作家でごはん!鍛練場
しば

執筆日記

「文章を書く」という行為は、読み手に伝えることを念頭において実践してみると、なかなか難しいものである。
「わかりやすい文章」が必要な内容を端的にまとめたものであることに疑いの余地はないが、その必要な内容の取捨選択が容易ではない。文章を短くしようとしているうちに大事なところを削ってしまって、補修しようと書き直しているうちにまた文章が長くなってしまうのだ。
「文章を書く」技術を習得するには大いなる努力が必要であるということは言うまでもないが、なかでもとりわけ難易度が高いのは、やはり「小説を書く」ということだろう。
頭の中で構想をこねくり回している間は傑作なのに、実際にそれを活字として出力してしまえば、ありきたりでなんの面白みもない駄文に変わり果ててしまうのだ。
私が小説を書き始めてから、四季がぐるりと一周するばかりの期間が過ぎたものの、私の執筆の技術はなかなか上達しないものである。
そのため、文章を書く練習と小説について考える機会を兼ねて、私は今日から日記をつけようと思う。
この日記帳が終わる頃には、綾織のように鮮やかな文章を書けるようになっていると信じたいものである。
とりあえず今日はこのぐらいにしておこう。

          ○

「文章を書く」ことは、誰にでも出来ることである。
さらに言えば「小説を書く」という行為も、赤子の手をひねるのと同じぐらい簡単だ。
文法に語彙、言葉遣いや脈絡さえ気にせず、好き勝手に文字を並べたものであろうと、書き手が文章や小説だと言い張れば、それは表現になってしまう。そんなものなのだ。
そのため、本当に難しいのはただ「書く」ことではなく、「わかりやすい文章」「評価される小説」を「書く」ということだろう。
さて、「わかりやすい文章」については、この日記を通じて少しずつ克服するとして、「評価される小説」という課題にはいったいどうやって取り組んでいったらいいものだろうか。
評価されることの基準として、なにかしらの賞を勝ち取ることが非常にわかりやすいのだが、それは私の現在地から見れば果てしなく遠いゴールである。ロールプレイングゲームに中ボスがいるように、執筆にも中間目標が欲しいものだ。
こんな話を聞いたことがある。
テレビで見たのか、インターネットの記事で読んだのか、はたまた文庫本の解説の部分に書いてあったのか。情報元は今ひとつ覚えていないが、小説家になるには「実際の自分と異なる人物を緻密に描く」という力が必須になるそうだ。
ひとまずの目標として、私ではない「私」になるよう努力したい。

          ○

先々々週のことである。
私は友人の長田の家に遊びに行った。長田は片付けが苦手な代わりにボウリングを得意とし、チー鱈とほうじ茶をこよなく愛する陸上部員である。
その日、相変わらずキタナラシイ長田の部屋で、私たちは絵を描いた。一人が決めたお題の絵を描いて、残りの人がそのお題を当てるというゲームを繰り返し行った。制限時間は十五秒である。
想像力が乏しく、画力にも自信がない私は、ゾウや洋梨を描いては「簡単すぎる!」と長田に文句を言われたものであった。そしてその長田はと言うと、文句を垂れるだけあって、バッハの肖像画や清水寺を、短い時間にも関わらず特徴を捉えて紙に浮かび上がらせていた。
私たちはあえて言うほど絵が好きなわけではない。ようは暇だったのである。順番にお題を答えては、お茶請けに出されたチー鱈とポテトチップスをパクパク食べた。
……きっとこうではないのだろう。
「実際の自分と異なる人物を緻密に描く」とは、要するに「存在しない人物を存在しているように描く」ということだと思われるが、実在する私や長田のことをちまちま書いたところで、その目標は達成されないのである。おまけに、書きあがった駄文は、自分で読み返してみて欠伸が出るほど他愛もない。
なかなかクリア出来ない人物描写の課題についてはひとまず棚に上げておいて、私には一つやってみたいことがある。
それは物書きを志す者なら誰もが一度は憧れる「叙述トリック」である。
これを実践するための策を昼夜問わずねちねち練っているため、私の狭い部屋は、着ない服やスナック菓子の空袋で、長田の部屋と大差ないほど散らかってしまっている。
今はまだ何も具体的なプランを思いついてはいないが、いつかこの日記の中で、あっと驚くような叙述トリックを披露してみせよう。

          ○

一つ訂正をさせて欲しい。
前回の日記の冒頭に「先々々週」と書いてあるが、これは非常にわかりづらい表記である。読み方も不明だし。
こんな不親切な表記をするぐらいなら、最初から素直に「三週間前」と書くべきであった。
さて、私は友人である長田に、かつて一度だけ「なぜ君は走るのが好きなんだ?」と尋ねたことがある。というのも、陸上部に所属する長田は、「百メートルの直線をいかに速く走るか」という題目に全ての青春を捧げる根っからの体育会系なのだ。
「別に好きではないよ。緊急事態に陥った時に素早く逃げるには、日頃から動ける体を作っておかないといけないから、そのための訓練として走っているん」
機能性を重視したせいか、肌の露出がやたら多いユニフォームを着た長田は、私の問いにニンマリと笑みを浮かべながら答えた。
驚いたことに、長田が来る日も来る日もグラウンドを駆け回っていたのは、走ることが好きだからではなくて、高すぎる防犯・防災意識によるものだったのだ。
もちろんそれが冗談である可能性もあるが、一つだけ確かなことは、長田が言った走る理由が事実だろうとそうでなかろうと、長田は妙な奴だということである。
陸上部の変人、長田のことはいったん忘れて、今回は叙述トリックについて考えたいと思う。
叙述トリックとは、書き手が読み手の思い込みを利用し、一部の描写を曖昧にすることで、ミスリードを誘うトリックのことだ。与えられていた情報から想像していた物語が、タネ明かしで一瞬にしてひっくり返る驚きが妙味である。
しかし、そんな叙述トリックには一つだけ重大な難点がある。
それは、叙述トリックというものは、作品を身構えて読めば仕掛けを見抜くことがそれほど難しくないということだ。作品に叙述トリックが仕掛けられていることをあらかじめ知っていれば、なおさらである。
つまり、叙述トリックの作品は「叙述トリックである」という事実そのものが、最大のネタバレとなってしまうのだ。
そのため、前回の日記の末文のような愚かな宣言は控えるべきであったと言わざるを得ない。

          ○

人は失敗から学ぶ生き物である。
一流人間であろうと、ミスをまったくしないなんてことはない。エラーをしないプロ野球選手がいないのと同じだ。ようするに、重要なのは「失敗をしない」ということではなく「失敗から何を学ぶか」ということであろう。
叙述トリックにおいて最悪のタブーを犯してしまった私ではあるが、これから何とか奇抜なアイディアを生み出し、どうにか巻き返しを図りたいものである。
とはいえ、今のところ案がまったく浮かんで来ないので、やはり長田のことでも書こうかと思う。今日の日記は長田の観察日記である。
いつも眠たそうな顔をして、ぐうたらな長田であるが、スポーツウェアを身に纏い、大好きな陸上部の練習をするときは人が変わったように熱中すると言われている。
しかし私が思うに、長田は熱意を持って走っているのではなく、現実逃避の手段に「走る」という行為を選んでいるのである。
やりたくないことに囲まれた時に、長田はランニングシューズを履き、鍛え上げた俊足を生かして現実から逃げるのだ。
部屋のゴミが溜まったとき、提出期限が迫った課題に手をつけていなかったとき、長田はさも練習熱心な顔をして走る。特にテスト前なんかは、たとえ悪天候だろうと毎日ランニングに出かける。
あめにもまけず、かぜにもまけず、学年の平均点に負けるのが長田なのだ。
長田の観察記録は今後も継続的につけていくとして、叙述トリックについて調べたことをメモしておこうと思う。
叙述トリックには「登場人物」「時間」「場所」「心理」などを誤認させることが、大まかなパターンとしてあるらしいが、その中でも「登場人物」を誤認させるものが最も多いそうだ。
例えば、一人の人物を複数人に見せかけたり、性別や年齢を勘違いさせたりするものだ。
叙述トリックの書き方は依然として閃かないが、叙述トリックの見分け方は少しだけわかった気がする。
おそらく、登場人物の性別や年齢、フルネームが具体的に書かれておらず、どこかぼかしたような書き方がされているなら、叙述トリックである可能性を疑うべきなのだろう。

          ○

それではまず長田の観察日記から。
愛すべき変人である長田は、どんなことでも器用にこなす。陸上競技で良い成績を収めることを筆頭に、ボウリングでは私の倍のスコアを出して、絵を描かせれば「写真のよう」とまでは言わないが、対象の特徴をものの見事に捉えてみせる。
どれもこれまでに挙げたような例だが、とにかく長田は大抵のことをそつなくこなしてみせる。私が小説を書いていることを長田は知らないが、それは長田が私をきっかけに「小説を書きたい」などと言い出したら、瞬く間に「評価される小説」を書いてしまう気がして、秘密にしているのだ。
我ながら、矮小な思考である。
なにはともあれ、長田とは多くの才能を持った人物なのだ。
しかし、多くの人が難しいと思うことはしれっとやってのけるくせに、その気になれば誰にでも出来ることが、長田には出来ない。
まるで神様が規則正しさを与え損ねた代わりに、色んな意味での器用さを付与したみたいである。
これでは観察日記というよりも、ただ「長田」という人物を紹介しただけである。もう少し観察に近いことを書くなら、昼間、使いかけの消しゴムが真っ白になるまで、何も書かれていない机を無心に消し続ける長田を見た。
おそらくその行為は、勉強をしたくない長田が、走りにいけるタイミングではなかったため、走ることの代わりに編み出した現実逃避法だったと思われる。
長田の観察記録おわり。
さて、「この日記で叙述トリックにチャレンジしたい」と言ったが、私はふと気がついてしまった。
前も言ったが、叙述トリックとは、書き手が読み手の思い込みを利用し、一部の描写を曖昧にすることで、ミスリードを誘うトリックのことだ。
つまり、読み手に思い違いをさせるためには、冒頭から継続して情報を制限しなければならない。日記の途中でトリックのタネが思いついたとしても、それを仕掛けるタイミングはとっくに過ぎているのである。

          ○

先々々週(三週間前)のことである。
私は友人の長田の家に遊びに行った。以前も似たようなことを書いたが、実はその日は長田の家に一泊させてもらったのである。退屈しのぎのお絵かき選手権の後は、民間放送のニュースを見ながら政治について熱く語り、日が暮れる頃にはスーパーへ赴き、夕食に使う食材を買い込んだ。
そこで「カレーライスには付け合わせとして味噌汁が必須である」と目くじらを立てる長田と「絶対に必要ない」と断言する私が言い争ったことは、今となれば良き思い出である。ちなみに味噌汁は作った。具はネギとワカメと豆腐で、私は文句を言いながらも結局食べた。味噌汁自体は美味かったが、カレーライスの付け合わせには必要ないという意見は今も変わらない。
夜になると、私たちは観るとはなしにつけたテレビのバラエティ番組を眺めながら、人生ゲームを通じて人生の粋も甘いも体感し、時計の短針が「十二」を通り過ぎる前には、敷布団に身体を埋めて寝た。ふがふがと鼾をかく長田に煩さは、うすい毛布をすっぽり頭まで被りたくなるほどであった。
翌朝、私が文句を言っても長田は少しも悪びれることなく、ケタケタ笑いながら寝間着を脱いで、昼に装いに着替えた。
眠たそうに目をこすった後、長田は花柄のスカートに足を通し「制服以外でスカート履くの久しぶりかも」と嬉しそうに言った。私たちが通う中学校で指定されているのは、ゴワゴワした生地で地味な濃紺のものだから、華やかな自前のスカートに、彼女が胸を躍らせていることがよくわかる。
年がら年中走ってばかりの変人だが、こういうところはやはり年相応の女の子なのだ。

さて、私の仕掛けた叙述トリックはいかがだったろうか?
私が前回書いた日記を読み返しているうちに、ピンと閃いたのだ。文章の練習のために、あえて偏屈な文体を貫いていたが、これは女子中学生の私を、小汚い男子大学生のような人物像に錯覚させられるものである。「彼女」という表記がなく、年齢についても一切説明がなかった長田も同様である。
初挑戦の叙述トリックであったが、少しだけコツが掴めた気がする。それだけでもこの日記には大きな意味があったと言えるだろう。
今回習得した技術を、ぜひこれからも生かしていきたい。

          ○

「いかがだったろうか?」などと尋ねられても、長田のことを知っている私がそのトリックに引っかかるわけがないだろう。退屈しのぎのお絵かきも、「カレーに味噌汁は必要か」という議論も、全て三人でやったのだから。
そもそも、君がこの交換日記をやりたいと言い出してから毎日交互に日記を書いてきたが、今回の仕掛けの肝となった「偏屈な文体」は、「実際の自分と異なる人物を緻密に描く」という目標を達成するために、私がやろうと言い出したことではないか。さも自分が発案をしたかのような言い方は遠慮願いたい。
タネとオチを知っていたから、君の叙述トリックの良し悪しは私にはわからないが、いずれにせよ、仕掛けた後にタネの解説をすることはやめた方がいいだろう。
無粋な解説が必要になるような叙述トリックなら、最初からやらない方が良いというものだ。

          ○

キミは本当に否定的な人間だ。
人がせっかく喜んでいるのだから、社交辞令で一言ぐらい褒めてくれてもいいだろう。
タネの解説だって、別に答え合わせのために書いたわけではない。私自身の感覚では上出来だったから、自慢がしたかっただけだ。
キミがそこまで言うのなら、いくら前向きな私と言え、叙述トリックに挑み続ける向上心をぐにゃぐにゃに捻じ曲げてしまいそうである。
そもそも、性格が素直で人を騙すことが出来ない私には、ミスリードで読み手を惑わす叙述トリックなど向いていないのである。
「叙述トリックを披露する」と宣言してしまったから、一応仕掛けてはみたけれど、キミを驚かせるような叙述トリックなんて、一生思いつかない気がする。

執筆日記

執筆の狙い

作者 しば
49.98.8.123

小説家志望の「私」の日記です。
感想をいただけたら幸いです。

コメント

49.98.54.205

ネタバレ御免です。
よろしくお願い致しますm(_ _)m


この作品を拝読した「私」の感想。

私は持てない男である。持てないというのは普通モテないと書くらしいのですが。自己紹介はこの辺にしておきましょう。

叙述トリック。なかなか興味深い題材です。言葉巧みに読者を混乱の渦に誘い込むというところでしょうか。

今日、私は変わった女性Cさんからお弁当を頂きました。なかなか古風なCさんの趣味はお世話を焼くことで、私は時々そのお世話になっております。

お弁当を開けると、そこには、真っ白い御飯と『Bさん頑張って!!』の文字がふりかけで書かれております。なんとも言えない気持ちになる私であります。お心遣いが骨身に沁みます。

そう、Cさんの趣味は持てない男性を勇気づけることなのです。え、持ててると思ったって? それにしても、Cさんは正真正銘の女性であり、その事実がますます骨身にしみるのであります。

しば
121.119.145.239

B様
コメントありがとうございます。

ネタバレになったらごめんなさい。
看護の話という解釈で合ってますか?

49.98.49.73

ご返信ありがとうございます。

うーん、そうではなかったのです。
スベリましたか。
無茶なボケ失礼いたしました。

楽しかったです。
ありがとうございました。

藤光
106.133.167.52

読ませていただきました。

叙述トリック――魅力的ですよね。
「えっ、そうだったの」と書き手によっては騙す快感、読み手にとっても騙される快感があるように思います。

御作、とても上手に書かれていると思います。ただ、書きぶりが書きぶりなだけに、「えっ、そうだったの」ではなくて「あー、やっぱりね」と弱くなるところが残念だったかな。もっときれいに騙されたかったです。

あと、交換日記だったのですか?
そこらへんが込み入っていって、うまく読み取れませんでした。文書自体は素直で読みやすいので、複雑にする必要はなかったのでは――と思いました。

ありがとうございました。

しば
49.98.163.91

藤光様

コメントありがとうございます。

・性別と年齢
彼らが日記上でやった叙述トリック
・交換日記
作者である私が作った叙述トリック

という風に分けたつもりでしたが、込み入ったような印象を受けさせてしまったなら、改善しなければなりませんね。

ありがとうございました。

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