作家でごはん!鍛練場
朔日

菖蒲の園で道に迷ったこと

堀切菖蒲園の園内は、折からの小雨と花の見ごろが重なって、満開の傘でごったがえしていた。肝心の菖蒲より、赤や、ピンクの傘の花を見に来ているかのような光景に嫌気がさして、近くの名物だという、縛られ地蔵なるものを見に行こうとしたのがいけなかった。
 乗りなれないバスに乗り、寺の近くで降りたはいいが、道案内の看板の一つもあるではなし、気がつけば狭い小路に迷い込み東西南北、見当もつかず、元のバス停までの道のりも怪しく、仕方なくまっすぐ歩いているうちに、大きな公園に出た。園内に入れば、案内の看板でもあるだろうと考えたのがまたいけなかった。歩けども歩けども看板はなく、目の前一面の菖蒲の花がどこまでも続いている。あとで聞いたのだが、ここは水元公園と言ってやはり菖蒲の大変な名所らしかった。

その頃、私はひどい頭痛に悩まされていた。原因は分かっていた。つまらぬことだった。二〇歳の誕生日をもう間もなく迎える。私はその事に恐怖心すらいだいていた。級友の一人がパリへ留学したのも理由のうちに入るかもしれない。いつまでも自分の人生を決めかねている自分に嫌気がさした。要は焦っていたのだ。彼は出発する時、「お前はお前のペースでいけばいいんだよ」と言い残してくれたが、その時の私には、その言葉は重荷以外の何物でもなかった。次第に学校も怠けがちになり、下宿のアパートの一室でただ寝ている日々が多くなった。
暗い天井を眺めていると、正午のサイレンが鳴った。扇風機の無機質な羽音が、お前はがらんどうだとうなっている。こめかみを汗がつたった。今日も無為に日々を過ごすのかと思うと、無性にやりきれなくなって、行くあてもなく飛び乗った地下鉄で一冊の無料の小冊子を手に取った。そこで、堀切菖蒲園が紹介されているのを見た。
梅雨の陰気臭い空模様を眺めていると。一層頭痛がひどくなるような気がした。菖蒲の花でもみれば気が晴れるかもしれないと、その時ただ漠然と思ったのだった。ただそれだけのことだった。

曇天の下、広い公園の敷地の中、一面に菖蒲は咲き誇っていた。およそ目の前の全てが満開の菖蒲の花だった。紫、藤、黄、白斑の花が風にそよぐでもなく、ただじっとそこに佇んでいた。私が菖蒲の花を見たのは実はこれが初めてだった。想像より菖蒲の花は大分大きかった。日の光の少ない季節にこれだけの大きな花弁をもつ菖蒲が、私には奇態に映った。それが密集しているのもまた恐ろしい。緑の葉の先端が突き刺さるように目にしみる。これだけ密集しているのに香りがないのも嫌らしかった。私は群れをなしてただそこに在るというものが苦手だった。
何より私は出口を探しているのに、行けども行けども一面の菖蒲の花で、次第に距離、時間の感覚を失っていった。もう何十分歩いているのかわからない。どこまでも菖蒲の花から逃れられないような気がしてきた。
そのうちに辺りは暮れかかる。次第に空が蒼みがかってくる。さきほどまでは、ちらちらと親子連れの影も見え隠れしていたのに、いつの間にか姿を消し、何故か遠くから異国の言葉も聞こえてくる。いつの間にか本格的に夕闇が迫ってきた。ねぐらに帰ると見る鳥が群れをなして飛んでいく。曇天の事で月も出そうにない。規模の割に、不思議とこの公園には街灯も少ないようだ。すれ違うまで、人がそばに来ている事に気がつかない。何度かぎょっとなった。
辺りを見廻すと人影がぽつんぽつん、二○○メートルぐらい離れているだろうか。道を尋ねようかと思ったが何故かはばかわれた。どうもそのひと達の風体が怪しく思えてしょうがない。気のせいか先ほどから自分が注視されているような気すらする。菖蒲の花が街灯に照らされてぼうっと白く浮かび上がっている。先ほどから何度も同じ所を回っている気がする。そのうち風がざあっとなびいた。さざ波が立つ音がしたと思ったら、いつの間にか大きな川の縁に立っていた。大きな川で柵もない。落ちると二度と上がってこられないぐらいの川だ。川べりのベンチの街灯の下、一人のインド人が頭を抱えたまま、何をするでもなく昏い目でじっと川面を見つめている。その足元にはくしゃくしゃになった煙草の空き箱と、ビールの缶が転がっていた。
それを見たらたまらなくなった。
もうすっかり日も落ちてこれは真剣に帰り道を探さねばと、菖蒲の花を恨めしく見やった先に灯が見えた。

 これ幸いと、その灯を目指して歩いていく。辺りはいよいよ寂しくなるばかり。細い道の行き止まったところにぽつんとその喫茶店はあった。
 扉を開けて、後悔した。
およそ営業しているとは思えない薄暗い店内のカウンターの中で、背の高い、一人の中年の女が、気だるそうに煙草を吸っていた。いらっしゃいませ、と愛想の一つも言うではなし、おや、というように眉の端を心持あげて私の姿を一瞥し、顎先でカウンターの一隅を促した。すっかり気押されてしまい、仕方なく、新聞や雑誌をかき分けて、比較的きれいだと思われるスツールの一つに腰かけた。カウンターにはもう何年も人が座った事がないかのように埃が厚く積もっていた。
「何か飲む?冷コ―しかないけど」
返事をする前に、女は後ろを向いて、小さな冷蔵庫から作り置きのコーヒーをグラスに次ぎ始めた。うなじが見えた。齢の割に、白くほっそりとした美しいうなじだった。結いあげた髪が一筋、ほつれて首筋にかかっている。その間から小指の爪先ほどの黒子がのぞいていた。ひどく淫靡な、何か見てはいけないものを見た気がして思わず目を伏せた。
グラスに入れられたアイスコーヒーは生ぬるかった。一口飲むと人工甘味料特有のうす甘い味が舌についた。普段甘いコーヒーは好まないのに、今日に限ってシロップを入れた事を後悔した。今日、後悔をするのは何度目だろう。
狭い店内には他に客はいないようだった。どこか客を拒むような、白く冷たい膜が張った静けさと、退廃的な気分が漂っていた。女はこちらを見るでもなく相変わらず煙草を吸っていた。テレビがついていた。今日、出所したという関西の広域暴力団組織のトップの映像が流れていた。女はその映像を黙って見ていた。沈黙に耐えかねて、
「このひと、かっこいいですね」おもわずそんな言葉が口にでた。我ながら愚かな事を言っていると思った。
女が煙草を大きく吹かした。煙がカウンターに充満した。目がひどく痛んだ。
女は相変わらず無言だった。そのまま何分か経過した。もう返事は返ってくるまいと思ったその時、
「修羅をくぐってきた男のことを、軽々しくかっこいいなんていうもんじゃないよ」
そんな言葉が返ってきた。思いのほか強い口調だった。私は恥じた。
ふと、この女もまた修羅を見たのかも知れないと思った。この女の人生というものに思いを馳せた。この女にも少女の頃があったのだろうか。あったに違いない。少女が一個の女になるまでどのくらいの時間を要するのだろう。それは少年が男になるのとおなじぐらいの時間だろうか。いつこの女は大人になって修羅をくぐったのだろう。多分、自分には想像も及ばないことであるだろうし、知る術もない。そんなどうでもいい事を考えた。
「あんた、さっき私の首筋を見てたね」
唐突に女が言った。
どきりとした。
すみません。と口の中で謝ると、女は興味を失ったように、また煙草に火をつけた。立て続けに二本吸った。せかされるような、どことなく崩れた感じのする吸い方だった。灰皿の煙草の吸い殻の山を見た。きれいに揃えられた吸い口に、赤い花びらのように口紅の跡が鮮やかに残っていた。
コーヒーをすする。グラスの氷はすっかり溶けてしまっていた。が、反対に時間はすっかり凍りついてしまったようだ。いたまれなくなってトイレの場所を聞くと、
「あっち」女はドアの横を顎で指した。
トイレに入って大きく深呼吸をした。窒息してしまいそうだった。鏡を見た。そこには大人でもない少年でもない、道に迷った哀れな若い男の姿が映っていた。
トイレから出ると、ちょうど客が二人、入ってくるところだった。一人はくたびれたジャンパーの初老の男性で、もう一人は若い女性だった。若い女のほうは店員なのかもしれない、女の事をママと呼んだ。
女はやはり注文を聞かず、アイスコーヒーをグラスに二つ注いだ。そして、若い女に軽く目配せをして「お疲れ様」といった。ごく些細な動作だったけど、それを見た瞬間、全てを理解した。
――ここはそういう店だったのだ。
店に入った時の女の反応、営業する意思がないかのような店内、どことなく退廃的な雰囲気。最初から答えは全て、提示されていた。顔面蒼白になった。私はやはり愚かだった。二人連れの客は奥のテーブルで話し込んでいる。時たま、若い女のわざとらしい、嬌声がけたたましく店中に響き渡った。
私は暗い暗い淵に落ちていくようだった。底には何もない。水中から菖蒲の仄白い影が見える。他は何も見えない。もがけばもがくほど、沈んで行った。視線を感じて顔をあげた。女と目があった。思いがけず優しい目だった。
「あんた、道に迷ったんだろう。菖蒲の時期になると時々くるんだよ。」
「バス亭は出てすぐ右だよ。それ飲んだら早くお帰り」
そう言って、女は口の端を心持ちあげて微笑みらしきものを見せた。お前のような子供の来るところじゃないといわれている気がした。
女は菖蒲の柄の浴衣を着ていた。

転がるように店を出ると、あっけなくバス亭は見つかった。帰りのバスには、乗客は私一人しか乗っていなかった。バスに揺られながらコーヒー代を払うのを忘れた事に気がついた。女は請求しなかった。

それからどのようにしてアパートにたどり着いたのか覚えていない。都心の喧騒に戻ってくると今日あったことが、何一つ、本当にあったことでないような気がした。扇風機は相変わらずうなっている。テレビをつけると、広域暴力団のニュースが流れていた。インターネットで縛られ地蔵の画像を見た。そこには縄でがんじがらめになった地蔵の姿が映っていた。それは自分の姿のようでもあり、あの女の姿のようでもあった。縄を切りたいと思った。本当の意味で自由になりたいと思った。
気がつくと、いつの間にか頭痛は消えていた。ふとあの女ともう一度話してみたいような気がした。何もかもが自分の思いすごしで、あの喫茶店はただの喫茶店だったのかもしれない。否、そうではあるまい。女が優しい目をして微笑んだように見えたのも、自分が二度とここに来ることはないと確信していたからに違いないと思った。そんなやわな女には見えなかった。
今日の事は、本当の大人になるまで、誰にも話すまいと思った。


(終り)
                             

菖蒲の園で道に迷ったこと

執筆の狙い

作者 朔日
183.176.70.112

道に迷った話しというお題で書いたものです。

コメント

弥々丸朗
106.161.226.90

恰好つけてるみたいなんですけど、つまりどういうことなんですか?
しょったような”神隠し譚”って言ったら通じるんだろか、大体の人はそう思うんだろうけど要するに、”所詮ガキのクセにショボいこと気にすんな見栄坊”くらいの寓話コスみたいな世界しか読めなかったのは単にあたしが馬鹿なだけってことなんでしょうか?

内容はともかく、書き手としてのエスコートはスマートで、つまんないことは置いといても及第点という意味では最低限の水準は満たしているみたいで厭味がないです。あくまでも個人的な印象ってことですけど。

テーマとかメッセージみたいなもの足りなくないですか。
筆致の鬱陶しさに対して内容薄い気がします。
意図に振るのか、軽妙に売るのか、一先ず作為として曖昧な気がします。
”文芸”っぽいです。
年寄り臭いです。

一陽来復
219.100.84.36

これ、再掲・・だよね??

菖蒲園の下りは、ここのサイトで読んだ事ある。確かにある。

その時(初読時)は・・
後半の喫茶店パートはすっとばした気がするんだけども、
今回は全部見た。

見たんだけども・・
まとめ(オチ)が、なんだかいかにも「紋切り型」で、座りが悪いかなー。


菖蒲園を訪れる男の気鬱と頭痛が、なんか梶井の『檸檬』っぽくて、ほんのりいいのに、
後段の喫茶店〜ママ〜暴力団が「そぐわない」「前後で乖離している」んで、
「とってつけ」みたいなんだよなー。

そこへきて、「まとめ」が脆弱なんで、「尻切れ感」が強い。


梶井の『檸檬』をさらっと再読すれば、
この原稿に決定的に足りてないもんが即分かるんで、
要再読。

一陽来復
219.100.84.36

「ほくろの女」の下りが・・ほくろの場所は違えど、どうも既視感おぼえたんだけども・・

あれか?
椎名誠が書いていた、「九州あたりのバス停で、すれ違いざまに一度見た、アンニュイなほくろの女」??

椎名誠、あんま読んでないんだけど、あの文章は良かった。
状況と光景が、鮮烈に記憶に焼き付いて、
いっぺん読んだら、生涯忘れられないもん。

偏差値45
219.182.80.182

然程、脳力を使用せずに読めたので、文章力はあるのだと思います。
ただ、面白いかと言えば、「いいえ」かな。
偶然、辿り着いた喫茶店の女。
なにか妖怪染みた雰囲気がありますね。
これ以外、個人的に興味を持った部分はありません。
状況説明を最小にして、登場人物を中心に描いた方が面白いように思えますね。

夏端月
220.208.27.39

拝読しました。
文章力・構成力いずれも良いんじゃないの(笑。

あたしがすごく上手いと思ったのは一点。
主人公が迷い込んだ喫茶店のママの台詞「何か飲む?冷コ―しかないけど」・・・《冷コ―》多分今では(死語?)。
でもでも、この3文字だけでママが関西人、しかもママの年齢を示唆している。3文字で余計な説明的な台詞も地の文も省くことができるんだよね。そしてこの「関西人」が→<テレビがついていた。今日、出所したという関西の広域暴力団組織のトップの映像>に繋がっています。

ほんで、でしょとか一陽来復が言っているように、薄いという印象はあたしも思う。落ちが王道に寄り過ぎたかもわからん。それとSSなので難しいかもしれないけど文中どこかに「破」が欲しいな。(王道を回避する要素になるかもね)。

<菖蒲園の下りは、ここのサイトで読んだ事ある。確かにある>って↑で言ってんだけど、あたしは記憶にないなー? こんだけうまい作なら記憶に残って当然なんだけど。・・・と思ったのですが、ひょっとして他で読んだような記憶が? インターネットのメディアじゃないかも? ひょっとしたら紙媒体かもしれん(笑。

ありがとうございました。

朔日
49.98.51.157

皆様拙作をお読みいただきありがとうございます。
テーマとか作為とか狙いとか全く考えずというか、考えられない初心者ですので、今後の課題にします。

かろ
223.132.253.113

 読みました。
上手いなあと思いました。漢字や言葉たくさんあるのに読みやすく。情報に気持ちも入ってて。
 作者様が普段からこういった感じで周りを見ているんだなあって思いました。かたっぽの目でです。どっか客観的に見えているんだなあって。ときに思い過ごしや勘違いあるかもですが、そういったのも表現されていて。菖蒲を主人公目線できれいと書いてないのも良かったです。主人公の性格が感じられます。扇風機もよかったし、インド人のベンチでの様子で思う感じも良かったです。文章はとてもうまくて悔しかったりしました。
 僕自身もストーリーないのですが、今作に限ればお話は内容が違っても、先を感じられるのを少しほしかったです。わかりませんが。
 ありがとうございました。  

朔日
49.98.48.102

かろ様

お褒めいただき汗顔のいたりです。
お題に沿って書くだけで精一杯で、テーマや狙い、メッセージ、ストーリーまで考える余裕がなかったので、次回ので課題に致します。
扇風機、時代錯誤とご指摘を受けるかと思っておりましたが、良いとおっしゃっていただきうれしいです。
ありがとうございました。

カルネ
133.232.243.157

水元公園を出たところに喫茶店はあるのかしら。
>いつの間にか大きな川の縁に立っていた。
行けども行けども菖蒲園から川の縁までのところで、これって幻想譚に移行するのかしら、と思ったけど、そういう不思議系ではなかったんですね。

で、この喫茶店ってどういう店なんでしょうか。
同伴喫茶? 

あと、焦燥感、モラトリアム期間中の19歳の「私」が菖蒲園で迷子になって暴力団絡みの経営? か元暴力団の女? かがやっている同伴喫茶? に迷い込んで堕ちた世界の雰囲気を垣間見た話、でもこの事は本当の大人になるまでは誰にも話さないでおこう、という少年? の語りと思うと、「私」より「ぼく」の方が内容には合ってたんじゃないのかなあって思わされました。
ちょっとお呼びじゃないよね程度の喫茶店に入って過去持ち女を見たぐらいで大人の世界を見ちゃったかも、と思っちゃうような少年の心ですから。「私」というともう少し大人と言うか硬質感が出てくるので、それがなんとなく話の内容の持つ雰囲気と合ってないかなあと。
そんな感じでした。

朔日
49.98.48.102

カルネ様

拙作をお読みいただきありがとうございました。
またご感想もありがとうございます。今後に生かしたいと思います。

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