作家でごはん!鍛練場
加茂ミイル

ここからひとから

 先月、気だるい5月の憂鬱に包まれながら23歳の誕生日を迎えた木下二葉は、新宿駅そばの路上を、すれ違う人々に怯えるような様子で歩いていた。彼は、朝からずっとこの界隈を悶々とした面持ちで歩き続けていたのである。
 彼は、去年、大学4年の時、30社以上を超える会社の採用試験を受けたが全て不採用となり、何の仕事にも就かないまま、今年、陰鬱な春を迎えた。やけくそのニート生活もそろそろ3か月目にさしかかろうとしていた。
 彼は何の用事もないままに、実家から電車で1時間の距離にある新宿を訪れ、ついさっきガストでハンバーグ定食を食べたばかりだった。ハンバーグ定食を注文した際も、「定食」という言葉が頭の中で「定職」に置き換わり、やりきれない気持ちになった。
 彼は、食事を終えた後も、えんえんと新宿の街を歩き続けた。あてもなく、ただひたすら歩き続けた。
 考えてみれば、ガストで食事をとるだけなら、何も新宿まで出て来なくても、地元の駅前でも目的は達成できたはずだった。せっかく新宿まで来たのだから何かいつもと違うような体験がしたいと思ったが、いくら歩き続けても、彼が求める物はどこにも見つからなかった。そもそも自分が何を求めているのか分からなかった。
 歩いても、歩いても、目的地と呼べるものにたどり着けず、ただ、意味のない他人の群れの間をひたすら縫って歩く疲労感にうんざりしかけていた時、たまたまカラオケ歌王夜・新宿2号店の前を通りかかった。彼は、その入り口に立てられた看板に書かれているキャンペーン情報に衝撃を受けた。
「おひとりさま 大歓迎 1時間無料」
 二葉は、思わず立ち止まって考えた。
 ひとカラ……最近よく目にする言葉だ。1時間無料。そそられるではないか。
 自分はまだひとカラ未体験だが、世の中では既に大いに流行っているらしい。それは、もはや恥ずかしいことでも何でもないのだろう。ハロウィンの夜に群衆になって騒ぐことと比べて、どちらが恥ずかしいというのか。一人で何かに取り組むことがそんなに恥ずかしいことなのか。どうして世の中の人間たちは大勢で群れることは恥ずかしいと思わず、孤高に生きる人を白い目で見るのか。その反対があって、どうしていけないのか。
 以前から二葉の心が群衆の側に立ってひとカラする人間を嘲笑したい人格と、群衆の事なかれ主義に反抗したい人格が分裂することはよくあったが、この時ばかりは後者の方が前者を圧倒しかけていた。
 だが、いざ決断しようとすると……一人でカラオケ店に入り、一人で歌う……視線恐怖症の彼にとっては非常に勇気のいる行動だった。
 看板とにらめっこしながらしばらくの間躊躇していると、一人の背の高い美女が風のように颯爽と中に入って行った。明らかに高価と思われるどぎつい真っ赤なワンピースを着こなし、肩で風を切って歩く姿からすると、よほどの自信家に違いない。彼女はまるでこの店の経営者かと思えるほど居丈高な態度で受付を済ませると、小さなかごを受け取り、廊下を奥へと進んで行った。
 あんなにも今を時めく格好をして、金で買える友達なんてたくさんいそうな人でもひとカラするのか、と二葉は驚いた。だとすれば、これはもうビクビクせずに堂々とやっていいことなんじゃないかと勇気づけられたが、その一方で、いや、あれほどかっこいい人物だからひとカラをやっても様になるのであって、みすぼらしい自分がやったら、分相応のみすぼらしさになるに違いないと意気消沈した。
 しかし、このままここを去るのは寂しい気もした。あの女性の堂々とした態度から何かしらの感銘を受けた彼は、思い切って自動ドアの前に立ってみた。ここが彼にとって清水の舞台。
 しかし、センサーがうまく反応しなかったのか、数秒の間、ドアが開かなった。そうしているうちに、彼は何か足元からざわざわ寒気というか悪寒のようなものを覚えるのだった。
「やっぱりやめよう」
 彼がそう思いなおして、立ち去ろうとした瞬間、彼を引き留めるようにドアが開いた。
「いらっしゃいませ!」
 と綺麗な二人の若い女性店員から明るい元気な声で挨拶された。たったそれだけのことで、二葉は魔法をかけられたように夢心地になってしまった。美しい店員たちはまるで王を迎える宮中の女たちのようにニコニコしている。心のこもった温かい笑顔だ。ひきつけられずにいられない。そういえば、以前何気なく目にしたこの店のホームページには、店のコンセプトとして「私たち社員一同はお客様一人一人を絶対王政時代の超イケメンの王様のように崇めつつ、奴隷でもかくやと思われるほどの献身的なサービスを心掛けてまいります」と書かれてあったのを、何となく、ぼんやり覚えている。いや、もしかしたらこの店ではなかったかもしれない。だが、ここもきっとそれくらいのサービスは心掛けているだろう、時代の流れとして。だとすれば、それだけでも素晴らしい会社だと思わずにはいられないではないか。そして、目の前にいる二人の女性は、まさにその会社の求める崇高な理想を体現している。もちろん、それはしょせん商売の論理に過ぎず、いったん店側と客という関係から離れてしまえば、ただの冷たい赤の他人になるに違いない。だが、少なくともこの瞬間だけは、自分は彼女たちに必要とされている、夢を見させてもらえる、と二葉は思った。だから、ここまで来て中に入らないわけにいかなかった。
 彼は、レジの前に立ち、テーブルに目を落としながら、
「からひと」
 と彼は言った。フロイト風に考察するならば、これはたから見てちょっとした言い間違えのようでありながら、実はどうしても「ひとカラ」と口にしたくなかった彼の潜在意識がなせた悪事なのであった。
 しかし、店員はすぐにその言葉の意味するものが「ひとカラ」であることを察した。
 子供が教師の前で自分の犯した悪事を告白するみたいにビクビクした挙動不審な態度で彼は尋ねてしまった彼は王の冠も豪奢なコートも脱ぎ捨てたも同然だった。
「はい、現在、一時間無料キャンペーン実施中でございます」
「あの、それをちょっと自分は、この際、こ、この機会に、僕は、ちょっと試しにと思い……からかい半分でここに来たんです……」
 と彼は気取った司会者みたいにレジの台にに肘をついて寄り掛かった。そうすることで、自分がリラックスしているということを相手に印象付けようとしたのである。
「はい、承知いたしました。おひとり様ですね?」
 それを言われて、二葉の緊張は極度に達した。こめかみにピストルを突き付けられたような心境だった。
「ええ、あの、他に……誰も、いないみたいですね……」
 と彼は、自分がいかに滑稽で恥ずかしいことをしているかということに想いも及ばず、後ろをキョロキョロ振り返りながら言った。もはやその奇行は精神異常のレベルに達していたが、店員は気にしていなかった。
 二葉は会員カードを作るために、用紙に住所氏名を書き込んで行った。そうこうしているうちに、彼の最初の緊張はおさまって来た。とりあえず、最初の一番気まずい瞬間を通過することが出来て、彼はホッとした。気が付けば店員たちの笑顔に囲まれながら、彼は勘定書とドリンクバーのコップが入った黄色いカゴを受け取っていた。何だか、気持ちがほっこりした。
 二葉は、頭の片隅で、「新興宗教に入信する時ってこんな感じなのかもしれない」とふと考えた。いや、「かもしれない」のではなかった。彼自身、もうぼんやりとしか覚えていないのかもしれないが、実は彼は高校時代、クラスメートから「面白いことがある。全て思った通りになる」と言われて、誘われて郊外の一軒家を訪れたところ、そこが実はある宗教団体の支部だった。そこに、知らない男性1人と女性1人が現れて、彼を強制的に入信させようとしたのであった。一時間ほど、説教され、なじられつつも、彼はかたくなに拒否を貫いた。監禁されたり、殺されて死体を山中に埋められるというような結果にはならずに済んだが、彼の心にはその事件が一生のトラウマになった。あまりにも過酷な経験だったがゆえに、彼はその記憶を意識の地下室に抑圧しているのだった。彼を勧誘した友人とはそれ以来も表面上変わりなく付き合いを続けていたが、それでも、あまり上手く説明出来ないが、確かに何かが変わってしまった。彼は無意識のレベルでその友人を避けるようになっていた。
 しかし、現在彼がいる場所は宗教団体の支部ではなく、賑やかな都会のカラオケ店だし、ひとカラはれっきとした最先端の娯楽なのである。何も怯えたり、恐れたりする必要などないのだ。思いっきり心に溜まった汚いものを全部吐き出して、カラッとした気分になって、また明日を生き抜けばいい。ためらうことなんて何もないじゃないか。そうだ、思い切り楽しもう! 彼はそんな気分になっていた。そして、1人で歌えるくらい強くなれたら、もう一度就職試験に挑戦しよう。彼の気分は明るく高揚していた。
 二葉は長い廊下を進みながら、ちらっとドアのガラスごしに他人の部屋の中を覗いてみると、先ほどの美女らしき人物が歌っているのが見えた。6番ルームだった。何を歌っているのかは分からないが、片手にマイクを持って熱唱し、もう片方の手でマラカスを振って、それに合わせて自分の頭も激しく上下に振っていた。それから、どういうわけか1人で大笑いし出した。何にウケているのか分からなかった。二葉は見てはいけないものを見てしまったような気がしたし、彼女が抱えている心の深い闇を覗き見たようで後ろめたかった。
 彼は自分にあてがわれた部屋を探して歩いたが、なかなかたどり着けない。広い迷路のような構造をしたフロアだった。
 勘定書には108番と書かれているが、まだ10番台の廊下を歩いている。本当に108も部屋があるのだろうか? 
 角を曲がると、今度は20番台の部屋が並ぶ廊下だった。
 21番、22番、23番……と部屋の前を通り過ぎる。
 そして次の角を曲がった時である。
 いきなり、突き当たりの壁に行きあたって、そこから先には進めなくなっていた。ただ、足元を見ると、マンホールのような丸いふたがあった。さらによく見ると、「ここを開けて先に進んでください」という文字がふたの表面に彫られていた。不気味に思いながら、二葉はそのふたを開けてみた。すると、そこは地下へと続く階段になっていた。
 階段の内部はうす暗かったが、先に進まなければ108号室にたどりつけない。彼は怪しみながらも階段を下りて行った。
 驚いたことに、階段の左右の壁にはたいまつが灯されてあった。イミテーションかと思ったが、顔を近づけてよくよく観察すると、どうやら本物だった。何故、蛍光灯やLEDでないのか不思議だった。これも場を盛り上げる演出の一つなのだろうか。
 おぼつかない足取りで階段を降り、地下に着くと、また長い廊下があった。ここも左右の壁に据え付けられたたいまつで明かりがとられていた。床も壁も天井も石ブロックを積み上げた造りになっていて、古代の王城の内部を探索しているような雰囲気である。
 彼は前に進んだ、31、32、33……の部屋が左右に交互に並んでいる。
 何度か突き当りの角を曲がり、また長い廊下を歩いて、を繰り返しながら、ようやく80番台の廊下まで来た。彼はへとへとになっていた。一時間無料のキャンペーンだったが、部屋にたどり着くまでに20分くらい経過してしまいそうだった。
 80番台の角を曲がると、また突き当りになっていた。ただし、今度は階段ではなく、大きな宝箱が置かれてあった。
 天井のスピーカーから、
「宝箱の中のアイテムを入手してください」
 というアナウンスがあった。
 彼は言われた通りにした。
 ふたを開けると、中に、剣のようなものがあった。彼はその柄をつかんで、剣を自分の顔の前にかざしてみた。
 すると、ギギギという音がして正面の壁が左右に開いた。そこからまた長い廊下につながっていた。
「次のステージにお進みください」
 という指示があったので、彼は前に進んだ。
 今度は左右に90番台のルームが並んでいた。108番のルームまであと少し。
 廊下の半ばまでさしかかった時だった。突然、甲高い鳴き声をあげながら、こうもりの群れが彼目掛けて飛びかかって来た。
 彼は腕をかざしてこうもりの襲撃から身を守った。
 すると、
「勇者のソードでこうもりの群れを振り払ってください」
 というアナウンスが流れた。
 彼は無我夢中で剣を振り回す。すると、こうもりたちはバサバサと地面に落ちて来た。
 10匹ほどいたのだろうか、それらの全てを退治すると、今度は前方から体中を包帯で巻かれたミイラがこっちに近づいて来る。
 敵か味方か、いや、味方なわけがない。と考えていると、突然ミイラの両目がギラッと光った。直感的に危ないと感じた二葉は左側にジャンプした。するとほぼ同時にミイラの双眸からレーザー光線が炸裂。床に直撃して石畳が黒く焦げたが、床を転がりながら避けた二葉はかろうじて右腕にかすり傷を負っただけで済んだ。
 攻撃にエネルギーを使ったせいか、一瞬、ミイラの動きに隙が出来た。それを見逃さなかった二葉はソードを脇に構え、突進し、えいやとミイラの心臓を一突きした。不意をつかれたミイラは「ぎゃあああ」と断末魔の悲鳴を上げて、どさっと正面から床に倒れた。
 二葉は念の為、ソードの先で、ミイラの背中をつんつんと突いてみたが、ミイラはぴくりとも動かない。包帯でぐるぐる巻きされたその中に、一体どんな生き物が包まれているのであろうかと、ちょっとだけ好奇心を刺激された二葉が手を伸ばしてその包帯を解こうとすると、
「余計なことはせずに、そのまま前にお進みください」
 落ち着いたどっしりした声がスピーカーから聞こえて来た。
 我に返った彼は、ミイラに伸ばした手を引っ込め、指示に従って廊下をさらに前進する。
 右手に99番のルームを見つけた。そして、廊下は突き当りに差し掛かり、そこから右側に続く曲がり角。
 とうとう100番台の廊下だ。
 と思った瞬間、
 突然彼の行く手を塞ぐように巨大なモンスターが現れた。
 巨大なトカゲの容貌をして、口からはひゅるひゅると細長い下を繰り出している。両手と両足に、それぞれ5本ずつ伸びている爪は象牙のように長くて太くてたくましい。
 毒々しい水玉の模様がついた巨大な尻尾をビュウン、ビュウンと突風が大気を裂くような音を立てながら縦横無尽に振り回す。この世の物とは思えないその動作のおぞましさが二葉の戦意を阻喪させる。
 巨大トカゲは水かきのついた手を伸ばして鉤爪によるコンボ攻撃を繰り出す。二葉がそれをうまくかわすと、今度は右ひじ、左ひじを交互に出し、二葉のあばら骨を粉砕しようとする。
 二葉がそれも間一髪で避けると、そのまま前のめりに突撃する巨大トカゲの強烈な肘打ちで壁が粉々に崩れる。
「その敵キャラはあなたの手に負えません。今すぐ98番のルームに避難してください」
 とのスピーカーからの緊急アナウンス。彼は迅速にそれに従う。
 98番ルームに駆け込み、内側からドアを閉める。鍵はかからないので、ソファをドアの前に移動させてバリケードを作る。
 トカゲがドアを叩いて、中に侵入しようと試みている。
「どうしたらいいんだ!」
 彼が助けを求めると、
「熱唱しなさい!」
 と田中真紀子に似た声で、激越なガイダンスがなされる。
 彼は指示に従い松田聖子の「チェリーブラッサム」を歌った。マイクをぎゅっと握り、腹部に手をあて、身を屈めて、悩ましく眉を寄せて、熱唱した。天井のミラーボールがくるくる回転し、部屋中に幻想的なイルミネーションを映し出す。
 するとさっきまでドアをドンドンと叩き続けていたトカゲが、何を思ってか、突然陽気なダンスを踊り始めた。トカゲは何かに取りつかれたように白目を剥いてぴょんぴょん飛び跳ねながら、80番台の廊下の方へと走り去ってしまった。
 危地を脱したことで二葉はホッとして、手の甲で額の汗をぬぐった。
 それから、彼は恐る恐るドアを開けて廊下に足を踏み出す。横断歩道を渡る子供のように左右を見渡し、誰も来ないのを確かめると、左方向を向いて、100番台の廊下の方へと走った。
 101、102、103……彼は左右のルーム番号を確認しながら、前に進む。
 そして、108番。
「あった!」
 彼はその部屋のドアノブに手をかけた。
 その時、右側に何者かの気配を感じた。
 振り向くと、白い着物を着た雪女が立っていた。彼女の周囲1メートルの範囲にだけ雪が降っている。
 彼女の顔は長い前髪が鼻まで覆いかぶさっていてよく見えなかったが、見える部分だけからでも相当の美女であることが推察された。
 彼女は二葉に声をかけた。
「あなたも、こっちの世界に来ない?」
「こっちの世界って?」
「あなたの仲間たちが大勢いる世界よ。私たちは互いに干渉せず、それぞれのテリトリーを大切にして暮らしている。地上の世界の人間たちは本当にうっとおしい。あなたもそう思っているでしょう?」
「この店に来る前ならそう思っていたかもしれない。でも、僕は変わった」
「どう変わったの?」
「僕はここで出会った数々のモンスターたちを手にかけてしまった。それは許されないことなんだ」
「私たちは気にしないわ」
「でも、やっぱり僕はこの世界では暮らせないと思う。確かに僕は人間というものがとにかく恐いし、社会が恐いから、出来れば地平線の彼方まで飛んで逃げてしまいたいと思う。でも、たぶん、どこまで逃げても、きっと人間たちはどのような形であれ、いずれそこに侵入して来るような気がするんだ。人間というやつは、どういうわけか、他の人間が棲んでいそうな場所があれば、行けそうな場所があれば、そこを徹底的に隅から隅まで探索せずにはいられないものらしい。時には命をかけてまでそれを成し遂げようとする。一体何が彼らをそこまで駆り立てるのかは僕には分からない。とにかく、そのうっとおしさは、きっとこの地下世界にも及んでくるものと思われる。だから、安住の地なんてどこにもないんだ。それに何より、どこに逃げても、結局は自分からは逃げられないと思うんだ。僕の言っていること、君なら分かるだろう?」
「でも、本当に、それでいいの?」
 二葉は、うなずいた。
「後悔しても知らないから」
 そう言い残して、雪女はくるりと背を向け、歩き出し、曲がり角を曲がって見えなくなってしまった。やはり、彼女の周囲1メートルの範囲にだけ雪が降っていたのであり、彼女が去った後には雪は降っていなかった。
 彼はようやく108番台のドアを開け、室内に入った。
 思えば長い旅路だった。この経験を誰に語ろう。いや、そんなことは後からじっくり答えを出せばいいことだ。今はとにかく歌うのだ。英雄の歌を。五臓六腑を駆け巡る勇者の血液が彼を急き立てる。彼は感慨にふけりつつ、ドアを開けた。
 部屋の中は暗かったので、照明の電源を押した。すると、室内が明るくなった。
「ようやく歌える!」
 と思た矢先、プルルルルルルと内線が鳴った。
 彼は受話器をとって耳に当てる。
「終了まであと10分ですが、延長しますか?」
 という店員の声。
「え? もうですか? 延長するといくらかかりますか?」
「一時間を過ぎますと、それ以降は30分1500円になります」
「そ、そんなに?」
 普段よりめっちゃ高いではないか。フリータイム料金並みである。彼は迷った。頭をフル回転し、考えに考え、最良の策を練ったが、こうしている間にも終了時間が容赦なく彼に迫り、歌う時間が減って行く。
 彼の表情に決意が宿った。
「歌います! 歌わせてください! 僕は……僕は、今、やっと気づいたのです! 数々の苦難を乗り越え、自分はたった一人でここまで来たのだ。誰にも頼らず、もちろん、ガイダンスの助力はありました……しかし、とにかく、僕は数々の苦難を乗り越え、ここにたどりついた。僕は一人でやれる! 誰の力もかりず、これからの人生も、僕は強く生きて行くのだ! 僕は、好きなことで、生きて行く!」
 こうして、彼は生まれて初めて、実存的な生き方を獲得したのだった。
「了解しました。ごゆっくり、残りの時間をお楽しみください」
 店員はそう言って、電話を切った。
 彼は先ほど自分で強く訴えたように、数々の試練を乗り越えた後の高揚感に包まれながら、一人で熱唱した。セックスでさえ得られないほどの、極上のエクスタシーに打ち震えながら。
 そして、部屋に置かれてあるマラカスを手にとって、シャカシャカ陽気に振り回しながら、悦に入った。彼はもう、自分を忘れて、日々心に積もった塵芥を歌で洗い流し、楽しくて楽しくてしかたなかった。
 彼はスマホで自分が歌っている姿を撮影しながら、「チャンネル登録よろしくね~」と可愛らしく手を振って、いずれこの映像を見る誰かに対して媚びた。
 ちょうどその時、何者かが部屋の外の廊下を歩いていて、この108号室の前にさしかかった。二葉は意識の端に何かが入り込んで来たのに気づいて、ふと、そちらの方に目をやると、気の弱そうな青年と目があった。その青年の顔は、まるで見てはいけないものを見てしまったかのように青ざめていた。青年は目をそむけ、そのまま、足早に過ぎ去って行った。
 二葉は次にサイモン&ガーファンクルの「明日に架ける橋」を歌いながらふと考えた。今のは誰だったんだろう。誰かのようであって、誰でもない。誰かのように見えて、誰のようにも見えなかった。そうか、あれは自分の主観に現れた一つの「影」なのだ。あの青年はこの物質界においては自分にとって客観的な他人ではあるが、主観においてはまさしく自らの影なのである。その影は、今、この明るく華やかさに満ちた空間で陽の世界に生きる自分を垣間見て、そこから放たれる光が明るければ明るいほど、その影は自らの闇の深さを知り、その事実に怯えて消え去ったのだ。つまり、陽が陰に打ち勝ったのである。
 その哲学上の発見は、疑いようもなく、彼のこれからの人生を秘かに暗示していた。

ここからひとから

執筆の狙い

作者 加茂ミイル
58.89.136.15

冒険小説を書こうと思ったのですが、中途半端な内容になってしまいました。
読んだ後に何も心に残らない内容になっていると思います。

コメント

真奈美
122.30.239.78

執筆の狙いを見て本文を読むのをやめました。

作者自身が「中途半端な内容になってしまいました。読んだ後に何も心に残らない内容になっていると思います」と言うならなぜ投稿したのでしょうか。そんなものを読者に押し付けないでください。

偏差値45
219.182.80.182

また、しょーもない作品を読んでしまった。そんな気分です。
とはいえ、これは褒めているのです。
少なくても一年前よりも格段に上達していると実感できますね。

なにが上手になったか? と言えば、情景描写かな。
どこかメタ認知があって主観と客観が両方を描けていることは面白味を感じましたね。

内容的には村上春樹の図書館奇譚のような構造かな。
日常から非日常へと移行しますからね。

で、面白か? と言えば、「そこそこ面白い」という感じです。
とはいえ、それは個人的にです。

ダメな部分としては冒頭かな。ちょっと魅力に欠けますね。ツカミが弱いかな。
しかし、ヒトカラの話題になって、興味が湧きました。
なぜなら、カラオケは自分もするからです。
けれども、カラオケに興味のない人ならば、挫折をしている可能性もあるかもしれません。
それゆえ、個人的に、という言葉が入ります。

人間、体験したことのない事柄は怖いものです。
そういうものを恐れずに挑戦していくことは大事なのかな、とは感じますね。

加茂ミイル
58.89.136.15

>真奈美さま

それは余計なお世話だと思います。
読んでいないなら感想を書く立場ではないのではないでしょうか?
野次を飛ばしに来ただけですか?

加茂ミイル
58.89.136.15

>偏差値45様

私はいつも、偏差値45様の感想を今後の執筆に役立てています。
ですから、偏差値様に認められた時は、とても有頂天になります。
今回は、そこそこ面白いということでしたので、大変な自信になりました。
偏差値45様はごはんの立派なご意見番になられたので、
私もその一言一言に神経を研ぎ澄まして耳を傾けたい所存です。

ルビーの鼻輪
141.0.9.234

おおおおお、なるほふぉお
図書館忌憚読みたくなった

弥々丸朗
220.96.37.18

なりすましダメなんでしょ?
他ハンダメなんでしょ?
てめえでかっこつけてからものいいなよだからおまえはただのキラワレモノなんだよ
あたしの炎上さえ口惜しい隅っこ暮らしなんだよウジ虫

ちゃんと戻しとくからね
ゴミ撒くな馬鹿




管理人は何もしないんでしょうか優美子
>負け犬が
>へたくそが
>馬鹿なんじゃないの

このあまりにもひどい暴言を見て、私はショックで小説を書く気持ちを阻喪してしまいました。
管理者はこんなひどい暴言を吐く利用者を放置しているつもりなのでしょうか?
言論の自由はこの国にありますが、人心を不安にさせるような罵詈雑言はその自由に含まれていないのではないでしょうか?
管理人は何らかの手を打たないのでしょうか?
常識的に考えれば、善悪の判断がつくことだと思います。

2019/01/05(Sat) 12:13



優美子(嗤
正論ぶって手口からゴミクズ
さすがIQ120(←スイッチ


新年もツラくておめでと

加茂ミイル
58.89.136.15

>ルビーの鼻輪様

図書館忌憚は春樹の短編小説でしょうか。
私は長編はアンダーグラウンドをのぞいて、IQ84までは全部読んでいるのですが、
短編はほとんど読んでいなんですよね。
今度読んでみようかなて思います。

加茂ミイル
58.89.136.15

>弥々丸朗

本当に手の焼ける人ですね。

なりすましというのは他人を装ってコメント書き込むことを言うんですよ。
その点からして、ちゃんと正しい日本語を認識してください。
私は他人をよそって書き込んだりしていません。

<認識すべき事実>
加茂ミイルは他人を装って書き込むなりすまし行為は一度もしたことがない。

誰がそれをやったのかは一連の書き込みを読んでいればあなたもご存知のはずですけどね?

1人の人間の中にいくつも人格があって、その人格に合わせてHNを変えるのはその人の自由でしょう。
悪いことではありません。
悪いのは、明らかに知名度の高い加茂ミイルというHNを勝手に使用して、なりすましてコメントを書き込むことです。
しかも、悪意のあるコメントを。
これは加茂ミイルに迷惑がかかる行為だって分かりますよね?

あと、多HNが悪いと言ったのは私ではありません。
コロコロHNを変える利用者が自分のことを棚に上げて他人のHN変更を非難していることを私はそれはおかしいだろうと言ったんです。
いいですか、それは、私が言ったのではないですよ。
何で私が言ったみたいな言い方するんですか?
事実誤認もはなはだしい。

理解力の乏しさゆえに、状況を読み間違っているのか、
それとも、わざと意地悪して頭が悪いふりをして私に絡んで来るんですか?

リョウスケ
126.117.173.120

つまらない。無駄が多い。いちいち大げさ。主人公に魅力がない。

加茂ミイル
58.89.136.15

>リョウスケ様

自分もそう思います。
同じ考えを持っていただき、嬉しいです。

秋田寒男
110.165.195.252

ドラクエなのか?と感じました。

フロイトとか実存とか哲学ワードがあり興味を抱きました。
もっと哲学を掘り下げて、独自の世界観があれば加茂ミイル様も納得のいく作品にできたのではないでしょうか?と思いました。

加茂ミイル
58.89.136.15

>秋田寒男様

お久しぶりです。
RPG小説を書きたいなと思っているところもあり、ドラクエっぽい世界観になったかもしれません。

地下室ってある意味人間の無意識を象徴しているのかなって思いました。

お手伝いせんせー
180.48.35.213

加茂ミイル
 2019/01/09 03:36
友達がいないから人間性に問題があるということではない
知らないおばさんから、

「あなた……モテるでしょ……」

って言われた時にはびっくりした。

いえいえ、そんなことないですって返しといたけど。

いきなりですよ、いきなり。

モテるわけないじゃないですか、だって私の恋人は文学なんですからって思ったけどあえて口にしなかった。







キチガイの夜更け
ハライタ過ぎなのでお裾分けしまぁす
みんなでワルい初嗤い

加茂ミイル
223.218.110.173

>作者自身が「中途半端な内容になってしまいました。読んだ後に何も心に残らない内容になっていると思います」と言うならなぜ投稿したのでしょうか。そんなものを読者に押し付けないでください。

日本人なら、贈り物を相手に渡す時に「これ、つまらないものですが」って言ったりしますよね?
それと似たような社交辞令なのに、「そんなものを読者に押し付けないでください」って、ひどくないですか?

えんがわ
165.100.179.26

文章を読ませる力と言うか引っ張る力がありますよね。
楽しく読了しました。

一人カラオケをするという、こちらの自分から見てくだらないことを、必死に葛藤し問答する主人公。
型としてはありがちなですけど、その葛藤の仕方がうまい具合に真剣な大げささがあって、にやにやしてしまう加減になっています。
エンタメとしてもありですし、肥大化した自意識とかね、たぶんテツガクテキにもエッセンスが出ているなと思います。

それでまー。
何故か迷宮に入ってミイラと闘うんですが。
ここ、必要なのかな?
唐突さがあって、無理矢理入っている異物感があって、その後の流れを見るに、カラオケだけで纏めたら作品全体の印象は確かだったと思います。
バトル描写とか、カラオケパートと比べると書きなれてない為か勢いが弱く、その中途半端さが展開の飛躍をぐだぐだにしてしまっています。
でも、そのぐだぐだも確かに味があるって言えばある。

バトル描写を入れるのならば、やはりある程度の経験とその手のものの知識は必要だし、それが叶って洗練されたときに。
果たして良い方に転ぶのでしょうか。魅力的な凹凸が削れて、勢いがさらに減るようにも思えるし、微妙なところです。

こちらからアドバイスしようにもできない印象なんで、作者さんは自分の信じた道を辿ってくだされば。
前作の「囚われのローラ」素敵でした。良かったです。インパクトが強烈で、今でもすり減っていません。
これに限らず、色んな切れ味を見せてくだされ。
本作もローラとは形が違うのだけど、作者の味は確かに感じました。

加茂ミイル
223.218.110.173

えんがわ様感想ありがとうございます。

基本的にRPG小説を書きたいという気持ちがあるので、
そこに結び付けてしまった感じです。

読んでいる人がゲームをやっているような気持ちで読めるようなのを書こうと思うのですが、
世界観がまだ未熟だなと思います。

励ましのお言葉、ありがとうございます。

自分が面白いと思うものが読者にとっても同じように面白いかというのはいつも不安ですが、
自分を信じて努力したいと思います。

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