心のどこかで自分を無価値だと思っていたのではないか?悲しみから逃れたいという思いが強くてそのことに気がつかなかったのかもしれない」
「いえ…そう思っている自分がいるのは分かっています。でもとにかく、生きていくことに希望が見えず、ここに来ました。僕はこの先、どう生きれば良いのですか?もっと不幸な人がいる、苦しむ人がいる、自分だけではない。そんな風に言われて、命を捨てようとした甘えに苦しむかもしれません」
「苦しむことはない」
「そうでしょうか…」
「苦しんだとしても、自分を責めることはない。少なくともわしは君を責めない。だから君はもう二度と命を捨てようとしてはならない」
「はい…」
僕の目から涙が溢れる。無意識に。
「理由は二つある。君の命は尊いから。もう一つは、死のうとする人間の苦しみが分かるようになったから。君には一つ、人生の意味が増えたんだよ」
「…」
「辛かろうなあ…だが世の中には君のように、または君よりももっと苦しむ人が多い。喜ぶ人と同じようにな。悲しむ人を救え。君の悲しみはきっと役に立つ。泣きたかったら泣くが良い。今はわしの言っている意味が分からないかもしれない。それでもいい。とにかく生きてさえいてくれれば。そうしてこそ、君の愛するご両親や恋人も救われるさ。君の悲しむ姿をきっと見ている。大丈夫だ」
「ありがとうございます…」
僕は涙でまともに発音できない言葉を発する。
「悲しみを救うのは結局、悲しみなのだよ。自分の悲しみは自分だけのものではないのだよ」
「分かりました。本当に…ありがとうございます。希望が見えた気がします」
「それは良かった」
しかし、そうは言われてもここはどこなのだろう。全くもって僕の疑問は晴れない。さっきまでいた栞崖とは別の場所のようだが、確かに栞崖の風景にも見える。だが、こんな山小屋はなかった。果たしてここはどこなのだろう。
「心配することはない。すぐに帰れる」
「え?」
「大丈夫だ。生きる希望を持ちさえすればいい」
「お爺さんは…どうされるのですか?山を降りないのですか?」
「ああ…わしはな。これからどうなるか分からない」
「分からない?」
「そうさ。わしはここにとどまる。君はもう行きなさい」
「しかし…」
「話を聞いてくれて…ありがとう。君はきっと、多くの人を救うことができる。今日の悲しみや絶望を忘れるな。多くの人が君に救われることだろう…」
僕の目から涙が一雫流れる。そして僕は目を覚ます。崖ではない別の場所で僕は倒れ込んでいる…
⑥. 「大丈夫ですか!大丈夫ですか!…良かった!生きてた!」
僕は目を覚ます。全身に感じる激しい痛みが、少しずつ僕に生きているという強い感覚を覚えさせる。
「もう大丈夫です!」
僕よりも一つ二つ若いと思われる年の青年が、今にも泣き叫びそうな顔で僕を見ている。細く愛嬌のある目を輝かせる彼は、とても情が深くて優しいのだろう。
「さあ、早く!ここです!」
山岳救助隊だろうか。慣れた調子で僕を五、六人の若者が担架に乗せてくれる。僕はすぐさまヘリで緊急搬送される。ヘリの中で、見下ろす栞山は豊かな緑を生い茂らせた美しい山だった。
⑦.三ヶ月後。僕はもうすぐ退院というところまで来ることができた。医者にこんな話をされた。
「数百メートルの崖から飛び降りたら普通は助かりません。だが、あなたは山の中腹にまるでクッションのように建てられていた民家近くのネットにあたったことが功を奏したようです。そこにあたった後、山の斜面を転げ落ちたあなたは木に衝突したようです。そして一命を取り留めることができました。それでも全身の骨折や打撲が酷く、怪我をした太腿からの出血であなたは危険な状態でした。生きようという精神力があなたを救ったとしか考えられません」
後に、僕の一件は某新聞の社会面に掲載された。取材された記者には崖仙人の話をした。だが、そのことは記事には書かないでほしいと頼んだ。何となくだが、そうした方が良い気がしたのだ。僕は標高五百メートルの高さから飛び降り、およそ百メートル下のネットにあたり、そして木に衝突して気を失っていたようだった。危険な状態だったが、たまたま僕が飛び降りるところを目撃した登山客の通報により、山岳救助隊とNPO法人の青年達によって僕は救出されたのだった。しかし、飛び降りた時の記憶がない。気がついたらあの山小屋にいた。
「崖仙人は…一体…」
仮説だが、あの山小屋での時間は一種の臨死体験のようなものだったのだろう。ということは崖仙人は存命の人物ではなく、あの世から来た人間なのだろうか。
「こんにちは!元気ですか?」
「ああ、どうも」
僕を助けてくれたあの目の細い青年だ。名前は浜野祐希。年は僕よりも二つ下だ。定期的に見舞いに来てくれているのだ。
「白崎さん(僕の名前)、だいぶ顔つきが変わられましたね。今日も持って来ましたよ!パンプキンパイ!後で食べてくださいね!」
「ありがとうございます」
やがて退院した僕は、すぐに就職活動を始めた。崖仙人の言葉通り、僕は人を救う仕事がしたいと思っていた。しかし、上手くはいかない。自分のスキルを生かせる仕事が見つからない。そんな時、また声をかけてくれたのが浜野さんだった。
「あのー、良かったらうちで働いてみませんか?自殺者救済や支援の事業をやってるんです。やり甲斐ありますよ!今、求人募集してるんです!」
僕はその言葉で何かを掴み取った気がした。崖仙人の言った「人を救う」とはこのことなのだろうと思った。

⑧.そして現在。僕はNPO団体「悲しみに寄り添う会」で、活動を続けている。就職してから六年が経過した。悲しみや孤独、虚無感に苦しむ多くの人に寄り添おうと無我夢中で進んで来た。自殺志願者のカウンセリングや就労支援、自殺の名所などの見回りなども行っている。そこで実際に自殺志願者の命を助けたこともあった。SNSや電話で相談を受け付け、彼らの悲しみに常に寄り添うように日々心を砕いている。
だが現実は難しい。自殺の多い国、日本はとにかくストレスが多い。「苦しみに寄り添う」と言っても、相談者にどんな言葉をかけたら良いか分からないことも珍しくない。
だが、誰の相談に乗る時も、心がけていることが一つある。それは「押し付けない」ことだ。最後まで話を聞き、全て吐き出してもらった後で、相手が言って欲しいと思うことを口にする。しかし、それを押し付けたりはしない。相手が納得しなけばその思いを聞き、そして受け止める。崖仙人がそうだったからだ。
先輩職員からは「自分に甘えろよ」とよく言われている。最初は意味が分からなかった。だが、今は分かるような気がする。
「傷付いた自分を苦しめるな。繊細だからとか弱いとか、傷ついて悲しむ自分を責めたくなる時ってあると思うんだよね。でもいつもやってるだろ。相手の悲しみに寄り添って受け止めること。それを自分にもやってやることさ。下手に厳しくし過ぎると、否定に繋がるからな。繊細だったり精神的に弱い人だっている。苦しいかもしれないが、傷ついた時こそ自分で自分を励まして、自分の悲しみに自分が寄り添うようにするんだ。そうやっていけば大丈夫だ。弱かったり情けない自分、ネガティヴになる自分。そんな自分を否定的に捉えないことだよ。そうなって学ぶことはたくさんあるんだからさ」
ネガティヴな気持ちになる時、僕はいつも自分に甘えている。自分で自分の話をとことん聞き、受け止め寄り添い、そして大丈夫だと励ます。否定を否定として捉えないことで、肯定が生まれる、そんな風に表現したら良いのだろうか。
それを日々繰り返すうち、他者の気持ちにもより強く寄り添えるようになってきたと感じている。僕はこれからもこの活動を続けていきたい。
⑨.最後に崖仙人の話をしたい。結論から言うと、仙人はこの世の人ではない。僕が出会った仙人も既に故人であった。仙人は亡くなる十年ほど前から栞山に一人で住んでいたそうだ。そして、たった一人で、崖から飛び降りる人の命を救おうと見回りをしていたそうだ。そして飛び降りる人々の命を救うために、山の中腹にネットを張った。そう、僕の命を救ったあのネットである。仙人は亡くなるまで、一人その山で暮らしたそうだ。時折、買い物をするために麓に降りる以外はずっと山で過ごしていたらしい。
この話は「悲しみに寄り添う会」を僕に紹介してくれた浜野さんから聞いた。そして、この「悲しみに寄り添う会」の設立者は崖仙人に助けられた一人だそうだ。飛び降りようとした設立者は仙人に物凄い力で止められ、激励されたそうだ。聞いても名前を言わず、ただ、ここで暮らしている者だとだけ言ったらしい。その後も二人は交流があったらしく、仙人が亡くなった後に「悲しみに寄り添う会」を設立した。
さて、僕が仙人に助けられたのは、仙人が亡くなられてからおよそ五年後のことだった。つまり、仙人はあの世に行っても栞山で悲しみや絶望に寄り添っていたということだ。僕のあの山小屋での臨死体験(恐らく)を通し、仙人は僕の悲しみや痛みに寄り添ってくれただけでなく、僕の人生の意味を教えてくれた。
尚、僕が助けられて以来、栞山で崖仙人は目撃されていないそうだ。
<完>

サブプライム

執筆の狙い

作者 崖仙人
106.128.15.186

思いつくままに筆を進めた作品です。

コメント

底辺サラリーマン
114.190.255.113

とても整った文章で、最後まで引っかかるところなく読み進められました。
何かそういう文章を書く仕事をしていたのかなと思えるくらい、上手だと思いました。
お手本にしたいと思いました。

内容についてなのですが、前半部分はとても引き込まれました。
説明のしかたも上手いと思いました。

ただ、後半の、謎の老人が出て来た以降の、主人公の改心の内容がちょっと浅い感じがしました。
老人の言葉が、この状況に対してはちょっと軽いかなって感じでしたし、
その言葉を受けてこの主人公も、コロッと生きる方向に気分が変わったっていうのも何となく違和感がありましたし、
そんな簡単なことだったの?
っていう感じがしました。
老人のこんな軽い言葉に納得してしまうくらいなら、そんな重い悩みを抱えていたわけじゃなかったんじゃないのって思ってしまいました。何となく気分で死にたくなったり生きたくなったりする人の話のように読めてしまいました。
ですから、前半では何か壮絶な思いを主人公が抱えていたように思えていたのに、後半で、あれ、何でこの人こんな簡単に生きる気力が湧いて来ちゃうのっていう、何となくよく分からない気持ちになりました。

でも、話の内容としてはしっかりとまとまっていましたし、お手本にしたい文章の素晴らしさだと思いました。

サブプライム
106.128.15.186

底辺サラリーマン様

ご丁寧なコメント、ありがとうございます。
お褒めの言葉をいただきましたが、恐縮です。ありがとうございます。これからの励みとします。
ちなみに仕事は事務系の仕事です。確かに文章を書くこともありますが、さほど長いものではありません。
それと、文の説明がくどくて逆に分かりにくいと言われたこともありますので、良かったです。ありがとうございます。

後半部分、読み返してみましたが、確かに浅いというご意見はごもっともだと思いました。もともと、短編小説とする予定でしたので、このテーマでは難しかったかもしれない。もしくはもっと文量を厚くすべきでしたね。

臨死体験だけでなく、もう少し順を追って主人公の心情の変化を辿っても良いかなと思いました。

貴重なご意見、大変感謝しております。どうもありがとうございました。

藤光
119.104.13.50

読ませていただきました。

おもしろくないなあと読み進めたのですが、最後、主人公が救助された後、

>僕はNPO団体「悲しみに寄り添う会」で、活動を続けている。

以降が、意外でよかったです。

自殺云々の小説は、主人公の内面の話として描かれていることが多く、外部に向かって具体的に行動を起こしている御作の主人公はえらいと思いました。

むしろ前半から崖仙人に出会う場面までより、NPOでの話が読みたいくらいです。

なので、読後感はよかったです。
ありがとうございました。

サブプライム
106.128.13.137

藤光様

返信が遅くなりすみません。どうもありがとうございます。
ただの後日談として描いたつもりでしたが、そちらに着目していただき感服しております。
NPOでの話を描くほどの力が私にあるか分かりませんが、気が向けば続きとして描いてみたいと思います。それと、仙人とのやり取りにもう少し厚みを持たせたいなと思っています。
どうもありがとうございました。励みになります。

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