作家でごはん!鍛練場
かぶ

花明かり

 この桜並木を歩くのは何度目だろう。三寒四温を抜けた春爛漫の陽気を、智恵子と、肩を並べて歩いていた。

「わたし、妊娠したみたいよ」

 と、唐突に口を開いて、智恵子はいった。
 立ち止まって智恵子をみると含み笑いをしていた。いつもより目が妖艶にみえるのは、春の光に包まれているせいかもしれない。

「赤ちゃんか」

 と俺はいった。桜の花びらが、真っ白な背景に立つ智恵子と俺の間を何枚も何枚も落ちていった。

「あたりまえじゃない。カエルの子でもできたと思った?」

 それもそうだ、と俺は思った。
 俺はぽけっと智恵子をみていた。智恵子もだまって俺をみていた。桜の花びらみたいな目だ。

「いつごろわかった」

「昨日」

「そうか」

「妊娠検査薬ででたの。その後病院に行ったら、やっぱりそうだって。三週間だって」

 俺は一呼吸をおいて、

「わかった」

 といった。俺たちはまた歩き出した。


※ ※ ※


 その次の日の昼下がり。二人で飯を食った後だった。まだ洗い物が台所に残されていた。

 俺はこのボロアパートの部屋の今にもとれそうな引き出式の窓をあけてタバコを吸いながら、アパートの脇に咲き誇る桜並木をぼんやりと眺めていた。花びらが一枚一枚はがれ落ちている。

 ふと、後ろの智恵子に目をやった。智恵子、というより、その腹にいる赤ん坊に目をやった。まだ膨らんでいないその腹に本当に赤ん坊なんているのかと思ってしまう。でもいるのだ。智恵子と赤ん坊だけが当事者で、父親になる俺だけが蚊帳の外だ。もっとも腹の外といったほうがお似合いかもしれない。

 肝心の智恵子はといえば、シミのついたたるんだ畳に座布団をしいて、足を崩して座り、顔を強張らせて人差し指を点々と畳の境目あたりに押し付けていた。

「なにをやっているんだ」

 と俺は聞いた。すると智恵子は、

「シラミを潰してるのよ」

 と答えた。俺は首をひねりたい気持ちだった。

「シラミなんているのかよ」

「いるわよ、こんなにボロボロのアパートだもの」

「みえるのか」

「みえないわよ」

「みえないならいないじゃないか。シラミはみえるものだよ」

「みえなくてもいるものはいるわよ。畳の下に巣を作ってきっと生きてるわ」

 それはダニじゃないのか、と思いもしたが、あまりにも智恵子が真剣な眼差しで耽っているものだからいわないでおいた。
 俺は立ち上がって食器の洗い物を始めた。洗い物をしながら智恵子の背中をみた。その背中の裏側に赤ん坊がいるのだと思った。

※ ※ ※

 その夜のことだった。

 俺は激しいかゆみで目が覚めた。全身がかゆかった。

「うぉぉ、かゆい、かゆい! シラミだ、シラミだ!」

 寝ぼけながらも全身をかいた。二本の手じゃ足りないくらいだ。

「智恵子、すまん、虫さされの薬はどこだ。かゆくてたまらないんだ」

 俺は電気をつけた。隣で寝ていたはずの智恵子の姿がなかった。一瞬、かゆみを忘れかけたが、ぶり返して、部屋中を探して、みつけた薬を全身に塗った。

 俺はまだ全身をかきながら、智恵子の姿を探した。トイレにはいなかった。ふと窓の外に目をやると、桜並木の車道の真ん中に人影があった。智恵子だ。暗がりでよくみえないが、直感でそう思った。

 俺はドタドタと階段をおりて、人影のほうへとむかった。智恵子だった。

「どうしたんだ。危ないじゃないか、夜にひとりで、こんな道の上にでちゃあ」

 智恵子がこちらを振り返った。相変わらず妖艶な目をしている。街灯もない暗がりに、ぽっかりと目だけが浮かんでいるみたいだ。

「心配して来てくれたの?」

「そりゃあ心配したさ。夜起きたらお前の姿がどこにもないんだから」

「そうなんだ」

 智恵子は俺から目を離して、闇に佇む夜桜に視線を移した。

「トイレで目を覚ましたんだけど、窓の外にみえた夜桜がふと目にとまってね。近くでみたくておりてきちゃったのよ」

 俺も桜に目をやった。闇にうっすらとみえる桜は、どこか不気味だった。あるはずなのにないような、でもはっきりとそこには風にたゆたう桜が存在するのだ。
 智恵子は、まだ膨らんでもいない自分の腹をさすりながらみていた。俺も、その腹の奥にあるものをみるように智恵子の腹をみていた。

「体が冷えるから、もう家に入って、あたたかくして寝ろよ」

 智恵子は、含み笑いをして、あの艶っぽい目でまた俺をみた。俺はごくりとツバを飲みこんだ。

 部屋に戻りながら、智恵子に聞いてみた。

「明日の夜、なにが食べたい? お祝いしようよ」

 智恵子は口元に手をあてて、少し考えてから、

「お鮨とステーキ、それからフライドチキン」

 といった。

「それじゃあファミレスになっちまうぞ」

 といって、二人で笑いながら部屋に帰った。
 窓の外をみると、桜も笑うように風に揺れていた。





花明かり

執筆の狙い

作者 かぶ
60.124.11.4

「花明かり」という言葉を使って小説を書いてみたいと思いました。俳句の季語なのですが、その言葉の当たりが美しかったので使いたいと思いました。妊娠した妻と、なかなかその状況になじめない夫と、その二人の微妙な変化を短編にしてみました。
よろしくお願いいたします。

コメント

一陽来復
219.100.84.36

話は薄い。

短編としたら、「起承転結」とか「起伏」がないもんで、
最後まで見ても、一番目立ってるのが「しらみ」とゆー感想に。

そのしらみ騒動にしても、何かの伏線 のようでもなく、エピの回収もしないまんま、
読者置き去りで、ぶっつり終わる。

しらみしらみ言ってるのと、男がずっと家にいるのが、昭和っぽい。
しかし、「妊娠3週間」が検査できてるから、時代はたぶん平成。


 >風にたゆたう桜が存在する
は、どうもアマチュア小説書き好みな表現全開すぎて厭だったし、引っかかった。

 >桜も笑うように風に揺れていた。
は、あんまりベタだし、まとめ(オチ)としては安直・安直すぎ。
それまでが一気に全部が安っぽくなる一文で・・多分「小説を破壊する一文」。
いっそ、ない方がいい。

狂ったワンコ動物園
60.61.137.158

>俺はぽけっと智恵子をみていた。智恵子もだまって俺をみていた。桜の花びらみたいな目だ。

桜の花びらみたいな目……どんな目を表現したいのか伝わりにくい気がします。



>それはダニじゃないのか、と思いもしたが、あまりにも智恵子が真剣な眼差しで耽っているものだからいわないでおいた。
 俺は立ち上がって食器の洗い物を始めた。洗い物をしながら智恵子の背中をみた。その背中の裏側に赤ん坊がいるのだと思った。

>俺は電気をつけた。隣で寝ていたはずの智恵子の姿がなかった。一瞬、かゆみを忘れかけたが、ぶり返して、部屋中を探して、みつけた薬を全身に塗った。

>俺はまだ全身をかきながら、智恵子の姿を探した。トイレにはいなかった。ふと窓の外に目をやると、桜並木の車道の真ん中に人影があった。智恵子だ。暗がりでよくみえないが、直感でそう思った。

絶対とは言わないですけど、「~た。」だけではなく文末表現にもう少しバリエーションがあった方が単調に感じずに済むのではと思います。



最後に話中によく出てくるメインの桜のことですが、桜を利用した描写がちょっと少ないなと感じました。桜はただ咲いて散るだけのものではないかと思います。例えば、美しい桜の花びらも地面に落ち時間が経てばいずれか薄汚れます。それが今後二人の生活に訪れ得る困難などの伏線や示唆、またはそれに対する心情描写など、もっと幅広く活用できるかと思います。

阿南沙希
126.209.62.228

読ませていただきました。ウェブ小説にありがちですが、無駄な行空けが多いので段落で区切った方がいいです。本来空けるべき部分がつかめなくなるだけなので、文章力をつける意味ではマイナスにしかなりません。勿体ないです。

男性の視点はわかりましたが、女性を神秘的に捉えようとして「妖艶」を多用しているところに違和感がありました。

妊娠(逆も真なりで不妊にもいえますが)はどちらかといえば自然現象であるのと、その妊娠がごく普通に受け入れられるものなら、子どもを守ろうとして、また、妊娠のラストに控える出産という壮絶な現象に耐えて生き残るために体も心も結構たくましくなっていきます。そのへん、科学では説明しきれない体の神秘、理屈を超えた理屈を感じることでもありますが、イメージ的には妖艶はややセクシャルな雰囲気が強くて合わない気がします。
後半の夜桜のくだりなど、妖しさ&夜桜の相乗効果がマイナスに働いて、じつは想像妊娠だったのかな? と疑問に思ってしまいましたし、それは作者さんが書きたいこととは違いますよね。
実際に妊娠して戸惑いや実感のなさを感じるなら、もう少し心象風景や行動を増やした方がいいです。

また、状況がわかりませんでした。このカップルは結婚しているのか同棲か、でも考えることは変わります。
私が男で、同棲している彼女からそう言われたら、経済的や生活面で育てていけるのか? 入籍は? などそっちの色々が不安と共に頭を駆け巡りますし、結婚していたら明日早々に会社の総務に手続きのこと聞かないと〜となります。

妖艶に代わる形容詞は神秘とか不思議、SFでも私はいいんじゃないかと思っちゃう方ですが…作者さんの代案が見つかったとしても、その単語は作中で使ってはいけません。妖艶を多用していましたよね? キーワードは使ってはダメです。読者に想像してもらうために、同義の文で形容しながら物語を進めていくのが大事です。

彼女はこういうキャラで悪くない気がしました。やったわ、赤ちゃん〜! ねえアカチャンホンポいつ行く? って感じより、なんか現代的な気がします。

シラミのエピソードは、胎児に良くないから、であれば、その一言を入れたら解決します。(夜中のかゆみはギャグっぽくて雰囲気を削ぐのでカット要ですが。ふと目を覚ました、でも十分です)

ラストは、まだ気持ちが定まってない方がリアルでは? だけど彼女のそばにいたいのだけは確かで、この桜に先々への不安を全部預けるつもりで、彼女のそばに立って桜を眺めていた…等。

ダラダラ書いてしまいましたのでこの辺りで。頑張ってくださいね。私も時間をこじ開けて一作ずつ頑張ります。

偏差値45
219.182.80.182

文章的には分かりやすい。ストーリー的には平坦かな。
もう少し刺激があってもいいような気がします。
とはいえ、それが普通の日常なんでしょうけどね。

キーワードとしては妊娠なんでしょうから、それに付随したエピソードを
盛り込んだ方がいいかな。
例えば、動揺していつもはしない失敗をするとか、大事なことを忘れてしまうとか、
赤ちゃんの名前に悩んでみたり、そのようなものかな。

かぶ
60.124.11.4

一陽来復 さん

コメントいただきましてありがとうございます。
しらみが印象に残ってしまうというのは、意識してませんでしたがその通りだと思います。
自分がどの印象を強く残したいかを意識して書くのも必要だと思いました。

昭和のつもりで書いたんですが、妊娠3週間がわかるのは平成なんですね(;'∀')
知らなかったです、勉強になりました。

かぶ
60.124.11.4

狂ったワンコ動物園 さん

コメントありがとうございます。
桜、というのをキーワードにしたかったのですが、その印象が薄かったんだな、というのがわかりました。
次回は、キーワードを意識して、それを活用した描写を心がけたいと思います。

かぶ
60.124.11.4

阿南沙希さん

コメントありがとうございます。
行明けはそうですね、ウェブを意識して多くなりすぎてしまいました。
次回は段落だけにしたいと思います。

心理描写も足りなかったですね。
もっと夫の戸惑いとか、妻の変化などを書けたらよかったのかもしれません。

かぶ
60.124.11.4

偏差値45さん

コメントありがとうございます。
あまり刺激的な内容というのは考えてなかったのですが、
ドラマ的な事件が起きたら読み物としてはもっと面白いものになったと思います。
ご指摘ありがとうございます。

妊娠、というキーワードをもう少し掘り下げて書いたら深みが出たかもしれませんね。
次回は気を付けて書いてみます。

みずほ
101.128.132.70

はじめまして。
「花明り」ってほんときれいな言葉ですね。「智恵子」という名前も、高村光太郎を思い出させて、
物語に合っているなあと思いました。昭和レトロな雰囲気と、春の夜のアヤシイ感じ、
喜びととまどい……、よく書けていると思います。

他の方もおっしゃっていますが、「妖艶」という言葉が多いように感じました。
「頬の肉の豊かなこと、乳の大きなこと、笑顔の美しいこと、耳の下に小さなほくろがあること、込み合った電車のつり革にすらりとのべた腕の白いこと」――これは、田山花袋の「少女病」という作品の一文です。表情だけじゃなく、匂いとかやわらかさなどで、智恵子さんの妖艶な魅力を表現する方法を考えてみてもいいのかなと思いました。

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