作家でごはん!鍛練場
吉川タクミ

少女と犬

 体中に鮮血を付着させた白い犬へ、私は一歩だけ歩み寄った。犬の目には恐怖心と敵愾心が混じっており、私を睨み上げて唸り声をあげている。しかし、それは私にとって抵抗どころか威嚇にすら値しない。
 なぜなら白い犬は重傷のため四つ足で立つことがやっとであり、自分より大柄な人間を噛み殺すほどの余力がないためだ。あと一度か二度、刃物で刺されれば蝋燭の火を吹き消すように息絶えてしまうだろう。
「ごめんね……すぐ、楽にしてあげる」
 半ば自分に言い聞かせるように、私は呟いた。それから地面を蹴って犬へ肉薄し、手にしていたナイフを振り上げる。刃渡り五、六センチ程度の多機能ナイフ――俗に『ツールナイフ』と呼ばれるものだったが、犬に致命傷を与えるには十二分だ。
 犬は避けることもかなわず、刃物を首に受けて甲高い悲鳴を上げる。私が覆いかぶさるようにナイフを刺す際、私の頬へ尻尾をぶつけて反撃した。しかし相手は小型犬だ。非力な私でも押さえ込むことは苦ではなく、片腕を犬の首に回して胴を何度も刺し続けた。
 次第に暴れていた犬の体から力が抜けていき、やがてぐったりと動かなくなった。
 犬が絶命すると、官能的なそれに似た快感が私の全身を駆け巡る。それはいつもこの瞬間――か弱い動物を殺害したときに訪れる、暗い喜びだった。
 最期の抵抗も報われず命を奪われた犬の首からナイフを抜き、私は黒いシャツの布で獣の血液を拭い取った。
 終わった。
 私は小さく息を吐き、身を翻してその場を後にした。犬の遺体が残された河川敷が、静寂をはらんだ夜風に満たされた。

 新聞部に入部してよかったことは、気の合う友人ができたことだろう。
 その友人の一人が、同じクラスの天田俊樹(あまだとしき)という男子生徒だ。彼は僕より五センチほど背が高く、喧嘩っ早い印象を与える鋭い目つきをしている。厳つい顔と軽い口調のせいで不良のようなイメージを抱かれやすいが、喧嘩はおろか遅刻や欠席もほとんどない善良な生徒だ。
 僕が彼と向かい合って弁当を食べていると、ふと天田が切り出してきた。
「なあ、最近この近辺で起きてる事件、知ってるか?」
 咀嚼した白米を呑み込んで、僕は頷いた。
「ああ、犬や猫が殺されて河原や民家の裏に捨てられるっていう事件だろ?」
「そうそう。それで、昨日も市内で飼われていた犬が殺されていたんだってさ。やばいよなあ」
 少しオーバーに顔をしかめて天田が言った。
「殺された犬の飼い主が俺の親父の知り合いでさ、聞いた話だと刃物で首や足を刺されていたらしいぜ」
「そうなのか」
 僕は頷き、弁当箱の焼き鮭を口へ運んだ。
 彼の話す事件――何者かによる動物の虐殺事件は、二週間ほど前から市内で起こっており、地元の新聞でも取り上げられている。県警は犯人がエサを使って犬や猫を誘い出して凶行に及んでいるものとみて捜査を進めているが、いまだに犯人の逮捕には至っていない。
 新聞部に入部して以来、僕も新聞をへ目を通す習慣を身につけているため事件のおおまかな内容は小耳に挟んでいる。しかし、ショッキングな事件であると感じこそすれど、それほど興味は持てなかった。
 それは天田も同じようで、味のなくなったガムを吐き捨てるかのように話を切り替えた。
「ところで、最近アマゾンでラミーのピコを買ったんだ。限定色で高かったけど、やはり相応のクオリティはあるな」
「ピコか……確か、ノックすると軸が伸びるボールペンだったっけ」
「そう。ピコは黒とクロームは持ってるけど、限定モデルは初めて買ったんだ」
 食べかけのジャムパンを置き、天田が机の青いペンケースから試験管のようなボディのペンを取り出して見せた。件のボールペン――ピコの限定モデルはネオンのように派手なピンク色のペンだった。彼もまた文房具オタクであり、それが僕と昼食を共にする仲となった所以である。
 それから僕と天田は午後の授業が始まるまで、最新の文房具や好きな漫画について会話を交わした。

「……というわけで、君たちには最近この町で起こっている動物虐殺事件について調べてきてほしい」
 その日の放課後、新聞部の部室へ入った僕と天田へかけられた長谷部長の第一声がこれだった。
 僕たちが冬休みをフルに使わねばならない大役を仰せつかってしまった一番の理由は、他の部員が彼の提案をすべて断ったためだという。クリスマスや正月の重なる時期のため、部活動に専念する生徒も必然的に少なくなるのだ。
「だとしても、俺ら一年に面倒事を押し付けるなんて、ほんと有り得ないよなあ」
 下校中、僕の隣を歩いていた天田が、うんざりしたように言った。それに対しては僕も同じ意見だったのだが、適当に「ん、ああ」とだけ返した。
「ていうか、何の手掛かりもないのにどうやって犯人を捜せっていう話だよ。全く……」
「まあ、犯人を見つけ出すのは警察の仕事だし、僕らは一介の新聞部員として取材ごっこでもしてればいいんじゃないか?」
「……お前、真面目そうに見えて意外と怠惰だな」
「新聞が好きというより、文房具の記事を書くのが好きで入ったからね」
 返した僕に、天田は意味ありげに笑って言った。
「そんなこと言って、本当はお前も相庭(そうば)先輩目当てで入ったんだろ?」
「神に誓ってそれはない」
 僕の口調があまりにも無関心そうに聞こえたのか、天田はつまらなそうな顔をした。
 もちろん、先輩――相庭真美が美人であることは僕も認めるし、性格も決して悪くはないが、何かと鬱陶しいところが玉に瑕なのだ。そのため、正直なところ恋人にしたいかと訊かれれば、少しだけ考えざるを得ない。
 話を本題に戻そうと、僕は真面目そうな表情を装った。
「とにかく、まずは飼い犬をさらわれた人から詳しく話を聞いてみないと」
 お世辞にも妙案とは言えない僕のアイディアに、天田がさらに顔をしかめて見せた。
 そう、何も手掛かりがない以上、僕たちにできることは警察と同じく事件の被害者やその周辺を探る他にない。とはいえ、すでに警察も同様の手順を踏んでいても犯人が捕まっていないため、警察が目を付けていなさそうな点をよく調べる必要がある。それでも犯人に辿り着く可能性は決して高くないのだろうが、新聞部として尽力することに意義があるのだ。
 天田はしばらく納得のいかなそうな顔をしていたが、やがて「分かったよ」と頷いた。

 学校のある日は、毎朝午前六時に目が覚める。今の時期は外がまだ薄闇に包まれ、特に冷え込む時間帯だ。いつも布団から出て身嗜みを整えるとき、指先を切るような寒さに私は縮こまってしまう。
 屋内に満ちた冷気に耐えながら洗面所へ向かい、鏡に映った自分の姿を見つめる。少し癖のある短めな黒髪の少女が、黒い瞳を自分に向けている。幸いにも顔のむくみは目立たず、二日前に受けた傷も跡は残っていない。それに、いつもながら不健康なほど白い肌だ。
 ファンデーションとリップクリームだけの簡単な化粧を済ませ、私は台所へ移った。クノールのコーンポタージュを作ろうと電気ケトルに水を入れてセットする。お湯を沸かす間にトーストやコーヒーを作る準備を進めていると、茶色い毛並みの大型犬がすり寄ってきた。犬種はアイリッシュセッターで、性別はメス。アイリッシュセッターだから、名前はアイリだ。彼女は私が中学校に入学するときに我が家へやってきた。アイリッシュセッターは子犬で十五万から二十万ほどかかるが、母の知人に気前のいいブリーダーがいて、特別に八万円で買うことができたのだ。それでも中学生にとって八万円はとてつもなく高額で、私は今まで貯めてきた全財産をすべて叩いて彼女を迎え入れた。子犬の頃からずっと世話をしてきて、今ではかけがえのない家族の一員だ。
 スープとトースト、それから淹れたてのコーヒーという簡単な朝食を済ませ、私は食器を片付けようと台所へ向かう。ちょうど今起きてきたのか、台所の近くに立つ寝間着姿の父に気付き、私は跳び上がりそうになってしまう。無精髭の目立つ顔を不機嫌そうに歪ませて父が言った。
「飯の支度は」
「私の分しかしてないわ」
「なぜだ」
 父の声が殺気を帯び、私は少しだけ委縮してしまうが、平静を装って彼の前を通り過ぎた。
「だってお父さん、普段はこんな時間に起きないじゃない。私、学校もあるし」
 返して水道の取っ手へ手を伸ばした途端、父が憤然と詰め寄ってきて私の腕を掴んだ。
「親に向かってその態度は何だっ!」
 怒声と共に大きな手が振り上げられ、その骨張った手が私の頬を張った。熱を伴った痛みと衝撃で、私は床へ倒れ込んだ。さらに前髪を鷲掴みにされ、強引に顔を上げさせられる。
「俺は毎日、お前のために必死に働いてるんだぞ! もっと父親を敬ったらどうなんだっ!」
 父が憤怒をたたえた顔を私に近づけて怒鳴り、再び頬を殴打する。理不尽な暴力に耐える私を見兼ねてか、アイリが駆け寄って父へ激しく吠えた。しかし、それは却って火に油を注ぐ結果となった。父がアイリを蹴り飛ばしたのだ。
 アイリは「ギャン」と鳴いてその場に丸くなった。
「お父さん、やめて!」
 懇願してアイリを庇う私に、父は忌々しげに吐き捨てた。
「犬のしつけぐらい、ちゃんとしておけ」
 吐き捨てて父は台所を出て行った。私はすぐにアイリへ声をかけた。
「アイリ、大丈夫?」
 私の呼びかけに、アイリは小さく鳴いて起き上がってみせた。どうやら骨折や内臓の損傷はないようだ。まだ幾分か痛みの残るらしき愛犬の体を、私はそっと抱き締める。
「ごめんね、アイリ。ごめんね……」
 アイリは私を責めるでもなく、じっと私の抱擁に身をゆだねていた。もしかしたら内心ではこんな環境に置いてしまった私を憎んでいるのかもしれないが、それを咎める権利など私にはない。
 ふと私が顔を上げると、すでに父は部屋に戻ってしまったらしく、何も物音はなかった。きっと今頃ハイボールとビーフジャーキーで朝食にしているのだろう。それから、台所の隅にある置き時計へ目をやる。時刻は八時六分。すぐに家を出ないと学校に遅れてしまう時間だ。
 私はアイリに「行ってくるね」と言い残して家を出た。私が学校に行っている間、アイリが父から暴力を受けないか心配だったが、私には無事を祈ることしかできない。今日は二学期の終業式で早く帰宅できることがせめてもの救いだ。
 愛犬の身を案じながら、私は肌を切るような北風が吹きつける通学路を歩いた。

 長谷部長から面倒な依頼を受けた日の翌日から、僕は天田と自分たちの学校周辺に話を聞いて回った。冬休みのため午前中に仕事を終え、昼に解散するという具合だ。僕たちが新聞部の活動で情報を集めている旨を話すと、どの家もみな親切に話してくれたが、有力な手掛かりは得られなかった。
 いや、一つだけ奇妙なものを発見した。聞き込みを終えてファミレスへ向かう途中――河原の周辺を歩いているとき、地面に赤い肉片のようなものが落ちていたのだ。それはスーパーで売られている豚挽き肉をこねたようなもので、直径二、三センチほどの丸い球体だった。そのうちの二つは誰かがかじったような形跡があり、近くに赤い染みが広がっていることに気付いた。肉汁だろうか。いや、それにしては量が多いような気がする。
 肉片の近くでしゃがみこんだ僕がそう考えていると、ずいぶん先の方を歩いていた天田がどうしたのかと訊いてきた。結局僕は首を横に振って見せ、その場を離れた。

 クリスマスイブの正午、聞き込みを終えた僕たちは近くのファーストフード店で昼食を共にしていた。チーズバーガーをひと口かじり、天田が嘆くように漏らす。
「ああ、リア充共が恋人と過ごす日に、なぜ俺たちは男二人で徒労に時間を費やさねばならんのか……」
「それを言うなよ」
 内心同じ気分だった僕は、アイスティーのストローから口を離して言った。天田は不服そうな顔でそっぽを向いていたが、すぐに小さく溜め息をついた。
「しかし、こうやって毎日歩き回るなんて、時間の無駄にしか思えないよな……」
「まあ、確かにそうだね。明日はサボろうか」
「おい、本気か? 部長にバレたらやばいぞ」
 目を見開く天田に、僕は平然と言った。
「大丈夫だよ。何か訊かれたら、『ネットで色々情報集めてました』とか言っとけば」
「お前、意外に不真面目だな……」
 苦笑を漏らす天田には目もくれず、僕は自分のハンバーガーを口へ運んだ。
 僕がサボタージュを提案した理由は、単にクリスマスを満喫したいだけではなかった。相庭先輩から「買い物に付き合ってほしい」と頼まれ、明日の午前に近場のショッピングモールへ同行することになっているのだ。明日は予報だと午後から雨が降るそうだったが、折り畳み傘を持っておけば特に問題ないだろう。
 アイスティーを飲みながら、僕が窓の外を歩くカップルを眺めていると、天田が「そういや」と話を変えた。
「犬の誘拐が多発してるのって、西高の近くだったよな?」
「ああ、そういえばそうだね」
「俺、思ったんだけど、犯人は西高の生徒じゃないか?」
 真面目そうな顔で天田が言った。
 今まで集めた情報によれば、犯行は夜中に行われており、その被害の多くは市内の西高校の周辺で起こっている。しかし、西高は僕たちの通う高校からかなり離れているが、それだけで犯人が西高の生徒であると決めつけるのは安直すぎるようにも思える。
 僕は「まさか」と返し、残ったハンバーガーの欠片を口に入れた。
 結局、犯人を絞ることもできず、僕たちは昼食を終えてすぐ店を後にした。

「今日はいろいろ付き合ってくれてありがとね。千代くん」
 両手に提げたビニール袋の重みに耐える僕に、新聞部の二年生――相庭真美(まみ)先輩は人懐っこい笑みを向けて言った。実際は部活をサボって時間を作ったわけだが、僕は短く「暇だったので」と返した。
 ビニール袋は片方に無印良品の文房具や日用品、もう片方にカルディの輸入菓子やコーヒーなどが入っている。量があるため、普段鍛えていない腕には応えるものだ。
 僕の隣を歩く相庭先輩はというと、先ほど購入した靴下と長袖Tシャツの入ったビニール袋を一つ持っているだけだった。そのせいか足取りも軽やかで、波打つ長い茶髪が揺れて溌剌とした雰囲気を放っている。
 それから相庭先輩の服装を改めて、あくまでさりげなく観察する。オリーブグリーンのPコートに白いスキニーパンツ、黒くすらりとしたブーツという、洗練された服装だ。首には黒と緑のストライプ柄マフラーを巻き、肩に黒い鞄をかけている。整った顔立ちもあって、フランスのファッションモデルと比べても遜色ないように見える。
 僕の視線に気付いてか、相庭先輩が悪戯っぽい笑みを向けてきた。
「ん? 千代くん、どうしたの?」
「いえ……今日の先輩はなんか素敵だと思いまして」
「もう、何それ」
 先輩はわずかに頬を赤く染めて笑った。少しだけ恥じらうような彼女の笑みに、思わず僕の胸が高鳴ってしまう。
 初対面の相手ともすぐ打ち解ける性格もあり、相庭先輩は学校でも人気が高い。彼女に好意を寄せる男子生徒は少なくないらしく、同性からも慕われていると聞く。普段同じ部活で頻繁に話す間柄とはいえ、やはり気恥ずかしさは拭えない。ふと周囲を見ると、僕たちのほかにカップルらしき若い男女が歩く姿が散見された。月曜日なのでショッピングモール内はさほど混雑していないが、冬休みを恋人と過ごす学生は少なくないようだ。僕たちも手をつないでこそいないが、周囲からは恋人同士のように見えるのだろうか。
 そんなことを考えながら、僕は相庭先輩へ訊いた。
「ところで先輩。最近、桐生市内で起こっている動物虐殺事件のことで、何か知りませんか?」
 僕の言葉を聞いた先輩が、わずかに眉をひそめた。きっと、事件の凄惨な内容を思い出したのだろう。
「知らないけど……まだその事件のことを調べてるの?」
「ええ。一応、部長からの命令ですから」
「そんなの、『いろいろ調べてみたけど何も情報が手に入りませんでした』とか言って終わらせちゃえばいいのに」
「さすがにそうはいきませんよ。一応仕事ですから、ベストは尽くさないと」
 苦笑した僕に、相庭先輩はころころと笑った。
「千代くんって、普段はすごく適当なのに、意外と真面目なとこあるよね」
「天田のやつからは、それとは真逆のことを言われましたよ」
「え、千代くんが不真面目だって?」
 僕が頷くと、相庭先輩は「確かにちょっと悪(わる)っぽいところもあるかもね」と笑んだ。
 歯に衣着せぬ物言いに僕は閉口するが、彼女は意にも介さず話を変える。
「ところで、帰る前にお昼食べてかない? 私、いい店知ってるんだ」
「僕の奢りですか?」
「まさか、割り勘だよ。それとも、奢ってくれるつもりだったの?」
 悪戯っぽく目を細め、先輩は空いた手を僕の片腕に回してきた。ダークブラウンの髪が僕の鼻先を掠め、ほんのりとフローラルな芳香が鼻腔を満たす。彼女が休日に使う香水の匂いだ。
 僕は頬に広がる熱を紛らすように、素っ気なく言った。
「あまり引っ付かないでください。暑苦しいです」
 僕が言うと、相庭先輩は「可愛げがないなあ」と漏らして僕から手を離した。
 モール内の飲食店が並ぶ通りへ向かう途中、ふと彼女が口を開く。
「それ、一つ持ってあげるよ」
「大丈夫ですよ。というか、僕に荷物持ちをさせるために付き合わせたんでしょう?」
「そうだけど、何か悪いなと思って」
「いや、そこは嘘でもいいので否定してください」
 呆れて返しつつも、僕はあまり重くない無印良品の袋を差し出した。それを受け取った先輩が、「あっ」と何かを思い出したような声を上げた。
「そういえば、さっきの事件の話なんだけど……少し前に私の友だちが怪しい女の子を見たって聞いたよ」
「怪しい女の子?」
 訊き返した僕に、先輩は頷いて見せた。
 相庭先輩によれば、数日前に彼女の友人が学校から帰る途中、大型犬と小型犬を連れた少女を目撃したという。大型犬は茶色い毛色の犬で、小型犬は白いチワワのようだったらしい。
「その友人は、女の子の特徴について何か言ってましたか?」
「うーん、特徴か……黒髪のショートカットで中肉中背だったって言ってたかな。あとは、私たちと同い年ぐらい……高校生ぐらいの子だったって。他は何も聞いてないよ」
 僕が「そうですか」と返すと、相庭先輩がにやりと笑みを向ける。
「情報料として昼食代を千代くんの奢りに――」
「しません」
 遮るように要求を退けた僕に対し、先輩が「ケチ」と口を尖らせた。
 その後、僕は彼女のおすすめだという洋食の店に入り、普段は口にすることのないご馳走に舌鼓を打った。結局、代金は割り勘にしたが、美味しそうにストロベリーパフェを食べていた先輩の顔を思い返すと、僕がすべて払ってもよかっただろうかと思う。

 相庭先輩との買い物を終えて桐生市に到着した頃には、小雨がしとしと降り始めていた。
 僕と先輩はそれぞれ折り畳み傘を鞄に入れていたため、ひどく濡れることもなく並んで街路を歩いた。相庭先輩の傘は地味なダークグレーの傘だったが、均整の取れた体型と垢抜けた服装のためか絵になっているように見える。
「それじゃ、またね。千代くん」
 満足そうな笑顔で手を振る彼女と別れ、僕は自宅へ向かった。雨具を着て自転車に乗る学生や、傘を差して歩く会社員の姿が散見される。寒い時季の雨に加えて風もいくらかあるため、待ちゆく人々はみな体を縮こませている。
 交差点の赤信号で立ち止まっていると、向かいに一匹の大型犬を連れた人物がいることに気付いた。大型犬は茶色い毛並みをしており、長い脚と凛々しい顔つきをしている。父の友人が似た容姿の犬を飼っており、その犬種が「アイリッシュセッター」であることを思い出す。
 少女は顔を傘に隠すようにしていたが、他校の制服らしき紺色のスカートを着用していることが分かった。それからすぐに、先ほどの相庭先輩の話――犯人は大型犬を連れた黒いショートカットの少女であるという情報を思い出し、僕は向かいに立つ少女を注視した。彼女はただ立っているだけで、犬も主人の近くに寄り添いながらときおりコンクリートに鼻を近付けている。見る限りでは何も不審な点などなく、帰宅してから飼い犬の散歩をしている女子高生としか思えない。僕と彼女以外に信号待ちで立っている者は僕の隣にいる見知らぬ男子高校生ひとりだけだ。
 ややあって信号が青に変わり、僕は横断歩道へ足を踏み出した。それとほぼ同時に、向かいの少女もすっと前へ歩き出す。
 彼女とすれ違う刹那、傘の縁が僕に当たらないように傾けられ、その一瞬に僕は彼女の顔へ横目を向けた。ちょうど彼女も僕を一瞥し、黒く澄んだ瞳と視線が交差した。色白な肌が目を引く、可愛らしい少女だった。
 少女はすぐに僕から目を逸らし、再び傘で顔を隠してしまった。犬は僕の方へ寄ろうとするが、彼女がそれを制して僕から離れていく。
 家に到着するまでの間、僕は彼女と事件の関係性を考えたが、特に何も思い当たらなかった。


 私にとって一日で最も憂鬱な時間は、下校して家へ帰る時間だ。校門を出て自宅へ向かい、一歩ずつ家までの距離の縮まるおよそ二十分ほどの時間。そのあいだ足を踏み出すたびに、私の体は鉛のように重くなっていく。
「リサちゃんっ」
 突如後ろから聞き慣れた声がしたと思うと、私の肩がぽんと叩かれた。私は反射的に声を上げて振り向いた。
「え、ちょっと、そんな驚かなくてもいいじゃん?」
 声の主は、私の同級生の佐原渚(さわらなぎさ)さんだった。長い髪を赤茶色に染めて派手な化粧をした女子生徒だ。初めて教室で彼女を見たとき、「あんたはいつの時代のギャルだよ」と心の中で突っ込んだことを、今でもよく覚えている。
 隣に並んだ佐原さんに、私は小さく息を吐いて言った。
「そりゃ、いきなり後ろから肩たたかれたら驚くわよ……」
「えーそう? ふつう足音で気付くと思うけどな」
 私の重苦しい内心など知る由もなく、佐原さんは呑気そうに笑った。佐原さんは私のことを下の名で呼ぶ唯一のクラスメートだ。明るく社交的で友人も多く、裏表のない性格のため教師からの評判も良い。
 家の方向が同じなので、私たちは雑談しながら並んで歩いた。同年代の流行に疎い私は終始聞き役に徹していたが、彼女の会話の中に共感できる事柄はほとんどなかった。
 早くアイリと散歩をしたい。
 級友の話を聞き流しつつ愛犬の顔を思い浮かべていると、ふとアスファルトに細かい粒の染みが散らばり始めた。飴だと気付くと同時に、今日の天気が夕方から崩れるという予報を思い出す。
「うわ、降ってきた! どうしよ、あたし傘忘れちゃったんだよなー」
 言って走り出そうとする彼女に、私は鞄に入れた折り畳み傘を取り出しながら私は言った。
「傘、一緒に入る?」
「あー、いいよいいよ! あと少しで分かれ道だし。じゃあね!」
 明るく言い残すと、佐原さんはショルダーバッグで頭を守るようにして走り出した。茶髪の後ろ姿が遠ざかるにつれて、それまで忘れていた胸の苦しさが蘇ってくる。すぐに彼女が分かれ道を曲がって消え、私は傘を広げて歩き出した。
 佐原さんはいつも私に気兼ねなく話しかけてくれるが、彼女が私の傷に気付くことはない。彼女に虐待のことを打ち明けたところで、事態が好転することなどなく、ただ徒に好奇の目を浴びるだけだ。
 重い足に力を入れ、私は家路を歩いていった。

 相庭先輩と買い物した日の翌日、僕は天田とともに周囲の家に聞き込みを行っていた。先日、天田が「犯人は西高の生徒ではないか」と言ったため、西高の周辺を探ることにしたのだ。
 直接犯人に結び付く情報はなかったが、いくつか有力な情報を得ることができた。
 犬がさらわれた家の者に当時の状況を尋ねたところ、犬小屋に紐が残されていたという。さらに、その近くにはソーセージの欠片のようなものが落ちていたそうだ。
 次に、中年の主婦から聞いた話では、被害のあった家の近くで大型犬を連れた少女を見たということだった。
「買い物の帰り道だったんだけどね、大きな茶色い犬を連れた女の子を見かけたわ。何でか知らないけど、慌てている様子だったよ」
 彼女はそう語り、僕はさらに少女の外見について訊いた。少女は短い黒髪で、西高の制服を着ていたという。
 聞き込みを終えた正午過ぎ、帰り道でふと天田が口を開いた。
「やっぱりさ、絶対西高のやつが犯人なんだよ。このあと、西高に寄って黒髪ショートの女子全員に大型犬を飼ってるかどうか訊いてみようぜ」
「いや、さすがにそうはいかないよ。まず、学校に取材の許可を取らなきゃいけないし、西高の黒髪ショートの女子って言ったって、多すぎてきりがないし」
 犯人と思われる人物の特徴といえば、黒いショートカットで大型犬を飼っている西高の女子生徒ということだが、そこまで絞り込むのは難儀な作業だ。そもそも、本当に犯人が西高の女子生徒なのかも定かではない。目撃情報が誤りで、実際は中年の男が犯人だったということも考えられる。つまり、西高に赴いたところで徒労に終わる可能性もあるし、警察や探偵ではない僕たちには、そこまでして犯人を探し出す義務はない。
 僕の返答に、天田は渋々といった様子で頷いた。
「それもそうだな。じゃあ、近場のファミレスで飯にするか」
「うん、そうしよう」
 頷いて彼といつものファミレスへ向かおうとしたそのときだった。歩道の片隅に小さな赤い欠片が落ちていることに気付いた。僕はすかさずそれに歩み寄り、近くでじっくり正視した。それはクリスマスイブの日に見つけたものと同じ直径二センチほどの肉団子だったが、状態は非常に悪かった。大半が何者かに食べられたらしく、ぐちゃぐちゃになっていた。辛うじて球状を保っているものもあったが、それにも鋭いものでつつかれた形跡が見られる。カラスにでも食べられたのだろうか。
「おい、千代? どうしたんだ?」
 思考の途中で天田の声に意識を引き戻され、僕は顔を上げた。怪訝そうな顔をする彼に「何でもない」とだけ返し、僕は立ち上がった。頭の片隅で何かが引っかかりながらも、少し先を歩く天田の方へ戻っていく。
「まさかお前、具合でも悪いのか?」
「いや、靴紐を直してただけだよ」
 心配そうに彼が顔を覗き込んできたので、僕は咄嗟に嘘をついてごまかした。天田はそれ以上何も訊いてこなかった。

 冬休みに入ったということもあり、ファミレスには若者の姿も多く見られた。テーブル席に向かい合い、僕と天田が食べたいものを決めて注文すると、天田が何かに気付いたように僕の後ろを見た。
「おっ、あそこにいるの、京香ちゃんじゃないか?」
「え?」
 彼の言葉を聞いて僕が肩越しに振り返ると、二人の少女がちょうど席を立ったところだった。僕の妹――京香は赤いセーターに黒いチェック型のスカートを穿いており、小脇にコートを抱えている。もう一人は京香より背が高く細身で、小麦色に焼けた肌が活発な印象を与える女の子だった。黒いロングTシャツに濃紺のスキニージーンズがこの上なく合っていた。
 つい先ほど食べ終えたところなのか、二人はレジへ続く通路を歩いてこちらへ近づいてきた。途中で僕と天田に気付いたらしく、京香の大きな目が驚いたように見開かれる。
「え、兄貴……? 何でこんなとこにいるのよ?」
「いや、何でって、飯食いにきたんだけど」
 それ以外に何の理由でファミレスに来るのか、という言葉を呑み込み、僕は妹のかたわらにいる少女に目を向けた。
「こんにちは、村井さん」
「どうも、こんにちは。充さん」
 妹の友人は京香と区別するためか、僕を下の名で呼んで会釈した。凛々しく大人びた顔立ちだが、はにかむように笑んだ表情は年相応の少女らしく見える。二人は同じクラスということもあり、しばしば一緒に食事をしたり、遊びに出かけたりするほど仲がよい。
 天田と村井さんは初対面だったため互いに挨拶し、京香が僕に目を向けた。
「そういや兄貴、例の事件について調べてるんでしょ? どんな感じなの?」
「全然進展がないね。なかなかいい手掛かりもないし」
 僕が適当に返すと、京香は「そうなんだ」とだけ言って手を振った。京香には新聞部の活動について簡潔に話してあったのだ。
「じゃ、私たちは先に帰るわ」
 京香がテーブルの前から離れ、村井さんは僕たちにぺこりと頭を下げて友人の後に続いた。
 二人の少女を見送ってから、天田がおもむろに口を開く。
「京香ちゃん、相変わらず可愛いよなあ……」
 相好を崩す彼に、僕は適当に相槌を打った。
 天田は以前僕の家に遊びに来たときに京香と会い、それ以来彼女に好意を寄せている。僕からすれば、なぜ粗野で淑やかさの欠片もない女に惹かれるのか理解に苦しむが、彼曰く「元気いっぱいなところがいい」のだそうだ。
 僕は頬杖を突き、再び事件について熟考する。
 なぜ犯人は紐を残して首輪をつけたままの犬を連れだしたのだろう。紐を犬小屋から外して連れ出す方がはるかに楽だし、少なくとも僕が犯人ならそうする。
 そういえば、犯人に惨殺された犬はみな小型犬で、他の動物は野生の猫だけだ。おそらく犯人は車など大柄な動物を運ぶ手段のない人物で、運びやすい小さな動物を狙ったのだろう。犯人は街中を歩いて、どの家がどんな犬を飼育しているかを観察した。そして、標的にした犬へ餌を与えて警戒心を解き、腕に抱えて連れ出したのだ。
 いや、そうだとすると、一つ不可解な点が残る。それは、猫をどのように殺害したのかという点だ。
 屋内で飼われている猫を捕獲して殺すのはリスクが大きいし、野良猫は警戒心が強いため真っ向から餌を投げても逃げられてしまうだろう。罠を仕掛けるにしても、目立ちすぎて犯行が発覚してしまう可能性が大きい。一体、犯人はどのような手段で野良猫を殺害したのだろうか。
 思索に行き詰まっていた僕がふと窓ガラスへ目を向けると、見覚えのある少女が視界に入った。短めな黒髪と色白な肌が特徴的で、どこか儚げな雰囲気を漂わせている少女だ。黒いセーターにダークグレーのスカートという地味な格好だった。傍らには友人らしきギャルのような派手な服装の少女がいて、何かを話しながらファミレスの入口へ近づいてくる。
 二人の少女が店に入るところを見ていると、天田が訝しげに訊いてきた。
「千代? どうしたんだ?」
「ん、ああ、同じ中学の友人がいて……」
 これはもちろん嘘だ。しかし天田はそれ以上追及するでもなく、「そうか」とだけ答えて話を戻した。気付けば話の内容は最近発売された筆記用具の話になっていた。
「でさ、ずっと買おうかどうか迷ってたんだけど、オレンズのメタルグリップ版、ついに買っちゃったんだよ」
「ああ、確か千円ぐらいするいいやつだろ?」
「そうなんだよ。オレンズは安い方も持ってるけど、シャー芯が高いからな。〇.五ミリの方が経済的だぜ」
 天田がそう言ったとき、僕たちの注文した料理が運ばれてきた。僕の分はカルボナーラで、天田はデミグラスソースのハンバーグだ。ウェイトレスが僕たちの前から離れ、僕と天田がフォークを手にしたとき、二人の少女が僕たちの方へ歩み寄ってきた。さっき見た黒い単発の少女と、ギャル風の茶髪の少女だ。彼女たちは通路を挟んで僕たちの向かいのテーブル席に座った。
「注文、何にする?」
 ギャル風の少女がメニューを手に取って、前の友人へ気さくに尋ねた。
 僕はそっと横目を向け、メニューを受け取った黒髪の少女を改めて見つめる。やはり間違いない。彼女は昨日帰り道で会った、アイリッシュセッターを連れた少女だ。
 視線を前に戻し、麺を巻いて口へ運びながら少女たちの会話へ耳を傾ける。彼女たちの話を聞いていると、黒い短髪の少女がリサという名前らしいことを知った。ギャル風の少女が下の名で呼ぶのを聞いただけなので、「理紗」かそれとも「梨沙」と書くのかまでは分からない。
 二人の会話へ聞き耳を立てつつ、僕はフォークを動かした。しかし、ときおり天田が文房具の話を振ってきて、盗み聞きに集中できない。やむを得ず僕は上着のポケットからスマホを取り出し、ラインのアイコンに指先を触れる。
 僕が妹へ「今どこにいるのか」という旨のメッセージを送ってから数分後、まだファミレスの近辺にいるという返事が返ってきた。さっそく僕は「一人で犯人探しに集中したいので、天田をお茶にでも誘ってほしい」と依頼する。それに対し京香は難色を示したが、僕が「数分話したら後は適当に放り出していい」と付け加え、後でモナカアイスをおごる旨を伝えると、渋々承諾してくれた。
 ラインでのやり取りの後、彼女はすぐに実行に移ってくれたらしく、天田が鞄からスマホを取り出した。
「あ、京香ちゃん? え、今? ああ、もちろん大丈夫だけど」
 電話に応答した彼の顔がたちまち明るくなり、僕は小さくほくそ笑んだ。数回ほど言葉を交わしてから、天田が電話を切った。
「さっき京香ちゃんから電話があってさ、お茶に誘われたからこれで帰るわ。悪いな」
「いや、気にしないでいいよ」
 ちょうど天田はハンバーグをほとんど食べたところで、残りのひと口を口に放り込んだ。咀嚼しながら財布を取り出し、中から小銭を数枚取り出す。
「これ、俺の分な」
 テーブルの上に硬貨を置き、天田は意気揚々と腰を浮かせた。席から滑るように離れ、店の出入り口へ歩き去っていく。それを見送って一人になった僕は、通路越しのテーブル席で話す少女たちをちらりと見遣った。いつの間にか彼女たちの前には二人分の料理が並んでいた。
 ギャル風の少女がスプーンを動かす手を止め、おもむろに口を開く。
「ねえ、もうあの事件のことは気にしない方がいいんじゃないの」
 友人の言葉に、リサは表情を曇らせて俯いた。あの事件という単語に引っかかり、僕は聴覚へ神経を集中させた。どうやらはリサは先日の動物虐殺事件で猫が殺された場所に赴いて食べ物を供えているようだった。僕がひと気のない道端や河原で見つけたひき肉の欠片らしきものも、彼女が殺された猫を供養するために置いたのだろうか。
 さらにギャル風の少女が続ける。
「あまり変に首を突っ込んでると、あんたが疑われちゃうよ」
「でも……」
 パスタを食べる手を止め、リサが小さく声を漏らした。そこで会話が途切れ、二人の少女は無言で食事を進めた。料理を食べ終えてから再び言葉を交わしたものの、よく使う化粧品や好きな漫画など、事件の手がかりになる内容はなかった。それから二十分ほど話し続け、ついに二人が席を立った。僕も偶然を装って席から離れ、彼女たちの後に会計を済ませる。彼女たちを見失ってはいけないと思い、少しもったいなかったが、釣り銭を受け取らず店を後にする。
 二人の少女から十メートルほど離れて歩く間、僕は彼女たちを凝視しないように気を付けた。この町は歩行者が少ないため、不審な素振りを見せればすぐに感づかれてしまう。
 二人は僕に気付くことなく会話を交わしているが、離れているため内容は聞き取れなかった。やがて西高の近くにある交差点でギャル風の少女が手を振って右側へ分かれた。僕はギャルには目もくれず、リサの後ろに続いて少しずつ距離を縮めていく。僕は幾分かの緊張を覚えつつも、顔に笑みを作って声をかける。
「すみません」
「はい」
 声をかけられた少女が、肩越しに振り返った。改めて見ると不健康そうなほど白い肌だが、顔立ちは整っている。
 少女の顔が警戒心をまとい、僕は単刀直入に切り出した。
「あなた、大型犬を飼っていますよね?」
「……ええ。飼ってますけど」
 答えてから数秒遅れて、彼女の目がわずかに見開かれた。おそらく僕が昨日交差点で会った人物であると気付いたのだろう。だとすれば、僕にとって好都合なことだ。
「僕は高校の新聞部員で、最近起こっている動物虐殺事件について調べているんです。市内で犬や猫を飼っている人に色々と訊いて回っているんですが、差し支えなければ、近くの喫茶店でお話を伺っても構いませんか?」
 リサは一瞬渋るような顔をしたものの、すぐに「いいですよ」と頷いた。

 リサの名字は大方(おおかた)というらしく、西高校に通う三年生だという。彼女は冬だというのにアイスラテを注文し、すでに甘いそのグラスにシロップをたっぷり注ぎ入れた。
 あらかじめ僕が「こちらの方が年下ですから、敬語は結構ですよ」と伝えると、彼女は自身の行動について語ってくれた。
「昔、イチゴっていう名前のトラ柄の猫を飼ってて。だから、猫が殺されたニュースを聞いて、他人事には思えなかったわ」
「……それで、猫の頃された場所に食べ物を供えていた、というわけですね?」
 僕の問いに、リサ――いや、大方さんは黙って頷いた。照度の低い光に晒された彼女の顔は、脆い陶器のようなか弱い雰囲気を醸し出していた。
 あまり人の心に踏み入る真似は好きではなかったが、僕はさらに訊いた。
「猫が殺された場所にはどんな食べ物を供えていたんですか?」
「キャットフードを供えていたわ」
 彼女の返答に驚きつつ、僕はすぐに次の質問を投げかける。
「そのキャットフードはどこに供えていたんですか?」
「河川敷の橋の下……だったかしら。ほかは覚えていないわ」
「そうですか……分かりました」
 メモを取りながら、得た情報を整理整頓する。
 僕が挽き肉らしき肉片を見つけたのは河原の橋から少し離れた砂利道だが、大方さんが食べ物を置いた場所は橋の下――それも、キャットフードだ。つまり、あの肉片は死んだ猫への供物ではなく、他の誰かが置いたということになる。それから、死んだ猫の場所が橋の下であることも分かった。
 僕はミルクティーをひと口飲み、核心へ触れた。
「大方さんの飼っていらっしゃる犬は、アイリッシュセッターですか?」
 アイリッシュセッター、と聞いた彼女の表情がわずかに曇った。しかし大方さんはアイスラテのグラスを口へ運び、首を横に振った。
「……いいえ。私が飼っているのはゴールデンレトリバーよ」
 嘘だ。
 そう問い詰めたい衝動を抑え、僕は静かに頷いた。
「そうですか。では、そのゴールデンレトリバーのことを詳しく聞かせていただけますか?」
 僕が訊くと、大方さんは飼い犬が「ベティ」という名前のメスであることや、一歳のときに避妊手術を済ませてあることなどを話してくれた。ちなみに、ベティと出会ったきっかけは、大方さんが中学二年生のときに父親が親戚から引き取ったことらしい。
「あの子が家に来てくれたとき、すごく嬉しくて、お父さんと犬のおやつを買いに行ったことを覚えているわ」
 当時のことを話す大方さんの顔は妙に落ち着きがなく、しきりに目を下方へ泳がせていた。どうやら彼女は嘘があまり得意ではないようだ。
 話を聞き終えた僕は、「分かりました」と笑んだ。
「今日は色々聞かせていただいて、どうもありがとうございました。お金は僕が払います」
「それは悪いわ。私の分ぐらいは、自分で払わせて」
 首を横に振る大方さんの語調がやや強く感じたため、僕は彼女の言う通り別会計で済ませることにした。

 今日でもう終わりにしよう。
 十二月二十八日の夜、私はそう決意して家を出た。ポケットの中には粉末状のマタタビを練り込んだ豚挽き肉の団子が入っている。マタタビはネットで手に入れ、挽き肉は近くのスーパーで購入した物だ。羽織ったコートのポケットには愛用のツールナイフが入っており、反撃で負傷しないように厚手の手袋を嵌めている。
 街中を歩く際、冷たい北風が頬を叩いて私の体を縮み込ませるが、引き返すつもりは毛頭なかった。

 私が初めて動物を手に掛けたのは、中学三年の秋ごろだった。当時私の両親はすでに離婚しており、父の暴力が始まって二か月近くが経過していた。私には鬱憤の捌け口がなく、苦痛に塗れた日々を過ごしていた。
 ある日、学校からの帰り道、明るい表情でヨークシャーテリアを散歩させている男を見かけ、私の胸の奥でどす黒い感情が湧き起こった。
 なぜ自分はこんなにつらい目に遭っているのに、あの男はあんな幸福そうな顔で犬を飼っているのだろう。
 それは腹の奥で煮えくりかえる憤怒に変わり、家路に就く私の胸を荒々しく掻き毟った。
 家の玄関を開け、アイリに出迎えられたときには、あの小型犬を血祭りにあげる方法を模索していた。それから二週間後、私はそれを実行に移した。

 これから仕留めるのは猫だから、犬のときのように飼い主の生活状況について下調べする必要はない。猫のよく通る場所にマタタビ入り肉団子を置き、それにおびき寄せられて酔っぱらった猫を狙う。ただ、それだけのことだ。
 寒風の吹きすさぶ中、私は家から歩いて十分ほどの民家の裏手に回り込んだ。家屋の外壁と塀の間は一メートルほどで、しばしば野良猫がここにやってきて尿をする。以前この近辺を歩いていると、中年の主婦が「猫が裏で頻繁に尿を撒き散らして困る」と近所の主婦と話していたから知っている。
 私はポケットからビニール袋を取り出し、その中身――マタタビ入り肉団子を地面に落とした。今の時間帯はこの家の住人は誰一人いない。もし猫を仕留める際にこの家の主婦が戻ってきても、猫同士の喧嘩だと思って気にも留めないだろう。
 私は室外機の近くを通り、外壁の方を回って隠れた。少し顔を出せば、肉団子を仕掛けた場所が見える位置だ。獲物が来るまで暇なので、その場にしゃがこみスマホの漫画アプリを開いて時間を潰すことにする。

 大柄なぶち猫が餌の臭いを嗅ぎつけてやってきたのは、その後一時間ほど経った頃だった。


 
 殺害した猫を河原の茂みに遺棄した後、私はすっかり暗くなった街路を歩きながらこれからのことを考えた。今後も父は何かと理由を付けて私に手を上げるだろうし、時にはアイリにも危害を加えるだろう。もしも彼がアイリを……あるいは私を殺そうとしたら、私はどうするだろうか。おそらく私は、このナイフで父を殺すだろう。いや、非力な私にそんなことができるのだろうか。
 内心であてのない自問自答を続けるうちに、私は自宅の前に辿り着いた。今日もアイリが嬉々とした様子で私を出迎えてくれた。最近ろくに散歩へ連れて行ってやれていないのに、この子はいつだって私に寄り添ってくれる。
「ありがとう、アイリ……」
 三和土で彼女の頭を撫でてやると、アイリは私を慰めるように首筋を舐めた。

 十二月下旬に一匹の野良猫が殺された一件を最後に、動物の虐殺は起こらなくなった。
 冬休みの半分以上を動物虐殺事件の調査に費やした僕と天田は、長谷部長に大まかな経緯――つまり、ベストは尽くしたが事件解決につながる手掛かりは見つからなかったことを説明した。話を聞いた長谷部長は可もなく不可もなしという反応を示した。
「分かった。それじゃ、君たちは今日からいつもの仕事に戻ってくれ」
 こうして僕と天田はそれぞれ担当する業務に取り掛かり、気付けば一月下旬になっていた。僕は最新の文房具を紹介する記事を作成し、週に二回部長を含めたメンバー全員で会議をする。ときどき天田と帰りに本屋へ立ち寄り、好きな小説や漫画を探す。
 こうして平穏な日常を過ごす中で、事件のことは頭の片隅へ追いやられていった。それは他の部員たちも同じようで、みな生徒の熱愛やら教師の意外な秘密やらを取材していた。
 しかし、それでも心の奥底に引っかかるものがあった。なぜ犯人は今になって犯行をやめたのだろうか。仮に犯行の動機が惨殺による快楽なのだとすれば、警察に捕まらない以上やめる理由はないはずだ。少なくとも僕が犯人なら、捕まるまで犯行を重ねる。
 つまり、犯人は何らかの理由で犯行を続けられなくなったのだ。その理由とは、いったい何なのだろう?
 部室の席に座って黙考していた僕の耳に、ふと相庭先輩の声が届いた。
「あら、千代くん。まだ残ってたの?」
 僕が顔を上げると、彼女が中腰で僕を覗き込んでいた。こうして間近で見ると、改めてすっきりと整った鼻梁をしていることが分かる。
 彼女と僕を除く部員はすべて帰ったらしく、照明に満ちた部室の外はすっかり暗闇に包まれている。いつも執筆しながら耳にしている野球部の掛け声もまったく聞こえない。掛け時計を見ると、すでに午後六時半を過ぎていた。
 眼前の机に腰掛けた先輩に、僕は訊いた。
「先輩こそどうしたんですか。こんな時間まで残って」
「今日はクラスの日直だったの。やっとみんな終わって帰れると思ったら、学級日誌を職員室に持っていくのを忘れてて」
 それで職員室へ戻した帰りに部室を施錠しようと立ち寄ったら、僕が一人で考え事をしていた……というわけらしい。
 相庭先輩は悪戯っぽく目を細めた。
「ねえ、今日は千代くんちに寄ってもいい?」
「駄目です」
 即答した僕に、相場先輩は小さく苦笑を漏らした。
「もう、本当可愛げがないなあ。千代くんは」
 僕は小さく溜め息をつき、帰り支度を始めた。彼女が僕の家へおやつをたかりに来ることは珍しくはなく、そのおかげで母や妹とはリビングで談笑する間柄になっている。
 ショルダーバッグを肩にかけ、僕は席を立った。
「先輩」
「ん、何?」
「もし先輩が野良猫を手なづけるとしたら、どうやってしますか?」
 そう尋ねた理由は、犯人が猫を殺害した手口が明らかになっていないことを思い出したからだった。猫を飼っている彼女なら、何か手掛かりにつながることを知っているかもしれないと思ったのだ。
 相庭先輩は僕に続いて部室を出ながら訊き返した。
「え、千代くん、いきなりどうしたの?」
 事件が風化しつつあるためか、彼女は僕が事件の謎を解こうとしていることなど知る由もないようだ。
 僕は咄嗟に適当な理由を考えた。
「ええ、実は最近うちの近くに野良猫が棲みついたみたいで、可愛がってやりたいんですが、僕が気配を漂わせただけで逃げちゃうんですよ」
「まあ、野良猫は大抵警戒心が強いからね。飼い猫みたいに懐かせるのは難しいと思うよ」
 並んで廊下を歩く相庭先輩が、そこでいったん言葉を切った。下駄箱で靴を履き替え、校門に差し掛かったところで、彼女は思い出したように口を開く。
「少しだけ人に慣れてる猫だったら、マタタビでうまく警戒を解けるかもしれないけど」
「マタタビ、ですか」
「うん。私もたまにミリアの餌に混ぜてあげてるんだけど、すごく気持ちよさそうにするんだ」
 彼女の話を聞いて、僕の中に一つの仮説が浮かんだ。それは、犯人が野良猫にマタタビ入りの餌を与え、反応が鈍ったところを掴みかかり、刃物で殺害したというものだ。これならば、ハンターが害獣を捕らえるような大掛かりな罠を仕組む手間はないし、何より時間もかからない。
 推理を続ける僕に、相庭先輩が訊いてきた。
「もしよかったら、後で私の家に来て見てみる?」
 彼女から家に招かれるのは初めてだったため、僕は驚かざるを得なかった。しかし、これはまたとない機会だ。
 こうして今週の土曜日、先輩の部屋へ上がらせてもらうこととなった。

 相庭先輩の部屋は白を基調とした家具に囲まれ、入った者を優しく包み込むような雰囲気に満ちていた。彼女の性格からは想像できないほどしっかり整頓されており、日用品や衣類が散らばっているということもない。学習机の片隅に置かれた白熊のぬいぐるみが女の子らしく、心なしか部屋全体に甘い芳香が漂っているようだった。
「……意外に綺麗な部屋ですね」
「意外にってどういう意味?」
 相庭先輩がむっとした顔をするが、僕は平然と言った。
「いえ、実は一人暮らしの独身OLが住んでいるような、汚い部屋を想像していました」
「もう、何それ」
 口をへの字にして僕を睨む先輩だったが、彼女が本気で怒っていないことは分かっている。鞄を下ろした相庭先輩が身を翻してドアの方へ向かった。
「ミリアを連れてくるから少し待ってて」
 部屋を出る刹那、相庭先輩が言い残してドアを閉めた。
 一人になった僕は大きく息を吐き、改めてここが女の子の部屋であること認識する。彼女の前では平静を装っていたが、妹以外の女の子の部屋を訪れるのは初めてなので胸が高鳴って落ち着かない。
 手汗を制服の裾で拭ってから、僕がベッドの脇へ置かれたクッションを見ていると、ちょうど相庭先輩が戻ってきた。彼女の腕には、灰色のトラ柄の猫が抱えられていた。片方の腕にはビニール袋が提げられている。
「お待たせ」
 言って飼い猫のアメリカンショートヘア――ミリアを下ろすと、先輩は座ってビニール袋から黒い小箱と缶詰を取り出した。缶詰はいつも先輩がミリアに与えているもので、黒い小箱がマタタビらしい。
 ミリアは比較的人懐っこい性格らしいが、見慣れない男を前にしてか、少し緊張した様子だった。
 相庭先輩が察したように愛猫の頭部を優しく撫でた。
「大丈夫だよ、ミリア。この人は怖くないからね」
 しかしミリアは主人のかたわらにぴたりと寄り添い、僕の方を窺っている。もし僕が撫でようと手を出せば、容赦なく引っかかれてしまうかもしれない。
 おもむろに先輩が缶詰を開け、小箱から土色の粉末の入った袋を取り出した。袋をはさみで切り、開封した缶へ少量振りかける。
「あまりたくさんあげると体に良くないから」
 言って相庭先輩はミリアの前へ缶詰を置いた。ミリアは僕をちらりと見てから、缶詰へそっと鼻先を近付けた。ご飯を食べ始めてからしばらくすると、まだ半分ほどしか食べていないのに缶詰から顔を離して寝転んだ。主人の膝元に身を擦りつけるようにして、夢見心地といった顔でくつろぎ始める。
「すごく脱力しちゃってますね」
「猫の大好物だからね。人がお酒を飲んで酔っ払うようなものかな」
 彼女によれば、マタタビにはマタタビラクトンと総称されるイリドミルメシン、アクチニジン、プレゴンなどの臭気物質が含まれ、これらがネコ科の動物を恍惚状態にさせるという。効果には個体差があるそうだが、こんな状態で刃物を持った人間に襲われれば逃げることは困難だろう。
 僕の抱く疑念が確信へ変わった。


 主人に甘える猫の愛らしい姿を鑑賞した後、僕は相庭先輩に勧められるままに紅茶とチョコレートをご馳走になった。初めて知ったことだが彼女はコーヒー党で、カフェラテにダークチョコというカフェイン尽くしの間食だった。
「小さい頃はホワイトチョコしか食べられなかったんだけど、最近はカカオ七十パーセント以上のチョコじゃないと物足りなくて」
 そう言って相庭先輩は丸テーブルに置かれた小さなダークチョコを一枚摘まみ、すっと唇に咥えた。別段珍しくもない単純なしぐさだったが、なぜかとても優美に見えた。
 彼女が白熊の絵が描かれたマグカップを口へ運び、僕もマグカップに入れたアールグレイのミルクティーをひと口いただく。ミルクを多めに入れてあるらしくコクがあり、それでいて紅茶の味を生かしたバランスの良い味だった。
 それから僕は相庭先輩と一時間ほど他愛のない会話を交わし、きりのよいところで「そろそろ失礼します」と腰を上げた。相庭先輩は玄関まで僕についてきて、ダージリンのティーバッグを三枚渡してくれた。
「また来てね。千代くん」
「まあ、気が向いたら伺いますよ」
 何となく気恥ずかしく素直に礼を言えず、僕はそう答えた。相庭先輩は「もう!」と怒った声で言ったが、目元は笑っていた。
 この後は特に予定もないので、そのまま自宅のある方へ帰ろうと桐生大橋の方へ向かう。橋が徐々に近づいてきたとき、橋の下で佇む一人の少女に気付いた。見覚えのあるその少女は短い黒髪で、土曜日だというのに紺色のブレザーを着ていた。僕の記憶に間違いがなければ、彼女――大方さんの着ている服は西高の制服だろう。おそらく西高の生徒ではないかと推測していたが、やはりそのようだった。手元をよく見ると、手に白いビニール袋を提げている。
 僕が橋へ近づくと、不意に大方さんがこちらを向き、僕と彼女の視線がぶつかった。すぐに彼女は目を逸らし、僕から逃げるように身を翻して砂利道の向こうへ歩き去ってしまった。
 不審に思った僕は橋の近くの階段を下り、彼女の立っていた砂利道や茂みのあたりに何かがないか探した。砂利道には近辺の不良たちが捨てたと思しきハンバーガーの包み紙やら空きペットボトルやらが転がっている。
 川の方に近づくとその一角に数匹の蝿が飛んでいることに気付いた。僕が気になってその周りを詳しく調べてみると、茂みに隠れるように三匹の猫の遺体が転がっていた。そのうち一匹はあまり腐敗が進んでおらず、ぶち猫であるらしいと推測できた。体にはいくつもの刺し傷があり、乾いた血液らしき汚れが付着している。
 間違いない。
 さっき大方さんはここに殺した猫を遺棄しに来たのだ。遺体が腐敗し始めていることから、昨日か今日に殺したわけではなく、何日も前に殺した猫を移動させたものと思われる。おそらく遺体の場所を変えて警察の捜査を撹乱することが狙いなのだろう。
 身を翻してその場を離れるとき、僕の中で一つだけ疑問が浮かび上がった。
 なぜ、犯人は――大方さんは誰かに見つかるリスクを冒してまで、河川敷へ赴いたのだろう。

 土曜日の昼下がり、私はそっと中を窺いながら玄関のドアを開けた。家に貴重品はないから、いつも玄関は施錠していない。玄関の床に白いビニール袋を置いて靴を脱いでいると、荒々しい足音が近づいてきた。
 玄関に上がった私の前に、寝間着姿の父が現れて立ちふさがった。落ち窪んだ目には、強い憤怒と猜疑の色を湛えている。色の悪い唇が緩慢に動いた。
「……どこに行っていた」
 不気味なほど生気のない目で睨まれ、私はせり上がるような恐怖に足を硬直させた。今まで幾度となく経験している暴力の前兆だが、いまだに慣れることはない。
「ちょっと河原の方に……」
 口ごもるように言った私へすっと手が伸びるや否や、ぐっと胸倉をつかまれて引き寄せられた。私が腕で庇う間もなく、頬へ強い衝撃が走る。父の張り手で三和土を転がされ、強い痛みに呻く私に罵声が降り注ぐ。
「無断で外出するなといつも言ってるのに、なに勝手なことしてんだ!」
 靴を履かずに三和土に下りた父が、私の体を蹴りつけはじめる。腹部や胴に響くような痛みが走り、私はただ身を丸めてそれに耐えた。
 父は登校や学校の行事以外で私の外出を認めず、常に屋内に軟禁していた。だから犬か猫を狩りに行くときは、いつも父が部屋で寝ているか確認していたのだ。
 今日も父が自室のベッドで寝そべっていたのを見たから問題ないと判断したが、読みが甘かったようだ。
 鈍い衝撃が絶え間なく体を襲い、何回蹴られたのかもわからなくなったとき、アイリの吠える声が耳朶を叩いた。
「うるせえ犬だな」
 私への暴力が止み、父の舌打ちが聞こえた。上体を起こすと、アイリへ近付く父の背中が見えた。
「やめて、お父さん!」
 私が叫ぶ声とアイリの悲鳴が響いたのはほぼ同時だった。
 父は口汚く罵りながら、床にうずくまるアイリを蹴りつけ、そのたびに彼女の甲高い声が上がった。目を覆いたくなる光景に私は胸を激しく掻き毟られた。
 気付けば私は立ち上がり、玄関に置いたビニール袋から未開封の出刃包丁を取り出した。このときがいつか来るだろうと思い、ちょうどさっきスーパーで購入してきた物だ。包丁のパッケージを剥がしてその柄を強く握り締め、愛犬を殺そうとする男へ背後へ歩み寄った。もはや、この男を恐れる理由など何もない。私は今まで何度も犬や猫の命をこの手で奪ってきた。殺す対象が人間の男になった、たったそれだけのことだ。
 男の背後に立った私は、包丁を手にした腕を引き、刃渡り十五センチ以上の包丁を無防備な背中へ突き出した。あまり厚着していなかったためか、刃先は豆腐を切るように容易く体へ沈んだ。
「うっ……」
 奥まで刺した感触が手に伝わり、男が弱々しい声を漏らした。男は立ち上がってこちらを振り向き、目を見開いて私を見つめた。しかし数秒もしないうちに、男の体が糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
 うつ伏せで倒れ込んだ男の背中には、植物が生えるように包丁が刺さっており、わずかに動いていた。まだ死んではいないようだ。
 私はすかさず男のかたわらにしゃがみ、包丁を引き抜いた。鮮血に濡れた刃が露わになり一瞬ぎょっとするが、すぐに包丁を逆手に持ち直して振り上げた。さらに包丁を男の体へ突き立て、繰り返し何度も刺し続ける。腕を下ろすたびに肉を切る感触が柄から伝わり、やがて男はぴくりとも動かなくなった。私がゆっくりと刃を抜いて右手を見ると、手の甲まで赤く染まっていた。
「あ…………」
 私は気の抜けた声を漏らし、その場に座り込んだ。つい先ほどまで人間だった肉塊を見下ろし、自分の犯した罪を改めて実感する。
 人を、殺してしまった。
 動物愛護法の違反という軽い罪ではなく、殺人罪という重罪を、私は犯してしまったのだ。私は、人殺しになってしまったのだ。
 いや、違う。
 これはやむを得ない対応だったのだ。この男を殺さなければ私かアイリ、あるいは両方が殺されたのだから。それに、自分でも覚悟を決めたはずではないか。殺害の対象が犬や猫から人間に移っただけであると。
 そう自分に言い聞かせたが、なぜか視界がかすみ、長い間流れることのなかった涙が止めどなく溢れ出てきた。力なく座り込んだまま頬を濡らし、私はただ言葉にならない声を上げて泣き崩れた。

■ 

 桐生大橋の下で大方さんを見てから二日後、僕は学校帰りに西高校へ立ち寄ることに決めた。土曜日になぜ橋の下へ赴いたのか、大方さんに問いただそうと思ったのだ。月曜日は新聞部の会議もなく幸い日直でもなかったため、日の沈まないうちに西高の門をくぐることができた。
 大方さんの所属するクラスや部活の情報が分からないため、ちょうど玄関を出てきた大柄な男子生徒に彼女のことを尋ねた。
「ああ、三年B組の大方さんかい? あの子ならもう帰ったんじゃねえかなあ。何も部活に入ってないって話だし」
 骨太で筋肉質そうなその男子生徒は、面倒くさそうな顔をするでもなくにこやかに話してくれた。彼は二年生のときに大方さんと同じクラスだったらしく、話す機会も多かったという。
 僕はさらに彼へ尋ねた。
「大方さんの家がどこにあるか知っていますか?」
「いや、悪いけどそこまでは知らねえな。あの子の家に遊びに行ったこともないし、そこまで親しくもなかったしな」
「そうですか……ありがとうございました」
 僕は礼を言って離れ、別の生徒からも情報を得ようと校庭へ目を向けた。やはり同性の方が家を知っている人がいるかもしれないと思い、校庭の片隅でハードルを片付けている運動着の女子生徒に話を聞くことにした。大方という珍しい苗字のためか、すぐに彼女の話を聞くことができた。しかし、肝心の住所を知る者は誰もいなかった。どうやら大方さんはあまり交友関係が広くないようだ。
 捜し始めて一時間ほど過ぎ、僕が諦めかけたそのとき、僕は以前天田とファミレスへ寄ったときに見たギャル風の少女を思い出した。大方さんの友人らしき彼女ならば、おそらく大方さんの住所や電話番号などを知っているかもしれない。そう思い、再び敷地内にいる生徒の中にギャル風の少女がいるか捜したが、結局彼女も見つからず彼女を知る生徒もいなかった。もしかすると、あのギャルは大方さんとは別の高校に通う友人なのだろうか。
 仕方なくこの一件は諦め、僕は西高の門を出て帰路に就いた。

 日の沈みかけた街中は学校帰りの学生が散見された。
 この町は県内でも自転車通学をする学生が多い地域だが、寒中に入ったこともあり、その大半はコートにマフラー、手袋でしっかり防寒対策を講じている。
 僕もコートとマフラーは着けていたが、手袋は先日穴が開いて捨ててしまい、まだ新調していなかった。手が痛くなるほどの寒さを感じながら、僕が近くのスーパーに立ち寄ったとき、僕の視界の端に見知った少女の姿が映った。その人物――大方さんは、焦燥感に駆られたような顔で、僕に気付いていない様子だった。彼女は敷地内の駐輪スペースへ行き、自分の物らしき自転車へ近付いて施錠を外した。僕はすかさず大方さんに駆け寄る。
「すみません、大方さん」
 大方さんは僕の声に驚いたように、肩をびくんと震わせて振り向いた。僕を捉えた黒い瞳には動揺が見て取れたが、瞬く間に取り繕うように冷静な顔に戻った。
「あら、千代くん。久しぶりね」
「いえ、僕は先日大橋の近くであなたを見たのですが、お気づきになりませんでしたか?」
 間髪入れずに僕が訊き返すと、大方さんはばつが悪そうに俯いてしまう。しかし、すぐに自転車へ跨ってその場を去ろうとする。
「待ってください!」
「……何なの?」
 苛立った口調で言い、大方さんが鬱陶しげに僕を見た。
「どうして、そんなに慌てているんですか?」
 僕の問いに答えず、大方さんは視線を下へさまよわせるばかりだった。僕と彼女との間に沈黙が流れ、周囲の雑踏や近くのスーパーの店内放送が耳へこびりつく。ほんの二、三十秒ほどか、無言で彼女を見つめる僕に折れたかのように、大方さんが口を開いた。
「実は……」
 彼女の口から語られた話に、僕は言葉を失った。

 大方さんの話を聞いた僕は、無理を言って彼女と共に市内の動物病院へ向かった。大方さんによれば、先日知人の愛犬が重傷で運ばれたのだという。十二月の終わりに犠牲になった一匹の野良猫を最後に、そのあと新たな被害は訊いていなかったから、それは予想外の情報だった。
 しかし、驚くべきことはこれだけではなかった。
 動物病院へ運ばれた犬はあの大型犬――初めて大方さんを見たときに彼女が連れていたアイリッシュセッターだったのだ。獣医の話によれば、肋骨が四本も折られて内臓も負傷しており、助かるか否か危ういところらしい。犬を病院へ連れてきた人物は大方さんと同年代の少女で、ひどく取り乱していたという。
 僕は大方さんと共に病院を出て、近くの歩道を歩きながらおもむろに切り出した。
「二日前、あのアイリッシュセッターを連れてきた女の子が、本当の飼い主だったんですね?」
 僕の問いかけに大方さんが歩を止め、合わせて立ち止まった僕と対峙した。彼女は何か反論したそう口を開きかけ、しかし黙って俯いてしまう。まっすぐ彼女の目を見据え、僕は続けた。
「本当のことを話していただけませんか」
 強い語調で言ったつもりはなかったが、大方さんは観念したように頷いた。
「ええ……あの犬――アイリは私の犬じゃないわ」
「そうですか。では、どうしてアイリを散歩させていたのですか?」
 再び大方さんは口を噤み、僕から目を逸らした。しばし考え込む様子を見せてから、彼女の黒い瞳が僕を捉える。
「あの子は、虐待されていたの。犯人の父親に」
 大方さんが最後に口にした言葉に、僕は驚愕せざるを得なかった。
 彼女は今、「犯人の父親」と言った。僕は集めた手掛かりから大方さんを犯人だと考えていたが、それならば大方さんの父親が娘の知人の犬を殺そうとしたことになる。しかし、それがなぜ知人の犬を散歩させていたことにつながるのだろうか。
 僕の疑問を察したように、大方さんがはっきりとした口調で続ける。
「私は……今回の、一連の動物虐待事件の犯人じゃない」
 信じがたい告白の連続に、僕はまたも言葉を失った。しかしすぐに彼女に訊いた。
「……では、誰が犯人なんですか?」
 大方さんが犯人の名を口にし、僕は犯人の家へ連れて行ってほしいと頼んだ。決心がついたのか、ためらいの色など微塵も見せずに大方さんは頷いた。


 大方さんに案内されて向かった犯人の家は、西高からさほど離れていない郊外にあった。近くには小さな工場があり、周辺に並ぶ民家の中でもシックな洋風の住宅だった。
 玄関の前に立った大方さんがインターホンを押すものの、何も反応がない。もう一度押して数十秒ほど経ったとき、ゆっくりとドアが開いて一人の少女が顔を見せた。施錠されていなかったらしく、解錠する音はなかった。
 少女は整った目鼻立ちをしているが病弱に見えるほど肌が白く、頬と目の周りに傷跡があった。着ている衣服は色褪せたジーンズに茶色のセーターで、短い黒髪は寝起きのように乱れている。
 天敵を警戒する小動物のような目で、少女は僕と大方さんを交互に見た。大方さんへ目を向けたとき、その黒い瞳にわずかな動揺が浮かんだように感じた。
「どなた、ですか……?」
 敵意すら感じさせる、剣呑な声音だった。隠し持っている刃物で刺されるのではないかと恐れながらも、僕は平静を装って口を開いた。
「僕たちはあなたに危害を加える気はありません。実は、少し前に起こっていた動物虐殺事件について、お話を伺いたいと思いまして……」
 僕の言葉を聞いた少女の黒い瞳が狼狽の色を帯びる。
「もちろん、僕たちはあなたのことを警察へ通報しません。ただ、真実を知りたいだけなんです」
 僕の思いが通じたのか、少女――リサ・ウィルソンは静かに頷いた。

 ウィルソン家の内装は純洋風の造りで、暖房のきいたリビングの片隅に古びたロッキングチェアが置かれていた。僕と大方さんはリビングのソファに案内され、リサと向かい合うように座った。知人の隣に初対面の男がいるためか、リサは幾分か強張った顔つきだった。
 しばらく黙っていたリサだったが、やがて緊張が少し溶けたのか薄い唇をゆっくりと開いた。
「……私は、ずっと父から虐待されていたの」
 リサの告白に、大方さんは目を見開いた。この家へ向かうまでの間、大方さんから「リサは同じ中学に通っていた友人だった」と聞いていたが、虐待を受けていたという事実は知らなかったようだ。
「両親は、私がまだ小学校に入る前にこの町へ移住したのだけど……中学三年生になったばかりのときに離婚したの。裁判の末に、私は父に引き取られたわ。父はアメリカにいたときからウェブデザイナーの仕事をしていたけれど、酒におぼれてほとんど働かなくなったの。その年の夏頃だったかしら。父の暴力が始まったのは……」
 そこで一旦言葉を切り、室内が再び暖房の音に満たされる。
 リサによれば父親はいつしか彼女の愛犬にまで暴力を振るうようになり、毎日を怯えるように過ごしていたという。次第に憤怒や憎悪が心の奥底に蓄積し、ある日犬を散歩させていた人を見かけたことを機に感情が爆発したというわけだった。
「あの日、近所のヨークシャーテリアをめった刺しにしてやってから、私は変わったわ……幸せそうな動物を殺すことに、自分でもときどきぞっとするほどの高揚感を覚えるようになったの。始めの頃は、二か月に一匹ぐらいだけで満足できたけれど」
「……私は、半年ぐらい前からあなたがしていたことを知っていたわ」
 悲しげに目を伏せた大方さんの言葉に、今度はリサが驚きの色を見せた。半年ほど前からリサの犯行の頻度が増え、地元の新聞で頻繁に取り上げられるようになった頃、大方さんは学校帰りにリサの姿を見たという。当時リサは河原で小型犬を殺害し、茂みに遺棄していた。
「あのとき私はリサちゃんが虐待されていることを知らなかったから、あれは見間違いなんだって思った。でも……」
 別の日に、野良猫を惨殺する場面を目撃し、強い衝撃を受けた。大方さんはそう続けた。
「それに……リサちゃんはずっと、アイリを飼っていたよね。だから、私、ずっとアイリのことが心配だったんだ」
 隣で大方さんの話を聞き、僕の疑問が氷解した。豹変してしまった友人の愛犬を案じた大方さんは、リサのいない時間帯を見計らってアイリの様子を見に来ていたのだ。アイリに怪我が無いことを確認した大方さんは、愛犬があまり散歩させてもらっていないのではと思い、ときどきこっそり散歩に連れ出すようになった。友人宅が夕方まで施錠されないことを知っている彼女だからこそできたことだ。
 僕が推理した内容を大方さんに確認すると、彼女は頷いて見せた。
「ええ。アイリは私にもよく懐いていたから、素直に言うことを聞いてくれたわ」
 そう言った大方さんを見て、リサはただ黙って俯いた。それから、僕は前から気になっていたことをリサへ尋ねた。
「アイリに大怪我を負わせたのは、あなたのお父さんで間違いないですね?」
 お父さんと訊いたリサの方がわずかに震えたように見えたが、リサは「ええ」と首肯した。
「確かにそれは、父がやったことよ」
「そうですか……では、最後にもう一つ伺ってもよろしいですか?」
「何かしら」
「あなたのお父さんは、今どこにいらっしゃるのでしょうか?」
 リサの話を聞いた限りでは、彼女の父は酒浸りでいつも家にいるという。つまり、いつ階下に下りてきて僕たちと鉢合わせしても可笑しくないわけだ。もし泥酔状態で混乱していれば、いきなり殴りかかってくる可能性もある。まして娘に平気で手を上げるような男ならなおさら危険だろう。
 階段があるらしき廊下の方へ注意を向ける僕に、リサはあっさりと答えた。
「父は、もういないわ」
「……それは、どういうことですか?」
「私が殺したの」
 僕の目を見つめ返し、リサが淡々と述べる。
「おととい、アイリがあの男に殺されそうだったから、仕方なく殺したのよ。遺体は、クローゼットに隠してあるわ」
 説明した彼女の顔は、最初見たときよりも悄然として見えた。きっと僕たちに真相を話したことで、少なからず精神的に疲弊したのだろう。
 リサは気力を振り絞るように言った。
「あなたたちは警察に通報しないと言ってくれたけど……自首するわ。私の犯した罪は、法で裁かれなければいけないものだから」
 ゆっくりと立ち上がり、リサは電話の置かれている丸テーブルの方へ歩いていく。心なしかその足取りはおぼつかなく、途中で倒れてしまうのではないかと思うほどだった。
 警察への電話を終え、リサが受話器を戻して僕たちへ向き直ったとき、大方さんがぽつりと漏らした。
「どうして……」
 ちらりと大方さんのほうを見遣ると、彼女の目には大粒の涙が浮かんでいた。端整な顔を悲痛そうに歪ませ、頬に滴が伝って幾本もの線を引いていく。
 大方さんが小ぶりな唇を震わせ、か細い声を漏らした。
「どうして、私に何も話してくれなかったの……!」
 啜り泣く友人をじっと見つめたまま、リサは丸テーブルの脇に佇んでいた。その黒い瞳は彫像のように動かず、その奥に秘めた感情を読み取ることはできなかった。
 いつしか窓の外には夜の帳が下り、少女の泣く声が室内を満たしていた。

「千代くん、帰りに文真堂へ寄ってかない?」
 放課後、天田と僕が学校の玄関を出ようとしたとき、相庭先輩が後ろから声をかけてきた。僕が天田に同意を求めると、彼は意味ありげな笑みを浮かべて見せた。
「あ、そういや今日は遊戯王があるんだった。というわけで、悪いけど先に帰るわ」
「いや、いつも録画してるだろ」
「たまにはリアルタイムで見てみたいんだよ」
 言って天田は、なぜか足早に僕たちから離れていき、僕と相庭先輩は二人っきりになった。仕方ないので彼女と一緒に書店へ立ち寄ることにする。
 校門を出て文真堂へ向かう途中、相庭先輩がおもむろに口を開いた。
「あの事件、本当にすごかったね」
 彼女の言う「あの事件」とは、三か月前に女子高生が父親を刺殺した事件のことだろう。桐生市は治安が良く、詐欺やひったくりなど都心ではさほど珍しくない犯罪ですら紙面をにぎわすほど平和なのだ。そんな片田舎で起こった凄惨な事件は、僕の学校でもしばらく持ち切りとなった。多発していた動物虐殺事件も同じ犯人によるものだったということもあるのだろう。
 当時、僕と大方さんは参考人として警察の聴取を受け、リサ・ウィルソンは殺人の容疑で逮捕された。リサは父親殺害のほか動物虐殺事件についても警察に説明し、取り調べはスムーズに進んだ。ちなみにリサによる一連の動物虐殺の手口は、僕が推理した通りだった。
「ええ、あれはひどかったですね」
 返した僕は、懐から梅干し味の飴を取り出して口へ含んだ。すかさず相庭先輩が「一個ちょうだい」と手を伸ばしてきたので、一つだけ手渡してやる。
 リサの起こした事件の内容こそ明るみに出たものの、事件解決に僕と大方さんがかかわっていたことを知る人物は少ない。相庭先輩も知らない人物の一人だ。無論、特に理由がないため話すつもりもない。
 僕は話を変えようと彼女に尋ねた。
「ところで、今日は何か買いたい本でもあるんですか?」
「うん。このあいだ出版された推理小説を買おうかなと思って」
 本の作家名を訊くと、彼女は近年デビューした作家の名を口にした。僕は彼の作品を読んだことはないが、新聞の広告欄で処女作が紹介されていたので名前は知っている。
 文真堂の看板が見えてきたところで、視界の端でこちらに手を振る若い女性に気付いた。ちょうど文真堂を通り過ぎた奥の歩道からこちらへ歩いてくるところだった。隣にはリードでつながれた茶色い毛並みの大型犬がいる。
 僕は笑顔を作り、その女性――大方里紗(りさ)さんへ手を振って返した。
「こんにちは。千代くん」
 文真堂の前でアイリを連れた大方さんとあいさつを交わし、僕はアイリの方を見た。
「アイリは元気ですか?」
「ええ。そちらの方は、彼女さん?」
「いえ、部活の先輩です」
 僕は即答し、相庭先輩へ大方さんのことを知人だと伝えた。先輩は「ふうん、そう」と素っ気なく返し、しかし大方さんにはにこやかに名を名乗った。
 僕の都合で待たせるのも悪いと思い、僕は先輩へ言った。
「先輩、すみませんが、ちょっと二人で色々話したいので、先に行っててもらえますか」
「色々話したいって、何を?」
 僕の目をじっと見つめ、相庭先輩が訊いてきた。少し棘のある口調だった。
「まあ、色々ですよ」
 他に適当な返答が浮かばず、僕はそう返した。相庭先輩は何か異論のあるような顔をしたが、やがて、「分かった」と言い残して文真堂の出入り口へ歩き出した。
 先輩が自動ドアを通って店内へ消えるのを確認してから、僕は大方さんの方を見た。
「大方さん、今はトリマーの専門学校に通ってるんですよね」
「ええ。まだ入学したばかりだから、あまり実習はないけど」
 大方さんは柔らかく目を細め、膝元の愛犬の頭を撫でた。
 リサの家に赴いて彼女が逮捕されたあと、アイリは奇跡的に一命を取り留め、快方へ向かっていった。飼い主がいなくなったためアイリは一時的に保健所へ預けられたが、そのあとすぐに大方さんが引き取りを希望し、彼女がアイリの新たな飼い主となった。リサの父による虐待が知られず痛ましい事件へ発展してしまったことは残念だが、アイリの命が助かったことは不幸中の幸いだと思う。
「ところで……」
 大方さんがちらりと店内の方へ目をやり、何かを言い淀んだ。
「何ですか?」
「いえ、その……相庭さんに、私たちのこと誤解させちゃったかなと思って」
「なら、しばらく誤解させておきましょう。いつもベタベタくっついてきてうざったいから、そのほうが落ち着きます」
 僕が半ば冗談を込めて言うと、大方さんは苦笑を浮かべた。
「千代くんは相庭さんの気持ちに気付いているのね。だったら、なおさら早く誤解を解かなきゃ駄目よ」
 口調は穏やかだったが、目つきは悪童をたしなめる教師のようだった。
 確かに、相庭先輩が僕に好意を抱いているらしきことは薄々気づいていたし、僕も彼女のことは嫌いではない。いや、もしかしたら僕も先輩に惹かれているのかもしれない。
 それから、大方さんは少し悲しげに目を伏せた。
「今でも、ときどき考えるの。どうしたら、あんなことにならずに済んだんだろう、って……」
 彼女の言葉が鋭利な刃物のように僕の胸へ突き刺さった。大方さんは重罪を犯してしまった友人のことでずっと思い悩んでいたのだ。事件は解決しても、それにかかわった人の傷が完全に癒えることはない。事件を他人事として捉え、犬一匹だけでも助かってよかったと考えた自分を恥じずにはいられなかった。
 気休めにしかならないと分かっていたが、僕は彼女に言った。
「確かに今回の事件はとても残念だったと僕も思います。でも、ウィルソンさんは自分なりのやり方で……方法は間違っていたかもしれないけど、アイリを救ったんです。僕はそう思っています」
 僕の言葉に、大方さんはうつむいたまま何も返さなかった。
 これはのちに僕が調べたことだが、虐待を受けた子供の中には同様の虐待を動物に対して行う傾向があるという。事実、ペットを飼育している過程で児童虐待が起きた場合、三分の一近くの子供がペットを虐待するという研究結果もある。つまり、リサもアイリへ手を上げて殺してしまっていた可能性が十分にあった。
 そう、彼女は対象をアイリ以外の動物へ変えることで、結果的にアイリを守ったのだ。もちろん動物の殺傷自体が許されない行為であることは変わらない。しかし、彼女にはそれしか方法がなかったのだ。
 ややあって大方さんはふっと笑んで僕の目を見つめ返した。
「ありがとう。千代くんの気持ちは十分に伝わったわ」
 そこで言葉を切り、アイリへ目を落とす。
「私は、リサちゃんの代わりにアイリを大切に育てるつもりよ。あの子と、そう約束したから」
 大方さんが再び愛犬の頭を撫で、アイリは心地よさそうな様子で主人を見上げた。
 聞いた話では大方さんは彼女の逮捕後、リサと面会した際に「アイリのことを大切にしてほしい」と頼まれたのだという。通常、殺人罪の法定刑は死刑または無期懲役、もしくは懲役五年以上だと聞いたことがある。しかし彼女には、多くの人が飼っていた犬や野良猫を殺害したことによる器物損壊罪や動物愛護法違反の余罪もある。いずれも虐待を受けていたという事情があるとはいえ、軽い罪では済まないはずだ。おそらく自分が刑務所から出所できる保証がないと判断したからこそ、友人に愛犬のことを任せたのだろう。
 会話が途切れて一、二分ほどの沈黙のあと、ふと大方さんが口を開いた。
「じゃあ、そろそろ私は帰るね。千代くんも早く、相庭さんのところに行ってあげて」
「分かりました。それでは」
 僕は彼女に別れを告げて身を翻し、店内の出入り口へ向かっていった。
 店内に入り、新刊の書籍が置かれているコーナーを探したが、相庭先輩の姿は見つからない。もしや僕を待ちかねてすでに帰宅してしまったのだろうか。いや、それはない。僕と大方さんは出入り口付近で話していたのだから、相庭先輩が帰ろうとしたならすぐに気付くはずだ。
 おそらく最新の文房具を見て暇をつぶしているのだろう。そう考えた僕が文房具売り場の方へ目を向けたそのときだった。
「千代くん!」
 先輩の声が飛んできた方向は、文房具売り場ではなくそこから少し離れた雑誌のコーナーだった。どうやら僕が大方さんと話している間、雑誌を立ち読みしていたようだ。
 彼女はまだ幾分か不機嫌そうな顔で歩み寄ってきた。
「もう話は終わったの?」
「ええ。それより、お目当ての本は買えたんですか?」
「うん。千代くんは何か見たいものはないの? あったら付き合うよ」
「いえ、僕は大丈夫です。帰りましょうか」
 こうして僕たちは文真堂を出て、並んで帰路に就いた。少しずつ日は伸びてはいるものの、すでに日は沈みかけていた。学校の門を出たときよりも、帰宅する学生や会社員の姿が少し増えたように見える。
 しばらくお互い無言で歩いていたが、不意に相庭先輩が僕をちらりと見た。
「ねえ、千代くんってどんな女の子がタイプなの……?」
「うーん……おとなしい性格で胸と身長が小さくて、年下の男にベタベタ引っ付かない女の子ですかね」
「わざとらしく私と正反対のタイプ言うのやめてくれる!?」
 すかさず相庭先輩が大げさに切り返した。僕はそれが可笑しく思えて、小さく笑いを零した。彼女が僕に突っ込みを入れることは珍しいため、何だか新鮮に感じたのだ。
 僕は「すみません」と謝ったが、頬が緩むのを抑えられなかった。
「でも、先輩のことは嫌いじゃないですよ」
「む~、何なのその微妙な評価」
 拗ねたように僕から顔を背け、相庭先輩は黙り込んでしまう。不覚にも彼女の反応が可愛く見えてしまい、思わず僕は漏らした。
「まあ、その、どちらかといえば、好き……かもしれません」
「っ! それって、やっぱり私にもチャンスあるってこと?」
 相庭先輩が目を輝かせてこちらを向き直った。いつも見慣れているはずの無邪気な表情だったが、僕の頬がたちまち熱を帯びていく。
「やっぱり前言撤回で」
「えー、何でよ!?」
 オーバーなほど驚いた声で、相庭先輩が食って掛かる。恥ずかしさのあまり僕が彼女から目を逸らしたまま黙っていると、悪戯っぽい声が耳元をくすぐった。
「もう、本当に可愛げがないなあ。千代くんは」

少女と犬

執筆の狙い

作者 吉川タクミ
153.164.0.85

どうも、最後の投稿がどれくらい前か忘れましたが、過去にここで二回ほど投稿した吉川タクミです。
今回投稿した作品は第25回電撃小説大賞で一次選考落ちした推理小説(に少し手を加えたもの)です。私にとって初めて叙述トリックを扱った小説であり、けっこう思い入れのある作品です。

今回私が気になることは三つ。

・叙述トリックを使った推理小説としてどうか?
・ストーリーの面白さやキャラクターの魅力はどうか?

短編としては長い作品だとは思いますが、もしよければ評価していただきたいです。よろしくお願いいたします。

コメント

ぷーでる
124.154.138.73

冒頭で読みダウン。読みづらいです(汗)
その為、推理小説がどうのとか、ストーリーの面白さ、キャラの魅力も
感じる事が出来ませんでした。(泣)

もしかしたら、ライトノベルではなく、
恐らく大衆小説に当たるかもしれません。
あるいは、昭和時代に存在した少年探偵モノか。

個人の意見です。

他の読者さんの意見は、どうなるか分かりませんが。

吉川タクミ
153.164.0.85

ぷーでるさんへ

読みづらいですか……しかし、途中まででも読んで感想を書いていただけて、とてもうれしいです。
このたびはどうもありがとうございました。

hir
210.133.223.14

 大方が犯人だと思わせておいて実は相庭の仕業なのだろう。と読んでいたので見事してやられました。
 優秀すぎる主人公が気になるところです。自信満々に披露した推理が外れて動揺すれば、千代くんも可愛いところがあるじゃない。と先輩に褒めてもらえそうです。

吉川タクミ
153.164.0.85

hirさんへ

うーん、主人公、優秀すぎるでしょうか。
一応、『推理は当てるが真犯人は違っていた』という形で、完璧ではない探偵役にしたつもりだったのですが……

今回は最後まで読んで感想をいただき、本当にありがとうございました。

ペンニードル
39.110.185.153

少女と犬 読みました。

公募原稿をあげてくれた事感謝です。
サッと駆け足で読んだ印象なので色々読み飛ばしていたり、間違っていたらすみません。

まず何よりもお話全体や各要素、叙述を用いるなど含めて乙一さんの『GOTH』の”犬”の完全劣化版下位互換といった感じを受けました。出版社の方はその時点でこの原稿はまず通さないと感じました。ひどい事言っていますが、私が言っている事が腑に落ちなければ是非読んでみて下さい。多分、なるほどと思えるはずです。


下記は上記を切り離した感想です。
序盤の展開が遅く、このお話が具体的にどこを目指しているのかわかりにくく、故にキャラクターの個性も伝わりにくい印象を受けました。

そもそもの動機付けが弱いと感じました。
「新聞部だからネタ探しの為に近場の事件を捜査しました。」では、主人公は別に捜査を辞めてもいいし、やってもいいし、犯人をみつけても見つけなくてもいい。終始結構、この主人公は自分にとっては半ばどうでもいい事に首を突っ込んでいるだけなので、読者からしても事の進展や捜査状況がどうでもいい。

主人公がほとんど能動的に行動していない為、展開が逐一”偶然見つけた”、”たまたま出会った”になっています。人物はただそこにいるだけ、作者の手により次々色々現れる。

なので主人公始め、登場人物が洩れなく物語の傍観者になっている印象。

何かをしたい、何かをしたくない、何かをしなきゃいけない。

この様な状況に際し、どんな思考を経て、どう行動に移すかでキャラクターに個性が宿ると考えます。でもこの主人公の思考や行動には目新しさや奇抜さはなく、読んでいて退屈でした。

また、作中主人公が行なった様な捜査は、もし本当に警察が動いているならとっくにやっているはずの事で、その程度の捜査に何故警察がもたついたのか、素人に出し抜かれる程に捜査が難航したのか、読み取れませんでした。ネットに事件概要が上がる程の出来事なのに。

叙述の部分ですが、正直、これを叙述トリックと呼ぶのか疑問でした。普通に順接のミスリードだと感じました。

よいミステリーの叙述トリックに触れた時、私は何度も何度もその小説を読み返します。すると、
ここのこのセリフはこういう事か!
だからこの描写はこうなってるんだ!
と一度目はすんなりと読み進めてしまった何気ない一文が、次々と牙を向いてきてゾクゾクします。

”こうだと思っていたものが、そうではありませんでした”になるほどと思わせてはいけないと思います。むしろ、
”え?どういう事?え?え?”
で終わらせて読み返させるくらいでないと。

そういう意味で、”こうだと思っていたものが、そうではありませんでした”は叙述式の小説では、その本当のどんでん返しの隠れみのとして使われるため、本作の”犯人はこっちの子じゃなくてあっちの子でした。”が作者さんの用意したミスリードで何か別に本当のどんでん返しがあったのなら私の読みが浅いせいです。

卯月
183.176.74.78

あたしミステリ好きなので最後まで読ませていただきました。

ご質問の>・叙述トリックを使った推理小説としてどうか?
・ストーリーの面白さやキャラクターの魅力はどうか? なのですが、

叙述トリックとしては(マアそこそこ)。難点としては真犯人のリサが全く前半から絡んでない(犯人独白部分は前半からあるんだけど)。作者さんとしては大方さんへのミスディレクション誘導で手一杯ってな感じで余裕がなかったのかな(笑。 おんなじ名前でなくてもよいような気もするし。

ストーリーとしては面白いかどうかという前に細かな点が気になって、ついていきにくい。例えば殺された猫を悼むためにキャットフードをお供えするとか。常識考えれば普通はしない。玄関のドア施錠しないとか。桐生ってそんなに安全な街なんですか? あたし住みたい(笑。 あと、拘留中の犯人にそんなに簡単に面会できるのかとか。刑期の問題とか。その他? リアリティに欠ける。推理物はやはり根本的なところはリアルがなけりゃあ。 マア、1回流し読みなので間違っていたらごめんなさい。

キャラがたっているかどうか? これは作者さんがこの小説でどういった分野の推理物を目指しているのかということでしょうけどネ。
主人公と天田をひっくるめていっそ一つのキャラにすればいいのに? (アマダいらねえし)そしたら千代君のキャラたつんじゃない。

これから後はミステリーである本作全般(特に犯人の動機・行動・心理)についてなんでかなりというかメッチャ辛口です。
解決部分での >虐待を受けた子供の中には同様の虐待を動物に対して行う傾向があるという。リサもアイリへ手を上げて殺してしまっていた可能性が十分にあった。そう、彼女は対象をアイリ以外の動物へ変えることで、結果的にアイリを守ったのだ。
問題はこの部分なんです。虐待を受けた人は自分も他者を虐待するという論はあります。そのとおりかもしれないんですが、あたしがナンダカナーと思うのは(アイリ以外の動物へ変えることで、結果的にアイリを守った)という作者さんの視点というか思考なのよね。じゃあアイリ以外の犬猫は殺してもいいのかよ? ここに(自分さえよけりゃ―)っていう作者さんの(自己中)が出ている。リサがお父さんを刺す場面の思考もそうですよね?
やはり小説はいわゆる客体で描かれていなければ面白くないとおもいますよ。
失礼いたしました。


 

 

hir
210.133.214.244

 人当たりの良いシャーロックホームズみたいです。
 当人は観察力、洞察力に優れているぶん、知識や性格が尖っています。それが面白さ、魅力になっていると考えます。
 本作の主人公はそういった隙がなく、優秀すぎる、可愛げがない印象です。
 守銭奴で外食のたびに領収書をもらったり、潔癖症で犬や猫が苦手だったり、愛嬌がほしくなります。

吉川タクミ
1.72.4.17

ペンニードルさんへ

深い考察、とても勉強になります。
そうですか、ストーリーが不自然になっていましたか……もっと修行が必要ですね。ありがとうございました。

吉川タクミ
1.72.4.17

卯月さんへ

ありがとうございましたm(__)m

吉川タクミ
1.72.4.17

hirさんへ

人当たりのよいシャーロックホームズですか……
シャーロックホームズシリーズは読んだことないのですが、やっぱり大御所は一度読んでおくべきですね。
主人公に欠点を持たせるというのも、簡単なようでなかなか難しいものですね。今回、hirさんの感想を見て痛感しました。
本当にありがとうございます。

弥言
153.222.185.164

途中から流し読みになってしまいましたが、読みました。

公募用ということで、大分丁寧に書かれていたのが伝わってきました。
わたしにとっては、この文章は読みやすく、普通にうまいと思わせるものでした。
途中から流し読みになってしまったのは、たぶん、読者の感情を「こういう風に誘導しよう」と明確に決めていないからではないかと思いました。ストーリーとして破綻しているようには見えなかったし、ちゃんと筋が通るように考えたのだと思いますが、それだけだでは=面白い にはならないかと思います。

冒頭、犬が殺されてショッキングなようではありましたが。まぁひどいことを言えば、しょせん「どこぞの犬」なんですよね。現実でやったらかなりひどいですが、人がバンバン死ぬフィクションの世界では。「ふーん」程度な感じがします。すでに帰らぬ人となった主人の墓に、雨の日も風の日も、通い続ける、けなげな犬の描写とかをこれでもかと書いた後。その犬を情け容赦なく虐殺して、子犬まで殺してやれば、「この犯人、ひどい奴だ! いったいどんな奴が殺したんだ。あーこいつに天罰を与えてやりたい」と読者は思うし。そこで主人公の探偵がかっこよく登場すれば、「俺たちの味方 キタ――(゜∀゜)――!! 応援してるぜ、やっちまってください」と心が動くんですが。基本的に、そういう系の誘導があまり感じられなかったです。

お芝居なんかもそうですが、「ちょっとやりすぎかな」くらいにやらないと。なかなか読者を引っ張れないのではないかと、わたしは思っている人です。

吉川タクミ
1.72.4.17

弥言さんへ

ミステリーの書き方で、「読者の印象に残るように、冒頭で死体を転がせ」という話を聞き、その通りにしたのですが、読者の心を動かすには力不足でしたか……
なかなか難しいものですね。
このたびは、ためになる感想をいただきありがとうございました。

弥言
153.222.185.164

わたしの「こうした方がいいのでは?」みたいに言っている感覚が、ぜんぜんミステリーっぽくないと思い、訂正しようと再訪問しました。

特定のキャラに好感を抱くように仕向け、そのキャラを犯人がむごく殺すことで、読者が犯人に敵意を抱くように誘導する。そうしたあとで、犯人をとっつかまえる探偵(ヒーロー)をかっこよく登場させ、読者がヒーローを応援する流れをつくるというのは、少年漫画によくある勧善懲悪的な手法で、ミステリーっぽくなかったと後で後悔しました。


ミステリーだったら、そういう感情的な部分に働きかけるのではなくて、もっと知的な部分に働きかけた方が良さそうですよね~(;・∀・)

例えば、単に「犬が殺されている」というのではなく。駅前の鈴木さん宅でごはんを食べていたはずの犬が、ふといなくなり、10分後に隣町の高電圧送電用鉄塔の一番上で、首をつられているのを付近の住民が見つける。とか、「そんなありえないようなこと、どうやったんだ? ヘリか? でもヘリだと音で気付くはずだし(;´・ω・)…… 通報者に時間を誤認させるトリックか? でもそれだけだと、犯人は犬を担いで鉄塔を登ったことになるけど、なぜそんなことをした(;´・ω・)? そもそもどうして感電しなかったんだ?(;´・ω・)」みたいな「謎」を提示することで、読者の知的好奇心に火をつけて、ページをめくらせる方がミステリー読者の好みにそう気がしました。

叙述トリックは、もちろんいいと思うんですが。それは最後になってわかるものなので。そこに至るまでどうやって読者を引き込んで、夢中にページをめくらせるか? 知的な仕掛けを考えたらよいのではないかと思いました。

再訪問で、好き勝手なこと言ってるだけなので。特に返事は無くていいです。

ご利用のブラウザの言語モードを「日本語(ja, ja-JP)」に設定して頂くことで書き込みが可能です。

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