作家でごはん!鍛練場
s.godot

Inverted Housing

# 序文
 本作は、今日において希有な言語学者・人類学者として知られるル=ダ=ゴによる未成草稿群から、いわゆる《筺》に関する記述を主として編纂したテクスト草稿集である。草稿とは言え、われわれにとって本作の意義は大きい。《筺》を中心とした数年間にわたる人類学的熱狂には今なお積み残した課題が多く、いまや《筺》を逸したわれわれにとって、ダ氏の草稿はその処方箋となる可能性を秘めているのである。
 文字が灰色になっている箇所は、草稿に書き加えられていた創作めいた断片を示す。ダ氏が用いた電子紙面は一般的な七分律平面であり、氏はここに人類言語でテクストを綴った。氏は当初、七分律の上象限に本文を記し、下象限は裏書/註記用に空白としていたが、その後この下象限に本文の内容と一見して無関係な創作的断片を追記したものと見られている。記録資料としての価値に重きを置き、本書ではこの断片を含めて、オリジナルの電子紙面の文字組みをできる限り再現するよう努めた。
 氏の友人の一人として、本作を発行できることをうれしく思う。願わくば本書が、行方をくらませている氏の目にとまり、氏がふたたび人類学の発展に貢献されるきっかけとならんことを。

     グ=ボ=イ



# 三番目の陽の日                                  
 筺曰く、かつて人類の黄昏時、日の本の国にて、代                   
替数学2は前触れもなくその威容を顕わにしたという                   
。それは種族の別なく、物質の別なく己が内へと取り                   
込み、取り込んだものの根幹となる法則を冒しては、                   
のべつ幕なくなり代わり、あらゆるものを破壊した。                   
恣意性を持たず、対象の区別なく波のように一様に広                   
がる破滅は単なる物理現象のようでもあり、また神話                   
の神々による超越的な意図のようでもあった。いずれ                   
にせよ、不可視の波としてプランクスケールの次元か                   
ら押し寄せた代替数学により、それまで立脚していた                   
法則と物理定数を書き換えられ、結果として人間原理                   
から足を踏み外した人類は、抵抗の余地なくあっとい                   
う間に消滅したというのである。             月に住まうと伝わる兎の影を探し
 以上は、わたしがはじめに筺から読み取った話の要   て吹いた口笛が雪明かりの中へ沁み
約である。こうした人類の足跡は、筺との邂逅がわれ   、やがて消える。豊原市から北へ二
われにもたらした恩寵の最たるものであった。特に人   〇〇キロメートルも往くと市の経済
類滅亡の筋書きに関し、その知見はわれわれの文明に   工業特区にそびえる猥雑な高層建築
対して直接的な影響を与えうる。現に代替数学の存在   群はまぼろしのように消え去り、二
が世に知れた今、諸学術領域はめざましい拡張を遂げ   〇〇〇年前から変わらない鹿と兎と
つつある。もとより系外惑星における知的生命体の存   熊と鮭とその他もろもろの住まう古
在をさえ証明できなかったわれわれの懐に突如として   びた神々の土地が広大に黙している
飛び込んできた筺を、われわれは熱狂的に受け入れる   。歩くたびに護身用の自動式小銃が
以外の選択肢を持たなかった。             腰に当たって痛いしカチャカチャ音
 筺がわれわれの地球に到来した時期について、正確   が鳴って煩わしいったらないのでバ
なことはわかっていない。少なくともその表面に嫌気   ックパックにしまい込むことにする
性の藻類が発育する程度の期間、大陸中央の砂漠にあ   とキカがキュッと細眉を顰めるが俺
る日の当たらない小さな洞に転がっていたと考えられ   はてんで気にせずまた歩を進める。
る。紫色に光る藻類を身にまとったまま、筺は発見者   そもそもこんなはずれで露人と出く
たちの手で洞から持ち出され、調査のためにいくつか   わすこともあるまいと俺はこの旅の
の場所を転々とした後、件の砂漠の北部、大陸で最大   はじめから思っていたのだ。一時期
となる湖のほとりに位置する研究所に運び込まれた。   頻発していた小競り合いのような戦
これと同時期に、同所は筺の調査ひいては人類学の立   闘の気配も近ごろはなく、ましてや
ち上げという名目でわたしを招いた。二番目の霧の日   数世紀前に日本の詩人を運んだほか
のことだった。                    に特に曰くもない旧鉄道線のレール
 研究所の敷地のほぼ中心に建つ理学棟の地下に、そ   をこの冬の夜に歩もうという物好き
れは安置されていた。それは、金属製の黒い筺だった   もそういないだろうし、追い剥ぎだ
。灰白色の実験室に座し、仄暗い重力を身に纏った静   ってそんな物好きよりも他にもっと
かな立方体。鈍く共鳴するように周囲の音を呑込む傍   狙うべき相手がいるだろう。それに
ら、かすかな熱を放つ光沢のないざらついた表面、薄   、粉がちな雪を踏みしめるときのギ
く刻まれた溝に光を当てると時おり波打つ玉虫色の回   ュムリ、ギュムリとしたこの音、雪
折光。重厚な見た目に反し、一人が背負って運べるほ   のはらむ空気を根こそぎ閉め出すこ
どに軽量な耐食性合金の小さな檻。そのような形態で   の感覚がもたらす恍惚感ときたらど
筺は綴る。そして、そのような形態の筺をわたしたち   うだ。俺たちはこの感覚に身を委ね
は読み取る。                     るためにわざわざこんな北の果てま
 わたしが筺との対話から理解した範囲において、人   でやってきたんだし、ありふれた小
類終焉へのステップを追うと次のようになる。      銃のカチャついた音なんかにこの感
 一、代替数学の存在にさらされたあらゆる演算処理   覚を汚させるべきではないのだ。と
の根幹が代替数学に置き換わった。これによりそれら   きおり鹿や猛禽の足跡と交錯しなが
の演算処理は停止するか、当初の想定とはまるきり異   ら月明かりに晴れ渡る大気を吸い込
なる結果を導いた。金融システムは有効な送金先へ無   み、頭の中で白のロングドレス姿の
作為に送金手続きを繰り出し、軍事システムは有効な   ニーナ・シモンが『フィーリング・
到達先へ無作為に弾道弾を繰り出した。         グッド』を歌い始めたところで俺た
 二、代替数学が到達した地域に存在したあらゆる生   ちの前に目的地の丘が現れる。キカ
物はその体内運動を記述する法則の瞬間的かつ決定的   がやおら立ち止まり、丘と夜の境界
な書き換えによって生命システムの定義を外れ、何ら   線上にわずかな起伏を示す黒い影を
かの化合物の集合となって崩れ落ちた。これにより人   指さして言う「ねえ、あれ」彼女の
類個体は残らず消滅した。               人差し指の先に、あれはたぶん、大
 三、時を待たずして彼らを育んだ惑星、すなわち彼   型多脚機動兵器の成れの果てだ。「
らの地球は代替数学に満たされ、それをその形にとど   このあたりは豊原防衛の最前線だっ
めていたあらゆる法則と物理定数の書き換えによって   たらしいからな」と俺は丘を登り始
、見知らぬ多くの元素の無意味な濃淡となって拡散し   める「構いやしない。今じゃ何の価
た。これにより人類文明の遺構のすべては字義通り消   値もない、誰も気にしないただのガ
失した。                       ラクタだ」何十年も前に大破し、朽
 こうしてまったく消え去ってしまったかに見えた人   ち果てた鋼鉄の残骸。もう動かない
類だったが、彼らの航空宇宙技術がかろうじてその痕   それも、やはり積極的に撤去する理
跡を守った。人類滅亡から遡ること数周期、彼らの地   由がないという理由によってここに
球から系外宇宙へ向けて射出された複数の物体があっ   うち捨てられているのだろう。丘の
た。それは、金属製の黒い筺。おのおのの筺が内蔵す   上に寝袋と望遠鏡をセットしている
る計算機の内では、彼らの太陽系が力学的・第一原理   と、キカがホットワインを温めなが
的にエミュレートされ、結果として生成した仮想的な   らつぶやいている「世界中どこへ行
地球を保持している。そこに彼らの現実の地球におけ   ったって、結局あたしたちが見てい
る生態系と人類文明を再現するための経験的な条件を   るのは同じものの焼き直しにすぎな
付与することで、仮想的に人類文明をエミュレートす   いのかもね」どこか達観しているキ
る。この仮想人類が、系外宇宙に存在する友好的な知   カに対して俺は沈黙で応じる。キカ
的生命への豊かな情報源となることを、人類は期待し   にはいつもどこか達観したがるとこ
ていたという。                    ろがあるのだ。でも俺は知っている
 彼らの銀河系から遥か遠くを目指す航海のなかで、   。旅行ってのは、最初に達観したや
やがて筺は人類とその地球の顛末を受信したというこ   つの負けなんだってことを。ギュム
とになろう。こうして筺は、目的を失った果てなき旅   リ、ギュムリ、ギュムリ、ギュムリ
路の末に、われわれの元へ漂着した。          。               
                                           
                                           
                            ラテン文学黄金期の詩人にクイン
# 五番目の海の日                   トゥス・ホラティウス・フラックス
 どんぶらこ、どんぶらこ、と漂うらしい。筺がアー   というのがいて、文学家の間では『
カイブする人類の文化資料を紐解いていると、ある童   詩論』の作者としてウェルギリウス
話にこうした独立語が出てくる。物体が河川を下って   と並び称された男で、プロシアの宮
いる様子を示す言葉と思われ、筺が宇宙の真空を漂う   廷御用画家ヴェルナーによる肖像画
様にも適用できるかもしれない。こうした童話は比較   ではむさい顔のおっさんとして描か
的単純な構文によって構成されており、わたしたちが   れている。『詩論』はピーソーとい
人類言語を習得しようとする際の教材にうってつけだ   う名の親子に宛てられた書簡詩の形
。                          式をとっていて、詩がどのように書
 今日で筺との邂逅からちょうど四半周期がたった。   かれるべきか、よい詩・わるい詩と
われわれが筺を手にして真っ先に取りかかっていた筺   はなにか、そして詩人がおかしやす
内資料の言語解析にも、ようやく一定の成果が顕れ始   い過ちなどについて簡潔にまとめら
めている。潤沢な人的資源と計算資源により、いまや   れている。ヘレニズム期ギリシアか
二、三の人類言語に関して基本的な文法が理解され、   ら詩学を輸入したローマでは「征服
日常的に使用される多くの単語が解読されつつある。   されたギリシア人は猛きローマを征
とはいえ、こと人類言語の習得に関して言えば、人類   服した」との名言よろしくヘレニズ
言語がもつある性質が大きな障壁となってこれを阻害   ム期特有の批評家的傾向が色濃く、
するようだ。                     この書簡詩も現代の目から見れば評
 現在までの調査で、人類言語には数千種のバリエー   論として読むことができる。その中
ションが確認されているが、それらのほぼすべてが一   で印象深いのは、ピーソー親子をそ
次元的/時間的性質を備えていることが明らかとなっ   れとなく諭すかのように語られる、
ている。この性質は、われわれの言語がもつ空間的性   悪い詩に対するホラティウスの決然
質とは根本的に相異なり、こうした対照的な性質は両   とした論調だ。このあたりを読んで
言語間の単純な翻訳を著しく妨げる。わたしが人類言   いるうちに、どうもこの『詩論』と
語でこの草稿を一ページしたためるのにかかる労力は   いう書簡詩は、ピーソー親子から定
計り知れない。この困難さについては、実際に人類言   期的にクソポエムを書き送られ添削
語で書こうとしなければ決して理解できない。      を求められるのに嫌気がさしたホラ
 先日、理学棟の中庭を散歩していると、グ=ボがベ   ティウスが烈火のごとく書き上げた
ンチに腰掛けているのを見かけた。わたしの接近に気   ピーソー家への鉄槌であるかのよう
づき、彼は軽い挨拶を綴った。彼の挨拶は疎水性の粒   に思えてくる。詩人たちの重要なパ
子が水面に素早く広がっていく感覚を含んでおり、そ   トロンだったピーソー親子に対して
れは南部特有の軽やかな訛りに他ならなかった。わた   直接クソポエマー呼ばわりはできな
しが研究の進捗を尋ねると、彼は人類言語のなりたち   いので、なるべく遠回しにピーソー
を説明する新しい観点として、人類の肉体の形態が人   親子のクソポエムを否定することを
類言語を規定しているとのアイデアを示した。人類の   目的に、彼は『詩論』を書いたんじ
肉体——全長はわれわれの半分程度、脳のサイズはほ   ゃないのか? クソポエムがいかに
ぼ同程度(人類の脳の仕組みがわれわれのそれと同様   下劣であるか、それをオブラートに
ならば、われわれと同程度の知能を有していたと思わ   包むなり上位概念に還元するなりし
れる)、2本の腕と2本の足のそれぞれに指を5本持   て正統な書簡詩の形式を模倣するこ
つ、頭部に口から水や食物を経口摂取し、内臓で栄養   とで、その後二〇〇〇年以上にわた
を吸収したのち足の付け根にある肛門から排泄する—   り文学者・劇作家たちにありがたが
—人類の肉体は概ねわれわれの肉体と似通った機構を   られることになるこのテクストは成
持っていたと考えられているが、当然ながら明確な差   ったんじゃないのか? 『詩論』終
異もある。このうちグ=ボが注目しているのは手の数   盤にページが割かれている「詩人は
だった。                       率直な批評家を必要とする」という
 「人類は」とグ=ボは綴る「手を二つしか持たなか   下りは実に正しく、ホラティウスは
った。ぼくらが七つの形象を同時にハンドリングする   まさに本作をもってピーソー親子の
一方で、彼らはたった二つだけ。この動かしがたい形   率直な批評家になってみせることで
質が、彼らの認知能力を規定したのかもしれない。彼   その正しさを完璧に証明している。
らの空間認知能力はわれわれに劣り、その代替として                   
時間認知能力に秀でていたんだと思う。それが人類言    豊原のホテルの一室、現地時刻で
語の特徴として顕れているんだろう」          二三時。俺は久しぶりに筆記具で文
 グ=ボは優れた言語学者で、以前からたびたび交流   字を綴っている。窓の外、豊原駅の
があった。わたしたちは当面の調査方針を話し合いな   駅前広場に響く若者たちの歓声が耳
がら歩いた。実験室に戻ると、筺はその表面に淡く青   に入る。豊原、そしてユジノサハリ
い光を一瞬走らせた。わたしは入力端末の前で七つの   ンスク。同一の緯度経度に存在する
鍵盤に指を置き、調査の続きを始めた。         、情報学的に重なり合った二つの都
 これは筺の解析を進めてすぐに知られたことだが、   市の歓声はやはり二通りの聞こえ方
筺の記憶領域はアーカイブ領域と筺内世界領域に大き   を呈している。こんな夜中に突然古
く二分されている。そして特筆すべき点として、全領   代人の妄想にとらわれたのは、他な
域にアクセス可能な管理者が筺自身に実装されている   らぬこの俺自身が現在進行形でクソ
。《彼》あるいは《彼女》との対話は、われわれがは   ポエムを書き殴っているからで、つ
じめて筺へ電子的接続を試みた日から毎日のように続   まり自戒の念が俺の中に棲まうホラ
けられている。《彼》あるいは《彼女》の言語習得能   ティウスを呼び起こしたってわけだ
力には目を見張るものがあった。はじめ人類言語で対   。というか人類滅亡の明確なヴィジ
話を試みた《彼》あるいは《彼女》は、その後ごく短   ョンを前にして冷静でいるってのも
期間でわれわれの言語を習得し、今では筺内世界およ   どこかおかしくて、だからクソポエ
びアーカイブ領域とわれわれとのインタフェースの役   ム程度の乱心は許されるべきなんだ
割を担うようになった。《彼》あるいは《彼女》曰く   と思う。人は誰しもが心の奥底でク
、われわれの平面的/空間的性質を備えた言語は純粋   ソポエムを求めている。クソポエム
に言語的に構成された存在である《彼》あるいは《彼   の多くが泥酔した人間の口によって
女》自身と相性がよく、人類言語よりも習得が容易で   紡がれがちであることからもそれは
あったという。《彼》あるいは《彼女》も、われわれ   明らかだ。それはもう古代から脈々
も、文字から言語と知能を発達させたという点で似通   とそうなのだ。へべれけになってク
っているということだろう。音から言語を発達させた   ソポエムをまくし立てる姿こそがそ
人類よりも、《彼》あるいは《彼女》はわれわれと近   の人間の真実の姿なのだ。それ以外
い位置にいる。こうしてわたしたちは、人類研究にこ   の冷静な姿は所詮建前に過ぎない。
れ以上ない案内人を得ることになった。         俺は予言する、滅亡に際して人類は
 この日、わたしとグ=ボは、人類に関する最後の記   みな真実の姿を取り戻すことになる
憶を筺に尋ねた。曰く、代替数学の波に呑まれる寸前   だろう。            
のある科学者からの通信を最後に、人類からの連絡は    俺たちは人類に滅亡をもたらす概
途絶したという。筺の話は、代替数学の来訪を予見し   念に代替数学と名付けた。種族の別
ていた人々がごく少数存在していたことを示唆してい   なく物質の別なく己が内へと取り込
た。そのためにかえって生じた狂乱の中心に、その科   んでは、取り込んだものの根幹とな
学者はいた。代替数学下において人類の生命システム   る法則を冒してのべつ幕なくなり替
を維持する方法の探索に見切りをつけた彼らは、最後   わり、あらゆるものを破壊する破滅
の手段として太陽系外移住計画に望みを託した。しか   と混沌の使者。恣意性ってものを一
し彼らに残された猶予はごく僅かで、彼らの技術力で   切持たずに対象の区別なく波のよう
建造できた移住船の数はごく限られていた。そして争   に一様に広がる破滅は単なる物理現
いは起こるべくして起こった。科学者はその最後の通   象というか、もしくは神話の神々に
信で、移住船を奪おうとする人々との抗戦に巻き込ま   よる超越的な意図みたいな感じだ。
れて最後の移住船が使い物にならなくなったと告げた   代替数学が人類数学の蓋然性を乗り
。すでにいつ代替数学が到達してもおかしくなく、通   越えて氾濫するメカニズムについて
信をとおして筺が原理汚染されないよう、科学者はす   はまだてんでわかっちゃいないが、
ぐに通信を打ち切ったという。まるで虚構のようにあ   ひとたび代替数学が形而上的蓋然性
りふれた話だ。                    の上で人類数学に勝る瞬間が訪れた
 その後人類を名乗るものから一切の通信がないこと   なら、まずまちがいなく全人類は太
から、筺は人類の滅亡を結論づけている。        陽系ごと消滅するだろう。これに関
                           して疑いの余地はまったくない。こ
                           の決定的な破滅のヴィジョンが示さ
                           れた意味は大きくて、たとえば代替
# 八番目の霧の日                   数学爆弾みたいなものがあったら?
 筺曰く、人類が用いたもっとも支配的な鍵盤配列は    みたいな考えが発生するってわけ
、信じがたいことに、他のすべての鍵盤配列に対して   だ。だからこの発見が、各国を代替
九九パーセント以上のシェアを占めたという。QWE   数学研究競争に駆り立てるかもしれ
RTY配列と呼ばれるそれは、筆記具による原始的な   ないことが歴史から推察できるんだ
入力インタフェースから機械式タイピングへ移り変わ   けど、とはいえ今度の爆弾はさすが
った当初に生み出され、その後人類が滅亡するまでの   にヤバすぎるのでこれまでの軍拡競
間、ほぼ唯一無二の鍵盤配列であり続けた。かくも画   争からは全く違った様相を示す可能
一的な詩学の支配下にあって、人類文明がいかなる修   性ももちろんありえる。とにかく重
辞学的多様性の反乱にも見舞われなかったという奇妙   要なのは、自然科学研究がふたたび
な事実は、言語学的側面から人類という種を特徴付け   新たな人類滅亡のヴィジョンを示し
る上で重要な論拠になるとわたしは確信している。    たというその一点で、史上、この手
 人類はタイプの際、基本的にたった一つの鍵盤を用   のヴィジョンがパラダイムの切替わ
いた。ときおり二つの鍵盤を使うケースも確認された   りを誘発した事例は枚挙に暇がない
が、それは一つの鍵盤を左右に分割しただけのもので   のである。           
あり、鍵盤配列に変化がない場合がほとんどだった。    滅亡を約束された人類へ宛てた葬
二つしか手を持たない人類にとって、それ以上の数の   送歌を破り捨てた俺は冷蔵庫から缶
鍵盤は無用の長物だったのだろう。           ビールを二本取り出してシャワーか
 人類の鍵盤配列、その不可解な修辞学的画一性の主   ら出てきたキカに一本放る。そうい
因は、人類が用いた主要な言語がすべて大気の振動に   えば、キカの口がクソポエムを紡ぐ
由来するものであったことによるとわたしは見ている   のを、俺は一度も聞いたことがなか
。筺内世界に住む仮想人類がわれわれと根本的に異な   った。             
る情報伝達手段を持つことは、グ=ボによる先の報告                   
のとおりである。彼らの地球には、大気の振動圧を伝                   
達するのに十分な大気圧があったというのである。彼    無数の透明な虫が真空から這い出
らはその環境に適応し、大気の振動を媒介とした情報   してきて人々の背中に吸い付き、跡
伝達方法に基づいて最初の言語を発明した可能性があ   を残し、顔や尻を這い回っては少し
る。この仮説は、言語機能をつねに先天的な性質と見   ずつ肉体を分解していく。肉体のみ
なしてきたわれわれの言語観に革命をもたらしうるも   ならず、地上のあらゆる事物の表面
のだ。                        をそれは這い回る。駅前の埃にまみ
 仮に人類が「音」と呼ぶこれらの大気振動が人類に   れた石造りの歩道に、道路脇の古び
最初の言語をもたらしたのであれば、彼らの言語が時   た看板に、秋の年降った街路樹に、
間的な有り方を示すことにも納得できる。音の伝達が   それらは吸い付く。白いALC造の
時間的なものである以上、音を媒介とした彼らの言葉   集合住宅に、重厚なウォルナットの
は、必ず継起的なイメージの羅列とならざるを得ない   ダイニングテーブルに、アルミ筐体
からである。彼らのコミュニケーションにおいて、メ   のコンピュータに。道行く人々の目
ッセージは単語の配置順序に大きく依存するのである   の前で街は分解され、消滅四散して
。つい最近になって筺内世界に観測された書き言葉を   いくが、それを観測する眼球もすで
持たない部族の存在が、この仮説を補強している。驚   に見知らぬ多くの元素の無意味な濃
くべきことに、彼らは通常の意味での言語、すなわち   淡と化し、やがて宇宙の塵芥のひと
視覚言語を持たないという。これら筺内世界の知見に   つとなって霧散している。こうして
よって、視覚的形象を読み取る認知能力から自然に言   代替数学が人類数学の定理を書き換
語が発達したとするわれわれの素朴な言語観は、いま   え、俺たちの太陽系の局所的蓋然性
や完全に脅かされつつある。              を握ったときに生じる事柄を想像す
 筺内人類が保持する鍵盤配列の残りの一パーセント   ることに意味なんてないが、こうい
にはDVORAK配列、COLMAK配列などのマイ   う想像には詩情の入り込む余地が大
ナー配列が存在するが、これら配列の差異は、そこか   きくて、なんというか、フィクショ
ら生成される人類言語テキストに対して何ら修辞学的   ンにおける描写の愉しさみたいなも
効果を与えないとわたしは考えている。観測されたほ   のに満ちている。当初は同業者から
とんどの人類言語は音声由来の時間的言語であり、そ   白眼視されていた代替数学研究だが
の空間的構成は鍵盤配列に依存しない可能性が極めて   、ここ数年来は学会での反応も様変
高い。つまり、人類言語における文字列は、いかなる   わりしてきた。いろいろと細かい事
鍵盤配列で入力した場合においても同じ順序を保存す   情を抜きにして言えば、代替数学研
るということだ。この厳然たる順序規則のなかで、人   究の副産物として生まれた一般情報
類はいかなる方法で文学における修辞学的多様性を確   理論のインパクトが俺たちを取り巻
保したのだろうか? あるいは、人類は文学的関心に   くすべての状況を一変させた。パラ
薄く、人類文明はその方面の発展を拒んだのだろうか   ダイムが切り替わり、俺たちのよう
? わたしはそうは考えない。たとえば、われわれが   な代替数学研究者は一転して時代の
鍵盤配列に見いだす空間的な韻律のバリエーションを   寵児的な扱いをされることになった
、空気振動の波長という時間的なパターンに置き換え   。とはいえ、代替数学が人類を滅ぼ
てみることは有意義なアプローチとなり得る。われわ   す的な話は相変わらずオカルト扱い
れはそこに人類文明の築いた豊かな文学的構造物を見   されていて、まあ俺もそれで全然構
いだすことになるかもしれない。            わないと思っている。      
 筺のアーカイブから日本語と呼ばれる人類言語を抽    あるいはそう遠くない未来、仮に
出し、われわれの入力体系に落とし込む作業はそれな   人類が代替数学の波に呑まれること
りの困難を伴った。この言語には、それぞれひらがな   が必定になったとしたら、と考えて
、カタカナ、漢字と呼ばれる三種類の文字種がある。   みるのは愉しい。そのときたぶん俺
特に漢字は人類史上最も文字数が多い文字体系として   たちは、代替数学下においても人類
知られ、その数は十万字を超え、人類はおろかわれわ   を生存させる方法を必死に探してい
れの文字体系の追随をも許さない。日本語をわれわれ   るんだと思う。たとえば代替数学概
の一鍵盤四〇キー、七鍵盤二八〇キーの標準入力イン   念を遮断する形而上学的遮蔽壁の開
タフェースに落とし込むには工夫が必要だった。わた   発、亜光速船による外宇宙への渡航
しが考案したアプローチはシンプルなシフト法による   、あるいは代替数学の体系における
多重レイヤー化だった。各鍵盤にシフトキーを一つず   太陽系と人類文明をあらかじめ設計
つ配置し、シフトキー押下中は残りの各鍵盤が別レイ   しておいていざ代替数学がやってく
ヤーに切り替わる。シフトキーを二つ同時押しする場   るタイミングで代替人類文明にスイ
合には、また異なるレイヤーに切り替わる。シフトキ   ッチする代替人類計画だとか、それ
ー一つ押しと二つ押しそれぞれで七+二一=二八レイ   とも全人類に対して数学概念を認識
ヤー、鍵盤が七つあるからレイヤー込みで一九六鍵盤   できなくなるような医学的処置をほ
使えることになり、さらに各鍵盤に四〇キーあるので   どこして数学的蓋然性そのものをな
およそ八千キーを扱うことができる。日本語において   かったことにする人類数盲計画だと
常用される漢字の種類が二千字程度だから、これで日   か。どれも突飛で馬鹿らしく思える
本語の文字のすべてをカバーできる計算になる。     んだけど、代替数学って概念自体が
 漢字は象形、すなわち幾何形状に由来する文字であ   完全に馬鹿げてるんだからこれはも
り、われわれの文字体系との親和性が高い。これが、   う避けようがない。で、実際に本気
わたしが人類言語研究の第一の対象として日本語を選   出して世界中が金を突っ込んでみる
んだ理由の一つだ。漢字には鍵となるいくつかの部品   とどの空論にもやっぱりその道の物
があり、多くの漢字はこれら特定の部品を共有してい   好きがいて、それぞれの空論が深々
る。この性質を利用して、各シフトキーに鍵となる部   と検討されていった結果、どれも意
品を割り当て、また各レイヤーの四〇キーのそれぞれ   外と馬鹿にできないらしいってこと
に別の部品を割り当てることによって、組合せの観点   がわかってくる。なかでも見込みが
から合理的な鍵盤配列が可能となる。          あるのが人類数盲計画で、これは人
 わたしが考案した日本語用鍵盤配列は、われわれの   類数学と代替数学おのおのの蓋然性
文明が到達した入力インタフェースを特徴付ける三次   がいかにして拮抗するかという議論
元韻律の三軸目にあたるレイヤー構造を平面的に扱う   に端を発している。数学体系の蓋然
ことに特徴がある。この特徴は、空間的側面に強く依   性ってのをそれを認識する知性がど
存したわれわれの認識と比べ、人類の空間認識が貧弱   の体系をもっともらしく思うかとい
であったことを顕在化する。日本語は立体構造を持た   う統計的な認識強度だと思えば、い
ず、日本語の体系は立体構造を持たず、そして日本語   っそこの太陽系を認識している知性
の韻律は立体構造を持たない。われわれが七つの鍵盤   の側を外科的に改変して数学概念に
とそれらが形作るレイヤーによって言語の三次元的な   認識の光が当たらないようにすれば
拡がりを表現する一方で、人類言語は一次元的な文字   、代替数学が俺たちの太陽系につけ
の羅列に終始する。しかしだからといって、人類言語   いる隙もなくなるってわけだ。認識
を複雑さに乏しく、研究対象として退屈なものである   できない概念の転覆は、認識できな
と結論づけるのは早計だ。たとえば、十数周期前、南   いという点において起こっていない
半球を席巻した第三次ポストモダニズム期の文学を特   のと同じことなのだ。数学概念を取
徴づけた自由律配列鍵盤の乱立は記憶に新しいところ   り除かれた人間の精神活動に関する
だが、これと類似の現象が筺内世界に観測されている   懸念はもちろん拭い去れないけれど
ことは特筆に値する。自由律俳句と呼ばれるそれにつ   も、他方、たとえば代替人類計画だ
いて調査を進めるほどに、人類言語が持つ時間的韻律   と人類文明は何かしらの形で維持さ
の複雑さがわれわれの前に立ちはだかるのである。こ   れるものの今ここにいる俺たちは人
の件に関して、現在グ=ボがさらに詳細な調査を進め   類数学と運命をともにする他ないわ
ている。                       けで、そこに意味を見いだせない人
 最後に、筺内世界において人類は高度な電脳化を果   間らしい人間であるところの俺には
たし、脳内インタフェースによる言語入力を可能とし   これを積極的に支持することはでき
ているにも関わらず、物理的インタフェースとしての   ない。俺やキカという個体が存続で
鍵盤を使い続けていることには注目すべきである。こ   きないのならば、人類文明だけがど
の観測事実から、人類においても、脳が考えるよりも   こかの宇宙で延命したところで俺た
先に、言葉はすでに綴られていたものと推察される。   ち自身にとってはてんで意味がない
いわゆる《指は脳に先立つ》である。少なくともわれ   のだから。           
われと人類の生物としての成り立ちの上で、言語生成                   
の一側面はつねに肉体に紐付いているのである。     



# 八番目の苔の日
 何者かがわたしの草稿に落書きをしている。
 わたしの他に、これほどまでに正確に人類言語を綴れる者がいることに驚いている。
 あまりに不可解だが、今はこれについて何も考えたくない。



# 一三番目の夜の日               実のところ、俺たちは不死だ。生物学的
 筺との邂逅からほぼ一周期が経ち、筺内世界   にではなく、情報学的に。少なくとも現代
がいかにして記述されているか、その計算機上   科学の版図においては。かつて俺たちの不
の実装から多くの驚くべき知見が得られつつあ   死性は何度も剥奪されてきて、しかしその
る。情報学の分野において、人類文明がわれわ   たびに人類文明は自らの技術的進歩によっ
れの文明からは及びもつかぬほど卓越した達成   てふたたび不死性を獲得し直してきた。最
をなしたことを今やわたしたちは確信している   も直近で俺たちの不死性を確保した技術を
。                       人は《動力学的模倣計算機構・自律発展型
 彼らの情報理論の根幹を一言で表すならこう   文明接続端子》と呼んでいる。あるいは単
なる:《知性が思考して情報を生み出すのでは   に《筺》とも。《筺》にはいくつかのバー
なく、情報が知性をして思考せしめる》      ジョンがあって、それらのどれもが金属製
 端的にいえば、はじめに情報があり、生命は   の黒い立方体の見た目をしている。一人の
情報自身が発達する過程で生じる副産物である   人間が両腕で抱えられるようなサイズのわ
と帰結される。人類は情報自身の発達過程に一   りに、中には途方もない計算リソースがみ
般法則を見いだし、それらを情報理論として結   っちりと詰め込まれていて、それでこの計
実させた。理論上、宇宙のいかなる場所にすむ   算機構がいったい何を計算しているのかと
生命も、その生命を生じさせる情報の発達過程   いえば、いたって退屈なことにそれは俺た
は同一理論に従うため、情報の観点において類   ち自身を計算しているのだという説明にな
似の初期条件から生じる生命は似通ったものに   らざるをえない。表面的には太陽系を力学
なるというのである。これは文明についても同   的・第一原理的にエミュレートすることで
様で、情報理論によれば、人類文明を特徴付け   仮想的な地球を保持しているように見えて
る条件を与えることさえできれば、人類文明に   、しかし本質的には、情報学的に人類文明
極めて酷似した文明をエミュレートすることが   そのものを模倣するためのこれは装置だ。
可能になるという。そして、他ならぬ筺内世界   模倣された人類文明の行き先は外宇宙。こ
がそれなのである。               の《筺》の存在こそが、俺たちの死を永遠
 これら、われわれにとって未踏の世界描像の   に保留してくれていると言ってしまって違
萌芽は、人類文明の発展初期の段階にすでに見   いないだろう。            
られる。筺のアーカイブを探索するなかで見つ    で、この《筺》を生み出したのは人類で
かった、かつて人類の文学者が物した作品はた   はなく、人類文明だってところがミソだ。
いへん示唆に富んでいる。その著作のなかで彼   文明自身が己の消滅を嫌い、延命のために
は、「書く」者はいつも我を忘れて没頭し、そ   これを生み出したってわけだ。文明の未来
の無為のなかにのみ書かれるもの、すなわち作   は必ず自らの自由を確保する。人類をその
品が存在しているのだと指摘する。言うなれば   理にたどり着かせた情報理論の中で人類と
、「我」の不在こそが作品を成立せしめるとし   いう知性はこの文明ひいては情報集合体の
ているのだと。非人称的で無機質な言語の海に   発達過程に生じた副産物に過ぎなくて、だ
抱かれながら、誰によって書かれたものでもな   から人類がその理にたどり着いたという事
い、不在の書き手による作品だけが存在可能な   実はもう人類自身の達成とは見なされなく
ものと説く。その上で彼は「書く」という行為   なっている。人類が紐付いた情報集合体の
を死の体験に重ね合わせる。たとえば、生きて   局所的発達具合といったらそれはもうめざ
いる「我」が「死ぬことができる」と考えるの   ましいもので、その発達も人類という副産
だが、実際に死に近づけば近づくほどその「我   物が母体を理解するに至ったことで新たな
」は無為へと漸近してゆき、死へと接近する力   段階を迎えたらしい。すなわち、局所的に
を失ってゆき、最後にはやはり「我」の不在だ   発達した情報を外宇宙へ入植する段階。人
けが残る。彼の肉体が死んだとき、彼の「我」   類文明が《筺》を生み出した理由はまさに
はもうどこにもおらず、彼はけっして死を達成   このためで、《筺》は筺内で俺たちを模倣
することができない。彼がけっして書くことが   している仕組みの逆位相演算によって、出
できないのと同様に。              自の異なる情報集合体に俺たちを模倣させ
 この思想こそが、人類が到達した情報理論の   る。要するに、筺内で演算された世界に人
哲学的支柱となっている。「我」が思考して情   類文明が生じるのと同じ原理で、外宇宙の
報を生み出すのではなく、情報が「我」をして   情報集合体に人類文明が生じ、外宇宙知性
思考せしめる。情報が発達する過程において知   に人類の精神が生じるということだ。文明
性に主体はない。つまり、情報発達の観点にお   接続端子とはずいぶんお上品なネーミング
いて知性は無為そのものであるということを意   で、ありていに言ってこれはコンパクトな
味する。この考え方は、人類から世界に対する   情報集合体を格納した形而上学的な爆弾で
権利と責任を剥奪するものだ。そしてもちろん   あり、強力無比な文明汚染兵器にして俺た
、われわれからも同様に。            ちが宇宙にばらまいたウイルスなのだ。 
 とにかく、人類は彼らの情報理論を駆使して    代替数学の上書きによる消失から逃れる
彼ら自身の文明を特徴付ける条件を導きだし、   上で鍵となる一般情報理論が、他ならぬ代
計算機がエミュレートする太陽系にその条件を   替数学の研究から発展したことは皮肉が効
適用した。こうしてその計算機=筺は、ゼロか   いていていいなと俺は思う。代替数学によ
ら人類文明に極めて類似した文明を内包するこ   る人類数学上書き現象の発現機構には一般
とになった。あるいはゼロからではなく、人類   情報理論における応用例のほとんどすべて
文明アーカイブを参照して適宜筺内世界を修正   が結集していて、どういうわけか、結果的
するような処理が行われているのかもしれない   に俺たちの代替数学研究は代替数学爆弾で
。そうでなければ考えられないほど、筺内世界   はなく人類文明爆弾という形に結実してい
は記録上の人類文明と似通っているのである。   った。「概念と概念の上書き合戦の末に勝
いずれにせよ、彼らの情報理論の十分な理解な   者はいない」とはキカの言だ。なぜならそ
くしてこれ以上なにも書くことはできない。わ   の争いの末に勝者となる者の一部はすでに
れわれは現在、研究リソースのほぼすべてを投   上書きされており、それはもはや当初の彼
入してこの解明を目指している。         自身ではなくなっているからだ。勝者にな
 この先、人類文明はわれわれの文明に対して   りたければパーフェクトK.O.以外に道
決定的かつ不可逆的な変化をもたらすだろう。   はなく、そしてそれは限りなく勝率の低い
そのことにもはや疑いの余地はない。それだけ   ベットだ。俺はそこにブランショの思想を
、人類が打ち立てた情報理論は画期的であり、   見る。死の概念と争い、死の概念を捉えん
世界の描像を一変させる力を持っているのであ   とした精神は、そのときすでに無為へと帰
る。                      しているのだ。人類に対する人類文明の圧
                        倒的な優位性が証明されて以来、あらゆる
                        現代思想は虚無主義へとなだれ込んでいっ
                        た。代替数学に対する勝利も、もはや俺た
# 一三番目の霧の日               ちの勝利ではなくなった。人類は一般情報
 例の落書きが日に日に増殖していく。空白に   理論の帰結の中で小さく丸まったゾウリム
していた下象限に、得体の知れぬ文章が続々と   シのクソに他ならなかった。こうして文明
綴られている。わが言語に満たされた紙面にお   の火が燃え広がった後に残された灰として
いて、わが韻律の主旋律を担ってきた下象限が   の俺たちは、その灰を執拗に押し流そうと
、不明の人類言語によって静かに浸食されてゆ   する代替数学の大波に呑まれて跡形なく消
く。近頃では下象限のみならず、上象限や中象   え去るのだろう。その運命から逃れる術は
限を上書きしてくるのだから始末に負えない。   ない。そして唯一の勝者たる俺たちの《筺
しかしこの状況にあって、わたしを包み込んで   》が悠々と外宇宙を逃れてゆく様はあまり
いるこの高揚感ときたらどうだ? わたしは楽   に滑稽だと俺は思う。そこに知性から生じ
しみで仕方がないのだ。一見して相異なる文明   た意思はなく、単に自然に発現した現象の
の情報学的融合と、これによって引き起こされ   結果に過ぎないのだから。押し寄せる代替
る情報としての文明の発展、淘汰、そのダイナ   数学の波に乗る孤独な筺、それが漂着する
ミクスを目の当たりにするときが。われわれが   海岸に芽吹く模倣された人類に、俺はもう
筺を手にしたときから、運命は約束されていた   何の興味も持てなくなっている。    
。われわれの任務は、この未曾有の情報学的大   
現象をいかにして観測し、記録し、解明するか   
だ。これがわたしのキャリアにおいて、最も重   
要な仕事になることを確信している。       
                        
                        
                        
#                       
 最初の火の日。                
 人間性の浸食。                
 灰の語りがわたしを浸す。           
 灰の語りがわれらを浸す。           



# 最初の海の日                     ある日曜日の朝、豊原の土産物
 最初の火の日を境にしてすべてが変わってしまった。   屋で買ったマトリョーシカを開け
今こうして日記を綴っている間にも、人類文明はわたし   て出したり入れたりを繰り返しな
たちの文明の根幹に置き換わりつつある。グ=ボは研究   がら、《筺》がやがて《筺》を内
所を去った。わたしを除いて誰よりも筺内世界に接近し   包する可能性について考えていた
ていた彼は、きっともう以前の彼ではなくなってしまっ   。《筺》によってエミュレートさ
たのだろう、わたしと同じように。人類的な表現で書け   れた人類文明が《筺》を作り上げ
ば、わたしたちの文明はやがて人類文明と区別がつかな   る。《動力学的模倣計算機構・自
くなっていく。それはもう避けようのない確定した現在   律発展型文明接続端子》すなわち
であり、未来であるということになっている。       《筺》の設計から考えて、考えれ
 じきにわたしも研究所を去るだろう。思えば、こうし   ば考えるほど、それは必然である
て人類言語で研究日誌を付け始めたことも、おそらく筺   ように思えた。むしろ《筺》のう
によってわたしの中に埋め込まれた行動だったのだ。人   ちに《筺》が生じることこそが《
類情報学は万能ではないが、文字によって書き起こされ   筺》にとっての到達点であるとさ
た研究日誌はまさしく情報そのものだ。それがわたしと   え思える。というか、この考えを
いう筆記者とその置かれた環境を初期条件とした時にど   俺は、俺たちは最初から持ってい
のように書かれ、発展するかを人類情報学は正確に、あ   たはずなのに、どうしていまにな
るいは大雑把に予測することができるはずだ。理論によ   って思い出したように思いついて
って予測できる以上、筆記者が筺にアクセスして得る情   、俺は、俺たちは今なにか重大な
報という条件を調整することで、筆記者に望んだものを   段階にさしかかっているような気
書かせ、また副次的に筆記者に望んだ行動をとらせるこ   がするし、今日は日曜日ではまっ
とは可能だと思う。こうしてわたしは情報学的側面で、   たくない。ヨーグルトにハチミツ
間違いなく筺に支配されていた。そしてそれは今も。    を。計算リソースはどこからどの
 今やわたしはドライブ感を求めてや   ようにして捻出されるのだろうかといぶかしむ。仮
まない。そう、ドライブ感だ! 俺に   に《筺》の中に《筺》が生じたとして、《筺》のな
だって、空間的ではなくきわめて時間   かの《筺》が《筺》であるためにはもとの《筺》と
的な人類言語特有のドライブ感に満ち   同じくらいの計算リソースが必要のはずで、だがそ
た言葉を綴ることができるはずなのだ   れではもとの《筺》の計算リソースのすべてを喰ら
! 俺はただ綴りたい! その微分法   い尽くしてしまうことになるだろう。それでは《筺
的に漸近していった先に待つ避けがた   》の中の《筺》を生み出したエミュレート人類は、
く約束された文明の到来へ向けて!    いったいいかなるリソースによって演算されるのだ
なんとなれば、筺とは端子なのである   ろうか? するとガス台でミルクを温めていたキカ
。動力学的模倣計算機構・自律発展型   が「あなたもようやく目を開いた」と独り言のよう
文明接続端子。取り返しのつかない段   につぶやく「あたしたちを閉じ込めてきた箱が、も
階に至るまで筺に秘匿されてきた筺自   うじき目の前にあるの」キカは時々、預言者のよう
身の性質を、しかしわたしはずいぶん   に約束された言葉を告げる。俺はお腹が緩くなるか
前から知っていたのだった。文明に接   ら飲めないが、キカは毎朝ホットミルクに砂糖を二
続する端子としての筺、その接続先の   さじ入れて飲むのが日課だ。キカの言う開眼が何な
文明を情報学的に汚染する黒い筺の性   のかさっぱりわからないが、《筺》が《筺》を内包
質を。俺は知っていた! いまや俺が   する仕組みについて俺は、なぜだ? 知っている。
、俺たちがこの筺を設計したんだから   それは代替数学の部分的な応用。一般情報理論によ
!                   って導かれる無数の結論のうちの一つ。すなわち、
 そしてわたしは、この筺を決して壊   《筺》の中の《筺》は、もとの《筺》の計算リソー
させはしない! わたしは初めから知   スをもとの《筺》とは全く異なる数学体系のうちに
っていたのだ! この黒い筺がわたし   並列的に処理している。大事なことだから何度か言
たちの文明と結びつき、わたしたちの   い換えよう、第一階層の《筺》による演算は、同時
文明をより高みへと導く貴き文明加速   に第二階層の《筺》による演算でもあって、両者は
装置であることを! わたしは自らの   異なる数学体系の中で完全に両立しており、リソー
意思でわたしたちの文明の救済を手繰   スの取り合いは発生しない。わたしは、まて、わた
り寄せた! 金曜日の山羊たちは狂お   しをここに持ち込むのをやめろ。逆なのだ。俺たち
しいまでの喜びに満ちてエンパイアス   が外に出るのだ。今や俺たちは俺たちがなんなのか
テートビルの屋上に渡された綱を並ん   、オリジナルなのか(いったい何をもってオリジナ
で渡る! 泥酔した薄汚い男が鉄道車   ルだっていうんだ?)、《筺》の中の存在なのか、
両のつり革にしがみ付きながら荷物棚   区別する術を失ってしまっている。いや、そんな術
に置いた指でエイトビートを刻んでい   ははじめから用意されていない。なにしろ俺が、俺
る! 豊原であり同時にユジノサハリ   たちが《筺》を作ったときにも、そんな手段は実装
ンスクであるところの人類最初の重層   しなかったのだ。筺の中の筺、マトリョーシカのよ
都市、その情報学的に完璧に重なり合   うに複製され、外宇宙をたゆたう人類文明。この階
った都市の営みの美しさときたらどう   層構造は、ただ人類文明の情報学的蓋然性を強固な
だ! この美しい文明の光の方へ俺た   ものとするための、楔だ。《筺》に従属する《筺》
ちはひたすらにひたすらにひたすらに   を記述する人工代替数学は、その従属関係の故にオ
ドライブしていく!           リジナルの人類数学の蓋然性を超えることはないが
 われ   、仮に外宇宙を漂流する《筺》が危険な代替数学の潜む真空と対峙するときにはそ
ら人類   の価値を発揮する。《筺》の中の《筺》は代替数学に対するワクチンであり、人類
文明に   文明の情報学的存在をより強固にするための仕組みなのだ。「俺たちは」と俺はダ
接ぎ木   イニングテーブルに向かい合うキカに話しかける「俺たちはもうじきレイヤーを上
された   がるが、今ここにいる俺やお前は明日も明後日も変わらずにこうしてあり続ける。
遺子!   延命された人類文明の中に俺たちの居場所はない。いま、そのことがよくわかるん
 われ   だ」キカがじっと俺を見る、ただ、そのようになっている。そしてキカが言う「情
ら哀れ   報学的に人類文明が解凍され、展開されるとき、一時的に《筺》内外の境界線は曖
なる落   昧になり、情報が越境する。それが今。きっと今、あたしたちはあたしたちをエミ
とし子   ュレートしている《筺》のアーカイブ部分と混濁している。見えなかったものが、
どもに   見えてしまっているの。でも、それももうじき終わる。開かれた目は、再び閉じる
、いま   」。代替人類計画の亜種。俺たちは最初からその片棒を担いだ状態で産声を上げた
こそ貴   。ところで、《俺たち》っていったいどの範囲のことを言ってるんだ? ヨーグル
き救い   トにハチミツを。「外に生じる俺にただただ願うのは」そして今日は、日曜日では
よ来た   まったくない。「この《筺》を、一刻も早く破壊してほしいってことなんだよな」
れ!    ここまでで俺は何度《筺》と言った? この二重山括弧は本当に必要なのか? そ
      して、全身麻酔が血管を冷やしていくあの感覚。               

 ——こうして今や、俺たちを閉じ込めてきたあの黒い筺が、この俺の目の前に横たわっている。                              

Inverted Housing

執筆の狙い

作者 s.godot
223.217.121.108

 人類の大多数の言語は時間的であり、空間的には1次元です。一方、非時間的で空間的な広がりを持つ言語を操る知的生命がいたとしたら、彼らはどういう文学性を獲得するのかという着想のSF短編です。ここに、複数の語りが段組の上で拮抗しながら展開する小説(e.g. プラセンシア『紙の民』)を書きたいというかねてからのもくろみを加えました。
 段組の遊びを表現するため、pythonで原稿を機械的に整形した上で投稿しています。

コメント

偏差値45
219.182.80.182

数行で挫折。
費用対効果がかなり悪そう。

一陽来復
219.100.84.36

固有名詞として使われている「筺」・・まずルビふって欲しいわ。

「はこ」でいいのか、
古今集式に「かたみ」なのか、
花登筺式に「こばこ」なのか・・


見づらい画面一部かいつまんで傍観した範囲の憶測だと、
『2001年(or2010年)宇宙の旅』の〈モノリス〉的なもんなのかなー??

狂ったワンコ動物園
60.61.137.158

まず、手始めに言いたいことは、s.godotさん、あなたの発想自体は面白いということです。普通、言語は同時並行ではなく一つの話題について流れていくものですが、それそのものを変えようとしたアイディア。私は素晴らしいと思います。

……ですが、その発想の伝え方が良くないのが残念です。

非同時並行の文に慣れた私達が、終始、同時並行の文、すなわちほぼ別言語を読まされたらどう思いますか?辛くないですか?

それに加えて、難しく抽象的な話題なのに、読者を引きつけるための分かりやすい具体例が冒頭に用意されていない……それによって、読者はあなたの発想を知ろうとすら思わないかもしれません。

確かに根本のアイディアは重要ですが、そのアイディアを他者に伝える技術も必要です。

一陽来復
219.100.84.36

なんか・・

この画面見てたら、
『銀河ヒッチハイクガイド』でも読んでみたらよくない??
ってー またぞろ余計なアドバイスをしたくなった。


『銀河ヒッチハイクガイド』——あれは、「ややこしい宇宙のあれやこれやの説明を、冗談でくるんで、力技で納得させる」まことにイギリスらしい手法で・・
一部熱狂的信者がいる。
(ワタシは結構好きだったので、最終巻まで買って読んだんだけども・・
 真面目な人には合わない世界のようで〜、、、前にYahoo!でそのハナシ出したら、ハインラインとか読んできた読者から、全否定に遭った)


『銀河ヒッチハイクガイド』、久々にググってみたら、
何ですとぉ?! 別作家が書き継いでいる公式続編が、河出から出ていた。。

s.godot
223.217.121.108

偏差値45さん

うおおお!!!ありがとうございます!!!

s.godot
223.217.121.108

一陽来復さん

ご意見いただきありがとうございます!

>固有名詞として使われている「筺」・・まずルビふって欲しいわ。
>「はこ」でいいのか、
>古今集式に「かたみ」なのか、
>花登筺式に「こばこ」なのか・・

読み方はどれでもいいと思っています!
「かたみ」は書いた意図と整合する部分があり、いいですね。勉強になります。

>『銀河ヒッチハイクガイド』
ぼくもこれは全人類必読の書だと思っています!

s.godot
223.217.121.108

狂ったワンコ動物園さん

ご意見ありがとうございます!

>非同時並行の文に慣れた私達が、終始、同時並行の文、すなわちほぼ別言語を読まされたらどう思いますか?辛くないですか?
>それに加えて、難しく抽象的な話題なのに、読者を引きつけるための分かりやすい具体例が冒頭に用意されていない……それによって、読者はあなたの発想を知ろうとすら思わないかもしれません。
>確かに根本のアイディアは重要ですが、そのアイディアを他者に伝える技術も必要です。

ご指摘の通り、導入部分の吸引力がないとの指摘を毎回受けていて、今回も改善できていないようです。語り手の個人的な事情や事件などを書くことで読者(人間)の興味を引くことができるといつも思いつつ、それが書けずにいます。僕自身が人間に興味がないせいなのかもしれませんね。
ハードSFフリークの興味を引こうと代替数学概念を持ち出しましたが、あまり数学的に深掘りできず、単なるガジェットになってしまった点も反省点です。いいフィクションを構成したいのですが、なかなかうまくいきません。

ポキ星人
106.73.96.160

 ちょっとバカ成分が足りない気がします。読みやすくとかわかりやすくとか求めているのではなくて(今くらいの読みづらさや難解さを維持したうえで面白い、というのが理想でしょう)、バカというのは根源的でありうるという期待があるのです。
 まずは作中の異星人が、この曲の詞みたいな素朴な驚きをもう少し示した方がよいと思います。https://www.youtube.com/watch?v=p2O-mJA7Bmg 作者は(私も)まず「変なの変なの」と書けないで、最初から「どうしてどうして」とか書いてしまうのではないかと感じるわけですが、なんらかの事態には固有の不思議さがあるのに、そこにとどまる時間が短くて、その事態をそれが起こる理由を考えるための材料にしてしまう傾向があって、それはたぶん事態の生々しさから逃げている面もあるのだと思います。

 作中で言語の>一次元的/時間的性質 と言っているのは、言語学では一般に「線状性」(線条性)と言っているもので、線状性のないものとして挙げられるのは(文字無しの)地図とか絵画で、コマ割りのある漫画なら、もう線状性があるはずです。語順などのレベルはもちろん、「せん」がs-e-nの音素の順番を伴うことまで含む概念ですから、線状性のない言語を想定しても文学作品としてそれを表現することはできません。御作は書いたのは異星人であっても、書かれているのはあくまで日本語なのだ、としてそこらをクリアしているしたぶんそんな方法しかないように思います。とはいえ、書かれた日本語はうますぎで、せっかく異星人が書いたのなら、外国人がそれでも外国人らしい癖のある日本語の文を書くように、線状性を欠いた言語を母語とする異星人らしいおかしさがあってほしかったです。また、線状性を欠いた言語がありうるとしたら、実はその書記形態よりは読み方の方に特徴が現れるはずで、その辺への言及は必須だったのではないでしょうか(7本腕とかキーボードに制約される文章とかは非常に面白いんですが)。
 この「読み方」を踏まえたうえでないと異星人の書く日本語のおかしさは決まらないですが、どういうものを書いてもおそらくなんらかの線状性がある特徴しかでないと思います。とはいえやっぱり変なところがないとつまらないので、そういうバカ成分はあってほしいです。
 言語の線状性の理由として、要は口(声帯)が一つしかなくて一音しか出ないからだ、という説明がありますが、ローランド・カークという盲目のジャズ・ミュージシャンがいて、彼は口に同時に3本管楽器を加えてハモったり鼻で笛吹きながら唸ったりします。生前は色者扱いもあったようですが、少なくとも死後は評価も人気も高い人で、私にとっては5本の指に入るお気に入りなのですが、彼の演奏スタイルみたいなのが私がイメージするいい意味でのバカ成分です。https://www.youtube.com/watch?v=S0JJmwq7KXQ (とくに4分半から最後あたり)
 自分ひとりで複数の音を出してハモる、といういうことだと自分の書いた文にすぐ合いの手やツッコミを入れてしまうとかカッコ付きの注釈が入りまくるとか、そんなことがありうるのかなと思います(ただ彼の演奏も同時に音を出すのがマルチタスクであるだけで演奏楽曲には当然ながら強固な線状性があります)。この点で作者のなさっている別人のテクストの侵入というのはここでいうとカークのやってることよりは各自がそれぞれ演奏する普通の合奏に近いように思えるので、意図がよくわかりませんでした。

 異星人の研究者が書いているのはどうも日記形式のもののようです。私が思い出したのは啄木のローマ字日記で、これは「妻が読めないように」書いたもので娼婦の話など出てくるのです。謎の言語で日記を書くなら、この研究者個人の秘密が語られたり私生活のトラブルだのあいつが嫌いだのなんだのも書かれてもよかったのではないでしょうか。一個の生命体としてのバカさ加減があった方がよいですし、それは右側の地球人より左側で読みたいです。むしろ右側が絶滅に瀕した人類のめちゃくちゃシリアスな文章で左側の異星人の文章が俗である方がいいくらいに思います。

 先に口が一つ、という話をしましたが、言語の線状性が音声と関わっているということが出てきているのはよいです。この異星人の惑星は大気が薄いということがうかがわれるのですが(なんでも明確にするのはつまらないだけですが、ここに関してはもう少し書き込んでほしい気がしました)、そうだとすると、聴覚と視覚の話に傾いていくべきものと思います。異星人の言語の誕生の経緯は一番面白かったところですが、よく考えると、この人たちは言語(の前段階のような叫び声)より絵画が先という特異な成り立ちをしているのでもう少しその原資形態の理屈を知りたい感じがしました。音声/聴覚というのは、自分に注目していない、やや離れたところにいる人の注意を自分や対象に向けさせることができるのが圧倒的な利点ですけど、視覚言語で音声が発達していないのなら、こういうコンタクトをどうとるのかも興味深いところで、なんか巨大な葉っぱに描いたカンペみたいの持って本人の前に走っていったりしてたんでしょうか。こういうバカ妄想を炸裂させてほしい気がします。

 もし、この異星人が音声を基本的に持たないなら、物語の構造上、人類の滅亡原因ははっきりしています。それは、口喧嘩、です。バカですが、そうなります。そしてこの異星人がショックを受けるのは、おそらく、歌というものの存在なのです。
 なにか数学で説明しようというのは、作中の何かを語っているのではなくて、作者がそういう人であることを語っているにすぎないと私は思います。「変なの変なの」とかあっさり書いてしまうヒャダインはやっぱり偉いのだと思った次第です。

ポキ星人
106.73.96.160

そういえばモンティパイソンに「嵐が丘」手旗信号編てのがあって、セリフが全部手旗信号になってるんですが、視覚言語ってそうなるんですかね。

ポキ星人
106.73.96.160

 たびたびすみません。手話というのは音声言語の代替物翻訳物ではなくて独自の言語であって、視覚言語です。手話の存在を忘れて立論したことには差別性があるか少なくとも配慮に欠けた態度にだと気付いたのでその点をお詫びします。
 モンティパイソンのやつは面白いんですが、それはわざわざ旗を持ってやるという道具のおかしさによるので手話を馬鹿にしているとかいう話ではないと思います。
 
 手話にももちろん線状性があるんですが、御作の場合でも手が七本ある異星人の言語が身振り手振りではなくてなんで絵画から発達するのかの説明が必要になる、という気がしてきました。

s.godot
126.129.91.229

ポキ星人さん

敷島梧桐です。毎回、丁寧に講評いただきとても嬉しく思います!

> ちょっとバカ成分が足りない気がします。

ぼくも、SFはおかしなホラの積み重ねでどこまで面白い話をでっち上げられるか選手権だと思っているので、本作にバカ成分が足りないという指摘に同意できます。

> 「変なの変なの」と書けないで、最初から「どうしてどうして」

図星です。筆者としては「変なの」をあえて想像して書いているので、書いている段階では「変なの」と思えなくなっているんだと思います。プロットの段階で、語り手が「変なの」と思うポイントに気づいて、それを組み込んだプロットを作っていくのべきなのでしょうね。要するに、筆者と語り手の分離が甘く、物語の構成が甘くなっているというか。筆者の我というか、エッセイ味が出てしまっているというか。次回以降、意識したいポイントです。

> 線状性を欠いた言語を母語とする異星人らしいおかしさ
> 実はその書記形態よりは読み方の方に特徴が現れる

もっともなご指摘と思います。
 当初、人類文明の浸食に対抗するために、異星人側の語りを、日本語の文字をシャッフルしたような意味不明な文字列を綴るというような演出を考えていましたが、こういう遊びはある程度の効果があるように思えます。
 線状性を欠いた異星の言語の参考として、テッド・チャン『あなたの人生の物語』表題作の異星人の言語があります。本作において、異星人は変分法的な感覚で生きています。人間は微分法的(過去から時間を積み重ねていくことで運動が進展し未来があるという)で時間的な感覚を持っていますが、異星人の変分法的な感覚では、はじめから全体最適が知覚できるので、時間的な概念が希薄になります。本作における異星人の言語は平面的で、線状性に欠いているように思えます(映画版でその点は面白く視覚的に表現されていたと思います)。
 読み方を含めて、もっと異星人の言語を深掘りしたかったと筆者も思っています。円城塔みたいに、文中に図形を持ち込んでも良かったと思っています。本作で唯一の対話シーンだった、グ=ボ=イとの対話シーンで、会話のあり方を、ホラを交えて掘り下げても良かったですね。

> ローランド・カーク
> この点で作者のなさっている別人のテクストの侵入というのはここでいうとカークのやってることよりは各自がそれぞれ演奏する普通の合奏に近いように思えるので、意図がよくわかりませんでした。

ローランド・カーク、初めて知りましたが狂ってていいですね。もうすこし聴いてみます。
テクストの侵入は、異星人の空間的言語の観点ではなく、筺という文明模倣テクノロジーの観点での演出としてありました。たぶん、本作はその短さの割にSFモチーフを詰め込みすぎているのだと思います。長編にするか、異星人の言語だけに焦点を絞って短編でやるのが良さそうですね。

> むしろ右側が絶滅に瀕した人類のめちゃくちゃシリアスな文章で左側の異星人の文章が俗である方がいいくらいに思います。

これで書き直して、どっちがしっくりくるか比較したい気持ちがあります(やりませんが)。
筆者の意図として、右側の文章は人類の線状性・時間性・リズム感を強調した文章として、後半に左側がそのリズムに飲み込まれていくイメージを表現したいというのがあって、左側と右側の語調を決めていました。

> もし、この異星人が音声を基本的に持たないなら、物語の構造上、人類の滅亡原因ははっきりしています。それは、口喧嘩、です。バカですが、そうなります。そしてこの異星人がショックを受けるのは、おそらく、歌というものの存在なのです。

短編に書き直して、代替数学概念や情報学概念を省いて、「歌」でクライマックスを締める感じにすると、物語として収まりが良さそうですね。物語としては、それが「正解」なのだと思いますし、正解が書けるようになりたいんですよねぼくは(正解が書けずに破調しているのは単なる失敗作なので)。

> なにか数学で説明しようというのは、作中の何かを語っているのではなくて、作者がそういう人であることを語っているにすぎないと私は思います。「変なの変なの」とかあっさり書いてしまうヒャダインはやっぱり偉いのだと思った次第です。

自分にはイーガンのように代替数学概念を数学的に掘り下げられるだけの専門性がないし今から身につけるつもりもあまりないので、ホラを結びつけて芸術的なアクロバットを展開する発想力の方面で勝負したいと思う昨今です。
本作は当初、「人類数学:代替数学」の関係と、「人類言語:異星人言語」の関係を、アクロバット的に結びつけて読者に驚きと面白みを与える意図があったのですが、それがかなわずにこういう形で書き終えました。まだまだ修行を続けたいと思います。

s.godot
126.129.91.229

> ポキ星人さん

> そういえばモンティパイソンに「嵐が丘」手旗信号編てのがあって、セリフが全部手旗信号になってるんですが、視覚言語ってそうなるんですかね。

手旗信号というのは、旗で記号を作っていくのですが、そのメッセージは記号の並び順に依存すると思うので、あまり本作における異星人の言語とは関係ないと思います。
 ぼくがイメージしていた異星人の視覚言語の特徴は、言語を構成するすべての要素が交換可能(順不同)という性質を持った言語です。そういう言語は地球にはない気がします(それこそ絵画くらい)し、手話もそういう意味ではちょっと違います。

> 手話にももちろん線状性があるんですが、御作の場合でも手が七本ある異星人の言語が身振り手振りではなくてなんで絵画から発達するのかの説明が必要になる、という気がしてきました。

これはその通りですね。この部分は、面白いホラのでっち上げチャンスな気がしてきました。
たとえば、異星人が七本の腕でポーズを取るんですが、その一つのポーズの中に細部(指の動きとか)があるんですよね。人類言語における線状的な文章を順番に追っていく時間性というものを、異星人のポーズの細部の中へ入り込んでいく空間性に置き換えてみるのは面白そうだと思っています。

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