作家でごはん!鍛練場
香川

『「日陰者」たちのメーデー』 『重なる鼓動で暖をとる①』

『「日陰者」たちのメーデー』
 
 私の夫には性欲がない。
 たまに、そんな風に思う時がある。
 
 夫の颯斗は大手学習塾に務めて七年目で、今年から教室長と地域責任者を兼任するようになった。そのためいつも仕事に忙しい。毎日、午前九時頃に家を出て、帰ってくるのは日付けが変わってから。学校のテスト対策や中学校三年生の入試対策のため、日曜返上で働き詰めの期間もある。たまの休みも、やれ配布するプリントだ、やれ説明会の資料だ、チラシのデザインだ、と言って仕事用のノートパソコンを持ち帰ってくる。尤も、家で仕事をするのは彼のポリシーに反すると言い、休日にはどこか外でコーヒーを飲みながらパソコンのキーボードをカタカタ叩いているらしい。そんな風だから、休みに二人で出かけるなんてことは記念日以外にはありえないし、私が言わなければ、その日だって忘れている。
 けれど、そのくらいなら我慢できる。仕事だからと思えば、仕方がないと思える。私が気に食わないのは、近頃、颯斗が私に触れようという素振りすら見せなくなっていたことだ。そのせいで私の心へピシリと一本入っていたヒビは、ある日クモの巣状に広がることになった。
 
 その日は日曜日で、午前中のテスト対策のみの出勤だった。颯斗が帰宅したお昼頃には、家の台所では彼の好物の春巻きがきつね色に揚がっていた。食べやすいよう斜めに入れた切れ目から、豚肉の甘い香りのする湯気が立ち上っている。
「うわ、すっげぇいい匂いじゃん」
 ドアを開けるなり、彼はただいまの代わりにそう言って、一直線に台所へやってきた。そして春巻きへ包丁を入れる私の横からひょっこり顔を出し、半分のそれをつまんで素早く口に入れる。あっつ、と言い、はふはふと熱気を外へ追い出しながら咀嚼する。彼の様子を私は黙ってうかがっていた。しばらくすると、彼は、うまい、と言って無言の私の背中へポンポンと手のひらを当てた。
 それが合図になった。私は包丁を置くと、くるりと体の向きを変え、彼の腰へ腕を回してぎゅっとした。硬い胴に押し付けられて、胸がつぶれる。形のいい、ちょうどお椀サイズくらいの綺麗な乳房。自分で言うのもなんだが、私はかなりいいおっぱいをしているのだ。昔は颯斗も、私の胸を触って「綺麗」「好き」と言ってくれた。当時の颯斗の甘い声を脳に呼び起こし、私は胸をより強く押し当て、手を彼のお尻の辺りへもっていった。足と足の隙間に差し入れると――
「やめろよ」
 過去の柔らかい感覚にうっとり浸っていた私の頭へ、石みたいに硬い言葉が飛んできた。官能の気配が、サッと消える。私だけが感じていただろう気配が。
「気分じゃないし、まず飯だろ。春巻き、早く食わせてよ」
 彼はそう言って食器棚から皿を出し始めた。私は――今の自分は春巻きにすら劣るのだという敗北感で、ちょっとの間、体が動かなくなってしまった。
 
 電話があったのは心にクモの巣みたいな亀裂が入ったあの出来事の翌日だった。声の主は囁くような頼りない声で、聞いて欲しいことがあるんだ、と言った。それで、最寄り駅の喫茶店で待ち合わせることになった。
 きっと美玖(みく)は車いすで来る。喫茶店で温かいカフェラテをを口に含み、私はそう思った。とりあえず今でも健康な両足には、全く必要のない機械に乗って。いとこの美玖は趣味として車いすに乗っているのだ。
 始まりは高校生の頃だった。美玖は低めた頼りない声で、言った。
 私、車いすになりたいんだ。
 あまりに突拍子もない、自分の日常とはかけ離れた発言に、私の頭はその意味をつかみ損ねた。車いすに? なりたい? 人間やめて、人を運ぶいすになりたいってこと? 盛大な勘違いを、美玖はすぐに正した。違うよ、なんて言うか……私、車いす生活に憧れてんの。
 話を聞けば、病院でたまたま目にした車いすに、ビビっと来たという。美玖には澪(れい)くんという年子のお兄さんがいるのだけれど、彼は病気で小さい頃から入退院を繰り返している。一度など、入院が長期になりすぎて、病院の最寄りの学校へ転校したくらいだ。美玖は彼の面会へ連れていかれて目にした車いすに、ひとめぼれしてしまったという。
 最初に見た小学生の頃からずっとね、心の底の方に、なんか、こう、車いすの像がひっついてるような、そんな感じだったの。その像が、どんどん、どんどん大きくなってって、いつの間にか車いすのこと考えないでいられなくなっちゃった。
 美玖の話を聞いた私は、何それヤバい、と思った。そして今回も、きっと同じか、それ以上にヤバいことを考えているに違いない。あの車いすの件の延長線には、大変な事件が待ち受けていたのだ。何を言い出しても、止めなくちゃ。
「ほのか」
 記憶の中、意識をゆらゆら泳がせていると、自分の名前が頭上から降ってきた。もっと低い位置から飛んでくるものと思っていたから、ちょっとびっくりしてしまう。仰ぎ見ると、綺麗に化粧した美玖の顔があった。鼻あたりに散るそばかすはメイクの下に隠され、頬にはピンク色がのせられている。血色の良いその表情に、ほっとした。美玖は精神状態が化粧によく表れる。午前中にもかかわらず、ファンデーションが肌から浮くくらい雑なメイクは、気持ちが荒んでいる証拠。でも今みたいに、肌のキメが整い、差し色で表情が豊かに見える時は、心の方にも余裕がある。車いすではなかったことも相まって、ほんの数秒、私は油断した。
「私ね、障害者専門のデリへルやろうと思ってんの」
 いすに腰を落ちつけるより早く、美玖の口から言葉がおどり出した。唐突に、はるか斜め上から、非日常的な単語が降ってきて、私は手に取ったカップを落っことしそうになった。
「は? え? 何?」
 やはり脳は意味をつかめなかった。全く見たことのないピースが出てきて、パズルのどこにもはまらない感じ。
「何言ってんの? デリヘルって、それ売春でしょ? しかも障害者専門?」
 明らかな動揺を私が見せても、美玖の目のらんらんとした輝きは褪せない。いすから身を乗り出して、語り始める。障害ある人ってね、満足にエッチできなくて大変らしいの。介護とかでもさ、あるらしいんだよね。いわゆる、性処理的なこと。だから、私――。
「だからって、おかしいでしょ」
 たまらず、私は声を上げた。
「相手が障害者だからって、売春が美化されるわけないじゃん。だいたい、普通は介護の人がやることなんでしょ。それ風俗でやるって、セックスできない人につけこんで高い金まきあげる、悪質な仕事なんじゃないの?」
 胸に突き上げた感情を口から吐き出すと、美玖の表情が意識に留まった。気持ちを抑えるようにきゅっと唇を結び、けれど私を凝視する目の奥では怒りのような不満のようなものが光っていた。しまった、と思った。
「私が車いすに乗るの、ほのかもみんなも気に入ってなかったよね。だから私、何とかしようって思ったんだよ。ずっと、そう思ってたんだよ。それでやっと、これってものを見つけた。自分が車いす生活になるんじゃなくて、車いす生活の人を支えようって、そう思ったら気持ちがすっと楽んなって、車いすにのりたいって、思わなくて済むようになったんだよ」
 言い切って、美玖はうつむいた。また唇を噛みしめて。私は大きく息をついて、頭を回転させた。今度はちゃんと選んだ言葉を舌の上にのせないと。
「他にも車いすの人を支える方法はあるんじゃない? ちゃんとした介護の資格取るとかさ。そしたら私は応援するし、みんなもそうだと思うよ。おじさんもおばさんも、きっと賛成してくれる」
 美玖が視線を上げた。私をつかまえたその目には、先程以上に激しい感情が燃えている。たぶん、また地雷踏んだ。
「賛成なんかしないよ。あの人たちは澪のことばっかだもん。今も、昔も。澪だって、いつまでもかわいそうぶって、いい子ぶって、本当にムカつく」
 美玖は、バンと打ち付けるようにして机へ両手をかけ、立ち上がった。それから、ほのかなら分かってくれると思ったのに、話すんじゃなかった、なんて捨て台詞を吐いて行ってしまった。いったい、なんの根拠があって私に分かると思ったのかは、全くの謎だった。
 でも、美玖の話を聞いて分かったことがある。あれは当て付けなのだ。澪くんや、彼のことばかり構っているように見えるおじさん、おばさんへの。だから、デリへルなんて一般的には受け入れ難いことをあえて選んだに違いない。
  澪くんは優しくて、控え目で、いつも周りのことを気にしていて、こう、映画やドラマで描かれる善良でいたいけな病気の少年そのものだった。少なくとも、私の目にはそう映っていた。何かあるとすぐに崩れてしまいそうな儚さがあるから、周りも放っておけない。本人が「ぼくより美玖を構ってあげて」と幾度となく言っても。美玖は昔から、そういうもの全部を恨んでいるような態度をとっていて、いつ頃からか澪くんを無視するようになった。おじさんやおばさんに咎められてしぶしぶ面会に行くことがあっても、ふくれっ面は絶対に崩さなかった。
 
 夜の十二時を過ぎた。かけっぱなしのテレビをぼんやりと眺めながら、私は美玖のあの話を考えていた。台所には颯斗の夕食ができ上がっている。この日はカレー一品だけ。いろんなことが思い浮かんできて、料理に手間をかけられなかったのだ。尤も、かけられたとしても、春巻きなんて二度と作るつもりないけれど。夫の好物だろうがなんだろうが、作らない。憎き恋敵の春巻き。
 美玖と澪くんとおじさんおばさん、車いす、デリへル……。そういった事柄から私の意識を引き剥がしたのは、急に聞こえた音だ。カションという解錠の響き、なだれ込んできた外の気配、それを遮断するパタンという音。続けて、ただいま、という声がした。
 颯斗はどんなに疲れていても、私に八つ当たりしたりしない。仕事帰りにはいつも体を重そうに引きずって歩くのに、休みの日でも教室から悪い知らせが来て電話越しに怒っていることも多いというのに、私へ顔を向けた瞬間、そういったいろいろなものは彼の表情から剥がれ落ちていく。私に対する時の颯斗は、ただただ、善良で、献身的で、そばにいると自分が酷く情けなくなる。何をしたわけでもないのに、自分勝手でわがままな人間だという後ろめたさを感じてしまうのだ。今だって、颯斗は疲れた顔へ一瞬の内に爽やかな笑顔を貼り付けてくるに違いない。
 颯斗の表情が変わる瞬間を見たくなくて、私はうつむいた。けれど、リビングへ彼の気配が入ってくると同時に、ふわっと何かが香ってきて、思わず顔を上げてしまう。視線の先には、いつもと何ら変わりない様子の夫がいた。今日カレー? マジ嬉しい、なんてことを言いながら、整った身なりを崩している。でも、ちょっと空気の流れを重くする甘ったるい香りは確かにあり、部屋の雰囲気を普段とは違った感触に変えていた。少し混乱した頭が見つけた答えは、トレンディドラマみたいに陳腐なものだった。
 浮気?
 私が抱いた疑念に気づく素振りなく、颯斗はハンガーにスーツをかけていた。
 
 テレビのリモコンを押す。プツンと画面が暗くなり、室内を満たしていたドラマの切ない気配もかき消えた。昼下がり、私はいつもドラマの再放送を見ているのだけれど、夫が外で浮気しているかもしれない時間に、のほほんとテレビをかけている自分がバカバカしく思えた。
 颯斗の浮気相手は、きっと職場の誰かだ。私はそう考えていた。よく思い返せば、あの甘ったるい匂いには覚えがある。以前、颯斗の忘れ物を届けに行った時だ。開け放してある入口をくぐると、まだほとんど人のいない職員スペースでカタカタとパソコンのキーボードを叩く颯斗の姿があった。私に気がつき、控え室に置いといて、と言ったので、私は左手の部屋へ入った。そして、二台の机を向かい合わせにして作ったテーブルへ、持ってきたファイルを置いた。全く意識していなかったけれど、その時の控え室の雰囲気は、颯斗一人の職員スペースのそれよりも、重く、甘かった。それ以外に思い出せるのは、颯斗の上着の隣りに真っ赤な女物のコートがかかっていたことだ。あのコートから香ってきた匂いだ。つまり、あのコートの持ち主が浮気相手に違いない。
 考えるうちに、ふつふつと腹の底が熱くなってきた。まだ二十代とは言え、アラサーの私には老いの気配が忍び寄ってきている。目尻には大きく笑うと以前はなかったようなシワができるし、ウエストのくびれは少しずつ目立たなくなってきている。きっと、今は綺麗な形を保っている胸も、気がついた時には垂れ下がっている。一方で、颯斗の職場で働く講師職の女の子たちは、そのほとんどが学生のアルバイトだ。女性が最も美しいだろう時を謳歌している彼女たちのうちの一人と、颯斗はコソコソいちゃついているのだ。私には触ろうともしないくせに。
 頭の中で、悲しい現実と残酷な想像を絡め合わせてぐるぐる考えていると、急に美玖の顔が浮かんだ。
『私ね、障害者専門のデリへルやろうと思ってんの』
 そう言った時の、ぱっと花が咲いたような顔。続けて頭に去来したのは、美玖が見ず知らずの男と折り重なっている姿だ。筋張った広い背中へ美玖の細い腕が伸びてきて、ぎゅっと抱きつく。爪が皮膚に食い込んで、華奢な足と逞しい足が絡み合い、甘い吐息混じりの二人の声が重なる。ああ、あ……あああ――。
 ピンポーンというインターフォンが鳴り、想像は私を手放した。現実に引き戻された数秒後、ひやりと空気の冷たさを感じる。恥ずかしさが突き上げた。自分の体が高揚していたことに気がついたから。
 
 あの時感じた恥じらいは、どういうわけか私の心に火をつけた。胸の中のすっかり忘れていた部分が、めらめら燃える炎に照らし出される。負けたくない。颯斗の浮気相手にも、美玖にも。颯斗のことだって、見返してやりたい。
 私の生活の中心は、アンチエイジングになった。スマートフォンを睨みつけ、いろんな美容ケアやダイエット法、メイク法を探しまくり、これと思うものを見つけると、すぐに実践した。シワやたるみを撃退する顔面マッサージとか、早朝ヨガとか。美容品はブランド名でなんとなく手に取るのではなく、含まれる成分を吟味して新調したし、メイクは頬や口角が上がって見えるよう、筆の入れ方を変えた。あまりお金はかけられないけれど、それでも自分を磨いているのだという感覚自体が心を華やかにした。ああ、私は女性なんだ、という当たり前のことが実感として甦ってきた。颯斗の態度によって、少しずつ、少しずつ、奪われてしまった感覚が。
 いったい、いつからだっただろう? 私が自信をなくしていったのは。何が始まりだったのだろう? 考えて思い当たるのは、ずっと前。まだみずみずしい若さを体にも心にも保った頃だ。自分が年を取っていくなんてことに、なんのリアリティも感じていなかった頃。
 
 颯斗と出会ったのは、大学一年生の時だ。基本的には同じ学年のみで受けるはずの必修科目のとある講義に、見慣れない男子生徒が混じっていた。特別、顔の造作が美しいわけではなかったけれど、高身長と、黒い短髪をかきあげた爽やかな風貌とが相まって、私の目には格好よく映っていた。いわゆる雰囲気イケメンというやつだ。
 その講義で、二人一組でレポートを作成することになった。たまたま隣りに座っていた私は彼と組み、それがきっかけで連絡先を交換した。聞けば彼は二年生で、一年の頃に遅刻ばかりして単位を落とし、また同じ講義を受ける羽目になったのだという。それを聞いた時、澪くんと同い年だな、と思った。初めて話した印象は優しくて、何でも受け止めてくれる包容力を感じた。彼の前だと気安く言葉が出てきて、私たちはすぐに親しくなった。レポートのために大学内で一緒に過ごす時間も増え、気づけばLINEで深夜まで語り合い、いつの間にか付き合っていた。
 初めてのセックスも、なんとなく始まった。
 その日、レポートの仕上げをしようと、家に呼ばれた。彼の下宿しているアパートに行くのは初めてではなかったけれど、なぜか部屋は前の時より整頓されていた。入った瞬間から、妙な緊張がそこにはあった。でも、私はそれに気がつかない振りをして、ペラペラとレポートのことを話していた。嫌だったわけではない。もう男性経験だってあったし、むしろ期待でお腹の底がムズムズするのを抑えて、彼が動き出すのを待っていた。
「あのさ」
 レポートがひと段落したのを見計らってか、彼が改まった口調で言った。続けて言葉の代わりに、そっと手を私の首元に当てる。温かい手のひらの温度が、首から肩へ這っていく。
 やだったら、言って。彼はじっと、私を見つめて口にする。私は小さく首を振った。彼は口の端を持ち上げて、それから私の服を脱がせ始めた。
 彼のセックスは奉仕的で、私の敏感なところを確かめるように手で触り、舌を這わせた。指先で繊細に触れられると、快感の糸に微弱な電気が走る。強過ぎず、心地よい範囲を越えない触り方。私は目を閉じて、その緩やかな快感の波に心を泳がせた。
 けれど、ふと気がついた。私だけが気持ち良くなっている。
 パッと身を引く。彼は瞳の輪郭が分かるくらい瞼を見開いたけれど、すぐにその驚きは悲しい陰りに変わった。
「ごめん、嫌だった?」
 私はブンブン首を振って、未だに彼の局部を隠し続ける下着を引き下げた。え? ちょっと待って、という彼の声が聞こえたけれど、私は構わなかった。彼のペニスは膨らんではいたけれど、まだ完全に勃ってはいない。私はそれを口に含んだ。けれど、
「いいよ! そんなことしなくて」
 そう言うと同時に、彼は両手で私の体を引き離した。
「気持ち悪いだろ? 無理しなくていいから。オレはほのかに気持ち良くなってもらいたいから。それが一番だから」
 聞いた途端、ボッと顔から火が吹いたかと思った。全身の血が変に動き出して、耳まで熱くなる。私のしたことは普通じゃなかったんだろうか。そう思った。でも同時に、胸が震えるほど感動してもいた。なんて優しい男なんだろう、と思った。自分の欲望だけで、相手の身体をむさぼったりしない。その様子がすごく善良に思えて、また私は澪くんのことを連想した。本気で颯斗に惚れたのは、この時だったと思う。
 だけど、今ではそういう颯斗の善良さが不安で仕方がない。彼に比べて自分が酷く劣った人間に思えるし、昔は私を気づかってくれているのだと感じていた彼の言動が、無関心ゆえにしか見えなくなった。私には彼が「気づかい」を忘れて夢中になるような魅力はないのだろう。そして、きっと浮気相手にはあるのだ。善良な彼が不道徳な行為を取るくらいなのだから。悔しくて悔しくて、仕方がなかった。
 
 大きな一口で、コロッケはザクリといい音をたてた。うま、と言った颯斗を見て、今回は当たりだったなと思う。あのお惣菜屋さんには、また行こう。
「でも、オレやっぱ、ほのかが作る春巻きが一番好きだな」
 颯斗は私を見た。最近作んないじゃん? 時間ある時でいいから作ってよ。うん、分かった。時間ある時、ね。そんな穏やかな会話とは裏腹に、私の心には、また一本の亀裂が入った。春巻きを作らないことは気になるのに、私の変化には一切気がつかないんだな。
 アンチエイジングに力を注いで、はや二週間。ヨガ効果で、くびれがちょっと復活してきたし、使用し始めた美容液のおかげか、肌のくすみが目立たなくなった。けれど颯斗は、そういう私の変化に全く頓着しない。腹が立つ。私が変わろうとすればするほど、彼の無関心さが際立って、かえってイライラがつのる。燻った思いで体中に充満した煙りを、外に吐き出したくなってきた。誰かに話してしまいたい。
 相談相手として、まっさきに思い浮かんだのは若村さんだ。颯斗の教室の事務さんで、大学生と高校生の息子さんがいるベテラン主婦。直接会ったことはないけれど、用事があって教室に電話すると、必ず出てくれる。彼女のざっくばらんな性格もあり、何度も話すうちに、いつの間にか随分気の置けない関係を築いていた。でも、会ったことは、ない。この距離感は、まさに絶妙だった。親しすぎると、こういう相談はしにくい。親身になってくれる人ほど、正論をかざして咎めてくるからだ。それに、若村さんなら颯斗の浮気相手のことも、多少は知っているかもしれない。
 
 若村さんに話してみよう。そう思い立った翌日、私は外でランチを食べていた。自分を美しく磨こうと躍起になっていると、その他のことがおろそかになってしまう。料理もなんとなく億劫で、外食が増えた。食べ終わってから電話するつもりだった。
 その時、思いがけない人に出くわした。
「ほのかちゃん?」
 懐かしい声がして顔を上げると、一人の男性がいた。服の上からでも分かる線の細い体、気取ったセットをせずに全部垂らした黒髪に、大きめの眼鏡。地味な格好だけれど、レンズ越しの目はどんぐりのように大きくて、いつも濡れて光っている。とてもとても、綺麗な目。私より一つ年上のはずなのに、未だに少年みたいな雰囲気をまとっているその人は、澪くんだ。
「ひさしぶり。一人なの?」
 彼に聞かれて、頷いた。じゃあ、ちょっと一緒にいいかな? と尋ねてくるので、もう一度首を縦に振る。彼はにっこり笑って、私の正面に座った。
「最近、美玖、大丈夫かなって、気になってて」
 彼はゆっくり、落ち着いた口調で切り出した。
「美玖って、明るくなったなって思うと、実はちょっとまずいことしてたりするからさ。最近、やけに調子良さそうで、父さんや母さんは喜んでるんだけど、本当に平気なのかなって。ほのかちゃん、何か聞いてない?」
 どきりとした。聞いているけれど、でもデリへルなんて単語を口に出すわけにいかない。澪くんの前では、特に。ううん、なんにも知らないよ、と言うと、澪くんはゆるりと眉間を解いた。けれど、その表情は力ない。そっか、なら良かった。そう言って、さらに言葉は続いた。
「美玖があんな風になっちゃったのは、オレのせいだから。でも、美玖はオレとは話してくれないし、オレの方からは話しちゃいけないし――」
「そんなことないよ」
 つい、彼を遮っていた。言葉通りの感情が突き上げたからだけれど、それとは別に、心のどこかで違和感を覚えてもいた。澪くんが「オレ」と口にする度に、ちぐはぐな印象を受けた。その一人称は、澪くんには合わない。私の好きだった澪くんは、そういう言葉は使わない。
「あの子が変なだけだよ。澪くんはちっとも悪くない」
「でも、車いすの時だって――」
「だから、美玖がおかしいんだよ。澪くんのせいじゃない」
 私は語気を強めた。
「澪くん、自分のせいなんて思っちゃだめだよ。悪いのは、いつだって美玖の方なんだから」
 そう言った時、ジッと胸に電気のような感覚が走った。一瞬のことだったけれど、確かに痛みを感じた。
 
 澪くんと別れてから、私は二人のことを考えていた。美玖と澪くん。美玖は昔から、澪くんのことを「病気でいい子ぶった嫌な奴」と意地悪く呼んでいた。私はそういう発言のひとつひとつが許せなくて、彼女を咎めた。そんな言い方、澪くんがかわいそうだよ、と言って。すると、美玖はきまって、かわいそうなのはいつも澪の方、とふてくされた。私は苛立った。私の目には、美玖が澪くんをいじめているように見えていたから。
 なのに、澪くんが美玖のことを語る言葉には、思いやりがぎゅっと詰まっていて、聞く度に胸を突かれた。あんまり彼が優しいから、美玖に対する不満は砂糖菓子みたいにほろほろ崩れてしまった。彼に会う度に、気持ちが優しい色に染まっていく気がした。
 澪くんと同じように、私の心を解してくれたのが、颯斗だ。外見は全然違うけれど、一緒にいる時に体中へ広がっていく安心感は、とてもよく似ていた。でも、何年も彼の隣りで過ごすうちに、心の陽だまりには陰が差し始めた。それは、急に現れて空を覆っていく暗雲のように、私の内を侵食した。善良な人のすぐ隣りにい続けるのは酷く苦しいのだと、はじめて分かった。

 いろんなことが心に浮かんで、電話するつもりだったと思い出した頃には夕方になっていた。慌てて教室にかける。けれど、用件を考えるのを、すっかり忘れていた。それで案の定出てくれた若村さんに、またあの人忘れ物したんですけど、と話すしかなかった。ああ、中学生の授業で使うものですよね? そうです。それなら、まだ間に合いますから、持ってきてあげてください。無計画に電話して、予想の斜め上に話が進む。仕方なく颯斗の荷物を漁って、中学生の授業で使いそうなものをひっぱり出した。そうして、九十九パーセント必要ないであろうそれを抱えて、教室まで持っていく羽目になった。本当に私はバカだ。
 
 最近は日が暮れるのが早い。外に出ると、もう真っ暗だった。今日はまだ暖かい方だと思ったのでコートまでは着てこなかったけれど、風が首筋を撫でると、ぞわりと鳥肌が立つ。颯斗の勤める教室までは、電車で三十分くらいだ。急がないと。
 
「あ、室長の奥さんですね」
 教室に着くと、入ってすぐのデスクに座る若い女の子が声をかけてきた。結局、授業前には間に合わなかったらしく、生徒たちは一人残らず教室に収まっている。私が、はい、と反射的に返すと、女の子はにっこり笑った。満面に笑みを広げても、その目尻には一つもシワができない。でも、あの匂いはしなかった。
「事務さん、もう帰っちゃったんですけど、聞いてますよ。私、室長に伝えとくんで、控え室に置いといたらいいと思います」
 彼女は愛想よく言って再び机に向かい、カリカリと何かを書き始めた。とりあえず、私は彼女の言葉通りに控え室へ入った。
 真っ先に目に飛び込んできたのは、あの真っ赤なコートだ。やはり、あの時と同じ甘ったるい匂いを漂わせている。いるんだ、今、ここに。そう思うと、お腹の辺りがざわついた。確かめよう。意を固めると同時に、みぞおちにぐっと力が入っていた。
 待っている時間は酷く長かった。慣れない場所で所在もなく、私は控え室の中の物をいろいろと手に取って、なんとなしに眺めていた。そのほとんどに、なぜか「若村」というラベルがあって、少しおかしくなる。自分の持ち物には、なんでも名前をつけてしまう人なんだなと思った。
 授業終了のチャイムが鳴り、ドアの向こうで気配がなだれのように動き出す。五分休憩。活気ある生徒たちの声が、近くから遠くから、聞こえてきた。少し緊張して居住まいを正すと、ガラ、と音を立てて引き戸が開いた。
「あれ? まだいたの?」
 キョトンとした颯斗が言った。
「つか、忘れ物って、何? オレ、別になんにも――」
「最後の授業終わるまで待ってるから、後で話せる?」
 私は颯斗の質問を無視して告げた。彼は再び目を見開いたけれど、驚きは下りてきた瞼の裏にすぐ消えた。うん、分かった。彼はそう残して、あっさりと出ていった。
 あと一時間ちょっとしたら、颯斗を問い詰めるのだ。そう思うと手が震えた。けれど不思議な高揚感もあり、気持ちがせかせか胸を右往左往する。落ち着かないまま、停滞したような時間をやり過ごすしかなかった。
 
 暇だった。でも、そわそわ動く心は、いろんなところを彷徨ううちに、ある思い出を見つけた。普段だったら、奥の方にしまっていて、気に留めることすらないであろう、過去のこと。私はしばらく、そこに心を泳がせることにした。
 高校生の頃、初めてのセックスをした。
 当時の彼氏である相手は、垂らした黒髪に眼鏡をかけた人で、柔らかい空気をまとっていた。最初に彼を目にした時、私の脳裏には澪くんの姿がよぎった。心が脈打った。
 でも、私の期待した優しさを、彼は持ち合わせていなかった。初めてのセックスで、彼は自分の欲望のまま私の体をむさぼった。痛いくらい胸をぎゅっと掴んで、敏感なところを執拗に触って、私が反射的に体を浮かせて逃げようとするとそれを押さえつけた。聞きもせず、自分のタイミングだけで挿入してきた。違う、と思った。こんなのは澪くんじゃない。澪くんはもっと自分以外の人を大事にする。
 それで、その彼氏とはすぐに別れた。男という生き物に、少し失望していた。澪くんのような善良な男は、他にいないのかもしれないと思った。だから、颯斗にフェラチオを止められて、ものすごく嬉しかった。
 でも、今、あの彼氏のことを思い出すと、その手の乱暴さが、自分本位なセックスが、まばゆく感じられる。あんな風に、欲望のままに抱いて欲しい。ちょっと乱暴なくらいに、して欲しい。私への気遣いなんて忘れて、夢中で体をむさぼって欲しい。そうすれば、私は女性という自信を持てるし、野蛮なところまで安心して落ちていける。私と同じくらい、ダメな人間の隣りにいたい。
 
 最後の授業が終わった。チャイムに少し遅れて、一気にドアの向こうが慌ただしくなる。さようなら、さようなら、といろんな声があいさつしている。ああ、この子たちがみんな帰ったら、もう「その時」がくるんだ。ぎゅっと拳を握る。少し、汗で滑った。
「話って、何?」
 生徒が捌け、講師たちのミーティングが終わると、颯斗に呼ばれて奥の部屋に場所を移した。そこで、彼は私の視線を避けるようにして、口を切った。
「もしかして、別れ話とか?」
 いきなり話が飛躍していて、面食らった。私にそれを言わせるつもりなのか。頭に血が上って、頬をひっぱたくくらいの気持ちで返した。
「なにそれ、自分が浮気しといて、私の方から別れさせようっての?」
「は?」
 颯斗の声に凄味がかかった。ビクッと肩が跳ね上がる。でも、怯んでいると思われたくなくて、私は目に全身の怒りをかき集めて彼を睨んだ。視線がぶつかる。彼の方も、カッと目を見開き、瞬きすら失って私を凝視していた。
「浮気してんのは、そっちだろ。急にダイエットしたり、いろんな化粧品買い込んだり。オレが気づかないとでも思ってたのかよ?」
 冷水を頭から被ったみたいに、はっとした。思いもよらない言葉だった。私のしていたことが、そんな風に見えるなんて。
 違うよ、私じゃないよ、浮気してんのは。自分の声が、ぽろぽろ口から零れていくのが分かった。だって、香水の匂い、させてたじゃん。あの赤いコートと同じ匂い。浮気相手の匂いをつけて帰ってきたじゃん。
 今度は颯斗が目を見張った。
「違う、あれは……」
 彼はそこで言い淀んだ。そして数秒、視線を床へ泳がせてから、打たれたように部屋を出ていく。急に心寒くなった。
 けれど、彼はすぐに戻ってきた。手に赤いコートを握りしめて。
「これ、若村さんの」 
 そう言って、コートを開いて裏側を見せる。見返し部分に「若村」と記されていた。胸に、心臓が破裂したかと思うほどの衝撃がきた。自分でギョロリと目を剥いているのが分かった。若村さんが相手だから、と言うよりも、颯斗の行動が、言葉が、彼の潔白を物語っていた。でも……じゃあ、なんであんな匂いしたのよ。女の人と同じ香水の匂いなんて、変じゃん。言い返すしかなくて、私は自分の耳にも頼りなく聞こえる声で、言葉を落とした。颯斗の鋭い声音で、すぐに否定されると分かっていたけれど。
「あれは、今度配布する教材、控え室に運んでたら、香水つけてる若村さんにぶつかっちゃったんだよ。そんだけ」
 涙が出そうだった。颯斗はやっぱり善良で、私は本当にバカで情けなくて――。それでいて、自分のバカさ加減を認めまいと、くだらない反論ばかりしてしまう。あんたがバカなんじゃん。香水つけて帰ってきて説明もしないとか、疑えって言ってるようなもんだよ。やましいことしてねぇのに疑われるなんて、思わねぇよ。開き直んないでよ。だいたい、なんで若村さん、コート置いてったのよ? 知らねぇよ。寒くなかったんじゃねぇの? 
「なあ、ほのか」
 言い合いが終わり、しばらく沈黙が続いた頃、颯斗が再び口を開いた。
「オレがなんで家で仕事しないか、分かる?」
 彼の言葉の真意が読めなくて、うかがうように、そっと、私は顔を持ち上げた。視線がかち合う。彼の目元は優しげに緩んでいた。
「オレはさ、ほのかと一緒にいる場所を、嫌な場所にしたくないんだよ。何か嫌なことがあっても、お前と一緒のとこは、そういうの全部忘れられるとこにしときたい。だから家では仕事しないんだよ」
「じゃあ、セックスは?」
 意識するより早く、言葉が飛び出していた。颯斗は一瞬キョトンとし、それからどこか痛んだかのように眉間を寄せた。
「エッチすんのも避けてんでしょ。それも嫌なことなの? 私としたくないの?」
 それは……と颯斗は言いかけたが、言葉が繋げなかったらしい。口を結んでうつむいた。ああ、やっぱり。悲しい悲しい、ささやかな勝利だった。けれど、
「オレ、疲れたり緊張してたりすると、ちゃんと勃たないんだよ」
 静かな部屋の僅かな気配にすらかき消されてしまいそうなくらい、小さな声だった。でも、私は頭をぶん殴られたくらいの衝撃を受けた。
 最初から、そうだったんだ。
 私に性的魅力がないとか、私の体より他人のそれを望んでいるとか、そういうことではないのだ。善良さゆえに私を大事にしなくてはと、性欲を抑えていたわけでもない。彼が善良なことに変わりはないかもしれないけれど、でもそれは私が思っていたような善良さではないのだ。そう思うと、やっと、さっきの言葉が心に届いてきた。
『オレはさ、ほのかと一緒にいる場所を、嫌な場所にしたくないんだよ』
 心を毛布で包まれたように、ほっとした。ああ、この人は本当に私を愛してくれてるんだ。愛してるから、大事にしてくれるんだ。善良だから大事にしなくちゃいけなかったんじゃなくて。初めて、それをちゃんと知った。
 私は未だにばつが悪そうに足元へ視線を貼り付けている颯斗の手を取った。ありがとう。ごめんね。そう言いたかったけれど、うまく言葉が出ていかない。それで代わりに、
「帰ったら、速攻で春巻き作ってあげる」
 
 やっと目が覚めた。
 颯斗の浮気を疑い始めてから――いや、それよりもずっと前から、私は愛されていないと思い込み、誠実な良い人の隣りで勝手に卑屈になっていた。自分で生み出したどろどろの感情の沼にはまって、どんどん、どんどん沈んでいった。暗くて淀んでぬめぬめした中へ。でも、その沼からひっぱり上げられて、視界がひらけた。めいっぱいの光に触れて、自分のことも颯斗のことも、それに美玖や澪くんのことも、よく見えるようになった。
 
 美玖は私に車いすへの情熱を語ってすぐ、アルバイトを始めていた。学校が終わるとバイト先のファミレスへ直行し、早朝にはコンビニでも働いていた。そうやって、あっという間に七万近くのお金を貯めて、彼女は自分で車いすを買った。かなり良いものを。それからは、どこに行くにも車いすにのって出かけていた。
 当然、おじさんとおばさんは、怒った。お前、一生懸命に働いて稼いだお金をそんなことに使って。必要もないのに、なんで車いすなんかにのるんだ。おかしなことをするんじゃない。二人は美玖のことを案じてそう言ったに違いないのだけれど、彼女には伝わらなかった。それどころか、親のくせに私のことを理解しようとすらしてくれないと、二人を罵った。そしてある時、包丁で自分の足を突き刺した。おばさんの目の前で。
 いいよ、車椅子にのるのがおかしいなら、おかしくないようにする。そうすれば、みんな私のことを心配してくれる。私の方を見てくれる。澪の方じゃなくて、私の方を。そんなことを言っていたらしい。
 おばさんがすぐに救急車を呼び、大事には至らなかった。でも、みんな傷ついた。病院に駆けつけた私の前で、おばさんは泣いていた。仕事を早退してすっ飛んできたおじさんも、おばさんの肩を抱いて泣いた。同じ病院に入院していた澪くんも、その話を聞くと、ぽろぽろ言葉と涙を零した。ぼくのせいだ。全部、ぼくのせいだ。ずっとずっと、美玖にかわいそうなことをしてた。分かってたのに何もできないまま、こんなことまでさせてしまった。謝りたい。でも謝れない。どうすればいいか、分からない。
 その頃、私は澪くんのことが好きだったから、彼にこんなことを言わせる美玖が許せなかった。全部、美玖が悪い。そう思った。
 その一件があったからか、おじさんとおばさんは美玖に対して強い言葉を使わなくなった。その代わり、彼女から目を離さなかった。大学へ通うのに下宿しようとした時も止めたし、働き始めても決して家を出ることは許さなかった。澪くんも、体のことがあるのでずっと実家暮らしをしている。それで、彼らは今も、お互いに窮屈な思いをしながら、一つ屋根の下で暮らしている。
 
 帰宅すると、私は約束通りに春巻きばかり大量に作って食卓に並べた。颯斗はうまいうまいと言って、あっという間に平らげた。それから、彼に先にお風呂に入ってもらうことにして、私は美玖へ電話をかけた。
 ちゃんと教えるつもりだった。さっき颯斗が気づかせてくれたことを。愛されていないなんて思い込みだし、他人の善良さを前に卑屈になる必要もない。だから、デリへルなんて絶対にダメだ。
 耳に当てたスマートフォンから、呼び出し音のメロディが流れる。鼓膜が震える。しばらくすると音はプツンと途切れて、向こう側の気配に変わった。
「ほのか、何?」
 美玖の声からは尖りがすっかり消えていて、丸い感じがした。喧嘩腰の口ぶりを想像していた私は、ちょっと肩透かしを食らった。けれどすぐ、胸を警戒で固める。
「この間の話のことなんだけど」
 私が言うと美玖は、ああ、と相槌を打った。何の意図も感じない、軽い調子。でも、この子は油断するととんでもないことを言い出す。私は薄い氷の上を歩くみたいに、そっと、慎重に、用意した言葉を舌にのせようとした。けれど、
「私さ、デリへル、やめることにした」
 緊張が氷解した。喉で詰まっていた息が、一気に吐き出されていくのが分かった。肩のこわばり解ける。
 聞けば、本格的に仕事を始める前に、会話のみを希望しているお客さんの相手をさせてもらったのだという。
 その人ね、生まれつき下半身に障害があるんだって。それで、障害者だからってみんなが勝手にイノセントなイメージ持ってくんのが嫌だって、言ってた。精神的に穢れがなくて、エロいことも一切考えないって、そんな風に思われてるみたいだって。でも、実際は腹に黒いこといっぱい溜め込んでるし、エロいことも普通にしたいって。なのに障害者だからって、性欲なんかないみたいに扱われて、ムカつくって。
 その話聞いて、私、すっごい安心したんだ。私は澪のことを「いつもいい子ぶって、ムカつく」って言ってたけど、その裏側ではいい子じゃない私は澪みたいにみんなから好かれたりしないって、思ってた。でもそのお客さんの話聞いて、澪も実はお腹ん中は真っ黒で、エロいことも考える、普通の男なのかなって思えて、ものすごく、ほっとした。そしたらもう、デリへルなんかやんなくてもいいやって、思えた。
 だからね、今度、試してみようと思うんだ。澪にエロい動画とか、いっぱい見せてやんの。ギンッギンに勃っちゃったりして。

 美玖の話が、私にはすごくよく分かった。彼女の声に触れて、心の音叉が共鳴しているみたいだった。たぶん、私と美玖は似ているんだ。だから美玖は最初にデリへルをやりたいって話してきた時、私なら分かると思っていたんだ。
 だったら私も真似してみよう。颯斗にエロい動画を見せて――いや、私の自慢のおっぱいでエロいことをいっぱいしてやるんだ。

 電話を切ると、私は目をつむり、想像した。
 服を脱ぎブラジャー一枚になった私。颯斗の手をそっと取り、左右の乳房の真ん中にできた深い谷間へ挟む。両方の胸を寄せたり離したりしたら、ブラジャーを外して颯斗の指一本一本を胸の肉に沈める。揉みしだかせる。それから、彼を押し倒し、覆いかぶさって、乳首の先で体を撫でるみたいに下へ移動していく。股の辺りまできたら、両方のおっぱいで彼のペニスを挟んで前後に擦る。やってやる。それでギンッギンに勃ったら、颯斗だって理性なんか吹っ飛んで、私の体をこれでもかってくらい、むさぼってくれる。きっと、そうなる。
 バタン、と音がして、浴室から颯斗の気配が出てきた。脱衣所で体を拭いているのだろう彼を、じっと待つ。お腹の底が、ムズムズした。
 
 
『重なる鼓動で暖をとる①』
 
 ベールのように透き通った陽の帯に、辺りが包まれている。等間隔に植えられた木々の新緑がさわさわと揺れる公園に、幼い響はいた。一人の少女と共に。仰向けた彼の手のひらには、ぎゅっと握れば掴めそうな陽だまりができている。そこへもう一つ、さらに小さな手が重ねられた。
「いい子だから、泣かないで」
 まだ六歳の少女は、ちょっと大人ぶった口ぶりで響をなぐさめた。こんなに小さいのに、それでも自分を思いやってくれる優しさが胸に来て、余計に目の中が熱くなってきてしまう。涙を隠さなくてはと思った彼は、少女の体をそっと引き寄せた。胸がぴったりくっつくと、彼女の鼓動が伝わってくる。ドクン、ドクンと。その音は体の境をすり抜けて、響の中にも入り込み、音を潜めていた彼の鼓動と重なった。心臓が、ドクン、ドクンと、彼女のそれと同じリズムで脈打ち始める。少しずつ、少しずつ、温かさが広がって、その内、胸には小さな陽だまりができていた。
「あのさ」
 響は彼女を腕に抱いたまま話しかけた。
「オレ、ずっとずっと、一緒にいたいよ。だから大きくなったら、二人とも大人になったら、結婚しようね」
 
     ***** 
 
 漆黒の空を背景に、赤、黄、オレンジと、目に痛いほど煌めくネオン街。その明かりに照らされて、白い針のような雨が無数に落ちていく。コンクリートを叩きつけた瞬間、雨粒が破裂する音、音、音が蝉しぐれみたいに辺り一面を覆っていた。
 
 響は土砂降りの雨に打たれ、道の端にへたり込んでいた。顔をうつむけ、濡れたせいで冷たく重くなっていく体を縮こめる。それでも、雨の冷たさは骨にまで侵入してくる。体の震えが止まらない。
 激しい雨音は周囲の様子を呑み込んでいる。響に分かるのは、伏せた目で微かに感じるネオンの明滅と、人波の動く気配くらいだ。世間との繋がりがひどく曖昧に思えてくる。きっと世間から見ても、同じなのだろう。その証拠に、何人もの足が目の前で行き交っているのに、酔いつぶれた彼を助け起こそうとする者は一人もいない。
 本格的に意識がもうろうとしてきた頃、しかし、今まで乱れることのなかった雑踏の流れの一部が、ピタリと止まった。視界の隅で雰囲気くらいにしか感じなかったそれは、いつの間にか彼のすぐそこまで来ていたらしい。
「大丈夫ですか?」
 声をかけられて初めて、自分を助け起こそうとする男に気がついた。響はやたらと重い頭をなんとか横に振った。もはや自分でも何を否定しているのか分からない。大丈夫じゃないと言いたいのか、放っておけと相手の善意をはねのけたいのか。思考や気持ちや感覚が鈍くなっている。
 ぐるんと脳が回るような浮遊感で、体を起こされたと気がついた。
 歩けますか? おそらくすぐ近くからしたのであろう声を、頭の隅の方でなんとなく感じた。どう答えるべきか分からず、彼は再び曖昧に首を振る。それから、どういう風になったかよく分からないけれど、また地面が歪んで消えるような感じがして、気がつくと硬くて広い背中におぶさっていた。
 背負われている時間は、そう長くはなかった。ほんの少しで、下ろしたまぶたの裏側で感じる原色のうるさい光りが静まり、どこかに着いたのだと分かった。それから、チン、という細く高い音や、すーっと体が下へ引っ張られるような感覚がした後、男はある場所で足を止めた。こじ開けた目に入ってきたのは、「里見」と書かれたプレート型の表札だ。男は鋭い金属音をたてて解錠すると、響を連れて中へ入った。
 
     二

 ティラノサウルス、トリケラトプス、ブラキオサウルス。青い布団カバーにプリントされた恐竜たちの上に、まだ子どもらしい丸みを帯びた輪郭の自分が腰かけている。けれど、その座り方は半分足で支えているくらい浅く、目は瞬きを失ったかのようにすぐ目の前の男に向けられている。
 大人の男にしては華奢な肩、繊細なラインの顎、細い唇に先の尖った綺麗な形の鼻。その風貌は今の自分と幾分近いが、しかし、目は、そこに漂う雰囲気だけは、真っ直ぐに見つめても上手くつかめない。
 男は響の髪へ手を伸ばした。少しずつ、少しずつその手は下がっていき、形を確かめるように、まだ何の飾りも付いていない耳を撫で、頬の輪郭を辿り、顎の先から首を通って胸の辺りへ来ると、前開きのパジャマのボタンとボタンの間へ差し込まれた。小さな乳首を弄ぶように擦ったり、摘んだりする。そうして響の耳元へ顔を寄せ、
「響はお母さんに似て綺麗だね」
 男は吐息に紛れそうなささやき声で言った。
「お父さんはお母さんの分まで響を愛してあげるよ。だから響もお父さんにそうしてくれるよね?」
 ダメだ。返事なんてするな。
 そう思ったけれど、幼い彼はかすれ声で答えてしまった。
「うん」
 
     *****

 目が覚めた。
 全身が冷たい汗に濡れている。寒気は心臓にまで指先を伸ばし、体の底からぞくぞくとした。今しがた自分の服へ差し込まれていたはずの手は、あの男の姿は、どこにもない。響はしばらく、現在の自分と、先程の、あの男に体を撫で回されていた幼い自分との間でさまよっていたけれど、感覚が徐々に現在へと近づいてきて、その内、大人の彼の体とぴったり重なった。
 深いため息が出た。
 同時に、違和感に気がつく。――下着の中が濡れている。くそ、と頭の中で悪態を吐いた。またやってしまった。
 どうにかしなくてはと思い、起き上がって辺りを見回す。彼がいるベッドの、人ひとり分スペースを空けた隣には、木製のハンガーラックがあり、コートとジャケットが一着ずつかかっている。下の棚板には鞄が、上の棚板には帽子が綺麗に並べて置いてある。どれも男物だ。
 それを認めると、ゆうべの出来事がまざまざと甦ってきた。冷たい雨、濡れそぼった重い体、誰からも見向きもされない絶望感、突然かけられた声、浮遊感、硬くて広い背中――。
「起きましたか?」
 押し寄せてきた記憶に意識を取られていたせいで、部屋に入ってきた人物に気がつかなかった。とっさに顔を上げる。そこには、すらりと背の高い黒髪の青年が立っていた。
「昨日、だいぶ飲んだんでしょう。覚えてます? 雨の中、動けなくなってたんですよ」
 青年は話しながらベッドへ近づき、すぐ横までやってきた。
「もう動けます? 無理そうだったら、胃薬かなんか買ってきますけど」
 一瞬ぽかんとしたせいで、妙な間があいてしまった。慌てて「平気だ」と答えた時、思い出した。下着の中の違和感のことを。顔の筋肉が変に動いて、苦々しい表情をしてしまったのが分かった。
「どうかしました?」
 ドキリとした。それを隠そうと、考えるより早く口が動く。
「薬より、風呂貸してくれよ。汗かいたから」
 嘘ではない。冷や汗は皮膚に染み込んでくるくらいにひどく、濡れた前髪も衣服も肌に張り付いている。
 ――服?
 そこでやっと気がつき、響は自分の体へ視線を走らせた。思った通り、彼が着ているのは、明らかに彼のものではない。馴染みのない間抜けなイラストがプリントされたTシャツ。サイズも全く合っておらず、両肩から袖付の部分がずり落ちているし、襟ぐりが広すぎて動くと胸まではだけてしまいそうだ。下に履いているのも見覚えのないダサいジャージだ。中学校で使っていた学校指定の青ジャージに似ていた。
 それらを見ると、恐ろしい想像が悪寒となって背筋を這い登った。
「この服……お前の?」
 なんとか声を絞り出した。けれど、青年は響の焦りになど全く気づいていないらしい。のんびりとした様子で返してくる。
「ああ、そうです。すいません、サイズ全然違ってて。着替えとか持ってないかと思って、探したんですけど、下着くらいしか――」
「てめぇ勝手に人の荷物漁んなよ!」
 青年の言葉が先程の想像と重なってきて、ぎょっとした。
 いや、待て、最悪な自体にはなっていない。酔いつぶれて他人のパンツ履かされて、しかもそのパンツに夢精してしまった、なんてことには――いやいや、冷静に考えればそんなことあるはずないのだが、とにかく、そういうことではなさそうだ。しかし、そう思ったと同時に、まだ消えていないおぞましい想像が心を過ぎり、肌が粟立った。すると、
「あ、さすがに下着は変えてませんよ」
 心臓が飛び上がった。
「わ、分かってるよ! そんなわけねぇだろ」
 口をついて言葉が出ていたが、本当は稲妻みたいなスピードで驚き、そして安堵していた。
 なんだか朝から調子が狂う。響は深呼吸して気持ちを落ち着けると、再び青年へ意識を向ける。
「とりあえず、風呂、頼むわ。シャワーだけでいいからさ」
 
 青年は響をバスルームへ案内し、後で着替え持ってきますね、と言い残して出ていった。パタンとドアが閉まると、やっと人心地がついた。
 響は貸してもらった服と問題の夢精パンツを脱いで、ひとまず洗濯カゴらしきものに入れると、浴室へ入る。そしてすぐに、やたら高い位置に固定されたシャワーが目に留まった。ため息が出る。
 背の高い奴って、ムカつく。
 レバータイプのハンドルをひねるとシャワーから勢いよく水が飛び出し、その冷たさに肩がビクッと跳ねた。くそ、と独りごちたが、あっという間に水からは刺すような刺激が消え、温かいお湯に変わっていた。
 滝のように吐き出されるシャワーを浴びながら、考える。とりあえず、出たらすぐにパンツをなんとかしよう。あと、服。あのクソ女の所に取りに行くのは癪だから、新しく買わないと。いつまでもブカブカな上にあんなダサいの着せられたら堪らない。それと、次に行く場所は――。
 そこで響はぴしゃりと巡る思考を断ち切った。考えたところで良い案などなく、結局、最後に行く場所は決まっている。けれど、今さら彼らを頼る訳にはいかない。二度と帰らないと決めたのだから。適当に運に任せた方がいい。ここ数ヶ月は、そうやってなんとかやってきたのだ。
 何もしない、考えないという投げやりな決意を固めると、響は再びシャワーのハンドルをひねって湯を止めた。そして、すりガラスの戸を開けて、浴室から出ると、
 脱衣所の洗面台へ向かう青年の姿が目に飛び込んできた。胸に冷水をぶちまけられたみたいにびっくりし、慌てて綺麗に畳んで置かれていたバスタオルを引っつかんだ。
「お前、何してんだよ」
 体を隠しつつ拭きつつ出した声は、衝撃を抑えようとしたせいで、もはや呻きに近い苦しげなものになっていた。しかし、青年は響の様子になど一向に頓着しない。相変わらずの呑気な口調で答えてくる。
「これ、早く洗っといた方がいいかなと思って」
 響の心に不安の糸が伸びてくる。これ? 洗う? まさか……。そっと横から伺ってみると、案の定! まさに案の定! 青年の手には響が先程脱いだ夢精パンツがあったのだ。
 体を巡る血の全部が、一気にせり上がってきた。押し寄せた熱さで本当に火を噴きそうな顔面。筋肉が強ばって、全然表情が動かない。そこでようやく響の反応に気がついたらしい青年は、口元を緩ませて言う。
「別に気にしなくていいですよ。変なことじゃないんですから。オレだってたまにありますし」
 変なことじゃない。
 思いがけず、心のこわばりがホロホロ解けた。もちろん、頭では気にしない訳ないと思ったけれど。
 少し落ち着きを取り戻した響は、深く息をついて気持ちを整えた。
「とりあえず、着替えるから出ててくれよ」
 青年は、一瞬きょとんとし、それから急に合点が行ったという顔をした。すみません、とひとこと言うと、脱衣所から出ていった。
 
 男の反応って、こんなもんなのかな?
 響は体を拭きながら考えていた。女の場合は全然違う。こういうことが起こると、女たちは決まって卑しいものでも見るような目を向けてくる。変質者か何かとでも言うように。でも、男だったら、そういうことをお互いに経験している者同士だったら、案外気楽に過ごせるものなのかもしれない。
 用意されていた服は、やはり馬鹿馬鹿しい絵がプリントされたTシャツに、ダサいジャージの組み合わせだった。こういうのしか持ってねぇのか? と考えながらそれらに腕や足を通し、長い袖と裾を何回も折り返す。とりあえず身なりを整え終わると、夢精パンツをどうしようかと少し迷った。けれど、既に洗われてしまっているのではなす術がない。仕方なく、そのままにして引き戸を開けた。
 廊下を二、三歩も進めばもうリビングで、青年がソファに座っていた。
「あ、服、大丈夫ですか?」
 大丈夫、とは何を意味しているのだろうか? 気に入ったかと言われればまさかそんな訳はなく、今すぐにでも別のものに着替えてしまいたい。でも、さすがにそんなことは言えないので、とりあえず「ああ」と返事しておいた。
 そして、視線を下げて息をつき、小さく決意を固める。
「あのさ、ちょっとの間でいいから、オレのこと、ここに置いてくんないかな? 住むとこ決まるまで」
 青年は目を丸くして響を見た。
「住むとこって……じゃあ、今までは?」
 ため息が出る。肺にあったもの全部、吐き出すくらい深いため息が。面倒だけれど、しばらく泊めてもらうには話しておいた方がいいかも知れない。どうでもいいようなことなのだし。
「女んとこにいたんだよ。けど、喧嘩して追い出されて、そこにいらんなくなっちゃったからさ」
 一瞬、青年の顔に驚きの色が差したように見えた。けれど、それはすぐにのっぺりした表情の中へ溶け込んでしまった。
「それなら、荷物はその女の人の所にあるんですね。取りに行った方がいいんじゃないですか?」
 響は顔を背け、小さく首を振る。
「めんどくせえから、いい」
「いや、でもその人も困るんじゃ……」
「あんなクソ女、困ったって知るか」
 目を伏せていても、気配で青年が息をついたのが分かった。
「面倒見てもらってたんでしょ?」
 咎められて、急に腹の底から苛立ちがせり上がってきた。こいつは、女どもが自分にどんな目を向けて、どんな風に捨ててきたか、知りもしないくせに。つい、返す語気が強まった。
「あのな、オレに近づいてくんのは、みんなバカで自分勝手なクソ女なんだよ。ちょっと見た目が気に入ったって理由で近づいてきといて、そのくせただのアクセサリーじゃ満足しねぇの。一ヶ月もしない内に、『冷たい』だの『つまんない』だの『大事にしてくれない』だの、そんなこと言ってオレのこと捨ててくんだ。勝手に期待して、勝手にがっかりしやがって。ほんと、ムカつくわ」
 まくし立てながら、響は自分の内側で恥と後ろめたさの両方が染み広がっていくのを感じた。
 辛かったのは、彼女たちにぶつけられた言葉ではなかった。彼自身、彼女たちを利用していただけなのだ。冷たいことも、つまらないことも、大事にしていないことも、初めから分かっていた。ただ、どういう人間なのか興味も持たずにルックスだけで彼を選んでおいて、後になってから理想の恋人像を押し付けてくる身勝手さと頭の悪さが不愉快だっただけだ。身勝手なのも、頭が悪いのも、お互い様だとは分かっていたけれど。
 本当に辛かったのは、苦しかったのは、彼が彼女たちへ触れることを拒んだ時に向けられた非難の目だ。それでいて、夜に夢精してしまったのがバレた時、決まって彼女たちが浮かべる汚物を目にしたような表情の歪みだ。それに耐えられなくなって、望んで捨てられてきたようなもので、けれど自力で暮らしていくこともできずに、新しい女を引っかけては、同じことを繰り返してきた。
 しん、と空気が張りつめていた。しまった、と後悔したが、もう遅い。けれど、これからしばらく世話になるのだったら少しでもこの嫌な雰囲気を取り払っておかないと。響は肩で息をつき、気持ちを無理やり切り替え、重苦しい気配を軽くしようと不慣れな明るい声を出した。
「まあ、それはいいや。とにかく、よろしくな。そういや、お前、名前は?」
 青年も固まっていた表情を僅かに崩した。
「里見結斗です」
 青年――結斗の穏やかな態度に、今度は少しほっとする。
「そっか。結斗くんさあ、後でサイズ教えるから、服買ってきてくんない?」
「いいですけど、自分で見て買った方が良くないですか?」
「この服じゃ外歩けねぇだろ」
 結斗はきょとんと丸くなった目で響を見た。しまった。
「いや、別に変な意味じゃなくて……ほら、こんなブカブカなの着てたら恥ずかしいじゃん。サイズの話だよ、サイズの」
 妙に焦って、調子の外れた早口になった。でも、言っていることは正論だ。この格好で外を出歩けると思う方がおかしい。Tシャツとジャージが両方とも救いようのないほどダサいから言っている訳ではない。
 結斗の表情からは、すぐに小さな驚きが溶け去っていった。響は少しほっとして、念のために付け加えておくことにした。
「けど、お前の好みで買うなよ。オレの着てたのに近いの買ってこい」
 
 結斗というこの青年は、本物のお人好しのようだ。見ず知らずの酔っぱらいを介抱しただけでなく、しばらく居候させることに文句すらつけず、しかもこんなにでかい態度で図々しくものを頼む相手に嫌な顔ひとつしない。
 しかし、気に入らないところもある。
「そう言えば、オレ、名前言ってないよな?」
 響は玄関へ向かう結斗の背中へ声をかけた。要求通りに服を買いに出かけるところだった。結斗は振り返り、当たり前のことのように言う。
「佐久間響さんですよね」
 うじ虫の群れが這っていくような悪寒が背筋に走る。名前を言い当てられたことにももちろん驚いたが、それ以上に、ずっと耳にしていなかった自分の本名の感触が、まるで今しがた気づいた手を濡らす血みたいに彼の心を凍りつかせていた。
 声を失った響を見て、結斗はすぐに説明した。
「さっきも言いましたよね。昨日、ちょっと荷物を見させてもらったって。その時に財布に免許証があったんで――」
「勝手に人の荷物漁んじゃねえっつってんだろ!」
 つい声を荒らげてしまった。結斗の言葉で、押し寄せてきた恐怖が一気に鎮まって、ほっとした分頭に来たのだ。けれど、結斗はどうにも他人の感情に対して鈍いらしい。素知らぬ顔で返してくる。
「だって、どんな人か全然分からなかったし。家に連れてきたら、気になるでしょ? そういうの。それに家族とかいるんだったら連絡した方がいいかと思って」
 抑揚なく、さらさらさらと出てくる理にかなった言い分。反論したいのに言葉が見つからなくて、喉元で声の行き場がなくなってしまう。
 そうして、狙ってかそうではないのか、結斗がとどめの一撃を食らわせてきた。
「だいたい、パンツだけ見たってしょうがないじゃないですか」
 また顔面に熱さがほとばしってきた。
「うるせぇんだよ! てめぇ!」
 もうほとんど恥ずかしいくらいの金切り声になっていた。まずい、落ち着かないと。響は心をなでるように深呼吸すると、結斗を睨みつけた。
「とにかく、オレ、連絡する家族とか、いないから。それと名前は『加瀬響』で通ってるから、そう呼べよ」
 結斗は相変わらず感情の読めない顔で、分かりました、とだけ言って出ていった。
 
     三 

 最初こそ、多少のつまずきはあったけれど、結斗との共同生活は想像以上に円滑に進んだ。それはひとえに、結斗の無頓着さのおかげだった。
 響には他人とは明らかに違う点がいくつもある。夢精の回数が異様に多いことはそのひとつだけれど、中には傍目に分かるものもある。ピアスと香水だ。
 彼の右耳にはいくつもの厳ついピアスが付けられている。耳たぶはもちろん、軟骨部分にも飾ってあり、二箇所の軟骨と軟骨を繋ぐように棒状のボディピアスを二本通してもいた。見ようによっては、右耳は弾丸を埋め込まれ、串刺しにされ、もはや本来の器官とは別物に改造されたようでもある。響自身、それがファッションの域を超えていることは分かっていたので、ピアスが隠れるように、右側の耳周りは髪を伸ばしていた。けれど、一緒に暮らしていれば右耳があらわになってしまう瞬間は何度も訪れる。にもかかわらず、結斗の視線はそこで止まることなく、いつもと変わりない日常の風景を目にしたように、ただ過ぎっていくだけなのだ。
 香水もそうだ。響は常に、かなりきつめに香水をふりかけている。においに敏感な女性や小学生くらいの子どもは、彼が近くを通るだけで顔をしかめることも多い。けれど結斗は、締め切った部屋に二人でいても、気色を変えることをしない。
 他人に関心がない、ということなのだろうが、それにしても不思議な奴だ。ピアスにも香水にも、そして頻発する夢精にもあまりに頓着しないので、これはもしかしたら普通のことなのだろうか? という錯覚さえ起こしそうになる。変に詮索されないのはありがたいけれど、ここまで来るとかえって不審だ。
 
 そういう訳で、響の方が相手をいろいろと勘ぐってしまった。
 最初、響は結斗を学生かと思っていた。まだ二十二歳で、しかも童顔低身長の自分にも敬語を使っているからだ。でも、確かに結斗は週に三回、決まった曜日に出かけていくけれど、その時間はいつも夕刻だ。そして響が起きているうちに帰ってくることはほとんどなく、朝、というか昼前にリビングへ起きていくと、既に昼食の準備をしている。
 どうにも気になって仕方がなく、ある日の昼食の席で、とうとう尋ねてみた。
「お前さ、大学生とかじゃないの?」
 結斗はちょっと目を丸くして、チキンライスを掬い上げたスプーンを止める。それからすぐ、いつもの泰然とした表情に戻ると、
「いや、年齢的には高校生なんです。十八歳です」
「高校生!?」
 つい声が高くなってしまった。口の中から米の塊がこぼれそうになる。結斗はゆったりとした笑顔で答える。
「いや、もう行ってないんで、厳密には高校生ではないんですけど。今は、まあ、ちょっと働いてます」
 どんな仕事だろうか? そう思った矢先、結斗が釘を刺してきた。
「仕事の内容は秘密ですよ」
「なんで?」
 あっさり心を見抜かれた驚きもあり、つい好奇心が口をついて出た。結斗は口元に笑みを浮かべたまま、どうしてもです、と言い、先程皿に置いたスプーンを、先程と同じように口へ運ぶ。でも、響の方は全然チキンライスの味を感じなくなってしまった。
 秘密なんて言われたら、気になって余計に心が疼く。一体、何をしているのだろう? 響は毎日結斗の様子を伺い、想像を巡らせるようになった。夕方から働く所。居酒屋か何かだろうか。そう思ったのも、結斗がなかなかの料理の腕だったからだ。この間食べたチキンライスも、途中から味がどうでも良くなりはしたものの、かなりうまかったのは確かだ。口の中で熱い米がほろろと崩れる時の、鼻に抜けてくるバターの風味が良くて、それでいて油っぽさは感じなかった。味が分かるという自覚の全くない響でも、これなら誰が食べても文句は言わないだろうと思う。
 それでも、なんだか腑に落ちなかった。飲食店で働いていることを秘密にする理由に、さっぱり見当がつかなかったからだ。でも、それ以外と言っても――。ぐるぐるぐるぐる頭を回転させていると、そのうちある考えにぶつかった。
 ホストだったりして。
 響の経験上、十八を過ぎているのであれば、たいていのアルバイトはできる。高校生でホストというのはさすがにまずいだろうが、もう辞めているのだったら、問題ないのだろう。そう思い至った時、響は横からそっと、結斗の顔を覗いてみた。容姿もそう悪くはない。刈り上げるまではいかないが耳周りのすっきりした黒い短髪で、穏やかな表情の中に精悍な目つきが際立っている。それに百九十センチ近くありそうなくらいの長身だ。ホストという雰囲気はないけれど、それでもこういう「好青年」っぽい雰囲気は、女受けも良さそうだ。料理が上手いことも、そうだ。ホストが手料理を振る舞う機会はないかもしれないが、それでもそういう話題を持っているのは、女たちの人気にも繋がるだろう。響は女性と同棲中、カップラーメンに湯を注ぐことくらいしかできないことを、何度も咎められていた。
 やっぱりホストだ。
 頭の中で絡まっていた疑問の糸が、綺麗に解けていった。
 
 結斗が仕事に出ていない日は、いつもに増して退屈だった。たいして会話がなかったとしても、誰かの気配が近くにあるだけで妙に落ち着くことがある。これまで一緒に暮らしてきた女たちは、むしろいない方が人心地が着いたけれど、この無口で、表情に乏しくて、何を考えているか分からない青年は、どうしてか響に安心を運んできた。彼がいなくなると、この部屋は急に響が他人だと思い出したかのように冷たくなる。
 それで、一人の時は気を紛らわせようと、いろいろな場所を漁ってみた。けれど響が暇を潰せるようなものは何も見つからなかった。本棚に置いてあるのは難しそうな小説ばかりで漫画の一冊も見当たらないし、DVDも響には全く興味の湧かない社会派とかアート系とか、そういう類の映画ばかり。
 なんでこう頭の良さそうなものばっか揃ってんだよ、ムカつく。
 仕方なく、週三回の夕刻以降は、スマートフォンのゲームをして時間をやり過ごしていた。
 
 結斗のいる残りの週四日は、二人でトランプばかりしていた。トランプ、とひとくちに言っても様々な遊びがあるが、彼らが一番時間を費やしたのは大富豪、あるいは大貧民と呼ばれるトランプゲームだった。場に出ているものよりも強いカードを出し、早く手札をなくすことを競うゲームだ。
 しかし、二人では相手の手持ちのカードが全て分かってしまうので、普通にやっても勝負にならない。そこで、結斗は配られたカード全てを手札として持つのではなく、台札として伏せた状態で山にしておいてはどうかと言った。台札から五枚抜き取って手札にし、カードを出す度に台札から手札へ補充していけばいい。確かに、それで三人以上でやる通常の大富豪と同じようにできた。
 しかし、ひとつ、大きな問題があった。結斗が強すぎるのだ。何回やっても響は勝てない。一度も競ることなく、あっという間に負けてしまう。
「お前、なんかズルしてんだろ?」
 あまりに負けが続くので、ある日、響は結斗に全く根拠のない言いがかりをつけた。
「こんなに負けるわけねえもん。ぜってぇズルしてる」
「響さんが弱すぎるんですよ」
「は?」
 声が喧嘩腰に強まった。ストレートに図星を突かれたせいだ。結斗の涼しい顔つきを見ていると、余計に気持ちが焦ってくる。
「弱くねえよ! てめぇ、そうやって人のことバカにしやがって」
「じゃあ、やめます?」
 もうやめる、と自分から投げ出す前に言われてしまった。ひねくれた気持ちが変に刺激されて、負けん気に火がついた。
「やめない。勝つまでやるから、早く配れ」
 そうしてずっと、大富豪地獄の日々が続いている。
 
 夜。響はベッドへ体を仰向けて、暗い天井をぼんやりと眺めていた。はじめのうち、そこは本当に闇みたいで、どこまでも際限なく暗がりが続いているように見えていた。やっと目が慣れて、平らな面が見えてきたのは横になって数分たってからだ。
「お前さ、毎日オレにベッド使わせてるけど、いいの?」
 ベッドとハンガーラックの隙間に無理やり敷いた布団へ話しかけた。衣擦れの音とともに掛け布団の山が動き、結斗が体の向きを変えたのが分かる。
「別にいいですよ。気にしないでください」
「いや、さすがに気になるだろ」
 響が答えると、結斗がふっと息を吐くような気配がした。一瞬、なんだか分からなかったが、すぐに笑われたのだと気がついた。
「てめぇ、なに笑ってやがる」
 結斗は声にも笑いをにじませて返してきた。
「いや、響さんにも良心とか、あるんだなと思って」
「あ?」
 恥ずかしかったのもあり、また声に凄みをかけてしまった。
「どういう意味だよ? そりゃ良心くらいあるわ。オレの事なんだと思ってやがる」
 言い切ると同時に、結斗の頭めがけて枕を投げつけてやった。しかし、
「はい、じゃあ、これ没収しときます」
「は? え、待てよ、返せよ。オレ枕ないと寝れない」
「羊でも数えたらどうですか?」
「そんなんで寝れねぇから」
「じゃあ、取りにくれば?」
「さみぃじゃん、投げてくれよ」
「いやです」
「なんで?」
「面白いから」
 顔面が急に熱くなった。それでも、返す言葉を探そうとしていると、いきなり薄暗い中から黒い塊が飛んできて、ばふんと顔にぶつかった。枕だ。
「ちょっとふざけただけですよ。反応が面白くて」
 は? とまた声を上げかけたけれど、ちらついた理性がそれを止めた。たぶんこういう所を「面白い」と言っているのだ。バカにしやがって。響は喉に上がってきたいろんな言葉を飲み込んで、枕を頭の下に押し込み、目をつむった。
「もう寝るから、話しかけんなよ」
 言ってすぐ、自分から話しかけたんだったと思い出した。けれど結斗は、そのことに触れることなく、ただ、はい、とだけ返してきた。

     四
 
 やっぱり、うまいよなあ。
 箸で切ったハンバーグを口へ放り込みながら、響は思った。この日、結斗は仕事だったので、夕食は作り置きのおかずだ。冷凍してあるハンバーグのタネを解凍し、鍋にあるトマトソースに入れて煮込むように言われていた。なんだかここまで来ると、母親とダメ息子のようだと思えてしまうけれど、それでも、うまいものを食べられるのであれば従う以外にない。背に腹は変えられない、とはこういうことだと、妙なことを考えた。
 ハンバーグを切ると、溢れてきた肉汁がてらてら輝きながらトマトソースへ溶けていった。肉を噛んでも、肉汁はじゅわっと口内へ満ちていき、それに混ざって玉ねぎの甘さも広がった。トマトソースは爽やかな風味で、濃い味だとすぐに胸焼けを起こす響でも飽きない。本当に結斗は料理が上手い。外食をすれば、いつもそれなりにうまいと響は感じるのだけど、やはり手作りは違うなと思った。こんなにおいしく何かを食べたのは、いつ以来だろうか? そう考えて思い当たったのは、あの子の家の料理だった。
 
     *****
 
 昔、住んでいた家の隣に、四つ年下の女の子がやって来た。響が十歳になる年の四月に引っ越してきて、八月には響の方がそこを離れたので、一緒に過ごしたのは半年ほど。今では名前もはっきり思い出せないのだけれど、確か響は彼女を「さっちゃん」と呼んでいた。
 さっちゃんは小さな体に、ちょっとボーイッシュな髪型の印象的な子だった。すごく短いわけではないけれど、襟足だけ少し伸ばした髪の感じが、どこか男の子っぽかった。でも、風に流れるような細い髪は、陽を浴びると透き通りそうなくらい輝いて見えて、すごく綺麗だった。
 さっちゃんが家族とともに越してきた日、引越し業者の人たちが荷物を運び込び込んでいる最中に、ちょうど響は帰宅した。隣家へ入ろうとする彼に目を留めたさっちゃんのお母さんは、よく通る声で呼びかけた。
「お兄ちゃん、この子、今日からお隣だから、よろしくね」
 見ず知らずのおばさんの言葉が、心へ涼やかに響いた。自分より小さな子の面倒を任されるというだけで、なんだか少し大きくなったような気がする。当時、響は母を亡くしたばかりで、余計に心へ来たのかもしれない。辺りへ重く満ちている悲しい気配が、ぱっと弾け飛んだみたいだった。
 それからはほとんど毎日、そのお隣の小さな女の子と遊んだ。「さ」から始まる名を名乗ったので、「さっちゃん」と呼ぶようになった。周りのみんなは何か別の呼び方をしていたようだったけど、それがなんだか嬉しかった。「さっちゃん」と呼ぶことで、響と彼女の間に特別なものが生まれたような気がしていた。
 引っ越してきてすぐ、さっちゃんの家は自宅でちょっとしたカフェを営み始めた。「カフェ森里」という看板を掲げていたので、響はその家を「森里さん」と呼んでいた。越してくる前に、おじさんとおばさんが隣家を周り、臭いなどが出て問題ないかを尋ねていたのを、うっすらと覚えている。すぐお隣に食べ物屋さんがあるというのは、それまでの彼の日常にはなかったもので、わくわくした。
 さっちゃんの家のカフェは、外観こそ一般的な家と大差なかったのだけど、玄関ドアを開けると、そこには予想とは全然違う室内があった。まず、目に留まるのはラーメン屋みたいに奥まで伸びるカウンター席。大きくはない玄関の間口と対称的な奥行きが感じられて、ちょっとびっくりする。他にもテーブル席がいくつかあったのだけど、響はそこに人が座っているところを見たことがなかった。ほとんどのお客さんがカウンター席に座って、その向こうにいるおばさんと喋っていた。おばさんは料理をしたり、掃除をしたり、あるいは何もせずにカウンターへ頬杖をついたりしながら、楽しそうにお客さんの相手をしていた。
 響はさっちゃんの家が開業してすぐ、店へ出入りするようになった。母が死んでいたこともあったのだろう、おばさんは快く彼を招き入れ、いつも遊んでくれてありがとう、と言っていろんな手作りお菓子や、時によっては食事を食べさせてくれた。
 学校が終わって、さっちゃんを迎えに行くと、必ず手作りのクッキーやマフィンやパウンドケーキが用意されていた。見るだけでふわっと心が華やぐ。さっちゃんと二人でカウンター席の隅っこに陣取り、香ばしいバターの匂いに頬を緩ませて分け合った。特においしそうなものが目に入ると、ついつい想像してしまった甘い味が舌先を踊って、だ液が溢れてくる。わくわくしつつ、自分が食べていいものかとさっちゃんの様子を伺って、時々食べたいものが被ってしまって、二人で笑って。そんな風にしているのがとても楽しかった。
 結斗の料理は、なぜかあの頃のおばさんの作ってくれたお菓子や料理を彷彿とさせた。おいしい、ということ以外には、あまり似たところはない気がするのに。そもそも、結斗は洋食ばかり作るけれど、おばさんが運んでくる料理は和食系が多かった。
 やはり家庭の味の温かさ、みたいなものなのだろうか。
 そういう思いが脳裏を掠めた時、急に罪悪感がせり上がってきて、ぞくりとした。加瀬さんの奥さんだって、毎日手間ひまかけて料理を作ってくれていたはずなのに。
 
 加瀬さんというのは、響を引き取ってくれた里親夫婦のことだ。二人ともいつもにこにこと笑顔を絶やさない、優しい人たちだった。
 でも響は彼らを「善良が服きて歩いてる」などと、皮肉めいた意地の悪い目で見ていた。今でも、それはあまり変わっていない。
 彼らはずっと親切だった。
 学校に通っている頃は、奥さんの方が手の込んだ弁当を毎日持たせてくれたし、休日には旦那さんがバスケの相手にもなってくれた。それでいて、恩着せがましさはひとつも感じさせなかった。二人は口を揃えて「子どもを持ったら、こんな風にしたいとずっと思っていた。響が来てくれて、本当に良かった」と言っていた。けれど、響は彼らの親切を上手く受け取ることができなくて、優しくされればされるほど、もっと高く壁を作らなければと、妙な焦りを感じた。それで、彼は自分が「加瀬」を名乗っているにもかかわらず、二人のことを「加瀬さん」と呼び続けていた。
 でも、そうやって自分から彼らを遠ざけておいて、「加瀬さん」という言葉の他人行儀な感触になんとなく傷ついてもいた。傷つくと、それがバカみたいで嫌になった。
 高校二年生の頃、響は加瀬さんの家を離れた。じゃあ、と、とりあえずの挨拶をした時、旦那さんの方が「持っていきなさい」と、一枚のカードと通帳を手渡してくれた。何かと尋ねると、彼はそれまで響の養育のために手当として支給されたお金だと答えた。ふうん、と適当に相づちだけ打って、礼も言わずに響は彼らの元を去った。
 しかし、後から金額を確かめた時、あまりの大金に面食らってしまった。こんなに金もらってたのかと思う反面、きっと響のためにいっさい手をつけずにいてくれたのだろうという思いがよぎり、首筋が変に寒くなった。本当に、服を着た善良のかたまりだ。
 一年前、他にどうしようもなくなって、金をせびりに行った。夢のような大金を手にしていたのに、四年で全て使い果たしてしまったのだ。アルバイトをしたこともあったが、元来怠け者の彼はどの仕事もすぐに嫌になり、投げ出してしまった。でも、加瀬さんたちに言えば、きっと理由も聞かずに、すっとそこそこの金額を手渡してくれるはずだ。彼らの善意につけこもうと思っていた。
 案の定、二人は「よく来てくれた」と言って、嬉しそうにさえしながら金を差し出してきた。それを受け取った瞬間、背筋を罪悪感が這い上ってきて、彼は決めた。二度とこの夫婦に金をせびりには来ないと。そのうちまたバカな女が寄ってきくれる。
 
     五
 
 天井に取り付けられた円形のライトが、ぼんやりした暖色を落としながら自分を見つめている。恐竜柄のかけ布団は床へずり落ち、鈍い明かりを直に受けた男のむき出しの肌の上で、汗の玉がチラチラと光った。 
 むんとするほど重い空気に満ちた部屋には、あ、ぁ、あ、あ、ぁ、と浮いたり沈んだりを繰り返す自分の声が反響している。今よりもずっと高い、子どもの声。男は前後に体を揺すり、その動きで時おり汗のしずくが落ちてくる。体が濡れると、この行為の気色悪さが倍増して、全身の肌が粟立った。でも、何度も何度も繰り返されたせいで、最初の時ほどの痛みは、もうない。痛みがなくなってきた、ということで、ひどく心は痛んだけれど。
 だが、この時はそれ以上にショックなことが起こった。
 男に何度も腰を打ちつけられていると、急に漏らしてしまいそうな感覚に襲われた。
 待って。
 と言ったが、喉がわなついてほとんど声にならなかった。
 待って。
 やはり声はかすれてほとんど聞き取れない。その間にも、男は繰り返し繰り返し体を突いてくる。どんどんどんどん尿意が高まって、涙が出てきた。
 やめて、やめて、やめて――。
 繰り返したけれど、もう声が出ているかも分からなかった。そして、とうとう我慢できなくなって――漏らしてしまった。そう思った。
 でも、男が中でそのまま果てて体を引くと、自分の腹の上には、透明だけれど尿とは違う、べったりとした感触の液体がアメーバ状に垂れていた。それを見た男の口の両端が、弓なりに上がった。
「良かった。響も気持ち良かったんだね。拭いてあげるから、待ってて」
 そう言って、部屋から出ていった男の背を見つめる。響の心を恐怖が暗雲のように覆っていった。
 
     *****
 
 抉られたような胸の痛みで目が覚めた。 ここがどこか、自分がどうしたのか分からなくて、辺りを見回し、耳をそばだてる。暗くて、静かで、ただジーという機械音だけが聞こえた。たぶん、冷蔵庫かなにかの音だろう。
 けれど、急に、背後で衣擦れの気配がしてゾクリと悪寒が走った。とっさに後ろを確認する。床に敷いた布団がもぞもぞと動いている。結斗だ。
 心に張りつめていた緊張が一気に解けた。良かった。そう思って体を起こすと、股の辺りに湿り気を感じ、今度は羞恥心で体がこわばった。またやってしまった……。
 適当な着替えを引っ張り出し、脱衣所に汚れた下着を放ってシャワーを浴びた。
 浴室から出て、早く下着を洗わなくてはと思ったけれど、ひどく億劫だった。ここ最近、雨の日が続いているせいかもしれない。
 ザーザーと激しく地面を打ちつける雨音が、怖い。
 「あれ」が行われていたのは、ちょうど雨の多い季節だった。行為の最中も雨粒が窓を叩いていることが多く、自分が犯されているということも、それでどんなに辛い気持ちでいるかも、全て覆い隠されてしまっているように感じていた。泣いても叫んでも、全部、雨の音にかき消されてしまう気がした。今もそうだ。こんな風に悪夢に苛まれて、バカみたいに夢精までして傷ついているなんて、誰も知らない。知られたくもないけれど。
 耳の奥へ奥へと潜り込んでいく、地鳴りみたいな雨の音。聞いているうちに、やりきれない感情が突き上げてきて、衝動にかられた。
 ピアス、開けなくちゃ。
 響は一直線にリビングへ向かい、床に投げ出されている自分の荷物から適当にピアスとピアッサーをつかみ取る。本当はニードルの方がいいのだけど、取り替えるのも面倒だ。ピアッサーを手にしたままソファに腰かけ、指で右耳をなぞり、穴の開いていないところを探る。耳たぶは、もうピアスで埋め尽くされてしまっているので、もっと内側の、軟骨部分にしようと決める。それで良かった。その方が、痛みが強くて気持ちいい。この辺りというところを見つけると、彼はピアスをセットしたピアッサーを耳にあてがう。目を閉じ、深呼吸し、指にぐっと力を込める。
 バチンという音と痛みが一緒に来た。胸で淀んでいた嫌な気持ちが弾けて、すっとする。一瞬遅れて、耳の奥で耳鳴りがし始めた。
 よし、もうひとつ。
 そう思って、再びピアスをセットして耳元へピアッサーを構える。先程と同じ要領で、目を閉じ、深呼吸をし――。
 そこで腕をつかまれた。はっとして振り返ると、結斗がいた。
「何やってんですか」
 恍惚とした痛みの世界から、急に現実へ引き戻された。響はいらいらと息をつき、再び顔を前へ向ける。
「見りゃ分かんだろ。ピアス開けてんだよ」
「そういう意味じゃないですよ」
 結斗はゆっくりとソファの後ろから前へまわり、響の隣へ腰を下ろした。
「血、出てるじゃないですか」
「そりゃ、オレだって一応人間だから、血ぐらい出るわ」
 響は顔をうつむけていたけれど、結斗がため息をつく気配を、まだじんじんする耳元に感じた。
「ピアス開けるの、やめないと」
 ドキリとした。自分でも心のどこかで感じていて、それでも見ないようにしてきたことが、あっさりと言葉にされてしまった。でも、その通りだという思いは、何も知らないくせにという子どもみたいな気持ちに呑み込まれた。話すのもわずらわしい。
「もういい。気分悪いし、寝る」
 
     六

 翌日、響が起きていくと、結斗はいつものボディバッグを肩にひっかけて待ち構えていた。
「すぐ出れますか?」
「は?」
 寝起きな上に、全く意図の分からない発言をされ、ちょっと喧嘩腰な声になってしまった。いや、それよりも、昨夜のことがあったからかもしれない。
「なんでだよ? だいたい、お前仕事は?」
「今日は指名ゼロなんで、休みます。それより、早く行きましょう」
 指名ゼロって、やっぱりホストかよ。
 そう思った時には、もう腕を引っ張られていた。
 
 雨は嫌いだ。大嫌いだ。なのに地面から跳ね返ってくるくらい激しく打ちつける雨の日に、行先も分からないまま外へ連れ出された。傘をさしていても、空気の湿り気がじっとりと肌に貼り付いてくる。それが骨にまで、心にまで、染みてくるようで気持ち悪い。けれど、前を行く結斗の背を見ていると、そういう気持ち悪さが彼の存在の後ろへ行ってしまう感じがした。
 
 結斗が足を止めた。雨と傘でよく見えなかった周囲を確かめようと、響は顔を持ち上げた。すると目の前には横に長い大きな建物があった。
「今、けっこう話題の恐竜博です。こういうの、好きなんでしょう?」
 え? と思った。確かに、子どもの頃に観た映画の影響で、響は今でも恐竜が好きだったが……
「お前、なんでそんなこと知ってんの?」
「前に話してたじゃないですか。酔っ払ってて覚えてないんじゃないですか」
 そうだっけ……?
 響が酒に強くないのは間違いない。というより、ものすごく弱い。けれど、酒に酔って全く何も覚えていないというのは経験がなかった。いつも翌朝には、飲んだ時の記憶の切れ端が頭にこびりついているのに。
 結斗の言葉をいぶかしみながら、建物から通路にまで伸びている長蛇の列に並んだ。エントランスまではかなり距離がある。これは時間がかかるなと、げんなりした。待っている間、結斗になぜ自分が恐竜好きだと知っているのかもう少し聞いてみたかったけれど、はっきりと疑問を打ち消されたばかりなのだ。これ以上尋ねるのも詮索するようでためらわれた。
 他にも、知りたいことは山ほどある。少し前、響が暇を持て余して外をぶらぶら歩いていると、仕事に出かけたはずの結斗が公園にいた。何してんだよ? と声をかけようとした時、別の男が結斗に話しかけ、二人で歩いていってしまった。
 いろいろと気になるけれど、しかたがない。響は彼の不審な発言のわけや仕事についての疑問の答えを、頭の中でぐるぐる探すしかなかった。
 でも、その時間は案外すぐに終わった。人の流れが速いらしく、列はあっという間に進んでいき、気がついた時には建物の中へ入るところだった。結斗が券売機で二人分のチケットを買い、エントランスをくぐった。
 眼前に巨大恐竜が現れる。
 入場してすぐは二階になっていて、一階の展示ホール全体が見渡せる。その中央にひときわ目を引く、とてつもなく首の長い恐竜の骨格標本があったのだ。人だかりもすごくて、みんなが天を仰ぐような格好で巨大恐竜を見上げていた。あれが今回の目玉展示なのだろう。
 その他の恐竜たちも、動き出しそうなくらい躍動感のある形で展示されていた。獲物を捕らえようと走るディノニクス、こちらへ迫ってきそうなティラノサウルス、ゆったりと歩くトリケラトプス、それに、わにのような口を大きく開いた大型爬虫類もいた。
「爬虫類って、この時代にもいたんですね」
 いつも利発な結斗が間の抜けたことを口にした。響はちょっと嬉しくなる。
「いたんですねって、よく映画とかに出てくる翼竜だって、爬虫類だぞ」
「そうなんですか?」
 結斗が目を丸くした。余計に得意になってしまう。
「そうだよ。ま、翼竜って映画では人襲ったりもしてるけど、実際はほとんどの種類が魚食ってたらしい」
「え? 翼竜って、何種類もいるんですか?」
 結斗が再び目を見張ったのがおかしくて、響は笑ってしまった。
「いや、普通にいるし。つか、恐竜とか興味ないからって、さすがにもう少し知ってんだろ」
 少しだけだがバカにしてやったつもりなのに、結斗はひどく柔らかな、頬が溶けてしまいそうな表情を向けてきた。
「響さん、本当に恐竜好きですよね」
 表情と言葉で、変に気持ちを突かれてしまい、恥ずかしくなった。響はとっさに、すぐそこの小型恐竜の骨格標本へ目を移した。
「別に、そこまでではないけど。いいから早く進むぞ」
 先へ行くにしたがい、入って真っ先に見えたあの巨大恐竜が、いっそう大きくなった。とうとうすぐ下まで来ると、スケールの違いに圧倒された。見上げるだけで首が痛くなる。全体骨格の隣には、大腿骨だけのものも展示されており、それにだって百九十センチ近くある結斗の背丈が届かない。日常の大きさの感覚とは相容れない、桁違いの大きさだった。
 いろんな恐竜の展示を見ているうちに、響の心は脈打って、すっかり温かくなっていた。心底楽しい気持ちになったのは、随分と久しぶりな気がする。気持ちの躍動の仕方そのものを、たぶん、忘れていたのだ。そういうもののほとんど全てを、ずっと昔に置いてきてしまったのかもしれない。そう、ずっとずっと、昔に。
 
     *****
 
 母がまだ生きていた頃、父に連れられて恐竜の博物館へ出かけたことがある。
 母の入院後、二人きりの家庭には暗い雰囲気が立ち込めていた。幼い響は何とかそこに明かりをともしたかったのだけど、方法が分からなかった。そんな中やって来た太古の世界は、彼の心を躍動させた。
 写真撮って、お母さんにも見せてあげようね。
 そう言って、父は響の方へ手を伸ばし、額にかかる前髪をそっとかき分けた。まだ何の含みのない、ただ思いやりだけを感じられる手。うん、と答えて顔を上げる。父が目を細めると、その表情に差す優しい気配が濃くなった。久しぶりに心がほっと色づいて、その日一日、響の頬は緩みっぱなしだった。
 
     *****
 
 建物を出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。ザーザーと地面を激しく打つ雨は、夜闇の中で細く白い針の群れのように見える。気温も低く、冷たい夜気はじっとり肌に貼り付いてくる。気持ち悪くて、無情な雨。けれど、恐竜博と、それと同時開催されていたもうひとつのイベントは人気のようで、外には人が溢れていた。よくこんな天気の日に、こんな所までやって来るな、思っていると、
 行き交う人々の姿の中に、見えた気がした。脳にこびりついて、いくらこそぎ落とそうとしても離れてくれない像と重なる姿が。悪寒が走り、総毛立ち、髪の根元がぎゅっと縮まる。とっさに、今見たものが本当なのか確認しようとしたけれど、もうその姿はどこにも見当たらなかった。
「どうしたんですか?」
 隣からの声に、はっとした。
「なんでもねぇよ」
 響は反射的にそう返していた。

『「日陰者」たちのメーデー』 『重なる鼓動で暖をとる①』

執筆の狙い

作者 香川
27.95.81.7

前回の投稿の際、いただいたご指摘で人称についての疑問が出てきたので、今回は最近書いた一人称の作品と三人称(単一視点)の作品をそれぞれ投稿することにしました。
自分がこの書き方で行こう、と思っているものが正しいのかどうか知りたいので。

1作目は一人称です。
これを書いたのは数ヶ月前ですが、当時も一人称について考えていたことがあり(ご指摘いただいたいくつかのことと無関係ではない気がしますが、自分の中で繋がり切っていません…)、普段と少し書き方を変えているつもりです。

2作目は三人称です。
作品全体は7万字弱なので、全文掲載はできていません。申し訳ありません。
今回は人称についての知りたいという目的ですが、様子を見て続きの掲載をするかどうかは決めたいと思います。

人称以外にも気になる点がございましたら、ご指摘ください。
繰り返しですが2作目も、ご指摘、ご感想しだいで2週間後に続きを投稿するつもりですので。

よろしくお願いいたします。

コメント

重ねて
49.97.103.13

16
21
22
28

瀬尾辰治
49.96.9.3

小説を買って読むとき、これは一人称とか、三人称です。そんなことは書いていませんよね。
しかし作者の狙いで、最初は一人称なのですね。

書き方が、めちゃくちゃで分かりません。ついでに名前も分かりません。
 夫の○斗は…………兼任するようになった。
そのため、いつも仕事に忙しい。
(そのため……。その箇所からは、視点が変わっているから改行ですよ。当然、一人称の私目線だと、〖私はいつも仕事に忙しい〗ことになります。

毎日、………〖学校〗←?……の期間もある。
(私目線で、忙しい私が……持ってくる? 書き方が変ですね。
学習塾では学校の……。と書いていれば、ちょっと分かります)

犬みたいな漢字、誰?
犬も、家で仕事をするのは〖彼〗の……。
(この書き方だと、〖彼〗は○斗かな?まあそうなるけどね)

休みに二人で……〖二人って誰?〗

主観とか、派手な書き方が多いようなので、ラストまで飛ばしました。

 先へ行くにしたがい………桁違いの大きさだった。
(それは百九十の桁違い? 十九メートルかな? 違う書き方があると思います)
 先へ行くにしたがい………いっそう大きくなった。
 とうとう下まで来ると………見上げるだけで首が痛くなる。
 全体骨格の…………大きさだった。
それぞれ視点が違います。(こういう視点の改行、プロ作家の小説にはよく載っていますよ。某小説の何ページとかね)。

ところで、名前の漢字はなんて読むんですか?

ラピス
49.104.10.89

一作目について
人称については特に気になりませんでした。文のねじれもなく、話もソツなくまとまっていると思います。
ただ、感動しなかったです。
読書の醍醐味は、主人公と一体となって泣き笑い、ハラハラドキドキすることだと思うのですが、主人公について他人事に感じて感情移入できませんでした。
人が共感できる何かを探さないと。何かとは苦労とか悩みとか、誰しもが思い当たることで、簡単に解決できないものがよろしいかと。
ハッピーエンドなら尚更、苦労して掴んだ方が主人公の幸せを喜べます。

二作目について
出だしが分かりにくいです。情報をわざと隠してあるのでしょうが、出だしの次のパートもわかりにくい。わからないことが続いて読むのをやめました。
説明すれば良いってものでもありませんが、もうちょっと情報の描写をして欲しいです。相手の少年がいくつなのか、そこはどこなのか、とか。

以上、私も素人なので、参考程度にして頂けると幸いです。

キタイハズレ
60.116.154.88

一作目について。
女性ならではの機微がよく描写されており、じっくりと主人公の不満や不安が伝わってきました。普通であれば、こういった負の感情が一度に盛り込まれると、読み続けるのが苦しくなるのですが、この作品ではそのようなことにはなりません。
しかしながら、問題解決があっさりしすぎていると感じました。起承転結において、前半はよいのですが、後半が前半に見合ったクオリティではないようです。
また、従兄弟たちとの関係。車いすというのがあまりにも話が飛びすぎで、終わるのも唐突と言わざるを得ません。他にも、従兄を理想の男性として引き合いに出していますが、その割にはからみが少ない。

二作目に関しては、分量不足と言わざるを得ません。
まず、書き出しの部分が謎。もちろん、書き出しにインパクトを求めるのは当然ですが、掲載された作品でつながる部分が見当たりませんね。他にも、情報不足で話の流れが理解できません。

一人称か、三人称か。
これに関しては、一人称の方が読みやすかったと思います。

以上、素人意見でした。

加茂ミイル
223.218.110.173

性欲というのは、セックスだけのことでしょうか、それとも自慰も含めてのことでしょうか?

香川
27.95.81.7

瀬尾辰治さん

ご感想ありがとうございます。

まず、冒頭の箇所。
分かりにくくなってしまっているようで、反省しかないのですが、
「夫の颯斗は大手学習塾に務めて七年目で、今年から教室長と地域責任者を兼任するようになった。」
とそれに続く
「そのためいつも仕事に忙しい。」
という文とでは主語を変えていません。
なので、学習塾に勤めているのも、仕事に忙しいのも、夫の颯斗という意味で書いています。
一人称で書くと主語の省略は語り手と捉えられやすい、ということを失念していた結果、分かりにくくしてしまったのだと思います。
私としては「そのため」が直前の文の「教室長と地域責任者を兼任するようになった」を指しているので、主語を省いても通じるだろうと考えて、多分たかをくくってしまっていたのだと思います。
もっと客観的に文章を見て、分かりやすく書けているかどうか、言葉が足りなくないかどうか、しっかり考えられるようにしたいと思います。
ちなみに、「颯斗」は「はやと」と読みます。
私の知り合いにはこの字で「はやと」と読む人がいるので、珍しい名前とか珍しい読み方とは思わずに書いてしまったのですが、読み手の方が自分と同じ経験をしているわけはありませんから、颯斗(はやと)など、記載方法を変えた方が親切ですね。

それと似たようなことですが、「学校のテスト対策」という言葉が分かりにくい、というのはご指摘を受けてその通りだと感じました。
これも私自身のことになってしまいますが、学習塾で講師をしていたことがありまして、こういう場合「学校のテスト対策」とさえ書いてあれば「塾でテスト対策の授業をしている」と分かってもらえるだろうと考えてしまっていました。
ですが、塾という所で働いたり通ったりしていないと、なかなか伝わりませんね。
ここは配慮が全く足りなかったところだと思います。

犬みたいな漢字、というのは「尤」のことでしょうか?
これは「尤も」で一つの言葉でして、「もっとも」と読みます。
「誰か」を意味しているわけではないのですが、分かりにくい書き方になってしまっていて申し訳ないです。
私自身、言葉をよく知っているわけでも漢字に詳しい訳でもないのですが、だからこそたまたま知っている漢字というのは使いたくなってしまうのでしょう。
ここでは「もっとも」とひらがな表記の方が分かりやすかったと思います。
よく使ってしまうので、これからは注意しようと思います。

このかたまりは、全て「私」から見た颯斗のことを書いています。
なので、「二人」とは「私」と颯斗のことなのですが、ここももう少し書きようがあったかもしれません。

何を省き、何を残すと読み良いか、ということをもっともっと考えないといけないなと感じました。

ラストの方へのご指摘ですが、まず、掲載の仕方がものすごく分かりにくくて大変申し訳ないのですが、これは最初の作品とは全くの別物です。
今回は『「日陰者」たちのメーデー』と『重なる鼓動で暖をとる』という2作品を投稿していまして…。
しかも2作目は文字数の関係で最後まで掲載できず半分も行かないところで終わってしまっています…。
ご理解頂いた上でのコメントかも知れませんが、念のためにお伝えしました。

ご指摘箇所に関して。
「先へ行くにしたがい〜 」の部分の190センチという数字は結斗という人物の身長で、
それだけの背丈のある彼が、その恐竜の大腿骨の大きさにさえ届かない、という風に比較することで大きさイメージを作りたかったんです。
あとに登場する「桁違いの大きさ」と絡めて「190センチと桁が違う」という風に数字を表そうとしたわけではありません。
ここでの「桁違いの大きさ」は「とてつもない大きさ」というのと同じで、ただの強調として使ってしまいました。
意図していないように捉えられてしまうのは書き方がひどく悪いからでしょう。
とりあえず、誤解の原因ともとれる「桁違い」のこうした強調表現を今後使う際は、十分注意しようと思います。

視点のブレに関しては何度か読み直してみたのですが、恐らく私の感覚が鈍くていまいち掴みきれていません。
一応、この話は響の視点に固定して書いているつもりではあるのですが、そこがブレているということか、それとも焦点のズレのことか。
いろいろと自分なりに自分の文章を分析してみようと思います。

ちなみに、2作目のキャラクターの名前ですが、「響」は「ひびき」、「結斗」は「ゆいと」と読みます。
どちらも実際に目にしたことのある名前なのですが、こちらも冒頭でもふりがなを振っていなかったので、付け加えるか検討します。

ありがとうございました。

香川
27.95.81.7

ラピスさん

ご感想ありがとうございます。
そつなく書けているというお言葉には、ひとまずホッとしました。
狙いに書いた通り、一人称であることを意識して少し書き方を変えている(ざっくり言うと描写を思い切り削ってます)のと、
地の文で、語り手以外のセリフを書いたり会話させたりする、という全くはじめての方法をとってもいるので、普通に読めたというだけで本当によかったと思います。
ただ、他の方からはひどく読みにくいというご指摘も頂いているので、いろいろ見直そうとは思っています。

この話は、ある程度私自身を反映した、というのに近いところがあります。
私と同じ状況にこういう人が置かれたらどういう風になるだろう、みたいなことを考えたり、逆にこういう状況に私だったらどうするだろう、といったことを考えながら物語を作りました。
特にいとこの美玖のエピソードは、もちろん大袈裟なことは起こっていませんが、子どもの頃似たような状況にはあって、どうしてもほっとかれることが多かったんですよね。
それについて私がどうこう、と言うよりも、その状況を仕方がないと思えない人はどんな風になるだろう、ということを考えました。

ただ、自分に近いことを書くと、「書かなくても(この程度の書き方でも)伝わるだろう」と思ってしまいがちなので、そういう部分はあったように思います。
それに、かなり特殊なことを書いてもいるし、それを読み手の方に納得させたり、さらに上の共感という部分へ持っていくのには、明らかに洞察の仕方が浅かったのだろうなと思います。

特に、他の方が仰っていたのを拝見してその通りだなと思ったんですが、終盤の解決の仕方が安易だったり雑だったりするんですよね。
ラピスさんの「感動できない」「共感できない」という印象も、そこが原因の一つではないかと思います。

ハッピーエンドならば苦労して掴んだ幸せの方が喜べる、というのはおっしゃる通りだと思いました。
私は間違った考えを持っている人がその考え方を改める、という感じで物語を作ることが多いのですが、
今回は(というか前回も…)その改める部分も雑だったし、間違ったことを考えての独りよがりな悩みが多かったので、もっと好感を持てるような何かが描ければ、そしてちゃんと主人公に能動的なアクションが起こせれば良かったです。

2作目について。
確かに、情報を隠して書こうと思っているのですが、それでも、読み手の方が読み進めるのを止めてしまうほど分かりにくいのは間違いなく問題なので、状況が分かりにくい、というのはしっかり受け止めようと思います。
まだ、情報を隠しながらも状況が分かりにくくならないように書く、というのをどうやって形にしていけばいいかは分からないのですが、少しずつ練習していこうと思います。

ありがとうございました。

香川
27.95.81.7

瀬尾辰治さん

何度も申し訳ありません。
最後の視点についてのご指摘について、勘違いしてお返事してしまいました。

視点がブレていて文章そのものがおかしい、というご意見かなと思ったのですが、
対象物へのフォーカスの仕方が切り替わっているから改行した方が読みやすいというご指摘ですね。
今気がつきました。
そうですね、ご指摘の箇所で確かに視線というかカメラが別の方向や場所へ動いていますね。
こういった改行の仕方は考えたことがなかったので、勉強になりました。
ありがとうございました。

inose
140.227.203.176

おずおずと、しかし引く事なく一歩一歩、性的エゴイズムをやさしく解放してゆく中年女性の凄み みたいな迫力が感じられる作品でした。
男性性に対しての恐れが完全に消える頃になると、「同格の肉体としての尊重」などという段階も実は存在せず、ただ愛すべきツールとして意識下におさめてゆくのみ、みたいな達観というか強さが感じられて、まあ男目線からすると、こういう女性の強さはエロい気分を萎えさせるんですが、その辺の行き違いも示唆されているように思えました。

個人的には「美玖」の性癖のほうがあからさまに面白そうに紹介されているので、そこをもっと深くつっこんだ上で主人公のストーリーと接続させる展開を期待してました。
しかしこれはこれで、一貫してて悪くないと思います。課題を内包している主人公と、それを取り巻いて各種示唆や刺激を与える登場人物達、という形はある意味青春小説のようでした。性ですが。

文章の読み味は、ちょっと面倒くさい感じなんですが、小説らしい要素がしっかりと揃っていて、言葉が過剰過ぎるというわけでもないので、必要なのは整理だと思います。
思いを軸にして、つらつらと書き連ねる方式で言葉を繋げていかれたのではないでしょうか。それでここまで小説に仕上げるのは練達という他ないですが、やはり最終的にエディットで仕上げるべきだと思います。つまり推敲をもっとするべきだということです。

以下、私だったらこういう感じでやっていく、というのを書いておきます。これが正しいというわけでは全くありません。



 夫の颯斗は大手学習塾に務めて七年目で、今年から教室長と地域責任者を兼任するようになった。そのためいつも仕事に忙しい。毎日、午前九時頃に家を出て、帰ってくるのは日付けが変わってから。学校のテスト対策や中学校三年生の入試対策のため、日曜返上で働き詰めの期間もある。たまの休みも、やれ配布するプリントだ、やれ説明会の資料だ、チラシのデザインだ、と言って仕事用のノートパソコンを持ち帰ってくる。尤も、家で仕事をするのは彼のポリシーに反すると言い、休日にはどこか外でコーヒーを飲みながらパソコンのキーボードをカタカタ叩いているらしい。そんな風だから、休みに二人で出かけるなんてことは記念日以外にはありえないし、私が言わなければ、その日だって忘れている。


 冒頭、普通の家庭の状況説明で、文をこれだけ繋げても、利点は少ないと思います。
「忙しさ」のイメージが文章の忙しなさから伝わる、ということはあるかもしれませんが、それより読み辛さや圧迫感を与えすぎて、ツカミの本題である次の段落の「私の気持ち」まで印象がおっつきません。


>毎日、午前九時頃に家を出て、帰ってくるのは日付けが変わってから。

 意味は正しいですが文末で日付に触れているので「毎朝」とした方が自然だと思います。


>学校のテスト対策や中学校三年生の入試対策のため、日曜返上で働き詰めの期間もある。たまの休みも、やれ配布するプリントだ、やれ説明会の資料だ、チラシのデザインだ、と言って仕事用のノートパソコンを持ち帰ってくる。

 作品にとって、そして読む側にとって、あまり重要では無い内容で重複に近い説明がされているので絞ったほうがいいと思います。
 私なら、

” たまの休みも、やれ生徒に配布するプリントだ、やれ説明会の資料だのと言って、仕事用のノートパソコンを持ち帰ってくる。テスト期間前は、日曜返上が続くこともざらだ。”

 ぐらいにしておきます。


>尤も、家で仕事をするのは彼のポリシーに反すると言い、休日にはどこか外でコーヒーを飲みながらパソコンのキーボードをカタカタ叩いているらしい。

 これはストーリー的に重要な一文ですが、途中に挟み込むと煩雑になるので後に回したほうがいいのではないでしょうか。つまり、

” 夫の颯斗は大手学習塾に務めて七年目で、今年から教室長と地域責任者を兼任するようになった。そのためいつも仕事に忙しい。
 毎朝、午前九時頃に家を出て、帰ってくるのは日付けが変わってから。たまの休みも、やれ生徒に配布するプリントだ、やれ説明会の資料だのと言って、仕事用のノートパソコンを持ち帰ってくる。テスト期間前は、日曜返上が続くこともざらだ。
 そんな風だから、休みに二人で出かけるなんてことは記念日以外にはありえないし、私が言わなければ、その日だって忘れている。”

としておいて、

” けれど、そのくらいなら我慢できる。仕事だからと思えば、仕方がないと思える。
 彼も気を使ってくれているのか、仕事を持ち帰った休日には、「家庭の空気を壊したくない」などと言って、わざわざノートパソコンを抱えて、どこか近所の喫茶店へと出かけてゆく。コーヒーを飲みながらキーボードをカタカタ叩いているらしい。
 私が気に食わないのは、そんなことではないのに。”

などというふうに意識の流れを整えます。(この例は改変が多すぎて本来作者さんの言おうとしている事が失われてしまっているかもしれませんが)


>私の心へピシリと一本入っていたヒビは、ある日クモの巣状に広がることになった。

 うっま! という表現なんですが、性急にまとまり過ぎていて、急にこれだけ出されると浮きます。
 「いかようにして」ヒビからクモの巣状に広がったか、という部分を併せて書いていかないと、もったいないと思います。
 先ずは颯斗が忙しすぎる部分でピシリ、
 次に「やめろよ」でクモの巣状になったってことですよね、それぞれの場所にこの心理描写を入れ込んだほうがいいんじゃないですかね。

>電話があったのは心にクモの巣みたいな亀裂が入ったあの出来事の翌日だった。

 本文でつかった表現をそのまま引用して再利用してしまったらせっかくの上手さが安っぽさに転じてくると思います。

瀬尾辰治
49.96.9.3

香川さん、
桁違いの箇所、ボケとツッコミを書きすぎてゴメンなさい。謝ります。
ただ、書きすぎではなく、普通に書いていれば読者(自分)なりの風景・場面はそれぞれ自然に思い浮かぶのかな、と思います。
映画とは違い、読者って自分なりの想像と風景はあるんじゃないのかなー。

漢字は、「はやと」
人の名前だと思ったのは、「もっとも」。だったんですね。覚えました。

視点ですが、機会があるなら、
五木寛之の青春の門 第八部 風雲編。51ページの終わりごろから、
 先に行くにしたがい…………。
と、似た感じで幾つか改行しています。
本屋で立ち読みをするだけでも、視点の参考になると思います。

東野圭吾 眠りの森。
23ページから53ページ。24ページからは、とくに参考になると思います。
そのふたつを何度も読み比べていると、どうして改行するのかが、自然に分かると思います。
(自分は必要な箇所だけしか読まないのですが。それぞれのその箇所だけは、なるほどねー。なんですよね)。

ただ、人のは分かるけど、自分で書いている物。直ぐには分かりませんねー。
返信は不要ですよ。
漢字、ありがとうございました。

えんがわ
165.100.179.26

『「日陰者」たちのメーデー』
丁寧に筆致されたのが伝わってきます。
推敲とか、ここまで磨いてこそ、なんだろうな。

胸を強調しセックスを求める冒頭から、話し合いで会話によって(肉欲を言葉で伝え合う)解決に向かう為に、身体から心へと一つ上品で暖かな感じに読後感が落ち着くかなって思いました。
そこからオチで、エロ動画、エロ妄想とまた肉体に帰って来るのに、ちょっとびっくりしたのですけど。
これが現実的な女の在り方なのかなって。
綺麗に終わらない良さが、良くも悪くも出ていると思うんです。

>今の自分は春巻きにすら劣るのだ
>美玖は精神状態が化粧によく表れる

こういう思考や視点は、ビシリと自分にヒットして、なるほどなー、こういうのもあるんだなーって。
こんなのを知ると、読んでいる楽しさが加速します。

わたしの夫婦生活と、車いすの女の子のエピソードが並列して書かれるのですけど、ここはちょっと疑問があります。
以前のジャズの同性愛ネットLINEもの(タイトル失念、すいません)にも似た感覚を書いた覚えがあります。
うまく連動していないような、個別に仕切られているようなのと。
車いすのエピソードの非現実感が、デリヘリや足を傷つけるなど、余りにありえない非現実的なフィクションに映ります。
それがわたしのエピソードのありうるなって現実感との対比よりも、なんかそのフィクションさが侵食するというか。
ありえないって感覚が全体に及んで、それがわたしエピソードの身近さを遠いものにしてしまった気がします。

どちらも素材として面白いので、突き詰めていけば、多分車いすエピソードも別の小説に書き上げれば、なにかしらのものになる気がします。
辛口に言うとエピソードの素材の欲張りすぎかな、牛乳とラーメンを合わせて調理してそれを組み合わせる料理スキルは感じるけれど、それを感じるだけに変わり種としての美味しさになっちゃうよね。みたいな。むしろスイカやメロンも入れとけ。みたいな。何言ってんだろう。
かくに自分のコメントは無責任な思い付きです。


『重なる鼓動で暖をとる①』
ボーイズラブは自分は範囲外です。
全文掲載されていたら読まなかったと思います。
この長さを一息で読み切れたのは、なによりも文章が安定していてスムーズだったからです。

前のと含めて、料理が上手い人ってモテるねって思いました。
それは反面、人の魅力を料理に絞り過ぎているのかもしれません。
でも美味しい料理は、確かに魅力的です。
チキンライス、食べたい。


寒暖に惹かれました。
冒頭の血液の流れを感じさせる温かい一コマ。
そこから派手で無機質なネオン街の冷たさで落差を作って。
ピアノ金属の冷たい触感を主人公が背負っているのを伝えて。
料理の湯気を感じる温かさで、ほっとさせる。

思うに、主人公の同性相手の少年が、余り男性としての魅力を感じないんです。
料理が上手で気配りがある。
これはやっぱり男の投影する女性像、特に理想の母親像に近い気がします。
本作では母親は出てきませんが、主人公は母親の愛情のような母性に飢えてるのかなって、ちょっと想像しました。

ただ、それは同性相手をちょっと変わった女の子にしても違和感がないほどに、女性的で。
どうなんでしょう。こういうのがBLモノとかの感じなんでしょうか。
これから「彼」ならではの魅力が出てくることを願います。
父親的な男性のトラウマを解決するのが、女性的な母性だけでは、深みがこう。うーむ。

これは門外漢なんで良く分からないし、続きを投稿なされても自分はリアクションするか分からないのですけど(基本的に感想返し専門)なんで。
これも無責任なコメントでごめんなさいです。

香川
27.95.81.7

キタイハズレさん

ご感想ありがとうございます。

まず1作目について。

感情描写についてお褒めいただき、ありがとうございます。
今回のものは一人称の書き方を少し変えようと思って挑戦したものです。
リアルタイムで起こっていることを描写する、と言うよりも、その出来事とある程度距離を置いた当事者が口で説明する、みたいな感じにした方が一人称ではそれらしくなるのかなと思いまして。
なので、描写部分を思い切り削って、少し独白っぽい感じに近づけようと思いました。
それが多少は上手くいって、他の描写をしない分、感情描写に分量を割けたのかなと思います。
自分では出だしからちょっとダイジェストっぽくなっていないかな、と心配だったので、安心できました。

問題解決があっさりしている、というのはまさにおっしゃる通りだと思います。
後半は確かに安易な展開に持ち込んでしまったと思いますし、もっとじっくり描く必要もありました。
たぶん、悪癖の一つなのですが、書きたいことほど書き急いでしまって、上手くいかないことが多い気がします。

車いすは実はかなり書きたかったことの一つです。
他の方へのお返事にも少し書いたのですが、美玖のエピソードは多少私自身の経験を反映しているというか参考にしていて(車いすとか自傷行為はありませんが)、感情を掘りさげる中で車いすエピソードは作り出しました。
こう、寂しさがねじ曲がって、自分が構ってもらえないのは病気や障害がないからだ、という感覚になってしまっていたところに車いすを目にして「これだ!」と思ってしまった、みたいな感じを想定していて。
そういう美玖の感情が、終盤で自傷行為を明らかにするところで、読み手の方にも伝わるように書きたかったのですが、これは上手くいっていないのかもしれません。

終わるのは唐突ですね。
ここは本当にその通りです。
もっと主人公にアクションを起こさせて思いとどまらせる、という風にすべきだったと思います。
同じ解決の仕方でも、その状況に持っていく段で主人公を絡めるべきでした。

澪くんはほとんど個人的な萌えから理想の男性として主人公に見させていました…。

2作目について。
こちらの方までお読みいただき、ありがとうございます。
文章に関しては、私は三人称で書く方が多いのと、今回は特に一人称の書き方が心配だったので、三人称よりも一人称の方が読みやすかったというご意見は、嬉しさもありますが(一人称の修正の方向が間違っていなかったのかもという点で)、ですがやはり反省の方が大きいです。
多分これからも三人称で色々書いていくことが多いと思うので、気をつけなくてはと思います。
描写がちょっとしつこいかも知れませんね。上手くはないですが、どちらかと言うと描写厨なタイプなので…。

また、今回、一人称との比較として三人称の方も見ていただきたくてこちらの作品を掲載しましたが、内容的には7万字のものの2万字程度までしか載せられていないので、せっかく読んでいただいたのに何も解決しないし、解明されないしで大変申し訳ないなと思いました。
かなり掲載の仕方をどうしようか迷ったのですが、上手く比較できそうな最近書いた三人称に短いものがあまりなくて…。

今回、ミステリ的に謎を多く散らして書いたのですが、たぶん手際が全くなっていないのだと思います。
そもそも、ミステリのインプットも明らかに足りないですし、本当に力不足知識不足だと思います。
これから少しずつ、こういったものもきちんと描けるように努力しようと思います。

ありがとうございました。

香川
27.95.81.7

加茂ミイルさん

コメントありがとうございます。

これは主人公の視点から書いた文章なので「夫に性欲がない」とは言っても、それは妻の主観にすぎないんです。
主人公は夫が自分に触れようとしないことから、そんな風に感じているだけで、自慰行為をしているかどうかは特に考えていません。

お話自体は、そういう風に感じていた主人公の考えが変化する様子を描いているので、実際には性欲はありますし、自慰行為もしているでしょう。

ありがとうございました。

香川
27.95.81.7

inoseさん

ご感想ありがとうございます。お返事が遅くなってしまって申し訳ありません。

頂いたコメントの最初の一文がとても嬉しくて、こんなふうに読んでいただけるのは本当にありがたいなと思いました。
性的エゴイズムの解放、ということを意識しては全然いなかったのですが、言われてみれば主人公の性的欲求はエゴの傾向が強いなと思います。

ラストは自信回復によっての積極性、というと安っぽくなってしまいますが、とにかくそういうものを一番意識していたかもしれません。
それまではセックスに関して、彼の奉仕的なやり方の結果、受け身でいるしかなかったわけなんですが、
その理由が自分にあるわけではないと分かったので、彼が作っていたバリアをぶっ壊して自分が奉仕側に回ってやろう、という感じをイメージしていたんですが、
ここに関しては読み手の方が色々想像巡らせられればいいのかなとも思います。

美玖のエピソードの方が…というご意見は、ご尤もだと思います。
障害者専門のデリヘル、というのはそれだけでインパクトがありますし、物語として描きがいも読みがいもあるものですから、
こういうものを持ってくるなら、やはり物語ともっともっと絡めるべきだったなと思います。
ひとつの物語から派生させていろいろなお話を書くことが結構多いので、もしかしたら別作品としてそういうものを書いてみるかもしれません。
今のところ、澪くん主人公のお話が頭の中にあってデリヘル関係は特に何も思いついてはいないので書かない可能性も高いですが…。
とにかく、ここは仰る通りだと思いました。

青春群像みたいなものが好きなので、それと近い形で読んでいただけたのだとしたら、それもとても嬉しいです。

あまり自覚はない(自分では問題に気づかないことが多い)のですが、文章整理は苦手なようで、これまでにも何度か文の順序を入れ書いた方が良いというご指摘を頂いています。
思いを軸に…というつもりはなかったのですが、文章をより一人称らしくと思い、普段に比べると読者に対して思いの丈を語る、という感じの書き方にしようと思って書いていたので、
その結果、思いを軸にして書き連ねるという方法になっていたのかもしれないなと思います。

例として挙げてくださった改善案は、私のものより断然断然読みやすくなっていると思います。
特に言いたいことが失われているということもありません。
一度に全部語ろうとせずに、もう少し説明を散らして書いた方が読み良いんだなと気がつきました。
ありがとうございます。

心に入っていたヒビがクモの巣状に…みたいな表現に関してですが、あまり自分では意識もせず、冒頭の場面に入る前にワンクッション入れておこう、というような感じで書いていたので、お褒めいただいて驚きました。
文章の中で浮いているということなので、これは潔く削った方がいいかなと思いました。
本当に自分としてはなくてもいいかなくらいの表現だったので、もう少し普通の言い回しにしようと思います。

ありがとうございました。

香川
182.250.47.24

えんがわさん

ご感想ありがとうございます。
丁寧…とおっしゃっていただけたのは意外というか、
意図的に描写を削っていたのですけど、それにしても展開早くて雑になってしまっているかなと思っていたので驚きました。
たぶん、えんがわさんの競馬のお話の方がよっぽど丁寧ではないかなと思います。
目の前の物事を慎重に丁寧に掬い上げていることが分かる文章ですから。
そうやって細かに描写した作品の方が、分量が増すし描写自体が難しくなりますから、どうしても粗が目立ちやすくなってしまうのは当然かなと。
私も下手なりにいろいろ書くのでそういう難しさは分かります。

オチに関しては、正直、私としてはこれ以外には考えられなくて。
それまで鬱々つらつらと書いてきた分、最後は吹っ切れた気持ちの良さで終わらせたかったんです。
それと、すごい昔のドラマですが『アリーmyラブ』や、これも古めですが『デスパレートな妻たち』みたいなドラマのガールズトーク的なものにしたかったんですよね。
ああいうの好きで。

以前の作品に関してなんですが、実はあれを投稿した際に書いていたものが今作です。
いろんな要素を散りばめて、描写抑え目の文章でコンパクトにまとめる、という点で共通していたため、
そういう作品を上手く書くにはどうしたら良いだろう、というのの参考にしたいと思っていました。
前回、えんがわさんはじめ何人かの方にひとつひとつの要素が繋がっていないというご指摘を頂いていたので、
今回はきちんとそれぞれの共通項を自分なりに探して、終盤でその繋がりを提示するようにしたつもりだったのですが、他の方に読んで頂くと自分で思っているようには書けていないのだと分かりますね。
共通部分についてもっとよく考えるなどしてこのままの状態でより良いものを目指すか、それともえんがわさんが仰るように要素を減らしてじっくり書くようにするか。
そもそも、普段の書き方は後者なので(全文掲載してませんが2つ目に書いたような、お話進んでるか進んでないか分からないようなのを書くことの方が多いので…)これからしばらくは内容を抑えて書くと思うのですが、
しばらくしたら、また短い中で複雑に、というのは挑戦するかもしれません。
まだわからないですが、そういうのも書けるようになりたいという気持ちがあるんですよね。

実は車椅子の方が書きたかったことで。
最初は突飛に見せておいて、だんだんにその突飛さの背景にあるものを見せて、終盤できちんと地に足をつけたものにしたいと思っていました。
それが、他の要素とまぜこぜにしたせいで大味になって表現できなかったのか、
そうではなくて根本から失敗してしまったのかは分からないのですが、ここはしっかり自分の文章を見直してみたいと思います。

2作目についてもありがとうございます。
苦手なものなのに読んでいただけて、ありがたいやら申し訳ないやらです…。

料理に関しては、近年は飯テロにハマってまして、おいしそうなものを書くのが楽しいんですよね…。
あとは、ご指摘受けて気がついたんですが、生活の匂いを出したいな、という時に食べ物の描写を使ってしまうことが、かなり多い気がします。
料理自慢してる人を冷ややかに見つめるお話とかも書くので必ずしも人物の魅力に利用しているわけではないのですが、
何かあると食べ物に頼りがちというのは確かにありますので、もう少し考えて使うようにしようと思います。
料理以外にも生活感を出せるものってたくさんありますからね。
もっと幅広く、いろんなものの描写からそういう雰囲気を伝えられるようにした方がいいなと思いました。

寒暖は狙っていたので目をとめていただけて嬉しいです。

相手側の青年に関しては、ごく個人的な好みの話になってしまうのですが、
いつも丁寧で、穏やかで、敬語を使って話す男性が、感情が抑えられなくなった時だけタメ口になる、みたいなのが好きでして…。
終盤ではタメ口だったり怒鳴ったり乱暴なことしたりっていうのがちょっと出てくるんです。
表面とのギャップを作るのが好きで…。
そういう一面を出しているからと言ってえんがわさんの仰る問題の解決になっているかは分からないのですが、とりあえずBLは萌え重視でいこうと思っているので、個人的にはこれでいいかな…と思っています。

続きに関してはお気になさらないでください。

ありがとうございました。

ちくわ
180.63.136.143

こんにちは作品拝読いたしました。

以前、香川さんは三人称の作品の方が主なんですよ、っておっしゃっておられましたね。
なるほどそうなんだなって、今回併記していただいたのでよくわかりました。

主人公視点の三人称と、一人称とは書いていてそれほどの差は感じられないと思います。
両者にはそれほど相違点が無いからじゃな。

・そんなはずがあるわけないじゃないか。

・ほのかはそんなはずがあるわけがないと思った。

こんな感じじゃろかね。
両者の差異はたぶん微妙じゃし、書ける人ならばあまり意識しなくても書き分けられる思います。じゃよね。
たぶん香川さんは三人称的な造りで一人称を描いています。
前回「細部」を詰める件でお話をしたように思います。

>だから私が「もっと細部を描きこもう」と思って書いてもちくわさんが仰っている問題の解決には、全然ならないのではないかなと、そんなことばかり考えてしまいまして…。

つまり一人称で書かれている前作は、三人称でいうところの状況描写が多用されてはいないだろうかってことじゃ。

>彼女の目で見た彼女の世界を創らなきゃ、なにも語ってないのと一緒なんじゃ。

ちくわは前回こう述べました。
一人称は主人公の心中を全て書くことができるので、たぶん三人称よりは色が出しやすいはずなのじゃな。いきなりどういう考え方をする人物なのか、ガツンと提示できるんじゃ。

>美玖は幼馴染なんだけど、ちょっとおかしなやつで、病気がちの弟にばかり両親がかまうものだから、それで拗ねて、バイトして車椅子買ってそれに乗って生活してる。ほんと甘ったれてるというか、根っこが曲がってるよね、頭のねじ飛んでんじゃねえかってカンジ。

たとえばこう書きますと、ほのかさんのイメージはがらっと変わりますな。蓮っ葉な軽さはあるし、ちょっといじわるなのかもね、って感じになりましょう。
けど、なんの説明描写も必要としません。キャラの持つ色は読者にすぐに掴めます。
香川さんの一人称がかなり抑圧されてる気がするのは、そういうとこなんじゃなかろうか、「ほのかさん」というキャラになりきって彼女の思うこと、彼女ならこう言う、彼女ならこんな行動をするだろう、そういうとこが薄いんじゃな。もっとわがままに「自分」を表現してみたほうがいいす。

夫がセックスをおざなりにして、わたしはすごく悲しいのだけど、それをストレートには言えない。困ってるし不満だ、どうしたらいいんだろう。ーーという人格を、主人公に託して書くべきじゃろうよ。




ということで細部のおはなしは終わります。


今作の感想はじゃね、後者の方がいいなって思いました。こう都合よく行くかねえっだろうよて部分はあるんだけど、それを言い出したらお話になんないので、ちょっと目をつぶるとやね、けっこう面白いのでした。(ちくわもBL系はほぼ読まないけどね)
隠されてる部分があるので、それも牽引力になりそうだしね♪

最初の作はやはり解決までの道が安直で、おいおいお前らホントにそれでいいのかよおって不満があるし、美玖さんの車椅子や障害者のお話との繋がりが見えず、バラバラな感があります。
伏線アイテムが「春巻き」しかないし。(これもやね、たとえばこう作るから旨いのだ、みたいな細部を語らせたりしたらいいのにな)
まだまだじゃ。


ともあれ、あんまり人称に拘泥するのではなく、楽しく書いてください。
ちゃんと書けていますからね。
それではまた。

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