時の時計
小さな町のはずれに古い時計屋さんがありました。分厚いメガネをかけたおじさんが、いつもひとりでコツコツと時計を直しています。どんな時計でも直してしまうと評判の店でした。
ある夜、おじさんはいつものように遅くまで時計の修理に夢中になっていました。
「ふー、やれやれ。お茶でも飲むか」
修理道具を置いて大きく伸びをしました。その夜はとても静かな夜でした。
「いつもなら風の音やフクロウの声が聞こえるんだが、今夜はやけに静かだなあ。まるで時間が止まっているみたいだ」
コチコチという時計の音でいっぱいのはずの作業場もなぜか、しんと静まりかえっています。
「こりゃあ変だぞ。おかしいぞ。時計の音がひとつもしない」
おじさんは飲みかけの湯飲みを机に置いて立ち上がりました。
外の様子を見ようとドアノブに手を伸ばしたとたん、ドアがすっとひらきました。戸口に誰か立っています。
帽子を深くかぶりマントで体をおおった背の高い男の人です。両手には大きな箱を抱えています。
「この時計を直してもらいたい。大至急」
マントの人はそう言うと、さっさと作業場に入ってきてテーブルの上に大きな箱を置きました。男の人が蓋を持ち上げると、そこにはおじさんがこれまで見たこともないような時計がありました。
縦長の透明なドームの中に歯車がたくさん噛み合わさった時計の本体がありました。歯車はひとつひとつが、太陽や月、星などの天体を形どっています。部品はどれもピカピカに磨かれ、見事な装飾が施してあります。なんとも不思議な美しい時計でした。
「こんな時計、今まで見たこともない…」
おじさんは思わずつぶやき、時計の美しさに見入ってしまいました。
「あなたなら直せます。急いでください。朝が夜に追いつく前に」
「なんだって? 」
マントの人はテキパキとした口調で説明しました。
「私は時守り、時間の流れの管理人です。この時計は時間の流れを司っています。この時計が動かなくなったので時間が止まってしまったのです」
「夜がやけに静かだったのはそのせいか」
「急いでください。朝が夜に追いついてしまう。天体のバランスが崩れてしまいます」
おじさんは時計をじっと見つめたあと、そっと手に取り自分の作業机に置きました。
「まあ、やってみますか…」
修理用のメガネをかけて修理を始めます。まずはどこが悪いのかを調べます。ドームを外し、歯車の動きをひとつひとつ見ていきます。
「なるほど。太陽のゼンマイに月の振り子か」
時計は違っても基本的な仕組みは同じです。今まで何百といういろんな時計を直してきたおじさんです。調べていくうちにどんな仕組みかわかってきました。
「それにしても、なんとも美しい部品ばかりだ」
部品のひとつひとつが、滑らかに磨き上げられた素晴らしいものばかりでした。おじさんは感心しながら作業を進めていきます。
「どんな様子ですか?」
マントの人が尋ねました。
「まあ待ちなさい…」
おじさんは、じっくりゆっくり時計を調べていきます。
「この歯車は…」
小さな歯車の回り方が少しおかしいようです。
「その歯車が示す天体は二重星。重なり合ったふたつの星が、互いの重さで引っ張り合いながら回っています」
マントの人が言いました。
なるほど、後ろにもうひとつ歯車があります。双子のようにそっくりです。
「ここが重いな」
おじさんは歯車をふたつ取りだし、よく洗って磨きをかけ、軸に油をさして元通りに組み直しました。ほかの歯車や部品も元通りに組みなおしました。
ゼンマイを巻き上げ振り子を静かに揺らすと…。歯車が滑らかに動きだし時計が時を刻みはじめました。
コチコチコチ…。チッチッチ…。
作業場に時計たちの音が響きはじめました。時が流れだしたのです。窓の外では風や木のざわめきが聞こえます。
「お見事です。ありがとうございます」
マントの人の言葉に、おじさんはふーっとため息をつきました。
「双子の歯車のバランスが狂っていたようだ。オーバーホールしたほうがいいかもしれん」
おじさんが言うと、マントの人は考えこむような様子を見せました。
「そうですか。実はこの時計には専門の時計技師がいるのですが、行方知れずになってしまったのです。今回こちらにお願いに来たのはそのためです」
「そうだったのか。私には、この複雑な時計をオーバーホールする自信は、ちょっとないなあ。今回、無事に修理できたのは本当に運が良かったよ」
マントの人は、時を刻みはじめた時計を箱にしまいました。
「でもなぜ、私だけ時間が止まらなかったんだ? 作業場の時計もみんな止まっていたのに」
おじさんが尋ねると、マントの人も首をかしげました。
「私にもわかりません。時守りに伝わる〝時守りの書〝という本があります。それをよく読めばわかるかもしれません」
マントの人は時計の入った箱を持ち、戸口へと向かいました。
「本当にありがとうございました。お礼はまた改めてさせていただきます。今日は急ぐのでこれにて失礼いたします」
「いいよ、礼なんて。素晴らしい時計を見せてもらっただけで十分だ」
握手を交わすと、マントの人は戸口からすっと外へ出ていきました。
「やれやれ」
おじさんは椅子にどっと腰をおろしました。
「お茶が冷めてしまったな」
湯飲みを手にとると、まだ十分温もりがありました。
「そうか。時が止まっていたんだっけな」
そこにはいつもどおりの作業場がありました。たくさんの時計の音がひしめきあっています。
執筆の狙い
フクロウの時計屋の絵本を読んでいて思いついた物語です。童話として楽しめる話を書きたく思いました。