作家でごはん!鍛練場
霜月のゆき

白と黒の分水嶺(改)2

     第四章 操作


 安アパートに持ち込んだ小さなテレビに、一軒の豪邸と女レポーターが映っている。
『犠牲となった大場正吾さん、静子さん夫妻のご遺体が今日、無言のご帰宅をされ、親族の方々が沈痛な面持ちで出迎えをしておりました。たった一人残された息子さんが涙を堪えじっと棺を見つめる姿が痛々しく、非常に印象的でした』
 画面が録画映像に切り替わり、二つの棺が数人の男たちによって豪邸内へ運ばれていく。玄関で出迎えているのは息子らしき子供と喪服を着た中年男。そして子供の後ろにも喪服を着た長身の男がいた。
「ん?」
 彼は身を乗り出してテレビに見入るが、長身の男は邸内に入ってしまった。チャンネルを変えて他の夕方ニュースを探すと他局でもやっていた。棺が入っていく玄関をさっきとは違う角度で映している。長身の男は物影に隠れるように立っていたが、棺と子供と中年男の後を追っていくとき、一瞬だけ顔がカメラを向いた。
 彼のよく知っている男に間違いない。長身、茶色の髪、それと同じ色の瞳。
 長身の男に家族はいないし、葬儀の関係者のようにも見えない。それが何故そこにいるのか、どういう関わりがあるのか。
「めんどくせぇな」
 彼は顔を歪めた。
 彼の仕事はすでに八割ほど終わっているのだが、あの男が絡んでくるとそうはいかないかもしれない。過去には仕事を邪魔された苦い経験もある。
「何が面倒くさいんだ?」
 背後からの声に彼は振り向いた。畳に座り込む彼を見下ろすように男が立っている。
「何でもない。あんたの仕事は完璧だったよ」
「当然だ」
 胸を張る男に、彼は無理矢理に口の端を上げて笑って見せる。そうすることで彼は自分を抑制していた。気が緩めばいますぐにでもこの男の間抜けな頭を吹き飛ばしてしまう。念動力とはよくいったものだと改めて感心した。
 男が仕事を終えたあと、この安アパートに連れてきたのが彼だ。男は自分の武勇伝を自慢げに語ったが、彼にとってはどうにか目的を果たしたという半端な結果でしかなく、男の余計な仕事で大きくなった過不足を調整する手間が増えている。それでもまだ男には利用価値があり、しばらくは口八丁で持ち上げておく必要があった。
 テレビを眺めている男の横顔を見ていると本当に吹き飛ばしてしまいそうで、彼はテレビに向き直った。画面ではレポーターが大場家の葬儀の場所と時間を伝えている。
「いつまで隠れているんだ。海外に逃げるんじゃなかったのか」
 男は彼の横に腰を降ろし、ぎろりと睨んだ。その右目はガラスの義眼である。周りにはケロイドが広がっていて表情が動くのは顔の左半分だけだ。男は動かない右顔面の代わりに胡坐をかく足を揺らして苛立ちを見せている。その横柄な態度に、いつか義眼を割ってやろうと決意すると彼は立ち上がった。
「どこへ行く」
 男が見上げた。
「偽造パスポートを手配してくる。勝手に外へ出るなよ」
「わかってる。私は軽率な人間ではない」
 ばぁか。ハナっから軽率なんだよ、てめえは。
 心の中で唾棄し、彼は帽子を深く被って部屋を出た。
 彼が今回の仕事を依頼されたのは二週間前だ。似たような仕事ばかりで飽き飽きしていた彼は、趣向を変えてみようと今回の段取りを思い立ち、そのための道具としてあの男を選んだのだが、とんだ見当違いだ。いくら使い捨てとはいえ仕事道具は慎重に選ぶべきであった。
 事件から四日。そろそろ報酬を支払う時期である。


 彼がセレモニーホールに到着したときには、すでにマスコミがひしめいていた。ちょうどワイドショーの時間帯のせいか中継車まで出張っている。
 彼は駐車場に停めた車中で自分の身なりを確かめた。黒ネクタイを締めなおし、髪型を整えれば駆け出しの医者に見えなくもないだろう。念の為、伊達眼鏡をダッシュボードから取り出した。
 セレモニーホールの自動ドアを抜けると、ロビーにある大場家の案内板は上階の葬儀場を示していた。それにしたがって二階に上がると受付があり、葬儀会社のネームプレートを付けた男女が立っている。
 彼は軽く咳払いして声を掛けた。
「大場さんの葬儀はこちらでよろしいでしょうか」
「はい。お忙しい中のご参列、まことにありがとうごさいます」
 女が神妙な面持ちで差し出した芳名帳に、彼は山田太郎と記名する。案内されたドアを押すと坊主の読経が聞こえてきた。
 会場内に百人はいるだろうか。三分の一ほどは座りきれず壁際に立っている。その中に紛れ込んだとき、親族から焼香が始まった。テレビで見た息子、中年男、そして長身の男。
 午前中、彼は大場家について調べてみた。息子の通う高校が私立明聖高校だとわかったときには思わず舌打ちが出た。長身の男の母校である。
 長身の男と大場の息子が個人的に繋がるとは思えない。あるとすれば仕事がらみだ。被害者家族である明聖高の生徒を九条警備が警護するというのはわからなくもない。
 坊主の読経と焼香に背を向けて、彼は会場を出た。
 フロアに人気はなく、受付にはさっきとは違う女がいるだけだ。
「ちょっとお聞きしたいのですが」
「なんでしょう」
「あの、大場さんの息子さん、真吾君と一緒にいる背の高い方はお兄さんですか?」
 尋ねると女は怪訝な顔を見せた。
「失礼ですが、どういったご関係でしょうか?」
「僕、今日は父の代理で来てまして。父が医学会の研修で海外に出張しているものですから代わりに行ってくれないかと頼まれたんです。父からは一人息子さんと聞いていたのですが」
 戸惑いと慌てぶりを強調すると、女の眉間から皺が消えた。
「そうなんですか。ご親族様からマスコミの方はご遠慮願うようにと言われておりましもので。失礼いたしました」
 女は丁寧に頭を下げる。
「お兄さんというとあの背の高い方のことをおっしゃっているのかしら」
「ええ。茶色の髪をした」
「あの方は真吾さんのお友達だそうです。とても頼りにしていてご自宅にも泊まり込んでいるそうですよ」
「父が真吾君のことを心配していたのですが、お友達がいらっしゃるなら安心ですね」
「ええ。礼儀正しくていい方ですよ」
「お名前はなんとおっしゃるんですか?」
「確か、岸部聡さん、と」
「ありがとうございました。父に報告しておきます」
 彼は心から礼を言う。親愛なる名前を聞かせてくれた礼を。


     第五章 接触


 葬儀が終わり、大場邸で岸部たちが落ち着いたのは深夜に近かった。真吾と叔父の大場正浩の三人でダイニングテーブルを囲んだ。
 昨日の午前中、大場夫妻の遺体が戻ってくるまえに長野から到着した正浩は、真吾と一緒にいた見知らぬ顔の岸部に不信を顕にした。真吾が正直に事情を話し、岸部が名刺を渡すとなんとか滞在を許可してくれた。
 正浩は長野のスキー場でペンションを経営しているという。血が親いだけあって真吾とも似ている。
 真吾の母親の静子は四国の旧家出身だが、正吾との結婚を反対されて駆け落ち同然に東京へ出てきたため現在は交流が絶えている。大場正吾には正浩の他に兄弟はなく、その両親も鬼籍に入っていた。
 真吾の親族は本当に正浩だけになってしまったのだ。
 けれど夫妻の葬儀には驚くほどたくさんの弔問客が訪れた。近所の住民から始まり、医学界、患者、大学時代の友人・知人、恩師。中には文字通り海外から飛んできたという人もいた。生前の大場夫妻の人柄が偲ばれる葬儀だったが、理不尽な事件に巻き込まれたという影はつきまとった。
「真吾もよく頑張ったな」
 正浩がねぎらう。真吾は三つのコーヒーカップをトレイに乗せて岸部の隣に座る。
「今日はありがとうございました」
「大人になったなあ、真吾も」
 頭を下げる真吾を正浩がしみじみと見つめた。今日の真吾は一滴の涙も見せていない。
「だけど無理はしなくていいぞ、真吾」
 正浩が体を乗り出した。
「別に平気な顔をしなくてもいい。親を失くした子供はいつだって泣いていい。何日経とうと何年経とうと、な」
 正浩の言葉を受けた真吾は唇を震わせた。握りしめたコーヒーカップに俯いた顔からぽとりと涙が落ちる。
 しばらくは岸部も正浩も真吾を泣くに任せた。ただ、正浩は大きな手を真吾の頭に乗せていた。
「僕の、せいだ」
 真吾が震える声で言う。
「僕が、僕のせいで、父さんたちは」
「真吾?」
 岸部が顔を覗き込むと、真吾は真っ赤な目を向けた。
「父さんたちが死んだのは僕のせいだ。僕が、僕がタブレットが欲しいって。だから父さんたちは……」
 真吾は顔をくしゃくしゃにしてまた大粒の涙を流す。
 岸部は正浩を見た。彼も同じ結論に達したようで、痛ましそうに目を細めている。
 大場夫妻が襲われる直前、彼らは大型電気店にいた。何故そこにいたのかの答えを真吾は知っていたのだ。自分が欲しがった物を買うために両親はあそこへ行き、事件に遭遇した。そんなことを言わなければ事件に遭うこともなく死ぬこともなかった。だから自分のせいなのだと。
「真吾」
 呼びかけたものの、岸部はなんと言うべきか迷った。真吾のせいではないと言ったところで今は耳に入らない。
「真吾。自分を責めるまえに、おまえにはやることがあるだろう」
 気丈に犯人探しを始めた真吾。憎しみと復讐心で立っていられるなら、今はそれでもいいだろう。
 真吾は顔を上げると手の甲で涙を拭った。
「僕にはやることがある」
「そうだ」
 岸部が見つめると、真吾は小さく頷いた。
「真吾はもう寝なさい」
 今日は疲れただろう、という叔父の言葉に真吾は素直に従い、夜の挨拶をして二階の自室へ上がって行った。
「さて」
 正浩が冷蔵庫から缶ビールを出してきた。
「付き合ってくれるかい」
「いただきます」
 二人でプルトップを引いた。
「あの子は犯人を見つけてどうするつもりなんだろう」
 正浩がつぶやく。
「気持ちはわからないでもないけど危険なことは……」
「今は駄目だと言っても聞かないでしょう。下手に反対して雲隠れされるよりはいいかもしれません」
「そのために君はボーディガードを買って出てくれたわけだ」
 正浩の上目遣いが飛んできた。余計なことを、と続きそうだった。滞在を許可したときも真吾の強い薦めで渋々という様子だった。
「君も危険なんじゃないかな」
「少なくとも一般の人よりは対処法を知っていますから」
 岸部の名刺を渡す際に人を警護する仕事も経験済みだと説明している。
「真吾もやくざに絡まれて懲りているでしょう」
「まあ、ね」
 正浩は缶を飲み干すと深く息を吐いた。
「なんで、こんなことに」
 正浩は空き缶を握った両手拳に額を乗せた。その肩は小刻みに震え、握られた空き缶がペコリと乾いた音を立てた。
 両親が他界している今、正浩にとってもたった一人の兄を亡くしたのだ。
 しばらくは二人で静かな時間を過ごした。岸部は自分の缶を空にして二本目のビールを正浩にも渡した。
「訊いてもいいかい」
 目を真っ赤にした正浩が言った。
「なんでしょう」
「もし違ってたらごめんよ。岸部君はもしかしてご両親……」
 言葉が尻窄みになった。最後まで口にするのが憚られたのだろう。
「ええ。事故で亡くしました。真吾と同じ歳のときに」
「そうか……」
 正浩は一旦顔を伏せると息をついて岸部に目を向けた。
「最初はね、君を疑っていた。こんな状況のとき子供しかいない家に上がり込むなんていったいどういう奴だって。この家を見れば資産家なのは明らかだし、真吾は周りが見えなくなってる。金目当ての詐欺師紛いかと思ってた」
 正浩は苦笑し、軽く缶を掲げた。
「いまは、君がいてくれてよかったと思う」


 翌日の朝、少し遅めの朝食を済ませたあと、岸部は手当たりしだいの犯人探しを献花台に訪れる人々に限定することを真吾に提案した。献花に訪れる人であれば少なくともやくざたちのように小突き回すような人種ではないだろうし、事件に関して何がしかの関係を持っている可能性もある。正浩の推薦もあって真吾はそれで妥協した。
「その前に行きたいところがあるんだ」
 コーヒーを岸部に渡しながら真吾が言った。
「どこだ?」
「根本優子さんが入院してる病院」
「あの生き残った人か」
 正浩が緑茶を啜る。
「あの人が犯人を見てるかもしれない」
「でも入院先を知ってるのか?」
 叔父の質問に真吾はポケットから一枚の紙片を取り出した。
「この人なら知ってると思うんだ」
 名刺だった。警視庁捜査一課、神谷慎。
「どうしたんだ、これ」
 驚いた正浩に真吾が説明した。
「でも、教えてくれるかな」
「犯人のことを訊きたいからって言ったら駄目だろうけど、単にお見舞いに行きたいって言う理由なら教えてくれるかもしれない」
 同じ被害者同士だ。神谷も子供の頼みを無下には出来まい。
 名刺の番号を携帯電話に打ち込み始めた真吾を見て、岸部は助言する。
「真吾、まずは神谷さんの都合を訊いてみろ」
「なんで?」
「このまえ神谷さんに訊かれたことをちゃんと答えなかったろう。情報を貰うにはこっちからも情報をあげなきゃ平等じゃない」
「でも」
「もう一度会って、今度は冷静に両親のことを話すんだ。素直に話して素直に訊けば、神谷さんが教えてくれる確率も高くなる」
 真吾は少しだけ納得しかねる顔をしたが、それでも携帯電話で通話を始めた。
 情報を得るには直接会うのが一番手っ取り早い。それにあの夜以来、神谷から真吾への接触がない。本筋の捜査がかなり進んでいるのかもしれない。
「よろしくお願いします」
 真吾が電話を切った。
「なんだって?」
「今はいないって言うから、僕のスマホに連絡くださいって伝えといた」
「上出来」
 真吾が朝食の後片付けを始めると、正浩がカウンター越しに言った。
「悪いが一度長野に戻ろうかと思ってるんだよ。またすぐ来るから」
 真吾は「大丈夫」と言って力強く頷いた。


 献花台へ行く前に、岸部は真吾を明聖高校へ連れて行った。真田理事長が心配しているはずだ。
 明聖高校の駐車場で真吾を送り出すと、岸部は車から降りて煙草に火をつけた。構内は静まり返っていて、今は午前最後の授業中だろうか。遠くに見える正門前には、まだ数人のマスコミとおぼしき人間がいた。
 犯人の捕まっていない事件にマスコミは執着する。事件を批判し、憶測し、被害者を哀れみ、同情し、ことさらに世論を煽る。逆に、たとえどんな大事件だろうと当日に犯人逮捕となれば、その報道の規模は驚くほど小さい。そしてその報道の規模如何で事件の大きさが決まってしまう嫌いがある。この通り魔事件も、一ヶ月もすれば人々の記憶の奥に沈んでいくのだろう。
 だが、真吾やこれから訪ねる根本優子にとっては一生忘れることはないだろう。報道が小さくなっても、人々に忘れられても、たとえ犯人が捕まったとしても、生涯背負っていかなくてはならない大きな傷になったことは間違いない。
 ぼんやりとそんなことを考えていると、不意に場違いな強い視線を感じた。
 昼休みに入ったのか校舎が活気づいている。見える窓からは何人かの女子生徒がこちらを窺っているが、感じたのはそんな生易しい視線ではなかった。観察というより監視。好意ではなく悪意。明らかな敵意を受けた。
 正門のあたりに集まっている数人の中に怪しい人物は見当たらない。強い視線もさっきの一瞬で消えた。
 嫌な感じがする。
 校舎で手を振る女子生徒に手を振り返して、岸部は車内に戻った。


 三十分ほどで真吾は校舎から出てきた。三人の男子生徒と一緒だ。
 何か言葉を交わし、笑い、手を振り合って別れる。
「友達か?」
「うん。同じサッカー部のやつら」
 車に乗り込んで来た真吾は少し照れくさそうに答える。
「心配してただろう」
「いきなり怒られた。電話くらい出ろって」
 怒りは真剣さの裏返しだ。いい友達がいる。
「神谷さんから連絡があったよ。今からなら会えるって」
「警視庁で、か?」
「ううん。その近くの喫茶店」
 真吾の言う店の名前に岸部は覚えがあった。車のエンジンをかけて警視庁方面へ向かう。
「真田さん、なにか言ってたか?」
「困ったことがあれば力になるからって」
「頼りにするといいよ」
「それと十年前に特進組にいた卒業生のこと教えてくれた」
 真吾の言い方に含みがある。
「三年間、主席だったってほんと?」
 岸部は苦笑した。真田も余計なことを言う。
「かもしれないな」
「なにそれ」
「昔の事すぎて忘れたよ」
 当時は仕事と学業の両立をしていた。仕事のおかげで出席日数は目も当てられなかったが、教科書を二度も読めば大抵は頭に入った。応用力をつけるために問題集を解き、真面目に勉強をしていた。
「真田さんは真吾のことを褒めてたけどな」
「僕なんて下から数えたほうが早いよ」
「東大行ってなにを勉強するつもりだ?」
 少しの間があってから真吾は答えた。
「医者になりたかったんだ」
 真吾の父親は歯科医だ。父親の背中を追っていたのか。
「特進にいるなら学力は充分だろう」
「でも……」
 金の心配だろうと岸部は察した。これからの学費と生活費。確かに切実な問題である。
「事が落ち着いたら真田さんに相談してみろ。悪いようにはしないから」
 明聖高校には九条財閥が設立した奨学金制度がある。明聖大学へ進学することが条件となるが、充分な教育を受けることができる。
「岸部さんは大学で何を勉強したの?」
「一応、心理学科には入ったけどな」
「高校のときの目標ってなんだった?」
「目標ねぇ」
 岸部はハンドルを握りながら考えた。真吾の質問の真意がわからない。
「だって何か目標がなきゃ三年間主席なんて、絶対無理だ」
 そういうことか、と岸部は理解した。岸部に訊きながらも、真吾自身に問うているのだ。父親という目標を失った今の自分に。
「そうだな……」
 ほとんど登校しないのにテストだけは好成績の岸部に特進組のクラスメイトは冷たかったし、テレパス能力のせいで人の多い学校は好きにはなれなかった。何度も辞めようと考えたが、教室で出迎えてくれる数少ない友人たちの笑顔が自主退学を踏み留まらせていた。
「いま思えば学校が好きだったんだろうな。友達がいたし、普通の人間でいられた」
 友人たちの何人かは岸部の特殊能力に気付いていた。それでも変わらない態度でいてくれた。
「普通の人間って?」
 不思議そうに首を捻る真吾に、岸部は小さく笑って誤魔化した。
「着いたぞ」
 指定の喫茶店に近い駐車場に車を入れて店まで歩いた。
 真吾がドアを押してカウベルの音と共に中へ入る。奥へと伸びる黒光りするカウンターテーブルに席が五つと、同じく使い込まれた四人がけのテーブルが四つの小さな店。客はテーブルにカップルが一組だけだった。神谷はまだ来ていない。カウンターの中で初老のマスターが顔を上げる。
「いら……しゃい……」
 岸部と目が合ったマスターの語尾が小さくなる。
「もしかして、聡君、かい?」
「はい。ご無沙汰してます」
 岸部が軽く頭を下げると、マスターは一気に破顔した。
「いや驚いた。大きくなったねえ」
 マスターと最後に会ったのは十七歳のときだ。『大きくなった』と言われ、岸部は思わず頭を掻いた。隣では真吾が不思議そうな顔をしている。
「昔よく来たんだ」
 岸部は真吾を奥のテーブルに着かせ、カウンター越しにマスターに話しかけた。
「お元気でしたか」
「まあ、ぼちぼちとね」
「奥さんは?」
 いつもカウンターの隅で本を読んでる姿があったが今日は見えない。
「癌でね。もう三年になるかな」
 寂しい笑顔のマスターに岸部は言葉を失ってしまった。仲のいい夫婦だった。岸部は彼女の作るカレーが好きだった。
「今日はどうしたんだい。弟、じゃないよね」
 真吾に目配せしながらマスターは空気を変えた。
「友達です。人と待ち合わせをしてるのでしばらくお邪魔します」
「コーヒーでいいかな」
「お願いします」
 岸部が答えたとき、ベルの音と同時に神谷が入ってきた。岸部と目が合うと一瞬動きを止め、奥で座っている真吾の背中を見つけると素早く笑顔を貼り付けた。
「君も一緒だったのか」
「車で送ってきたんです」
 岸部が真吾に声をかけると、真吾は見ていたメニューから顔を上げた。
「お二人でどうぞ」
 岸部は手のひらを見せて神谷を奥へ促す。
「君は?」
「部外者ですから」
 神谷に背を向け、カウンター席に座ってマスターを相手に世間話を始めた。


 真吾と神谷の会談は十五分ほどで終わり、支払いをしようとする神谷を岸部は呼び止めた
「来ていただいたお礼です。こちらで持ちましょう」
「そういうわけにはいかない。一応公僕の身なんでね。それに」
 マスターから釣銭を受け取った神谷は財布をしまいながら続ける。
「君に借りを作るのは怖い気がするよ」
 真顔で言い、神谷は店を出て行った。
 岸部が神谷と初めて会った翌日、警視庁から九条警備に岸部の身元照会があった。会社は名刺どおりの所属を伝えているが、住所などの個人情報や業務内容については「弊社の性質上お答えできかねます」というのが会社のマニュアルだ。
 刑事である神谷には岸部の何かが引っ掛かるのだろう。初対面のときも、いまも、どこか訝るような気配が笑顔の裏に滲んでいた。
「捜査一課の神谷さんだね」
 マスターの言葉で岸部は出入り口のドアから目を離した。
「お知り合いですか」
「常連さんだから」
 岸部の隣に移ってきた真吾が何か食べたいという。二人でオムライスを注文し、真吾がスプーンを置いたころ岸部は切り出した。
「神谷さん、教えてくれたのか。入院先」
「うん」
 真吾が広げたメモ用紙には都内の病院名と病室番号が控えてある。
「じゃあ行くか」
 ゲップをする真吾を促して、岸部たちは店を出た。

   ***

「岸部さん、道違わない?」
 根本優子の病院近くまで来たとき、助手席で真吾が言った。
「さっきの交差点、左だよ。無理に車線変更しなくてもよかったのに」
「そうか。てっきり右折だと思ってた」
 真吾に答えながら岸部はルームミラーに目を走らせた。二台後ろに尾行車がいる。白のワンボックスだ。駐車場を出てから決して真後ろには付かず、常に二、三台の車を挟んで、いまの強引な右折でも付いて来た。
 明聖高校の駐車場で受けた強い視線の持ち主だろうか。
 真吾が目的ならあのしつこいやくざたちかもしれない。あるいは通り魔事件の犯人か。現場での派手な聞き込みを見知って真吾を狙う可能性もなくはない。
「岸部さん。訊いてもいい?」
 真吾が遠慮がちに言った。
「なんだ?」
「岸部さんの両親はどんな人たちだったの」
 真吾は硬い顔をしていた。
「別に。普通だった。引っ越しをよくしたけど、どこへ行ってもすぐその土地に馴染んでたな」
「転勤?」
「まあな」
 本当は岸部の特殊能力のせいだ。
 テレパスと呼ばれる読心能力と、PKと略される念動能力は物心ついた時から自覚していた。物質を見通す透視能力、空間を移動する瞬間移動能力の発現は第二次性徴期に入ってからだ。
 岸部の周りで、些細でも不可思議なことが続けば近所の目は好奇から嫌悪に変わり、両親は土地を離れることを選んだ。
「喧嘩とかした?」
「父親とはよくしたよ。口論もしたし、取っ組み合いもした。勝てた記憶はないけどな」
 そんな親子を母は仲介もせずに笑って見守っていた。喧嘩をしなければ普段は優しい人だった。
 父、岸部真一郎と血の繋がりはない。妊娠中に九条家を出奔した母、聡子を真一郎は受け入れ、生まれた赤ん坊ごと家族として守った。その赤ん坊のせいで何度も住む家を替え、日本中を転々としても、真一郎はいつもおおらかに笑っていた。
「……高校受験のとき」
 真吾がぼそりと話し出した。
「初めて父さんに医者になりたいって言ったんだ。仕事と学会で家にいることが少なくて、喧嘩どころか口だって利いてなかった。たまに顔を合わせても何話していいかわかんなくてさ。父さんも困ったような顔をしてるから僕と話したくないのかなって……嫌われてると思ってた」
 真吾は膝の上で組んだ指を閉じたり開いたりしている。
「だけど尊敬してたんだ。たまに病院のほうに行くとみんなが、先生、先生って。ああやって頼りにされる人になりたい。だから医者になりたいって、そう言ったんだ。そしたら父さんも母さんもすごく嬉しそうな顔をして、母さんなんか涙ぐんでたんだよ。二人ともすごく嬉しそうで……」
 言葉の最後は涙声で消え入っていく。
 岸部は左手をハンドルから離し、真吾の頭を優しく撫でた。


 病院までできるだけ複雑な大回りをしても尾行車はしつこく付いてきた。これ以上は真吾に余計な不安を与えてしまうと判断し、岸部は病院前の大通りに出る。ルームミラーが脇道へ消える尾行車を映したのは、駐車場に入る寸前だった。
 白のエルグランド。ナンバープレートの確認はできなかった。
 病院内の売店で花束を買い、神谷に教えてもらった病棟を目指す。根本優子の病室には目印があった。個室の前に見張りの制服警察官が一人立っている。
「真吾、聞いてるか? あれ」
「神谷さんが連絡してくれるって言ってたけど」
 真吾が近づいて事情を説明すると、若い警察官は連絡を受けていると言って愛想よく入室を許してくれた。
 ドアをノックし、か細い声の返事を受けてスライド式のドアを開けると、窓際のベッドに上体を起こした女性が横たわっていた。
「こんにちは」
 ぎこちなく真吾が傍に寄ると根本優子は青白い顔を向けた。
「誰?」
「僕、大場真吾といいます。この人は友達の岸部聡さん」
 真吾の紹介に岸部は軽く頭を下げた。
 根本優子は力も感情もない目を泳がせた。
 三原から貰った資料写真との違いに驚いた。写真は彼女が勤める商社の身分証からデータを貰ったもので、適度な化粧と肩より少し長い髪をきれいに切りそろえ、いかにも秘書課らしい笑顔を見せていた。飛び抜けた美人というわけではないが清潔感と知性を醸し出していた。
 その写真と今とを比べるのは酷ではあるが、それでも本当に同一人物なのかと疑わしくなるほど根本優子は憔悴していた。
 襲われた左腕を固定し、病衣から伸びる右腕には点滴の針がついている。突然の事件で恋人を亡くし、自身も傷つけられれば生気が感じられなくとも仕方がないだろう。
「大場……?」
 根本優子は首を傾げた。
「あの、僕……。その……」
 真吾は言いよどみ、一度呼吸を置く。
「僕の両親も、同じです。通り魔に……」
 真吾が言葉を搾り出すと、根本優子の青ざめた顔に驚きと、そしてなぜか怯えが浮かんだ。
「刑事さんに聞いてお見舞いに来たんです」
 根本優子は突き出された花束には目もくれず真吾を見つめている。やがて彼女は「ありがとう」と囁くように言うと顔を伏せた。花束は受け取らなかった。
「ご両親は残念でしたね」
「そんな。根本さんだって」
 真吾は花束をサイドテーブルに置いた。
 二人ともどういう言葉を掛け合えばいいのかわからないでいる。励ましあうには余りにも傷が深く、新しすぎる。
「あの、僕、今日は根本さんに聞きたいことがあって来たんです」
 真吾が意を決して口を開く。
「何かしら」
「通り魔の犯人についてなんですけど」
 根本優子の眉間に皺が寄った。
「捕まったの?」
「いえ、それはまだ。だから僕、犯人を捜そうと思ってるんです。どんな奴だったのか、根本さんなら知ってるかと思って」
「捜すって……」
「犯人の顔とか覚えていませんか。顔じゃなくても、何か特徴みたいなのありませんでしたか」
 根本優子は真吾の顔に何かを探すような目で見つめている
「こんなこと、本当は警察がやることだってわかってます。でも僕は犯人を見つけて聞いてみたいんです。どうしてこんなことをしたのかって。理由がわかったからって許せる訳じゃないけど、それでも僕は知りたいんです。それに逃げてる事だって許せない。逃げるってことは捕まりたくないってことでしょう。いまだに自首してないってことは、自分がしたことを悪いことだと思ってないんだ。あんなことをしておいて逃げきれるなんて、絶対に思って欲しくないんです」
 強い決意だった。真吾を突き動かしているのが単なる復讐だけではないことに、岸部は少し安心した。
「そう。そうね。許せる訳、ないわよね」
 根本優子がつぶやいた。
「ごめんなさい……」
「え」
 予期しない言葉が掛けられて真吾は言葉を詰まらせた。
「ごめんなさい。全ては私たちが……」
 根本優子は真吾から目を背け、顔を覆った片手指の間から涙と嗚咽が洩れる。
「どうして根本さんが謝るんですか。あなた達も僕たちも、何も悪いことはしてない。悪いのは全部犯人だ」
 根本優子は真吾の言葉を否定も肯定もしなかった。だた何かに耐えるように肩を震わせている。
「教えてあげるわ。犯人の特徴。覚えている限り」
 根本優子は涙を拭って話し始めた。
 気付いたのは隣を歩いていた木村和久が刺される寸前だった。年末イベントを控えた日曜日の歩行者天国で、人の流れは複雑で隙間を縫うようにしか歩けなかった。はぐれてはいけないと隣を見ると木村和久はいなかった。振り返ったときには犯人に圧し掛かれてナイフを突き立てられる婚約者がいたという。咄嗟に駆け寄ったがそれからはあまり覚えていないと、根本優子は目を閉じて言った。
「でも、犯人の顔は目の前で見たから」
 男は身長百七十センチくらいの中肉中背。黒い帽子にサングラス。鼻まで覆う大きなマスクをしていたという。人相はわからないが、サングラスとマスクの間に覗いていた右顔面の皮膚にケロイド状の火傷の痕を見つけた。
「こんなことじゃ手掛かりになりそうもないわね」
 根本優子は寂しそうに笑った。
「そんなことないです。話してくれてありがとうごさいます」
「刑事さんにも同じ話をしてあるから」
 それが彼女の誠意ということなのだろう。
「その刑事さんの名前はわかりますか?」
 岸部が口を出すと真吾まで振り向いた。
「確か神谷さん、だったかしら」
「あの日、お二人はどうしてあの場所に?」
「家電を買いに行ったんです。事件の次の日に木村が渡米する予定だったので必要なものを揃えに」
「渡米はお仕事の関係ですか」
「ええ」
「根本さんも一緒に?」
「仕事を辞めて、ついて行くつもりでした」
 根本優子が顔を伏せる。岸部にはわずかに微笑んだように見えた。そのつもりだったのに、こんなことになるなんて。
「大場君。犯人見つけてね」
「絶対見つけます。根本さんは早く体治してください」
「ありがとう」
 儚い笑顔を見せる根本優子に、真吾が深く頭を下げて病室を後にした。
「本当に、ごめんなさい」
 背中で閉まるドアの向こうで、根本優子が泣いていた。
「ねえ、岸部さん」
 一階のロビーで真吾が立ち止まった。
「僕、間違ってるのかな」
「どうして?」
「だって。僕みたいな素人が犯人を見つけられる訳ないことわかってる。なのに根本さんに余計なこと訊いて、つらいこと思い出させてまですることじゃないのかなって」
 真吾は根本優子の傷ついた姿と涙を目の当たりにして心が痛んだらしい。
「じゃあ、ここで諦めるか。彼女に余計なこと訊いたまま、犯人も見つけられずに終わりにするか?」
 真吾が顔を上げる。それを見つめて岸部は続けた。
「思い出すのもつらいことを、嫌がりもせず話してくれたのは彼女の好意だ。それを無駄にするかしないかは真吾しだいだ」
 真吾の黒い瞳が揺れた。
「諦めたくない」
「じゃあ行こう」
 真吾を促してロビーを出た。切っておいた携帯電話の電源を入れると、ほぼ同時に通話の着信音が鳴った。番号は非通知だ。
 仕事柄、余計な人間に携帯電話の番号を教えることは避けている。この電話機はプライベート用だから厳密な管理はしていないが、顔見知りの番号は全て登録済みのため非通知は珍しい。
「真吾、先に行ってろ」
 岸部は真吾に車の鍵を渡した。
「もしもし」
 真吾の背中を見ながら声を送るが返事がない。もう一度問いかけても電話の向こうは物音ひとつしなかった。
 不信に思いながら二、三歩進み出たとき、携帯電話を握る手を何かが弾いた。
 鈍い痛みで携帯電話を取り落とす。
 何があったのか考えるまもなく、車のスキッド音が辺りを切り裂いた。首を回すと白いワンボックスが駐車場を激走している。その先に真吾がいた。
「真吾!」
 背中がぞくりとした。真吾に向かう車の速度にはあきらかに跳ね飛ばす意志がある。
「真吾! 逃げろ!」
 走りながら怒鳴ると真吾は背後の車に気付いたが、顔を強張らせて立ち竦んでしまう。
「くそっ」
 車が突っ込んでくる。あと五メートル。
 全速力で駆け寄り、その勢いのまま真吾に飛びついた。地面に転がるすぐ脇をタイヤが通過した。
 白いワンボックスは猛スピードのままゲートを突破し、走り去って行った。
「大丈夫か」
 体を起こして腕の中の真吾に問いかけるが、真吾はただ頷くだけだ。岸部は真吾をランドクルーザーの後部座席に押し込んで運転席に滑り込むと駐車場を出た。
「怪我は?」
 真吾はルームミラーの中で呆然としている。
「なんだったの、あれ……」
「危ない運転するヤツはどこにでもいるんだ」
「そんなんじゃないよ」
 真吾は意外に強く否定した。
「そんなんじゃない。あれは僕を狙ったんだ」
「……狙われるって誰に?」
「通り魔の、犯人」
 真吾の目が前方の一点で止まっている。
「さっき、あの車の運転手の顔見たんだ。黒い帽子とサングラス。マスクはしてなかったけど根本さんが教えてくれた犯人と同じだった」
 ケロイドまでは確認できなかったが、岸部も真吾と同じものを確認した。
 ハンドルを握る手に違和感を感じて右手を見ると、甲に一筋の擦り傷ができていた。携帯電話を弾かれたときの傷だ。小石でも打ったのだろうか。
 岸部に掛かってきた無言電話は、真吾を岸部から引き離す目的があった。そのあと、白いワンボックスは真吾を狙ったのだ。ナンバープレートにはテープが貼ってあり、ナンバーは確認できなかったが、あれはマスターの店から尾行してきたエルグランドに間違いない。
 明聖高の駐車場で受けた強い視線から始まった一連の出来事は、全てこいつの仕業なのだろうか。今朝、大場邸を出たときからすでにつけられていたのかもしれない。
 目的が真吾なのは間違いないが、それが通り魔犯だと断定はできない。警察に割れている姿でわざわざ出歩くとは思えないし、帽子にサングラスというありきたりな姿ではあるが、今の警察がその風貌を見逃すとも思えない。
 では通り魔犯以外の人間が真吾を狙う理由となると、思い当たるのはあのしつこいやくざたちである。しかし、それならば殴り倒した岸部に狙いを定めそうだ。
 どちらにしても、岸部の携帯電話の番号を知っていた理由が見当たらない。
 ルームミラーに目をやると、真吾が両腕を抱えて強張っていた。一時避難するべく、岸部はハンドルを切った。


「ここは?」
「俺の家」
 リビングで部屋を見回す真吾に、岸部はスウェットの上下を渡した。
「シャワー浴びて着替えて来い」
 真吾がシャワーを浴びている間に、岸部は自分の着替えを済ませる。シャツを脱ぐと肩が軋んだ。真吾を庇ったときエルグランドと接触したせいだ。少し回してみるが骨には異常なさそうだ。
 コーヒーが出来たタイミングで真吾が浴室から出てきた。袖と裾を折り返している。少し大きかったらしい。
「怪我ないか?」
「うん」
 コーヒーカップを渡し、岸部は真吾とリビングで並んで腰を降ろした。
「ありがとう。助けてくれて」
「ボディガードだからな」
「それにしても凄い家」
 ここは会社が岸部に用意した部屋だ。各階一世帯のみ、六LDKという超高額マンションで、鉄壁のセキュリティを売りにしている。社宅というには贅沢すぎるが、それだけ会社にとって岸部という人材は重要なのだ。
「一人で住んでるの?」
「まあな」
「寂しくない?」
「もう慣れた」
「ほんとに?」
 これから真吾は一人で生活していく。叔父がいるとはいえ、やはり両親とは違う。
「家族はいなくても友達がいる。友達の中にも家族みたいな人がいる。それで充分だ」
「聡はまだ僕に付き合ってくれる気、ある?」
「真吾こそ。献花台の聞き込み、行く勇気あるか?」
 車で轢かれそうになった恐怖は残っているだろう。運転手が通り魔犯であるとすれば、その現場へ行くのは狙ってくださいと言っているようなものだ。
「怖いけど、このままじゃ根本さんに悪いし、それに僕を狙ってるならまた現れるよね。それって捕まえるチャンスなのかなって」
「言っとくが俺はおまえのボディガードだ。他の何よりおまえの安全を優先する。それでよければ付き合おう」
「うん」
 真吾は照れくさそうに、ありがとうと呟いた。


 献花台前に着いたのは、すでに日も暮れかけた時間だった。真吾は花束を持って訪れる人たちだけに事件や犯人の目撃情報を聞いて回っている。六人目も空振りに終わったのを見て、岸部はガードレールから腰を上げた。
「まだ続けるか?」
 辺りは街頭と店の明かりだけになり、花束を抱える人も途絶えがちになっている。日が完全に落ちて冷たい空気が肌を刺していた。
「あの人を最後にするから」
 新たに献花台に来た人を見て真吾が言った。
 一緒についていこうとしたとき、岸部は背後から声を掛けられた。
「あの、これ、あなたのですか?」
 六十歳前後の見知らぬ女性が差し出してきたのは、昼間病院で落とした岸部の携帯電話だった。
「これ。どうして」
「そこの人に頼まれたんですよ。あなたに渡してくれって」
 女性は数メートル先のコンビニエンスストアを指差す。
「あら? さっきまでいたのに」
「その人、どんな人でした」
「若い男の人。あなたと同じくらいで、顔は、え……と。あら?」
 女性は一所懸命思い出そうとしているが、どうしても思い出せないらしい。
 真吾を振り向くと献花台の前で男性と話をしている。電話を届けてくれた女性に礼を言って、真吾の元に戻りながら携帯電話を確認した。通話とメールの発・着信は変わっていない。
 電話を届けるように頼んだ男。一体誰だ。
 考えながら顔を上げると、真吾が男性との話を終えたところだった。こちらへ向かってくる真吾に手を振りかけ、岸部は思わず息を止めた。
 真吾の背後から帽子にサングラスの男が近づいてくる。大きな白いマスクが夜目に映えた。そいつが腰の辺りに構えている物に気が付いたとき、岸部は叫ぶより先に駆け出していた。
 真吾を抱き寄せようと回した腕に男が体当たりする。同時に肘から下に冷たく熱い感触がはしった。
 男が構えていたのはナイフだ。岸部の右腕が邪魔して真吾には届かなかったが、それでもまだ男は真吾を刺そうとする。
「こいつ……っ」
 ナイフが食い込む痛みに耐えて刃先を止め、左肘を男の顔に打ち込むと、男はよろけてナイフを手放した。外れたサングラスの下には白く濁った義眼とケロイドの痕が見えた。表情のない左目でこちらを見、次には踵を返して走り出した。
「待て!」
 岸部はナイフが刺さったままの右腕を抱えて男を追いかけた。
 行きかう人混みの中、男は人にぶつかろうと物にぶつかろうと気にも留めずに逃げていく。人混みから上がる悲鳴を浴びながら、男が不意に人気のない脇道に入った。
 PKで足を止められるか。岸部が集中を始めたとき、背後からエンジン音が近づいてきた。
 急速に近づいてくる音に殺気を感じてビルの壁に張り付くと、胸先を車体が掠めた。白のワンボックス。エルグランドだ。
 エルグランドは男の横で減速し脇腹から男を吸い込んで加速する。岸部は赤いテールランプが消えていくのを見送るしかなかった。
 今のナイフの男が通り魔犯に間違いない。では、それを逃がしたエルグランドは何者だ。
「岸部さん!」
 真吾が叫びながら走ってきた。
「怪我はないか」
「人のことより自分のことだよ。腕上げて」
「大丈夫だ。大したことはない」
「バカ! 死んじゃうよ!」
 真吾は学生服のネクタイで岸部の二の腕を縛って止血した。部屋を出るとき、聞き込みをするなら身分証代わりにと制服を提案したのだ。
「すぐ救急車呼ぶから」
 真吾は震える手で一一九を押した。


 治療を終え、入院を勧める当直医に断りを入れると、岸部は夜間救急の待合室に向かった。
 この病院に運ばれてくる救急車の中で、真吾はパニック状態だった。岸部の血を見て両親の遺体を思い出してしまったのだ。ひどく動揺している様子に救急隊員が心配し、治療が終わるまで真吾についていてくれることになった。
 足早で向かった待合室の長椅子に項垂れる真吾の姿を見つけたが、その隣に座る人影は先ほどの救急隊員とは違う。岸部に気付いた人影が立ち上がった。
「やあ。大変だったね」
「神谷さん」
 神谷が立ち上がると、そのまた向こうにいた人間も一緒に立ち上がった。神谷より若い、多分相棒だろう。
「通報を受けて驚いたよ。腕は大丈夫かい」
「お騒がせしました」
「大場君に大体の話は聞かせてもらったよ。根本さんの病院でも襲われたそうじゃないか」
「ですね」
「そのときに連絡をくれればよかったのに」
 神谷は大きな溜息をついた。詰責が混じっている。
「襲ってきた犯人の顔は見たんだろう?」
「ええ。身長百七十センチ前後、黒い帽子にマスク。サングラスが外れたときに右目の義眼とその周りのケロイドを確認しました。根本さんの証言と同じです」
「それも大場くんに聞いた」
「俺たちよりも先に知っていましたよね。警察は」
 誰が見ても明確な人相が割れていながら逮捕できないというのは納得し難い。病院での襲撃を通報しなかったと責められる謂れはない。
「返す言葉がないね」
 神谷は苦笑した。
「岸部君は大場君のボディガードをしてるんだってね」
「ええ」
「その役、我々が引き受けよう。大場君は我々が保護する。君も大怪我をしてしまったことだし、これ以上被害者が出るのは避けたい」
「せっかくですがお断りします」
 不安そうに会話を聞いていた真吾が顔を上げ、腰も上げた。
「あなた方に望むのは犯人の逮捕です」
「大場君も君も危険に晒されている。ボディガードなら危険を避けるのが仕事だ」
「警察に預けたからといって安全とは限らない。違いますか?」
「少なくとも、今日みたいに襲われることはない」
「ずっと警察署に閉じ込めるわけですか。それに、真吾の安全と警察の体面を秤に掛けないという保証はないでしょう」
 このまま犯人逮捕が長引けば、いずれ真吾は囮にされる。当然護衛は付くだろうが、そんな腹を持つ警察に真吾を渡すわけにはいかない。
「真吾、帰ろう」
 岸部が促して背を向けると、神谷は低い声で岸部を呼び止めた。
「君は、何者だ?」
 神谷は愛想笑いさえ浮かべなくなった。遠慮のない厳しい目つきで岸部を見ている。
「ただの、警備員ですよ」
 岸部は答え、再び神谷に背を向けた。


 病院を出るとタクシーで岸部のマンションに戻った。途中、大場邸に寄って真吾には数日分の着替えを用意させた。ここは大場邸より真吾を守りやすい。少なくとも侵入者の心配をしなくて済む。
「真吾はむこうの部屋を好きに使うといい。大概の物は揃ってるから不自由はないはずだ」
 客室を指しても真吾は動かなかった。リビングの入り口で荷物を持ったまま俯いている。
「どうした」
「……ごめん」
「おまえが謝る必要はないよ」
 あの男が真吾を襲ったとき、本当ならPKでナイフを弾き飛ばすこともできた。
 PK。念じてものを動かす特殊能力。
 あのくらいなら、あのタイミングなら自分の腕に突き刺さる前にナイフを弾き飛ばすことができたのだ。
 PKを使って真吾を守ることは容易い。が、同じヒトとして、この体で真吾を守りたかった。
「俺も謝らなきゃな。こんな傷を見せて嫌な思いをさせた。悪かった」
 顔を上げた真吾に岸部は続ける。
「お互い様ということでこの話はおしまいにしよう。メシにしようぜ」
 岸部は途中のコンビニで買った食糧を左手で掲げてみせた。
 食事を済ませ少し休んだあと、岸部はもう一度外出着に着替えた。
「人と会ってくる。二、三時間で戻るから好きに過ごしてろよ」
「僕も行く」
「お子様は寝る時間」
「でも」
「ここには誰も入って来られないから大丈夫だ」
 不安そうな真吾には悪いが早いうちに確認しておきたいことがある。寝室で着替えたときに連絡を取ると、今からなら会えると三原は言った。
「外には出るなよ。入れなくなるからな」
 真吾に言い置いて、岸部はJSA本部に向かった。


     第六章 正体


 カウベルの音と共に神谷が店へ入ると、マスターは閉店の準備をしていた。いつもの黒い前掛けを外し、椅子をテーブルの上にあげた床を柄の長い箒で掃いていた。営業時間外に訪れた神谷を見止め、少しだけ怪訝な顔を見せる。
「もう閉店ですよ」
「知ってます。申し訳ありませんが、少しお話を聞かせてもらっていいですか」
「何か事件ですか?」
「あ、いや。ちょっと教えて欲しいことがあるんです」
 マスターは黙って椅子をひとつ下ろし、カウンターの向こう側へ移動した。
「コーヒーでいいですか? それとも何か食事でも」
「じゃあ遠慮なく。晩飯をまだ済ませてないので」
 神谷はカウンターについた。
「こんな時間までお仕事ですか。大変ですね」
「あなたも昔はそうだったでしょう?」
「そんな時もありましたね」
 マスターは十数年前に定年を迎えた元警視庁刑事である。温和な性格で派手な手柄を立てることはなかったが、地道な捜査と粘り強さで今でもその評判は耳にする。逮捕した犯罪者に好かれるという妙な一面もあるらしい。
 そのマスターが手際よく出してくれたのはカレーライスだった。
「今日は余ってしまったんです。残飯整理みたいで申し訳ないんですが」
「充分です。いただきます」
 スプーンを手に取り半分ほど腹を満たしたところで、神谷は用件を切り出した。
「マスターは岸部聡という青年をご存知ですよね」
 神谷が大場真吾とここで会ったとき、二人は親しそうに話していた。その様子を目の端で見ていたが、一度や二度顔を合わせただけという関係には思えない。マスターが穏やかな表情で話すのはいつものことだが、あの青年の横顔も険が取れて自然な笑顔を見せていた。あの顔を神谷が正面から見ることはないだろうが。
「ええ、知っていますよ」
 マスターはいつもの顔で明瞭に答えた。
「どういうご関係ですか」
「関係も何も。彼はお客さんです。昔はよく来てくれてましたからね」
「昔、というと」
「もう十年以上前になりますかねえ。まだ高校生でした。家内が作ったカレーを大盛りにして食べてましたよ」
「どんな子でした?」
「どんな、と言われましても」
 マスターはグラスを磨いていた手を緩める。
「普通の高校生でしたよ。優しい子なのは変わっていませんね。神谷さんも、どうやら初対面ではなかったようですが」
 帰り際の会話をマスターも聞いていたのだ。
「そうなんですけどね。ちょっと気になっているもので」
「気になる?」
「普通過ぎるんですよ。俺と話すとき。大概はこちらの身分を明かした時点で相手は緊張します。何もしていなくてもね。それが彼にはいっさい見られない。それに彼の行動も並はずれている。彼の仕事を考慮したとしても、それは一般人の行動じゃない」
 岸部聡から見せてもらった名刺は本物だった。九条警備は名刺に偽造対策をしていて、確かに本物だと会社側から回答をもらっている。だが、それでも神谷はあの青年に対する不信感を拭うことができない。
 大場邸で初めて会ったときの真吾少年を庇った素早い動き。命を狙われた大場少年を二度も助けた機転と判断力。しかも二度目はナイフを腕に刺したまま犯人の追跡までしている。その度胸と行動力が普通の社会人のものであるはずがない。
「あの青年の裏には何かがあるはずなんです」
「神谷さんは聡君が犯罪者だと言いたいのですか」
 グラスを磨く手を止めてマスターが言った。怒っているわけでも責めているわけでもないが、不本意そうな空気はあった。
「近いものはあります。マスターは感じませんか」
「来て下さるお客さんを犯罪者扱いしていたら商売になりませんよ」
 そう言ってくすりと笑った。
「俺もあの青年が本当に犯罪者だとは思いたくはない。だけどこの疑問というか不信は無視できないんです。彼について何か知っていたら教えてもらえないでしょうか」
 マスターは黙って再びグラスを磨き始めた。だがその手の動きはさっきより重い。何かがその手と口を重くしているのだ。
 閉店後の店内はいつも微かに流れているジャズ音楽が消えて、冬の日差しの熱のかわりに夜の冷気が侵食してきている。客が落としていったパンくずのような溜息や憂いは、マスターがきれいに掃き清めたあとだ。
 壁に掛けられた古い振り子時計の音を聞きながら、神谷は辛抱強くマスターの言葉を待った。
「これは、あるお客さんが教えてくれたのですが」
 マスターがゆっくりと口を開き、磨いていたグラスを棚に置いた。
「その方は麻薬取締官でした。新種の覚せい剤の流通ルートを追うために、ある組織に内偵捜査の協力を要請したそうです。派遣されてきたのは大学生でした。流通ルートの中に私立大学が含まれていて、彼はそこの現役学生だったのです。怪しまれずに内偵に成功し、流通ルートは摘発できたそうです。彼は当時二十二歳。八年前ですから今は三十歳ですね」
「それが岸部聡だと?」
「名前は知りません。ただ、その学生のおかげなのは確かだと、お客さんは言っていました」
「ある組織、とは……」
「さあ。大学生を薬物ルートの内偵のために差し向ける組織ですから警察ではありえない。民間でもありえない。私に教えてくれたお客さんもその組織のことはほとんど語らなかった。語れなかったのでしょう」
 マスターは俯いて苦笑する。
「私は長い間刑事をしていましたが、警察という法に縛られた存在には限界を感じていました。我々が相手にするのは法の外にいる人間たちです。そんな相手を、法に手足を縛られた我々がどうして追うことができるでしょう。法外の人間、事象には、法外の人間、組織が必要なのだと考えたこともあります。もっとも、それでは警察の役目はなくなってしまいますけどね」
 くすり、と自嘲気味にマスターは笑い、そろそろ店を閉めさせてほしいと言った。
 神谷は礼を言って店を出た。
 薬物ルートの内偵。法外の組織。大学生のころからそんな場数を踏んできたのなら、岸部聡のあの落着きようや行動も納得できる。
 神谷はふと街角で足を止めた。イルミネーションで輝く街。光があれば闇がある。その闇を明るみに出すために神谷は日々奔走している。
 だが、岸部聡はもっと深い闇にいるのかもしれない。それはけっして神谷には届かない闇なのだろう。
 苛立ちのような、悔しさのような、どこにも昇華できない思いを踏みつけながら、神谷は自分のフィールドに戻った。


     第七章 分水


「通り魔事件の裏、ねえ」
 JSA情報部の応接室で、三原誠二が腕を組んで唸っている。岸部は先を続けた。
「あれが計画殺人なら一人目の被害者の受傷数も納得できます。犯人たちの狙いは最初から木村和久だったんです」
「岸部の言うとおりだとして、理由はなんだ?」
「それを調べたいんです。木村和久の情報、もう少し手に入りませんか」
「できないことはないが」
 三原は腕を組み直した。
「木村和久の勤務先、このまえ渡したろう」
 三京製薬の研究員とあった。
「三友グループなんだよ、あの会社」
「三友財閥の」
 何かにつけ九条財閥と比較されるライバル企業体だ。
「三友の情報の扱いは難しくてな。ただでさえ製薬会社の研究部門は機密漏洩に厳しい」
 それだけに木村和久が狙われた理由がありそうだ。
「カスみたいな情報でよければ用意してやるけど、どうする?」
「お願いします」
 三原は一時間後を約束してくれた。


 時間を潰すため、岸部は自販機で買ったコーヒーを手に、情報部の二階下にある自分の職場に足を運んだ。事務机が六つと小さな会議室がある。明かりをつけ、自席の椅子に腰を落とす。
 木村和久が殺された理由を、根本優子は知っている。真吾に謝っていたこと、私たちが悪いと漏らした言葉。それが裏づけにはなるが、問題は一体何をしたのかだ。もしくは何かをしようとしていた? だから殺された。
 そしてあの通り魔犯。襲ってきたときの無表情が岸部は気になっていた。
 人は人を殺そうとするとき、それなりの覚悟をするものだ。それは殺気となり、顔や気配に現れる。しかしあの男には殺気を感じなかった。白い義眼と穴のような左目には意思そのものが欠如していた。にもかかわらず真吾を殺そうとする執着だけは持っていた。世の中にはその殺気を消してしまえる人種も確かにいるが、あの男の場合そうではなく、どちらかというと暗示のようなもので操られていた感が強い。
 人を操ること自体はそう難しいことではない。催眠術を会得した者であれば簡単な動作や作業はさせることができるし、時間と話術を駆使すればマインドコントロールという方法だってある。手段を選ばなければ薬を使って強制的に行動させることだってできる。
 そして、それは岸部にも可能だった。
 テレパス能力を使った洗脳。相手の意識に入り込み、特定の意志を肥大させて行動に反映させる。相手が持つ、ありとあらゆる意志や感情を刺激することでこちらの思惑通りの行動を取らせることができる。例え本人が必死に心の奥底に抑え込んでいるものだとしてもだ。
 逆に言えば、本人が思ってもいないことをさせることはできない。テレバスで思考を感知できても、何もないところに思考や感情を植え込むことはできない。テレパスによる洗脳は、相手の中に目的の思考や感情の『種』がなければ有効性はない。そして、洗脳を成功させるにはテレパス能力の強さが必須であり、思考の送受信双方の力が必要である。
 岸部の人生のなかでそれほどの能力を持った人間は一人しか知らない。岸部と同レベルのPKとテレパス能力を持ち、それを駆使することにためらいを持たない人間。岸部と同じように企業体に飼われ、仕事の善悪を問わない人間。
 木村和久が三友グループの社員だと聞いたとき、その人間の名前が頭を掠めた。そいつなら通り魔犯を洗脳することも可能だし、根本優子の病院で襲ってきたとき、真吾から引き離すために岸部の携帯電話に架電することもできる。
 だが、理由がわからない。通り魔犯を洗脳して木村和久を殺した理由。真吾を襲った理由。
 それとも今回の件にはまったくの無関係なのか。
 考えて答えが出るわけではないが、そいつのことが頭から離れなかった。


 三原から木村和久の資料を受け取って、岸部はマンションに戻った。客室のドアを細く開けると真吾は眠っていた。ドラッグストアで買った鎮痛剤を飲み、リビングのソファで資料を捲る。
 木村和久。三京製薬関東研究所開発部主席研究員。K大薬学部修士課程卒業後、三京製薬に入社。神奈川県出身。地元横浜に両親と妹が在住。本人は研究所の寮で一人暮らし。
 研究所での業務は対アルツハイマー病新薬の研究開発。アメリカの企業、M&G製薬との共同プロジェクトである。通り魔事件の翌日、M&G製薬へ無期限の研修目的で渡米する予定だったが、必要品の購入目的で街に出たところ事件に遭遇した。
 資料を読み終えて岸部は煙草に火をつけた。
 まず気付いたのは、三原に無理をさせてしまったようだということだ。カスみたいな情報どころか、製薬会社にとっては機密情報である。次に行くときには本当に手ぶらでは行けない。
 三原によると、アメリカでは新薬開発の競争が激化しているという。日本でいう薬事法の緩和により許認可を得るまでの段階が大幅に短縮され、製薬会社は新しい分野の新薬開発に躍起になっている。三京製薬とM&G製薬の共同研究プロジェクトもそんなところからきているのではないか、というのが三原の見方だ。
 そんななか、殺された木村和久。会社を辞めてまで付いて行こうとした根本優子。
 気になったのは木村和久の研修期間だ。
 共同開発であれば薬剤の完成日程をある程度は決めるものではないだろうか。難しい開発であるからタッグを組んだのだろうが、競争が激しくなっているのなら期限くらい決めそうなものだ。木村和久自身だって日本での仕事があるのだから予定が決まらないというのは困りものだろう。
 そして、更に気になるのは根本優子の言動である。
 婚約者が渡米するから付いて行く、というだけならわかる。だが、彼女は仕事辞めたという。婚約者の研修期間が無期であるにもかかわらず、二度と日本に戻ることはない。彼女はそういう口ぶりだった。
 だとしたら木村和久の渡米目的は……。
 薬が効いてきたのか眠気があった。ベッドで横になろうとしたとき寝室のドアがノックされ、開けるとパジャマ姿の真吾が立っていた。
「ちょっと、いい?」
「眠れないのか」
「……夢、見た」
「俺のベッドへ入ってろ。すぐ戻る」
 岸部は真吾を寝室に入れて、キッチンでミルクを温めて戻った。
「ほら」
 ベッドで膝を立てて座る真吾にマグカップを渡し、岸部はその隣に潜り込んだ。
「腕、痛くない?」
「気にするな」
 真吾は両手で包んだマグカップをじっと見つめている。
「あの犯人さ。なんで人を殺すんだろう」
 ぽつりと洩れた。
「僕も……殺しちゃったんだ」
 語尾が微かに震えている。
「父さんと母さんが倒れてて、あいつは僕に向かってくる。父さんを踏みつけて母さんをまたいで僕に向かってくる。怖かったけど、そのまえに僕、すごい怒れた。怒れて怒れて死んじまえって。おまえなんか死んじまえばいいって」
 ホットミルクの水面が不規則に揺れる。
「父さんたちはあいつのことなんか知らないし顔も見たこともないのになんで殺されなきゃいけないんだよ。関係ないじゃん。なんにも関係ないじゃん。それをあいつは殺したんだ。意味もなく殺したあいつが許されるなら僕だって許される。あいつを殺してもいい理由が僕にはちゃんとあるんだ。あんなやつ、生きてること自体おかしい。なんで父さんたちが死んであいつが生きてんだよ。なんで、なんであいつが生きてんだよ……!」
 真吾は苦しそうに息を継いだ。
「気付いたらナイフ持ってた。夢中になってあいつを刺した。おまえなんか死ねばいい。死んじまえ死んじまえ死んじまえって、何回も何回も何回も!」
 真吾は夢の話をしている。夢の話ではあるけれど、夢と同じ状況になれば夢と同じことをしてしまうのではないか。そう考えているのだ。
 ミルクがこぼれそうになって、岸部は真吾の手からマグカップを引き抜いた。
「怖いんだ。夢なのに。夢じゃないみたいで怖い……。もしかしたら僕は本当に犯人を殺しちゃうかもしれない。あいつがしたみたいに。おんなじように。わかってるんだよいけないって。そんなことしちゃいけないってわかってる。でも止められない。止められなかったんだよ!」
「真吾……」
「どうしよう止められない。助けてよねえ! 僕止められないよ!」
 膝を抱えて咆哮をあげる真吾を、岸部はそっと抱き寄せた。
 真吾と最初に出会った夜に、岸部の心の『扉』を突き破ってきた「助けて」がこれだ。
 理解し合えかけた父親と見守ってくれていた母親を奪われ、失った傷は深い。けれど真吾はその傷ゆえに沸きあがる己の強い殺意に翻弄されていた。人を殺してはならないという倫理と、犯人を憎み殺してやりたいという純粋な感情が真吾の中でぶつかり、交錯し、コントロールを失っていた。いまは日に二度も命を狙われるという強烈なプレッシャーも引き金になっているのだろう。
「なあ、真吾」
 震える真吾の体を抱き締めたまま岸部は言った。
「俺はな、正当な殺意ってのはあると思う。おまえみたいに大事な家族を奪われたとき、幸せを壊されたとき、誰かを護ろうとしたとき。そういうのは許されるべきだと、俺は思う。だけど正当な殺人ってのは存在しない。絶対にだ。どんな悪い奴でも家族がいる。そいつが死んで悲しむ人間がいる。たとえたった一人で生きていたとしても、そいつが積み重ねてきた年月やこれから先の未来を奪う権利は誰にも許されていない」
 では、その許されざることを生業にしている自分は一体何者なのだろうか。真吾に正論を話して聞かせるような人種ではないのに。
 黒い瞳がまっすぐ岸部を見つめていた。岸部は見つめ返せなくて、代わりに真吾を抱き締めた。
「殺意と殺人の違い、わかるか真吾」
「……実行するかしないかってこと?」
「それもある。だけど、それを分けるのは大切な人や守りたい人がいるかどうかだ。殺意を殺人にまで推し進める足を止めるのは、そういう人がいるかいないかの違いもあると思う」
 岸部の腕の中で真吾が身じろぎをした。
「人を殺すことは罪だ。それは法律で裁かれる。だけど現実にはそれだけじゃない。社会がおまえたちを裁くんだ。おまえは自由を奪われ、叔父さんは仕事を失くすだろう。友達だって後ろ指を指されるかもしれない。たとえどんな正義がおまえにあろうと、それは避けられない。おまえが殺すのは犯人だけじゃない。おまえの周りにいる人たちも同時に傷つけてしまうことになるんだ」
 真吾は黙って岸部に目を向けた。光の宿る黒い瞳がまぶしい。
「よく考えろ真吾。おまえの犯人に対する殺意は正しい。だけどその先まで踏み込んだとき、誰が喜んで誰が悲しむのか。何もかもを失って、誰が傷つこうが悲しもうが関係ない、それでも犯人を殺してやりたいと思うのなら俺は止めない。だけど失くしたくないものが一つでもあるのなら、たとえ苦しくてもその殺意は胸にしまっておくんだ」
 誰かを殺したい、消してしまいたいという欲求は誰でも持つことができる。その理由が正しかろうと正しくなかろうと、殺意というものは誰の心にも根付く。
 だが、その明暗を分けるのはほんの些細なきっかけであったりする。例えば家族の存在。例えば友達の態度。例えば見も知らない人の何気ない一言。それらが明と暗のどちらに流れるかは本人の心の傾き次第だ。だから岸部は真吾に関わった。流れる方向を間違ってほしくなかった。
 岸部自身の仕事を考えれば、いま真吾に話したことは詭弁である。だが、真吾にとっては違うと信じたい。真吾には真吾を理解してくれる叔父がいる。学校の理事長や友人がいる。そして真吾もそういう人たちの想いを受け入れる器と優しさがある。自分の中の黒い葛藤に恐怖を抱き、助けを求めた真吾なら、正しい答えを見つけてくれるだろう。
「もう寝よう。明日は警察に呼ばれるだろうから」
 岸部は照明を消した。


 翌朝、テレビの情報番組で目を瞠る映像が流れた。
「これ岸部さん、だよね」
 真吾もトーストをかじる手を止めた。
 昨夜、通り魔犯に襲われたときの映像だ。腕にナイフを刺したまま、走る岸部が映っている。
 映像は携帯電話で撮られたようで、画素は粗く画面も暗い。十秒もない映像だが短いだけに何度も繰り返し放送されている。はっきりと顔が映っているわけではないが、わかる人間にはわかるだろう。画面の隅には視聴者提供とあった。
「こんなの撮ってる暇があったら犯人捕まえてくれればいいのに」
 真吾の率直な意見に、岸部は思わず笑った。
「笑い事じゃないよ。自分のことだよ岸部さん」
 怒る真吾に岸部は素直に頭を下げた。
 だが、頭を下げるだけでは許さない人もいる。目立つのが嫌いなJSA本部からクレームが付くだろう。救いなのは放送しているテレビ局が九条系列だということだ。
 番組が次のニュースに移ると、すかさず岸部の携帯電話が鳴った。岸部の同僚、紺野正史からだ。
「ニュース見たか?」開口一番、紺野は言った。「仕事サボって何やってんだ、おまえ」
「何だろうな」
「このまえの続きか」
「まあな」
 真吾が聞き耳を立てているのに気づき、岸部は寝室に移動した。
「面倒起こすなって言っといただろうが。本部にバレてるぞ」
「ちょうどいい。映像の放映停止に動いてくれるだろ」
「そうじゃなくて。片桐さんがうるさいってこと」
 片桐は岸部たちの上司である。基本、仕事以外のことに口を出す人間ではないが、顔を見せれば厭味のひとつも飛んでくる。
「正史から上手く言っておいてくれ」
 今度何か礼をすると言い足して通話を切ると、深い溜息が出た。起床のときから体が重い。傷のせいで発熱しているらしい。
 解熱剤と鎮痛剤を持ってリビングに戻ると、真吾は携帯電話を耳に当てていた。その間に岸部はキッチンで薬を飲み下す。
「岸部さん……」携帯電話を握りしめた真吾が振り向いた。「根本さんが……」
 真吾が泣き出しそうな顔で言う。
 根本さんが、死んじゃった。

白と黒の分水嶺(改)2

執筆の狙い

作者 霜月のゆき
126.87.117.1

二週間前の続きです。
超能力者が出てくるミステリっぽいお話。
字数制限で了まで投稿できなかった……。ごめんなさい。次の二週間後は完結します。

お気づきの点をご指摘ください。
よろしくお願いします。


前回のあらすじ
テレパシーで拾った「助けて」の声を頼りに岸部聡はひとりの少年を助ける。通り魔殺人事件の遺族であるその少年、大場信吾は両親を殺された怒りを胸に犯人捜しをしていて、街の乱暴者に暴行を受けているところだった。調べてみると真吾は十六歳で、岸部が卒業した高校の学生だった。真吾と同じ歳に両親を亡くした岸部に届いた「助けて」を偶然とは思えず、岸部は真吾の護衛を始める。

コメント

カルネ
210.136.196.27

うーん…。
まず、最初のパラグラフ、誰が誰か、作者は分っていても読者には分からないので、読者としてはちょっとイラッとするかも(笑)。特に前回UP分に岸部の外観って無かったですよね? あると「彼のよく知っている男に間違いない。長身、茶色の髪、それと同じ色の瞳」で、あ、この彼は彼ねって分かって、じゃ、こっちの彼はまた別人なのね、と分かったりするので(笑)、イラッと感は解消されるんですけど。結構、引っ張られます、彼彼彼で誰が誰?って。
そうなるのをちょっと避ける工夫が欲しいかなあ、連載の場合(まあ、意図してない連載なところが辛いでしょうけど)。
全編掲載だと、多分、気にしないかもしれませんが。自分のペースで読み進めるから中断するのも読み手側のキリの良いところにするでしょうしね。実際、ちょっと前に戻って読んでみたんですけど、続けて読むと気にはならなかったので(笑)。じゃあ、言うなってか(笑)。

で!
うーん…。困っちゃったなあって感じでしょうか。

前回にありましたよね。
「犯人見つけたら何するかわかんないよ。僕」
「殺してやる、か?」
「僕、本気だからね」
「冗談のほうが恐ろしい」
 岸部は小さく笑った。そして続ける。
「理不尽に親を奪われた子供の当然の権利だ。行使したって不思議はない」
「本気で言ってる?」
「おまえは冗談だったのか」
「僕は本気だ!」
これ、実は実に良いと思ってたんですよ。

ちょっと遠いところから話を始めさせてください(笑)。

のゆきさんにとっての小説の存在意義って何でしょうか。

ある作家がね、壁と卵の話でドン引きしたってことを言っていて(笑)。だって、普通でしょ、と。
普通は卵側に立つって思うよ。だけどさ、むしろ壁の立場で考える作業をするってのが作家ってものじゃない? と。
私もね、実はそれを聞いて、そこに共感しました。
あえて、今ある常識を疑って見せる。この社会に対する異議申し立て、それこそが小説の存在義ってもんじゃないのかなって。
少なくとも出発点はそうであれ、と。

のゆきさんの作品の中の、だからこの会話は良いなって思いました。

ところが今回、出ます出ますの常識台詞。まだ犯人の輪郭さえ掴めてないうちから、正義の御託オンパレード。で、あまつさえ、犯人に聞いてみたい、とか、もうドン引きです。っていうか、そういう観念論で考えるなら真吾、復讐なんてやめて置け、です。犯人に何するか分かんない? 笑わせるな、です。あんたは何にもしない。できない。良い子だから。せいぜい自分がいかに傷ついたかの御託を泣きわめいて見せる程度、後は岸部が神谷に引き渡す程度。
でも、それじゃあ、このタイトル、泣きますよね。私も情けなくて泣きます。
正当な殺人って言うのもある。それ、ぶち上げたんですよ?
ならば、まずはそこを描き切って見せなきゃ。
それやらなきゃ、意味ないですよ。
描き切ったうえで、更にそれを超えた地点を描いて見せるのが作者の腕の見せ所ですよね?

常識を、覆せ。
私がのゆきさんにこの作品で期待するのはそこです。

後は些末なことですが、神谷が真吾に優子の入院先を教えてしまうのはいかがなものかと思います。面倒かもしれませんが、自力というか岸部の協力者? 仲間? を使って調べ上げる方が良いと思います。後は岸部が泊まっていたことも正浩が簡単に説得され過ぎです(笑)。ここももう一工夫欲しいです。いくらボディガードと言えども三十歳の赤の他人の男が泊まり込むんですよ、十代の少年宅に。
同様にマスターもほいほいすぐ喋っちゃダメです。
「あの青年の裏には何かがあるはずなんです」
「神谷さんは聡君が犯罪者だと言いたいのですか」
大人ですから。
普通は「何かって何が?」とか「例えば?」とか。この手の質問には質問で返すのが常套ですよね。
どうしても先の展開を急ぎたいぞという作者の気持ちで話が進むことが多いようです。
まあ、気持ちはわかりますけど、TVドラマじゃないので尺のためにまかないでください(笑)。

ところで。
のゆきさんはロバート・B・パーカーの「銃撃の森」をご存じかしら。ちょっと読んでみてほしいかなって思います。
常識を覆せ、と言った手前、なにか参考になるものもあげないといけないかな、と(笑)。

ま、最後の最後まで、引っ張り続けて、最後の最後に、常識は顔を出すようにしないといけません(笑)。
起承転結の転まで、この作品を引っ張るのは「復讐する」この1点でなければ。そして転で常識が顔を出した時、それが突飛にならないための伏線として「助けて」の心情でしょう。承で、がんがんにそれ前面に出してはいけません。そう思いますー。
あと、主人公は岸部ですよね。彼の物の見方、捉え方、これも真吾を通して変化、成長するようになっていると良いのです。
アンチテーゼで始めよ、というのは何もストーリーだけとは限りませんから。

でも次回も楽しみに待ってます!
っていうか楽しみだからこそ、期待してるからこそ、あれこれ感想を書くので(笑)。そうでなかったら何もしませんから。
そこに免じて失礼なこと書いてあっても許して下されーと、甘えてみました。

夏端月
211.132.64.99

拝読しました。
前回に続きなかなかのものですね。あたしとしてはここらへんで破綻をきたしてほしかったんですが、絶好調じゃないですか(ワラ 次回最終章期待が持てます。

何点か難点を(ワラ。

第四章。彼と男が初登場。名前がないので最初、彼と男の区別がつきにくかった(別に名前はいらんけどね)マア、あたしの読解力のなさゆえですけど。

第五章。前半部の葬儀の(回想)シーン。
>けれど夫妻の葬儀には驚くほどたくさんの弔問客が訪れた。近所の住民から始まり、医学界、患者、大学時代の友人・知人、恩師。中には『文字通り』海外から飛んできたという人もいた。←この『文字通り』って???。 考えたら、前章葬儀のシーン「彼」が受付の女子にかまをかけるシーンに、
>「僕、今日は父の代理で来てまして。父が医学会の研修で海外に出張しているものですから代わりに行ってくれないかと頼まれたんです。父からは一人息子さんと聞いていたのですが」←とある。もしかしてこれにかかってる? だとしたら、ここで作者自身が顔を出してるんじゃないかな? と思った(マア、細かなことではあるし、描き方の問題ですがあたしショモナイこと気になるんです)。

これまで読んできて全般的に。主人公が余りかけていないのではないかと(ゴメン)。特に岸部が真吾を説得(?)するシーンがあるが、あまりに常識過ぎ・良い人過ぎetcで、逆に説得力がないかも。主人公だって(闇)を抱えているわけなんだよね。そこらへんが勿体ないというか? 刑事にしても、マスタ、上司、同僚、校長、慎吾のおじさんにしても、みんなイイ人っぽい(いいんですけど)
あと、主人公、慎吾に危険が及んでも「能力」使わないんだね。命に係わるシーンなんでここはチョット?。多分、敵「彼」も能力者設定なんで最後に残してんだろうね?

とにかくエンタメとしてはハイレベルでした。今回の終わり方もエエトコで切るし。乞うご期待(笑

霜月のゆき
126.87.117.1

カルネさん

こんにちは。

最初の出だしね~。心配はしてたんですよ。分割投稿するとそうなるかなって。誰やねん、こいつって。でもここでの視点主のプロフィールを明かすわけにはいかず、彼連発しました。分割するにもセンスがいるね。勉強になった。

正浩が出てくるとこ丸々要らない気がしたんだけどね。それこそ子供一人の家に三十のおっさんが押し掛けたらヘンかと思って予防線に叔父さん連れてきました。だから作者都合。気を抜いてたのがばればれ。

尺まきもばれた。マスターが岸部のことを神谷に話してるけど、改稿前はマスターの話にあった麻薬取締官が登場してこのひとが神谷に岸部の正体をばらすんです。神谷の元同僚同期の元刑事さん。けどこの人出すと昔話が長くなるからご退場願いました。

ぼっちゃん真吾君。カルネさんがおっしゃることよくわかりますよ。作者も書いててツッコミまくりましたから。でも対比のためには必要な部分としていました。

常識を覆せ。いい言葉ですよね。できるできないは別として。
そも、常識とは何ぞや。正義とは何ぞや。
そんな問いかけをしたくて書いた作だったのを思い出した。

全体に岸部の説明が足りてないなぁと思いました。彼の思想、立場、仕事。今さら遅いけど。

二週間以上後がほんとに最後です。
気に入らなかったらけちょんけちょんにしてください。
お待ちしております。

お時間を割いていただきありがとうございました。

霜月のゆき
126.87.117.1

夏端月さん

こんにちは。

いまのところ破綻する予定はありませんですよ。問題点は多々ありますが。

四章。やっぱりダメだなー。前に名前が出てこない短い作を投稿したときもキャラの区別ができないって指摘もらったんです。進歩ないっす。

『文字通り』はおっしゃる通りそれにかかってます。作者的には岸部と「彼」の(この作に関しての)ファーストコンタクトを気取りました。作者のウザい顔が見えたらマズイね。

うん、主人公書けてないよねー。致命的。
理事長(元校長)や同僚をいい人っぽくしたのは、岸部の本質を反映したつもりだった。岸部の闇を書けてないからただのいい人になってもうた。

何だかこの先を読まれてる気がしないでもないけど、もう書き終わってるから二週間以上後に最後まで投稿します。
乞うご期待、ならぬ、乞うご指摘集大成! 

お時間を割いていただきありがとうございました。

只野
49.98.149.238

>「父さんたちはあいつのことなんか知らないし顔も見たこともないのになんで殺されなきゃいけないんだよ。関係ないじゃん。なんにも関係ないじゃん。それをあいつは殺したんだ。意味もなく殺したあいつが許されるなら僕だって許される。あいつを殺してもいい理由が僕にはちゃんとあるんだ。あんなやつ、生きてること自体おかしい。なんで父さんたちが死んであいつが生きてんだよ。なんで、なんであいつが生きてんだよ……!」





素晴らしい文章力ですが、ここだけ説明調でしたね。

ショナ
111.87.58.181

>「真吾」
> 呼びかけたものの、岸部はなんと言うべきか迷った。真吾のせいではないと言ったところで今は耳に入らない。
>「真吾。自分を責めるまえに、おまえにはやることがあるだろう」

ここ、やっぱり「おまえのせいじゃない」って言わせた方が良いと思います。真吾はそう言われても俯いたまま耳を塞いで頭を左右に振る。その後で「自分を責める前に、やることがあるだろう」にしたらいいと思うのです。
耳に入らなくても、その時、心が受け入れなくとも、言われた言葉は残りますから。それが大事だと思います。後で、その意味が分かってくるから良いのです。

>「こんなこと、本当は警察がやることだってわかってます。でも僕は犯人を見つけて聞いてみたいんです。どうしてこんなことをしたのかって。理由がわかったからって許せる訳じゃないけど、それでも僕は知りたいんです。それに逃げてる事だって許せない。逃げるってことは捕まりたくないってことでしょう。いまだに自首してないってことは、自分がしたことを悪いことだと思ってないんだ。あんなことをしておいて逃げきれるなんて、絶対に思って欲しくないんです」

これもここでここまで言わせない方が良いです。
「こんなこと、本当は警察がやることだってわかってます。でも僕は見つけたい。どうしても、許せない。なぜこんな理不尽な目に遭わされたのか。納得できないんです。だから――ごめんなさい。どう言えば良いのか自分でも何言ってるのか分かりません。でも、許せない。だから、どうしても自分の手で、見つけたいんです」
静かに語る低い声は震えていた、しかしその口の端には蒼い炎が燃えているかのようだった。とかね。怒りって書いても良いかもしれないけど。
でもここは情念を出しておきたいです。

なぜなら後の夢のシーンの苦悩を効果的にさせたいから。

折角ですから夢は夢として読者にそのまま体験させるのです。
こんな夢見ましたって岸部に吐露するのではなく。
両親が血まみれに倒れている、血塗られたナイフ、真吾が相手をめった刺しにするシーンを夢とはいえ臨場感たっぷりに描いていただいて、何度も何度も何度も突き刺すところで絶叫とともに目を覚ます。
汗びっしょり、息も上がっている。
そこでこわばっていた指を開くと爪が食い込んで掌には血がにじんでいる。
で、頭を抱えて身体を揺らし、助けて、と。
読者の年齢層をどこ設定してるかにもよりますけど、大人であれば、それだけで、ああ、復讐するとは言っても殺人を犯すことには変わりがないという迷いがあるんだなって分かると思います。

岸部に泣きつかせない。少年だけど、一応、男だからさ。泣きつきたいけど泣きつかないっていう強がりが欲しいじゃない?

そして岸部もまた、部屋の外で、彼のその苦悩の気配を感じ取る、に留めておくと良いのです。
ていうか彼にはよく分かっているはずだから。でもここもママじゃないので、助けません。
男の子にはいつか男になる時が必要なので。己の足でこの先も立って生きてゆかなきゃいけないことを誰より分かっているはずの岸部ですから。今は、まだ、真吾のSOSに手を差し伸べさせません。だって、もう一緒に暮らしていることが、彼の支えになっていると言うことだし、それが答えだからね。読者はそう分かっているから、ダメ押ししなくて良いんです(笑)。

だからここではそれぞれがそれぞれの殺意、岸部はそこに過去もあわせて、向き合う一夜とさせておくのです。

それに現実の世界でも人はなかなか相手に本音は語らないものでしょう?
だから小説の中でもそうしておいた方がリアルな心情になるのです。
でも読者は知っていて良いのです。っていうか読者だけが知っていればいいのですから、そこは読者だけに岸部のこと、真吾のことを見せれば良いのです。


そうしておくと、最終章へ向かっていくとき、いよいよの時、もし真吾が手を下せない時は、岸部に「それで、いいんだ」ってひとこと言わせても効果的になるかと。
その後で、殺意をもつこととそれを実行することの違いを語っても遅くは無いかと。

まずは読者を信頼してください(笑)。ここまで書かないと読者は分かってくれないんじゃないか、と恐れずに。

そんなふうに思いました。

霜月のゆき
126.87.117.1

只野さん

こんにちは。

抜粋部分、何度書き直してもしっくりこなかったんです。長すぎるな~って。
やっと理由がわかりました。そりゃ説明してりゃ長くもなる。


ここだけっておっしゃるけど、特に顕著なところだけご指摘いただいたのかな。


お時間を割いていただきありがとうございました。

霜月のゆき
126.87.117.1

ショナさん

こんにちは。

「おまえのせいじゃない」
これ、岸部に言えるかなぁって考えたんですよ。彼は両親を事故で亡くした被害者でもありますが、「許されざることを生業にしている」加害者でもあります。
書き足りてないのもあるけど、ん~難しいっす。

>「こんなこと、本当は警察がやることだってわかってます。~
このせりふも長い。思いつくまま喋って子供っぽさを出したかったし、根本優子に対してあるキーワードを仕込んであるしでこうなっちゃいました。盛り過ぎ。

病院では正の感情吐露、夜は負の感情吐露。それしか頭になかったけど、一夜を真吾夢パート、岸部パートに分けるのはいいですね。書いてみよ。そうすれば岸部のバックグラウンドが出てくるし。

>ここまで書かないと読者は分かってくれないんじゃないか、と恐れずに。

これにつきますね。その割には必要なことが抜けてたりして。バランス感覚の欠如。あーあ。


お時間を割いていただきありがとうございました。

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