作家でごはん!鍛練場
長峯 策之

さっきから 誰かがこちらのことを見ている

さっきから 誰かがこちらのことを見ている
誰かに見られているに違いないのだ。視線の気配が間断なく私を取り巻いている。
誰とも知らぬ人間の監視下に、私は置かれている。
私は今年32歳になる、これといって特徴の無いサラリーマンである。
久々の休暇を利用して、人気の少ない街中を一人、歩いているところである。


さっきから 誰かがこちらのことを見ている
後ろめたさなどこれといって無いが、気分のいいものではない。
根拠のない焦燥感が、胸のうちから出ては私を陰鬱にする。
この視線を投げかけているのは誰なのか。なりふりかまわず、
四方を見渡しその人間を見つけ出したい。だが、
そんなことをしたら私は不審者だ。今の私の表情は、
ただでさえ暗くこわばっている。おとなしく、
視線がなくなるのを待つのが賢明だ。


さっきから 誰かがこちらのことを見ている
もう随分時間が経つ。否、「随分」というのは主観であって、
実際のところはそんなに経ってないのかもしれないが。
閑散とした街中で、時折人が私の目の前を横切る。
得も言われぬ不安感に満ちた私は、思わずその人に
助けを求めたくなる。手を伸ばし、声をかけたくなる。


さっきから 誰かがこちらのことを見ている
冷汗は垂れ、心の息苦しさもだいぶ深刻なものになってきた。
一体誰なのだ。私が何をしたというのだ。なりふりかまわず、
私は周囲を見渡した。視界に映る細やかな風景を、ことごとく凝視した。
しかし、どこにも人の姿は見当たらなかった。


さっきから 誰かがこちらのことを見ている
何が起こっているというのだろうか。人気の無い街で、
どこからか視線を受けている気がする。誰が、いったい何の目的で。
ただの妄想ではない。判然たる切迫感と威圧感が、それを証明している。
理性が利かなくなるほどに混乱してきた。体は小刻みに震え、
平衡感覚はなくなり、視界でさえ混濁としてくる。


さっきから 誰かがこちらのことを見ている
もう限界だ。私は再度、四方を見渡した。やはり人の姿はなかった。
だが今度はそれで諦めなかった。目を大きく開け眼前に拡がる視界
その細部を、舐めるように見渡した。
すると、茫漠と拡がる視界の中に一点、異質で不可視で、
光芒のような鋭さを放つ異様な線がこちらを睨んでるのが分かった。
私はその時、軽い目まいを覚えた。


さっきから 誰ががこちらのことを見ている。
ようやく見つけた。後はこの線を追えばいい。
私の精神はいくらか安定した。だがその代わりに、心の中に
靄のようなものがかかった気がした。そして、
線を追えば追うほど、心の中の靄は濃くなっていった。


さっきから 誰かがこちらのことを見ている。
靄は色濃く私の胸中を包み、私の心を暗鬱なものにした。
それでもなお、私はその異質な線を追った。半ば盲目的に。
やがて私は、どこかうら寂しい山にたどり着いた。
こんなところから、なぜ?そんな疑問も理性の希薄な私にとっては
ほとんど気にもならなかった。


さっきから 誰かがこちらのことを見ている。
軽度だった目まいは重度なものとなり、頭痛を伴っては
私の視界を黒く染めた。深い靄は私の心を冷たく鷲掴みにしていた。
凄愴たる状況だ。しかし、どうやら私は到達したらしい。
朦朧とした意識の中に、確かな達成感を覚える。
視線の主はこの付近にいるに違いない。だが、どういうわけだ?
このうら寂しい山の中に人なぞ一人もいない。


さっきから 誰かがこちらのことを見ている。
まさか君は、地中にいるのか?待っていろ。すぐに見つけるからな。
私は無我夢中で土を掘り起こした。土は、意外にも脆く手で容易に
掘り起こすことができた。私は半狂乱でひたすら土を掘った。
すると目の前に小さな、白骨化した死体が横たわっていた。


「…君だったんだね?」
私は嬉々として話しかけた。
心なしか、骸骨が艶やかに微笑んだ気がした。


-------------------------------


「彼かね。迷宮入りだった少女誘拐事件の死体を発見し、
警察に駆け込んできた狂人というのは。」


「そうですね。」


「彼が犯人なのだろうが、狂人相手じゃ話にならん。
やむなく精神病院に搬送したわけだが、今の状況はどうだ?」


「ええ。精神病院に搬送するまで終始狂ったように笑ってましたが、
病院に搬送されるやいなや厳粛な面持ちになって
『さっきから 誰かがこちらのことを見ている。』
って言うんですよ。まあいずれにしても、お話になりませんが。」

さっきから 誰かがこちらのことを見ている

執筆の狙い

作者 長峯 策之
111.87.58.108

私の処女作です。短編小説で、すぐに読了することができます。読んだ感想をいただけるととても嬉しいです。文章にいたらぬ点などありましたら、ご指導ご鞭撻いただけると大変ありがたいです。

コメント

夜の雨
180.63.231.105

昨夜、偶然にも「ミステリゾーン(1)」ロッド・サーリングを読んでいました。

「だれもいなくなった町」です。主人公の記憶があいまいでとあるところを彷徨っているのですが、そこには人気が全くありません。
やがてそこがアメリカのある町らしいことがわかったり、自分が20代ぐらいとかがわかったりで情報がだんだんと主人公にも読み手にも伝わってきます。
そして簡易食堂を見つけて入るのですが、そこには今しがたまで人がいた気配があります。コーヒーが湯気を立てています。
しかしそこにも人はいなかった。
やっと若い女性を見つけたと思ったらマネキンだったとか。
そんなことが延々と描かれていて、ラストは宇宙飛行士のある状況に置かれた精神的訓練だという話でした。
―――――――――――
御作を読んでみると、情報を主人公にも読み手にも与えられずに「さっきから 誰かがこちらのことを見ている」のフレーズが10あります。
途中からこれは独りの人物の話を書いているものだろうか、それとも複数の人物が語っているのだろうかとか、と読み手の私は、考え始めました。
なにしろ同じフレーズが10ありますので、途中からいろいろと想像が膨らみます。
これは上に書いた「だれもいなくなった町」と同じように情報操作を書き手が行っているからです。
御作の場合は一人の人間が殺人を行った結果のストレスから精神を患っていたという話でラストになっています。
これはこれでよくできていると思いますが、せっかく同じフレーズを使っての情報操作を行っているのですから、複数の人物による「世界の中の孤独」というようなオチにしたほうが小説的な意味合いでは面白いのではないかと思います。

関連して、こういう方法もあります。
複数の人物という手法で、ラストは容疑者と被害者の肉親とかの対極にある人物にする。
ようするに精神を患っていたのは容疑者だけではなくて被害者の肉親も、という展開にします。
こうすると内容に奥行きが出てきてかなり面白くなるのではないかと思います。

ちなみに御作はショートショートなのでこれでよいのですが、エピソードを肉厚に書き込んだら、もっと作品の存在感が増しますね。


それでは頑張ってください。

文緒
126.209.34.2

こんにちは。

繰り返されるフレーズ、私は少し煩く思いました。

さっきから 誰かがこちらのことを見ている

こちらのことを見ている、どうかな。こちらを見ている、だけの方がタイトルとしてはすっきりするのではないかなと。

作品中では、最終的に見つけるモノに少しずつ近づいている時間軸というか背景、主人公の動きを、誰かが見ているだろう部分を変えていくという工夫で表せるかな。

影から後頭部、そして首筋、項とか、背中から足元、ついには瞳までとか……。


拙い感想で失礼しました。


ありがとうございました。

加茂ミイル
220.109.152.224

タイトルに惹かれました。

こういう神経症的な感じのは好きです。

セシール
219.116.81.113

すごいよ長峯君! と私が確実に言えるのは、見ている相手が水平方向じゃ無くて地面の下から見上げているところ。
発想が一段飛躍していて、とてもいいアイディアだったと思う。

しかし、まずいことに作者自身がいいこと思いついたことに気が付いてないようだ。
普通水平方向からくる視線を意識しているわけだから、真下だと気が付いたところでカタルシスを感じられるように
企んで書かれていたらと思うと、もったいなくて今夜は眠れそうにない。

あ、あと文緒さんの「しつこい」って意見にもう一票入れておく。
奇抜なことをやるとやった気にはなるが、練習でそんなことばかりしてても身にならないので、しばらく封印したほうが
いいと思う。
それと――で区切った下の説明文も無ければ無い方がいいので、頑張って本体部分だけで終わらせられるように
考えたほうがよい気がする。

長峯 策之
111.87.58.21

夜の雨様

私の拙著に熱意あるご感想、ご意見を提言してくださったこと、心から感謝いたします。
なるほど!夜の雨様が言うように『だれもいなくなった町』と相似点がありますね。
私もその著書を読んでみたくなりました。

小説の構想にまでアドバイスくださり、ありがとうございます。
登場人物を被害者の肉親など対極にある人物にするといった着想は
独力では到底思いつかない内容で、勉強になりました。

夜の雨様の言うように、エピソードを肉厚的なものへ昇華させるには、
どういった工夫が必要なのか。熟慮の上実践し精進させていただきます。
どうもありがとうございました!

長峯 策之
111.87.58.21

文諸様

拙い感想だなんて、とんでもありません。
勉強になるご意見をありがとうございます。

確かに題名のフレーズを使い過ぎてしまったきらいがあり、
そこは私も次回以降の反省材料にしようと考えていました。

3番目のご指摘は時間軸や背景について文章に変化を加えることで間接的に
表現することができたのではないか?ということでしょうか。
なるほど。高度なご指摘ありがとうございます。機会あらば挑戦してみたい。

貴重なご意見ありがとうございました!

長峯 策之
111.87.58.21

加茂ミイル様

なるほど!タイトルに魅力を感じて訪れる方もいらっしゃるわけですね。
ご一読くださり、ありがとうございます。
神経症的な小説は今後も執筆する所存ですのでよろしくお願いします。

長峯 策之
111.87.58.21

セシール様

一見シンプルな文章のようで、実際は物凄い高度な内容だったので驚愕しました。
死体の視線が真下である事に気づいた際に、カタルシスを感じさせるような文章を作成する。
溜息が出るほどに奥深い話のように見受けられます。なるほどなあと心の中で感嘆しました。

小説の構成力に鍛錬が必要であること骨身に沁みました。

卯月
183.176.74.78

まー、短い文章の中でタイトルも含め「さっきから 誰かがこちらのことを見ている」というフレーズが10回以上出ているので――しかも各段落冒頭。ポエムか? と思った。
アイデアとしてはソコソコなので、このフレーズを変化させていくとか? 工夫があれば。

長峯 策之
106.184.21.222

卯月様

題名のフレーズを10回以上使用した事は今回の小説においてマイナス要素だということですね。
今回のような構成の小説は、以後書かないようにした方がいいのかもしれませんね。
少なくともフレーズを変化させていく位の工夫が必要であると。

GM91
113.38.243.34

厳密には違うけど、広い意味での夢オチって言うか無難なラストだと思います。
もちろん、過程を熱っぽく描写しまくってそこがこの作品の醍醐味だと言うのなら、それもありですけど、この尺だと手抜き感が先にでてしまうので損だと思うのです。

指摘に挙がっている、キーフレーズの連呼。僕は別に構わないと思います。
ただ、使い方が安い、ってことなんじゃないでしょうか。
もっと主人公が追われてる感をしつこく描きまくると、このフレーズ連呼が生きてくるのではないでしょうか。


あと、細かいところですが

>これといって特徴の無いサラリーマンである。

自分のことをこういう風には思わないでしょう。
他人に対して謙遜で言うことはあるかもしれないけど。
あるいは、「特技」とか「売り」とか「芸」とかだったら、特になしでもまあわかるけど。

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