つーつくつ(冒頭)
act.1
ヤンデール王国の首都、ヤンデール。この街に来るのは二度目だ。
前に来た時と同じで、人々と市場でごった返している。
なんでも、人口は二十五万人ぐらいらしい。俺の出身地のアホン村は五十人ってところだったから、その五万倍か。
いったいどれぐらいの人数なのか想像もつかないが、歩く度に人にぶつかりそうになるから、それぐらいいらっしゃるんだろう。
市場にはそれぞれ違う明るい色のテント屋根が張ってあって、見ているだけで楽しくなる。でも、俺のような静かな村出身の者にはいささか明るすぎるかもしれない。
目的の薬店で買い物をすませて、帰り道を急いでいると、街の外れ辺りで騒ぎが目に入った。
声を聞いてみると、ケンカらしい。近寄ると、まばらな人々の真ん中で二人のオヤジがにらみ合っていた。
act.2
オヤジの一人はゴロツキ風、もう一人はムキムキ男。二人ともにらみ合っていて動かない。
「やっちまえ!」
野次馬の一人がそう叫んで、二人は殴りかかり合った。
俺はとっさに買った薬の袋を後ろに捨てて、呪文を唱えた。オヤジ達の頭の上に巨大な青い鳥が現れて、「つーつくつ」と鳴いた。
その間抜けな声と、見上げたオヤジ達の目に入った馬鹿馬鹿しい姿に、オヤジ達は唖然となった。
ぱちぱちぱち……。
後ろから拍手の音が聞こえた。
「いやー、面白いものを見せてもらったよ。君は魔術士か?」
振り返ると、全身赤の女。赤い長い三つ編みに赤いワンピース。肌は小麦色だ。
「いいね。さっきの技、何?」
猫の様な目をイキイキさせて、俺を見た。
「名前はない」
「ふうん。じゃあ、君の名前は?」
「……アルトン」
「気に入った! アルトン、近衛隊長に会わせてやるよ。君を雇われるかもしれない」
act.3
石造りの一室。たくさんの兵士に囲まれている。その中央の前に座っている金髪の女性が冷たい目で俺を見た。隣に赤い女、ヤミルエというらしい、がご機嫌で立っている。
「……で、この男をどうしろと?」
「だからですね。雇っちゃったらどうかなーって」
「特技は魔術。私達は近衛兵なのだかな。魔術に長けた者も必要だが」
「さっきの術、もう一回やってみろよ」
「それはもういい! 頭痛がする」
「でもー……」
俺の存在を無視して俺に関する話題が繰り広げられている。なんとも言えず、苦虫を噛み潰したような気持ちでやりとりを見ていた。
そこにさらに女の声が加わった。
「でもでも、リンダ様、私達にも潤いが必要ですわ」
「潤い!?」
「あっと」
声の主は小柄な、肩より少し下までのピンクのウェーブ髪の女性である。皆、鎧を身に着けている。
リンダ様と呼ばれた近衛隊長は不機嫌そうでいて、どこか楽しそうな表情で首を振った。
「ダメだ」
「「えー」」
二人の声が揃った。
「つーつくつ」
俺はとっさに呪文を唱えた。
「つーつくつ」
すぐに間抜けな声と間抜けな姿の青い鳥が近衛隊長の目の前に現れた。
「つーつくつ」
青い鳥はもう一回鳴いた。
近衛隊長は一瞬、目を見開いて、それからため息を吐いた。
「ふっ、まあ、いいだろう……我が隊に迎え入れよう。アルトン」
そう笑うと、俺に片手を差し出してくれた。
この人でも笑うことがあるんだな。
そうして、俺は近衛隊の一員となった。これで当分食いっぱぐれは無しだな。
act.4
案内された小さな部屋はホコリまみれだった。四角い石をつんだ壁と、薄い木の板でできた棚は一段が俺の手の大きさくらいの高さだ。棚は奥と左右の壁に作られていて、すべての壁に四段ずつある。つまり、天井もかなり低い。俺の身長で少しかがまなければいけないくらいだ。
両手を伸ばせば棚にぶつかってしまいそうな石の部屋で、薬品の整理をするように言われた。そう言ったのはメーベという近衛兵で近衛隊の同室だ。ちなみに、俺の入っている部屋は四人部屋で同室はそのメーべとタグ、パッチという男達だ。
メーべは黒い髪が肩より下まである暗そうな男なのだが話してみるとなかなか面白いやつだ。同室のタグは、あいつは怪しいから気をつけろ、なんて言っていたが、どう怪しいのだろうか?
「アルトン君、君は魔術士だろう? 奥の部屋に使われていない薬品たちが眠る倉庫がある。それを片付けてくれないか?」
「いいですけど……」
「もしも、君が気に入る薬品があったら持って行ってくれていいよ。ただ、面白いものがあるかなあ?」
「え、本当ですか? それじゃあ、やっちゃおうかなあ」
「本当かい? 頼むよ」
なんて言われて来たんだが、なんなんだよこの部屋は……。狭いし、ホコリっぽいし、ろくな薬品がないぞ……。
棚を左の一番下から見ているんだけれど、虫下し、解熱剤、消毒液、などなど。確かに近衛隊には必要な薬品ばっかりなんだろうけれど、俺の欲しい感じの物は無いなあ。
それにしても、メーべの意味深長な口調は何だったんだ? まるで、すごいお宝があるみたいな口ぶりだったけれど。
ううん。右の下から二段目も見終わろうとした時、木でできた扉が向こう側に開いた。助かった、こちら開きならぶつかるところだった。入ってきたのは……リンダ近衛隊長だった。
近衛隊長は金の真っ直ぐな長い髪を少しだけ揺らして棚をぐるーっと見た。それから俺を見た。
なんか、顔が赤いような……?
「なにをやっているんだ、君が?」
「ええと、薬品の整理です」
「ここは……私の場所なんだがな……」
「そ、そうなんですか! 僕は薬品を整理するように言われて。で、隊長の場所って?」
「場所と言ったら場所なんだ! 早く出ていけ!!」
「ええと……」
隊長はずいっと顔を俺の目の前につきだした。
うわっ、酒くせえ!!
「とにかく、出てってもらわなければ困る! そうしないと、退隊させるぞ」
「そう言われましても……」
「しろと言ったら、しろっ」
俺は迫力におされて後ろの棚に手を置いた。棚の上の薬品がガラス製の音を立てた。
ガチャン!!
そのうちの一つが石の床に落ちて割れた。中に入っていたピンク色の薬品が小さな溜まりをつくった。液体は石と石の隙間を流れて隊長の足元までいった。
なんだかほんわりする甘い香りがする。
「すみませんっ」
慌てて薬品瓶のかけらを拾い、ラベルを読む。そこに書いていたのは、惚れ薬。
恐る恐る隊長の顔を見ると、さっきまでとは違って上気している。いや、さっきまでも酔っ払っていらっしゃったのだから上気していたというべきなのだろうけれど、どちらかというと青ざめていたような……。
「あの……」
「アルトン……君は意外とハンサムだな……今まで気が付かなかった」
「意外とってどういう意味ですか……じゃなくって、しっかりして下さい、隊長!」
act.5
隊長にムチャクチャされた後、一人取り残された狭い石の部屋を出た。
幅の狭い廊下には誰もいない。真っ直ぐに中央まで戻る途中、角から誰かが現れた。ピンクのウェーブ髪。この方は。
「あら、あなた、ええと、アルトンよね……」
「ああ、パミイ様。こんばんは」
「どうしたの、こんなところで?」
「えっと、ちょっと用事で……」
「あ、そう」
「パミイ様こそどうされたんですか」
「ええと、それは……ここって、リンダ様ぐらいしか来られないのよね。それが人の気配がするから誰かなあって……」
「なんでまた?」
「ドキッ!!」
「ドキッ!? って何ですか?」
「あなた、なんだか不機嫌じゃない?」
「そうですか……僕はいつでもこんな感じですけれど……」
そう言って、さっきまでの最低な事件を思い出した。
惚れ薬をかいだ隊長はいきなり鎧を脱いだ、俺に抱きつくのか、と思ったら俺のローブを脱がせはじめた……。それはまだいい、惚れ薬のせいだと考えればわかる気もする。
ところが、その後、隊長は俺の顔をなめはじめた。ペロペロというよりベロベロと……。どうにかなりながら懸命にたえていると、口……では無く鼻にガブリと噛みつかれた!
そして、酒くささを残したままご機嫌で去って行かれた。
「あなた、鼻が赤くない? もしかして、風邪?」
パミイ様が俺の顔に顔を少しだけ近付けた。さっきの事を思い出して、一歩下がりそうになった。
「うおっ、酒くせえ!!」
「ええ!」
「あなたもリンダ様のお仲間だったとはね……これは黙っといてあげるわ……」
「ちょっとっ」
「では、アデュー♪」
「誤解だってば!!」
俺の声が、狭い廊下、パミイ様の背中にむなしく響いたのであった。
壁の松明の炎がいっせいに揺れた気がしたのは気のせいか……?
執筆の狙い
前回の投稿で頂いたご感想をもとに感想欄で書いたものを再投稿します。
改変、追加等はありません。
失礼致しますが、よろしくお願い致します!